2015年04月25日

明治二十二年のおさしづ。(公刊おさしづ第一巻より)その2

おさしづを読む前に、「おさしづを身近に」をご参照下さい。
天理教勉強blog: おさしづを身近に。

おさしづの順は、公刊おさしづに準じています。
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明治二十二年七月九日(陰暦六月十二日)
 清水与之助身の内足共だるくに付願
さあ/\身上事情尋ねる/\。一つ諭そ。身上事情無けねば尋ねせん。身上事情一つさしづして置く。どういう事を言う。余の儀外の儀は言わん。十分の理が治まった。めん/\一手一つ、一人の理、何かの処一つの処、一人の事情一つ世界という。何かの処、どういう事も/\、互い/\にめん/\どうでも/\、その事情運ぶ。日々処理が付く。ようこれだけ処速やかの処、十分何かの処どうであろう。一名一人の理、めん/\さあと言えば互いの理によりて、深きの理が治まる。



明治二十二年七月九日(陰暦六月十二日)
 清水はる身上願
さあ/\身上々々、身上に事情あって一つの事情を尋ねる処、よく聞き分けてくれるよう。一日の処に、これまでという、十分一つの事情治まりある処、あちらもこちらも皆んな一つの心という。長らくの間、どんな道、どんな中も通り来たる処、さあ/\事情の心を速やか定め。速やか治めさえすれば鮮やか。何も案ぜる事は無い。長らえての道を楽しめよ/\。これが一つの道という。



明治二十二年七月九日
 高井猶吉身上障り伺
さあ/\身上一条から尋ねるから、何かの処知らし置く。よう聞いて置け。どういう事言い掛ける。身上尋ねる事情、聞く事情の理は、扱いだん/\めん/\一つ心得の理があろ。これはどうであろ。何かの処、これから暫くの処、どういう処、どういう理。越すに越せん。めん/\心得という一つの道運び、こゝ暫くの処、日々取り扱いの処に、心得くれにゃならん。



明治二十二年七月九日
 飯降さと身上伺
さあ/\身上の不足なる処よう聞け。幾重諭する。めん/\心日々の処、思い開き無くばならん。長らえての道すがら、いつ/\襷掛け、誰に遠慮はあろうまい。一分二分の心を添えて、朝晩走り歩き、一つの心を取り直し、いつ/\までの事情じゃあろうまい。



明治二十二年七月十日
 喜多治郎吉身上の願
さあ/\身上一条の理を尋ねる処、一寸には何か事情分かろまい。さあ/\諭してくれ。どういうものである。身上に不足やないで。長らえて尽す/\と思えども、一つ/\めん/\日々事情ある。何やら分かろまい。分からんやないで。内々日々の処、運ぶは小さき事は言うおやない。世上一つの理いかなる、第一世界に順序理がある。小さい事を言うおやない。立ち越したる事情をめん/\一つ心、一つ思え。どういう理も分かれば、内々十分の理、世界事情を以て一つの理。月々何度ぢばへ通う中に、一つ小さき事は言うでなし。先々よう聞いて置け。世界一つの道がある。順序身上障り尋ねるから、一つ理を聞かそ。身に案じる事は要らん。



明治二十二年七月十二日
 松村吉太郎帰宅の願
さあ/\一日の事情、尋ねる事情は心に掛かる。早く運ぶよう。心置き無う、早く心置き無う。



明治二十二年七月十二日(陰暦六月十五日)
 増田甚七小人身の障り願
さあ/\何か順序一つ尋ねる、身の障りから尋ねる。よう聞き分けてくれ。何かの処、聞き分けてくれ。よう聞き分けて治めるなら、いつ/\まで治まる。だん/\尽し治め来てある処、これ一つ末代の印と/\、身上に障り無うて尋ねようまいと尋ねようまいと。一つ生涯の理を諭しよう。運んだ一つの処、これ末代の印なるという。又内々の処、内一つの処は談じやい、揃うた上授けようと。これだけの理を知らし置こうと。又々と何時とも言わん。内々揃うた上。



明治二十二年七月十三日(陰暦六月十六日)
 村田長平の願
さあ/\尋ねる処/\、身上に事情元一つ、小人一つ尋ねる処、前々以ちて十分諭してある処、又一つ日々小人身上障りあれば、又こうかとそうぞうもて案じる。案じる事は要らん、皆案じるやない。元々一つの理を思い、前に十分の理を諭してある。案じる事は要らん。案じは案じの理をまわす。案じは要らん。



明治二十二年七月十六日
 井筒梅治郎身上願
さあ/\身上々々事情尋ねる、よう聞いて置け。事情一つ始めてある。一つの理を定まらず。さあ/\案じる事は無いで。めん/\身上から事情、案じる事は要らんで。一寸暫くの間やで。



明治二十二年七月十七日(陰暦六月二十日)
 増野正兵衞左の足小指障りの伺
さあ/\身上尋ねる、幾重尋ねる、何遍尋ねる。このさしづいつにこうという事情の理を、何かさしづして置く。身上心得ん/\。又々、諭し理を同じ諭し身上から諭し、いつの諭にはこう諭し、めん/\の理がある。何度諭し同じ理、めん/\心に治めるなら、いつ/\まで同じ。こゝ一つこゝ一つ理を同じ事情幾度にある。案じる事は要らん。尋ねどんなさしづ。その場/\どんなに尋ねたらどういう理がある。よう心得。何彼に治まるなら身も治まる。



明治二十二年七月十七日
 諸井国三郎小人たま身上願
さあ/\身上不足々々と皆んな思う。思う処早く聞かせ。こういう中に一時成るという理聞き分け。案じは要らん。心得ん身はすむまい。頼り理、一時成る理聞き分け。



明治二十二年七月十七日
 諸井その、十四日より左の手足しびれ、自由叶わざるに付願
さあ/\身上一つ尋ね聞き分け。さあ/\身は大変、一時大層一つ心、一寸自由何か聞き分け。成る成らん一時身、一つ心、案じ一つ理で深き事情、一つの事情何も又一つ事情あれば、銘々一つ道の理、さあ/\一年は一年、年々何かの理も、これこそこれは案じ一つ理心得ん。案じ何でも踏ん張る。救けねばならん。一寸分からん。一つの理、一時さあ/\よう聞け。身不足道の事情、一時成るとは思うな。一時成るでない。救けねばならん。案じばかりである。踏ん張る、何でも踏ん張る。間違いで一時成ると思う心分からん。大層々々頼り一つの理を待つ。



明治二十二年七月二十一日(陰暦六月二十四日)
 増田きぬゑ身上障り願(増田つねおさづけおさしづ)
さあ/\前々に十分伝えてある処、何かの処も治まり、何かの処定め、一日の日生涯に定めて、以前々々の理より定めを付け。
さあ/\たすけ一条の理によってさづけを渡そ。さあ/\かんろうだいのさづけ。さあ/\受け取れ。小人一つの処は、案じる事は要らん。

 押して願
さあ/\親々、親に授ける。たすけ一条のため。

 押して願
前に渡してあるから、授けた処皆分かる。



明治二十二年七月二十二日(陰暦六月二十五日)午後六時
 本席身上御障りに付願
さあ/\時を以て尋ねるが早い。まあ一日二日の間、悠っくりさして置くがよい。その中に何かの事知らさんならん事がある。尋ねる事情が早い。さあ/\もう格別にやいそりゃ/\言わんがよい。かれこれ言うのは案じの理を増すようなものやで。さあ心掛けて居にゃならんで/\。



明治二十二年七月二十三日(陰暦六月二十六日)午後十一時二十五分
 刻限御話
さあ/\刻限々々以ちて早くに知らしたい。諭したい。さあ/\刻限と思うであろう。さあ/\早く知らしたい。めん/\一つ思うも、皆通るも一つの事情、言うも一つの事情、さあ/\刻限事情、一つは聞いたら話さにゃなろうまい、難しいと言えば、さあ/\一名一人で筆を取る/\。日々さあ/\知らそう/\。席する処席する処、さあ/\知らそう/\。



明治二十二年七月二十四日(陰暦六月二十七日)午前一時二十分
 刻限御話(桝井伊三郎、大工音吉身の障りに付願、引き続いて御聞かせあり)
さあ/\皆気を付けんにゃならんで。さあ/\夜々に刻限と言うて、さあ/\これまでに聞いた処、聞いたばかりでは理を聞き分けねば何にも分からせん。さあ/\世界にはどんな諭もして居る者もある。さあ/\これまでとんとどんならん。これだけの事は当り前、無けねばならんと言うて居る者もある。さあ/\皆んな心だけは働いて居るであろう、尽しても居るであろう。さあ/\今までに諭してある、世上にはさあ/\古い話や説いてある。国々にも一人でも残して置いたる処、前々に聞かしてある。誠の心の者があれば、さあ/\めん/\戦は要らんものや。皆々互い互いに談じやい。さあ/\多くの泥水が流れ来るなれば、一時の堰はどんならん。さあ/\是非にと言えば我が身先に掛かる。さあ/\これだけの事を知らして置く。惜いものや/\と思う処、今までに古きの道の理を思やんしてみよ。刻限というは間違うという事が無い。皆々めん/\に心一つの悟り、聞きよう一つの理によって間違いがある。これをよう諭してくれるよう。
(一本には、この刻限の後半「国々一人でも残して置いたる処・・・・・・」以下を「郡山分教会、奈良町にてごたごたの件に付願」と題して、同月二十三日付輯録しあり。)



明治二十二年七月二十四日 午前八時三十分
 永尾楢次郎口へ水わき、腹具合悪しきに付願
さあ/\身上々々々々、身上に一つ事情を以て尋ねる処、尋ねるから一寸諭そう。どういう事情、一寸には分からん。不思議なる/\よう聞き分け。いんねんこの事情、最初一つ掛かりの事情、先ず/\理が迫る/\。長らえての道、いんねんの事情深きの事情、長らえての事情、一寸治まりの掛かりも付いたやろう。たんのう一つの理を治め。不自由であろう。なれど長らえての道や。めん/\も聞いてよく聞き分けにゃならんで。



明治二十二年七月二十四日
 平野楢蔵若狭行に付伺
さあ/\尋ねる処/\、さあ/\一こう一人のさしづなら、一人のさしづ。世界一つの事情という。余儀無く一つの事情であろう。あゝ又々道のためという。よう聞き分け。前々に一つの理を諭したる処、どんだけの一きどんだけの一き、あちらは一つの理が又こちらへ一つの理が立つ。いかなる話、前に知らしてある。一つの所より栄える理がある。余儀無くの理。又風が吹く。いつか止もうか、そりゃ又変わる、それ大風という。なれども時来れば治まらんやない。この理をよく伝えてくれるよう。



明治二十二年七月二十四日(陰暦六月二十七日)
 高安分教会設置再願の時機に相成り居るや、又は未だ来らざるや、若し未だ来らずば、既に材木伐採これある故、普請の儀御許可相成度伺
さあ/\尋ねる処、さあ/\前々以て一つの事情を運びたる処、前々の事情はどうであったかと思うやろう。同んなじ種を蒔いても早いのも遅いのもある。所々によって遅れるのもある。遅れたぶには構ませんで/\。改めて一つの理を諭そう。一つの種を蒔く。旬が来たなら生える。急いてはいかんで。こうして置いては理が運ばれん、済まんという。こりゃ急いてはいかん。一日も早くと思うやろう。なれども一つの事情がある。

 押して、然らば何卒材木伐採これある故、普請だけ御許可下さるよう願
さあ/\尋ね返やす処の理を聞かそう。前々の事情ならば、そのまゝ順々を運ばずしては、暇の要る上尚暇が要るで/\。急くが遅くなる。遅くが早い理である。



明治二十二年七月二十五日(陰暦六月二十八日)
 増野いと三十三才後月より月のもの止まり、小人でありますか、ほこりでありますか伺
さあ/\尋ねる処/\、身上に一つ/\、さあ/\どういう事情、治まり一つの事情、何か事情の治まり次第、これまでに幾重の道も通したる処、一日の日にはどういう事であろうと思うやろう。さあ/\分かろまい/\。尋ねるから一つの理を諭そ。日々処定まり、一つ理めん/\さえ、心一つさえ定めば、後々の処どうでよかろう、こうでよかろう、分かろまい。なれども、めん/\の心に一つの定まりを着けば、速やかという。長らえての楽しみ、この理治まれば何かの処も楽しみ/\。よう聞き分けてくれるよう。



明治二十二年七月二十五日(陰暦六月二十八日)
 梅谷四郎兵衞小人たか十才歯痛に付願
(宮川の隠居に梅谷住居せし時、分教会創立事件に付、梅谷社長と嶋文助ともめし時)
さあ/\尋ねる処、尋ねる事情には、一つよう聞き分け。身上に事情ある。幾重思案しても、どれだけ思案すれども、速やかならん。これまで長らくの功、だん/\尽したる処、重々の理を治めたる処あれども、速やかならんと思うやろう。一日に事情を、一つ事情治まれば、又一つ事情替わり/\の事情ある。思う一つの心という、治め掛けたる一つの事情、十分に治めよ/\/\。十分に鎮まれ/\/\。十分に治まって十分という。鎮まって十分という。何かの処聞き分けてくれるよう。



明治二十二年七月二十六日(陰暦六月二十九日)午後九時
 本席身上御障りに付願
さあ/\/\/\、順序々々々々、尋ねる一つの順序/\。さあ/\どういう事を話掛ける、言い掛ける、どういう事を言い掛ける、思えども日限が十分遅れ来た。さあ/\一日も早く、さあ/\道の順序/\言い掛ける/\。世界の道行く/\の道、どういう道という。一手一つ事情難し話が始まる。いろ/\の事を言い掛ける言い掛ける。始まる。用意という理を忘れぬよう。今の世界の処、多くの中、どんな者もいかなるも伝えよ/\。行くえの道、さあ/\行く先の道/\、いかなるも始め掛けるという。さあ/\前々にも話てある。一日の日、よく聞き分けて置かんならん。知らして置く/\/\。
さあ/\一日の日ある/\。通り兼ねる/\。さあ/\身の内へ入り込んで話さにゃならん/\。前々に知らしある。身の障り/\/\、身の内の処痛むという。口中の内が障り/\、身の内手入れ/\、知らさんとする。これ往還道通り難くい。どういうもので。さあ/\身の内往還通り難くい、往還道通り難くい。世界の道何も彼もめん/\いかなるも思う。十分物種が伏せてある。暑さ厳しいて生えん、遅れる/\。暑さ厳しいて生えん、遅れる/\。身の内は大抵々々分かりてあるであろう。世界の往還通り難くい/\。世界の道理を聞き分け/\。さあ/\世界の往還々々、一日の日通り兼ねる/\。変わる/\。外々なる処、どんな処も皆治めにゃならん。道理上を以て世界と言う。神一条の道、十分種伏せてある。順気の戦で芽が吹かん。さあ/\どんな種も皆蒔いてある。暑さ厳しいて生えん。寒さで押され順気で抑え、遅れる/\。難しいで/\。何も彼も十分世界を廻り、十分防ぎ難しい事は無い。一寸の理世界難しい一つの理、余儀無き理、どんな理の者も成程成程話掛け/\。どんな高い所へも入り込んで/\、一つの話/\。さあ/\世界の往還、世界廻り/\、ようこれを聞き取りてくれるよう。

 山本利三郎押して願
さあ/\身上に事情知らす。十分の理を尋ねる。急ぐ/\。身の内という。刻限刻限の理分かり難くい。夜々と言うてあれども話出けん。刻限々々、とんとどんならん。そこで身の処で知らす。悟り一つ第一、刻限筆に付けて置いて聞き分け。何彼の処分かりた通り何彼の処治め/\。世界ではあんな者/\一寸に抑えると言うて居る者がある。そこで前々一日の日と知らしてある。何時にどういう事があるやら分からん。その場に運んでから言うては後の間や。そこで先に知らすのやで。聞いて油断出けんで。しっかりと締まりて置け/\。今は遠く所で始まりてある。どんな道も始めてあるで。遠く所も、足許にもある。それを知らん。よう聞いて置け。ほん今が未だ/\始まりやで。論は一寸も要らん/\/\。論をするなら世界の理で行け。神の道には論は要らん。誠一つなら天の理。実で行くがよい。どんな高い所でも入り込んで、さあ/\世界の往還一寸の理を知らし置こう。一寸これだけ話置こう。



明治二十二年七月二十七日
 松村吉太郎口中に歯のかみたる疵出来しに付伺
さあ/\身上の事情を尋ねる。よく聞き分けにゃ分かり難ないで。日々の処、心にどういうもの、日々忘れられん/\。日々の処、又旬という、旬々の道がある。日日どうであった/\。よく聞いて改め替え。事情は世界という。世界ではどう言う、こう言うからこうせねばならんと思う、銘々の心仕替え改め替えて、身上一つが第一やで。第一やでから大き心と治め替え。何かの処大き心と定め替えるよう。



明治二十二年七月二十八日(陰暦七月一日)
 兵神分教会詰員の重立つ者身上に付、清水与之助、増野正兵衞心得のため伺
さあ/\心得までの事情を諭そう。一時事情を運ぶ処は、時々の理によりてそれそれ身の処に心得んという。世界の事情を見て皆一つ/\の道を運ぶ。身上から定めて、身上事情あってはどうもならん。一つの思やんをし、身上が速やかならば、一つの道も楽しみて通るやろ。事情があれば心は進むまい。身上に事情が無くば楽しんで、夜は二名三名ではない、皆寄りての事情楽しみて通るやろう。



明治二十二年七月二十八日(陰暦七月一日)
 長州阿武郡萩御許町五十五番地、増野喜市当月十八日より肺病にて重きに付、増野正兵衞帰国致すが宜しきや、書面送るが宜しきや伺
さあ/\遠くの所/\から、言葉を以て事情を尋ねる。尋ねるから諭そう。一時余儀無きの事情であろ。さあ救けにゃならん、救からにゃならん。言葉を以て尋ねる。何程の中と言うても心一つの限りのものである。所を変えて治めるも一つの理。皆これまでの聞きたる話を伝えて、前生いんねんの事情も伝えてやるよう。まあ一時は踏ん張ろう。細かくこれまでに聞いたる事情を詳しく伝えてやるよう。まあ一時は踏ん張ろう。



明治二十二年七月二十八日
 梶本みきヱ脇下出物願
さあ/\身上事情小人の事情、いつ/\まで同じ事、だん/\事情、だん/\事情同じ事、今一時どういうものであろう。どうも見難くいであろう。何かの処聞き分け。小人一寸には人間事情/\、外に事情はあろうまい。何でであろう。いつ/\までこれでは前々話た事情によって、治まる事情という。一時早く/\と言えば早い。いつ/\までと言えば同じ事、いつ/\までもと言えば同じ事、よう聞き分け。

 押しての願
さあ/\これよう聞き分け。よう聞け。一寸の理が治まる。道によって暫く。尋ね一条の理によって暫く。一時事情運び難ないである。事情によって先ず暫く。何かの処聞き分けにゃならん。

 押しての願
さあ/\事情によって暫く分かろうまい/\。一時一つ席、前々尋ねる処、話掛けたる事情の中に、めん/\思やんあれば、めん/\心の理によって心の道という。尋ね一条というは、一時治め来たる道という。内々話掛け。一時の身上事情ある、尋ねる。もう、そういうものなら、一時間三十日、一つめん/\運んで、事情一つの事情によって、どう事情どうも事情いかなる処、定まった事情定めたと言うて、一つも事情が治まってありゃせん。



明治二十二年七月二十八日(陰暦七月一日)
 梶本内浅田徳二郎身上障りに付願
さあ/\尋ねる処/\、尋ねの事情どういう事、身の処心得ん。事情よく話てくれ。十分理を十分聞かす。前々一つの事情によって一つ話掛け。身上事情めん/\思やん、十分の理であろう。身上事情どんな思わくどうもならん。いんねん一つの事情なら、尚一つの胸に挟んで、十分の理を身上事情十分と思えど、めん/\思やんの理、思やんの理であろう。どちら治めるどちらの事情、一つの事情治まるなら、身も治まるであろう。



明治二十二年七月二十九日
 松村吉太郎祖母たみ病気に付、神の道を運びて宜しきや、何分老体の事に付、伝えて却って御意に叶わずと思いしが、この儀如何にや伺
さあ/\尋ねる処/\、どんな話も皆聞かさにゃならんで。長らえて内々も通る処、いか程年長けたるとても、どんな話も聞かさにゃならん。心にかりもの・かしものの理も伝え、生れ更わり出更わりの理も、さあ/\長き/\道すがらの理も、聞かさにゃならん。心に治めさゝねばならん。

 続て明日帰国致度に付願
さあ/\事情々々心に掛かる事情は、十分の話を聞かさにゃならんで。今までに生れ更わり出更わりの理も聞いたる処、皆んな十分に楽々と聞かさにゃならんで。よう諭してやらにゃならんで。



明治二十二年七月三十一日(陰暦七月四日)午前六時十七分
 本席身上御障りに付願
さあ/\/\/\、どういう事を言い掛ける。何にも分かろうまい/\。世界の道理事情の処、神の道は分かり難くい/\といえども、世界の道理上の処、一寸分かるやろう/\。神一条の道は大変であろう。長らえての道の処、分かり難くいといえども、なれど世界の道理上から思やんすれば、分からんであろうまい。どんな事を定めるのも、神一条の道を以て定める。どうもならんから世上道理上の道、一寸通してあるのやで。神一条の道をどうでも聞き分けにゃならん。長らえての道の処分かり難くい。よう聞き分けてくれ/\。どんな事も、さあ世界ありながらどんならん。余儀無きの道でないで/\。よう聞き分けてくれ/\。さあ/\世界の道は何処でも付けられる。世界の道を以てあちらにもこちらにも本部や、偽の本部やと言うて居る理聞かしたい。どんな事でも聞かしてある。一日も早く理を見せたい。鏡やしきの理を失う、失う。さあ/\理を失う処、急がしい事情知らずして、年が明けたら、お陰や/\。国会が開ける。何にも分からず、開けたらと言うて居る。急がしい事はその日来にゃ分からん。一寸事情ありて治めて居る。日々は通れる。早く聞かねばどうもならん。よう聞いて置かねばならん。元一つ鏡というは、内から言うのやあろうまい。世界から神の理を見て鏡やしきと言うのや。鏡というは何処から何処まで分かるが鏡やしき。聞かにゃ分からん事ではどうもならん。もうこれ年限に徳を付けてある。心だけ皆それ/\授けてある。めん/\徳が付けてある。その徳だけをめん/\よう働かさん。第一どうも成らん。鏡曇らしてはどんならん。鏡やしきに曇りありては救ける事は出けん。しんが濁れば傍が皆濁る。濁せ/\、濁してはどんならん。それ/\の処より濁す者ありてはどんならん、それ/\の処より濁す者ありてはどんならん。日々の話はその場だけや。どんな者が来ても心だけの守護。寄り来る処、日々種を蒔く、一つ種を蒔く。旬々の理を見て蒔けば皆実がのる。旬を過ぎて蒔けばあちらへ流れ、遅れてどんならん/\、とんとどんならん。話聞いて日々の処、もう何年経ったら/\要らん。一日の理が治まれば生涯の理というは、ちゃんと筆に知らして一々話してくれるがよい。



明治二十二年七月三十一日(陰暦七月四日)
 増野正兵衞これまで幾度のおさしづによって、おぢばへ引越せますのは旬が早う御座りますか、寄せて下されますか、御許し願
さあ/\長らえての処/\、幾重尋ねる/\。諭して一時治まる事情の理が分かる分からん。内々一つの理治まらん。だん/\の日が来たる処、一時の道という。未だと言えば理の治まるまで。旬と言えば旬、理と言えば理が治まる。心の理に委せ置こう。たゞ一つの道、心の理は治まるであろう。一時事情の理治まる。どういう理で治まる。心の理の治まる思やん。理が暇が要る。何時心の理に委せ置こう。



明治二十二年七月
 大和国添下郡郡山町五丁目万田まつ二十五才身上願
さあ/\/\身上々々身上に一つ不思議どういう事であろう。よう聞き分け。人間というものは、自由々々。さあ/\一寸の道であろまい。余程の道も尽し、容易な道であろまい。さあ/\順序以て、さあ/\一つの席、生涯の理を諭す。さあ/\席順追うて、一日の日の席、生涯の理は鮮やかな理を諭しよ。人間というものは、身は神のかしもの、心一つ我がもの。たった一つの心、日々常という、常に誠は理が鮮やかという。さあ/\身の処自由という。さあさづけの順序、さあさづけ渡すで。さあ/\、あしきはらひたすけたまへ天理王命、と、これを三遍唱え、又三遍、又三遍、三三三の理を授けよ。さあ/\受け取れ、さあ受け取れ/\。



明治二十二年八月一日(陰暦七月五日)
 近江国甲賀郡宇田村へ、京都河原町分教会所の支教会所御許し願(甲賀支教会)
さあ/\尋ねる一つの事情、心一つ事情、重々の道を運ぶ。一つの理許そう/\。何時なりと。第一運ぶ事情という、運ぶ一つの理、第一心という始め掛け一つの理、変わらんのが天の理、変わらん一つの理、尋ね一度の理、生涯の理、末代の理に治まる。さあ/\定まれば心置き無う運ぶがよい。



明治二十二年八月四日(陰暦七月八日)夜十二時
 刻限御話
さあ/\/\どういう事情、一つの話掛ける/\。どういう事話掛けるなら、道理上一つ話掛ける。聞いてくれ。どんな事情、いかなる事情、どんな事も知らん事は無い。何処に居る事、為す事、する事、日々に受け取る。よう聞いていかなるも日日に受け取る。たゞ一つ皆それ/\一つの理を聞き分け。どんな中、一つどうでも生涯の話掛けたる。どんな事情、こんな事情、夜昼、夜は一つの理を受け取る、昼は一つの理を受け取る、日々映る。話掛ける。何程どんな事情、治めねばなろうまいが理という。世界の理を集める。いかなるも、茨畔も崖路も、剣の中も火の中も、前々の理を以て説いたる処、見るも一つの道という。天の理教や。やれ/\、もう楽しみも知った。どんな理も分かるなら、実真大きい蓋も、二重三重の蓋を取る中には、どんな箒出るやら。いかなる事情も聞き分け。一つの事情、人間数々、日々聞き分け。この事情しっかり聞き分けるなら、深き。やれ/\始まったなあ。年限の理によって世界一つの事情、これを、しっかり聞き分け。をやの残念一つの道を通る理という。守る理めん/\それ/\の事情、一つの話掛けるという。どんな事情も述べにゃ。二重三重蓋を取らねばならん。よう聞け。神一条は八方夜から夜、余儀無きもう一つの事情という。人間の理というは明日の理が無い。よう聞き分けてくれねば分からん。どんな事情も理によって分かる。難儀なをやの通りた理が分かれば皆分かる。八方広がる。八日九日苦が無くなって、一つのをや一つの理、一日の日世界八方という。よう何かの処よう聞き分け。をやの道通り、腐種だん/\に蒔く。をやの道分かるという。何かの処聞き分けてくれるよう。



明治二十二年八月五日(陰暦七月九日)
 船場紛議事件に付、山本利三郎、平野楢蔵出張調べ方の願
さあ/\尋ねる/\。どういう事情の理を以てどういう理、一つの理何かの事思やん。幾度どれだけ運ぶとも、理を聞き分けねば、どんな所何遍の理が変わる。よく聞き分け。何程聞き分け。結ぼるゝ解けん。どれ程一名一人、日々何程迫り切る。迫る理から解けば皆解ける。実を聞き分け尋ねるから聞かそ。今一時どちら分教会支教会、前々の理には、元をや一つの改心出来れば、をやの理さえ守るなら一つの理でする。をやというあちら抑えられる、こちら払われる。真綿で結ばれるという。皆治められん、あんな理が治められん。理が治まらんから元々のをやという。何程切ろうと、継ごうと、真綿で包まれようと、何にも構わん。この理をよう聞き分け思やん。



明治二十二年八月七日(陰暦七月十一日)午前八時
 増野正兵衞裏向悪しく、左耳鳴り、右鼻瘡頭しんの伺
さあ/\身上の理尋ねる/\。一つ変わる/\。どういう事何か聞き取れ。一時治まる。心一つ又一つ国/\、国一つという、一つの理がある。聞いて話。これは珍しい一つの事情。遠く/\一つ/\通路又々通路、何かの事情運んで又々の道という。身上案じる事は無い。何か一つ。

 押して国元だん/\通路せよとの事でありますか伺
さあ/\一日早く通路、一つ十分一つの理を知らして早く事情運ぶよう。



明治二十二年八月九日(陰暦七月十三日)午後八時
 本席身上御障りに付願
さあ/\/\どんとこれもう身の処から一寸知らしてある処、それから順々の道を以て、一寸の理を尋ねる。どうでもこうでも諭して置かねばならん。どうでもこうでも出て来る。どんな事も出て来れば、よう聞き分けて置かねば分からん。そんなものやなれども入り込む処、どんな者も出て来る、どんな者も持って来る。めんめん日々運ぶ処も心に気を付け。人体一つの事情、心一つの事情、その事情、第一人体一つの事情という。それよう聞き分け。抑えて/\する処もある。急いて/\する処もある。十分の中に、ころりと思やん間違いの理が一寸始まり掛ける。難しなれども、最初一つの理というは、大きな理で持って来る。どんな事言う。どんな話聞いたとて、聞かしても、一条一つの話、神様の守護であったなあと言うて、皆理を軽く思う。さあ難しい理、一度の理が生涯の理と取った者もある。生涯の心に取って世界の中の理に悟れ。やれ/\十分立って話する。世界どちらへ/\、どんな理を持って出るや知れん。なれども理の振り売りや。一寸返やせん振り売りを求めて了う。何にもなりゃせんで。振り売りは一遍に取り払うて了う。神の立腹かいな。身上聞いて話定まればどんな理も出る。何時どんな理も出る。何時どんな理が飛び出るやら知れんで。今日は風呂も要らん。喰べる気にもならん。これからは早いで/\。これまで未だや/\。一寸始め掛けたら直きじゃ。始め掛けたら直ぐやで/\。そこでもうこれだけの事出けそうなもの。そこで成るも成らんも、一寸刻限を以て話掛けるという。



明治二十二年八月十一日(陰暦七月十五日)
 増野正兵衞身上下痢の伺
さあ/\/\何かの事情/\、身上に一つ心得んという、これよう聞き分け。どういう事の理であると思う。聞き分け。もう十分々々、十分の事情日柄という。一つにはこれぞという一つの理がこれで治まりた。定まりたる。さあ/\よう聞け。身上一つの事情どう、いかなるどうであろ。案ぜる事は要らん。要らんが、一つの理を聞け。いつ/\世界というは、どういう理であろう処、どういう理も持たず、もうこれ何にも無き処/\からの事情を見い。所々には治まりの事情も眺め、めんめん身上治まりという。難しい事は一つも無い。身上の事情、心一ついかなる事情、多くの事情速やかという心を以て日々という。幾重の事情身上に一つの事情ある処、これよう聞き分けて、身上に事情はこれ鮮やか。めん/\余の儀いかなる事情でない。身上の事情世界の事情、これだけの事。さあよく聞き分け。何にも身上心に案ぜる事は要らん。一日の日生涯の理が治まる。

 押して願
さあ/\尋ねる処/\、返やして一つの事情を尋ねる。何か順序、めん/\一名一人の理思う処、内々事情いんねん一つの事情は何処も同じ理、所変えて一つの事情。もうこれ便り一つを待たずして、日々処よく運んでくれるよう。又内々の事情にも案ぜ一つの道が無い。所を変えて治まるもいんねん一つの理、安心さしてくれ。遠く所は事情言葉々々を以て運ぶ/\。十分めん/\何にも案ぜる理は要らん。これよう聞き分けねばならん。



明治二十二年八月十二日(陰暦七月十六日)
 松村栄治郎身上障り願
さあ/\身の障り/\と、一つ事情を尋ねる。どういう事である。心思案どういう事、十分の処身上不足なる、いかなる思案も分かろまい。身上不足なる事情、一つ道という、長らえて一つの道という。日々十分の理を治め居る処、身上不足どれだけ思やん、今以て速やかと、前事情聞かそう。身上不足なるは、心の不足を以て、金銭一つの道じゃない。神一条は金銭ではいかん。真実世界の理を、治まり/\の理と、世界の理によって治まる。銘々長らえて一つ順々の道は、通り尽す中、身上不足なる、思う一つの理であろう。一時どうとはこれ無きものなるも、一つの理が成らん。金銭で出来る理であろうまい。神一条は金銭で出来まい。所々一つ治まる理を見る。治まろう。一名一人治まる。そのまゝ心あちらこちら、暇が要ってならん。銘々の身上一つの理、身上長らえて、急いて一つ治まりの事情暇が要る。何処で運んでも直ぐ分かる。又第一未だ/\の理である。内々の理が運ばん理である。よう聞き分けて置け。一名一人世界という、神の道という。道の理なら付けんにゃなろまい、付けさゝにゃなろうまい。世上の理、道無き処に道は有ろうまい。一度二度長らえて/\の事情聞き分け。世界何たるの事情聞き分け。ほんに有った、実実の道、治まらにゃなろまい。どうでも一つの事情、少しの事情を見て、不自由の道、世界の事情どうであろうと思わんよう。前々の道を見れば、一つの掛かりという。心治まれば直ぐと治まる。理を理と世界はどうであろう、すっきり思わんよう。をや一つの道、どういう道を通りたなあ。古きの道の重なり、この理を思やんすれば、身は直ぐと治まる。



明治二十二年八月十三日(陰暦七月十七日)
 上田嘉治郎六十才身上障りに付伺
さあ/\いかなる身上という。身上に一時不足、どういう事である、いかなる聞き分け。一時大層という。どういう事であろう、分かろうまい。事情から聞き分け。それ/\理を聞き分けねばならん。第一身上案じるであろう。どちら/\案じる。前々以て一つの闇雲々々、どういう事と思わんよう。長らえ/\ならん中通って身上という。どちらにどう、善き事ならば一時立て合いばかり、身上案じるばかり。別段不足とは思わん。人は深き理を聞いて事情聞き分け。人がめん/\めん/\心は澄み切らん。長らえいんねん行寄人抱う。これめん/\もいかなる聞き分け。いんねん事情、又々道を通り、どうでもいんねん理明らかの道を見せ。人はどうでもよい。また若きこちら事情治め。若き事情聞き分け。めん/\こう、長らえこう、人がこう、めん/\いかなる処、よく聞き分けくれねばならん。立て合いこうしようか知らん、遂には理を失う。早く聞き分け。めん/\治めてくれるよう。



明治二十二年八月十七日(陰暦七月二十一日)
 増野喜市の身上心許なく、神様の御守護にて全快致せしや、遠国の処にて案じらるゝに付伺
さあ/\遠く事情、尋ねる処、幾重十分一つ治まりある。一つの事情近々一つ便り近々。



明治二十二年八月十八日 頃
 当三島村田中忠蔵、清水利八、中島嘉三郎、中川勘平宅地一反三畝十八歩、おやしき地面続きに付、買入れの事御許し下さるや願
さあ/\尋ねる/\処、一つ順々、よう何か聞き分けくれるよう。尋ね順々一つの事情話置かねばならん。だん/\の事情、もう一時の話諭し置く。たゞ一年々々どんな理でも治まらにゃならん。一年々々後一年の理、この事情話合い伝え合い、尋ね旬である。旬とあればどうでも古き話、一つ話掛けたであろう。一々諭しある。一時治め掛けたる。見せにゃならん見にゃならん。事情見て急くに一つの理、じっとするも一つの理、一年後見て急くも一つ神、抑えるも神。広く/\要る/\。一年経るまで事情、又な、これではな。たゞ一年の理を見て治まり掛けたら早い。その心ばえを以て運んでくれるよう。



明治二年八月十九日
 清水与之助身上の願
さあ/\身上案じる事は要らん。幾重話聞く。何遍聞く。どういう事である。一寸身の処、どういう事で、どれでどうなる、銘々とんと鮮やか/\。一年という、年年いつにこう/\。この事情聞き分け。朝という、十分晴天。一名一人の事情、大変の事情、年々の事情あって身上の処、案じる事は要らん。年々事情いつ/\までやない。難しい事やないで。



明治二十二年八月十九日
 清水はる熱強く、上へ戻すに付願
さあ/\尋ねる処/\、身上つかえる/\。どういう事である、分かろまい。思うであろう。これまで/\の処、どんと分かりあれど、銘々心を定めて一日の日という。なれど世上の理が分かり難ない。細く道、道のため十分治まる処という。銘々鮮やか治まりある処に、治まり一つの事情、何にも遠慮気兼も要らんで。あたゑいつ/\までのあたゑ、皆揃うてあたゑという。



明治二十二年八月二十日(陰暦七月二十四日)
 梶本うの指先の障りに付願
さあ/\身上から尋ねる。身上一寸不足なる処一寸尋ねる。どういう事も分かろまい。何かの処諭し、人数の理も聞き、成るまで何か聞き分けくれねばならん。身上から理を始め掛ける。皆第一難しい事は一つも始めん。皆よう聞き分け。理を始め掛ける。話早うせにゃならん、尋ね返えさにゃならん。内々事情理を揃え、身上不足なで一時早く運ぶよう。万事何かの処早く皆揃うて尋ねるがよい。

 同日、山沢為造の娘ミキノの伺
さあ/\尋ねるまで同じ事、理上理に知らしてある。皆一時事情、家内十分人を揃えて尋ね出よ。さしづしてある。



明治二十二年八月二十一日(陰暦七月二十五日)
 中山会長始め、梶本松治郎、山沢為造、ひさ、うの、身上の理から皆引寄せて御話あり
さあ/\話掛ける/\。どういう事を話掛ける。何かの処、よく/\聞き分け。どういう事を話掛ける。神一条の理を話掛ける。どういう事を聞く。返やし/\神一条を聞き澄まし、いつ/\心、一寸人間古き道筋通りた道が分かりゃせん。通りた夜も昼も見て居るで分かる。通りた速やか分からんなれどよう聞け。元々無い処から始め掛け。どうなりこうなり付かなんだ。長くの処、よう/\の道を縮め、内々どうでもならんから、ころりと道を立て替えて、世界これだけの道を始め掛け。神一条世界一つの道、たゞ一つの道を始め掛け。だん/\いんねん/\の理を以て始め掛けたる理という。十分理を聞き分けてくれねばならん。何年の理を計る。心に一つの理がどうなりと十分心が治まる。この事情速やかに聞き分け。どんな事も詰んで/\千度幾度理を諭しある処、年限寿命を縮め。今の事情、世界通り良い。通り難くい日も。神一条の道は未だ/\治まってない。神一条の道を通りてると思うたら、ころっと間違うで。年限たゞ不思議や/\、思うだけ何も分かりゃせん。又一つ一人の小人定め一つの理であろ。待ち兼ねた一つの理であろうが。年限見せにゃならん、見にゃならん。今一つの事情、理と理によって一つ計り難ない処、何かの処聞き分けくれるよう。小人十分どういう理が治まる。世界大きいもう一つと無い。一名一人より世上の理が治まると。めん/\それ/\真の改め、理が分かれば分かる。早く通したい道理一つの理、十分理を下ろし、十分に地を均らして、十分理を下ろし、十分に地を均らして、十分善き種を蒔いても、その年理をもて、生え難くい理もある。辺なる処へも生える。一つの理聞き分け。今一時の処、前々通りて一つの理で一つの理、いんねん/\、小人一つの理は七箇年の間、何時とも分からんと、さしづして置く。身上から寄せた事情速やかと諭し置く。
さあ/\尋ねる事あれば尋ねるがよい。

 梶本押して願
さあ/\身上事情ある、尋ねる。又一つ詳しう聞き取って、小人一つ身の処、何処も悪くない。どういうものである。皆んな寄せて聞かさにゃならん。めん/\身上の処分かり難ない処、神一条の理なら、世界の道理上から分かり難ない。世界たゞ一つの事情から始まりたる理、初め一つの理、一代も経ち、二代も経ち、三代世界の道の道から、神一条多く広く、一つ道よう聞き分けてくれ。めん/\尽して居る。何年心の働きによって、何年左程の理は無けれども、行かにゃならん。どうでもこうでも治まらん。ほんに理かいな、治まる一つの理によって治まる。初めの理はどうせにゃならん。見えるだけ変わらんなれど、一年の後先の理を見れば、成程の理が向こにつんであるで。それが分からんではどうもならん。何でもこうでも見せる。長いと思うたら違うで。あんな事言うて居て、あんな事に成ろうか。一年の後先の理を見れば先はつみてある。皆功尽さにゃならん。道無き道は無い。又々一時に分かろまい。刻限の理を以て一つ/\諭そう。



明治二十二年八月二十三日(陰暦七月二十七日)
 増野正兵衞神戸へ帰宅御許し願
さあ/\心に掛かるだけ。身は一日の日、急いて心置き無う運ぶがよい。

 同日同人妻いと儀、大和へ引越すに未だ早いと申します、これは理の諭しが足りませんのか、私の心が定まりませんかに付伺
さあ/\尋ねる事情、一寸の処深き処、深き心はあれど一寸の理を思う。一寸の心の暫く、どういう事であろう。よう話伝え。前々古き一つの理、所々十分の事情話てくれるよう。それより一つの心を定めて十分許そう。



明治二十二年八月二十四日
 兵神分教会所にて参詣人不思議なる御自由あり、いかなる御知らせなるや、清水与之助、増野正兵衞、中井宗七より伺
さあ/\尋ねる処/\、どういう事情あったぞ。これも不思議、こうのう一時治まりある。何かの処聞く。自由々々は一つの心を寄せて、十分の理現わせある。又候いつ/\も先々の事情新た事情であろ。事情よう聞き分け。自由聞くばかりでは分からん。話まで聞くまで心と心と自由治まる。どういう者も入り込む。どういう事もあろ。一つ談示何かの事、案じの事情を以て一つ成らん事情、自由の理がある中に、一つ案じる。自由何処から見ても一つ鮮やか運んでくれるよう。速やかという理を知らし置こう。



明治二十二年八月二十五日(陰暦七月二十九日)
 本席口中左の上歯痛み頬腫上り身上御障りに付願
さあ/\どういう事を話掛ける。前々の理を以て話掛ける。何かの処、もう何年である。いつの日も分かり来る。近づく一つの理を知らせ置こう。精神一つで分かる。どんな事情も治まる。薄きは薄きの理、濃きは濃きの事情、だん/\諭すまで心一つの理が台や。孝行を尽して孝があって立つという天の理が分かる。さあ/\めんめんに一つの理。いつにどう、又々理が分からん。どういう理を治めたらよかろう。一つの理が治まればどんな理が治まるか分からん。何にも無い処から始め掛け。前前の話はほんに薄き濃き理が分かれば数々の理は要らん。どんな理を聞き分けくれるなら、一つの話、どんな理も天より一つの理を下ろすという。めん/\一つの理を治める。よう聞いて心の理を治めくれ。一年々々の後先の理を見れば、成程の理治まる。これより成程の理治めば、どんな理も治まる。精神一つの理で皆早く治めたい。思うは一つの世界の理を聞き、何たる理である。今の今聞いたまでは分かるまい。見て言うだけにては得心出けん。前以て一つの理を諭し置く。いずれ一つの理があり、皆同じ理、めん/\悟りが違うた。十も一つ、百も一つの理を見よ。どんな理があれども一日々々、夜昼の事情を聞き分け。をやの理があれば忘れられん理を思え。難しいようであろう。心で日々思う。一日々々暮らし、一つの理がこうのう、日々のこうのうを以て尊ぶという。日々こうのうこれをよう聞き分けてくれるよう。



明治二十二年八月二十六日
 撫養斎田村に於て支教会設置の願(撫養支教会)
さあ/\尋ねる処/\、さあ事情一つ理話す。地所一つの理を尋ねる。さあ一つの理、許そう。一つの理を聞き分け。生涯という心の理に許そう。変わらぬ一つの理は存命の理、いつ/\心の理変わらぬよう。速やか許し置こう。



明治二十二年八月二十六日(陰暦八月朔日)
 増野正兵衞身上障り伺
さあ/\いつ/\の事情尋ねる。どうでも日々尽して居る。あちらこちら日々取り扱い、早くの事情思うた。めん/\治まる。内々十分どちらなりとも生涯治め。何かの処運んでくれるよう。いつ/\身の処、ならん障りたんのうの日も送り、どちら事情、これで生涯治め/\の事情あれど、一つすっきり治め、心を治め。日々いつ/\の事情聞いていつまで。



明治二十二年八月二十六日(陰暦八月一日)
 兵神分教会所講社の人多く泊める事伺
さあ/\尋ねるであろう。尋ねるから一つしっかり理を聞け。日々の処出入り、道のため十分の理、日々世界一つの理から世上一つの理、どういう事情から前々諭したる処、安心々々の理、世界という。よう聞き分け。どうであろう、それはどうである、全然心に掛からんよう知らせ置く。



明治二十二年八月二十六日(陰暦八月一日)
 辻忠作娘とめぎく願
さあ/\身上の処切なみ、何ぼでもならん。早く聞かせ。今日は明日はどうであろ。子供十五才以上はめん/\の理を定まらん。今日は明日は日々のようのように思う。それは定まるまい。急ぐ日も暇な日も/\ある。いつ/\まで同じ日の心持って早く聞かすよう。



明治二十二年八月二十七日
 旧東京出張所なる東分教会所の井戸掘替に付伺
さあ/\/\/\、水一条の理を尋ねる/\。さあ/\尋ねる処/\/\、前々一つ元一つ、それより一つの理、どちら/\、さあ尋ねる処、さあどちらでもよいで。どちらでも掘るがよいで。

 押して、水の清きようにと御願い申し上げし処
さあ/\水々、水のあたゑ、さあ/\水のあたゑは、心一つ、人一つ、人一つの理による。

 又、古井戸埋立の伺
さあ/\十分の理を見て、それより心一つの理に委せ置こう。



明治二十二年九月三日(陰暦八月九日)
 井筒梅治郎妻とよおさづけの願
さあ/\/\一日の日/\の一つの理というは、よく聞き分け。生涯の理を諭しよう。よく聞き分け。これまでの事情、長らえての道、よう/\の日、生涯の理、これまでの道長らえて、一日の日生涯の理、長らえて、これより一つ長らえて、末長くの理に授けよ。さあ/\さづけ/\。あしきはらひたすけたまへ天理王命、と、これを三遍唱え、又三遍、又三遍、三三三の理を授けよ。さあ/\受け取れ、さあ受け取れ/\/\。



明治二十二年九月四日
 松村吉太郎のぼせるに付伺
さあ/\身上事情ありて尋ねる。どういう事も聞いて居るやろう、どういう事も見て居るやろう。身上の処一つもう思うまい。幾日経ったらどういうもの、いつになったらどう成ろうと思う。世界からの理、いかなる処、大きな心悠っくりと治め。神のさしづは違わんで。どんな事でも身上の理が分からにゃどうもならん。身上から理を計り出してすれば何かの理も分かるという。

 押して願
さあ/\事情あれば一つ事情運んで、又々一つ内々の処も運んで、身上から一つ話て、何かの理も話てくれるよう。



明治二十二年九月七日 午前七時
 上原佐助左の足首痛みに付願
さあ/\身上一条から尋ねた処、どうでもいかん。一寸の事はどういう事であろうと、日々に思うからは、どうでも忘れられん。さあ/\先ず/\所という/\。十分の押し固まりという。なれども一つの所、又々の所、とんと定かならん。早や早や一つの理が成ればと思う処、身上に事情あって尋ねるから諭そ。先々の処は十分に運んで十分の理。心の理が治まる、身上も治まる、何かの理も治まる。案ぜる事は要らん。いつ/\までも変わらん。一つの理は第一というは、変わらんが天の理、又一つには銘々事情、さあ/\前々の心が変わらぬよう。理で十分一つという。何かの処も諭してくれるよう。



明治二十二年九月十日
 本田分教会地方庁へ願出で致しますか、国々派出して宜しきか願(芦津分教会)
さあ/\尋ねる処、遠くと言うて尋ねる処、又銘々の一つ、早くという処、二つ一つに諭そう。銘々理何程暇が要ると言うても、心一つの理、誠鮮やか一つ理と治めば、何かの理も分かり来る。遠く一つの理の理というは諭する。一つの理遠くといえども、日々の理は一つの理に治まれる。内々の談示は直ぐと出来る。なれども遠くといえども同じ一つの理と治まれる。なれども遠くの談示は一寸に仕難くい。早くどれからや、道に/\幾重の道もある。これからの理も治め。早く治めれば、所所の理やと諭すれば、皆治まるという。



明治二十二年九月十日(陰暦八月十六日)
 増野正兵衞咳の障り伺
さあ/\身上心得ん尋ねる、いつ/\尋ねる。同じ事情身上という、めん/\心得ん、幾重思やん。余の儀外の儀思やんでない。一日の日、生涯やれ/\。いつも同じ事、一寸の心皆案じる事は要らん。これまでの事案じる。思やんもこれまでの事情、世界何かの処案じる。心をどんと据えてくれ。一日やれ/\、心に治まるなら、やれ/\治め成るよう。一つの道、どうでもこうでも成るよう通る。一日の日生涯という。一つ/\治めくれるよう。何かの処、心に掛けんよう。一寸の処、あちら真実理は定め居る。思わず/\何にも事情思わんよう。一日の日生涯という心を持ってくれ。



明治二十二年九月十六日(陰暦八月二十二日)
 明二十三日兵神分教会月次祭なるも、清水与之助事情のため帰る事出来ず、よって増野正兵衞代りて神戸へ帰る事増野より伺
さあ/\所々々に皆楽しみ積んで功を積む。何かの処、所々と功を尽し、身の寄る処、一日の日という。どうでも早く一つ急いで/\。心一つ功を積む理によって、何たる所であろう。以前三年々々余儀無き事情あって、何でも/\些か何でも三年以前楽しみの理を聞き、天の理を聞いて忘れはあろまい。所々日々尽す処、いついつまでも変わらんよう。



明治二十二年九月十六日(陰暦八月二十二日)
 前御願、地所買取中山会長の名義に書換御許しの願
さあ/\何かの処、ならん事情々々を通り、一つという難し道を通り、一つ一寸掛かり、一つの理始める。深きだん/\深き理を洗い、互い/\の身の知らせ合い、何かの処治め置く。十分一つ洗う/\。綺麗なる道、鮮やか互い/\理を洗い、道を洗いいつ/\道、又まあ十分運んで、又一つ一度大層、二度大層、一つの心に理に寄せて尋ね、一つの理を以て一日という。



明治二十二年九月十六日(陰暦八月二十二日)夜十時二十分
 本席身上御障りに付願
さあ/\/\/\一寸々々話置く。出掛けたで/\。まあ/\一寸これまでの処の話取り混ぜた話であった。広く/\という。やれ/\まあ/\いつの事やと思うて、よう/\の処、心一つを以て勇め掛けたる処、治まり次第、だん/\世界の理、まあ一度まあ/\一度どういう事を言い掛けるやら分からん。皆んな元々話を聞いて、これ世界誰の道とも言わん、誰のものとも言わん。真実一つで難儀不自由の道を通りて、今日の日という。もうこれ長らえての道を通りて、艱難の道を知らずして、あんな阿呆らしい事は措いたらよいという。こうしたら勝手が良い。こうやれば良いと思えど、天の理でいかん。治まらんで。成るも一つの理、成らんも一つの理、皆んな心を合せてすればいかんやない。話に一つの理があって、幾重の道も世界という。元々不自由の道も知らずして、日々こうという。治めようと思うてもいかんで。これよりはすっきり洗い替えるで。これまで長くの間、苦労艱難の道が一つの理であろ。これよく聞き取ってくれるよう。話掛けたら又々話掛ける。昼はあちらへざわ/\、あれは何じゃ。あちらから眺められ、どうもならん。さあ/\すっきり洗い替え。もうこれからはすっきり変えるで。
さあしっかり踏ん張る/\。運ぶ事情、どう成ろうとこう成ろと、日々世界治まるという。どんと心を定めてくれ。しっかり踏ん張る/\。



明治二十二年九月十七日(陰暦八月二十三日)午後九時
 刻限御話
さあ/\/\/\一寸一つの話掛け。さあ/\これ/\どういう事を話掛ける。皆皆ようこれを聞いてくれ。もうこれいつ/\の事に思うて居る。もう時節十分。もう十分に詰み切った処に、一つこんな事とは知らなんだと思うやろう。どんな事をして、十分にこれでこそと思う。こうしたらもうどっからどういう事も無いと思うたは、一時の処、神一条の理、一つでもどうもならん。十のものなら十ながらどうもならん。この者に運ぶ/\と言うても、神が定めねばどうも定まらん。いつになっても定めたる神やしき。道無き心は大丈夫とは言えよまい。皆よう聞いて置け。もう暫くの処、神一条の道にして了う。日々取り扱い成程これでこそ神やしき、天の理いつ/\までものこるという。そこでもうこれ一寸前々よりも伝え話、刻限の理が分かり難ない。これからは皆心を繋ぎやい、人間の心で定めた理はどうも続かん。何彼の事頼み置く。もうこれ一寸掛かり掛けたら、皆身の処で障る、障るから尋ねる、尋ねれば諭しよう。神が一つの理を見て定める程に。人間心の定めはどうも定まり難くい。何彼の事も話置くという、何彼の事も頼み置くという。



明治二十二年九月十九日(陰暦八月二十五日)
 増野松輔足障り伺、(増野正兵衞八日の日おぢばへ夫婦連にて参詣、その日松輔徴兵検査より帰る道にて、不意の足障りに付伺)
さあ/\尋ねる処/\、道理上の道、心一つの道、一日の日道がけ尋ねる。順序理をさしづ/\。一日の日はそれの処、一つの理は心に掛かる理は無い。主一人心得ん。身上心得ん。どういうものである。つぐ間違うであろ。後々前々十分の日という。後一つの理は無きもの。主一つの理を諭せ。余儀無きどうであろ。一つの理である。そば/\一つの理であろう。余儀無きは、心のだん/\の理を燃やす。いんねん事情理である。為す事一つの理、どのよな事も成る。余の儀一つ心得ん事情、危なき理は無きもの、一日の日は安心、案じる理は無きもの。いんねん/\運ぶ。一つの理を寄せ。事情一日の日、やれ/\治め居れど、どんな処、どんな中、案じる事は無い。前々深き中、やれ/\真の心、一日の日治める。よう/\身上の処安心。どう成るもこう成るもいんねん/\、どんないんねんもある、どうもならんいんねんもある。話一条、話人間拵えた時の話、一人処どうあろ。一つ余儀無き事情であろ。どちらでも案じる事は要らん。案じるというは、真に受け取る理が分からんから案じる。



明治二十二年九月十九日(陰暦八月二十五日)
 前夜飯降さと、よしゑの事情より両名直にさんげの際御話あり
さあ/\罪々聞かすやない。心いずむ。神が乗らん。席という、一日の心、一日の日、神が踏ん張る処、罪という罪すっきり聞かさんよう。一つの心という、神じゃない、心人間心に映してある。罪聞かしてどうなるとも計り難ない。思やん思てみよ。僅かいんねん、僅か治まり、雑言悪を馳すと言う。一度は許そ。後一つ心許さん。
さあ/\席詰んだる/\。心置き無う席を勤めてくれるよう。



明治二十二年九月二十一日(陰暦八月二十七日)
 清水与之助身の障り願
さあ/\尋ねる処/\、身上一つの理を尋ね、前々心得ん。どういう、余の儀でない処通り来た。よう聞き分け。もう/\世界も治まり、日々の事情、世界という。世上の理はそれ/\もう十分何たる事、この理を聞き分け貰いたい。一日の日始まった。何たるどうである。どういう理を治めたらよかろ/\。何も分からんから、理と理で抑えねばならん。理と理で言葉の理も抑え、治まって暫くすうと抑え置く。難しいうち、これはという中を通り、三年以前々々々々正月二十六日たゞ一日の日、世界を見れば、これはという。今一時の理を見て、先々の楽しみを治めてくれるよう。治まって暫くの間、何でも踏ん張るという。



明治二十二年九月二十一日(陰暦八月二十七日)
 清水与之助帰会の願
さあ/\所々治まって一つの理を治め。又身の処一つ心得ん。一日の日という、それ/\治まって一日という/\。



明治二十二年九月二十二日(陰暦八月二十八日)
 船場分教会所普請落成に付、陰暦九月八日、九日(陽暦十月二日、三日)に落成式致度御許し願
さあ/\尋ねる処、心置き無う何かの処運んでくれるよう。皆心置き無う。一日一日日定め。何かの処心置き無う、心揃えて何時なりとも心置き無う。

 同日、開筵式に付、郡山分教会並に兵神分教会所同様式御勤の処御許し願
さあ/\十分治まりの理を以て、一時運ぶ許し置く。何でも順序第一、心置き無う運んでくれるよう。

 同日、本席招待に付御出張御許し願
さあ/\三日だけの処、三日よりどうもならん。三日だけ。

 押して、三日だけは中三日御許しの願
さあ/\三日切り。又一日という、その時の事情以て一日という。

 同日、本席の随行御許し願
さあ/\一名二名三名、どうでも三名。少のうてもいかんで。三名という理を聞き分け。何かの処三三の理。

 同日、船場分教会所へ梅谷四郎兵衞籍を持て入込む事願
さあ/\尋ねる処、先ず/\当分理を治まるよう、それ/\理を寄せ。暫くの処順序理を寄せ。これまでならん中、多くの中、なか/\の中、世界の事情一時治まる。神一条の理どうであろ、思うた処で治まると言うたら十分。それ/\心尽し十分心受け取る。一時一つ何でも生涯末代。この理一時聞かし置く。治まるというは、心一つを以て治まる。しっかり聞いてくれるよう。

 押して、梅谷入込む処御許し下されますか伺
さあ/\治まる理を以て当分暫く、一時誰どれ治まり難くいから、順序を以て心置き無う、主も心置き無う。



明治二十二年九月二十三日(陰暦八月二十九日)午前四時
 刻限御話
さあ/\/\/\早く/\知らす。どういう事を知らすなら。これまで/\だんだん説いたる処、これ/\書き取って理を知らせ。前々説いたる処、何を説いたるという。天理王命どういう神であろう、何であろう言うて暮らす、年々通り一時という、どうも計り難ない。応法聞けばだん/\一年々々、理を見ればいかなる理も知らず、一度不思議々々々を以て、世界の理を以て計り難ない道とは思う。そうそううん/\実際の処、どっから眺めても実際の処が分からん。私考えの処、今どっから/\理を知らせある処、不思議世界の処にて、日本国中にて賑あう事が大変。何事がある、ふん/\これより大層な、どういう事も聞き流し、ふん/\第一の所に元始めたをやの証拠、元々夫婦に成った一つの理には、代々又続け繋ぐ/\。大変な事を言い掛けたな。これで元の神、元のをやの理に、人間生れる処、人間生れ代々続く。そうしてどうじゃ、人間生れるをびや許し。それはどうじゃ/\、さあどうじゃ。をびやさんしき許す、それはどうじゃ。すっきりと今一時出来る、たゞ一つ出来て了う。すっきり常の通り/\。さあどうじゃどうした、常の通り産をして了う。常の通り毒は要らず。いつ/\すっきりいんじりとも動かず/\、僅かの日じゃで。皆世界一時、そのまゝ常の通り、これが第一をや人間始め証拠。世上に幾重々々の理がある。成程々々これまで言うた理、残念の道が分からなんだ。道理上世界の道、さあ/\又話の理を聞かし置かねばならん。一つの理を諭し合い、いつ/\国々治まる処、世界中一つの理、さあ刻限の話長い話はせん。短き一つの理を諭し、十分あちらこちら駈け廻り、前々伝えたる話、前々世界中、どんな事も見るや聞くやろ。世界あちらで始め掛け、どうでも始め掛け。どうでもいかん。あちらでも本部々々、こちらでも偽の本部、十分成る成らん理をどうして来た。あれがどうする、これがどうする処思うてくれな。暫くの処、知らん者の言う処、前々話の処通るなら、そこで日々取り扱い、日々扱い暫くの間、日々の処、一人どうしてなりと事情授け居る/\。早く/\という。暫くの処、日々の理と思うやろ。日々の処、三名にせまりて、又三名六名として思うように行こまい。なれど暫くの処、秘っそ/\にして、本部々々急いて/\知らせ。世上の理を抑えたで。世上には本部々々名代、世上どうして運ばにゃならん。暫くの処、もとの三名、取次たった二名、身の処を聞く。長く聞いて分からん、身上の理を聞いて分からんじゃ、いついつ同じ事。だん/\日々身の障り、いつ/\こうという事どうもならん。そこで刻限を以て知らさにゃならん。もと三名の処、いつどう成ったという、いつにどう成ったやら、さづけ/\何時止めるやら、始めるやら分からん。何程あるやら、今暫くの処どうやろな。実々知らするによって、実々身の障りの処、すっきり断って置くよう。その場/\出来る。今暫くの処、すっきり断って置くよう。



明治二十二年九月二十三日
 地所中山会長名義登記の御許し願
さあ/\尋ねる処/\、尋ねどちらも同じ理上、これでよい。いつ/\もうどうであろう、運ぶ中計り難ない。十分これで一時一つの理に集めて、治めくれるよう。何かの処、さあ/\これでよい/\処に、よい/\と皆受け取る。



明治二十二年九月二十三日
 増野正兵衞夫婦去る十四日より咳障りに付伺
さあ/\尋ねる事情/\、どうであろう、よう聞き分け。大抵順序十分治めたる処、又々の処にて案じ一つの理がある。どういう事である。案じある十分の理は治まりある。第一もう一段の理である。互いに一つの理を治め。そうすれば一つの理が治まれば急く事情ある。内々たゞ一つ理が立っても日々の理がある。めん/\一時一つの理が心に治まり難くい。十分の理に治め、治まりに理が日々に思う、思わす。治めるなら身に障り無い。

 同日、押して妊娠中身二つになるまで、神戸に居るも宜しきや願
さあ/\たゞ一つの理、日々思う、思わず一つの理。よう聞け。どちら一つも同じ理。めん/\こう、何かの処、めん/\こう治め。どちらどう、こちらこう、めんめん心一つの理を治めるなら、いかなる安心さゝねばならんという。



明治二十二年九月二十三日
 阿波国板野郡撫養斎田村に於て、撫養支教会設置の件に付願
(但し、土佐卯之助より橋本清招請の件を含蓄す)
さあ/\/\実際一つの所/\、十分運びあれども、安心ならんと思う処、行て治めてやるがよい。



明治二十二年九月二十三日
 松村栄治郎身上伺
さあ/\身上から事情、又々の事情以て尋ねる処、第一身上心得ん。何かの事情治まるまい。何か分かるまい。大抵聞き分け居る/\。身の内かしもの第一、かりもの第一、心一つ身上事情、日々身上の不足の理を思う。思うから又不足拵える。何をすれども運べども、身上不足にては十分運ばれん。身上さえ治まれば、何かの処、皆治まる。又々の理も治まる。一時誠一つ治まるである。どう思う一つの理。何思う、身上一つ理よう聞き分けてくれ。三才一つの心の理を治め。先ず/\一寸一つの事、身上さえ十分に治まるならと思う。身の処不足なる。身の不足忘れられん。何かの処、三才心一つの理を治めて、何日々々と日を切って実正なるか、実正ならんか、治め掛けるという。

 押して願
さあ/\一時も早く何かの処、伝えてくれるよう。何かの処、身上の事情、身上の不足案じる。身上に不足あれば、何かの処皆案じる。早く身上速やかなれば、何思うまい。身上不足を日々に案じる。先ず/\幾日と理を定め。三才一つの理を治め。幾日という日を切って、理を定めてみよ。



明治二十二年九月二十六日 午前九時
 甲賀支教会願書滋賀県庁へ差出しの儀に付伺
さあ/\尋ねる処/\、さあ/\心通り十分なれば、十分の理を以て出すがよい。



明治二十二年十月三日
 増井りん願
さあ/\尋ねる事情/\、身上に一つの理、いかなる理と思う。日々に運ぶ処は、十分々々受け取る。いつの事やらと思うはそれだけの事、まあ長く身上の理も、一つ内々事情も一つ変わる/\処も思やんせ。先長くめん/\も年限の理を待てば、年限の理も治まろうと、よく聞き取りて、心に理を定まれば、身も直ぐと治まる。



明治二十二年十月四日(陰暦九月十日)
 阿波国板野郡斎田村に於て支教会普請願(撫養支教会)
さあ/\尋ねる事情、さあ一時治まる処、一つの所と、よう皆んな一つの心を揃え。これまでというものは、とんとどんならん/\。これより心一つの理を身の内で思案々々という。これまでの処、とんと分かり難ない/\。こう遅れてある処、心一つの理を以て一つの旬という。一つ拾えばさあ/\末代の理という。治めた処より始め掛ける。何かの処心置き無うと許し置こう。心一つの理を運び、何かの事も許し置こうと。



明治二十二年十月七日(陰暦九月十三日)午後九時半
 本席身上の障りに付願
さあ/\/\/\一言話をして置くで。一言話して置こう/\。話どういう話と思う。やれ/\長らえての処、これまでの処、皆んな一つ運ぶ事情に一つの理を諭し、又々一つの理を諭し、所々へ一つの理を下ろす。まあどうであろうと思うて、通り来た道理を思やんすれば、いかなる道も通りたやろう。安心なる道の理を聞き分けて通らねばならん。問えば一つの理を諭する、明らかな道を諭する。聞き分ける道が明らかという。さしづ無くしていかなる道も通れるか、通れんか。分かり掛けたら分かるやろう。さしづ無くして未だ/\通る事は出来ん。何処から入れど何処へ出れど、一つの理も無い。よって刻限の理を以て一つの理を諭し置く。



明治二十二年十月九日(陰暦九月十五日)午前一時四十分
 高井猶吉身の障りよりの刻限御話
さあ/\/\/\/\急くで/\/\/\/\。さあ/\急くで/\/\、急く急く/\。どういう事を急く。さあ/\何かの処、これ尋ねるまでやない。十分諭したる処、よう聞き取らねばならん。皆楽しみばかりの道と思う。何処にどういう事、早く前々以て刻限伝えたる処、もうこれ何かのふしが無ければ、何かの事も聞き流し。早く聞き取って何かの処刻限という。刻限の理は違うという事はない。一つのふしが無ければ聞き分けが出来ん。身上から一つの事情を尋ねる、尋ねるで知らす。刻限は違わんというだけで、その心が無ければ何にもならん。まあ一寸には誰それとは言わん。何処にどういう事あるとも知れん。刻限の理というは、違うという事はない。刻限の理を何ぼ知らせども、どうもならん。聞いた道は皆それ/\に運びを付け。早く聞き取って何かの事情を改め。日々出る入る。これもどうも分からん。
何かよう聞き分けてくれ。どういう道を見るやら分からん。一時の場より案ぜの道が分からん。皆早く談示の道も付けて貰いたい。皆およそな事やと思う。皆早く身の切なみより早く聞き分けて、出る入るの事情を聞き取ってくれ。もうこれだけ奮発、これだけ運べばと思うから、刻限の理も突き延しになるから、早く聞き取って、一時も早くその理を改めてくれるよう。

 押して願
さあ/\/\尋ね掛けるであろう、尋ねにゃ分からん。さあ/\諭し置こう/\/\。日々入る出るという理を聞き分けてくれ。どういう事を始め掛ける。刻限の理何か尋ねる。これまでの理を見て、何かの事見せにゃならん。今の処では、前々の古き諭というは、今は改めて席と言う。席は十分と思う。皆めん/\の理にある。席というものは尋ねに行くだけや。尋ねたらそこい/\の理は諭して下さるだけや。席と言えば皆下のように思うなれども、ひながたと思えばなか/\の理がある。さあ/\急く/\というは、日々に出る入るという。一寸には分からん。一時どうなろうと思うた処を考えば、分からんやない。互いに諭し合いするが第一。一日も早くやない。一時も早く改めてくれねばならん。さあ/\道理を以て諭すれば、分かるやろう。どれだけの者でも、一つ三名五名七名ではこれ行こうまい。赤きものを赤きと言えば、鮮やかであろう。白きもの白きと言えば、鮮やかであろう。どんな大切なものや、どれから見ても放って置かれん。前々古き事情、古き道があればこそ、新しい道という。をやがあるで子があるという理を考えば、分かるやろう。世界は理屈や。理の世界という。
早く悟れよ/\/\/\。さあ/\/\悟らにゃならん。身上から一時早く悟って、早く治めてくれ。をやがあるで子という。子は世界という。さあ/\急ぐ/\/\急ぐ。未だ/\話するで/\。
さあをやの道を通りながら、をやの道の理が分からん。古き道があるから新しい道がある。古き道はをや、新しい道は子という。さあ/\だん/\に新しい道を通ろうとするで、古き道が忘れる。よう聞き分け。古き道があるで新し道という。古き道は埋めて了う。
人が障りがあればあれほこりやと言う。どうも情無い。日々の理が辛い。古き道というは、前々より固めたる。新しき道というは、雨が降れば崩れるというが新しき理。もうこれ世界に無い。道の始めたる処、一時ではあろうまい。五十年以来、だん/\固めたる道、新しき道は、何時山崩するやらこれ知れん。古き理がこれ第一という。人間も若き年寄という。若きは先長い。年寄はまあ一日の日はやれ/\。心の安心という道を通さにゃならん。まあ一日はよい、二日はよい、三日はよい、とだん/\に送る。早く身上の処も刻限の理によって、何かの処も早く改めてくれるよう。



明治二十二年十月十日(陰暦九月十六日)
 刻限御話
さあ/\/\急ぐ。聞いてくれ。さあ/\/\一つの理を立て聞き分けくれ。もともと一つの理分からん処より、よう/\こゝまで連れて来た。道一つの扱いからどんな者も道を連れて付けたで。だん/\刻限理話掛けたる道、何か取り扱い、今一時成程大切、何であろうという処から。木は元やで、元は順々に芽が出る、栄える。あれだけ世上に見える理は、元より分からん。しょぼんとして居る理分からん。残念々々。
さあ/\聞き分け。理を聞き分けるなら分かる。あちらからもや、こちらからもや。やれ/\どういう元々やな。ああゝ何じゃ楽しみあれば神や。さあ元は女一人や。始めた又聞いた。又迎い取りになりたる者もあり、だん/\の道諭し、神は見通し、どんな道もあろう。どう言われてもじっとして居た者も、神が皆連れて通りた。あちらこちら/\何でも一度言うた。元女一人天より道を運んだ一つの理や。後の理、どうも心一つの道連れて通り来たる者ばかり。元というは、古きものは大切にすれば花が咲く。大木々々と人間ばかり、花咲くも、その元ありてよりある。古き元あればこそ大切。元無くてはならん。元というは、古きものが元、元より花咲く、実がのる。元あればこそ花咲く。よう聞き分け。忘れぬよう。それ一つ理詳しくたんのうさせるよう。
元一つの理というは、風吹けば散る。根がそのまゝ。枝という、花という、俄に風吹けば散る。元は散らぬ。元より出ぬものは無い。新しものは枝折れ易い、散り易い。この理をよう聞き分けるなら、何分からんではない。



明治二十二年十月十四日(陰暦九月二十日)午前八時二十分
 本席身上御障りに付願
さあ/\/\/\、これ/\/\同じ話を又する。何を言うやら分からん。これから何遍も返やしする。一つの話、十のものなら三つまでは、そこい/\の理が治まる。七つの理というは、未だ/\治まりゃせんで。

 押して、十のものなら三つ、あと七つという理が分からぬに付願
さあ/\一つ理が、七つの代りをするというは、どうも合点が行こまい。思やんも付こまい。七つ一つ、余程大層であろう。実正の理と思や治まって居るのや。治まったやろう。これ/\、俄に錦の継ぎはならん/\。七つ一つのこの話、七つ一つのこの理、どういう事やと思う。分かろうまい。分からねば、まあ一寸の理を聞かそう。どういう事の理である。まあ/\よう聞き分けてくれ。日々の処にようこれ聞き分け。日々の処、すきやか鮮やかに諭そう。これ人間と人間の心、又々又々、人間と人間心、人間同志の心でも頼めば一つの理がある。頼めば一つの理を聞こう。どんな事も尋ねある。理を聞いてある。七つ一つの理も尋ねば諭すやろう。七つが一つの理であるから大層であろう。七つの理が一つの理で治まる処、よう聞き分け。又々まあ/\どういう事である。又々さしづ/\を待たねば行きやせんで。所々に一つの理が治まり、まあ結構やと思うて居る。結構なものが出るそうな、珍しそうな、と、世界に何ぼ理が立ち掛けたるやら分からん。さあ/\もう知らし置こう、早や/\知らし置こう。どんな事も一つ、どれから見ても一つ、七つの理がこれこれ聞かねば分からん。何とも無いと思えばそんなものや。飼うてある、養うてあると、思えばそのまゝや。何とも無い。

 押して、別釜、別風呂に改めるの願
さあ/\/\/\尋ねる処、いつからどうせ、これ言わんで。なれどもよう聞き分け。こうしたならこうなる、これだけはこうせにゃならん、だん/\一つの理を聞き分け。心皆んな心一つの心でこうせにゃならん、思う心いつからどうせいこうせい、これ言わん。心一つ/\の理を洗えば皆治まる。こゝどんな事でもさしづする、心の間違うて居る処や、さしづしても何にもならん。さあ/\よう聞け。一寸二日三日は、どんな事でも定めたら定まる。定めたる事は、そのまゝ治まる者もあるそうや。皆んなが互いに堅い事を言うても、こうします、どうしますと言うても、皆んなが心が擦れてあっては、日々の処だん/\さあ/\どうこうという、いつ/\まで互い/\の理が第一。何名々々心がふれてどうもならん。だん/\もうこうどうと三日五日の理は治まる。さあ、未だ成らん間が楽しみやで。十分言うたら今一時の処、一寸学びをする。学びすると言うたら長い事やないで。二十年も三十年もと思えば長い。そうやないで。五名は二人の心、後三名の心一人の心、十名は一人の心難しい事やろう。よう聞け。神の理、心というは皆んな同んなし心、その中に取りようが間違う。神の理が心に治まらんから違う。これは一年二年ではいかん。身の内日々に何と言うて諭して居る。何を諭して居る。その処を思やんすればいかんやない。人間という心次第の名が出て居る。こっち/\どっち/\の心が勇む。あちらにも家がある、こちらにも家があると言うて、日々喜んで暮らす事を楽しんで居る。もう話通り治めにゃならん。多くの人が出て来る。あちらからもこちらからも、若い者が入り来る。日々忙しうなる。もうこれだけ尽した、それにこうと、日々忙しうなる。何かの処立て替え無き話して置く。先繰り/\あちらからも、こちらからも古き者に、こんな事神様が見て居やはる。見て居るならこさり、立てを変える。よう尽してくれた。一日の日は遊びに行て来うか言うて暮らして、奈良へ行こと思えば、年寄ったら手を引いて上げましようと言うて、手を引かねば行かりゃせん。この理をよう/\気を付けさっしゃい。この理から年が寄ればくどい事を言う。理と理と親子なるこのやしきへ入り込めば、年取りた者を親と見立てるよう。この理を聞き取ってくれ。



明治二十二年十月十四日(陰暦九月二十日)
 刻限御話
さあ/\前々より刻限以て話たる処、古き事/\という事、ほん一つで分かる事。古き者親という。子は何人ありても親は一人。為したる事はどうでも立てねばならん。親がありて子というは、親が賢うても、子は鈍な者出けるやら知れん。子は、親が鈍な者やと言う者があるなれども、何ぼ鈍な親でも、親があればこそ。年が寄れば鈍な者や。鈍な者でも親というもの大切なものや。悟り一つの理で席というものは、聞けば聞くだけ、尋ねば尋ねるだけのものや。何にも知らぬ者や。いや/\悟りというも、よう聞き違いの無きよう。親というものはどれだけ鈍な者でも、親がありて子や。子は何ぼ賢うても親を立てるは一つの理や。これだけの理を聞かし置こう。


明治二十二年十月十五日(陰暦九月二十一日)午後一時
 本席歯痛にて御喫飯出来兼るに付伺
さあ/\/\刻限を以て話掛けたる処、皆それ/\さしづ通りに成るが実正、するが実正。日々通りてあると思うて通り来たる処、もう二分の処が通り難くい。今はこれだけ尽して居る思う。どうも二分の処が通り難くい。そこで時分々々の喰べる物が喰べられん。もう十分切なみ来た。長らえて/\の道は通らねばならんと思う。皆通りてある。どうも二分の処が難しいてならん。よう聞き損いの無いよう、唱え損いの無いよう、古きの道も、おっとりの処が定まりたる処難しかろう。二つの理を諭するがどうも難しかろう。未だそれ/\へ伝えが仕難くかろう。なれどこの二つの理は現わさにゃなろうまい。楽しみも見にゃなろうまい。まあこれ切りで順々の話、神一条の道より無き処、すっきり磨き切る。
もう身上もすっきりする。又夜前の話より取り扱うた処も、十分受け取る。人間の理を治めさゝねば、どうも楽しみという道にはいかん。そこでこれよう喰べる物も、喰べられんという処まで迫り来た。席には何かの諭し間違わんようにしたいなれど、人間の心が混る。何故なれば、これではどうであろう/\と思う、諭に思やんは要らん。これから神一条にすっきり洗い切る。今一時の処暫くの処、これまで暫くという。



明治二十二年十月十七日(陰暦九月二十三日)
 本席の事情だん/\つかえ、別席の処も日々増加するを以て、遠く所三三三の理を以て九箇月通るよう改むる御許しの願
さあ/\何かの処尋ねるであろう。一つ/\理を尋ねにゃなろうまい。さづけ一条の席よう聞け。だん/\遠く事情一つの理、近く一つの事情、同し一つの理を渡す。先ず/\暫くの処席を縮め/\、これから縮め。最初水の花が出る。前々があって遠くの事情、一つの理通う通わんは大き。一度席に運んで、遠くの所、一度運んでじいと置き、又一度所々心の誠治める。所々急いで/\ならん。そこで縮める。遠くの所一度でじいと。又二度の席許して、一度の席では分からん。又一つこれまで三名の処、朝一度、夜に一度、筆取二人、取次一名、名前呼び出し一名、四人許そう。遠くの所、一度の席はならんで。この事情改めるため、一日に三名とした。遠くのとこは二度運んで遠くの所、三三九度一つの理を治め。胸の内発散するである。随分秘っそり。



明治二十二年十月十八日
 増野正兵衞鼻先一寸痛み、又夢にかみそり身に打付ける事四度、誰とも分からず、追い掛け身体抱きかゝえ、脊より切られると夢醒めしに付伺
さあ/\心得ん。悟りどういうものであろう。生であろうか、現であろうか。いかなる悟り。案じる事は要らんが、一寸の理を諭し置く。一日二日入り来る寄り来る処、一つ案じ心は要らん。めん/\心得ん一つの事情。



明治二十二年十月二十日(陰暦九月二十六日)
 石西三五郎地所買入れの儀伺
さあ/\長らく経ての処、どうなりとこうなりと通り来たる。追々年限を以ての理、不思議じゃな、何でも広く場所々々通り来たる。どうでもこうでも追々年限理を以て、よう天然の理を。これ年々これだけ、年々これもやしき、これもやしき、やしきの地所定まって居る。これだけ買手がある。年限の理を見なければならん。年限の理を以て運ぶ。広く場所持って治まる。長くやないで、早いで。大望や。何処そこ/\大望天然、やれ/\頼もしや。世界寄り来る事情以て運ぶ。日々という、尽せば一つ、運べば一つ、理治まる/\。



明治二十二年十月二十日(陰暦九月二十六日)
 石西三五郎地所買入れの儀伺
さあ/\長らく経ての処、どうなりとこうなりと通り来たる。追々年限を以ての理、不思議じゃな、何でも広く場所々々通り来たる。どうでもこうでも追々年限理を以て、よう天然の理を。これ年々これだけ、年々これもやしき、これもやしき、やしきの地所定まって居る。これだけ買手がある。年限の理を見なければならん。年限の理を以て運ぶ。広く場所持って治まる。長くやないで、早いで。大望や。何処そこ/\大望天然、やれ/\頼もしや。世界寄り来る事情以て運ぶ。日々という、尽せば一つ、運べば一つ、理治まる/\。



明治二十二年十月二十一日
 春野ゆう六十八才喘息障り伺
さあ/\実際事情、身の処尋ねる。よう聞き分け。聞き難ない。長らえての処、長らえて月日年限、事情一寸に分かろうまい。身の処切なみというは忘れられまい。身の処心得ん、切なみ忘られん。尋ね一つの事情、成程身も十分なるものであろう。いつ/\分かり難ない、事情という。いかなるいんねん事情聞き分けるなら、身も鮮やかという。いんねんという。身上一つ鮮やか、身上切なみ、いんねんの事情諭し置こう。聞いて定める。速やか事情、速やか事情定め。事情諭そう。一寸の理があれども、安心々々の事情分からいで切なみ。難儀さそう、不自由さそう神はあろうまい。人間幾何名の子でも可愛い。神も同じ事。不自由難儀は人間にとていんねん、身上速やかなれば心も勇む。世上いんねんの事情から見て、身上速やかなって、今一時道を定め。一時どう、急いで心を定めてくれるよう。



明治二十二年十月二十一日(陰暦九月二十七日)
 清水与之助身上願
さあ/\身上心得ん。どういう。又々身上心得ん、又心得ん身上一つ忘れられん。十分の心治め。十分治まって居るであろう。掛かる処前々事情尋ねる。一つどうであろう。元々一つ何年経つ/\。十分心を治め。心治めるなら、身は直ぐ何にも十分治まる。何かの処治まるよう。いつ/\さい治めて一時早くという。



明治二十二年十月二十一日(陰暦九月二十七日)
 清水与之助より建家を願(老人鶴吉籍を引取りますか、又は国元にて別宅をさしても宜しいかの願)
さあ/\尋ねる処/\思わく通りに建てるがよい。十分な事、思わく十分許そう。心通り速か許そ。許そと言えば、その思うように許し置こう。どんな事も許し置く。こう言えばこう、と、心定める処に許し置こう。



明治二十二年十月二十一日(陰暦九月二十七日)
 清水与之助播州地方へ派出の願
さあ/\尋ねる処、すうきり何かの処分からん処、一つ分からんじゃない。前元一つ理からす。年限の理によって分かり掛けたる、世上の理を以て分かり掛けたる処、どう言うたら困るであろう、日々の処理を集めて居る。先ず/\所々、一度なあ一度なあ運んでやるがよい/\。



明治二十二年十月二十二日(陰暦九月二十八日)午後十一時
 刻限御話
さあ/\/\/\/\帰る/\/\。皆んな帰るで/\/\/\。さあ何が帰る帰る/\と思うやろ/\。分かろまい。何箇年以前々々々々々よりよう早く急ぐ/\/\。何箇年以前々々々々々始め掛ける。始め掛けたら広く場所が要るでな。どれだけの場所、さあ/\しんより/\どちらも何時まで、しんより/\何時まで。刻限日柄々々、西も/\/\、それ北も/\皆北、東々々南々、これで十分、十分一つの理を知らそう。何にも分からんものであろう。長らえて道を、やれ/\に連れて通りた。いつ/\晩刻限の事情は違わん。四方八方何十何間差しを入れたらいかなる者で、どうもいかなる者も心を運んで、妙な普請が始まる。

 押して願
さあ/\何かの事も始め掛けたら始まるという。何よの事も大層事やと思えば、これ不思議と思えば不思議、時節々々の理を見たら不思議やあろまい。古き/\の処を見た処であろまい。長らえて一つ/\道を通り来た。



明治二十二年十月二十二日(陰暦九月二十八日)午後十一時
 山本しげの身上の障り伺
さあ/\/\/\、小人の処身の障り、どういう事と思う。親は親。何も案ぜる事は要らん。どういう事も治まれば皆治まる。親小人同じ事情。不思議と思うなら、何にもこれまで聞きたる処、思やんすれば不思議と思うなよ。身上は案ぜる事は要らん。



明治二十二年十月二十三日
 梅谷四郎兵衞身上願
さあ/\どんなとこから何を尋ねに来るや分からん。どんな事尋ねに来るや分からん。所に一つという。一つ治まる。長い/\話、どうもならん。どんな者も見て、一つ聞こうか、善き事ならば同じ事、一つの理に、理に花咲かそ。皆めん/\の理によって、隠し包みは要らん。長らえての道、一つ長らえての道、難しい事を言うた処が分かりゃせん。世界の中一つの理、同じ一つの理、これだけ成程々々からその日経つ、大分年限経つ。あちらの国へ一寸、こちらの国へ一寸分かり、年限の事情分かり来る。日々の処万事一つの心に持って、どっからどんな者が尋ねに来ても、おめも恐れもするのやない。分からん人間と言うてある。人間治まり来る道は、話掛けたる道、とんと分かり難ない。吉き日も、どんな日もある。日々一寸ほんに成程道説いたら、話をするがよい。



明治二十二年十月二十三日(陰暦九月二十九日)午後十時
 刻限御話
さあ/\何かの話を仕掛けるで。どういう話に掛かるかな。さあ/\始め掛けたる処から、どんな事をするのも、神の道から始め掛ける。何かの処も聞き分けてくれ。内々の事情どういう事も仕掛ける。始め掛けたら切りは無い。どういう事聞き分け。人間心の事情要らん。すっきり人間心要らん。これから先は人間心すっきり要らん。もうこれから神一条という道を立てにゃならん、立てさゝにゃならん。立てさして見せる。成るも一つの理、成らんも一つの理というは、前々に諭してある。さしづ通りに通るなら、働き掛ける。どんな事もさしづ一つの理を以てするなら、どんな事も神一条の道を通るなら、通して見せる。始め掛けたら、年々何かの事、これだけの話を伝えようと思えども、昼はあちらに話、こちらに話でどうもならん。旬旬の理を聞いて話掛ける。世界の事情、内々の事情もこれ一つやってみようと思えど、出来そうな理で出来ん。思うように成らんが一つの尋ね一条。尋ねたらどんな事情も世界も内も、一つ自然に出来て来るのが一つの理。神一条の道なら尋ね一つから始め掛ける。遅れるから怖わい恐ろしい事情が出る。これだけの事情を話置こう。何かの事情も、だん/\又々話合い、ようこの理を聞き分けてくれるよう。

 押して、東の方地所買受の処談じて宜しきや願
さあ/\尋ね掛ける/\。尋ぬれば一つのさしづ。成らん事をせいとは言わん。出来るだけの心を以てする。難しい事はならん。夜も明けば日も照るという。いかなるも運ぶ事情に一つの理、成らんと思うても独り成ればそれでよし、成ると思うても成らんが一つの理。何にも勧めるやない、頼むやない。くれと言えばいやと言う、いやと言えばやろうと言うが世界一つの理。この理をよう聞き分けて、悟り違いの無いよう。



明治二十二年十月二十五日(陰暦十月二日)午後七時
 刻限御話
さあ/\一寸説き掛けるで/\。これからもう何よの事も決まって了う。とんとどんならん。身の障り/\、身の障りから尋ね出る。尋ね出る処をちゃんと決まって了う。あゝ楽やなあというようにして了う。さあ/\俄に身の障り、どういう事やと思う。思わく一つを知らしたさ。一寸身の障り聞かさにゃならん。どうする事も要らん。さあ/\身の障りや/\。さあ早う聞きたいな、見たいなと急ぐ/\。身の障りどうやろうな、話掛ける。身の障りどんな事も聞かし置く。これまで刻限の理が取違いがあってどうもならん。聞き損い何ぼやら分からん。席一つ身の障り、刻限かいな、あちらこちら心掛け、一時一つの諭しという。直き/\一つの話、それ/\聞きたいという心ある。聞きたいという心があれば、心を散らさず聞こう聞こうという真実も出るやろう。刻限の理は一つも間違わん。違う事は無い。なれども少し違うたかいな、遅れたかいなというは、心に取違いあるから、だん/\取違い事情連れて通りた、身の障り、刻限かいな、身の障りや/\、これ聞こう、どんな話やという。よう心を鎮め。刻限を以て何時どんな事を知らすやらこれ知れん。一日の日はいつ/\の理に知らし置く。これからすっきり改め更える。一寸そこで夜々刻限を以て、夜々心を掛けて居てくれるよう頼む/\/\。
 引続きての御話
さあ/\一寸話掛けるで/\。掛かり掛ける/\。さあ/\どういう事を話掛ける。一つ話、やれ/\これまでは狭ぼうて/\どうもならん。むさい/\一寸始め掛けた。一ついつにどう成ろう知らん。どうでも出て来る。どうでもこうでも急ぐ。掃除を急ぐで/\。すっきりと掃除をするで。どうもごむそうてならん。どっから眺めてもこれでこそと思うが一つの理、むさい所はすっきり取り払う。あれが邪魔になる、これが邪魔になる。まあ一寸差し掛け普請をして越して来たる処、広き所、煮炊き場所が第一や。ぼつ/\掛かり掛ける。言い掛けたら一つ/\の談示、談示の用がふえる。急がしなる。ぼつ/\掛かる煮炊き場所。変な話に掛かり掛けたで。さあ/\第一一寸話掛ける。談じてくれ。だん/\に日々が急がしなる。多く煮炊き場所が急ぐ。これからはどうするもこうするも話掛ける。話掛けたら談じてくれ。談じたら尋ね出る。人間心はすっきり要らんで。こうすれば勝手がよいという、人間心をすっきり出せん。刻限の話は違わんで。めん/\思やんがあってこうしたらよいと、談示して尋ねる。これからは何でも彼でもさしづする。さしづ通りにすれば間違う事は無い。あの者があゝ言うよって、この者がこう言うよって、と言うて居ては、すうきり間違う。そこでこの事を一寸話置くという。



明治二十二年十月二十六日
 増野正兵衞三島村足達保次郎田地三畝九歩買入れに付、御礼を申上げおさしづ
さあ/\尋ねる処/\、理は十分の理である/\。尋ねる処十分、前々心と十分受け取る。又々だん/\年限の道を見れば、元という。まあ一寸心に済まん、心に掛かる一時は忘られまい。心にて治めたが、心に委せ置く。心に済まん、心だけ明けるに、さあ/\治めるがよい/\。



明治二十二年十月二十六日
 増野正兵衞居宅新築御許し願
さあ/\理を尋ねる一つの理、さあ/\一時思う処尋ねる処、どういう理を諭そう。話掛ける。どうでも共々いかなる理、話掛ける。尋ねる処、心わけない。吉い旬々同じ心を以て鮮やか。年々明ける心と遙かの日、どうしようこうしよう、こりゃ要らん。世上の理を治め方、皆心に聞きよ、心の理を楽しむと、年々事情ならんともどうせえとも言わん事情、心胆の心十分、同じ事情を寄せるなら、心置き無う事情という。



明治二十二年十月二十六日(陰暦十月三日)
 本席別風呂仕立ては、気兼ねせられ、外の湯に入りたいと仰せらるゝが、如何のものでありますや伺
さあ/\尋ね一つの理を諭そ。何彼の事情諭そ。一つの理が分かれば何彼の事情、世界の事情分かろう。席という。十分の席という。人間心を以て席とは言うまい。十分神が貰い受け、人間心は更に無い。なれど入り込む時、時々知らず、人間というはそのまゝ心がある。一時人間の心に取りて、これまで大層。今一時に取りて、なれど人間心に取る。未だ/\今一時通り良うて通り難くい。そこで心に入り込む処は神のさしづと取れ。



明治二十二年十月二十六日(陰暦十月三日)
 おさしづの後へ御話
さあ/\一寸一つ話て置くで。話というは余の儀でない。だん/\広く場所々々。だん/\説きた道であろう。いつの事である。日柄刻限、日柄来る世界ある。治まる治まらん世界にある。どれだけ治めようとて治まらん。だん/\の話仕掛けるから生える。こう生えるいかな話、だん/\生え掛け。又一つ中にこれだけこれもこうじゃ、だん/\一時成るように思う。これだけの地所、何間々々今年はこれだけ見る処の理、又一つあちら取り払い、すっきり掃除して了う。多く広く煮炊き場所。一寸集まる、小さきものが大き成る、小さい理大き成る。又心の理、多く思わねばならん。世界から何と言えども随分秘っそ。治まり事情から見れば大き成る。何ぼ大き道どうでもこうでも付け掛ける。一時広く成った。あちら/\こちらから言う。随分秘っそ/\して、くどう/\言うけれど、この理諭し置く。



明治二十二年十月二十六日(陰暦十月三日)
 河内国松村栄治郎老母出直に付、中山会長斎主御許しの願
さあ/\尋ねるから一つさしづしよう。さあ心だけ尽してやるがよい/\。その日余人を以て治め方。

 同御出張なされても宜しきや願
さあ/\心置き無う運んでやるがよい。一日の日は生涯の理に報うで。

 同会長の御供を増野正兵衞願
さあ/\心掛かるだけ運んでやるがよい。

 同刻おさしづ後へおさしづ
一寸一言言うて置く。一日の日、事情済んだら直ぐに戻るやで。そのまゝ外へ行ってはいかんで。運んだら直ぐと戻るのやで。



明治二十二年十月二十八日(陰暦十月五日)
 前伺中山会長御名前に登記御許し願
さあ/\尋ねる処/\、事情どちらどうするのも同じ一つの理片付け、同じ運ぶ処運んで来るがよい。



明治二十二年十月二十九日
 増野松輔身上全体腫れしびれ、去る十四日身上障りあり、一時御陰蒙り、主人の方へ帰し、又同方にて障りに付、主人方より取戻せとの事に付、その儘にして置きまして宜しきや伺
さあ/\前に一つの事情を諭し、尋ね一条諭し置いたる処、何かの処一時一つの心掛かり。どうがよかろう、日々の処という、よく聞き分け。よく諭し置く。一寸どういう事思うなれど、一寸暫くという。長いも暫く、短いも暫く。身の不自由、不自由の勤がこうのうの理と言う。よく聞き分けさゝにゃならん。暫くという。身の不自由は行。よう聞き分け。身の行は心に理を持って通るであろう。不自由不自由日々にこうのう尽すあたゑ。身の不自由がこうのう/\の理をよく聞き分けささにゃならん。



明治二十二年十月二十九日(陰暦十月六日)
 村田幸助身上障りに付願
さあ/\身上さらに一つどういう理、日々どういう事で、どういう理であろう。身上心得ん、どういう理である。身上事情どういう事である。身上障りどういう理、一つの道、前々諭し置いたる。道一つの道は、通さにゃなろうまい。心を以て事情事情以て事情、心に持って事情、日々二つ三つ事情の理を以て日々という、一日という。日々に見える、月々見える、年々見える。一時諭しの理を、めん/\日々という。一名一人々々々々理何かの処の諭し処、目には見えまい。日々の理、月々の理、年々たても見えまい。何でも見にゃなろうまい。



明治二十二年十月二十九日(陰暦十月六日)
 檪枝の堀内与蔵村田方へ入込みの願
さあ/\尋ねるであろう/\。さあ/\さあ/\尋ねるであろう。事情以て尋ね掛ける。古き諭しの事情、何か聞き分け。どういう事聞く。一時どうせ、どうすか、これ言わん。だん/\事情、古き事情から一時一つの理という。何かの処聞き分け。日々という、よく聞け。一軒の内、何名心の理さいあれば、何人一軒の内にとって、一名心分からにゃ何にも分からん。神一条の理を以て治めるなら、古き親という。そのまゝ存命、そのまゝ置きたる処、前々先々の処安心、古きの処安心。一致理を集める。そうすればこう、日々、月々、年々一つ心を治めるなら、どんな事でも治まらんやない。一時どうとも言わん。時々急がしき用、急がし理を計れば、都合じゃな。よく聞き分けてくれるよう。



明治二十二年十月三十日(陰暦十月七日)
 上田ナライト身上障り願
さあ/\事情以て心一つ尋ねる。よく聞き分け。難しい事は言わんで。すうきり要らん。幾年何年経つ。ようどういう事も諭してくれるよう。日々よう/\の日柄日日の処、心一つどういう心、何かの処聞き取れ。心一つ事情、心で理を拵え、心で理は要らん。前々からの話、前々伝え、今や一つの理じゃ/\あろまい。長らえての中/\、難し事もありて、年限事情以て事情年限、事情一つ日々の処、どういう事もめん/\一つよう聞き直せ。何にも今という理を拵える。今はやれ/\、事情から理を拵える。楽しみ理の事情要らん。遠く思うから、事情何不自由さすじゃない、難儀さすじゃない。世界から見て、どういう理である。今や一つの理であろまい。長らえて、道一つという。中にめん/\事情、幾年何年先楽しみこれではな。一つも気兼事情は要らん。これだけ無くば理は要らん。めん/\拵える。切りが無い。内々揃うて、誰がどう、十分理を頼もしや。今日も陽気々々、遠き事情待ち兼ね、よう/\通り掛けじゃ。長らえて事情待つという心無い。日々やれ/\楽しむ心あれば十分。



明治二十二年十月三十一日(陰暦十月八日)夜九時
 刻限御話
さあ/\/\/\、これ/\/\、さあ一寸の理を諭し掛ける。どういう理、さあさあよく/\の理を諭し掛ける。どうで一つの理は諭し難くいであろう。どうでもこうでも話さにゃならん。諭し掛けたら急がしうてならん。どういう理、さあ/\内々の事情早く急いで/\。どういう事であろう、どういう理で分からんから、一つ/\の理を運ぶ。知らず/\の道は通ろうまい。通れるに通られんやあろうまい。諭しの理に通れる。早くの事情、どういう事情。人間の心、人間の理は、どんとまあ、どういう事に一つの理があると思う。一寸には分からん。早くの事情、知らしたい事情の理によって、明るく道という。さあ/\仕切って/\一つの理早く/\早くンン。(但し、松村栄治郎本部へ罷り出で居りその身上に関しての刻限のように詰員一同の悟りなり)

 押して、人間の心人間の理という処尋ね
さあ/\なあ尋ね返やす/\やろう。さあ/\尋ねてどんな事も先に知らし置こう。人間心一つの理が何かの理であって、尋ねるにも尋ねられん。人間の理は、互い互い知らせ合い/\、どういう事も話し、諭し難くい/\処も諭するも一つの理であろう。まあこう言うてじっとして置く。どうであろう尋ね事情の理を諭す。人間の心の理を運ぶ。諭する理に違う違わん。間違う理はさしづせんで。さあ/\どうであろうと言い掛けば、一つの理も鮮やかという。なあ人間心というは、言い難くい/\という理を、五名八名という、めん/\談じ包む、含む、それは要らん。どっから見ても、聞いても、これで一事の理は、眺める処は鏡やしきという。聞き損いあっては気の毒な。そこで諭し置くという。



明治二十二年十一月一日(陰暦十月九日)
 松村栄治郎身上伺
さあ/\尋ねる一条、何かの処、よく聞き取らねばならん。長らえて、古き処から聞き取らねばならん。難しい事である。よう心を鎮め。古き処からぼつ/\話掛かる。前々内々事情あって長らえて、それよりだん/\の処、一つ心治まりある。前前というは、よう聞き分け。幾度話してある。細道伝えある。細い道は通りよい、往還は通り難くい。細道は心に掛けて通るから通れる、往還の道は通り難くい。世上では往還の道という。神の道には掛かり内も分からん、世上も分からん。心に掛けて通りたから通れる。一つの話仕掛けてから、長うて/\ならん。一時長らえて信心連れて通り、道理が分かる。変わる理を見て、内々十分たんのう治めくれ。身上第一不足無くてたんのうというは、心得ん。なれど人間事情、神の子供皆可愛い。人間事情の理に諭し置こう。幾名皆可愛い理であろう。難儀さそう、不自由さそう親は無い。道理上の理を以て改めばさんげ。どんな事をしても銘々こを堅く、一夜の間どうもならん。たんのう前生のさんげ、前々の事情どちらやろう。一日の日、理を尋ね、理を聞き分け。これまでの事情聞き分け。内々これで十分の理が治まりある。これ何ぼ日どんな事であったなあ。十分運びある。精神成る理もある、成らん事情もある。世上を見て世上一つの理が治まる。何でも身上不足、一つ何でも世上の理を聞き分けるなら、同じ子供、世上の理を見て、どんな理でも改められる。第一どちらへも心掛からぬよう。たゞ心に掛からぬように、運びくれるよう頼む。理があれば、理を聞き分けくれねばならん。多く寄り来る中なら、分からんから諭し置く。諭し合い、置く処から治まる。成らんとも言わん、成るとも言わん。どちらへも心掛かりの無きよう。前々心をいつ/\までも心を治めくれるよう。



明治二十二年十一月一日(陰暦十月九日)
 増井りん身上障り願
さあ/\尋ねる処/\、幾重尋ねる。何度尋ねる、尋ねて言う。何遍尋ねても、日が変わるというは変わるかと思う。何遍尋ねても、日が経てば変わるかと思う、月が経てば又変わるかと思う。変わらんで/\。細道通りよい、往還道は通り難くい。この理をよく聞き分けて悟れ。悟れば分かる。往還道は通り難くい、細道は通りよいというは、どういうものやと思うやろう。さあ心に掛けて通るから、細道は通りよい。往還というは世界であろう。往還ならば、どんな者が居るやら分からん/\/\。往還道なら世界であろう。この理をよう聞き分けて貰いたい。



明治二十二年十一月一日
 増野正兵衞神戸へ帰宅御許し願
さあ/\尋ねる処/\、心に身上掛かる。心置き無う行って来い。又直ぐと。



明治二十二年十一月二日(陰暦十月十日)午後九時
 本席身上障り願
さあ/\/\、一寸知らし置くで/\。さあ/\どういう事を知らし置く/\。すっきり道理上を知らし置く。さあ/\道理上々々々、これから道理上、暫く道理上通らんならん。難しい。よう聞き分け置かんならん。これまでというものは、細い道を通して来てあるで。細い道を連れて通りた。どうもならんから、世界一つの理によって、一寸世界往還道を付け掛けたで。そこで皆々心許す。往還道通すと、どんと油断してどうもならん。長い間、道理上の道を通れとは言わん。何年々々の切りを切りて置こう。さあ/\一二三々々々の切りを切りて置こう。一二三の印を打って置く。一二三の印の間、世界の道理上で通る。道理上ばかりで通す。ようこれを聞いて置かねばならんで。さあ/\多くの人が出て来る。一時どうもならんと言うて出て来る。諭す処、暫く世界の道理上の理で通らにゃならん。一二三の印を打ったら、神一条の道、人間の道理上を以て世界という。人間から世界の道理上を通らんならんようにするから、どうでもこうでも、道理上の道を通らんならんように成る。皆心で拵えてあるのや。さあ今の道、世界の往還道やで。そこで何でも彼でも、どうもならんと言うたら、道理上の道からどんな理が発しるやら分からん。油断しては踏み被ぶるで/\。そこで世界の道理上から、道理上の道を拵えるから、道理上を通らんならん。どうでも心で拵えてあるのやと思えば、どうも仕様が無い。そこでどうもならんから、一二三と印打つ。だん/\難しいなる。早く知らそうと思えども、昼はさわ/\して騒がして諭する事が出けん。どうもならん。そこで刻限で知らす。どうでもこうでも、言わにゃならん、聞かにゃならん、聞かさにゃならん。三つ理を。そこでちいとこれだけの事を、知らし置くという。



明治二十二年十一月二日(陰暦十月十日)
 橋本清紀州熊野行に付願
さあ/\出越しての処々、諭する処、さあ/\水は濁りてある/\。一時にはいかん。追々澄んだ所より、追々澄ます。十分澄んだら一寸には濁らん。さあ/\澄んだ所より、追々及ばし、十分澄ます。澄んだれば一寸には濁らん。めん/\も心に一つ用意の処の心を持ちて、諭し治めて掛かるよう。



明治二十二年十一月三日(陰暦十月十一日)
 辻とめぎく、中田なつ両人おつとめに出ても宜しきや伺
さあ/\尋ねる事情尋ねにゃ分からん。尋ねれば何彼もさしづする。一時一つの事情尋ねる処、これまで事情に遅れてある。今の処は一時芯と言うて定めてない。定めたら何座のつとめに何人と言うて、人数が要る。いんねん無き事情は治めよとても治まらん。一座分かる/\。今一時勤めてくれるよう。今一時人数定まりない。いずれ人数の芯を定めにゃならん。定めても一時と言うて代わりを出さんならんという日もある。そこで多くの人数が要ると言うてある。一座にこの理を切りて、又今度のつとめと代り合うて勤めてくれるよう聞き分け。あの者がつとめ一条の芯と言うても、心の理によって芯が立たんという事情もある。古きいんねん一つ事情、そこで一つ何かの事情も治めてくれるよう。



明治二十二年十一月三日(陰暦十月十一日)
 松村栄治郎身上伺、(郡山増田方にて世話致し度き願)
さあ/\運ぶ一つの理、随分受け取る。十分受け取るが、何かの処思やんの理一つの順序を運ぶに、一つ思やんして一寸一夜、又一夜、又一夜その順々に手順々々を追い、それより/\、内々へさして十分に手順を追い、皆心置き無う十分に、又一つ理を治め、一日又一夜又内さして。

 押して願
さあ/\手順を追うて、内へ急ぐ/\。

 押して願
一夜々々又一夜、さあ/\十分に心掛かりの無いよう。何かの処、十分心落ちの無いよう。それからそれへ。



明治二十二年十一月六日 午後八時
 中山会長河内松村へ葬式見送りに行くに付伺
さあ/\直ぐと行て、直ぐと戻る。一度はさあ直ぐと行て、直ぐと戻る。



明治二十二年十一月六日
 永尾たつゑ身上願
さあ/\小人事情々々々々、余儀無く小人事情、よく何かの処、聞き取ってくれ。身上ありて一つの事情、よう聞き分け。日々の事情、もう幾日経ったら事情尋ねる。事情は一日二日事情がありて、事情一日二日経ったら速やかなる事情を諭そう。第一の処から一つの理始めは、どうでも基づかさにゃならん。一つの道から一つの事情始め掛けたら、どうでも通らにゃなろうまい。そこでもう一日二日経ったらどうでも事情諭す。

 同日午後八時
前の事情に付永尾楢次郎摂河泉地方派出中呼返す伺
さあ/\尋ねる事情から尋ねる。日を切りて諭すという。一日二日に知らそうという理を尋ねる。さあ/\よう聞き分け。早く引き戻さにゃいかんで。さあ/\一日の日余儀無き事情を以て日を送る。戻る事情にあれども一日二日と日が遅れる。早早引き戻さにゃならんで。一時急く事情ある。小人どういう事で身が障る。一日も早く引き戻さにゃならん。早く引き戻せ/\。

 押して
さあ/\急ぐ事情、前に諭し置いたら、後は心次第、どうせこうせこれ言わん。



明治二十二年十一月六日(陰暦十月十四日)午後九時
 刻限御話
さあ/\一寸話、どういう事を話す。何かの事情が急く。どうもこうもならん事情が急く。先々より余儀無き事情々々、これ刻限事情の話、刻限以て話たる事は、一寸も違わんで。刻限の理というは、違うという事は一つも無い。どんな事もこんな事も一つの理に止まる。刻限の事情成程の事情、心に掛けて居れば、一つも粗相は無い。話した処、違いさえせねば一寸も粗相は無い。事情によってこれなら/\と言うて運ぶ事情は、受け取る事が出けん。諭した理を聞き分けるなら、何処でどうあろうが、神が連れて通る。聞く処もあれば、又失う処がありてどうもならん。



明治二十二年十一月七日
 梅谷四郎兵衞長女たか十才、左の目の上に一つの出来もの、とみゑ三才、右の耳及おとがいに、くさ出来しに付願
さあ/\何かの事情、事情無くては尋ねようまい。小人事情、どういう事であろう。よく聞き分け。小人の処、日々の事情、小人一つのあたゑ、何かの事情も思案々々、日々に思て暮らす処分かり難ない。日々事情という/\/\、小人幾何人の理を与え、何かの事も心に掛からんよう。長らえての事情、長らえての処、どんな日も通り、どうであろう、どういう事であろうという道も通り、今の処通る処と思案せ。小人の処、心治まらんと忙しい/\という。さあよく聞き分け。今の一時小人の事情という、日々の処という。急がしいと言えば急がしいやろう。小人事情から思えば治まらん。何にも心掛かり無いよう。小人という、小人一つの心なれば、小人三才の心というものは、何にも心に掛けんものや。三才までは何にも分かり難ない。小人一つの心に思うて、すうきり心に思わんよう。さあ/\暫くの処、何にも心に掛けぬようにして、日々の処暮らすよう。日々の処、小人の心治まらん処思案すれば、何かの事も治まる。



明治二十二年十一月七日(陰暦十月十五日)
 鴻田忠三郎歯痛み願
さあ/\尋ねる処、身上尋ねる。どういう事やな、何であろう皆思う。どういうものであろう、どんな思やんする。思やんばかりではない。どういう処から、どういう事数々、余儀無き処より、遠く理、理を運ぶ、日々運ぶ。十分受け取って居る。年寄がじいとして居て、遠くの所へ出でぬよう。日々運ぶ処十分に受け取って居る。日々理を運んでくれるよう。



明治二十二年十一月七日 午後十時四十分
 刻限御話
さあ/\一寸話仕掛けるで/\。まあ、あちらもこちらも取り混ぜ/\て、一つの理を諭そう。もう/\急がしい/\。日々が急がしい/\。何でも彼でも、一つ見れば一つの理がある。聞けば一つの理がある。二つの理の道理の理を、治めてくれねばならん。難しい事は言わん。難しい事をせいとも、紋型無き事をせいと言わん。皆一つ/\のひながたの道がある。ひながたの道を通れんというような事ではどうもならん。あちらへ廻り、日々の処、三十日と言えば、五十日向うの守護をして居る事を知らん。これ分からんような事ではどうもならん。ひながたの道通れんような事ではどうもならん。長い事を通れと言えば、出けんが一つの理。世界道というは、どんな道あるやら分からん。世界の道は千筋、神の道は一条。世界の道は千筋、神の道には先の分からんような事をせいとは言わん。ひながたの道が通れんような事ではどうもならん。どんな者もこんな者も、案ぜる道が見え掛けてはどうもなろまい。一日二日経ったらと言うたら、どんな事やと思て居たやろ。ちゃんとしてやる道は見るも同じ事。ひながたの道を通らねばひながた要らん。ひながたなおせばどうもなろうまい。これをよう聞き分けて、何処から見ても成程やというようにしたならば、それでよいのや。十年あとの道は、どんな事を説いても、いか程説いても、そんな事は無い、何を言うやらと言うて居たのや。国々の者やない。そこからそこの者でも分からなんだ。なれど十年経ち、二十年経ち、口に言われん、筆に書き尽せん道を通りて来た。なれど千年も二千年も通りたのやない。僅か五十年。五十年の間の道を、まあ五十年三十年も通れと言えばいこまい。二十年も十年も通れと言うのやない。まあ十年の中の三つや。三日の間の道を通ればよいのや。僅か千日の道を通れと言うのや。千日の道が難しのや。ひながたの道より道が無いで。何程急いたとて急いだとていかせんで。ひながたの道より道無いで。ひながたの道がどんな日もある。ひながたの道にはいろ/\ある。誠の道も蒔いた事がある。なれども、何年経てばこうという理が、外れてはあろうまい。世界には何を言うやら大工がと。日本一の大工や。何言うて居るやらと皆笑うて居た。十のものなら八つという。後二分の処放って了うは八分という。難しい。後二分というたら僅かや。まあ何年居てくれたら、内も結構や。なれどもどうも半端である。十年の間、八年の間の苦労は容易やない。なれども、まあ後二年は何でもない。八方明けたら明らかや。もう僅か、まあ三日の辛抱さえ仕遂げたら、誰に遠慮は無い。皆貴方々々と言う。ひながたの道が出してある。ひながたそばにある。めん/\もたった三日の辛抱すればひながたの道が。以前々々は、我が/\のようにして通りて来たのや。三日の日は越せんという理はあるまい。どんな者でも、ひながた通りの道を通りた事なら、皆ひながた同様の理に運ぶ。まあたった三日や。三日は分かろうまい。今と言うたら、今の事のように思う。ひながたの道を通れば、僅か年限の間に、何と分からなんだなあ。前々は我が俺がと言うて居たなれども、どうもあんな者とも知らなんだと、世界から言うのは、まあたった三日の間や。三日の辛抱さえしたら、どんな道があるやら分からん。あちらも狭ばい、こちらも狭ばい。あちらも広め、こちらも広めに運ぶ。三日の辛抱したら、今の三つが、三日経てば何ぼに成るやら分かりゃせんで。一日々々の日が近寄る、何処から見ても出るも、ほんに見るも、ほんになあと言う日は、まあ三年の間や。三年経てば、偉い事に成るのやで。三年の道は直きや。そこで、難しい事せいとは言わん。古い型のひながた、見えてある事分からん。一年後というものは、大方成るかと思えばどんと行き、これではならんという処から、一寸道を開き掛けた。まあ/\世界から見れば往還。細道は通りよい、往還通り難くい。何を言うと思う。往還通り難くいという理聞き分けたら、三日の間や。なれども、これまで細い道を通り来た故、大き道に成るのやで。三年やそこらの事は、三日の日の事思えば直きや。三年辛抱すれば、落ちようと思うても落ちられん。たったそれだけの事が分からん。そこで皆んな一つ/\の理を寄せてくれるよう。僅か三年の間の事を、長う取るからどんな理も出る。たった三日の間や。三年の道通れば、不自由しようにも、難儀しようにもしられやせん。たった三日の間や。



明治二十二年十一月九日(陰暦十月十七日)
 永尾たつゑ身上今一段速やかならぬに付願
さあ/\尋ねる一寸さしづ、さあ/\一寸さしづ。小人というは、一才二才三才まではどういう事、人間心はさらにあろうまい/\。一才二才身の処、自由聞き分け。始め掛けたら、見にゃならん、通らにゃならん。よく聞き分け。ひながたの事情、ひながた見るにも聞くにも合わん。世界明かり、一寸ひながた自由、日々の処、日日の理に分かりてある。ひながたの理を何でも通らにゃならん。ひながた現われる理である。世界という。ひながたの理をよく聞き分け。元々寄る事一つの心の心を察してくれるよう。十分ひながた一日の日、ひながた前々の理を聞いて、ひながた何かの処、ひながたの理なら洗い出す、尋ね出す/\事情分かり、遅い早い理は言わん。誰はどう彼はこう。こうのうの理は元にある。不自由を通らねばならん。一つの理を諭し置こう。



明治二十二年十一月九日(陰暦十月十七日)午後十時半
 刻限御話
さあ/\だん/\話掛ける。どういう事を話掛けるなら、一寸難しいように思うやろう。余儀無き外一つの理は諭さん。何かよく聞いてくれ。いつ/\まで、これより代々長く/\続く理を諭そ/\。
さあ/\遠く/\という。遠く理というは、これいつ/\の事情に思うて、皆分からん、分からんから待ち兼ねる。遠く事情という、世界大きい一つ事情、今の一時は皆めん/\一つ/\の心である。めん/\心の理を治めよう。遠く事情世界と言う。成らん事情を無理に通れ。長く事情やない。さあ/\まあ一寸今という今、もうこれ譬え一つの理を諭して、もうこれ三年々々という理を諭し掛けたら、どういう事であろう。三年の理を待ち兼ねる/\。一寸一日二日三日つい経つものや。三年と言えば長いように思う。一度定めた心は生涯という。何かの事情もよう聞き分け。いつ/\までも変わらぬよう。間違う話はせん程に。よう事情を聞き分けてくれるよう。世界の理上、遠くの事情を聞いて日々と言う、年々と言う。早く治め掛ける。何か思案定めてくれ。難しい事は言わん。難しいと思えば大変難しいであろう。なれどもひながたの道を思えば、何も難しい事は無い。なれども心一つの理によっては難しい。長くの事情ならば退屈するであろう。楽しみの道を諭して楽しみ。一年又年々今に種を蒔いて、今に生えようまい、花は咲くまい。これは余程旬早く早くの理のものを寄せる。聞くや否一つの道や。一夜の間にもどんな事という。一寸まああれこれの事情を諭し置こう。



明治二十二年十一月十日(陰暦十月十八日)
 先日東京に分教会所御許しになりしが、出張所を引払い、分教会と名称を変えては如何伺
さあ/\尋ねる理一点、さあ/\尋ねる一点、一つの理、一時名下ろしてやるがよい。名を下ろしてやれ。一つの理十分談示事情の上、速やか理がある。こう言えば談示日々やで。

 さすれば出張所取払う事を御許し下さるよう願
さあ/\十分談示の理治め方、先々の方十分理を諭し、十分合わせば速やか許す。



明治二十二年十一月十一日(陰暦十月十九日)
 永尾たつゑ身上障り伺
さあ/\尋ねる処、内の事情、外の事情、遠く事情、幾重事情無いで。内諭し、ぢばの諭し外に無い。違いは内々の事情の諭し一つの理、人間始まりなれば理は一つ。どういう理でこう成る、何が悪い、こればかりが事情であるまい。一二才事情一つの理、真の事情治まりの事情という。



明治二十二年十一月十一日
 石西三五郎宅跡へ板柵して宜しきや、壁にして宜しきや願
さあ/\何かの処/\、万事尋ね掛ける事情、尋ね掛ける。何か筆を取って、どういう事情諭し掛ける。一時未だ/\十分の普請、一寸一つ囲い、一つまで諭し置く。それより事情始め掛ける。一つ/\尋ねる諭し置く。一寸囲い始め掛かる/\。



明治二十二年十一月十三日
 今のおつとめ場所、西手石西の方へ壁を取払い、庇二間差し掛け、長七八間御許しの願
さあ/\当分の処/\、これ都合のよい、勝手よい、一寸どうでももう/\諭し、一寸暫くに、刻限に年限の事情知らしてある。それ/\談じて何かの処急く。広くの場所々々、地所十分、世上の事情改め。地所だん/\運び来る。最初掛かりは、小さき一寸差し掛け/\。何でも急がねばならん。一寸雨凌ぎ/\、掛かってくれるがよい。



明治二十二年十一月十五日
 井筒梅治郎身上願
さあ/\身上尋ねる事情、よう聞き分け。どういう事であろう。身上からどういう事、身の内早く急ぐ、どういうもので急ぐ、いろ/\とは言わん。どういう程無う一つの理、程無う一つ。一時早くの心、暫くの処、何かの心を治め。急ぐ処身上に出る。暫くの処事情、世界々々長くじゃない。何かの処聞き分け。一つの事情、世界心を暫く治め。遅き早き理は無い。心が治まれば身も治まる。さしづ通り改め一つの理という。

 四地方講社区別の願
さあ/\まあ暫く/\そのまゝ事情。それ/\日々尽す処、人々心を改め何かの事情、心を改め旬という。早くこれ/\談じ、よく聞き分け。どれから見る、どれから眺める、これから一つ改め。一つの理を急ぐ。いかなる理が治まれば旬という。順序一つの理治まったら、一日の日という。



明治二十二年十一月十六日(陰暦十月二十四日)
 大阪今村熊太郎ランプ商業を営みても宜しきやに付伺(明治二十一年正月よりおぢば勤めをさして頂き、半歳余りして家族を大阪より呼寄せたるに、これという収入無き処より)
さあ/\尋ねる処/\、何を思うも一つの理、どうせこうせこれ言わん。通り来たる道を見て/\、一つ理世上という。年々の理を見て、実正。何時なりと、いつも事情変わらん。どう言えばこう、いつの理を以て心置き無う。



明治二十二年十一月二十日
 増野正兵衞前々おさしづに『継ぐ間違うのち/\十分一日の日』と御聞かせにあづかり、就ては正兵衞三年以前に隠居致し、松輔を本人と定めましたのが、違いますかの伺
さあ/\尋ねる処/\、治め一つの理という。どうこうよかろう、こういう心がよい思やん。一時一つの理が早い。もう長くの処の理を待てとは言わん、通れとは言わん。旬々のいかなる理を知らそう。

 同日、春野ゆう前におぢばへ参詣の時、身上障りに付おさしづを蒙り、大阪の春野宅へ帰り、又身上の障りだん/\重り、横に寝る事も出来ず、前おさしづにより諭し速やかおたすけありしが、今度は身上救かる事難しきや伺
さあ/\尋ねる事情、治まって一つの事情、思うどれだけまゝどれだけ、諭し聞き取り一つ計り難ない。なれど何箇年以前の事情、一つはいんねんの事情、何かの理を聞かして置け。まあ一つ出更わり、一つの理も、お互いの理を聞きて通り来たるものである。人間出帰りの事情、障り分かり掛けた事情、一時ではない。いんねん事情諭し掛けたる。どれだけ心に諭しても、心に治まらねば治まらん。一つ話成程十分、話十分諭し、いんねん一つの理は諭してくれるよう。

 同日、増野正兵衞明日より神戸へ帰る事御許し願
さあ/\何かの事情心に掛かる。一つ一日速やか、急いで鮮やか、一つ/\治めくれるよう。又々急いで。



明治二十二年十一月二十日
 諸井その三十三才身上障りに付伺
さあ/\尋ねる処/\/\、事情心鎮めてしっかり聞き取れ。長らえて事情不足という。よく聞き分け。国々一つの理を始め、だん/\尽す一つの理を悟らんならん。長らえて内々事情、身の処いつになっても鮮やかと言わん。前々元々理を聞いて、国に何でも十分の理である。よう理を聞き分け。日に不自由思う一つの理心にある。どういう事聞き分け。話一条の理、身が速やかになる。だん/\映しある処、人間皆神の子供、この理よう聞き分け。いんねん事情諭し、同じ神の子供可愛い子供、いんねん事情聞き分け。それよりたんのうという。身が不足通ってたんのう思わりゃせん。人間始め掛けたる理から見てたんのう、世界の理を見てさんげ。日々身に不足なって世上の理を見て、随分皆んなたんのう/\の理より受け取りは無い。よく聞き分けくれねばならん。一時一つの理を諭し掛けよう。



明治二十二年十一月二十三日
 東京出張所の上原佐助、清水与之助に対し、本部設立の節不行届にて打合せ悪しくに付、一同相談の上、清水与之助、平野楢蔵出張して打合せに行く事願
さあ/\事情を以て事情を尋ねる。一つの話、一つの理。どれからどうする、一時定める理、心の理で一時の理が治まり難くい。そこで捌き一つの理を洗いさえすれば、どんな事でも治まる。元一つの理から治めて行けば、どんな理でも治まる。

 押しての願
さあ/\道理上の理を以て治めば、どんな理も治まる。心の理で、一つの理が治まらん。心の理から治めて掛からねば、どうでも治まらん。

 又押して、出張所を取払う事に付、分教会と引直し願
そりゃどうでもよい/\。

 又、平野楢蔵、清水与之助の両人上京の事に付伺
さあ/\だん/\の理を以て治まる理、何名何人はこれ言わん、誰がどうこうは言わん。心の理さえとげば、一時何かの処も治まる。



明治二十二年十一月二十三日 朝
 清水与之助、平野楢蔵東京へ出張の件の後にて、清水与之助の身上の障り願
さあ/\身上に一寸心得ん。身上にさあ/\速やかならん、日々思う。聞けば一つ、見れば一つ、心に一つ理、どうであろう、こうであろうと心に掛けんよう、思わんよう。何かの事もよく聞き分けて貰いたい。

 押して願
さあ/\道理上を以て話す。道理上の理を以て話すなら、誰彼言わん。何処に心掛かりあってもどうもならん。誰彼は言わん。皆だん/\の理によってすれば、速やか一つの理という。



明治二十二年十一月二十五日
 前川菊太郎、梶本松治郎、永尾楢次郎、三名別席の願
(他へ派出しておさづけ無くば不自由に付、席順序を運んで宜しきや、刻限にて御渡し下さるや、取次より願)
さあ/\尋ねるは一つの理であろう。詳しい一つの理を尋ねるから、十分の理を諭そう。内外隔て無き一つ理という。世上に理が有って、内に理が無い。このやしきは鏡やしきという。鏡やしきは曇りあってはどうもならん。心次第で一夜の間にもさづけ。若き事情を改めるなら、何処にても叶うさづけを渡そう。思わく通りのさづけを授けよう。さあ内外の隔ては無いで。どれから人衆寄せるやらこれ知れん。心の理によって、どんな役割するや知れん。席々と言えど、真の心に席無くば何にもならん。互い/\諭し合い、尋ね合い、真の心に理が治まるなら、一夜の間にも速やかさづけ。さあ自由という。

 同時、内々女の方前同様の願(本部内の女の方々を言う)
さあ/\尋ねる処/\、理無くして理は有ろうまい。道無くして道は有ろうまい。順々の理を以て話、月々の席、もう一箇月済んだと思えど、心に理が治まらねば何にもならん。何ぼ席々と言えど、心の理によってこうのうが無い。席をして順序運べば、さづけは渡そう。なれども落す日もあるやろ。これ知れんで。幼年なる者に理が渡したる処もある。日々諭し合い、尋ね合い。心の理、心の席という。さあ心次第でさづけという。



明治二十二年十一月二十七日
 山沢サヨの障りに付伺
さあ/\何かの処、よく聞き取れ。小人々々身の障り、何が違う、何処が違うと思やんするが理であろう。身の処より、さあ/\道という道なら、いかなる事情、内内事情を改めるなら、一時速やか。真を定めるなら、速やかという。聞き難くい処の理もあろう。人情人間の理、一時一つの道が分かりたる、一時なる道は、世界応法、何も一つの理や。一時一つの理を以て、一つ旬。これも道、これも理、何も彼も一で一つの理。さあ/\治まるも一つ、治まらんも一つの心。早く発散胸の発散する事情、早く聞き取れよ/\。さあ/\分かろまい/\。どう言うも、言うも一つの道、聞くも一つの道、どういう事もこういう事も、一時一つの心、何よの事も自由。身の処より幾重思やん。よく聞き取れ/\。



明治二十二年十一月二十九日
 東京市下谷に在る出張所を下谷分教会と引直しに付、前川菊太郎派出の際伺いさしづ
さあ/\尋ねる事情から、一つの理という事を、一つの理に話すなら、どういう世界を通るもよう聞き分けて。元というはをやという。をやという理は可愛い理に育てば、どんな所も育つ。親と成りて育つるは可愛いという理を以て育てるよう。これだけ一寸話置こう。
もう何の事も委し置こう。どういう事情を計るも、心置き無う可愛いという理を以て扱うよう。それから順々珍し道という。返やし/\して話して置こう。



明治二十二年十一月三十日(陰暦十一月八日)午前九時半
 上田ナライト身上願(これまで一身暮らし(独身生活)という事をお聞かし下れしが、やはり一身暮らしで越すものでありましようや、夫を持って越すものでありましようや、如何の願)
さあ/\実際々々、元より一つの話、元々の話というは、よう聞き取れ。前々話伝え、一身一人の暮らしという。いつ/\までも十分、いかなる道も通した。一つの道からどう成ろうと、日々一つの思やん。前々理を伝えたる処、まあ一身暮らしで神の守りと聞いたが、今の一時でどういう理であろうと思うやろう。実々思案すれば、分からんやあろまい。理に変わりた理はあろまい。一身暮らしという理を諭してある。前々より話てあるを、事情が変わりたなあと思う心を出さんよう。
一身暮らしならば、一身暮らしの理は与えよう。一身一人のあたゑはいつ/\どうでもこうでも与える。なれども心の理を改めて、こうと思うなら、又それだけのあたゑは渡そう。
これからは先が長い。一身暮らしのあたゑはどういう事やろと思うやろう。影は見えん、姿は見えんと思うやろ。なれども一身暮らしの理は、立てゝ貰いたい/\。さあ/\親にさづけ渡すで/\。さあ/\受け取れ/\。さづけ渡そう。
さあ/\さづけ/\、かんろうだいのさづけを渡そう。心置き無う受け取れ。かんろうだいのさづけ渡そう。

 桝井伊三郎より、かんろうだいとはどういう御手にやと御尋ねすれば
さあ/\雛形通り/\/\。



明治二十二年十一月三十日
 増野いと左の腹に差し込むに付願
さあ/\尋ねる処/\、一つの事情。さあ/\日々の処、日々の心、一つの理/\、どういう理と思うやろう。安心なって安心ならん。皆一つ/\めん/\、あちらこちら一日々々思う。一つの理何かの処聞き分け。あちら一つ身が障る、こちら一つ身が障る。心に重々思う。早く十分洗い取れ/\。どんとさゝやかならん/\。これより洗い取りて、こうと一時の心治まれば、何かの心明らか。一つ旬々一時、又又旬々の理を以て治まる/\。案じる事は要らん。案じる/\、案じずに居られようまい。通るだけの道は通る。こうと言えばこうという、一つの理を治め。十分こうという理を定め。旬々の理を以て、治め諭してやるがよい。

 同日、押して日々の心の理を定めるのでありますか、又こちらへ来る心を定めさすのでありますか願
さあ/\日々の心から、又一つ所を変えて、一つ十分諭して、どうならよかろう、こうならよかろう。旬々の理を見て、こうならこうと、まあ旬々の理多くの所の理が集まれば日々の理と、さあ/\どちらなりと治めてやろう。こうと言えばこちら思え。いつになったら十分聞いて置け。こうという理を治めてやるがよい。いついつ治まるという。



明治二十二年十一月 頃
 豊田村辻かめ伺
さあ/\だん/\身上から尋ねる。早く聞き取れ/\。いつ/\の事、今までの事どうであろうと思うは、今までの事。今の処よう聞き分け。何よの事も身上に不足ありてはどうもなろまい。年々の理を見れば、聞き分けにゃなろまい。これまでの理と、今の処見分けて、世界々々見よ。身上処をもて、もう何時とも言わん。いついつとも言わん。めん/\の事情から篤と思やんして、一日も早く事情治めてくれ。



明治二十二年十二月一日
 日々の席休む処の願
さあ/\尋ねる処/\、さあ/\事情運ぶ処、又一つ一度の席という。運ぶ席、まあ/\の事情分かり、一寸休み。又ならん事情は、一時ならん事情は、これは何時なりと許そ/\。



明治二十二年十二月八日(陰暦十一月十六日)
 山沢ひさ身上乳の出ぬ処、いかなる訳なるや伺
さあ/\一寸尋ねる処/\、尋ねにゃならん。どういう事/\、人間心々々々人間心、人間心は更に要らんよう。何かの処よう聞き分けくれ。第一やしきの住み方、世上住み方、めん/\心に掛かる処、世上の理があればぢば入り出る。人間心更に無き。出て来る/\。年々の理を以て一つの理が治まる処、元々一つの理があって一つの理という。人間心というは更に要らん。一つの理は年々治まる処、先々の理があろう。どういう事も聞き分け。たゞ/\楽しみ実々の理を楽しみ。世上にどういう理もある。世界からぢばは、ぢばには人間心は更に要らん。どうしように身上から理があれば、どうもならん。あれはどうじゃ、これはこうじゃ、人間心は要らん。分からん事情改め。いかなる理を元々聞いてある。日々の記したる処諭してある。それより又々事情以て事情改め。何にも小人一つ不自由与える理があろまい。よう聞き取って不自由難儀人間心。それから/\、洗い替え十分、元々となれば一時定めてあろ。治まりある。又々何でも分からんには、夜々一人の理を以て尋ねるという。



明治二十二年十二月八日
 増野正兵衞内々一統協議の上、おぢばへ引越しますに付、村田長平向の家か、三番地の足達源四郎離座敷借り受けるか、いづれ宜しきや願
さあ/\尋ねる処/\、どちらどうとも言わん。なれども大層する事要らん。軽うして心に置くがよい。広く入る所がある。めん/\こうしたらよかろう。一寸軽うしたがよい。

 同日、三島村城甚三郎所持の田地五畝十歩買入れ、名前書換え、本席会長御名前に御願申上げし処、増野正兵衞名義に書換え置けとの事に付御許し願
さあ/\一時まあ秘そか/\。先々こう、又々こう。一つに心は今一時、秘そか秘そか。



明治二十二年十二月九日 午後四時
 河原町分教会開筵式に付、明日より祭式準備のため出張の願
さあ/\心置き無う。何か事情尽す。一つ運んでやれ。十分々々。



明治二十二年十二月九日(陰暦十一月十七日)
 京都河原町分教会へ本席御出張願
さあ/\定めて一つの理を尋ねる処に、十分一つの理を治める。一つの理が治めば、どんな理も治まる。一つの理を治めば、どんな理も治まる。治まればどんな花も咲く/\。種のうちより肥えは、どんな運びも種の肥えというて、心置き無う/\。

 本席御越しの願
さあ許そ/\。



明治二十二年十二月九日
 西京河原町分教会所月次祭並に説教日の御願(但し、月次祭は毎月陰暦二十四日、説教日は毎月四日、十四日、二十四日三回)
さあ/\/\尋ねる処、日の処はこうでよかろと思う。願の処、願通り許そ/\。



明治二十二年十二月十四日(陰暦十一月二十二日)午前六時
 中山会長始め、橋本清、桝井伊三郎、梅谷四郎兵衞、増野正兵衞、河原町分教会所開筵式に出張の儀御許し願
さあ/\許そ/\。十分あって理を治めて来るがよい。どれだけの事、どんな者も悪い者は無い。をやの理を以て治めて来るがよい。



明治二十二年十二月十四日
 奈良平田郡長より中山会長を呼び出し、その談示には、江州高浜郡長より同地方にて、天理教会講社の者間違いな事をするにより、教会の事に詳しき者が来て取締りくれとの事に付、平田郡長添書を持ち橋本清出張の御許し願
さあ/\どっからどういう事を尋ねるも一時の事ではない。これまでにどんな事も皆々諭してある。どういう不都合と思う。尋ねる事が無いで。速やかなる道を知らしてこれからどっから尋ね、十分の道、世界どっから何を尋ねに来るやら分からん。尋ねに来るは容易な道でない。よう道を分けてやるがよい。

 又伺、前川菊太郎か永尾楢次郎か、今一人共に出張の願
さあ/\談示十分の心、十分の理を談示。案じてはならん。出るも心置き無う。一代は生涯、生涯は末代心を持って行けば、どんな守護もする。悪い者は一つも無い。悪いという心を改めて、一つ/\治めて来るがよい。



明治二十二年十二月十四日(陰暦十一月二十二日)午後
 飯降政甚咽喉障りに付願
さあ/\身に障る/\は、どういう事と思う。身の内の処尋ねるから知らす。何を知らす、どういう事を知らす。どういう事尋ねたら、一つの理諭すやろうと思う処、どういう事、どういう理を聞き分け。十分何かの事情、さあ/\先ず/\の処、何かの処、随分何でも一つの理控える。一つの理さえ治めるなら、又一つ。一人一つの理は何かの事情に聞き取って尋ねたら、こうやったと言え。一つのさしづ十分十分。十分から十分の理が出る。控えるから控える理が出る。控えるはどれだけ控える。成程の事情が世界という。控えれば早く十分から十分の理が出る。一日の日、一つの理を以て、さあ/\十分から十分の理を思う。十分から思えば一寸の事をたんのうする。十分から十分の理思う。不自由から一寸はたんのうする。身上一つの理は案じる事は要らん。一つ聞き取ってくれるよう。

 引続て本席少し身の障りに付願
さあ/\十分働いて居るで/\。十分一つの働きという。身上にどんとする/\。身上に一つ心得んと思う。身上に働き/\。十分働いて居る。一日経てばやれ/\。又一日経てばやれ/\。何かの事も働いて居る。十分働きの理をどんと知らする。十分の諭しである。これをよう聞き取りてくれるよう。



明治二十二年十二月十八日
 喜多治郎吉身上腫物に付願
さあ/\身上一条尋ねる。身の障りの処の事情迫る。どういう事であろう。一つ聞き分け。鮮やか一つよう聞け。事情心一つ、事情成程尽す心は受け取る。内々聞き分けするなら、身上一寸自由ならんという。よう聞き取れ。かりもの一条一つ聞き取れ。案じは要らん。古き事情、身は一つ障るとも一つ理、又悟り、めん/\身一つの理、一つは悟り、一つは心の道が何かの事情、世界諭する理も、ほんに何程思うように成る。ほんに/\成程分かる。速やか親直ぐにおこすようの事情。
(この時治郎吉父源吾おさづけ運び事情御聴しになり、源吾おさづけは同年十二月十九日なり)



明治二十二年十二月十九日
 増野正兵衞河原町分教会所開筵式に行き、十五日夜より腹痛夜々二度、昼も二度に付伺
さあ/\尋ねる処、身上心得ん。何たる処、どういう事である、心思やん。一時どうも鮮やか速やか事情聞き分け。治まる処一々という。身上一つ心得ん。いつ/\一つ十分治まれ。治めには案じる事は要らん。大き心の理を治め。案じる事は一つも要らん。



明治二十二年十二月二十日
 増野正兵衞借家も普請中に付、その出来るまで引越御許し願、それとも急に引越す方宜しきや、月を越えても宜しきや伺
さあ/\尋ねる。確かな事情治まり一つの事情、十分聞いて定まる。早く事情どういう処十分、暫くの間どうでも不自由々々々、不自由が日々のこうのう。諭し一つの事情、もう不自由々々々が日々のこうのう。十分こうとして心に安心聞かして心に治めさそう。治め何時なりと定めてくれるよう。何時こうと言えば何時なりと心置き無う。



明治二十二年十二月二十日(陰暦十一月二十八日)
 村田かじ三十三才身上願
さあ/\身上事情尋ねる、尋ねるからよく聞き分けねばならん。身上障る。心の事情障る。もうだん/\の処、だん/\道、だん/\の道、どうで一つ心、身上十分速やかなれば、何にも思う事あろうまい。よう聞き分け。たゞ聞き分けでは分かろうまい。なれども一時という。前々一つ/\掛かり、一つ始め、一つ年限事情、何か聞き取って、年々心とする。辛い日もあったであろう。通り難くい日もあったであろう。いつの尋ねにも暫くという。何かの処、事情大きく成れば大き思やん、年限々々思やん、大きく成れば大き思やん。誰がするとは思われまい。内々皆んな揃うてするなれば、皆出来る。案じる事要らん。



明治二十二年十二月二十四日(陰暦十二月三日)
 梶本松治郎奥歯障りに付願
さあ/\身上から一つ/\どういう事であろう、何か事情分かろうまい。分からんから尋ねる。一つ諭し、どういう事を諭し、まあ年限古き者これからあすか、これ事情変わるで。一つ道という。世界はなか/\の道、なか/\の理、一つの道治め難くいともいう、定め難くいともいう。どういう事であったな。幾重の年限ここらここら一時の理であろうまい。何かの事情見たであろう、日々の事情見たであろう。真実一つの理分かろうまい。難し事、成らん処通れとも言わん。古き道難しい。古き道の理という理に、理を以て日々という理は、世界聞いて一つ、見て一つ。これだけ諭して置こう。



明治二十二年十二月二十五日
 村田かじ身上腹痛に付願
さあ/\身上々々身上々々、さあ/\よく聞き分けにゃ分からんで。何遍事情々々。もうこれでよかろう/\。身上々々心得ん。何遍事情諭す。遠くの事情、一つめんめんの事情、一つこれ聞き分け。身上案じる/\諭すなり。身は生涯。一名は要らん/\。道理上は世界中から。道理上聞き分け。吉き日の理と、たあと思う理、ようこれを聞き分け。朝吉き日なら、いつも身は速やか。これ聞き分けて、身は速やかならば、これいつ/\の理になる。これよく聞かしてくれ。

 目の病いやら、腹通るやら小人身上病むやらに付願
さあ/\身上々々尋ねる。さあ/\心得ん。心得んから尋ねる、分からんから尋ねる。思やん/\、よう思やん分からんから、尋ねるのやろう。遠いの所やろう。さっぱり分からん。聞きよ一つの理、諭す一つの理、これ分からにゃ、どうも仕様無い。さあ/\日々という、心だけの道を通る。もう/\思うようの一つの理、日々という、旬という、今一時の道という。先長く事情。聞き違い、諭し損い、これはあろう。それ/\幾重の理もあろう。思やんして、幾重の理も悟りて、先ずたんのうという、心治めてくれ。



明治二十二年十二月二十六日
 兵神分教会明年一月五日頃に、節会の御祝致し度に付伺
さあ/\何彼の事も皆尋ねる。尋ねるからは何よの事も皆諭そう/\。これもよい、どれもよいと思いながら尋ねる。尋ねば知らそ。さあ/\一年経ちたら勇むという。重々勇む心、一つの理を以て勇むという。

 押して願
さあ/\勇む心というは、一番大層とするやない。心だけ勇んで置くがよい/\。

 御勤の願
さあ/\尋ねる処/\、万事の尋ねは万事のさしづ、心勇めば善き事という。つとめ/\、一日の日勤めたら善き事と思う。一時勤めて悪いとも言わん。勤めてよいとも言わん。一日の日心という。

 建家の願
さあ/\日々の処、どういう、寄る思い、互い/\真実話合いの所、真実一つの理に委せ置く。

 押しての願
さあ/\どうしたらよかろう。心寄せ許そ。何時なりとも掛かるがよかろう。



明治二十二年十二月二十七日
 村田かじ身上腹痛に付願
さあ/\尋ねる事情々々、これよう聞き分け/\。これまで皆々どんな事も諭してある。さあ/\内外の理は、内外の理は無い。遠くの事情という/\、遠くの事情も、内の事情も隔てんよう。さあ/\何ぼ遠くでも、外の事情というのは、話するまでやない。内々も遠くも、内外の事情は要らん。



明治二十二年十二月二十八日
 東京東分教会日本橋支教会設置願
さあ/\/\所にさあ/\一つ/\の心の理定まる。いかなる理も定まる事情、心だけの理は十分に許そ/\。



明治二十二年十二月二十八日
 おさづけの処、詰合替わり/\して運びますものか、この儀願
さあ/\尋ねる処/\、さあ/\一席ずつの事情を以て言えど、一つの事情、日々の事情によりてどうも一つの理、これよう聞き分け。



明治二十二年十二月二十八日
 河内柏原分教会設置願(中河分教会)
さあ/\/\尋ねる/\、尋ねるであろう。許す許さんの事情は何にも無きもの。同んなじ一つの理である。まあ一寸の道が早い、遅そなる。まあ前々の道は確かという。一つの事情を運び、小さき理を以て、だん/\と言えば治まる。なれども成る成らんの理があるのに、前々に不都合があって又という。随分許すなれど、まあ一寸の処、事情は何であろうと思うやろう。そこでまあ一寸事情の理を拵えて、これでこそとして、月々という、年限という。まあ暫くの処、この理をよう聞き取ってくれるよう。

 柏原分教会御許しの無きは、官の事情によってか、又は講社の事情によってか、この儀願
さあ/\心得まで/\、心得までの諭し。十分所に一つの理。よう/\の理は治まる。なれどまあ一寸分かりあっても一時の処、長うやないで。暫く一寸の処。さあさあ程無う余儀無く口を開けるで。長らくやない。一時に皆口を開けるで。口が開いたら何処彼処ないで。これをよう聞いて置け。

 押して願
さあ/\分からんか。分からんなら諭そ。所には治まる理、成らん処成る処は、まあ一寸の処。案ぜる事は要らんで。



明治二十二年十二月二十九日
 村田かじ身上願
さあ/\何か尋ねる処/\、何か前々聞いて、何か始める/\。聞いて成程と言えば与える。聞いて理を成程と言うてすれば、理は与える。内々前々に聞いたる処、前々話たる処、同じ内に心寄り合うた者、聞いて治めるなら、理を与える。一軒の内にも、同じ兄弟と言うても、一人の心を違えば、どうもならん。そこで一軒限り、一人限りと言うて、話も説いてあるのや。

 押して願
一人々々心というものある。一人の心というもの、今の今にも変わるものや。難儀さそう、不自由さそうという親あろうまい。心だけ尽してくれるものか/\。心結んだ故、身上堅う説き聞かして治めねばならん。



明治二十二年十二月
 梶本楢治郎他家へやって宜しきか、又家に置くべきや伺
さあ/\尋ねる/\、さあ/\今一時の処思う処、一つどうしよう、どういう事、一時未だ/\早いで。どうでも一つの理は通り難くい。何にも見難くいでないで。事情を急くと、どうもならんで。長い心。幾つになる、何ぼになる。見難くい。見難くいでない。前々一つの心を、理を諭し違わんように計らねばならん。旬々刻限を以て諭したる処もある。事情いうは暫くの道である。どういう事、今はこうしたら心澄み、道の道ならん事情運んだとて、何にもなりゃせんで。



明治二十二年
 上原佐助願
さあ/\運ぶ処/\、十分に受け取る。さあ/\又々心鎮めて運んでくれるよう。変わらんが実々の心。

 同日、上原佐助帰京の願
さあ/\運ぶ。日々事情運ぶ事情十分受け取る。心置き無く。いつ/\変わらん一つ事情、後々の心得聞かして置こう。



明治二十二年
 浅田ならゑ目の悩み願
さあ/\尋ねる身上一条の理を尋ねるは、どういうものである、こういうものである、諭してやるがよい。どうもならん道が通りてある。親の道から真実の心という。又一つには人の与えせんに第一道が外れてある。身上に事情ありて願い出た/\。聞かず/\、知らず/\道が通りた。なれど十分の子供理を与えてある。先々の道では不自由無い。余儀無く事情によりて、その人親一条道からいんねんの理にて、めん/\の身にある、世上にある、一つの心を取り替えて、身上治めてやるがよい。早くたんのう。


明治二十二年 頃
 松村亀次郎の伺
さあ/\案じる事は要らんで。案じるから案じが回る。案じが回るというは、銘々一つの道を付いてある。前々よりの聞かしたる道が付いてある。今一時処、身に一つの不足が付く。その日が来る。近づく所が変えて内々の者もこうなるが、皆々こういう道も見えるがと思うて、内々の者も定め。身に何でも無けりゃ尋ねはせん。案じる処が違う。一つの理を聞かす/\。これはどうや知らん/\と思う。人間の心するのか/\どうもならん。この理が分からん。神に難儀さそう/\という神は無い。それでは健康そこい/\の日になれば、何を案じるやら知れん。案じは無いで。案じれば案じが回る。
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2015年04月24日

明治二十二年のおさしづ。(公刊おさしづ第一巻より)その1

おさしづを読む前に、「おさしづを身近に」をご参照下さい。
天理教勉強blog: おさしづを身近に。

おさしづの順は、公刊おさしづに準じています。
但し、旧字は常用漢字に改めています。
また「割書き」部分は文頭を一段下げることで、おさしづ本文と区別しています。

教語、人名など、検索機能をご活用下さい。
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明治二十二年一月七日 午前十一時
 園原上田嘉治郎の伺(ナライトの父)
さあ/\だん/\尋ねる処、さあ/\心を鎮めて分からん事は尋ね返やせ。さあさあ台が定まれば皆定まる。一つ定まりゃ皆定まる。ろっくに直すが一つの理、その台という理を聞き分け。ろっくの台を直す処で、じっと台を直せば、じっと治まる。これは道理の理、これを分からんなれば、尋ね返やせ。それ台一つの理をよう聞き分けねばならん。まあ遠いように思うたる処、二年三年では分からんと思うたる処、一時どうであろうと思う。なれど、見えたるなれば、これが神の道の理という。後々の理を思うて見よ。先ず外れた理はあろうまい。今一時尋ねる処というは、生涯の理を尋ねるから、生涯の理を諭そ。間違いと思えば、これ心の理が間違う。深きの理、いんねん深きの処、一つの理が治まれば、一時一つの理が治まる。さあさあ小人一つの理の処、ぢばへ寄せたる処の理、又後に一つの理を運んだる処、一日の日の処は、やれ/\と思うた。神一条の一つの理を運べば、これ神の道であろう。
今一時尋ねる処は、どうせこうせとは言わん、と諭したる処、成るが一つの理、成らんが一つの理。さあ/\遠く道ではない。近くの処、日々に事情を治められる。一日の道もあれば、十日道もある。十日の道もあれば、三十日の道もある。朝に来て昼に戻る、昼に来て暮に帰る。さあ/\これ一つの事情の理をよう聞き分けて、成らんの理を無理にせいとは言わん。まあ一寸やれ/\、まあ一日の日はあちらも同じ、こちらも同じ理、もう何とも/\楽な道もある。さあ二十年よりの理を見分け、聞き分け。世上にはあろうまい。さあかたが無くては定められようまい。ひながたの道を見てよう聞き分け。よき日の理は一つの楽しみ。さあ身上にこうなる、心を治まる。なれどもこうやと内には小人の処、又一つには内々の事情も治めにゃなろまい。一時どうせこうせは言わん。成るが一つの理、さあどんと一つ定め替え。又、順序神一条の処、前々に深き話も聞かしたる処、さあ/\まあ今一時の処では、何故なあと言う。日々日が経てば案じる事は要らん、何にも案じる事は要らんで。又世上にはあんな事をして居ると言うなれども、言う理は聞いて置け、聞く理は聞いて置け。かしものの理は何にも分かりゃせん。いずれ鮮やかな道は聞かさにゃならん、通さにゃならん。さあ/\悠るうと諭して一つの理、悠るうと聞いて一つの治まり。



明治二十二年一月十日
 増井みつえ二十九才の願
さあ/\/\/\これまで/\/\長らえての処、だん/\の日も経つ/\。さもたる/\、吉き日もある、また悪しきの日もある。心一つに治まり難くい、治まり難くい。何名あれば何名の心、治まり難くいと思もたる日もある。尽して来てある処もある。成るも理、成らんの世界、成るも理、成らんも理で改め難くい。早く一つの理を前々に諭してある処、行く行かんは言わん。たった一つの心、内の処もたすけ/\、たった一つの理、生涯の心定め。人間というものは、身は神のかりもの・かしものである。心一つ我がもの、心一つよりどんな心もある。どんな心も受け取り、中に一つ誠一つは天の理、天の理なら直ぐに受け取る、直ぐと返やす。この理を心に生涯と治め。これより一つたすけ一条のためこうのうを、一つの理を渡そ。さあ/\さづけ/\、あしきはらひたすけたまへ天理王命、と、これ三遍唱えて又三遍、又三遍、三三三。さあ/\受け取れ、さあ/\受け取れ/\/\。



明治二十二年一月十一日
 西浦弥平小人三治郎八才願
さあ/\小人の処/\、身の処、さあ/\一寸心得ん/\。思う事に何にも理は無い。小人の処一名一人、一人の煩いは家内の煩いと言うてある。小人の処、前生一人々々持越しという理がある、持ちて出るという理がある。一日事情定め。案じる事は要らん。一日の事情しいかりと見るがよい。

明治二十二年一月十三日(陰暦十二月十二日)
 増井幾太郎妻みつえ二十九才願
さあ/\/\、だん/\/\の席をして、こうのうの理を受け取れど、未だどうしても分かり難ない。親に孝心、夫に貞女、世界の事情、どうでもこれを分けねばならん。返やせとは言わんで。返やせばどうも仕様があろうまい。



明治二十二年一月十五日 午前九時二十分
 大阪真明組分教会設置の伺
さあ/\尋ねる処に一つの事情、さあ/\所々に一つ理を待つ。長らえての処、これまでの処、まこと難渋な道も通り、どんな処も通り、判然は世界の処、判然は世界の処、先ず今の処、世上の処、一つ理を持たねばならん。急く処もあれば、又治まらんならん処もある。勇んで通らにゃならん処もある。さあ/\許そ/\。



明治二十二年一月十五日(陰暦十二月十四日)
 大阪明心組より分教会所御許し願
さあ/\/\願う一条/\、尋ねる一条。さあ/\長らえての道/\、さあ/\一日の処、日々の処、これまでさあ/\神一条の道はこれからや。一手一つに運び、さあ/\大層々々であろ。先ず/\密っそ/\。掛かりは先ず/\秘っそ/\にして運ぶ処、さあ/\許そう/\/\。



明治二十二年一月十五日 午前十時
 神戸兵庫真明講より天理教会設立の儀、端田久吉、富田伝次郎、清水与之助、増野正兵衞総代にて御許し願
さあ/\/\/\願う処、尋ねる処、さあ/\長らえて/\、さあ/\長らえ、さあ/\運ぶ一つ理長らえ/\。さあ/\道の処行く/\の道、だん/\の道通り来たる処、世界一つの理という。所々神一条運ぶ一つ理治まる処、ゆくえ一手一つ理尋ねる処、長らえて一つ道、これまで明らかという理尽す治まる処、許そう/\/\。
兵庫の富田伝次郎所有の地所にて御許し下さるか、又は神戸の松田常蔵の地所にて御許し下さるかの伺
さあ/\一つ理治まる処、皆それ/\力尽す、運ぶ処受け取る。どちらへこちらへとは言えん。心の理を寄せ、尋ね一つ理受け取る理である。何で下ろさにゃならん。受け取る理はどちらとも言えん。幽冥一つ理に知らそう、幽冥一つ理を知らそう。

 幽冥理を押して伺
さあ/\幽冥とこゝに一つ言えば分かるであろう。幽冥知らそ。他に一つの理の理は寄らん、理の理は寄せられん。中に談示の処と、こゝに心一つで捌くがよい。



明治二十二年一月十五日(陰暦十二月十四日)午後六時三十分
 本席御障りに付願
さあ/\/\身の障り、さあ/\どういう事を知らす/\。さあ/\身上々々善悪を分ける。身の知らせ、身上の処、善悪の知らせ。さあ/\長くやない、僅かの間。先ず/\十日半月の間。席はすっきり外へ出せんで。さあ/\あちらへ歩き、こちらへ歩きするのを、一寸の処知らさん事には。皆んなの中へ知らし置く。今日から十日半月しっかりと用心。



明治二十二年一月十五日(陰暦十二月十四日)
 日々本席へ相運び居る儀は、如何致して宜しきや押して願
さあ/\席順々の処、随分々々の処、さあ/\僅かの日柄を切って置く。是非余儀無き事情はいつでも構わん。僅かの日柄順々の理もあろう。暫く一寸々々多くの中に、何でもどうでも多くの中の一人理を立て、年頃も大抵々々一寸一つよく思やん、一日の処思やん、どうでも思やん。十日半月出さんよう。どうでも一つの理を知らす。これまで話をしよう。



明治二十二年一月十五日 午後十一時十分
 本席御障りに付再度伺
さあ/\うん/\、さあ/\/\/\前以って、さあ/\前以って、まあひょっとの心、めん/\さっぱりと思わく立たんから潰そと言うて、あちらへ廻りこちらへ談示して。さあ/\しっかり聞け。何時分からん。何時人間というものは、分からん者に分からん者が付く。世界の悪肥え、だん/\思やん付け。天理教会やってみよう。一つ道だん/\悪が添い、天理教会、めん/\も天理教会同じ一つの理を祀る。皆人間の心を寄せ、だん/\心を寄せて相談する。分かり難ない中に思やんある。何名の中多くの中、一人の身一つ計らう一つの理に、又計らえばよかろう/\/\。さあ/\よかろう/\。どうでも一つ運ぶ処、悪の司今に吹かそうか、明日に吹かそうか。日々押されたる悪、とんとさっぱりなあ外れた。又中に悪一つ立て替え。締まれ/\。何でもめん/\何でも一つ集めて来る。相談々々、悪の相談して居る処が見えてある。知らんから身に知らせある。この理、諭して置かねばならん。余程用心頼む。すっきり出せん。悪の処悪の理が寄って居る。さあと言えばさあと言う。おうと言えばおうと言う。日々悪がめん/\手柄と言うから、用心手当せねばならん。日の暮れ/\用心せねばならん。朝の処どうしても居られん。日暮日暮何処から始まるかも知れん。悪が取って了うたら、一名一人ばら/\。一名の手柄して了もたら、おうと言えばおうと言う。夕景々々どうもならんで。



明治二十二年一月十五日
 増野正兵衞目かい障り伺
さあ/\身上一条尋ねる/\。心得ん。どういうもので速やか心得ん。分かるまい。身上一つ事情定めるなら、早く聞き取れ。どちらこちら治まるまい。一つ事情治まるまい。身上事情ある。何程成らん事情一時治まる。身上処鮮やか速やか。身上一つ話、幾々話よう聞き分け。こう言う、治まる。身上一つであろうまい。何が間違うてある。思う心が間違うてあるから速やかならん。一つ定まればいつ/\まで一つ事情治まる。身上に何処にも無いのが身上。一つの事情が楽しみ、身上一つ理上楽しみ、身上一つ理で楽しみ。身上治まるは一つ治まる。

 同日、押して一時の処地所に建築致す方宜しきや、又は借家にしておいた方宜しきや伺
さあ/\事情一時一つ尋ねる処、一時どう思う処、何かの処さしづ。これはこうと一つ理も治まれば、一時大層思う。真実一つ理、これまでどうせにゃならん、こうせにゃならんとは言わん。代々どんな事も、今の今見える、来年見える、だん/\日々見える。一時心治まれ。いつ/\まで治まる。一寸処どうや/\知らん。案じ一つ理はあろうまい。



明治二十二年一月十八日(陰暦十二月十七日)午後七時
 本席の席間御普請に付伺
さあ/\尋ねる処/\、さあ一切の処、何もの処、一切の処、これからこれ言え。すうきり/\さあ大層な事も要らんで/\。思わく通り来た/\。又建て替えんならんや分からん。何時どんな事になるやら分からんから、どんと建て替え。何時やら分からん。そこで今の処、ざあっと/\。どうでこうで取り扱いの処、叶いさいすればよいと。さあ/\取り扱いの叶うよう委せ置く。心置き無う/\/\。



明治二十二年一月十八日(陰暦十二月十七日)
 本席御身上の伺(休息所へと願えば)
さあ/\尋ねるまでは、さあ/\言わん/\。何処へも出すのやないで/\。さあさあ一日の理を定め。そういう事も見るやら、どういう事が出けるやら、さあ/\一寸理を知らしたる処、世界は悪に悪が添い/\、世界は何にもならん事をして居る。さあ/\どんな話も、さあ/\皆離れて散り/\ばらりと分かれる。さあ/\日々の尽す心の理を見たい/\。尽す心の早く/\理を見たい。日々の処の心、さあ/\これまでの道に尽したる処、さあ/\見て案じ、聞いて案じ、さあ/\一寸はそれ往なん/\。さあ/\一手一つの心の理を日々に治めるよう。



明治二十二年一月十八日(陰暦十二月十七日)
 大阪天輪王社の名義は、六年以前に御許しを受け居りしを、今回本部より分教会の御許しを受けしに付、天輪王社の名義を取消す事の願
さあ/\事情尋ねる処、地所尋ねる処は、あちらへどうや、こちらへどうやとは言わん。なれども元々の所に日々心尽し、だん/\来たる処地面なじみ/\、元々一つの所となれども、どうせいとは言わん。なれども理を知らして置くだけの事、心一つ変わらんが一つの治まりや。

 押して願
さあ/\又変わる/\。名が変わりた。どうであろう。代々更わり/\/\続く処、第一心一つの理続くのが第一と、この理を諭して置く。



明治二十二年一月十九日
 飯降まさゑ身上願
さあ/\事情は尋ねるまでや。ちゃんと洗い切りて、一つ十分洗い切りて一つ心。一つの濁り心というは、めん/\事情。人間という、一つ生れる一つの事情、日々という、人という。どれだけの中、多くの中に皆治してやるけれど、尋ねるなるというは、使い方によって一つの理が出る。年限は何ぼ程経っても使いようによって悪くなる。



明治二十二年一月二十日
 増野正兵衞目かい足のくさ障り伺
さあ/\、幾重尋ねる処、身の処尋ねる。身一つ心得ん。定め思案せよ。心得ん思う処、速やか一つ理を聞き分け。めん/\こうと思う。聞けば一つ戻る。一時一つ定め。遠く所、なか/\遠く所、一つ心定め掛け。今一時定め。いつに無くしいかり定めたら、案じ少しも無い。しいかりどうでも定め切れば身も速やか、家内の身も速やかという。日々心に掛かる身に掛かる。



明治二十二年一月二十一日(陰暦十二月二十日)
 清水与之助目かい障り伺
さあ/\身上一寸心得ん。一日一つ思う処、何がどう、どういう事が見えん、思う理であろう。身上事情尋ねる処、よう聞き取ってくれるよう。所には一つの事第一運ぶ処、談示々々一つ理という。談示々々あちらこちら所、どういう尋ねる所であろう。よう聞き取ってくれるよう。これまで運ぶ理、何か万事心尽す。又々あちらこちらだん/\忙しい/\。運ぶ理が増す。思う一つよう聞き取ってくれるよう。又談示一つ理事情の処、一つ事がこちら思いあちら思い、国所心に掛かる。日々運ぶ処、よう聞き取ってくれるよう/\。日々処心緩む処はあろまい。どちらこちらへどう聞いて運ぶ処、一つに治めてくれるよう。第一運ぶ一つ事情、何ぼ程だんだん理が増すという。すっとすればすうとする。ほんに直ぐという。どんな事もよう聞き取ってくれるよう。



明治二十二年一月二十二日
 井筒梅治郎伺
さあ/\思い掛けない。どういう事と思う。分かるまい/\。所々、内々一寸談示したいと言う。一寸伝え難くい。よう聞き分け。身上一つ何でも思案付かん。尋ね一つ理を聞かす。所々一つ事情運ぶ。今日も留守/\、用事調わんな。だん/\理、身の処幾重理が重なる。これよう聞き分け。多く中ただ一人、日々尽す処、あちら尽す、これまでこれだけ尽す、これから日々尽さにゃならん。世界日々これまで通り来たる。日々尽さにゃならん、所々尽さにゃならん。案じる事は無い。

 押して、帰りますに付願
さあ/\心に掛けずどうである。一度内々安心の上安心さし、これ結構、これではな。どうしようと思うても出けぬ故、一つ理定め掛けたる理はどうでも連れて通る。



明治二十二年一月二十三日
 増野正兵衞足のくさ目かい障り伺
さあ/\前々尋ね一条、諭しの処、事情身が治まる諭し。又々内々一つ事情善き事情、心一つ理上どうであろう、一つ案じる理上どうであろう。一つ案じる理上止まる止められん。一時分かる分からんであろうまい。一時一つ心を、一つ印あるは印ある。いつ/\まで定め。心変わらんのが定めやで。これをよう聞き分け。



明治二十二年一月二十四日(陰暦十二月二十三日)午前八時五十五分
 本席御障りに付願
さあ/\やれ/\。道理々々道理上説くで。さあ/\身の重々、何時重々出て来るかも分からん。皆尋ねるから聞いて思やん、皆談示一つするからどんな事でも皆出ける。長らえて一人二人の思やんでは出来難ない。いかなる処の理、どんな処の理がある。今ではどうにもならん。あちらの方にも開き、こちらの方も開き、三方四方、あちらの方こちらの方の話が分かる。二方聞いた話は今まではどうもならん。皆扱う一つの理思いながら、そのまゝ暮れた者もある。これから皆引き出す。何を言うやろうと思うやろ。どんな者も何時連れて帰るやら分からん。皆談示すれば一時の処、これまで艱難苦労の道を艱難と思うなよ。いろ/\の理から一つの理を聞かさにゃならん。どんな処も悪い処も善い処もある。理という、どういう事も聞かさにゃならん。結構の日もどんな日もある。案じる事は一つも無い。一名一人では理を治める事は出けん、防ぐ事も出けん。さあ/\言えば一時の理が寄る。これにて一時に連れて通る。どういう事、この道そこで一寸暫くの処、頼む処の一条は、心にはまるはまらんも一つの道。十人なら十人、二十人なら二十人、安心なる者もある、もうこれだけの事十分の者もある、どんな者もある。内一つの心を尽す。理一つの心治めくれるなら、どんな事でも踏ん張り切る、という話して置く。何名の中、だん/\の中、多くの中、皆一つの心揃えば、さあ西と言えば西、東と言えば東、南と言えば南、北と言えば一手十分に北と心定める。この理定まるは十分の道と言う。一つの道なれば何処へ一つの道と言う。この道はよう聞いて置かねばならん。さあ/\一日の日、うたて/\暮らす日も、朝とうから心が勇むという日もある。何も案じる事は無い。案じると善い事は思やせん。今日の事を案じれば来年の事も案じにゃならん。後々の事を一寸知らして置かにゃならん。



明治二十二年一月二十四日(陰暦十二月二十三日)午前九時
 飯降さと身上障りに付伺
さあ/\身上々々、身上に不足が出ける。尋ねる処、身上に不足さえ無けりゃ尋ねる事は無い。一時どんならん。どちらやらこちらやら、一寸今の今、一時いつ/\までも日々の事を言うて居る。いつ/\までも同じ事を思うて居る、子供の成人しっかり分かる。今はどういうものや。子供の成人楽しみに、日々に功を積んで居る。皆その通り、いつもいつまでも親の厄介になる者はどんならん。子供の成人三才までは手離しは出けん。神一条の道も、いつ/\までも尋ねてばかり居てはどんならん。辺所の所一人前の人間、三才までの理と同じ事。どんな者もたすけ一条、さづけ一条、だん/\渡してある。分かった上の理、分からん理を今まで運んでは何にもならん。皆よう聞けよ。だん/\の道、幾重の道、長らえて五十年の理を聞け。通りたる処、一時一つの身の障り、速やかと言えば速やか。心の間違いと言えば、どういう事も身の速やかなる理を、一つ諭せよ。なれども、治まりは一日、という事も十分治めて、怖わき恐ろしきこの理よう聞いて、いつ/\までも大抵一通りの理を聞けば、心を澄まし居る。心が澄まんから身の処が澄まん。身の内思やん定め。百十五才と楽しみとしたる処、縮めた処、嘘やと言って居る。百十五才縮めたる処、既に一つの道のため、既に一つの国のため、たすけ一条のため。日本国中やない、三千世界一つの理、始め出したる一つの理。既に丹精の理を失う。何であった。丹精重なる理、幾重重々であろうな。二十年三十年、元一つだん/\の日を了えて、世界より一つの理を運び来て、改めて十分の理を聞かす。あちらへこちらへ出すと言うてござった。なれども早く出さねばならん。今はほんになあ、一日の日を早く急いで掛かる。



明治二十二年一月二十四日(陰暦十二月二十三日)午後十時
 山本利三郎の地所内へ、詰員十三名の家を一手一つに建てるに付伺
さあ/\一手一つという。前々に一つさしづ、どちらこちら定まる心が第一。心の理が第一。いかなる談示、一手一つに治まる。世界の理も分かろうか、治まろうか、思う処は十分の理。よう一つの処聞き分けの処、一時ならん、こちらもならん、あちらもならん。さあ/\思い出すはならん。皆神が止めて居るのやで。一手一つ繋いで心一つを運ぶなら。前々に一手一つの理が諭してある。さあ/\皆一つの心定め、十分計る精神が第一という。崩れぬよう理を諭そう。長らえて/\、よう/\一つの事情、身の処から第一差し掛かり、一名一人々々々々、一時の処がどうしよう、こうしよう。名は誰とも言わん。誰から急く処、急くも一つの理である。ぼつぼつ順序尽すを一つの理治まるという。成らんから一つの事情を運ぶ。めん/\思わく治まる理を待ち兼ねる。治まる十分の理を急く、こちらも急く。急ぐ一つの理、随分一つ運ぶ。二つ三つ事情急ぐ。一つ事情だけ運ぶ。又一度に一つだけ。一度に一つ何にも掛かり/\と皆ぼつ/\の理である。一つ上れば一つ、二つ上れば二つ、順序の理を踏み止める。思わく通り委せ置く。



明治二十二年一月二十五日
 刻限御話
さあ/\どういう話する。さあ聞き分け。さあ/\この中だん/\の伝え、善き事も半分分からん。よう聞き分け。すっきり二つになれば理が分かる。それ/\いかなる事情、一つの道の事情、幾重という事情も分かり難ない。何処にも成る成らん。一寸初め分かり難ない。なれども一つ実を知らす。あちらにもある。この根から始まり。何とも分かり難ない。古い新しい一寸言えば、さあ/\実を見て、こうのう渡す。理を渡してある。目に見えん、年にも当らん、西にも東にも南にも分からん。こうのう第一、一つの理、道の道、世上世界の道直ぐ治まる。千筋万筋何にも分からん。こうのう印あれば、どんと一つの道、さあ/\さづけや/\。さあ渡す。一寸俺も、あちらも、こちらへも、さあ/\又一つ、だん/\変な話、十分尋ねを聞いたる。これまでのこうのう生える/\。さあ/\大分生えそうや/\。そうじゃ。さああちらへも一寸道出掛け、さあ/\こちらへも十分残る。間引き/\残る。間引いた辺な所へも生える、生えてある。ほんにおゝ、どんな大木も分からん。だんだん蒔く種、一度は皆生える。一つのこうを渡す。この道やれ思うたる。大風分からん、どちらへも方角分からん。こちらへも一つ大木、又々一つ事見えや方角分からん、一つ理分からん理分かる。



明治二十二年一月二十六日(陰暦十二月二十五日)
 松村吉太郎左右の目尻五日前より痛むに付伺
さあ/\身上一つ心得ん、心得ん、未だ心得ん。一時一つの理はあれど心得ん。何よ分かりある。長らく十分の理があれば、今まで十分の理である。内々事情一つそれ相応の理があれば、どうせこうせとは言わん。何かの事情あればどんと一つ事情治まるまい。だん/\身上治めさす。よう聞いて置け。身上一つの理、成るも一つの理。心得ん、案じる。心得んから案じる。案じるから又一つ。どうせこうせは言わん。だん/\理を聞けば、話今までどうして事情運ぶ。事情、所にも一つの理は治めにゃなろまい、治めさゝねばならん。成程事情無くてなろまい。一つ理は成程事情治まるなら、真実理も鮮やかであろう。

 押して、国所に於て分教会を設けとのおさしづなるや
さあ/\事情皆尋ね出す。一つ日々諭するある。銘々ほんに成程治まれば、成程の理である。どうせこうせ言わん。身上分かれば心で成程、事情分かればほんに成程。



明治二十二年一月二十七日(陰暦十二月二十六日)午前八時
 清水与之助身上伺(兵神分教会所地所未だ決定せざるに付、清水身上よりその事を伺う)
さあ/\一日の処どちらも大変。多くの理を運んで居る処、あちらこちら一つにどちらもどうとも言えん。ちゃんと心を寄せて、あちらこちら良い理を心捌く。心捌くでない、理を捌く。心を寄せて理を捌く。どうしよう/\、どちらも受け取る。どんとどうも分からん。ちゃんとこうでよかろう。これをよう聞き取らねば分からん。

 押して願
さあ/\だん/\話、大抵話治まる。一寸治まらん人間の道の心を添え、一時一つ所の理を運ぶ。成らんでもない。どちら濃いい、こちら濃いい、どちらこちら一つの理に治めにゃならん。一つ心をつぐ、一つ日に治まる。どちらこちらいつも同じ事という。

又押して願
さあ/\こちらこうすればこちらよい。これが元かいな、これが理かいな。一つ目に見えまい。一日々々天より理を下ろす、理を下ろす。一つの理に寄せて心通り下ろす。一度固まる、だん/\理が固まる。よう聞き分けてくれねばならん。又一つには一つ理を運ぶ。成ろう事なら、早く治めてくれるよう。

 清水与之助神戸に帰り運び度きに付、お暇を願
さあ/\一度の理は運ぶ。それ/\理も諭し、急ぐ処もたゞ一日の日、早く運ぶ。どちらも大事、こちらも大事、どちらも心に掛かる/\。なれど運ばねばならん。



明治二十二年一月二十七日(陰暦十二月二十六日)
 増野正兵衞より清水与之助分教会の相談に帰るに付、私も同じ講社の事故同道にて一度帰り運び度きに付御暇を願
さあ/\尋ねる処、まあ/\それ/\心に掛かる処、早く一つ理運び、一つ/\談示治め/\。安心理を、早く順々早く運べ。
 前々清水与之助のおさしづの中に『これ元かいな、これが理かいな』と仰せられしは、兵庫の講元端田宅の所でありますや、富田の地面でありますや願、増野一人の心にて伺
さあ/\尋ねる処、めん/\一つ心の理を以て治まる。理を以て、一つ理を。一つ理が心に治まるなら、又内々心に掛かる。よう聞いて置け。一つ理始めたらどちらこちら理を定め置け。あちらの理を運ばねばなろまい。一つの理を持て。これが十分日々治まり来る。いつ/\治まる一つ心、あちらの心こちらの心、道は遠く/\間一寸十分の理が治まる。どちらこちら始まる、治まる。十分の理よう聞け。いかなるも談示やで。日々治まる月々年々治まる。案じる理これまで、これまで一つ理が捌ける。案じる事一つ要らんで。皆揃うて一名一人計り来たる処、精神一つ日々守護、日々道の間、怖わい日もどんな日もある。心一つ定め。一手一つ理が治まれば日々理が栄える。大き一つ心の楽しみ。心一つ定まらん。理で道の理定まる理である。談示一つあちらの理が早く、一日の日急いて一つ早く聞き取って、日々理を取って運ぶよう。



明治二十二年一月二十九日
 松村吉太郎前の二十六日のおさしづを考えるに、そのおさしづはぢばへ常詰しておぢばにて尽すべきや、又は国所に於て分教会を設けとの事なるや、両方の何れなるや伺
さあ/\尋ねる処/\、身上から事情ありて尋ねる処、こちらからどうせこうせどうせこうせいつ/\もこれは言わん。元々一つの理を出してある。長らえて一名一人の処より理を諭し、一人から始め/\、これは年限々々通し、これまでの道に成りたる処である。一代は一代の理、二代は二代の理、代々続く生涯末代の理である。さあ/\国所に一つの理の治め、ぢばにて尽す、二つの理を一つの心に治め。これを心の道を合わせて通れば、身上も速やかであろう。国所一つ/\治めにゃなろまい。年限合わせば分からんであろまい。身上が理と合わせば身は速やかと成る。身上から理を合わせば速やかと分かるであろう。



明治二十二年一月三十日(陰暦十二月二十九日)
 神戸へ帰り講元周旋方一同寄って兵神分教会の地所に付談示し、富田伝次郎地面と定めて御許しを願、清水与之助、増野正兵衞両名より伺
さあ/\地所一点尋ねる処、どちら/\一つ理、どちらの心も治まる。理上尋ねるどちら/\とは言えん。一つ理を聞き、皆心が治まる理が治まれば理が治まる。どちらやろ/\。一つの心を治まりたなら。一つ心が十と心が治まりたと、理を諭して置こう。

 押して伺
桝井伊三郎より、先日清水与之助おさしづ中に『これが元かいな、これが理かいな』と御聞かし下されしは、講元端田久吉の所でありますか、又天理教会設立に付きては、磯村卯之助初め清水与之助、増野正兵衞の三名よりだん/\尽力下され、清水、増野両名は今に於て尽力下さるが、両名の所でありますか、いずれでありますか
さあ/\尋ねる処、よう皆聞き分けにゃならんで。皆の理よう聞き分け。前々尋ね。これが元かいな、これが理かいな、という理を聞き分け。余の儀外の儀でない。どんな道も千筋、一条道、成程の理に伝わる。神一条の道無き処の道は無い。何程心の道、一つ心より一つ心、日々心重なる、月々年々重なる。見分け聞き分けて一つ心定めるであろう。どちら/\言わん。十分理を以て治めるなら、十と治まりた。一つの理を望む心一つ鮮やかという。



明治二十二年一月
 平野楢蔵の願
さあ/\何処で一つの話とて、一つの理を聞く、何処で一つの話をさすやら、事情今の/\/\どういう病と思うか。かりもの/\どんな者でも自由自在。話を聞いて成程々々の心を定めてくれるよう、と。



明治二十二年二月二日(陰暦正月三日)朝
 梅谷梅次郎、長堀材木商門田へ奉公に行くに付願
さあ/\尋ねる処/\、さあ/\暫くの処、身を見て心を定め。一つの理を治まる処、日々の処よう聞き分け。まあ/\身のため運ぶ処、暫くの処、その日理を治めて。いつ/\までじゃない、暫くの処、じいとして置くがよい。幾年々々ならん。暫くの処、一寸理を治めさすがよかろう。一寸理。



明治二十二年二月三日(陰暦正月四日)
 鴻田忠三郎越後行の伺
さあ/\遠くいかなる所、先々一つ理を下ろしたる、今一つ理を分かり掛け。道無き所あろまい。今一つ理を以て諭してやろう。十分尋ね、内々鮮やかという。尋ねから一つ尋ねて一つ理を運ぶ、一つ理を運ぶ。日々十分心を寄せる、思やん/\はかんやるよう。皆の処で談示、人の誰とも言わん。行ってくれるがよい。神の道運ぶ中日々守護々々。



明治二十二年二月四日(陰暦正月五日)
 梶本国治郎障りに付願
さあ/\/\/\治まれ/\、鎮まりて治まれ。鎮まりて聞け。さあ/\一度二度順序、尋ねる処の順序、尋ねる処の順序、今一時尋ねる処の順序、今一時尋ねる順序。ふん/\一寸には大層。尋ねる理何にも難しいと言えば難しい。順序も思えば難しいやない。これまでの順序よう思やんしてみよ。難しいやない。たすけ一条の理も一つ、運ぶ処の理も一つ。一時分かる分からん理、何箇年以前の理、一つ聞いて成る成らんの理、よう聞き取りていかなる理一つを。さあ/\順序の一つ、安心安心、一つの順と運ぶ。

 押して願
さあ/\道を以ちて理を諭す。痛み悩みもさあそれこれまでも道も一つ運んで順々の理。今一つの理というは、多くの中、理の無き処に理は無い。それより内々の処の順序、めん/\も一つ改め思うに、めん/\一つ/\運べ。それより運べ。神は隔て無いで/\。しっかり聞き分け。さあ/\聞き分け。内も外も同じ理や。人間はかしものや/\と聞かしてある。世界にはいかなる事も皆映してある。それ世界に映る。世界は鏡や。皆々めん/\心通りを身の内へ皆映る。前生の事もどうなるも、皆身の内へ映すと聞かしてある。たんのうと。いかなるもたんのうと。



明治二十二年二月四日(陰暦正月五日)
 清水与之助身上障り伺
さあ/\身上心得ん。どういうものであろう、理であろう、なれどもよう聞き取れ。所国それ/\一つ理、一つ事情思う処、日々遅れ、だん/\遅れ、どちらへ理が分からん。心に掛かる。どういう理も治めてやれ。心に掛かる。成るよう、行くよう。成らん道は通すとは言わん。しっかり聞き取って、めん/\心発散すれば、身も治まる。早く一つ聞き取って運ぶよう。



明治二十二年二月七日(陰暦正月八日)午後八時四十五分
 松見崎という角力取が本部へ無心に来て、平野楢蔵に向けて種々の事言い掛けるに付、過日来刻限の話もある故、如何取り計って宜しきや願
さあ/\世界は難しい。長らえての処、世界の処難しいのやで。世界の悪は皆あちらの悪こちらの悪皆寄せ、あちらへこちらへばら/\。とんと一つ悪を定めて道が付いた。悪を善で治め、たすけ一条、千筋悪なら善で治め。悪は善出る処の悪の精抜けて了う。だん/\最初一つの談示、どうしたらよかろう。元より話聞く。どうしてよかろう、どうしてこうとも言わん。夜更しして夜とも言わん、昼とも言わん。一名一人早く入り込んで、めん/\深き処の理をして居る。名義の無き影形の無き間は怖わい。掛かりようも無い。一つの理も吹き出し掛けたら悪がばら/\になった。一つ話心見せる。危ない/\処は無い。どうしてやれとも言わん。所を変えて優しい心を治め、何よの処頼む。何程心あれども頼む。心あれば荒い言葉も使うまい/\。成るだけ秘っそう、出せまい、秘っそうにして。



明治二十二年二月八日(陰暦正月九日)
 おやしき門前に本席御住居所新築に付、今日より取り掛かる願
さあ/\いかなる処、尋ね一条始まる処、吉き一日続く。一つ始まる、だん/\始まる。紋型も無き処から十分一つ理を以て掛かる/\。話伝え掛かり掛ける。普請いつ/\まで一つの理を治め掛ける。一日何よの処、自由自在という。



明治二十二年二月八日(陰暦正月九日)
 大阪真明組分教会地所の処願(芦津分教会)
さあ/\/\尋ねるからは、さあ/\諭しよう。日々心尽す処は皆んな受け取る受け取る。さあ/\所々には一つの名を下ろす/\。さあ/\一寸大層な事は要らんで。元々一つの理を見て、さあ/\初め一つの理を以て一つの理治めるなら、順順の道という。

 押して願
さあ/\皆んな思う処の理である/\。さあ/\最初掛かりというものは、さあさああちらも固まる、こちらも固まる。さあ/\これまでの道も見ても通りた日もある。どういう事聞いて通りた日もある。どんな道も大抵々々の道も通りたる事、さあ/\最初という理を、よく聞き分け。自由自在は一つ理である。



明治二十二年二月八日(陰暦正月九日)午後十時三十分
 神戸分教会長につき増野に勤めて貰い度き由を講元周旋一同より申入に付、御許し下さるや、いかゞのものでありますや、増野正兵衞身上より伺
何彼に治まり難くいから一日の日遅れる。早く理上、治め一条、成らん事をせいとは言わん。言わん言えんの事情、いかなる事も治まり、事情一つ事情治めてやる。皆治める事情、第一の処にて一つ思えども、日々日柄心一つ何かの処、だん/\治めやろ。治めやる。一つ治まれば何か万事治まる。一寸には所に一つなれどもよう聞き分け。あちら一つ、ぢば一つ、一名一人理運び来たる、日々月々年々一つ心の理が分からん。ぢば幾名何人居る。何処にだん/\一名一人治まり付きやせん。よう聞いてくれねばならん。たゞ一つ息、たゞ一つの息、これまで尽す処、人数の処、日々の処という。前々これまでの処話々してある。ぢば一つの理という。長らえて尽したる処、所に一つ治め来たる、日々治め来たる。どうでもの処がある。成らん理を治め、治まられん理を治まる。このぢば幾名何人あるか。これから人数何人ある。よう聞き分けてくれねばならん。どれだけ第一ぢば人衆数えてみよ。治まる治めて一日事情問うてくれねばならん。人衆定め、理でない。国々所々枝々、元ある元、一つ息、この元一つ、一つ世界という。何程発明でいかん。一人の世界という。力々。



明治二十二年二月八日(陰暦正月九日)
 増野正兵衞鼻血朝七八度出で、且左足のくさの障りに付伺
さあ/\身上の障り心得ん。どういうものであろ。いかなる処よう聞き分けねばならん。事情一つの理、余の儀外の儀で言わん。早く/\理治め。一つ理、これまで一つ理、どちらよかろ。第一治め居て早くどうなりとな。日々今日皆揃うて理を尋ねる。めん/\満足。一日理を治めん。いつまで見て居てはどうもならん。尋ねたら治めてくれ。治めさす。遠く処付く処、世界の急ぐ中の理が急ぐ。早く一日の日、早く急ぐ定め。これだけ順々。



明治二十二年二月九日(陰暦正月十日)午前十一時
 清水与之助神戸分教会長に成ってくれと、講元始め周旋方よりだん/\申込に依て、御許し下さるや、清水与之助身上より伺
さあ/\尋ねる処/\、一寸にはあちらからもこちらからも始め。どんと一つの理が寄る。一時一つ理が寄れば、どうでも一つ/\理が揃う/\。何かの処取り扱い十分、理が治まる。なれども皆理と理と立てあるもの、どんな理もある。一つ道も治まる。理治まる。理を以て一つ成らん事しようとて成るものでなし。今一時成るよう行くよう運んで治める理が治まる、治まらん理が治まらん。日々処にては、日日治まる理よう聞いて置け。初めあって一つ理始まる/\。同じ一つ理という。変わる変わらん理は無い。治まる理を以て十分の理も治まる。成らん事をしようとて出来るものでない。何かの処治まりた処から、不足の理は無い。思う理の間難しい。日々受け取りてある。



明治二十二年二月十日(陰暦正月十一日)
 松村吉太郎二三日前より、唇の下に歯のかみたる如き疵出来しに付、おさしづ
さあ/\身上々々の事情、あちら変わる、こちら変わる。あっち聞く、こっちの理を聞く。あちらも直さんならん、こちらも聞く通りを。さあ/\前々に深き/\の理を知らしてある処、神のさしづも変わらん、諭も違わんで。違わんから一時一つの理はあるなれど、聞き捨てではどうもならん。身上に事情あるから尋ね出る。諭す。聞き捨てでは何にもならん。そこで又身上に掛かる。前々の深き/\の理も知らしてある処。

 押して願、内へ帰りて運べとの事なるや伺
さあ/\どうせこうせは言わんで。さあ/\身上に知らしてあるから、身上が速やかなれば尋ねるに当ろまい/\。さあ/\前々に知らしてある処、一つの理、どうせとは言わん/\。さあ/\話掛ける、どういう事も話掛ける/\。どうで一時に一つは治まろまい。さあ/\初まり/\、これは始め出し。さあ/\話掛けたる一つの理は治めにゃなろまい、見にゃなろまい。さあ/\治まらにゃなろまい/\。



明治二十二年二月十一日(陰暦正月十二日)
 清水与之助分教会一条に付だん/\おさしづを頂き、講社の談示致しとう御座りますに付、神戸へ帰ります事願
さあ/\尋ねる処、何か事情々々、一つなせる、あちら定まる、こちら定まらんで。一時早く心の理を寄せ、十分一つ話。どちらとも言わんで。よう聞いて置け。何処に理が有る、何処に理が無い。あちらへ送り、こちらへ送り、成らん事情いつまでいつまで成りゃせん。所は何処此処ともさしづせん。道のため一つ理が十分治まる。



明治二十二年二月十一日
 梶本うの身の障り伺
さあ/\尋ねる処、身上一条尋ねたゞならん。ならんでない。心得ん。いかなるもよう諭さにゃならん/\。長らえて中一日の日、又一日の日暮らす中、事情これまで聞き取って、十分一つの理を聞かそ。よう聞き取ってくれ。分かり無くば分からない。よう聞き分け。どれだけの事、日々の処よう聞き分け。成程の理が治まれば直ぐと治まる。内々の処、だん/\それ/\の処、皆事情ある。どれだけの心、日日の心受け取る処である。一時どういうものであろう。いかなるも心洗い切る。事情理を聞き分けすれば直ぐと治まる。神一条の理を聞かして早くたんのうという。



明治二十二年二月十一日(陰暦正月十二日)
 増田ならえ身上願
さあ/\/\/\一時差し掛かる/\。一つ事情尋ねる。尋ね出にゃなろまい。さあ/\身上まあ一つ、何でも彼でも暫く/\。どうでも一つ日々の処、余儀無く道じゃあろまい。言うに言われん、説くに説かれん。尋ね出る。余儀無く道という、早くという、救けにゃならんという。よく/\聞き取れ。難しいという。難しいで難しいで。一時一つのじと運び、なか/\のじと。どのよな事情、誰とも替えられん。一人であろう。一時早く事情を述べるまで。尋ねるまで。精神一条定め。早く救けにゃならん。思う一時の理。どうで達者な一つ日々の事情とは言わん、世界とも言わん。だん/\一つの道を運ぶのは、治めの道とも言う。まあ/\どんな事も精神上定め。何ぼでも一時一つ治まって一時という。もう一時の処、どういう事が出来る。心の理がそれ/\という。何でも彼でも行くと人々とも替えられんという。これはよう聞き、つまり一日一つの理は計り難ない。まあ一時じゃない。一寸人々今一時迫る思わずして、よく/\聞き分けくれねばならん。



明治二十二年二月十四日(陰暦正月十五日)午前一時
 刻限御話
さあ/\一寸々々一事々々。さあ/\何を話掛けるやら分からんで。さあ/\世界世界中というは、これまでは/\、世界の事というものは聞いて、置かねばならん。皆靄の如く話し/\年限経ちたる処、さあ/\世界々々は子供の如く、子供成人経ち来たる如く、靄の如く邪魔に成りてどうもならなんだ。さあ/\一年経った。一つの理を見よ。さあ/\あちらにも一寸靄、こちらにも一寸靄が掛かりた。さあさああちらも晴れる、こちらも晴れる。何を言うやと思うなよ。さあ/\靄の如くあちらでも声がする/\。さあ/\あれであったかと言う。さあ/\世界の事、日日の処、急がしいであろう。さあ/\靄の如く、世界の処靄の如く、あちらも一寸話を切り、こちらも一寸切り掛ける。一度に晴らす/\。いつの日とも言わん。何にも分からん。待ち人を待ちて居るようなものや。さあ/\たすけ一条という道は、人衆互い/\の理が第一と、今までにもくどうに話する。あちらからも頼みに来る、こちらからも頼みに来る。急がしい/\。心一つの理でどんな事も靄が切れたら、皆々の心一つで、いかなる事も治まるという。



明治二十二年二月十四日
 大和国平群郡若井村講元松尾与蔵二十九才おさづけさしづ
さあ/\だん/\の席/\、返やし/\の席、又一日の日の席、席に順序の理、生涯の心持ちての席。生涯の理を諭すには、どうせこうせいとは難し事は言わん、言えんの理を聞き分け。人間というものは、身はかりもの、心一つが我がのもの。たった一つの心より、どんな理も日々出る。どんな理も受け取る中に、自由自在という理を聞き分け。常々誠の心治めば、内々睦まじいという理を出ける。それ世界成程と言う、成程の者やと言う理を出ける。成程という理を受け取るのやで。これまでもよう聞き分け。代々の道があるで。だん/\の処尽し、席無くして身も隠した処、さあ/\代々さあ/\さづけを渡すで。かんろうだいのさづけを渡すで。さあさあしっかり受け取れ。



明治二十二年二月十五日(陰暦正月十六日)
 梅谷四郎兵衞下阪に付伺
さあ/\尋ねる処、心に掛かる理もあろう。一日の処心置き無う往んで、又談示の処、それからそれへ/\大層は要らんで。先ず/\小さい処より談示に、篤と言うて聞かし、小さき処より始め、だん/\の理で治め。運びたまから大きな思やんしても治まらんで/\。

 押して願
さあ/\、元々の処/\変わらんが一つの理である。狭ばい/\といえども、元々の処、天よりの理で、軽き処より掛かるが天よりの理である。元々の処の理を思い、何にも無き紋型無き処から、これまでの道成り立ち来た。よう/\聞き分け/\。初めは小さい/\処から始め掛け。心変わらんが一つの理である。さあ/\世界に一つや二つやないで。よう聞き分け/\。合えん/\、合わん/\というのは、無理な事を言う、無理な事をするから談示が合わんのやで。さあ/\前々にも諭す理、よう聞け。一日の日は生涯と言うて諭しある理、無理な事すれば生涯を一日に取り越すで。そこで初めは小さき処から/\始めば、どうでもこうでも、こうしようやないか/\と言うて、独り出けて来るのは誠やで。だん/\に出けて来るのは誠やで。これが天理と言うのやで。よう/\聞き分けさせよ/\。さあ/\どんな処の道が付くやら分からんで。なれど初めは小さき処から、長う続くが第一と、よう聞き分けて諭すよう。



明治二十二年二月十六日(陰暦正月十七日)
 平野楢蔵、山本利三郎、高井猶吉、三名河内一統高安分教会所設置のため、集会に付出張の儀伺
さあ/\何か取り扱い処、所々だん/\談示、どんな談示々々、所で談示の理を受け取るのやで。どんな事でも穏やかと/\始めた。一寸から大層な事は要らん。一寸からや。それで理も治まろう。一つ治めば又一つ穏やかと治めい。



明治二十二年二月十七日(陰暦正月十八日)
 兵神分教会所地所の処はさしづせんと御聞せ下されし処、増野正兵衞より講社一同談示の上、神戸下山手通六丁目三十八番地村上五郎兵衞地所に致し度くと、皆心を揃えて定めしも、人間心を以ては相分り申さゞる故一応清水与之助よりの伺
さあ/\尋ねる処事情の処、思うようにいかん/\。それ/\の談示が大層思うからいかん。初め一つ、元一つの理、世界のため人のためなら日々見え来る、月々見え来る。所何処がよい、いかなる事情の理、どうせとは言わん。皆んな一つの理なれば、十分の思いである。

 同日、神戸へ清水与之助帰るに付願
さあ/\心に掛かる、日々掛かる。一度戻りて一つ運び、又々の心も聞き、一つの理に治めてくれるよう。又々早くという。



明治二十二年二月十八日(陰暦正月十九日)
 斯道会の分教会の件に付おさしづ(河原町分教会)
さあ/\尋ね出る処、一つ事情しっかり一つの事情を諭し置こう。だん/\これまでの順序道すがら、心一つの事情の理、幾重の道を通り、年限の理を以て、だんだんに盛ん。だん/\に聞いて、だん/\に聞き分け。人間という処の事情、どんな事も自由自在。思やん定めて、皆の心一つの理を以て、日々の処の理という。とんとはかない道である。年限取った道は堅い道、心だけの道が分かる。働く一つの理、尽す一つ理、理の一つの話無くばならん。さあ/\よう思やん定め。初めは、小さきよう始まる。元より大きな所は無い。所々先々の所には幾重の道もある。一つ心定めた事情が世界という。さあ/\何時なりと一つの事情を定め。小さき処より始め掛け。皆いんねん事情の一つの道、元々の道、一つの心を以て通るなら、世界に危なき怖わきは無し。小さき処からぼつ/\と。さあ/\心置き無う。何か順序は、計り出せという。



明治二十二年二月十九日(陰暦正月二十日)
 東京出張所間狭に付増築の願
さあ/\尋ぬる処/\、いかなる事情聞き分けて諭する。さあ/\普請方角一名一名の処、取次に譲り委せたるものである。皆揃うて寄る所なら、一つの諭する理がある。
狭ばくの理は、元々の理があって狭ばく。どうせこうせとは言わん。皆々揃うた心の理に委せ置こうと諭し置く。さあ/\早く/\。



明治二十二年二月二十一日(陰暦正月二十二日)午前七時
 本席身上御障りに付願
さあ/\/\/\しっかり聞いてくれ/\/\。さあ/\/\/\、しっかり/\しっかり/\聞いてくれ/\。さあ/\/\/\刻限々々々々。皆んなこれよう聞いて置かねばならん。年が明けたら/\という、年明けたらどういう事を始めるという。年々年明ける。先々の理を話て掛かる。この身上一つの事情、さあ/\よう聞き分けて置け。歩むにも歩まれん、立とにも立てん。どれだけの者といえども、立つ事出けん、歩む事出けん。
さあ/\まあ/\古い/\、古い事というものは心に掛かる。心に掛からんから、さあ日々順序一つの理が第一である。さあ世界はいかなる世界と思う。大き一つの道なれば、大き一つの理を以て日々運ぶという。



明治二十二年二月二十一日 午前九時四十五分
 本席身上御障りに付伺
さあ/\一日の処は、悠っくりと放って置くがよい。夜々静かなる時、又々どんな話も聞かそ。一日の処はすっきりと構わんと放って置くがよい。



明治二十二年二月二十一日 午後一時二十分
 本席身上御障りに付願
さあ/\/\、一寸々々々々、さあ/\/\余の儀外の儀は言わん。さあ/\長らえての中で、流れを汲む/\。今の一時ではない/\。なれどもたった一事知らし置かねばならん。国々所々だん/\出て来るは一つの道であろう。さあ四方から来る中に、一つどういう者来る。日々の扱い難しい/\。さあ/\話々。そこで何よの事も前々以て知らし置こう。いつ/\よりどういう事が尋ねに来るやら分からん。そこで一つ/\よう考えて諭す。今の今とも言わん。後の後とも言わん。

 引続き願 同日午後三時三十分
さあ/\/\/\、さあ/\/\/\/\一寸の事やないで/\。よう聞いて置け。どれだけの刻限、一時どうしよう/\、一時どうこうしようと言うて成るものやない。この理がとんと分からん。さあ/\朝に一つほんになあと言うて楽しみ。これだけこうして居るのに、どういうものと言う。これは分からん。そこやで。これは何でもないようなものや。なれどもよう聞いて置かねばならん。まあ朝の掛かりに一つ、これだけ一つ、今までの事思い、これをよう聞かしみるから、一つの心出る。楽しみの理は一つの理で、あるも一つの理、見るも一つの理、楽しみ一つの理、これは言うまでやない。心胆の事は難しい。こゝはこうそこはそうと言わんよう、言わさんよう。楽しみの理を諭すはしよいものや。なれども心胆の理を諭すは皆心に掛かる。一寸出るは嬉し/\、楽しみ/\。楽しみなればよい。なれども一つ見る、又や/\と言うて居ればいろ/\の事を見る、聞く。この理の諭は難しい。一時分かろうまい。だん/\に分かり来る。又後々は追々に諭そう。



明治二十二年二月二十一日(陰暦正月二十二日)午後十一時三十分
 刻限御話
さあ/\話掛け/\、さあ/\どういう事を話掛ける/\。又々珍し変わった話。どういう事を思う、いかなる事を思うでない。一日の日の処が分からん。一日の日に始まって一日の日に納まる。どういう事に成って、どういう事に成るという事が分からん。年々の道、幾重のふしがある。ふしからふしが栄える一つの理。
又話掛ける。いかなるの理と思うかな。一寸の身の障り、どういう事であろうかと思うて、一つの事聞いて印々、いつ/\迄も印。長らえての道の処の印には、まあよう/\始めた一つの理、年限待って年限ある。どんな道も皆分りたであろう。又一つの理も渡してある。いつ/\までもの話じゃない。この身の障りはどう思う。話する、話聞く、一つの話治まるという。幾重の話聞き分けて貰いたい。今の今見ても聞いても、そのまゝこれからと言えば、話掛けたら、今の事も言わん、先の事も言わん。たとえ一人二人じゃなあ。まあ一寸掛かり、一寸の理を諭し置こう。



明治二十二年二月二十三日(陰暦正月二十四日)午前九時
 本席身上御障りに付願
さあ/\一日の日/\、さあ/\一日の日/\、一日の日から始め出す。さあ/\どういう事を始め掛ける。これまでの聞いたものもある。はっきり洗い替えて始め掛ける。さあ/\日々運ぶ処の席、順序一つの理聞き分け。日々に運ぶ内、聞き分け見分け、どちらから入り込む、どちらから入る。心得一つが道のため、心得一つが世上のため。これまでの処、一名一人で道を通り来た。心の精神を定め。心精神道の理を以て世界という。神の道なら世界の道が無ければならん。治める道は精神一つの理に止まるという。
さあ/\一時一つの話、もう/\尽すうち不自由である、困るであろう。不自由は一つの事情、精神の定めやい。一つの精神の理で治めるなれば、火の中水の中でも治めさす。心締まり一つの理は第一。火柱、水柱、悪の理上でも、精神一つの理で治まるという。



明治二十二年二月二十五日(陰暦正月二十六日)
 中山たまへ身上御障りに付伺
さあ/\一寸障りどういう事と思う、余の儀外の儀でない。何かの処、そば一つの理、どちらから眺めても成程と、成程の理に育てにゃならん。一日の日の処、一日の日先々何から事情を諭する処、一年一日どういう事、一つ/\の理を、そば/\何かの順序も育てにゃならん。一日の日よりいかなる理を吹く。一年二年三年後々一つ事情思案は、これまでの理である。世界が第一、一つの事情、内々第一、一つの事情眺めるから事情ある。育て一つの事情、成程の事情分かり来る。聞くも一つの理、育てるが第一、年々の処の理を見よ。さっぱりどうなるぞと、成程の理も鮮やかであろう。子供たりといえども一つの理、日々の処の理を以て育て。言葉一つの理によって、何か一つの理を聞いて一つの理が治まるで。育てる一つの理が第一、聞くに一つの事情あれば、皆これ映り来る。大きい一つ、大きい育てば一つの心、成程の理が治まる。一つの理は一つの心、一つの諭し皆一つの心という。曇らば曇れ、晴れば晴れ、成程の思案を定め。一日一つ/\の理を治め。一つ/\の事を定めという。



明治二十二年二月二十八日(陰暦正月二十九日)
 増野正兵衞歯浮きしに付伺
さあ/\身上という、心得ん理を尋ねる。どういう、速やかどういう事、日々案じる理は無い。これを聞き分け。どれだけよう聞いてくれ。身上心得ん、一寸どういう理思う。なれどなか/\遠く速やか、一つ運び、一つ道十分理も分かり来る。一つ心と心と心にある。一名はこう思えど、一名はこうなれど、一時に治まる。めんめん身上心得んと思うでない。掛かりは遠くの者は日々尽す処、十分理に受け取る。身上案じは無い。成程に心を治めてくれるよう。



明治二十二年三月一日(陰暦正月三十日)午前九時三十分
 兵神分教会地所並びに東京出願の事、清水与之助、増野正兵衞両名にて願
さあ/\だん/\前々一つ事情、所々運ぶ処、皆揃うて一時治まる。どんな事も治まる。定かなで。又々理を寄せ。いかなる事情分かり来る。皆身上より運んで成程一つ安心、いつ/\一つ心。一寸十箇年というは、長くはない。つい通る。一つ心の治まる。心分かり難ないから、始め掛けたら一つ理、始め掛けたら治まる。十分運んで一つ十分守護。心置き無う皆揃うて日々という。

 同日同刻、兵神分教会建築及神祀るに付願
(分教会所建坪四十五坪、住居十五坪、講社談示定まり、私共神戸へ帰り、神様より細き所よりとも聞かして頂き、だん/\一同相談致しましたるに、是より細く致しては却て講社人気も落ちるからと承り、押して申難く、此位にて御許し下されますよう、又、神様祀りますにはどちらの方角にして宜しきや願)
さあ/\尋ねる処、普請一条、方角どちらとも言わん。向もどちらとも言わん。大き小さいこれ言わん。大層思うからならん。皆心を寄せた理を受け取る。理が分かる。念を入れ、念を入れる事は要らん。寄り来る心これでこそ、皆ほんになあ。これだけ聞かして置く。

 押して、井戸一箇所御許し願
さあ/\何かの処、心一つ、一時一つ心を揃え。これでこそ満足という。この理一つ/\守護という。



明治二十二年三月一日(陰暦正月三十日)午後一時三十分
 前伺の『なか/\遠く速やか一つ運び、一つ道』又『心と心と心にある』という理は、これは増野正兵衞生国長州へ帰りて神様の御話を伝える事でありますか、又これは悟り違いでありますか伺
さあ/\何かの処尋ねる処、一時一つ思やん、十分理。元々所一つ事情急がしい。何人あっても急がしい/\。所々、所だん/\栄える。世界の道ある。未だ/\道がある。国々国々という。幾重の名を下ろす。一時分ける。いずんだる所は引き起こす。遠く/\運び来たるという。何かの処十分運ぶ。一日一つ理を尋ね、一つ聞かす。先一つ心に治めて置くという。



明治二十二年三月三日(陰暦二月二日)
 河内国講社中より分教会設置願
さあ/\尋ねる処/\、さあ/\定めて理を立てば一つの理は治まる。一つ立てば二つは直ぐに治まる。皆んな一つよう聞き分けねばならんで、皆聞き分けねばならん。二つ一つの理を聞き分けたら皆んな治まる。さあ/\一つの心聞き分けるなら、皆治まる。銘々に一つ/\の心あっては治まらん。皆一つに。

 押して、分教会所を教興寺か、又は恩智か、又は老原に致すべきや願
さあ/\どちらどうとも、これ諭する理でない。なれど元紋型無き処から成り立ち来たる処、いんねんの事情である。さあ/\元々一つ/\の事情を聞き分けて運ぶなら、皆んな治まり来る。これだけ諭して置く。



明治二十二年三月六日(陰暦二月五日)
 松村吉太郎の身上より、いんねんの理によりておさしづに預りたれ共、山本は河内に於て紋型無き処より弘めた方に付、此中のおさしづに、紋型無き処からと仰せられましたが、此辺如何にや伺
さあ/\前々以て一つ/\の諭し、どういう諭しである。銘々の心、いろ/\の心、理を計る。銘々に心で理を抑える。暫く控えるがよい。又所変えてさしづするで。

 押して、山本より、松村に於てはこれまで運ばれた事でありますから、松村の宅に於て御許しの願
さあ/\尋ね返やす処、一度一つの理と悠っくりと、心に治めて、又談じて固めて、内の処も心勇んで掛かれば十分である。じっと心治めて談じ替えて、又一つ内々変わらん心定めて尋ねば、生涯の理も諭そう。



明治二十二年三月七日
 清水与之助腹痛みに付願
さあ/\身の処/\、日々心に掛かる/\。身の処一寸、心置き無う。案じる事は要らん。皆掛かる処、さあ/\一つの心分かりた処、一つの心皆受け取るで。皆早く治めよ/\。



明治二十二年三月七日(陰暦二月六日)
 兵神分教会の願、東京本局管長の添書を送付相成り、兵庫県へ出願致しますに付、清水与之助、増野正兵衞両名神戸へ帰る事の願
さあ/\掛かる処/\、一日の日、心置き無う掛かれ。一日も早く掛かれ。

 右教会の願書運びに付、橋本清神戸へ出張の儀願
さあ/\こうしてこう、めん/\心を寄せ理を掛かるなら、心置き無う。



明治二十二年三月十日(陰暦二月九日)
 本席へ身上取次さしづ間違出来て取次へのおさしづ(遠州弘岡村真明組周旋人の身上の願なるに御授人として取次せし故なり)
さあ/\早く/\聞き取れ/\。さあ/\余の儀外の儀は諭さん。日々に運ぶ処運ぶ処、いかなる事も尋ねる事も、さあ/\どういうもので、さあ/\間違うたやろうと思うであろう。さあ/\一つの理を諭して置こう。身上は身上の理を聞き分けて運ぶよう。事情は/\事情の理を聞き分けて運ぶよう。さあ/\席は願の通りに諭そ。さあ/\日々運ぶ処に理が間違えば、一つ間違えば皆間違うで。日々取次の者にもどういうものであろうと、一つの理が治まらんであろう。さあ/\万人の中万人の中に一人一日の日に、さあ/\悟りは皆々同んなじ理が渡してある。これをよう聞き分けて、日々運ぶ処/\見分け聞き分けて運ぶよう。



明治二十二年三月十日
 松村吉太郎三月六日のおさしづに『生涯の理も諭そ』との事に付伺
さあ/\何か事情、尋ねる処/\、さあ/\数々の理は言うまでやない/\。これまでに聞かしてある。数々の事は言わん。どんな事も、どんな道も、世界の事情もこれまでの理も、通り来てある。月々年々の日も通り来てある。さあ/\五十年以前からの道すがら。元泥水やない。元初まりの理を聞き分け。理を見よ。人間心で始めたのではない。拵えたのやない。誰に談じてしたやない。今日は晴天、今日は雨かと、この理を分かれば、理は鮮やか分かる。さあ/\最初初めというものは、難し処より始め掛け。さあ/\世界ではもう取り払いや/\と言うた日も、幾度も幾度もある。又取り消した、又差し止めた事もある。さあ/\正月二十六日と筆に付けて置いて、始め掛けた理を見よ。さあ/\又正月二十六日より、やしろの扉を開き、世界ろくぢに踏み均しに出て始め掛けた理と、さあ/\取り払うと言われてした理と、二つ合わして理を聞き分けば、さあ/\理は鮮やかと分かるやろ、と。よく聞き分けてすれば、分からんやあろまい。世界ろくぢに踏み均しに出て居る。疑いもあろまい。なれど疑い心があるなれば、尋ねて見よ。神は幽冥と思うやろ。幽冥と思うなよ。五十年以前の道の理を思案して見よ。神は嘘と追従これ嫌い。



明治二十二年三月十五日
 平野トラ願
さあ/\身上々々の一寸心得ん。知らせある。心得ん処、一名の理で何かの処、理を鮮やかとなる。一人の処より、心から何かの処、一つの事情長らえての事情大層の事なら、長らえての心で運べ。三年四年から運んだ処より、これまで成りた事を思え。長くの処なら、長くの心を持ちて運べば、身もすきやかという。



明治二十二年三月十七日(陰暦二月十六日)
 兵神分教会の儀、世界の道速やかに御許し下され、地所の処誠に不思議のように御許し下されましたに付、中井宗七、清水与之助、増野正兵衞の三名講社一統の代りに御礼を申上げおさしづ
さあ/\何かの処よう聞き分け。前々より鮮やかと治めて来てある。皆心通りに成る/\。十分々々に治まる。人間の順序の理が、神が何かの理を皆受け取るで。生涯のさしづして置く。人が勇めば神も勇むという。



明治二十二年三月十八日(陰暦二月十七日)
 松村吉太郎河内へ帰国に付御暇願
さあ/\一時一つ事情、尋ねるからしっかりと諭し置く。内々の事情、世界の事情、どうやろうと思わんよう、心に思わんよう。大きい心を定め。何かの事も案ぜず運ぶ心ならば、心の誠一つでいかなる事も、自由という理を諭し置く。



明治二十二年三月二十一日(陰暦二月二十日)
 三月十日の取扱上のおさしづに続いて、日々取扱上の事に付おさしづ
さあ/\誰彼とも言わん。一寸一つの理を聞かして置かねばならん。何かの処、万事一つ、日々運ぶ処、一つ話して置く。日々運ぶ処、世界中の処、大抵々々は運ぶ処、道の道の中の道というは分かろうまい。聞き分けるなら分からんでない。世界の道の中の道は古き道、さあ/\日々運ぶ処は、速やか鮮やかなものもある。なれども古き/\という理を見分け聞き分け。さあ/\年限を見て、さあ/\世界の処は大抵々々の理を見て、さあ/\年限相応見分けて、さあ/\日々運ぶ処、めんめん勝手を出ささぬよう、皆々一つに理を寄せて、めん/\に運ぶならば、世界の理も治まる/\。



明治二十二年三月二十一日 午後五時
 本席身上御障りに付願
さあ/\/\しっかり、さあ/\聞かそ/\。どういう事、さあ/\この所このやしき/\、さあ/\/\/\もうこれ早く聞き取ってくれ。余の儀外儀は言うまでやない。世界は早く/\と言うて寄り来る。さあ/\世界はどんな事もやってみる/\/\。どんな事をしたとて分かりゃせん/\。さあ/\これまでの道、年明ける/\、三年の年明ける。一寸明けたら通れるように成ってある。これまでの難しい処は、今はまあ通りよいように成った。遠くにもあれば、近くにもある。さあさあ道の中、道さえ分かりさえすれば、不自由しようにも不自由は出けん。これ皆筆に知らしたる処、紙に書いたものを持って居てさえ分かりゃせんから、一度や二度で聞いたとて分からん筈や。
伏せ込み/\というは、皆これよう聞いて置け。伏せ込み/\というは、どういう事やら分からせん。三年前の後の道、又、これから先の三年を思やんしての道の中の三年の中の理分かるもひながた。皆々互い/\に研究して日々運べば、取次の古き道の理と、又世界の道理の理と諭せば、神の働きどんな働きをするや知れんで。今までにも面目無い事が、何遍も有ったで。分からんも一つのひながた、分からんひながたは要らんというようなものや。なれど分からにゃ仕様が無い。さあ/\お前も行こうか、わしも行こうと言うて来たのやない。最初の掛かり、一人もどんならんと言うた日もある。長らえての道は一寸にはいかん。何も彼も皆んな取り混ぜて話置こう。これからは又々話そう。話掛けたら、どんな話を持って帰るやら知れんで。
さあ/\日々席をする/\と言う。これまでにもくどうに説いたる処、どんな事でも皆受け取る。思うよう。そこでめん/\、前々の席が難しい事は無いのやで。どんな事でも受け取ると言うて諭しあるといえども、さあ/\日々取次の席の掛かり、一つの諭しは難しのやで。今の道に何ぼ程面目や分からんで。さあ/\古き事を、めん/\年々の理が積もれば皆分かり来る。今日も一つの道、夜も又一つの道、あの者は放って置け、この者なれば捜してなりと言う、これが第一いかんで。



明治二十二年三月二十一日 午後五時四十分
 刻限御話
さあ/\自由々々、どんな自由して見せるやら知れんで。さあ/\朝の掛かりはあちらからも出て来てくれるで。さあ/\何時俄かに抱きかゝえせにゃならんようになる。
さあ/\今までに何遍も/\、三名五名と今日から真実々々と言うて、神が見分けてだん/\と運び来たる処、皆んな可愛い子供、皆可愛い/\。さあ/\成る理が難しやない。成らん理が難しい。成らん中より運ぶ中の心がこの理が深きという。さあ/\日々取次が急くやない。日々毎夜々々運ぶ席にて一つの事情あらば、又々変わる。日柄が経てば又一つの理を欠く。そこでよう聞き分け。席の運ぶ処で、三三三の理をよう諭すよう。



明治二十二年三月二十一日(陰暦二月二十日)午後十一時
 刻限御話
さあ/\/\/\、まあ/\一寸には難しい事も言い掛ける/\。内々ぢばや/\と言うが、ぢばに一つの理、さあ/\皆々寄り来る道や。治まる処理を聞く。皆々身上から付き来る道や/\。さあ/\めん/\皆々日が経つ。長らえての日が経てば踏み込む/\、入り込む/\。出て来る道や。その道一つの道長らえて年限経ち越したる。難しい道の楽しみや/\。さあ/\これよう聞いて置かねばならん。なれども一時楽しむというは、楽しむ一つの理、そこで遠く/\近くの所より、さあさあ大抵々々入り込む処、一寸世界の処は一寸駈け廻りた。何処から何処までも大抵々々の道。何処までも駈け廻りたる処、さあ/\一寸根に踏ん張る処を見よ。根から一つの花が咲く。一寸こうやったら困まるやろう、難儀するやろうと思うて。さあ/\これよう聞き分け。何にもならん。どんな者でも何にもなりゃせんで。何時どんな水が流れ来るともこれ分かりゃせんで。さあ/\これ踏ん張る処の根を見よ。根から一つの花が咲く。今までにもどうもならんと言うた日の事を思い出してみよ。それ分かりたら先の事が皆分かる。これひながた、分からんもひながた。一町四面、さあ/\一年経ったらどんな事でもして見せる/\。さあ/\年限はさあ/\めん/\これだけ経ったと思わんよう。深きは深きの心の理を定め。人衆人衆と言うて居るけれども、何程あると思うぞ。さあ/\一代は一代の苦労を見よ。長々の苦労であった。二代は二代の苦労を見よ。三代はもう何にも難しい事は無いように成るで。なれど人間はどうもならん。その場の楽しみをして、人間というものはどうもならん。楽しみてどうもならん。その場は通る。なれども何にもこうのう無くしては、どうもならん事に成りてはどうもならん。これをめん/\もよう聞け。日々取次が難しい。めん/\の勝手心が難しいてならん。何程尽せども果さにゃならん。これを聞き分けねばならんで。又それ/\へもこれをよう伝えてくれねばならん。さあ/\しっかりと伝えてくれるよう。



明治二十二年三月二十二日
 平野楢蔵の願
さあ/\よう聞き分けねばならんで。あちらへも一本、こちたにも一本、根は一本。だん/\の理を聞き分け。同じ芽、同じ根とさしづして置こう。



明治二十二年三月二十四日 夜
 梅谷四郎兵衞大阪へ帰る願
さあ/\帰る一つ事情、運ぶ一つ事情、どちらもこれ同じ一つ。もうこれ急がしい。どちらも急がしいで。もうちいとの間やで/\。どういう事を言うなら、どちらも急がし成る。急がしい成ってからは、誰でも分かるやろう。前以てこの事を知らし置こう。急がしい成るで。



明治二十二年三月二十六日(陰暦二月二十五日)
 取次中当番を定める事の願
さあ/\前々にも理を以ちて諭してある。尋ね出て来る取次一つの理である。どれだけ入り込む。何から皆引き受け。一度成る成らん替わる/\。事情運び理かいなあ。神の理、神の道、運ぶ処尋ね来るなら、取次一つだん/\尋ね、世界互い/\の理がある。遠く近いこれ言わん。日々取次難儀不自由の道も通した。たすけ一条道を教え。この理を思えば近いという、そばという、真実が分かろうまい。国々遠く先々枝先一つ始め出し。一つ心を定めさせば、一つ心鮮やかという。遠く一つ、石も立木も分かるであろう。この理もまた諭してない。それより運び付けたるなら十分治まる。



明治二十二年三月二十六日(陰暦二月二十五日)
 増野正兵衞神戸に帰り居る時から居所悪しく、一昨日より血下がり、昨日は頭痛するに付伺
さあ/\身上一点一つ事情尋ねる処、幾重の事情、幾重度々心に治まりある。よう聞き取れ。一つ事情、さあ/\一つ事情身上あるから尋ね出る。一つ諭し、どういう事を聞く。難しいならん事、一寸何かの事、所も一つ、所一つ、所何処々々一つ言わん中に、一つどういう思う、一つの理。日々一つどちら事情、所も同じ事情、仕切って心を定める。日々事情身上治まれば皆治まり来る。めん/\十分治め居る。めん/\どうである。だん/\どう日々理が現われる。案じる事は要らん、案じてはならん。こゝが十分の居所。よう思やんすれば一名は定まれど、一名はどうであろ。心と心と定め。めん/\日々心働く、日々思う心障る。何かの処、それからそれから諭する。一つ何かの処もよう聞き分けてくれるよう。



明治二十二年三月二十六日(陰暦二月二十五日)
 兵神分教会所去る陰暦二十六日地築に付、講社員多人数出て賑々しく致したる御礼申上げし時のおさしづ
さあ/\一時々々の理を宣べるは、心に速やかに理を宣べる。心一つ一条の道。皆揃うて思うように成る。一寸には最初、一時願い出る。皆心と心を捌いて、だんだん心を洗い合い、心を諭し合い、どんな心も十分一つの理を治め。一日の日掛かる。あちらも上々、こちらも上々、日々勇めば日々勇め。心置き無う日々処、理が治まるという。



明治二十二年三月二十八日
 平野楢蔵より伺、河内一国講社合併に付ては、恩智村は彼是申居るに付、一応参りて可然や伺
さあ/\皆々の処、皆銘々に思案の処ある。一同の処何でも彼でもという理を定めるやろう。又所々幾名ある。所々へ治まれば何不足もあろうまい。そこで穏やかと運ぶようさしづして置こう。



明治二十二年三月二十八日
 高安分教会設置添書本局より下付相成れ共、大阪府の処、只今大阪船場分教会出願中に付、その許可まで延引致すべきや運ぶべきや伺
さあ/\事情運ぶ処、運ぶ事情運べ。運ぶ処早く運ぶがよい。何かの処、所一つのなあと言うなれども、運ぶ順序は何か運ぶがよい。



明治二十二年三月二十八日
 平野楢蔵の願
さあ/\何かの処、定める処、後が先でも構わんで。二十六日何かの処始め掛け、二十六日から始め掛けたる処、聞いても居るやろ。先々の処後先に成りても構わんと知らし置こう。



明治二十二年三月二十八日
 平野楢蔵願
違うは身上に知らすで/\。計り難ない事は、皆身上に知らす。これだけ言うたら、皆んな分かるであろう。



明治二十二年三月二十八日
 平野楢蔵願
さあ/\いかなる処、一寸は遅れ/\。皆一寸の印皆ある。一つの話じかねの道知らしたい、皆聞かしたい。何から尋ねよと、皆それ/\一寸印を知らしてある。



明治二十二年三月二十八日
 平野楢蔵願
さあ/\早く/\、どんな道も皆通り、むさい所/\皆掃除々々。皆心次第委せて置こう。皆掃除して了うがよい。



明治二十二年三月二十八日
 平野楢蔵家の願
さあ/\一時尋ねる処/\、何か一つの理、一時心に掛かる事、さあ/\何かの処の事情聞かして置こう。さあ/\刻限々々々々というは、皆んな揃うて居る処を以て刻限話を聞かそ。その聞かす処の話は、人間始め一条より、何彼の処を皆々話聞かそ。刻限はいつとも言わん。



明治二十二年三月三十一日(陰暦三月朔日)午前九時三十分
 郡山分教会所に御神楽御道具を御許しの願
さあ/\尋ねる処よう聞き取らねば分からん。道の処一つの理、一つの理を、さあ理を下ろしたる処、十分の道も、一寸世界の道を計りたる処、真実日々一つ思う処、よう聞き取れ。めん/\一つ治めにゃならん。十分どちらとも/\同じ事なら、一つの理思う。多くの処道の処、理を下ろす。皆人衆一つ理である。人衆の理を計らねばならん。ぢば一つ始め出しという。それから道から所々から運ぶ処から、一つ理が治まる。人衆の心から悟り、鳴物の理十分理で治まる。道具これまで、神前に道具飾る。十分の理を諭して置く。道具の理皆許す中一つ元一つ人間始め出したる、これだけぢば一つに限るという事をさしづして置く。



明治二十二年三月三十一日(陰暦三月朔日)
 兵神分教会所前同様御神楽道具願
さあ/\理は皆同じ理、つとめ一条鳴物十分の理を許す。第一事情、人間始めた一つ事情、これからこうして貰いたい。こゝよう聞き分けて貰いたい。



明治二十二年四月五日 午前八時
 平野トラ願
さあ/\身上の処、国々一つの処、第一始めたる処であろ。一寸には普請中や/\。何かの処、心に掛けんにゃならん。急く/\尋ねる理、安心の理、尋ね出すは安心の理。尋ねると日々の処、一つ/\の心治まれば、身に障る事は更に無い、と。何かの処、日々遅れ/\来る、と。



明治二十二年四月五日
 平野楢蔵の願
さあ/\身上から一つの事情尋ねる。尋ねるから一つ聞かそ。どうしても身上一つの処分からん。案じるから理を分からん。どれからどうする/\、一日の日はどうであろ/\。そこで身上知らす。一日の日を速やかのあちら良し、速やかこちら良し。自由自在、身上より知らす。身上に事情あれば、どうも仕様あろまい。今日は速やか分かりたなあと、この理を身に治め。速やか分かる。めん/\だけやないで。又々それ/\知らす処。



明治二十二年四月五日 午前
 増田甚七の願
何か/\尋ねる処、しんに知らす。運ぶ。こうしんに知らす。何かの処、始め掛けた処より運ぶ一つの理と、案じる事は一寸も要らん。日々の処遙かの日の楽しみと、遙かの理を積むと、理を積むと/\。どれだけ澄んだ多くの中でも、風が吹く。風吹けば、一寸々々したごみも溜まると。案ぜんようと/\。長くの処でもあろまい。僅かの処、何かの処、心掛けてくれるようと。



明治二十二年四月十日
 三月九日の願船場分教会の大阪府へ出願仕り、御許可下されしに付、おぢばへ橋本清を送りて神様へ御礼に参りし節に島、小西、太田の三名より今までの地所を他へ移転仕り度しとの願のおさしづ
さあ/\前々所一つこれより聞き分け。前々の理を思えば長らえての処、思い掛け無き一つ道、一時どうであろうと皆思う。先々一つ治まり居る所の処、不都合の理と思えども、これでは狭ばいなれども、狭ばい処の理をよう聞き分け。元々何にも無き処より、狭き理は前に一つの理、狭いになるといえども、今時に改めて一つの掛かり、小さきが大き成る。これが一つの理という。紋型すうきりと無き処からの道、皆精神の理治まるなら、いかなる芽が吹く。皆々めん/\一手一つの心。これだけの理を聞かし置こう。

 押しての願
さあ/\尋ねる事情、小さき事情は大き成るが一つの理。これだけの事を知らして置く。又今の処を尽せば皆々受け取る/\。



明治二十二年四月十六日
 郡山分教会の願
さあ/\尋ねる処/\、しいかり諭しよう。さあ/\一時に処、どう事情の理を以ちて、世界々々暫くの処、又々の理を以ちてする。今の処、世上の理を以ちて通る通る。
尋ねる処、それはどうでも一日も早くと言う者もある。それはどうでも一つ/\。さあ/\尋ねるからよう聞いて置け。一寸始め掛け/\。皆心持ちていろ/\思うから、理というものは、一寸どういうものであろう。掛かりは一寸の心を持ちては、運んでくれるよう。
尋ねる処、まあ一つ始まりの処、学びという始まりの理。幾名何名、あちらこちらの理を思う/\。よう思やんしてくれるよう。



明治二十二年四月十七日(陰暦三月十八日)午後七時
 本席の左の下歯厳しく痛むに付願
むさくろし/\/\/\/\、むさくろし/\/\、ああ/\/\むさくろし/\むさくろし/\。さあ/\/\すっきり着せ替え/\/\/\。さあ/\/\さあ、古い物要らんで。皆古い物は、すっきり着替えたらよいのやで。一遍着たら二度着やせんのやで。着せるやないで。古い物は、すっきりとやって了うのやで。さあ/\/\人にやって了うのやで。やるのや。やらすのやない、やって了うのや。古い物着て居ては働けん/\。一枚ずつあればよい。さあ/\一言話々。さあ/\席々と言うて、これまでにも入り込んでの話々。始まりというものは、一寸分からん。分からんから尋ねようも分からん。これからというものは、よう聞き取って貰わにゃならん。さあ/\言い付けるで、すっきりと言い付けるで。さあ/\結構な理は分かりてある。なれど日々の処の理が分からん/\/\。さあ/\/\言い付けるで。すっきりと言い付ける/\/\/\。さあ/\席と名を付け/\/\。今まで通り来る処/\、さあ/\席と名を付け、入り込んでの話。これからどんと入り込む。どういう事も改める/\/\、十分改める。白きものは白きと言えば分かる。さあ/\今からすっきりと改める/\/\改める。どういう事も改める/\/\。さあ/\皆々これよう聞き分け聞き分け/\。さあ/\すっきりと改める/\/\。席というは何と思うて居る。席として入り込む処/\、さあ/\改める改める/\。日々入り込む処入り込む処、一年経てば一年の理、二年経てば二年の理、三年経てば三年の理。いかなるも話もう皆分かる。さあ/\むさくろしい事は、皆すっきり取り払い片付けるなら、これより道はます/\栄えると諭し置こう。



明治二十二年四月十七日(陰暦三月十八日)午後十時三十五分
 刻限御話
さあ/\これまでの辛抱/\/\、さあ/\踏ん張るも一つの辛抱。さあ/\どんと下ろした一つの石や。さあ/\/\話掛ける/\。言うやろう聞くやろう/\。さあ/\もう/\長らえて口説き/\の年限通り来た。今の一時は一寸世界は治まらんから一寸許した道や/\。さあ/\十分口説き詰めたる道や道や。さあ/\さあ一つの話十分説いた。たすけ一条の道は、どうもならんかいなと言うた日も通り、世界は一つの道があれば安閑なものや。さあ/\これまでの道というは、これで安心と言うた日もあり、又どんと心定めた日もある。残念々々の道も幾年も通り来た。もう、とても/\と言うた日もあり、長らえての道、これまで付けた道や/\/\。付けにゃならん珍しい道や。世界で一つの道、大抵の道や。大抵の道やあろうまい、よう思やんしてみよ。さあ/\一つが始まり、一があれば二がある、二があれば三がある。さあ/\何事も三三三の理を聞き分けくれねばならん。細い道を許した。さあ/\世界が皆分かる/\、すっきりと皆分かるで。分からんが九分、分かりたが一分。もう一寸の処で世界が分かるで。これをよう聞いて置け、よう聞いて置け/\。皆成程の理が分かれども、日々の理が分からねば、どうもならん/\/\。をやの話、をやさんの話やと楽しました。成程の理が分かりても、日日の理が分からにゃ、何時に何程の井手が崩えるやら、潰れるやらこれ知れん。何時に分からん/\/\。さあ/\諭しよ/\/\。一時その場の話々、さあ/\遠くの所の話/\/\、さあ/\遠くの中の中にいろ/\の道あり、一時一つの理があって、あちらへ入り込み、こちらへ入り込み、その中へ入り込む。高い所へ入り込む。十分に働く/\/\。さあ/\人間心がこの道分からんから、これだけ/\と言う故に、口説きに帰らにゃならん/\/\。何程の理があっても、容れ物へ入れて始末してあっては、何にも分かろまい。この理が分かりさえしたら、神の口説きも速やか。尽せども理が分からねば、口説きもこれまでや。



明治二十二年四月十八日
 平野楢蔵の願
さあ/\/\身に障りはどういう事と思う。分かろまい。一つ始めたい/\。一度の理は戻ろまい。さあ/\もうこれ何かの処も聞き分けて、これまでの処、初めあれば終りある。内々の処、世界は応法、内々又々の中というは、十分何かの事を待って。さあ/\案じる事は無いで。一日の日に始まりた/\。一日の日は生涯の理、いつ/\までも不自由するやない。一日の日から始まりた一つの理、さあ/\内々寄りやう処、世界は十分大層さすやない、大儀さすやない。後々続くが一つの理、続かにゃならんが一つの理であろうとさしづして置こう。さあ/\/\何かの処、掛かりというものは、覚束無い者もある、何でもと言う者もある。成るに成らんという理、一度定めた理は、末代の理と定めたる所、さあ/\良き所、思う所許そ許そ。さあ/\どちら/\、さあ/\こうしたらよいと思う所、随分にして広く大きい掘りて。



明治二十二年四月十八日
 平野楢蔵願
さあ/\ようこれ聞き分けにゃならん。身上に障り/\と言う。よう聞き分け。これまで身の障り皆諭して居る。又めん/\に身の障り、よう聞き分けんにゃならん。めど一つの話々。そこでめん/\の処、一つ立て替え、洗い替え。めん/\よう聞き分け。皆寄せてある処、他の処、事を言う処、聞いてめん/\たんのうして定めば、速やかのもの。めん/\の事と思え。めん/\の受けは、他の事と心に治めば、大きに御苦労と、日々心にたんのうを治め。これだけの理を諭し置こう。



明治二十二年四月十八日 午後十時
 刻限御話
さあ/\/\/\うん/\/\、さあ/\/\話掛ける/\、どういう事を話掛ける。これまでの処というものは、皆んな一つ/\寄せて運んだ処、皆寄り合うて始めた処、又これよりどんと一つの道改める。改めると言えば皆が案じる。皆々変わる/\と言えば皆案じる。案じる事は無いで。道が変わると言えば案じる。さあさあ今になって今の事を言うやない。所々には一つ/\の名を下ろし/\。さあさあいつ/\までの事情、往還道を待ち兼ねる。何か一つの治め方、一つの事情、元一つの事情から始め掛ける。初まりという、国々何処の国々、初まり/\前より一つ。さあ/\遠く/\こんな処から、何処からどういう道が付くとも分からん。世界の中の所から、どんな所より道が付くやら。偉い事や。この道というは、後々の事も言わん。日々の処どんな所へも入り込む。さあ/\皆始め来たる処、あちらに一つの社や、こちらに一つの講や。皆々難しい処より始めた。心の理によって一つの名を揚げた。一つこうのう始め掛けたら、よう聞いて置け。何処にどういう道が始まるとも分からん。さあ/\天理教会やと言うてこちらにも始め出した。応法世界の道、これは一寸の始め出し。神一条の道は、これから始め掛け。元一つの理というは、今の一時と思うなよ。今までに伝えた話、かんろだいと言うて口説き口説き詰めたる。さあ/\これよりは速やか道から、今んまにかんろだいを建てにゃならん、建てんならんという道が今にあるという。



明治二十二年四月二十日
 平野楢蔵願
さあ/\尋ねる/\、身上から尋ねる。これまでの事情は、一つ/\して聞いてある処、これようどういう事を見る、どういう事を聞く。これから治まり居れば、いつまでもじいとして居る。皆の者へ、たんのう理を供え、たんのう一つの理を思い、これから入る出る。たんのう一つ、日々たんのう一つの理で暮らす。しいかりと聞き取りて置け。



明治二十二年四月二十二日
 高安分教会大阪府の許可相成らずに付、如何の都合により許可ならずや、尚将来如何可致や伺
さあ/\尋ねる処/\、さあ/\どういう事である。何が故に成らんと思う。さあさあ、成るも理成らんも理、先に成るも一つの理。さあ/\心得ん/\。皆んな心の理である。外に成るというは、速やかと分かれば速やかの心である。外々眺めて速やかとした処で、一つは速やかと治まるという。

 押して願、外の講社へ談じて運びて宜しきや
さあ/\皆何処でも治まるというは、元々一つの理である。外々談じて早く一つに取り掛かれという。



明治二十二年四月二十三日(陰暦三月二十四日)
 増野正兵衞五日前より胸悩み、居所悪しく、南京虫にさゝれし処、おぢばへ出て宜しきに付伺
さあ/\身上一つ心得ん。一つ一時どう成る、一つ所どうしたらよかろう、分かり難ない。長らえて尽した理によって身上治まる処、どれだけ一つそここゝ一つ事情、どうで事情、めん/\事情から分かる、なか/\事情分かる。何程の身上、一つ一日の日、心勇んで治まるまい。治まり一つ事情という。どうでも一つ。



明治二十二年四月二十三日
 増野松輔身上おたすけ御礼申上げ、主人先へ職を教えにやるのを、主人が職を知らん故、内へ置きましたものでありますや、又主人方へ其儘置いて宜しきや伺
さあ/\尋ねる処、何の思案も分かろうまい/\。尋ねる処、暫く処じと。



明治二十二年四月二十三日
 山沢為造身の障りに付願
さあ/\身上々々、身上の事情尋ねる/\は、めん/\一つ思えども、発散と思えども、発散出けん。どう思えども長の間、尽す処運ぶ処、皆受け取る。なれどもめんめん身上一つどういうものと思う。身上の処不足あれば、思う所廻れん/\と、内々思えども、身の処障る。日々の処皆諭して居る。なれども、めん/\分からんやどうもならん。日々の処何名何人あるとも、この処諭してくれ。発散すれば身の処直ぐと速やかと成る。



明治二十二年四月二十四日(陰暦三月二十五日)
 遠州山名郡分教会所に於て、御神楽面を開筵式に付御許し伺
さあ/\尋ねる処、尋ねて一つ心の理があれば、尋ね一つさしづしよう。どういう事であろう。さあ/\止まる実際尋ねるまで一つ理、つとめ一条の理、多くの中、幾重心得もだん/\始め、鳴物一切道具許そう。第一人間一つ始め、人衆一つの理、だん/\話一つ/\、一時尋ねるまでの理であろう。面はぢば限り。このお話して置こう。



明治二十二年四月二十六日(陰暦三月二十七日)午後十一時
 飯降政甚夜中厳しく左の下歯痛むに付伺
さあ/\仕込み/\/\、さあ/\仕込み/\/\。道これ一つ/\古き者より皆改め。互い/\知らせ合い、皆仕込まにゃならん。皆これ/\いつ/\まで子供子供言うて居てはどうもならん。一時辛抱して居られんで。一時心が寄る。あちら一つ席々急がし成る。遠くの所出て来る。一つ話して聞かさにゃならん。何かの処、順々改め。別席の処、俺も/\、互い/\処、心合せて夜々話合うてくれねばならん。忙しくなる。それからだん/\身上入り込んでの身の障りと言う。皆んなどんな者でも、神の話知らんようではどうもならん。いつ/\まで子供々々ではどうもならん。取次々々一時のどんな事始まるものではない。取次々々あちらへも出越し、こちらへもそれ/\皆用がある人多いで。席をする者が無いで。一名々々事情あれば、皆それ/\運んでくれるよう。



明治二十二年四月二十七日(陰暦三月二十八日)午前九時
 刻限御話
さあ/\いかんで/\、すっきりいかんで/\/\。さあ/\日々三名難しい/\。さあ/\暫くの処はさづけを止める/\。聞かせども/\何遍聞かしても座が崩して/\どうもならん。そこですっきり止めるで/\。止めて了うのやけれども、日に三名、さあ/\日に三名なら、何時でも許す。さあ/\あちらからもどうしてあの型を取ろと思う者があるで。さあ/\あちらからどういう事があるやらと言うてある。見分け聞き分けが難しいと言うてある。所はあちらからもこちらからも、あれをすっきり取りて了もたら/\と、目を付けて入り込む者が間々ある。そこで難しいのやで。何にも外に難しい事は無いのやで。さあ/\暫くの処や。又すっきりと何も彼も許す日があるで。さあ/\すっきり許す日があるで。さあ/\暫くの処やで/\。これを聞き分けて毎夜々々断われば分かるで。その場では言えようまい。そこでこの事きっしようにして、断わるがよい。暫くの処三名と。何にも分からん者はさづけやと言うても、そんな者に渡しては何にも分かりゃせんで。何にもならん。しっかり見分けて実の処を三名やで。しっかり聞いて置け。



明治二十二年四月二十七日(陰暦三月二十八日)
 山沢為造身の障りに付願
さあ/\これしいかり聞かねば分からんで。さあ/\身上から一つ事情身上又変わり、身上どうでいかん。さしづ思やんすれども、身の障りだん/\変わり、よう聞き分けねば分からん。余の儀外の儀の理は、内々身上事情いかなる事、どういう事さす。身上一時一つ事情、何事の理も、何事も運ぶ理に向かん。これ神一条の理と言う。これ聞き分け。どれだけ真実、どれだけ運ぶ。よう聞き分け。いかなるも幾重の道、一つ初めが理が立つ理、内々一つ理がある。残し置き/\理の治まる処、何に彼の処、よう聞き分け。どんな者も入り込む中、一つ理、又内々理も親族の理寄り来る理、どれだけの者はこう、身上理上分かれば、計りする事、為す事、見る事、聞く事、分かろうまい。神一条の道尽す理によって、何かの処治まるという。鮮やか分かりあれば、身上速やか。計り難くば、問い返やせ。すっきり取りて分からにゃ、何ぼでも理は諭そう。
内々親族寄り来る者、同じ一つ理に寄せて運ぶ相談出来
さあ/\分かった/\。その事情分かれば、もう模様二人一人の事情でない。さあさあ分かる/\/\。

 押してさしづ
さあ/\理が分かり掛けたら話しよう。どういう話、何よの話、何よの役が一人一人尽す中、お前の理を分け。お前はこう、誰はこう、そなたはこう、日々理を渡す。身上不足さそうと言うても出来ん。何程の役を言い付けるなら、事情速やかやろう。

 押して願
さあ/\身上事情あれば、何よどれだけ思えども、一時何かの処、勤めようと思えども勤まらん。勤めさそうと思えども勤まらん。この理をよう聞き分け。



明治二十二年四月二十八日(陰暦三月二十九日)
 兵神分教会新築の事に付、所々へ名をかたり行く者ある故、新聞に広告を出す伺
さあ/\尋ねる処/\、どうせいこうせいとは言わん。よう聞き分け。どういう事、古き処筆に知らせてある。何処へどうする成るは年限成り来る。人間の心で成るではない、世界から成り来る。止めようにも止まらん。元々さっぱり分からん処から、世界成る道往還道、どんな事も成る。人間心どうせいこうせいこれ要らん。



明治二十二年四月二十九日
 林由松十八才身上障りに付願
さあ/\身上尋ねる/\。又一つ理も聞かそ。一時成らんという理聞き分け。成る成らん治め来たる、どういう理である。寄れば一つ理という。理の理を聞き分けねばならん。成る成らん、道を通り来たる処、あれも一つ外に理を思う。成らん詰み来たる処、何かの処、よう聞き分けねばならん。外に一つという、いつ/\までめん/\あゝして日々運ぶ。運ぶによって身が不足。内々案じる外に、今一時思わずして、今一時立て。こうのう成らん/\運ぶ日々処運ぶ、その理忘れ、今一つ結構取って居る。

 押して願
さあ/\尋ねる理という。一寸理であろう。一寸外一人どう。めん/\成らん事情運ぶ。成らん今結構は今の理に取る。めん/\理を忘れ、身上の事情障る。元々一つの理にあろう。



明治二十二年四月三十日 午前
 梅谷四郎兵衞身上伺
さあ/\身上に一つ/\心得んの理がある。心得んの理があるから尋ねる。思わく思わく/\、どういう思わく、思わくが治まらん。どうであろう。もう一段の理が治まらん/\/\と思うやろう。さあもう一段治まれば、十分の理である。今までに十分に治めて来たる処、もう一段一つの理治まらんと思う処、心で思う通りに治まる。めん/\心に思わく通り治まれば、それから先は、何も思う事は無い、言う事も無い。皆々々それからそれへ/\/\委せての理、それ故に坐りて居るに居られん/\/\というのは、めん/\心で思わく通りの理が叶えば、すうきり/\すうきり/\。それからそれへ/\/\委せて了うよう。



明治二十二年四月
 兵神分教会所棟上の願
さあ/\何かの事情尋ねる処、一日なりとも一つ事情尋ねる処運ぶ/\。十分一つ理が治まる。十分理を以て何時なりとも。談示々々一つ理が一つ。何時なりとも一つ心運んでくれるよう。

 右に付増野正兵衞帰神の願
さあ/\運ぶ処、心置き無う運んでくれるがよい。

 同じく清水与之助帰りの願
さあ/\心に掛かる/\。心一つ理は心置き無う。心掛かる、一つ/\理を治め。心置き無う掛かるがよいで。



明治二十二年五月七日 午後十二時
 永尾よしゑ頭痛、たつゑ夜泣きするに付、併せて願
さあ/\尋ねる処/\、よう聞き分けねば分からん。身の処さあ実を知らす、真を知らす。一日の理は朝にある。一日の日何にも分からん、何にも知らん。一寸分かり、どういう理が、ようめん/\一つの理という。よう聞き分け。皆一つ内々の処にて、結構の理は言わず思わず。どんな理も聞き分け。いかなるも不足じゃあろまい。分かりあれば鮮やかという。何も一日の日/\という。どれだけ一つの心、話話一つの心、一つの話よう聞き分け。何程の処、どれだけの心を尽す、身をこなす。たゞ一つの心で皆戻る。兄弟一つの理を聞き分け。人間身の内神のかしもの、神にかりもの、兄弟先々にも擦れるのも兄弟、をやという一名一人それまでのもの、後後小人同様。この理一時聞き分けるなら鮮やか。ぢば一つの理、日々育てる理はをやと言う。ぢば清水一つの理である。不足な人の身に取れ。一時一つの理を改め。



明治二十二年五月七日(陰暦四月八日)
 梶本うの腹痛み、気分悪しく障りに付伺
さあ/\何かの尋ねる心鎮めて聞き取れ/\。どんな事でも皆分かる。一寸前々話いかなる話、前々以て話たる処という、どういう事も思うまい。どういう話も身上一つの理がある。一つの席をして十分の理を聞かそ。十分の理があれば直ぐと治まる。一寸古き処の話、どういう事である。なれどよう聞き取って、心鎮めて聞いて事情一つ、いんねん/\皆いんねん、理を聞き分けるなら、一代は一代、二代は二代、古き処一段変わり、だん/\紋型無き処諭してある。自業自得なる、この心鮮やか、先々の処鮮やかなる一つ理、成らんも一つの理、成るも同し。前以て理というは、一つの理分からん。心一つの理を以て身上一つ障る。難し事は言わん。長らえての道すがらの事情、直ぐと治まる。一日思え、年限事情思え、後々の理を思え。めん/\それ/\思い/\の理が違う。一つの理が障る。年限はいつとも言わん。どうしてなりとも尽したる理もあろう。こんな事ではと言う日もあろう。事情話たる処、これよう聞き分けくれるよう。身上案じる事は要らん。事情話たる事情、常に治まる。内々一度聞いたる処、身上に治まるなら皆治まる。



明治二十二年五月七日(陰暦四月八日)
 梶本松治郎二女ミチ夜泣き障りに付伺
さあ/\夜泣き、子が泣く、どんな事情も諭してある。よう聞け。何にも彼も神口説き、皆ふでさきにも知らしてある。読んで分からん。どんなであろう。夜泣きする、夜泣きする。どういう事を口説く。一日の日雨降る、風吹く、春の日はのどか。一年中はどんな日もある。何であったな。一時なる思うなら、どういうものであろう。見えようまい、分かろまい。よう聞き分け。



明治二十二年五月七日(陰暦四月八日)
 おさづけに付、本席へ一座三名との御定め、然るに遠国より同連五名ありますに付、二座御願申す事御許し願
さあ/\まあ/\暫くの処/\、一日の席一つの理という。三名話掛け。成る処余儀無くの理を定め掛け。一日の日、生涯の理を暫くの事情、一つ是非無くの理である。一日の日一つ席、一つ理暫くの理一つの話。



明治二十二年五月七日
 松村吉太郎口中に歯のかみたる疵出来しに付おさしづ
さあ/\身上心得ん、事情一度尋ねる、尋ねるから理を聞かそう。よう聞き分けねば分からん。一つ定まりがどういう理、又々の道をだん/\分かろまい。一時一つのさしづして、さしづ通りの理を以て運び、どういうものであったでな、日々一つ理を思え。通る処事情聞き分け。難しい事は言わん。成らん一つの理、一人事情という。世界々々所々、一時一つの理が世界。銘々鮮やか。一つ又分からん一つの理運べん。日々という。改め/\。後々一つを改めよ/\。世界の理を改めよ/\。



明治二十二年五月九日 午前七時三十分
 郡役所より大和国講長名前書出すべき旨、役場より照会に付おさしづ
さあ/\尋ねる処々、これさあ/\一々名前一つ所を聞く。ようこれ聞いて置け。案じる事は要らん。心置き無う出すがよい。さあ/\尋ねる事あれば何時なりと行くがよい。さあ/\出さんと言えば、尚聞きたがるやろう。聞かさんと言えば、尚聞きたがるやろう。聞こと言えば、これまでに聞きたる話、だん/\一々聞かすがよい。出せと言えば、皆出すがよい。心置き無う。



明治二十二年五月九日
 松村吉太郎帰宅暇乞伺
さあ/\尋ねる処、一つ事情何かの処/\、一つ/\心の理、安心して心置き無う。



明治二十二年五月十二日(陰暦四月十三日)
 分教会所開筵式に付、これまで本部へ尽力の方は黒衣一組ずつ本部より下付して宜しきや伺
さあ/\尋ねの事情、どうしたらよかろう。談示事情十分の理である。一つの理を聞き分けねば分からん。一つ本部の事情、だん/\所々、地方に理を下ろす。何をやろ。渡すもの一時よかろ。心の理十分、その理は暫くの処見合わすがよかろ。心だけの理を計り、何を名称するのは早い。
続いておさしづあり
さあ/\一寸の処、心までの処、一寸些かなる処/\、大変の理に掛かる。一寸心だけの事情、だん/\盛んに成ったら大変渡す/\。一つ/\さしづをしよう。

 押して、些かでも心だけの運び御聞き下され、金にて些かさして貰いましても宜しきや伺
さあ/\その事情の尋ね、一つ話しよう。十分の種によって一つの理に治まる。所所十分、旬々に蒔いたる種、今一時の処通したる処、談示の処十分に受け取る。どうせいこうせいは言わん。ほんの些かの処、心一つ心あればだん/\事情深きの事情、一つに止まるという。
さあ/\心に澄んだだけの事情、高き低きは言わん。ぢば一つだけ。軽う先々千倍に運ぶという。
さあ/\だん/\の処、一つ話、一つの理、まあ心得ん一つの理を尋ねる。どれよかろうこれよかろう。一時成る成らん暫くといえど、理がすまん。一寸の心千倍の理が治まる。よう聞き分けねばならん。

 又中山会長より心だけとおさしづでありますが、本部より致しますか、めん/\心だけ致しますものか伺
さあ/\一時理を諭そ。どれから見る、これから見る。互い/\一つの理を心だけの事情運ぶ。互い/\一つの理を以て千倍の心という。
さあ/\一つの事情運ぶ。これで些かは千倍の理という。前に諭したる処。

 虫よけ札に付ての願
さあ/\尋ねる/\札一条の処、十分書かし、一束に揃え、つとめに掛け、それで十分。

 押して、千枚揃わねばつとめに掛ける事は出来ませぬか、又少しにても御許し下されますかと伺
さあ/\ふし/\、ふし無くばならん。ふしから芽が出る。ふしより旬々揃えにゃならん。それより世界十分の理という。



明治二十二年五月十二日(陰暦四月十三日)午後六時
 梶本宗太郎身上障りに付願
さあ/\尋ねる処、幾重の理は一つ。いつ/\身の処、どちらへこちらへの身の障り、幾重尋ねるの理は一つ。返えし/\理は同じ事、尋ねる身が同じ事、良いかと思えば変わる。どういうものであろう。よう聞け。一寸にはどうであろう思やんして。皆何よの処分からん処から。これは家の支配人、家のしんばしらと分からん先から一つ話。一時にどうでもと思う思やん。一つ理というは一寸どういう事諭するから、前々ひながたあちらもこちらも一寸分からん間、他人に分かり来たる。成るも一つの理、成らんも一つの理。成る一つの理は長らえての処、同じ処、互い/\一つの理を見分け。一寸古き話、あゝいう事を聞いたのもいつ頃であろう。事情あった一つ話、前々諭してある。同じ処と思やん、何処の者や分からん。古き話してある。古い/\どうあろう。あんな事を言われる。何かの処の理を見分ければ分かろう。古い/\/\一寸忘れてる事もあろう。一度一つの理を見分け。あゝいう事を聞いた、あんな事情は成ろうか、一つ理を見分けるならどういう事も分かる。一つ治めかたしんばしら、年限相応何処の者誰、一に一つ大工一条の理を聞き分けるなら、最初一切一つ理、年限経てば一つの理、いかなる事も聞き分け。内々の処あちらへ障り、こちらへ障り、今一時どうする事は出来まい。この話一条に凭れ、外なる事は要らん。どうして置こう、こうして置こうという事は要らん。一日の日、やれ/\前々の事話通りと。やれ/\一日も早く。後ではない。一寸の理を聞き分けるなら、身も鮮やかという。



明治二十二年五月十六日(陰暦四月十七日)
 清水与之助五日前より腹少々痛み、しぼります、又家内清水はる同日胸先つかえるに付願
さあ/\身上々々事情から尋ねる。諭し置かねばならん。よう聞き分けてくれ/\。十分々々、十分の中の十分、世界も十分々々。なれど一時の処やってみよか、やろか、見て来うか、と、月々いつとも言わん、よう聞き取って置かねばならん。身の処事情よりさしづあったと伝え置かねばならん。尽す理は三年と言うて置く。日々尽す/\、尽す理という。この理を聞かし置いたら通らにゃならん/\。三年々々又三年、世界は九分一分の理である。
九分一分の理。

 押して願
さあ/\尋ね返やさにゃならん。世界の処九分一分というは、一年の理から三年、一日の日から一年の理、一年の理から三年、三年の理から九分という。一日の日から一分という。よう聞き取りて置くがよい。



明治二十二年五月十七日(陰暦四月十八日)
 本席御宅新築落成に付、御引移りの事御伺
さあ/\尋ねる処/\、尋ねの事情よう聞き取って置け。今一時の処、一寸したる処、常々一つ一寸休憩所と言う。あちらへ家移りゃ要らんで。一寸休憩するのやで。

 押して願
さあ/\同じ一やしき、同じ一棟一つのさしづ。一日の日、一つの話、一つの理を治めたる。一寸休息所、遊び場と言うてあろう。いつにどういう事、日は要らんで。



明治二十二年五月十八日(陰暦四月十九日)
 大阪本田分教会出願に付願(芦津分教会)
さあ/\/\尋ねる処/\、尋ねる事情というは、何かの処はよう聞き分け。一時成って一時成らんという。成る一時というは一時成る理。今尋ねる処の事情は、運ぶ/\。思い掛け無いなという。急いで/\速やか運ぶがよい/\。

 同日、同事情に付永尾楢次郎出張するに付暇の願
さあ/\何かの処も運ぶ処、尋ねる処から理を諭す。さあ/\運ぶ。心置き無う運ぶ/\。



明治二十二年五月十九日
 松村吉太郎先回のおさしづにより、一手に運び、内も運びたれ共、神の御心に叶わねば成らぬから伺
さあ/\尋ねる処/\、前々に分かり難ない/\。さあ/\十分に理を運ぶ。内々も心を治め。一手一つの理を治めば、皆受け取る。一手一つの速やかの理をあれば、速やかと治まる。いつ/\までの理に治まる。そこ一つ、さあ/\しっかりと理を治めにゃなろまい。



明治二十二年五月二十日
 増野正兵衞神戸へ帰る御許し願
さあ/\皆一つ/\事情、一つさしづ、さしづ通りの理を以て自由一つ話々、自由自在一つの理という。心置き無う一つの理という。



明治二十二年五月二十五日
 前々別席順序を運び見分け本席へ伺い、一度に三名と御聞かせ下されしも、本席御出張に付、遠く阿波国及東京より参詣人六名順序運び居り、就ては一度に三名両度だけ御許し下さるよう願
さあ/\尋ねる処/\、理を渡す処理という。三名理を定める。今度の刻限まで、一つの理は許す事出来難ない。
さあ/\一日の日経つ。又一つの理、一日々々一つ三名、一つの理が刻限の理が分からん。刻限暫くの間という。一日の日という。



明治二十二年五月二十五日(陰暦四月二十六日)
 兵神分教会所新築落成に付区役所へ届済、この段御礼申上げ、就ては開講式の儀は陰暦五月五日六日両日御許し願
さあ/\尋ねる処/\、さあ/\やれ/\の日、ぢば治まった。皆々の心一日々々定める処、何時なりと吉き日を以て心置き無う。楽しみ一つ治めるよう。

 押して日の処陰暦五月五日、六日の願
さあ/\定日定め/\、心一つやで。皆心一つの理を以て治まる。これをよう聞いて置かねば分からん。
 分教会所めどうの処、赤衣は又一日の日があると、郡山分教会のおさしづに御聞かせ下され、よって御鏡をめどうと致し居ります。御心をうつし下されますのに、おぢばへ持ち帰り、本席へ御願い致して宜しきや、世界の事情で御うつし下されますや伺
さあ/\めど/\/\、めん/\めど。めん/\どういうもの、心、心がめどやで。よう聞いてこれめど。道理を以て、めど一日の日治まる日がある。道理上一寸一日の日、世界中一日の日めど一つ、道理上めど/\、めん/\めど、どんな所でも守護。
 御勤御面の処は郡山分教会所より伺の節に、御許し無之旨承り恐入ります。就ては悪しき払、一寸咄、甘露台、十二下りよろづよ、この御勤さして貰いましても御許し下されますや伺
さあ/\つとめ/\、つとめ尋ねる。鳴物一切許す。日々に勤め居る通り許し置こう。
 御勤の人衆は男は黒紋付袴、女は紅色の衣服に白かり絹を掛け、赤袴、髪は下げ髪にしても宜しく御座りますや、おぢばの型通りして宜しきや、御許し願
さあ/\一日の日、定め一つ元一つの理を見て世界一日の日、一時世界という。その理をもて世界という。さあ/\どんな事して悪いとは言わん。元一つ世界その理に計り出せ。何処にどうや、こう言えば許そう。
 十二下り御勤は六人一勤、三人一勤という事承り、講社の人数も多人数でありますが、六人の処九人、九人の処十二人位として、理が外れるものでありますか願
さあ/\事情の理を尋ねる。だい/\一つ始まる。六だい一つの理、それより理を始める。一寸何かの処、六だい始まる処、一寸通るがよい。だん/\理がふえる。何許して貰われん、楽しみ出したる処、一つ皆々思う。又々よう/\始まり、一寸六だいの理を以て始め掛け。
 開講式に付、参詣人に御酒御鏡餅一寸印だけさして貰いまして宜しや、人間心で先見えぬ故伺
さあ/\皆々尋ね/\。一つ/\の理を聞かそ。どうしたらよかろう。どうしなとも言わん。随分の理を以てする。世上一つの理がある。付く中に一つの理もある。一寸に分からんから尋ねる。一寸談示々々ある。随分々々長くの理をするがよい。
 遠方講社より分教会所へ寄進なし下されし人に、受取証書出して宜しきや伺
さあ/\そら心だけ/\。

 同日、兵神分教会所新築落成に付、本席を一度招待仕り度く御出張御許し願
さあ/\一度々々許そう。一度許そう。



明治二十二年五月二十六日
 増野正兵衞前さしづより前の障り伺(五月二十二日左の頭のぼせ耳が鳴り、二十三日夜俄に胸先へ厳しく迫り二十四日宜しく、二十六日右の手先の痛みにつき伺)
さあ/\尋ねる処、内々一つ身上事情安楽、一日十分身上一つ一日の日どうである。長らえて道すがら通る。一度の尋ね古き処に諭してある処、よう/\夜に/\理が無くば暗くて通れん。今の処も安心、世界安心、どちらこちら安心。身上定めるなら鮮やかという。

 同日、増野正兵衞身上障り伺
さあ/\/\/\尋ねる処/\、尋ねる事情というは、何かの処早よう聞き分け。一時成って一時成らんという。成る一時というは一時成る理、今尋ねる処の事情は運ぶ/\。思い掛け無いという。急いで/\速やか運ぶが近い/\。



明治二十二年五月二十七日(陰暦四月二十八日)
 船場分教会普請に付梅谷四郎兵衞願
さあ/\何かの処、道有れど道無いと思う心、成る理を成らんように思う。成らん理を成ると思うて、めん/\の理を立てる。一時どう成ろうと思えども、さあ/\治めるで/\。

 押して急く事の願
さあ/\所一時どう成る、こう成る。どうも成らん心の理を以てする事、元より一つの心を持って来て、一寸の処じいとして治めるなら、十分治まる。



明治二十二年五月二十七日(陰暦四月二十八日)
 兵神分教会所開講式に付、御出張御許し下さるよう前以て願
さあ/\尋ねる処/\、一日の日という。世界楽しみの処/\、一つ/\一日の日、たんのう治まる日という。一寸どうしよう、こうしよう、どうせいこうせいは言わん。長らえて理を聞いて、日限前日尋ねるなら、一日の日、朝の理があれば、真実理を以て尋ねるなら、出にゃならんと思えば十分の理。一日の日、前日の理を以て尋ねるなら、さしづしよう。



明治二十二年五月二十七日(陰暦四月二十八日)
 清水与之助身上障り伺
さあ/\尋ねる処/\、さあ/\尋ねる処、身上事情尋ねる。身上の事情案じる事は要らん。まあこれまでの処、長らえての処、幾重どんな処も通り、今一時の処安心、世界安心思う処、どちらこちら理という。先ず/\心を治めくれるよう。十分談示を以て所に一つの理。世界よう/\夜から始まる。十分世界どちらなり一つの理、又々理内々一つの理を、又々何かの処、心一つの理、よう聞き分けくれるよう。身上安心、よう/\の日、古き尋ねる。夜々処通り難くい。世界という、前々古き諭聞かしてある。



明治二十二年五月二十七日(陰暦四月二十八日)
 増野正兵衞帰神の事御許し願
さあ/\運ぶ/\。一つの心/\、順々尋ねる/\。尋ね通り心置き無う。何かの処心置き無う。



明治二十二年五月三十日(陰暦五月一日)
 兵神分教会おさしづに、元々ぢば一つつとめ六名のおさしづの趣、周旋方一同へ談じ、一日の日開講式六名へ談示し、後々定め方に付願
さあ/\尋ねる処、それはどちらとは言わん。初まりの理を始め掛け。一日の日、いつ/\の道という、治まりという、何名々々の処両人に委せ置こう。日々寄り来る道の理を見て、応法一日の日の処、すっきり委せ置こう/\。
 清水与之助寄留籍か本席かを以て分教会へ入込んで宜しきや伺
さあ/\尋ねる処/\、理というは、どちらでもよい。皆十分多くの処の理を計れ。十分の理十分の諭。

 前川菊太郎出張御許し願
さあ/\一日の日、所々出越す処、心置き無う/\。



明治二十二年五月三十日(陰暦五月一日)
 兵神分教会所へ清水与之助引移り願
さあ/\一つ/\理を分かる。これ分かる言うて長らく通りた。どうでも一つ治まり。事情治まり来るも一日の日、皆一つの心の理を以て、どうでも一つの理、大層一つの理が初まり。めん/\が事情々々心の理がある。心の理を一つ/\、何かの処治まる。こうしてこう、一日々々日が近づく。心置き無う。皆々心の理という。



明治二十二年六月一日
 中山会長兵神分教会開講式に出張御許し願
さあ/\出越す処、心置き無う出越すがよい。万事心得て治めて来るがよい。心一つの理が第一。万事世界の道理を以て、何か治め。何かの処心一つの理を以て運ぶ。世界という。



明治二十二年六月一日(陰暦五月三日)
 松村吉太郎兵神分教会開講式に付出張の暇願
さあ/\尋ねるから一つの理を諭し置こう。所一つ/\順々の道を見て、早く/\心置き無う。



明治二十二年六月一日
 徳島県海部郡日和佐村大字奥河内百七番屋敷、西河実三郎三十六才おさづけさしづ
さあ/\だん/\の席、又々の席、一日生涯の理を諭しよう。難し事言わん言えんの理を聞き分けるなら、何かの理も鮮やかという。人間というは、身の内神のかしもの・かりもの、心一つ我が理。心の理というは、日々に受け取る。どんな理、幾重どういう理も受け取る中に、誠一つは自由自在。誠いうは天の理、天の理なら直ぐに受け取る返やすが自由自在。これまで互いやと言うて、たすけやい言う。諭すまでや。人を救けるのは真の心が救ける。これから先々長く尽すため、さづけ渡し置こう。天理王命、三三の理三、前々の理を渡し置こう。さあ/\受け取れ/\受け取れ。



明治二十二年六月八日 午前八時
 井筒梅治郎長女たね目の障りに付願
さあ/\/\小人の処一寸心得ん。これよう聞き分けねば分からんで。さあ/\今一時の処、今一つ定まりの事情どうである。小人の処にて一寸心得ん/\という。内々一つの事情というは、元々の事情、世上の事情というは、多くの子供や。一つ分かり有って分かり無い。今一つの処一寸暫くという。世上には多くの道がある。心一つの理を広くに持って、心一つ定めるなれば鮮やかという。身上障りの処、案じる事は無い。今暫くの処や、今一時の処や。これだけの話をして置こう。これだけの理を聞かして置こう。



明治二十二年六月十日
 梅谷四郎兵衞より願、中山会長の仰せにより平野楢蔵、山本利三郎の両名扱い下され一統一手と相成りしに付、普請の儀御伺い申上げし処おさしづ
さあ/\/\何かの処、だん/\の処、道を以て道を諭す。まあ一寸一つの理、前前より大層は要らん。年々の理が安心である。古き道何度茨道を連れて通ったで分からん。長らくの年限のなりで、治め掛けたる処である。日々の処治めてるなれば、年限は年限だけの悟り諭して置こう。
広く場所が要る。どうでも一つの所を、治めにゃならん。どうせこうせえは言わん。一つの心に成ってすれば、どういう事もどういう所も、難しいというは無い。皆一つ世界。十分の理を諭して置こう。広くというは、世界の理というは心。

 押して願
さあ/\何かの処も、取り締まり出けるだけの処早く/\。なれども元紋型無き処の理を思い、初めというものは不自由な処より始め掛けるならば、年限の理を楽しむという。



明治二十二年六月十日
 松尾与蔵小人信太郎六才身上障り願
さあ/\小人子供どういう事である。夜々の事情ある。夜々どういう事分かろうまい、何程思案分かろうまい。一寸一つの理を諭そ、小人の理を以て諭そ。家内親々一つの事情、一代又二代、心の理があって一つ十分に治めある。小人どういう事である、思う事情、家内の身上、先ず/\多くの中でなあ、一人々々通りたる処、なれど事情二代十分なる事情ある。身上から聞いて置かねばならん。身上尋ねたら、これからの事情は一つも違う事はない。先ず/\の処、所という処に、深き事情治めてある。日々の処、たすけ一条、日々の日にめん/\救かる事情を以て、世上と人の救かるは、めん/\の救かると人の救かる、めん/\救かるという事情を治めてくれるよう。



明治二十二年六月十五日(陰暦五月十七日)
 兵神分教会所開講式御礼申上げ、後々順序の儀、清水与之助、増野正兵衞、岩崎新兵衞の三名より総代にて願、講社一同協議では毎月三度説教、中山会長よりは、警察署の内達の廉も有之に付、毎月六度、どちらを御許し下されますや伺
さあ/\尋ねる処/\、定めて三日、それでよい。日々説教なる時間が移る。日々処尽す処皆々の処、理を以て治め掛け。

 そうなれば月の三日、十三日、二十三日の三日御許し願
さあ/\それはどうでもよい。尋ねたら十分さしづ、日々所あって定める処、理を以て定め。皆々幾重の理、どんな理も治まるで。

 毎月陰暦二十三日月次祭御許し願
さあ/\三日の理を以て治め方、いつ/\までやで。三日の理を治め掛け。



明治二十二年六月十五日
 兵神分教会新築並に開講式等結構に相済み、信徒寄付金余りありますによって、後の日々入費に借家二軒建る事御許し願
さあ/\事情尋ねる/\。一つのさしづ、どうせこうせは言わん。皆一つの心一つの理を以て運ぶ事なら、皆受け取る。皆揃うた心十分の理、皆揃う一時どんな心も受け取る。そこで心置き無う受け取る。

 同普請並に井戸の御許し願
さあ/\何彼に許そう/\。



明治二十二年六月十五日(陰暦五月十七日)
 増野正兵衞前々おさしづ御聞かせ下されし処、毎々帰りまして恐れ入りますが、分教会の処談示もありますに付、帰る事御許し願
さあ/\運ぶだけ/\。一度に又一度々々理の間、心通りに許して置こう。



明治二十二年六月十六日
 喜多治郎吉身上に付願
さあ/\尋ねる。尋ねるから一つの理も聞き分け置かねばならん。身の障り、さあさあ一寸身の障り、一つ/\直ぐ/\何か障る身の処、小児一ついんねんの処、よう/\小児一人与えたる処、身の処、一つ/\二つ三つ、さあ/\妊娠、さあ出産、さあ/\三才で物分かり掛け。よう聞き分け。さあこれもあたゑ一つの理という。又いんねん一つの理。この理をよう聞き分けば、身は速やかという。さあ/\小児いんねん/\、あたゑ/\という。
 只今の小児いんねんあたゑと仰せ下さるは、いかなる理で御座りますか、押して願
さあ/\与えたる小児は、親々の親という。親々の親を与えたるという。



明治二十二年六月十七日
 松村吉太郎父栄治郎及祖母たみ病気に付伺
さあ/\身上の処、一時一つの事情、日々の処忘れられん。身の不足聞き分け。一つには聞き分けさせたい。その事情一時ではない。安心、事情道一つという。成るに成らんという道やあろまい。この理を聞き分け。それから/\一時の処、一寸大層。大層に見えんが、大層である。これでという。何彼の処、十分のたんのうをさせ。何彼の処、十分順序事情を追うがよい。



明治二十二年六月十七日
 前川菊太郎西京河原町分教会出願のため出張御許しの願
さあ/\事情は皆同んなじ事であろう。なれども一寸控え/\、分かり有りて分かり無い、この理が難し。さあ/\一日順々、さあ/\まあ行てやるがよいと。

 京都分教会地方庁へ出願するに付願
さあ/\一時思い立ったる処、さあ/\分かりある中に分からん。一寸やなれども出してみるがよい。第一皆々の心の理が一つ/\。神は四方正面である。



明治二十二年六月十八日
 松村吉太郎、前日実父、祖母身の障り願いし処、大層のようおさしづに預り、これは両人共安心の道を運ばねばならぬか、押して願
さあ/\区域分かろうまい。さしづしよう。長らえて年を取り、一時は大層である。経って了うてから、どうも仕様が無い。この理を分かれば、何も彼も速やかと分かる。内の処こちらの内は、昔からやと思う心が身に障る。昔からやと思う心除けて了うて、世上見てたんのう一つの理を定め。何かの処、一つたんのうの心を治めにゃならん。世上見て身は一つたんのうをせねばならん。これだけ尽し思うのに、何で身が悩むと思う、日々に思う心が身に障るのや。誠真実定まれば身は速やかという。

 押して願
さあ/\一時の処、大層という理を聞き分け。大層と言えば、大層だけの理を運ぶ。大層は大層の理だけ運ばにゃ、世界というものがある。これだけの理を分からにゃ、どうも仕様が無い。



明治二十二年六月二十日
 松村吉太郎帰宅の願
さあ/\是非の事情なら、さあ/\心置き無う戻るがよい。



明治二十二年六月二十三日
 井筒梅治郎身上願
さあ/\身上一つ心得ん事情ある。何ぼでも/\鮮やか運ばん道がある。世界に事情、めん/\に事情ある。遠く処、一つ/\自由ならん。身上に事情あれば、世界めん/\に元々一つの理を思い/\、速やか話さん/\理を諭しよう。身の自由自由元々一つの理で分かろまい。元々一つの事情というは、めん/\心どんと定めた処、元々よりそれからそれへ/\、だん/\運び来てある処/\、めん/\の理は世界に理はある。さあ/\世界という。この理を速やかとすれば、身は直ぐと治まる。よう聞き分け。



明治二十二年六月三十日
 山名分教会講社先々説教所設置の願
さあ/\広く処、一時一つ/\の名称を下ろす処、何時一つ話十分聞き置く。一つ元々の理、順序いつ/\。第一理の諭である。こうあると言えば委せ置く。



明治二十二年六月三十日
 諸井国三郎小人ろく身上願
さあ/\小人処、身上一つ、はて、どうであろう。さあ/\十分理があれば身の障り通ろ。一時身上一つ、後一つ心得。内々事情、代々前々、代々前々の理を始めたる処である、代々理を以て治めたる処である。身上理どうあろうか、どういう事があろうか。案じる事は無い。



明治二十二年六月三十日(陰暦六月三日)
 梶本内芳松の事情に付伺
さあ/\めん/\心の理、世界どうでもこうでも頼らねばならん。十分諭して暫くと言えば暫く。十分の理を運んでやるがよいという。



明治二十二年六月
 郡山分教会開講式陰暦六月六日七日の願
さあ/\尋ねる処、さあ/\尋ねる事情/\、いつか一つの日を尋ねる処、さあさあ日はいつなりと/\。一つの理は十分治まるで。来る/\元というものは、どんと初まりはどんな者出る、来る。さあ/\皆んな揃うて心定め居よなら、皆治まる。安心一つの理やで。よう聞いて置け。今んまにあゝ結構やと言う日が来るで。

 開筵式御勤に付、周旋や子供やが出ても宜しく御座りますか、押して願
一日の日/\、つとめ一つの理を尋ねる、式一つの理を尋ねる。式一条は世界一条の理を以て運ぶ。さあ/\いつ/\までやないで、長くやないで。思うように成るで/\。暫くの間やで/\。

 悟り不分明に付、押して願
さあ/\返やし/\の処、尋ねる。暫く世界の理を以て。長らくやないで/\。そこで世界の道理上の理を以て、世界どんな事でも、皆んなどんな事をしてもよいように成るで。暫くの処やで。
 神遷しに付老婆方御勤に出ても宜しきや
さあ/\尋ねる処/\、真実の理を以て尋ねる処、一時の処、世界道理の理を以て、世界の道理の理を治めさゝにゃならん。暫くの処、世界の理を治めさゝにゃならん。暫くやで。今の処を治めて置いて、どないな事も心通りに出けるように成るのやで。この理を分からんやどうもならぬ。



明治二十二年七月一日(陰暦六月四日)
 増野正兵衞六月二十五日より二十七日まで三日間、毎朝一度腹下り、二十八日おぢばへ出て止まり、頭痛胸むかつくに付伺
さあ/\身上事情あって事情尋ねる。さあ/\所に一つ大き事情の道は、一つの道の処に一つの治まり、一つの理。身も鮮やか。めん/\心の事情は、一時の処心に掛かる。一つの事情々々聞き取れよ。前々深き事情、尋ねる事情、一つ/\諭したる処、事情幾重一つの事情、定め聞き分け。身上不足理である。どれだけの事情、身上一つの心に掛かれば、よう事情聞き分けにゃならん。成らん事せいとは言わん、どうせいとも言わん。あちらこちら早く定める。身も直ぐに治まる。



明治二十二年七月三日
 村田かじ身上願
さあ/\だん/\の身の障り、あちらへ変わりこちらへ変わり、分かろうまい。一時どういうものという処であろう。身上から真実とは分かろまい。なれども聞き分けるなら分かる。日々にたんのう一つもして居るでもあろう。どういう事も思うまい。なれど日々に寄り来る中や、入り来る中や。どんな事も日々、日々理一日の事は、朝一つの理にある。身の処は案じる事は要らん。日々の処に十分の理も授かりて居ながら、いかなるももう聞き分けねばならん。いかな理も聞き分けるなら、身は速やかなもの。

 押して今日今夜の願
さあ/\尋ねる一つは、理知らし置こう。何か心に掛かればいかん。一時何かの処速やかとするがよい。



明治二十二年七月六日(陰暦六月九日)
 八木村の倉橋という者、十柱の神の画像と、教祖の画像を共に版にして、内務省の認可を得て売出すに付御道の妨げとなる故、買入れて宜しきや伺
さあ/\どういう事をするやら分からん。ようこれ思やんして見よ。これまでの事情、どういう事がある。これまで事情、どういう事がある。古き話にしてある。世界どういう事がある。どんな道や。どんな事して何もなりゃせんで。これまで知って居るやろ。どんな事しても何もなりゃせん。これまで幾度道を通してある。扉を開いて。この理を思えば、思やんしてくれ。世界の事何しても、この道の害にならせん。一時する事は止めどが無い。天理王命どれから出けたものぞ。年限長く日々理を増す事、どんな中も皆連れて通る。どんな事しても何にも成りゃせんで。



明治二十二年七月六日(陰暦六月九日)
 山沢為造次女出産に付、どなたの御帰り下されしや、御名を御下げ下さるよう伺(このおさしづにより、後日中山会長より、ミキノと御付相成る)
さあ/\実際を尋ねる事情の理というは、六十日限り、六十日の間の理を定めて、めん/\の事情定めて。又一つ、名の処は一寸の事情に知らせ置こう、許し置こう。一寸の名を呼んで置くがよい。



明治二十二年七月六日
 本席身上御障りに付伺
さあ/\事情あって一つの理、一つの理。さあ/\日々の処事情、一つの事情、第一一つ思い掛け無き分かろうまい。一つ分かり出し、よう聞き取りてくれねばならん。席の順々の理を尋ね、刻限々々知らし置く。十分の理を諭する事出来ぬ。一日の日より一つの理を諭す。さあ/\日々取次、この事情よう聞き分け。どういう事を聞く。さづけ一条の事情、遠くの所、一度二度、近き所、幾度返えし/\の理を話せば、これは十分。運び来たる三名と定め来たる。あちらからこちらからまあまあ三名々々。一度の席六人までは速やか許す。六人の席二度に許す。取り混ぜはならんで。席を分けねばならんで。これをよう聞いて置け。



明治二十二年七月六日
 橋本清南海行願
さあ/\ころっと変わるが一つの理。大体の処一寸も分からんからや。行てやって速やかな道を開けてやるがよい。

 山沢為造上村心勇講へ派出願
さあ/\かれこれ出る処、日限の日は切らんなれど、どんならん。廻らいでもよい所がある。何遍廻ってもどんならん所がある。何遍諭してもその場の心得ではどんならん。今度の事情ころっと変える。近き/\、早い/\、もう一時に皆付いて来る。所々何日と日を切らずして行て来るがよい。



明治二十二年七月六日(陰暦六月九日)
 梶本松治郎より白土屋の店預る事に願いし時おさしづ
さあ/\尋ねる事情々々、よう聞き分けんや分かり難ない。互い扶けやいという事は皆言うて居る。たすけ一条という理をよう聞き分けんやならん。さあ/\理だけやはっちゃあらせんで/\。どう思うやろ。止めはせんで。そこはよう思やんして。こうどうと考えてするがよい。



明治二十二年七月七日(陰暦六月十日)
 本席の向い東南に当る三島の足達地所買取っても宜しきや、増野正兵衞より伺
さあ/\尋ねる事情々々、速やか知らそ/\。どういう事、地所一段の事情尋ねるにはよう聞け。どういう自在の処定め。随分の理なれども広くの地所が要る。何でも広くの地所に広まる。これだけ一寸の処の理、どうでも広く地所。あちらの中こちらの中にあるという理であるなれど、一手一つの事情は一時ならん。ぼつ/\何処になりとも掛かり次第、どっちなりとも広くいそなるには広く成る。地所どちら何でも十分の理を見せる。こう思えば十分、年々の理が治まり来るなら掛け引きが第一。今日という日が無くば治まらん。あちらもこちらも狭ばい。何でも彼でも要る。



明治二十二年七月七日(陰暦六月十日)
 増野正兵衞咽喉塞ぐようなるに付願
さあ/\これまでの話、通る心一つの道を以ていつ/\まで治める。これから安楽安心の道を通す。一日の日/\、日限々々の道を通り、定めたと思えば、又戻り/\、いかなる道も通し、一つ/\理に治まるという。



明治二十二年七月八日(陰暦六月十一日)
 郡山分教会月次祭の願
さあ/\尋ねる処、実際何かの処、心通り許そ/\。

 講社の願
さあ/\願通り許そ/\。

 子供勤め願
さあ/\随分秘っそにして、心だけの事してやるがよかろう。

 装束の願
さあ/\尋ねる処、その処、先ず/\暫く処、じいとして居るがよかろう。



明治二十二年七月九日(陰暦六月十二日)
 虫札めどう札は、中山会長か、前川菊太郎書認めの上教祖の御前の御供え申し、中山会長に御息を頂きて出しましても宜しきや伺
さあ/\いつ/\の事情、治めたる処の中という。なれどその場/\運び難ない。そのまゝにあれば席という。席に事情さえ了えばをやの代わり。さあ/\前々事情の理はそれ/\渡してある。日々まもり、判然々々の席というものがある。その席運べば十分の理は増すという。さあ/\前々諭してある。よう分からん処は尋ね返やせ。第一まもり十分の理が授けてある。たすけ札十分の理を一座、一つの理、世界という。よう聞け。いつも分かりゃせん/\/\。前伝えてある。
これまでの処、小さい処から始めてある。まもり札虫札多くの理、何ぼや数えられん。神前へ供えてすれば十分の理。



明治二十二年七月九日
 兵神分教会所十柱の神様の左側に、教祖赤衣を別の社拵えて祀る御許し願
さあ/\何かの尋ね一日の日、事情前々知らし置いたる処、一日の日、ついの事である。尋ねるまでのものである。前々の話の事情通らにゃならん。互い/\に応法治め掛けたる処、暫くの処心を持って居るがよい。祀りの処、追々話する。
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posted by 朱夏 at 23:58| Comment(0) | TrackBack(0) | おさしづ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月10日

明治二十一年のおさしづ。(公刊おさしづ第一巻より)その2

おさしづを読む前に、「おさしづを身近に」をご参照下さい。
天理教勉強blog: おさしづを身近に。

おさしづの順は、公刊おさしづに準じています。
但し、旧字は常用漢字に改めています。
また「割書き」部分は文頭を一段下げることで、おさしづ本文と区別しています。

教語、人名など、検索機能をご活用下さい。
天理教勉強blog内検索

誤字脱字等あれば、コメントにてご指摘下さいますよう、お願い致します。




明治二十一年八月三日
 大阪島文助小人力松足の伺
さあ/\まあ一寸一つ珍しい事を聞いたと直ぐに治まりた、身も治まると。又心得んと言う、いつまでもと言う。今の処無い。前々よりの処成りたる処と、それを今の処、これ程尽すのにと、これなあ治り治りたらなあと、これさい治りさいしたなら、これさいなあと曇る心は、誠に言えんと。これさいしいかりと聞き分けて諭してくれるよう。どういう道があるやらと。そこでめん/\よりそれ/\伝えて安心さして、それよりどれ程の働き見せるやら分からん。これよく聞き取りて、鮮やか一つの道と言う。


明治二十一年八月四日 夜
 本席身上のおさしづ
さあ/\小さい事言うでないで。よう聞いて置け。このやしき元々一つの理を聞いて置け、よう聞いて置け。さあ/\いかなる処よう聞けよ/\。どういう事何言うやら知れん。何ともやしき所理、住むも理なら、居るも理、やしき一つの理聞けよ。誰が言うとも思うなよ。元一つの理は元のやしきの理を聞き分け。悪う思うなよ。何時どういういかなる思やんもせにゃならん。人間の心は要らん。さあ人間心はすっきり要らん。日々一つのさしづ貰う。世上にはこれたすけ十分々々いかなる処聞いて、世界にてどうでも神は一つの道を付ける、神一条いかなる道も付ける。どういう処いかなる道も聞いて置け。早く/\聞き取れ。いかなる事もよう聞け。どう成るにも聞かにゃ分からん/\。


明治二十一年八月五日(陰暦六月二十八日)
 本席身上願
さあ/\何を知らそ/\、一日も早く/\知らさにゃならん。さあ/\一日も早く早く/\何を知らそ。あちらもこちらも、身の障り、病む処、身の障りを見分け。どういう事も、早く/\知らさにゃならん。どういうも、何でも彼でも、前々の処出にゃならん。入り込む処へ尋ねにゃならん。さあ/\一時ならん処から、経ち越し来る処、一寸世上の理に押され、世上の処には一寸の道付けてある処、先ず/\今までの道、もうじゃろか/\、待ちて居る者もある。早く/\十分運ぶ事、為す事、理に外れてある。一寸細々細々の道が許してある処、ころりと扱う事が間違うて、間違うてある。一時早く/\急く処治め。世界より押されんよう、早く/\早く治めて了え。それが細々の道治め。細々の道でも名がある。細々の道でも、破ってみよか。世界には何処に/\刃があるや知れんで。一寸細々の道でも心がある。今度の道はなか/\強いで/\/\。


明治二十一年八月五日
 本部をおぢばに引移りになりしを以て、東京の本部を出張所と改め当分の処御許しの願
さあ/\尋ねる処/\、一つの所に軽き名を下ろし、だん/\の道に運び来たる。当分やあるまい。暫くの処である。互い/\の理を以て運ぶよう。


明治二十一年八月五日
 上原佐助より同人宅に於て、分教会設置致度御許しの願
さあ/\尋ねる処/\、所々と言うてこれまでの処、最初は一つの理である。又、だん/\の理ある。だん/\の道に委せ置こう。最初より思て通った道であろう。だん/\の道の処/\、何処や/\談示々々、だん/\の談示に委せ置こう。互い互いの理であろう。互い/\の談示に委せ置こう。


明治二十一年八月六日
 刻限御話
筆々々に記せ/\。さあ/\どういう事を知らせ置くなら、だん/\と席を替え席を替えて、順々の理を委せて、長く通った取次の理によりて働くと。真実の理によって働くのや。真実の処尋ね/\。尋ねたら聞かそう。取次の理によって働く。天の理や/\と尋ね来る。取次をやの使いなら、をやの代わりや/\。をやの代わりならどんな仇でも、仇にして隔てゝくれな。三十日掛かる者もあれば、十日掛かる者もある。そのまゝ分かる者もある。取次に理を委したるから、二度三度洗う。取次に委したらをやの代わりや。をやの代わりなら隔てゝいかん、隔てしていかん。二度三度洗うて三十日掛かる者もあれば、二度三度と言うて、二月三月又一箇年掛かる者もある。皆心の理によりて早く治まる者と、遅そなる者とある。取次に理を委せば、取次よりしかと、締まりてくれるようと。


明治二十一年八月六日(陰暦六月二十九日)
 桝井伊三郎身上伺
さあ/\毎夜の処、尋ねる処聞き取れ。早く/\聞き取れ。道を日々の処まで知らし置き、これまでの処知らし置き、前々に知らし置く。身上一つの処から知らし置く。どんな処も、いかな処も、知らし置き、世界の理知らし置く。めん/\の身上から何程の処といえども、いかなる処といえども、日々に運ぶ道筋が、陰日向になりて、裏表になりて、運ばにゃならん。裏へ廻りて表へ出て、運ばにゃならん。


明治二十一年八月六日
 清水与之助身上に付伺いしさしづにより、播州講社を巡廻す
さあ/\遠く/\の所、身上にてどうやろう、こうやろうと思て居る者もある。なれど遠くの所にて分かり難ない。講元々々と言う、講元というはこうのうの理を以て講元と言うのや。遅れてある者もある、又一度で聞き分ける者もある、二度三度で聞き分ける者も、一月二月で聞き分ける者もある。一箇年掛かりて聞き分ける者もある。だん/\理を渡さにゃならん。取次々々と言う。取次はをやの代わりや。をやの代わりなれば遠く所分かり難ない。伝えにゃなるまい。聞かさにゃなるまいという。


明治二十一年八月九日 朝
 遠州諸井国三郎伺、前々よりの分教会設立の儀に付おさしづ
さあ/\前々聞き取りて居る。一つの理は何ぼうでもならんと言うてたのは、さあさあ皆々神が抑えて居るのやで。ぢばをちゃんと治めて、それからあちらこちらへも始め出すとの事、今度は生涯末代やで。そこで神が抑えて居たのやと。もう一寸抑え。今度の暫くは、長い事ないで。もう一寸の間、今度始め出したら、世界は皆皆決まりてあるのやで。
(一本左の如くあり)
さあ/\よう聞き分け。前々より聞かしてある話通りに成るなれど、今暫くもう一寸暇が要る。今度は今までと違うて、もう一寸と言えば暫くの間やで。さあ/\今までにも成るなれど、成らん成ると言うて居たのは、皆々神が抑えて居たのやで。さあ/\ぢば一つすっきり治めて、それより今度はぢばから出すのは生涯末代やで。そこで、暫くの処じっとして居るがよい。この事それ/\へも伝えて置け。


明治二十一年八月九日(陰暦七月二日)
 親様よりおさづけを受けなさる人に、諭しある事を傍にて日々取次致し、めん/\もその理を写したき願
さあ/\心うっとしいてはどうもならん。うっとしい日には何をすれども速やかなる事出けん。この理を一つ聞き分け/\/\。又晴天の日の心を以て何事もすれば、晴天というものは何をすれども、速やかな事が出けるものである。世界中曇り無けねば気も晴れる。速やかなるものである。めん/\も心よりこうのうという理を無けねばならん。晴天の如くの心を定め。この理もよく忘れんよう。
 又一つの理
さあ/\順々の道の理を運んで、たすけ一条の理を聞き分けるのが一つの理である。
 又
さあ/\遠く所は、一度何度にも向かう。心一つの理によって、互い/\の誠の心がたすけのこうのうの理である。この世の親という理はめん/\の二人より外にある理はあろうまい。その親を離れて何処で我が身が育とうか。親という理が外にもう一人あろうまいがな。皆々々聞いて置け。神の話は見えん先に言うのが神の話や、をやの話や。さあ/\この話の理を忘れんよう。神の話というものは、聞かして後で皆々寄合うて難儀するような事は教えんで。言わんでな。五十年以来から何にも知らん者ばかし寄せて、神の話聞かして理を諭して、さあ/\元一つの理をよう忘れんように聞かし置く。さあ/\それでだん/\成り立ち来たる道。
 又一つの理
さあ/\人間の誠の心の理が人の身を救けるのやで。さあ/\人の誠の心が我が身救かるのやで。皆々めん/\もこの理を心から聞き取りて、我が身が救かるのやで。


明治二十一年八月十日(陰暦七月三日)午前五時
 桝井伊三郎身上の障りに付伺
さあ/\/\今までに聞かしてある。一つ内に理を早く/\/\/\治め。今までとは違うで/\/\。ぢばへ/\。
(但しこれはおぢばへ御引き寄せの事)


明治二十一年八月十日(陰暦七月三日)
 大阪梅谷四郎兵衞借家造作代三十円普請四十円程かゝり、家主より十五円にて買取るとの事に付伺
さあ/\すっきり/\/\。今の苦しみ先の楽しみ、今の難儀は先の楽しみ。さあさあすっきり/\/\。


明治二十一年八月十日
 大阪船場島文助足障り追伺
さあ/\事情尋ねる/\、さしづ一つの事情尋ね返やす。さあ/\同じ一つの尋ねるなら、何遍でも尋ねるなら、分からんから何遍も尋ねるがよい。又々心得んから事情知らそう。さあこれまでめん/\事情と分かるやろう。さあ/\めん/\一名づつ心定めて、皆んなたすけ一条で寄せてある処、皆んなどういうものであろう。さあ/\どういう所から尋ねに来るやら、さあ/\めん/\又一つ何時にどういう一つの所があるや分からん。めん/\大丈夫の心定めて、これで一つ安心という。心定めてさあ/\安心という事情治めて、まあその理上を皆んなに諭してくれねばならん。めん/\案ぜる処も無きよう。さあ/\どうもならんという事早く悟らにゃならん。


明治二十一年八月十二日
 鳴物に出る人に付伺
さあ/\/\/\尋ねる処/\、事情に事情以て尋ねる処、鳴物一条の処、先ず先ずこれまでの処、さあ/\先ず/\鳴物の理、これまでの処前々一つの理は、さあさあ前々一つの身上、障りあっては鳴物の理が分かるまい。さあ/\前一つ鳴物の理は合わせたる処/\、さあ/\鳴物の合う合わんというは、世界で言う事である。さあ/\これまでに合わせたる処、さあ/\元々一つの理に治めたる処、さあ/\一日の日ならば、さあ/\いつ/\までもの道である。なれど世界応法の一日の日なれば通そ。さあ/\後々の理とあれば、さあ/\身上に一つの理があれば事情ある。心に誠あれば、さあ/\世界の理と、一日日の事ならば、さあ/\通そう。


明治二十一年八月十三日
 松村吉太郎東京出張所に於て、両手指先痺れ身上苦しむに付伺
さあ/\尋ねる/\。長らえて一つの事情、身上一つの処心得ん/\。どういうものであろう。身上一つ判然と思う処/\。里元一つの所思うように思て居る。一つ戻りて運ぶ。一つ一度戻りて運ぶと身上の処に一つ事情ある。ほっとに思う/\いつまでもと思う。一度戻りてたんのうの事情、又運ぶと遠くの所、どういうもの、あこはどうでもと思う。運ぶ一つ事情、里々結構やと運ぶ。あの者と思て居るやろう。なれども余儀無くして身上の事情あれば、又々の事情と諭して置こう。


明治二十一年八月十六日(陰暦七月九日)午前
 梅谷四郎兵衞小人八月十三日(陰暦七月六日)より夜一時頃障り、それより二三日の間同じ障りに付伺
さあ/\事情何でも尋ね/\。事情何にも小人の処、身上にどうか/\思うやろう。早く聞き取れ。一時と思えば一時、どうか/\尋ねにゃならん/\。尋ねるから一つの事情皆んな知らそ。今までにどのよな道も通りて、だん/\の事情以て、誰にどうとは言わん/\。皆世界で/\言うて、世界の事情は何でもない事や/\。道の処日々の処、日を定めるやろう。一日の日定めるなら深きの処分かる。皆案じ案じ、皆これは神の話、聞いたる処未だ/\互いに思いようで、皆話して治めて置かねばならん。皆初めから聞こうか/\と言う者もある。そこを聞こうかと言う者もある。話するには何にもならん、分からん者には深きの事を言うのやない。さあ話伝えるには伝えようがあるで。誰に聞こか/\。誰に聞いても皆同じ事と、一時皆に話やい、どれがどうか/\分かり難ないから、身の処へ皆の処で堅い心で待ちて居る者もある。初めどういう理上ある。さあ/\毛上掛けるのはこの理もて話の理を諭し始めという。どれが初めの理や分かろまい。毛上掛けるには、どれへ先毛上掛けようが、種を下ろそうか/\。この理が元や/\。刻限どういう/\、皆んな分からせん。尋ねるから聞かさにゃならん。さあ/\刻限というなれども、皆々見えん先に言うのやで。この理をよう聞き分け/\。見えてからこんな事と言うてはならんから、さあ/\刻限々々と言う。又一つには内々の処も聞かし置き、今までに話聞いた理や。内の処何処からどういう事を言うて来るやら分からんから聞かし置く。聞いて置かねばならん。一寸内へ戻るなら聞いて置け。話を繋ぎやい、皆そも/\出けではどんならん。これはこう/\と言うて固め置け。


明治二十一年八月十六日
 増野正兵衞左の足指手首痛み、咽喉悪しく腹痺れ、左の肩咳出で障りに付伺
さあ/\身上に一つの事情、又々の事情、日々の事情、又々の事情、日々の処々、辺所、所を変えて身の処、心得ん/\。遠くの所、先ず/\の処、一つの事情、これまでの事辺所一つの事情、いつ/\までやない。順々の道を来れば変わり来る。先ず/\/\/\。


明治二十一年八月十七日(陰暦七月十日)
 梅谷四郎兵衞大阪へ帰宅に付さしづ
さあ/\事情尋ねるから知らそ。さあ/\たすけ一条、急がしい/\。中に一つ片付けば又一つ、さあ/\たすけ一条急がしい/\/\。これも救ける元や、台や、理や。さあ/\たすけ一条は天然自然の道、天然自然の道には我が内我が身の事を言うのやないで。天然自然の道は、長らえて長く通る事が、天然自然と言う。天然自然の道通るには、難儀な道を通るので、先の楽しみと言う。今十分の道通るのは先の縺れと成るのやで。さあ/\天然自然の理、この理を皆に聞かして楽します。さあ/\先々長らえて天然自然の理を待つ。


明治二十一年八月十七日
 大阪近藤政慶の願
さあ/\早く聞き取れ/\。これまでの処、これだけ早く/\、めん/\だけ急ぎ、これだけ一つ/\、あちらも思うように成らなんだと思うて、尽したこの心十分受け取ってある。これから一つたすけ一条のため、証拠を渡そ。
どういうさづけ、あしきはらひたすけたまへ天理王命、と、これ三遍三遍又三遍、三々九遍の理を授けよ。しいかり受け取れ。


明治二十一年八月十七日
 大阪近藤政慶熊本行きの伺
さあ/\遠く所の一つの世界々々、これまでの処だん/\尋ね/\。これまで言い言い、だん/\の処、一時どうせいとは言わん。先ず/\の処、一寸暫く、一寸暫く一つの処、見てほんに成程という処見て、今一時の処暫く、もう暫くの処暫くの心治め。もうろくぢ/\という道、今にも成り来る。一寸暫くじいと治めよ。


明治二十一年八月二十二日(陰暦七月十五日)
 鴻田忠三郎我が身の事に付願
さあ/\銘々一つの事情の理を尋ねる。身上に心得んという処よう聞き分け。身上不足なる。聞くに聞かれん/\。聞くに聞かれんやない。銘々一つ分からん処ありての事、一日なれば又一つと思う。案じ一ついろ/\までも一つの案じ、一つの理を通る。又々いつまで/\もと暮らすようと、これまでも聞いた。銘々はこれまでかいな/\案じる心違うから、未だ/\長くの心でたんのうと一つの心で暮らせ。銘々これではという心出さんよう。たんのう一つの心で暮らすがよいぞ。

 押して願
尋ねる一条に理を分ける。何にもならん者に、聞かしても何にもならん。尋ねる処、一つ見分け聞き分け、一つの事情。


明治二十一年八月二十三日
 平野トラに付願
さあ/\/\/\、一時願う処、席を別々、先に知らしてある。席を返えし。

 平野トラ願
さあ/\静かにで、一つの席を改め/\。余の儀外の儀は言わん。実々の真を定めに、内々一つ/\十分の理を諭してある処、出越しての処、理を治めてある処、先ず/\の処、内々の処、これはいつからやなあと/\忘れ、内らを一日生涯、一つの心を、さづけを渡そという、さづけ。
あしきはらひたすけたまへ天理王命、と、これ三遍々々又三遍、九遍の理を授けよ。さあ/\受け取れ/\、さあ受け取れ。


明治二十一年八月二十四日
 村田長平身上に事情ありて願
さあ/\尋ねる事情/\、諭したる事情を以て、小人の処思い掛け無き小人の事情、どういう事情しいかり聞き取って、そのまゝにて一つ治めたる処、内々どういう事である。時々日々又々一つ実正思う処、中に一つの日々という。どういう事、こういう事が兄弟夫婦、又々暮らす中、どちらこっちにも掛かり事情、一つどういう事である。夫婦中妊娠一つ中、それ/\だん/\三才までの事情、三才までなか/\大抵、尋常なる者である。内々定める母思え。どういう事であろう。年を取りたる処、長らえて道筋、どんな所も、ほこりの中も通り楽しみ事情。身の障り案じる。内々事情夫婦の中、又々暮らす中、いんねんの事情、これより長らく、内々思うように行く。一つの理さしづ通り治めにゃならん。そこでよう聞き取って、小人にいつ/\も同じ一つの事情、何時なりと一つの席を許すによって、順序の理を治めてくれ。


明治二十一年八月二十五日
 平野トラに付願
さあ/\身上に心得ん、心得んから尋ねる。一寸理には、大望々々ならば、大望だけの心定めにゃならん。一名一人の理、立つも一つの理、立たんも一つの理、めんめんの心で出ける。どうもうつして、何か頼む/\との心を持ちてという。


明治二十一年八月二十八日
 土佐卯之助改めて事情願
さあ/\だん/\尽し長らえて一つ事情、元々に聞いたる話、国所に一つの理も無けらならん。日々の理を追い、順々の理を追い、こうのうを渡し置こう。さあ/\さづけを/\。あしきはらへたすけたまへ天理王命、これ三遍唱え、又三遍、又三遍、三三の理を授けよう。しいかり受け取れ、さあ受け取れ。


明治二十一年八月二十九日
 増野正兵衞咳、腹の痺れ伺
さあ/\皆々身上尋ねる/\。めん/\に先ず/\の理を治める処、皆々先ず/\代わりや/\。さあ/\先ず/\、さあ/\めん/\、楽しみの事情。

 押して今一時代わりで御座りますかと願
さあ/\尋ねる、皆々さあ/\、身上に事情に障りある。めん/\長くやない/\。さあ/\一時一つの理はなるまい。順々の道急ぐ。早く/\一つの理を治めにゃなるまい。退屈してはならん/\。よう聞き分けねばならん。退屈しては。


明治二十一年八月三十日
 清水与之助昨夜痢病の様に十遍ばかり大便へ行きました、腹も少々痛みますに付願
さあ/\事情に一つ大変、いかなる事情、身上に心得ん、身上にずつない。さあさあ聞き取れ/\。先ず/\一日の事情を定め出るであろう。銘々も一つの理を治め/\、一日も早く治め。銘々も遠くの理が無い。いかなる所、何処にいんねんが無いとは言えん。頼まれば聞こう/\。何にも焦る事は無い。又々の理もある。遠くには事情無いとは思われん。近くの所と思わぬよう。この事情を知らして置こう。


明治二十一年八月三十日
 永尾たつゑ身の障りに付願
さあ/\/\尋ねる処/\、さあ/\小人々々々々と言うたとていかなる処、事情のある処の理を聞き分け/\。さあ/\/\小人々々々々待つ処の理もあろう、待った理もあろう。さあ/\小人事情、尋ねるからさあ/\小人待ったる処、さあさあ元々のいんねん、さあ/\所々は分かろまい。さあ/\/\生れ更わり/\、さあ/\小人遠く所、日々の処々、ぢば一つに事情は、さあ/\若き処の、さあ/\母の母、三代先の母。


明治二十一年
 永尾たつゑ身の障り願
さあ/\小人々々、小人というは心あれども、何しても仕様の無きもの、何にも余の儀外の儀はあろうまい、思うまい。さあ、この子は夜泣きすると思う。一夜の事ならよけれど、未だいかん。めん/\尋ねにゃならん/\。めん/\も多くの中運ぶ処、今一つの処、皆寄せてある。めん/\急いてはいかん。長くの心を持ちて、だん/\互いの心持ちて行けば、何一つのほこりも無い。この道天然自然の道やと思え。本年一つの理を見る。めん/\どうしてこうしてと、心に思わぬよう。天然自然の道やと思うて心に治めば、小人身の処もすっきり治まる。


明治二十一年八月三十日(陰暦七月二十三日)夜
 本席娘両人の事情に付おさしづ
さあ/\今までは親子の契りも結び、繋ぎ来たるなれど、さあ/\めん/\に心通りに通してやる。
さあ/\女が一人や二人で、このやしきの日々の事情が送れるか、運べるか。さあさあ小人々々は十五才までは親の心通りの守護と聞かし、十五才以上は皆めん/\の心通りや。さあ/\よく聞け。明日より三十日間、席をあちらへと、こちらへと出て行く程に。さあ/\しんばしら呼んで来い/\/\。

 右に付、中山会長出席御自身にて御伺
このやしきは鏡やしきと言うは、心でもう言おうか出そうかと、心の底で思う事、このやしきで、罪という。罪はすっきりと思わんよう、作らぬよう。心で心罪作っては、人を育てられるか育つか、寄せられるか/\/\。よく聞け。明日より三十日と日を切り、席を連れて出る程に。神が三十日と言えば三年とも分からんで。さあさあその後は一日二日三日の事情は治まるが、神は心罪という心罪すっきり嫌い。

 中山会長お詫び御願あり
さあ/\お受けをせよ/\/\。

 中山会長より御願
さあ/\明日より罪という罪は一寸の事も聞かすな/\。めん/\の親が言うとは思うなよ。世界中のをやが言うのや。何処に隔ては無い程に。この席は三才の小人の心と定めてあるのやで。その席の理を治めとある。三才の心の理を以て尋ねかた、その心で尋ねる願う事なれば速やかなる。どのよな事も、生涯の理も諭そ。さあさあお受けの理によって、暫くはじいと止まる。


明治二十一年八月三十一日(陰暦七月二十四日)
 前川菊太郎東京出張所勤に付上京の儀伺
さあ/\前に一つのさしづ、一日の日を定めて理を諭そう。どういう理を聞き分け。余儀無くの理を運ばにゃなろうまい。一々聞き取りて、ちゃんと一時に定めにゃならん。定めの理を以て、理を定めて掛かりて勤め、勤めが第一身の勤め、この心を定まれば、何にも危なきは無い。心の勤め身の勤め、さあ/\何時なりと運んで来るがよい。


明治二十一年九月二日
 昨日の午後より清水与之助又々腹痛み、血なめ下りて気分悪しくに付願
さあ/\事情の処、堪えられん。速やか又候。よう聞き分けてくれねばならん。さあ/\道具々々どのようの道具もある。三年五年目に使う道具もある。日々に使う道具もある。損ねたら破損して使わねばならん。三年五年使う道具でも、生涯に一度使う道具でも、無けねばならん。又損ねたら、破損して使う。日々使う道具、どうでも破損して使わねばならん。この理をよう聞いて、内々の処ほんに成程と、これが理やと、その心を定めてくれねばならん。何にも案じる事は要らん。


明治二十一年九月二日
 平野楢蔵の願
さあ/\身上の処、尋ねる/\、一つの理、よう聞いて置かねばならんで。これから先の処、日々の処の事情も出て来る処も思い、独りで出て来るとは思わぬよう。日々一つは入り来る、出て来る。日々の心によう思やんは一つ。さあ/\これからは、内々へ入り来る、出て来る事情は、さあ/\これから暫くの間は、聞いた事情や。今までに聞きても居る。日々出て来る事情は、皆んな出て来る。さあ/\ぢばにてもその通り、日々の処、十分の事情であるやろう。なれど出て来る。その心得で居るよう。


明治二十一年九月五日
 上田民蔵小人身上障りに付願
さあ/\尋ねる処/\、尋ねにゃなろうまい。理を聞き分けにゃなろうまい。だんだん道を尽せば、受け取らにゃならん。小人の処一寸にどんならん。余程一つの事情よく聞き分けよ。救けにゃならん。さあ/\救からにゃならん理をよく聞け。幾名何名ありても、今一時の処案じもあろう。内々日々尽す、これだけ尽す中にと、一つ/\先ず/\真実一つ、内々一つ、世上見てたんのうと定めば、この理を分かるであろうと、よく/\数々聞いて発散せねばなろうまい。


明治二十一年九月七日(陰暦八月二日)午後四時四十五分
 刻限御話
さあ/\/\余の儀外の儀やないで/\/\。さあ/\一廉一つの事情改める/\。さあ/\一つ事情改める。さあ/\しっかり聞き分け/\。日限の刻限改める。すっきり改め、日々の処改め。どういう事改める。これまでの処、日々取次の処、扱って早く聞き分け/\。日々一つの事情取次処へ、何かの処すうきり改める。日限の事情、これまで日々の取扱い深きの処、繋ぎ合い深きの事情、さあ/\尋ね一条から又聞かそ。すっきり改めるからすっきり改め。日々出替わり遠くの所受け取りてある。知らして居る者もある。互い/\契り結んだ理を立て、契り結んだ理を立てゝ、これまでの処何人も居る。一人の理では何ぼの人にも成りたないと、これよりも言う者はこうで成りた、俺はこうやとこれまでの処分かり難くうてどうもならなんだ。これから幾名何人ある/\、めん/\の処、何名々々事情によりて一時も放って置けんと/\。めん/\それ相応に/\めん/\に幾名何人あると、これより話聞いてあると。話一条一つの理、事情というは、又一つには方角の許しも、又縁談一つ事情処も言うまでやない。取次に委せてある。これまでにも委せてある処、又一つだん/\誠の心の理という処、たすけ一条の理も渡さにゃならんという処、先ず/\それより一つ先ず/\伺い一条には、尋常に密そかに/\、一日の日にも渡す日もある。何年経ちても一日の日ともいう。分からん処は何遍も/\取次より聞かし、これまでとなら尋ね一条にもころりと変わる。成るだけ密そか/\。たすけ一条の理は一名一人とこれ聞いて、速やかな理を治めてくれるようと。深きの事情という、先に説いてある。世界一つたすけ一条の処、日々処による/\。深きの理には、一名一人と大抵一つ話一条という。めん/\一名一人で。


明治二十一年九月十日
 平野トラの願
さあ/\心得ん/\。一つ/\心得んから尋ねる。心鎮めて聞いてくれ/\。何よの処尋ねる。さあ/\万事々々、あれも一つ、こちらも一つ、ふし/\心一つ定め。どういう、あちらもふしや、こちらもふしや、だん/\ふしや。心定めの理や/\、定め心の理や。前々より聞かして、定め一つの理や。早く心改め。早くふしを治め治め。順序一つの理を聞き分け。通し掛けた道は、通さにゃならん。早く一つの理。


明治二十一年九月十一日
 平野トラ身上願
さあ/\尋ねる処/\、どういう事こういう事いう処、鮮やか/\と、理を分かりあるやろう/\と。なれども言う処、いんねんという処、聞いても居るやろう/\。先ず/\の処、暫くの処、じいとそのまゝ見てるがよかろう/\。


明治二十一年九月十六日
 平野楢蔵東京行きに付願
さあ/\身上に一つ事情がある/\。一つ/\の事情も尋ね出る。前々に伝えたる一つの事情。どうせねばならん、こうせねばならんとは言わん。尋ねるから言おう。言う通り、思う通り、何か一つの理であろう。さあ諭す通りにすれば、身上に何も障りは有ろまい。日々さあ何か一つの理であろう、思う処が理であろう。理が無くば、何でも治まる理は有ろうまい。大儀大層するのやない。身の処は案ぜる事は要らん/\。その事情の理を、よう聞き分けてくれねばならん。些細なるも、一つの心を寄せて、こうという一つの思やん。身上一つの理を思えば、何か聞き分けてくれねばならん。何も大層するのやない。大層の理は、一寸は良きものである。なれども、どうもならん。第一の処の心を、すうきり治め。ほんにこうと、尚も心を治め。


明治二十一年九月十六日
 清水与之助身上願
さあ/\順序事情尋ねる処/\、前々より伝えてある処、鮮やか/\、先ず/\一つ/\聞く。談示運んだ処、いずれの処も聞く。順々の談示も、第一世界の処も聞いて置かねばならん。どんな事も皆々こうと思えば、刻限の理上を以て知らし置こう。しいかりと聞かして置こう。成らん事をせえとは言わん。前にどういうさしづという事を思い、又々の理を以て知らす。


明治二十一年九月十六日 午後四時四十分
 松村吉太郎東京より帰会致し且つ実家へ帰宅に付、家内の運びの儀伺
さあ/\一度々々は、長らえての処、内々日を経つ。内々互い/\一つ大層々々、先ず/\急ぐ処/\、早く/\、又々変わりて、さあ/\内へたんのうして、先ず先ず日々の処、たんのうという心定めて、さあ/\事情、さあ/\分かるまい分かるまい。この運ぶ事情は、内々たんのう。さあ/\一つの理/\、長くの理、内々皆揃うてたんのうという事情。さあ/\早く/\、早く一時急いで。それより又々の事情早く/\急いで、内々の処へ一つたんのうという理を。


明治二十一年九月十六日
 平野楢蔵願
さあ/\いかなる事情/\、さあ/\ようこれたすけ一条の道や。いかなる道もあろう。いかなるも聞き分け。自由自在をして見せよ。めん/\身の身と理で誠無けらなろまえ。見にゃ見ん/\という処、洗い取れ。皆のためや/\。一つの順々の道をさらえとのさしづして置こう。

 平野楢蔵願
さあ/\応法の道、世界の道、人の道出越す処、道のため心置き無う出ようとさしづなり。


明治二十一年九月十七日
 寺田城之助二十五才 上田ナラトメ二十三才縁談願
さあ/\縁談一条は皆々すっきりと取次に委したる処、皆んな事情はすっきりと聞き分けた事なら、さあ/\皆んな我が子/\と思うやろう。さあ/\この理を聞き分けねばならん。皆この事情は一人々々の身上のかしものの理を分かる/\。さあさあ皆んな聞かし置こう。何名あるといえども、皆んなこの一つの事情に知らし置こう。


明治二十一年九月十八日 朝
 京都府船井郡天地組十五番講元、樋口幾太郎伺
さあ/\事情以て尋ねる処、一度の席は何度の席に受け取る。真実一つの理がある。第一一つ諭す処の理を聞かねばならん。たすけ一条理がいると、第一の理を治まれば、直ぐと理を渡そ。第一一つ家業一つ、内々孝心この理を心に治めば、直ぐと理も治まる。第一の理を治め、さあ/\所々の事情、前々伝えたる処、心の勤めは身の勤め、心のたすけは身のたすけ、さあ/\一つのこうのうの理を授けよう。
あしきはらひたすけたまへ天理王命、を三遍唱え、又三遍又三遍三三三の理を渡す。さあ/\しいかり受け/\。


明治二十一年九月十八日
 山沢為造伊賀行きより帰りて、身の障りに付願
さあ/\めん/\身上に一つに理上あれば、さあ/\一寸知らして置こう。めんめんあちら思いこちら思い、さあ/\日々暮らせば思うであろう。なれど神一条の道を思えば、身上には速やかなるものである。さあ/\これまでの事とは違うで。神一つの道、これ違うで。めん/\この理上は、又々事情聞き分け。日々の道は、又又の事情ある、又々の道もある。皆寄せて何かの事をも、皆々又々の事情にて知らし置く。


明治二十一年九月十八日
 永尾よしゑ目の障りに付願
さあ/\身上々々から尋ねる/\。何かの事も聞き分けねばならん。十分々々の処、いんねんの事情が分からん。さあ/\身上に不足あれば、これ分かるやろう。さあさあ神さん/\と思うやろう。神は何にも身を痛めはせんで。さあ/\めん/\心から痛むのやで。めん/\の親の心に背けば、幽冥の神を背き/\て、まる背きとなってあるのやで。めん/\の親が言う事に、悪い事言う親はあろうまい。身上に不足あれば、この理を諭してやってくれるよう。


明治二十一年九月十八日
 井筒梅治郎事情伺
さあ/\尋ねる処/\、さあ/\後も分からん、先も分からんから尋ねるであろう。尋ねるから知らそ。さあ/\天のあたゑというは、薄きものである。さあ/\これで、さあ/\ふと思う心が後や先が分からんから、さあ/\早く聞き分け/\。めん/\年々のあたゑ、薄きは天のあたゑなれど、いつまでも続くは天のあたゑという。めん/\心より分かろまい。心より思案をすれば、皆々分かるであろう。


明治二十一年九月十九日 朝
 大阪天地組世話係、伊藤半七おさづけさしづ
さあ/\一つ尋ねる処の席、さあ/\又互い/\たすけのため一つの理を授けよう。あしきはらひたすけたまへ天理王命、と、三遍唱え、又三遍又三遍三三三の理を渡そ。しいかりと受け取れ/\。


明治二十一年九月十九日 午後六時三十分
 上田民蔵小人身上障りに付願
さあ/\/\前々に一つの事情、一つの事情尋ねる/\。一時なるとは思うなよ思うなよ。さあ/\前に一つ一時速やかなると思えども、前に一つの大層と、一寸知らしたる処、さあ/\先ず/\一寸との理上。さあ/\年々に又候々々、又運べども運べども、さあ/\順序、さあ/\救けたいのは理上である。なれど先ず/\心一つ治め。先ず/\一寸の事情、さあ/\聞きよ一つで理が分かる/\/\。先ず先ず何かの事も聞きよ一つで先ず/\の理上。


明治二十一年九月二十日(陰暦八月十五日)夜
 梅谷四郎兵衞俄に咳厳しくに付伺
さあ/\身上に一つの理上がある。皆んな尋ねにゃならん/\。何にも案じる事は無い。神の話通りの事を扱えば、何にも難し事は無い。さあ/\刻限々々の話も、皆揃うた処で聞かす/\/\。めん/\も心を定め。さあ/\刻限の話の理を皆々悟りて、一寸知らす。先へ知らし置く事は皆々話せにゃならん。さあ/\刻限の話するには、一寸の事やないで。今度の刻限の話は、長々の刻限話やで。皆々聞かさにゃならん/\/\/\。


明治二十一年九月二十一日 午前
 御諭
さあ/\/\一つ話をせんならん/\/\。さあ/\よう聞け/\、よう聞かんとどんならんで。さあ/\何を言うやら知れんで。日々所々取次々々、だん/\取次、何を取り次ぐや分からんで/\。さあ/\さづけ/\一条の理を、日々の処、さあさあ分かる者もある、分からん者もある。さあ/\遠くの所さあ/\近くの所は、一つの心の理である。さあ/\遠く/\の所は、先ず/\運んで、先ず/\は遠くは遠くの理運んで、中をば/\中をの理、近くは/\の理。さあ/\日々席一度は一度の印持たして、二度は二度の印を持たして、三度一つの理を以て、改めて席を定め。さあ/\内々も又々分かる/\。


明治二十一年九月二十三日
 平野楢蔵身上願
さあ/\いかなる処/\、一つの事情/\/\尋ねる処、いかなる諭し、よう聞き分け。身上の処、一つの席/\/\、どういう談示/\/\、どれだけのもの、いかなるもの、先ず/\の処見分けて居る。いかなる理、何でも無い処から始まりて、どういう事があるやら、どういう事に成るやら。人を頼りやない。先に知らして置こう。この事聞いて、じいと治めて、気ならん時は、前以て尋ね聞かそうと。聞いて置けえと。


明治二十一年九月二十四日(陰暦八月十九日)
 東京出張所より、向島講社並に出張所にておたすけ戴きし人を、残らず上原の講内へ加入し、出張所の講社を設けぬ事にして貰いたしとの事、上原佐助より申出に付伺
さあ/\万事尋ねる処、どうしたら宜かろう、一寸には分かるまい。道理上より、天然自然の理を以て、幾重にも思案して治めさす。さあ/\難しきようである。天然自然の理を以て、道理上第一たんのうの理が第一、芯の心の理が第一、一つの理がある。理さえ聞き分けて、成程と言えば、世界中は皆その通り。一つの理を見定め。ほんにさしづはこうであった、今はこう成った、天然自然の道、皆聞き分けにゃならん。いずれへ尽すれど、一つの道に集める。人間心の理は世界の一つの理である。危うき道を見にゃならん、通らにゃならん、聞かさにゃならん。元々一つの理に帰る。早く一つの理を聞き分け、見分け。天然自然一つの理を見れば、行末一つの道を見る。どうやこうやと言わん。尋ねるから一つの理を聞かそう。育てるで育つ、育てにゃ育たん。肥えを置けば肥えが効く。古き新しきは言わん。真実あれば一つの理がある。皆よう聞き分けてくれるよう。

 押して、然らば手紙で申遣わして然る可きや、又はぢばより人を遣わすべきや願
さあ/\便り/\/\は便りだけの事、実際の事が分からん。運べ、運ぶ、一つの理が分かる。一つの理を運ぶなれば、随分の道が分かる。さあ/\大層や/\と思うから、大層になる。大層と思うから、思うよりだん/\の理が出る。めん/\一つの事情、一日一つの生涯一つの理、分かる分からんは心一つ。元々一つの理から世界へ弘まる。だん/\天然自然の道という。多くの心を寄せる処、あちらへ心を寄せる処、一つの理が栄える。あの者も心次第、この者も心次第、古き一つの理を以て、人間思案は久しく続かん。十分の世界の道と見たら、元々一つの取扱い方を以てせよ。一事の理は治まる、二事の理は治まらん。をやと見て一つの理を治めよ。さあ/\皆悪い者は一人も無し。分からんのはめん/\の胸が分からんから、分からん者が出て来るのや。めん/\の事情から一つ考えねばならん。


明治二十一年九月二十四日
 平野楢蔵の願
さあ/\身上に一つの事情ある。さあ/\どういう事であろう。さあ/\身上に一つの事情、さあ/\前々に一つ知らしたる処、さあ/\前々の事情を以て尋ねるなら知らそ。さあ/\前々に知らした処の理を治めて居れば、身上に一つの理はあろまい。さあ/\前々一つさあ/\十分であろう。さあ/\前々治まる/\は一つの理である。さあ/\さあ/\よう聞き分けねばならんで。これはこうしようと思えども、思う通りに成らんは一つの理。さあ/\身上に理が出てから尋ねた処が、どうもならん/\。事情無い先に尋ねやならん。さあ/\十分であろう。さあ/\何も大儀大層はさすやない、するやない/\。さあ/\これはさあ/\これだけの理、さあ/\先ず/\皆んな寄りようて、皆んなやれ/\頼もしいや嬉しいや、という心は、皆々一同の心を皆んな受け取る/\。


明治二十一年九月二十五日
 中山会長より御話に付、ぢばにて尽すべきや又は内にて尽すべきや、松村吉太郎伺
さあ/\第一一つ定める理、第一定める処尋ねる処、理を聞かそう。さあ/\一日の日/\、どういう事定める処聞かす。救ける処一つの理、第一一つ、又いつ/\言わん。実を定める処一つ。又内々睦ましい一つの理、内々互いに一つの理を治まれば、自由自在と言う。内々よう聞き分けて実を定めるなら、一つの道という。さあ/\早く聞き取りて一つの理という。


明治二十一年九月三十日(陰暦八月二十五日)午前六時
 梅谷四郎兵衞左歯の痛みに付伺
さあ/\身上一条に事情尋ねる処、さあ/\よう聞け。日々運ぶ、何日の処を運ぶ。大抵々々十分の処/\であろう。なれど、さあ/\よう聞き分けねばならん/\。心一つの理である。それから身上に不足ある/\。さあ/\身上に一つの理がある。心一つの理であれど、身上は何処で暮らせど尽せども、居たるとも/\自由が出けねば、どうもならん/\。そこで何でも彼でも身上に一つの理上ある事を、尋ねにゃならん/\。尋ねるから知らすで。さあ/\日々運ぶ所々、不都合でならん/\。日々席する所々、どうも不都合でならん。さあ/\何ぼどんな者が何と言うても、さあ/\/\/\よう聞け/\/\/\。このやしきへ寄り来るのが、何がめどうで寄り来るか/\/\/\。たった一つのめどうが無くばどうするか/\/\/\。さあ/\日々席する所が不都合でならん。さあ/\今日はえらい事を言い掛けるで。さあ/\これをしいかりと聞き取れ。千度の事を一度で知らす。さあ/\皆々へ伝えて置かねばならん。


明治二十一年九月三十日(陰暦八月二十五日)
 かんろだいの地に新築せし神床へ神を斎き祭る日を伺う
さあ/\尋ね出す/\。何よの事もよう思やんして、さあ/\急ぐであろう。なれど神が刻限の話、一寸出たのや。さあ/\今まで長々の処より出けた所や。さあさあこれまでの道どうも凌ぐに凌げんから、一寸の道を許した処、さあ/\長々の道、五十年の道を更えて、又代を更え、又一つ始め出し、この理をよう聞き分けてくれねばならん。さあ/\、あちらでは一寸明かい、こちらでは明かい。さあ/\もう十分の処は八分までも来たる処、もう一二段の処、又々刻限の話から始める/\。

 東京真明組 中台勘蔵の身上障りに付伺
さあ/\遠くから遠くの理、さあ/\遠くから、言葉から言葉身上一つ難しい。大層々々に運びたる処、遠く所より運びたる、一つ二つの処、身上大層に運びたる処、よく聞け。今ばかりの処でない。今の処も一つあり、よく理を聞き分けて、一つ踏み止めにゃなろうまい。案じ一つの理もある。何ぼ遠くでも傍の者でも、真実心次第のたすけと、一つ伝えにゃならん処もある。早く聞き取りて改め、実を定めにゃなろうまい。と、聞かし置こう。


明治二十一年九月三十日(陰暦八月二十五日)
 増野いと自腹おぢばへ出て伺
さあ/\身上一条の事情、尋ねる処、どういうものであろう、心得ん/\。どういうものであろう、一寸心得んと。長らえての処、よう/\分かり来た。余の儀外の儀はあろうまい。身上の処に心得んという処、日々の処皆話も伝えして居る中に、身の不足なる処、急ぐ/\/\処である。判然一つの道、一つは道のため、一つは世界のため、心定めて居る処は、十分に受け取りてある。所遠く出で越して居る処、判然一つの道、まあ暫く/\/\と、救ける処に案じの事は要らん。判然一つ道、もう暫くの日々、心に思うて居る。いろ/\の理も思う処、じっと心を定め居よ。日々の理治め。案じる理は無い。案じてはいかん。もう暫くの処、この理よう聞き分けてくれ。


明治二十一年九月三十日(陰暦八月二十五日)午後六時
 本席御身障りに付伺の際刻限話
さあ/\/\/\うん/\/\、さあ/\/\/\/\、一寸々々さあ/\始め掛けるで。皆んな揃うて始め掛けるで。言わいでも分かるやろう。さあ/\何に急ぐ急ぐ。たった一つの台を急ぐ/\。聞き分けるなら、さあ/\早く出し掛け/\。さあ/\親里が分かり出した/\/\。さあ/\元々一つのあと/\。又変な事を言い掛けると思うなよ。さあ/\皆んな/\、めん/\さあ/\、世界は一寸分かり掛けた/\。世界はあちらではふん/\、こちらでははん/\と言うて居る。さあ/\めん/\だん/\越したるから、聞いた話は分かる事もある、分からん事もある。さあ/\尋ねるから刻限で知らす/\。さあ/\急ぐであろう、急くであろう。さあ/\急いてはいかん/\。さあ/\道分かれば早く通ろう、これは世界道や。神の道は今までの道、なか/\の道である。さあ/\世界の理、神の理と二つ一つに胸に治め。さあ/\又々刻限々々で知らそ。世上の理は今までにも何処にもある。急がいでも/\よい/\。神一条の道はどうでも付けにゃならん、付けさゝにゃならん/\。さあ/\皆んな揃うて、日々に心が勇めば、神も勇む。さあ/\皆んな揃うて運ぶ事情。

 押して願
さあ/\世界の理、世界の理を以て、一つ治めてある処、世上の理を以てすれば、どうせともこうせとも言わん。さしづせん。


明治二十一年九月 末
 清水与之助頭痛致し、頭筋引くようで、回り難なきに付願
さあ/\尋ねる処/\、身上に一つの理がある。聞いて聞き遁がし、見て見遁がし、早く/\一つの事情を治め。これまでの事情は、いろ/\の道の理あったで。はあの良いのはその日切り。神一条の道、どんな事も、日々の処にて聞く。往還の道の理も聞く。こちらが治まれば又あちら、日々の処、どんな者も連れて帰るで。どんな者も出て来る。理と理とよう思え。難しようには思うなれど、どんな者が来ても、どんな者でも、根が無くばどうもしようが無いもの。一つの理では一つの勢との事やで。根一つの理がこれ一つの理。日々の処何にも案ぜる事は無い。手入れ一つという。


明治二十一年十月五日(陰暦九月一日)午前七時三十分
 大阪天恵四番組 今村熊太郎三十三才伺
さあ/\だん/\これまでの処の道すがら、どんな道も通り、一つの所も踏み止め、これよりだん/\処一つの印渡し置いて、さあ/\さづけ/\渡し置こう。もう許しさづけ。
あしきはらひたすけたまへ天理王命、と、これ三遍、三遍、又三遍、三三三の理を授けよ。しいかり受け取れ、さあ受け取れ。


明治二十一年十月五日(陰暦九月朔日)
 おさづけ人取次の後神様御引きならず、直ぐ御話あり
さあ/\しっかりと聞き分け/\。序でを以て聞かす処、しっかり聞き分け。日々の取次よう聞き分け。こうのう一つ渡してある。渡してある多くの中/\、皆揃うて心を定め。日に/\よりてどんな心もある。尋ねてみよ。あちらに何名、あちらに何名、日々実を聞かして、実を定めば、理を治めて掛かる。生涯の理に治まるは少ない/\。その日/\の理を見て、こうのうを渡してある。日々取次や/\。取り決め改めて古きの処、見て/\理を治め、種を蒔き/\、年々の理を以ちて、古き種蒔きで、修理無しの蒔き流し/\。蒔き流したる処、修理々々。十分の理を聞かし話を伝え、理を聞かし、これまで余程の理も治めた。これから古きの道、一二三とこの理をよく聞き分けて決め、しっかりと決めねば。人間の義理は要らん、人間の義理思えば、神の道の理を欠くで。この理をよう聞き分けて置け。


明治二十一年十月八日(陰暦九月四日)
 梅谷たね身上障り願
さあ/\/\/\、身上に事情がある/\。一つの尋ね/\。さあ/\順々の理も聞き分け。分かる分からんはこれまでの道である、長らえて長くの道である。これまでにだん/\難しい処も通り来たる処、これまでは長い/\道や/\と言うて来たる処、日々経つ、月々経つ、年々経つ。先ず/\今までは。さあ/\難しい処、これからや/\。さあ/\だん/\ふち均らす/\。さあ/\だん/\日々これまでの処、さあ/\日々年限治まる/\。さあ/\先ず/\これまでの処、長らえてたゝる処/\、さあ/\順序尽したる処の理が無けねばならん。又受け取った処返やさにゃならん/\。さあ/\内々で話もだん/\聞いて、心を定めるであろう。なれど、めん/\身上に不足ありて尋ねにゃならん。さあ/\先ず/\安心であるという日は、もう今の間や程に。というさしづして置こう。


明治二十一年十月九日
 平野楢蔵身上願
さあ/\聞き取れ/\。早く聞き取らねばならんで。さあ一時身の処、日々心得んという処、何でも一時身の処、早くと言う。早くと言えば、遅そなる。先ず不自由と不自由の道も通らにゃならん。まあ価いつ/\と、まあ悠っくりと/\/\言うてもみよ。急えてはどんならん。悠っくりと思うても、身の処、自由ならんにゃどうもしようあろまい。悠っくりと不自由/\/\と、理を聞き分けて悟れ、と。


明治二十一年十月十日
 桝井伊三郎東京講社の事に付押して伺
さあ/\事情尋ねるからは諭そ。さあ/\諭すればよう聞き分け/\。何ぼ遠く所にても近くにも、皆同じ事。五本の指の如くや。指を数えてみよ。何ぼあるぞ。
二度のさしづ
さあ/\時と旬という道はあると、前々一つに諭してあると言うて諭したる処、さあ/\何程の事といえども。

 桝井伊三郎東京行の願
さあ/\尋ねる処/\、身上に心得ん/\、さあ/\他の所/\、一日の日も分かり/\、さあ/\身上に一つの障りあれば、一つ思やん/\。さあ/\身上に一つの理があれば、何程の約束したるとも、身上より一つ思やん。

 押して願
さあ/\/\/\早く/\/\/\、何かの事も一日の日も早く定め/\。何かの処の理を早く/\運べ/\/\。何かの処もたんのう順序の理を、互い/\にたんのうの理。


明治二十一年十月十日
 平野楢蔵の願
さあ/\尋ねるからは、一つの理聞かそ。さあ/\掛かり一つに理を聞けば、一つの理を聞かそ/\。さあ/\あら/\事情はめから。さあ/\元々の理を以て運ぶのも、どんな事の理運ぶのも、皆んな世界つようの道のため/\。事情をさあ/\、先ず/\事情は通りたる処/\、さあ/\一時通りたる処/\、さあ/\一時委し置こう。


明治二十一年十月十日
 喜多治郎吉及秀太郎の二人共身上に付願
さあ/\内々一つの事情、余儀無く一つの理、障りに付き尋ねる処、どういうものであろうと言う。小児一つの理、余儀無きの理、早く聞き取れ。一日余儀無くという、一日の日という、長々の日である。先ず/\世界の事情という、珍しい道である。珍しい道は、頼もしい道である。小児の処十分治めあるのに、小児に不足なる、どういうものであると思う。小児身の処、不足より長くの楽しみ、先ず/\世上一つの理も聞き分け。家内何名という。たんのう一つの理を聞かそ。案じるやない。


明治二十一年十月十日
 清水与之助身上願
さあ/\身上一つの事情ある。いかなるも尋ねる/\。さあ/\早く聞き取りて、事情の理も話てくれるよう。日々におぢば/\と言うて、皆々ぢばの所と世界は皆急く。栄える/\。これ一つの理も分け。又一つ事情は先ず/\清水々々。互い互いの心を以て、銘々遠慮は要らん/\。何にも腹中に悟りて居れば、腹中だけの事である。何にも気兼ね遠慮は、少しも要らん/\。銘々真実と思えば、日々の処遠慮は要らん。


明治二十一年十月十日
 寺田半兵衞身上痺れて腹痛み、自由叶わずに付き願
さあ/\/\幾重の話を聞く/\。さあ/\身の処心得ん。身の処に不足何かの処も聞く見る。さあ/\日々の処に尽す事も受け取りて居る/\。道から道なれば何にも案じる事も要らん。さあ/\これだけの荷持てば何にも案じる事は無い、と言うて世界の道。さあ/\重荷を持てば途中で休まんならん、軽い荷を持てばすうとすうと出て行ける/\。さあ/\変な話を聞いた。さあ/\何にも心に掛ける事は無い。重き荷は一寸持たんようにして、いつまでも/\/\続く理がある。その心得で諭してくれるよう。


明治二十一年十月十二日(陰暦九月八日)
 清水はる身上の願
さあ/\尋ねる処/\、身上に一つの理があるで尋ねる。今まではあちらへ廻り、幾重の道も連れて通りた。何にも難しい事は無い。これまではいかなる事も分かりない。さあ/\世界も一寸分かり来た。長々の道に一つの心変わり無くして通り来たる処、今一時に一寸の理もあるで。治まるで。これまでの理上を眺めて、何かの順序の道治めてくれるよう。


明治二十一年十月十二日
 東京講社事件に付伺
さあ/\/\/\、一日の日が治まれば身が治まる。どれだけの力を入れる。治まらん事は治まらん。さしづ聞いてさしづ通り運ぶは皆道理。さしづ受け、さしづ通り運ぶ。皆治まる。遠くの所大層々々大層々々は一寸もするやない。大層は世界所所の理を持てば、所治まる。治まらんというは、心治まらん。


明治二十一年十月十二日
 清水与之助、桝井伊三郎と東京へ行くに付願
さあ/\いずれの処、尋ねる処、一人でよかろうと思う処、又一つの処、元一つの理、何かの処、又々一つの所で一つの理が立つ。一時に分からん。大層と思うなれど、一度の大層は生涯の理になる。いずれの処も言い聞かすだけ言い聞かすがよい。繋ぐだけ繋ぎ、皆手を繋ぎ、これでこそと、早く繋ぐの理を運ぶよう。だん/\に心に掛かるでは神の道とは言えん、思われん。一つの事情なれば、神の道もある。世界の処なれば、世界の道も運ばなならん。未だ一つの理、神一条の始め出し、何も難しい事は言わん。難しい道はをやが皆通りたで。をやの理思えば、通るに陽気遊びの理を思え。心に掛かる事があれば、陽気とは言えん。皆んなろくぢに均して了うで。あちらが分からん、こちらが分からん。元の所より分からんから、分からせんのやで。この理を聞き分け。


明治二十一年十月十二日(陰暦九月八日)
 桝井伊三郎、清水与之助、東京へ出立に付伺
さあ/\尋ねる処、一日の日定める。順々の道、皆一つの心一つ運ぶ。先ず/\どちらもこちらも案じの理を運ぶ。難しい事は要らんで。よう聞いて置け。これまで年限相応の道に運べば、安心の事であるのや。どんな事も、どんな用に立つも、皆道すがらや/\。安心一つの道治め。

 押して
さあ/\運べ/\/\。旬々何処でどうする/\、一つの心に掛からんよう楽しみの道を教えてある。繋ぐだけの道繋げば、どんな者が頼りに成るものやない。皆々めん/\の定め心が頼りや。皆どんな智者と言うても、実を違えば、ほんの頼りにならんものや。さあ/\尋ねる処、一日の日定める。順々の道、皆一つの心一つ運ぶ。先ず/\どちらもこちらも案じの理を運ぶ。難しい事は要らんで。よう聞いて置け。これまで年限相応の道に運べば、安心の事であるのや。どんな事も、どんな用に立つも、皆道すがらや/\。安心一つの道治め。

 押して
さあ/\運べ/\/\。旬々何処でどうする/\、一つの心に掛からんよう楽しみの道を教えてある。繋ぐだけの道繋げば、どんな者が頼りに成るものやない。皆々めん/\の定め心が頼りや。皆どんな智者と言うても、実を違えば、ほんの頼りにならんものや。


明治二十一年十月十三日(陰暦九月九日)
 桝井伊三郎、清水与之助両人より伺
さあ/\/\尋ねる処々、一日の日は何かの処も、よう聞いて行かねばならん/\。さあ/\皆々治まりた理上から行かねばならんで。さあ/\遠く/\/\の理は大きな心に成りて、四方という心に成りて。さあ/\大き心に成りたら、さあ/\四方が八方になる。さあ/\何かの万事の事の理上と諭し置こう/\。

 桝井伊三郎身上障りに付伺
さあ/\身上に心得ん事情あり、今一つの処、先ず/\今まで聞いて居た理であろう。よく/\聞き分けて、さあ/\一寸の道や、心休めや。世界はこれで一寸治まる。古き心の聞いた話や、だん/\一つの話や。これを聞いて一つの事情、刻限刻限に聞かしてある話。


明治二十一年十月十四日
 中西金次郎三十九才身上願
さあ/\いかなる処/\、だん/\の席をして/\、理を急いて一つの理を治め。一寸の理を聞いて、深き一つの理を聞いて置かねばならん。たすけ一条の理はたゞ誠一つの理である。誠一つの理は天の理である。たすけ一条のため、一つこうのうを渡そ。一日の日生涯一つの心と定め。
あしきはらひたすけたまへ天理王命、と、これ三遍唱え、又三遍又三遍三三三の理を授けよう。しいかり受け取れ/\。


明治二十一年十月十八日 朝
 松村吉太郎去る十六日より朝起き唇たゞれしに付伺
さあ/\身上一条の事情尋ねる。どれが違う、これは違う、と言わん。身上に一つの不足あれば、どうでも尋ねにゃなろまい/\。さあ/\これまで、さあ/\運び来たる処、十分の事である。一度定めた心は生涯変わらんよう。一時世上運ぶ入り込む処の理を見て日々の処、さあ/\内々の処は定めるでもあろう。さあ/\身上よりどうでも速やか成らねばならんと言うやない/\。今からとは言わん。さあさあ内々一時とは言わんで。やしき日々寄り来る入り来る処を思い、一つは心改め更えてくれねばならん。さあ/\内々も銘々も、日々寄り来る処入り来る処を見て、心一つの理を定めて、一時の事尽しくれるよう。


明治二十一年十月十八日
 平野楢蔵身上願
さあ/\、だん/\席も更わる。これまで仕事ばかりの事、それよりだん/\席と定まり、又だん/\との話、だん/\/\さしづその処へ、取次へ委せて置こう。遠く居てゝはどんならん。席々の処、取次よりだん/\伝え、この理を聞き分け。これまでだん/\の道、これまでもだん/\/\の道を付けた。これまで分からん処尋ねて、だん/\/\伝えさづけ/\、未だ/\/\一通りもない。一部の一部やで。これようわけ持って置かんならんで。


明治二十一年十月二十日(陰暦九月十六日)
 陰暦九月三四日頃より山田伊八郎母たか身上障りあり、身上障る前々より井戸水濁りたり、澄んだり、或は鶏夜鳴き等の御知らせありしに付伺
さあ/\尋ねる処/\、さあ/\身上に一つの不足ある。めん/\不思議一つの理を尋ね出る/\。諭しするから生涯一つ忘れんよう。尋ねるから諭す処、内々家内の内には、身上に不足ある。さあ/\どういう事、又々内々に身上不思議ある、又一つ不思議ある。さあ/\内々いつ/\までやない/\。さあ/\一寸理を諭しよう。先ず/\大切々々、先ず/\の処は、一日の仕舞すうきりと/\/\/\。


明治二十一年十月二十日(陰暦九月十六日)午後十二時十分
 かぐらづとめ道具の件伺
さあ/\/\/\実際尋ねるの事情、いかなる尋ねる処、尋ねにゃなろまい。旬々いつ/\の話、さあ/\すっきりと実を改め、実を定め。さあ/\速やかいかなる事をも聞き分けて。これまでの処、先ず/\雛形、さあ/\世界一つの事情には幾重の教、皆教えてある。教一つの事情を以て定めたる処、世界の処皆知らしてある。まあ/\学べ一つの理を以て定めたる処、学べばこれまでの道具、さあ/\それより実際一つの事情、理上の理から一つ、いかなる談示、いかなる処改め。未だ/\の道、未だ/\学び一つの道じゃ。よう/\の処ほんの心一つの安心、一つの理、よう聞き分けねばならん。神一条の道、これから一つの理、未だ/\の道である。実際調べていかなる処急ぐ処、一つの理である。第一の処、未だ/\の事情よう聞き分けねばならん。あちらを掻い寄せ、こちらを取り寄せ、世界学びの道、未ださしづまでのものである。さあ/\早く遅くの理は無い。さあ/\尋ねる処、応法一つの理なれば、応法の理を以て運べ。神よりどうせこうせいは言わん。世界の事情は世界の理、神一条は神一条の理、応法は応法。世界一条の理あちら取り寄せ、これを借り受け、かんで一つの道を通るには、どうせこうせは言わん。学びの道一条速やかこれで十分という処は、未だ/\行かん。仮家は仮家、学びは学び、応法の理をよう聞き分けねばならん。

 御面の伺
さあ/\初まり/\初まりの事情学べ。一つの理を以て通りたる処、初まり/\初まり/\初め一つは分かりがあって分からん。初まりは初まりの理。さあ/\神というは生れ一つの理を見て、一つの心を定めてくれるよう。

 押して、東京の人にさそうか、又は先に拵えし人にさしましようかの伺
さあ/\所を十分と思う。なれども一度二度では一つの理が分からん。前々の処一度一つの理を以て先ず/\の処、道具の処、事情運ぶ処、一つの理が分かり難ない。大層する。未だ一度では十分に分からん。知らした処が理が合わん。さあ/\だんだんの心を運び、まあこれだけこうしてと、それ相当の処を運ぶよう。五十年の道すがら、速やかなる理が治まれば、皆案じる理が無い。実際改める未だ早い。皆の心が早いのや。思う一時の理が治まらん。どうするにも学べは学べだけの理を以て運ぶよう。


明治二十一年十月二十一日
 岩崎新兵衞方にて、兵神真明組講社より地所の伺
さあ/\尋ね出る処/\/\/\は、一つのさしづ。余の儀外の儀は言わん。旬々を見て/\、互い一つの理を以ちて/\、こうしたらこうや、皆んな一つの理を以ちて。どうしたらいかんとも言わん、こうせいとも言わん。互い一つの理を以ちて。案じる事は要らん、一寸も案じは要らん。談じて/\互い/\一つの理を以ちてせよ。


明治二十一年十月二十九日
 平野楢蔵願
さあ/\皆んな/\、一つ身上の処で皆んな/\/\、速やか/\という理は世界の理である。それは心で発散である。一度二度の理である事も知らしてある。神一条の理で、身上に知らしてある。さあ/\所々には、未だこれからや。心得ん、身上に掛かる。さあ/\案ぜる事は要らん/\。さあ/\談じる事がこれからの理である/\。案ぜる事は要らん。


明治二十一年十月二十九日
 平野トラ身上の願
さあ/\いかな処のさしづ。とんとどういうほこり、ほこりというものは、すうきり嫌いや。大きな容れ物、水なら、一寸に知れまい。小さい処の容れ物中に水なら、一寸濁り入りても直ぐと分かる。水の中のこれまで、すうきり洗い替え/\/\て。澄んだ/\/\小さい容れ物に、生涯という心定めは、これ知らして置く。


明治二十一年十一月一日(陰暦九月二十八日)
 刻限御話(本席御寝み後午後九時)
さあ/\/\/\、珍し/\、珍しい事を言い掛けるで/\。さあ/\これ/\、秋を合図と、これまでにだん/\に言うてある。秋を合図に見え掛けるで。さあさあ古い話や。いつの事やと思うたであろう。秋を合図にこれまでの話やで。だんだん話掛け。年が明けたらいろ/\や、年が明けたらいつまでも始め、始め掛けたらいつまでも。年が明けたら一日の日がある。一日の日というは、前にも一つの話、一日の日はいつの一日の日とも分からん。年を明けたら一日の日、治めるもその日、始めるもその日、いつの事とも分かりゃせん。一日の日始め掛ける。一日の日に仕舞する。その日は分かるまい/\。いつまでも楽しみや楽しみやと言うて来た処、長い筈や/\。たった一つの所より、だん/\始め掛け。十分年限経って又始め掛け。年が明けたら一日の日があると話して置く。話し掛けたら一日の日がある。いついつまでの道、永い道の楽しみや。深い一つの理を聞かそう。一寸一つの話掛け、一寸一つの話掛け。


明治二十一年十一月二日(陰暦九月二十九日)
 本席身上障りに付願
さあ/\早く尋ねてくれ/\。だん/\これまで幾重にも話伝えてある。さあ/\あちらやこちらやと言う。障りや障りやと言うて尋ねに来る。出れば切りは無い。夜に夜を次ぎ、日に日を次いでもどんならん。話伝えて日々取り決めにゃならん。日々の働き、まあ一寸一つの話伝え。身の障り尋ねるまでやない、いつまでも身の障りぐらい尋ねるではない。所々に理を渡したる処もある。身の障りや/\。多くの中の一人々々よく思やんして見よ。そこで一寸一両日身の障り付く。何ぼ日々どうしたかて続かせぬ。身の障りと話一条思やんして見よ。十日三十日の事では出来よまい。取次や/\元々同んなし事や、何ぼ聞かしても同じ事や。これからはこの話通りにするは神の道や。取次の者に皆仕込んである。身の障り話するまでやない。この道よう聞き分け。聞いて聞き遁がし、一寸して又お前も/\と、元の通りや。早くに間違う/\。何かの処よう聞き分けくれねば分からん。


明治二十一年十一月二日
 大和国添上郡七条村 矢追楢造二十才願
さあ/\だん/\の道、長い道、又改めて一つの理。難し事は言わん。一つの理に運ぶ。一つの理を治め。家業第一、内々睦まじいという理を第一。これより一つたすけ一条のため、こうのうの理を渡し置こう。あしきはらひたすけたまへ天理王命、と、これ三遍唱え、又三遍、又三遍、三三三の理を授けよ。しいかり受け取れ、さあ受け取れ。


明治二十一年十一月七日
 前おさしづに付、席順序遠中近の三段に分ちたる儀申上げし処おさしづ
さあ/\万事一つの談示々々、さあ/\遠くの所/\の中をと、さあ/\古き/\という種が世界にある。一寸理を聞いて出て来る。さあ/\古き一つの蒔き流しという種がある/\。さあ古き種が修理次第に皆々育つ。又々これ一つの理がある、一時盛んという理がある、この理がある。取次この理を、さあ/\篤と諭さにゃいかん。一名一人で尋ね出る者には、日々の処得心さすが日々第一の取次である。多くの中の木も、育つる木もある、育たぬもある。さあ/\前々に一つ意見のために一つ諭してある。又これまで意見というは、先ず/\これから先は大切々々にして、今までの処の意見のために諭したる処/\。


明治二十一年十一月七日
 松村吉太郎へ萱振芦田より入嫁の儀申来り、親よりも申せ共、親神様の道を尽す如何と存ぜられるに付、如何致す可きや伺
さあ/\一時一つの理を尋ねる処、さあ/\遠く近くの理が無い。さあ/\一つの治まり、さあ/\理を立つれば理がある、又理を立つれば理がある。さあ/\深きの事情である。さあ/\尽す処の理、代々の理、又深きの代々の理も、これはいついつまでも末代の理である。さあ/\代々より続く理も治め。深き代々の理はいつまでも/\。一日又一日二日という。さあ/\一つの治まりという。


明治二十一年十一月九日(陰暦十月六日)朝九時
 上田ナラトメおこりに付願
さあ/\尋ねる処/\、縁談一条というものは理と理が分かる/\。さあ/\縁談一条というものは、これよう聞かねば分からん。心一つ話というは、前々に生れ更わりも、諭したる処/\、さあ/\一寸理が、さあ/\暫くの処々、身上一つには何にも不足無い。さあ/\暫く、さあ/\めん/\あちらへ行て、めん/\心に一ついかんという心いかん。さあ/\まあ/\暫くそのまゝにして、何とも無くば何にも分からん/\。いつ/\までも思やんは付くまい。さあ/\めん/\一つの心も定まるまい。又一つは神一条の道はめん/\も急くやない/\。めん/\も、神の道も分かろまい/\。一年経てば一つ分かる。又一年経てば又分かる/\。さあさあめん/\も何をしたのやなと言う。さあ/\、めん/\の内も治まり/\、又、これから一寸暫くは遊ばせ。さあ/\さあ/\暫くの間遊びに行てこうか/\。又一つ仕切りて一つの理、さあ/\暫くの処は、前々に一つ諭してある。心の理を治める、と、諭してある処/\、さあ/\縁談々々は十分の縁談である。さあ/\いつ/\までも/\心一つの理である。

 同時上田ナライト共に大阪へ付添暇の願
さあ/\/\尋ねる処/\/\、さあ/\尋ねる処/\、一寸の気休め/\。世界の処/\、あちらへ遊びや/\。さあ/\長らえて/\、一日二日の間はあちらへ一寸、こちらへ一寸、長らえてやない。さあ/\これをよう聞いて置かねばならん/\。身上に不足あれば、何処へも行くやない/\/\。


明治二十一年十一月十一日
 教会本部開筵式に付伺(陰暦十月二十六日開筵式執行)
第一、開会所に付一条
さあ/\書き取れ/\/\/\。
さあ/\いかなる処の席を尋ねる/\。さあ/\尋ねる処応法一つの式/\。一寸初めやで/\。さあ/\一寸の初めというものは、さあ/\約束はしてあるなれども、用が出ける/\。一寸行てくれ/\/\。さあ/\世界並では一寸用が出ける/\/\。さあ/\心の安心して、それ心安心出ければ、さあ/\やしき狭ばい狭ばい。さあ/\一寸初めというものは、ふわ/\したようなものである。さあさあ/\/\大層々々事は、一日二日三日、大層な事は一日の日では治まるまい/\。さあ/\皆々々めん/\に心に持って言う。さあ/\皆々めん/\の心の理を治めて、皆々元々一つのをやが治めた理を、めん/\に心の理思うだけでは欲がありはせん。さあ/\いつ/\までも/\/\の道、さあ/\何がどうやこうや、何にも言わせんで。さあ/\元々神が言うた道だけの事は、さあ/\前々世界の処は治まらん。さあ/\今一時に出けん/\。成らんから何も今一時じいとや。さあ/\どうでも/\いつも通りた。何にも案じる事はないで。どうでもこうでも治まる。さあ/\世界の処、治まるようにして、さあ/\どんな理も治め掛けて来たる処の理を思うて見よ/\。さあ/\世界の法律やと言うて居るけれども、何時変わりて来るやら知れやせんで。さあ/\皆々寄り合うて、さあ/\皆何事も夜から初まり。さあ/\何事も夜から/\/\。

 第二、かんろだいの雛形の願
さあ/\かんろだい一条、これもさあ/\今までに世界の処には埋れてある。さあさあ今までに一二という。雛形々々、さあ/\雛形は雛形、さあ/\尋ねたら理を諭す。諭したら大層になる/\。さあ/\雛形は雛形だけの事だけ。さあ/\大層な事を理を諭した処が、ふん/\と言うばかり。大層な事すれば、心うっとしいようなものや。さあ/\一日二日三日、さあ/\あっさりと/\/\/\。

 第三、楽器の願
さあ/\/\一日二日三日、さあ/\事情一つの事情、さあ/\万事つとめを定めた事が出ければよい。出け難ない。定めた処が出けまい/\。さあ/\さしづした処が、出けん/\処の心と、心思いやり/\、さあ/\あっさりと/\/\。あゝ、ふん/\/\、さあ/\定めた処が出けん処、さあ/\、琴、三味、出けん/\。何にも出けんやない/\/\。元々五十年の心よりの理を見よ。日々出けて来てあるのやで。さあ/\又世界応法の処/\、さあ/\神一条の道というは、めん/\心に理を治め、世界は/\世界の理を治めい。
この理一つ控え
何程という一つの理とは、誠の心の理が成程という理である。
又一つの理
常に誠という心あれば、その場で天の理が直ぐに受け取る、直ぐに返やす/\。自由自在は、めん/\の日々通る常にあるのやで。


明治二十一年十一月十一日
 平野トラ身上願
さあ/\尋ねる一条、一つの事、さあ/\所々に一つの心話々。さあ/\皆んな揃うて/\、さあ/\所々に一つの理、さあ/\始め掛ける/\/\。さあ/\急く事も要らんで、いずむ事もいかんで。さあ/\出けるようにしてせねばならん/\。さあ/\相談々々々々皆んな揃うて/\/\せねばならん、せねばならん。さあさあちゃんと、綺麗な道やで。さあ/\皆んな/\/\談示々々が肝心やで。皆々世界は何処までもと/\。綺麗な道やで/\/\。


明治二十一年十一月十三日
 諸井国三郎分教会の伺
さあ/\尋ねる処/\、順々の道と言えば、応法の道言えば、応法の道治まるよう。一つの事情治まる道は、一つの理治まる訳。一つの理を治めてやるよう。


明治二十一年十一月十四日(陰暦十月十一日)午前三時
 刻限
さあ/\やれ/\、まあ/\やれ/\、まあ/\長らえて/\/\、刻限に一寸出た。長らえて刻限を以て話諭したい、日々に諭しとてならん。とんと出け難ない、一寸知らし置こう。一寸の理映し掛け、日々の処通り来た、一寸の道を始め掛けた。このくらいの事は言うまでやない。この理は出けん、何ぼでも出けんとこれまで通り来たる。あちらへ、こちらへ、心を映し、皆んなこれだけ慎んで居たらよい、これだけ言わんと置こう、と慎み来たる。人間の心一つも要らん。このやしきに於ては五十年の間、天の理を以て始め掛け。天然自然の道を知らんか。神一条の道、皆人間心勝手の道を、皆んなこれまでの道を聞き分けくれ。十分待った。刻限を待って、何程よい、何程楽しみや速やかな道を連れて通りても、又々一日はよい、二日はよい、三日はよいと経たぬよう。元のぢばや親里や、日々送る元のぢばや親里やと、世上からおざやかなと言うように、治め暮らしてくれるよう。


明治二十一年十一月二十日(陰暦十月十七日)
 東京より前川菊太郎、増野正兵衞同道にて帰り願
さあ/\いかなる処、話いかなるも待ち兼ねた/\。幾重の道も連れて通る。応法応法一つの道はこれ世界という。又一つの理である。応法の理が世界である。さあさあ皆んな揃うて、真実を定め、皆々言うて通りた日もあった。さあ/\もう一段二段と言う、三段とは言わん。一日の日もならんと思うた日もある。神一条の道はもう一段二段三段とは言わん。銘々楽しみな道、自由自在の道である/\/\。三度とは言わん。


明治二十一年十一月二十一日(陰暦十月十八日)
 教会本部開筵式三日のつとめ致しますものか、又は一日だけに致しまして宜しきや伺
さあ/\/\どうせこうせは言わん/\。
さあ/\応法々々の心、皆世界応法の理/\の理を以てこれ一段で済むと思うなよ。未だ/\神の道がある。さあ/\どうせこうせは言わん/\。神一条の道は、もう一段二段の理がある/\。さあ/\暫くと言えば、長いように思うて居るなれども、さあ/\/\後は早いで/\/\。
 続いて一寸お聞かせ下さる
一度尽したる皆出けるで。年々に旬々の道がある。どうで思やんも付かん/\。僅か一日の日を見て、僅かの間で出ける。これからの理が何かの処早いで/\。
さあ/\難しようにあって、今まではどういう事も分からなんだ。さあ/\どういう事も皆々するで/\。だん/\道も皆して見せるで。さあ/\これから先の道は早いで/\/\。


明治二十一年十一月二十一日
 前川菊太郎の伺
さあ/\いかなる身の処/\から聞いて置かねばならん。ごをにて実を分かるか聞かし置こう。一日の日をどうでもならん。一日の日を先々に事情ありて、身上に障りありて、治まろまい。先々に一つ事情ありて、ごに居て粗相の無きようと、初め一日の日から身に障りありて、先々治まろまい。一日から始まる日から身に不足あるような事では、一日から身の不足なる、二になる、三になる、三か一になる。始まるから身治まらんや、先々の日が治まろまい。一日の日に早く取り替えて、ごをにての一二三から一名帰るで。この理をよく聞き分けて置かねばならんで。

 平野楢蔵押しての願
三三一は一の理、どういうものと言う。三には前に一つに何でもと思もてある。一は一の理がある、二は二の理がある、三にては一名帰る。先に知らし一つ改めて、こをにては分かるようと知らそうと。


明治二十一年十一月二十三日(陰暦十月二十日)午後九時
 刻限御話
さあ/\/\/\旬々の刻限、旬々の刻限々々、さあ/\/\/\皆々聞いて置け置け。聞いて置かねば分からん。聞いた話は出たであろう。出たであろう、見たであろう。又々聞いて置け。皆々一つ/\の理も分かるであろう。今の処、世界一つの道、世界一つの道、今の処一寸の道である。一度の話生涯一つの理、珍しい一つの代々話。今の今ではあろうまい。長らえて連れて通りた。一つの処、年限ある年限ある。長らえての一つの道である。この所の理を一つ思やんせ。この所は若き若き古きもの。一つの理が若きもの。一つの理が成る。満足一つの理もあろう/\。たんのう一つの心も治めにゃなろうまい。誰が言うやない/\。この所一つからや/\。よう聞き分け。今の道古き道から今の道。悟り違いは是非は無い/\。よう思うて一つの事情/\。


明治二十一年十一月二十七日 午前七時
 平野楢蔵願
さあ/\身の処、不思議どういうもの、分かる分からんというもの、余の儀外儀はあろうまい。日々治めかた/\、何かの処治まる。一つ理、かにかの理、一つありて二つある。前々最初、一つ神一条の道というもの未だ/\。


明治二十一年十二月五日(陰暦十一月三日)
 井筒梅治郎事情伺
さあ/\/\/\、尋ねる処/\、尋ねるには一つの理を聞き分け/\。さあ/\、世界皆兄弟、身は皆兄弟。さあ/\、真の誠の心が、心は皆々兄弟。さあ/\何かの事も治めてくれるよう。さあ/\これまでは長々の処治めた。又これから先は、何かの事も治めてくれるよう。


明治二十一年十二月五日
 諸井国三郎分教会再願の願
さあ/\改める処/\、一つの理、改めて治める一つの理。さあ/\心一つの理を聞いて、だん/\一つの理を聞いて、さあ/\だん/\/\一つ理を改めて、一つの理を、さあ/\/\早く治めよ/\/\。


明治二十一年十二月五日(陰暦十一月三日)
 諸井国三郎の忰政一に付伺
さあ/\尋ねる処/\、よく聞き分けねばならん。何程の年と言うたとて、さあさあ先ず/\暫く/\/\。さあ/\どういう心/\、暫く/\/\心一つの定め、さあ/\親々の心定め。さあ/\居ろうと思もうても居られん/\。来まいと言うたとて来んならん/\。さあ/\往のうたとて往ならせん/\。さあ/\うたに諭しやうで。先にも知らしてある。さあ/\所々には、深き者には、所々には一つの雛形が拵えてある。又暫くの間一寸戻りたい。さあ/\心に深いというのは、一方には分かりはせん/\。さあ/\まあ/\暫くの処は、置こうと思うて居るがよい/\。


明治二十一年十二月七日(陰暦十一月五日)
 兵庫県但馬国朝来郡野間村四十五番地、九番天地組六番講元 田川寅吉十九才願
さあ/\/\だん/\の席をして、又替わり/\の席をして、又一日の日を定め、一つの席をする。一つの席より順序という、一つの理を聞かす。さあ/\常々に真の心に誠という心あれば、天然という理がある。世界という、自由自在は、何処にあると思うな。めん/\の心、常々に誠あるのが、自由自在という。先ず/\又これより一つたすけ一条のために、さづけ/\、一つの理を渡そ。
あしきはらひたすけたまへ天理王命、と、これ三遍唱え、又三遍又三遍、三三三の理を授けよ。しっかり受け取れ、さあ受け取れ。


明治二十一年十二月七日(陰暦十一月五日)
 兵庫県但馬国二方郡湯村九十二番地、天地組講元 木岡儀八郎三十七才伺
さあ/\/\/\、だん/\席をして、又替わり/\の席、又一日の日に心改めて、又一つの席をする。さあ/\真実の心あれば、世界という。常々に真の誠という心あれば、内々も治まる。誠あれば、天然自然の理がある。さあ/\/\、又これから一つのこうのうの理を渡し置こう。一日生涯、一つの心、さあ/\さづけ。
あしきはらひたすけたまへ天理王命、と、これ三遍唱え、又三遍、又三遍、三三三の理を授けよう。しいかり受け取れ、さあ受け取れ。


明治二十一年十二月十日
 春野千代出直に付、後治め方願
さあ/\尋ねる事情の処、どうしてや、こうしてやろう、どうこう一時の理が/\諭する。心一つ、心々どういう処運ぶ。心何かの処十分たる処、いかなる処、どうした一つの理であろう。めん/\理を定めやるがよかろう。これで理である。それで十分さしづ取り扱い、これで成程、めん/\運んでやるがよい。これが成程十分、成程の理、成程一つの理を計り、十分一つ、早く/\運んでやるがよいという。


明治二十一年十二月十日 午後四時
 刻限御話(本席身上御障りに付)
さあ/\身上の事情尋ねる処、さあ/\一日の日、朝の掛かり半分経てば障り、余儀無き外では知らさんで/\。一日の日の処、一つ/\の理を知らす。席という、これまでの席という、一つの理は改めにゃなろまい/\。さあ/\、改める/\。先ず/\何時刻限とも言わん。これからは夜々の一つの刻限、いかなる事情の理も皆知らす/\。事情にてすっきりと改めるで。一年の思やんというは、掛かり一つの思やん。これまでの道は難しい道であったであろう。さあ/\これまでの事情、先ず/\刻限が未だ/\早い/\と言うて居たなれど、いつ/\までもという理を以て、いかなるもしっかりと聞いて置かねばならん/\。さあ/\一日の日がある/\。知らしてあるとは言えど、いつにあるとは思うなよ/\。話する、出掛ける出掛ける。さあ/\いつの事とも分かるまい/\。一日の日と言うたら、さあ/\いつの事とも分かろまい/\。一日の日と言うたら、さあ/\後々の理は、さあさあ夜々の刻限を以て知らす/\/\。さあ/\一寸掛かりもうこれだけの道が付いてあれば、後一つの処早く/\治めにゃならん/\。さあ/\後は夜々の刻限にて知らす/\。


明治二十一年十二月十一日(陰暦十一月九日)午前二時三十分
 刻限御話
さあ/\/\刻限を以て話掛ける/\/\。さあ/\一つ/\、二つ/\、さあさあ話々、どういう事、さあ/\今までというものは、長い間というものは、皆どんな事も、どんな日もあった。さあ/\国々までも、さあ/\一列の話待ち兼ね、世界中、さあ/\どんな事も間違う/\。どうでもこうでも待ち兼ね、さあ/\年限待ち兼ね、人間心間違うて了もた。余儀無き道を通る。めん/\前々一名二名というものは、さあ/\残念々々と言うまでや。さあ/\これまでは残念々々と言うて通った。さあ/\話は伝えてくれと。残念々々と言うて通った処、百十五才と聞いた事もあったが、九十年々々々で不足々々々々と言うて居る/\。早く見にゃならん。存命十分いかなる一つの残念々々々々、さあ/\残念々々々々、早く聞き取れ。いずれならんであろう。存命の道は、さあ/\世界はどんな事もあった。世界の処どんな仇の者も出来た/\。一つの道仇ばかしやない。喜ぶ者があるので、仇が出来た。さあ/\一つの道、こうのうの者見るのも道、仇と見る者も心捨てゝくれねばならん。一つの理は忘れてくれな/\/\。刻限と言うまでの話、一つの理を聞けば、前に一つの話してくれ。さあ/\忘れはしようまい/\。長らえての年限、幾年々々、さあ/\忘れはしようまい/\/\。艱難苦労の道を通してある。又々話をする年限の道見て思やんしてくれ。頼む。一時あり長らえて理を思い、長らえて一つの道を通る。話聞く一つの理が分かり、皆分かり無い。皆一時一つの理始め掛け。一年前の理を失うて了うたような日もあった。理と理と迫る。いかなる者もあろうまい。表は大工や、裏鍛冶屋、この理聞き分けてくれねばならん/\/\。長らえての道の理、さあ/\一つの理を楽しめば一つの理、さあ/\たった一つの理を、一年あとには一つの理を忘れて了うたようなものや。又たった一つの理が忘れられん/\/\/\。この世初め、一つに成ったら大層と思えば大層、一つの理もさあ/\をやと見れば、どんな事も逆われようまい/\/\。をやと見れば、どんな事も背けようまい/\。又々理を以て話掛ける/\/\。


明治二十一年十二月十一日
 郡山天龍講分教会伺
さあ/\尋ねる一条、一つのさしづ、さあ/\所々に名を下ろす/\。年限経ちた一つの所、案じは要らんで。皆揃うて心を治め。所に理を無けらならん。皆んな心を揃うてすれば、どんな事も出けるで。急く事は要らんで/\。心を揃うて、あちらこちら/\、皆揃うて、心の理をろっくに治まれば、理を治めるで。皆心を揃うて、談示は第一。ろっくに心を治まれば、綺麗に治まる。一日の日、話一日の日。


明治二十一年十二月十二日
 春野夫婦大阪へ引越し、母一人残り別に隠居致し、その方へ増野正兵衞一所に引越致しても宜しきや伺
さあ/\尋ねる処、どちら/\同じ理、なれどもよう先々、どうでも同じ一つ理。思う、ようない、これならよい、一日見てこれよい、十分思う。この理同じ理、後一つ心定め治めるであろう。互いに一つ理、心重々たんのう、いかなる処、一つ談示してくれるよう。

 同日、増野正兵衞四五日前より居所悪しく、目かい障り、又十日おぢばへ出て、十一日寒気立ち咳出腰重くに付伺
さあ/\身上事情、いかなる処一つ長らえて/\、幾重一つ長らえてどうこう一時一つ細く道を知らしてある。一度世界十分、神一条一段二段、世界一つ通りては、なれどもどんな者でも、いずれ/\一つの理に寄せて了う。こちらが妨害、あちらが邪魔になる処は、皆神が引払うて了うで。元一つ分かる分からん。一つ所引き分け、一つ道を。理と理と事が分からねばどんな事も/\分からん。世界一つあれじゃかい邪魔になる。この所一名二名ではとても一つ道通す事出来ぬ。今一時事情、一つ道分かり出し、軽き道、何時近い世界一つ道もの、神一条一つ理に元付変わる。一つ世界は変わらん、心変わる。多くの中付きたる道、いつ/\知らしたる処、大望の事情神一条、一通り、一時治まりたる処、又身上の処、内々一つ大抵思う道が、夜明け一つ来るならという事が聞かしてある。一時処道いつ/\の話、十分一つ理に治まる。こうして治まらん、心得ん理があらば、幾々又々一つ通す。一つ道がある。


明治二十一年十二月十三日(陰暦十一月十一日)
 平野楢蔵願
さあ/\身上にては、あと身に障るというは、成る成らんの道を通り、一日さあ、一日のどうも身の処に、何たらした事と思う。一日の日、どういうもので思う。心を治まれば、一日の日を勤められる/\。めん/\は十分心を定めて居ると思うやろう。今日一日の日を勤められん。どういう処、よう聞き分けて、この理を鮮やかと心に治めて、しっかりと定めば、身も速やか鮮やかと治まろう、と諭し置こう。


明治二十一年十二月十四日(陰暦十一月十二日)
 山沢ひさ身の障り伺
さあ/\身上一つ事情、いかなる一日経ち、又そのまゝ、身上一つ事情一時分かり難ないから、いかなる理も聞き取れ。余の儀外の儀でない。思わく一つの理はあるまい。一つ理いかなる理は心鮮やかと言う。どうして成る、よう見分け行くよう。応法一つ理、数々一つ理、数々同じ一つ理聞いて、一つ理を知らそ。神一条理、伝え思うよう成らん、もう一時成らん。不都合無きよう聞き取れ。無き/\処一つ、はる/\処一つ、一人一つ心よう聞き置かねばならん。何人並べるも一つ理、何人育てるも一つ理。ようこの理を悟れ。身上障りあれば、発散出来まい。身上一つ聞き分け、発散せねばならん。何人並べるも神、何人育てるも神。難し事は言わん。住む神行く何人住むも一つ理、神一条理鮮やか一つ理、何名一つ無き一つ事情運ぶを思え。ある処運ぶ事情思え。しいかり聞き取りて置かねばならん。


明治二十一年十二月十五日 午前十時
 松村吉太郎縁談の件伺、(萱振芦田は信者にあらず、吉太郎は信者より貰い受けたく、然れ共両親は是非貰い受けたしと、何分両親の言う事なり、夫婦の縁があるなら貰い受けねばならぬに付、如何に致して宜しきや伺)
さあ/\縁談一条/\のさしづという。一度さしづしてある処、まあ内々談示々々談示、第一怪しと言えば怪しい。銘々の処、急く事も要らん。道の道なら十分という。銘々理を鮮やかに治めば、内々の理も基かねば行くまい。銘々も元の理を早く治めにゃなろまい。


明治二十一年十二月十七日 午後十一時
 増野正兵衞伺、(前伺の、母方へ一所になるおさしづの中に、「後一つたんのうであろう又談示せえ」と御聞かせ下され、又身上障りに付おさしづに「夜明けたらという事も聞いてある」と聞かし下され、これはこちらへ御引寄せ下さる事でありますや、又悟り違いにや伺)
さあ/\いかなるだん/\処、仔細一つ所にていつまで/\事情、幾重の処、暫くの処、心あれども一つ理、年々思案幾重の道が分かる。心治まれば何時治まる。内内一つどうであろう、思案の処尋ねる。一つさしづしよう。理は間違わん。だんだん心違う。一つ仕切ってこう/\と言えば一つの理がある。何時孝養々々これまでの道、分からんからどうこう、そんならそうと一日の日定め、重々理が定まる。幾重どんな事もある。遠く理も心一つ、近い/\/\心一つ、遠く十分治まるで、心に治まるで。仕切ってどう、内々あちらこちらどうしよう。一つ理を定めて、又こうして後にこう、一つ理も治まる。どうこうせいとは言わん。さあこれまで尽したこうのう、落そうにも落されん、捨ようにも捨られん。一つ治むるなら一つ理も治まる。

 同日、増野正兵衞一度神戸へ帰りまして、内々談示致しとう御座りますに付御暇願
さあ/\何かの処、速やか一つ改め。一日の日一つ理、速やか心にどうであろう。何事も身に掛かる。神一条心に掛からんのが道と言う。その場/\掛からん、どんな事も身に掛からん。心の理は障る。こゝよう聞いて一度話、一日の日という。思う一日々々、十分心どうであろう、身上どうであろう、これでいつ/\までも理という。一日やれ/\生涯一つ理、身が速やか治まる。どんな事思う通りに成る。何かの処一つ話一つ理。


明治二十一年十二月十七日
 上田民蔵二十八才願
さあ/\長らえての道/\、いかなる処/\、身上から重ねて/\、これまで長らえてたすけ一条、これまでの事情、長らえて又たすけ一条に理を無けらならん。さあ/\さづけ一条のため、こうのうの理を渡そ。さあ/\さづけ一条/\、さあさあさづけ/\。
一寸はなしからや、あしきはろふてたすけせきこむ、一れつすますかんろうだい。


明治二十一年十二月十八日
 大阪寺田半兵衞本部門内へ入るや否や目まいして頭痛せしに付その翌晩御願
さあ/\言わず語らずして、その場で治まれば速やかなれども、よう聞いて置け。身上に事情あるから尋ねる。尋ねるから日を聞かす。尋ねんから理が遅れる。この理をよう聞いて置かねばならん。


明治二十一年十二月二十日
 増野正兵衞東京を止めおぢばへ帰る事の願
さあ/\一つの道を通す処/\、長らえて/\/\一条定めよ/\。さあ/\これまでの理上、一つの道も通し/\、さあ/\何でも/\/\、いかなる処/\、世界の道もいかなるも通せ/\。さあ/\これまではこの日一日の話、これまでは知らせあるといえども、さあ/\いかなる道の理も治めさし/\/\。さあ/\神一条の道は、さあ/\十分通す/\/\/\。さあ/\僅かの間、日が近づけばさあさあ皆々分かる/\/\。さあ/\いか程の所にても、どれだけの所にても、高い所にても谷底にても、高い所は我たけの事と、さあ/\これまでは一つ、又これから又一つ、さあ/\古き処の話、聞いた処の道は、たゞ一段二段、さあ/\もうこれから先の道は、危なき怖わきは無い程に。さあ/\一条道は何時にても自由自在なれども、さあ/\なれど天然自然の道である/\/\。さあ/\いつ/\までも皆々、皆揃うて/\、いつまでも速やか/\、という、さしづして置こう。


明治二十一年十二月二十二日
 平野楢蔵願
さあ/\身上に心得ん/\と言う。心より尋ねる事情、さあ/\事情は秘っそ/\に掃除々々。一つの理、あちらからこうや、こちらからこうや、一時にこうと思てはいかん。これまでも居るやろ。国で一人でも誠の理をあれば、この元から芽が吹くと言うであろ、と。一時にどう、思うてはいかん。一人の理でもあれば芽が吹く。だん/\/\一年二年の理で大きに成る。よう聞き分け。理柔らこいものや/\、柔らこいものでも堅とうに成る。どう言うて来るも、こう言うて来るも、掃除々々、一つの道や。どんな事聞こか、胸掃除一条の模様しや。秘っそ/\と、柔らこいものが堅とう成る、との一つのさしづと。


明治二十一年十二月二十三日(陰暦十一月二十一日)
 梅谷四郎兵衞夏より居所の障り、又この度大阪へ戻りて口中の障りに付、併せて二女とみゑの事も願
さあ/\尋ねる処/\、身上の処、長々の処、とんとどういうものをと思う。長らくの処とんと未だ治らん/\。さあ/\今までの処は定まらん/\。長らえの道の処、どんな日も月も年もあり、その長らえての尽したる処、又日々勤める処も皆々受け取りてある。さあ/\何を定まらんと思うやろう。長らえての道、ぢばに一つは見えたる処、遠く所/\、近い所/\にも、年限相応の雛形拵えてある/\。遠く所にも理がある、近くにも理がある/\。遠く近くの理も、二つの理が無いで。一つは定めにゃなろうまい/\。前々に大抵々々聞かしてある。これまでの処、人間身の内の処、どうしたものや/\と思うて暮らしたる処、一つは定めにゃならん。遠く所/\、心を定め付けねばならん/\。どんと心が治まらん。これまでに何かの処の事も聞かし治めてある。長くの道に、とんとどういうものと思うてはいかん。日々の処どんと心を鮮やかと治めてくれねばならん。


明治二十一年十二月二十五日(陰暦十一月二十三日)午前一時三十分
 刻限御話
さあ/\/\/\又々話掛ける/\/\。さあ/\話掛ける/\/\。どういう事を話掛ける/\。さあ/\大きな話掛ける。さあ/\心鎮まりていつの/\、今の今の、さあ/\流儀々々、さあ/\何の流儀/\/\、さあ/\前々以てどういう事も話掛ける/\、どういう事を話掛ける。さあ/\世界中の理、大きな一つの理を知らそ/\/\。これまでという、何処の何処其処にどういう理がある。どういう事も知らそ/\。これまでというは、いずれの国なら/\、さあ/\よう/\の道なら、ほんに成程という。世界いずれの国の事なら、どういう事も知らそ/\。さあ/\/\国の中のその中や。さあ/\幾重の中その中分かる者もある、分からん者もある。多くの理を知らそう/\。いつの事やと思うなよ。長くの年限なれば、退屈をしたであろう。長くの中にも思やん一つの理を見よ。さあ/\国のためやと言うて尽す者もある、どういう事も思うて尽す者もある。さあ/\明けるが早いか、見るが早いか、世界の一つの理を知らす。今までは今という今、その早い事を見よ。さあ/\、今まではさあ/\、一日の日がある/\と知らしたる処、年明けたら、えらい関がある。越すに越せんというえらい関は、越すに越せんのその関は、皆んなの心で皆一つに皆寄せて越す。さあ/\後も言う、先の事も言う。さあ/\年が明けたらいつの月とも、これ知れん/\。年が明けたら一日の日がある/\。さあさあいかなる事も皆寄せる/\/\。さあ/\やしきが狭い/\/\。拡げようやないか/\。あちらへ差し掛け、こちらへ差し掛け/\/\/\、幾重の道や。あちらの道を拡げ、こちらの道を拡げ、いつ/\までも楽しみ、一つの理を見よ。年の明けるのを待ち兼ねる/\/\。たった一つの理を知らす/\/\。


明治二十一年十二月二十五日(陰暦十一月二十三日)午前二時
 刻限
さあ/\話々、さあ/\たった一言の話/\/\。さあ/\一言話て置かねばならん/\。日々の処々、さあ/\急く処/\、さあ/\世界から急く処、これまでは多くの処あちらからもこちらからも、どういう事も皆、どうでも話一つの理を扱い来たる処、一日の日、まあ何人月々皆んな扱い来たる処、月々更わり、年々更わり、扱い皆んな扱い来たる処、存命中、さあ/\月々更わり、年々更わり、この話/\。さあ/\存命中々々々々々々、日々に急ぐ処仕事場々々々という。皆んなさしづどうでもこうでも、年限通り来たる処、今一時どう成ろうが、こう成ろうがと思うた日もあった。皆んな一時に寄せて、むん/\/\/\と言うた日もあった。そこで真実々々々々と言うて、一つの理を。さあ/\疑いもあろうまい/\。さあ/\、年限々々も、これに不足も、これあろうまい/\、疑いもあろうまい/\/\。中には半分々々々々という者もあろう。席々という、話掛けるも席、真実定めたるも席、真実定めたるも席。人間心もあろうまい、人間心の道もあろうまい。心の理と年限の理と、一つの理分かる/\。いずれの話も伝え。一つ理世界の理、何でやろうと言う。成程天然自然の理と言う。今の処は結構やと言う。まあ一つの話、席より聞きた理があれば、存命々々の折から話、よう聞き分けねば分かろうまい。皆んな言うて通りた一日の日、席と改め。これ一つどんな理も外ずす外ずさんも一つ心、多く出て来る処、世界の処より出て来る処々話掛け。前々あちらに何人/\/\、さあ/\こちらから何百人/\/\出て来る処、又日々の処、扱う処、見分け聞き分けて扱うてくれるよう。年限は言わん、心一つの理。さあ/\万人来れば万人の心、日々の処多くの理、諭し難くい/\。万人の中の理突く息引く息、これを幾重の理より聞き分け/\/\。日々の処聞き分け/\/\。日々取次の理、話の理、月日一つの理を以て理を以て、綺麗な一つの理を以て道や。濁った者がえらい道、澄んだ者は細い/\道。たゞ引く息一つで鮮やかという。日々の処/\、綺麗な心心は、細い道/\/\、濁った者はえらい/\道。さあ/\/\月日席より一つの理をさしづする/\/\/\。


明治二十一年十二月二十五日(陰暦十一月二十三日)午後七時
 本席身上の伺
さあ/\/\、よう聞き分けくれ/\。さあ/\身上々々、さあ/\身上の処、一寸の印ある印。身上の処から、一寸の事知らす。さあ/\日々運ぶ処に、順序事情、さあ/\一寸の事なら運ぶ/\。今日の一寸、あすはどうであろう。さあ/\一寸の処から知らそう。さあ/\一寸の処、塞ぎたる処、浅き深きも分からず/\。さあ/\頼まれば扱うか、頼むばかりが理でない、事情やない。さあ/\今日も又運ぶ、明日も又運ぶ。さあ/\そっと一つの理を運ぶ。さあ/\中には又急ぐ事もある。さあ/\急ぐ/\。心には結構な理が使う事が出けん。さあ/\納して置こうかと言うようなものや。さあ/\日々運ぶ処/\、よう聞いて置かねば分かりはせんで。さあ/\うっかり聞いては置かれんで。さあ/\/\/\もう一言/\、さあ/\/\もう一言/\。二度三度々々々々二度三度、さあ/\一度々々が三三三で定める。一度三三で定める/\。

 押して願
さあ/\三三三一度、さあ/\一度二度三度、又三三三、よう聞き分け/\。一度が三十日、又一度が三十日、又一度三十日。さあ/\三三三で勤むればそれが十分である。さあ/\理を以て一つの話/\、三三三の理を以て見分け聞き分けが難しいてならんから、さあ/\遠く/\の理を見分けるが難しいから、前々一つの理を諭したる処、さあ/\日々見分け聞き分けるが勤めである。


明治二十一年十二月二十五日 午後九時
 刻限御話
さあ/\余の儀で非ず。だん/\話も詰め、その場/\の理は立てど、先ずよう聞いて置け。心の理というは今日もあれば明日もある。心の理はどういう心の理、明日の心の理思え。どんな事もくど/\諭してある。理を思え。分かる分からんの理をよう聞け。一度の理が生涯の理と諭してある。何でもの理を運ぶは一日の理である。どうでもこうでも、さしづ話の理を通らんならん。幾度の理、二度三度の理も、これまで通りたであろう。忘れたら尋ねるは、いつ/\までも尋ねてはどんならん。聞かん間はそのまゝや。見ん間はそのまゝや。どういう事も知って居る、又どういう事も、思て居る事も皆知ってる。何よの事も一日々々の理に分かり来る。一寸の席に気分の悪いのも、暫くどういうものであろうという者は、何かの処暫くの処、随分々々々々の理控え十分心を控え、これまでの話を聞いて通るよう。やれ頼もしやという日もある。どういう事も聞き分けてくれるよう。一日の日はどういう事も分かる分からんの理はあれど、それで通りて来た。清水一つの理が頼り、暖味一つが頼り。速やか一つの理を、互い/\/\に教え合い/\/\。


明治二十一年十二月二十五日 午後十一時三十分
 刻限御話
さあ/\/\一寸々々長らえて/\、何の事とも分かろまい/\/\。ようこれを聞いてくれ/\/\。細い/\、長い/\/\、さあ/\だん/\一つ/\の説いたる話、たった一つ理、深き処の一つの理、浅い処の一つの理、さあ/\高い所にたった一つの理が分からん。どんな事もたった一つの理、低い所にも一つの理。難し事は言わん。たった一つ理、難し事は言わん。どんな事も一つの理、どんな者でも一つの理。さあ/\あちらが司や、こちらが司やと言うた処が、たった一つの理。さあ/\伝えてくれ。深き中の深い中、どれだけの中でも伝え一つの理、さあ/\世界は腹の立つのも、怒るのも、たった一つの理。さあ/\聞くなり直ぐに見える、たった一つの理。さあ/\皆々あちらへもこちらへも一つの理知らし、これが皆深い中や/\。一寸知らし置く。


明治二十一年十二月二十五日
 中西金次郎妻ゆき三十七才おさづけさしづ
さあ/\/\/\、だん/\の席をしい、又々の席も、だん/\の席もして、なれど一日の日に生涯という心を定めて、一日の日を改めて、一つの席をするなら、一つの理を聞き分け/\。さあ/\日々に常々に、誠一つは天の理、誠一つの心に理があれば直ぐに受け取る。それ常々に真の誠という心多年々々にあれば、それ世界という。めん/\常々真の誠あれば、自由自在である。自由自在は、何処にあるとは思うなよ/\。めん/\常々に、精神誠という心が自由自在や。誠は天の理。又それより内々睦まじいという心の理が、それ天の理である。直ぐに受け取る、直ぐに返やす。さあ/\又これより一つさづけ/\/\。
あしきはらひたすけたまへ天理王命、と、これを三遍唱え、又三遍又三遍三三三理を渡そ。さあ/\/\しいかり受け取れ/\/\/\/\。


明治二十一年十二月二十五日
 梅谷四郎兵衞身上の障り速やかにならん処より願
さあ/\定まるに定まらんが一つの理。心定めど定まらん。もう一度二度もこれはと言うような事もあろう。その日が来たら定まる。身上安心ならん。何が間違う。尋ねる処よう聞き分け/\。何年の間の理は、これまでの理、待つ理、世界の道十分に治まりた。よう/\の道がある。難しい道は通さん。これわいなあと/\言う道がある、どうでもある。これまでの心、旬という日がある。その日の刻限が無けねば治まるに治まらん。内々心掛かりの無きように治めさし、治め一条の理がある。皆々一つ/\に治まり着く。世界の理は鮮やかという。神一条は未だ/\という処がある。


明治二十一年十二月二十六日(陰暦十一月二十四日)
 清水与之助身上障りに付伺
さあ/\/\身上々々に心得んの事情あれば、いずれ尋ねるであろう。さあ/\春の一日の日、これはどう成ろうと思うた日もあろう。さあ/\/\一年の内にもそれ鬼も見る、喜びもある。これを所々にも理を諭してくれねばならん。内にも理を治め。国所々にも理も治めにゃならん。又内々へも尋ね一条には日々の処にも抜け目の無きようにして、さあ/\所々には早く/\/\。

 押して伺
さあ/\/\互い/\諭しやい/\、話しやい/\/\。さあ/\所々には早く早く/\、一つの理も下ろさにゃならん。


明治二十一年十二月二十八日(陰暦十一月二十六日)
 梶本松治郎長男宗太郎、二男国治郎両人共身の障りに付願
さあ/\一時々々内々一時、さあ/\小人々々、一つの事情なる一つの事情、一日の日/\、一日の日の処よう聞き分け。万事一つの理を治め/\。談じやい一つの理、日々の処治まらん。一日の日は十分の理を、さあ/\だん/\以ちて治め。治め合うたら治まらんやない。治め一日の日の処、日々の理を治めば速やか。めんめんから理を治め。内々の事情、小人からどういうものであろう。又小人から一日の日、どうでも治め治めよう。治まらんやないで。どうでも理を治めい/\。

 押して願
二度願い事情速やか、日々の事情で一つの事情聞いて成程分かる/\。日々どうでも理を治めば治まる。治まらんや治まらん。治めば治まる。人を以ちて一つ/\理を治まる。


明治二十一年十二月二十九日
 平野楢蔵の願
身の処めん/\尋ねる。身の心速やかという処思やんせ。めん/\の身は、速やかならん。どういう事は、切なみあれば忘れように忘れられまい。そこを思うて、大きな心を持ってせよ。事情の処早く治めてやれ。それ/\皆々繋げ/\。事情は早く/\と。


明治二十一年十二月三十一日
 永尾たつゑ身上の障りに付願
さあ/\小人々々、小人の身の障り夜々、さあ/\夜々身が不思議、身の障り小人たる処にて、よう聞き分けねばならん。たゞ一つだん/\の話、めん/\の事情、世界の事情も、これよう聞き分けねばならんで。これ小人に一つの事情という。よう聞き分けねば分からん。これまでにも諭したる処、子の夜泣きは、親の心からという事は分かりあろう。さあ/\めん/\内々には、尋ねるまでやあろうまい。小人の処、何遍知らせども同じ事、どうせいこうせいは言わん。世界から日々出て来る事情を眺め。不自由するも、これその理はあろうまい。この理を早く聞き取れ。


明治二十一年
 梅谷四郎兵衞より御話説教の事に付事情願
さあ/\一時尋ねる事情、まあ今の処は暫く。これまでの事情に追々の道である。一寸暫くこれまでの理を以て諭す理は十分であろう。十分は世界という、広くであろう。先ず/\理を以て運んでくれるよう。先ず暫くという。


明治二十一年
 梅谷四郎兵衞身上願
さあ/\めん/\心に一つの事情、心の事情めん/\身の処から尋ねるやろう。どういう事情皆んな知らす。一つ聞いて二つ理を治まる。心得んから尋ねる。心得ん一つ聞かそ。一日の日に一つ皆んなほんに/\皆んな暮らす。一つの心というものである。日々の処運ぶ一つの処、運ぶ処澄む澄まん一つの処ある。日々席一つの処もある。安心一つの理も無けらならん。どういう所から連れて帰るやら分からん。一つの理もある。危ない所、席も見分けにゃならん所もある。日々危ない所も勤めば速やかの日もある。速やか一つの理に運ぶ。身の掛かるから尋ねる、と、一つの諭という。


明治二十一年
 村田すま事情に付願
さあ/\尋ねる事情さしづと言えば、人間心のさしづは無い。さしづを以ちて道を運べば、神の道であって、一つが道である。神一条のさしづは、どうでもこうでも治めにゃなろまい。どうしたらよかろう、こうしたらよかろう。こう成る、どう成る、これからどういう、先々に伝えたる神一条いう。神一条のさしづは違わん事。事情尋ねるまでゝある。さあ分からにゃ尋ね。どういう事も尋ねるであろう。さしづ人間心は要らん、世界の心は要らん。この所始め掛ける道という、人間から始め掛けたる道やない。神一条の道なら、生涯という。難しい事せえとも言わん。一日に入りて、一日に治めとは言えようまい。一にはやしき踏み込めば、一寸にはやしき踏み込めば、一寸の理を運ばねばなろうまい。今日かと言う、明日からとは言うまい。神の道は、成ろうと思ても出けねば、神の道。今日から始まった道やない。

 押して願
さあ/\楽しみというは、めん/\せねばならん。どちから出けるも、神の道から出ける道。それだけの事を分けて了えと言うやない。独り出ける。悟り違えば遠もない、近いもある。なれど、どうしたるいいこうふれたる道である。神一条の道というは、独り出けて来るは神の道である。どちらにどうせえとも言わん。独り出けて来る神の道である。生涯という道なら、しようまいと思ても独り出けて来るで。これだけ諭して置こう。


明治二十一年
 増井りん忰幾太郎二十六才おいどの出来物痛みに付願
さあ/\/\/\尋ねる処/\、身上に一寸に一つ幾重のも同じ事、幾重経てども同じ事通り、所幾重変わり難ない、何ぼうでも分かり難ない。十分の道を通りて居る。たすけ一条にも幾筋もある。さあ/\治め/\。年々の処に一つのたんのうと。心治め分かるまい。身の処不足なりてたんのう、とは分かるまい。日々暮らす一つの理、日々救けても、救かると救からんとの理、日々安心してたんのうの心を定め。


明治二十一年 春
 西浦弥平娘よし四才の願
さあ/\/\どういう事も聞き分け。身の処/\、発散十分長く、一日経ったらこれ聞き分け。代々続く。長く処、十分伝えいかなる大切、先々の道すがら、又銘々どういうものであろ。十分さしづ、十分という事は思うであろ。聞き損い、よう銘銘不足、どういうものであろう。いかなる処、理を運ぶ、思やん間違いもあろまい。長い年限経ち来たる処、銘々年限長々道の理、この理聞き分け。長く一度はまあいずれ道も見よう。長くの道を通りたなら、さあ/\思う。早く長々通りたる、話忘るゝな。どうせとは言わん。よう暫くの処、さあ暫くと思う。その日の来る。長いいつ/\と長く続けば、楽しみもある。一寸には分かろまい。何度も聞かせば分かる。長くない。よう聞き分け。代々十分やで。一代の代々は十分。さあ/\だんだん長く続く。十分の理ある。


明治二十一年 夏
 中津 今村熊太郎身上願
さあ/\身上の処/\多く心得んという処、尋ねるから聞かそ。どんな処も通り来た。成る成らんの道も通り来た。身上の処大事、よう/\と思う処に身の不足。いかなるも聞かせ/\。何を悪いとも、これは言わんと最初一つ、成程なあと思うた時の心。身の処心得んという処聞かそ。何のため/\に道のためと思うて通り来た処、身の所に心得んと、身上ありて事情と、二階に二階を建たず、年を取る/\年を取りても思えばそのまゝ、自由自在という処の理を早く聞き分け/\。


明治二十一年 秋
 中津 今村熊太郎手の出来物に付伺
さあ/\/\/\尋ねる/\、一名一人の理を尋ねる。とんと今は理を分かり難ない。これまでこれ程尽してある。所々何とうした事と思う理を尋ねる。これはどうや、こういうもの何でこう成ると思う処、これは納して置け。最初の掛かり、喜んだ時の心治めて、じいと心鎮めて置け。早く理も分かる。これまで何とうした事と思う。一つの心を運び尽して置いた事は、神見て放って置かん。容易に捨てはせん程に。理も成程と聞き分けて、あちらも治まると、こちらも治まると、世上の理を見て、蒔いた種はすたりたかいなあ、思う心捨てゝ了うて、まあ、じいと心を治めて置けば、遠からず理に寄せて分かる事と、さしづ一つの事である。


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posted by 朱夏 at 21:19| Comment(0) | TrackBack(0) | おさしづ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

明治二十一年のおさしづ。(公刊おさしづ第一巻より)その1

おさしづを読む前に、「おさしづを身近に」をご参照下さい。
天理教勉強blog: おさしづを身近に。

おさしづの順は、公刊おさしづに準じています。
但し、旧字は常用漢字に改めています。
また「割書き」部分は文頭を一段下げることで、おさしづ本文と区別しています。

教語、人名など、検索機能をご活用下さい。
天理教勉強blog内検索

誤字脱字等あれば、コメントにてご指摘下さいますよう、お願い致します。




明治二十一年一月五日
 上原佐助の願
さあ/\これで身の障りどうでも治らん、不足なるというは、まあ順序を聞き分けねばならん。救けるまでは一寸の事、順々道がある。一時今の処諭し置おく。銘々一人の処、又々困る処早く/\思えども、何事も順序道ばかりで理運ばん。この理を心治むる処違う。皆人間心を運ぶ。一箇年限聞き分け。いつまで治まる。見るまで見ん一つ心だん/\皆々理を見て、見えてある処より、めん/\心の弛み、これ身の内障り。一時成る成らん、順々治まる処治まる。これはどう成る、身が迫る、堪えられんとなれば、一つの理聞かねばならん。いつ/\まで身の処不足、いかなる理を磨かねばならん。道のため人を救けるため、所々一つ暫くの処、順々の道理を定めるなら、治まる治まらん不足聞き分け。道の中の定め、成る成らん処々銘々運び来てある処より直して、これはどうなる処と、腹中に思やん。皆々心一つのさんげやで。心のさんげ一つの思案、だん/\一つのこうのう出す。一時理を見る弛む。心弛み銘々一人の一つの理を以て、見えてありながら、心の弛み先々理をば運びたるこうのう理。何処にこういう処、たすけ一条それ/\聞かす理、成程世界を見て思やん。身上堪えられん、定める処、治まる処の治まる道のためしというは、心に救けねばならん。成る心同じ心を定め。何か処そこ/\定め一寸道。


明治二十一年一月八日(陰暦十一月二十五日)
 松村吉太郎おぢばへ参詣おさしづ
さあ/\尋ねる一条々々、十分一つ聞き分けば十分よし。神一条の道一寸難しいようなものや。一寸も難しい事はないで。神一条の道こういう処、一寸も聞かしてない。天理王命というは、五十年前より誠の理である。こゝに一つの処、天理王命という原因は、元無い人間を拵えた神一条である。元五十年前より始まった。元聞き分けて貰いたい。何処其処で誰それという者でない。ほん何でもない百姓家の者、何にも知らん女一人。何でもない者や。それだめの教を説くという処の理を聞き分け。何処へ見に行ったでなし、何習うたやなし、女の処入り込んで理を弘める処、よう聞き分けてくれ。内々へも伝え、身の内かしものや、かりものや、心通り皆世界に映してある。世の処何遍も生れ更わり出更わり、心通り皆映してある。銘々あんな身ならと思うて、銘々たんのうの心を定め。どんな事も皆世上に映してある。何程宝ありても、身の内より病めばこれ程不自由はあろうまい。自由自在心にある。この理をわきまえ。又々内々の処、銘々の処にも速やかの日がある。銘々ほんと思うた事あれば尋ねに出よ。


明治二十一年一月八日
 平野トラに付願
さあ/\身の処に、忘れるに忘れられん一寸障り、これまでの処心定めという。道も一つ洗え、どういう道も付く。これまでの処というも、さんげい出来てある。めん/\の処、心すうきり洗い切れ。さあ/\あたゑという処にあたゑと願い、何時なと願通りのあたゑ、どういうあたゑと思う。一人二人という処、人間というもの、かしもの・かりもの、自由ならんかしものならば、願通りどうでもならん、と言わん。


明治二十一年一月十二日(陰暦十一月二十九日)
 増野ゆう身上の伺(増野正兵衞の妻いとの母)
さあ/\身の処尋ねる。一寸の身の不足、願えども聞けども、一つ判然の理分からん。多くの中一つさしづ、世界々々、一つさしづ思う。一国限り一軒一人限りの理、心掛かり/\の処、身は速やか。実一つの理を尋ねる。順序何がある、よう聞き分け。頼む願う理が無い。何でも一つの理を案じる、何程でも案じる。幾重残らず、神の守護何程、たすけ一条。難儀さそう、不自由さそう神は無い。めん/\一つ一ついかん。一そうもう一つ、一つの理がある。どんと一つ据えん。世上見てたんのう、この心一寸治めてくれるよう。又や/\一つ心を運んで安心心定めるで。理を見にゃならん。


明治二十一年一月十二日
 桜井 富松猶次郎願
さあ/\尋ねる事情、一度一つ身上正しく運び、道々たすけ一条という理聞き、一つ心早く聞き分け。多くの中に一つの理、所々一つの事情、それ/\尽す処の理受け取る。又一つたすけ一条一つのこうのう、一つの心治まる。一つの理分からんという理聞き分け。難しいは言わん。どうせいとは身のかりもの、治まる、治まらん、真実誠救ける心、誠の心あれば内々一つ十分の理治まれば、内々は一つの理が治まる。多くの中に、それ尽す処、成程なあの人、成程の理、それ/\銘々誠の心、世界一つの心、自由自在、内々睦まじき、成程定まり一つの理という。いつとも言わん。ほんに今日なと心勇む。ほんになあという一時尋ね。


明治二十一年一月十五日(陰暦十二月三日)
 松村吉太郎おぢばへ参詣再度おさしづ
さあ/\よう聞き分け。幾重どうとの話分かる。成程の話、三度は三度の理を分かる。五度は五度の理を分かる。どうでも理を成程分からんではどうもならん。何よの所へも理を運べば、銘々も成程と運べば、身は速やか思えば、内々話成程。内々身の処尋ねる。成程理を分かる。又々内々気を勇む。さあ/\速やかという処尋ね出よ。


明治二十一年一月十六日
 桜井村世話方 富松猶次郎願
さあ/\/\尋ね出る/\処、一日の日以ちて尋ね出よという。善き心以ちて尋ね出るは、これは善き事と、二と三とや、待つ/\の理やと。何処其処にも一つ/\の理を有りたそうなと。めん/\元々は一つの理である。なれどもめん/\は無い無いとの心。十分の所へ、十分入れてやろうと。いつとも言わんと。内々速やか、身も速やかという。一日の日、一度又々尋ねよと。


明治二十一年一月二十一日(陰暦十二月九日)
 久保小三郎おさづけ頂戴願
さあ/\運ぶ順序、これより一つの心、さあ/\十分心定め。さあ/\さづけ渡す。しいかり受け取れ。あしきはらひたすけたまへ天理王命、と、三遍づつ三遍。


明治二十一年一月二十一日
 富松猶次郎伺
さあ/\所々早く一つの理を無けらならん。早く一つの功を無けらならんと、互い互いの扶けやいと。さあ/\たすけ一条のため、一つの証拠を渡そ。さあ/\さづけ/\、どういうさづけ、あしきはらひたすけたまへ天理王命、と、三遍三遍、三三の理を授けよ。しっかり受け取れ。


明治二十一年一月二十一日(陰暦十二月九日)
 増野正兵衞願
さあ/\身上心得ん。身相違あってどうでも心得ん。いかなる理も聞き分け。日々理も聞き、多くの理を悟る処、又出て来る、変わる理を諭する処、どういう処、これだけ聞きたるだけ心治められる。よう聞け。一日々々日は経つ。日々年を経、さあ一日々々聞き分け見分け、朝一日辺土変わる処、一日の日、銘々日々、日心得んという。見分けられねばならん。どれ居んどれがいかん聞く処、多く人に思案、みなみの処不足なる、聞いて道思案、身処、一日々々やれ/\一日に伝える処、それそれ心がある。身処心得ん。尋ねどんと分かり難ない。一日の日、それ通る。めんめんそれ通る。どういう聞き分け、胸大き安心、めん/\どうしようや、こうじゃない。神一条一度さしづ、ちゃんと心定め、残らず連れて通さにゃならん。


明治二十一年一月二十二日(陰暦十二月十日)
 増野正兵衞帰る際伺
さあ/\心に掛かり、幾重の理を見る。これでは幾重よう聞け。一つ道分かる。主一つの理を聞いて、どういう理も早く治め。心置き無早く/\。


明治二十一年一月二十三日
 梅谷たね身上願
さあ/\身の処さしづよう聞き分け。分からん。どんな事こんな事、今の道、理をよう聞き分け。ずつなみ人間何遍話伝えてある。幾重話ても、伝えても、めん/\心で心、心出来る。それで印がある。何遍尋ねても同じ事、よう聞いてどういうもの、めん/\思うやろう。何にも思やせん。何にも思やせんにゃ印ありゃせんで。急き居る/\/\でならん。あちらが悪い/\、こちらが悪いというのは、これをよう聞き分けねばならんで。心で思う通りに障り付くのやで。急くから咳が出る。この理を覚えてくれねばならん。そこで一つの理を諭し聞かせて置く。子供機嫌好い時に、何にもやろ、これもと思うやろう。その日の処、折々思い出すであろう。親のためには皆子、神のためには同じ子供、一寸も違やせんで。子供機嫌好き遊びあちらにやり、どうかすると又かいやもう/\/\、子供々々どうもならんという。小人々々心年取れたなら、年取れど心よう聞き分けくれねばならん。どう思うても同じ事や。どう思うても二三年も忘れかたと思うような日もあった。なれどしゅじつ/\というもの、忘れようと思うたて、忘れられるものでない程に。その道日が通り経ちたなら、何でも神の思うようになるのや。このやしき一つの証拠がある。


明治二十一年一月二十三日(陰暦十二月十一日)
 桜井 富松猶次郎妻たみ身上障り動悸に付願
さあ/\尋ね一条の理をよう聞き分け。一つ理を見て、神一条の事何て祀らして居る。事情よう聞き分け。身の内かりもの聞いて、一寸の理聞き分けねば分からぬ。何ぼ信心するとも、理が分からねば分からん。世界中同じ人間、身の内一つ不足なる。世界が鏡、身に心通り現われ、見るにも見られん。皆んな心通り現われてある。めん/\もよう聞き分け。たんのう一つ理を聞き分け。誠一つ。


明治二十一年一月二十四日(陰暦十二月十二日)
 増野正兵衞建家売却店を止め転宅の伺
さあ/\一つ事情尋ね、見える分からん。幾重事情、又候一度二度、いつの理には無きものや。どうせこうせとは言わん。さあ/\尋ね事情、まあ一つそれ夜明けるなら、一つ十分何心無く夜明けまで。めん/\どん/\と定ざかならん。治まる事情と、これなら一つ心、どうせこうせとは言わん。一つ治まり安心し、何ぼでもいかなる処、どうなるも一つ定め、さあ/\心勇むなら、早く事情。


明治二十一年一月三十日(陰暦十二月十八日)
 松村吉太郎おぢばへ参詣三度おさしづ
さあ/\尋ねる処/\一つ/\の理、さあ/\尋ねる処、さあ/\もう一度、二度諭し、内々の処、余の儀済んだら、又余の儀/\だん/\に聞くと、これだけ異ると思う。一寸一つ/\身の速やか、心速やか、この理をよう聞き分け。これだけことこと身の速やか、心の速やか一寸渡すに難しい。内々速やかなれば、大きな理を渡したい。内々だん/\一寸さしづ、内々一寸心得えぬという処尋ね出よ。


明治二十一年一月三十一日 午前九時
 松村吉太郎おぢばへ参詣四度おさしづ
さあ/\一つの事情定め。内々の事情もある。幾重家内何人ある、皆かりもの。幾名何人家内一人でも、一名一人でもよう聞き分け。よう聞き分けば、分からんであろうまい。今までこれだけ尽すのにと思うはいかん。一名でも一人でも理を分かれば渡そ/\。これを生涯と定め。さあ/\渡そ。さあ/\受け取れ/\。さあ/\さづけ/\、どういうさづけ/\、神水として、清水の水のさづけ。


明治二十一年一月
 平野楢蔵願
さあ/\尋ねる処、一大事、一落を治まるで心治め。一落治まるまで、悠うくり心治め。いつまでやない/\、身上以て一つ刻限知らす。


明治二十一年二月六日 朝
 小松駒吉講社大いにいずむに付願
さあ/\いかなる処も尋ねる事情、よく聞き分けてくれ。今に一つどうなる/\という処、急くでないで/\。成る事情というものは、独り成るで。成らんものは、どうしても成らんと。めん/\も理もあろう、多くの根もちゃんと埋りてある。旬がある。旬が無けら、芽も吹かん、と、めん/\の心では何でこうであろう/\と思うやろう。なれども神の道というものは、あちらはどういうものであろうと思う処、また芽が吹く事情というは、身上ありて事情ある。この理も聞いて置かねばならん、と。心次第である。誠の精神なら、埋りて置く根があれば芽が吹く。この理を諭し置こう。


明治二十一年二月十日(陰暦十二月二十九日)
 穴門上徳永前栽に建家の事 増野正兵衞伺
さあ/\一寸心の治まり。暫くの処治まり、長くの間じゃない。今一時の処、先ず先ず一寸の心の休まり。


明治二十一年二月十一日(陰暦十二月三十日)
 前件に付普請念入れる方宜しきや大層せずざっとして宜しきや、増野正兵衞追って伺
さあ/\大層々々するのやない。先ず/\心済みだけ、心気休み、大層は要らんで。一寸気休み。どうでも/\一つ理なれども、一つこうせにゃ、前一つ、もう暫くの間、一寸心休み、安心定めさせ。よう聞いてくれねば分かり難ない。


明治二十一年二月十五日
 中西金次郎(初代大江分教会長)子供の伺
さあ/\/\いかなる処、一つの理を尋ねるから、理を諭しよう。人間というものは、皆神のかしもの。いかなる理も聞かすから、聞き分け。心の誠、自由自在と。自由自在何処にもあらせん、誠の心にあるのや。身は神のかしもの、心は我がもの、心次第にかしものの理を聞き分け。子多くて難儀もある、子無うて難儀もある。子ある中に、未だや/\、未だ追々という者もある。これ皆前生のいんねんである。いんねんと言うて分かるまい。皆これ世界は鏡、皆人間生れ更わり、出更わりしても、心通り皆身に映してあるから、よく聞き分け。難儀の難儀、不自由の不自由もある。それ夫婦の中も、子無いというも、よう聞き分け。いんねんと。小人というても、一才二才三才以上と言い、皆一人々々一人のあたゑと、だん/\話を聞いて、都合よいあたゑ、よく聞き分け。一つの小人のあたゑという。一つの真実定め。子無うて一つのたんのうありて、一つのたんのうという。一寸のさしづして置こう。


明治二十一年二月二十日(陰暦正月九日)
 山本利三郎身の障りに付願
さあ/\一寸聞き難くいと思うやろう。どんな理も聞くやろう。さあ/\一時治めようとて治まりはせん/\。さあ/\一時には治められはせん。どんな理もある、事情もある。さあ/\順々の理治め。世界はだん/\の事情を、あちもこちらも、さあ/\順々の理から治め。又こちらの理も治め/\。順々そこで一寸身に知らせ。


明治二十一年二月二十一日(陰暦正月十日)
 増野正兵衞口中の内裏一寸腫れ居所悪しきに付伺
さあ/\どういうさしづ、身処身上の処一寸心得ん。どういうさしづ、いかなるも聞き分け。先ず/\内々事情、一つ事情何でも安心さし、見る処一つ思案、幾々々幾年々理を見て思案、余儀無き一つ場も立ち越え。成ると成らん、内々治まらん、どういう事も一つ事情、どんと一つ定まらん。どういう事一つ種十分下ろせ。直ぐとせば直ぐと生える。大抵作り上げたる。一つ際に雨風が吹く。一年毛上ほんに良かった日あったな。一つ定めという。経ち来たる先も世の中なれども、治め心第一理である。

 同日帰国伺
さあ/\一寸心得ん。速やか心速やか。案じる道は無いで。心治まり次第、十分早く道運べ。又々日を見る。


明治二十一年二月
 梅谷秀太郎白土村喜多治郎吉方へ養子にやる願
さあ/\運べ/\、十分運べ。

 押して願
一寸話、縁談々々互い理を聞け。理という、小人たる処、長らくの道、十五才長らくの処、親々たる処、ぼつ/\運び掛けたる処、互い/\一つ道、心一つあちらとこちらの処、ゆくえ楽しみ分からなんだな。重々あちらこちら一つ理。早く運び、一つ/\理が治まる。ゆくえ長くの理という。


明治二十一年二月
 諸井ろく身上伺
小児の処、一寸身の障り有るから尋ねる。小児の処、何も無くして尋ねん。道中の処は案じる事は無い。いかなる聞き分け。国の土産や、一つの印を渡し置く。
印と申しますは、小児で御座りますか
小児のさづけ、水々。


明治二十一年二月
 梅谷四郎兵衞店の処宅替えの願
さあ/\、どうせこうせ言わん。先々どんな道も通り、これではどんな道も運び、先々暫く道、よう/\治まりたる処、先ず暫くの処、難しい処、通り抜けよう、日日通り難くい。これだけの旬々心定め。さしづ通り聞け。難しい道あれば、頼もし道も、えゝ道もある。先々心治めるがよかろう。


明治二十一年二月
 大阪近藤政慶の願(上町初代会長)
さあ/\身の処願い出る。なか/\の処、誠一つ受け取りて居る。いつになりたら一つ分かるやら。速やか思わくの処は一つ見よ。さあ/\よう胸の内より思案して見よ。思いも違う。残らず我が心、一つの処、一つ案じ出てはどうならん。世界のためと思うて誠一つ定めて見よ。どのくらいの人と言うても、かりもの分かるまい。一つたんのう定めてくれ。


明治二十一年三月二日(陰暦正月二十日)
 清水与之助身上願
さあ/\/\/\/\余の儀の事情やあろうまい。身の処あちら変わり、こちら変わり、日々の処、だん/\聞き分け。分かり来る。日々の処だん/\聞き分けて置かねばならん一つの道や。だん/\一つの心に掛かる道一つの理や。締まり来る。心案じばかりではならん。日々の道十分迫り来れば、道も開くやろう。月も更わり来る、日も更わり来る、道も更わり来る。だん/\洗い切る/\/\。


明治二十一年三月二日(陰暦正月二十日)
 清水はる身上願
さあ/\運ぶ処は十分受け取って居る。さあ/\一人ではどうやろう、こうやろう、所なじみやと思うは無理でない。所なじみというは目先の処だけや。


明治二十一年三月四日(陰暦正月二十二日)午前七時
 平野トラに付願
さあ/\どうなるも、こんな事と思う事はどんならん。人間というものは、心に思てどんならん。皆聞かしてあるで。どんな事でも、やれ/\と定め。どんな事も思てはならん。どんな事も内へ聞かしてある。身の内一つ案じてはどんならん。何か万事の事、とんと心を定めば、速やかなものや。どんな事もこんな事も、内々睦まじいのは一つの台やで。定まる。


明治二十一年三月九日(陰暦正月二十七日)
 陰暦正月二十六日、教祖の一周年祭式の際に警官出張して、集合の人を退出せしめ、真之亮始め四五十名の姓名を帳簿に記し、家族の者以外は門前へ警官付添い追出さしめたるに付、翌二十七日伺
さあ/\/\難し/\/\道や。難しいと言うて難しい中、一つの理一つ/\洗うで。いかとも言うでない。前々に知らしてある。すっきり洗い切る。難しいと言えば難しい。どんな道も連れて通ってある。何でも洗い切る。今の処すっきり止めたと思えば、すっきり掃除。これまですっきり掃除すると言うてある。ふしからふしからの芽が出てある。こんな中から芽が出る。一寸の芽は一寸取れる、すっきり取れる。すっきり掃除。内から内へどっちもこっちも案じる事は要らんで。

 追て伺
さあ/\分からん/\/\。いつまでも分からんから分からん。どんな事も聞いて置かにゃならん。十分道と言えば、世界から付けに来る。世界からろくぢという道を付き来る。濁った/\道でどうもならん。一つ所より吹いたる枝/\/\、一寸吹いたる芽は、今度は折れん。十分枝が吹くと。どんな事も聞いて置け。

 天理教会設立の伺
さあ/\どんな事も俺がするのやで。善もある、悪もある。善悪分かるのやで。悪は扈からす/\。善より思案して見よ。五十年前よりある。無い/\という処から付いて来てあるもの。どんな道も連れて通ろう。一つ理も立てよ/\。十分の理を立つものと、一つの所に日々一つの道を付けようと思う。一つ道も連れて通る。こうして居られん。世界の処こうして居られん。同じ理や、連れて通ろう。

 又、教会設立を運ぶに付心得
一寸の道の処、一寸は一寸のため、軽き処より上そうと、一つ所本部々々。これまでも伝えてある。あちらも本部々々、どんと十分の所に行かんと、思案々々。その時々思案に応じて、思案の理よう聞き分け。所々、思案々々の道もある。所々で栄えてある。まあ/\あちらの所の理を尋ねる、こちらの所の理を締まる。一つの運ぶ処の理、又、人間は/\理がある。軽く/\元一つの理は難し。日々景况、皆々これだけこうしたら/\と思う。思案々々の道や。これから、どのくらい思案々々の道を通すや知れんで。一寸事情まあ/\軽き/\/\。
元々の所というは、十分に洗い切る。金銀の理を分けるまで洗い切る。やしき一つの理すっきり洗い切る/\。内一つの理というは、ぢば一つ理は、独り立ち出来てあるのやで。今一時の所を変えて。
渡る川も渡る、連れて通る道も通る。誰々とも言わん。これ/\という者寄って運んでみるがよかろうと。元々の思案、神の道というものは、よう聞いて置かねばならん/\。

 真之亮東京へ御越の願
話々一寸の処は、人間はこういう時/\という道も運ぶ。

 前件に付、桝井伊三郎より押しての願
さあ/\運ぶ処/\は運ぶ。まあ/\銘々はそれ/\の道を通してある。年限相応や/\。一日々々の判然たる処、掃除々々、一寸判然たる処、掃除々々、許してあるのやで。案じる事は要らんで。しっかりして居よ/\。一日々々の処、受け取る事が出けたなあ/\。案じる事は要らん。これまでの処思て見よ。あちら向いて思案し、こちら向いて思案し、俯向いて思案し、一寸に弱い者と、十分掃除仕立てたら速やかになる。立て合いとはこの事、心次第の理もある。よく聞かして置こう。(右おさしづの通り二十六日教祖の一周年祭に一寸のふしあり、安堵村飯田宅にて大集会の上、いよ/\東京へ出張の上、本部を設立するの運びに掛かる。)


明治二十一年三月十日(陰暦正月二十八日)
 土佐卯之助おさづけ事情願
さあ/\尋ねる処/\/\/\の理というは、一時さしづしよう。行く通りに凭れて行けば、何の騒動も無い。思う思わずで通れ。第一身上ありて自由。銘々に理を治めてやろう。どういう理治めるなら、速やかな理を治めてやろうと。何も彼も思わん/\、生れ子心と早く治めて、日々の処、何にも思わんと理を治めい、と。


明治二十一年三月十一日
 清水与之助、諸井国三郎の両人、教会本部設置願の件に付東京行伺
さあ/\いずれの話も聞かしてある。道のため先は理もだん/\付くは所の理、いずれの理一つの事情という。一日々々の理、身上一つの理、世界のため定め一つ運ぶ/\。天然自然いかなる道、どういう道も連れて通ろう、早くの道も連れて通ろう。幾重の道も連れて通る。


明治二十一年三月十一日
 諸井国三郎口中下の障りに付伺
さあ/\運ぶ処、ぢば一つ運ぶ処、一つの理、一つのこうのう、いかなるもぢば一つ、一条の道。小児へ渡す処の理、国の処、それ/\理いずれの所の理、一つのこう。さあ/\小児へ渡したる処の理、一代二代三代四代五代ではない、これ末代の理渡してある。国の宝、国の柱、しいかり聞き分け置かねばならん。


明治二十一年三月十一日(陰暦正月二十九日)
 増野正兵衞転宅後後々内々心得伺
さあ/\定め一つ心通り、どういうさしづ。一つ心日々聞いたる日、先々理を聞き、心の定め先々処、一つ道ある。めん/\心一つ、理を安心たる処、一つ道心定まり心鎮め、心を治め安心さしづして置く。

 同日、増野松輔足袋職教えるに付伺
さあ/\いかなる、早く通る、早く通る。早く尋ね、早く理がある。遅き心尋ね、それ一つ尋ね。道理さしづ早く心を使え。先々の理という。先々どういう定め、速やか心定め。ならん/\、せいとは言わん。早く/\という。


明治二十一年三月十三日(陰暦二月一日)夜
 東京へ諸井国三郎、清水与之助出立の願
さあ/\身上一条を尋ねる事情、幾重の処一つの事情、遠く運ぶ処の事情、余の儀外儀やない。世界でもならん、内もならん。年限経てど判然と分からんで。難しい道、よう思うて見よ。危ない道を通れば、通りよいようで通り難くい。一寸いかん。さあ/\どのよの道も連れて通るで/\。だん/\に抑え/\/\来たる処、一つの事情余の儀外儀でない。替えて通すよ/\/\。


明治二十一年三月十四日
 松村吉太郎東京行に付伺
さあ/\その日来たらん。その日来たら一つのさしづ、未だ/\順々。


明治二十一年三月二十七日
 平野楢蔵願
さあ/\身上尋ねる、身上の事情尋ねる。又一つさしづ、一つ話の理を聞け。難しい事言わんで。さあ/\日々日々の処、一寸嬉しい日ある。何たる日もある。何たる日は嬉しい日、何たる日/\、深きの何たる日、一日の日、嬉しい一日の日、難しい諭せん。一年の日、年々の事情からあってたんのう。速やか分かって、何でもない。日々やで。


明治二十一年三月二十八日(陰暦二月十六日)
 松村吉太郎東京へ出立に付伺
さあ/\いずれ/\、一人二人でなろまい。早く心を待って居る。日々心に待ちて居る。さあ/\今日の日は今日の日と、明日の日は明日の日と、心を定めるがよかろう。心置き無く出るがよい。


明治二十一年三月二十九日(陰暦二月十七日)
 一同へ御話(梅谷四郎兵衞家の御願を致せし処)
さあ/\いかなる一つの事情、掃除一条、掃除一条すっきり掃除して了うで。皆片付ける道具も要る。どうでも掃除をして掃き立てる。隅から隅まで、掃除一つ道を改め。掃除の道具も要る、又片付ける道具も要る、治まる道具も要る、拭き掃除する道具も要る。いつも掃除や、あちらもこちらも掃除や。隅々までも掃除や。どういう処、心の掃除や。さあ/\後の道を改め。長いではない。今まで聞いても居るであろう。分からん一寸拭き取る。分からんこれからや心次第。今までの道いかなる聞き分け。又々の理一時見える。どちらへ見えるやら、箒何処へ靡くやら。誠一つ理を聞き分けねばならん。又安心の道もある、又細い道もある。さあ/\又見え来るで。先々映してある。よう聞き分け。真実誠は道の道。しっかり定め、心を治め、しっかり治め。これよう一つの心定めの道、心いつまでしっかりと踏ん張れ。実を定める一つの理、道の道を通す。しっかりと心を定め第一やで。


明治二十一年三月
 平野トラに付願
さあ/\第一、一つの処心得ん。身の障りというものであろうと、案じる事は言わん。どれからどういう理を、一つで治まるとも、心理を一つで治まる。道は一つの理を一つで治まる。前々一つ話、どれ程の花を咲くとも、一つの同じ花や、同じ色や。同じように治まる理を、一つどんと治まれ/\。


明治二十一年四月四日(陰暦二月二十三日)
 土佐卯之助事情願
さあ/\/\/\長く一つの事情、遠く一つの事情、尋ねる理、長らえての道、最初一つの道、最初一つの道、いかなるを押して治めよ。いかようの理がある。前々に一つ治めた理もあろう。それより余儀無く通りた一つの道、長らえてのいかようの道でもありたであろう。それより又改めた一つの道となり、又国に一つの理もある。精神から改めて変わらぬが一つの事情、一度定めた心変わらん一つが天然自然の理、変わらぬ一つ改めて。早く/\/\/\。


明治二十一年四月六日(陰暦二月二十五日)朝
 増野正兵衞歯浮き、居所障り伺
さあ/\身上の処一つ心得ん、又心得ん。一寸事情尋ねる一つ理を聞け。いつ/\尋ね同じ事、なれども心一つ、十分先々遠くの話。やれ/\と言う、日々早くやれやれ思う処、日々処どういう理、理を聞け。世上一つ理、内々一つ理を聞く。やれやれ思う、早く聞かしたい/\。それ/\ほんに成程、世上の楽しみ一つ聞く。多く中ざっと一つ安心何故ならん。日限十分の道を知らそう。


明治二十一年四月六日
 真之亮東京行きに付、梅谷四郎兵衞寄留の事願
さあ/\だん/\日々の処、多くの処、世界一日早く、だん/\一つの処、待つ処、これまで理によって、多く待ちてある。暫くの処、世界理も運ぶ。日々怪しい道具あちらへ納し、一点道具も要る。十分道である。暫く十分の心落し着け。


明治二十一年四月九日(陰暦二月二十八日)
 真之亮不在中おぢばへ巡査踏み込み来り、寄留なき故厳しく言うに付、増野正兵衞国々所々へたすけに行って宜しきや、おやしきに踏み止って宜しきや伺
さあ/\尽す処、その日/\心、その日/\心、さあ/\幾重だん/\尽す。あちらにも見たい、早く返事、先々所多く、心待って居る人も所々一寸聞く。どうやらそれ/\十分心待ちて居る処々、又一つぢば、一時処、細い楽しみだん/\重ね重ね処、一寸通り難くい。細い楽しみの道、速やか掃除したら、いかなる心、あちらもこちらも見えない。順々治めてくれるよう。


明治二十一年四月十四日(陰暦三月四日)
 桝井伊三郎身上願
さあ/\義理を立てゝ、理を破る/\。こゝ暫くの処、ぢば一つの掃除する/\/\。隅から隅まですうきりと、掃除するのやで。それ故に秘いそ/\/\、成るだけ秘っそ/\/\と日々の処、それ/\変わる難し道である。しいかりとして秘そか/\にしてくれるよう。


明治二十一年四月十四日(陰暦三月四日)
 梅谷たね腹痛に付願
さあ/\尋ねる事情、変に心得ん。身の一寸の話聞く。一寸は一寸だけ、障り事情あるで尋ねる。よう聞き分けねばならん理である。通り難くい道や、通らにゃならん。通るには難しい道、何でも/\いんねん/\、一つ事情、小人の処、理を聞かそ。淋しかろう、まあ/\どうして居るやろうな/\、思えども、何にも案じる事は要らんで。いんねんというものは、一度に分かるやない。日々難しいてならん。この理も同じ事、小人一つの理を見て暮らすよう。


明治二十一年四月十六日
 梅谷四郎兵衞歯の痛みに付願
さあ/\運ぶ一つの処、道のため、世界のために事情尋ねる。今の道は一寸付けたる処、細い/\道や。これは世界の道や。世界ではえらいと言う。神の道は、今までに聞いても居る、聞かしてもある。未だ/\どんな道付けるやら、どんな守護するやら知れんで。どんな事を言い掛けるやら知れんで。どんな働きをしに掛かるやら知れんで。どんな仕事すると言うて、難しい事は言わんで。その心得で居るがよい。心によくそれを治めて日々の処、一つの処は運ぶよう。


明治二十一年四月十六日
 山沢サヨの願
さあ/\いかなるも聞き分け、見分け/\。めん/\心に掛かるから尋ねる。小人の処一つ心に掛かる。前に聞いたるばかりでは分かり無い。さあ小人の処、分からず/\中の理とさしづ貰わねば分からん。いかなる理に基き、知らん間はそのまゝや/\。小人前々運ぶ一つの理、小人一つの心、めん/\一つの心見にゃ分かろうまい、聞かにゃ分かろうまい。まあ/\一つの自由見て、又内々の処、心に掛かる処、皆聞き分け/\。案じる事は要らん/\/\。身の内の一つの自由。

 サヨ生れてより、六十日目経ちて、身上障りに付願
さあ/\/\小人の処、さあ/\小人々々、さあ/\小人々々連れて戻りた/\。一寸生れ出し大変の処、案じる事は無い。どう成るこう成る、又々の処尋ねる事情をさいてある。今の処一つ分かる。今までの処早く呼び出せ/\。一つの処早く名を呼び出せ。待ち兼ねて連れて戻りた。親が子となり、子が親となり、名を呼び出せ。一時名を呼び出さねば分かろうまい。さあ/\生れ更わりたで。名ははる。名は付けたる印の名でよい。一時呼び出さにゃ分かろうまい。


明治二十一年四月十七日 夜九時
 刻限
さあ/\一寸刻限話、何時どういう道に成ると分からん。急がしいてならん。さあさあ身拵え出けた。いつからや、何時や分からん。さあ多くの人が要る。あちらもこちらも手が何人要る。さあ十分の道運んである。言う処をやと備えを立てゝ置け。今度は珍し道やで。これまでふでさきにも付けてある。それを眺めて置け。ちゃんと身体を据えて置け。目配りせにゃならん。又それ/\へ一寸話もして置け。いつとは分からん。これまで秋を合図と言うてある。十分運び出来てある。こんな忙しい、世界も忙し年に、一度忙し刻限、皆それ/\へ合図立て合い、刻限それ/\へも伝えて教えて置け。


明治二十一年四月十七日
 平野トラに付願
いかなる処、よる心ちゃんと分かって居る。今まで道、十分澄み切りて、たゞ一つ曇り有った。夫婦身の内発散、すっきりしてある身なら、実の心。夫婦別段心風吹けば、荒風が中る。実一つ改心の心、天の処、理を以て治めさしてある。これが一つ不足。一つよの処預けて、よふかしほんに。


明治二十一年四月二十二日(陰暦三月十二日)
 清水与之助下腹痛み、大便へ行くようで行かぬに付、東京より願
さあ/\いかなる処、さあ/\尋ねる処、一寸出越したる処、さあ/\一つ治まる、世界は治まる。先ず/\の処、さあ/\これまでの長くの処、運ぶ中一つの事情、難しい処、神の道通る処、人間は世界の道を運ぶ。判然と定まりて定まろまい。世界の理や。神一条の理というは、難しいてならん。その難しい中より出けて来てあるものや。世界の理と神の理と比べて見て、又々そろ/\と世界の理で通るで分かる/\。その日/\の風が吹く。又分かる/\。世界の事情分かる。人も更わる、道も更わる。さあ/\国許々々一度戻りて又あちらも更わる、こちらも更わる。世界の風この理も防ぎ、こちらの風も防ぎ、又々国許へ帰りて国元からぢば一つ/\一つ、それからそれへ運ぶがよい。身の内は速やかと成る。先ず/\内へ戻りて運ぶよう。


明治二十一年四月二十三日
 四月三日に秀太郎を大阪梅谷より連れ帰りしに、四月二十三日喜多治郎吉歯腫れしに付願
さあ/\身上の処事情一つの理を尋ねる。いかなる処、よう聞き分け。いかなる小児あたゑ深きいんねん/\。又々理を添え。小児という。入り込み深き一つ思案、また内々の処、理を尋ねる。身上の処、理を尋ねる。順々内々十分一つの理、いかなる思う、世界の理を見にゃ分からん。十分の入り込みである。通る処治め置く処、よう考え。これだけ知らして置こう。


明治二十一年四月二十六日(陰暦三月十六日)
 松村吉太郎東京に於いて滞在の儀如何致すべきや願
さあ/\尋ねる処、さあ/\これまで何ぼでも/\、何たる処/\、世界眺め長々運ぶ処、先ず/\心休めや/\。一寸の細い/\/\道や。未だ/\細い道からだん/\始め。皆んな一つの控えや。先ず/\心休めや。一寸付けたる処、世上の処はこれでよいのや。神一条は五十年以前から付けた道や。どのような事も聞いても居る。内々先ず/\の処、その場/\の心見てするがよい。又々内の処も心に掛かる。どうせにゃならんとも言わん。その心で運んでくれるよう。


明治二十一年四月二十七日(陰暦三月十七日)
 土佐卯之助事情重ねて願
さあ/\万事一つの道がある。何かの処聞いて、道の一つ通りて来てある処、銘々は何でこうであると、理に無いと、何かの処も話てある。何かの処も聞かしてある。二度三度の理も分かる。何かの処も分かり来る。二度三度一つの事情。


明治二十一年四月二十八日(陰暦三月十八日)
 巡査平服にて神様の由来を尋ねに来るに付願
さあ/\日々一人でない、五人六人も入り込んで居る。よって今はやしきの内成るだけ密そかにするがよい。今思案中である。思案出けぬ。世界の道は通りよい、通りよい道は修理肥。五十年の道は通り難くい、通り難くい道は心一つで通す。そこで世界の道は心に治め。五十年より無い道をよう思案して通らにゃならんで。


明治二十一年四月二十八日
 山沢ひさ乳の障りに付願
さあ/\身上の処に一寸心得ん。一寸出物いかなる処聞き分け/\。だん/\案じる事は要らん。身上洗う、何かの処も洗う/\、速やか洗う/\。やしきの内に住む処、今の事やない/\、すうきり洗う。速やかに洗い切る。前々一つのさんげさんげ。速やかに洗う。さんげ案じる事は要らん。心一つ定め/\。遠からん内に、近々に小人々々の詳しく/\分かる。案じる事は要らん。

 別のさしづ
さあ/\身上処々、とんと計り難ない。どういう事もあろう。尋ね順序多く中、一つ道、一時めん/\で思やん一つも要らん。どういう事も聞いて、実地一つ道を改め。よう思やんせ。めん/\で思やん。めん/\言わず、道無い/\、いかなる事情も聞き分け。日々見え来る、年々見え来るはいかなる者も、さあ/\一時成ると言うた事皆忘れ、聞いた道来るかいな、何事も噂聞く。めん/\思やん要らん。日日陽気づくめの道を知らそ。


明治二十一年四月二十九日(陰暦三月十九日)夜
 東京に於て御供を出す願
さあ/\先ず/\尋ね一条というは、さあ/\所々で、さあ/\未だ/\。一度二度の刻限話でさしづある。先ず/\今までの事に、先ず/\暫くの処、先ず/\の処はぢばより送るよう。

 前の願に付、一寸おさしづ
さあ/\どうでも/\、急がしい成るで、急がしい成るで。世界は一寸治まる。さあ/\/\神一条の道を働くで/\/\/\。急がしい/\/\。さあ/\/\見て居よ/\/\/\。

 めどう札を出す事じっとする願
さあ/\一時尋ねる/\。さあ尋ねる事情、よう聞き分けてくれ。めどう札暫くの処出せんという。めどう、神の名がめどうか。何と言うて呼び出すか。さあ/\分からんから尋ねる/\。めどう無くば呼び出すまい。


明治二十一年五月六日(陰暦三月二十六日)午前八時
 増野正兵衞伺(四日前より左の歯浮き、陰暦二十四日夜より俄に寒気して縛られる様になり、一度願い、速におたすけを頂き、それより何となく身しんどうてならず、二十五日十二時よりおぢばへ出でおたすけを頂き、それより又目かい口のはたへ出物出たるに付伺)
さあ/\身上一条尋ねる。どういうものであろう。何でもなく、どういうものであろう。身上一つあれば、分かるであろう。先々尋ねる処よく聞き分け。聞いて伝え聞かしたる処々、めん/\それ/\処へ届き難なき処、十分運ぶであろう。一時あろう。一時理を聞き分け置け。どういう理、世界の道分かりあるもの、一条一つ道、先ず何でも一つ判然、まあよう聞き分けくれ。世上には判然で成るはこれまでの道、修理肥一条、一つ事情、長らく道聞いたる道、世上一つ心治め。神一条よう聞き置かねばならん。世上一つ/\笑え。道々、所々話、この理を聞き分けくれ。身上理上聞く。幾重同じ話であろう。時々旬々世界判然、十分、神一条長らく分かり難ない。聞き分け。聞いて所々聞かしてくれねば分からん。軽い道今まで軽い道、難しい分かり難ない話。軽い道、何でもない道修理肥道、神一条一つ話、長らく一寸通り難くい道を連れて通る。通らねばならん。早く聞き置け。それ/\聞かしてくれねばならん。


明治二十一年五月六日(陰暦三月二十六日)
 本席腹より胸の下へ差し込み胸つかえるに付御伺
さあ/\尋ねる一条、さあ尋ねる事情知らそ/\。これまで長らえていかなる処話する、話聞く。どういう事も通り、今一時どういう道知らそう。ざっと一通り今の事情世界理事情、先ず/\細そ/\、先ず/\大き道の理であろう、なれどよう聞き分け。道一つ諭し、刻限一時どういう事を運ぶ。どういう事も聞いて置かねばなるまい。いずれ刻限、夜々刻限、聞いて分からん見て分からん。道の道なら聞いて理上ある。世界道という。有る道は通れるであろう、無き道は心一つ理で通る。長らく世界の道無くして、聞いた道が見える。長らく通り来たる。判然世界にあろう。世界道は通りよいものであろう。無い事始め来たる処あろう。判然世界の道、無い道を付け来たる道であろう。世上成程道であろう。成程の道を通り、世界道通り難くいであろう。連れて通れる。その道通りよい道分からん。道に一つ理がある。理があれば、この理を聞いて貰いたい。知る人があれば、印分かり難くい。何でも二つ定まり、この理をよう記し、世界の道印無い道、神の道五十年道分かれば、成程世界速やか。道何処にある。怖わき危なきあるまい。理という、修理肥は立て替え。年々立毛一つ、道も同じ道、それ/\話し、だん/\心を定めくれねばなるまい。さあ/\よう聞け。新しき道もある、古き道もある。修理々々道も修理一寸分かる。修理して了うたらそれで仕舞。どちらの道もよい。又初めての道、あちらへ治まる道もある。世界一つ頼り、世界の道修理肥頼り、分かる分からん何故分かり難ない。人間道を見て分からん道が頼り。よう聞いてくれ。


明治二十一年五月八日(陰暦三月二十八日)
 巡査平服で来たり、神の道を質問して帰りしにより、後にて伺
さあ/\一日に/\、世界の心、理をどういう事を尋ねる。さしづどうせ/\言わん。先々いつ/\分かる。尋ね来たる一つ理を聞かす。今でいうめん/\それ/\、いろ/\理がある。だん/\一つ理を尋ね聞きに来る。一日一人二人五人何人来たるか分からん。一条理一通り諭すであろう。分かる分からん世上理が思案、ちょいちょい分かり掛けたる。出て来れば難しいものであろ。一つ思案を治まらん。遠く遙々諭さにゃなるまい。付けた道、世界付けたる明るい道伝う者もある。一つ道に治めて了う。一寸にいかん。遠く遙々出て来る者察してやるがよい。近くから話聞きたい者へは諭してやるがよい。遙々運んでやるがよい。さあ/\綺麗なる道、暫くの処長くの処ではないで。何時掛かるやで。難し処通るが道や。遠くから道を攻めに来る。遠く治めに来る。一寸理が分からん。この理を聞き分け。秘っそ言うてある。秘っそにして治めねば理が分からん。さあ/\分からん。


明治二十一年五月八日(陰暦三月二十八日)夜
 増野正兵衞前さしづにより、所々御話を伝え出るには、播州地方へも参りまして宜しきや伺
さあ/\所々、先々大き話聞く。とんと話聞いて、山々運ぶ。多く運ぶ処、先々急えていかん。十分見廻り/\、さあ/\見廻り早く。道なろうまい。世界にはどから/\、十分身の廻りよう聞き分けくれねばならん。所々事情伝え、世界中、世界道判然、めん/\身廻り、これが身廻り。どんな事も急えてはいかん、時々旬々道。心身廻り、急かすにためよい。遠く道、いか/\身の廻りあろう。急えてはいかん。細う一つ心、いつ/\心、十分々々世界あろう。身廻り一つの理があろう。それそれ伝え、それ/\話言う。

 同日同夜、増野正兵衞口端出物喉痛みに付伺
さあ/\身の処にて心得ん。どういうものであろう。案じる事は要らん。たゞ世界処、それ/\早く理を治めくれるよう/\。


明治二十一年五月九日(陰暦三月二十九日)
 上田ナラトメ身上障りに付願
さあ/\先ず/\尋ねる処、身上にてさあ/\未だ/\速やかならん。さあ/\どういう処からどんな道が付くやら、遠く近くに隔てない、何時どういう道が付くやら知れんで。又一つ心に案じる事は要らん/\。どうでもこうでも心に案じが出てならん/\。案じて居ては遅くなってならん。さあ一言話して置かねばならん。さあ/\案じる道もあろう、さあ日々の日もどうであろう、どういう道も越して来たであろう。さあ/\あちらへも連れ、こちらへも連れしたる処、十分の道や。さあさあこれからは思やんも付かん定まらん、と言うたは今の事やない、今までの事や。さあ/\これからは、内々皆々ちゃんと心定めて、遠くの事ではない。遠からん内に速やかな道である。


明治二十一年五月十一日 夜
 梅谷四郎兵衞二女とみゑ身上願
さあ/\いかなる処尋ねる、心得ん、小人々々どういう事であろう。だん/\日々の処勤める。何も彼も近づく/\、日々に急き込む/\。さあ/\一つふしから先ず/\の処では不思議や、いかなる道や、えゝ道ばかりやないで。不思議なふしから、さあ/\神一条の道も、又々何かの道もある。先々の道も知らし置く。小人小人近ずく/\、先ず/\急く。一寸には案ぜるであろう。先ず/\何かの処も、一日日、さあ/\一日々々、先ず/\先々の処、今の事情内へ戻りて伝えて、又それそれも一日急く。何にも案ぜる事は要らん、もう難儀な道は通しはせん、と言うて置く。案じる事は要らん。


明治二十一年五月二十日
 諸井国三郎分教会設置の願
さあ/\尋ねる処、さあ/\皆々どういう事も聞いてくれねば分からん。世界の処、先ず/\一寸治まる。先ず/\銘々又尋ねる事情あるで。尋ねる世界はこれでよい。先ず/\神の道は、先ず/\一年は一年だけ、十分神の道。又々世界でこれで尽せん、先ず/\年々に付きたる処、これは聞いてくれねばならん。又々聞いてくれ。先ず/\処一つの処、一つ事情世界の処は、先ず/\一年経てば、あゝ成程々々。一年々々と経てば、それ委せ置こう。


明治二十一年五月二十日(陰暦四月十日)
 清水与之助右腰痛に付東京より願
さあ/\事情一つの理で話て聞かそ。さあ/\/\しいかりと聞け。軽き/\道や道や。遠く/\/\この話の理をしいかり聞き分け。長らくの処心急く。まあ一度戻りて、こうや、あれはあゝやと話する。又々それ/\からも、まあ/\遠くの所遠くの所/\、ようまあ/\/\と言うて、今の処はこうや、どうやと言うで。皆皆寄り合うて、又一つの道運ぶ。さあ/\人更わる/\/\/\。さあ/\皆々追追に替わりて運ぶ。一つ急えて聞かさなならん話もある処、まあ/\一度戻りて話し合い、皆々談じ合い、さあ/\一つ難しい処の理を運ぶよう。


明治二十一年五月二十一日 午後四時
 平野楢蔵願
さあ/\いかなる/\、さあいかなる、だん/\いかなるも思やんを定めて。先ず先ずの処、身上を急くと/\。身は急くやない。心を急くで。心急くやない。今一つの処も、一つ/\の間という。どう成れと、こう成れと思え。身は急くやない。先ず/\思い立ちたる処、急くやない。神の道/\あればこそと思え。内々の処へも、身は急くやない。どう成れ、こう成れの理を聞き分け。中間に一つの理が無けりゃならん。又々の理、これ案じてもようない。どれやろうが、これやろうがの理が理。


明治二十一年五月二十一日 午後四時
 増野正兵衞身上播州より帰りての願
さあ/\いずれ/\道を通る。同じ道を通る。どういうものであろう。身上に一つ障りあり、先々は治まりてある。さあ/\神一条の道は、表と裏とある。裏の道は誠の道、一つさあ/\日々に運ぶ処は、誠というは通り難くいものである。陰の道は難しい道、表の道は通りよい。世界の道は通り、通り難くい神の道は内、表と裏との道である。内に運ぶ人が少のうてならん。これをよく、世上にやないで、心に定めてくれねばならん。


明治二十一年五月二十二日(陰暦四月十二日)
 増野正兵衞鼻の奥、左の下出物出来、胸むかつき気分悪しく身上障りに付伺
さあ/\身に心得ん/\処、いかなる処、さあ/\一日勤める処、遠く処、一日一日三十日一日、さあ先々勤め、内々一つ事情、いかなる話、先々という処、安心皆安心定め。どういう処、理と一つの事治めるであろう。


明治二十一年五月二十三日(陰暦四月十三日)
 中山会長初め諸取次方より東京本部へ行ってくれとの事に付、増野正兵衞東京行伺
さあ/\当分処々々々あちら勤め、互い/\の勤めやい。一日も三十日も勤める理は、いかなる尋ね事情、暫く処一つ事情、だん/\替わる/\。又一つ治まる処、あっちこっちとだん/\処々、又々皆十分見定め、いつ/\まで治めさせるという。

 同時、増野家内連れて上京の伺
さあ/\それはどうなりと。よう話伝え、それなら十分、それはこう。暫くだんだん一つ道、道がある処々、長らく勤める、遂に分かるという。


明治二十一年五月二十三日(陰暦四月十三日)
 東京本部に於てめどう札を渡さぬ人に御幣を渡す事の御許しを、中山会長より、増野が上京するに付御伺
さあ/\尋ねる処、さあ/\まあ判然道が分かり来たる道分かり難ない。当分一つ所、ぢば一時一つ所、始め出しの所、心だけ一つ始め、いかなる処、不都合無きよう。世界それ/\世界通らにゃなるまい。何処から出る。一名一人心、一寸分からん、真実の理を一寸には分からん。今の処ざわ/\として、一寸出越した処、細々処、入り替わり出替わり、名代なら名代だけの勤、暫く処名代として何かの処許し置く。


明治二十一年五月二十三日(陰暦四月十三日)
 松村吉太郎東京に於てさづけの事に付伺
さあ/\尋ねる処、一寸分かるまい。一名一人さづけ処、内々しん/\処々、あちらこちらで違い、代として又一つ代理勤めさそう。

 押して代理勤は内々さづけの代理なるか伺
さあ/\代理にさづけは無いで。代理勤め、内々しんに一つさづけ、日々内々の処、だん/\それ/\どうもならん。代理一人心差しつかえ無いよう、三遍心に心やで、一人他人へうつす。


明治二十一年五月二十四日
 増野正兵衞おぢば出発の伺
さあ/\遠く/\当時処、一寸道の処、一寸細々細々。替わり入れ替わり、心置き無う、安心心定め、内々安心、潔ぎよう速やかの心定め。

 本席龍田村まで御送り伺
さあ/\尋ねる処、一寸々々、さあ一日気保生がてら、さあ/\。

 同桝井伊三郎本席御供見送り願
さあ/\まあ互い/\心尽せば、いつ/\道のため、こゝよう皆嬉しう、神も楽しみ、嬉しいな。皆連れて通る。心運ぶ。いかなるも道のため。


明治二十一年五月二十六日(陰暦四月十六日)
 梅谷四郎兵衞歯痛の願
さあ/\尋ねる処/\、身上から一つの理、順序から運ぶ/\。さあ/\言葉と言葉の理を運ぶ/\。長々の処、又順序は運ばにゃならん。なれどこうせにゃならんという事は無いで。さあ/\内々の処、又々それ/\の処も、人間の心で運ぶ道もある。よく/\伝えて置かねばならん。


明治二十一年五月
 井筒梅治郎妻とよ身上願
さあ/\心を鎮めて、しっかり聞き分け。前々小人日々ます/\、又一つめん/\身上に尋ねるから諭す。内々聞き分け。何かの事聞き取るよう。前々最初、めんめん内で思やんが分かれば、世界治まる。十分たんのうが第一、世界の理を見ればたんのう出けよう。世界で呼ぶ名を出す。世上見てたんのう。早く見るよう、治めるよう。


明治二十一年六月二日(陰暦四月二十三日)
 土佐卯之助一戸の方に付願
さあ/\いかなる処尋ねる/\、尋ねるから理を聞かそう。一つ誠という理を聞かそう。誠程強いものはない、誠は天の理である。誠であれば、それ世界成程と言う。天の理であるものを、どうせこうせとは言わん。心一つ改めて、どういう処も運び、何時なりとしょうほうに掛かるがよい。


明治二十一年六月三日(陰暦四月二十四日)十時頃
 本席御障りに付おさしづ
さあ/\日柄々々だん/\と言うて、これまで話て置いた。さあ話聞いてるであろう。先々幾重、どういう事も聞かす。一寸身の処へ早く急ぐ。一つの順序ある。障り身上一条、一つ尋ねゝばなるまい。まあ/\世界の道も運ぶだけ、皆一つの事情、よう聞いてくれ。一時今から一つの事情、どうせとは言わん。一つ事情分かり難ない。刻限理を以て話する。これまで急ぎ立てる理、早くかんろだい。珍し事言い掛け、又始め掛け。かんろだい一条、世界にある事は言わん。これから神の言うようする事、だん/\聞かす。だん/\経ち来たる、判然理分かり難ない。これから天理運ばねばならん。世界事情、世界ある道は要らんで。せいでもよいものや。通るに通られん。世上理に迫る。一寸一つのさしづ、いつ/\まで一つ事情、事情はかんろだい。早く成る成らんではない。連れて通る。世上の理、世界の理、この事は五十年以来一年理を見て、どういう分かり、古き者を迎い取り、一寸心に掛かる。一つの理治まる神一条。大切な理というは古き者や。新しき者や。一人ではない、皆いんねん。古きの理失う、理失う。ようこの理聞かさねばならん。身に追々すみすみ、心を以てかんろだい。理を聞かす。又々刻限待ちて知らそ。


明治二十一年六月三日 午後四時
 山本利三郎より伺
さあ/\日柄々々、さあ/\日柄と言うて、だん/\これまで話して置いた。話聞いて居るといえども、どんと運ばんと、身上より障りて尋ねる。世界一寸の事情、一時今から一時どうせいとも言わんと、一つ事情分かり難ない。今まあ刻限以て知らそう。今又話、かんろうだい珍しい事言うで。だん/\始め掛け。だん/\道分からんから遅れてある。世上の道皆世界にある。世界にあるものなら要らんものや。なれども長い道やで。一寸許してあるのや。これから神一条やで。実なる処かんろうだい。早や/\取り決め取り締まれ。難しいようにあるけれど、神が皆働く。何でもない、なれどもなかの道である。一寸許したもの、これまでの処迎い取りたる者もあるで。一人ではない。古きの理を失えば、皆自然と理を失うで。かんろうだい一条の道通れ。かんろうだい一条の話、又々刻限以ちて知らそうと、又々と。


明治二十一年六月五日(陰暦四月二十六日)
 本席身上おさしづ
さあ/\/\いかなる処/\、身上いかなる処、尋ねる。知らす。身上一つ身上ある。いかなる処、さあ/\早く止め、神一時、一つ話、これに先々に毎夜この道下がり、さあ/\どんな話も仕掛けてある。一寸今一時尋ね出す。早く通し、まあ一寸始め掛ける。どんな道を始め分からん。まあ/\それより成る成らん。これまで一寸話伝え、夜々出て話、一つ話、あっちこっちの理を見遁がし、今一時世界理多く十分早く世界事情運ぶ、分からん、上下とも理分からん、いつまで言うではない。いずれ一つだん/\日柄刻限移るなら、道の通り連れて通らねばならん。又々所々変わる処、実の処、早く求めよ。いかなる道も分かるであろう。やれ/\と言う日もあろう。一つ心早く一つ運ばねばならん。何でもならん。日柄刻限外さんよう。神一条の道である。早く急げ、取り掛かれ。
まあ/\一寸始め掛けたら、だん/\理を聞かす。めん/\諭し一つ心も治めねばならん。聞き分け分からん。天理王命、名を所へ弘め掛け。一つ事情、どちらの理付く貰う理、よう聞き分け、よう思案。世界それ/\万事一つ事情、分かる分からん多くの中、神一条ならば、計り難く一つの道、これが十分確かな道。思案第一ならん。いつ/\まで見遁がしはならんという。いかなる処、人間一条理では、計り難ない、危ぶいものである。早く取り替え/\、神一条々々々。


明治二十一年六月六日
 清水与之助東京出立帰宅の上伺
さあ/\世界理は十分の理である。神一条事情は五十年以前より、学者がしたのでもない、文字から出来たのでもない、知恵より出けたのでない。さあ/\聞いても居るやろ、見ても居るやろ。何も無い処より始め出来た道。何でも彼でも通らにゃなろうまい。通すで。知らんは一度より無いで。程無う間は無い。しっかり伝えにゃならん、通さにゃならん。何にも知らん者が皆国々へ弘めさしてある。まあ言うて見よなら敵や。敵が国越えて弘めさしてある。一度伝える、成程、二度伝える、成程、と思うで。皆真実分かり来るのやで。


明治二十一年六月八日
 御諭
さあ/\何か知らさにゃならん。さあ/\どういう事も一日も早く知らさにゃならん。いかなる事も聞き分け、道すがら聞き分け。成る成らん、何でも皆それ/\出にゃならんように成りて来た。どういう事も早く知らさにゃならん。一つの事情出さにゃならん。身の知らせ前に聞かせてある。皆んな出る。障り入り込み、心の身の障り一つの始まり、危なき理、神と上というは蓋が開き難くい。一寸見て居よ。細々ながら、この道皆んな集まる。世界の道に押されるから細々道許した。振り変わると、ころりと変える/\。神一条の名揚げ、一つの細々の道、早く、理を早く直せ。早く治め置く。仕舞一つは破って了え。いかなる事一つの一条早く問うてやろうか、踏んでやろうか。あちらへも早く、こちらへも早く。細い道でも一寸付けたが、道は堅いで。早く/\治め。


明治二十一年六月十三日 午前十一時
 平野トラに付願
さあ/\余の儀外の儀やない。身の処堪えられんという理は無い。何かの処十分先ず暫くの処である。先ず/\あちらこちら密そやかの処にして、密そやか一つの理を治めば、身も速やか治まる。


明治二十一年六月十五日
 清水与之助下腹痛み、二度づゝ大便に行き、絞り腹のように付願
さあ/\いかなる処、だん/\の道伝え、心にも日々治まらん。何か一つの治め方、いかなる事早く/\急ぐ。一つの治め定めの理、一つの道というは、大抵思やん思やんの道、先一つの道、十分前々一つの道の処思えども、その日通り来たる第一急く処、世上の道はある。神一条の一つの道通らねばならん。十分の道がある。何か締まり方、神一条の道という。一つの道どういう処、しんが分かり難ない。刻限話、前々より出け難ない。一人々々へ聞かす。十分の道、日々の処一つの処、何でもこの理を聞き分け、道を運ばねばならん。身の処一つの印ある。第一の話。


明治二十一年六月十五日
 清水与之助帰宅の願
さあ/\第一一つ先ず/\以て一日一寸の理を計り、世界は一寸治まる。まあ世上の理分かりてある。この道は皆兄弟やという理を聞かして置こ。なれど、隔てられるも隔てるも、皆銘々の心通り。兄弟という理を聞き分け。又々内々の処、それそれの処もある。さあ/\一日二日々々々々早く/\という。


明治二十一年六月十五日(陰暦五月六日)
 東京北稲荷町四十二番地を地主より他へ売却するに付、此所を買い求むるか、但し他に適当の地所を選定するものかに付伺
さあ/\買入れるまでやで。だん/\事を言い立てるで/\/\。出越す処ほんの気休め/\ばかり。成ると成らん一寸思やん。遠く所、さあ暫くの処、一寸どちらなりと、一寸印があったらよいのや。一々所々、ほんの印やで。さあ/\運ぶ処、どういう事に成ろう。どうする。世界の運び、一寸気休みだけ許してある。さあさあ何か当分処、こちら成らんとも言わん。ほんに世界神一条、一日の日があるで。心治めくれ。だん/\伝えある理聞き分け、治めくれねば計り難ない。さあ/\さあ何かどうするにも、軽い思案、その日の心を以て一つの思案第一。


明治二十一年六月十九日
 東京に於て増野正兵衞詰合中身上障り、松村吉太郎も同様に付、両人より願う時の増野正兵衞へのおさしづ
さあ/\早く尋ね一つの返事、さあ/\身の処心得ん。尋ねるどういう事を諭す。又々不足あちらこちら思う一条、大望理を受け、大望と思う、大望世界長い。身上聞いて銘々事情運ぶ。世界事情運ぶとも、一つ難しい。神一条神の働き見える見えんはない。先々所や。銘々は忘れんがため、一つ控え付ける処、一つ日々掛かる理見える。日々聞いた理を聞かせ。先々先一つ一時世界という。一つ神一条、多く世界の理が立つか立たんか一つの理、見え来る理、早く定め。難しい成るも成らんも日がある。心の道の運ぶ、日々までの一つの道、難しいではない。世界大きい一つ思案、世界の理だけの事、神一条の理は成る成らん、たゞいつであるようなと。神がいずみ、神一条いずみ、人が頼り多く、人運ぶ人気大き心を早く思案立て替え。銘々一条取り直し、それ/\道のためなら世界一条、神の自由早く取り替え。思う身も何も恐れるではない。真実定めて風の用意胸にある。神一条これまで聞いたる話を、大きな心と立て替えて、心を治め居よ。
(風の用意とは風が吹けば風の用意せねばいかん、つまり心を大きに持って落ち着く事と考えます)

 右同時、松村吉太郎居所及胸悪しきに付伺
さあ/\同じ一つ事情、通る/\一つ談示神一条、今一時世界を取り扱い、世界の思案要らん。神一条通り難くい、世界広い道は通り難くい。日々に一つの理同じ理である。同じよう聞かしてくれ。

 押して、東京本部に於て参詣人に神一条の道を伝えても宜しきや、又本部にてするは差し支えなきや伺
さあ/\神一条の理、たすけ一条の理、遠慮気兼は要らん。尋ねて来るなら聞かせ。この理何程人が寄るとも知れん。これが自由。聞かせ/\置きたる、尋ね来る、聞かせ。十分遠慮は要らん。日々真実聞かすなら、多くの中なれば、神一条世界の身の内たすけ一条のため出て来るなら、一つ話聞かせ/\。聞かさねば分からんで。何もたすけ一条の事は後へ引くでない。


明治二十一年六月二十日
 梅谷とみゑ身上願
さあ/\小人一つから、いかなる事情尋ねる/\。尋ねるから一つの事情諭しよう/\。長らえて/\どうで/\一つの事情々々、世上の理を通さにゃならん/\。めん/\心の理持たずして、人々の事情を以ちて世界鮮やか/\/\、明らかな事情という。さあ/\一人の事情というは、世界と言う/\。これよう聞き分け/\/\。これでどういうものと思う処もあれど、一つの道はこれ一つ世界からと言う。めん/\前々の理を思い出して、ほんにこれであったかと言う。めん/\真実一つの理を治めて一つの道の理を通れば、随分々々楽しみという理を諭して置こう。


明治二十一年六月二十一日
 本席の御障りに付おさしづ
さあ/\早く聞け。さあ/\言うて急ぐ処、早く/\どういう事急ぐ。これまで世界分からん、内も分からん。幾重伝え。同じ事何遍同じ事や。もうどうでもこうでも聞くも一日延ばず、刻限遅れる。又その日来るや知れんで。話聞き遁がし、又々突き延ばし、遠いように思う。違う。夜やら昼やら分からん。何時とも知れん。世界の中、心を運ぶ。第一早く急ぐ。つとめ一条これまで伝え、一つ二つどういう、一寸出てあら/\の処知らせ置く。本部や仮本部や。これで一寸苦が遁れた。運ぶ処を運ばずして、これで安心、何も安心、成って成らん。どういう処身の処一つ印、さあ/\急ぐで。身上一つの道早く通れ。見えて来る。世界急く。世界繋ぐ/\。一つ神の話。一つの理を聞いて道が分からん。あちらではこうや、何もならん。何程残念。すっきりその日刻限というはそこで知らす。


明治二十一年六月二十一日
 東京日本橋中台勘蔵左顔面の瘤に付伺
さあ/\身上の処に不思議なる処、どういうものと思う処、一日ならん/\という処でない。身上でない。どういう思やんもしてくれ。身上一つから事情と言う。身上から一寸どういうものと思う。身の処心得んと言う。案じる事は無い。何で不自由と、どれで不自由とない。この理を諭して置こう。

 中台勘蔵母六十九才身上伺
さあ/\身上の処尋ねる/\、どんな話も聞く。何でも身の処から運び、聞いてある処、早く聞かせ/\。身処大層一つの処、何ぼ不足なる/\、一つで見分け。これだけ一つ/\、日々思うなれども聞き分け。何でも救けにゃならん/\。一つ心であろうけれども、心に早く定めにゃならん/\。日々内に安心の理もある。若き処からの日々話ある。なれども大層の道もあるで。この理を話。

 井戸水湧かぬ処勘蔵より伺
さあ/\先ず/\、待つあたゑ一つの水/\、何尺掘る/\。未だ無い一つの事情、未だ一つ治める理は無いと言う。あたゑの水よう聞いて置け。生涯のあたゑ/\というは、どれからしよう/\、どんと水というものは、これだけ/\と理は無い理は無いと、まあ水はこれだけかと思うて浚えて第一これが不自由と、まあこれで十分であろうと。何か不自由無き/\。何かの処、これだけであると。先ず/\十分の処でなければ、まあ第一あたゑという/\。


明治二十一年六月二十二日
 土佐卯之助おさづけ事情願
さあ/\/\尋ねる処/\/\/\、いかなる事情尋ねる処、前々に伝えてある通り、あちらもこちらも前々より聞かする通り、聞きてある処で、どうしても元へ元へ帰らにゃならん。もう一つだん/\計り来る処、これ一つ聞いて早く更えて思やん定めて、今に一つのかいし分けて思やん通り治めてやろう。いつとも言わん、国に一つの印を早く治めてやろう。いつとも言わん、心治めたら、ちゃんと一つ理で治めてやろう。一つ国の土産として帰るよう。


明治二十一年六月二十三日(陰暦五月十四日)
 ぢばに於て分教会所設置の件伺
さあ/\/\一寸さしづして置く。世界々々これまでの処、道が遅れる。だん/\尽す処、世界通り難くい。世界の道許し、それは何処から名を引き、どうでもいかん。どうでもこうでも皆伝え、それ/\皆心、世界の道は、神の道とは皆間違うてある。天然自然道で成り立つ。世界の道、通る通られん、一寸許し、その日来たる処、世界の理を運ぶ。前々伝え神一条を胸に治め、世界の道運ぶがよい。何も心配要らん。神の引き受け心置き無う。それ/\手を繋ぎ合うて大き心を持って居よ。成る成らん、いかなる日あるなら、決心を結べよ。世界の理は運ぶ一つの理。心置き無う気を勇むなら、一つの理ある。
さあ/\/\尋ね一つ話する。表の事情運ぶ。成るよう行くようは、どんと一つ理治めにゃならん。この所一つ諭し所、これ救けたい一条で天降る所分からんから、これまで年限の道というは神一条、世界処は道理上、世界では同じ道運ばねばならん。胸の内一つ理を以て掛かる。難しい事でも通れる。まあ一日の処にても、一寸通らねばならん。かんろだい一つ人間定めてある。何でも一日ある、楽しみある、という事を治めて貰いたい。


明治二十一年六月二十四日(陰暦五月十五日)
 山田伊八郎伺
さあ/\/\尋ねる/\。さあいかなる処、親々一つ理なら尋ね。幾重の一つ理分かる。どんな事分かる分からん。一つ理分からん。親々心得んという。いつ/\も尋ね。どういう事も聞き分け。定まる事情一つ、道運びたか一つ、障りの幾重願い、いかなる処、皆々事情、親々早く。どんな事見る、世界事聞く。一つ事情分かり兼ね。何も一つ話、一つこうのう定め一つ。理の治め、速やか世界理見て世界にある。世界事情計り、銘々思案要ろまい。行くも通り来る、どういう事も兄弟。いかなる理ある、なれども案じは要らん。成るよ行くよう楽しみ一つ事情ある、先々たんのう理を見て暮らするよう。


明治二十一年六月二十七日(陰暦五月十八日)
 本席御障りに付伺
さあ/\何知らそ、一日も早く知らさにゃならん。どういう事を知らす。一日も早く、いかなる事も聞き分け、どういう事も聞き分け。あちらもこちらも障りや。どうでも運ぶ急がしい。待ちて/\どういう事も早く聞かさにゃならん。日限々々、まあ一寸、まあ一寸放って置けん。早く出にゃならん身の知らせ、前々出んならん。身の知らせ入り込む処の不足、一寸出にゃならん。初まり一寸これまでの道の処、一寸に切れん。世上からの理で治め一寸治まって居た処、一寸細々の道も付いて来てある。皆集まり、皆集まり、早くに集まれ。理を集め、神一条のこれから事情運べ。ことなす理を振り替わりてある。一寸細々の道を許してある。これまで通り替わりてある。早く理を運び替え。一寸世界から押されぬよう、細々の道なら早くに運んで了え。めん/\それ/\尚治めて掛かれ。世上より一つ、これなら掛かりて見よか、穂先向かのうて掛かろかと早く定めて、いずれ細々の道でも付けたら、一つ破って見ようか、一つの土居も崩して見ようか、と。細い道でも一寸堅いで。この理をよく聞き分け。


明治二十一年六月二十八日
 梅谷四郎兵衞歯痛に付伺
さあ/\事情一つの事情言うまでやない。幾重急ぐ事情ある。さあ/\めん/\前に一つ聞かしてある、書取っても居るやろう。案じる事も要らん。前々めん/\一つの理は一つ。人目に見て居る理がある。又々一つの道尋ねる日もある。めん/\世上に一つの名を下ろし、今の処は掻き廻したようなものやで。めん/\日々決まり、それどんな話もして居るもある。早く/\やろうか、掛かりてみようか、と。めん/\一つの事情早く/\取り扱え/\。

 王社の願
さあ/\まあ/\あわてる事要らん、急く事も要らん。早く一つの事急いで、早く運んで了もて急がにゃならん。急いで/\運ばにゃならん。細々細々の一寸付けたる処を。


明治二十一年六月
 大阪 近藤政慶の願
さあ/\尋ねる/\。同じ一つの中、あちらで理を取りてなあ、こちらで理を取りてなあ、と、心に理を定めば、身は速やかのもの。難儀さそ、不自由さそという親は無い。幾名何人ありても、救けたいとの一条である。その中隔てにゃならん、隔てられんやならん、という処、世上見て一つの思案。この理を聞き分け。一つはたんのうと。善き種蒔けば善き芽が吹くも、世上見て一つのたんのうとの心定め。たんのうとの理を持ちて、案じる事は要らん。案じては案じの理を回る。案じは要らん、と、大きな心を持ちて理を治め。善き種蒔けば善き実がのる、とのさしづ、と。


明治二十一年七月二日(陰暦五月二十三日)午前六時
 本席腹下るに付伺
さあ/\/\俄かに/\、一寸知らし置こう。身の処に一寸心得んから俄かに知らし置こう。あちらにもこちらにもざっと、一寸分かりた。第一世界の道、障りからどういう理も分かる処を、うっかりとしてはならん。第一世界の処では足が痛い、手が悩む、痛いと言うた処が案じも無い。第一世界の処では、俄かに腹が下る、痛む、と言えば、第一にいろ/\急ぐ事はせにゃならん。さあ/\前々より知らしたる処、世上にはいろ/\に悟る者もある。第一の処に諭すれば、第一一つの理は、早く/\悟らにゃならん。遠く/\の理は、一寸世界の理。神の理は、さあ/\一時ならん。一時の間にも、一時急ぐ/\処は急がねばならん。急がいでも/\よい事を急いでならん。

 右に付、教会本部をぢばへ引移りの事を押して願
さあ/\談示の理を尋ねる/\。さあ/\談示の理を尋ねるから、一つの理を諭す。世上の気休めの理を、所を変えて一寸理を治めた。世上には心休めの理、ぢばには一寸理を治める。ぢばの理と世界の理とはころっと大きな違い。世界で所を変えて本部々々と言うて、今上も言うて居れども、あちらにも本部と言うて居れど、何にも分からん。ぢばに一つの理があればこそ、世界は治まる。ぢばがありて、世界治まる。さあ/\心定めよ。何かの処一つ所で一寸出さにゃならん。さあ/\一寸難しいであろう。どんな道もある。心胆心澄ます誠の道があれば早く/\。


明治二十一年七月三日 午前九時
 寺田城之助四五日前より腹下り又妹コウ並びに親両人共咽喉の病に付願(この時寺田半兵衞おさづけ頂く)
さあ/\/\/\第一一つ、第一一つ前々一つ身の処、さあ/\障りや、まあまあ障りや。一大事々々々。身の処速やかよう聞き分け。内に一つ事情、あちらが些か、こちらも些か。早く急いで一つもう一段。さあ/\いかなる事情、さあ/\たすけ一条内々一つ、速やか一つを、神水として授けよう。水のいんねんと言うて聞かそ。しっかり受け取れ、さあ/\しっかり受け取れ/\。あちらもこちらもどれだけの心尽す。身の障り心通りの身の悟り。案じは要らん。心置き無うさしづする。


明治二十一年七月三日(陰暦五月二十四日)
 本席の御障りに付おさしづ
さあ/\/\/\身の上一条、一つのたゞならん一つの事情。さあ/\いかなる処尋ねるから、聞き取りて早く一つ定めるよう。どういう事を定める。さあ/\/\聞くよ。早く/\何でも彼でも、一つ宣べにゃならん。一つ急いで宣べにゃならん。さあ身の上から、一つ諭そう。早く一つ待ち兼ねた/\。何を待ち兼ねた。あちらへこちらへ違うて、どんとどんならん。一寸めん/\一つ、一仕切りや/\。先ず先ずの処、細く/\世界一つ。何と諭すや分からん。ぢば偉い事を言う/\。さあさあぢばの一つ/\の理急ぐ/\。何を急ぐ。些かなる処、理を始めよう。何の思やんも要らん、思やんは要らん。前々の理を一つ、かんろうだい一つの理、何にも要らん。神一条の理治めば何にも要らん。通り来て今日はどうでも言わんならん。何でも彼でも聞き取りてくれ/\。世界の事は言わん。ほんの気休めの一寸どうでもこうでも差し抜きならん。どうでもこうでも分からん/\。初め分からん理を諭しよう。聞いて居て分からん。何にも難しい事言うのやない。めん/\聞いて年々の日限、堅とう治めてくれるよう。又々の道もあろう。怖わいと言えば怖わい/\。すっきり取り払い/\の道、何遍も連れて通った。人間の道なら一度で止まるやろ。何でも初まりの理もある。この所の初まりの理とは、何にも知らん、身一つ何にも分からん処から、日を送り来た。世上では安楽の道であろう。又々という処追々と、どうでもこうでもという道運ばんならん。元始めた何の神/\勤めて始め来た。だん/\遅れ/\て、世上より成程の理も下ろし、これで安心であろう。本部々々、あちらも本部。変わる出ける残る理と、かんろうだい一つ、何にも分からんでない。出掛けたら見にゃならん/\。第一の理が分からん。大層であろう/\。よう聞け。何でも道を出さねばならん。先ず/\このぢば・かんろうだい一つ、何でも彼でも運ばにゃならん。どんな道、世界の道、ほんの気休めである。発端の道、何か急いで取り掛かれ/\。

 押して、これまで本部、東京市下谷区北稲荷町四十二番地に設置有之処、おぢばへ引移りの事を御許し下さるや願
さあ/\これ/\よう聞き分け、小さいものと大きなものと。小さい事は一人でも出来るものである。大きな事というものは、一寸理を聞いても、この理は大き成るものである、というさしづして置く。


明治二十一年七月三日
 大阪小松駒吉長女あい身上障りに付伺
さあ/\どういう事を尋ねる。どういう事を聞くか分からん。心得まで諭す。皆一名一人の理、生れ更わり、いつの理に定めという。心得まで。いつにどうと定めたるもの、心の理によって洗い替え。いかなる理も、大難小難という理は、よく聞き分け。聞いて一つの理で大難小難。よう聞き取ってくれるよう。


明治二十一年七月七日
 清水与之助身上の悪しき処願
さあ/\身上の処に心得ん。何か身の処に分からんから尋ねる。尋ねるから聞かそ。よう聞き分け。万事一つの理を聞かそ。どういう理もある。よう見分けにゃならん。互い/\の心を持って、さあ/\どんな事も持ち込むで/\。これまでをやが皆通り来たる道、聞いても居る、見ても居る。皆談じ合うて通りてくれ。大きい心を持って通れば大きい成る、小さい心を持って通れば小そうなる。親が怒って子供はどうして育つ。皆、をやの代りをするのや。満足さして連れて通るが親の役や。皆、満足さして、元のぢばや親里やと言うて、満足して帰るのやで。どんな事も談示して満足さすよう。


明治二十一年七月七日
 亀田へ所属替えの頼みに大阪へ前川菊太郎、清水与之助出張の願
さあ/\何かの処、万事という。皆、掃除して、神が綺麗な道を付けるのや。早く早く/\急ぐ。急いで運ぶよう。


明治二十一年七月九日(陰暦六月一日)
 桜井の富松猶次郎妻たみ身上願
さあ/\いかなる処、内々一つ、家内内々の処、一寸々々障りや/\。速やかの理は無いと聞き分け。どういう事聞き分けるなら、内々も理も治まり、日々の処も成るだけの処運び、これは受け取ってある。どうせこうせは言わん。日々の処、身の処に不足あれば、日々の不足あるからや。身上に事情あれば案じる。余儀無くの理であろう。まあ一つにはたすけ一条の理を貰い、内々の処、これで一つは/\思う。案じ無く心違う。日々世上見て、一つの事情に理を見分け。案じる事は要らん。世上の理を見て、早くたんのうの理を治め。


明治二十一年七月十一日(陰暦六月三日)
 本部をおぢばへ移転するに付、奈良県庁へ届書にして宜しきや、又、願にして宜しきや伺
さあ/\尋ねる処、どれから行くのも同じ事。皆の者世上から理に押され/\、そこで、神一条の道聞き分けてくれ。何でも無い処からだん/\道を付けて来てある処、前々より皆伝えてある。そこで往還道は通り難くい、細い道は通りよい。皆この度の処、本部の方へ掛け合え/\。どうでもこうでも神一条見せねばならん、見にゃならん/\。この度皆世界から押されるから、一寸細い道を許したもの。どうでもこうでも、一つの道通らにゃならん。そこで早く/\道を運んで了え。

 信徒総代の伺
さあ/\運ぶ事情には、一つの事情、そうと一つ事情、運ぶ処には、談じにゃなろまい。そこで早く、談示を取りて掛かるがよかろう。


明治二十一年七月十一日 夜
 遠州国分教会設立願詮議に及び難き旨を以て戸長より却下に付、再願の旨伺(諸井国三郎身上障りに付、遠州より手紙にて願)
さあ/\十分に運んで/\、これだけ十分に運んで、どういうものと思う処、道を付くのは遅そなるで。そこで身に障り付くのをどういうものと。そこで、暫く、じいとして居るがよい。


明治二十一年七月十二日
 桝井伊三郎、梅谷四郎兵衞、清水与之助神戸行き見送りに付願
さあ/\/\遠くの所、同じ事や/\。理や。互い/\一つの心繋ぐ。互い/\一つの理を結ぶなら、速やか理も分かり来るという。


明治二十一年七月十三日
 東京本局へ、奈良県への届を書し、添書頼みに行くに付願
さあ/\何を急く/\という。この所世界の所から理を取る。世界の所から一寸理を取りて理を下ろす。ぼつ/\に何程の十分の理あるとも、こりゃ沢山なものや。何にも分からん。この所の理というは世界で分からん。分からんから、そこで、世界より一寸の理を引く。神一条の道を胸に治めて、世界の理を運ぶよう。まあ暫くの処と思う者もある。なれど神が入り込み守護をする。安心の道運ぶ。道だけ早く早く運んで了うよう。


明治二十一年七月十三日(陰暦六月五日)
 大阪天地組総長茨木基敬、三島中山重吉宅にて腰の周り両手にて抱えられるようになりしに付伺
さあ/\/\尋ねる事情/\、花が咲けば同じ花が咲く/\。内々心を治め。心の勇んだ今日という日に、又々尋ね出るがよい。


明治二十一年七月十三日
 平野トラに付願
さあ/\些かなる処から一つの事情、些かならんという処、早く聞き取れ。早く内内一つ、勇む処/\、内々家内早く尋ねよ/\。又一つ急ぐ事情ある/\。早く事情ある。心磨いて一日一つ/\。早く一つの事情ある。


明治二十一年七月十四日
 喜多治郎吉身上願
さあ/\尋ねる事情、さあ/\身の処一寸心得ん。どういうものであろう。さあさあ別段一つの理、案じは要らん。なれども早く聞かす。待ち兼ねたる、いずれの道聞かす事、一時一つ暮らす、俄かという。身上あって何たる事、やれ/\救かったる事もある。これこそいずれ知らそうまで運ぶ。遁るゝ処もあり、身の処一寸どういうもので、長らえて伝える処、まあ早く聞く。身の処案じな。何か早く聞かすもの十分理で治めてある。内々これまで分かる分からん、人間の理、立ち越したる理、それ/\道の理、十分の理を治めてある。前々内々やれこれでこそ。何かどんな難も遁れたれども、救け返やす、遁るゝたんのう早く取り聞かせ。一つの処、一つの事を聞き、内々治め早く聞かせ。


明治二十一年七月十五日
 平野楢蔵身上障りに付、平野トラおさづけ順序の願
さあ/\いかなる事情、一つ/\の事情、家内とも一つの事情というは、よう聞き分けてくれ。家内それ/\大抵通り来た処にも、一つの事情定めて貰いたい。大抵一つは、決めても居るやろ。所々に一つの芯を治めて貰いたい。これまで運んだる処で、又々一つ/\通り来てある処、この度、夫婦揃うて、心一つに定めて貰いたい。家内の処、一つのさづけも渡さんならんように成りてある処、夫婦一つの心に定めて貰いたいと。又いつとも分からん。取次二人三人の出合うて、夫婦の中の道一つ、取次三名以て、一名一人でよいで。夫婦の中、一つ早く聞き取りて、いついつまでも仲好うと。


明治二十一年七月十七日(陰暦六月九日)
 阿波国へ前川菊太郎、橋本清、平野楢蔵派出に付伺
さあ/\遠く所を運ぶ事、さあ/\急ぐ事は急ぐ。今暫くの処は急ぐ事も無い。さあ/\暫く一寸の間やで。さあ/\旬々の花、一つ/\運んで了うで。さあ/\治めて了うで。さあ/\同じ花、皆々持たすで。さあ/\一寸暫く、控えて居るがよい。


明治二十一年七月十七日(陰暦六月九日)
 奈良講社の者、正月頃より二十名ばかり別派になり、学者を頼みて此者に講元並に教職をも許しくれるや、さもなくば天理教会を潰し、又は平野楢蔵と論をするなどと言うに付伺。又平野も立腹致し居るに付、論をしに行きても宜しきや、如何して宜しきやも伺う
さあ/\どんな者も皆寄り来る。めん/\我がものと思うて、花の色匂いを取る心が世界では分からんで。匂い取り兼ねる/\。人間心の色はどうもならん。さあさあ腹立てさすやない。めん/\にこれをこうしてくれと言うやない。さあ/\花の色、皆々めん/\に、あの花の色はと言うて、さあ/\/\皆々談示に寄り来るで。腹立てさゝぬよう。さあ/\無理どんな事言うても、どんな無理言うても、何にもならせんで。さあ/\言えば言う程言う者は言う通りに成る。腹立てんよう。さあさあ日々皆々その花の心に成るで。
(右の如く世界広い道になれば、皆々花の匂で寄り来るなれど、匂取る事分からん故に腹を立てるのであります)


明治二十一年七月十七日
 大阪近藤政慶の願
さあ/\身の処から身上ありて一つの事情、めん/\一つ事情運び切れ。思うも事情、身に案じがありて、これまでというものでありて一つ事情、身は速やかと分かり、遠く一つの事情、何かの処も聞き分け。身は速やかと治まる。ちゃんと心治まれば、身は速やかという。一つ理こうのう見よ。


明治二十一年七月二十三日
 東京より届書の添書帰りて願
さあ/\願の事情、諭す処の事情、先ず/\今まで運び来たる処、神一条の理は未だ/\いかん。さあ/\神一条の理は一夜の間にも入り込むなら、どうしようとままや。朝あちら向いて居るを、こちら向けるは何でもない。前々聞かしてある。何処へ頼むやないと言うてある。軽き/\の道許したる処、神一条の道はなか/\分からん/\。かんろうだいの道は分かろまい。世上にては世上の道を知らそ。世上で矢来をしたようなものや。さあ矢来も十年二十年したなら破損が廻るやろ。あちらに一本抜ける、こちらに一本抜きに来る。判然としたさしづやで。まあこれで安心と言う、安心という間が隙間やで。隙間より腐るもの。さあ/\矢来も五年十年二十年すれば破損が廻る。一本二本抜く、抜きに来る。よう聞いて置かねばならん。


明治二十一年七月二十四日(陰暦六月十六日)
 本部神殿祀る所の伺(上段の間より本席の台所を境とし、渡り家取払い建家新築の願)
さあ/\始まり/\、かんろだい一条の始まり。日々の処理を以てすれば皆治まるで。四方建物、一間四方にして、多く高くして危ない処、じっと踏ん張りて居る処、西へ抜ける、北東南四方抜ける理もある。高うして成程というようにして、今の処ほんのざっとして、どれからどれへ/\、一つ/\印を打ちて、今の処何時取り払うても惜いないというようにして、一間四方天窓にして、まあざっとして、二つめどうとして印々、皆の処にして印々、皆の者入来るの印々、北の所今の処あちらからこちらへと思うなれども、よく/\思やんせよ/\。思やん治めそれ/\尋ねる処理である。それ/\日々の処、運ぶがよい。まあ思やん一時々々まあ一寸思やん、追々のさしづ。今の処普請ぢば一つの処、普請大層は要らんで。一寸して置け。仮家の普請々々、仮家の囲い。これを尋ねた一つのものや、皆々思うやないで。元々最初一つの理よりふでさきにも知らしたる通り、皆々これもふしか/\。一つのものもよんだが、どんな道も通りた者もあるやろ。理を見分け、高い低いの理は無い。互い/\の理を積み重ね、この一つの話いつ/\までも続くようとさしづ。
 右おさしづ詰合の人々左の如く悟る。
『四方へ抜けるというは往還の道の初、今日より運ぶにより、一間四方はかんろだいの地上を屋根抜き雨打たしの事、二つめどうというはかんろだいの南へ神前を祀り、かんろだいの北より南へ向かって参詣する事、上段の間のこれまで祀りある分、取り払うと中山会長仰せられしも、おさしづは二つめどう、矢張り上段の間これまで通りに祀る事。』


明治二十一年七月二十五日(陰暦六月十七日)午後五時十分
 大阪天地組総長茨木基敬同年陰暦六月五日三島中山重吉宅にて、お手入れを頂きし事述べし時のおさしづ
さあ/\/\尋ねる事情、さあ/\これまで長らくの道の処、幾重の道も通り、又一つ十分身上自由自在、生涯一つの何分理ある理を運ぶ。運べどもたゞ一つの理により、自由自在の理、自由自在、一日生涯しっかり一つの心治め。一日の日をたすけ一条のため、自由自在。一日たすけ一条一つこうのう理渡そう、さづけ。
あしきはらひたすけたまへ天理王命、三遍づつ三遍三三三九度。


明治二十一年七月二十六日
 梅谷四郎兵衞百日も前より、肛門夜になると痛み、又は痒くなるに付伺
さあ/\身上一つに変に心得ん。身の障り一つの理分からん事情尋ねる処、さあさあ今までの道あちらの障りこちらの障り、一つ/\分かりたる処、さあ/\変に心得ん。身には左程にも思うような事は無い。なれど少し/\の身の悩む理は心得ん処、さあ/\これまでにどうでもこうでもと言う。心一つ受け取ってある処、さあさあ世界の理に押され、どうでも凌ぎ難なき世上の理によって、一寸付けたる道は細い/\道やで。世上では大層な道と言う。さあ/\一寸付いたる処、今までにもある道、今までにも無き道は神一条の道、さあ/\何でも立てねばならん、立てささねばならん道。さあ/\あちらの理、こちらの理も運び、表道裏の道を通り、さあ/\これでと思わんよう。さあ/\その心得で何事も運びくれるよう。さあ/\身上の理、変に心得ん処、どうでも/\、さあ/\長らくの処ではないで、暫くの処、さあ/\現わすで/\/\。

 大阪明心講分教会の願
さあ/\未だ/\一つ。今一時何からでも同じ事。さあ/\ぢば一つ同じ木や。互い/\この理上以て、さあ/\早く治めてくれるよう。


明治二十一年七月二十六日
 清水与之助帰宅の願
さあ/\一両日の処、早く一つの理。なれど内々の事情もある、それ/\の理もある。早く/\運んで、又々早く/\運ぶよう。


明治二十一年七月二十九日
 上田いそ願
さあ/\順序諭する処、しっかり聞き分けねば分からん。長らえて一つ/\旬々運ぶ処/\、先ず/\理十分にある。さあ/\それより一つ内々の理、家内それ/\一寸心得ん、身の処心得ん。又心得ん一つ理、いかなるも聞き分け。取り直せ。諭する十分、それより定める。どういう理定め暮らす処、年々不自由無き、だん/\尽す一つ理を聞き分け。内々十分さしづ聞く、一つ聞く。いかなるも見分け聞き分け。聞いても、これまでの理大抵人間身の内かりもの聞いて居る、又諭する処聞いて居る。世界中々一つ理、人間残らずかりもの一つ理、一軒理、世界の理、この理を聞き分けられねばならん。身処あちらが不足する、どういう事、世上一つ理がある。内々一寸身に不足、世上理身の一寸不足、世上が鏡、いかなるもかりもの、心我がもの、心通り鏡に映してある。見分け聞き分け、それより聞き分け。内々かりもの、心我がもの、同じかりもの、世界中多くかりもの、内々何人かりもの、世界いんねん/\、不足々々映してあるが、前生内々かりものなら、世界難儀不自由なら、その身ならたんのうが誠、誠一つ天の理、この理を聞き分けてくれねばならん。たんのうやれ/\成程世上見ればたんのう、この理内々理が分かれば速やか、言葉で聞いて身が速やか/\。直ぐと内々直ぐと、心澄むと一日目は早や/\。


明治二十一年七月三十一日
 中台勘蔵願
さあ/\何か一つの事情、何か一つの理早く聞き取れ/\。これまで多く中/\、長くの道筋々々。今一つ長く一つの事情、何かの処治まろう。しいかり聞いて来れば分からんでない。この所神一条、五十年以前からの元の理を聞いて心に治めよなら、成程の理も治まろう。天理王命と称するは、一つの宗旨である。天理王命と元一つ称するは、天の月日である。元一つ始めるは女一人である。元よく聞いてくれ。長々元一つ分からなんだ。未だ/\ほんの一寸の初まりである。危なき道や/\思えども、何にも危なき道やない。何ぼ往還道でありても、心に誠無うては通れようまい。心に誠一つさいあれば、何にも危なきはない。楽しみ一つの道やある、と、諭してくれるよう。


明治二十一年七月
 平野楢蔵願
さあ/\身の障り/\。第一一つ/\、皆んな一つ聞き分け。尋ね出る理がある。今一時は世界中という。どちらやろ/\、一時始める/\、いつの事やと思うて居る。あちらの国に一つ、あちらの所に一つと、どうもこれまで聞かしてある/\。遅れ来てある処々、年が明けたら、ろくぢと言うてある。なれども、皆案じてどんならん。扉を開いて、世界をろくぢに踏み均らすと言うてある。扉を開いて、世界をろくぢに踏み均らしに廻りて居る。なれども皆んな、案じてどんならん。筆に記した通り、皆出て来るのやで。遅れてあるのや。皆心定めて居るなれども、心に一寸掛かれば案じてどんならん。これ皆んなよう聞いて置け。扉を開いてろくぢに踏み均らす、と言うてした通りに、皆踏み均らす。速やかと踏み均らさにゃならん。ほんに成程と言う。そこで一寸々々身に障る。案じる事はない。悠うくりと心を治めてすれば、身の障りもすうきり無い。

押して、普請の願
さあ/\心置き無う。さあ/\勇んで一つ委せ置くと。


明治二十一年八月二日
 大阪島文助身上の障りおさしづ
さあ/\身上に事情あって、心得ん処より尋ねる。尋ねるから聞かし置こう。めんめんから身上あって事情あると分かりて、又人に諭すようと、先ず世上に理ありて諭す。どういう事、たすけ/\と言うて運ぶ者ある。鮮やか一つの道を通るようと話してくれるようと。たすけ一条には、速やか鮮やかな心無くては、たすけ一条と言えんと。何時どういう道があるやらと。そこでめん/\よりそれ/\へ伝えて、安心さして、それよりどれ程の働き見るやら分からん。これよく聞き取りて鮮やか一つ道という、心定めて出にゃならん。


明治二十一年八月二日 午後五時
 刻限御話
さあ/\/\余の儀外の儀でないで。さあ/\万事一つの事情改める。これしっかり聞き分け。さあ/\日限の刻限、さあ/\日々の扱い何かの処扱い、さあ/\事情によって尋ねるによって、日々の刻限によって一つ改める。さあ/\事情すっきりと幾人ある中、深きの理を治めよ。さあ/\尋ね一条から知らさにゃならん。さあ/\一つの事は、さあ/\日々に替わる、何名入り替わる。一寸出越し居る。一手に筆に書き取って、日々の処不都合の事ある。さあ/\互い/\契り結んだ理を以て深き理運ぶ。これまでは日々の運ぶ事、めん/\一名一人あちらから頼む、又あちらで話合うて、一寸一日の処を幾人、それ/\事情あって、今日はめん/\の処は何名幾人幾名と、それよりも深き処の事以て運ぶ。又それ一寸一つの事情なれば、まあ/\めん/\一人だけの事情なれば、めん/\深き身の内の悩む事情、さあ/\事情という話、一つの理、事情これ聞いて置け。又めん/\縁談これ一つの事情、めん/\聞かしてある。又一つ普請、又一つ先々の事情を渡すには、一度二度三度先ず渡すには、又一つには伺い一つ、密そかに/\。一日の日に渡す者もある。又一つにはこうのうというは渡す事情、又々多くの中の事情は又変わる。ざわざわした中ではならん。静かに/\。さあ/\取次一人でしっかり分かる。又一つには取次一つ、又一名一つしっかりと。さあ/\深きの事情と言えば、先に説いて世界はたすけ一条。さあ/\尋ね一条の理は一人で日々の処、さあ/\十分の理を諭して洗い取りてから。事情あらば通さんとは言わん。

 押して、深き事情という処、梅谷四郎兵衞より伺
さあ/\一言話して置くで。さあ/\前々の処、一つ余儀無く一つの理上、余儀無く深きの事情という一つの事情、深きの事情は尋ね一条、さあ/\、深きの事情は別段席立てゝ、尋ね一条事情深き事情と。又々一つの深きの事情は、又々一度二度三度まで返やし。又々三度々々返やして運ぶ事情、又深きの理上尋ねるなら渡そうという、事情も聞かして置こう。

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posted by 朱夏 at 21:17| Comment(0) | TrackBack(0) | おさしづ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月12日

明治二十年のおさしづ。(公刊おさしづ第一巻より)

おさしづを読む前に、「おさしづを身近に」をご参照下さい。
天理教勉強blog: おさしづを身近に。

おさしづの順は、公刊おさしづに準じています。
但し、旧字は常用漢字に改めています。
また「割書き」部分は文頭を一段下げることで、おさしづ本文と区別しています。

教語、人名など、検索機能をご活用下さい。
天理教勉強blog内検索

誤字脱字等あれば、コメントにてご指摘下さいますよう、お願い致します。




明治二十年一月四日 (陰暦十二月十一日)
 教祖お急込みにて御身の内御様子あらたまり、御障りに付、飯降伊蔵へ御伺いを願うと、厳しくおさしづありたり。(教祖御居間の次の間にて)教祖お急込みにて御身の内御様子あらたまり、御障りに付、飯降伊蔵へお伺いを願うと、厳しくおさしづありたり。
さあ/\もう十分詰み切った。これまで何よの事も聞かせ置いたが、すっきり分からん。何程言うても分かる者は無い。これが残念。疑うて暮らし居るがよく思案せよ。さあ神が言う事嘘なら、四十九年前より今までのこの道続きはせまい。いままでに言うたこと見えてある。これで思やんせよ。さあ、もうこのまま退いてしまうか、納まってしまうか。


明治二十年一月九日(陰暦十二月十六日)
 教祖御話
さあ/\年取って弱ったか、病で難しいと思うか。病でもない、弱ったでもないで。だん/\説きつくしてあるで。よう思やんせよ。


明治二十年一月十日(陰暦十二月十七日)
 飯降伊蔵を通しておさしづ
さあ/\これまで何よの事も皆説いてあるで。もう、どうこうせいとは言わんで。四十九年前よりの道の事、いかなる道も通りたであろう。分かりたるであろう。救かりたるもあろう。一時思やん/\する者無い。遠い近いも皆引き寄せてある。事情も分からん。もう、どうせいこうせいのさしづはしない。銘々心次第。もう何もさしづはしないで。


明治二十年一月十三日(陰暦十二月二十日)
 教祖御話
さあ/\いかなる処、尋ねる処、分かり無くば知らそう。しっかり/\聞き分け。これ/\よう聞き分け。もうならん/\。前以て伝えてある。難しい事を言い掛ける。一つの事に取って思やんせよ。一時の処どういう事情も聞き分け。
 押して、真之亮より「前以て伝えあると仰せあるは、つとめの事で御座りますか。つとめ致すには難しい事情も御座ります。」と申し上げられると、
さあ/\今一時に運んで難しいであろう。難しいというは真に治まる。長う/\長う四十九年以前から何も分からん。難しい事があるものか。
 真之亮より答「法律がある故、つとめ致すにも、難しゅう御座ります。」と
さあ/\答うる処、それ答うる処の事情、四十九年以前より誠という思案があろう、実という処があろう。事情分かりが有るのか無いのか。
 真之亮より「神様の仰せと、国の掟と、両方の道の立つようにおさしづを願います。」
分からんであるまい。元々よりだん/\の道すがら。さあ/\今一時に通る処、どうでもこうでも仕切る事情いかん。たゞ一時ならん/\。さあ今という/\前の道を運ぶと一時々々。
 真之亮「毎夜おつとめの稽古致しまして、しいかり手の揃うまで猶予をお願い致します。」
さあ/\一度の話を聞いて、きっと定め置かねばならん。又々の道がある。一つの道もいかなる処も聞き分けて。たゞ止めるはいかん。順序の道/\。
 真之亮「講習所を立て、一時の処つとめの出来るように、さして貰いとう御座ります。」
安心が出けんとならば、先ず今の処を、談示々々という処、さあ今と言う、今と言うたら今、抜き差しならぬで。承知か。
 真之亮「つとめ/\と御急き込み下されますが、たゞ今の教祖の御障りは、人衆定めで御座りましようか、どうでも本づとめ致さねばならんで御座りますか。」
さあ/\それ/\の処、心定めの人衆定め。事情無ければ心が定まらん。胸次第心次第。心の得心出来るまでは尋ねるがよい。降りたと言うたら退かんで。
 押して願(明け方教祖御身上に付願)
さあ/\いかなる事情。尋ねる事情も、分かり無くば知らそ。しっかり聞き分け。これ/\よう聞き分け。もうならん/\/\。難しい事を言い掛ける。一つ心に取って思やんせ。一時の事情、どういう事情を聞き分け。長らく四十九年以前、何も分からん中に通り来た。今日の日は、世界々々成るよう。
引続きて真之亮より「教会本部をお許し下された上は、いかようにも神様の仰せ通り致します。」
さあ/\事情無くして一時定め出来難ない。さあ一時今それ/\、この三名の処で、きっと定め置かねばならん。何か願う処に委せ置く。必ず忘れぬようにせよ。
(三名とは真之亮及前川、梶本両人の事なり)
 真之亮「有難う御座ります。」と
さあ/\一時今から今という心、三名の心しいかりと心合わせて返答せよ。
 引続き真之亮「このやしきに道具雛型の魂生れてあるとの仰せ、このやしきをさして此世界始まりのぢば故天降り、無い人間無い世界拵え下されたとの仰せ、上も我々も同様の魂との仰せ、右三箇条のお尋ねあれば、我々何んと答えて宜しう御座りましようや、これに差支えます。人間は法律にさからう事はかないません。」
さあ/\月日がありてこの世界あり、世界ありてそれ/\あり、それ/\ありて身の内あり、身の内ありて律あり、律ありても心定めが第一やで。
 続きて真之亮「我々身の内は承知仕りましたが、教祖の御身の上を心配仕ります。さあという時は如何なる御利益も下されましようか。」
さあ/\実があれば実があるで。実と言えば知ろまい。真実というは火、水、風。
 押して願
さあ/\実を買うのやで。価を以て実を買うのやで。


明治二十年一月二十四日(陰暦正月元旦)
 教祖御話(教祖床から起き上られ、お髪を御上げになつて、一同に向い)
さあ/\十分練った/\。このやしき始まってから、十分練った。十分受け取ってあるで。


明治二十年二月十七日(陰暦正月二十五日)夜
 教祖の身上御障りに付、いかゞと飯降伊蔵により願
さあ/\すっきりろくぢに踏み均らすで。さあ/\扉を開いて/\、一列ろくぢ。さあろくぢに踏み出す。さあ/\扉を開いて地を均らそうか、扉を閉まりて地を均らそうか/\。
一同より「扉を開いてろくぢに均らし下されたい」と答う。(伺いの扇この時開く。)
成る立てやい、どういう立てやい。いずれ/\/\引き寄せ、どういう事も引き寄せ、何でも彼でも引き寄せる中、一列に扉を開く/\/\/\。ころりと変わるで。
又「世界の事情運ばして貰いとう御座ります。」と
ならん/\/\。

明治二十年二月十八日(陰暦正月二十六日)早朝
 二十六日のおつとめに就きて御願
二月十七日(陰暦正月二十五日)の夜、教祖御気分宜しく、御床の上にて御髪をお上げ遊ばさる。
さあ/\いかなるも、よう聞き分けよ/\/\。さあ/\いかなるもどうも、さあ今一時、前々より毎夜々々々々伝える処、今一つのこの事情早うから、今からと言うたなあ。さあ、今という処諭してある。今から今掛かるという事を、前々に諭してある処、さあ今の今、早くの処急ぐ。さあという処、応分という処あろう。待つという処あろう。さあ/\一つの処、律が、律が怖わいか、神が怖わいか、律が怖わいか。この先どうでもこうでも成る事なら、仕方があるまい。前々より知らしてある。今という刻限、今の諭じゃない。どういう処の道じゃな、尋ぬる道じゃない。これ一つで分かろう。
この日十二時より支度をして、一同本づとめを終ると共に、午後二時教祖の御身上冷たくなり、遂に身をおかくし遊ばさる。


明治二十年二月十八日(陰暦正月二十六日)午後
明治二十年一月九日(陰暦十二月十六日)より教祖身上一寸御障りつき、御やすみになり、同一月十八日(陰暦十二月二十五日)の夜よりおかぐらづとめ並びに十二下り始まり、二月十七日(陰暦正月二十五日)夜まで、毎夜おつとめあり、又二月十八日(陰暦正月二十六日)正午十二時より教祖の御身上迫りしに付、それよりかんろだいにておかぐらおつとめ、あとへ十二下りのてをどりあり。その時真之亮より詰合いの人々へ、だん/\御談示の上「おつとめの時、もし警察より如何なる干渉ありても、命捨てゝもという心の者のみおつとめせよ」と仰せあり。それより皆々心を十分定め、その用意して、おつとめに掛かりたる者、地方 泉田藤吉、平野楢蔵、神楽 真之亮、前川菊太郎、飯降政甚、山本利三郎、高井猶吉、桝井伊三郎、辻忠作、鴻田忠三郎、上田いそ、岡田与之助(宮森与三郎)、お手振り 清水与之助、山本利三郎、高井猶吉、桝井伊三郎、辻忠作、岡田与之助、鳴物 中山たまへ(琴)、飯降よしゑ(永尾)(三味線)、橋本清(つゞみ)の人々なり。家事取締の任に当りたる者、梅谷四郎兵衞、増野正兵衞、梶本松治郎にて、以上総人数十九人なり。おつとめは午後一時より始まり、二時に終る。右おつとめの終ると共に、教祖息を遊ばされずなる。それより内蔵の二階の中にて、飯降伊蔵により御伺あり。
さあ/\ろっくの地にする。皆々揃うたか/\。よう聞き分け。これまでに言うた事、実の箱へ入れて置いたが、神が扉開いて出たから、子供可愛い故、をやの命を二十五年先の命を縮めて、今からたすけするのやで。しっかり見て居よ。今までとこれから先としっかり見て居よ。扉開いてろっくの地にしようか、扉閉めてろっくの地に。扉開いて、ろっくの地にしてくれ、と、言うたやないか。思うようにしてやった。さあ、これまで子供にやりたいものもあった。なれども、ようやらなんだ。又々これから先だん/\に理が渡そう。よう聞いて置け。
右の御話あり、これより御葬祭の拵えに掛かる。


明治二十年二月十九日(陰暦正月二十七日)
 願
さあ/\/\/\いかなる伺い、尋ねる処、どういう事情。いかなる処にも運び、今一時尋ねる処、一つの話、ならん/\すうきりならん。内々これよう聞き分け。さあよう聞き分け/\/\/\。これ/\/\何を話をしようにも、幾重の話する。よう聞き分けねば分かり難ない。幾重にも言葉替えるで。さあ/\よう/\早く早くいかなる処も、すうきりとさしづして置くで。今一時成る成らんと、今一時事情、一寸それ/\の所を変え、行き亙る。これまでの処は、幾重の道を通りたか、通らぬか。この二つの処、よう/\いかなる神の自由という。思う処それ/\の心、いかなる心、大変なる事であろう、思えども一つの処、先々の処、どういう事にも思う。これ一つの処、先々一つ通り難くい。先々の道、これまで思わぬ一つの処、ぢばの道はこれまで今まで世界の道も、この運ぶぢば聞いてやれ。聞いて多くの中に、大きな大変な事であった。何でも一時早くに、応法に勝り逆らう。さあ/\所所、さあ所々という。
二月二十三日(陰暦二月一日)に御葬祭、その時斎主は守屋秀雄なり。副祭主は笠松古輝なり。祭官は三輪の大神教会の教職及天理教会の教導職。参拝人は万以上。墓地は勾田村頭光寺にて、会葬者は墓地まで続きたり。謚は守屋秀雄と談合の上、真道弥広言知女命と申上ぐ。教祖御年九十才なり。


明治二十年二月二十四日(陰暦二月二日)午後七時
 御諭
さあ/\分からん/\、何にも分からん。百十五才、九十才、これも分からん。二十五年不足、どうであろう。これも分からん。どうしても、こうしても、すうきり分からん。故に二十五年を縮め、たすけを急ぎ、扉を開いて世界をろくぢに踏み均らしに出た。神でのうてこの自由自在は出けようまい。止めるに止められまい。神は一寸も違うた事は言わん。よう聞き分けてくれ。これから先というは、何を聞いても、どのよの事を見ても、皆楽しみばかり。楽しみや。よう聞き分け。追々刻限話をする。


明治二十年二月二十五日(陰暦二月三日)午後七時
 御諭
第一をびやたすけ、さあ三日目三粒を三つ、三三九つを百層倍。これをかんろうだいへ供え、本づとめをして、元のぢばなる事を伝え、をびや許しを出す。


明治二十年三月一日
 平野トラ身上願
さあ/\心得ん、どういうもので心得んや。いかなるの理を聞き分け。身の内の処、一寸に分かるまい。身の内の処、日々心得んという処、処々に理があるという、理があるやら分かるまい。めん/\内々の処ある、分かろまい。精神一つ、誠一つ程強いものあるまい。大きな心開き、めん/\の処にて、何遍と無く、理を分からにゃ何もならん。


明治二十年三月四日(陰暦二月十日)
刻限御話
何も分からん、分からん中より一寸始め掛ける。さあ何を聞くやら何を見るやら分からん。何を聞いても見ても、一寸も心に掛けるやない。皆神の働き。よう聞き分けるがよい。
(暫く刻限過ぎて大声にて、ワツと二声あげ)
さあ/\身の内にどんな障りが付いても、これはという事がありても、案じるではない。神が入り込み、皆為す事や。


明治二十年三月四日(陰暦二月十日)
 増野正兵衞胸の下障りに付伺
さあ/\身上の処よう聞き分け。日々暮らす一つ身の処、どういう処思案、よう聞け。めん/\処、いかなる処、めん/\処、身の障りというは国々所、いかなる、又々話聞く。いずれ又々、いかなる、誠一つ、所取り直し/\。さあ/\一日々々身の障り/\尋ね、めん/\の処、身の障りしかと聞き分けてくれ。どうでもこうでも、一人々々早く、それ/\だん/\処、又々処、めん/\国々いかなる処締まり急ぐ。十分急ぐからで、急き早く急く。さあ/\いかなる国々、それ??十分道、道を急き/\、遠からずのうちやで。さあ/\何も道の道ある。これで事ひょと思うたる、夢か現か、楽しみを/\。実であり、幽冥いくや、一名いかなる処、精神早くいう処。


明治二十年三月十日(陰暦二月十六日)
 増野正兵衞帰国の時伺
いかなる処、だん/\精神たゞ一つ。いかなる処、一結び内々それ/\の処、暫時の処、内々先々、道々のしゃ実こうしゃ、誠一つ案じる。ある事は案じの処、誘われんよう。何かの処思やん。今一時、一時どうしよう、先々今一時、互い/\の思案、じっと見通し付かん。今一時そのまゝ。誠心いかなる心定め。どうこう案じ心誘われんよう。


明治二十年三月十一日(陰暦二月十七日)午後七時
 刻限御話
さあ/\聞いてるか、聞き分けるか。世界は広い。広い世界の元なれば、広いだけの事を為さねばならん。さあ/\種苗、苗代は、元のぢば。修理肥は誰がする/\/\/\。遠い所より種を蒔きに来る。種を蒔いたら肥えをせねばなろまい。これをよう聞き分け。


明治二十年三月十一日(陰暦二月十七日)午後十二時
 刻限御話
内も世界も十分と思うであろう。さあ/\始め掛ける/\。どえらい山がある。ろくぢ/\という事も聞かせてある。山を刳り抜かねばろくぢでない。さあ/\刳り抜くで/\。それ/\へも伝えて置かねばならん。よう聞き分けて、じいとして見て居るがよい。


明治二十年三月十三日(陰暦二月十九日)午後七時
 御諭
さあ/\何も分からん。その中より始め掛ける。澄み切りた容れ物と、泥水の容れ物と、皆々渡したで。濁りたる水を、今一時に澄まそうと思うても、澄まする事が出けんで。神が何を言うやらと思うであろう。そうではない。見て居よ。一家の内でも同じ事渡してある。澄んだる容れ物には一つの印が渡してある。よう聞き分け/\。


明治二十年三月十四日(陰暦二月二十日)午後八時
 飯降伊蔵の身の内の事御諭
取り直せ/\。何をこうと思い、あれをどうやと思い、末一つを案じる。何にも案じる事は要らん。取り直せ/\/\。身の内の処、さあつとめせねばならん、どうやろうと思う。何にもつとめも要らん、じいと見て居るがよい。先々より聞かしてもある。今息切れたという事もある、と、いうまでもあるとの事、心配は要らん。我が身で我難儀をして居るのや。起きたらどうせねばならん、これもあゝせねばならん、と思い。何にも思う事は要らん。長々の道筋苦労を掛けたる事、皆受け取りてある。どんと心を落ち着いて、喰いたい物を何なりと喰べて、じいと寝て居たらよい。じいと寝て居れば何処も悪いではない。何も心配は要らぬ。見て居るがよい。


明治二十年三月十五日(陰暦二月二十一日)午後九時
 刻限御話
さあ/\急がしい/\。掃除や/\。あちらに一寸、こちらにもそんな事あるかいな、と、思て居る。違うで。さあ掃除や。箒が要るで、沢山要るで。使うてみて使い良いは、いつまでも使うで。使うてみて、使い勝手の悪いのは、一度切りやで。隅から隅まですっきり掃除や。


明治二十年三月十六日(陰暦二月二十二日)午後二時
 刻限御話
さあ/\この世に機械が悩んで居る。米も沢山、水車も沢山ある。ありながら、どうも機械が揃いない。それで、どうも白米にする事が出来ん。機械が揃いなけねば、一人の機械も使う事出けん。それ/\へ身の内障り付けてある。水も沢山、どうで白米にせん事には喰べさす事が出来ん。こゝをよう聞き分けて、たんのうしてくれねばならん。


明治二十年三月十六日(陰暦二月二十二日)午後三時
 御諭
さあ/\古い道具もある、中年の道具もある。それ/\道具の破損中や。何も案じる事は要らん。


明治二十年三月十六日(陰暦二月二十二日)午後八時
 刻限御話
さあ/\始め掛けた/\。六年の間、六年以前より道筋、どのような事もあったであろう。何でや。天理王命の旗をあちらこちらに立て、何と変わるもの。一人も寄せ付けなんだ日もあった。又黒衣を着せた日もあった。実が誠か、誠が実か。見えねば分かるまい。そこで得心が行たやろう。


明治二十年三月十六日 午後十一時
 刻限御話
さあ/\変わる/\。今まで弱き者が強くなる、今まで強き者が弱くなる。目に見えねば分かろうまい、離れては分かろうまい。傍にありても敵うまい。月が更わればころっと変わる。弱い者が強くなる、強い者が弱くなる。そこで分かる、という事を知らして置く。


明治二十年三月十七日(陰暦二月二十三日)午後三時
 刻限御話
治めるで/\。いかなる事も今までや、どういう事も今までや。世界から出けて来る事なら、是非はあるまい。扉を開いて出て居る。見ても聞いても案じるでない。皆神の働きやで。


明治二十年三月十七日(陰暦二月二十三日)午後四時
 刻限御話
さあ/\治めにゃならん/\。何処も彼も皆すっきりと治める。どのような事も、見るも聞くも皆治める。どのようなさしづ聞くも、神のさしづ聞くと思わねばならんで。


明治二十年三月十七日 午後七時
 刻限御話
さあ/\今までというは、仕事場は、ほこりだらけでどうもこうもならん。難しい難しい。何も分からん。何も分からんではない、分かってはある。なれどもほこりだらけや。さあ/\これからは綾錦の仕事場。錦を仕立てるで。こゝ暫くの間は、今日は食事が味が無いという日もある、又進む日もある。あちらもこちらもほこりあっては、錦の仕事場にならん。さあ、すっきりとしたる仕事場にするのやで。綾錦の仕事場にはならん。さあ、すっきりとした仕事場にするのやで。綾錦の仕事場に仕立てる。


明治二十年三月十八日(陰暦二月二十四日)
 御話(午前に一座のつとめを願い、つとめ済み次第)
さあ/\抑えた/\。しいかり踏み止めた/\。


明治二十年三月十八日(陰暦二月二十四日)夜
 刻限御話
さあ/\どん/\と車に積んで引き出すような話やで。早いで/\。さあ/\何事と思うやない。大きな石をどん/\引き出す。あゝ/\/\こうであったか。難しい事言い掛ける。聞いたるまで分からんで、胸にしっかりと持って居よ。聞いたるまでは、刻限十分外すな。あちらより一本、こちらより一本。あちら幾本、こちらより幾本。それをちゃんと寄せて仕上げる。


明治二十年三月十九日(陰暦二月二十五日)午前一時二十分
 刻限御話
さあ/\しっかり聞かねば分からん/\。分からん事は尋ね/\。尋ねにゃ分からんで。今までの長道中、道の事情によりて、まこと難渋な事もあり、情無いと思う事もあり、その中内々一度二度より、ほんに面白いというような事が無かったで無かったで。さあ/\よう/\よう/\の処道なれど、どうも一つが分からんによって、残念々々と言うて口説き詰め。このまゝでは、悧巧な子供もあり又鈍な子供もあり、このまゝでは楽しみが無い。仕事場と言うてあれども、言うて持ち込んだ。それ故に、やりたいものが沢山々々にありながら一寸かくれた。残念々々と言うのは、渡さにゃならんものが渡さなんだが残念々々。西から東へ、東から西へ、北から南へ、さあ/\尋ねに行かねば分からん事情。これから先の道は言うまでやない。


明治二十年三月十九日(陰暦二月二十五日)午前五時
 刻限御話
さあ/\多く/\のその中に、今の道ほど偉い道、今の道ほど堅い道は無い。さあさあ今の話は皆今までの言い残りやで。今まではこの結構なる道を、まこと結構と思うて聞く者が無い。今までというは聞いたる者もあり、その場限りの者もあり、聞かぬ者もあり、そこで日が延びたのやで。世界では、どうやろうかこうやろうか、ぶっ潰れるであろうか、いや、そうではあろまいか。これではどうもならん、あれではどうもならん。もうやめようか、もう一つ行こうか、さあどうもならん。さあどうしよう。これ皆銘々の心からやでな。


明治二十年三月十九日(陰暦二月二十五日)午後十二時
 刻限御話
さあ/\思やん/\、今一時直ぐ、早く/\。これからだん/\刻限話。さあ/\もうその場踏んで、後はあちらこちら聞きに来るよう、いつまでも同じ事をする。たゞこうきという。それ/\の処より刻限、赤きは赤き、黒きは黒き者に連れられ、さあ/\だん/\早や/\。たゞ仕事場、それと言うは、元々より聞き込み足らん。今に聞いてる者もある。これを聞いて置け。一度二度何にもならん。又つとめ一度二度、大抵方はよい。元の方は言うてる場何やら分からん。これまでというは、日日守りを付くというは、幾度も早く守りのさしづあれども聞き遁がし。これは磨き立て、掃除を行き届き。さあ/\何を尋ね聞いてくれ。あちら静か、何でも理に適う事なら、何時にても尋ね変え、二度三度も尋ね。一言聞きて銘々の事を忘れ。


明治二十年三月二十日(陰暦二月二十六日)午前四時
 真之亮代理伺
幾重の話聞く。大工というて知ったは神一条、仕事場は神一条、北は鍛冶屋南は大工で、神一条。さあ/\尋ねる処事情知らす。又々心で知らし置く。どうでも皆その日来るなら、働きも十貫目渡るもあり、二十貫目渡す者も皆心次第。これ心尽せし程、目札を付けて渡す。さあ/\付けるとも。刻限事情を知らす。大勢ではざわ付く。誰が筆執れは言わん。さあ/\一人ではよいのやで。大層せいとは言わん。神のさしづ言わん。


明治二十年三月二十日(陰暦二月二十六日)午後一時三十分
 刻限御話
一寸正月二十六日、これまで話てある。さあ/\事を始め。二月二十六日というは、今初めやで。多く始まり、追々。さあ/\今一時世界も分からず、世界も不思議や。それ/\の道一寸付け掛けた。


明治二十年三月二十日(陰暦二月二十六日)午後四時
 刻限御話
さあ/\刻限、さあ/\騒がし。刻限一寸なりと言うて置く。どうでもこんな事なら、もうちいと早く思案、四五年前に纏まり付いてある。今はどうで、明日はあなた道の思案、不思議な道である。今一寸話して置く。


明治二十年三月二十日(陰暦二月二十六日)午後七時
 刻限御話
さあ/\/\/\所々国々、さあ/\行き亙る。月々だん/\これまでの道。十分手広い道もそろ/\印を打ち掛ける。さあ/\いつとは分かるまい。さあ/\今に印打ち掛ける。何処から何処まで危ない道、さあ/\何処の何処までも治まる。さあ/\一寸話して置かねばならん。いつまで諭しても聞くばかりでは忘れる。どうせこうせとは言わん。今と言うたる事は一つ心無い。用心に取り掛かり、真の夜闇がどうもならん。休んである場で取り次ぐ。その心に乗りてさしづする。暫くの間は、どうよこうよ、こういう事はすっきり止め置くがよい。


明治二十年三月二十日 夜九時
 刻限御話
さあ/\道からよう聞け。要らん処へ目を付け、成程というはそれ/\善し。さあこうやどうや皆神がして居るのや。願うて出けん、願わず出来る。さあ/\どんな事をしても適わん。銘々のために何も構わず、いずれの地面、彼処の地面構わず、誰が真の思案。


明治二十年三月二十日(陰暦二月二十六日)夜十時
 刻限御話
それ/\聞いて一寸問い、組替え楽し道なるや。こうなる願の道、言う事ももうとっと楽しむ内々、刻限成る成らん、道何をして居るやら、こういうような事も言い。聞き分け、よう聞き分け。刻限延ばし、さあ/\思案。五十年目に、目で見て改心。日送りして言い、話して置く。


明治二十年三月二十二日(陰暦二月二十八日)二時
 刻限御話
さあ/\放って置け/\。誰彼を仇と言うのやない。大風々々、大風は何処にあるとも知れんもの。大風というものは、どのようの大きな物でも、倒ける潰れる。大風やで。風は神や。風がかりもの無うては、箱に物を入れて蓋を閉め切りた如く、腐ろうより仕様の無いもの。風がそよ/\あるので、半日や一日は送れるで。人の言う事を腹を立てる処では、腹の立てるのは心の澄み切りたとは言わん。心澄み切りたらば、人が何事言うても腹が立たぬ。それが心の澄んだんや。今までに教えたるは腹の立たぬよう、何も心に掛けぬよう、心澄み切る教やで。今までの修理肥で作り上げた米が、百石貰ろたら、百石だけある間は喰て居らるゝ。今度無い世界を始めたる親に凭れて居れば、生涯末代のさづけやで。これは米に諭して一寸話して置く。


明治二十年三月二十二日(陰暦二月二十八日)夜三時
 刻限御話
外の事、どういう事を運び付け難ない。どうこうと思わぬ。どういう事も言うに及ばぬ。どうでもこうでも、一寸のにをい難しく言い掛ける。又それ/\の処、何と一寸摘もんた処に早く行かんで。


明治二十年三月二十二日 夜四時頃
 刻限御話
何よの事も、何から何の事聞き遁しする故に、堪えるに堪えられん。聞き遁さず、百度二百度三百度やない。堪えるに堪えられん。銘々それ/\早く、何の願、大抵の事はそれよりそれへ伝え。伝えるだけはせねばならん。いつまでも/\書いた如く、こういう事が聞いては伝え。出る前に伝え。


明治二十年三月二十三日(陰暦二月二十九日)午前七時
御諭
さあ/\待ち兼ねた/\。東京々々長崎と言うてある日が来た。理あれども一つが分からん故に、やるものもちゃんとしてありながら、渡す事が出来なんだ。これが残念。さあ/\東京長崎いかなる道、銘々の道通らぬよう。いずれ/\刻限を見てやるものある、渡したいものもある。なれど渡すに渡せん。今は言うだけ渡して置く。
(教祖の御言葉にて御聞かせ、右二件は、東京上原、大阪井筒両人をめどうとしての御話と悟ります。)


明治二十年三月二十三日(陰暦二月二十九日)午後三時
 御諭
何にも外事は言うではない。どうしよう、こうしようと思えども、どうもならん。一寸にをいを掛ければ、情無い事、煩い事と思う。どうも道の付けようが無い。難しい。運びの付けようが無い。是非無い事。


明治二十年三月二十四日(陰暦二月三十日)午後十時
 今日までの御話の中に、確かなる事もあり、又案じる事もある故に、飯降伊蔵御障りの次第を先生方相談の上願
身の内の処、よう尋ねてくれた。再度尋ねてくれる処、受け取りて居る。余の事は言わんで。尋ねる一条、尋ねくれるも余儀無き場や。もうこれまでや。刻限も十分経ち切り、早く/\何事も諭さにゃならん。


明治二十年三月二十五日(陰暦三月一日)
 刻限御話
さあ/\/\一日身に付き、三段の芽吹く治まり置く。今すっきり片付け。すっきりもうよき。もうか知らん、どうや知らん。分からん者すうきりという事、今話筆に付け置け。


明治二十年三月二十五日 午前五時三十分
 刻限御話
さあ/\あちらこちら、摘まんだような事を聞いて居た分には分からんで。これしっかり聞き分けねば分からん。神というものは、難儀さそう、困らそうという神は出て居んで。今に始まった事でない。こゝまでほんに成程と思うた日もあろうがな。それ国々から先々まで、受け取りたる処もある。それ故渡すものが渡されなんだが、残念情無さ、残念の中の残念という。今に神が今に降がる、出ると言うた処が、承知出けまい。紋形の分からん処から、神がこのやしきに伏せ込んだ。さあこの元を分かれば、さあ知らそう。承知が出けば知らそう。承知が出けねばそのまゝや。さあ返答はどうじゃ。無理にどうせと言わん。
内の者答「いかにも承知致しました」と申上ぐれば、神様より
さあ/\しっかりと聞き分け。今までは大工と言うて、仕事場をあちらへ持って行き、こちらへ持って行た。それではどうも仕事場だけより出けぬ。そこで十年二十年の間に心を受け取りた。その中に長い者もあり、短い者もある。心の働きを見て、心の尽したるを受け取りてあるから、やりたいものが沢山にありながら、今までの仕事場では、渡した処が、今までの昵懇の中である故に、心安い間柄で渡したように思うであろう。この渡しものというは、天のあたゑで、それに区別がある。この通りに、受け取りてあるものがある。それを渡すには、どうも今の処の仕事場と言うた事を消して、本席と定めて渡そうと思えども、このまゝでは残念々々。さあさあ本席と承知が出けたか/\。さあ、一体承知か。
真之亮より、飯降伊蔵の身上差上げ、妻子は私引受け、本席と承知の旨申上ぐれば、引続いて
一寸頼み置くと言うは、席と定めたるといえども、今一時にどうせいと言うでない。三人五人十人同じ同席という。その内に、綾錦のその上へ絹を着せたようなものである。それから伝える話もある。


明治二十年三月
梶本松治郎父上の身上願
たゞ口を借り言うではないで。今の処では何処にも無いで。ようこそ、怪しき処で遁れ、大望の道であった。これからどん/\話通して掛かれ。どうしよ、こうしよ、どうでもかしもの。天然自然めん/\に誠さい定め、実さい定め。身の処心無くてならんなれども、めん/\兄弟。これはこうじゃ、神のさしづ、神を恨む事は少しも無い。そこで難しい事は言わん、難しい事せいとは言やせんで。分からん処分かるで、国々一人でもあったら分かるで。遠いから見てもほゞ分かる。まあその心組で定めてくれ。又内々なる処、親一つ何ぼでもどんと定め。道は道、違い無いで。三才児、生れ三才の心に成って、明日は楽しみ。一つ定め何にも無い、三才児穏やかに暮らす。何よりそこで結構々々。こうして行かねばならん。まあ/\三才児三才心に成りて、三才の心に成って何も要らん、機嫌好う遊んで結構々々。心心配無いよう改め替え。


明治二十年三月
梶本松治郎父上の身上願
さあ/\よう聞き分けねば、身の内の処、何でも彼でも、身の処何でもない。それそれ処、身障りどういう事に思う。大層天然なる事なら、どうにも、こういう事も、誠一つ積み置くなら。それを知らずして、こうしたら早かろか、だん/\道を埋んで了い。風呂敷に理五十年を、この所にある。分かるまい。皆々それ/\に伝え。話通り違わんで。話通り、世上から実の道、誠になる。こうするは不都合なれども、めん/\思やんして、こうせにゃならんとは言わん。めん/\家内、神のかしもの、実が承知無くばならん。三十年十五年、話通り気使い無い。神の言う事目に見えん。神の言う事悪い事は言わん。めん/\心定まらんから分からんのや。神と言うて尋ねる。尋ねるという事は前々話してあるで。


明治二十年三月
梶本松治郎父上身上の御願
一つ心、我と我がでに我が身を責めるで。あちらでほゝ、こちらでおほゝと言うて居たらよい。又何でこうせにゃならん思い、心あちらでほゝ、こちらでほゝと言うて居たらよいのやで。一つの心が身に付き、何処も悪いのやないで。病でもない。心澄み切れば、そのまゝ何にも難しい事は無い。あちらでほゝ、こちらでほゝ、と言うて居たらよいのやで。家へ帰りて、篤と言うて聞かせ。


明治二十年三月二十五日(陰暦三月一日)午前十二時
 梶本松治郎父上障りに付願
身の内の処へ知らせ掛けたるは、年の病でこうなるか、冷え込みでこうなるか。心の立てを替えてくれるがよい。年の迫りてか、時節の迫りてか、追々どうもならん。何と結構やな、よう根気も尽してくれた。これよう楽しみ、いよ/\俺はこんな事してどうもならん、と、思うな。よう聞き分け。いつ/\まで結構、何と偉い人と、善い人やな、と、言われ、楽しみ。心尽すよう。ようしっかりと聞き分け。幾重の尋ねもしてくれ。


明治二十年三月二十五日
 梶本松治郎子息国治郎身上障りに付御願
さあ治まり、芯なる聞き分け。さあ/\一度二度順序いかなる処、順序今一時なる処、小人々々さあ一寸大層順序分からんであろ。何にも難しい/\一条も、思えば速やか理、よう思やんしてみよ。何処に隔て無い。たすけ一条の理、一つ危うき処、何かの処、よく/\聞き分けねばならん。何かの事、一時分かる。何かの何箇年、一つ理分かる/\。成る成らんではない。よう聞き分け。一時運ぶ処、一時安心治まる。治まらん順序、道暮らす聞き分け。一つ安心事情を運ぶ。
押して、順序運びに付願
道を以て理を諭す。身の処早速速やか、一寸順序見分け聞き分け。幾重習い見にゃならん。これまで順序伝えない。だん/\その理、それ日々の理、一寸心得の理これまで理、縁無き処縁無き一つ定め、一つ治め。世界の処、理を聞き分け。何かの処、かりもの自由自在、めん/\一つ心、順に道悟り、よう聞き分けならん。神は隔ては無いで。しかと聞き分け。
押して願
さあ聞き分け。神というは隔て無い。内々とも人間身の内かしもの順序よう聞き分け。世界の処幾何人、順序の理を見て聞き分け。鏡やしき、鏡ならどういう事もこういう事も、皆映る。善き事悪しき事映るであろ。これは前生々々身に現われる。鏡いかなる心定め、たんのう/\心定めるなら、やれ/\。たんのう無くては、受け取る処一つ無いで。


明治二十年三月二十七日(陰暦三月三日)午後四時
 増野正兵衞身の障り伺
さあ/\身の障り、さあ声出難くい。余の儀外の身の障りではなく、めん/\心これまで外思わく。人救ける、救けにゃ日々切のうて話出来ぬ。外々先ず/\委細澄み切りてある。身の一つ、席を改めたる処、これを身の処速やかなりたるなら、又大変な楽しみがあろう。一度の楽しみは末代、こうして寝やしてあるは、あちらも一寸運ぶである。纏める。あちらもこちらも、物に譬え、結構なる普請するには、あちらの物とこちらの物も寄せて、棟包みをし、それよりだん/\作り上げねばならん。もう一日すれば、すっきり美しい掃除出来る。めん/\の普請は、半端のめん/\の身の障り、一段取り集め、それ/\楽しみ話、一所寄せ、幾重の話聞く。前々話、末代一所寄せ、あちらへもこちらへも障り付く。席見てるまでやない程に。油断無きよう、すっきり十分の磨き、生涯楽しみをさす。楽しみ無くばならん。一年の年限来ては、切りが無くては、切りを切ろうと、あちらも取り寄せ、こちらも取り寄せ。もう何時もう身の障り程無う。


明治二十年三月二十七日 午後七時
上原佐助願
さあ/\山越え、国越え、土居越えて、どんと下ろしたばかりでは、何にも分からん。ぐるり囲い、栓を締め、根を据えて置かねばならん。さあこれが初めや。始め掛けたら、ドウ/\と見えるで。


明治二十年三月二十七日(陰暦三月三日)午後九時半
本席身上御障りに付御願
さあ/\日々迫る/\。知らさにゃ、どうもならん/\。言い掛ける事情を治めにゃならんで。さあ/\先々の処々、まあ、よう思やんして見よ/\。さあ/\身の内にてこれ一寸障り付けてある。どうも真実なる知らせたい。どうも分からいでならん。十分迫り切る。迫り切らん事には聞きやせん。日を送りて来た。さあ/\よう聞かにゃならん。どれだけ尽す処理を運ぶ、功を積む。一時の処から、一寸の処聞きやせん。見えて来たなら後で一つ/\の思やんをするであろう。大きいものや、堅いもんやと。大きいもんが大きいやない、堅いものが堅いものやない。よう聞き分け。皆一つどうもならん。何を言うやら分かろまい、理には迫ろまい、なれど日日の事情には迫るやろう。理には迫るまい。日々の処、身上聞き分け。さあ聞き分けてしっかり事情。何をこれよう聞き分けて事情定め/\。だん/\の話、取り替え寄り来る処に、早く話聞かせ。今の道難しいてならん。成らん者にどうせえそうせえと言うた処が、どうもならん。これだけの人はどういう理を担ぐ。どうもならん。時節々々到来、時節あちらこちら、成る事情は言わいでも運ぶ、成らん事情は言うても運ばん。遠く事情これだけ働いてこう成らん者は、せえと言う。成らん者にせえと言うて、これが出来るか。世界というも教一つの理から考えるなら、一つの理も説かるやろう。さあ/\理を取り替え/\。取り替えねば、どんな理が出るやら知りゃせんで。元の事情こういう理である。いかなる理も尋ね/\。尋ねるならいかなる理を諭す。こりゃ大きい理や。分からんから道を失うような事が出来る。今は大きい、とこぎり大きいもの、何でもない事が大きい事やで。何でもないと思うやろう。よう聞き分けてくれ。さあ/\追々話する/\。一度の話では取り混ぜてある。話掛けたら、どういう事話掛けたら、旬々の理を以て一寸長くの身の障り。どれだけ一時に諭したい、分からん事情を。そこで、じっと些か心得んという日を送って来た。今日の日から話掛けたら、だん/\諭せにゃならん。どういう事も諭する。残念な事が何ぼ積ってあるやら知れん。いっかどあるや知れん。世界という、並大抵でない。眺めうっとしい、小さいようで大きいで。これを、よう聞き分けて置かねばならん。


明治二十年三月二十七八日(陰暦三月三四日)頃
増野正兵衞身上障りに付伺
さあ/\身障り、だん/\先ず一つ、いつ/\いつまで楽という。月すがら日すがら、身のあれこれ皆んな今までというは、十のものなら八つ、僅かの違い付かん、纏める。聞いて居る者も聞かん者も、これが一つ丹精。楽しみ無くばならん。これこそ先ず生涯、楽しみ一日、早く渡したい。先ず/\一時の処、席と定め、席の尋ねからしっかり堅めて、神の方には一つ思案。一つこれでたんのう。席は今までゝ一つ違わん。あと言う。


明治二十年四月六日(陰暦三月十三日)
 増野いと身上伺
さあ/\いかなる尋ね。すっきりして、内々日々結構言うまで、分かって居る。世界何なん、結構何、こうして日々勤めくれる処は受け取りて居る。内々の処一つの思案聞かねばならん。自然天然道理なるどうじや。生涯あたゑ、いかなる事はあまり、いつまで晴天の日はあるまい。
同日、増野正兵衞身上障り伺
さあ/\誠々、尽す誠尽する。さあどういう思案。世界どういう、約まるで。どうでも/\、善き事もどういう事も見える。今は所々誠に違い無い。兄弟血で血を洗い洗わにゃならん。それ/\の身の障りは案じる事は無い。誠を内々へ伝え。心安心、事はよう聞き分けて置かねばならん。
押していと身上内々思案聞かねばならんとの事に付伺
めん/\身の処思案よう聞け。内々なる、長らく心ある処ある。一度珍し事を聞こうか。内々一つ談示、心一つ又々思案しても居る。


明治二十年四月十六日
 梅谷四郎兵衞小人とみゑ頭にくさ出来もの出来しに付願
さあ/\小人の出物々々は、さあ/\あちらこちらに、出物と言うたばかりでは、分かりあろうまい。何でも急ぐ/\。刻限がもう程無う事、それを現わし悟るよう。
又次に梅次郎、たか、秀太郎の三名の小人の事願
さあ/\、皆々をしいかりと定めを付けるで。その知らせなり。


明治二十年四月十六日(陰暦三月二十三日)
 増野正兵衞身上障り伺
さあ/\よう聞き分け/\。さあいかなる尋ね/\、どういう事情、身上一切。さあ/\まあ、これまでいかなる処、どうこも/\据え、一段一寸に/\と筆に記し、早く急ぐ処もあり、悠っくりする処もあり、いろ/\道、日々月々年々に道。めんめんに一寸身の障り、心晴れぬ処、一日早く、何で実の心十分受け取り、まあ一寸この世の初め一寸話、この世立て替え、まあ世界処置、まあ十分、日々分かりわても磨きをするのやで。善きも悪しきも見分けて居る。これまでどうじゃこうじゃ。誠嘘分からん。誠あるか、もう分かる。もう一日待ち、だん/\待ち、見えるもあり見えんもある。分けて分けるは一条神の道、変わらんなりに難し話て、分からんなりに、歪んだもの真直ぐにし、歪んだもの、直としたものも、意見で直らんにゃ深き事や大きな事やで。開けても分からいでも、尋ねの事聞かねばならん。身の処思案、内なる処一時案じて居る。一つ話談じやい。
家業休み家貸し、家賃を以て暮らす伺
皆、世界皆変わる。めん/\の思わく、分かる分からんの中尋ねる。一つ思案、世上の組方もある。時節々々、変わる/\、神の為す事。時談も話も、随分々々所話付け。
元町道幅広める願
さあ/\いろ/\の、皆んなどうしようこうしよう出来る事ある。前々事情々々よって暫く。その場いずれ広くする。そのまゝ、いずれ/\一寸延びる。今事情を一寸出して、誰が何ぼ包んでも、誰言うとなく天然自然の理で知る。今世界も同じ事。埋む。当分三年間、今出か、それから一寸も何の印もどんと治まる。一事処、何ぼ事情正しく随分々々定め。早目々々思やん内。
家売り田地求める伺
今処一つ道、広く安心ならん。心案じ、何も案じる事は無い。事情伝え、案じという道ある。ぢばの処、事情どうでもこうでも、決心が難しい。三十日延びるとも計り難ない。一時安心だん/\運ぶ。世界も同じ事、今一時珍しい事を言う事がいつの事。ゑゝしん世上の処、見れば一つ案じも一つ思やん。今事情一つ思やん踏み止めに内々事情運べ。


明治二十年四月二十日 (陰暦三月二十七日)
 増野正兵衞神戸へ帰る伺
さあ/\何か世界話、いかなる処内々いろ/\談じ、日々つかえてあるという。今一時何か。何も彼も今の処神がどういう事どう定め、今一時どうせにゃこうせにゃ、世界出来る事、天然自然賑やかの所が淋しくなる、淋しき所が賑やかになる、というは天然自然なる。先々談じ胸に一つ思案、今なる一時、付き難くなる。賑やかな所淋しく、淋しい所賑やかになる。いよ/\前々日より迫る。旬をして置かねばならん。いつ事と、何かの事も伝え。天然自然に理はしゃんと分かってある。


明治二十年四月二十三日 午後四時頃
 神様よりしっかり治まりたと承り
このやしき、四方正面、鏡やしきである。来たいと思ても、来られんやしき。来た者に往ねとは言わん、来ん者に来いとは言わん。この度は、洗い仕立てた上やで。ようこゝ聞かねばならん。さあ一寸言うて置くで。年を切るような事を、決めるやないで。一月に三日又戻り、三日又戻り、又九日。これ聞いて、真と思て居れば、真と成るで。
(このおさしづはナライト二十五才の年の事と、上田嘉治郎記し置きたり。)


明治二十年四月二十四日 八時
 刻限御話
刻限過ぎ、上たる処の事でも、これ一つ処よう聞け。身の内悩む処、一時大望の処が分かり難ない。さあ/\幾重事情聞くとも時々。さあ/\詰んで/\まこと楽しみ思えども、身の内の処も良かろうか、もう一日したらすっきりと澄み切るも、これこそ十分急いて磨き出るで。十分急き待ち兼ね、真実知らす。切なみ刻限知らす。これだん/\、今まで尋ねも、前に肝心なる伝え取次々々、席にて十分止まる。何時なりと席にて尋ね。尋ねるに付、さあよう聞き分け。分からん。今までの処休息場、女共の皆寄り合うて、席に手が要るのやで。来たら早いて。互に十分の刻限は無い。それ/\この心受け取る。道理受け取れ。どうもよう思案。楽しみ深くというは、人に成程という。それより事情やで。言うて了う。

明治二十年四月二十四日 午後五時半
 増野正兵衞身の障り伺
さあ/\遠く/\処、さあ/\それから遠く、何かの処も急ぐ。身上一条の処は、又の道の、いつ/\まで身の障りという事で、なに大抵今までの処、どちら大変処、計り難なき。やれ/\何でも、一日なりとも、一月なりと、日を送る。何の思案。月更わる、日更わる。是非に押して/\、残念々々でならんで。残念の処に、残念がある。残念の中に、何か幾分何かの処、又々それ/\処、何の楽しみも無き、一度の処と立て替える。仕事場々々々、仕事場はあちらこちら、その時/\さしづ。何を尋ねる。よう風吹くようなもの。どうやこうや、又々立て替えじゃで。仕事場委せて置いた。席をすっきり、あちらから/\、こゝで一寸、仕事場にしようか。席というは綾錦、身の内障り、だん/\もう成ろか、洗い替いせねば余儀無くの。ほんに席にては、十分何時なりとも、席にて伺え。何時なりともあちこちと、立て替える。ほんに席さしづは仕事場。何時にても、どういう事も早く。


明治二十年五月二日
 梅谷四郎兵衞家移転願
さあ/\道のために尽す処は、さあ/\世界を眺め、先々の処こういう理は今の処はどうせいとも、こうせいとも言わん。内々の処真実々々々々、又々寄りて、真実真実々々寄りて談示して、今の処はどうせとも言わん。なれども今の理見て、先ず先ず心安にして運べば、又々心に掛かる処は安くなる。真実々々々々寄りて談示するがよい。


明治二十年五月五日
 平野トラ身上願
さあ/\身上一つ心得ん、どういうもので心得ん。身上一つの理、さあ/\かえ一つの理、さあ/\静かに聞いて一つの理聞こえ。一つの理どういう事も運び、どういう事も運び来てある。どういう事もこういう事も見分け聞き分け、めん/\一つ事情、めん/\一つの理を定め。どういう道も通り来てある。又一つめん/\定め来てある処、何でも理も聞くと、心掛かり/\。この一つの事情、見分け聞き分け、一名一人の理を定め、一名一人の理を定め。世上一つの理、難しい事は言わん。世上一つの理あれば、見れば見る。めん/\尋ねる処よく聞き分け。めん/\は一つ、先々長く、世上にはいかなる理もある。めん/\は一つ。世上にはいろ/\の道もある。取り直す/\。めん/\はどういう道もある。身上ありて一つの理と、めんめんは一つの道、いつ/\までも一つの道や。めん/\は一つの理で長く/\一つ定める理なら、多くの理までやない。先ずよう聞き分けて、先ず/\の理を治めるなら、自由自在と、身も治まるという。


明治二十年五月六日 午前九時
 喜多治郎吉身上に付願(この時おさづけ頂戴)
さあ/\これまで長々退屈であったやろ。さあ/\これよりたすけのため、水を授けよう。さあ/\しいかり受け取れ、さあ受け取れ。
押して、水の訳に付願
さあ/\授けたのは、心の理に与えたるのやで。たとえ途中にても、泥水でも、身の悪い者あれば、先に三口飲んで、後飲ましてやれ。
又押して、水のおさづけの理由を尋ね
さあ/\この水というは、人間元初まりの時、三尺まで水中住居、この清水を与える理。又三口飲むは、三日三夜に宿し込みた、この理よって与える。


明治二十年五月九日(陰暦四月十七日)午後九時
 刻限御話
さあ/\一寸刻限話、さあ/\どういう事、どういう道が付くやら分からん。急がし。どんな道が付くやら、ちゃんと分かりてあるで。何時やら分からんで。多くの人数が要るで。さあ、あっちもこっちも急がしいで。手が足らん。十分の道、どんと大きな道を造りゃ、ちゃんと備えを付けて置かねばならんで。今度は珍し道やで。さあ楽し。どういう水が出るやら。流れるとも分からん。何も彼も/\秋を合図に、どんな事も皆々この話して置かねばならんで。


明治二十年五月十日(陰暦四月十八日)
増野いと裏向き通じ悪しきに付伺
さあ/\身の内処、どうでもこうでも、もう思わく通り、今一時処、どうでもこうでも定まる。定まらん処はいずれの心案じる。案じの知らせが掛かる。一つ所いずれの話、実と思えば案じる事は要らん。先々案じあるから、自由自在一寸身の内の処不足出来る。そこで案じ一つも要らん。成り行くよう、誠一つ自由自在。身の内案じあれば、先々案じは何もならんで。


明治二十年五月十二日(陰暦四月二十日)
 増野正兵衞足だるみ胸痛むに付居所の伺
さあ/\何かの処、身の自由自在聞いて、ほんに成程という処分かる。めん/\尋ね聞く。ほんにかりものという事分かる。身の障り皆ある。早く/\急く。自由自在、一人もあちらへこちらへ、四方八方へ。今一時に、身の内ほんに身の障り、幾度ためし。これでこそいう事分かる。三日いう事出来る。知らねば身の障り、一時に揃え、一つ所に集まる。皆人数聞かす。こゝに一日二日三日のうち、あちらへこちらへも散らばらぬようして置かねばならん。めん/\人も定め心も定め。心所に定まらんから。
 又別の日伺
さあ/\身の障りの処、身の障り、何も思うでない。よう思案。どうこう思うじゃない。どんと心を落し着け。道は道、家内の処思案、どっと落し着け。怪しう思わず、思う心鎮め。

急き込み心急ぐ。じっと定め。家なる処結構。いかなるも家々処、定め治まらん。別々。先々一寸も思案要らん。急ぐ/\。同じ事くど/\言うて置く。何も隔ても、考えて諦め。

さあ/\何かの処一寸一度決まり、だん/\取り決まり、十分道早くにし治まる。一つなる急ぐ安心、一つには内々なる処にて、日々一応何でも所あり、身の内心澄まんから、片付ける所ちゃんと心に掛かる、身上掛かる。左程一寸所はちゃんと心残り無いよう片付けにゃならん。やれ/\日々置く。立ち難くゝて心に掛かってはどうもならん。一つ/\急ぐ処から、運びを付けねばならん。心に掛かるから身に掛かる。寝て目が醒めれば心に掛かる。心に掛かるのが神の邪魔になる。すっきり心に掛からんようにしたら安心であろう。


明治二十年五月十三日(陰暦四月二十一日)
 増野正兵衞耳鳴るに付伺
さあ/\何かの処聞き分けてくれ。一人限り、余の儀外の儀でない。めん/\処、ようさしづのついでに尋ねに出る。ついでゝは、心胆さしづ出来ぬ。さあ取次一人引いて又一人、めん/\一人限り話聞く。それ/\めん/\一人限り、又国々講へ一人、取次一人と二人、十分話、静か/\伺い尋ね、何遍尋ね。ちゃんと話し一人済んで了う。又一人、これをそれ/\話て取り決め。
めん/\身上の処、どうでもこうでも判然ならんという処、内々それ/\談示、安心一寸残りの処身上尽する。忘れた同じ事、余程これで身上少し、これを忘れんため、間違い一度十分ざんげ。速やかなる身の内、一寸なる処、人間前生の事分からん。なれど心尽するはこり/\なる処、その理成る成らん十分尽し、身の処これだけ前生いんねんなれど、聞くに聞かれん。心たんのうせ。


明治二十年五月十四日(陰暦四月二十二日)午前九時
 真之亮立合いにて、増野正兵衞身上障り伺
あしきはらひたすけたまへ天理王命、三遍又三遍又三遍、三三三の理を渡そ。しっかり受け取れ/\。


明治二十年五月十六日(陰暦四月二十四日)
 梅谷四郎兵衞おさづけ頂く
天の月日様より、長々の間、ようこそ勤めて、このやしきへ来た。あちらへも一寸、こちらへもと、心を尽し、又は大層々々な処を凌ぎて来た。まこと難しい処もあり、越し難くい処も、ようこそ随いて来た。さあ/\小人の処、身の内障りは、長い処を、このぢばへ来た。なれども神が四五日と言うて、足止めたのは、今が初めやろうがな/\。さあ/\楽しみを渡す。
さあ/\しいかりと受け、さあ/\しいかりと受け/\、さあ/\しいかり受け。(と言うて、頭より身体へ、あああとなか/\強くに、息を三度受け、)
さあしいかりと呑み込めと。
 又次に、檪本の梶本父上は、この度はなか/\の難しき障りにて、又松治郎小人二才の方も、なか/\の難しき障りにて、又松治郎御家内の父五十二才の御方も、昨日真性コレラにて、十五日夜の十二時に伺いに参りし処、又その帰りにて梶本松治郎は、大の腹痛なり。〆四人の御方の御障りにて四郎兵衞も俄にそれを見て、腹が少しく痛むに付願
神が足を止めたのは、これを見ようとて、足を止めたのである。神というものは、この事が見えてある。これを見せて置いた。置いたなら、忘れようと思うても、忘れる事が出けまいがな。さあ/\しいかりとお受けをせよと。
(有難くも/\、口で申すような、結構な事ではない/\/\、まことに/\有難き事なり。)

明治二十年五月十六日(陰暦四月二十四日)
 増野正兵衞身上障り伺
さあ/\まゝだん/\一つ道分かる。幾重道分かる。今一時という。互い/\、まあ一時の処これで十分、これで居れば十分。心に掛かるは、めん/\身に掛かる。この道通ればこれでこそと聞き、道の中付いて付かん道がある。こうすれば、定め心暫くはじっとして心に掛けぬよう。


明治二十年五月二十日(陰暦四月二十八日)頃
 増野正兵衞伺
めん/\身の内障り、内々思案、無理なる思案。だん/\先々誠一つ事情、身のどうでも付けるなら内々へ。神の道一つ、世上の話、誠一つ身の一つ。一日十年、生涯同じ事、深き思案、別建てもなるよう先々。


明治二十年六月六日
 梅谷たね指の障りに付願
さあ/\身の内の障り、前の事を案じる。案じるは要らん。何でもどんと心を定めにゃいかんで。案じは要らん。小人の障り、親の心案じある故、映る事なり。何事も不自由して通るが楽しみ。いつ/\までやない。先の確かなる楽しみに、証拠渡してある。これを思やんしてくれねば分からんで。一寸の事ではない。先の確かな証拠である。案じは要らん。この道も、もう長い間では、伝えた話は皆見えて来る。どんと心を定めとの事。


明治二十年六月十三日
 井筒梅治郎家内の者、身上障りに付、御願いせしに、水のおさづけを頂けり。その時のさしづ
さあ/\内にも障り付けて引き寄せた。長々細道余程勢もあるまい。さあ/\長々のきゅうこう、その功によって、さあ/\さづけ、神水の水をさづけ。さあ/\さあしっかり受け取れ。この水にて人を救けるのやで。たとえ何処の水、どのよの水汲んでも、三度口頂いてやるのやで。さあ/\さあ/\落すやない、戻すやない。神は返やせとは言わん。なれども心違えば、直ぐに戻るで。心違わねば末代子孫に続くで。神が返やせと言わん程に。よく/\心違わんよう、さあ/\受け取れ、しっかり受け取れ。


明治二十年六月二十二日(陰暦五月二日)午前六時
 梅谷四郎兵衞左官得意渡す願
さあ/\しいかり聞かねば分からんで。先へ求めた道具もあり、中で求めた道具もあり、これをよく思案をせねば分からんで。間さに使う道具もあり、一寸使う道具もあり、使うてみて使い良いのは日々に使う道具もあり、それをよく思やんして見にゃならんで。日々に使う道具、使うて居れば安心やで。


明治二十年六月二十四日(陰暦五月四日)
 増野正兵衞身上伺
さあ/\何かの処、皆それ/\、皆障り、さあ/\どういう事を知らす。尋ね事情、何かの処、さあしっかり聞き分け。何よの処、どういう処、踏み止まる。取次々々、だん/\取次、しっかり取次、道付け始まる。どういう大道々々、大道の掛かり。どういう、何人々々、幾名、一人思案定め/\。泥水だん/\迫り、泥水が澄まする。治める処々、名立しかり分かって分からん道、分からん道見て分かる。ふでさき通り皆出る。今度道はいつどう、いつ見える、ふでさき皆知らせてある。大きなふし見える。大きふしなら、大きな心据える。大きなふし、大きなふしが出る。忘る一寸、どういう事、こういう事、泥水流れるなら、どういう事、いかなる水の掛かり。取次、これをしっかり聞き分け。又延びるやら知れん。今度の言わん道の処に、ちゃんと掛かって居るで。
日々一日、取次だん/\出で来る。日々事で、どういう処の道を尋ね、いかなる十分の道を尋ね。一つ泥水、取次一つ心、どういう処から掛かる。一つどういう事。一つ何時分からん。成程の道、こうなる纒まり、談示々々水の席火が出る、火の席に水が出る。そこで水の席に水、火の席に火を以て、いかなる処、談じ置かねばならん。


明治二十年六月二十八日(陰暦五月八日)八時十分
 増野正兵衞身上障り伺
さあ/\何かの処、身の障り不足、何かの処迫り、どういう事、身の障り何かの処にて、案じあっては、どうもならん。一つ心に落しを着け。どうやこうや一時時談、心定め、ぜちうに上ぼり、判然なる処分からん。又々、これはこうして置かねばならん。不都合の事あってはどうもならん。幾重談示、今ぜちうの処、分からん処、何にも分からん。めん/\時談して、内の処関、その場/\一つ思案。どうでもこうでも登れん。その場/\治めにて、又一つ道。さあ/\分からん処には、何ぼ誠説いても誠とせん。何ぼ貫ぬこうと思うても、関があっては登れん。登られんから帰る。帰るのも道ぢゃ。関があるから、邪魔になる。関は神が取るのやで。関さえ取れば、登れるであろう。又関貫ぬこうと思うゃ、余程の長く掛かる。


明治二十年六月
大阪近藤政慶の願(初代上町支教会長)
一つ何でも十分受け取る。通り難くい道である。一つ分かる分からず、どうせんならんとは言わん。さあ/\一直一つ、心定め一つにて道の思案。幾重の道、通るに通れん道、日限満ち来たなら、道すがらどういう道思案定め。今日の今、今というては細々道は一つ処、あたゑはむこう十分いかん。一つ二つ道見えども分からん。一寸何程、これだけ身処で思案。さあ/\案じる一つこう、一つこう、一人者所にて理もある。よう聞き分け。一人だけの事で思案。心案じある、どうもならん。一つ安心、二つまあ、一寸道これこそ心を治め。一日千度に受け取る。案じ心ありてはどうもならん。心配さすな。


明治二十年七月三日(陰暦五月十三日)
 増野正兵衞伺
さあ/\一寸どういう事思う。日々思う処別段思案。今日の日何の沙汰言わん。めん/\談示の処説き、道の道なら道のため、何でも遠く一つ道の名とも為し、日々思う処めん/\危なき怖わき事は無い。


明治二十年七月四日(陰暦五月十四日)
 増野正兵衞伺
身の処日々身の障りだん/\あちらこちらへ変わる。ようしっかり聞き分け。めんめん一条十分道を定め、十分定め。一つ処大抵内々家内の処、安心日々一つ思案、余の儀外の儀でない。道の道なら道のため一つ思案、なれども案じが強うてならん。


明治二十年七月十三日(陰暦五月二十三日)
 増野正兵衞足首の伺
さあ/\身の障り尋ね、いかなるどういう事、さしづ出来る。どういう事もこういう事も、さしづ無くしてさしづ。身の内だん/\身の障り、尋ね事情、身障り、中の一つ治め方、だん/\障り知らせてある。尋ね同じ事して居る。世界いろ/\内内それ/\処、いろ/\どうしたこうした何かの処皆話し、とかく早く道のため。


明治二十年七月十四日(陰暦五月二十四日)
 諸井国三郎埼玉県幡羅郡東方村にて身上障り、おぢばへ登参の上願
身の障り、何よの事も聞かしてある。しいかり思案。いかなる道、どういう道、こうしたら早かろうか。あゝもしたら、早く開けたろう。さあ/\めん/\の思うであろう。いかなる心、真実運ぶ処、身の内障り、どういう事か。国々先々、いかなる事、身の内自由現われてある。皆神の自由、先々一つの講、国から/\国から来なくては渡られん。さあ、それからそれ、一方の手続き、だん/\と話伝えも出来るであろう。どうせこうせ、言うでない。国の処も第一、国から/\、だん/\の筋道。目の前の楽しみ、その楽しみは短い。先の楽しみ、細い道のようなれども、先の長い楽しみ。後で見れば、短い。先は長い楽しみの道。よう思やんして、真実の楽しみ。あちらで抑え、こちらで抑え、通り難くい道も通る。外々の道筋、心真実、一つ国々長い道中運び来た故、これからたすけの証拠、神の道、一つのさづけを渡す。しいかりと受け取ってくれ。あしきはらひたすけたまへ天理王命、三遍唱え、三遍づつ三度、三三九遍の唱え、このさづけを渡す。しいかりと受け取りて置くがよい。又々の道もある。心真実一つ先の楽しみがあるで。
 私娘たま二十才になりますが、たゞ今上州富岡へ糸の稽古に遣わして御座りますが、本人望みに付きまして、本年暮に岐阜の織屋へ参りたいと申しますが、遣わして宜しきや国へ寄せて他へ縁付でも致して宜しきや伺
さあ/\国元へ/\。国元へ寄せて置け。長い間ではない。安心の出来る事である。楽しみの道もある。国へ寄せて置くがよいで。


明治二十年七月十七日
 諸井国三郎御暇を伺いし際
さあ/\後々を待って居る。さあ/\先々国々に手続き、それ/\皆々待って居る程に。早う/\。一度では分からん。一度二度しっかり伝え。真実の話、ようしっかり伝えるがよい。それ/\皆々待って居る。よう伝えるがよい。


明治二十年七月十七日(陰暦五月二十七日)
 増野正兵衞右の腹痛み伺
さあ/\かたく処、内なる処、それ/\処、又聞き戻る。だん/\聞いて居る。聞いて戻る。毎夜々々又理上、ぢばの処話、世界より来る処、又々内々なる処、それそれ所へ伝え話ある。だん/\話聞いて戻る。どういう事、どうかこうか治まる処分かり難ない。日々話聞いたる処、内なる処長らく日経てば、どういう事一度その日長々それ/\処、一つどういう事や知らん。日柄相応事聞き、又だん/\急ぐ。だん/\変わる。又三十日の道の話聞きたいな。内なる処又日いかなる処の心もある。


明治二十年七月二十日(陰暦五月三十日)
 増野正兵衞身上障り伺
さあ/\幾重尋ね、身上日々変わる。尋ね一条の道、何かの道、障り談示。どういう道いかなる道、身の悩み、身上身の一つ障り、何かの処、談示取扱いや。何程の尋ね、そのまゝ身そのまゝ。又一々その所、めん/\国一つ長く/\心ある尋ねから、談示一つ処纒まらねばならん。


明治二十年七月二十三日(陰暦六月三日)
 増野正兵衞体内あちらこちら疼くに付伺
さあ/\今の今/\、いかなる処、事情まあどちらも/\判然、これなら一つ定め。こち分からん、遠く分からん、伝える処に道が分からん。身の処身に一寸々々、ぢばに一寸、その中思うように運ばん。いつ/\運ばん。又一つめん/\家内それぞれ今でも幾重掛かろうか。一日々々通れどまあ/\内々、今の今どういう事に思う。十日納まり入月更わる。どうか一つ道判然の道、分からんかいな。待つも一つ楽しみ。めん/\一つ心を定め。早く道見える道もある。どんと一つ分かり難ない。一日待てど同じ事、いつ/\真実。
何処がどう、神は自由自在。どうもなりゃせん。めん/\の型どう変えても、理に亙っても、心に改心出来難なければ、何かの処十分何かのひながた、これのひき事、よう/\聞き取り、明日は良かろうか思案。皆ひながた出してあるで。道々、通らにゃならん道が見える。
神戸へ帰る事に付伺
何かの処、今一時期限心に委せ置く。いつまで/\身の処、道付けばどうして/\どうもならん。めん/\どういう事を思う。思う事これを聞いて貰いたい。大抵大抵運び切り、今一時難しい思うたろう。難しいないで。どのくらいの事、いかなる処ふでさきほんに聞いた通り。おめも恐れも、すっきり道が分からん処、まゝ/\十分聞いて、そこで案じる。どうもならん。案じて案じ、案じには切りが無い。辺土道を失うたか。思わく通り、これから皆通るのやで。
春野千代身上悩みに付伺
さあ/\いかなる尋ね事情、心尋ね。何かの処一つ伝え、よう思案せ。めん/\心に速やかに改心無くばどうもならんで。救けとうて/\、一つ道を通らねばならん。救けて貰いたい/\。一時救け出けん。
前々道をさらえて難しい事ない。これだけ、何ぼでもならん。ちゃんと改心。難しい言えば難しい。痛み悩みはその場で速やかなる。


明治二十年七月二十六日(陰暦六月六日)
 増野正兵衞身上障り伺
さあ/\よう聞き分け。ちゃんと身の障り、その時/\/\、皆さしづがしてある。急いでもういつやら、今日の今日やら、明日の明日やろうかて、さあ/\自然天然の道を慕う。一代では長いよう思う。心も世界も神の道、今日やろうかて、明日やろうかと、どんと一つの身の障り、一つ踏ん張りの身の障りがある。天然自然の道を踏む日が延びる、月が延びる。天然自然の道というものは、一つ踏んだら一つ、二つ踏んだら二つ、三つ踏んだら三つ。これは一寸も動かん。これが第一の処がある。


明治二十年七月
大阪近藤政慶若狭行きの伺
さあ/\尋ねる事情を、どうせともこうせとも、行けとも行くなとも、どうしてやろうこうしてやろうとも、この処、前から言うた事はないで。何事も皆銘々の心次第と言うてある事やで。何処に居ても月日の身の内や。何処に居るのも同じ事、誠の心一つや。誠が天の理や。天の理にさえ叶えば、何処に居ても道が付くで。実誠無けねば、何処い行たとて、何をしたとて道は狭ばむばかりやで。しいかり聞き分ねば分からん。しいかり聞き分けて諭すがよい。


明治二十年八月二十三日
 梅谷四郎兵衞身上の願
さあ/\、道の道なら、通さにゃならん。なれど長い道、これもしいかり聞いて置かねばならん。どんと心を定めて運ぶなれど、この道は、いつ/\の事であろうと思うて、退屈であろう。そこで、内の事、何よの事も、こうあゝと思うてする事は、どうせにゃならん、こうせにゃならんと言うて、さしづは無い。さあ/\これも聞いて置かねばならん。立毛の育つも、この世始めも同じ事、無い人間を拵えて、初めより、ものが言えたやない。一年経てば一つ分かる。又一つ分かれば、又一つ分かるように成って、もの言うように成りたも同じ事。順序事情の道を伝うて、何事も一つ/\分かる。道を伝うて、何事も一つ/\分かる。道皆ちゃんと決まりてあるのや程に。内々身の内障り付く。これを聞いて置かねばならん。


明治二十年八月二十五日(陰暦七月七日)夜十一時
 刻限
さあ/\、持ち込む/\、真を知らす。長い間の年限待ち兼ねたであろう。退屈であったであろう。あちらでもこちらでも、こんな神の道、苦労でならなんだであろう。ちゃんと話が出て来るで。どういう道も通して来たで。皆神がしたのやで。長い道退屈であろう。あちらへ知らせ、こちらへ知らせ、こんな事とは聞いて居たなれど、こんな事とは官にも知らなんだ。この道よう忘れんと随いて来た。皆一同へ礼を言わす日も直きに来る。どんな事も皆神がして居たのやで。どういう事も、こういう事も、学者でも分からんで。一寸に分からん。どうしたらよい、こうしたらよいと、人間の心で出来る事は一つもあらせんで。人間の心で出けた事は一つも無いで。皆知らん事言う。皆聞いてどんな風が吹くも分からんから、道が分からん道を通して来たで。これからは、ちゃんと箒目が付けてやってあるような道を通す。今までゝ聞いたる事もあったであろう。又外れたる事もある。もう皆ちゃんと掃除目付けてあるで。今や早いで。ちゃんと荒切りして了もた。成る成らんもない。天よりちゃんと、西も東も皆抑えて了もたで。話の道は付けるで。


明治二十年九月四日(陰暦七月十七日)
 増野いと居所障りに付伺
さあ/\身の処にて心得、身の障りいかなる処、思えども何にも分からん。定め居る。どうでもだん/\内々何かの処、定めの中に一時々々、一時その道判然、今一時定め居る。ひょと道のため一つ道ある。いかなるもこれもだん/\道も通り、定め一条それ/\心を開き、景況定め処、幾重一寸、心一つ分かり難ない。一寸どうせこうせ言わん。これより一つ道、幾重話も聞き定め置き、どんと一つ楽しみ道これまでも通り、どうしようこうしよう、幾重ざんげする。定めたその中、何かの入心出心、いずれの道どうこうの道がある。聞くだけ聞き置け。聞いたゞけ聞き置け。めん/\こうと、だん/\どうもならん。結構思案、誠の思案、どうせこうせ今の道伝え聞け。身の内何ぼ元々定めた処、心景況世界の雑説道のため、雑説道のため。一つ掛かり、どうでも道、その道どういう道か伝え、一つ処改心、心治まる身治まる。
同日、増野正兵衞伺
さあ/\つゝみなるもついで/\。身上行かずして、幾重話なりたる処、一丁一つ道、何程道、分かる分からん道。話一つどういう処話、集談何よの話。
播州地より、招待の上引いても宜しきや伺
さあ/\一つ、どういう処心掛け、判然処、善し悪し案じる故、速やかとこれはという道もある。あちらもこちらも善き処、これはという道である。だん/\行けば、心掛け気に掛けずして一里行け、一里治まる。二里行けば、二里治まる。
家業引続けて宜しきや、休みて宜しきや伺
さあ/\先々処、今一時一つ道、一つに思案なるよう。そら今の今、一寸締まる。どう成る、見るよう、先の定めより今の今、一つ定めある。今定め道がある。元長長道に今の今道ある。今という今まで同じ事、今という思案定め、その道伝え、一時こういう道を伝え。


明治二十年九月五日(陰暦七月十八日)
 山田伊八郎へおさしづ
さあ/\何かの処、さあ/\よう聞き分けて。何かの処、たすけ一条、勇める処話を伝え。心発散すれば身の内速やか成るで。病というはすっきり無いで。めん/\の心が現れるのやで。さあ/\授ける処、しいかり受け取れ。
あしきはらひたすけたまへ天理王命、三遍づつ三遍。


明治二十年九月六日(陰暦七月十九日)朝七時
 梅谷梅次郎目の障りに付願
さあ/\しいかりと聞かねば分からん。道の道なら幾重の道もあり、小人の身の障りなる処は、あちらへも行きこちらへも行きて、勤める処の定めなれど、内なる処判然として、道が付いてあるようで、判然とせず、判然せぬようで、道が付いてあるのやで。さあこうしたなれど、これではと思う心で居ては、道のために心を尽した事が薄く成る。そこで、一寸出越した処は、五十年の道すがらに幾重の道もあり、又出越した処の談示も、いろ/\に談示々々あり、又刻限話、聞かさにゃならん事もあり、そこで、世界には判然として立派なるものがありて、あれは判然たるものと言うて居れども、もう暫くの間には、さあ/\内なる処、判然としてあるようで判然でなしと、思うて居るなれど、判然でない立派でない処より、判然として。今までに判然たるで、偉い者があんなで、偉い者が何にもならんと言うように、こゝ暫くの間に成る程に。そこで、これを聞かして置かねばならん。どんな談示もある。なれど、五十年の道すがらの事を聞いて、心定めて、どんな談示もせえとも言わん、すなとも言わん。これを聞かして置かねばならんで。小人の身の内障り。

明治二十年九月六日(陰暦七月十九日)
 増野正兵衞神戸へ帰る際鼻咳に付伺
さあ/\何かの処、俄に身の処不足、身の障りいかなると思う。一寸内々一寸思案早く身の障り、早く安心。内々遠く所だん/\通い、一段一つ事一段通い、だんだんどういう事聞き見る。三十日経てば三十日だけの道、どうか早く/\、心内なる処、十分諭して、今どう思えば、一年経てば一年道がある。長くない定めて先々内内定め。これから処、道せきが僅か年限経ち、年限経ち年明け月替わる。一段々々道あって心治まり付く。道の道通らねばならん。十分締まり、第一早く旬を見て安心さゝねばならん。
同日、春野千代の身の障り伺
さあ/\聞けよ聞け。道前々いかなる。もうこれ一寸理見えて、身の内たんのうの心定め。一つ談じて十分心運び、いずれ/\十分身の処、十分諭してやるがよい。心速やか、心踏ん張る。


明治二十年陰暦七月
清水与之助耳鳴りのぼせの願
さあ/\一寸の身の障り、尋ねるなれば言うて聞かす。いかなる処何もどうこう、あゝやこうやと思うやない。どういう道もこういう道も、皆神の道やで。一つの印ある。これもよう聞いて置かねばならん。三年待たん。学者がした道でもなし、人間心でした道でなし、真実の神が天然自然の理で、五十年の間付けた道である

明治二十年陰暦七月
清水与之助絞り腹の願
さあ/\身上の処身の障り分かろうまい。さあいかなる話も聞き、どういう話何程聞くとも、今一時何か十分に開いた。そこでどうこうに成ろか、案じも更にあろまい。これまで誠だん/\の道を尽し、世上にて一時どういう道あろうが、前々の道ある。どういう処から世上の道危ない/\。往環一つの身の障り、昨日も今日も身の障り、ぢばへ身を慕う身の障り、悩む十分分かってあろう。世界の道分かろまい。世上だん/\ほんにあれが正であろうか。何か一時に揃うて出来たものはない。年年堅い/\ものでも天然自然に治まり付く。何時模様変わるも知れん。これもよう聞いて置かねばならん。世界分からん。なれど、一時に出けるものは無い。大丈夫な大きな道とも分からん。これまでの順序改め、先々の道改め。案じまいと思ても案じる。

明治二十年陰暦七月
清水与之助身の障りの願
さあ/\一寸の身の障り尋ねる。何ようの事、身の自由、実を見ねば実が分からん。話一つに聞くがよい。ほんに成程。本人と本人、顔と顔、心と心、三つ寄せたら分かる。今一人二人三人出越す処、一人出れば分かる。一人は一人だけ、二人は二人だけ、三人は三人だけ分かる。どんな事も分かる。出越して見れば分かる。これまでは一寸聞いて居れども分からん。後に居るとも先に居るとも分かろまい。ちゃんと居るで。


明治二十年九月十七日(陰暦八月朔日)
 増野いと居所障り強く俄かに伺
さあ/\よう聞き分け。一事々々諭し、身の内、さあ身の内、これ身の処一寸不足、一日堪えられん身の処諭して取り直せ。今一時どうせこうせ言わん。身の処不足よう聞き分けて置け。よう聞き分けせにゃならん。どうせにゃこうせにゃ、内々処どういう、道のためいつ/\道のため一つ分からん。一生いか程の心、身のどんとの身の障り、今の今どうせにゃこうせにゃとは言わん。身の所、早く聞き分け。十分の道がある。何程聞く。道分からん。身の処定まらん/\。幾度聞かしても一つ道が分からん。何程道の処、速やか分からんという理は無い。何も分からずしては、何程辺所、聞くよりが分からん。遠く/\所めん/\身上じっとしょ。身の処一つ置き、身の処どんと一つ聞き取り、どんと一つ定めて貰いたい。


明治二十年九月十八日(陰暦八月二日)
 増野正兵衞神戸へ帰る時身上障り伺
さあ/\尋ね事情の処、同じ事情、年限相応の事情がある。間さには、一寸濁りがある。長い年限がある。今一時の処、どうせいとは言わん。身上障り一条の処、案じんようにして、さあ/\早くの道を治めて置いて、早や/゛\と治めて。内々の処というは治め難くいものである。そこで外へは心寄らぬよう。


明治二十年九月三十日(陰暦八月十四日)
 増野正兵衞口中の伺
さあ/\寄る処、ぢば一つ、いかなる処話、内々いかなる話、ぢば一つ話、どういう話聞く。一寸何を聞く、聞き遁がし。どんな事でも取り掛け話掛け、何とも無し、どうするこうすると言う。暫くの間、色々話伝え、話取れ。第一固まるその心、元あち日々一寸話して置け。奮発、何も見て居るがそうじゃな。その間に神一条どうした。見えんよう、日々固まるで。
 同日、増野松輔足の伺
さあ/\よう聞き分けくれねば分からん。一寸分かるよう、真実一段僅かいかん。判然成る成らん、身上分かりある処、成る成らんたんのう、道その日たんのう、心神受け取る処ある。たんのうの心神に供えてくれ。


明治二十年九月
 梅谷四郎兵衞身上願
さあ/\一条尋ねる/\、尋ねにゃなろまい、順序一つの理を尋ねる。さあ/\何名何人あるとも、皆んな一つに事情皆知らす。さあ/\何かの事も知らし置く。聞いて置け。聞いたら、皆々身上から皆んなの処、一つの事情である。皆んな一つに囲いの道である。さあ/\皆んなの事情である。何処へ流れる、これ知れん。折角の理を。さあ/\知らし置く/\。


明治二十年十月四日(陰暦八月十八日)
 増野正兵衞身上障り伺
さあ/\身の処いずこ一つ思案、一つ道分からん。よう聞いて置かねばならん。さあ先々日々送る処、日十分来る、一日取って出越す。一ついかが、一つ思案。どういう事聞く。年限早く明けねばならん。聞き分け置かねばならん。十分急がしうて、急がしうてならん。どうか一つ道、もう/\何に思案。聞けば心済みならん。月々年々道よう聞き分け。聞く心以て事情、外の儀無い、誠一つ遠く所よらん、内外によらん、ぢばにあらん。どういう道から始まる。いかなる道もあろう。天然自然成り立ち、幾重成り立ち、広く道あっても、通れん道は通れん。何程事思う。案じ一つ身上一つ心、めん/\いかなる道も寄せ。前々胸の思案、苦しや。たゞ一つ道、天然自然というはこれまでの道、一つ胸締まり、第一何なる事もさしづして置く。


明治二十年十月六日(陰暦八月二十日)頃
 増野正兵衞口中歯に付伺
さあ/\日々処、まゝ大抵十分の処、思う処障る。一日送る日、年々経ち来る道、身の処に障り不自由無く、めん/\真実さえ定めるなら、長く末の年限、天然自然の道よき処、事も日も、何たる日もある、年もある。何でも彼でも付けて来たる日もある。身の障り話し思案して、思いからいかなる聞き分けねば分からん。
真実さえ定めるならとの前おさしづ追って伺
さあ/\身の処治まる、一時治まる。さあ今一時道の道、いかなる内々一つ、他所道、又々一つぢばの道もある。心治め聞き分け。内々一つ処、一寸何か一つ案じ、見るある聞いたる。日々長々道中退屈出る。一寸事あると思う。世界聞けばまゝめん/\心一寸定め。道定まらん。定めた道という事、道日々、日ある。
 ぢばには先生方打揃いあるに付、播州から招待受けたら参り候間御許し下さるや、又ぢばに止まって宜しきや伺
さあ内も世界もある。ぢば一つ所もある。経ち来る処、こうかえと思えば、だんだん道来る道も、どうせとは言わん。三十日も経つ。道治まってある。日々一つ道付いてある。道すがらこれはという日もある。大抵の道伝えが出来てある。一日いずれ行く。遠き所、同じ一人なり、話伝え、十分手はあれどもと思えども、三人五人きりでは何も届かず、何時とも分からず、一日でも用が無いと見えど、三人五人ではどうもならん。あちらでも順序運ばねばならん。一寸も話聞かさずでは分からん。幾重話も聞かせば分かる。手が少のうては分からん。万事話せねば分からん。そこで、手が少のうてはどんならんで。忙しては心がどうかこうかて、一人や二人では角々の話も出来ん。道の道が分からん。話一条で聞くのやで。一寸そこ/\話では分からん。そこで五人十人も要る。珍し事も話理で救かる。分からねば何でもない。これをよう聞き分け。また先々伝えて居る処もある。二つ三つも障りでも待って居る。どうでも聞かせねばならん時刻もある。


明治二十年十月十二日(陰暦八月二十六日)
 増野松輔足不自由に付伺
さあ/\身上の処にどうと思う処、よう聞き分け置かねば分からん。身上悩む処、何でも彼でも処不足、余の儀ではあるまい。どういう道筋、何たる道筋、その道伝うなら、何でも彼でも、親兄弟浅き処から案じる処、身上いかなる身の悩み、後々続けば一つたんのうして心寄せ。道は何程遠く思えども、心というものは日々、心日々届く。そこで聞き分け。今も神の道なら、どう思いながら、案じる処から身の障り。今一時取り直せ。いかなるも、一度ならず二度ならず、今案じる、今案じる。心一つ戻るのやで。心というものは日々通るのやで。早く/\。
 春野千代腹痛腰子宮痛み伺
いかなる尋ねる処、前々より神に頼む。いか程思うてもいかん。めん/\かりもの承知。かりもの分かっても、かりものの理自由分からねば何もならん。かりもの理で一寸印あれば、ほんにたんのうして、一つ些か、あれは何ぼ/\思う。めん/\消すのじゃで。日々道も同じ事、何にもならんでないで。身上よう発散、よう聞き分けて置け。夫婦身上はとは、一つ身の障り、たんのうして通らねばならん。


明治二十年十月十三日(陰暦八月二十七日)
 増野正兵衞神戸へ帰るに付御暇伺
さあ/\何も彼も、内々処又々つかえてある。一寸一時一日これよい。内々だんだん明日であろう。大層の道がある。運ぶだけ運べ。今の今分かるまい。身上一寸、内々なる処今の今道、幾重道、それ/\思案々々道ある。なれども何程大層、大き小さいの話、大き小さい立たん。いかなるもめん/\第一内々どんと一つ治める。隔て伝わらん話談じ、めん/\余の儀何程、付けた道は付けねばならん。一々同じ事、定め心第一。何彼に大きい心、気を勇む。道に道有る、道に道無い。


明治二十年十月十六日 午後二時
 梅谷四郎兵衞願
さあ/\幾重尋ねる。順序道を諭しある。治まり治まらん。一つの心分かる。難しい事は言わん。日々の処いかなる処、難しならんで。何かの処違わん。めん/\幾重思案難しい。よう聞き分け。もう一寸年明ける。前々処、居るにも居られん。いかなる事情、しんと/\談示日もあろう。日柄一つ満ち来ん。どうでもこうでも道が付いたる。一つ成ると成らん日柄拵えある。ひながた通り、どうでもこうでも成るなれども、遅れ/\、しん一年まれ一年。もう三年日柄順序、これで一つたんのう。細い/\道あれば、明るい所、道が分かるという心、たんのうして、さあ/\一日々々ところ切って、一つ道分かる。聞いて心改め。一日々々出て来る。前々道を待って、一日々々避くるがいゝ。


明治二十年十月十九日
 梅谷秀太郎身上願
さあ/\小人たる、一寸心得、いつ/\の処、いかなるも尋ねる。何たるさしづ、内々なる処、不足だん/\思う処聞き分け/\、どうせにゃならん言わん。願う処知らしてある。めん/\願う処、願い通りは叶える。内々添うて一つ細道。どうせにゃならん、めん/\月々年々送る。年限相応だけの道は付いてある。何彼の処、どうなり年明けたら道付く。余の儀一つ通り難くい。通りてくれるのが真実、まあ一寸月々年々先々成るよう行くよう。だん/\一つ/\こうのう。内々何ぼでならん。これをよう聞き分け。内々さえこの身の障りを思う。何かの通り難くい一つ心治まるよう。


明治二十年十月二十二日
 清水与之助おたすけに行き御利益もあり、帰り道にて、左の足に何となく出物でけ、喉ひっ付くように成りしに付願
さあ/\万事の処、大勢寄り合うて、幾重の話しても、一人々々の精神より運ぶ事は出けぬ。この理をよう聞き分け。刻限話では一人々々聞きようが違う。それで刻限話もせぬ。一人々々の身の障りより願い出でば、それ/\聞かす。この理をよう聞き分け。暗がりに成る者もある。身の処何にも案じる事は要らん。


明治二十年十月二十六日
 真之亮よりの思召を以て、八九人懇親会研究に付御願
さあ/\いかなる処、どうせこうせは言わん。時談々々、時談はすうきり要らん/\/\/\で。心次第の道を知らんか。どんな者でも、道に譬えて一つ事を聞き分け。さあ/\一分一厘の理を、よう聞き分け。最初拵えた道具は、どういう道具で、拵えた道具や。神がちゃんと見分けて、一つのあたゑを渡してある。今の楽しみ、先の細道。今の細道、先の楽しみ。先の道を見て居るがよい。どういう道や、よう聞き分け。五人七人十人はどういう心、いかなる定め、十分定め。成程という理であろう。よう聞き分け。難学やで。人間心要らん/\。神一条でさい取り決まられん今の道や。自由自在だん/\説き聞く/\。内にもある、外にもある。いかなる理と思うか。どんな思やん幾重々々、一つの実を定め。一人でも何人でも同じ事。こうしたらよかろうか、何にも要らん/\で。一人は一人の心定め、百人千人万人でも同じ事やで。


明治二十年十月
 梅谷四郎兵衞身上願
さあ/\身上の処/\、どういう障りであろう、どういう処であろう。よう聞き分けさせ。途中で思案、こちらで思案。あちらで定める、こちらで定め。いずれの心持ちて、長くの処でない、暫くの処である。あちらでこちらでの処もある。何にも心に掛けずして、何も彼も心に掛けずして、どんと心を治めさせ。暫くの処と。


明治二十年十月
 井筒梅治郎身上障りに付願
さあ/\心一つ、さあ/\心一つ。大層は十分大層なる処、道のある運ぶ処、いかなる道があれども、世界中の理を見て行き教え。さあ/\心に尋ねるまで、運ぶ心の、日々十分道も知らせ。


明治二十年十一月四日(陰暦九月十九日)
 春野ゆう身上伺(増野正兵衞妻の母)
さあ/\諭する処も十分伝えある。聞く処大抵聞いて居る。身の内堪えられん時には、ほんに成程と思う。身上速やかとなる。堪えられん時、さづけの証拠にて一時治まる。結構真の中に一つ処よう諭さなならん。伝え処はたんのうの道、これ一つである。十分たんのう伝えねばならん。身の堪えられん時と、変わる時とをよう聞き分けねば、速やかならんではない。たんのう一つである。


明治二十年十一月十三日(陰暦九月二十八日)
 桝井りんおさづけさしづ
さあ/\/\前々よりの話がある。存命中の話がある。針の芯と言うてある。未だ順々の道が分かり難ない。存命中の話が、未だ順々の道が分からん。今一時の処、内々それ/\の一つ芯が運ぶという処、未だ/\分かるまい。その日来れば、確かな事が分かる。男女隔て無い。それまでの処、一寸、あしきはらへたすけたまへ天理王命、三遍づつ三遍唱え、暫くの処許して置こう。


明治二十年十一月十三日
 梅谷秀太郎身上願
さあ/\、数々の尋ねる処、数々のさしづは要らん。どう思うてもこう思うても、めん/\の思うように成らせんで。善き事というものゝ、理が回り来るのやで。通り難くい道や、通り難くかろう。そこで、皆無理に願う。許しはする。どう思うても、心に思うようには成らせんで。何ぼ心に思うても、働いても、引き戻しがなるで。通り難くい道や、止め切りたる処、どういうものや、と、思うやろう。あちらこちらに踏み止めてある。これをよう聞き分けねばならんで。一日々々と光が見えて来るのやで。そこで一日は千度と言うて、今までにも、何度も聞かしてあるのやで。その日刻限が来たなら、確かに見えて来るのやで。そこで一つの理を聞かして置こう。二十年以来に、大工伏込みと言うて置いた。二十年以来には、どう思うてもという事やと思うて、二三年も忘れたか、と、思うような日もありた。なれど、真実々々というものは、忘れようと思うたて、忘られ切るものではない程に。その道、日が通り経ちたなら、何でも神の思うように成るのや。このやしきに、一つの証拠がある。


明治二十年十一月十七日(陰暦十月三日)
 増野正兵衞咳障り伺
さあ/\身の処、咳く処何でも/\日々急く。どうで一つこうで一つ、道定め/\、内々ちゃと一つ治め。これだけ治め。又々どんと一つ定めて定まらん。めん/\だけ付けても、内々それ/\先々国々所、どうや知らん。一時結構、どうか又々思う。それには心、何片付け、思案定かなで。日々一つ/\事、一寸どうか急く。一日分からん。月々年々これはと、自由自在、めん/\どんと心一つ定めてくれるよう。


明治二十年十一月十八日(陰暦十月四日)
 増野正兵衞咳伺
さあ/\幾重尋ね、身の処、どうでもすっきり事情尋ね、聞き分け。大抵聞く理を、これをしっかり聞き分け、見分け。これを長らえ。吉き日これよいう日、判然道を実を、又々の処分かり、どういう胸も、世界の異状。こうして真の道分かって、又内々国々何かの処、めん/\一人一つ治め切り、心を治め身も治まる。定かなる実を、誠させにゃ、実の処、日々処、通る処、あちらもこちらも、どんと一つ落し着け。めん/\どんと一つ道、天然自然もうやろか。だん/\道は付けてあろう。幾重の道、通り送る処、分かる分からん分けて掛かる。これを一寸話をして置く。


明治二十年十一月十九日(陰暦十月五日)
 増野正兵衞伺
さあ/\尽す。日々何かの処、受け取りある。めん/\一人々々どうする。国々所こうめん/\国二つ所、どう成るこう成る。又聞いて聞かん。何かの処、一時道を通れん。見ず見ん、ほんに成程、日限定めて通れる。世界一寸掛かり、だけふ日見ず、見ずの理を聞き分け。一寸一服、長い夜明けたら天然自然。
我が身の障りに付新田米谷の内の事掛かりますか伺
さあ/\尋ねる事情、たすけ一条、道いつ/\たすけ一条、一時事情はあるまい。いつ/\成る成らん、扶けやい道なれば二つある。もうそれより日々困る。救けたい、大きな事救ける、だん/\救けにゃならん、いう事さしづして置く。


明治二十年十一月二十一日
 平野楢蔵身上願
さあ/\/\是非の是非、是非の道なら通らにゃならん。蓋を取る/\。思やん思やんの道運べばどうもあろうまい。早く思やん、事情の道早く心洗え。多き水なら一寸の濁りは分からん。一寸の処の水なら一寸の濁りでも、一時は早く/\散らして居るも、日々に暇が要る。成り来た道ならば、早く掃除して了うがよい。


明治二十年十一月二十一日
 平野楢蔵身上願
さあ/\/\いかなる処/\、道を通り来たる処、一つ経ちたらやれ/\。前々に伝え来たる道筋、どう成るこう成る、早く忘れるように。忘れられん。どう為すにもこう為すにも、一つ我が回心、どう成るかこう成るか、楽しみな道の中に、その中に、何処々々と治め。運べる不足あろうまい。どんな道も長くの中、綱をば離さぬよう


明治二十年十一月二十一日
 平野トラ願
さあ/\/\一寸心得ん処、さあ/\これまでどういう事もこういう事も見て通る、聞いて通る。まあ、やれ/\話を聞いて居る処、やれ/\一寸のたんのう処、自由自在と。一つを済みた。やれ/\通りた処先々の処、分からん/\。ありた処で思やんせ。何かの処、たすけや/\と、何かの処万事々々とを。


明治二十年十一月二十七日(陰暦十月十三日)
 増野正兵衞足の先霜焼に付伺
さあ/\尋ね身上、何処に一つ心掛かり、どういう処身上行く処、あちらもこちらもめん/\思う心、どんと一つ治まり、理上どんと日々勤め日々通り、やれ今日は、今日は心一日、何事もやれ/\いう心、心掛かり無いよう治めて居れ。日々治めて居れ。おうよう事見て聞いて、身の処あちらこちらこう変わる。又々事情運び難ない。案じる処、身の処ではあるまい。日々暮らし、日々順序諭してみるよう。待って/\間違わん。だん/\道である。成程遅れても堅く、あちらへ踏み台。身上通る。だん/\道を慕う。多く心多く、一つ取り決まり、大き処、一つ事ある。どうなる、日々道、めん/\通る道案じる。道というは道がある。天然自然これだけ分かりた。どういう心配り、ほんに一年だけの道、二年だけの道が付いたかと、だんだん月々年々に開く開かん。順序遠き所この所同時や。判然善き事分かる。何も彼も掃除に掛かりて、それを知らずに取り取り払われた。あちらこちらも掃除するのや。善き事悪しき事分かりた。身処皆順序聞き、大き心を治めるよう。一寸話、さしづして置く。


明治二十年十一月二十九日(陰暦十月十五日)
 御諭
さあ/\どういう事の話、よう聞き分け。この中だん/\の話、半分善き事、半分不思議、二つなれば、理が理で分からん。いかなる順序一つの道、順序幾重どういう事情も分かり難ない。なれど、こうも成る、成らん、一寸初め分かり難ない。一つ実を知らす。あちらにもある、この根から始める。古き新しすうきり言わん。一人一人の心を先分け渡してある。西も分からん、南北も分からん、すうきり分からん。生え揃うたらあちらも抜く、こちらも抜く。辺の所にある。まあ放って置け。これが大木やな。大木と成る。だん/\蒔いた種一度は皆生えるで。大雨大風方角分からん。一つ理残る。


明治二十年十一月
 大阪近藤政慶身上病みに付伺
さあ/\身の処一つの障り、どういう事と、めん/\では分かり難ない。思い掛けない順序、どういう道も順序、どういう道も通らんならんとの処、長く/\の処、順序の道筋、前々の話にも聞かしてある。どうせえともこうせえとも言わん。めんめん一つ治めにゃならん。世界中の人間皆同じ兄弟、皆世界鏡と、神は四方正面として働く。皆世界の処へ、心通りを身の内へ映してある。これ思えばめん/\も速やかと成れるやろ。めん/\も人に見せられんというような身、とても仕様無いものと思えば、めん/\心澄ませるやろ。先の処も長くと思うて見よ。身の処速やかと成る。


明治二十年十二月二日(陰暦十月十八日)
 増野正兵衞歯の障り伺
さあ/\身の処知らせ。めん/\よう聞き分け。順序何か伝え運び、一寸身の心得ん。治まり有って治まり無い。何か話を聞き、じゅん/\話聞く、聞かず。道、道があれば、何かの道を聞く。万事重々道ある、よう聞き分け。だん/\一つ理が分かれば分かりもあろう。分からず道でない。身の処一寸どうや知らん、尋ね話聞く。どういう処話、成程の話、道なる処、年々見える。天然自然の治め。
春野千代身の悩み伺
さあ/\尋ねる/\。一度二度尋ね印ある。印見て事情。だん/\一日日処、やれやれ一つ治まり、やれ/\治まり出来難ない。又一つ身上一つ事情大層。一寸一ついかなる、聞かせども事情、心柔らこうせにゃならん、どうせにゃならん、よう聞き分け。聞かねば今一つ、よういかなる、一寸暫く、一つ成程、一つ踏み止め、一つ道を運び難ない、聞き難ない。幾重諭せども、聞く時、理とわと理と踏み止めならん。聞くとわとと、理を踏み止める事出来難ない。だん/\処、こうのう一寸弛む。理と理と治まらんから、身上何でも/\こうのう。その処ずっと治まるまい。実の理でそのまゝじっと治まる。こうのう聞く理わと聞き、踏み止めば成らんでない。やれ/\思う。暫くすると、後へ戻る。踏み止める事出来難ない。余程大層。右件に付、運びのため神戸へ帰る伺
さあ/\大層、一寸事情運ぶだけ、めん/\だけ運ぶ。めん/\身のため、それそれため、心というは運ぶ心、内々何かの一寸何して運ぶ。日々所にて。
又心得のため伺
さあ/\身の処心得ん。内々処、それ/\どういう心あろうまい。こうしたならばどういう事情もある。速やかという話、内々心、心掛かり/\、事情ようある。又又だん/\幾重あるから、治まり居て治まり事情。
春野千代悩み伺
さあ/\よう聞き分け。二度三度処、まあ理が有るか無い処、よう聞き分けさせ。身の処切なみは速やかとなる。痛み悩みは一寸発散は出来る。先ず/\一寸出来ても、とても/\心が退かん。こう成るよう、とても心が決まる事出来ぬ。そこに一つ理があるで。一寸踏ん張り、どちら/\話し、ほんに思う。めん/\身上処分からん。ほんにいろもの、白黒が分からん残念。どういうも一つ、成らんから大層、大層今日は余程浮く。日々思う処違うてある。成程理は成程思うて、めん/\聞き分けねば分からん。めん/\身上、心大層々々、一寸一つ十分道は運んである。ならんからならん。運んでなら、何ぼでもならん。ならんこの理を聞かせ。


明治二十年十二月四日
 小松駒吉身上障りに付願
さあ/\所々で一つ/\踏ん張る。誠の精神である。誠の道を通るには、心に一つの曇りありて、暇が要りて、どんならん。積み重ねる処、天然自然の道や。世間の事を聞き。
強い者は弱い、弱い者は強いで。強い者弱いと言うのは、可怪しいようなものや。それ心の誠を強いのやで。心定め。先も長くの道と思えば、とんと心を定めて、腹を立てゝはどんならん。往還の道と言うても、内の処身の内障りある。ほんにこれは成程という事を思やんして。


明治二十年十二月五日 朝八時三十分
 小松駒吉前事情に付御願
さあ/\/\/\/\長らえて/\の順序、めん/\それ/\の処、運び難ない処、又それより一時救けてくれと言うて来る処もある。なれどもめん/\に功が無うてはなろまい。まあ/\今日一つの心忘れぬようと、今日一日の日を忘れぬようと、さづけ渡そ。しいかり受け取れ。あしきはらひ、三遍三遍、三々九遍の理を渡そ。


明治二十年十二月八日(陰暦十月二十四日)午前八時
 村田幸助身上事情に付願
さあ/\/\待って居た/\。生涯の理にさづけ渡す。しいかり受け取れ。ちよとはなしかみのいふこときいてくれ、あしきのことはいはんでな、このようのぢいとてんとをかたどりて、ふう/\をこしらへきたるでな、これはこのよのはじめだし、ようし/\。あしきをはろふて、たすけせきこむ、いちれつすましてかんろうだい。


明治二十年十二月十六日(陰暦十一月二日)朝
 山田伊八郎伺
さあ/\だん/\に尋ねる。変わる/\事情、だん/\変わる/\。又々身の処に不足付く。案じは要らん/\。どんな事も聞いて居る。世界残らずの理を諭そう。どんな事と思う。やれ/\たんのう/\。


明治二十年十二月十九日(陰暦十一月五日)
 増野正兵衞咽喉腫れ食事通り兼ね咳出るに付伺
さあ/\めん/\一つに、俄かにどういう事に成りて理が分からん。順序心得ん。心順序案じる事は要らん。身の処案じる事要らん。だん/\どういう話伝え。一つ心治め。あちらにも心に掛かる、こちらも心に掛かる。どんと心を治め。成る成らん、身一つ成る。めん/\。
さあ身上一条、思う心あれど、今はこうで先はこう、あちらも心に掛かる。この先今一時運び難くい。先々一つ理がある。運ぶ/\、いかなるも聞き分け。思う思わん。ちょい/\と身に障り、聞いて定めば身の処速やかと成る。これを聞き分けて、成程先々が分かる。身の処速やかとなる。今処こう、先の処こう、あちらの身の処忘れられん。どういう事を聞く。道の道なら通らねばならん、という心を定めてくれ。


明治二十年十二月二十一日 午前十時半
 池田村講元植田平一郎おさづけ
さあ/\/\、順序々々順序いかなる順序、自由自在々々々々。いかなる心、さあさあ一日々々々々日しいかり/\と、さあ/\/\受け取れ/\。さあ/\/\さあ、さづけ/\たすけ一条のため、あしきはらひたすけたまへ天理王命、三遍づつ三遍、三々九遍の理を渡そ。しいかり受け取れ。


明治二十年十二月二十二日(陰暦十一月八日)頃
 増野正兵衞伺
さあ/\身上処、どういう心得ん。何も心得んなる。いつ/\身改め。よう聞き分け。一寸心得ん、身の改め。どうなる知らん、身改め。心直ぐ成る成らん、一つ改め。一寸心得ん。心よう聞き分けくれねばならん。十分治まり成るも案じる。どういう、何遍身に覚えあろう。案じる事は要らん。何遍同じ案じは要らん。


明治二十年十二月二十三日(陰暦十一月九日)
 増野正兵衞伺
さあ/\いかなる身処、第一身処障り、何かの処、前よりいかなる心にある。又々めん/\身の処、一つ思案。何か順序、前々長らくの処、事情身上、事情心理を思う。一つ心運ばねばなるまい。どんと大き心を定め、不変。身一つ障り、どんと一つ理が無く大変、旬々発する処、成るよ/\、理を治めねばならん。
同日、増野正兵衞帰る際伺
さあ/\内々処、身上だん/\一つ思う。身上もう一つ成程一つ事情、一つ治まり事情、どんと大き心を治め。めん/\一つ心あって、心を遙か向うを眺める心。内内それ/\身上思う。それか尋ねども、遙かどんと大き心で居よ。


明治二十年十二月
 富田伝次郎身上願
さあ/\身の内の処、身上よう聞き分けねばあかんで。めん/\身の内一つ/\処、よう聞かねばならん。内々の処、何かの処聞き分け。だん/\長い処、幾重尋ね。身の障りいずれ/\、一度二度話て見ても見る。何か通り、見て尋ね。内々家内、これも速やかと言えば速やか。心一つ案じる事は無いで。思うようなる。心通り付けよう。これまで一つ分かり、幾重さんげ。日柄延ばし、日限、よう聞き通る。誠一つ寄せてくれ。誠一つ、どれはどうや知らん。


明治二十年
 松村栄治郎へおさしづ
さあ/\、ほのかの儀やないで。内々の処、分かる分からんの処、深いいんねんもある。これまで楽しみあったやろう。尋ねる儀もあるやろう。早くの処、運び来てある処、ふでさきにも知らしてある。五年前にも知らしてある。見えたる処あろう。銘々内々の処、世界の処や/\、親族の間からや/\。聞いて来れば知らそ。内々の処、忘れた日もあった。前々の三つの知らしてある処、分かるまい。二年三年に知らしてあった。今内の処、未だうっとしいと思うやろう。やれ/\待って居る。古をかな事である。高道も知らしてある。三つの処知らしてある。又々の処知らしてやろう。内々の処、一つはたんのうして、実を定めてくれるよう。一時知らして置こう。
三軒棟があって、生涯我が物や。生涯落さん。


明治二十年
 大和国式上郡笠村講社山本藤四郎の願
さあ/\だん/\の理を伝うて、だん/\の席改めて、さあ/\又一つの席にて、さあ/\同んなし話であるけれど、さあ/\一日の人、席より一つの理を聞かそ。真の兄弟は、誠一つの心が兄弟。又、誠一つ理が天の理、常に誠一つの心が天の理。真の心の理が兄弟。さあ/\これより又一つ、こうのうの理を渡し置く。あしきはらいたすけたまへ天理王命、を、これを三遍唱えて、又三遍、又三遍、三三三の理を渡そ。しっかりと受け取れ、受け取れ/\。


明治二十年
 松村栄治郎へおさしづ
さあ/\いかなる尋ねる事情を、どういう事聞き分けと言うならば、とんとなる案じ/\、とんと随分急く処、一つ治まる。誠真実定めば連れて通るという処、前々より知らしある。案じがあってどうもならん。あちらもこちらも、世界中へ柱を付けてある。怪しい道であれども皆連れて通ってある。十分々々の実を尋ぬれば、真夜々々々々に尋ね出るよう。一寸の事と言えば、一寸のさしづして置こう。一寸一寸の何事も案じの無きようのさしづ。実を聞けば、実を知らそ。五十年以前からの道、何でもない所の何でもない者、一人の処をよう思案して見よ。聞き分けば随分分かる。さあ/\案じは要らん。案じ思えば案じになる。そこを思え。よく思案せねばならん。


明治二十年
 梅谷四郎兵衞身上障り願
さあ/\/\/\、身上の障り/\、どういう事情思う/\。さあ/\別段余の儀であろうまい。道の障りと心寄す。どんなさしづ難しいと言えば、どういう事も、道から道の障りを尋ねる。今まで身のさしづ知れなんだ。だん/\遅れ、今一つの障り、通り難くうてならん、今一つ通り難くうてならん。身の障り付く。詰んで詰んで十分詰んである。身の処どんと一つ定め。案じる事を要らん/\。どちらに居るも同じ事、内で詰むが一つの心定めるがよい。


明治二十年
 梅谷たね身上願
さあ/\/\/\、身の処夜々々、身の処に心得ん/\。余の儀外の儀やない。さあ/\何にも、日々に思う処、よう聞き分けんや分からんで。夜昼日々、知らす理というもの、今一時運び難ないで。よう心に治めてくれ。あちらもこう、こちらもこう、一寸々々印ある処心に掛け、夜々心に掛け。夜々何程々々、今こゝまでして来てあるのにと思う。今一寸々々記したる処見て順序と思い、やれ/\と思わにゃ、判然不自由しようにも出けん、難儀しようにも出けんと、大きい心に取り直し、だん/\に順序見えてある、と。順序伝えてくれ。


明治二十年
 梅谷たねより小人身上に付願
さあ/\事情尋ねる/\。小人事情、何にも小人の処、身上にどうか/\、早く聞き取れ。一時と思えば一時、どうか/\尋ねにゃならん/\。尋ねるから一つの事情以ちて、誰にどう/\と、皆世界々々と言うて、世界の事情何でもない事、道の処/\日々の処、日を定めるやろ。一日の日定めるなら、深きの処分かる。道案じ道案じ、皆これは神の話、聞いたる処、未だ/\互いに思い合うて皆話して。


明治二十年
 井筒梅治郎伺
さあ/\尋ねるであろ/\。身上一つに事情無くては、めん/\身上於て障り無くば、尋ねん。めん/\最初一つの道を有ろ。危なき処、元理聞いてある。先ず/\世界の道無くて通り難くい。めん/\の理を分かれば、世界分かりそうなものや。どうも大望あろう。今一つの道、前々道も通り来て、今一つ道、世上一つの道も聞いて一つの思案と、今一つの道速やか神より伝えてある。道は未だ/\一年二年三年、未だ/\初まり/\と聞かし置こう、と、又今一時に分かる話もある、と、聞かし置こう。しっかりと聞き取りて、聞き分けてくれるよう、と。


明治二十年
 井筒梅治郎長女たね目の障りに付願
さあ/\尋ねば一つ、前々の一つのさしづ身の処、又々一つ分からん。前々身の処、めん/\に一つ定め踏ん張りの処、内々一つの処、定め一つを、未だ/\身の処、速やかならん。さあ/\聞き分け/\。めん/\踏ん張り一つでどうでも成ろ。一寸の理であろまい、大層であろ。安心ならん。早く/\安心の理を定め。内々安心ならん。多くの中の一名である。理を見て一つ、どんと心下ろさにゃならん。内々も見分けて治めにゃならん。


明治二十年
 大和池田村講元植田平一郎身上に付願
さあ/\順々の道を通り、内々を定め。神一条の道で、めん/\心より何かの順々の心の願/\。さあ/\尋ねるからは、一つ諭しよう。さあ/\早く/\。
 同年重ねて池田村講元より
さあ/\/\一度二度にて、順序尋ねに出る処、だん/\に聞かしてある。内々の処も聞かしてある。細い道があるとても、重々の心次第や。順序心一つ定めば、一度を二度と理を聞いて、十分の理を重ね、十分のものをやろう。ちゃんと治まりの中へ、身の処いつもと言わん。身の処一寸心得ん。


明治二十年
 植田平一郎身上伺
さあ/\身上一つの処、さあ/\心得ん/\いう処、めん/\身上心得んと言う。一つ諭しよう。何かの処諭しよ。めん/\事情聞いて、理を聞き分けんという処、めん/\心の事情、心事情世界にある。諭して居る処の理を聞き分け。いかなるも速やか、身上速やか。さあ/\、身の処より定まらにゃ、定まりあらせんで。身の処諭する処、成程の理が見える見えんは、成程の理を見てくれにゃ分からん。

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posted by 朱夏 at 23:51| Comment(0) | TrackBack(0) | おさしづ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月08日

おさしづを身近に。

次回から、「おさしづ」を掲載していきます。

現在、天理教で言う「おさしづ」は、1966年(昭和41年)1月、教祖80年祭にあわせて、新たに公刊、全教会に配布された全7巻を指します。
膨大な量ですが、「おふでさき」「みかぐらうた」と同様に三原典の一つ、すなわち天理教教理における最重要なものの一つです。

「おさしづ」は教祖(おやさま)と本席・飯降伊蔵先生のお口を通しての親神様のお言葉を、側近の先生方が筆録されたものです。
全7巻には、教祖(おやさま)が現身を隠される直前の明治二十年一月四日(陰暦で前年の十二月十一日)から、本席・飯降伊蔵先生が出直される直前の明治四十年六月九日までの「おさしづ」が収録されています。
これ以後には、もちろん「おさしづ」は存在しません。
一方でこれ以前には、教祖(おやさま)から発せられる親神様のお言葉は数えきれない程存在します。正確に記録されているものについては、「天理教教祖伝逸話篇」に収録されていますが、厳密にはこれらは「おさしづ」とは呼ばず、「(教祖の)お言葉」と呼びます。また裏付けが曖昧なものは、信仰者の間で「教祖はこう仰ったそうだ」と互いに伝え合ったことから、「口伝」と呼ばれています。
ちなみに、1966年(昭和41年)に新たに公刊される際、可能な限り「同音異義語」の問題を避けるため、元々のおさしづ全巻を総見直しし、平仮名で筆録されていた箇所も漢字を当てはめられるところは漢字に変換、明らかな誤字は訂正されています。これで「同音異義語」の問題は大幅に改善されたと言えますが、100%間違いないかどうかは、誰にも分かりません。


さて、「『おさしづ』は難しい」とよく言われます。
しかし、私はそんなことは無いと思います。
「おさしづ」を身近にするために、この点について、少し書いておきたいと思います。




「おさしづ」が難しいと言われる最大の原因は、「話し言葉」だということです。
話し言葉ですから、明治の大和地方の方言で現代人には解りにくいのはもちろん、文章としては必要なはずの言葉が、話し言葉であるために、お互いの理解の前提の下に省略されたり、また説いて聞かせる上から、同じ言葉を何度も反復するという特徴が現れています。
また、親が子どもに言い聞かせる際によく見られるように、相手の感情を揺するため、論理上は矛盾と言える言い回しも見られます。

つまり、文章として熟読すると、非常に読みづらく、読解しにくいものなのです。
それを一生懸命一生懸命に読解しようとすると、「曲解」というリスクが生まれます。
そこで、せっかくの話し言葉なのですから、文章として読解するのではなく、音読して味わうという触れ方をすれば良いのです。

おふでさきを身近に」という記事で書いたのと同様に、古語辞典や関西方言の辞書を活用しながら、繰り返し音読していけば、親神様の親心を味わうことができると思います。
そうすれば、「曲解」という問題もほぼ起こりえないと思っています。

しかし、「おふでさき」と違って「おさしづ」はあまりにも膨大です。すべてを音読して味わうことは、現実的には不可能でしょう。

そこで、3つの触れ方をオススメしたいと思います。

一つ目は、教会の神殿講話などで先生が引用される「おさしづ」を自分でも調べて読んでみること。
この場合、その教会全体として目指すところ、その先生が伝えたいことの本質がより明確になるのはもちろん、大抵の先生は、有名かつ重要と言える「おさしづ」を引用されますから、教理面でもより理解を深めやすくなると思います。

二つ目は、天理教青年会から発刊されている「用語用例おさしづ集」を使い、自分がより詳しく知りたいと考えている教語に関連する「おさしづ」を音読すること。
教語を正確に理解する為に、最も良い方法だと思います。
感話や講話で話す原稿を作る際に「おさしづ」を引用する場合も、これを使い、その中から引用するのが一番良いと思います。

三つ目は、全「おさしづ」を流し読みすること。
文章として熟読せず、音読して味わう方が良いと書きましたが、一度は全おさしづを、音読もせず、ただただ流し読みすることをオススメします。
この場合にオススメなのは、androidアプリの「おさしづ365」を使うことです。
これは、全「おさしづ」の中から、今日の日付の「おさしづ」を表示してくれるアプリです。
毎日流し読みすれば、一年ですべての「おさしづ」に目を通すことができます。
そうすると、多くの「おさしづ」が共通した内容であることが解り、さらに親神様の思召しが知らず知らずのうちに、自分の中に染み込んでいきます。
何年も続けるのは、尚のこと良いです。

これら三つの触れ方を重ねていけば、「おさしづ」を曲解することもなく、親神様の思召しを学び、身に染み込ませることができると思います。

当blogでは、今後、すべての「おさしづ」をアップしていく予定ですが、これは三つの触れ方すべてに活用できると考えるからです。
検索機能を使うことで、先生が引用された「おさしづ」を見つけることができ、「用語用例おさしづ集」でより詳しく読みたいと思った「おさしづ」を探し出すことができます。また、ネット環境さえあれば、いつでもどこでも時間を見付けて流し読みを繰り返すこともできます。
このようにご活用下さり、教理理解、ひいては心の成人に繋げて頂ければと思います。

<参考リンク>
天理青年教程 -天理教青年会
おさしづ365 - Google Play の Android アプリ

<天理教勉強blog内関連記事>
天理教勉強blog: 天理教用語「おさしづ」
飯降伊蔵 天理教勉強blog内検索
天理教教祖伝逸話篇 天理教勉強blog内検索
天理教勉強blog: おふでさきを身近に。
天理教勉強blog: 天理教用語「おふでさき」

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posted by 朱夏 at 02:27| Comment(2) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月29日

稿本天理教教祖伝「第十章 扉ひらいて」

稿本天理教教祖伝「第十章 扉ひらいて」




明治二十年:
 このように、内外多事のうちに、道は尚も弘まってゆくばかりであったが、明治十九年も暮れ、明けて二十年一月一日(陰暦十二月八日)の夕方に、教祖は、風呂場からお出ましの時、ふとよろめかれた。その時、伺うと、
「これは、世界の動くしるしや。」
と、仰せられた。その日はさしたる事もなかったが、翌日は御気分宜しからず、一同心配したが、この時は、程なく持ち直された。
 が、一月四日(陰暦十二月十一日)、急にお身上が迫って来た。そこで、御休息所の、教祖のお居間の次の間で飯降伊蔵を通して、思召の程を伺うた処、

  さあ/\もう十分詰み切った。これまで何よの事も聞かせ置いたが、すっきり分からん。何程言うても分かる者は無い。これが残念。疑うて暮らし居るがよく思案せよ。さあ神が言う事嘘なら、四十九年前より今までこの道続きはせまい。今までに言うた事見えてある。これで思やんせよ。さあ、もうこのまゝ退いて了うか、納まって了うか。

とのお言葉があった。
 お前達は、親の言葉を肚の底から聞いて居ない。この事が親にとっては実に残念である。お前達は、世間普通の人間思案をまじえて物事を考え、疑いながら暮して居る。が、このように、親神の話を素直に聞かない。肚の底から一条心になれない、というのは実に残念である。親神の言う事が嘘なら、四十九年前、即ち天保九年以来この道が続いて居る筈が無いではないか。親神の道が正しいか、世間普通の人間思案が正しいか、よく思い比べて思案せよ。皆の者の成人が、余りにも鈍く、聞分けが、付かないようなら、をやはもうこのまゝ息を引きとって了うかも分らんぞ。
との仰せである。そして、この時、教祖は、息をせられなくなり、お身上が、急に冷くなった。
 そこで、一同打驚いて、これは、かね/\お急込みのつとめを、官憲の圧迫ゆえとは言いながら、手控えて居たのが間違いであった、と気付き、翌一月五日(陰暦十二月十二日)から、鳴物は不揃いのまゝであったが、連日お詫びのつとめをさして頂いた。しかし、官憲を憚って、依然、夜中門戸を閉ざして、ひそかにつとめして居たのである。そのためか、教祖の身上は、幾らか持ち直されたが、依然として何もお召し上りにならぬ。そこで一月八日夜(陰暦十二月十五日夜)、その日居合わせた人々、それは、昨年来、公然とつとめをさして頂きたい上から、教会設置の相談をして来た人達であるが、その人々の相談で、世界並の事二分、神様の事八分、心を入れつとめをなす事、こふき通りに十分いたす事。と定まった。時に、翌一月九日(陰暦十二月十六日)午前五時であった。
 この心定めを受け取られてか、この日(陽暦一月九日)は朝から、教祖は御気分よろしくなられ、御飯さえ少々召し上られた。そして、教祖のお口から、親しくお話があった。

  さあ/\年取って弱ったか、病で難しいと思うか。病でもない、弱ったでもないで。だん/\説き尽してあるで。よう思やんせよ。

 決して、年とって弱ったのでもなければ、病気という訳でもない。もう説くだけは十分説き尽した。今こそ、心定めの時が来て居るのである、をやの身上に異状を見せて、たすけ一条の道であるつとめを急込んで居る。
と、諭された。
 が、翌一月十日(陰暦十二月十七日)には、教祖の御気分が、又々勝れない。そこで、この日午後三時頃、一同相談の上、次の間で飯降伊蔵によって、どうしたら教祖のお身上が快くなりましようか。今迄のように夜だけでなく、昼もつとめさして頂きましようか。と伺うと、

  さあ/\これまで何よの事も皆説いてあるで。もう、どうこうせいとは言わんで。四十九年前よりの道の事、いかなる道も通りたであろう。分かりたるであろう。救かりたるもあろう。一時思やん/\する者無い。遠い近いも皆引き寄せてある。事情も分からん。もう、どうせいこうせいのさしづはしない。銘々心次第。もう何もさしづはしないで。

 もう今迄に、言う事は皆言うてある。これを各自の心で確り判断する事が肝腎である。何でも彼でも親神に尋ねて一時をしのぎ、後で心を鈍らすというような事を、繰り返して居ては何にもならぬ。今迄に四十九年も通って来て、あらゆる場合のひながたを出してある。皆が勇んでおぢばへ帰って来た日もあれば、心ならずもをやの苦労を見送った日もあろう。又、おたすけを頂いた者も数々あろう。が、その中を通り抜けて、現に今日迄道はつゞいて居る。このみちすがらを振り返って見て、今このをやの身上に異状を見せて、急込んで居る事の真意を、各自々々の心に確りと悟りとれ。しかも、銘々勝手にではなく、談じ合い心を練り合うて、一つの心で一つの道に、確りと一つの龍頭に集まるようにせよ。
と、諭された。
 この、もう指図はしない、との仰せに一同打驚き、真之亮に申上げた上、居合わせた人々は直ちに相談を始めた。その人々は、前川菊太郎、梶本松治郎、桝井伊三郎、鴻田忠三郎、高井直吉、辻忠作、梅谷四郎兵衞、増野正兵衞、清水与之助、諸井国三郎である。
 相談の後、皆の者から、親神の道の御話の事、即ち、おつとめをしましよう。と言うて来たが、真之亮は、何れ考の上。と、答えた。警察の従来からの弾圧振りと、教祖の容体とを併せ考えると、即答するには、事は余りにも重大であった。
 その夜九時過ぎ、更に、次の人々が相談した。鴻田忠三郎、桝井伊三郎、梅谷四郎兵衞、増野正兵衞、清水与之助、諸井国三郎、仲野秀信である。そして、真之亮の返事を待ったが、依然として答はない。そこで、前川、梶本両名の意見を問うた。両名は、それでは、我々からしんばしらの意見を伺おう。という事になって、この旨を述べ、相談したが、今晩、親神の仰せ通り、徹夜でおつとめしよう。という案は、官憲の態度が気懸りのため決定とならず、この点について、真之亮から教祖に伺う、という事に決った。その時はもう十一日(陰暦十二月十八日)の未明になって居たので、夜が明けて一同は休息した。
 この一同の真心を親神がお受け取り下されてか、その日は、教祖の御気分宜しく、床の上で、お髪を梳られた。
 翌十二日の夜も、一同は、前々日のつゞきで、真之亮の返事を待って居たが、夜も更けて、十三日(陰暦十二月二十日)午前三時頃、いよ/\お伺いしよう。という返事があった。そこで、真之亮に梶本、前川の両名が付き添い、教祖の御枕辺に進んでお伺い申上げた。すると、教祖直々のお言葉に、

  さあ/\いかなる処、尋ねる処、分かり無くば知らそう。しっかり/\聞き分け。これ/\よう聞き分け。もうならん/\。前以て伝えてある。難しい事を言い掛ける。一つの事に取って思やんせよ。一時の処どういう事情も聞き分け。

と、仰せられた。  お前達は、何程言うても分らないではないか。確り聞き分け、もう何もお前達の言訳は聞かない。話は、四十九年以前からしてあるから、その時から練って居ったならば、何も難しい事はない。前々から心を揃えてやって居るのであるならば、つとめは出来るのである。
 これに対して、真之亮から、前以て伝えあると仰せあるは、つとめの事で御座りますか。つとめ致すにはむつかしい事情も御座ります。と申上げると、

  さあ/\今一時に運んで難しいであろう。難しいというは真に治まる。長う/\/\四十九年以前から何も分からん。難しい事があるものか。

 今直ぐにつとめをするという事は、一見難しいように思うであろうが、難しい中を通る真実が、親神に受け取って頂けるのである。天保九年以来、今日迄の事を思うてみよ。決して難しい事があるものか、との仰せである。
 これに対して、真之亮から、法律がある故、つとめ致すにもむつかしゆう御座ります。と申上げると、

  さあ/\答うる処、それ答うる処の事情、四十九年以前より誠という思案があろう、実という処があろう。事情分かりが有るのか無いのか。

 そんな返答をするが、この道創まって以来、この道はたゞ一条の誠真実の道である。心を入替え、真実の心を以て、陽気ぐらしの世に進んで行くのが我々の道であるという事が、分って居るのかどうか。先に治めなければならない事は、法に関係のある問題よりも、喜びの心を治める問題なのである。皆の心が陽気に勇んで、そして進むならば、自ら開ける道がある。
と教えられた。
 これに対して、真之亮から、親神の仰せと国の掟と、両方の道の立つように御指図願います。と願うと、

  分からんであるまい。元々よりだん/\の道すがら。さあ/\今一時に通る処、どうでもこうでも仕切る事情いかん。たゞ一時ならん/\。さあ今という/\前の道を運ぶと一時々々。

 四十九年前から、話もし、だん/\とひながたに見せてある。今という今と成っては、どうでも話通りの事を、ともかくもやれ。何でもよいから、つとめをせよ。
と、急込まれた。
 これに対し、真之亮から、毎夜おつとめの稽古致しまして、確り手の揃うまで、猶予をお願い致します。とて、尚も、延期を願うと、

  さあ/\一度の話を聞いて、きっと定め置かねばならん。又々の道がある。一つの道もいかなる処も聞き分けて。たゞ止めるはいかん。順序の道/\。

 親神の話を確り聞いて、心を定めるという事が一番大切な事である。将来の事を考えれば、それ/\手続きが要るが、この今という今、この抜差しならぬ時に当っては、心を定めるという事が一番肝腎である。心さえ定まれば、道はいずれ開けて来る。法律があるからとて、たゞつとめを止めるのは、いけない。順序の道をよく思案してくれるよう。
と、促された。
 これに対して、真之亮から、講習所を立て、一時の処、つとめの出来るようにさして貰いとう御座ります。と申上げると、

 安心が出けんとならば、先ず今の処を、談示々々という処、さあ今と言う、今と言うたら今、抜き差しならぬで。承知か。

 何程言うてもお前達子供には分らないのであろう。法によっての順序というようにとって、そんな事を言うて居るが、今という今、をやの身上は抜差しならぬ事態に迫って居る。この抜差しならん今というこの時機を、どう考えて居るのか。
とて、この期に臨んでの心の持方を仕込まれた。
 これに対して、真之亮から、つとめ/\とお急込み下されますが、只今の教祖のお障りは、人衆定めで御座りましようか。どうでも本づとめいたさねばならんので御座りますか。と、伺うた。漸くこゝに於いて、抜差しならんという意味について、親神の思召と人間の心とが、一つ心に寄って来たのである。抜差しならんと仰しやって居るのは、人の揃う事、即ち人衆定めでありますか。或は、本づとめ即ちかんろだいのつとめにかゝる事でありますか。何れが教祖の身上を以てお急込み下されている節でありますか。と伺うと、これに対して、

  さあ/\それ/\の処、心定めの人衆定め。事情無ければ心が定まらん。胸次第心次第。心の得心出来るまでは尋ねるがよい。降りたと言うたら退かんで。

 親神の急込んで居るのは、心定めの人衆定めである。このふしに際してお前達の心を定め、心の定まった処によって人衆を定める。心の定まるというのも、この難しい事情があるから定まるのであって、事情がなければ、真に心が定まらない。この上はお前達の心次第胸次第である。この事をよく悟って、神一条に、つとめ一条に進むならばよいのである。未だこれでも得心出来ないならば、心の得心出来るまで尋ねよ。総て教えて置こう。降りたと言うたら退かぬ。取返しのつかぬようになる前に、聞いて置け。
との仰せである。
 そこで、つゞいて、押して願として、教祖のお身上の平癒を願った処、

  さあ/\いかなる事情。尋ねる事情も、分かり無くば知らそ。しっかり聞き分け。これ/\よう聞き分け。もうならん/\/\。難しい事を言い掛ける。一つ心に取って思やんせ。一時の事情、どういう事情を聞き分け。長らく四十九年以前、何も分からん中に通り来た。今日の日は、世界々々成るよう。

と、お教え頂いた。もうその頃には、夜が明けかゝって居た。
 今迄は何も分らなかった。しかし、今後は一つ心になって思案せよ。総ての事は、つとめの事に当てはめて事情を考えよ。四十九年もの長い間、をやはひながたの道をつけて苦労艱難の中を通って来たが、お前達は、何も知らずに随いて来たのである。が、今こそ、もう時が迫って居る。世界へ出るのである。たすけが世界へ及ぶのである。
と、宣言された。
 これに対して、真之亮から、教会本部をお許し下された上は、いかようにも親神の仰せ通り致します。と願うと、

  さあ/\事情無くして一時定め出来難ない。さあ一時今それ/\、この三名の処で、きっと定め置かねばならん。何か願う処に委せ置く。必ず忘れぬようにせよ。

 一遍ではどうもならんであろうが、まあやっても宜かろう。しかし、それよりも先に、お前達三人寄って、屹度、一つにまとまって、よく相談するのが大切である。必ず三人が一つ心に合わせてやるという事を、忘れてはならんぞ。
と、諭された。
 そこで、真之亮から、教会設置をお許し下されたについて、ありがとう御座います。と、お礼言上すると、

  さあ/\一時今から今という心、三名の心しいかりと心合わせて返答せよ。

 将来の事については許し置くが、今直ぐ実行せよと言うて居るつとめの方についてはどうか、迫った身上によって急込んで居る今の時機に於いて、お前達はどんな心定めに向うのであるか、三名心を一つにして、確り返答せよ。
と、仰せられた。
 これに対し、真之亮から、この屋敷に道具雛型の魂生れてあるとの仰せ、この屋敷をさして、この世界初まりのぢばゆえ天降り、無い人間無い世界こしらえ下されたとの仰せ、かみも我々も同様の魂との仰せ、右三ケ条のお尋ねあれば、我々何と答えて宜しく御座りましようや、これに差支えます。人間は法律にさからう事はかないません。
と、申上げた処、

  さあ/\月日がありてこの世界あり、世界ありてそれ/\あり、それ/\ありて身の内あり、身の内ありて律あり、律ありても心定めが第一やで。

と、噛んで含めるように、やさしく教えられた。
 親神が先ず坐して、この世界が生れたのである。世界が生れてから、そこに国々があり、その中に人々が居り、その人々が身体を借りて居る。その人間が、住み易いように申し合わせて作ったのが法律である。いかに法律が出来ても、それを活用するか否かは、人の心にある。即ち、一番大切なのは心である。この順序を知ったならば、確りと親神の話を聞いて、真心、即ち親神に通じる真の心を定める事が何よりも大切である、
と、教えられた。
 これに対して、真之亮から、我々身の内は承知仕りましたが、教祖の御身の上を心配仕ります。さあという時は、いかなる御利やくも下されましようか、とて、根本の順序の理はよく分りましたが、今日の教祖のお身上が心配でなりません。さあという差迫った時には、我々の心通り確りと踏ん張って下さいましようか。と、念を押した。これに対し、

  さあ/\実があれば実があるで。実と言えば知ろまい。真実というは火、水、風。

 人に真実の心があれば、親神の真実の守護がある。いよ/\という時は、親神が引き受ける。この世界の火、水、風は皆、親神の心のまゝに司る処である。
と、鮮やかに引き受けられた。
 尚も押しての願に対し、

  さあ/\実を買うのやで。価を以て実を買うのやで。

 真実を以て買うならば、真実の守護を見せてやろう、親神の自由自在の守護を頂くには、皆々が真心の限りを尽して事に当るのが肝腎である、
と、教えられた。
 一月十三日からは、小康を保ちながらお過し頂いた。時には身を越し、庭へさへお下り頂いた。
 ついで、一月十八日(陰暦十二月二十五日)夜から、毎日々々つとめが行われた。そして、一月二十四日、即ち、陰暦正月元旦には、教祖の御気分大そう宜しく、床から起き上られ、一同に向って、

  さあ/\十分練った/\。このやしき始まってから、十分練った。十分受け取ってあるで。

と、いかにも打解けた、そして満足気な、また一面親心溢れるお言葉を賜った。年賀に集まった信者の人々に賜ったお言葉であると信じられる。先日来のお身上で、いろ/\と心の練合いが進められた。そして、正月元旦に、
 この屋敷初まって以来十分に練った。皆の心も十分に受け取って居るで、と、御満足の挨拶を下されたのである。
 一月十八日(陰暦十二月二十五日)夜から始まった、かぐら・てをどりは、二月十七日(陰暦正月二十五日)夜まで続けられ、人々は寒中も物かは、連日水行して、真心こめて御平癒を祈った。
 教祖の御気分も、引き続きお宜しいように見受けられ、二月十三日頃(陰暦正月二十一日頃)には、下駄をはいて庭に下り、元気に歩かれた程である。
 処が、二月十七日夜(陰暦正月二十五日夜)、今にして思い返せば、教祖が現身を以てこの世に現われて居られた最後の夜であるが、この夜、教祖のお身上宜しからず、飯降伊蔵を通して伺うた処、

扉を開いて:

  さあ/\すっきりろくぢに踏み均らすで。さあ/\扉を開いて/\、一列ろくぢ。さあろくぢに踏み出す。さあ/\扉を開いて地を均らそうか、扉を閉まりて地を均らそうか/\。

とのお言葉である。
 人間は、親神の目から御覧になれば、皆一列に兄弟姉妹である。魂の理から言うならば、些かも高低上下の差別はない。ろっくの立場、一列兄弟の立場に於いて、総ての人々が語り合う処にこそ、陽気ぐらしの世界への門出がある。即ち、人々の心をろっくの地にしようと思うが、さて、扉を開いて地を均そうか、扉を閉めて地を均そうか。
と、問われた。
 これに対し、一同から、扉を開いてろくぢにならし被下たい。と答えると、この時、伺いの扇がさっと開いた。そして、

  成る立てやい、どういう立てやい。いずれ/\/\引き寄せ、どういう事も引き寄せ、何でも彼でも引き寄せる中、一列に扉を開く/\/\/\。ころりと変わるで。

 道の理と世界の理とが、いよ/\立て合うて来た。世界たすけの道をつけようとて、どのような者もこのような者も、皆、元のやしきへ引き寄せて来てあるし、どのような事柄も、皆、このやしきへ引き寄せて来てある。何でも彼でも、皆、引き寄せる中に、扉を開いて世界たすけに出たならば、ころっと道の様子が変って来る。
と、仰せられた。
 これにつゞいて、尚も、世界の事情運ばして貰い度う御座ります。と、
又しても、教会設置の事を願うと、

  ならん/\/\。
 取り違えてはならん、もっと迫って居る。

と、お知らせ頂いた。
 明くれば二月十八日、陰暦正月二十六日である。(註一)恰も、従来から毎月、つとめをして来た日であるし、殊には、教祖のお身上に関して、つとめをお急込みになって居る。近郷近在からは多数の参拝人が詰めかけて居る。しかも、官憲の目は厳しく、一つ間違えば、お身上中の教祖をも拘引しかねまじい剣幕である。人々はこの板挟みの中に立って、思案に暮れた。そこで、思召を伺うと、

  さあ/\いかなるも、よう聞き分けよ/\/\。さあ/\いかなるもどうも、さあ今一時、前々より毎夜々々々々伝える処、今一つのこの事情早うから、今からと言うたなあ。さあ、今という処諭してある。今から今掛かるという事を、前々に諭してある処、さあ今の今、早くの処急ぐ。さあという処、応分という処あろう。待つという処あろう。さあ/\一つの処、律が、律が怖わいか、神が怖わいか、律が怖わいか。この先どうでもこうでも成る事なら、仕方があるまい。前々より知らしてある。今という刻限、今の諭じゃない。どういう処の道じゃな、尋ぬる道じゃない。これ一つで分かろう。

 その事は前々から繰り返し/\諭した通りである。もっと早くから言うて居る。さあ、今と言うたら今直ぐに掛れ。さあ、早く急いで取り掛れ。手続きをするから、それ迄待ってくれ、というような悠長な事を言うて居る場合ではない。一体、お前達は法律が怖いのか。をやの話が尊いのか、どちらに重きを置いて信心をして居るのか、この点をよく考えなければいけない。親神の思いが奈辺に在るかという事は、前々から十分諭してある。説いてある。今の刻限は、もう尋ねて居る時ではない。
これだけ言うたら分るであろう。
との仰せである。
 このお言葉を頂いて、一同心を定めて居ると、その日の正午頃から、教祖のお身上がいよ/\迫って来たので、一同全く心定まり、真之亮から、おつとめの時、若し警察よりいかなる干渉あっても、命捨てゝもという心の者のみ、おつとめせよ。と、言い渡した。一同意を決し、下着を重ね足袋を重ねて、拘引を覚悟の上、午後一時頃から鳴物も入れて堂堂とつとめに取り掛った。その人々は、地方、泉田藤吉、平野楢蔵。神楽、真之亮、前川菊太郎、飯降政甚、山本利三郎、高井直吉、桝井伊三郎、辻忠作、鴻田忠三郎、上田いそ、岡田与之助。手振り、清水与之助、山本利三郎、高井直吉、桝井伊三郎、辻忠作、岡田与之助。鳴物、中山たまへ(琴)、飯降よしゑ(三味線)、橋本清(つゞみ)であった。
 当時まだ幼少であったたまへも、孃、今日はお前もおつとめに出よ。
との、真之亮の言葉によって、つとめに出た。家事取締りに当ったのは、梅谷四郎兵衞、増野正兵衞、梶本松治郎。以上総計十九名。
 つとめは、かんろだいを中に圍んで行われた。この日、つとめの時刻には参拝人が非常に多く、その数は数千に達したので、つとめ場所の南及び東には、濫りに入り込まないよう竹を横たえて結界としたが、次々とその数を増して来る参拝人のため、遂にその竹は細々に割れたという。つとめは午後一時頃から始まったが、とう/\巡査は一人も来なかった。かくて、つとめは無事に了った。人々にとっては、これこそ驚くべき奇蹟であった。
 しかし、これと立て合うて、陽気な鳴物の音を満足気に聞いて居られた教祖は、丁度、「だいくのにんもそろひきた」という十二下りの最後のお歌の了る頃、一寸変ったそぶりをなさったので、お側に居たひさが、お水ですか。と、伺うた処、微かに、
「ウ−ン」
と、仰せられた。そこで水を差上げた処、三口召し上った。つゞいて、おばあ様。と、お呼び申したが、もう何ともお返事がない。北枕で西向のまゝ、片手をひさの胸にあて、片手を自分の胸にのせ、スヤ/\と眠って居られるような様子であった。ひさは大いに驚いて、誰か居ませんか、早く真之亮さんを呼んで来て下され。と、大声に呼んだ。報せを聞いて、真之亮が早速駈けつけた。つゞいてたまへ、おまさ、と、相次いで駈けつけて来た。
 たまへの着いた時、真之亮は、孃、早よ来い。と、大声で呼んだ。たまへは、おばあ様がおやすみになって居るのに、そんな大声を出してよいものか、と、いぶかって居ると、側に居たひさが、孃ちやん、おばあ様がこんなになられた。と、言いながら、たまへの手を教祖のお顔に持って行き、つめたいやろな。おばあ様は物言わはらへんねがな。と、言うたので、それを聞いて、初めてそれと知ったたまへは、「ワ−」と大声で泣いた。真之亮は、泣くな。と、なだめてから、早速一同の人々に事の由を伝えた。
 つとめを無事了えて、かんろだいの所から、意気揚々と引き揚げて来た一同は、これを聞いて、たゞ一声、「ワ−ッ」と悲壮な声を上げて泣いただけで、あとはシ−ンとなって了って、しわぶき一つする者も無かった。
 教祖は、午後二時頃つとめの了ると共に、眠るが如く現身をおかくしになった。時に、御年九十歳。
 人々は、全く、立って居る大地が碎け、日月の光が消えて、この世が真っ暗になったように感じた。真実の親、長年の間、何ものにも替え難く慕い懐しんで来た教祖に別れて、身も心も消え失せんばかりに泣き悲しんだ。更に又、常々、百十五歳定命と教えられ、余人はいざ知らず、教祖は必ず百十五歳までお居で下さるものと、自らも信じ、人にも語って来たのみならず、今日は、こうしておつとめをさして頂いたのであるから、必ずや御守護を頂けるに違いないと、勇み切って居ただけに、全く驚愕し落胆した。人々は、皆うなだれて物を言う気力もなく、ひたすらに泣き悲しんで居たが、これではならじと気を取り直し、内蔵の二階で、飯降伊蔵を通してお指図を願うと、

教祖存命の理:

 さあ/\ろっくの地にする。皆々揃うたか/\。よう聞き分け。これまでに言うた事、実の箱へ入れて置いたが、神が扉開いて出たから、子供可愛い故、をやの命を二十五年先の命を縮めて、今からたすけするのやで。しっかり見て居よ。今までとこれから先としっかり見て居よ。扉開いてろっくの地にしようか、扉閉めてろっくの地に。扉開いて、ろっくの地にしてくれ、と、言うたやないか。思うようにしてやった。さあ、これまで子供にやりたいものもあった。なれども、ようやらなんだ。又々これから先だん/\に理が渡そう。よう聞いて置け。

と、お言葉があった。
 さあ今から世界を平な地にする。今迄に言うた事は、実の箱に入れて置いたから、いよ/\親神がやしろの扉を開いて出たからには、総て現われて来る。子供可愛いばっかりに、その心の成人を促そうとて、まだこれから先二十五年ある命を縮めて、突然身をかくした。今からいよいよ、世界を駈け巡ってたすけをする。しっかり見て居よ。今迄とこれから先と、どう違うて来るか確り見て居よ。昨日、扉を開いて平な地に均そうか、扉を閉めて均そうか、と言うた時に、扉を開いて平な地に均してくれと、答えたではないか、親神は心通りに守護したのである。さあこれ迄から、子供にやりたいものもあった。なれど、思うように授ける事が出来なかった。これから先、だん/\にその理を渡そう。
 このお諭しを聞いて、一同は、アッと思った。が、昨日答えた言葉を、今日言い直す事は出来ぬ。昨日お答え申上げた時の一同の心からすれば、姿をかくされようとは、全く思いもかけない事であった。しかしながら、姿をかくして後までも、生きて働かれると聞き、成程、左様であるか、教祖は、姿をかくして後までも、一列たすけのために、存命のまゝお働き下さるのか、それならば、と、一同の人々は漸く安堵の胸を撫で下ろした。

 さあ/\これまで住んで居る。何処へも行てはせんで、何処へも行てはせんで、日々の道を見て思やんしてくれねばならん。
         (明治二三・三・一七)

 一列子供を救けたいとの親心一条に、あらゆる艱難苦労の中を勇んで通り抜け、万人たすけの道をひらかれた教祖は、尚その上に、一列子供の成人を急込む上から、今こゝに二十五年の寿命を縮めて現身をかくされたが、月日の心は今も尚、そしていつ/\までも存命のまゝ、元のやしきに留まり、一列子供の成人を守護されて居る。日々に現われて来るふしぎなたすけこそ、教祖が生きて働いて居られる証拠である。

  月日にハせかいぢううハみなわが子
  かハいいゝばいこれが一ちよ         一七 16


註一 明治二十年二月十八日、陰暦正月二十六日は、西暦千八百八十七年二月十八日にあたる。

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2014年11月21日

稿本天理教教祖伝「第九章 御苦労」

第九章 御苦労




  やまさかやいばらぐろふもがけみちも
  つるぎのなかもとふりぬけたら         一 47
  まだみへるひのなかもありふちなかも
  それをこしたらほそいみちあり         一 48
  ほそみちをだん/\こせばをふみちや
  これがたしかなほんみちである         一 49
  このはなしほかの事でわないほとに
  神一ぢよでこれわが事             一 50

 明治十五年は、一旦頓挫したとはいえ、石普請の明るい感激につゞいて迎えられた。しかも、この年の初めから、教祖は、
「合図立合い、/\。」
と、屡々仰せられた。

十五年二月の御苦労:
 そばの者が、どういう事が見えて来るのか知ら、と心配して居ると、二月になって、教祖はじめ、まつゑ、山沢良治郎、辻忠作、仲田儀三郎、桝井伊三郎、山本利三郎の人々に対して、奈良警察署から呼出しが来た。
その結果、教祖には二円五十銭、その他の人々には、一円二十五銭宛の科料の言渡しがあった。この時、警官は、本官がいか程やかましく取り締るとも、その方等は聞き入れない。その方等は根限り信仰致せ。その代りには、本官も根限り止める。根比べする。と言うた。
 これより先、飯降伊蔵の妻子は、前年の九月から既にお屋敷へ移り住んで居たが、三月二十六日(陰暦二月八日)、伊蔵自身も櫟本村を引き払うてお屋敷へ移り住み、こゝに、一家揃うてお屋敷へ伏せ込んだ。

かんろだいの石取払い:
 五月十二日(陰暦三月二十五日)、突然、大阪府警部奈良警察署長上村行業が、数名の警官を率いて出張して、二段迄出来て居たかんろだいの石を取り払うて、これを没収し、更に、教祖の衣類など十四点の物品をも、併せて没収した。

         差押物件目録(註一)
一 石造甘露台                一個
   但二層ニシテ其形六角
    上石径二尺四寸下石径三尺二寸厚サ八寸
一 唐縮緬綿入                一枚
一 唐金巾綿入                一枚
一 唐縮緬袷                 一枚
一 仝単物                  弐枚
一 仝襦袢                  弐枚
一 唐金巾単物                一枚
一 縮緬帯                  一枚
一 寝台                   一個
一 夜具                   一通
   但 金巾ノ更紗大小貮枚
一 敷蒲団 但坐蒲団ヲ云           一枚
一 赤腰巻                  弐個
右ハ明治十四年十月中祈祷符呪ヲ為シ人ヲ眩惑セシ犯罪ノ用ニ供セシ物件ト思料候条差押者也
 明治十五年五月十二日
               大和国山辺郡三島村ニ於テ
                  大坂府警部 上村行業  印
                  立会人
                     山辺郡三島村平民
                        中山マツヘ 印
                  立会人
                     仝郡新泉村平民
                        山沢良治郎 印

 こうして、親神の多年待ち望まれた、かんろだいの石普請は、頓挫に次いで取り払われた。

  それをばななにもしらさるこ共にな
  とりはらハれたこのさねんわな        一七 38
  このざねんなにの事やとをもうかな
  かんろふ大が一のざんねん          一七 58

このように、親神の意図を悟り得ぬ者により、かんろだいの石を取り払われたのは、子供である一列人間の心の成人が、余りにも鈍く、その胸に、余りにもほこりが積もって居るからである。とて、

  このさきハせかへぢううハとこまでも
  高山にてもたにそこまでも          一七 61
  これからハせかい一れつたん/\と
  むねのそふちをするとをもへよ        一七 62

これから先は、世界中悉く、地位身分の高低に拘らず、次々と、一列人間の胸の掃除をする、と、強く警告して、切に、人々の心の成人を促された。
 これと立て合うて、「いちれつすまして」の歌を教え、一列人間の心のふしんを急込まれた。
 二段迄出来たかんろだいの石が取り払われた後は、小石が積まれてあった。人々は、綺麗に洗い浄めた小石を持って来ては、積んである石の一つを頂いて戻り、痛む所、悩む所をさすって、数々の珍らしい守護を頂いた。
 この頃から、刻限々々のお話がふえ、おふでさきは、

  これをはな一れつ心しやんたのむで      一七 75

を以て、結ばれて居る。
 今後は、何人も皆、おふでさきに照らして、親神の心に従うよう、時旬を違えぬよう、よく/\思案し、確り心を定めて、勇んで陽気ぐらしをするように、との親心を述べて、懇ろに将来の覚悟と心得とを諭されると共に、刻限々々のお話を以て、お仕込み下されるようになった。
 こうして、教祖は、たすけづとめの完成を急込まれた。官憲の取締りは、先ず、つとめに集中し、かんろだいを取り払うて後は、教祖の御身に集中した。
 この年六月十八日(陰暦五月三日)、教祖は、まつゑの姉おさく身上の障りに付、河内国教興寺村の松村栄治郎宅へ赴かれ、三日間滞在なされた。
 前年の九月二十三日(陰暦八月一日)中山家へ入籍した真之亮は、この年九月二十二日(陰暦八月十一日)付、家督を相続した。

毎日のつとめ:
 かんろだいの石取払い以後、官憲の圧迫は尚も強化される一方であったが、それには少しの頓着もなく、教祖は、依然としてたゞ一条に、たすけづとめを急込まれ、十月十二日から十月二十六日まで(陰暦九月一日から仝十五日まで)、教祖自ら北の上段の間にお出ましの上、毎日々々つとめが行われた。
 この頃、大阪府泉北郡で、信仰の浅い信者達の間に、我孫子事件が起って、警察沙汰となった。
 当時お屋敷では、人々が大そう心配して、親神の思召を伺うと、
 「さあ海越え山越え/\/\、あっちもこっちも天理王命、響き渡るで響き渡るで。」
との事であった。これを聞いて、一同は辛うじて愁眉を開いた。
 更に、陰暦九月九日、節句の夜に、大阪で泉田藤吉が、熱心のあまり警官を相手に激論した。この夜同時刻に、
 「さあ/\屋敷の中/\。むさくるしいてならん/\。すっきり神が取払ふで/\、さあ十分六だい何にも言ふ事ない、十分八方広がる程に。さあこの所より下へも下りぬもの、何時何処へ神がつれて出るや知れんで。」
と、仰せられた。
 人々は、このように毎日おつとめをして居ても、よくもまあ、引張りに来ぬ事や、と、思うて居たが、この両事件が痛く警察を刺激して、大阪府から奈良警察署へ指令が来た。
 お屋敷では、十月二十六日(陰暦九月十五日)のおつとめの際、ふとした機みで、つとめ人衆の一人前川半三郎が、辻とめぎくの琴の上に躓いて倒れ、山本利三郎は、お供えの餅米を間違えて飯に炊いた。人々は、何となく、変った事が起らねばよいがなあ、と思って居た処、翌二十七日(陰暦九月十六日)、奈良警察署から、警官が、村の足達秀治郎を同行して取調べに来た。
 この時、曼陀羅をはじめ、祭祀用具一切から、神前にあった提灯や、座敷にかけてあった額迄取り払うて、村総代の所へ運ばせた。居合わせた人々は、梶本、梅谷、喜多、桝井等である。

十五年十月の御苦労:
 翌々日、即ち、十月二十九日(陰暦九月十八日)、教祖初め、山沢良治郎、辻忠作、仲田儀三郎、山本利三郎、森田清蔵を、奈良警察署へ呼び出した。その日未明、教祖お一人は、大阪の水熊の人力車に乗って、他の五名の人々は、間道を歩いて奈良へ行かれた。
 さて、警察署では、教祖初め一同の人々は、拘留の申渡しを受けられた。お迎えに行つた真之亮初め多数の人々が、警察署の門前で待って居ると、やがて、御一行は巡査に付き添われて北の方へ行かれるので、随いて行くと、そのまゝ監獄署の門を入られた。
 十七歳の真之亮は、高井を連れて、毎朝一番鶏の声と共に、お屋敷を出て差入れに行った。所用万端を済ませて奈良を出発する頃は、いつも夜になって居た。
 梅谷、梶本等も差入れに行った。前川半三郎も行った。沢田権治郎、中山まさも行った。勿論、皆徒歩である。又、一般信者の差入れは、毎日引切りなく続いた。
 お帰りの前日には、空風呂へ薬袋を抛り込むという悪企みをされたが、早速気付いて、事なく済んだ。
 この時は、明治八年以来の、長い御苦労であったが、この間、教祖は、監獄署のものは水一滴も口になさらず、しかも元気で、十一月九日(陰暦九月二十九日)、お屋敷へ帰られた。
 教祖お帰りの時は、お迎えの人力車は百五、六十台、人は千数百人。よし善で休憩の上、人力車を連ね、大勢の人々に迎えられて、お帰りになった。この日、奈良丹波市近辺に、空いて居る車は一台も無かったという。
 教祖の御一行は、前日に召喚されて、帯解の分署で一日留置の上、奈良監獄署へ送られる飯降伊蔵と、奈良の文珠の前で行違うたが、この時、伊蔵は、大声に、行ってくるで。と言った。その声に応じて、娘のよしゑは、家の事は心配いらぬさかえ、ゆっくり行てきなはれ。と言うた処、伊蔵は、大いに安心して悠々と引かれて行った。この拘引の理由は、弟子音吉の寄留届を怠ったから、と、言うのであったが、十八日迄十日間の拘留を申し渡された。
 教祖が帰宅されて後、つゞいて、乙木村の山中忠三郎も呼び出され、同じく十日間の拘留に処せられた。

まつゑ出直:
 この少し前から身上勝れなかったまつゑは、教祖お帰りの直後、十一月十日(陰暦九月三十日)、三十二歳を一期として出直した。
 又、この年四月一日以降、飯降おさとの名義になって居た蒸風呂は、悪企みされたのを機に、即日廃業した。同じく宿屋業も、十一月十四日(陰暦十月四日)頃廃業した。
 教祖は、廃業については、
「親神が、むさくろしいて/\ならんから取り払わした。」
と、仰せられ、又、拘留については、
「連れに来るのも親神なら、呼びに来るのも親神や。ふしから大きいなるのやで。」
と、仰せられ、更に、
「何も、心配は要らんで。この屋敷は親神の仰せ通りにすればよいのや。」と、諭して、徒らに眼前の出来事に驚く事なく、刻々現われて来る事の中に親神の思召を悟り、ふしから出て来る芽を楽しみに、時旬の理に添うて勇んで働け、と教えられた。
 取払いと同時に、今迄ほこりを重ねて来た人々は皆、身上にお障りを頂いた。それを見て、人々は、成程、これが合図立合いと、かね/\仰せられて居た事であるなあ、屋敷の掃除とはこの事か。と、感じ入った。
 地福寺との間も、この年十二月十四日付、本日限り引払致候、との一札を受け取って、綺麗さっぱりと解決した。(註二)
 当時、お屋敷に常住して居たのは、教祖、真之亮、たまへ、ひさで、他に詰めて居た人々は、仲田、山本、高井、宮森、桝井、辻、山沢、飯降、梶本、梅谷、喜多等であった。
 明治十五年の御苦労の時、監獄から支給の食物は、何一つとして召し上らず、断食一週間以上に及んだ時、獄吏が心配して、婆さん、一寸手を出して御覧。と言った。教祖は、言うがまゝに手を出し、更に、言うがまゝに先方の手を握られた。
 獄吏が、それだけしか力がないのか。と言うと、教祖はにっこり笑うて、手に力をお入れになった。手が痛む程の強さであったので、獄吏は驚いて、あゝ、もうよし/\。と、恐れ入った。
 真之亮の手記に、

 ○此時分、多キトキハ夜三度昼三度位巡査の出張あり。而して、親族の者たりとも宿泊さす事ならぬ、と申渡し、若し夜分出張ありしトキ、親族の者泊まりて居りても、八ケ間敷説諭を加へ、昼出張ありし節、参詣の人あれバ、直ちニ警察へ連れ帰り、説諭を加へたり。然るニより、入口/\ニハ、参詣人御断り、の張札をなしたるも、信徒の人参詣し、張札を破るもあり。参詣人来らざる日ハ一日もなし、巡査の来らざる日もなし。
 ○教祖様休息所ハ、十五年十一月より普請ニ掛かれり。
 ○真之亮ハ、十五、十六、十七ノ三ケ年位、着物ヲ脱ガズ長椅子ニモタレテウツ/\ト眠ルノミ。夜トナク昼トナク取調ベニ来ル巡査ヲ、家ノ間毎/\屋敷ノ角々迄案内スルカラデアル。甚ダシキハ、机ノ引出し箪笥戸棚迄取調ベナシタリ。巡査一人ニテ来ル事稀ナリ。中山家ニ常住スルモノハ、教祖様、真之亮、玉恵、久ノミナリ。

と、真之亮は、当時、お屋敷に在住して居た家族中、たゞ一人の男子で、同時に戸主でもあったから、十七歳から十九歳に亙る若い年輩ながら、一切の責任者として、その巡査達と応待したのである。
 明治十五年には、信仰し始めた人々の数も夥しかった。中にも三月には、大和国北檜垣村の鴻田忠三郎が、夏には、大阪の小松駒吉が、それぞれ信仰し始めた。
 このように、この年は反対も激しかったが、それにも拘らず、親神の思召は、ずん/\と勢よく伸び弘まった。
 明治十五年三月改めの講社名簿によると、

  神清組(教興寺村)、天神組(恩知村)、神恵組(法善寺村)、神楽組(老原村)、敬神組(刑部村)、清心組(国分村)、神徳組(飛鳥村)、榊組(太田村)、一心組(西浦村)、永神組(梅谷村)、平真組(平野郷)、真実組(大和国法貴寺村、海知村、蔵堂村、檜垣村)、天恵組(大阪)、真明組(大阪)、明心組(大阪)、信心組(大阪)、真実組(堺)、心勇組(大和倉橋村出屋舗方講中)、誠心組(同国佐保庄村講中)、信心組(同国忍坂村講中)、神恵組(堺桜之町講中)

 以上、大和国五、河内国十、大阪四、堺二の講社が結ばれて居り、その他この名簿には見えないが、この以前からあったものに、天元、積善、天徳、栄続、朝日、神世、明誠等がある。当時、講元周旋の人々は、山城、伊賀、伊勢、摂津、播磨、近江の国々にもあり、信者の分布は更に遠く、遠江、東京、四国辺りにまで及んだ。
 反対や取締りが激しくなるに連れ、人々の信仰はいよ/\白熱し、教勢は一段と盛んになった。そして、これ程御苦労下さる教祖に、何とかして、少しでもゆっくりお休み頂きたい、との真心が凝って、御休息所の普請となった。

明治十六年:
 明治十六年になると、警察は、人を寄せてはならぬ。と、一層厳しい圧迫を加えた。中でも、三月(陰暦二月)、六月(陰暦四月)、八月(陰暦七月)等のふしは、いずれも忘れ難い出来事である。

十六年三月のふし:
 同年三月二十四日(陰暦二月十六日)、突然、一人の巡査が巡回にやって来た。その時偶々、鴻田忠三郎が、入口の間でおふでさきを写して居り、他に泉田藤吉外数名の信者も居合わせた。
 巡査が言った。貴様達、何故来て居るか。と。参詣の人々は、私共は親神様のお蔭で守護を頂いた者共で、お礼に参詣して参りました処、只今参詣はならぬと承わり、戻ろうと致して居ります。と答えた。
 次に、巡査が鴻田に対して、貴様は何して居る。と問うた。鴻田は、私はこの家と懇意の者で、かね/\老母の書かれたものがあると聞いて居りました。農事通信委員でもありますから、その中に、良い事が書いてあらば、その筋へ上申しようと、借りて写して居ります。と答えた。
 実際、忠三郎は、既に三月十五日付を以て大蔵省宛に建言書を提出して居たのである。(註三)すると巡査は、戸主を呼べ。と言った。丁度、真之亮は奈良裁判所へ出掛けて留守であったので、その旨を答えると、戸主が帰ったら、この本と手続書とを持参して警察へ出頭せよ。と申せ。と言うて引き揚げて行った。帰ってこの事を聞いた真之亮は、当惑した。ここでおふでさきを持って行って、没収でもされゝば、それ迄である。と気付いたので、おまさ等にも話して、どんな事があっても、この書きものを守り抜こうと決心した。そこで、その本はおまさ、おさとの二人が焼いたという事にして、手続書だけを持って、出頭した。
 すると、蒔村署長は、鴻田の写して居た本を持参したか。と、問うたので、その本は、巡回の巡査が、そのようなものは焼いて了え、と申し付けられましたから、私の不在中、留守番して居りました、伯母おまさと、飯降おさとの両人で焼いて了いました。と答えると、署長の側に居た清水巡査が立ち上り、署長、家宅捜索に参りましようか。と言った。真之亮は冷やっとした。けれども、署長は、それに及ばぬ。と。つゞいて、署長の問うには、お前方に来て居た人は、何処の者で、何と言う人か。と。これに対して、私は不在でしたので存じません。と答えると、自分の家に来て居る人々を知らぬと申すは、不都合ではないか。とて、真之亮を、その夜留置した。そして、真之亮、おまさ、おさとは皆、それ/\手続書をとられた。

         手続書
一、昨廿四日午前十時頃当分署ヨリ御巡廻ニ相成候砌御見廻被下候際私宅ヱ御立寄りニ相成参詣人有之趣ニ付手続書可差出旨御口達ニ依り有体奉申上候此義兼テ御差留有之ニ付断申居且又参詣之義ハ断ルノ書附等モ表口ニ張置有之候ニ付参詣人ハ決テ無御座候程て御座候然ルニ私儀ハ本月廿三日ヨリ奈良裁判所エ出頭仕居候留主中ニテ参詣人有無存シ不申候得共帰宅之処手続書差出可旨御達ノ趣承家内ヘ尋問候処仝国式上郡檜垣村鴻田忠三郎ナル者天輪王命由来書披見致度等被申ルヽニ付見セ居候
其節何国ノ者歟五六名程在来御座候得共見知ヌ者ニ有之候其際巡廻之御方ヨリ右天輪王ニ属スル書類ハ焼可捨様御達ニ依り私仝居罷有候飯降伊蔵妻さとナル者右忠三郎披見ノ書類即時焼捨申候義ニ御座候手続書ヲ以此段有体奉上申候也
 明治十六年三月廿五日
                   山辺郡三嶋村
                      中山新治郎
丹波市分署御中

御休息所棟上げ:
 こうした厳しい取締りの中にも、同年五月、御休息所の棟上げが行われた。

十六年六月のふし:
 同年六月一日、陰暦四月二十六日、参詣人取締りのため警官の出張を頼んだ。すると、三名の巡査が出張して来たが、参詣人が多くて引も切らぬので、午後になって、更に、私服が二名やって来た。午後三時頃、この五名が打連れて布留の魚磯という料理屋へ行き、一杯機嫌で再びやって来て、直ちに神前に到り、三方の上に供えてあった小餅に、一銭銅貨が一枚混って居たのを口実に、真之亮を呼び出した。その時の状況を誌した真之亮の手記には、
 巡査の云へるニハ此餅の中ニ一銭銅貨の入れあるハ、定めし本官等が他所巡回中ニ参拝させたのであろ(巡査の出行きし頃ハ参詣人も少なかりしなり)。真之亮答えるニハ「アナタ」方御出ましニなりし時分ハ参詣の人も極小数でありましたから、私ハ門ニ附いて居り升て一人も入れません、と申したり。(最も一人も入れざりしなり)。巡査ハ怒りて、小餅を壁土の中へ投げ込み、神の社及び祖先の霊璽迄、火鉢ニて焼き、而して己れ等の失策ニならざる様ニ真之亮ニ手続書を書かせて持ち帰れり。而して其手続書ハ巡査が文案して書かせり。尤も文案ハ口上ニて申せり。と、誌して居る。簡明な叙述の中に、何とも言えない当時の様子がまざまざと甦って来る。

         手続書
                        五番地
                         中山新治郎
右私儀明治十六年五月卅一日届書ヲ以テ今六月一日即チ旧四月廿六日ハ天輪王祭日ニ相当成ルニ付遠近諸国ノ人民御政体ノ御趣意ヲ弁エズ参詣スルモノ数多ナルニ付私戸主付右参詣人制スルト雖モ到底私一人ノ力難及候ニ付昨三十一日該御分署へ御出張ノ上右参詣愚昧ノ者共エ御説諭成被下候様願出本日午前第九時ヨリ御出張相成参詣人ハ勿論家宅内不審ノ場所ト巡視相成私先祖亡霊ヲ祭祀致候処御出張ノ際取除グベキ様御説諭ニ預り其後午後ニ至り再ビ御出張ニ相成右場所矢張従前儘差置キ候付御説諭ノ趣意相不守候付断然右祭祀シタル物品没収相成候段奉恐入候以後右物品ニ付不服申間敷為メ私御焼却ノ際原場ヘ立会ノ上証認仕候尚以後御巡視ノ際家宅ニ於而不審ノ件々有之候際ハ即時御没収被命候共決し而不伏等申間敷候依而之ニ右手続書如斯ニ御座候也
 明治十六年六月一日
                   山辺郡三嶋村
                      中山新治郎
 丹波市御分署御中

雨乞づとめ:
 明治十六年は、年の初めから厳しい取締りがつゞき、昼も夜も巡査の回って来ない日とては無かったが、この夏は、近畿一帯に亙っての大旱魃であり、三島村も長い間の旱魃つゞきで、田圃にはひゞが入り、稲は葉も茎も赤くなって、今にも枯れん有様と成った。村人達は、村の鎮守にお籠りして、三夜に亙って雨乞をしたけれども、一向に験めが見えない。そこで、村の人々は、お屋敷へやって来て、お籠りをさして下され。と頼んだ。年来の厳しい取締りで、参詣人は一人も寄せつけてはならぬ。おつとめをしてはならぬ。おつとめをしたら、教祖を連れて行く。と言われて居た頃であるから、お屋敷では、当局の取締りの厳しい旨を述べ、言葉を尽して断った。しかし、村人とても、万策つきた場合であったから、お籠りさして貰う訳に行かぬなら、雨乞づとめをして下され。氏神の境内にておつとめして下され。と、一昼夜退かなかった。その上、警察から取調べに来たら、私達が頼んだのであると言うて、決して御迷惑はかけません。と、繰り返し/\懇願した。そこで真之亮も気の毒に思い、教祖に伺うと、お言葉があって、
「雨降るも神、降らぬのも神、皆、神の自由である。心次第、雨を授けるで。さあ掛れ/\。」
と、仰せられた。そこで、村総代の石西計治と相談して、先ず、村の氏神の境内に集まる事とし、一同準備をとゝのえ、八月十五日(陰暦七月十三日)の午後四時頃、お屋敷を立ち出で、氏神の境内へと向った。この日は、朝から晴天で、空には一点の雲もなかった。  真之亮と飯降伊蔵の二人はお屋敷に留まり、かんろだいの所で一心にお願した。当日、雨乞づとめに参加の人々は、辻忠作、仲田儀三郎、同かじ、桝井伊三郎、高井直吉、山本利三郎、岡田与之助、沢田権治郎、博多藤平、村田かじ、中山重吉、西浦弥平、飯降よしゑ、辻とめぎく、音吉等である。
 男女とも、教祖のお召下ろしの赤衣を、差渡し三寸の大きさに切り、十二弁の縫取りした紋を、背中に縫いつけて居た。
 かぐらの、獅子面二、面八、鳴物九を、それ/\この人数に割りつけた上、氏神の境内に集まり、それから三島領の南の方を廻って、先ず、巽(東南)の角、当時牛はぎ場と言うて居た所で、雨乞づとめをした。

  あしきをはらうて どうぞ雨をしっかりたのむ 天理王命
  なむ天理王命 なむ天理王命

繰り返し/\、心を合わせ精魂を打込んで勤めた。
 次に、坤(西南)の角、即ち、村の西端れ、布留街道の北側で勤めた。この頃、東の空にポツンと一点の黒雲が現われた。つゞいて乾(西北)の角で、つとめに取り掛った時に、墨をすったような黒雲が東山の上から忽ちにして空一面に広がり、篠つくような大雨が雷鳴さえもまじえて降り出し、激しい大夕立となって来た。つとめに出た人々や村人達の嬉しさは、譬えるにものもない。面をも貫くかと思われる豪雨の中を終りまで勤め、更に、艮(東北)の角で、びしよ濡れのつとめ着のまゝ、袂に溜る雨水を打捨て/\勤めた。
 つとめを了ってから、一同が氏神の境内で休んで居ると、村人達も大そう喜び、かんろだいの場所でお礼さして貰いたい、と言って来た。そこで、かんろだいの所へ帰って来て、皆揃うてお礼の参拝をして居ると、丹波市分署から数名の巡査が駈けつけて来た。そして、何をして居るか。と言うから、村の頼みで雨乞致しました。と答えた。それなら村役人を呼んで来い。との事で、来るには来たが、巡査が、雨乞を頼んだか何うか。と尋問すると、その場の空気に怖れをなして、知りません、頼みません。と、言い遁れた。そこで雨乞づとめに出た一同は、ズブ濡れのまま拘引された。ちようど、三島の川筋は番破れとなり、川上の滝本村の方で水喧嘩が出来たので、二人の巡査はそちらへ駈けつけ、あとに残った一人の巡査に連れられて、一同腰縄付き、両端の二人は縄を結びつけ、余の者は帯に縄を通して、布留街道を西へ丹波市分署へと向った。
 この時、誰しも不思議に思ったのは、隣村の豊田、守目堂、川原城など、ごく近い村々が、ホンの少しバラ/\とした位で、雨らしい雨は殆んど降らなかった事である。
 分署では、だん/\と取調べられたが、かぐらの理を説くには、教理を説かねばならず、教理を説くには、どうしても、教祖に教えて頂いたという事が出て来る。又、雨乞づとめに、よしゑ、とめぎくの二人が、赤い金巾に模様のある着物を着て居たから、人の目について居たため、警察は、教祖も雨乞づとめに出られたと思ったらしい。
 一方、お屋敷に残った人々も、何となく不安に思って居ると、その日の午後九時頃、突然一人の巡査がやって来て、教祖を拘引しようとした。その時、おまさが側に居たので、何故、老母をお連れになりますか。と、勢激しく聞いたはずみに、思わず知らず、手が巡査の洋袴に触れた。すると巡査は、何故とは不都合千万である。老母に尋問する事があるから、連れに来たのだ。しかるに、その方は、何故、巡査をたゝいた。老母と同道で来い。と言うて、とも/\連行した。そして、だん/\と教祖に尋問した処、お言葉があって、
「雨降るのも神、降らぬのも神の自由。」
と、仰せられた。警官は、雨乞づとめをして、近村へ降る雨まで皆、三島村へ降らせて了ったという理由により、水利妨害、又、街道傍でつとめをしたから道路妨害、という名目で、教祖には二円四十銭の科料、辻、仲田、高井等は、六十二銭五厘、その他の人々は五十銭の科料、他におまさには、巡査をたゝいたとて一円の科料を申し渡した。人々は皆、深夜午前二時過ぎに釈放されたが、教祖だけは徹夜留置となり、午前十時頃迄御苦労下された。(註四)
 この事があって一週間ほど後、即ち八月二十一日(陰暦七月十九日)、河内国刑部村から頼まれて、松田宅で雨乞をしたが、その時に行った人は、高井、桝井、辻、宮森、博多等であった。この時も、巡査が来たので、皆、老原村へ逃げたが、その時、高井は紙入を落した。それを巡査が拾うて調べて見ると、丹波市分署で科料を払った受取りがあったので、高井だけが呼び出され、一円五十銭の科料に処せられた。
 同じ頃、山本利三郎は、河内国の法善寺村で、講元、周旋等を集めて、雨乞をしたが、この方は無事であった。
 こうして、十六年の夏は、雨乞で大そう賑わった。取締りも厳しかったが、拘引されても説諭されても科料を取られても、しかも尚、人々の信仰は一層勇み立ち、一段と元気付く一方であった。

十六年十月のふし:
 同年十月十六日(陰暦九月十六日)には、巡査が二名出張して来て、尋問の筋あり。と、称して、教祖を引致し、教祖のお側にあった屏風と、戸棚の中にあった毛布とを、犯罪の用に供したものである。と、言うて、封印して戸長の石西計治方へ運ばせた。

御休息所竣功:
 この秋に、普請中であった御休息所は、内造りが完成した。三間に四間の建物で、四畳八畳の二間である。
 教祖は、十一月二十五日、陰暦十月二十六日の夜、親神のお指図のまに/\、刻限の来るのを待って、中南の門屋から新しい御休息所へ移られた。
 この日の夕方、教祖は夕飯を召し上ってから、着物をお召替えになり、じっと刻限の来るのをお待ちになった。そこへ取次が、用意が整いました。と、申上げに来る。庭にはもう、お迎えの人々が、提灯に灯を入れてズラッと並んで居る。しかし、教祖は、
「そうかや、用意が出来たかや。刻限が来たら、移りましような。」
と、仰しやっただけで、尚もじっと台の上にお坐りになって居る。
 用意は出来た。人々は今か今かと待って居る。しかし、教祖は、ひたすらに刻限の来るのを待って居られる。人間心からすれば、直ぐにもお移り頂けば早く済むのに、とも考えられるが、親神の思召の前には、いかなる事にも振り向こうともなさらぬ教祖。その教祖の様子に、月日のやしろの面影があり/\と偲ばれる。
 こうして何時間かゞ経った。教祖が、
「さあ、刻限が来た、移りましよう。たまさんおいで。」
と、孫のたまへに仰しやったのは、真夜中頃であった。お渡りになる両側には、信者の人々が、真明組、明心組、その他それ/\講名入りの提灯をつけて、庭一杯になって待ち受けて居る。
 その中を、両側の提灯の光に照らされて、当年八十六歳の教祖が、七歳の嫡孫たまへの手を引かれ、そのたまへのもう片方の手は、外孫である梶本ひさが引いて、静々と進んで行かれると、居並ぶ人垣の間からパチ/\と拍手の音が起り、教祖が歩みを進められるにつれて、その音は次々と響いた。後年、たまへは、あの時には、訳は分らずながら、おばあ様に手をつながれてお供した。今考えると短い距離やが、あの晩は相当長かったように思うた。と、述懐した。
 やがて、御休息所に着かれた教祖は、静かに上段の間に坐られた。そして、真之亮とたまへに、
「こゝへおいで、こゝへお坐り。」
と、仰せられて、自分の左右におすえになった。
 それから御挨拶が始まった。一々襖を開けたり閉めたりして、只今は、真明組で御座います。只今は、明心組で御座います。と、次々と取次から申上げて、幾回となく御挨拶が続き、その夜はとう/\徹夜であった。
人々の真心のこもった御休息所、しかも刻限を待って初めてそこへ入られた教祖にお目に掛って、人々の心は、霜の置く寒夜にも拘らず、明るい感激に燃え立った。
 この明治十六年には、道が、遠い国々に迄伸びて、多くの人々が随いて来た中に、二月には遠江の諸井国三郎が、五月には、神戸の清水与之助が、それ/\信仰し始めた。又、同じくこの年、大和国倉橋村の上村吉三郎が、大阪からは寺田半兵衞が、それ/\信仰し始めた。

明治十七年:
 年が明けると明治十七年。教祖は八十七歳に成られる。
十七年三月の御苦労:
 年の初めから相変らず厳しい取締りの日々が続いたが、三月二十三日、陰暦二月二十六日の夜十二時頃、突然二名の巡査が、辻忠作を伴うてお屋敷へやって来た。
 それは、同夜お屋敷へお詣りした忠作が、豊田村へ戻ろうとして、鎮守の杜の北側の道を東へ急いで居た時に、この二名の巡査に行き会い、咎められたので、用事あって中山家へ参り居まして、たゞ今戻る処で御座ります。と答えたため、同人を同道して取調べに来たのである。
 その時ちようど、教祖のお居間の次の間に、鴻田忠三郎が居り、其処に御供もあり、又、鴻田が古記と唱えて書いて居たものもあったので、巡査は帯剱を抜いて、この刀の錆になれ。と言うて脅かした。その上、翌日になると、御供と書きものを証拠として、教祖と鴻田を分署へ拘引しようとて、やって来た。
 教祖は、拘引に来た巡査に向い、
「私、何ぞ悪い事したのでありますか。」
と、仰せられた。巡査は、お前は何も知らぬが、側について居る者が悪いから、お前も連れて行くのである。と言った。教祖は、
「左様ですか。それでは御飯をたべて参ります。ひさやこのお方にも御飯をお上げ。」
と、言い付けなされ、御飯を召し上り着物を着替え、にこ/\として巡査に伴われて出掛けられた。
 分署では、先に見付けた御供と書きものとを証拠として、教祖には十二日間、鴻田には十日間の拘留を申し渡し、奈良監獄署へ護送した。
 こうして、三月二十四日から四月五日まで(陰暦二月二十七日から三月十日まで)、監獄署で御苦労下されたのであるが、その間、差入れに又留守居に、真之亮初め取次の人々も、一般の信者の人々も、心を千々に碎き有らん限りの真心を尽した。
 お帰りの時には、信者の人々が多数、お迎えに押し寄せたので、監獄署の門前は一面の人で、午前十時、教祖が門から出て来られると、信者達はパチ/\と拍手を打って拝んだ。監獄署を出られた教祖は、定宿のよし善で入浴、昼飯を済まされ、お迎えの信者達にもお目通りを許され、酒飯を下されて後、村田長平の挽く人力車に乗って、お屋敷へ帰られたが、同じく人力車でお供する人々の車が数百台もつゞいた。沿道は到る所人の山で、就中、猿沢池の付近では、お迎えの人々が一斉に拍手を打って拝んだ。取締りの巡査が抜剱して、人を以て神とするは警察の許さぬ処である。と、制止して廻ったが、向うへ行って了うと、命の無い処を救けて貰たら、拝まんと居られるかい。たとい、監獄署へ入れられても構わんから拝むのや。と呟やきながら、尚も拍手を打って拝む有様で、少しも止める事は出来なかった。こうして、恙なくお屋敷へ着かれたのは、午後の二時であった。

毎月二十六日の御苦労:
 つゞく四、五、六の三ケ月間は、特別の理由もないのに、おつとめ日の前後に当る陰暦二十五、六、七の三日間は、教祖を警察へお連れして留置した上、一応の取調べもせずに帰宅させた。日に月に増す参詣人、伸び弘まる一方の親神の思召に対して、警察が神経を尖らせた当時の状況が、あり/\と窺われる。
十七年八月の御苦労:
 八月十八日(陰暦六月二十八日)には、巡査が巡回に来て、机の抽出しにお守りが一つあったのを発見し、これを理由として、教祖を丹波市分署へ拘引し、十二日間の拘留に処し、奈良監獄署へ送った。御入監は午後三時頃であった。こうして、教祖は八十七歳の高齢の身を以て、八月十八日から三十日まで(陰暦六月二十八日から七月十日まで)、暑さ酷しい折柄、狭苦しく穢い監獄署で御苦労下された。度々の御苦労であったが、お帰りの時には、
「ふしから芽が出る。」
とのお言葉通り、その度毎に、お迎えの人は尚も増すばかりであった。
 この頃、教祖のお帰りの日には、お迎えの車は数百台で、全国からお迎えの人数は、万を以て数える程であったという。しかし、お屋敷の門迄来ると、警官の取締りが厳重で、中へは一歩も入らせない。門前までお供して、心ならずも、そこから教祖の後姿を見送り、かんろだいのぢばを遙拝して、或は近在の村々へ或は遠方の国々へと、無量の感慨を懐いて引き揚げた。
 この年二月には、長州の出身で当時神戸在住の増野正兵衞が、信仰し始めた。
 当時、人々の胸中には、教会が公認されて居ないばっかりに、高齢の教祖に御苦労をお掛けする事になる。とりわけ、こゝ両三年来西も東も分らない道の子供達の心ない仕業が、悉く皆、教祖に御迷惑をお掛けする結果になって居る事を思えば、このまゝでは何としても申訳がない。
どうしても教会設置の手続きをしたい、との堅い決心が湧き起った。
 四月十四日には、お屋敷から山本利三郎、仲田儀三郎の二人が教興寺村へ行って、この事を相談した。同じく十八日には、大阪の西田佐兵衞宅に、真之亮、山本、仲田、松村、梅谷、それに京都の明誠組の人々をも加えて協議した。が、議論はなか/\まとまらず、一度お屋敷へ帰ってお伺いの上、よく相談もしてから、方針を決めようという事になった。
当時京都では明誠組が、心学道話を用いて迫害を避けて居たのに倣うて、明治十七年五月九日(陰暦四月十四日)付、梅谷を社長として心学道話講究所天輪王社の名義で出願した処、五月十七日(陰暦四月二十二日)付「書面願之趣指令スベキ限ニ無之依テ却下候事」但し、願文の次第は差支えなし。との回答であった。それで大阪の順慶町に、天輪王社の標札を出した。
 この頃、北炭屋町では天恵組一番、二番の信者が中心となって、心学道話講究所が作られ、その代表者は、竹内未譽至、森田清蔵の二人であった。九月には、竹内が、更にこれを大きくして大日本天輪教会を設立しようと計画し、先ず、天恵組、真心組、その他大阪の講元に呼び掛け、つゞいて、兵庫、遠江、京都、四国に迄も呼び掛けようとした。
 こうして、道の伸びると共に迫害は益々激しくなり、迫害の激しくなると共に、人々は、教会の公認を得ようと焦慮り、遂に、信者達の定宿にして居た村田長平方に、教会創立事務所の看板をかけるまでに到った。

明治十八年:
 明治十八年になると、教祖は八十八歳。この年、北の上段の間の南につゞく二間通しの座敷で、米寿を祝われたが、その席上、教祖は、当年二十歳の真之亮と前川菊太郎の二人を、同時に背負うて、座敷を三周なされた。並み居る人々は、驚きの眼を見はった。
 さて、竹内等の計画は、次第に全国的な教会設置運動となり、明治十八年三月七日(陰暦正月二十一日)には、教会創立事務所で、真之亮、藤村成勝、清水与之助、泉田藤吉、竹内未譽至、森田清蔵、山本利三郎、北田嘉一郎、井筒梅治郎等が集まって会議を開いた。その席上、藤村等は、会長幹事の選出に投票を用いる事の可否、同じく月給制度を採用する事の可否等を提案した。
 議論沸騰して容易に決せず、剩えこの席上、井筒は激しい腹痛を起して倒れて了った。そこで、教祖に伺うた処、
「さあ/\今なるしんばしらはほそいものやで、なれど肉の巻きよで、
どんなゑらい者になるやわからんで。」
と、仰せられた。この一言で、皆はハッと目が覚めた。竹内や藤村などと相談して居たのでは、とても思召に添い難いと気付いたのである。
 が、本格的な教会設置運動の機運はこの頃から漸く動き始め、この年三月、四月に亙り、大神教会の添書を得て、神道管長宛に、真之亮以下十名の人々の教導職補命の手続きをすると共に、四月と七月の二度、大阪府へ願い出た。
 最初は、四月二十九日(陰暦三月十五日)付で、天理教会結収御願を、大阪府知事宛提出した。十二下りのお歌一冊、おふでさき第四号及び第十号、この世元初まりの話一冊、合わせて四冊の教義書を添付しての出願であった。
 教導職補命の件は、五月二十二日(陰暦四月八日)付、真之亮の補命が発令された。つゞいて、同二十三日(陰暦四月九日)付、神道本局直轄の六等教会設置が許可され、更に、その他の人々の補命の指令も到着し、六月二日(陰暦四月十九日)付、受書を提出した。
 この年、四国では、土佐卯之助等が、修成派に伝手を求めて補命の指令を得た。世間の圧迫干渉を緩和しようとの苦衷からである。
 しかし、天理教会結収御願に対する地方庁の認可は容易に下らず、大阪府知事からは、六月十八日(陰暦五月六日)付、願の趣聞届け難し。と、却下された。

十八年六月のふし:  六月二十日(陰暦五月八日)には、岩室村の金蔵寺の住職村島憲海、村田理等が、お屋敷の門戸を蹴破って乱入した。余りの事に、真之亮は告訴しようとしたが、丹波市村の駒村顯夫が仲に入って謝って来たので、ゆるした。
 翌七月三日(陰暦五月二十一日)には再度の出願をした。神道天理教会設立御願を大阪府知事宛に提出したのである。この時には、男爵今園国映を担任としての出願であった。
 十月八日(陰暦九月一日)には、教会創立事務所で、真之亮も出席の上、講元等を集めて相談して居た処、その席に連って居た藤村成勝、石崎正基の二人が、俄かに中座して布留の魚磯へ行き、暫くして使者を寄越して、真之亮と、清水与之助、増野正兵衞の三名に、一寸こちらへ来て貰いたい、と言うて来たので、これは必ず悪企みであろう。とて、行かなかった処、藤村のみ帰って来て、清水に小言をならべた。しかしその夜、石崎は逃亡した。
 十月になると二十八日(陰暦九月二十一日)付で、又々、聞き届け難し。と、却下の指令が来た。この時、教祖に思召を伺うと、
「しんは細いものである。真実の肉まけバふとくなるで。」
と、お言葉があった。
 親神の目から御覧になると、認可云々の如きは全く問題ではなく、親神が、ひたすらに急込んで居られるのは、陽気ぐらしへのつとめであった。激しい迫害干渉も、実は、親神の急込みの表われに外ならない。しかるに、人々はそこに気付かずして、たゞ皮相な事柄にのみ目を奪われ、人間思案に没頭して居たから、空しい出願を、繰り返して居たのである。
 かね/\教祖は、しんばしらの真之亮と仰せになり、道のしんを明らかに示して居られる。しかるに、いかに焦ればとて、何の理も無い人を、たとい一時的にもせよ、責任者とする事は、全く心の置き所が逸脱して居たからである。
 こゝのところをよく考えて、先ず、確りと心の置き所を思案せよ。しんに肉を巻け、とは、しんばしらに誠真実の肉を巻けという意味で、親神の思召のまゝに、真之亮に、理の肉を巻けば、たとい、今は若輩でも立派なしんばしらとなる。と、人間思案を混えぬ神一条の道を教えられた。
 この年には、河内国出身で、当時、大和国郡山在住の平野楢蔵が、信仰し始めた。

明治十九年:
 年が明けると明治十九年、教祖八十九歳になられる。
最後の御苦労:
 二月十八日(陰暦正月十五日)、心勇組の講中が大勢、お屋敷へ参詣に来て、十二下りを勤めさして下され。と頼んだけれども、目下、警察より厳しく取締りあるに付き、もし十二下りを勤めるならば、忽ち、教祖に御迷惑がかゝるから。と、断った。
 上村吉三郎はじめ、一部の者は、勇み切った勢の赴くまゝに、信徒の宿泊所になって居た、門前のとうふやこと村田長平方の二階で、てをどりを始めた。早くもこれを探知した櫟本分署から、時を移さず、数名の巡査が来て、直ちに、居合わせた人々を解散させ、つゞいて、お屋敷へやって来て、表門も裏門も閉めさせた上、お居間へ踏み込んで、戸棚から箪笥の中までも取調べた。すると、お守りにする布片に字を書いたものが出て来たので、それを証拠として教祖と真之亮を引致し、併せて、お屋敷に居合わせた桝井、仲田の両名をも引致した。
 警官の言うには、老母に赤衣を着せるから人が集まって来るのである。と、それで黒紋付を拵えて差入れた。教祖は、分署に居られる間、赤衣の上に黒紋付を召して居られた。
 さて、夜も更けて翌十九日午前二時頃、教祖を取調べ、十二日の拘留に処した。その様子を、この時、共に留置された真之亮の手記によれば、 教祖様警察御越しなりし当夜二時頃、取調べを受け玉へり、神憑りありし事、身の内御守護の事、埃の事、御守りの理を御説き被成れたのである。尚仰せ玉へるニハ、
「御守りハ、神様がやれと仰せらるゝのであります。内の子供ハ何も存じません。」と申玉へり。
と。つゞいて午前三時頃、桝井と仲田の両名が取調べられた。二人とも、御守護を蒙りし御恩に報いるため、人さんにお話するのであります。と、答えた。午前四時頃から、真之亮を取調べた。真之亮は、お守りは私がやるのであります。私は教導職で御座ります。教規の名分によってやります。老母は何も御存じは御座りません。と、答えた。これは、この前年に真之亮以下十名の人々が、教導職の補命を受けて居たからの申開きである。
 その夜御一同は、そのまゝ分署の取調所の板の間で夜を明かされた。教祖は、艮(東北)の隅に坐って居られた。お側にはひさが付き添うて居た。真之亮は、坤(西南)の隅に坐って夜を明かした。取調所の中央には、巡査が一人、一時間交替で、椅子に腰をかけて番をして居た。桝井、仲田は、檻に入れられて居た。教祖は、真之亮の方へ手招きをなさって、
「お前、淋しかろう。こゝへおいで。」
と、仰せられた。これに応えて、真之亮は、こゝは、警察でありますから、行けません、と、お側に付いて居るひさから申上げて貰った処、教祖は、
「そうかや。」
と、仰しやって、それからは、何とも仰せられなかった。
 このような厳しい徹夜の取調べが済んで、まどろまれる暇も無く、やがて夜が明けて、太陽が東の空に上った。が、見張りの巡査は、うつらうつらと居眠りをして居る。巡査の机の上につけてあるランプは、尚も薄ぼんやりと灯り続けて居る。
 教祖は、つと立って、ランプに近づき、フッと灯を吹き消された。この気配に驚いて目を醒ました巡査が、あわてゝ、婆さん、何する。と、怒鳴ると、教祖は、にこ/\なされて、
「お日様がお上りになって居ますに、灯がついてあります。勿体ないから消しました。」
と、仰せられた。
 夜が明けると、早朝から、教祖を、道路に沿うた板の間の、受付巡査の傍に坐らせた。外を通る人に見せて、懲しめようとの考からである。
その上、犯罪人を連れてくると、わざと教祖の傍に坐らせたが、しかし、教祖は、平然として、ふだんと少しもお変りなかった。
 夜お寝みになる時間が来ると、上に着て居られる黒の綿入を脱いで、それを被ぶり、自分の履物にひさの帯を巻きつけ、これを枕として寝まれた。朝は、何時もの時刻にお目醒めになり、手水を済まされると、それからは、一日中、姿勢を崩さず座って居られた。こうして、櫟本分署に居られる間中、一日としてお変りなかった。ひさは、昼はお側に、夜は枕許に坐って両手を拡げお顔の上を覆ったまゝ、昼夜通して仕えつゞけたが、少しも疲れを覚えなかった。
 食事は、分署から支給するものは何一つ召上らず、ひさが自分に届けられる弁当とすり替えようとしたが、これは巡査に妨げられて果さなかった。又、飲みものは、梶本の家から鉄瓶に入れて運んだ白湯のみを差上げた。心のこもらぬものを差上げるのは畏れ多いと憚ったのと、一つには、教祖の御身の万一を気遣う一念からであった。
 教祖が、坐って居られると、外を通る人は、何と、あの婆さんを見よ。と言う者もあれば、あの娘も娘やないか。えゝ年をして、もう嫁にも行かんならん年やのに、あんな所へ入って居る。と言う者もあった。格子の所へ寄って来て、散々悪口を言うて行く者もあった。しかし、後年、ひさは、わしは、そんな事、なんとも思てない。あんな所へ年寄り一人放って置けるか。と、述懐して居た。
 しかし、教祖は、何を見ても聞いても、少しも気に障えさせられず、
そればかりか、或る日、菓子売りの通るのを御覧になって、
「ひさや、あの菓子をお買い。」
と、仰せられた。何なさりますか。と、伺うと、
「あの巡査退屈して眠って御座るから、あげたいのや。」
と、仰せられたので、こゝは、警察で御座りますから、買う事出来ません。と答えると、
「そうかや。」
と、仰せられて、それから後は、何とも仰せられなかった。
 分署にお居での間も、刻限々々にはお言葉があった。すると、巡査は、のぼせて居るのである。井戸端へ連れて行って、水を掛けよ。と、言うた。しかし、ひさは全力を尽くしてこれを阻止し、決して一回も水をかけさせなかった。
 或る日のこと、
「一ふし/\芽が出る、・・・」
と、お言葉が始まりかけた。すると、巡査が、これ、娘。と、怒鳴ったので、ひさが、おばあさん、/\。と、止めようとした途端、教祖は、響き渡るような凛とした声で、
「この所に、おばあさんは居らん。我は天の将軍なり。」
と、仰せられた、その語調は、全く平生のお優しさからは思いも及ばぬ、荘重な威厳に充ち/\て居たので、ひさは、畏敬の念に身の慄えるのを覚えた。肉親の愛情を越えて、自らが月日のやしろに坐す理を諭されたのである。
 又、刻限々々にお言葉があって、
「此処、とめに来るのも出て来るも、皆、親神のする事や。」
と。教祖の御苦労については、
「親神が連れて行くのや。」
と。官憲の取締りや干渉については、
「此処、とめに来るのは、埋りた宝を掘りに来るのや。」
と。又、拘留、投獄等の出来事に際しては、
「ふしから芽が吹く。」
と、仰せられ、その時その事柄に応じて、眼の前の出来事の根柢にある、親神の思召の真実を説き諭して、人々の胸を開きつゝ、驚き迷う人々を勇まし励まして連れ通られた。
 この冬は、三十年来の寒さであったというのに、八十九歳の高齢の御身を以て、冷い板の間で、明るく暖かい月日の心一条に、勇んで御苦労下された。思うも涙、語るも涙の種ながら、憂世と言うて居るこの世が、本来の陽気ぐらしの世界へ立ち直る道を教えようとて、親なればこそ通られた、勿体なくも又有難いひながたの足跡である。
 この御苦労の間、清水、増野、梅谷等はずっと梶本松治郎宅に居て、昼となく夜となく、門迄御機嫌を伺いに行った。そして、付添いのひさに弁当を差入れ、その都度、教祖の様子を伺うて来るのが、清水と増野の役であった。又、信者の人々で梶本宅まで見舞に来る者は、連日、引も切らなかった。
 お屋敷に残って留守居に当ったのは、飯降、高井、宮森等であった。
 こうして、教祖が御苦労を了えられて、三月一日(陰暦正月二十六日)櫟本分署からお出ましの時には、お迎えの人は前年より更にその数を増し、門前一帯に人の山を築き、櫟本からお屋敷迄、多数のお迎えの人と人力車の行列が続いたという。
 しかし、当日午前九時お屋敷へ御到着の頃には、櫟本分署から巡査が四名出張して来て、門前に張番をし、人々を一歩も中へ入れなかった。
 明治十九年五月二十五日(陰暦四月二十二日)、櫟本分署から、真之亮に対して呼状が来た。出頭すると、大阪で茨木基敬が、みかぐらうたを警察に没収された時に、大和国三島村中山新治郎宅で貰うた。と、答えた為、この件について、大阪の警察署から櫟本分署へ通報して来たからである。新治郎とは真之亮の後の名である。この時、真之亮から答書を出した。
 五月二十八日(陰暦四月二十五日)には、神道管長稲葉正邦の代理、権中教正古川豊彭、随行として、権中教正内海正雄、大神教会会長、小島盛可の三名が、取調べのためお屋敷へやって来た。その日は、取次から教理を聞き、翌二十九日、教祖にお目にかゝり種々と質問したが、教祖は、諄諄と教の理を説かれた。
 あとで、古川教正が真之亮をさし招いて、この人は、言わせるものがあって言われるのであるから、側に居るものが、法に触れぬよう、能く注意せんければならん。と言った。
 この時、五ケ条の請書を提出した。それに連名した人々は、真之亮、飯降伊蔵、辻忠作、桝井伊三郎、山本利三郎、高井直吉、鴻田忠三郎であった。(註五)
 つゞいて、三名の人々は、取次からかぐらづとめや面の説明を聞き、二階で十二下りのてをどりを検分した。
 同じく、六月十六日(陰暦五月十五日)、櫟本分署長と外勤巡査一名とが、人力車に乗って、突然、お屋敷へやって来て、直ちに、車夫に命じて表門を閉じさせ、教祖のお居間に踏み込んで取調べたが、この時には何の異状も無かった。
 真之亮の手記に、この年、七月二十一日(陰暦六月二十日)教祖は、
「四方暗くなりて分りなき様になる、其のときつとめの手、曖昧なることにてはならんから、つとめの手、稽古せよ。」
と、仰せられたと誌して居る。誠に容易ならぬ時の迫って居る事を、予め告げて人々の心定めを促し、その日に備えて、かんろだいのつとめの手を確かに覚えるよう急込まれた。天保九年以来お骨折りのたすけ一条の根本の道たる、かんろだいのつとめの完成を、急がれたのである。

十九年八月のふし:
 同年八月二十五日、陰暦七月二十六日の夜、三輪村の博徒、木屋天こと外島市太郎その他数名の者がやって来て、門をたゝき、奈良警察署から来た。と、呼ばわった。偽りとも知らず、門を開くと、入るや否や、この村を焼き払うてやる。と、言うて、井戸端へ行き、末期の水や。と、水を飲み、家の中へ侵入して来た。二階で会議中の人々は、この異様な物音や話声を聞き、梯子段を走って下りて家を守った。又、村人達もこの事を聞き付け、手に手に提灯を持って集まって来た。
 暴徒の中には、教祖のお居間へ乱入しようとする者もある。これに対しては、平野、山本、桝井、宮森等が、防いだ。又、一方では、村民が、暴徒とたゝき合って居るのもあれば、組打ちして居るのもある。又、走って警察へ訴えに行く者もある、という大騒動であった。
 暫くしてから、警察から巡査が出張して来て、取調べた。これに対する当方の答が穏やかであったために、暴徒達は、たゞ説諭を受けただけで済んだ。
 翌日、平野と外島が話し合うてみると、もと/\旧知の間柄であったので、よく説諭を加え、金四円也を車賃として与えたが、その時、外島が打明けた処によると、兄貴は郡山へ戻って居ると聞いたので、老母をかつぎ出そうと思うて企らんだが、大いに失敗だった。と語った。
 道は、こゝ数年の間に更に弘まり、先に誌したものに加えて、阿波真心講、遠江真明組、斯道会、天地組、天元組、天明講、兵神真明講、天龍講、大和講、日元講、東京真明組、治心講池田組等へと伸びて行った。
 この十九年には、大和国郡山の増田甚七、東京の中台勘蔵、大和国陵西村の植田平一郎等が、それ/\信仰し始めた。

 「ひながたの道を通らねばひながた要らん。ひながたなおせばどうもなろうまい。・・・ひながたの道より道無いで。」
                 (明治二二・一一・七 刻限)

 教祖は、尊い魂のいんねんのお方であり、月日のやしろに坐す御身を以て、説いたゞけでは救かる道を歩もうともせぬ一列人間に、救かる道を教えようとて、自ら先頭に立って、どのような中をも通り抜け、身を以て万人の救かるひながたを示された。
 ひながたの道を歩まぬならば、ひながたは要らぬ。
 教祖が五十年の長い間、身を以て示されたひながたこそ、我々道の子が陽気ぐらしへと進むたゞ一条の道であって、このひながたの道を措いて外に道はない。教祖が、いかなる中をも陽気に勇んで通られた、確かな足跡があればこそ、我々人間は、心安く、どのような身上事情の中からも、勇んで立ち上る事が出来る。
 教祖こそ、ひながたの親である。



 
註一 本目録中、下石径三尺二寸とあるが、おふでさきにある寸法は三尺であり、没収された石も約三尺である。従って、この寸法の出所は不明である。
註二
         差入申証券
 一従前中山新治郎宅ヲ借受教会出張所ニ設置候処今般拙寺勝手ニ付院
代并ニ納所出張之上本月十四日限リ引払致候就ハ是迄之書類取消且指令
書之義ハ返却ニ相成然ル上ハ他ヨリ何等之苦情申出候共其許殿江必御迷
惑相掛ケ申間敷候間為後日差入証券如件
                大和国宇知郡久留野村
                元金剛山地福寺柳井津
     明治十五年            嶺明代理
      十二月十四日            川端義観 印
                      仝寺納所
                        木村正則 印
    仝国山辺郡三嶋村
       中山新治郎殿

 
註三
         建言書

                             私儀者
幼年之時ヨリ農事ニ付種々穀物上品ヲ年々撰シ出シテ其上試験シテ作増シ相成ル種子ヲ人々施候折柄御維新ニ相成然ル処大坂府ニ於テ政府之綿糖共進会ヲ開キニ相成際元三大区中人撰ヲ以出張スル処則農事集談会ト相成ニ付而ハ会員ニ被任其砌ニ通信委員之儀被仰然ル処亦々東京ニ於テ第二博覧会之節モ農談会之時会員ニ被任畢テ其後新潟県江勧農教員ニ被雇貳ケ年相勤テ暇乞本国エ帰国ス就中此度山辺郡三嶋村中山氏八十六歳之老母ニ珍シ助ケ有之ニ付如何ニ茂審儀之事と察シ則剋限待テ月日自如何成ル病気ト雖モ是迄之悪事ヲ懺悔シテ天道之教之道実と思ひ人の道ヲ不違シテ神ノ取次ニ随ヒ政心ヲシテ願エ者何程之六ケ鋪難病ニ而茂速ニ全快スルニ依テ只今ニ而ハ十六七ケ国より日々参詣有之処大坂府ニ於テ天輪王命と云神者無キ者と何等之取調モ無クシテ人ヲ助ルヲ差留ニ相成居ル然ルト雖遠国より日々参詣者段々ト増ス斗尤旧幕之頃ニハ京都吉田殿より免モ有今差留メ相成時者神ノ立腹ハ漸意成ル事テナシ此儀如何成ル咎メモ難斗と申候者神ノ源ヲ尋ル月日ガ此度天輪王命ト顕テ珍シ助ヲ被成候哉ニ察シ如何ニ茂審儀成ル神ノ御言ハ之写并筆先ヲ見ルニ是全人
間之業ニテ者有間敷事右様之事人並ニテ者迚モ不云 出来候事斗何等之事テモ勤一条者病気ハ勿論百姓第一之助ケ芽出之札実ノリ札肥シ助ケ札蟲害除ケ札其他何ニよらず願ヒ道ハ何ニ不叶ト云事更ニナシ此神之筆先ニモ有之通徳川天下之亡ル事モ前年ニ仮合ヒテ御噺モ有之取次人者存シ居候其他異人杯モ来ル事モ前ノ如ク先ニ見得ル然ルト雖モ右始末之儀者皆々存し居候得共只今迄者御上ヲ恐テ詳ニ申上ル人者更ニナシ此度者私農事通信免モ有故一日モ早ク万民ヲ助ケ農作増相成ヲ相弘ルニ於テ者是末代之普益相成事者不過之則皇国第一之事と愚慮仕儀ニ付此段恐モ不顧奉建言候
右ニ付神ノ筆先ハ壹号ヨリ十七号迄有之内六号十号書抜 十二下リ勤 〆四点相添エ御高覧奉入候
右ヲ建言スルハ此神者可建置神と察し候間依而奉上申仕候也
                   大坂府下大和国
                      式下郡檜垣村
    明治十六年三月十五日            鴻田忠三郎
 東京
 大蔵省御庁
 
註四
         証
           大和国山辺郡三島村
            平民
       科料金弐円四十銭  中山ミキ
           右領収候也
       明治十六年八月十五日
                 丹波市分署 印

 
註五
         御請書
  一 奉教主神は神道教規に依るべき事
  一 創世の説は記紀の二典に依るべき事
  一 人は万物の霊たり魚介の魂と混同すべからざる事
  一 神命に托して医薬を妨ぐべからざる事
  一 教職は中山新治郎の見込を以て神道管長へ具申すべき事
     但し地方庁の認可を得るの間は大神教会に属すべき事
 右の条々堅く可相守旨御申渡に相成奉畏候万一違背仕候節は如何様御仰付候共不苦仍て教導職世話掛連署を以て御請書如此御座候也
                        中山新治郎
                        飯降伊蔵
                        桝井伊三郎
                        山本利三郎
                        辻忠作
                        高井直吉
                        鴻田忠三郎
    神道管長代理
 権中教正  古川豊彭殿

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posted by 朱夏 at 22:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 稿本天理教教祖伝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月17日

稿本天理教教祖伝「第八章 親心」

第八章 親心


神:
  このよふを初た神の事ならば
  せかい一れつみなわがこなり          四 62
  いちれつのこともがかハいそれゆへに
  いろ/\心つくしきるなり           四 63

 人間は、親神によって創造され、その守護によって暮して居る。故に、親神と人間とは真の親子であり、この世の人間は一列兄弟である。この理により、親神の心は、昔も今も子供可愛い一条である。

月日:
  なに事もこのところにハにんけんの
  心ハさらにあるとをもうな           六 67
  どのよふな事をゆうにもふでさきも
  月日の心さしすばかりで            六 68

 教祖の心は月日の心、月日の心とは親神の心である。教祖の心こそ、無い人間無い世界を創められた元の神・実の神、親神天理王命の心である。更に、

をや:
  にんけんもこ共かわいであろをがな
  それをふもをてしやんしてくれ        一四 34
  にち/\にをやのしやんとゆうものわ
  たすけるもよふばかりをもてる        一四 35

 をやの一語によって、親神と教祖の理は一つであり、親神の心こそ教祖の心、教祖の心こそ親神の心であることを教えられた。
 抑々、親とは、子供から仰ぎ見た時の称名であり、子供無くして親とは言い得ない。親神の心とは、恰も人間の親が自分の子供に懐く親心と相通じる心で、一列人間に対する、限り無く広く大きく、明るく暖かい、たすけ一条の心である。
 我々は、この親心をおふでさき、みかぐらうた、おさしづに拝し、ふしぎなたすけに伺い、教祖の面影や足跡に偲ぶ。

面影:
 高齢の教祖にお目に掛った人々は皆、譬えようもない神々しさと、言葉に尽せぬ優しさとが、不思議にも一つとなって、何となく胸打たれ、しかも心の温まる親しさを覚えた。
 教祖は、中肉中背で、やゝ上背がお有りになり、いつも端正な姿勢で、すらりとしたお姿に拝せられた。お顔は幾分面長で、色は白く血色もよく、鼻筋は通ってお口は小さく、誠に気高く優しく、常ににこやかな中にも、神々しく気品のある面差であられた。
 お髪は、年を召されると共に次第に白髪を混え、後には全く雪のように真白であられたが、いつもきちんと梳って茶筅に結うて居られ、乱れ毛や後れ毛など少しも見受けられず、常に、赤衣に赤い帯、赤い足袋を召され、赤いものずくめの服装であられた。
 眼差は、清々しく爽やかに冴えて、お目に掛った人々は、何人の心の底をも見抜いて居られるというのはこのような眼か、と思った。
 足腰は、大そう丈夫で、年を召されても、腰は曲らず、歩かれる様子は、いかにも軽ろやかで速かった。
 教祖にお目に掛る迄は、あれも尋ね、これも伺おうと思うて心積りして居た人々も、さてお目に掛ってみると、一言も承わらないうちに、一切の疑問も不平も皆跡方もなく解け去り、たゞ限りない喜びと明るい感激が胸に溢れ、言い尽せぬ安らかさに浸った。
 お声は、平生は優しかったが、刻限々々に親心を伝えられる時には、響き渡るような凛とした威厳のある声で、あれが年寄った方の声か、と思う程であった。
 教祖は、子供に対しても、頗る丁寧に、柔らか優しく仰せられたというが、その優しいお言葉に、ひながたの親としての面影を偲び、刻限刻限に親神の思召を伝えられた、神々しくも厳かなお声に、月日のやしろとしての理を拝する。厳しく理を諭し、優しく情に育くんで、人々を導かれた足跡に、教祖の親心を仰ぐ。

おふでさきの意義:
 おふでさきには、

  このよふハりいでせめたるせかいなり
  なにかよろづを歌のりでせめ          一 21
  せめるとててざしするでハないほどに
  くちでもゆハんふでさきのせめ         一 22
  なにもかもちがハん事ハよけれども
  ちがいあるなら歌でしらする          一 23

と、耳に聴くだけでは忘れ易い人々の上を思うて、いつ/\までも、親の思いにそのまゝ触れる事の出来るようと、筆に誌し、何人にも親しみ易く覚え易く、和やかに悟りとる事の出来るようにと、歌に誌されたのも、深い親心からである。
 当時の様子について伝えられる処によると、親神の、
「筆、筆、筆をとれ。」
との、お急込みのまに/\、筆を執られると、日中は勿論のこと、暗闇の夜中でさえ、筆が走り、親神の思召を誌し了えられると、ぴたりと筆が止まったという。
 かくて誌されたおふでさきは、第一号、第二号と数えて、十七冊に綴られ、明治二年から十五年頃まで、お年にして七十二歳から八十五歳頃に亙り、お歌の数は千七百十一首である。

十七号:
  第一号  明治貳巳年正月従
  第二号  明治貳巳年三月
  第三号  明治七戌年一月ヨリ
  第四号  明治七年四月
  第五号  明治七年五月
  第六号  明治七年十二月ヨリ
  第七号  明治八年貳月
  第八号  明治八年五月
  第九号  明治八年六月
  第十号  明治八年六月
  第十一号 明治八年六月
  第十二号 明治九年頃
  第十三号 明治十年頃
  第十四号 明治十貳年六月ヨリ
  第十五号 明治十三年一月ヨリ
  第十六号 明治十四年四月ヨリ
  第十七号 明治十五年頃        (註一)

おふでさきの大意:
 おふでさきに誌された親神の思召の大意は、

 親神は、陽気ぐらしを望みとして、元のぢばに於いて人間を創めた。
一列人間の真実の親であり、その心は、子供可愛い一条である。人間は皆、親神の子供、従って、世界一列の人間は互に兄弟姉妹であり、互い立て合い扶け合うこそ、本来の人間生活である。
 人間の身体は、親神のかしもの、人間にとってはかりもの、心一つが我がの理である。病気や災難は皆、子供可愛い親心から、人間の心得違いを反省させて、陽気ぐらしへ導こうとの、よふむき、てびき、みちをせ、いけん、ざんねん、りいふく等に他ならぬ。心を入替え、ほこりを払い、誠真実の心を定めて願うならば、どのような自由自在のたすけをも引き受ける。
 この度、親神は、元の約束により、魂のいんねん、やしきのいんねん、旬刻限の理の合図立合いをまって、みきをやしろとして、初めてこの世の表に現われ、たすけ一条の道を教える。
 人間世界創め出しの証拠として、元のぢばにかんろだいを据え、たすけ一条の根本の道として、これを圍んで勤めるかんろだいのつとめを教え、更に、身上たすけのためにさづけを渡す。
 つとめによってよろづたすけを現わし、さづけによってどのような難病をも救ける。かくて、この世は次第に陽気ぐらしの世界へと立替わる。
 一刻も早くつとめ人衆打揃い、心を合わせ、手を揃え、鳴物を整えて、一手一つにつとめをせよ。

と、この世元初まり以来の思召たる陽気ぐらしを、この地上に現わそうとて、かんろだいのつとめを教え、その理を納得させようとて、世界創造の元の理を明かし、時旬の迫るまゝに、一層激しく子供の心の成人を促しつゝ、ひたすらにつとめの完成を急込まれた。
 おふでさきは、全巻どこを繙いても、到るところ皆暖かい親心が溢れ、その親心は明るい陽気ぐらしへと続く。先ず第一号には、

  だん/\と心いさんてくるならバ
  せかいよのなかところはんじよ         一  9

 抑々この世の元初まりに、親神は陽気ぐらしを見て共に楽しみたいと思召されて、人間世界を創められた。陽気ぐらしこそ、親神の思召である。然るに、人間は、心の成人の未熟さから、いかに智恵学問は進んでも、元を知らず親を知らず、元初まりの本真実を知らぬまゝに、ほこりを積みいんねんを重ねて、この世を憂世とかこって来た。

つとめ:
 この人間を、元初まり以来の長の歳月、時により所に応じて成人に相応わしく、修理や肥で仕込みつゝ、這えば立て立てば歩めと、導き育てて来られたのも親心であり、この度、旬刻限到来して、陽気ぐらしを、もう一度、この世に現わしたい。と、たすけ一条の道を創められたのも、正しくこの子供可愛い一条の親心からである。この親心から、陽気ぐらしへの道として、終始一貫、実現を急込まれたのがつとめである。つゞいて、

  このさきハかくらづとめのてをつけて
  みんなそろふてつとめまつなり         一 10
  みなそろてはやくつとめをするならバ
  そばがいさめバ神もいさむる          一 11
  いちれつに神の心がいづむなら
  ものゝりうけかみないつむなり         一 12
  りうけいのいつむ心ハきのとくや
  いづまんよふとはやくいさめよ         一 13
  りうけいがいさみでるよとをもうなら
  かぐらつとめやてをとりをせよ         一 14

と、親神は、かぐらづとめを待ち兼ねる。皆揃うて早くつとめをするならば、親神も勇み、親神が勇めば、農作物も豊かに稔る。豊年満作の希望に充ちて、早くかぐらやてをどりをせよ、と促された。
 第二号に進むと、

  ちやつんであとかりとりてしもたなら
  あといでるのハよふきづとめや         二  3
  このつとめとこからくるとをもうかな
  上たるところいさみくるぞや          二  4

と、茶摘みも終りその後の刈取りも済んだならば、よふきづとめの旬が来て、上に立つ人々の心も勇み立ち、やがて往還道が始まる、と教え、

  なにゝてもやまいいたみハさらになし
  神のせきこみてびきなるそや          二  7
  せきこみもなにゆへなるとゆうならば
  つとめのにんぢうほしい事から         二  8

と、つとめの完成を急ぐ上から、身上に徴をつけて、つとめ人衆を引き寄せる、と諭された。

  にち/\によりくる人にことハりを
  ゆへばだん/\なをもまあすで         二 37
  いかほどのをふくの人がきたるとも
  なにもあんぢな神のひきうけ          二 38
  めつらしいこのよはじめのかんろたい
  これがにほんのをさまりとなる         二 39

 世界の思わくを慮って、親里を慕うて帰り来る人に断りを言えばとて、帰り来る人は弥増すばかりであるが、親神が引き受けるから何も案じる事はない。この世初めの元のぢばに、かんろだいを据えて、つとめに掛れば、この世は理想の陽気ぐらしの世となる、と、こゝに初めて、かんろだいに就いて教えられた。
 第三号に入ると、

  しんぢつに神の心のせきこみわ
  しんのはしらをはやくいれたい         三  8
  このはしらはやくいれよとをもへども
  にごりの水でところわからん          三  9
  この水をはやくすまするもよふだて
  すいのとすなにかけてすませよ         三 10
  このすいのどこにあるやとをもうなよ
  むねとくちとがすなとすいのや         三 11
  このはなしすみやかさとりついたなら
  そのまゝいれるしんのはしらを         三 12
  はしらさいしいかりいれた事ならば
  このよたしかにをさまりがつく         三 13

と、つとめの完成を急ぐ上から、その目標であるかんろだいの仕度を急がれ、

  せかいぢうむねのうちよりしんばしら
  神のせきこみはやくみせたい          三 51
  せかいぢうむねのうちよりこのそふぢ
  神がほふけやしかとみでいよ          三 52

と、かんろだいの仕度を急ぐと共に、道の中心たるしんばしらを定める上から、親神の思召に照らし、親神を、己が胸のほこりを払う箒として、心を入替えるよう、人々の反省を促された。

  十一に九がなくなりてしんわすれ
  正月廿六日をまつ               三 73
  このあいだしんもつきくるよくハすれ
  にんぢうそろふてつとめこしらゑ        三 74

 教祖がやしろの扉を開いて、世界ろくぢに均らすべく踏み出される日を予め告げて、それ迄に、つとめ人衆揃うてつとめの仕度を急げ、と、強く心の成人を促された。更に、

  にち/\に神の心のせきこみハ
  ぢうよじざいをはやくみせたい         三 75
  これからハにんぢうそろをてつとめする
  これでたしかににほんをさまる         三 76
  しんぢつにたすけ一ぢよてあるからに
  なにもこわみハさらにないぞや         三 77

 親神は、一刻も早く自由自在の守護を見せたいと思うて居るから、人衆揃うてつとめをするように。これで確かにこの世は治まる。たすけこそ、つとめにこもる真意であるから、いかなる迫害干渉も決して怖れることはない、と、励まされた。
 第四号に入ると、

  をもしろやをふくの人があつまりて
  天のあたゑとゆうてくるそや          四 12
  にち/\にみにさハりつくまたきたか
  神のまちかねこれをしらすに          四 13
  だん/\とつとめのにんぢうてがそろい
  これをあいつになにもでかける         四 14

 大勢の人々が天のあたえを求めて寄り集う喜びを述べ、つとめ人衆の手が揃いさえしたならば、それを合図につとめに掛る。

  にち/\によふきづとめのてがつけば
  神のたのしゆみいかほとの事          四 23
  はや/\とつとめのにんぢうまちかねる
  そばな心わなにをふもうや           四 24

 親神は、どれ程その日を楽しみに待ち望んで居る事か。そばの者達も、この親心に添うて早くつとめの仕度に掛れ、と、急込まれた。

  またさきのよふきづとめをまちかねる
  なんの事ならかぐらつとめや          四 29

 かぐらづとめこそ、親神の待ち望まれるよふきづとめである。

  しんぢつに心いさんでしやんして
  神にもたれてよふきづとめを          四 49

 たゞ一条に親神に凭れ、心勇んでよふきづとめに励め、と諭された。

  これからハこのよはじめてないつとめ
  だん/\をしへてをつけるなり         四 90
  このつとめせかいぢううのたすけみち
  をしでもものをゆハす事なり          四 91
  にち/\につとめのにんぢうしかとせよ
  心しづめてはやくてをつけ           四 92
  このつとめなにの事やとをもている
  せかいをさめてたすけばかりを         四 93
  このみちがたしかみゑたる事ならば
  やまいのねゑわきれてしまうで         四 94

 この世元初まって以来、未だ曾て無いつとめ。世界たすけの根本の道である。つとめ人衆は、早く手振りを習い覚えよ。つとめさえ確りと勤めるように成ったならば、世界は治まり、病の根は切れて了う、と教えられた。
 第五号には、

  このたびハなんでもかでもむねのうち
  そふちをするでみなしよちせよ         五 26
  むねのうちそふぢをするとゆうのもな
  神のをもハくふかくあるから          五 27
  このそふぢすきやかしたてせん事に
  むねのしんぢつわかりないから         五 28
  この心しんからわかりついたなら
  このよはぢまりてをつけるなり         五 29

 一列人間の胸の掃除を急込まれ、胸の掃除も済み、心の真実を見定めたならば、いよ/\陽気世界創め出しの手振りを教える。と諭された。
 第六号に入ると、

  このみちハどふゆう事にをもうかな
  このよをさめるしんぢつのみち         六  4
  上たるの火と水とをわけたなら
  ひとりをさまるよふきづくめに         六  5
  この火水わけるとゆうハこのところ
  よふきづとめをするとをもゑよ         六  6
  このよふをはじめかけたもをなぢ事
  めづらし事をしてみせるでな          六  7
  このよふをはじめてからにないつとめ
  またはじめかけたしかをさめる         六  8

 この道こそ、世界に真実の治まりを齎らすたゞ一つの道である。火と水が各々分を守って、しかも互に相和する時、こゝに陽気づくめの平和世界が来る。この治まりを現わそうと思うて、こゝ、元のぢばに、親神の人間世界創め出しの働きをそのまゝに、よふきづとめを行い、陽気ぐらしを現わす、と教えられた。
 第七号に進むと、

  どのよふなたすけするのもみなつとめ
  月日ゆうよにたしかするなら          七 83
  しんぢつの心あるなら月日にも
  しかとうけやいたすけするぞや         七 84
  このたびハたすけするのもしんぢつに
  うけよてたすけいまがはじめや         七 85
  こらほどに月日の心せゑている
  そばの心もつとめこしらゑ           七 86
  このもよふなにばかりてハないほどに
  とんな事でもみなつとめやで          七 87
  つとめでもをなぢ事てハないほどに
  みなそれ/\とてへをふしゑる         七 88

と、親神は、よろづたすけの思召から、つとめの仕度を促され、

  なにもかもよふきとゆうハみなつとめ
  めづらし事をみなをしゑるで          七 94
  たん/\とつとめをしへるこのもよふ
  むねのうちよりみなそふぢする         七 95
  あとなるハにち/\心いさむでな
  よろづのつとめてへをつけるで         七 96
  このつとめどふゆう事にをもうかな
  をびやほふそのたすけ一ぢよふ         七 97
  このたすけいかなる事とをもうかな
  ほふそせんよのつとめをしへる         七 98
  このみちをはやくをしへるこのつとめ
  せかい一れつ心すまする            七 99
  このはなしどふゆう事にきいている
  せかいたすけるもよふばかりを         七 100

 かんろだいのつとめの手は、よろづたすけの場合と、願に相応わしく、をびや、ほふそ、一子、跛、肥、萠え出、虫払い、雨乞、雨あずけ、みのり、むほんの場合と、合計十二通りを教えられ、身は健やかに齢永く、稔り豊かに家業栄え、世界が平和に治まるよう、何欠ける事のない陽気ぐらしを引き受けられた。
 第八号には、たすけづとめという文字が見出される。

  それゆへにたすけづとめがでけんから
  月日の心なんとさんねん            八  6

 第九号に入ると、専らつとめの目標たるかんろだいについて諭され、

  これからハなにのはなしをするならば
  かんろふだいのはなし一ぢよ          九 44
  いまなるのかんろふだいとゆうのハな
  一寸のしながたまでの事やで          九 45
  これからハだん/\しかとゆてきかす
  かんろふだいのもよふばかりを         九 46
  このだいをすこしほりこみさしハたし
  三尺にして六かくにせよ            九 47
  いまゝでにいろ/\はなしといたるハ
  このだいすへるもよふばかりで         九 48
  これさいかしいかりすへてをいたなら
  なにもこわみもあふなきもない         九 49
  月日よりさしずばかりでした事を
  これとめたならハがみとまるで         九 50
  これをみてまことしんぢつけへこふと
  これハ月日のをしゑなるかよ          九 51
  このだいがでけたちしだいつとめする
  どんな事でもかなハんでなし          九 52
  このだいもいつどふせへとゆハんでな
  でけたちたならつとめするぞや         九 53
  これさいかつとめにかゝりでたならば
  なにかなハんとゆうでないぞや         九 54
  これをみよたしかに月日ぢきもつの
  あたゑしいかりたしかわたする         九 55
  とのよふな事でもたしかしんちつの
  しよこなけねばあやうきい事          九 56

 心の成人につれて、かんろだいの仕度も亦進み、この台を圍み、人衆を揃え心を一つにして勤める時、親神は、天のあたゑたるぢきもつを授けられ、どのような願も皆、鮮やかにかなえられる。

  これからハとのよな事もたん/\と
  こまかしくとくこれそむくなよ         九 57
  このはなしなにをゆうやとをもうなよ
  かんろふだいのもよふ一ぢよ          九 58
  このだいもたん/\/\とつみあけて
  またそのゆへハ二尺四すんに          九 59
  そのうゑゝひらばちのせてをいたなら
  それよりたしかぢきもつをやろ         九 60
  ぢきもつをたれにあたへる事ならば
  このよはじめたをやにわたする         九 61
  天よりにあたへをもらうそのをやの
  心をたれかしりたものなし           九 62
  月日よりたしかに心みさだめて
  それよりハたすぢきもつの事          九 63
  月日にハこれをハたしてをいたなら
  あとハをやより心したいに           九 64

 親神の仰せのまに/\、かんろだいの仕度を進め、一段々々と積み上げ、最上段の上に平鉢を載せて置いたなら、天からをやへ確かにぢきもつを渡される。人は皆、をやから心次第にぢきもつを授けられて、身健やかに定命まで置いて頂き、この世は陽気ぐらしの世界となる。

第十号に進むと、専らかんろだいのつとめに就いて教えられ、

  たん/\とにち/\心いさむでな
  なんとやまとハゑらいほふねん        一〇 18
  にち/\にはやくつとめをせきこめよ
  いかなるなんもみなのがれるで        一〇 19
  とのよふなむつかしくなるやまいでも
  つとめ一ぢよてみなたすかるで        一〇 20
  つとめでもどふゆうつとめするならば
  かんろふだいのつとめいちゞよ        一〇 21
  このたいをどふゆう事にをもうかな
  これにいほんのをやであるぞや        一〇 22
  これさいかまことしんぢつをもうなら
  月日みハけてみなひきうける         一〇 23
  月日よりひきうけするとゆうからわ
  せんに一つもちがう事なし          一〇 24

 つとめによって、豊かな稔りと爽やかな健康とを請け合い、いかなる病をも救け、凡ゆる災いをも祓う。これが、かんろだいのつとめであり、これこそ、世界陽気ぐらしの根本である。これを信じるなら、必ず自由自在の守護を引き受ける。と誌され、

  このはなしどふゆう事にきいている
  かんろふだいのつとめなるのわ        一〇 25
  一寸したるつとめなるとハをもうなよ
  三十六人にんがほしいで           一〇 26
  そのうちになりものいれて十九人
  かぐらづとめの人ぢうほしいで        一〇 27

 かんろだいを圍んで勤める人衆が十人、鳴物が九人、と、それ/\に数字を挙げて教え、てをどり及びがくにんを加えて、七十五人のつとめ人衆を教えられた。

  しんぢつに心さだめてしやんせよ
  とりつぎの人しかとたのむで         一〇 28
  このだいをこしらゑよとてたん/\に
  月日人ぢうのもよふするなり         一〇 29
  人ぢうがしかとよりたる事ならば
  そのまゝだいもでける事やで         一〇 30

 つゞいて、取次を促して人衆揃えを急込まれ、人衆さえ揃うて来たならば、かんろだいも自ら出来て来る、と諭された。更に、

  このみちハどふゆう事であるならば
  月日つとめのてゑをふしへて         一〇 31
  それよりも月日一れつせかゑぢう
  つれてゞたならひとりでけるで        一〇 32

 人衆を集め、つとめの手振りを教えて、世界中へ連れて出たならば、自らかんろだいも出来て来る、と、つとめの完成を急ぐ上から、人衆揃えに併せて手振りの稽古を急がれ、

  これさいかたしかにでけた事ならば
  月々つとめちがう事なし           一〇 33
  つとめさいちがハんよふになあたなら
  天のあたゑもちがう事なし          一〇 34
  このみちハまことしんぢつむつかしい
  みちであるぞやみなしやんせよ        一〇 35

 かんろだいさえ据わったならば、月々のつとめも間違いなく勤める事が出来るようになる。つとめを確り勤めるならば、天のあたえにも決して間違いはない。心さえ定まったならば、どのような守護も願のまゝである、と請け合われた。

  この人ぢうどこにあるやらしろまいな
  月日みわけてみなひきよせる         一〇 36
  どのよふなところのものとゆうたとて
  月日ぢうよふしてみせるでな         一〇 37
  だん/\と人ぢうそろふたそのゆへで
  しんぢつをみてやくわりをする        一〇 38
  やくハりもどふゆう事であるならば
  かぐら十人あといなりもの          一〇 39
  これさいかはやくしいかりそろたなら
  どんな事でもでけん事なし          一〇 40

 このつとめ人衆が、何処に居るのか、皆の者には分らないであろうが、どのような所に居ても、親神は、自由自在に引き寄せる。だん/\と人衆が揃うたその上で、心の真実を見定めて役割をする。かぐら十人を初め、鳴物の人衆が揃うたならば、どんな事でも出来ないという事はない、と、つとめの完成の上に、自由自在の守護を引き受けられた。
 第十三号に入ると、

  月日よりしんぢつをもう高山の
  たゝかいさいかをさめたるなら        一三 50
  このもよふどふしたならばをさまろふ
  よふきづとめにでたる事なら         一三 51
  この心たれがゆうとハをもうなよ
  月日の心ばかりなるぞや           一三 52
  このつとめ高山にてハむつかしい
  神がしいかりひきうけをする         一三 53
  このたびわどんな事でもしんちつに
  たしかうけやいはたらきをする        一三 54

 親神は、心の底から戦の治まりを望む。戦は、傲り高ぶる人間心から起る。いかにもして、戦をこの世から無くしたいとの思いから、親神は、かんろだいのつとめを始める。かんろだいのつとめは、世界平和のつとめである。しかも子供たる人間は、親神のこの真実を知らずして、徒らに差止める。しかし、迫害も干渉も少しも恐れることはない。親神は、確かに引き受けて自由自在の守護を現わす、と教えられた。
 第十四号に入ると、

  この事ハなにの事やとをもうなよ
  つとめなりものはやくほしいで        一四 85
  もふけふわどんな事をばしたとても
  なにもあんぢなをやのうけやい        一四 86
  いまゝでハ上にわなにもしらんから
  さしとめはかりいけんしたれと        一四 87
  このたびハどんなものでもかなハんで
  ゆう心ならをやがしりぞく          一四 88
  この事をはやく心しいかりと
  さだめをつけてはやくかゝれよ        一四 89
  なにもかもはやくつとめのしこしらへ
  をやのうけやいこわみないぞや        一四 90
  これをはな心さだめてしやんして
  はやくにんぢうのもよふいそぐで       一四 91
  はや/\と心そろをてしいかりと
  つとめするならせかいをさまる        一四 92

 一日も早く鳴物を揃えるようにと急込まれ、人衆揃えの急込みをも続けつゝ、どのような迫害にも怖じず恐れない強い信念、堅く揺がぬ誠真実の心を定めよ、この堅い心定めの上に、親神は、自由自在の守護を請け合う、早々と心を合わせ手を揃えて勤めるならば、必ず世界の治まりを守護する、と、かんろだいのつとめによって、世界の平和を引き受けられた。
 更に、第十五号には、

  このはなしなにを月日がゆうたとて
  どんな事てもそむきなきよふ         一五 26
  これからのをやのたのみハこればかり
  ほかなる事わなにもゆハんで         一五 27
  この事をなにをたのむとをもうかな
  つとめ一ぢよの事ばかりやで         一五 28
  このつとめこれがこのよのはぢまりや
  これさいかのた事であるなら         一五 29
  さあけふハをやのゆう事なに事も
  そはの心にそむきなきよふ          一五 30

 親の頼みという言葉を用いて、切々たる親心の急込みを述べられ、このつとめによって陽気ぐらしの世界が創造されるのであるから、どうでも親の言葉に背かぬよう、親の心に違わぬよう、早くつとめをして貰いたい、と、懇々と諭された。つゞいて、

  けふの日ハほんしんちつをゆいかける
  とふぞしいかりしよちしてくれ        一五 49
  このはなし四十三ねんいせんから
  ゑらいためしがこれが一ちよ         一五 50
  このためしなにの事やとをもうかな
  つとめ一ぢよせくもよふやで         一五 51
  このつとめどふゆう事にをもうかな
  なりもの入て人ちうのもよふ         一五 52
  このつとめどんなものでもしやんせよ
  これとめたならわがみとまるで        一五 53
  このよふをはじめかけたもをなぢ事
  ないにんけんをはちめかけたで        一五 54
  これさいかはじめかけたる事ならば
  とんなたすけもみなうけやうで        一五 55

 今こそ、親心の本真実を言い聞かせる。どうか心を鎮めて確りと聞いて貰いたい。四十三年以前からためしをかけて急込んで来たのは、つとめである。そのつとめの時が迫って来たから、早く、鳴物や人衆を揃える段取をせよ。もしも、つとめを止めるならば、その者の息の根が止まって了う。親神は、紋型無いところから、人間を創めたと同じく、このつとめによって、どのようなたすけも皆引き受ける、と諭して、いよいよ激しく厳しく、つとめを促された。つゞいて、

  さあたのむなにをたのむとをもうかな
  はやくなりものよせてけいこふ        一五 72
  これまてハとんな事てもちいくりと
  またをさまりていたるなれども        一五 73
  もふけふわなんてもかでもはや/\と
  つとめせゑねばならん事やで         一五 74

と、特に鳴物の稽古を急込んで、もう今日は、どうでもこうでも、つとめをせねばならぬ時が来て居ると、促され、更に、

  このみちハ四十三ねんいせんから
  まことなんぢうなみちをとふりた       一五 83
  その事をいまゝでたれもしらいでも
  このたびこれをみなはらすでな        一五 84
  このはらしどふしてはらす事ならば
  つとめ一ぢよてみなあらハすで        一五 85
  このつとめをやがなに事ゆうたとて
  とんな事てもそむきなきよふ         一五 86
  こればかりくれ/\たのみをくほとに
  あとでこふくハいなきよふにやで       一五 87
  このたびのつとめ一ちよとめるなら
  みよだいなりとすぐにしりぞく        一五 88
  このはなしなんとをもふてそはなもの
  もふひといきもまちていられん        一五 89
  はや/\となりものなりとたしかけよ
  つとめはかりをせへているから        一五 90

 迫りに迫った親心の急込みの程を、諄々としかも切々と、時には厳しく、時には懇ろに書き誌し教え諭して、人々の心の成人を促し、時旬に遅れないようつとめを行えと急込まれた。
 第十六号に入ると、かぐらの理の根本に遡って、

  いまゝてハこのよはじめたにんけんの
  もとなる事をたれもしろまい         一六  1
  このたびわこのもとなるをしいかりと
  とふぞせかいゑみなをしゑたい        一六  2
  このもとハかぐらりよにんつとめハな
  これがしんぢつこのよはしまり        一六  3
  このたひのかぐらとゆうハにんけんを
  はじめかけたるをやであるぞや        一六  4

 人間創造の根本の理は、かぐら両人によって現わされて居る。この両人は、親神の理を受けて勤めるものであり、このかぐらに、人間創造の真実の親たる親神・天理王命の理がこもる、と教えられた。つゞいて、

  このさきハとのよなゆめをみるやらな
  もんくかハりて心いさむで          一六 27
  とのよふなめづらしゆめをみるやらな
  これをあいつにつとめにかゝれ        一六 28

 迫りに迫った時旬と、子を思うゆえに急ぎに急がれる親心から、珍らしい夢を見たならば、その夢を合図に、つとめにかゝれと、夢に迄急込んで、早くつとめをせよ、と諭され、

  月日よりないにんけんやないせかい
  はじめかけたるをやであるぞや        一六 53
  そのところなにもしらざる子共にな
  たいことめられこのさねんみよ        一六 54

と、親心の真実を悟らない子供の妨げを責められた上、

  月日よりせかいぢうをばはたらけば
  このをさめかたたれもしろまい        一六 63
  それゆへにこのしづめかた一寸しらす
  一れつはやくしやんするよふ         一六 64
  つとめてもほかの事とわをもうなよ
  たすけたいのが一ちよばかりで        一六 65
  それしらすみなたれにてもたん/\と
  なんどあしきのよふにをもふて        一六 66
  にんけんハあざないものてあるからな
  なにをゆうともしんをしらすに        一六 67
  けふまてわとんな事てもゆハなんだ
  ぢいとしていたこのさねんみよ        一六 68

 親神の残念立腹が現われて来たならば、これを治める道は、つとめより他にはない。つとめこそ、どのような異変、どのような災難をも治める唯一の道である。然るに、これを差止め、又、躊躇うて来た人間心の浅はかさは、まことにもどかしい限りである、と、強く人々の反省を促して、つとめを急込まれた。

月日のやしろとひながたの親:
 このように、生涯を一貫し、おふでさき全巻を通じて、つとめを急込み続けられた教祖の御立場を、理の上からと、お姿の上からと、この両面から詳しく拝察しよう。
 教祖は一面に於いて、月日のやしろとして理を説かれた。しかも、他の半面に於いては、地上に於ける親として、人々によく分るようにとて、自らの身に行い、自ら歩んで人々を導かれた。共に、真実の親たる教祖の御立場である。

  どのよふなたいしや高山ゆたんしな
  なんとき月日とんてゞるやら          六 92

 時が迫り切ったから、もう月日が飛び出る、と、仰せられて居るかと思えば、

  いまゝでハせかいぢううハ一れつに
  めゑ/\しやんをしてわいれども       一二 89
  なさけないとのよにしやんしたとても
  人をたすける心ないので           一二 90
  これからハ月日たのみや一れつわ
  心しいかりいれかゑてくれ          一二 91
  この心どふゆう事であるならば
  せかいたすける一ちよばかりを        一二 92
  このさきハせかいぢううハ一れつに
  よろづたがいにたすけするなら        一二 93
  月日にもその心をばうけとりて
  どんなたすけもするとをもゑよ        一二 94

 どうか、一列人間は確りと心を入替えて、たすけ一条の心に成って貰いたい。人間が、互に立て合い扶け合う心にさえなったならば、親神は、どのようなたすけをも引き受ける。と、優しく懇ろに切々と、一列人間の心の入替えを促され、尚も、

  いまゝでハとんな心でいたるとも
  いちやのまにも心いれかゑ          一七 14
  しんぢつに心すきやかいれかゑば
  それも月日がすぐにうけとる         一七 15

決して見捨てるのではない。心さえ入替えたならば、一夜の間にも救ける、と、心の入替えを急込みつゝ、尽きぬ親心を誌されて居る。
 本来、親神と、その思召のまゝに創られた人間とは、親子であって、決して、縁もゆかりもない間柄ではない。しかし、心の自由を与えられた人間は、長の年限の間に、我が身勝手な心遣いをして、ほこりを積み重ねて来た。この人間思案と、終始変らぬ月日の心との間には、一見、縁のない間柄と思われそうな隔たりが感ぜられるようになった。その結果、容易には親の声を理解出来難い、人間世界となって居るのが、現状である。
 かゝる中にあって、親神の思召を人間に伝え、陽気ぐらしへと導く教祖の御立場は、察するに余りある。
 おふでさきには、月日親神の思召のまゝに、胸のほこりを掃除して、親子心一つにつながる明るい陽気な生活へと、一歩々々と人々を救け導かれた、なみ/\ならぬ教祖の御立場が拝される。こゝにひながたの親と仰ぐ教祖の親心が偲ばれる。

元の理:
 かくて、教祖は、つとめの完成を急込み、その根本の理を諭す上から、元初まりの理を、人々の心の成人に応じて、理解し易いように、順序よく述べられた。
 まず第三号には、

  このよふのにんけんはじめもとの神
  たれもしりたるものハあるまい         三 15
  どろうみのなかよりしゆごふをしへかけ
  それがたん/\さかんなるぞや         三 16

と、初めて人間世界の創造について誌され、
 つゞく第四号には、

  にんけんをはじめだしたるやしきなり
  そのいんねんであまくたりたで         四 55
  このよふのはぢまりだしハとろのうみ
  そのなかよりもどちよばかりや         四 122
  このどぢよなにの事やとをもている
  これにんけんのたねであるそや         四 123
  このものを神がひきあけくてしもて
  だん/\しゆごふにんけんとなし        四 124
  それよりも神のしゆことゆうものわ
  なみたいていな事でないぞや          四 125
  このはなし一寸の事やとをもうなよ
  せかい一れつたすけたいから          四 126

と、一列人間を救けたい親心から、人間世界の創造について啓示げられ、第六号に於いて、つとめの理を納得させようとの思召から、元初まりの理に遡り、

  いまゝてにない事ばかりゆいかけて
  よろづたすけのつとめをしへる         六 29
  このつとめ十人にんぢうそのなかに
  もとはぢまりのをやがいるなり         六 30
  いざなぎといざなみいとをひきよせて
  にんけんはぢめしゆごをしゑた         六 31
  このもとハどろうみなかにうをとみと
  それひきだしてふう/\はちめた        六 32

と、十人のつとめ人衆の元の理を明かし、

  このよふの元はじまりハとろのうみ
  そのなかよりもどぢよばかりや         六 33
  そのうちにうをとみいとがまちりいる
  よくみすませばにんけんのかを         六 34
  それをみてをもいついたハしんぢつの
  月日の心ばかりなるそや            六 35
  このものにどふくをよせてたん/\と
  しゆこふをしゑた事であるなら         六 36
  このどふくくにさづちいと月よみと
  これみのうちゑしこみたるなら         六 37
  くもよみとかしこねへとをふとのべ
  たいしよく天とよせた事なら          六 38
  それからハたしかせかいを初よと
  神のそふだんしまりついたり          六 39
  これからわ神のしゆごとゆうものハ
  なみたいていな事でないそや          六 40

 この世の元初まりは、泥海で、月日親神が居たばかりである。さて、親神が思うには、このような泥海の中に親神が居るだけでは、まことに味気ない。そこで、人間というものを拵えて、その陽気ぐらしをするのを見て親神も共に楽しもう、と思い立った。
 かくて、泥海中を見澄まし、先ずうをとみとを見出して、これを引き寄せ、一すじ心なるを見澄ました上、最初に産み下ろす子数の年限が経ったならば、宿し込みのいんねんある元のやしきに連れ帰り、神として拝をさせようと約束し、承知をさして貰い受け、更に、次々と道具に使うものを見出して呼び寄せ、それ/\承知をさして貰い受け、喰べてその心味わいを試した上、これ等を雛型や道具として、人間を創造し、その理によりそれ/\に神名を授けた、と教えられた。

  にんけんをはぢめかけたハうをとみと
  これなわしろとたねにはじめて         六 44
  このものに月日たいない入こんで
  たん/\しゆごをしゑこんだで         六 45
  このこかす九をく九まんに九せん人
  九百九十に九人なるそや            六 46
  この人を三か三よさにやどしこみ
  三ねん三月とゝまりていた           六 47
  それよりもむまれたしたハ五分からや
  五分五分としてせへぢんをした         六 48
  このものに一どをしゑたこのしゆごふ
  をなぢたいない三どやどりた          六 49

 うをにしやちを仕込み、月様の心入り込んで男雛型・種とし、みにかめを仕込み、日様の心入り込んで女雛型・苗代として、泥海中のどぢよを皆食べて、その心根を味わい、これをたねとして、元のぢばで三日三夜のうちに、九億九万九千九百九十九人の子数を宿し込み、母親は元のやしきに三年三月とゞまった上、七十五日かゝって子数を悉く産み下ろした。最初に生れたものは五分であったが、五分々々と成人して九十九年かゝって三寸となり、三度生れ更って、三寸五分と成り四寸と成った時、皆出直して了うた。
 その後は、親神の守護のまに/\、虫、鳥、畜類と八千八度の更生を経て、又、皆出直した後に、めざるが一匹残った。その胎内に、男五人女五人と十人宛宿り、五分から生れ、五分々々と成人して、八寸、一尺八寸、三尺となるうちに、泥海中に高低が出来かけ、次第にかたまり、五尺の人間と成った時に、天地海山悉く出来上り、空には日月が輝き、人は皆、食物を求めて泳ぎ廻った海中から、最寄りの陸に上がって棲む事となった。これまでの九億九万年が水中の住居である。
 陸に上がってから、六千年は智恵の仕込み、三千九百九十九年は文字の仕込みを受けるうちに、旬刻限が到来して、元の理を明かす日が来た、とて、だめの教を創める所以を説かれ、

  このよふをはぢめだしたるやしきなり
  にんけんはじめもとのをやなり         六 55
  月日よりそれをみすましあまくだり
  なにかよろづをしらしたいから         六 56

かく教えるをやの魂は、人間創造の母胎としてのいんねんある魂、この所は人間創造の元のやしきである。親神は、これを見澄ました上、旬刻限の到来を待って、初めて直々この世の表に現われて出た、と、世界たすけのだめの教を創める根本の理を明かされた。
 第十一号に入ると、元の理に基いて、この度世界たすけの道を創める所以を述べられ、

  このよふのはじまりたしハやまとにて
  やまべこふりのしよやしきなり        一一 69
  そのうちになかやまうぢとゆうやしき
  にんけんはじめどふくみへるで        一一 70
  このどふぐいざなぎいゝといざなみと
  くにさづちいと月よみとなり         一一 71
  月日よりそれをみすましあまくたり
  なにかよろづをしこむもよふを        一一 72

 元のやしきは中山氏と呼び、大和国山辺郡庄屋敷村にあり、つとめ人衆に任される理のある方が住んで居る。親神は、これを見澄まし天降り、よろづ委細を仕込まれるのである。
 つゞいて、第十二号には、

  このやしきにんけんはじめどふぐハな
  いざなぎいゝといざなみとなり        一二 142
  月よみとくにさづちいとくもよみと
  かしこねへとが一のとふぐや         一二 143
  それよりもをふとのべへとゆうのハな
  これわりゆけの一のどふくや         一二 144
  つきなるハたいしよく天とゆうのハな
  これわせかいのはさみなるぞや        一二 145

と、元の道具衆の神名を挙げて、その理のつとめ人衆につらなるを教え、
第十四号には、

  せかいぢうどこの人でもをなぢ事
  いつむばかりの心なれとも          一四 23
  これからハ心しいかりいれかへて
  よふきづくめの心なるよふ          一四 24
  月日にわにんけんはじめかけたのわ
  よふきゆさんがみたいゆへから        一四 25

 陽気ぐらしこそ、人間世界創造の本旨なりと明かされ、第十六号に進んで、

  このよふのにんけんはじめ元なるを
  どこの人でもまだしろまいな         一六 10
  このたびハこのしんちつをせかへぢうへ
  どふぞしいかりみなをしゑたい        一六 11
  しかときけこのもとなるとゆうのハな
  くにとこたちにをもたりさまや        一六 12
  このをかたどろみづなかをみすまして
  うをとみいとをそばいひきよせ        一六 13

 特に月日親神の神名に、さまを加えて、月日と道具衆との理の一段と隔たることを示し、月日こそ、真実の親なりと教えられて居る点にも、親心ゆえの篤い配慮が窺われる。
かんろだい:
 さて、第十七号に入ると、その初めから、

  いまゝでハなんのみちやらしれなんだ
  けふからさきハみちがわかるで        一七  1
  このみちハどふゆう事にをもうかな
  かんろふたいのいちじよの事         一七  2
  このだいをどふゆう事にをもている
  これハにほんの一のたからや         一七  3
  これをばななんとをもふてみなのもの
  このもとなるをたれしろまい         一七  4
  このたびハこのもとなるをしんぢつに
  とふぞせかいゑみなをしへたい        一七  5

ぢば:
  このもとハいさなきいゝといざなみの
  みのうちよりのほんまんなかや        一七  6
  そのとこでせかいぢううのにんけんわ
  みなそのぢばではじめかけたで        一七  7
  そのぢばハせかい一れつとこまても
  これハにほんのこきよなるぞや        一七  8
  にんけんをはじめかけたるしよこふに
  かんろふたいをすゑてをくぞや        一七  9
  このたいがみなそろいさいしたならば
  どんな事をがかなハんでなし         一七 10
  それまでにせかいぢううをとこまでも
  むねのそふぢをせねばならんで        一七 11
  このそふぢとこにへだてハないほとに
  月日みハけているとをもゑよ         一七 12
  月日にハどんなところにいるものも
  心しだいにみなうけとるで          一七 13

親神は、ひたすらにかんろだいの完成を急込む。かんろだいのぢばは、この世元初まりに、人間を宿し込んだ所、世界人類の故郷である。この元のいんねんが有る故に、人間創造の証拠として、この所に、かんろだいを据えて置く。かんろだいが出来上りさえしたならば、どのような願もかなわぬという事はない。かんろだいを一日も早くと思えばこそ、先ず、人間の胸の掃除、心の入替えを促し、心定めを急込む。心さえ入替えたならば、直ぐと鮮やかな守護を現わす、と、つとめの目標たるかんろだいの理を明らかに教え、併せて親神の自由自在の守護の理を、誌されて居る。

  いまゝでハこのよはしめたにんけんの
  もとなるぢばわたれもしらんで        一七 34
  このたびハこのしんちつをせかへちうゑ
  どふぞしいかりをしゑたいから        一七 35
  それゆへにかんろふたいをはじめたわ
  ほんもとなるのところなるのや        一七 36
  こんな事はじめかけるとゆうのもな
  せかいぢううをたすけたいから        一七 37

 今迄、誰一人として知った者も無い、人間世界創造の元のぢばを、確り教えたいゆえに、かんろだいを創められた。全くこれは、何でもどうでも、世界中を救けたいとの、一条の親心ゆえに外ならぬ。
ぢばに神名:
 更に、深い親心から、月日のやしろにそなわる天理王命の神名を、末代かわらぬ元なるぢばに授け、いつ/\迄も動ぎ無い信仰のめどを、明らかに教え示された。
 尚又、みちに譬え、ふしんに譬え、よふぼく、そふぢ、ほふけその他、数々の譬諭を用いて理を諭されて居る。それは、言うまでもなく、分り易いようにとの配慮からであるが、同時に、そこには、現実の人間生活を、一日も早く陽気ぐらしへ導きたい、との親心が窺われる。
 号を追うて、神・月日・をやと、親神の称名を替えられたのも、成人に応じて、月日親神の理を、知らず/\の間に会得せしめようとの親心からである。
 このように、月日のやしろとして、親神の思召を伝えられると共に、これを実地に踏み行うて、一列人間に、陽気ぐらしのひながたを示された。

  難しい事は言わん。難しい事をせいとも、紋型無き事をせいと言わん。皆一つ/\のひながたの道がある。ひながたの道を通れんというような事ではどうもならん。  (明治二二・一一・七 刻限)

 我々は、このひながたに、明るく暖かく涯知らぬたすけ一条の親心を拝する。この親心こそ月日の心である。

  とのよふな事をするのもみな月日
  しんぢつよりのたすけ一ぢよ          六 130
 
註一 右の年月は表紙に記された年月で、明治七年以降は陽暦と推定される。
   明治七年一月一日は陰暦では、六年十一月十三日にあたる。
   第十二号、第十三号及び第十七号の表紙には、年月の記載がない。
   従って推定により、それ/\明治九年頃、明治十年頃、明治十五年頃と記す。

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2014年09月04日

稿本天理教教祖伝「第七章 ふしから芽が出る」

第七章 ふしから芽が出る


 教祖は、八十の坂を越えてから、警察署や監獄署へ度々御苦労下された。しかも、罪科あっての事ではない。教祖が、世界たすけの道をお説きになる、ふしぎなたすけが挙がる、と言うては、いよ/\世間の反対が激しくなり、ます/\取締りが厳しくなった。しかし、それにも拘らず、親神の思召は一段と弘まって、河内、大阪、山城や、遠く津々浦々に及んだ。この勢は、又一層、世間の嫉み猜みを招き、ふしぎなたすけの続出する毎に、反対攻撃の声は、各地から奈良警察署へと集まった。そして、その鉾先が悉くお屋敷へ、教祖へと向けられた。
 しかし、教祖は、親神の思召を理解出来ぬ人間心を、残念と誌して激しいもどかしさを述べられながらも、頑是ない子供の仕草として、些かも気に障えられる事なく、これ皆、高山から世界に往還の道をつけるにをいがけである、反対する者も拘引に来る者も、悉く可愛い我が子供である、と思召されて、いそ/\と出掛けられた。教祖は常に、
「ふしから芽が出る。」
と、仰せられた。
 迫害の猛火はいよ/\燃え盛ったが、しかも、それは、悉くにをいがけとなり、親神の思召は一段と弘まる一方であった。

明治十一年:
「講を結べ。」
と、お急込み頂いたのは、文久、元治の頃に始まり、早くもその萌しはあったが、明治十一年四月頃には、秀司を講元とする真明講が結ばれて居た。小さいながらも、親神のお急込み通り、人々の喜びを一つに結ぶ講が出来て居たのである。世話人は、仲田儀三郎、辻忠作、松尾市兵衞、中尾休治郎で、講中の人々は、近在一帯の村々に及んだ。
 早くから渡されて居たはったい粉に次いで、金米糖を御供として渡されたのは、この明治十一年頃からである。

明治十二年:
 明治十二年六月から誌された第十四号に、

  月日よりにち/\心せゑたとで
  くちでわとふむゆうにゆハれん        一四  6
  それゆへにゆめでなりともにをいがけ
  はやくしやんをしてくれるよふ        一四  7

 親神は、世界たすけを急込んで居るのに、そばな者の心はいずみ勝である。それは、官憲が親神の心を理解せず、人々がその官憲を憚って居るからであるが、これは誠に残念なことである。しかし、言葉では理解のつかない者をも、そのまゝ放って置くと言うのではなく、夢でなりともにをいがけをする、と誌されて居る。この一句に、迫り切った時旬と、切ないまでに子供を思われる親心のもどかしさが、あり/\と窺われる。
 又、第十四号では、親神の理を現わす文字を、月日からをやへと進められて居る。

  いまゝでハ月日とゆうてといたれど
  もふけふからハなまいかゑるで        一四 29

かく宣べられて後、をやという文字を用いて、親神こそ、一列人間の切っても切れぬ親、理に於いて創造の親神であると共に、情に於いて血の通う肉親の親である事を明かし、親神の心は、どこ/\迄も一列子供を救けたい一条の親心であると宣べられた。
 この明治十二年には、国内でコレラが大そう流行った。

  みのうちにとのよな事をしたとても
  やまいでわない月日ていりや         一四 21
  せかいにハこれらとゆうているけれど
  月日さんねんしらす事なり          一四 22

世間ではコレラと言うて騒いで居るが、これも実は親神のてびきであって、一列人間の胸の大掃除を急いで居るのであると諭して、強く人々の反省を促された。
 この年、教祖は、上田ナライトを貰い受けなされた。又、河内国の高井直吉、大阪の井筒梅治郎、阿波国の土佐卯之助等が、信仰し始めた。このように、寄り集う人々は、日一日とその数を増し、親神の思召に励まされて、いよ/\勇み立ち奮い立ち、道は八方へ弘まった。
 しかし、村人達の間では、尚反対が強く、天理さんのお陰で、親族や友人が村へ来ると、雨が降ったら傘を貸さねばならぬ。飯時になったら飯を出さねばならん。店出しが出たら子供が銭を費う。随分迷惑がかゝるから、天理さんを止めて貰いたい、さもなくば年々「ようない」を出して貰いたい。と、言った。又、夜参拝する人々には、頭から砂をかける、時によるとつき当って川へはめる、というような事もあった。

明治十三年:
 明治十三年の初め頃からは、一層激しくつとめを急込まれた。この年一月から誌された第十五号には、既に時旬は迫り切り、寧ろ時機を失する憂いさえある旨を諭されつゝも、

  このたびハどんなためしをするやらな
  これでしいかり心さだめよ          一五  6
  いかほどにせつない事がありてもな
  をやがふんばるしよちしていよ        一五  8
  こらほどにさねんつもりてあるけれど
  心しだいにみなたすけるで          一五 16
  いかほどにさねんつもりてあるとても
  ふんばりきりてはたらきをする        一五 17

と、今からでもよい。心さえ入替えるならば、必ず救ける、と見捨てる事のない親心の程を誌されて居る。更に、

  このさきわたにそこにてハだん/\と
  をふくよふきがみゑてあるぞや        一五 59
  たん/\とよふぼくにてハのこよふを
  はしめたをやがみな入こむで         一五 60

と、多くの人々が、広い世界から親を慕うて寄り集まって来る有様を見抜き見通して、よふぼくの成人を待ち望まれた。

転輪王講社:
 人々は、親神の思召通りに勤めたいと希ったが、親神の急込んで居られる鳴物を入れてのつとめは、内緒に勤める事が出来ない。これを思う時、何でもよい、教会というものを置きさえすれば、教祖に御迷惑もかからず、つとめも仰せ通り出来るものを、と思った。
 恰もその頃、乙木村の山本吉次郎から、同村山中忠三郎の伝手を得て、金剛山地福寺へ願い出ては、との話があった。これに対して、教祖は、
「そんな事すれば、親神は退く。」
と、仰せられて、とても思召に適いそうにも思えなかったが、秀司は、教祖に対する留置投獄という勿体なさに比べると、たとい我が身はどうなっても、教祖の身の安全と人々の無事とを図らねば、と思い立ち、わしは行く。とて、一命を賭して出掛けた。しかし、お供をしようという者はない。この時、岡田与之助は、足のわるい方を一人行かせるには忍びないと、自ら進んでお供した。両名は芋ケ峠(通称芋蒸峠)を越えて吉野へ出、金剛山の麓にある久留野の地福寺へと赴いた。秀司は、平地は人力車に乗り、山道は歩いた。峠では随分困り、腰の矢立さえも重く、抜いて岡田に渡した程であった。こうして地福寺との連絡をつけて、帰って来たのは出発以来三日目であった。
 かくて、九月二十二日(陰暦八月十八日)には、転輪王講社の開筵式を行い、門前で護摩を焚き、僧侶を呼んで来て説法させた。応法のためとは言いながら、迂余曲折のみちすがらである。
 明治十三年九月三十日、陰暦八月二十六日には、初めて三曲をも含む鳴物を揃えて、よふきづとめが行われた。人々は、官憲の取締りも地福寺の出張所も全く眼中になく、たゞ一条につとめを急込まれる親神の思召のまに/\、心から勇んで賑やかに勤めた。
 開筵式を一つの契機として、講社名簿が整頓された。名簿は第一号から第十七号迄あって、中、第一号から第五号迄は大和国、その人数は五百八十四名、第六号から第十七号迄は河内国、大阪、その人数は八百五十八名、しめて千四百四十二名である。
 しかし、かゝる応法の道は、勿論、親神の思召に適う筈はなく、度々激しい残念立腹のお言葉を頂いた。親神は、外部からの圧迫をも内部の不徹底さをも一掃して、たゞ一条につとめに励めと急込まれ、ひたすらに、たすけの道たるかんろだいのつとめによって、広い世界の人々の心を澄まそう、と思召された。
 この年、秀司は上田嘉治郎と共に、丹波市分署へ一日留め置かれた。
翌年春の出直と思い合わせると、これが秀司にとって最後の留置であった。
 真之亮は、この年、十五歳で梶本の家から、元のやしきなる中山家へ移り住込むようになった。
 河内国の松田音次郎、備中国出身で、当時大阪在住の上原佐吉等が信仰し始めたのも、この年である。(註一)

明治十四年:
秀司出直:
 秀司は、この暮から身上すぐれず、翌十四年四月八日(陰暦三月十日)、六十一歳で出直した。第十二号に、

  みのうちにとこにふそくのないものに
  月日いがめてくろふかけたで         一二 118
  ねんけんハ三十九ねんもいせんにて
  しんばいくろふなやみかけたで        一二 119

と、親神は、道を創める緒口として、何不自由のない秀司の身体に徴をつけられた。その後、秀司は、艱難苦労の中を通り、又、常に反対攻撃の矢表に立って、具さに辛酸を嘗めた。教祖は、出直した秀司の額を撫でて、
「可愛相に、早く帰っておいで。」
と、長年の労苦を犒われた。そして、座に返られると、秀司に代って、
「私は、何処へも行きません。魂は親に抱かれて居るで。古着を脱ぎ捨てたまでやで。」
と、仰せられた。つゞいて、こかん、おはるに代って、それ/\話された。
 元初まりの道具衆の魂は、いつ/\迄も元のやしきに留まり、生れ更り出更りして、一列たすけの上に働いて居られる。

かんろだい石出し:
 教祖は、第十六号の冒頭に、かんろだいのつとめの根本の理を明かされ、明治十四年の初めから、その目標たるかんろだいの石普請を急込まれた。この年五月五日(陰暦四月八日)、滝本村の山で石見が行われ、つゞいて五月上旬から、大勢の信者のひのきしんで、石出しが始まり、五月十四日(陰暦四月十七日)には、大阪からも、明心組、真明組等の人達が、これに参加するなど、賑やかな事であった。かくて、石材も調うた。
 応法の道の鬱陶しさを追い払うが如く、陽気なかんろだいの石普請が始まった。この頃誌された第十六号に、

  けふの日ハなにもしらすにいるけれど
  あすにちをみよゑらいをふくハん       一六 33

と、今日の日はいか程多くの難関が横たわって居ようとも、何ものにも曇らされない親心に照らされて、明日にも明るい往還の道が見えて来る、と、力強く人々を励まされた。又、第十六号の末尾に、

  もふけふハなんてもかてもみへるてな
  こくけんきたら月日つれいく         一六 75
  けふの日ハもふぢうふんにつんてきた
  なんときつれにでるやしれんで        一六 76
  さあしやんこれから心いれかへて
  しやんさだめん事にいかんで         一六 79

と、極めて近い将来に、容易ならぬ時が来ると告げて、人々の心の入替えを促し、心定めを急込まれた。

十四年六月のふし:
 秀司の出直後、日尚浅く、涙も未だ乾かぬ六月の或る日の出来事として、真之亮の手記に、
 十四年六月、巡査六人出張し、上段間に松恵様ヲ呼出シ尋問ノ上、教祖様ノ御居間ニ至リ、種々尋問セシ処、変リタル事ナキヨリ、説諭ノ上帰りたり。前夜、此事夢ニ見ル。
と、誌されて居る。

十四年九月のふし:
 明治十四年九月の御苦労は、十六、七日(陰暦閏七月二十三、四日)、止宿人届の手違いをきっかけとして起った。
 当時は、蒸風呂兼宿屋業の鑑札を受け、これを秀司名義にして居たので、宿泊した者は一々届け出る事になって居たが、この頃は参詣人が急に殖えて来た為に、忙しくてその暇が無かった。九月十六日には、大阪から、この年二月に信仰し始めた梅谷四郎兵衞、それから岸本久太郎外十一名、十七日夜には、長谷与吉外五名等が帰って来て泊ったが、それを届け出なかった。この事が、忽ち警察の知る処となって、直ちに、まつゑはじめ主だった人々を呼び出した。しかし、まつゑは櫟本へ行って不在のため、秀司の出直後、後見役のように家事万端の取締りに当って居た山沢良治郎が呼び出されて、九月十八日(陰暦七月二十五日)付手続書をとられ、同月二十六日(陰暦八月四日)付七十五銭の科料に処せられた。又、まつゑの実家の小東政太郎は、まつゑ不在の旨を断りに行った処、時刻が遅れたとて手続書をとられ、まつゑの実印を代って捺したと言うては叱られた。(註二)

十四年十月の御苦労:
 越えて、この年十月七日(陰暦八月十五日)には、多数の人々を集めて迷わす、との理由によって、まつゑ、小東政太郎、山沢良治郎、辻忠作、仲田儀三郎の人々を、丹波市分署へ拘引し、手続書の提出を命じた上、それ/\五十銭宛の科料に処した。教祖をも拘引し、手続書をとり五十銭の科料に処した。
 当時、常にお屋敷に居た者は、教祖、まつゑ、真之亮、たまへ、梶本ひさ(後の山沢ひさ)、外に、仲田、辻、高井、宮森の人々であった。
但し辻は主として夜分、高井は月の中二十日位。山本は大てい布教に廻って居た。
 この明治十四年のふしは、明治八年の御苦労以来、六年振りの出来事である。教祖はこの時既に八十四歳であった。
 この年の或る日、教祖は、当時五歳のたまへに、
「子供は罪のない者や、お前これを頒けておやり。」
と、仰せられて、お召下ろしの赤衣で作った紋を、居合わせた人々に頒けさせられ、
「親神様からこれを頂いても、めん/\の心次第で返さんならん者もあるで。」
と、つけ加えられた。
 かねてから、教祖は、
「こふきを作れ。」
と、急込まれて居た。蓋し、教祖のお話し下さる筋を書き誌せ。との仰せで、明治十四年に纏められた、山沢良治郎筆、「此世始まりの御話控」は、その一つである。
 明治十四年春以来、かんろだいの石普請は順調に進み、秋の初めには二段迄出来た。第十七号には、元のぢばの理を詳らかに述べ、人間創造の証拠として、元のぢばにかんろだいを据えて置く。この台が皆揃いさえしたならば、どのような願もかなわぬという事はない。その完成までに、確り世界中の人の心を澄ますように、と、明るい将来の喜びを述べて、胸の掃除を急込まれた。
 しかし、その直後思いがけない事が起った。石工七次郎が突然居なくなったのである。測らずも、石普請はこゝに頓挫した。
 一見、偶然のように見えるこの出来事も、人々の心の成人につれ、又、つとめ人衆の寄り集まるにつれて、かんろだいは据えられる、と、第九号に諭されているお言葉と思い合わせると、護摩の煙に燻って、澄み切るには未だ早い実情であったと言えよう。それを思えば、この思いがけないふしも、実は、余りにも成人の鈍い子供心に対して、早く成人せよ、との、親心ゆえの激しいお急込みであった。
 明治十四年五月には大和国倉橋村の山田伊八郎が、九月には京都の深谷源次郎が、信仰し始めた。
 この頃には、講の数は、二十有余を数えるようになった。即ち、大和国の天元、誠心、積善、心実、心勇、河内国の天徳、栄続、真恵、誠神、敬神、神楽、天神(後に守誠)、平真、大阪の真心、天恵、真明、明心、堺の真実、朝日、神世、京都の明誠等である。
 又、この年十二月には、大阪明心組の梅谷四郎兵衞が、真心組とも話し合った上、大阪阿弥陀池の和光寺へ、初めて教会公認の手続書を提出した。しかし、何等の返答も無かった。


註一 明治十四年二月七日には、堺県が廃止されて、大阪府に合併された。
註二
         就御尋手続上申書
                   大和国山辺郡新泉村平民
                          山沢良治郎
一、当国山辺郡三嶋村平民中山まつゑ祖母みきナル者赤キ衣服ヲ着シ家ニ者転輪王命ト唱ヘ祭り候始末就御尋問左ニ奉申上候
  此段去ル明治十二年五月比私義咽詰病ニ而相悩候ニ付医薬ヲ相用ヒ種々養生仕候得共頓ト功験無之ニ付転輪社ヘ参詣旁入湯仕候所早速全快仕候ニ付明治十三年一月比迄壹ケ月ニ壹度宛参詣致居候然ルニ前病気中自分相応之世話可致之心願ニ付仝一月比ヨリ壹ケ月中ニ日数十五日之蒸気湯之世話致居候処仝年八月来右中山まつゑ夫中山秀治存命中ニ中山秀治宅ヲ転輪王講社并ニ当国宇智郡久留野村地福寺教会出張所ト設定相成候ニ就而者私ヘ転輪講社取締并ニ講社出納方地福寺社長ヨリ被申付則辞令証モ所持罷在候且者中山秀治足痛ニテ引籠居候義ニ付仝人ヨリ依頼ニ而日々相詰居候所右秀治義者本年四月十日比病死後仝人家内始親族ヨリ依頼ニ付家事万端賄仕居候義ニ御座候然ルニ右詰中老母みきヨリ兼テ被申候ニ者
 四十四年以前ニ我月日ノ社ト貰受体内ヘ月日之心ヲ入込有之此世界及人間初而生シタルハ月日ノ両人ノ拵ル故人間ノ身内ハ神ノ貸物成ル此貸物ト云ハ
  目ノ潤ハ月サマ是クニトコタチノ命暖ハ日サマヲモタリノ命皮繋ハクニサツチノ命骨ハツキヨミノ命飲喰出入ハクモヨミノ命息ハカシコ子ノ命右六神ノ貸物成ル故人間ニハ病気ト云ハ更ニ無之候得共人間ハ日々ニ貧惜憎可愛恨シイ立腹欲高慢此八ツノ事有故親ノ月日ヨリ異見成ル故悪敷所ヲ病トシテ出ル此神ヲ頼メハ何れモ十五歳ヨリ右八ツノ心得違讃下シテ願上レハ何事モ成就スル事ト被申候
甘露台ト老母みき被申候ニ者人間始メノ元ハ地場之証拠是ハ人間之親里成故甘露台数拾三創立スル所明治十四年五月ヨリ本日迄ニ弐台出来上リ有之尤甘露台者石ヲ以テ作リ下石軽(マヽ)三尺弐寸上石軽(マヽ)壹尺貳寸六角高サ八尺二寸ニ御坐候然ルニ私共ニ於テ者参詣人ヘ対シ前記老母みき被申候義ヲ咄致候而己ニテ祈祷許候様者決テ仕間敷候右就御尋手続書ヲ以此段有体奉上申候也
 明治十四年九月十八日

           右
                           山沢良治郎

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2014年07月31日

稿本天理教教祖伝「第六章 ぢば定め」

第六章 ぢば定め


明治二年:
 教祖は、親神の思召のまに/\、明治二年正月から筆を執って、親心の真実を書き誌された。これ後日のおふでさきと呼ぶものである。その巻頭に、

  よろつよのせかい一れつみはらせど
  むねのハかりたものハないから         一  1
  そのはづやといてきかした事ハない
  なにもしらんがむりでないそや         一  2
  このたびハ神がをもていあらハれて
  なにかいさいをといてきかする         一  3

 この世の元初まり以来、親を知らず元を知らずに暮して来た一列人間を、憐れと思召す親心の程を述べ、この度、真実の親神が初めてこの世の表に現われて、世界たすけのだめの教を創める、と宣べられ、

  このところやまとのしバのかみがたと
  ゆうていれども元ハしろまい          一  4
  このもとをくハしくきいた事ならバ
  いかなものでもみなこいしなる         一  5
  きゝたくバたつねくるならゆてきかそ
  よろづいさいのもとのいんねん         一  6

元のぢばこそ、一列人間の親里である、と、元のいんねんを明かされた。

  かみがでてなにかいさいをとくならバ
  せかい一れつ心いさむる            一  7
  いちれつにはやくたすけをいそぐから
  せかいの心いさめかゝりて           一  8

真実の親の声を聞く時、人の心は皆勇む。今こそたすけ一条を急ぐ上から、世界中の人の心を勇め掛ける、と、陽気ぐらしへの親心を宣べられた。次いで、

秀司の結婚:

  このたびハやしきのそふじすきやかに
  したゝてみせるこれをみてくれ          一 29

 秀司は、既に五十に近くなりながら、正妻が無かった。これに対して親神は、世界たすけの前提として屋敷の掃除を急込まれ、年齢の点からは不釣合と思われようとも、魂のいんねんによって、小東家からまつゑを迎えるように、と諭され、

  いまゝても神のせかいであるけれど
  なかだちするハ今がはじめや          一 70

とて、教祖自ら、平等寺村の小東家へ出掛け、だん/\と魂のいんねんを説いて納得させられたので、明治二年婚約とゝのい、まつゑは目出度くお屋敷の人となった。
 教祖は、おふでさき第一号に、この結婚を台として諄々と夫婦の理を教え、次の一首を以て結ばれて居る。

  せんしよのいんねんよせてしうごふする
  これハまつだいしかとをさまる         一 74

三十八日間の断食:
 教祖は、この年四月末から六月初めにかけて、三十八日間の断食をなされ、その間少々の味醂を召し上るだけで、穀類はもとより、煮たものは、少しもお上りにならなかった。

明治三年:
 明治維新により、明治三年には、吉田神祇管領が廃止された。人々は、成程、教祖のお言葉通りである。と、深く感銘したが、こゝに、先の公認は無効となった。
 人々はこれを憂えて、再三新政府に願い出ようとしたが、教祖は、厳しくこれをお止めになり、
「願に行くなら行って見よ、行きつかぬうちに息が尽きるで。そんな事願に出るのやないで。」
と、仰せられたので、その事は取止めになった。たゞ一条に親神に凭れ、いかなる試錬にも堪えて通り抜いてこそ、親神の思召にかなう成人を遂げる事が出来る、と、神一条の道の根本の理を諭されたのである。
 明治三年、四年、五年と、珍らしいたすけは次々に現われ、親神の思召は大和の国境を越えて、河内、摂津、山城、伊賀と、近隣の国々へ弘まった。
 明治四年正月には、河内国の松村栄治郎が、信仰し始めた。

七十五日の断食:
 年が明けると明治五年、教祖は七十五歳になられる。この年六月の初め頃から七十五日の間、殻気を一切断って、火で炊いたものは何一つ召し上らず、たゞ水と少量の味醂と生野菜とを召し上るだけであった。断食を始められてから三十余日経った頃、約四里の道程を、若井村の松尾市兵衞宅へ歩いて赴かれた。いとも軽ろやかに、速く歩かれるので、お供の者は随いて行きかねる程であった。十余日間の滞在中も、殻気は一切召し上らなかったのに、お元気は少しも衰えず、この七十五日の断食の後、水を満した三斗樽を、いとも楽々と持ち運ばれた。
 この年九月、別火別鍋と仰せられた。月日のやしろに坐す所以を、姿に現わし、人々の目に見せて、納得させようとの親心からである。

明治五年:
 明治五年六月十八日には、梶本惣治郎妻おはるが、四十二歳で出直した。
 この年、太陽暦が採用され、十二月三日を以て、明治六年一月一日と定められた。

明治六年:
かんろだいの雛型:
 明治六年、飯降伊蔵に命じてかんろだいの雛型を作られた。これは、高さ約六尺、直径約三寸の六角の棒の上下に、直径約一尺二寸、厚さ約三寸の六角の板の付いたものであった。出来てから暫く倉に納めてあったが、明治八年ぢば定めの後、こかん身上のお願づとめに当り、初めて元のぢばに据えられ、以後、人々は礼拝の目標とした。
 同六年、秀司は庄屋敷村の戸長を勤めた。
 この年には、河内国の山本利八、その子利三郎等が、信仰し始めた。

明治七年:
 年が明けると明治七年、教祖は七十七歳になられる。第三号から第六号半ばに亙るおふでさきは、この年の筆で、急ぎに急がれる親神の思召の程を誌され、重大な時旬の迫って居る事を告げて、強く人々の心の成人を促された。

お節会:
 教祖の膝下に寄り集い、元旦に供えた鏡餅のお下りを、一同打揃うて賑やかに頂く事は、既に早くから行われて居たが、そのお供餅の量も次第に殖えて、明治七年には、七、八斗にも上った。この行事は、お節会と呼ばれて、後年、次第に盛んになった。
 第三号に、

  このたびハうちをふさめるしんばしら
  はやくいれたい水をすまして          三 56

と、誌して、しんばしらを定めるよう急込まれた。当時、真之亮は九歳で、いつも櫟本村の宅からお屋敷へ通うて居たが、教祖は、家族同様に扱て、可愛がられた。まだ幼年でもあり、親神の思召が皆の人々に徹底して居た訳でもなく、嗣子として入籍した訳でもない。そこで、一日も早く名実共に、道の内を治める中心と定めるよう、急込まれた。

かぐら面お迎え:
 教祖は、かねて、かぐら面の制作を里方の兄前川杏助に依頼して居られた。杏助は生付き器用な人であったので、先ず粘土で型を作り、和紙を何枚も張り重ね、出来上りを待って粘土を取り出し、それを京都の塗師へ持って行って、漆をかけさせて完成した。月日の理を現わすものは、見事な一閑張の獅子面であった。こうして、お面が出来上って前川家に保管されて居た。
 第四号には、

  このひがらいつの事やとをもている
  五月五日にたしかでゝくる           四  3
  それよりもをかけはぢまるこれをみよ
  よるひるしれんよふになるぞや         四  4

と、記され、親神の思召のまに/\、時旬の到来を待って、明治七年六月十八日(陰暦五月五日)、教祖は、秀司、飯降、仲田、辻等の人々を供として、前川家へ迎えに行かれた。
 教祖は、出来上ったかぐら面を見て、
「見事に出来ました。これで陽気におつとめが出来ます。」
と、初めて一同面をつけて、お手振りを試みられた。そして又、
「いろ/\お手数を掛けましたが、お礼の印に。」
と、仰せられて、差し出されたのが、おふでさき二冊に虫札十枚であった。この二冊は第三号と第四号であった。その表紙には共に、「明治七紀元ヨリ二千五百三十四年戌六月十八日夜ニ被下候」とあり、更に第三号には、「国常立之御神楽、前川家ニ長々御預り有、其神楽むかひニ見ゑ候節ニ、直筆貮冊持て外ニ虫札拾枚ト持参候て、庄屋敷中山ヨリ神様之人数御出被下明治七年六月十八日夜神楽本勤」と記し、第四号には、「外冊、神様直筆、七十七歳書」と記されて居る。初めて、お面をつけてお手振りされた様子と、お屋敷に保管される原本に対して、外冊と書き残した前川家の心遣いの程が偲ばれる。

かぐらづとめ:
 かぐら面は出来た。お屋敷では月の二十六日には、お面をつけてかぐら、次にてをどりと、賑やかに本勤めを行い、毎日毎夜つとめの後では、お手振りの稽古を行った。

  たん/\と六月になる事ならば
  しよこまむりをするとをもへよ         四  5

 やがて、親里へ帰った証拠として、証拠守りが渡される。いちれつすますかんろだいの手は、翌八年に始まり、つとめ人衆が思召通り揃うのも、尚未来の事ながら、こうして、たすけづとめの仕度は、着々と親神の思召に近づいた。その頃、第五号に、

  みへるのもなにの事やらしれまいな
  高い山からをふくハんのみち          五 57
  このみちをつけよふとてにしこしらへ
  そばなるものハなにもしらすに         五 58
  このとこへよびにくるのもでゝくるも
  神のをもハくあるからの事           五 59

いよ/\世界に向って、高い山から往還の道をつける。警察の召喚も出張も、悉くこれ高山たすけを急込む親神の思召に他ならぬ、と、今後満十二年に亙り、約十八回に及ぶ御苦労を予言され、又、その中にこもる親神の思召の真実を宣べ明かされた。今や将に、教祖に対する留置投獄という形を以て、高山布教が始まろうとして居る。

大和神社のふし:
 明治七年陰暦十月の或る日、教祖から、仲田儀三郎、松尾市兵衞の両名に対して、
「大和神社へ行き、どういう神で御座ると、尋ねておいで。」
と、お言葉があった。両名は早速大和神社へ行って、言い付かった通り、どのような神様で御座りますか。と、問うた。神職は、当社は、由緒ある大社である。祭神は、記紀に記された通りである。と、滔々と述べ立てた。しからば、どのような御守護を下さる神様か。と、問うと、神職達は、守護の点については一言も答える事が出来なかった。
 この時、大和神社の神職で原某という者が、そんな愚説を吐くのは、庄屋敷の婆さんであろう。怪しからん話だ。何か証拠になるものがあるのか。と問うた。両名は、持参したおふでさき第三号と第四号を出して、当方の神様は、かく/\の御守護を為し下さる、元の神・実の神である。と、日頃教えられた通り述べ立てたところ、一寸それを貸せ。と言うた。その二冊を貸すと、神職は、お前達は、百姓のように見えるが、帰ったら、老母に指を煮湯に入れさせよ。それが出来れば、こちらから東京へ願うて、結構なお宮を建てゝ渡す。出来ねば、元の百姓に精を出せ。と、言い、記紀に見えない神名を称えるは不都合であるから、これは弁難すべき要がある。石上神宮は、その氏子にかゝる異説を唱えさせるのは、取締り不充分の譏りを免れない。何れ日を更めて行くであろうから、この旨承知して居よ。と、いきまいた。
 こうして二人が帰って来ると、折り返し大和神社の神職が人力車に乗ってお屋敷へやって来た。偽って、佐保之庄村の新立の者やが、急病ですから伺うて下され。と、言うたが、伺う事は出来ません。勝手に拝んでおかえり。と、答えると、そのまゝかえって行った。しかし、その翌日、石上神宮から神職達が五人連れでやって来て、秀司に向って問答を仕掛けた。秀司は、相手になっても仕方がないので、知らぬ。と、答えると、村の役迄する者が、知らぬ筈があるものか。と、しつこく迫って来たので、辻忠作が、昨日、大和神社へ行った者が居りますゆえ、こちらへ来て下され。と、話を引き取った。
 この時、教祖は、親しく会うと仰せられ、衣服を改めた上、直々お会いなされ、親神の守護について詳しく説き諭された。神職達は、それが真なれば、学問は嘘か。と、尋ねると、教祖は、
「学問に無い、古い九億九万六千年間のこと、世界へ教えたい。」
と仰せられた。
 神職達は、あきれて、又来る。と、立ち去った。
 その後、丹波市分署から巡査が来て、神前の幣帛、鏡、簾、金燈籠等を没収し、これを村役人に預けた。

山村御殿のふし:
 石上神宮の神職との問答があって後、奈良県庁から、仲田、松尾、辻の三名に対して差紙がついた。三名が県庁へ出頭すると、社寺掛から、別々に取調べ、信心するに到った来歴を問い質した。その時、社寺掛の稲尾某は、十二月二十三日(陰暦十一月十五日)に山村御殿へ出張するから、そこへ教祖を連れて来い、と命じた。山村御殿とは円照寺の通称である。
 円照寺は、奈良県添上郡帯解村大字山村にあり、その頃、伏見宮文秀女王の居られた所である。このような尊い所へ呼び出したなら、憑きものならば畏れて退散する、と、考えたからであろう。
 教祖は、呼出しに応じ、いそ/\と出掛けられた。
 お供したのは、辻忠作、仲田儀三郎、松尾市兵衞、柳本村の佐藤某、畑村の大東重兵衞の五名であった。途中、田部村の小字車返で、ふと躓いて下唇を怪我なさった。心配するお供の人々に対して、教祖は、
「下からせり上がる。」
と、仰せられ、少しも気になさらなかった。
 円照寺へ着くと、午後二時頃から、円通殿と呼ばれる持仏堂で、中央に稲尾某が坐り、石上の大宮司と外に一名が立ち会い、主として稲尾某が取調べに当った。稲尾が、いかなる神ぞ。と、問うと、その言葉も終らない中に、神々しくも又響き渡るような声で、
「親神にとっては世界中は皆我が子、一列を一人も余さず救けたいのや。」と、仰せられた。稲尾は、其方、真の神であるならば、此方が四、五日他を廻って来る間に、この身に罰をあてゝみよ。と、言った。
 その途端、教祖は、
「火水風共に退くと知れ。」
と、言い放たれた。稲尾は、これは神経病や、大切にせよ。とて、医者に脈をとらすと、医者は、この人は、老体ではあるが、脈は十七、八歳の若さである。と、驚いた。
 それから、今日は芸の有るだけをゆるす。と言われて、扇を一対借りて、辻の地で、仲田が手振りをして、陽気に四下り目まですますと もう宜しい。と、言うた。まだ、あと八下りあります。と、続けようとしたが、強って止められ、茶菓の馳走になって帰られた。
 これから後、県庁は、お屋敷へ参拝人が出入りしないよう、厳重に取り締り始めた。
 翌二十四日(陰暦十一月十六日)朝、教祖は、

  にち/\に心つくしたものだねを
  神がたしかにうけとりている
  しんぢつに神のうけとるものだねわ
  いつになりてもくさるめわなし
  たん/\とこのものだねがはへたなら
  これまつだいのこふきなるそや       (おふでさき号外)

と、詠まれた。
 二十五日(陰暦十一月十七日)になると、奈良中教院から、辻、仲田、松尾の三人を呼び出し、天理王という神は無い。神を拝むなら、大社の神を拝め。世話するなら、中教院を世話せよ。と、信仰を差止め、その上、お屋敷へやって来て、幣帛、鏡、簾等を没収した。
 このふしの前後に誌された第六号には、

  このよふの月日の心しんぢつを
  しりたるものわさらにあるまい         六  9
と、初めて月日と誌され、

  このよふのしんぢつの神月日なり
  あとなるわみなどふくなるそや         六 50

との御宣言と共に、「十二月廿一日よりはなし」とあるお歌(六 55)からは、これまで用いられた神の文字を月日と置きかえて、一段と親神の理を明かされた。

赤衣:
 更に、十二月二十六日(陰暦十一月十八日)、教祖は、初めて赤衣を召された。この赤衣の理については、

  いまゝでハみすのうぢらにいたるから
  なによの事もみへてなけれど          六 61
  このたびハあかいところいでたるから
  とのよな事もすぐにみゑるで          六 62
  このあかいきものをなんとをもている
  なかに月日がこもりいるそや          六 63

と、お教え下された。神から月日へと文字をかえ、身に赤衣を召されて、自ら月日のやしろたるの理を闡明された。これ、ひとえに、子供の成人を促される親心からである。

お守り:
 これからは常に赤衣を召され、そのお召下ろしを証拠守りとして、弘く人々に渡された。これは、一名々々に授けられるお守りで、これを身につけて居ると、親神は、どのような悪難をも祓うて、大難は小難、小難は無難と守護される。
 又、中教院の干渉に関しては、

  月日よりつけたなまいをとりはらい
  このさんねんをなんとをもうぞ         六 70
  しんちづの月日りいふくさんねんわ
  よいなる事でないとをもゑよ          六 71

と、たすけ一条の親心ゆえの、厳しいもどかしさと、猶予出来ない急込みの程を誌されて居る。
 こうして、教祖は、赤衣を召して、自らが月日のやしろに坐す理を明らかに現わされた上、
 一に、いきハ仲田、二に、煮たもの松尾、三に、さんざいてをどり辻、四に、しっくりかんろだいてをどり桝井、と、四名の者に、直々、さづけの理を渡された。

  これからハいたみなやみもてきものも
  いきてをどりでみなたすけるで         六 106
  このたすけいまゝでしらぬ事なれど
  これからさきハためしゝてみよ         六 107
  どのよふなむつかしきなるやまいでも
  しんぢつなるのいきでたすける         六 108

さづけによって、どのような自由自在の守護をも現わし、心の底から病の根を切って、今迄にない珍しい真実のたすけをする、と教えられた。
これが、身上たすけのためにさづけの理を渡された始まりである。つゞいて、
 五ッ いつものはなしかた、六ッ むごいことばをださぬよふ、七ッなんでもたすけやい、八ッ やしきのしまりかた、九ッ こゝでいつまでも、十ド ところのおさめかた、と、数え歌に現わして理を教え、お屋敷に勤める人々の心の置き所を諭された。
 この明治七年には、大和国園原村の西浦弥平、大阪の泉田藤吉、河内国の増井りん等が、信仰し始めた。

明治八年:
 年が明けると明治八年。教祖は、親神の思召のまゝに、第六号半ばから第十一号までのおふでさきを誌され、心のふしんを急ぎ、つとめの完成を急込まれた。
 当時、お屋敷では、前年に棟の上がった門屋の内造り最中であった。
ぢば定め:
 この形の普請と共に、子供の心も次第に成人して、こゝに、親神は、かんろだいのぢば定めを急込まれた。
 第八号には、

  このさきハあゝちこゝちにみにさハり
  月日ていりをするとをもゑよ          八 81
  きたるならわがみさハりとひきやハせ
  をなじ事ならはやくそふぢふ          八 82
  そふぢしたところをあるきたちとまり
  そのところよりかんろふだいを         八 83

 親神は、人々の身上に障りを付けてお屋敷へ引き寄せられ、引き寄せられて帰って来た人々は、地面を掃き浄める。そして、清らかな地面を歩いて、立ち止った所がかんろだいのぢばである、と教えられ、
 第九号には、

  月日よりとびでた事をきいたなら
  かんろふだいをばやくだすよふ         九 18
  かんろたいすへるところをしいかりと
  ぢばのところを心づもりを           九 19
  これさいかたしかさだめてをいたなら
  とんな事でもあふなきハない          九 20

とて、世界治めに大切な、かんろだいの据わるべきぢばを、定めて置く事が肝腎である。これさえ定めて置けば、どんな事が起って来ても一寸も心配はない、と教えられた。
 かくて、明治八年六月、かんろだいのぢば定めが行われた。
 教祖は、前日に、
 「明日は二十六日やから、屋敷の内を綺麗に掃除して置くように。」
と、仰せられ、このお言葉を頂いた人々は、特に入念に掃除して置いた。
 教祖は、先ず自ら庭の中を歩まれ、足がぴたりと地面にひっついて前へも横へも動かなく成った地点に標を付けられた。然る後、こかん、仲田、松尾、辻ます、檪枝村の与助等の人々を、次々と、目隠しをして歩かされた処、皆、同じ処へ吸い寄せられるように立ち止った。辻ますは、初めの時は立ち止らなかったが、子供のとめぎくを背負うて歩くと、皆と同じ所で足が地面に吸い付いて動かなくなった。こうして、明治八年六月二十九日、陰暦の五月二十六日に、かんろだいのぢばが、初めて明らかに示された。時刻は昼頃であった。

かんろだい:
 第九号には、更に、かんろだいに就いて詳らかに教えられて居る。
 かんろだいは、人間創造の証拠として元のぢばに据え、人間創造と成人の理を現わし、六角の台を、先ず二段、ついで十段、更に一段と、合わせて十三段重ねて、その総高さは八尺二寸、その上に五升入りの平鉢をのせ、天のあたえたるぢきもつを受ける台である。
 第十号に入ると、

  月日にハなんでもかでもしんぢつを
  心しいかりとふりぬけるで          一〇 99
  このみちを上ゑぬけたる事ならば
  ぢうよぢざいのはたらきをする        一〇 100

 その頃、教祖は、
「もう一度こわい所へ行く。案じな。」
と、仰せられて居た。迫害弾圧の時代を前にして、親心の真実を述べ、神一条の道を通る者の心構えを諭し、自由自在の守護を請け合うて、ふし毎に揺ぎ勝な、そばな者の心を励まされてのお言葉である。

こかん身上障り:
 明治八年夏の頃、永年、教祖と艱難苦労を共にしたこかんが身上障りとなり、容体は次第に重くなった。

  月日よりひきうけするとゆうのもな
  もとのいんねんあるからの事         一一 29
  いんねんもどふゆう事であるならば
  にんけんはぢめもとのどふぐや        一一 30

魂のいんねんにより、親神は、こかんを、いつ/\迄も元のやしきに置いて、神一条の任に就かせようと思召されて居た。しかし、人間の目から見れば、一人の女性である。人々が、縁付くようにと勧めたのも、無理はなかった。こかんは、この理と情との間に悩んだ。
 第十一号前半から中頃に亙り、この身上の障りを台として、人間思案に流れる事なく、どこ/\迄も親神の言葉に添い切り、親神に凭れ切って通り抜けよ、と懇々と諭されて居る。
 更に、第十一号後半には、秀司夫妻に対して、

  ことしから七十ねんハふう/\とも
  やまずよハらすくらす事なら         一一 59
  それよりのたのしみなるハあるまいな
  これをまことにたのしゆんでいよ       一一 60

身上に徴をつけ、筆に誌して、元の親里につとめ人衆として引き寄せた、元のいんねんある人々を仕込み、たすけ一条の根本の道たるかんろだいのつとめの完成を急がれた。
 明治八年夏から、秀司並びにこかんの身上障りと、門屋の内造りとが、立て合うた上に、九月二十四日(陰暦八月二十五日)には、教祖と秀司に対して、奈良県庁から差紙がついた。明日出頭せよ、との呼出しである。

奈良への御苦労:
 教祖は、何の躊躇もなくいそ/\と出掛けられた。教祖の付添いとしてはおまさ、折から患って居た秀司の代理としては、辻忠作が出頭した。
足達源四郎は村役人として同道した。こうして、教祖は、初めて奈良へ御苦労下され、種々と取調べを受けられた。
 抑々、天理王命というような神は無い。一体どこに典拠が有るのか。何故病気が治るのか。などと質問した。それは山村御殿の時と変らなかったが、辻忠作に向っては、当時普請中の中南の門屋に就いて、経費の出所を訊いたので、これに対して忠作は、中山様より出された。と、答えた。
 教祖に対しても、種々と難問を吹き掛けた。教祖は、これに対して一一、明快に諭されたが、当時の役人達には、形の普請が心のふしんの現われである事など、とても了解できなかった。

こかん出直:
 九月二十七日(陰暦八月二十八日)、こかんが三十九歳で出直した。この報せに、御苦労中の教祖は、特別に許可を受けて、人力車で帰られると、直ぐ、冷くなったこかんの遺骸を撫でて、
「可愛相に。早く帰っておいで。」
と、優しく犒われた。
 九月(陰暦八月)の取調べの結果は、その年の十二月になって、教祖に対し、二十五銭の科料に処すと通知があった。

表通常門竣功:
 門屋は、八年一杯に内造りが出来た。教祖は、北の上段の間からこゝへ移られ、その西側の十畳の部屋をお居間として、日夜寄り来る人々に親神の思召を伝えられた。

明治九年:
 年が明けると明治九年。絶え間なく鋭い監視の目を注いで居た当局の取締りが、一段と厳重になったので、おそばの人々は、多くの人々が寄って来ても、警察沙汰にならずに済む工夫は無いものか、と、智慧を絞った結果、風呂と宿屋の鑑札を受けようという事になった。が、この時、教祖は、
「親神が途中で退く。」
と、厳しくお止めになった。しかし、このまゝにして置けば、教祖に迷惑のかゝるのは火を賭るよりも明らかである。戸主としての責任上、又、子として親を思う真心から、秀司は、我が身どうなってもとの思いで、春の初め頃、堺県へ出掛けて許可を得た。お供したのは、桝井伊三郎であった。(註一)
 しかし、このような人間思案は、決して親神の思召に添う所以ではない。
 この年、八月十七日(陰暦六月二十八日)には、大和国小坂村の松田利平の願によって、辻忠作、仲田儀三郎、桝井伊三郎等の人々が、雨乞に出張した。
 この年には、河内国の板倉槌三郎、大和国園原村の上田嘉治郎、その子ナライト等が、信仰し始めた。

明治十年:
 翌明治十年には、年の初めから、教祖自ら三曲の鳴物を教えられた。最初にお教え頂いたのは、琴は辻とめぎく、三味線は飯降よしゑ、胡弓は上田ナライト、控は増井とみゑであった。

たまへ出生:
 明治十年二月五日(陰暦、九年十二月二十三日)、たまへが、秀司の一子として平等寺村で生れた。

  このたびのはらみているをうちなるわ
  なんとをもふてまちているやら         七 65
  こればかり人なみやとハをもうなよ
  なんでも月日ゑらいをもわく          七 66
  なわたまへはやくみたいとをもうなら
  月日をしへるてゑをしいかり          七 72

 たまへの誕生は、かねてから思召を述べて、待ち望んで居られた処である。教祖は、西尾ゆき等を供として、親しく平等寺村の小東家へ赴かれ、嫡孫の出生を祝われた。
 この年五月十四日(陰暦四月二日)には、丹波市村事務所の沢田義太郎が、お屋敷へやって来て、神前の物を封印した。秀司が、平等寺村の小東家へ行って不在中の出来事である。
 つゞいて、五月二十一日(陰暦四月九日)、奈良警察署から秀司宛に召喚状が来た。召喚に応じて出頭した秀司は、四十日間留め置かれた上、罰金に処せられ、帰って来たのは、六月二十九日(陰暦五月十九日)であった。その理由は、杉本村の宮地某が、ひそかに七草の薬を作り、これを、秀司から貰ったものである。と、警察署へ、誣告した為である。
 明治十年二月には、西南の役が起った。第十三号に、
  せかいぢういちれつわみなきよたいや
  たにんとゆうわさらにないぞや        一三 43
  高山にくらしているもたにそこに
  くらしているもをなしたまひい        一三 45
  それよりもたん/\つかうどふぐわな
  みな月日よりかしものなるぞ        一三 46

世界中の人間は、皆親神の子供、互に真実の兄弟であり、他人というものは一人もない。高山谷底の差別ない魂を授けられて居る。人間の身体は親神からのかしものである、と諭され、つゞいて、

  それしらすみなにんけんの心でわ
  なんどたかびくあるとをもふて        一三 47
  月日にハこのしんぢつをせかいぢうへ
  どふぞしいかりしよちさしたい        一三 48
  これさいかたしかにしよちしたならば
  むほんのねへわきれてしまうに        一三 49

一列平等の真実を知らず、身上かりものの理を悟らず、骨肉互に鎬を削るの愚を歎かれ、親神の望みは、兄弟和楽の平和にあり、かんろだいのつとめは世界の平和を願うつとめである、と教えられた。
 この年には、大和国北檜垣村の岡田与之助(後の宮森与三郎)等が、信仰し始めた。
 
註一 明治九年四月十八日、奈良県は廃止され、堺県に合併さる。
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2014年07月15日

稿本天理教教祖伝「第五章 たすけづとめ」

第五章 たすけづとめ


つとめの意義:
 教祖は、陽気ぐらしをさせたいとの、親神の思召のまに/\、慶応二年から明治十五年に亙り、よろづたすけの道として、たすけづとめを教えられ、子供の心の成人につれ、元の理を明かし、たすけづとめの全貌を整えられた。
 この世元初まりの時、親神は、人間の陽気ぐらしを見て共に楽しみたいとの思召から、人間を創め給うた。陽気ぐらしこそ、親神の思召にかなう人間生活である。
 然るに、人間は、陽気ぐらしをさせようとて、我がの理とゆるされた心の自由を用い誤まり、我が身思案にさ迷うて来た。
 親神は、これを憐れと思召され、旬刻限の到来を待ち、教祖をやしろとして表に現われ、一列人間の心を澄まし、陽気ぐらしへ導く道として、たすけづとめを啓示げられた。つとめはかぐらを主としててをどりに及ぶ。

かぐら:
 かぐらづとめは、元のぢばに於いて勤める。十人のつとめ人衆が、かんろだいを圍み、親神の人間世界創造の働きをそのまゝに、それ/\の守護の理を承けて、面をつけ、理を手振りに現わして勤める。地歌鳴物の調子に従い、親という元という理一つに溶け込んで、一手一つに勤める時、親神の創造の守護は鮮やかに現われ、いかなる身上の悩みも事情の苦しみも、悉く取り除かれて、この世は次第に陽気ぐらしの世界へと立替わる。
 かぐらの地歌は、次の三句より成る。

  あしきをはらうてたすけたまへ
  てんりわうのみこと

  ちよとはなし かみのいふこときいてくれ
  あしきのことはいはんでな
  このよのぢいとてんとをかたどりて
  ふうふをこしらへきたるでな
  これハこのよのはじめだし

  あしきをはらうてたすけせきこむ
  いちれつすましてかんろだい

てをどり:
 てをどりは、陽気ぐらしの如実の現われとして、かんろだいのぢば以外の所にても勤める事をゆるされて居る。地上に充ちる陽気ぐらしの自らなる現われとも言うべきものである。このてをどりの地歌として教えられたのが、よろづよ八首及び十二下りの歌である。
 つとめは、かぐら面を用いるが故に、かぐらづとめとも呼び、よろづたすけを現わすつとめなれば、たすけづとめとも呼ぶ。かんろだいを圍んで勤めるが故に、かんろだいのつとめとも呼び、陽気ぐらしを讃えるつとめなれば、よふきづとめとも呼ぶ。それ/\の意味に於いてそれぞれの呼び名を教え、呼び名によって、つとめにこもる深い理の一つ/\を、分り易く覚え易く教えられた。
 かぐらとてをどりの地歌を合わせた、つとめの地歌の書きものを、みかぐらうたと呼ぶ。

あしきはらひ始まる:
 さて、つとめの地歌は、慶応二年「あしきはらひ」に始まる。
 慶応二年秋、教祖は、
  あしきはらひたすけたまへ てんりわうのみこと
と、つとめの歌と手振りとを教えられた。
 この年の五月には、大和国若井村の松尾市兵衞が、信仰し始めた。
慶応三年:
 年が明けると慶応三年、教祖七十歳の年、正月から八月迄に、十二下りの歌を作られた。各下りは、いずれも十首ずつの数え歌から成り、親神の望まれる陽気ぐらしの喜びに充ちて居る。
 思えば、教祖は、教の創まり以来長い歳月の間、親神の思召のまにまに、一日として今日という日とてない中を、しかも勇んで通り抜けられ、こゝに目出度く迎えられたのが、月日のやしろと成られて三十年目の慶応三年新春である。
 更に、明治三年には、よろづよ八首の歌を十二下りの歌の初めに加えられた。

  よろづよのせかい一れつみはらせど
  むねのわかりたものはない
  そのはずやといてきかしたことハない
  しらぬがむりでハないわいな
  このたびはかみがおもてへあらハれて
  なにかいさいをときゝかす
  このところやまとのぢばのかみがたと
  いうていれどももとしらぬ
  このもとをくはしくきいた事ならバ
  いかなものでもこいしなる
  きゝたくバたづねくるならいうてきかす
  よろづいさいのもとなるを
  かみがでゝなにかいさいをとくならバ
  せかい一れついさむなり
  一れつにはやくたすけをいそぐから
  せかいのこゝろもいさめかけ

  一下り目

  一ッ 正月こゑのさづけは やれめづらしい
  二ニ につこりさづけもろたら やれたのもしや
  三ニ さんざいこゝろをさだめ
  四ッ よのなか
  五ッ りをふく
  六ッ むしやうにでけまわす
  七ッ なにかにつくりとるなら
  八ッ やまとハほうねんや
  九ッ こゝまでついてこい
  十ド とりめがさだまりた

  二下り目

  とん/\とんと正月をどりはじめハ
     やれおもしろい
  二ッ ふしぎなふしんかゝれバ
     やれにぎはしや
  三ッ みにつく
  四ッ よなほり
  五ッ いづれもつきくるならば
  六ッ むほんのねえをきらふ
  七ッ なんじふをすくひあぐれバ
  八ッ やまひのねをきらふ
  九ッ こゝろをさだめゐやうなら
  十デ ところのをさまりや

  三下り目

  一ッ ひのもとしよやしきの
     つとめのばしよハよのもとや
  二ッ ふしぎなつとめばしよハ
     たれにたのみはかけねども
  三ッ みなせかいがよりあうて
     でけたちきたるがこれふしぎ
  四ッ よう/\こゝまでついてきた
     じつのたすけハこれからや
  五ッ いつもわらはれそしられて
     めづらしたすけをするほどに
  六ッ むりなねがひはしてくれな
     ひとすぢごゝろになりてこい
  七ッ なんでもこれからひとすぢに
     かみにもたれてゆきまする
  八ッ やむほどつらいことハない
     わしもこれからひのきしん
  九ッ こゝまでしん/\したけれど
     もとのかみとハしらなんだ
  十ド このたびあらはれた
     じつのかみにはそうゐない

  四下り目

  一ッ ひとがなにごといはうとも
     かみがみているきをしずめ
  二ッ ふたりのこゝろををさめいよ
     なにかのこともあらはれる
  三ッ みなみてゐよそばなもの
     かみのすることなすことを
  四ッ よるひるどんちやんつとめする
     そばもやかましうたてかろ
  五ッ いつもたすけがせくからに
     はやくやうきになりてこい
  六ッ むらかたはやくにたすけたい
     なれどこゝろがわからいで
  七ッ なにかよろづのたすけあい
     むねのうちよりしあんせよ
  八ッ やまひのすつきりねはぬける
     こゝろハだん/\いさみくる
  九ッ こゝはこのよのごくらくや
     わしもはや/\まゐりたい
  十ド このたびむねのうち
     すみきりましたがありがたい

  五下り目

  一ッ ひろいせかいのうちなれバ
     たすけるところがまゝあらう
  二ッ ふしぎなたすけハこのところ
     おびやはうそのゆるしだす
  三ッ みづとかみとはおなじこと
     こゝろのよごれをあらひきる
  四ッ よくのないものなけれども
     かみのまへにハよくはない
  五ッ いつまでしん/\したとても
     やうきづくめであるほどに
  六ッ むごいこゝろをうちわすれ
     やさしきこゝろになりてこい
  七ッ なんでもなんぎハさゝぬぞへ
     たすけいちじよのこのところ
  八ッ やまとばかりやないほどに
     くに/\までへもたすけゆく
  九ッ こゝはこのよのもとのぢば
     めづらしところがあらはれた
  どうでもしん/\するならバ
     かうをむすぼやないかいな

  六下り目

  一ッ ひとのこゝろといふものハ
     うたがひぶかいものなるぞ
  二ッ ふしぎなたすけをするからに
     いかなることもみさだめる
  三ッ みなせかいのむねのうち
     かゞみのごとくにうつるなり
  四ッ ようこそつとめについてきた
     これがたすけのもとだてや
  五ッ いつもかぐらやてをどりや
     すゑではめづらしたすけする
  六ッ むしやうやたらにねがひでる
     うけとるすぢもせんすぢや
  七ッ なんぼしん/\したとても
     こゝろえちがひはならんぞへ
  八ッ やつぱりしん/\せにやならん
     こゝろえちがひはでなほしや
  九ッ こゝまでしん/\してからハ
     ひとつのかうをもみにやならぬ
  十ド このたびみえました
     あふぎのうかゞひこれふしぎ

  七下り目

  一ッ ひとことはなしハひのきしん
     にほひばかりをかけておく
  二ッ ふかいこゝろがあるなれバ
     たれもとめるでないほどに
  三ッ みなせかいのこゝろにハ
     でんぢのいらぬものハない
  四ッ よきぢがあらバ一れつに
     たれもほしいであらうがな
  五ッ いづれのかたもおなしこと
     わしもあのぢをもとめたい
  六ッ むりにどうせといはんでな
     そこはめい/\のむねしだい
  七ッ なんでもでんぢがほしいから
     あたへハなにほどいるとても
  八ッ やしきハかみのでんぢやで
     まいたるたねハみなはへる
  九ッ こゝハこのよのでんぢなら
     わしもしつかりたねをまこ
  十ド このたびいちれつに
     ようこそたねをまきにきた
     たねをまいたるそのかたハ
     こえをおかずにつくりとり

  八下り目

  一ッ ひろいせかいやくになかに
     いしもたちきもないかいな
  二ッ ふしぎなふしんをするなれど
     たれにたのみハかけんでな
  三ッ みなだん/\とせかいから
     よりきたことならでけてくる
  四ッ よくのこゝろをうちわすれ
     とくとこゝろをさだめかけ
  五ッ いつまでみあわせゐたるとも
     うちからするのやないほどに
  六ッ むしやうやたらにせきこむな
     むねのうちよりしあんせよ
  七ッ なにかこゝろがすんだなら
     はやくふしんにとりかゝれ
  八ッ やまのなかへといりこんで
     いしもたちきもみておいた
  九ッ このききらうかあのいしと
     おもへどかみのむねしだい
  十ド このたびいちれつに
     すみきりましたがむねのうち

  九下り目

  一ッ ひろいせかいをうちまわり
     一せん二せんでたすけゆく
  二ッ ふじゆうなきやうにしてやらう
     かみのこゝろにもたれつけ
  三ッ みれバせかいのこゝろにハ
     よくがまじりてあるほどに
  四ッ よくがあるならやめてくれ
     かみのうけとりでけんから
  五ッ いづれのかたもおなじこと
     しあんさだめてついてこい
  六ッ むりにでやうといふでない
     こゝろさだめのつくまでハ
  七ッ なか/\このたびいちれつに
     しつかりしあんをせにやならん
  八ッ やまのなかでもあちこちと
     てんりわうのつとめする
  九ッ こゝでつとめをしてゐれど
     むねのわかりたものハない
  とてもかみなをよびだせば
     はやくこもとへたづねでよ

  十下り目

  一ッ ひとのこゝろといふものハ
     ちよとにわからんものなるぞ
  二ッ ふしぎなたすけをしてゐれど
     あらはれでるのがいまはじめ
  三ッ みづのなかなるこのどろう
     はやくいだしてもらひたい
  四ッ よくにきりないどろみづや
     こゝろすみきれごくらくや
  五ッ いつ/\までもこのことハ
     はなしのたねになるほどに
  六ッ むごいことばをだしたるも
     はやくたすけをいそぐから
  七ッ なんぎするのもこゝろから
     わがみうらみであるほどに
  八ッ やまひはつらいものなれど
     もとをしりたるものハない
  九ッ このたびまでハいちれつに
     やまひのもとハしれなんだ
  十ド このたびあらはれた
     やまひのもとハこゝろから

  十一下り目

  一ッ ひのもとしよやしきの
     かみのやかたのぢばさだめ
  二ッ ふうふそろうてひのきしん
     これがだいゝちものだねや
  三ッ みれバせかいがだん/\と
     もつこになうてひのきしん
  四ッ よくをわすれてひのきしん
     これがだいゝちこえとなる
  五ッ いつ/\までもつちもちや
     まだあるならバわしもゆこ
  六ッ むりにとめるやないほどに
     こゝろあるならたれなりと
  七ッ なにかめづらしつちもちや
     これがきしんとなるならバ
  八ッ やしきのつちをほりとりて
     ところかへるばかりやで
  九ッ このたびまではいちれつに
     むねがわからんざんねんな
  十ド ことしハこえおかず
     じふぶんものをつくりとり
     やれたのもしやありがたや

  十二下り目

  一ッ いちにだいくのうかゞひに
     なにかのこともまかせおく
  二ッ ふしぎなふしんをするならバ
     うかゞひたてゝいひつけよ
  三ッ みなせかいからだん/\と
     きたるだいくににほいかけ
  四ッ よきとうりやうかあるならバ
     はやくこもとへよせておけ
  五ッ いづれとうりやうよにんいる
     はやくうかゞいたてゝみよ
  六ッ むりにこいとハいはんでな
     いづれだん/\つきくるで
  七ッ なにかめづらしこのふしん
     しかけたことならきりハない
  八ッ やまのなかへとゆくならバ
     あらきとうりやうつれてゆけ
  九ッ これハこざいくとうりやうや
     たてまへとうりやうこれかんな
  十ド このたびいちれつに
     だいくのにんもそろひきた

 つゞいて節付けと振付けに、満三ケ年かゝられた。教祖は、
「これは、理の歌や。理に合わせて踊るのやで。たゞ踊るのではない、理を振るのや。」
と、仰せられ、又、
「つとめに、手がぐにや/\するのは、心がぐにや/\して居るからや。一つ手の振り方間違ても、宜敷ない。このつとめで命の切換するのや。大切なつとめやで。」
と、理を諭された。
 初めてお教え頂いたのは、歌は、豊田村の忠作、前栽村の幸右衞門、喜三郎、手振りは、豊田村の佐右衞門、忠作、前栽村の喜三郎、善助、三島村の嘉一郎の面々であった。  後年、教祖は、
「わしは、子供の時から、陰気な者やったで、人寄りの中へは一寸も出る気にならなんだが、七十過ぎてから立って踊るように成りました。」
と、述懐された。
 当時庄屋敷村は、藤堂藩に属し、大和国にある同藩の所領を管轄する役所は、古市代官所と言って奈良の南郊にあった。この古市代官所では、小泉不動院の訴えもあり、守屋筑前守の紹介もあり、その後も庄屋敷村の生神様の風評は次第に喧しくなって来るので、慶応二年の頃、呼び出して事情を聞いた。

神祇管領の公認:
 お屋敷からの一行は、宿にあてられた会所に二、三日宿泊された。代官所では段々と実情を聴取したが、不都合の廉は少しもない。たゞ公許を受けて居ない点だけが、問題として残った。そこで、話合いの上、吉田神祇管領へ願い出る事となった。先ず、慶応三年六月、添書の願を古市代官所へ提出し、領主の添書を得て、秀司は、山沢良治郎を供に、守屋筑前守も同道して京都へ上り、吉田神祇管領に出願し、七日間かゝって、慶応三年七月二十三日付で、その認可を得た。(註一)
 当局の認可を得た事は、どんなに嬉しかったであろうか。親神の思召の弘まって行く上に、確かに躍進の一歩を進めるものと思われた。特に、しんになって働いた秀司の苦心と喜びは、並々ならぬものがあり、帰りには行列を作ろうと思うて居た処、布留社の神職達が、布留街道は我が方の参道であるから、もし一歩でも踏み込んだら容赦せぬ、とて、人を雇うて河原城村の石の鳥居の所で待ち伏せて居る、と、報らせがあったので、別所村から豊田村へと間道を通り、恙なくお屋敷へ到着した、という話が残って居る。
 お屋敷では、日夜お手振りの稽古が行われ、人々の心は明るくなった。
しかし、教祖は、
「吉田家も偉いようなれども、一の枝の如きものや。枯れる時ある。」
と、仰せられた。
 慶応三年八月頃、世間では、お祓いさんが降る、と、騒いだが、教祖は、
「人間の身体に譬えて言えば、あげ下しと同じようなもの、あげ下しも念入ったら肉が下るように成る程に。神が心配。」
と、仰せられた。人々は、一体何が起るのかしらと気懸りであった処、翌慶応四年正月三日から鳥羽伏見の戦が起こった。

明治元年:
 慶応四年三月七日、教祖は、大豆越村の山中忠七宅へ出掛けられ、十日迄滞在された。こかんも同じく出掛け、九日から十三日迄滞在した。当時お屋敷は、お手振りの稽古で賑わって居た。
 しかし、世間の反対攻撃は未だ全く無くなった訳ではなく、慶応四年三月二十八日の夜には、お手振りの稽古をして居ると、多数の村人が暴れ込んで、乱暴を働いた。
 同年九月には、明治元年と改元された。
 同年十二月には、伊豆七条村の矢追治郎吉(後に喜多)が、信仰し始めた。

かんろだいのつとめ:
 明治三年には、「ちよとはなし」の歌と手振りとを、同八年には、「いちれつすますかんろだい」の歌と手振りとを教えられ、こゝに、かんろだいのつとめの手一通りが初めて整い、つゞいて、肥、萠え出等十一通りの手を教えられた。更に、明治十五年に、手振りは元のまゝながら、「いちれつすます」の句は、「いちれつすまして」と改まり、それに伴うて、「あしきはらひ」も亦、「あしきをはらうて」と改まった。
 
註一
 古市代官所へ呈出した文書の控
乍恐口上之覚    庄屋敷村 願人 善右衞門
一、私儀従来百姓渡世之ものニ御座候、然ルニ三十ケ年余己前、私幼少之頃癇病(風毒)ニ而、足脳ミ候ニ付、亡父善兵衞存命中、私方屋敷内ニ天輪王神鎮守仕信心仕(中略)然ルニ右信心之儀諸方江相聞近来諸方ヨリ追々参詣人有之就而ハ、神道其筋ヨリ故障被申立候而ハ、迷惑難渋仕候ニ付此度京都吉田殿江入門仕置度奉存候ニ付乍恐此段御願奉申上候、何卒御情愍を以、吉田殿江之御添翰被為下置候様奉願上候、右之趣御聞届被為成下候ハヽ難有仕合可奉存候、    以上
 慶応三卯年六月            庄屋敷村
                      願人   善兵衞
                      同村年寄 庄作
                      同村   平右衞門
                      同村庄屋 重助
服部庄左衞門様
 (備考 後の方の「願人 善兵衞」は、「願人 善右衞門」の誤記と思われる。)
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2014年07月11日

稿本天理教教祖伝「第四章 つとめ場所」

第四章 つとめ場所


元治元年:
 元治元年六月二十五日、飯降伊蔵が、初めて夫婦揃うてお礼詣りに帰った時、おさとが、救けて頂いたお礼に、何かお供さして頂きましよう。
と言ったので、伊蔵は、お社の献納を思い付いた。
 翌七月二十六日に帰った時、伊蔵夫婦は二人とも、扇と御幣のさづけを頂いた。この日伊蔵から、家内の身上の煩いを救けて頂いたお礼に、お社なりと造って納めたいと存じます。と、取次を通して申上げた処、
教祖は、
「社はいらぬ。小さいものでも建てかけ。」
と、仰せられた。
 どれ程の大きさのものを、建てさして頂きましようか。と、伺うと、
「一坪四方のもの建てるのやで、一坪四方のもの建家ではない。」
と、仰せられ、さらに、
「つぎ足しは心次第。」
と、お言葉があった。次いで、秀司が、どこへ建てさして頂きましようか。と、伺うと、
「米倉と綿倉とを取りのけて、そのあとへ建てるのや。」
と、仰せられ、つゞいて、
「これから話しかけたら、出来るまで話するで。」
と、お言葉があった。
 この時、居合わせた人々は、相談の上、三間半に六間のものを建てさして頂こうと心を定め、山中忠七、費用引き受けます。飯降伊蔵、手間引き受けます。辻忠作、瓦。仲田佐右衞門、畳六枚。西田伊三郎、畳八枚。それ/\上げさして頂きます。と、話合いが出来た。越えて八月二十六日、おつとめが済んで参詣の人々が去んだ後、特に熱心な者が普請の寄付金を持ち寄った処、金五両あった。早速、これを手付けとして、飯降伊蔵は阪の大新へ材木の注文に、小路村の儀兵衞は守目堂村の瓦屋へ瓦の注文に行った。
 引き続き、信心の人々が寄り集まって、先ず米倉と綿倉を取りのけ、地均しをした上、九月十三日には目出度くちよんの始めも了り、お屋敷の中は、連日勇ましい鑿や槌の音が響いて、やがて棟上げの日が来た。
 元一日にゆかりの十月二十六日、朝から教祖の御機嫌も麗わしく、参詣人も多く集まって、棟上げも夕方までには滞りなく済み、干物のかます一尾宛に御神酒一、二升という、簡素ではあるが、心から陽気なお祝いも終った。山中忠七が、棟上げのお祝いに、明日は皆さんを自宅へ招待さして頂きたい。と、教祖に申上げると、教祖は快く許された。
 翌二十七日朝、一同が、これから大豆越村へやらせて頂きます。と、申上げた処、教祖は、
「行ってもよろし。行く道すがら神前を通る時には、拝をするように。」
と、仰せられた。そこで、人々は、勇みに勇んで大豆越村へ向って出発した。秀司、飯降伊蔵、山中忠七、芝村清蔵、栄太郎、久太郎、大西村勘兵衞、弥三郎、兵四郎、安女、倉女、弥之助の人々であった。
 山口村、乙木村を左に見て進むと、間もなく行く手に、佐保庄、三昧田の村々が見える。尚も南へ進み、やがて大和神社の前へ差かゝると、誰言うともなく、教祖が、神社の前を通る時は拝をして通れ、と仰せになった。拝をしよう。と、言い出した。そこで携さえて居た太鼓を、社前にあった四尺ばかりの石の上に置いて、拍子木、太鼓などの鳴物を力一杯打ち鳴らしながら、
「なむ天理王命、なむ天理王命。」
と、繰り返し/\声高らかに唱えつゞけた。
 これを耳にした神職達が、急いで社前へ出て見るとこの有様なので、早速、中止を命じると共に、太鼓を没収した。
 この日は、大和一国の神職取締り、守屋筑前守が、京都から戻って一週間の祈祷をして居る最中であった。(註一)由緒深い大和神社の社前で、卑俗な鳴物を用い、聞いた事もない神名を高唱するとは怪しからん。お前達は一人も戻る事は相成らん。取調べの済む迄留めて置く。と、言い渡した。段々と取調べの上、祈祷の妨げをした。とて、三日の間、留め置かれたので、中には内心恐れをなす者も出て来た。
 この事件は、忽ち伝わって、庄屋敷村へも、大豆越村へも、又、近村の信者達へも聞えた。お屋敷では、こかんを始め残って居た人々は、早速家々へ通知するやら、庄屋敷村や櫟本村の知人や、村役人に連絡して、釈放方を依頼するやら、百方手をつくし、新泉村の山沢良治郎からも、筑前守に掛け合うた。
 又、櫟本村から庄屋の代理として岸甚七が来て掛け合うてくれたが、謝るより外に道がない。とて、平謝りに謝って貰った処、悪いと言うて謝るならば、容してもやるが、以後は決してこういう所へ寄ってはならぬ。との事で、今後決して致しませぬ。と、請書を書いて、漸く放免して貰うた。まだ日の浅い信者の中には、このふしから、不安を感じて落伍する者も出て、そのため、折角出来かゝって居た講社も、一時はぱったりと止まった。
 ふと、こかんが、行かなんだら宜かったのに。と、呟やいた処、忽ち教祖の様子改まり、
「不足言うのではない。後々の話の台である程に。」
と、お言葉があった。
 普請は棟を上げただけである。これから、屋根も葺き壁も塗り、床板も天井板も張らねばならぬ。秀司は、大和神社の一件では費用もかゝったし、普請の費用も次第にかさんで来たし、この暮はどうしたものかと、心配したが、伊蔵が、何にも案じて下さるな。内造りは必ず致します。
と、頼もしく答えたので、秀司は安堵した。
 大和神社の一件に拘らず、つとめ場所の内造りは進んだ。
「この普請は、三十年の見込み。」
との、仰せのまゝに、屋根には土を置かず空葺にした。
 十二月二十六日、納めのつとめを済まして、飯降伊蔵が櫟本村へ戻る時、秀司は、お前が去んで了うと、後は何うする事も出来ん。と、言うた処、伊蔵は、直ぐ又引返して来ますから。と、答えた。秀司が、お前長らく居てくれたから、戻っても何もないやろ。こゝに肥米三斗あるから、これを持って去に。と、言うた。伊蔵はその中一斗を貰うて、櫟本村へ着くと、家主から家賃の催促があったので、早速、その米を家賃に納れ、更に、梶本惣治郎から、百五十目借りて一時をしのいだ。翌二十七日、お屋敷へ帰って来て、直ぐ材木屋と瓦屋へ断りに行き、お聞きでもありましようが、あの大和神社の一件で費用もかさみましたし、今直ぐ払う事は出来なくなりましたので、暫く待って下さい。決して損は掛けませんから。と、頼んだ。そこは、親神の守護と平生からの信用で、両方とも快く承知してくれた。この旨を、秀司とこかんに報告した処、二人とも安堵して、今は、三町余りの田地が、年切質に入れてあって儘にならぬが、近い中に返って来る。そしたら、田地の一、二段も売れば始末のつく事である。決して心配はかけぬ。と、慰めた。
 この元治元年には、山中忠七、飯降伊蔵の外に、山沢良治郎、上田平治、桝井伊三郎、前川喜三郎等の人々が、信仰し始めた。

元治二年:
 元治元年は暮れて二年となり、四月には改元して慶応元年となる。この年の元旦、飯降伊蔵は櫟本村から年始の挨拶に帰り、直ぐ我が家へ引返して正月を祝い、又、お屋敷へ帰って来た。
 つとめ場所は、出来上った。
 人々にとっては、中途に波瀾があって苦心が大きかっただけに、嬉しさも一入で、世界が一新したように感じられた。新築成った明るい綺麗なつとめ場所こそ、正しく成人の歩を進めた、心のふしんの姿であり、きりなしふしんへの門出であった。
 木の香も新しい上段の間の神床に親神を祀り、教祖は、同じ間の西寄りに壇を置いて、終日、東向いて端坐なされ、寄り来る人々に、諄々と親心の程を伝えられた。
 この頃既に、こかんは、諸々の伺いに対して、親神の思召を取り次いで居た。飯降伊蔵夫婦は、毎日詰めて居り、山中忠七も、時々手伝いに来た。
 庄屋敷村の生神様の、あらたかな霊験を讃える世間の声が、高くなるにつれ、近在の神職、僧侶、山伏、医者などが、この生神を論破しようと、次々に現われた。

慶応元年六月のふし:
 慶応元年六月の或る夕方、天理王命と申して、日暮に灯も點さぬのか。と、言いながら、二人の僧侶が入って来た。こかんが応待に出ると、つか/\と歩み寄り、その両側に白刃を突き立て、難問を吹き掛けた。隣りの六畳の間に居た飯降伊蔵は、いざと言えば飛び出そうと身構え、はら/\しながら問答を聞いて居た。
 しかし、こかんは、平然として常に変らず、諄々と教理を取り次いだ。僧侶は、理に詰った揚句、畳を切り破り、太鼓を切り裂くなど、暴れ散らして出て行った。
 守屋筑前守が、教祖にお目に掛り、種々と質問して、教祖の明快なお諭しに感服したのは、この頃である。
 この年八月十九日、教祖は、大豆越村の山中忠七宅へ出掛けられ、二十一日には、こかんも出掛けた。こかんは二十三日迄、教祖は二十五日迄、滞在されて、寄り来る人々に親神の思召を伝え、身上事情に悩む人々を救けられた。

助造事件:
 同年七、八月頃、福住村へ道がつき、多くの人々が相次いで参詣して来た中に、針ケ別所村の助造という者があった。眼病を救けられ、初めの間は熱心に参詣して来たが、やがて、お屋敷へ帰るのをぷっつりとやめて了ったばかりではなく、針ケ別所村が本地で、庄屋敷村は垂迹である。と、言い出した。
 教祖は、九月二十日頃から少しも食事を召し上らず、
「水さえ飲んで居れば、痩せもせぬ。弱りもせぬ。」
と、仰せられて、一寸も御飯を召し上らない。人々が心配して、度々おすゝめ申上げた処、少々の味醂と野菜をお上りになった。こうして約三十日間の断食の後、十月二十日頃、急に針ケ別所村へ出張る旨を仰せ出され、飯降伊蔵、山中忠七、西田伊三郎、岡本重治郎を供として、午後九時頃、針ケ別所村の宿屋へ到着された。
 翌朝、教祖は、飯降、山中の両名に、
「取り払うて来い。」
と、仰せられた。早速、二人は助造宅の奥座敷へ乗り込み、祀ってあった御幣を抜いて二つにへし折り、竈に抛り込んで燃やして了った。
 宿へ戻って、たゞ今取り払うて参りました。と、申上げ、これで、もう帰ったらどうやろなあ。と、二人で話し合うて居ると、教祖は、
「帰ぬのやない。」
と、仰せられた。
 助造の方でも、直ぐには帰んで貰う訳には行かぬ。と、言い出し、かれこれして居る中に、奈良からは、金剛院が乗り物でやって来る。こちらも、守屋筑前守の代理として山沢良治郎が到着する。いよ/\談判が始まった。
 しかし、いかに言い曲げようとも、理非曲直は自ら明らかである。助造が教祖に救けられた事は事実である。彼の忘恩は些かも弁護の余地が無いのみならず、針ケ別所村を本地とする説の如きは、教祖を前にしては、到底主張し了せるものではない。三日目になってとう/\道理に詰って了い、助造も金剛院も、平身低頭して非を謝した。落着迄に七日程掛った。
 お帰りに際し、助造は、土産として、天保銭一貫目、くぬぎ炭一駄と、鋳物の燈籠一対有った中の一つとを、人足を拵えてお屋敷迄届けた。

真之亮誕生:
 同年、おはるが懐妊った。教祖は、
「今度、おはるには、前川の父の魂を宿し込んだ。しんばしらの真之亮やで。」
慶応二年:
と、懐妊中から、仰せられて居た。月みちて慶応二年五月七日、案の定、玉のような丈夫な男の児が生れた。教祖は男児安産の由を聞かれ、大そう喜ばれた。そして、
「先に長男亀蔵として生れさせたが、長男のため親の思いが掛って、貰い受ける事が出来なかったので、一旦迎い取り、今度は三男として同じ魂を生れさせた。」
と、お話し下された。
 この頃、近郷近在の百姓達だけではなく、芝村藩、高取藩、郡山藩、柳本藩、古市代官所、和爾代官所等、諸藩の藩士で参詣する者も続々と出て来たが、半面、反対攻撃も亦一層激しくなった。
 慶応二年秋の或る日、お屋敷へ小泉村不動院の山伏達がやって来た。教祖にお目に掛るや否や、次々と難問を放ったが、教祖はこれに対して、一々鮮やかに教え諭された。山伏達は、尚も悪口雑言を吐きつゞけたが、教祖は、泰然自若として些かも動ぜられない。遂に、山伏達は、問答無用とばかりに刀を抜き放って、神前に進み、置いてあった太鼓を二箇まで引き裂き、更に、提灯を切り落し、障子を切り破るなど、散々に暴れたその足で、南西へ二里、大豆越村の山中忠七宅へ乗り込んで、御幣を抜き、制止した忠七の頭をたゝき、踵をかえして北へ向い、古市代官所へ訴えて出た。かくて、古市代官所としても、庄屋敷の生神様を注視する成行きとなった。
 
註一 守屋筑前守広治は、大和国磯城郡川東村蔵堂の住人、嘉永五年筑前守に任ぜられ、従五位に敍せられ、守屋神社の神職をつとめると共に、吉田神祇管領から、大和一国の神職取締りを命ぜられて居た人である。
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2014年07月08日

稿本天理教教祖伝「第三章 道すがら」

第三章 道すがら


 月日のやしろとなられた教祖は、親神の思召のまに/\、
「貧に落ち切れ。」
と、急込まれると共に、嫁入りの時の荷物を初め、食物、着物、金銭に到るまで、次々と、困って居る人々に施された。
 一列人間を救けたいとの親心から、自ら歩んで救かる道のひながたを示し、物を施して執着を去れば、心に明るさが生れ、心に明るさが生れると、自ら陽気ぐらしへの道が開ける、と教えられた。
 教祖の言われる事なさる事が、全く世の常の人と異って来たので、善兵衞初め家族親族の者達は、気でも違ったのではあるまいか、又、何かの憑きものではあるまいか、と心配して、松葉を燻べたり、線香を焚き、護摩を焚きなどして、気の違いならば正気になれ、憑きものならば退散せよ。と、有らん限りの力を尽した。
 善兵衞の役友達である別所村の萩村、庄屋敷村の足達、丹波市村の上田などの人々は、寄り集まって、中山の家は、何時行っても子供ばかり淋しそうにして居て、本当に気の毒や。何とかならんものかしら。憑きものならば、我々の力で何としてゞも追いのけよう。と、相談の上、連れだってやって来て、教祖に向い、私達が、今日から神さんを連れて戻って信心しますから、どうかお昇り下さい。と、繰り返し/\責め立てたが、何の効めもなかった。
 世間の嘲りは次第に激しくなったが、その半面、近在の貧しい人々は、教祖の慈悲に浴しようと慕い寄った。教祖は、
「この家へやって来る者に、喜ばさずには一人もかえされん。親のたあには、世界中の人間は皆子供である。」
と、子供可愛い一条の思召から、ます/\涯しなく施し続けられたので、遂には、どの倉もこの倉もすっきりと空になって了った。
 こうして、家財道具に至るまで施し尽されて後、或る日の刻限話に、
「この家形取り払え。」
と、仰せられた。余りの事に、善兵衞も容易には承知しなかった。すると、教祖は、不思議にも、身上の悩みとなられ、二十日間食事も摂らず床について了われた。親族の人々を呼び集め、相談の上、伺うと、
「今日より、巽の角の瓦下ろしかけ。」
との事である。やむなく、前川半三郎と男衆の宇平の二人が、仰せ通り瓦を下ろしかけると、教祖の身上の悩みは、即座に治まった。
 それから十五、六日も経つと、又もや激しい身上の悩みとなられ、今度は、声も出なければ、耳も聞えない、目も見えない、という容体となられた。又々、親族を呼び集めて相談の上、親神の思召を伺うと、
「艮の角より、瓦下ろせ。」
との仰せである。これを聞いた親族の者は、神様は難儀さすものではない。それに、こういう事を言われるとは納得出来ぬ。早く退いて貰いたい。と、お言葉に従わなかった。すると、どんなに手当てをしてもその甲斐なく、教祖の身上は、益々激しく苦しまれた。親族の者は口々に、つまらぬ事、と愚痴をこぼしながらも、やむを得ずお言葉通りにしたところ、教祖の身上の悩みは立所に去った。
 家を売るのは、何時の世にも容易ならぬ事である。まして、伝来のものを大切にするのが、何よりの孝道であると思われて居た当時にあって、村でも指折りの田地持ちであり、庄屋まで勤めた善兵衞にとっては、いかに親神の仰せとは言え、先祖代々伝わる家形を取り払えとは、全く穏やかならぬ話であった。
 村では、中山の家へ、神様がお降りになって、家形を取り払え、と仰しやるそうな。何うも訳の分らぬ話じや。と、喧しい噂となり、それを耳にする親族・友人は、重ねての意見に代る/\重い足をはこんだ。
 嫁入って来た女房に、家形を取り払え、と言われて、取り払いました。と言うのでは、先祖に対して申訳あるまい。世間に対してあなたの男も立つまい。と、口を極めて激しく意見し、遂には、そんな事をして居ると、付合いをやめて了うが、よろしいか。と言う者さえあった。
 こうして、日が、月が、そして年が経ったが、世の人の心は堅い氷のようで、誰一人として親神の教に耳を貸そうとする者は無く、一列たすけの業は遅々として捗らなかった。
 或る日のこと、突如として、
「明日は、家の高塀を取り払え。」
と、啓示があった。親族も友人も、そんな無法な事。と言って強く反対したが、親神はどうしても聞き容れなさらず、この双方の間に立って、善兵衞の立場の苦しさは察するに余りあった。
 親神の思召に従えば、親族や友人の親切を無にせねばならず、さりとて、思召に従わねば教祖の身上は迫るし、その苦しまれる有様を見るに忍びないので、遂に意を決して親神の急込みに従い、高塀を取り払うた。
 しかし、この事があって後、親族友人は不付合いとなり、村人達は、あの人もとう/\気が違ったか。いや、憑きものやそうな。それにしても、善兵衞さんは甲斐性なしや。と、寄ると觸ると好き勝手な嘲りの言葉を言い立てた。中には、随分と中山家の恩顧を受け、教祖の慈悲に甘えた人々までも、世間体に調子を合せて嘲り罵り、果ては一寸も寄り付かなくなった。
 人の口はともかくも、戸主として、先祖に対する責任を思い、可愛い子供達の将来を思えば、一度は高塀を取り払いはしたものゝ、善兵衞にとって、眠れぬ夜が続いた。思い悩んだ末、善兵衞は、或る夜、教祖の枕許に白刃をかざして立ち、涙ながらに、世間の人には笑われ譏られ、親族や友達には不付合いとなり、どうすれば宜かろう。憑きものならば退いてくれ。気の違いならば正気になれ。と、迫った。このたゞならぬ気配に目を醒まされた教祖が、
「あなた何しておいでか。」
と、尋ねられると、善兵衞は、どうも、恐ろしゆうてならぬ。と、答えた。
 或る時は、自らも白衣を着し、教祖にも白衣を着せて、生家の兄弟衆も立合いの上、仏前に対坐して、先ず念仏を唱え、憑きものならば早く退け。と、刀を引き寄せて厳しく責め立てた。この時、親神のお言葉があって、この世の元初まりから、将来はどうなるという先の先迄説いて、ほんに狐や狸の仕業ではない。真実の親神である、と、納得出来るように、懇々と諭された。善兵衞にとって、親神の思召は分らぬではなく、又かねてからの約束も思い出されて、一応は納得したものゝ、中山家にとっては実に容易ならぬ事態である。
 教祖は、月日のやしろとして尚も刻限々々に親神の思召を急込まれつつも、人間の姿を具え給うひながたの親として、自ら歩んで人生行路の苦難に処する道を示された。
 或る時は宮池に、或る時は井戸に、身を投げようとされた事も幾度か。しかし、いよ/\となると、足はしやくばって、一歩も前に進まず、
「短気を出すやない/\。」
と、親神の御声、内に聞えて、どうしても果せなかった。

  月日にわどんなところにいるものも
  むねのうちをばしかとみている        一三 98
  むねのうち月日心にかのふたら
  いつまでなりとしかとふんばる        一三 99

 真実が親神の思召にかのうたら、生死の境に於いて、自由自在の守護が現われる。
 嘉永元年、教祖五十一歳の頃から、
「お針子をとれ。」
との、親神の思召のまに/\、数年間、お針の師匠をなされた。憑きものでも気の違いでもない証拠を示させようとの思召からである。
 又、秀司も、寺小屋を開き、村の子供達を集めて、読み書きなどを教えた。
 その頃、お針子の中に、豊田村の辻忠作の姉おこよが居た。その縁から、忠作の仲人で、嘉永五年、三女おはるは、櫟本村の梶本惣治郎へ嫁入った。

嘉永六年:
夫出直:
 この間にも、人だすけのために、田地にまで手をつけて、施し続けられる折柄、嘉永六年二月二十二日(註一)、善兵衞は六十六歳を一期として出直した。人一倍愛情も濃やかに、親子夫婦の仲睦じく暮して来た一家の大黒柱、善兵衞の出直に遭い、家族の悲歎は一入深いものがあった。時に、教祖は五十六歳、秀司は三十三歳、おまさは二十九歳、こかんは十七歳であった。

にをいがけ
 善兵衞の出直に拘らず、その年、親神のお指図で、こかんは、忍坂村の又吉外二人をつれて、親神の御名を流すべく浪速の町へと出掛けた。
父の出直という人生の悲しい出来事と、世界たすけの門出たるにをいがけの時旬とが、立て合うたのである。
 その日、こかんの一行は、早朝に庄屋敷村を出発して西へ向い、龍田村を過ぎ十三峠を越えて河内に入り、更に西へ進んで、道頓堀に宿をとり、翌早朝から、往来激しい街角に立った。
「なむ天理王命、なむ天理王命。」
 元気に拍子木を打ちながら、生き/\とした声で、繰り返し/\唱える親神の御名に、物珍らしげに寄り集まって来る人の中には、これが真実の親の御名とは知らぬながらも、何とはなく、清々しい明るさと暖かな懐しみとを覚える者もあった。こうして、次から次へと賑やかな街角に立ち、
「なむ天理王命、なむ天理王命。」
と、唱えるこかんの若々しい声、冴えた拍子木の音に、聞く人々の心は晴れやかに且つ和やかに勇んで来るのであった。
 その頃、長女おまさは、縁あって豊田村の福井治助へ嫁いだ。
 かねて、買手を捜して居られた中山家の母屋も、望む人があって、いよ/\売られる事となった。母屋取毀ちの時、教祖は、
「これから、世界のふしんに掛かる。祝うて下され。」
と、仰せられながら、いそ/\と、人夫達に酒肴を出された。人々は、このような陽気な家毀ちは初めてや。と、言い合った。(註二)

をびやためし:
 これより先、教祖四十四歳の時、妊娠七ケ月目の或る日のこと、親神から、
「今日は、何処へも行く事ならぬ。」
と、あった。そこで、その日は一日他出せずに居られた処、夜になってから、
「眠る間に出る/\。」
と、お話があり、その用意をして居られると、流産して、その後頭痛を催した。が、夜が明けてから、汚れた布類を自ら水で三度洗い、湯で一度洗うて、物干竿に三、四本も干されると、頭痛は拭うがように治まった。
 一つ間違えば命も危いという流産の場合でさえ、一心に親神に凭れて居れば、少しも心配なく、産後にも何の懸念もないという事を、先ず自らの身に試して、親神の自由自在を証された。

嘉永七年:
をびや許しの始め:
 嘉永七年、教祖五十七歳の時、おはるが、初産のためお屋敷へ帰って居た。その時、教祖は、
「何でも彼でも、内からためしして見せるで。」
と、仰せられて、腹に息を三度かけ、同じく三度撫でて置かれた。これがをびや許しの始まりである。
 その年十一月五日出産の当日(註三)、大地震があって、産屋の後の壁が一坪余りも落ち掛ったが、おはるは、心も安く、いとも楽々と男の児を産んだ。人々は、をびや許しを頂いて居れば、一寸も心配はない。成程有難い事である。と、納得した。時に、おはる二十四歳であった。生れた児は、長男亀蔵である。
 その翌日、お屋敷へ来た、村人の清水惣助の妻ゆきは、おはるが元気に立ち働いて居るのを見て、不思議な守護に感じ入り、私もお産の時に、お願いすれば、このように御守護を頂けましようか。と、伺うた処、教祖は、
「同じ事や。」
と、仰せられた。
 やがて、ゆきは妊娠して、をびや許しを願い出た。教祖は、おはるになさったと同じように、三度息をかけ三度腹を撫でて、
「人間思案は一切要らぬ。親神様に凭れ安心して産ませて頂くよう。」
と、諭された。ゆきは、をびや許しを頂いたものゝ、教祖のお言葉に十分凭れ切れず、毒忌み、凭れ物など昔からの習慣に従うと、産後の熱で三十日程臥せって了った。そこで、教祖に伺うて貰うと、
「疑いの心があったからや。」
と、仰せられた。ゆきは、このお言葉を聞いた途端、成程、と、深く感銘して、心の底から懺悔した。
 教祖は、その生れ児を引き取って世話なされた。ゆきは程なく全快した。
 翌年、妊娠した時、ゆきは、今度は決して疑いませぬ。と、堅く誓って、再びをびや許しを頂いた。この度は、教祖の教をよく守り、たゞ一条に親神に凭れて居た処、不思議な程軽く産ませて頂き、産後の肥立も亦頗る順調であった。前からの成行きを知って居た村人達の間にこの話が伝わり、噂は近在へと弘まって、人々は、まだ親神のやしろとは知らないながらも、教祖は常人ではないと、漸く気付き始めた。
 安政二年の頃には、残った最後の三町歩余りの田地を、悉く同村の足達重助へ年切質に書き入れなされた。
 家族の者は、親神の思召のまに/\、田畑に出る時にも常に木綿の紋付を着て居たので、近村の人々は、庄屋敷村の紋付さんと呼んで居たが、中でも青物や柴を商うて近村を歩く秀司の姿は、特に人目に付いたので、村人達は、紋付さん/\。と親しんだ。
 教祖の五十六歳から凡そ十年の間は、まことに容易ならぬみちすがらであった。働き盛りの秀司も、娘盛りのこかんも、一日として、これはと言う日もない中を、ひたすら、教祖の思召のまゝに素直に通った。
 秋祭の日に、村の娘達が着飾って楽しげに歩いて居るのに、わたしは、一人淋しく道行く渡御を眺めて居ました。と、こかんが、後日になって述懐したのもこの頃の事である。
 六十の坂を越えられた教祖は、更に酷しさを加える難儀不自由の中を、おたすけの暇々には、仕立物や糸紡ぎをして、徹夜なさる事も度々あった。月の明るい夜は、
「お月様が、こんなに明るくお照らし下されて居る。」
と、月の光を頼りに、親子三人で糸を紡がれた。秀司もこかんも手伝うて、一日に五百匁も紡がれ、
「このように沢山出来ましたかや。」
と仰せられる日もあった。普通、一人一日で四十匁、夜業かけて百匁と言われて居たのに比べると、凡そ倍にも近いお働き振りであった。
 夏は、ひどい籔蚊に悩まされ、冬は冬とて、枯れ葉小枝をくべて暖をとりながら、遅くまで夜業に精を出された。(註四)
 こかんが、お母さん、もう、お米はありません。と、言うと、教祖は、
「世界には、枕もとに食物を山ほど積んでも、食べるに食べられず、水も喉を越さんと言うて苦しんでいる人もある。そのことを思えば、わしらは結構や、水を飲めば水の味がする。親神様が結構にお与え下されてある。」
と、諭され、又、
「どれ位つまらんとても、つまらんと言うな。乞食はさゝぬ。」
と、励まされたので、子達も、崩折れ勝ちな心を振り起して、教祖に従うた。
 このように生計が苦しい時でも、その中から、食をさき着物を脱いで、困って居る者に与えられるのが常であった。漸くの思いで手に入れた五合の米を、偶々門口に立って食を乞う者に、何の惜気もなく与えられたのも、寒さにふるえて居る者を見て、身につけて居る絆纏を脱いで与えられたのも、この頃である。

  にち/\に心つくするそのかたわ
  むねをふさめよすゑハたのもし         二 28
  いまの事なにもゆうでハないほどに
  さきのをふくハんみちがみへるで        三 36
  いまのみちいかなみちでもなけくなよ
  さきのほんみちたのしゆでいよ         三 37

 こうして尚数年の間、甚だしい難渋の中を通られるうちに、初めて、四合の米を持ってお礼参りに来る人も出来た。やがて、先に緒口を開かれたをびや許しの珍らしい守護を頂く者が次々と現われ、庄屋敷村には安産の神様が御座るそうな。生神様やそうな。という声が、口から口へと八方に弘まり、初産を前にして心配して居る人や、産後の煩いで床に臥して居る人、さては、かね/\お産の重いのを苦にして居た人は、次から次へと、ふしぎなたすけを願うて寄り集うたばかりでなく、重病人があって頼みに来ると、教祖は、いつもいと快くいそ/\とお出掛けになった。

文久二年:
 文久二年、教祖六十五歳の時、先方の願により、わざ/\安堵村へ、足を運ばれ、産後の煩いで危篤に陥って居る病人をお救けになった。
 二十数年に亙る長いみちすがらの後、漸く親神の思召が弘まり始めた。お産は女の大役であり、殊にその頃は、お産に対する不安が、根強く人の心を支配して居た時代であったが、をびや許しを頂いた者は、皆、不思議なほど楽々と安産した。
 をびや許しは、人間宿し込みの親里である元のやしきから出す安産の許しである。

  たいないゑやどしこむのも月日なり
  むまれだすのも月日せわどり          六 131

 胎内へ宿るのも生れ出るのも、皆親神の守護による。をびや許しを受けた者は、必ず皆引き受けて安産さす。をびや一切常の通り、腹帯いらず、毒忌みいらず、凭れ物いらず、七十五日の身のけがれも無し。と、教えられた。このをびや許しが、よろづたすけの道あけとなって、教祖の六十五、六歳の頃、即ち文久二、三年には、庄屋敷村のをびや神様の名が、次第に大和国中に高まるにつけ、金銭の無心を言う者も出て来た。並松村で稲荷下げをする者が来た時は、先方の請いに委せて二両二分を与えられた。文久二年頃の事である。しかし、世間の嫉み猜みや無理難題には頓着なく、親神の御名はいよ/\弘まり、後によふぼくとして勤めた人々が、次々に引き寄せられて親里へ帰って来た。文久元年頃には、檪枝村の西田伊三郎、同じく二年頃には前栽村の村田幸右衞門、同じく三年には豊田村の仲田佐右衞門(後に儀三郎)、辻忠作等である。

文久三年:
 文久三年三月四日、忠作が初めて参詣して、妹くらの気の間違いに就いて伺うて貰うと、教祖は、
「此所八方の神が治まる処、天理王命と言う。ひだるい所へ飯食べたようにはいかんなれど、日々薄やいで来る程に。」
と、仰せられた。忠作は、教えられるまゝに、家に帰って朝夕拍子木をたゝいて、
「なむ天理王命、なむ天理王命。」
と、繰り返し/\唱えて、勤めて居たが、一向に利やくが見えない。そこで、又お屋敷へ帰って、未だ治りませぬが、どうした訳で御座いましようか。と、伺うて貰うと、教祖は、
「つとめ短い。」
と、仰せられた。これを聞いた時、忠作はハッと心に思い当った。それは、当時のつとめは、たゞ拍子木をたゝいて繰り返し/\神名を唱えるだけで、未だ手振りもなく、回数の定めもなく、線香を焚いて時間を計って居たのであるが、忠作は、一本立てるべき線香を半分に折って居た。
これに気付いたので、早速お詫び申上げ、、家に戻り、線香を折らずに、毎朝毎晩熱心に勤めた。するとくらの患いは、薄紙を剥ぐように次第に軽くなって、間もなく全快した。
 同じくこの年、安堵村の飯田善六の子供が、一命も危いという容体になった時、両親は教祖に願うて来た。早速出掛けられた処、子供はみるみる中に元気になり、牡丹餅を食べる程になった。教祖は、七、八日間滞在なされ、寄り集う人々を救けられた。

文久四年:
 文久四年正月には、大豆越村の山中忠七が信仰し始めた。同じくこの月、教祖は、先方の頼みにより、再び、安堵村の飯田方へ出向かれ、四十日程滞在された。この由を聞き伝え、近在の村々から、教祖を慕うてたすけを求める者が、引切りなく続いた。(註五)
 この事を伝え聞いた並松村の医者古川文吾は、奈良の金剛院の者をつれて来て、教祖のお居間に闖入し、狐、狸。などと罵り、将に、腕力にも及ぼうとした。その一瞬、教祖の様子忽ち改まり、厳かにお言葉があった。
「問う事あらば、問え。」
と。文吾は次々と難問を発したが、教祖は、これに対して一々鮮やかに教え諭されたので、文吾は恐れ入り、平身低頭、座を下って退去した。

元治元年:
 元治元年の春から、教祖は、熱心に信心する人々に、扇のさづけを渡された。これを頂いた者は、五、六十人あったが、山中忠七と仲田佐右衞門は、それ/\扇、御弊、肥まるきりのさづけを頂いた。同年十二月二十六日には、辻忠作外数名の者がさづけを頂いた。この時、教祖から、
「前栽、喜三郎、平骨の扇渡す、これ神と思うて大切に祀れ。」
「同、善助、黒骨の扇渡す。」
「同、幸右衞門、御幣、肥授けよう。豊田、忠作、御幣、肥授けよう。これ末代と悟れ。長の道中、路金なくては通られようまい。路金として肥授けよう。」
と、お言葉を頂いた。
 この頃には既に、芝村、大豆越村、横田村、小路村、大西村、新泉村、龍田村、安堵村、並松村、櫟本村、古市村、七条村、豊田村など、近村は言うに及ばず、かなり遠方からも、多くの人々が寄り集まった。
 このように、教祖六十六、七歳の頃、即ち、文久、元治の頃となって、帰って来る人々が次第に殖えると、お屋敷の建物の手狭さが特に目立って来た。既に母屋は無く、古い粗末な八畳と六畳の二間が、教祖のお住居であり、その八畳の間に、目標として御幣を祀って、人々の寄り集まる部屋ともなって居た。毎月の二十六日には、室内に入り切れず、庭まで溢れる景況であったので、早く詣り所を普請さして頂かねば、という声が、人々の間に、漸く起り始めた。
 後の本席・飯降伊蔵が、初めて参詣したのは、この頃の事である。
 元治元年五月の或る日、伊蔵が参詣して、こかんに、妻が産後の煩いから寝ついて居る旨を述べ、おたすけを願った。こかんが、この由を教祖に取り次ぐと、教祖は、
「さあ/\、待って居た、待って居た。」
と、喜ばれ、
「救けてやろ。救けてやるけれども、天理王命と言う神は、初めての事なれば、誠にする事むつかしかろ。」
と、お言葉があったので、こかんは、三日の願をかけ、散薬を与えた。教祖は、これより先、
「大工が出て来る、出て来る。」
と、仰せられて居た。
 伊蔵は、櫟本村へ戻って、妻のおさとにこの由を話すと、おさとも大そう喜び、教えられた通り、腹帯を取り除き、散薬を、早速一服、夜一服明方一服頂いた処、少しく気分が良くなった。伊蔵は、夜の明けるのを待ち兼ねてお屋敷へ帰り、こかんにこの旨を申上げると、
「神様は、救けてやろ、と仰しやるにつき、案じてはいかん。」
と、教えられ、更に散薬を頂いて戻り、おさとに頂かせると、夕方から大そう楽になった。伊蔵は、その夜、三度お屋敷へ帰った。
 おさとは、三日目には物に凭れて食事できる迄にお救け頂いた。伊蔵がお参りした時に、秀司が、どうですか。と、尋ねたので、大いに救かりました。と答えると、秀司は、よく救かってくれた。と、喜んだ。こうして、日ならずして、おさとの産後の煩いは、すっきり全快の守護を頂いた。

註一 嘉永六年二月二十二日は、西暦千八百五十三年三月三十一日にあたる。
註二 「この道始め家の毀ち初めや。やれ目出度い/\と言うて、酒肴を出して内に祝うた事を思てみよ。変わりた話や/\。さあ/\そういう処から、今日まで始め来た/\。世界では長者でも今日から不自由の日もある。何でもない処から大きい成る日がある。家の毀ち初めから、今日の日に成ったる程と、聞き分けてくれにゃなろまい。」 (明治三三・一〇・三一)
註三 嘉永七年十一月五日は、西暦千八百五十四年十二月二十四日にあたる。尚、この年十一月二十七日(一八五五・一・一五)を以て、安政元年と改元される。
註四 「話を楽しませ/\、長い道中連れて通りて、三十年来寒ぶい晩にあたるものも無かった。あちらの枝を折りくべ、こちらの葉を取り寄せ、通り越して来た。神の話に嘘は有ろまい。さあ/\あちらが出て来る、こちらが出て来る、」  (明治二九・三・三一)
註五 文久四年二月二十日改元、元治元年となる。
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2014年05月27日

稿本天理教教祖伝「第二章 生い立ち」

第二章 生い立ち


誕生:
 教祖中山みきは、寛政十年四月十八日朝(註一)、大和国山辺郡三昧田に生れられた。

父母:
 父前川半七正信は、領主から無足人に列せられて名字帯刀を許され、大庄屋をも勤め、母きぬは、同村長尾家の出で、淑やかな人柄の中にも、特に針持つ技に秀でて居た。
幼時:
 教祖は、三歳の頃から、なさる事が他の子供と異って居たので、近所の人々も、人並すぐれた珍らしいお子やと言いはやした。六歳の頃には、針を持ち始め、糸紡ぎをまね、網巾着を編み、糠袋を縫うては、好んで近所の子供達に与えられた。
 七歳の時には、近所の子供が泣いて駄々をこねて居るのを見て、自分が親から貰うた菓子を与え、その泣き止むのを見て喜ばれた。八、九歳には、忙しい秋の収穫時など、近所の小さい子供達を遊んでやられたので、その親達も、教祖のなされ方に感心せぬ者は無かった。
 手習いの手解きは、父親から受けられたが、九歳から十一歳まで、近村の寺小屋に通うて、読み書きなどを習われた。
 針仕事は、師匠につく事なく、母の膝下でひとりでに上達されたが、一度見たものは、そのまゝ型をとって細工物に作り、十二、三歳の頃には、大巾木綿を裁って、思うまゝに着物を仕立てられ、機織りも、人並優れて織りこなされた。又、信心深い家風の中に育つうちに、いつしか習い覚えて浄土和讃を暗誦されたのも、その頃である。
 聡明で器用な生付きの上に、何でも熱心に習い覚えて万事堪能であられ、素直な親孝行の方で、いつも喜んで母親の手助けをなされた。
 庄屋敷村の中山家へ嫁いで居た叔母きぬが、姪の人並優れた天分を見込んで、是非、伜善兵衞の嫁にほしいと懇望した。両親からこの話を当人の耳に入れた処、生来身体が余り丈夫でない処から、浄土に憧れ、かねて尼になりたいと思われて居た頃の事とて、返事を渋って居られたが、両親から、嫁して夫に仕えるこそ清浄な婦道である、と、懇ろに諭される言葉に納得して、
「そちらへ参りましても、夜業終えて後は、念仏唱える事をお許し下さる様に。」
との希望を添えて、承知された。

入嫁:
 かくて、文化七年九月十五日(註二)、振袖姿で駕籠に乗り、五荷の荷を持って、庄屋敷村の中山家の人となられた。時に、教祖十三歳であった。
 嫁がれた教祖は、両親にはよく孝養を尽し、夫にはよく仕えて些かも逆らうこと無く、一家睦じく楽しく暮された。舅から、そなた髭をよう剃るか。と、尋ねられた時に、剃刀と砥石を持ち出し、起用に剃刀をあわせて髭を剃られたので、舅は、何とまあ器用な。と、大そう喜んだ。
 衣服髪飾りなど、すべて質素で地味なものを好まれ、身なりには少しも頓着なさらなかった。十四歳で里帰りされた折には、着物は派手な振袖であるのに、髪は三十女の結う両輪であったから、村人達は、三十振袖。と、私語き合うた。
 朝は早く起き、自ら先に立って朝餉の仕度にかゝり、日中は炊事、洗濯、針仕事、機織りと一日中家事に勤まれたのみならず、農繁期の、田植え、草取り、稲刈りから、麦蒔き、麦刈りに到るまで、何なさらぬ事は無かった。後年、
「私は、幼い頃はあまり達者でなかったが、百姓仕事は何でもしました。只しなかったのは、荒田起しと溝掘りとだけや。他の仕事は二人分位働いたのやで。」
と、述懐されたように、男の仕事とされて居るこの二つの力仕事を除いては、農家としての仕事は何一つとしてなさらぬ事は無かった。
 その頃、近在では綿を多く作って居たが、綿木引きをしても人の倍も働かれ、一日に男は二段、女は一段半が普通と言われて居たのに、女の身でありながら二段半もお抜きなされた。機織りは、どのように込み入った絣でも、自分で考えて組み立てゝ、自由自在に織り上げられた。しかも、普通二日かゝるものを一日で織り上げられる事も度々あった。
 その上、親族知人や隣近所の気受もよく、家においた人々には、いつも優しい言葉をかけて労わり、仕事休みの時などは、自ら弁当を作って遊山に出してやるなど、到れり尽せりの行き届き方であった。両親もこの様子を見て、十六歳の年には、全く安心して所帯を任せた。
 こうして家事に丹精し家業に励まれる一方、時たまの説法聴聞や寺詣りを無上の悦びとなされ、文化十三年春、十九歳の時、勾田村の善福寺で五重相伝を受けられた。
 このように、何一つとして申分の無い嫁御であられたが、子供の遅いのが、たゞ一つの気懸りであった。
 その頃、かのという女衆があって、善兵衞の寵をよい事に、日増しに増長して勝手の振舞いが多く、終には、教祖をないものにして、我が身が取って替わろうと企て、或る日の事、食事の汁のものに毒を盛った。
なにも知らず、これを召し上られた処、やがて激しく苦しまれた。家族の者は驚いて、懸命に看護の手を尽す一方、その原因を詮索すると、女衆の仕業であると分った。余りの事に驚き怒ったが、教祖は、苦しい息の下から、
「これは、神や仏が私の腹の中をお掃除下されたのです。」
と、宥め容された。この寛いお心に触れた女衆は、初めて迷いの夢から醒め、深く己が非を詫びて真底から悔い改め、やがて自ら暇をとって身を退いた。
 文政三年六月十一日、舅善右衞門は六十二歳で出直した。

長男出生:
 教祖は、この年、冬の頃から懐妊になられ、翌四年七月二十四日、二十四歳で長男を産み、善右衞門と名付けられた。後に改名して秀司と名乗り、長く教祖と苦労を共にした方である。初めての子に、しかも男児を授かって、善兵衞の喜びは譬えるに物もなく、明るい喜びが家の中に溢れ、新婚の頃にもまさる楽しい日々が続いた。この秀司懐妊中には、身重の身をもいとわず、姑を背負うて屋敷内はもとより、近所の誰彼までも訪ねて孝養の限りを尽された。
 又、文政八年四月八日には長女おまさを、同十年九月九日には次女おやすを産まれた。翌十一年四月八日には、姑きぬが出直した。
 善兵衞は人一倍子煩悩で、井戸の蓋を閉め忘れて野良へ出掛けた時などは、子供を気遣うあまり、早速、引返して来て蓋をした。又、思やりの深い性分で、夏、田圃の水を見廻りに行っても、畦道に土龍の穴を見付けると、たとい、他人の田でも早速修繕に取り掛り、日の暮れるのも忘れる程であった。
 夫婦共に、朝早くから夜遅くまで家業に精を出された。次々に子供が授かり、母としての仕事が次第に忙しさを加えると、昼は乳呑児を背負うて一日中機に上り、夜は懐に入れて晩くまで針仕事にいそしまれた。
又、慈しみ深い方で、好んで他人をたすけられた。
 或る時、米倉を破って米を運び出そうとする者があった。男衆達はこれを見付けて取り押さえ、訴えよう。と、騒いで居たが、ふと目を醒まされた教祖は、人々をなだめて、
「貧に迫っての事であろう。その心が可愛想や。」
と、かえって労わりの言葉を掛けた上、米を与えてこれを容された。
 或る秋の収穫時に、作男を雇われたが、この男は、丈夫な身体にも拘らず、至って惰け者で、他の人がどのように忙しくして居ても、一向に働こうとはせず、除け者になって居た。しかし、教祖は、見捨てることなく、いつも、
「御苦労さん。」
と、優しい言葉をかけて根気よく導かれた。作男は、初めのうちは、それをよい事にして、尚も、怠け続けたが、やがて、これでは申訳ないと気付いて働き出し、後には人一倍の働き手となった。
 或る秋の末のこと、一人の女乞食が、垢に塗れた乳呑児を背負い、門口に立って憐みを乞うた。教祖は、早速、粥を温めて与え、着物までも恵まれた上、
「親には志をしたが、背中の子供には何もやらなんだ。さぞ腹を空かして居るであろう。」
とて、その児を抱き取って、自分の乳房を含ませられた。
 出産の度毎にお乳は十分にあったので、毎度、乳不足の子供に乳を与えられたが、三十一歳の頃、近所の家で、子供を五人も亡くした上、六人目の男の児も、乳不足で育てかねて居るのを見るに忍びず、親切にも引き取って世話して居られた処、計らずもこの預り子が疱瘡に罹り、一心こめての看病にも拘らず、十一日目には黒疱瘡となった。医者は、とても救からん。と、匙を投げたが、教祖は、
「我が世話中に死なせては、折角お世話した甲斐がない。」
と、思われ、氏神に百日の跣足詣りをし、天に向って、八百万の神々に、
「無理な願では御座いますが、預り子の疱瘡難かしい処、お救け下さいませ。その代りに、男子一人を残し、娘二人の命を身代りにさし出し申します。それでも不足で御座いますれば、願満ちたその上は私の命をも差上げ申します。」
と、一心こめて祈願された。預り子は日一日と快方に向い、やがて全快した。その後天保元年、次女おやすは四歳で迎取りとなり、翌二年九月二十一日夜、三女おはる、同四年十一月七日、四女おつねと相次いで生れたが、同六年おつねは三歳で迎取りとなった。同八年十二月十五日には、五女こかんが生れた。
 後日のお話によると、願通り二人の生命を同時に受け取っては気の毒ゆえ、一人迎い取って、更にその魂を生れ出させ、又迎い取って二人分に受け取った、との事であった。
 その後も、慈愛は深く、施しは弘く、或は手織木綿を施し、或は白米を施されるなど、凶作、飢饉と相次いだ天保の頃には、施しは更に一層繁く且つ夥しくなった。

註一 寛政十年四月十八日は、西暦千七百九十八年六月二日にあたる。
註二 文化七年九月十五日は、西暦千八百十年十月十三日にあたる。
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posted by 朱夏 at 20:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 稿本天理教教祖伝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月24日

稿本天理教教祖伝「第一章 月日のやしろ」

第一章 月日のやしろ


啓示:
「我は元の神・実の神である。この屋敷にいんねんあり。このたび、世界一れつをたすけるために天降った。みきを神のやしろに貰い受けたい。」

 神々しい威厳に充ちた声に、身の引緊まるような霊気がその場に漲った。 戸主の善兵衞も、修験者の市兵衞も、親族の人々も、誰一人頭を上げようとする者もない。それは、今までに聞いた事もない神であり、思いも寄らぬ啓示であった。善兵衞は、初めの程は全くその意味を解し兼ねたが、考えると、この啓示は中山家にとっては実に容易ならぬ重大事であり、どうしても実行出来そうにない事である。と、思い廻らすうちに、ふと念頭に浮んだのは、去年の冬頃から今日に打続く不思議な出来事である。

天保八年:
 天保八年十月二十六日のこと、十七歳の長男秀司は、母親みきに伴われて麦蒔の畑仕事に出た折、急に左足に痛みを覚え、駒ざらえを杖にして辛うじて家に辿りついた。早速、医者に診せた処、薄荷薬などを用いて手当ての限りを尽してくれたが、一向に痛みは治まらない。そこで、人の勧めるまゝに、近在に聞えた修験者、長滝村の市兵衞に使者を出したが、あいにく市兵衞は仁興村へ行って不在であった。
 越えて二十八日、再び使者をたてた。市兵衞は事の由を聞いた上、早速、百燈明を上げて詫びてくれた。使者が帰った頃には治まって居た。が、翌日になると又痛み出したので、又もや使者を出して祈祷して貰うと、一旦は痛みは治まるものゝ、次の日になると又痛み出し、使者を出して祈祷して貰うと、治まった。こうして三度祈祷が繰り返されて、一応治まったが、二十日程経つと又々痛み出した。
 心配の余り、善兵衞自ら市兵衞を訪れ、折入って相談した処、そういう事ならば、一層の事、お宅で寄加持をするが宜しかろう。との事であったので、一旦家へ帰り家人とも相談の上、その意見に従う事にした。
市兵衞は、勾田村のそよを雇い、幣二本を持たせて台とし、近所の誰彼にも集まって貰い、護摩を焚き寄加持をした処、痛みは治まった。半年程経つと痛み出したので、寄加持をして貰うと、治まる。暫くすると又痛むという工合に、一年の間に九度も繰り返した。寄加持の時には、ただ近所の人々に集まって貰う丈ではなく、一々酒飯を振舞い、又供養のため近在の人々に施米した。一回の費用は凡そ四百目かゝり、軽い経費ではなかったが、可愛い伜を救けたいとの親心から、善兵衞は少しもその費えを厭わなかった。

天保九年:
 かくて、天保九年十月二十三日、夜四ッ刻(午後十時)、秀司の足痛に加えて、善兵衞は眼、みきは腰と三人揃うての悩みとなった。この日は、庄屋敷村の亥の子で、たま/\市兵衞も親族に当る乾家へ来て居た。呼ぶと、早速来てくれ、これはたゞ事ではない、寄加持をしましょう。とて、用意万端調え、夜明けを待って、いつも加持台になるそよを迎えにやったが、生憎と不在であった。やむなく、みきに御弊を持たせ、一心こめての祈祷最中に、「みきを神のやしろに貰い受けたい。」
との、啓示となったのである。
 突嗟の間にも、この一連の事を思い廻らした善兵衞は、何となく不安を覚えたが、元の神の思召は、到底、お受け出来るものではないので、これはお断りするがよいと思い定め、折角の仰せでは御座いますが、子供も沢山御座いますし、村の役なども勤めて忙しい家で御座いますので、お受けは出来ません。他様に立派な家も沢山御座いますから、どうかその方へお越し願います。と、申上げ、市兵衞も言葉を添えて、お昇り下さいませ。と、願った。(註一)
 しかし、元の神はどうしてもお聞き容れにならず。みきの言葉はいよいよ厳しく、その様子はます/\激しくなった。いつもの加持台の代りにみきを使ったばかりに、その口から思いもかけぬ未知の神の声を聞いて、多年、場数を踏んだ流石の市兵衞も、全く途方にくれた。
 寄加持は自ずと停まり、こゝに事態はあらたまった。元の神に暫時の猶予を願った一同は、その場を下がり額を寄せて協議する一方、居合わさない親族の誰彼にも使者を走らせた。
 家族や親族に、市兵衞も加わって、あらゆる智恵をしぼって相談を重ねたが、いくら相談しても、元の神の思召に従う方がよい。と言う者はない。子供は小さいし、村の役もあるし、今が所帯盛りであるのに神のやしろに差上げては、後はどうしてやって行けるか。お断りするのが分別じや。と、口を揃えて善兵衞を勇気づけるばかりであった。善兵衞としても、元の神の思召の激しさに一抹の懸念は残るが、さりとて、家庭の現状を思えば、どうしてもお受けしようという気にはなれないので、又しても、一同揃うて重ねてお断り申し、早々にお昇り下さい。と、懇願した。
 その言葉の終るか終らぬうちに、みきの様子は一変し、言葉も一段と厳しく、
「誰が来ても神は退かぬ。今は種々と心配するは無理でないけれど、二十年三十年経ったなれば、皆の者成程と思う日が来る程に。」
と、命ずるように、諭された。が、人々も退こうとはせず、人間の我々は、とても二十年も三十年も待って居る訳には参りません。今直ぐお昇り願います。と、迫ると、みきは更に激しく、「元の神の思わく通りするのや、神の言う事承知せよ。聞き入れくれた事ならば、世界一列救けさそ。もし不承知とあらば、この家、粉も無いようにする。」
と、無我の境に、ひたすら元の神の思召を伝えられた。
 夜を日についで三日の間、御幣を手にして端坐せられたまゝ、一度の食事をも摂らず、些かの休息もされぬみきは、或る時には静かに坐って居られるかと思えば、或る時には響き渡るような声で、厳かに元の神の思召を啓示げられ、手は激しく揺れ動き、御幣の垂紙は散々に破れた。
 何とかしてお昇り頂く手段は無いものかと、尚も相談を重ね、市兵衞にも諮ってみたが、事は既に市兵衞の力の及ぶ処ではなく、況んや人々にも名案は無かった。一方、食事も摂らず床にも寝まず、昼夜の別なく元の神の思召を伝えられるみきの緊張と疲労は、傍の見る眼にもその度を加え、このまゝでは一命の程も気遣われる様子になったので、遂に善兵衞は、事こゝに至ってはお受けするより他に途は無い、と思い定め、

月日のやしろ
二十六日、朝五ッ刻(午前八時)、堅い決心の下に、
「みきを差上げます。」
と、お受けした。この時、それまでの激しい様子初めて鎮まって、中山みきは神のやしろと定まりなされ、親神の心入り込んで、その思召を宣べ、世界たすけのだめの教を創められた。これぞ、我等が、月日のやしろと仰ぎ、ひながたの親と慕い、教祖と稱える方である。時に、御年四十一歳、天保九年十月二十六日であった。(註二)

  いまなるの月日のをもう事なるわ
  くちわにんけん心月日や           一二 67
  しかときけくちハ月日がみなかりて
  心ハ月日みなかしている           一二 68



 
註一  この時、長男秀司十八歳(満十七歳三カ月二十二日)長女おまさ十四歳(満十三歳六カ月十八日)三女おはる八歳(満七歳一カ月十七日)五女こかん二歳(満零歳十一カ月二日)であった。
註二  天保九年十月二十六日は、西暦千八百三十八年十二月十二日にあたる。

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2014年05月19日

稿本天理教教祖伝について。

次回から、「稿本天理教教祖伝」を紹介していきます。



「稿本」とは、下書き、草稿原稿のことですが、教祖伝は今後も加筆訂正されていくという意味です。
現代により適切な言葉の表現に改め、史実に忠実な内容に調査・推敲を重ね訂正され続けていくということです。
たとえば、その初期には「気違い」とされていた表現が「気の違い」に訂正されたり、またあるいは、「第七章 ふしから芽が出る」の中に登場する「石工七次郎」という人物について、当初は「逃亡した」と書かれていましたが、そのご遺族の「獄中死した」という進言により、監獄所などの記録を徹底的に洗い直したものの、その記録を見つけ出せなかったため、より正確な史実の表現として「突然居なくなった」と変更されたりしています。

また「稿本天理教教祖伝」は、通常の伝記小説のように主人公の出生から始まるのではなく、「立教」の時点を最初の書き出しにしています。
これは「稿本天理教教祖伝」がその「はしがき」に示す通り、「ひながた」を徹底実践することを目的として書かれ、「立教」が教祖(おやさま)の「ひながた」の始まりであるからです。

さらに「稿本天理教教祖伝」の特徴として、大げさ表現などは使用して教祖(おやさま)を極端に神格化するのではなく、あくまで客観的な史実に徹していることが挙げられます。
たとえば、「教祖御誕生祝歌」の冒頭に歌われる「空に五彩の雲たなびきし」という歌詞は、教祖(おやさま)がご誕生された日の朝、前川家の屋根の上に「五彩の雲」が現れたという一種の伝説から書かれたものですが、「稿本天理教教祖伝」の「第二章 生い立ち」を読んでもそのような表現は全く使用されていません。
それ故にこそ、客観的で正確な史実の中から見出される神の姿を知ることができます。

「稿本天理教教祖伝」を通じて、教祖(おやさま)の「ひながた」を客観的に学び、自分自身の日常に活かしていくことが大切なのだと思います。

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posted by 朱夏 at 10:51| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月15日

おふでさき号外。

おふでさき号外は、「山村御殿のふし」(明治七年十二月二十三日(陰暦十一月十五日))の翌日、すなわち明治七年十二月二十四日(陰暦十一月十六日)朝にお記し下さいました。
3首あり、教祖(おやさま)77歳の御時です。

「おふでさき号外」は、教祖(おやさま)がお記しの上、周囲の方々にお下げになったもので、おふでさき全十七号(1711首)に収録されていないものは全て「おふでさき号外」と呼ぶことができますが、どのような時期、どのような場面で書かれたかなどが正確に判明しており、教祖(おやさま)ご直筆のものと確認されているものは、この「山村御殿のふし」の翌日にお記し下された三首のみです。

また、この「おふでさき号外」三首に関して、註釈は存在しません。

おふでさき拝読の留意点は、「天理教勉強blog: おふでさきを身近に。」をご参照下さい。

また、より詳しく知りたい教語が見つかりましたら、検索機能天理教用語解説カテゴリの記事をご参照下さい。





<おふでさき号外>
にち/\に心つくしたものだねを 神がたしかにうけとりている

しんぢつに神のうけとるものだねわ いつになりてもくさるめわなし

たん/\とこのものだねがはへたなら これまつだいのこふきなるそや

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posted by 朱夏 at 20:22| Comment(0) | TrackBack(0) | おふでさき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月08日

おふでさき第十七号。

おふでさき第十七号は、明治15年頃お記し下さいました。
75首あり、教祖(おやさま)85歳頃の御時です。

明治十五年五月(陰暦三月二十五日)、二段までできていた「かんろだい」が警官によって没収されました。
おふでさき第十七号では、「かんろだい」と「つとめ」の完成を急き込まれる、「かんろだい一条」について記され、陽気づくめの「ほんみち」が近いことをお示し下されています。
また一方で、「かんろだい」が取り払われた「ざんねん」が記されています。
この第十七号の特徴として、「つとめ」を急き込まれる内容でありながら、「つとめ」という言葉が表記されていないことが挙げられます。

おふでさき拝読の留意点は、「天理教勉強blog: おふでさきを身近に。」をご参照下さい。

また、より詳しく知りたい教語が見つかりましたら、検索機能天理教用語解説カテゴリの記事をご参照下さい。





<おふでさき第十七号>
001 いまゝでハなんのみちやらしれなんだ けふからさきハみちがわかるで
002 このみちハどふゆう事にをもうかな かんろふたいのいちじよの事
003 このだいをどふゆう事にをもている これハにほんの一のたからや
004 これをばななんとをもふてみなのもの このもとなるをたれしろまい
005 このたびハこのもとなるをしんぢつに とふぞせかいゑみなをしへたい
006 このもとハいさなきいゝといざなみの みのうちよりのほんまんなかや
007 そのとこでせかいぢううのにんけんわ みなそのぢばではじめかけたで
008 そのぢばハせかい一れつとこまても これハにほんのこきよなるぞや
009 にんけんをはじめかけたるしよこふに かんろふたいをすゑてをくぞや
010 このたいがみなそろいさいしたならば どんな事をがかなハんでなし
011 それまでにせかいぢううをとこまでも むねのそふぢをせねばならんで
012 このそふぢとこにへだてハないほとに 月日みハけているとをもゑよ
013 月日にハどんなところにいるものも 心しだいにみなうけとるで
014 いまゝでハとんな心でいたるとも いちやのまにも心いれかゑ
015 しんぢつに心すきやかいれかゑば それも月日がすぐにうけとる
016 月日にハせかいぢううハみなわが子 かハいいゝばいこれが一ちよ

〜内容の区切りと思われる〜

017 いまゝでハどんなものでもむねのうち しりたるものわさらにあるまい
018 このたびハとんなところにいるものも むねのうちをばみなゆてきかす
019 これまでハかへひとよにてへたてたら なにをゆうても一寸もしろまい
020 けふからハよこめふるまもないほどに ゆめみたよふになにをするやら
021 いまゝでの月日ざねんとゆうものわ なか/\一寸の事でないぞや
022 けふまでハなにもしらすにいたけれど さあみへてきたゑらいほんみち
023 このみちをはやくみとふてせきこんだ さあこれからハよふきつくめや
024 このはなしどふゆう事にをもうかな ふでのさきがなみへてきたなら
025 いまゝでハとのよな事もきいていた このたびこそわざねんはらすで
026 このはらしとふゆう事にをもうかな なんどきどこでしりぞくやらな
027 これまでのながいどふちうこのざねん 一寸の事でハないとをもゑよ
028 これからハこのかやしをばするほとに みな一れつハしよちしていよ
029 せかいぢうどこのものとハゆハんてな 月日しいかりみな見ているで
030 どのよふな事をゆうてもをもふても 月日しらんとゆう事ハない
031 このさきわどよな事をするにもな 月日さきゑとことわりてをく
032 これからハ月日ざんねんでたならば とのよな事があるやしれんで
033 けふの日ハどのよな事もつんできた 神のさんねんはらすみていよ

〜内容の区切りと思われる〜

034 いまゝでハこのよはしめたにんけんの もとなるぢばわたれもしらんで
035 このたびハこのしんちつをせかへちうゑ どふぞしいかりをしゑたいから
036 それゆへにかんろふたいをはじめたわ ほんもとなるのところなるのや
037 こんな事はじめかけるとゆうのもな せかいぢううをたすけたいから
038 それをばななにもしらさるこ共にな とりはらハれたこのさねんわな
039 しかときけこのさきなるハとのよふな かやしあるやらこれしれんでな
040 月日よりこのざんねんとゆうのわな なか/\一寸の事でないぞや
041 かやしても一寸の事とハをもうなよ どんな事をば月日するやら
042 このはなしなんとをもうぞみなのもの 神のざんねんゑらい事やで
043 いまゝでハどのよなみちもたん/\と とふりぬけてわきたるなれども
044 もちいとのこくけんきたらんそれゆへに ちいとしていた事てあれとも
045 けふの日ハもふぢうふんにつんてきた こくけんきたらすぐにかやすで
046 この日ハないつの事やとをもている 廿六日がきたる事なら
047 それからハなんてもかてもしんちつの 心それ/\みなあらわすで
048 こんな事なんでゆうやとをもうなよ かハいあまりてゆう事やでな
049 月日にハせかいちううのこどもわな かハいばかりをふもているから
050 それゆへにせかいちううをどこまても むねのそふぢをしたいゆへから
051 このそふぢどふゆう事にをもている たすけばかりをふもているから
052 たすけでもあしきなをするまてやない めづらしたすけをもているから
053 このたすけどふゆう事にをもうかな やますしなすによハりなきよに
054 こんな事いまゝでどこにない事や このしよこふをしらしたさやで
055 これまてハどこたつねてもない事や このたび神がはじめたさやで

〜内容の区切りと思われる〜

056 けふまでハとんなみちやらしれなんだ これからさきハみちをしらする
057 このみちハどふゆう事にをもうかな 月日ざんねんいちじよの事
058 このざねんなにの事やとをもうかな かんろふ大が一のざんねん
059 このざねん一寸の事でハないほどに どんなかやしを月日するやら
060 どのよふな事がありてもうらみなよ みなめゑ/\にしてをいたのや
061 このさきハせかへぢううハとこまでも 高山にてもたにそこまでも
062 これからハせかい一れつたん/\と むねのそふちをするとをもへよ
063 このそふぢなんとをもうぞみなのもの 神の心をたれもしろまい
064 月日にハどんなざねんがあるとても いまゝでぢいとみゆるしていた
065 さあけふハ日もぢうふんにつんできた なんてもかやしせずにいられん
066 このかやしなにの事やとをもている 神のさんねんばかりなるぞや
067 このざねん一寸の事とハをもうなよ つもりかさなりゆへの事やで
068 月日にハせかいぢううハみなハが子 かハいゝばいをもていれども
069 それしらすみな一れつハめへ/\に ほこりばかりをしやんしている
070 この心神のざんねんをもてくれ どふむなんともゆうにゆハれん
071 いまゝでのよふなる事ハゆハんでな これからさきハさとりばかりや
072 このさきハなにをゆうやらしれんでな どふぞしかりしやんしてくれ
073 さと/\たをと/\びよさま/\ 
074 このはなしあいづたてやいてたならば なにゝついてもみなこのとふり
075 これをはな一れつ心しやんたのむで


<おふでさき註釈>
二、この道の真意はどういう事であるかというと、かんろだい一条によって人々の心を澄ます事である。
註 かんろだいについては、先ず明治二年のおふでさき第二号に現れ(第二号三九参照)、次いで明治六年飯降伊蔵に命じてその模型をお作らせになり、更に明治八年陰暦五月廿六日かんろだいのぢば定めを行われ、おふでさき第九号に於て詳細に寸法をお示し下され、(第九号四七〜六四註参照)、降って明治十四年から石造りでその建設に着手せられ二段まで出来たが、翌明治十五年陽暦五月十二日警官が来て、これを没収して行った。その後は明治二十一年に至る間、ぢばの場所に小石が積まれてあった。明治二十一年に至って、板張りの二段によってぢばを示して、昭和九年十月、現在の木造雛形かんろだい建設に到っている。やがて、世界一列の人の心を澄ました上で、石造りで神意通りのかんろだいが建設される。
三、このかんろだいをどういう事に思うているか、これは実ににほん一の宝である。
註 にほんは、第二号四七註参照。
四、このかんろだいを皆一列は何と思うているか、この根本の由来をだれも知るまい。
五、この度は、かんろだいを建てる元々の由来を、どうでも世界一列の者に教えたい。
六、かんろだいを建てるぢばは、元々人間創造の時に、いざなぎのみことと、いざなみのみことが、種苗代となって人間を創め出した真中心にあたる所である。
註 第六号二九〜五一、註参照。
七、八、その所で、世界中の人間を皆創造したのである。そしてその理によって、この度ぢばで一列たすけの教を創始するのであるから、ぢばは一列人間にとって、親神の理の現れている所、懷しいにほんの故郷である。
九、人間を創造した証拠に、この元のぢばにかんろだいをすえておく。
一〇、一一、このかんろだいが親神の教通り建て上ったならば、親神の理想通り自由自在の陽気ずくめの世界が来るのであるから、それまでに、どこどこまでも世界中の人の心を掃除せねばならぬ。
一二、この掃除は、世界一列どこに別け隔てなく公平に、親神が見分けをしているのであるから、よく承知しておくように。
一三、親神は、見抜き見透しであるから、世界中どのような所にいる者でも、皆それぞれと各人の心通りに受け取って、別け隔てはしない。
一四、一五、今までは、どのように親神の心に添わぬ心づかいをしていても、一たんその非を悟ったならば、一夜の間にも、真実の心とすっきり入れ替えるようにせよ。そうしたならば、親神はこの事をも真に受け取って自由自在の守護をしよう。
一六、親神にとっては、世界中の人間は皆我が子であるから、親神はただ子供可愛いい一心である。
一九、二〇、人間の心は浅はかであるから、壁一重隔てたら何をいっても一寸も分かるまいが、今日から以後は、見抜き見透しの親神が夢かと思う程不思議な働きをするから、少しの間も油断せぬようにせよ。
註 かへひとよは、壁一重の意。
二三、この立派な大道を早く見たいばかりに急き込んだ。さあこれから先は何を見ても聞いても、皆陽気ずくめである程に。
二四、これから先、陽気ずくめになるという話を、どういう事と思うか。ふでさきに書き記した事が実現して来たならば、世界が一列に勇んで来て陽気ずくめの世の中となる。
二五、今までは、どのような言い分も聞いて見逃がして来たが、今度こそは、親神の自由自在の働きを現して、積もるもどかしさを晴らそう。
二六、親神は何時何処で身の内から退いて、晴らしをするか分からぬから、皆充分に気を付けよ。
二八、これからは、今までに積もり重なったもどかしさのかやしをするから、皆一列の者はこの事を、よく承知していよ。
二九、世界中、どこのだれそれと指し定めていうのでは無い。親神は一列人間の心づかいを、皆それぞれとしつかり見抜き見透している。
三一、これから先は、どのような事をするにしても、親神は何事も前以て予め断っておく。
三二、今後、親神の積もり重なったもどかしさが、一度に現れたならば、どのような変わった事が起こるかも知れぬ。
三三、今日となっては、どのような事も現さねばならぬ時が迫まって来たので、これからは親神の遺憾とする所を次々に晴らして行くから、皆しっかりと見ているがよい。
三四、三五、今までは、この世人間創造の元のぢばは、だれも知っている者は無かった。この度はこの人間創造の真実を、どうでも世界中の人々にしっかり知らせたいから、いろいろ心を尽し切っている。
三六、それ故に、かんろだいを建て始めたという訳は、実は、ぢばがこの世人間創造の場所だからである。
三七、このようにかんろだいを建てかけるというのも、親神のこの世創めた真実を明かに現して、世界一列の子供を救けたいたすけ一条の親心からである。
三八、そのたすけ一条の深い意図から建て始めたかんろだいを、何も理の分からぬ子供の為に取り払われた親神のもどかしさは、並一通りのものではない。
註 教祖様の思召で、明治十四年五月に石屋の七次郎に命じて、定まった型通りのかんろだいを造り始められた。そして同年九月には二段まで出来てあったが、十五年陽暦五月十二日警察から来て、これを没収して行った。本歌はその時の事を仰せられたものである。
三九、しっかり聴け、たすけ一条の親心を無視した振舞いをするからには、今後どのようなかやしがあるか知れないぞ。
四二、この話を何と思うて皆の者は聴いているか、親神のもどかしさ、はがゆさは頗る激甚なものがある。
ー四五、四六、今日の日は、もう十分に刻限が迫まって来た。この親神の働きを現すべき刻限が到来したならば、直ちに応報のかやしを現すであろう。その刻限到来の日は、いつの事と思うているか。親神の深い意図をかけた二十六日が来た事ならば、直ぐに現す。
註 こくけんは、刻限で、定められた時の意。親神様のお働きをお現し下さる時を仰せられている。五一、五二、人々の胸の掃除をするというのは何のためかというと、一列子供を救けたいからである。そしてこのたすけ一条というのは、ただ身上の悩みを救けるだけではなく、珍らしいたすけをしたいと思うているのである。
五三、この珍らしいたすけとはどういう事と思うか、それは病気にならず死なず又年寄っても弱らぬという、不思議なたすけを実現したいと思っているのである。
註 第三号九九、一〇〇、第四号三七、第八号七八、七九註参照。
五四、五五、このような不思議なたすけは、今までどこにも無かった事であるが、この珍らしいたすけが実現するという証拠を見せたいから、親神は段々心を尽しているのである。まことにこのたすけは今までには何処を探しても無かった事であるが、子供可愛いい親心から、この度これを始めようと思って、だんだんと苦心しているのである。
五八、五九、親神は、たすけ一条のために建て始めたかんろだいを取り払われたのが、何よりも第一遺憾千万であって、このもどかしさは並大抵な事ではないから、このかやしとしてはどのような事をするか分からぬ。
六〇、たとい、どのような事が現れて来ても、決してうらみに思わぬよう。皆銘々に自分のまいた種子が生えて来たのである。
六一、六二、これからは、世界中すみからすみまで、上下の差別なく一列に、次から次へと人の胸の掃除をするから、しっかりと承知していよ。
六三、何故このように、親神が世界一列の胸の掃除をするか、この親神の心の中はだれも知るまい。
六九、七〇、この親心の真実も知らないで、人間が浅はかな自分勝手のほこり思案ばかりしているのが、親神としては実に不びんで、何ともいいようが無い程である。
七一、七二、これからは悟りばかりの道で、今までのように一々説き諭すような事はいわないから、今後いう事は何をいうか知れないが、何を聞いてもしっかり心に思案してもらいたい。
七三〜七五、註 さとさととは、教祖様の生家前川家を指し、たをとたをとは、秀司先生の庶子で田村の田甚の分家へ養子に行かれた音次郎氏のこと、びよさまびよさまとは秀司先生の奥様まつゑ様の生家平等寺村の小東家を指されたものである。
右に挙げた三家は当時いずれもお道に対しては熱心という訳には行かなかった。この御歌は神一条の道に遅れるならば、たとい親戚の者でも十分守護する訳には行かぬ、とお戒しめになったもので、合図立て合いとなって、悪い理が回って来たならば、何についても皆この通りになるから、皆の者はよく思案せよと仰せになっている。こゝの所をよく思案して、我々は神意に背かぬよう、神意の急き込みに遅れぬよう、しっかりと神一条の御教を心に体して、たすけ一条の道に、勇んで進まして頂かねばならぬ。

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posted by 朱夏 at 20:32| Comment(0) | TrackBack(0) | おふでさき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月06日

おふでさき第十六号。

おふでさき第十六号は、明治14年4月よりお記し下さいました。
79首あり、教祖(おやさま)84歳の御時です。

おふでさき第十六号では「元」について記されています。

おふでさき第十六号が記された明治14年は、四月八日(陰暦三月十日)に秀司先生が六十一才でお出直し、五月五日(陰暦四月八日)より、「かんろだい」の石普請が始められましたが、九月下旬(陰暦八月上旬)に頓挫してしまうなど、多難な一年となっています。
一方で、九月(陰暦八月)には、初代真柱様が中山家へご入籍されるという喜び、また当時五歳のたまへ様を通じて「つとめ人衆」の選定、さらにはお側の方々に「こふきを作れ」とお急き込みになるなど、道の上での後継者、取次人の丹精、お仕込みを進められています。


おふでさき拝読の留意点は、「天理教勉強blog: おふでさきを身近に。」をご参照下さい。

また、より詳しく知りたい教語が見つかりましたら、検索機能天理教用語解説カテゴリの記事をご参照下さい。





<おふでさき第十六号>
001 いまゝてハこのよはじめたにんけんの もとなる事をたれもしろまい
002 このたびわこのもとなるをしいかりと とふぞせかいゑみなをしゑたい
003 このもとハかぐらりよにんつとめハな これがしんぢつこのよはしまり
004 このたひのかぐらとゆうハにんけんを はじめかけたるをやであるぞや
005 このもとをしりたるものハないのてな このしんぢつをみなをしゑるで
006 いまゝてもにち/\くときたん/\と ゆうてきかした事ハあれとも
007 もふけふハいかほど月日ゆうたとて 一れつ心わかりないので
008 それゆへにもふせへつうがきたるから せひなくいまわかやしするぞや
009 このかやし一寸の事とハをもうなよ あゝちこゝちにをふくみゑるで
010 このよふのにんけんはじめ元なるを どこの人でもまだしろまいな
011 このたびハこのしんちつをせかへぢうへ どふぞしいかりみなをしゑたい
012 しかときけこのもとなるとゆうのハな くにとこたちにをもたりさまや
013 このをかたどろみづなかをみすまして うをとみいとをそばいひきよせ
014 このたびのざねんとゆうわしんからや これをはらするもよふないかよ
015 このことを神がしいかりひきうける どんなかやしもするとをもゑよ
016 このかやしみへたるならばどこまでも むねのそふぢがひとりでけるで

〜内容の区切りと思われる〜

017 いまゝでハとのよな事もみゆるして ちいとしていた事であれとも
018 けふの日わもふひがつんであるからな とんな事でもすぐにかやすで
019 このところとめる心でくるならば そのまゝとこい月日でるやら
020 てるのもなどんな事やらしろまいな 月日むかいにでるでしよちせ
021 けふの日ハもふぢうふんにつんてある とのよなみちがあるやしれんで
022 せかいぢうみな一れつハしかとせよ なんとき月日つれにてるやら
023 けふの日ハめづらし事をゆいかける なにをゆうともたれもしろまい
024 せかいにハみなとこまてもをなし事 子共かたずけこしらゑをする
025 いかほどにこしらゑしたとゆうたとて そのさきなるわたれもしろまい
026 月日にわどんなをもハくあるやらな このみちすじハしりたものなし
027 このさきハとのよなゆめをみるやらな もんくかハりて心いさむで
028 とのよふなめづらしゆめをみるやらな これをあいつにつとめにかゝれ
029 けふの日ハとのよな事もきいている なんどきもんくかわる事やら
030 とのよふな事がありてもうらみなよ みなめゑ/\にする事やでな
031 月日にわみな一れつハわが子なり かハいいゝはいをもていれども
032 めへ/\にする事ばかりせひハない そこでちいくりみているのやで
033 けふの日ハなにもしらすにいるけれど あすにちをみよゑらいをふくハん
034 このみちがみへたるならばとのよふな ものでもかなうものわあるまい
035 月日にハどんなをもハくあるやらな この心をばたれもしろまい
036 これをばなみへかけたならとこまても むねのうちをばひとりすみきる

〜内容の区切りと思われる〜

037 これからハこのよはじめてなにもかも ない事ばかりゆいかけるなり
038 いまゝでハ人の心のしんちつを たれかしりたるものハなけれど
039 このたびハ神がをもていでゝるから どんな事でもみなをしゑるで
040 このはなしとこの事ともゆハんてな みのうちさハりこれでしらする
041 こんな事なんでゆうやとをもうなよ かわいあまりてゆう事やでな
042 どのよふな事でもわがみする事に 神のしらんとゆう事わない
043 それゆへになにもよろづをことハりて そのゆゑかゝるしことなるぞや
044 いまゝでハなによの事もぢいくりと しかゑていたる事であれども
045 しかときけいまゝでなるのはなしハな なにをゆうてもきいたばかりや
046 けふの日ハみちがいそいでいるからな どんな事てもはやくみへるで
047 それゆへにでかけてからハとむならん そこで一れつしやんするよふ
048 いまゝでも神のくときわたん/\と いろ/\といてきたるなれとも
049 いかほとにくどいたとてもたれにても きゝわけがないをやのさんねん
050 こゝまてもよいなくときやないほとに このたびこそハしやんするよふ
051 このはなしなんとをもふてきいている つもりかさなりゆへの事やで
052 けふの日の神のさんねんりいふくわ よいなる事でないとをもゑよ
053 月日よりないにんけんやないせかい はじめかけたるをやであるぞや
054 そのところなにもしらざる子共にな たいことめられこのさねんみよ
055 このたびハこのかやしをばするほとに みなとこまでもしよちしていよ

〜内容の区切りと思われる〜

056 けふまてわなにもしらすにいたけれと さあみへかけたゑらいたのしみ
057 このみちハどんな事やとをもうかな せかい一れつむねのそふぢや
058 この事ハなんの事やとをもている 神のざんねんはらす事やで
059 このさきハとこの人ともゆハんてな むねのうちをばみなみているで
060 けふからわ月日でかけるはたらきに どんな事をはするやしれんで
061 いまからの月日はたらきするのハな どこでするともたれもしろまい
062 高山もたにそこまてもせかいぢう 一れつをみなあゝちこゝちと
063 月日よりせかいぢうをばはたらけば このをさめかたたれもしろまい
064 それゆへにこのしづめかた一寸しらす 一れつはやくしやんするよふ
065 つとめてもほかの事とわをもうなよ たすけたいのが一ちよばかりで
066 それしらすみなたれにてもたん/\と なんどあしきのよふにをもふて
067 にんけんハあざないものてあるからな なにをゆうともしんをしらすに
068 けふまてわとんな事てもゆハなんだ ぢいとしていたこのさねんみよ
069 これからハ神のをもハくするからハ とんな事をばするやしれんで
070 いまゝてハなにもゆうたりをもふたり まゝにしていた事てあれとも
071 このさきわ神がしはいをするからハ とんな事てもまゝにてけんで
072 にんけんのめゑにハなにもみへねども 神のめゑにハみなみへてある
073 こしらゑをやるのハしばしまちてくれ とろみづなかいはめるごとくや
074 いまゝでハとんな事でもゆハなんだ けふハなんてもゆハねはならん
075 もふけふハなんてもかてもみへるてな こくけんきたら月日つれいく
076 けふの日ハもふぢうふんにつんてきた なんときつれにでるやしれんで
077 つれいくも一寸の事てハないほとに をふくみへるがたれもしろまい
078 いかほとのたかいところとゆうたとて もふけふからわもんくかハるで
079 さあしやんこれから心いれかへて しやんさだめん事にいかんで

<おふでさき註釈>
一、今まではどのようにしてこの世を創造し、人間を生んだかという本元の事をだれも知らないであろう。
二、この度はこの本元を、どうかしてしっかりと世界一列に皆教えたい。
三、四、かぐら両人であらわされている月日両神こそは、人間創造の元の親神である。
註 かぐらづとめに於て、かぐら面を冠ぶった両名によって、その理をおあらわししている月日両神こそ元の神、天理王命様である事を仰せられている。
五、この根本を知っている者はだれもないから、親神のこの世人間創造の真実を、事詳らかに皆教える。
六〜八、今までからも、この世の本元は月日両神である、と、だんだん詳しく説き聞かして来たが、いまだに皆の者は親神のいう事を了解しないので、もう今日となっては時機が切迫して来たから、やむなく人々の間違うた行いに対してかやしをするのである。
一〇、一一、この世の人間を創造した根本を、だれもまだ知らないであろう。この度はこの根本の真実を、どうかして、確かに皆の者に教えたい。
一二、一三、しっか確り聞けこの世人間を創造した元の親神は、くにとこたちのみこと、と、をもたりのみことである。この親神が、泥海の中を見澄して、先ずうおと、みとをそばへ引寄せ、だんだんと心を尽して人間を創造したのである。
註 第六号二九〜五一註参照。
一四〜一六、註 お道がひろまるにつれて、おぢばを慕うて集まって来る者はだんだん多くなるが、一方、当局の取締まりは益々激しくなるので、やむなく申し開きのため、蒸風呂兼宿屋業を営まれて、信者の参詣に便利なようにせられた。しかし、公然神様をおまつりし又参拝する事を許されたのではないから、おつとめをすると直ぐ差し止められ、信者が参拝すると追い払われたりして、ひいてはそれが教祖様の身の上に累を及ぼすので、何とかして、自由に参拝者を寄せる方法は無いものかと、考えられた結果、明治十三年九月金剛山地福地の配下に属して、転輪王講社と称する教会を設け、上段の間には転輪王如来の軸をかけ、その前に御簾をたれ、神鏡を安置して、これを天理王命のめどとして礼拝するようにせられた。この状態は、明治十五年陰暦九月十六日(陽暦十月二十七日)取り払いになるまで続いたのであるが、これを見ても当時の取締まりが如何に激しかったかが分かる。そしてこの取締まりは主として、よふきづとめを差し止めて来たのである。このように親神様の天地人間創造の真実を現した、たすけづとめを差し止められる事を、親神様は非常に遺憾千万に思召していた。そしてこの激しいもどかしさを晴らす為には、かやしをするが、このかやしが見えて来たならば、人々はおのずから胸の掃除をせねばならぬようになると仰せられているのである。
一九、このつとめを差し止めるような心で来るならば、親神は直ちに何処へ出て了うかも知れぬ。
二〇、親神が出るというても、どのような事か知るまいが、それは親神が迎えに出るという事であるから、よくこの事を承知して置くようにせよ。
二一、今日の日は、もう十分に時旬が切迫し切っているから、いつ何時どのような道が見えて来るか分からぬ。
二二、世界一列の人間は皆しっかりと真実の心を定めよ、何時親神が連れに出るか分からぬから。
二四、二五、世間では親が子に対する情として、子供が成人すれば、必ずこれを縁付ける用意をするが、しかし如何に用意したとて、子供の将来の事まで分かる者はなかろう。
註 これは秀司先生の庶子音次郎氏(第一号二六註参照)を田村の質屋村田某の分家の養子にやられる時のお言葉で、教祖様には本人のいんねんなり、将来の身持ちが分かっているから、こしらえをしても、泥水中へすてるのも同然であると、とめられたが、秀司先生の奥様、まつゑ様にしてみると義理の中であるから、相当にこしらえをしてやらねばならぬと、そう豊かでない中から算段をして、たんす、長持、帳だんすの三荷と金百円に三段余の田地をつけて婿養子にやられた。その後、音次郎氏は勾田村に居を構え、醤油屋など慣れぬ商売をして損をした上、素行が治まらなかったから、分けてもらった田地は中山家に買いもどしてもらって金にしたり、その他の家財も売り払うて一両年中にすっきり財産を失くしてしまって、ついに明治十六年には離縁になった。
二七、将来はどのような夢のように不思議な事が見えて来るかも知れないそれから道の様子が一変して、皆の心が勇み立つようになる。
二八、どのような珍らしい夢を見るかも知れないが、それを合図として、よふきづとめに取り掛かれ。
二九、今日となっては、如何な事も皆説き聞かせてあるから、よく分かっているはずであるが、もう何時道の様子が変わって来るかも知れない。
三〇、我が身にかかって来るどのような事があっても、他人を恨んではならない。それは皆、各自の心から招いた理である。
三一、三二、親神としては、一列の子供可愛いい上から、いろいろ心を尽しているけれども、銘々勝手にする事ばかりは、どうも仕様がない。そこでじいっと様子を見ているのである。
三三、今日の処では皆何も知らずにいるが、もう今に立派な大道が見えて来る。
三四、今でこそ細道であるが、やがてこの大道が見えて来たならば、どのような者でも反対は出来まい。
三六、親神の意図が、逐一実現して来たならば、世界中の人々の心が自然に澄み切るようになる。
三八、三九、今までは、人間の心の真実をだれも知った者はなかったが、この度は親神が表へ現れ出ているから、何事も皆教える。
四〇、この話はどこの事ともいわぬ。皆一列に心の真実を身上事情に現して教えるのであって、もし心にほこりがあったならば、身上に障りをつけて知らせる。
四二、どのような事でも、人間のする事で親神の知らんという事は一つもない。
四三、それであるから、何事も皆前々から心得違いのないように注意を与えておいて、それでも注意をきかない時に、初めて身上事情の手入れを現す。
四五、しっかりと聞け、今までの話は皆、何をいうても皆の者はただ話として聞き流すばかりであったけれども。
四六、今日の日は親神が一列たすけを急き込んでいるから、何事でも親神の説き聴かす事は速やかに実現して来る。
四七、そこで、身上事情に現れてから騒いでも仕方がないから、早く皆々親神の心を悟って思案するがよい。
五〇、これ程までにいう親神の急き込みは、並大抵の事ではないのであるから、今度こそはよくよく聞き分けて思案するようにせよ。
五三、月日両神が、無い人間無い世界を創造した。この元の親神が今ここに現れているのであるぞ。
五四、然るに、何も訳の分からない子供に、太鼓をとめられたのは実に遺憾千万である。
註 当時おつとめめの太鼓を差し止められた事に対して、仰せられたのである。
五六、この道がどういう事になるのか、今日まではだれも知らずにいたであろうが、さあまことに楽しい道が見えかけて来た。
五七、この道は、どういう道と思うているか、世界一列の人間の胸の掃除をする道である。
五八、人々の胸の掃除をするというのはどういう事であると思っているかこの掃除というのは、親神の積もる思いを晴らす事である。
五九、今後は、何処のだれそれと名指しはせぬが、親神は一列の心の中を皆見抜き見透している。
六〇、今日からは、親神が自ら進み出て自由自在の働きを現すから、どのような事をするか分からない。
六二、親神は、高山も谷底も一列に世界中をあっちこっちと自由自在の働きを現してまわる。
六三、親神が胸の掃除をするために、世界中を働いて回れば、いろいろ様々の事が起こって来るが、これをどうして治めたらよいか、だれも知っている者はあるまい。
六五、よふきづとめをするのは、いささかも他に目的があってするのではない。ただ世界一列を救けたいばかりにするのである。
六六、それを知らずに、だれも彼も、何か邪まな事ででもあるかの如く誤解している。
六七、人間は実に浅はかな者であるから、親神の真意を知らずに、ただ彼これといっている。
七〇、今日までは、人間の勝手な考から、何事でも思案をしたり又はいうたりして来た。
七一、将来は、親神が一切万事を支配するから、何事も人間心で左右する事は出来ない。
七二、七三、註 本号二四、二五註参照。
七五〜七七、もう今日は、どうでもこうでも見えて来るのであって、刻限が来たら、親神が連れて行く。もう今日は、その刻限も充分に迫まって来たから、何時連れに出るか分からない。連れに出るというても一寸の事と思ってはならぬ、多くの人々が集って来るのであるが、このような事はだれも知らないであろう。
註 教祖様に対する官憲の呼び出しなどを仰せになっていると拝する。
七八、どれ程地位身分の高い者でも、もうこれからはだんだん様子が変って勝手な振舞いは出来ぬようになる。
七九、さあ、よく考えて、今後は心を入れ替えて誠真実の心をしっかりと定めねばならぬで。

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posted by 朱夏 at 21:06| Comment(0) | TrackBack(0) | おふでさき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月03日

おふでさき第十五号。

おふでさき第十五号は、明治13年1月よりお記し下さいました。
90首あり、教祖(おやさま)83歳の御時です。

おふでさき第十五号では、主として秀司先生を台に、「ためし」を主題として記されています。
史実として大きな出来事は、この年(明治十三年)の九月二十二日(陰暦八月十八日)に転輪王講社の開筵式行われ、陰暦八月二十六日に初めて三曲を含む鳴り物を揃えての「つとめ」が行われたことが挙げられます。(天理教勉強blog: 稿本天理教教祖伝逸話篇七三 大護摩参照)
おふでさき第十五号は、この出来事よりも先に御執筆されていますので、警告とも予言とも解釈できる内容が記されています。
いずれにせよ、この号ではこれまで以上により一層激しく、「つとめ」をお急き込みになっています。

おふでさき拝読の留意点は、「天理教勉強blog: おふでさきを身近に。」をご参照下さい。

また、より詳しく知りたい教語が見つかりましたら、検索機能天理教用語解説カテゴリの記事をご参照下さい。





<おふでさき第十五号>
001 けふまでわなにの事でもちいくりと ゆハすにいたる事であれども
002 もふけふわなんでもかてもゆうほどに をやのざんねんこれをもてくれ
003 けふまてハなにをゆうてもにんけんの 心のよふにをもていたれど
004 さあいまわなにをゆうてもにんけんの 心あるとハさらにをもうな
005 とのよふな事をゆうやらしれんでな なにをゆうてもしよちしてくれ
006 このたびハどんなためしをするやらな これでしいかり心さだめよ
007 このはなしたれが事ともゆハんてな みなめゑ/\の心さだめや
008 いかほどにせつない事がありてもな をやがふんばるしよちしていよ
009 これからハをやのゆう事しいかりと しよちしてくれあんぢないぞや
010 あすからハをやがはたらきするほとに どんなものでもそむきでけまい
011 いまゝでも四十三ねんいせんから をやがあらハれはじめかけたで
012 けふまてハたいてさねんもいくたびも ちいとしていた事であれとも
013 さあけふハ月日のはらがはぢけたで しかゑていたる事であれとも
014 いまゝでわ村やとをもてちいくりと まだをさまりていたるなれとも
015 このたびハとのよな心いるものも みさだめつけてすぐにはたらく
016 こらほどにさねんつもりてあるけれど 心しだいにみなたすけるで
017 いかほどにさねんつもりてあるとても ふんばりきりてはたらきをする
018 けふの日ハなにをゆうやらしれんでな をやのざんねんみなあらわすで
019 いまゝでわ人の心のしんちつを しりたるものハさらになけれど
020 さあけふハどんなものてもしんちつの むねのうちをばたしかあらハす
021 これさいかみなあらハした事ならば むねのそふぢがひとりでけるで

〜内容の区切りと思われる〜

022 けふからハどんなはなしをしかけても なにをゆうてもしよちしてくれ
023 たん/\となにをゆうやらこれしれん とんな事てもをもわくをする
024 いまゝてハ四十三ねんいせんから あしをなやめたこれがしんはい
025 このたびハなんでもかでもこれをはな もとのとふりにしてかやすでな
026 このはなしなにを月日がゆうたとて どんな事てもそむきなきよふ
027 これからのをやのたのみハこればかり ほかなる事わなにもゆハんで
028 この事をなにをたのむとをもうかな つとめ一ぢよの事ばかりやで
029 このつとめこれがこのよのはぢまりや これさいかのた事であるなら
030 さあけふハをやのゆう事なに事も そはの心にそむきなきよふ
031 そはなるの心ちがゑばぜひがない そこでくど/\ゆうてをくぞや
032 けふの日ハなによの事もせかいにハ しりたる人ハさらになけれど
033 をやのめにしいかりみへてあるほどに とんな事やらたれもしろまい
034 このよふをはじめてからにいまゝてハ たれてもしらぬ事ばかりやで
035 その事をふしゑたいからたん/\と そこでとのよな事もするのや
036 なにもかもとのよな事もゆてをいて それからをやがはたらきをする
037 はたらきもとんな事やらしろまいな せかいちうハをやのからだや
038 いまゝてのをやのざんねんしらしたさ そこでこのたびみなしてみせる
039 とのよふな事をするやらしれんてな みな一れつハしよちしていよ
040 このたびのさねんくときのこのはなし みな一れつわなんとをもてる
041 このもとわ四十三ねんいせんから ゑらいためしがかけてあるぞや
042 これさいかしいかりしよちしたならば とんな事をがかなわんでなし
043 せかいちうをみな一れつをたすけたさ そこでためしがゑらい事やで
044 けふまでわとのよなみちもとふりぬけ ぢいとしていた事であれども
045 もふけふハなんでもかでもしんぢつを してかゝるでなしよちしていよ

〜内容の区切りと思われる〜

046 いまゝでとみちがころりとかハるでな みな一れつわ心さためよ
047 このみちハうちもせかいもへたてない せかいちううのむねのそふぢや
048 このよふをはじめてからにけふまでわ ほんしんぢつをゆうた事なし
049 けふの日ハほんしんちつをゆいかける とふぞしいかりしよちしてくれ
050 このはなし四十三ねんいせんから ゑらいためしがこれが一ちよ
051 このためしなにの事やとをもうかな つとめ一ぢよせくもよふやで
052 このつとめどふゆう事にをもうかな なりもの入て人ちうのもよふ
053 このつとめどんなものでもしやんせよ これとめたならわがみとまるで
054 このよふをはじめかけたもをなぢ事 ないにんけんをはちめかけたで
055 これさいかはじめかけたる事ならば とんなたすけもみなうけやうで
056 この事ハしいかりしよちせんならん これとめたならすくにしりぞく
057 いまゝてハ高山やとてけん/\と まゝにしていた事てあれども
058 これからハいかほどたかい山でもな たにそこまゝにさらにてけまい
059 このさきわたにそこにてハだん/\と をふくよふきがみゑてあるぞや
060 たん/\とよふぼくにてハこのよふを はしめたをやがみな入こむで
061 このよふをはじめたをやか入こめば どんな事をばするやしれんで
062 とのよふな事をしたとてあんぢなよ なにかよろつわをやのうけやい
063 この事をはやく心をしいかりと さためをつけてはやくかゝれよ
064 けふまてハどんなみちやらたれにても しりたるものハさらになけれど
065 もふけふハしんの心をたん/\と みなあらわすでしよちしていよ
066 をやのめにかのふたものハにち/\に だん/\心いさむばかりや
067 をやのめにさねんのものハなんときに ゆめみたよふにちるやしれんで
068 このはなしとこの事ともゆハんでな せかいちううハみなわがこやで
069 一れつのこどもハかわいばかりなり とこにへたてわさらになけれど
070 しかときけ心ちがゑばせひがない そこでだん/\ていりするのや
071 この事ハ高山にてもたにそこも ゆだんなきよに心さだめよ

〜内容の区切りと思われる〜

072 さあたのむなにをたのむとをもうかな はやくなりものよせてけいこふ
073 これまてハとんな事てもちいくりと またをさまりていたるなれども
074 もふけふわなんてもかでもはや/\と つとめせゑねばならん事やで
075 いまゝてハどんな事てもたん/\と いろ/\たのみかけてあれとも
076 なに事をたのんだとてもたれにても きゝわけがないをやのさんねん
077 このたびのざねんくときのこのはなし とふぞしいかりきゝわけてくれ
078 けふの日ハをやがなに事ゆうたとて どんな事でもそむきなきよふ
079 いまゝでハどんなはなしをしたとても なにをゆうてもにをいはかりや
080 けふの日のはなしとゆうハせへつうや もふそのまゝにすぐにみへるで
081 このはなし四十三ねんいせんから むねのざんねんいまはらすてな
082 それしらすうちなるものハなにもかも せかいなみなるよふにをもふて
083 このみちハ四十三ねんいせんから まことなんぢうなみちをとふりた
084 その事をいまゝでたれもしらいでも このたびこれをみなはらすでな
085 このはらしどふしてはらす事ならば つとめ一ぢよてみなあらハすで
086 このつとめをやがなに事ゆうたとて とんな事てもそむきなきよふ
087 こればかりくれ/\たのみをくほとに あとでこふくハいなきよふにやで
088 このたびのつとめ一ちよとめるなら みよだいなりとすぐにしりぞく
089 このはなしなんとをもふてそはなもの もふひといきもまちていられん
090 はや/\となりものなりとたしかけよ つとめはかりをせへているから


<おふでさき註釈>
一、今日迄は何事につけても、差し控えて親神の深い意中をいわないでいたのであるが。
註 ちいくりは、「じっくり」で急がずに控えておくという大和の方言。
二、もう今日は時機が到来したので、何も彼も皆言い聞かせるから、これを聞いて親神の積もるもどかしさがどれ程激しいものであるかを、よく知ってもらいたい。
五、親神はどんな事をいうかも知れないが、何をいうてもよく了解してもらいたい。
六、この度は試しをする。それもどんな試しをするか分からないが、これによってしっかり心定めをせよ。
七、この試しは特にだれにかけるとはいわぬ。各人皆銘々自分の事として心定めをするがよい。
八、親神の試しは身上事情に現れて来るから、どのように苦しい事があるかも知れぬが、たといどのように苦しい事があっても、これは試しであって、真実の親神が力づけ踏ん張っているのであるから、それを承知して身上事情に心を倒さぬようしっかり心定めをするがよい。
一〇、明日からは親神が直き直き働くから、如何な者でもこれに背く事は出来まい。
一一、親神は四十三年以前から表に現れて、教を説き始めたのである。
註 四十三年以前とは、天保九年に相当する。
一二、それから以後今日までは、大抵幾度もの激しいもどかしさを、じっとこらえて控えて来たのであるが。
一三、さあ今日は、いよいよ親神の真意を表へ現す時機が到来した。
一四、今までは村方やと思うて、急がずにじっと見ていたのであるが。
註 村とは当時の三島村で(明治十年五月二十九日、三島、庄屋敷合村なる)、そのころの村方は本教の何ものたるかを知らず、事毎に好意を持たず反対していた。
一五、この度はどのような心でいる者も皆、それぞれとその者の心を親神が見定めて、心通りの守護を直ぐに現す。
一六、これ程に親神のもどかしさが積もり重なってはいるが、人間が心さえ速やかに入れ替えて親神にもたれて来るなら、親の慈悲で皆救ける。
一七、どれ程親神の心に、不本意なもどかしさが積もり重なっていても、人間が心さえ入れ替えて願うて来るならば、踏ん張り切って働きをする。
一八、今日の日は、どのような事をいい出すか分からない。積もり重なった親神のもどかしさを皆現す。
一九、二〇、今までは、人々の心の真底をだれも知った者は無かったが、もう今日は総ての人々の心の真底をば、皆それぞれと現して見せる。
二一、各人の心を、それぞれ身上事情に現したならば、自然と胸の掃除が出来て来る。
二三、だんだんとどのような事をいい出すやら分からぬ。何事も皆、親神のたすけ一条の遠大な意図からしている事である。
二四、註 第一号二六及第十二号一一八〜一二〇註参照。
尚、本号は主として秀司先生を台にしてのお諭しである。
二五、この度は何うしてでも、足の障りをなおして、元の身体にして返す。
二六、この事について親神が何をいうても、どのような事も皆、背かずに必ず実行してもらいたい。
二八、親神の頼みとは何であると思うか。それはつとめ一条の事ばかりである。
註 つとめ一ぢよ ここでお急き込みになっているのはかぐらづとめである。
二九、このかぐらづとめは天地人間創造の理を現すつとめである。これさえ勤める事が出来たならば、自由自在の守護を現す。
三〇、さあ今日は、親神のいう事は何でも皆、側の者は心から受け入れて背かぬようにせよ。
三一、側の者の心が違えば、せっかくの親神の苦心もその甲斐がないのであるから、それで繰り返えし繰り返えし教え諭して置くのである。
三三、親神の目には確かに見えてあるけれども、それがどのような事であるか、だれも知るまい。
三四、親神がこれから教えようと思っている事は、この世を創めてから今までだれも知らぬ事ばかりである。
三五、その今までだれも知らぬ珍らしいよろづたすけの道であるよふきづとめを教えたいからして、どのような事もするのである。
三六、何も彼も総ての事を先に予告して置いて、それから親神の働きを現す。
三七、働きというても、どのような働きをするか知るまいが、世界中は親神の身体であるから、この事からしてしっかり考えて見よ。全宇宙に起こる出来事はこれ皆、親神の働きの現れである。
三九、積もり重なったもどかしさを晴らすためには、どのような事をするか分からないから、皆一列の者はこの事をよく承知していよ。
四一、註 本号二四註参照。
四二、この試しさえ確かに悟る事が出来たならば、どのような事でも自由自在に守護する。
四三、世界中の人間を皆一列に救けたいから、それで試しも並大抵ではないのである。
四四、今日までにはどのような道すがらもあったが、その中を堪え忍んで通りぬけ、控えに控えて来たのであるが。
四五、もう今日は、どうでもこうでも親神の意図通りに何事も、し始めるから皆承知していよ。
四六、これからは、今までとは道の様子がころっと変って来る。皆一列の者はどのような激変があっても、心を狂わさないようにせよ。
四七、この道は内も世界も隔てなく、世界中の人の胸の掃除をする道である。
四八、この世を創めてから今日まで、まだ親神の本真実をいうたことはない。
四九、今日の日は、人の心も成人して、時旬が来たから、親神の真実親心を説いて聞かせる。どうかしっかり聞いて心に治めてもらいたい。
五〇、この話というのは、四十三年以前から、大きな試しがかけてある。この試しについての話である。
五一、この試しは何の為にかけていると思うか。これはつとめ一条を急ぐ段取りとしてかけているのである。
註 ためしとは、秀司先生の御足病のこと、これはおつとめを急がれるための試しであった。
五二、このつとめはどういうふうにして勤めるかというと、鳴物を入れつとめ人衆をそろえて勤めるのであるから、皆の者は力を協せて早くその用意に取り掛かれ。
註 なりもの おつとめの鳴物は本歌御執筆の明治十三年にそろうたのであるが、おつとめの鳴物とは左の九つである。
笛、拍子木、ちゃんぽん(銅拍子)、太鼓、擦鉦、小鼓、琴、三味線、胡弓。
五三、このつとめの理がどれ程重いものであるかという事は、皆よく考えねばならぬ。もしこのつとめをとめるならば、我が身の息の根が止まってしまう程に。
五四、このつとめに現されている如く、十柱そろうて、無い人間無い世界を創造したのであるが、それと同じくこの度は、このつとめによってたすけ一条の道を創めかけるのである。
五五、このよふきづとめさえ始めたならば、どのようなたすけも皆請け合う。
五六、このつとめ一条の話はしっかり聞いて速やかに実行せよ。もしこれをとめるような者があれば、親神は直ぐ退いてしまう。
五七、五八、今までは、上に立つ者達は、やかましく小言をいって、たすけづとめを差し止めたりなど、思いのままに干渉して来たが、もうこれからはどれ程、上に立つ者でも、低い者をままにする事は出来ない。
註 けんけんは、やかましく小言をいう事。
五九、将来は、今低い立場にいる者の中から立派な道のよふぼくが沢山成人して来るのが、親神の目にはよく見えてある。
六〇、道のよふぼくになる者には、この世を創めた元の親神が入り込んでだんだんと仕込みをする。
六一、この世を創めた親神が入り込んだら、どのような事をするか分からない。
六二、どのような事をしても心配するのではない。何も彼も総ては親神が引き受けている程に。
六三、この事を早く悟り、確かに心に定めて、速やかにたすけ一条の道に取り掛れ。
六四、今日まではこの道がどのような道か、だれも知った者は無かったが。
六五、今日からは親神の心の真実を、だんだんと皆現すから承知していよ。
六六、親神の心に適うた心づかいの者は、日々にだんだん心が勇むばかりである。
六九、親神は一列の子供可愛い一条の親心であるから、少しも別け隔てをするような事はない。
七〇、しっかり聞け、親神が如何程思うても、心得違いをする者ばかりは如何とも致し方がないから、そこでだんだんと手入をして心の成人を指導するのである。
七一、親神の手入れは、高山も谷底も同じ事であるから、一列に油断のないように、しっかり心定めをせよ。
七二、さあ頼む。何を頼むかといえば、早く鳴物を集めてけい古を頼む。
七四、もう今日はどうでもこうでも速やかに、つとめをせねばならぬ時機である。
七五、今まではどのような事もだんだんと、このつとめについて頼んで来てはいるが。
七六、親神が何事を頼んでも、だれ一人として聞き分けてくれないのは、実にはがゆくて堪らない。
七九、今まではどのような話をしても、又何をいうても、それはまだにをいがけのようなものであった。
八〇、もう今日の話は、にをいばかりではない。十分に時旬が来ているのであるから、親神の心通り、皆そのままに実現して来る。
八一、この話というのは、四十三年以前から積もり重なる思いを、いよいよ時節到来して今こそ晴らすのである。
八二、それを知らずに内々の者は、何事も皆世界普通のように思うている
八三、この道は、四十三年以前の立教以来今日まで、まことに一方ならぬ困難の中を通り抜けて来た。
八四、この事を今まではだれも知らなかったのであるが、この度この積もる思いを皆晴らすのである。
八五、この晴らしをどうしてするかといえば、つとめ一条で皆現すのである。
八六、このつとめについては親神がどんな事をいうても、万事親神のいう通りにして、何事も親神の言葉に背かぬようにせよ。
八八、今度始めるつとめ一条をとめるならば、名代だけでも直ぐに迎い取る。
註 みよだいは、名代で、秀司先生の名代として音次郎氏を迎い取るという御予言であると思われていた。
八九、この話を側にいる者は何と思うて聞いているか。時旬が迫まって来ているから、親神はもう一息の間も待っておられない。
九〇、速く鳴物だけでも出しかけよ、親神はつとめばかりを急いでいるのであるから。

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posted by 朱夏 at 20:39| Comment(0) | TrackBack(0) | おふでさき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月30日

おふでさき第十四号。

おふでさき第十四号は、明治12年6月よりお記し下さいました。
92首あり、教祖(おやさま)82歳の御時です。

おふでさき第十四号は、第十三号との間に明治十一年の一年間の空白があります。
また、十四号から十六号まで「をや」という言葉が使われるなど、この号より新しい話題が記されていると言えます。迫害にいずまず、「つとめ」をせよという信仰論的なお話が記されています。

おふでさき拝読の留意点は、「天理教勉強blog: おふでさきを身近に。」をご参照下さい。

また、より詳しく知りたい教語が見つかりましたら、検索機能天理教用語解説カテゴリの記事をご参照下さい。





<おふでさき第十四号>
001 どのよふなゆめをみるのも月日なり なにをゆうのもみな月日やで
002 月日よりにち/\心せきこめと そばの心わいづむばかりで
003 いつむのもどふしていつむ事ならば 上にハなにもしらんゆへなり
004 せかいにハそれをしらすになに事も みなしたこふていつみいるなり
005 月日にわ大一これがさんねんな そこでどのよな事もするのや
006 月日よりにち/\心せゑたとで くちでわとふむゆうにゆハれん
007 それゆへにゆめでなりともにをいがけ はやくしやんをしてくれるよふ
008 月日にハこのざんねんとゆうものわ くちてゆうよな事でないぞや
009 けふまでわどんなはなしもたん/\と いろ/\といてきたるなれども
010 なにゆうもひがらこくけんきたらんで なにもみゑたる事わないので
011 それゆへになにを月日がゆうたとて みなうたごふてゆいけすばかり
012 月日にハ大一これがさんねんな なんでもこれをしかとあらわす
013 いまゝでハどんな事をばゆうたとて すぐにみゑたる事わなけれど
014 このたびわ三かのうちにたん/\と せかいのはなしなにをきくやら
015 これからハにち/\月日はたらくで とんなしごとをするやしれんで
016 このよふにかまいつきものばけものも かならすあるとさらにをもうな
017 いまゝでに月日ざんねん山/\と つもりてあるをみなはらすでな
018 このはらしどふしてはらす事ならば 月日の心みなしてみせる
019 けふまでハこのよはじめてひわたてど 月日しんちつまだしろまいな
020 とのよふな事でも月日する事や いかな事でもやまいでわない
021 みのうちにとのよな事をしたとても やまいでわない月日ていりや
022 せかいにハこれらとゆうているけれど 月日さんねんしらす事なり
023 せかいぢうどこの人でもをなぢ事 いつむばかりの心なれとも
024 これからハ心しいかりいれかへて よふきづくめの心なるよふ

〜内容の区切りと思われる〜

025 月日にわにんけんはじめかけたのわ よふきゆさんがみたいゆへから
026 せかいにハこのしんぢつをしらんから みなどこまでもいつむはかりで
027 月日よりよふきづくめとゆうのをな これとめたならさねんゑろなる
028 このはなしどふぞしいかりきゝハけて はやくしやんをしてくれるよふ
029 いまゝでハ月日とゆうてといたれど もふけふからハなまいかゑるで
030 けふまでハたいしや高山はびかりて まゝにしていた事であれとも
031 これからわをやがかハりてまゝにする これそむいたらすぐにかやすで
032 けふまてもをやのさねんとゆうものわ 一寸の事でわないとをもゑよ
033 このたびもまだせかいにハなに事も はびかるばかりなにもしらすに
034 にんけんもこ共かわいであろをがな それをふもをてしやんしてくれ
035 にち/\にをやのしやんとゆうものわ たすけるもよふばかりをもてる
036 それしらすみなせかいぢうハ一れつに なんとあしきのよふにをもふて
037 なにもかもをやのさんねんよくをもへ こ共はかりにいけんしられて
038 これからわどんなところのいけんでも をやがでゝいるうける事なし
039 このいけんとのよなものがはひかりて ゆふとをもゑばすぐにしりぞく
040 とのよふなしごとするにもさきいより せへいゝはいにことわりてをく
041 けふまてハどんな事をもにち/\に しんばいしたる事であれども
042 あすからわどんな事をばみたとても なにをきいてもたのしみばかり
043 これまでハ高山からわなにもかも どんなさしすもうけたなれとも
044 このさきハとのよな事をゆハれても をやのさしすやさらにうけんで
045 いまゝでわひがらもちいときたらんで とんな事てもちいとしていた
046 もふけふハひがぢうふんにつんである とんな事でもそのまゝにする
047 これからハをやのをもふう事はかり 一事ゆゑばこれちがわんで

〜内容の区切りと思われる〜

048 せかいぢう一れつハみなとこまても どんな事をがあるやしれんで
049 どのよふな事がありてもしんちつの 心したいにこわい事なし
050 心さいすきやかすんた事ならば どんな事てもたのしみばかり
051 このはなしうたがう心あるならば しよちしていよとんなみちやら
052 せかいぢうわをやのたあにハみなこ共 かわいあまりてなにをゆうやら
053 このせかい高山にてもたにそこも をやのたにわこ共はかりや
054 このたびわなんてもかてもしんぢつの をやの心をしらしたいから
055 これさいかたしかにしよちしたならば いつまでいてもよふきつくめや
056 このみちハをやがたのみや一れつわ どふそしいかりしよちしてくれ
057 けふまでもどのよなみちもたん/\と とふりぬけてわきたるなれども
058 これからのみちハなんてもめつらしい このみちとふりぬけた事なら
059 それからハをやの心がいさみでゝ とんな事でもはじめかけるで
060 これさいかはぢめかけたる事ならば とんなものてもをやにもたれる
061 このみちをつけよふとてにしこしらゑ とんなものてもまたしろまいな
062 さあかゝれもふこれからのみちすじハ とんなものでもあふなきわない
063 いまゝでわうちのものにもいろ/\に しんばいかけてきたるなれども
064 あすからハをやが一はなでるほとに とんな事てもかやしゝてやる
065 さあけふわなにのはなしもだん/\と こまかしくゆへもふせへつうや
066 なにゝてもゆハすにいてハわからんで なにかいさいをみなゆてきかせ
067 このはなしなにの事やらしろまいな をやのはたらきみなゆうてをけ
068 はたらきもなにの事やらしろまいな せかいの心みなあらわすで
069 これをはなあらハれだすとゆうのもな めゑめゑのくちでみなゆいかける
070 どのよふな事てもわがみくちいより ゆう事ならばぜひハあるまい
071 これからハめゑめになにもゆハいでも をやが入こみゆうてかゝるで

〜内容の区切りと思われる〜

072 このさきハどんなものでもしんちつに むねのそふちをみなしてかゝる
073 このそふぢどふしてするとをもうかな とんないけんをするやしれんで
074 とのよふな事がありてもあんちなよ なにかよろすわをやのいけんや
075 くちさきでなんぼしんぢつゆうたとて きゝわけがないをやのさんねん
076 それゆへにをやがたいない入こんで とんな事をばするやしれんで
077 とのよふなせつない事がありてもな やまいでわないをやのさねんや
078 このはなしどこの事ともゆハんてな をやのたあにわみなわがこやで
079 しんぢつのをやのさんねんでたならば このをさめかたたれもしろまい
080 これをばなまことしんぢつあるならば どんな事でもゆうてきかする
081 どのよふな事をゆうやらしれんでな これそむいたらすぐにしりぞく
082 これまでハなにをしたとてとめられて そむくはかりの事であるから
083 けふの日ハとのよな事をしたとても なにをゆうてもそむきなきよふ
084 このみちハくれ/\たのみをくほとに をやがひきうけあんぢないぞや
085 この事ハなにの事やとをもうなよ つとめなりものはやくほしいで
086 もふけふわどんな事をばしたとても なにもあんぢなをやのうけやい
087 いまゝでハ上にわなにもしらんから さしとめはかりいけんしたれと
088 このたびハどんなものでもかなハんで ゆう心ならをやがしりぞく
089 この事をはやく心しいかりと さだめをつけてはやくかゝれよ
090 なにもかもはやくつとめのしこしらへ をやのうけやいこわみないぞや
091 これをはな心さだめてしやんして はやくにんぢうのもよふいそぐで
092 はや/\と心そろをてしいかりと つとめするならせかいをさまる


<おふでさき註釈>
一、人間がどんな夢を見るのも、又、どのような話を聞くのも、皆親神のする事である。
二、親神は日夜たすけ一条を急いでいるのに、そばの者は、ちゆうちょ逡巡ばかりしている。
四、註 本歌御執筆の当時信仰の浅い人々は、道の真意を知らぬ官憲のいう事に従ってちゅうちょしていた事を仰せになっているのである。
五、親神はこれが何より一番はがゆくてならぬ。そこで種々と手段を尽して真実の道を教えるのである。
六、七、親神が日々どれ程急き込んでも、この急き込みを口でいい尽す事は出来ないので、せめて夢でなりとも知らせて手引きをするから、早く思案をして、救かる心になってもらいたい。
九、今日までは親神が表へ現れて、種々と真実の話を説き聴かせて来たのであるが。
一二、親神には何よりもこの事がもどかしくてならぬから、これからは親神のいうた事は皆実際に現して見せるであろう。
一五、これから先は、日々親神が自由自在の働きをするから、どのような不思議な守護が見えて来るか分からぬ。
一六、世間の人は、病気災難等の不幸を見て、たたりとか、つき物とか、よう怪とかいうが、この世にそんなものは決してない。
註 かまいとは、たたりの意。
一八、親神の積もる思いをどうして晴らすかというと、手出しをする訳ではなく、親神の真意を皆現実に現して、晴らすのである。
一九、この世創めて以来今日まで、永の歳月は経っているが、未だだれも親神の心の真実を知っている者はあるまい。
二〇、二一、何事も皆親神の守護する処であるから、人間の身上の障りというのも、一般に思っているように病気ではなく、たすけ一条の深い意図から、親神が手入れをするのである。
二二、註 コレラの流行は、我国では明治十年以来であるが、当時は程度の差こそあれ毎年のように流行して多くの人をたおした。大和地方も矢張り其頃流行を見たのである。親神様はこれを流行病と考えるに止らず、その奥に含められた人間精神浄化の神意を悟らねばならぬと教え給うているのである。
二三、二四、世界中の人は何処の人でも同じ、親神の真意を知らず、心にほこりを積み重ねてばかりいるから、陰気になるのであるが、今後は親神の教に従い心をしっかり入れ替えて、陽気ずくめの心になって勇んで通るようにせよ。
二五、親神が人間を創めたのは、一列の人間に楽しい真実の暮しをさせ、親神もまたそれを見て喜びとしたいからである。
註 よふきゆさんは陽気遊山で、欲を忘れて健康と繁栄と平和に恵まれた理想の生活。
二六、世界一列の人間は、この親神の真実を知らずに、勝手な道を通り気まゝに過すので、ほこりを積んで、だれも彼も皆一様に陰気な気分ばかりになるのである。
二七、親神が陽気づくめを教えているのに、之を差止めるならば、親神の激しい急込みはどのような大事になって現れて来るかも分からぬ。
二八、この親神の話をどうかしっかりと聴き分けて、早く銘々の心に真実の理を悟ってもらいたい。
二九、註 これまでは親神様の事を『月日』と称えて教を説いて来られたが、今後は主としてをやという言葉でお説き下されている。
三〇、三一、註 今までは、専ら神職僧りょなどの人々が、人間思案で人々の思想信仰を支配して来たが、これからは、親神様が真実の教を説いて聴かせるから、これに背くようなものがあれば、直ぐと身上事情に現してかやしをする程に、と仰せられたのである。
三三、現在でも、世間では親神の真意も守護も知らずに、我が力のみをたのんで気隨気ままに振舞っている者もあるが、まことに本意ない事である。
三四、人間でも我が子は可愛いものであろうが、それから推しても、人間の親である親神が如何に一列の人間を可愛く思い、救けたいかを推し量ってくれ。
三五、明けても暮れても親神は、我が子である人間を救けたい、成人させたいとばかり思いめぐらしている。
三六、この真実の親心を、世間では少しも知らずに、親神の教をば何か悪い邪まな事ででもあるかのように思うている。
三七、子供達に勝手気まゝに妨害干渉される親神様のはがゆさが、どれ程激しいかをよく考えてみるがよい。
三九、如何な者にしろ、親神の真実の教を妨げるような意見や反対をいい張るなら、その者の身の内から親神は退いてしまう。
四〇、親神はどのような事をするにしても、間違いのないように予め精一杯注意をしておく。
四一、四二、これまでは、側の者は毎日心配ばかりして来たが、明日からはどんな事を見ても聞いても、楽しみばかりの道となって来た。
四三、四四、註 今までは、この道を理解しない人々から、種々干渉を受けて来たが、この度は親神様が自ら表へお現れ下さって、種々とお指図下さっているのであるから、今後は、何をいわれても、不当な干渉は一切受けつけないと仰せ下されている。
四六、もう今日では、時機も十分に熟した事であるから、何事も皆親神の心通りに直ちに現す。
四七、今後は何も彼も、親神の心通りであるから、親神が一言いったならばこれに間違なく、必ずその通り見えて来る。
四八、世界中一列の人間は、いつどこで何んな事が起るかしれぬから十分気を付けるようにせよ。
四九、たといどのような事が起こっても、真実の心さえあれば、親神が守護するから決して怖い事はない。
五一、親神の深い慈悲の親心も知らず、浅はかな人間心からこの話を疑うならば、どのような恐ろしい道が見えて来るかも分からぬ。
五二、世界中の人間は、親神にとっては可愛いい子供であるから、慈愛の余りにどんな厳しい意見をするかも知れぬ。
五三、人間社会で豊かに暮らす者も、貧しく暮らす者も、親神にとっては皆一様に可愛いい子供ばかりである。
註 第三号一二五、第十三号四五参照。
五四、この度は、どうあっても、真実の親心を一列の人間に知らせたいと思う。
五五,この真実親心さえ判っきりと悟ることが出来たならば、いついつまでも陽気に勇んで楽しく暮す事が出来る。
五六、一列の者は、このたすけ一条の道を、どうかしっかりと会得してもらいたい。
五七、今日までにも種々様々とどのような道すがらも、連れ通って来たのではあるが。
五八、今後の道筋は又、今までに聞いた事もない新奇な道すがらが見えて来る。この道すがらを完全に通り抜けて、親神の真意を一列に知らせたならば。
五九、それから先は、親神の心も晴々と陽気に勇んで、何も彼も自由自在の守護を現す。
六〇、この自由自在の守護さえ始ったならば、どのような者でも皆、親神にもたれ、この道を慕うて来るようになる。
六一、このよろづたすけの道をつけようと思って、今までに種々と準備を急いで来たが、だれもこの親心の程は知らないであろう。
註 しこしらゑは、仕こしらえで、準備支度の意。
六二、さあこれから先の道筋は、決して怖い危い事はないから、安心して親神の教える通りの道に取り掛かれ。
六四、明日からは、親神が真先に進み出て働きをするから、もしたすけ一条の道を妨げる者があるならば、直ぐにかやしをしてやろう。
註 一はなは、いちはなで、真先に、先頭にの意。
六五、さあ今日は、もうはばかる事なく、何も彼も親神の珍らしい自由自在の働きを、種々と事細かに詳しく説いて聞かせておけ、もうその時機が迫って来た。
註 せへつうは、節で、せへつうがきたは、時節到来の意。第三号五九註参照。
六六、何事でもいわずにいれば、だれも分からぬのが道理であるから、何も彼も親神の自由自在を委細詳しく皆いうて聞かせるようにせよ。
六七、この話は何の事か皆知るまいが、これは親神の自由自在の働きを皆いうておけという事である。
六八、親神の働きというても、何の事か知るまいが、それは世界中の人の心を皆それぞれと表へ現す事である。
六九、各人の心を表へ現すというのも、どうして現すかというと、皆銘々の口で言いかけるようにする。
七〇、どのような事でも、自分の口からいうのであるから、つゝむ事も隠す事も出来ないであろう。
七一、今後は各人が、自分では何もいわぬ積もりでも、親神が入り込んでいわせてかゝるのである。
七三、胸の掃除というのは、何うしてすると思うているか、その為にはどのような激しい身上事情に現して意見するか知れぬ。
七四、どのような激しい身上事情の手入れを受けても、決して心配するのではない。それは皆、子供を思う暖い親心からの意見である。
七五、口先でどれ程真実をいうても、心に親神の教を了解しないのが、親神としては誠にはがゆくて堪らぬ。
七七、どのように激しい身上の手入れでも、これは病ではない、迫り切った親神のもどかしさの現れである。
七八、この話は決してだれ彼とその人だけの事ではなく、親神のためには世界一列は皆可愛いい我が子であるから、これはだれにもあてはまる話である。
七九、親神の積もり重なったもどかしさが、本当に表へ現れて来たならば、どうしてこれを治めてよいか、だれも知っている者はあるまい。
八二、今日まではたすけ一条のためにする事を皆とめられて、親神の心に背くばかりであった。
註 たすけ一条のためによふきづとめを行う事は、親神様の最も急き込み給う処であるが、当時おつとめをすると直ぐとめられたので、側々の人はついいずみ勝になっていたから、そんな事ではならぬ、親神が引き受けるから、心案じなくおつとめをするように、と仰せられたのである。以下九二迄のお歌はそれに関するお諭しである。
八五、親神の頼みというのは何事であろう、と思うであろうが、よふきづとめのために、早く鳴物を入れて掛かってほしいのである。
八六、もう今日は親神のいう通りに、鳴物を入れてよふきづとめをしても少しも案じる事はいらぬ。親神が確かに引き受けて守護して見せる。
八七、今までは上に立つ人々は、親神の真意を知らないから、よふきづとめを差し止めて干渉して来た。
八八、この度はもうどんな者でも、親神の力に適うものはない、もしそれでも尚差し止めに来るなら、身の内の守護を止めてしまう。
八九、今は何も案じる必要は無いから、遠慮なく親神の考を貫く決心で、一事も早くよふきづとめを行えよ。
九〇、親神の急いでいるよふきづとめの準備を、何も彼も早く整えるようにせよ。親神が万事引き受けているから、少しも恐れる事はない。
九一、よふきづとめを急き込む親神の心をくんで、決心して、早くつとめの人衆をそろえる用意に取り掛かってもらいたい。
九二、早く皆の者が、一手一つの心になって、しっかりとよふきづとめをするならば、この世界は真実平和の世界となる。

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2014年04月25日

おふでさき第十三号。

おふでさき第十三号は、明治10年頃お記し下さいました。
120首あり、教祖(おやさま)80歳頃の御時です。

おふでさき第十三号では、第十二号に引き続いて親神様の思召し、よふぼくの仕事・布教伝道について記されています。
また、人間の「胸を澄ます」ことにより、神様が人間と共に働かれることを述べられています。

おふでさき拝読の留意点は、「天理教勉強blog: おふでさきを身近に。」をご参照下さい。

また、より詳しく知りたい教語が見つかりましたら、検索機能天理教用語解説カテゴリの記事をご参照下さい。





<おふでさき第十三号>
四月廿八日九どきより

001 一けふまでわなにかしんばいしたなれど あすにちからわをふくハんのみち
002 いまゝでハどんななんぢうなみちすちも みへてあるからことわりばかり
003 このさきハたしかうけやう月日にハ どんな事でもあふなきハない
004 たん/\とどんなはなしをきいたとて せかいたのしめ月日はたらき
005 これからわ月日でかけるはたらきに なにをするともたれもしろまい
006 にち/\にせかいのところみすませば 一れつこどもいぢらしい事
007 月日にわたん/\どんな事でもな たすけるもよふせくはかりやで
008 これまでハことわりはかりゆてをいた もふこれからハことハりわない

五月五日

009 けふまでわなにもしらすににんけんの 心ばかりでしんはいをした
010 これからハ心しいかりいれかへて 神にもたれてよふきつとめを
011 したるならそのまゝすくにしいかりと りやくあらわすこれをみてくれ
012 これさいかたしかりやくがみへたなら あとわいつてもみなかんろふだい
013 このさきわ月日一どふゆうた事 どんな事でもそむきでけまい
014 月日よりゆうたる事をけすならば すぐにしりぞくしよちしていよ
015 いまゝでハうちもせかいもしんちつの 心にわかりさらにないので
016 月日にハ大一これがざんねんな なんとこれをばすましたるなら
017 この心どふしたならばわかるやら なんてもいけんせねならんで
018 いけんでも一寸の人でわないからに をふくのむねがこれわむつかし
019 いかほどにむつかし事とゆうたとて めへ/\のこどもいけんするぞや
020 このもよふどふしたならばよかろふぞ なんでも神のさねんあらわす

〜内容の区切りと思われる〜

021 にち/\に神のむねにハたん/\と ほこりいゝばいつもりあれども
022 このほこりそふぢするのハむつかしい つとめなりともかゝりたるなら
023 心さいしんぢつ神がうけとれば どんなほこりもそふぢするなり
024 いちれつのむねのうちさいすきやかに そふちしたてた事であるなら
025 それからわせかいぢううハきがいさむ よふきづくめにひとりなるぞや
026 しかときけ高山にてもたにそこも みれば月日のこどもばかりや
027 にんけんも一れつこともかハいかろ 神のさんねんこれをもてくれ
028 これまてハどのよな事をみたとても 神のほふにハぢいとみていた
029 このたびわもふひがつんであるからな どんな事でもみなゆうほどに
030 月日にわせかいぢううをみハたせど もとはじまりをしりたものなし
031 このもとをどふぞせかいへをしへたさ そこで月日があらわれてゞた
032 このたびの月日ざねんとゆうものわ よいなる事でないとをもゑよ
033 月日にハこのしんぢつをせかへぢうゑ どふしてなりとをしへたいから
034 それしらず月日ゆう事みなけして あとわにんけん心はびかる
035 このさきハ月日のざねんりいふくを みなはらすでなこれがしよちか
036 月日にもざねんりいふくはらしたら あとハめづらしみちをつけるで
037 このみちハどふゆう事にをもうかな よろづたがいにたすけばかりを
038 せかいぢうたがいにたすけするならば 月日も心みなひきうける
039 月日にも心ひきうけするからわ どんな事でもはたらきをする
040 はたらきもどふゆう事にをもうかな 善とあくとをわけるばかりや

〜内容の区切りと思われる〜

十六日より

041 けふまでわどんなあくじとゆうたとて わがみにしりたものハあるまい
042 この心神がしんぢつゆてきかす みないちれつわしやんしてくれ
043 せかいぢういちれつわみなきよたいや たにんとゆうわさらにないぞや
044 このもとをしりたるものハないのでな それが月日のざねんばかりや
045 高山にくらしているもたにそこに くらしているもをなしたまひい
046 それよりもたん/\つかうどふぐわな みな月日よりかしものなるぞ
047 それしらすみなにんけんの心でわ なんどたかびくあるとをもふて
048 月日にハこのしんぢつをせかいぢうへ どふぞしいかりしよちさしたい
049 これさいかたしかにしよちしたならば むほんのねへわきれてしまうに
050 月日よりしんぢつをもう高山の たゝかいさいかをさめたるなら
051 このもよふどふしたならばをさまろふ よふきづとめにでたる事なら
052 この心たれがゆうとハをもうなよ 月日の心ばかりなるぞや
053 このつとめ高山にてハむつかしい 神がしいかりひきうけをする
054 このたびわどんな事でもしんちつに たしかうけやいはたらきをする
055 神がでゝせかいぢううをはたらけば どんなつとめもこハみないぞや
056 しかときけ高山やとてたにそこを まゝにしられた事であれども
057 これからわ月日かハりにでるほどに まゝにしよならすればしてみよ
058 いまゝでとなにかもんくがちがうてな これからさきハ神のまゝやで

〜内容の区切りと思われる〜

059 月日よりあまくだりたる心な なんの事やらたれもしろまい
060 大一わりゆうけつくるをたすけたさ こゑ一ぢよふをしへたいから
061 こゑてもなどふしてきくとをもうなよ こゝろを神がうけとりたなら
062 いまゝてハしんぢつ神がゆてあれど うちからしてもうたがうはかり
063 此たびハなにをゆうてもうたがうな これうたがへば月日しりぞく
064 この事ハあくどいほともゆうてをく これうたがへばまことこふくハい
065 月日より一どふゆうてをいた事 いつになりてもちがう事なし
066 いまゝでわ月日なに事ゆうたとて みなうたごふてゆいけすばかり
067 月日にハ大一これがざんねんな なんでもこれをしかときめるで
068 これからハ月日ゆう事なに事も そむかんよふに神にもたれよ
069 したるなら神のほふにもしんちつに たしかひきうけはたらきをする
070 月日にハこらほどくどきつめるから 心ちがゑばすぐにしりぞく
071 しんちつに心にまことあるならば どんなたすけもちがう事なし
072 このさきハりゆけのこへをちがハんよ どふぞしいかりしよちしてくれ

〜内容の区切りと思われる〜

明治十丑九月吉朔十九日ヨリ

十九日より

073 けふからわ月日のをもう事をばな どのよな事もみなゆいかける
074 いまゝでもたいてはなしもといたれど 月日をもハくまだゆうてない
075 これからハどんなはなしをしたるとも これをかならすうそをもうな
076 どのよふな事をゆうやらしれんてな 月日の心せゑているから
077 この心どふゆう事にをもうかな にほんもからもてんちくまでも
078 このあいだみちのりよほどあるけれど いちやのまにもはたらきをする
079 このはなしにんけんなんとをもている 月日かしものみなわがこども
080 いつまでも月日ぢいくりしていれば いつになりてもをさまるめなし
081 それゆへに月日でかけるはたらきに とこへでるやらしりたものなし
082 せかいぢう心すますとゆうからわ 一寸の事やとさらにをもうな
083 どのよふな事てもめへ/\むねのうち すましたならばあふなきわない
084 だん/\と月日にち/\をもハくわ をふくの人をまつばかりやで
085 この人をどふゆう事でまつならば 一れつわがこたすけたいから
086 ことしにハどんなめづらしみちすじが みゑてくるやらこれしれんてな
087 口さきでなんほしんちつゆうたとて たれかきゝわけするものハない
088 それゆへに月日このたびどのよふな 事もしんちつみなしてみせる
089 どのよふな事をしたるもにんけんの 心まぢるとさらにをもうな
090 月日にハあまりしんぢつみかねるで そこでとのよな事もするのや
091 いかほどのごふてきたるもハかきても これをたよりとさらにをもうな
092 このたびハ神がをもていあらハれて ぢうよぢざいにはなしするから
093 どのよふな事もしんぢつするからハ むねのうちよりひとりすみきる
094 いまゝでわ一れつハみなにんけんの 心ばかりてしやんしたれど
095 このたびわどのよな事もにんけんの 心しやんわさらにいらんで

〜内容の区切りと思われる〜

096 なにもかもとのよな事もゆうてをく なにをゆうてもうそとをもうな
097 高山でとのよなものがはびかるも このしんちつをたれもしろまい
098 月日にわどんなところにいるものも むねのうちをばしかとみている
099 むねのうち月日心にかのふたら いつまでなりとしかとふんばる
100 月日よりにち/\心せきこめど そばの心にわかりないので
101 せきこみもなにの事やとをもうかな りゆけつくれば水がほしかろ
102 このはなしみな一れつの心にわ なんとをもふてしやんしている
103 月日にわ大一これをたすけたさ そこでとのよな事もゆうのや
104 なにもかも月日いかほどくどいても まことにきいてくれるものなし
105 それゆへに月日のざねんりいふくが 山/\つもりかさなりてある
106 いまゝでわ月日きたらんそれゆへに ぢいとしていた事であれとも
107 このたびわもふひがつんであるからな とんなしごともはやくかゝるで
108 このさきわどのよなみちがあるとても 人をうらみなハがみうらみや
109 このはなしとこの事ともゆハんでな 高山にてもたにそこまても
110 どのよふな事をゆうのもたすけたさ そこていろ/\くどきつめたで
111 このさきわなにをゆうてもとのよふな 事でもあしき事わゆハんで
112 しんぢつのたすけばかりをせくからに そこでたん/\いけんしたのや
113 しんぢつに心すましたそのゆへわ たすけるもよふはやくをしへる
114 このたすけどふゆう事であるならば ほふそせんよのまむりつとめを
115 またたすけやますしなずによハらんの しよこまむりをはやくやりたい
116 なにもかもよろづたすけをせくからに 心したいにどんな事ても
117 一れつわみなめへ/\のむねしだい どんな事をがかなハんてなし
118 あまごいもいまゝで神がしんぢつに なにもゆうたる事わなけれど
119 このたびハとのよな事もしんぢつを たづねくるならみなゆてきかす
120 月日にハなにかなハんとゆハんてな みなめへ/\の心したいや


<おふでさき註釈>
一、今日まで、この道は細道であって、種々と苦労したけれども、これからは、いよいよ確かな往還道に出る。
二、今まで、この道には幾重の困難が横たわっているのが見えていたから絶えず注意を与え続けて来た。
三、これからは、親神が確かに引き受けて連れて通るから、どんな難渋と思われる道筋があっても、決して心配する事はいらぬ。
四、次々と、どのように驚くような話を聞いても、皆の者はこれを楽しんで通れ。何も彼も総ては親神の働きである。
五、これからは、親神が進み出て働きかけるから、だれも予期しないような目覚しい働きをする。
六、七、親神の目から世界中の人の心をながめると、何も知らずに通っているのが実に可哀そうでならない。親心としては、たすけ一条の道を一日も早く世界中の子供に知らせて、よろづたすけを実現させたいと、いろいろ心を配って急き込んでいる。
八、今までは、注意ばかり与えて来た、もう今後は、一切警告はしない。
九、今日まで、皆の者は親神の心をよく了解せずに、唯人間心であれこれと心配をして来た。
一〇、一一、今後は、人間心を一切捨てて、神一条に心を入れ替え、神意のまにまに誠真実の心でよふきづとめを行うならば、親神は直ちに、その理を受取って、自由自在の守護を現すから、しっかり見ていてもらいたい。
一二、この自由自在の守護さえ確かに実現して来たならば、それから先は、かんろだい建設の世の中となって、親神の意のままによろづたすけを皆して見せる。
一三、今後は、何事でも親神の一度言うた事は、皆必ず実現して来るから、これを見て、総て神意に背く事は出来ないという事をよく了解せよ。
一四、親神の意図に逆らい、その言葉を聞き捨てにするならば、親神は直ぐにその者の身の内から退き、守護をとめるから、この事をよく承知しているがよい。
一五、今までは、内々の者も世間の者も同様に、心の奥底に真から親神の意図を悟った者がない。
一八、意見といっても、少しの人数でなく、多くの人々に一々意見してその心を澄ます事は、なかなか容易な事ではない。
一九、どんなに難しくとも、一列人間は、親神のためには皆可愛いい子供であるから、人間の親がその子供に意見するように、親神は、どうでもこうでも一列人間を教え諭すのである。
二〇、この方法は、どうしたならばよかろうか、それには、どうでも親神のもどかしさを身上事情に現す。
二一、二二、人間が、日々心にほこりをつけてばかりいるから、それが山積して遂に親神の心まで陰気になっている。この一杯積もったほこりを一掃するのはなかなか並大抵な事では出来ないが、よふきづとめに取り掛かったならば、これを緒口として次第にほこりをはらう事が出来て、自ずと親神の心も晴やかとなる。
二三、人間の誠心さえ親神が受け取ったならば、どのような積もり重なった大ほこりも掃除して、ほこりの現れである身上事情の悩みを救ける。
二四、二五、親神が一列人間の胸さえすっきり掃除したてた事ならば、それから先は、世界一列に気が勇んで来て、自然と陽気ずくめの世界となる。
二六、しっかり聴け、尊貴富裕な者も卑賤貧困な者も皆一ように、親神にとっては可愛いい子供ばかりである。
二七、だれでも、自分の子供の可愛いくない者はない。その可愛い子供が親の心尽しも知らず勝手な事をしていたら、親として残念であるが、親神の心もこれと同じである。
二八、これまでは、人間にどのような事があっても、親神はじっと見ゆるしていた。
三〇、親神が、世界中の人の心を見渡しても、だれ一人としてこの世の元初まりの理を知っている者はない。
三四、この親神の心尽しを知らず、親神のいう事は皆聞き流して、人間思案ばかりで暮している。
三五、これから先は、親神の迫り切ったもどかしさを、皆晴らすから承知しているがよい。
三六、親神も、このもどかしさを晴らしさえしたならば、その後は、今までにない珍らしいたすけ一条の道をつける。
三七、この道は、どういう道であると思うか、それは、何事も互い立て合い扶け合うて行く道である。
三八、三九、世界中の人間が、互い立て合い扶け合いの道を通るならば、親神もその心を引き受けて、どのような自由自在の働もする。
四〇、この働きは、どういう事に思うか。それは、親神の自由自在を現して、善と悪とを仕分けするのである。
四一、四二、今日までは、どのような悪事といっても、心づかいが我が身に現れると知った者はだれも無いであろう、この度は、この事を親神が真実言いきかすから、皆一列の者は、よく思案してもらいたい。
四三、四四、世界一列の人間は皆兄弟で、他人というものは一人も無い。この真実元初まりを知っている者の無いのが、親神としては、大そうはがゆくて堪らない。
四五、上流の生活をしている者も、下流の生活をしている者も、人間として親神から分け与えたのは一列平等の同じ魂である。
註 しかも、身分境遇等にいろいろの差異のあるのは、生々世々生まれ替わり出替わるうちに、各自のなしたいんねんによる。
四六、そして又、眼、耳、口、鼻、両手、両足等、使うている道具即ちこの身体全体は皆、親神から貸し与えているものである。
四七、この真実を知らずに、人間は何か本来貴賤尊卑の別があるように思うているが、それは全く間違いであって、人間は皆、一列平等に親神の子供である。
四九、この真実さえ一列の人の心にしっかり治まったならば、互いにいがみ合うような心持ちはすっきり無くなってしまう。
五〇、親神は、真実心の底から、上流の人々の権勢の争いを治めたいと思っているのであって、これさえ治まったならば、世の中が平和になる。世界に永遠の平和の来る事こそ、親神の心からの念願である。
註 史実としては、当時は西南の役などの事があって、物情騒然たるものがあった。これを一例として、親神様の御理想と御守護は真の平和にある事を、お示しになったものである。
五一、世の中が平和に治まるようにするには、どうすればよいかというと、よふきづとめに取り掛かったならば、その理を受け取って親神が自由自在の守護を現すから、この騒ぎもやがて治まる。
五二、これは、人がいうていると思うてはならぬ。この世を創めた親神が子供可愛いい一条の親心からいうているのである。
五三、五四、このつとめをすると、上に立つ人々からいろいろ難しい事を言うて来るかも知れぬが、この度は、親神が確かに引き受けるから、どんな事情があるにしても、心配せずに勇んでつとめに取り掛かれ。
五五、親神が表へ現れて、世界中に自由自在の働きを現すから、どのような働きをしても決して気づかいはない。
五六、五七、しっかり聞け、今までは地位や財力のある者が、下の者に対して自分勝手に振舞っていたが、これからは、親神が表へ現れて、自由自在の働きを現すから、天理に逆らうて弱い者いじめの振舞をするならして見よ。
五八、今までと全く様子が一変して、今後は親神の心のままになってくる。
六〇、親神は、先ず第一に農作するのを救けるために、肥一条の守護を教えたいからこの教をはじめた。
註 『一に百姓、二に働き人、三に職人、四に商人、これ早く救けたい』と仰せられて、谷底の者から順々に救け上げる思召である。
以下七二までは主として肥一条に就て仰せられている。
六一、肥でも、決して肥そのものが効くのではない。一心に願う人の心の真実を親神が受取った時に、親神の守護が現れて来るのである。
註 第四号五一参照。
六五、親神が一度言うておいた事は、何時になっても違う事はない。
六六、今までは、親神が何をいうても内々の者をはじめ皆疑うて、親神の言葉を言い消してばかりいた。
六九、親神にもたれ親神の言葉を守ったならば、親神も確かに引き受けて心通り自由自在の守護をする。
七〇、親神がこれ程口説きつめているのに、未だ疑うて神意に背くような事があれば、直ちに身の内から退いてしまう。
七二、これから先は、立毛の肥に間違の無いよう、どうか、しっかりこの話を心に治めて貰いたい。
明治十丑九月吉朔十九日ヨリ
七三、これからは、親神の思う事を、何も彼も皆言い始める。
七四、今までにも、大凡は何かの事も話してはあるが、親神の意中は未だ充分にいい尽してない。
七六、親神の心は急いでいるから、どのような事を話しかけるやら分らぬ。
七七、この急き込んでいる親神の心を、皆の者はどう考えているか。世界一列の人間の心を澄まして、早く陽気ぐらしの世界を実現したいというのが親心の真実である。
註 にほん、から、てんちくは、親神の御教の先ずひろまり次にひろり、終わりにひろまる所、従って世界一列の意。第十二号八註参照。
七八、世界中というと随分距離はあるが、さあとなったら、一夜の間にも親神の働きを現す。
七九、この話を、人間は一体何と思って聞いているか。人間の身体は親神のかしものであり、世界中の人間は一列に皆親神の子供であるから、可愛いい一杯、救けたい一条の親心から説き聞かせているのである。
八〇、八一、いつまでも親神がじっとしていては、いつになっても、世の中の汚濁と不安とが一掃されて、安らかに治まる時が来そうにないから、親神が自ら進み出て働くのであるが、どこへ進み出てどういう働きをするかはだれも知った者はない。
八四、段々と世界たすけの旬が迫って来るにつれて、親神の心には、大勢の人を待受けている。
八五、何故大勢の人を待っているかというと、世界一列の我が子を皆救けたいからである。
八六、今年は、どんな珍らしい道筋が現れて来るか知れんから、皆その積もりでいるように。
八七、親神がどのように真実を説いて聞かせても、話をしただけでは、だれも真底から親心の真実を聞き分ける者がない。
八八、それ故に、親神はこの度何事も皆、親神の心通り皆実際に現して見せる。
八九、註 第七号五二〜五六、及び第十二号六七、六八註参照。
九〇、親神は、人間のしている事を人の真実であるとは見受けられんから、それでいろいろと現して意見するのである。
九一、聞えた剛者、又は若くて元気な者でも、これを頼りとしてはならぬ。
九三、この度は、どのような事でも、皆真実にして見せるから、これを見たならば、自然と心が澄み切って来る。
九四、九五、今までは、だれも彼も皆人間心だけで通って来たが、今後は、何事についても人間心は少しも要らぬ。ただ一筋に親神の心にもたれて来さえすればよい。
九七、上流社会でどのような者が勝手気ままに威張っていても、世界万物は親神が支配しているという真実をだれも悟った者はないであろう。
九八、親神は、どのような境遇にいる者でも、皆それぞれと、各人の心を明らかに見抜き見透している。
九九、心づかいが誠真実で親神の心に適うたならば、いつまでもしっかりと守護する。
一〇一、親神が日々何を急き込んでいると思うか。農作物を作ればかんがい水が欲しいであろうが、よろづたすけの第一として、水の守護を十分に与えたいと思って、急き込んでいるのである。
一〇ニ、この話を聴いて、皆一列の者は、何と思うているか。
一〇三、親神は、よろづたすけの第一に先ず水の守護を十分に与えたい。であるから、だんだんと種々の説き諭しをするのである。
註 史実についてこれを見れば、庄屋敷村附近の田は、布留街道以北はよかったが、以南は三島、庄屋敷の焼け田といって、大和でも有数の日焼田で、三年に一度は必ずかん害があったという。
一〇八、今後は、どのような事が現れても、それは皆自分自身の心通りに現れて来るのであるから、人をうらまず己が心を振り返ってよく反省せよ。
一〇九、この話は何処のこととはいわぬ、上下共にしっかり聴いて置かねばならぬ。
一一〇、親神がどのような事をいうのも、世界一列を救けたいから、種々と事細かに説き諭すのである。
一一一、これから先、親神が何をいうにしても、どのような事をするにしても、皆それは、子供可愛いい上からの事であるから、決して悪い事はいわない。
一一二、親神は、真実のたすけを急き込む上から、人々に対して、だんだんと身上に障りをつけて意見したのである。
一一三、本当に人々の心が澄み切ったならば、直ぐによろづたすけの方法を教える。
一一四、一一五、註 ほふそせんよのまむりは、第七号七八、第八号三一参照。
やますしなずによハらんは第三号九九、一〇〇、第四号三七、及第八号七八、七九註参照。
しよこまむりは、第四号五註参照。
一一六、親神は何も彼もよろづたすけを早く実現させたいと急いでいるから人間の真実次第でどのような働きもする。
一一七、世界一列の人間は、皆銘々の心次第で、その心の真実さえ親神が受け取れば、どんな事でも、これかなわんという事はない。
一一八、一一九、雨ごいの根本の理についても、今まで親神がその真実を説き聴かせた事はないが、この度は尋ねて来るなら、何事についても皆その根本の真実を言うて聞かせる。
一二〇、親神は、どのような願も適えてやらんとはいわぬ。皆、願うて来る者の誠真実次第で、どのような自由自在の守護も現す。
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2014年04月20日

おふでさき第十二号。

おふでさき第十二号は、明治9年頃お記し下さいました。
182首あり、教祖(おやさま)79歳頃御時です。

おふでさきは全体を通して、「うち」には「つとめ」を、「せかい」には「布教伝道」を、という2つの方面でお話されていますが、第十二号では、主として「うち」の場面について記されています。

おふでさき拝読の留意点は、「天理教勉強blog: おふでさきを身近に。」をご参照下さい。

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<おふでさき第十二号>

十二月廿七日より

001 けふからハせかいを月日みさだめて むねのそふぢにかゝる事なり
002 このそふぢうちもせかいもへだてない めゑ/\の心みなあらわすで

三月十四日より

003 いまゝでわ神のさんねん山/\と むねにほこりがつもりあれども
004 なさけないひがらもちいときたらんで どのよな事もゆうにゆハれん
005 このたびハ月日しんぢつみかねるで どのよな事もみなあらハすで
006 けふの日ハいかほとわがみはびかりて まゝにしたとて月日しりぞく
007 このはなしなにの事をばゆうならば にほんもからもてんぢくの事

四月四日より

008 これからハせかいぢううを一れつに 月日そふぢをするでしよちせ
009 これまでもせへいゝばいにことハりを 月日だん/\ゆうてあれども
010 くちさきでゆうたるまでハたれにても たしかしよちをするものハない

五日

011 いまゝでも月日の心だん/\と せへいゝばいにつくしいれども
012 せかいにハたれかしりたるものハなし とふむこのたび月日せひない
013 それゆへにせかいぢううをとこまても ことハりてをく月日しりぞく

十二日

014 けふの日ハなにのはなしをするならば よふ木のはぢめ事ばかりゆう
015 よふぎでもにんわたれともゆハねども もとハ壹ほんゑだわ八ほん
016 この木をはやくつぎたいせきこみで 月日のむねがつかゑきるなり
017 このきいも一ゑだしかとついだなら あとなるハみなはやくさだまる
018 なにもかも月日ゆう事しかときけ 心にさだめつけた事なら
019 それよりもみのうちなやみさらになし だん/\心いさむばかりや
020 それしらすみなの心ハたれにても せかいなみなる事ばかりゆう
021 このところせかいなみとハをもうなよ 月日の心ばかりなるぞや

〜内容の区切りと思われる〜

十四日

022 今日の月日の心さんねんわ よいなる事てないとをもゑよ
023 にんけんハあざないものであるからに 月日する事しりたものなし
024 月日にハなにかよろつをだん/\と ことハりてあるこれがしよちか
025 いまゝでもなにか月日のさんねんを たいていくどきつめてあれども
026 せかいにハたれかしりたるものハなし 月日の心ざんねんをみよ
027 このたびハことハりたゆへまだくどき そのゆへなるのことわりである
028 いかほどにくどきことハりゆうたとて たれかきゝわけするものハない
029 それゆへにだん/\ひがらたつけれと いつかこれやとわかるめハなし
030 けふの日ハもふせへつゝがきたるから 月日でかけるみなしよちせよ
031 このさきのみちのすがらをゆてきかす いかな事をばゆうやしろまい
032 にち/\になにをゆうてもそのまゝに みゑてくるのがこれわふしぎや
033 とのよふな事をゆうやらしれんでな そこでなんでもことハりばかり
034 ことハりも一寸の事でハないほどに いかな事をがみゑてくるやら
035 どのよふな事がみゑるやしれんてな まこときのどくをもていれども
036 なんときにみゑる事やらこれしれん 月日の心つみきりてある
037 こらほどに月日の心しんばいを そばなるものハなにもしらずに
038 そばなるハしことばかりをふもている みへたるならばもんくかハるぞ
039 どのよふな事でもさきゑしらしをく あとてこふくハいなきよふにせよ
040 このよふを初た神の事ならば とのよな事もみなみゑてある
041 このたびハとのよな事もつみきりて もふさしぬきハさらにてけんで
042 いまゝでハとんな事をばゆうたとて またちいくりとしたるなれども
043 けふの日ハよこめふるまもゆたんしな なんどきとんな事があるやら

〜内容の区切りと思われる〜

044 いまゝでにふでにつけたることハりが さあみゑてきた心いさむで
045 これさいかみへきたならば一れつわ とんなものでもよふきつくめや
046 この心どふぞはやくに一れつわ しよちしてくれ月日たのみや
047 けふからハめづらし事をゆいかける なにをゆうとも一寸にしれまい
048 このはなしなにをゆうてもそむくなよ 神のをもわくゑらい事やで
049 これからのあとなるはなし山/\の 神のさんねんはらすもよふを
050 このさきハなんほむつかしやまいても いきとてをどりみなたすけるで
051 どのよふなむつかしくなるやまいでも これなをらんとゆうでないぞや
052 けふまでわひがらこくけんきたらんで なにかちがいもありたなれとも
053 だん/\といかな事をもといてをく どんな事てもちがう事なし
054 これまてのみちのすがらとゆうものハ まことなんぢうなみちであれとも
055 このさきのみちハなんてもきがいさむ どんなめつらしみちがあるやら
056 とん/\ととびてる事をみたとても 心あんちハするやないぞや
057 あとなるハよろづ月日がひきうけて いつ/\までもよふきつくめに
058 いまゝてわなによのはなししたるとも いつの事なるよふにをもふて
059 やれこわやきくよりはやくもふみへた どんな事てもゆたんでけんで
060 このさきをにち/\心いさめるで どんな事でもゆへばそのまゝ
061 どのよふにむつかしくよふみへたとて よふきつとめてみなたすけるで

〜内容の区切りと思われる〜

062 これからわどのよなしことするやらな 心したいにとんな事でも
063 月日にわだん/\心ざんねんを どんな事てもみなはらすでな
064 とのよふな事をゆうのもみな月日 いかなしごとをするやしれんで
065 いかなるの事がみゑるもみな月日 にんけん心あるとをもうな
066 けふからハどのよな事もせきこんで どんなはたらきするやしろまい
067 いまなるの月日のをもう事なるわ くちわにんけん心月日や
068 しかときけくちハ月日がみなかりて 心ハ月日みなかしている
069 こればかりうらみあるならとのよふな 事も月日かみなかやすてな
070 どのよふな事をゆうのもみな月日 にんけん心さらにまぜんで
071 いかほどにむつかしよふにをもたとて 月日ひきうけあんちないぞや
072 このさきのみちをたのしめ一れつわ 神のさんねんはらしたるなら
073 にち/\にむねのそふぢにかゝりたら どんなものでもかなうものなし
074 このそふぢどふゆう事にをもうかな 月日たいないみな入こむで
075 このはなしとこの事やとをもうかな 高いところでみなあらわすで
076 なにもかも月日ゆう事しやんせよ なにをゆうてもこれちがわんで
077 せかいぢう一れつ心すましたさ どんな事をば月日するやら
078 とのよふな事をするのも月日にわ たすけたいとの一ちよはかりで
079 このさきをたしかみていよ一れつわ むねのそふちがひとりでけるで
080 このそふちすきやかしたる事ならば そのまゝすぐにまむりごしらゑ
081 このみちを月日の心にち/\に せきこんでいるたれもしらずに
082 このみちゑはやくついたる事ならば どんなものでもみないさむてな
083 このはなしたれがするとハをもうなよ 月日の心はかりゆうのや
084 このよふのしんちつなるをせかへちうへ とふしてなりとしらしたいゆへ

〜内容の区切りと思われる〜

085 けふまでわ一日なりとひをのばし とのよな事もしかゑいれども
086 このたびハもふひがつまりきるからハ どふむしかゑる事ハでけんで
087 なんどきにとのよな事をきいたとて これハ月日のざねんりいふく
088 月日にわどのよなものもわが子なり かわいばかりでみてハいれども
089 いまゝでハせかいぢううハ一れつに めゑ/\しやんをしてわいれども
090 なさけないとのよにしやんしたとても 人をたすける心ないので
091 これからハ月日たのみや一れつわ 心しいかりいれかゑてくれ
092 この心どふゆう事であるならば せかいたすける一ちよばかりを
093 このさきハせかいぢううハ一れつに よろづたがいにたすけするなら
094 月日にもその心をばうけとりて どんなたすけもするとをもゑよ
095 このたすけどふゆう事にをもうかな ほふそせんよにたしかうけやう
096 またゝすけりうけ一れつどこまでも いつもほふさくをしゑたいから
097 このみちをはやくしこもとをもゑども 一れつ心わかりないので
098 せかいぢうどこにへだてわないほどに 一れつしやんしてくれるよふ
099 しんぢつに心にさだめみなついて 神のゆう事そむきなければ
100 それよりも月日の心しいかりと うけとりしだいたすけせきこむ
101 このたすけ一寸の事やとをもうなよ これわにほんの一のこふきや
102 これさいかはやくしいかりみせたなら とのよな高いところなるとも
103 こればかりにんけんハさでないからに 月日ぢうよふそむきでけまい
104 したるならいかほと高いところても まねハてけまいしやんしてみよ
105 月日よりやますしなすによわらんの はやくしよこふだそとをもへど
106 一れつハみなうたごふてたれにても せかいなみやとをもているので
107 このところにんけん心さらになし 月日のをもう事ばかりやで
108 その事をたれてもしらぬ事やから わかりないのが神のさんねん
109 この心どふぞしんちつ一れつの 心すまするもよふないかよ
110 心さいはやくハかりた事ならば そのまゝすぐにしよこだすのに

〜内容の区切りと思われる〜

111 いまゝでハとのよなうそもきいていた もふこれからハうそハきかんで
112 これからハうそをゆうたらそのものが うそになるのもこれがしよちか
113 月日にハうそとついしよこれきらい このさきなるわ月日しりぞく
114 それゆへに一日なりとひをのばし たいていなにもみゆるしていた
115 このたびのはやくしよこふだしたいと ゆうているのをなんとをもうぞ
116 しよこふもとふゆう事にをもうかな みのうちよりにたしかためしを
117 このためしまこと月日のさんねんわ よいなる事でないとをもゑよ
118 みのうちにとこにふそくのないものに 月日いがめてくろふかけたで
119 ねんけんハ三十九ねんもいせんにて しんばいくろふなやみかけたで
120 それゆへに月日ゆう事なに事も うたこふているこれむりでない
121 このたびハ此むねのうちすきやかに はらすもよふやこれがだい一
122 この心月日のほふゑしいかりと つけん事にハどんなはなしも
123 いかなるの事をしたるもみな月日 こんな事をばたれもしろまい
124 けふの日ハよこめふるまもないほどに はやくしよこふだしてみせるで
125 これみたらとんなものでもとくしんせ なにのはなしもみなこのどふり
126 いまゝでのこのさんねんとゆうものわ くちでゆうよな事てないぞや

〜内容の区切りと思われる〜

127 いまゝでハ山/\さねんとふりぬけ このたびこれをはらしたるなら
128 あとなるハどんなやまいもいかなるの 事であろふがみなたすけるで
129 このよふのにんけんもとをせかいちう しらしてをいた事であるなら
130 それからハどんなたすけもするほとに 一事までゝみなたすけるで
131 これまでハたん/\くどきことハりを ゆうてあれどもしんかわからん
132 このしんハどふゆう事であろふなら むねのしやんをこれがたいゝち
133 なにゝてもむねとくちとがちこふてハ 神の心にこれハかなわん
134 しんちつが神の心にかなハねば いかほど心つくしたるとも
135 こればかりいかほどたれがそふたんも とてもかなハん月日しりぞく
136 なにもかも神のゆう事しかときけ なにをゆうてもちがう事なし
137 しんちつにめつらしたすけをしへたさ そこでとのよな事もゆうのや
138 このよふを初てからにない事を どんな事をもをしへたいから
139 このよふのほんもとなるのしんちつを しいかりしよちせねばいかんで
140 このもとをしいかりしりているものハ とこのものでもさらにあるまい
141 このたびハほんしんちつをゆてきかす なにをゆうてもしかとしよちせ
142 このやしきにんけんはじめどふぐハな いざなぎいゝといざなみとなり
143 月よみとくにさづちいとくもよみと かしこねへとが一のとふぐや
144 それよりもをふとのべへとゆうのハな これわりゆけの一のどふくや
145 つきなるハたいしよく天とゆうのハな これわせかいのはさみなるぞや
146 これまでハどふぐいゝさいみなよせて とのよなみちもとふりぬけたで
147 このさきハよせたどふぐをみハけして しこむもよふをいそぐばかりや
148 このものハとこにあるやとをもうなよ としわ十一二人いるぞや
149 この人ハにんけんはじめかけたると りうけいゝさいしゆごふどふぐや

〜内容の区切りと思われる〜

150 けふの日にどのよな事もゆうほどに なにをゆうてもしよちしてくれ
151 いまゝでも神のをもハくまゝあれど ひがきたらんでしかゑいたるで
152 だん/\ともふひがつまりきるからハ どんな事でもゆうてをくぞや
153 これまでハどこの人でもをなじ事 なにをゆうてもみなうたごふて
154 このたびハほんしんぢつであるからに これそむいたらすぐにかやすで
155 せかいにわあめをほしいとをもたとて このもとなるをたれもしろまい
156 このもとをしいかりゆうてかゝるから どんな事でもしよちするなら

六月廿八日五どきよりはなし

157 けふの日ハこのよはじめてないはなし なにをゆうてもこれきいてくれ
158 このよふわ神のせかいとゆいながら どんな事でもしんわしらんで
159 このしんをまことしんぢつしてみせる これみたならばみなとくしんせ
160 どのよふな事をするのもみな月日 なにをゆうのもみな月日やで
161 このたびハこのよはじめてない事を どんな事でもみなあらわすで
162 月日にわたいないよりもこもりいて どんなしごとをするやしれんで
163 どのよふなゆめをみるのもみな月日 まことみるのもみな月日やで
164 このよふの水のもとなる事をばな まだこれまでわゆうた事なし
165 このたびハほんしんぢつの水の事 どんなはなしをするやしれんで
166 この元をたしかにゆうてかゝるから せかいなみなる事でゆハれん

〜内容の区切りと思われる〜

167 けふからわどのよな事もゆいかける なにをゆうてもしかときくなり
168 にち/\に高山にてわだん/\と どんな事をばたのみたつねる
169 これさいかみゑきたならばどのよふな 事もあふなきさらにないぞや
170 けふの日ハなにのはなしをするやらな どんな事でもしよちしてくれ
171 めへ/\の心みのうちどのよふな 事でもしかとみなあらわすで
172 これみたらどんなものでもしんぢつに むねのそふちがひとりてけるで
173 このたびハどんな事でもすきやかに あらわれだしてみなしてみせる
174 たいないになにがあるやらどのよふな ものでもしりたものわあるまい
175 このはなし月日のし事これをみよ 心しだいになにをするやら
176 けふの日ハなにもしらすにたれにても せかいなみなる事であれども
177 あすにちハどふゆうみちをみるやらな しんの心があらわれてくる
178 この心あらわれでたる事ならば たれもそむきわさらにてけまい
179 これみたらどんなものでもしんちつに あたまかたけてみなしやんする
180 さあしやんこの心さいしいかりと さだめついたる事であるなら
181 このはなし月日の心ばかりやで にんけん心あるとをもうな
182 この事をみな一れつハしんちつに をもてたのめばどんな事でも


<おふでさき註釈>
一、今日からは、親神が世界中の人間の心を見定めて、各人の心のほこりの掃除に着手する。
二、この心の掃除は、内々の者も、世間の者も隔てはない、各人の心づかいを皆そのままに表に現す。
三、四、今までから親神が遺憾千万で堪え切れないと思う程に、人間の心にほこりが一杯積もっているのであるが、情けない事には、時旬が未だ到来せず、人々の心も成人していなかったので、何事も親神の真意を説く事は出来なかった。
五、この度は、何としても黙って見ている訳には行かないから、どのような事も皆表へ現す。
六、今日の日はどれ程我がまま勝手に威張っている者も、神意を悟らないならば親神が身の中の守護を止めて了うであろう。
七、今諭すこの話はどういう事かというと、世界中、何如何なる所にいる者も、皆一列に心を澄ますという事である。
註 親神様の為には、世界一列は皆可愛い子供であるから、産みおろしの後先によって親の慈悲に分け隔てはない。又神意を悟る事に先後はあろうとも、その為に愛憎の別はない。親神様の恩ちょうの溢れる所、この地上全体に心を澄して、普くたすけ一条の親心を行きわたらせたいというのが親神様の真である。にほんもからもてんぢくの事は、地上全体に普く世界一列の意。第二号三一註、第六号二九〜五一註、第十号五五〜五六註参照。
八、これから先は世界中の者の心の中を皆一列に親神が掃除をするから確かに承知していよ。
九、一〇、これまでとても親神は十分注意を与えているけれども、言葉で知らしただけでは、だれも神意の真実を確かに了解する者がない。
一一〜一三、これまでとても、親神は人々が余りに気ままな振舞をするから、直させようと、充分心を砕いているけれども、人間は、だれもそれを悟らない。それで、どうも親神としては、そのままに許されないから、今後改める事の出来ない時には、すぐ親神が守護を止めるから、その事を皆の者に余め注意しておく。
一五、註 元になる一人の精神が定まったならば、その人の身内親族又はその人のにおいがけした所から、用木になる者が沢山出来て来るという理を仰せられたものである。
一七、このよふぼくも一枝さえ、しっかりと道について来たならば、後は皆速やかに定って来る。
一九、よふぼくになる者は、心定めが出来たならば、身上の障りは無くなって、次第に心が晴々と勇んで来るばかりである。
二〇、この親神の心を悟らずに、誰も彼も、世間一般の者と同様な事ばかりいうている。
二一、このぢばは世間一般と同様の所と思ってはならぬ。教祖は、ただ一筋に親神の心ばかりを説き聞かせているのである。
二四、親神の意に順うてたすけ一条の道をつけるよう心を向けなければ、親神の急込みが何時現れるか分からんと、前以て度々注意してあるが、その事はよく承知しているか。
二五、二六、これまでも道が遅れてはならないと、親神の急き込みを種々と諭してはあるけれども、世間の者は一向気が付かない。これは、実に親神の遺憾千万とする処である。
二七、親神の意のままにたすけ一条の道に進まなければ、何時如何な親神の急き込みが現れるか分らんと今までから度々注意し、又種々と道理を尽して説き諭して来たが、未だ悟りが無いので、今又重ねて断っているのである。
二八、どれ程に道理を尽して説き諭し、又警告しても、だれも聞き入れる者がない。
二九、それ故に、だんだん日は径つけれども、いつになっても、これが親神の真であると悟る様子もない。
三〇、今日となってはもう時節が到来したから、人の悟るのを待ち切れず、親神自ら表へ現れて働きをするから、皆承知していよ。
三二、日々に親神のいう事は、皆そのままに現れて来るが、これは実に不思議だと皆も思うであろう。
三三、親神は、どのような事をいうか知れない。しかも、一度いうたならば、何でも親神のいう事は皆そのまま現れて来るのであるから、それで、何も彼も予め十分に注意しておくのである。
三四、前以て注意を促しておくというのも、並一通りでは無く、どのような変った事が見えて来るか分からぬからである。
三五、親神としては、まことに不びんに思ってはいるけれども、人間が、親神のいう事を聞き入れないならば、どんな事が現れて来るか分からぬ。
三六、親神の心は迫まり切っているから、今までにいうておいた事は、もういつ何時現れて来るかも分からん。
三七、これ程までに、親神は心を碎いて心配しているのに、そばの者は、少しも親の心配を知らない。
三八、そばの者は、人間心から割り出した仕事ばかりを考えているが、親神の働きが現れて来たならば、ころっと様子が変わるぞ。
四一、今日となっては、何も彼もの事態が皆切迫し切っているから、もう少しの猶予も出来ない。
四二、四三、今までは、どのように厳しく注意してはいても、それを現実に現す事は控えていたが、今日となっては、少しの間も油断してはならぬ。何時どんな事が現れて来るか分からないから。
四四、今までにふでさきにしるしておいた事が、いよいよ実現して来たが、こうして親神の言葉が実現して来たならば、人々の心が勇み立って来る。
四五、この事さえ見えて来たならば、世界一列は皆、だれも彼も陽気ずくめになる。
四六、この親心の程を、どうか世界の者は早く承知してもらい
たい。子供可愛いい上から特に頼むのである。
四八、これから諭す親神の話は、どんな事でも、決して背いてはならない。親神は、極めて遠大な意図を持っているのであるから。
四九、これから後は、山と重なってある親神の積もる思いを晴らす段取りを話する。
五〇、註 いき、てをどりは、第六号一〇五〜一〇八註参照。
五二、五三、今日までは、親神の自由自在の働きを現すべき時節が来なかったので、親神の説く事がその通りに現れない事もあったが、これからは何も彼も総ての事を説き諭しておくが、どんな事でも間違いなく皆実現して来る。
五六、次から次へと、親神が進み出て、神力を現すような事があっても、決して心配するのでは無い。
五七、それから先は、万事親神が引き受けて、いついつまでも陽気ずくめに暮すように守護する。
五八、今までは、親神がどのような話を説き聴かせても、皆の者は、いつ現れて来るか分からん話だというような考えで、うかうかと聞き流していた。
六〇、今後は、日々に心を勇めてかかるから、親神のいう事は何でも皆、直ぐとそのまま現れて来る。
六二、これから先は、親神がどのような珍しい働きをするかしれぬ。人々の心次第でどのような守護もして見せる。
六四、何事をいうているのも皆親神である。親神は、この世界万物を司っている絶大な力を現して、どのような働きをするか知れない程に。
六五、どのような事が見えて来るのも皆、親神のする事であるから、決して、人間思案でする事と思うてはならぬ。
六七、六八、註 教祖様は人間の姿をしておられるから、普通の人間の口から話されるように思うかも知れないが、教祖様は親神様のやしろであって、教祖様の口を通して語られる事は皆、親神様のお話であり、親神様のお心が教祖様のお心としてお現れになっている事を、仰せになっている。第七号五四〜五六註参照。
六九、註 教祖様のお口を通して話しておられるのは、元の親神様であるからして、教祖様の仰せられる事なされる事に対しては、親神が万事引き受けておられるのである。もしこの事を信ぜず、疑惑や不満の心を持つ者があるならば、すべて皆、その心通り親神様が応報をなさるという事を、仰せになっている。
七二、親神の積もる思いさえ晴らしたならば、それから先は、往還の道が見えて来るから、皆々楽しんでいるように。
七三、日々に、親神が人間の心の掃除に着手したならば、どのような者でも、これに逆う事は出来ない。
七四、この掃除とは、どういう事をするのかと思うであろうが、親神が、人々の身の内に入込み、心づかいを身上事情に現して掃除する。
七五、この掃除を何処でするかというと、上下の区別無く一列平等に人間の胸の掃除をするのであるから、身分の高い上流の人々の間に於ても同じく現れて来る処の理を見て、公平無私な親神の働きを納得するがよい。
七六、何事も皆、親神のいう事をよく考えて悟るようにせよ。親神の心通り、何をいうても皆間違いなく現れて来る。
七七、世界中の人々の心を澄ましたさに、どのような事を親神がするか分からんから、皆よく気を付けるようにせよ。
七九、一列の者は、将来をしっかり見ていよ。目の前に現れて来る天理の実現を見る時、人々の胸の掃除は自ずから出来て来る。
八〇、この掃除をすっきり仕立てた事ならば、直にまもりを渡す用意に取り掛かる。
八一、このように胸の掃除をしてまもりを授け、自由自在の守護によって陽気暮しをさせたいと、一列たすけの道を親神は毎日急いでいるのであるが、誰もこの親心を知らない。
八二、このたすけ一条の道が早く実現して来たならば、どんな人でも皆心が勇んで来る。
八三、この話は、人がすると思うてはならん。親神の心のままに言っているのである。
八四、こうして、だんだんと話をするのは、この世の真実を世界中へ何としてでも知らせたいからである。
八五、八六、今日までは、たとえ一日でも日を延ばして、出来るだけ控えて来たが、もうこの度は、日が迫り切って来たから、どうしても控える事は出来ぬ。
八七、いつ何時どのような変った事を聞いても、それは、親神の積もり重った思いが、激しい急込みとして一時に表へ現れて来たのである。
九二、どういう心に入替えるのであるかといえば、世界をたすける一筋の心になってもらいたい。
九三、九四、今後、世界中の人間が一列に互い立て合い救け合いをするならば、親神も、その誠心を受け取って、どのようなたすけも皆引き受けてする程に。
九五、九六、このよろづたすけというのは、どういう事かというと、先ずほふそをせぬように確かに請け合う。更に又、世界中の農作物が何処如何なる所に於ても常に豊作であるように教えたい。
九七、このよろづたすけの道を早く教えようと思っているが、一列の人間の心が澄み切らないから、教える事が出来ぬ。
九八、世界中の人間は皆、親神の可愛いい子供であるから、少しも分け隔てなく皆一様に救けたいのが親心の真実である。一列の人間は、ここをよく思案して、親神の真を悟ってもらいたい。
九九、一〇〇、人々の心が皆、真実の心に定って、親神のいう事に背かないようになったならば、親神の方では、確かに人々の誠真実の心を受取って、受け取り次第早速たすけを急ぐ。
一〇一、このたすけは一寸した理の軽いたすけではない。このたすけは、このたび元のぢばに現わすにほん一のたすけ一条の手本雛形であって、これによって末代までも世界一列の人間が救けられるのである。
註  第五号三一註参照。
一〇ニ、これさえ早く確かに見せたならば、どうのような高い所へも道がついて行く。
一〇三、これこそは、人間業では無く、親神の働きであるから、何人もこれにそむく事は出来まい。
一〇四、従って又、親神の自由用の働きは、どのように高い所の者でも、そのまねは出来まい。よく思案して見よ。
一〇五、一〇六、親神は病まず死なず弱らずに陽気ぐらしの出来るよう、その証拠を早く出したいと思っているが、皆の者は疑うて、世間普通の人の言葉のように思っているから、出す訳に行かない。
一〇七、このぢばで教祖の諭している事は、人間心は少しも混っていない親神の心ばかりを言うているのである。
一〇九、この親神の真を了解させて、何とかして、一列の心を澄ます段取りは出来ないものか。
一一〇、一列の心さえ早く澄み切って来たならば、直ぐにもよろづたすけの証拠を出そうものを。
一一二、これからは、親神に嘘をいうたならば、その者に対する親神の守護も実の無いものになるが、この事をよく承知であろうな。
一一三、親神は、嘘と追従は大嫌いである。これだけいっても、未だ嘘や追従をいう者があれば、親神は身の内の守護を止めて了う。
一一四、天理は、それ程厳然たるものであるから、早速その理を現す事の不憫さに、今までは、一日でも日を延ばし、大抵の事は皆見ゆるしていたのである。
一一六、証拠とはどういう事と思っているか。それは、身上に試しが掛けてある。その身上のたすけづとめを機縁として確かな証拠を出したいと思っている。
一一七、身上に現しているこの試しの精神を、よく汲みとれないのが、親神にとっては遺憾千万である。
一一八〜一二〇、註 秀司先生はもともと身体に何処も故障が無いのに、旬刻限が来て親神様がこの世に天降られる機縁の一つとして、わざわざ秀司先生の足に患いをつけられた。この身上がたすけ一条のための試しであり、親神様の御意図に基くものである事を、秀司先生に悟りがついたならば、直ぐにも自由自在の守護を現して、よろづたすけの証拠としてかんろだいを建設する機運を促そうと、親神様は心算もりしておられたが、本教に対する種々の迫害干渉は直ちに戸主である秀司先生の身の上に及び、教祖様がこの道の精神を説き切られるにつれて、中山家の家計は支うるに難く、当の責任者たる秀司先生は、内外の事情のためどれ程心配苦労せられたか分からなかった。そのために、とかく教祖様のお口を通して語られる親神様の仰せを、素直に信じられる事が出来なかったのであるが、それも無理のない事である、と仰せになっている。
第一号二六参照。
いがめては、秀司先生の足をびっこにせられた事。
一二一、この度は、この長い間、道のために悩んで来た者の、胸の思いをすっきりと晴らす段取りを、何より先に急いでいる。
一二二、この者に親神の暖かい真実親心を了解させて、親神の方へ、しっかりともたれ付かさぬ事には、よろづたすけの話の説きようがない。
一二三、註 身上、事情と、種々の苦労をさせて来たのも、たすけ一条のこふきを作るために、皆親神様のせられた事であるが、こんな事は周囲の人々はもとより当人さえも知るまい、と仰せになっているのである。
一二四、一二五、今日の日は、一寸傍見をする隙もない程、時旬が切迫して来たから、親神の説く事には間違いが無いという証拠を、今にも出して見せる。これを見たならば、皆なる程と得心せよ。親神の説く事は皆この通り間違いないのである。
一二七、一二八、今までは、この事をもどかしく思いながら、それをこらえていろいろの道を通り抜けて来たが、今度これを晴らしたら、その後はどんな病気であろうが事情であろうが皆救ける。
一二九、一三〇、この世の成り立ち、人間創造の元の理を、世界中へ教えてさえ置いたならば、それから後はどのような身上事情も皆一言で救ける
註 一事までゝの一事は、第十四号四七の『一事ゆゑば』の一事と同じく、一言で、一言まででは、一言いうただけでの意。
一三一、これまでは段々と説き諭しもし、ことわりもいうているが、まだ真実の道の精神を悟っていないようである。
一三二、この真実の精神とはどういう事かというと、各人が、先ず自らの心を振りかえってよく反省する事である。
一三三、総て心の底で思うている事と、口先でいっている事とが違うようでは、これは真実とはいわぬのであって、従って、親神の心に受取る事が出来ないのである。
一三四、一三五、人間の心の真実が親神の心に適うので無かったならば、どんなに心を尽して願うても、親神の方では受け取る事が出来ないから、こればかりはだれから何と頼まれても、親神はその人の身の内の守護を止めてしまう。
一三八、一三九、この世の根本に在る親神の天地人間創造以来の暖い真実親心を、しっかり了解せねばならない程に。
一四〇、註 このもととは、人間創造以来の親神様の本真実。
一四一、この度はこの世人間創造以来の親神の本真実をいうて聴かせるから、何をいうても皆しっかりと聴いていて心に悟りとる様にせよ。
一四二〜一四五、註 太初、この屋敷に於て人間を創造なされた時に、夫々の道具をお使いになり、種、苗代、骨突張り及男性、皮つなぎ及女性、飲み食い出入、息吹き分けの守護の理に、それぞれ、いざなぎのみこといざなみのみこと、月よみのみこと、くにさづちのみこと、くもよみのみこと、かしこねのみこと、と、神名をおつけになり、引出しの守護の理に、をふとのべのみこと、切る事一切の守護の理に、たいしよく天のみこと、と、神名をおつけになった事を、仰せになっているのである。
一四六、これまでは、道具一切を皆寄せてどのような道すがらも通り抜けて来たのである。
註 本歌は、太初に道具衆をよせて人間を創めかけられた如く、この度は夫々に理を享けたつとめ人衆を寄せてこの教をお創め下さる事を仰せられているのである。
一四七、今度は、寄せた道具を皆夫々と見分けして、仕込む段取りを急ぐばかりである。
一四八、註 この年(明治九年)真之亮様と前川菊太郎氏は共に十一歳であった。本歌はこのお二人を指されたものと言い伝えられている。
一四九、この者はつとめ人衆として、人間創造の種及び立毛一切守護の理に相当する役割を勤めさせる者である。
一五二、註 ひがつまりきるは、日が詰り切るで、時機の切迫する意。
一五三、これまではだれも彼も皆同じように、親神が何をいうても疑うていた。
一五四、この度は、この世人間を創造した元の親神が、迫り切った時節の到来により、自ら表へ現れて、真実の親心から一列たすけの教を説いているのであるから、もしもこれに背くが者があれば、直ちに心通りのかやしをする。
一五五、世間では、かんばつの時には雨が降ってほしいと思うであろうが、雨というものはどうして降るか、その根元にある親神の守護をだれも知るまい。
註 本歌は明治九年陰暦六月廿八日、川東村小坂の松田利平の願により、辻忠作、仲田儀三郎(儀右衞門の後名)、桝井伊三郎等が雨ごいに行った時諭されたものである。
一五六、雨の降る根元を、しっかり言い聴かせるから、何も彼も親神の話をよく了解せよ。そうしたならば、直ぐにも自由自在の守護を現す。
一五八、この世は神の世界である、というていながら、何事も皆その起る根本の理を知らない。
註 しんは真で根本の理、世の中の万事が皆、親神様の親心によって守護され支配されている、という真理。
一五九、万有の根本にある親心の真実を、目のあたり現して見せるから、これを見たならば、なる程と納得せよ。
一六〇、何事をするのも何事をいうのも、これ皆、親神のする事いう事である。
一六二、元の親神は、人間の体内に入り込んでいるから、どんな珍らしい働きを現すかも知れぬ。
一六三、どのような夢を見るのも、又、どのような出来事を見るのも皆、親神の守護である。
一六五、この度は、水の根本の理について、どのような珍らしい話をするか分らぬ。
一六六、水の根本の理を 、確かに説いて聞かせるが、世間普通の話を聞くような心掛けでは、説く事は出来ぬ。
一六七、今日からは、何事も皆親神の真実を言い初めるが、何をいっても皆この世の本真実の話ばかりであるから、しっかり心を澄して聴くようにせよ。
一六八、今後はだんだんと、上流の者が、どんな事でも頼みに来る。又尋ねに来るようになる。
一六九、そうなってさえ来たならば、何事も皆、少しも危い事はない。
一七一、各人の心づかいは、どのような事でも間違なく身上に確かに現す。
一七二、身上に現れる親神の知らせを見たならば、どんな者でも、真底から胸の掃除をせずにおられぬようになる。
一七三、この度は、何事も皆、ことごとく表へ現して見せる。
一七四、人間の身の内に入り込んでいる親神の守護については、だれも知っている者はあるまい。
一七五、この話をよく聴き分けて、親神のする事をよく見ていよ。親神は各人の心次第でどのような働きを現すかも知れぬ。
一七七、明日になれば、どのような道が見えて来るか分からぬ。銘々の心通り、親神の守護が現れて来る。
一七八、心通りに親神の守護が現れて来たならば、誰もこれに背く事は出来まい。
一七九、これを見たならば、どんな者でも、心の底から不思議に思って、思案せずにはおれない。
一八〇、さあ、しっかりと思案せよ。銘々の心の真実さえ確かに定まったならば、親神はその心定めを受取って自由自在の守護をするのである。
一八二、この理をよく悟り、親神のたすけを心の底から信じて、真実誠の心を以て親神に願うならば、どんな事でも願通り速やかに守護しよう。


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2014年04月16日

おふでさき第十一号。

おふでさき第十一号は、明治8年6月にお記し下さいました。
80首あり、教祖(おやさま)78歳の御時です。

おふでさき第十一号では、全編こかん様のことを話題にされています。
第十号と第十二号との間に挿入されたような特別な号とも考えられます。
「人衆」「よふぼく」の仕込みについて、こかん様を「悟りの台」とされたものとみられます。

おふでさき拝読の留意点は、「天理教勉強blog: おふでさきを身近に。」をご参照下さい。

また、より詳しく知りたい教語が見つかりましたら、検索機能天理教用語解説カテゴリの記事をご参照下さい。





<おふでさき第十一号>
001 むなさきへきびしくつかへきたるなら 月日の心せきこみである
002 このさきハ一れつなるにだん/\と みのうちさハりみなつくであろ
003 どのよふなさハりついてもあんぢなよ 月日の心ゑらいをもわく
004 みのうちにさハりついてもめへ/\の 心それ/\みなわけるでな
005 しんぢつにをもう心とめゑ/\の しやんばかりをふもいゝるとを
006 月日にハどのよな心いるものも このたびしかとわけてみせるで
007 どのよふな心もしかとみているで 月日このたびみなわけるでな
008 口さきのついしよばかりハいらんもの 心のまこと月日みている
009 これまでもいろ/\はなしといたれど ほんしんぢつがみゑてないので
010 けふの日ハなにのはなしをしたるとも ちがうよふなる事ハゆハねど
011 月日より一どふゆうてをいたなら いつになりてもちがう事なし
012 それしらすそばの心ハたれにても せかいなみなるよふにをもふて
013 このたびのなやむところでとくしんせ みなの心もめゑ/\心も
014 この事をぢうよぢざいハちがハねど みなの心にしよちなけねば
015 一れつにしよちをしたる事ならば 月日うけよてたしかたすける
016 このたすけどふゆう事にをもうかな 三かめへにハそといでるよふ

〜内容の区切りと思われる〜

017 これまでも月日とゆうてだん/\と はなしもといてきたるなれとも
018 まだしんのところハさらにハかるまい このたびどんな事もあらわす
019 はなしでもをなしところでゆうならば なんどにんけん心なるよふ
020 みなのものをもう心ハきのどくや このたびところかへてはなしを
021 これきいていかなものでもとくしんせ 月日ぢうよふみなこのどふり
022 たいないへ月日入こみぢうよふを ゆうていれどもしよちあるまい
023 このさきハせゑいゝバいにたん/\と ことハりたゆへかゝる事なり
024 月日よりあらハれでるとゆうたとて たん/\なにもことわりたゆへ
025 このたびのなやみているをやまいやと をもているのハこれハちがうで
026 こればかりやまいなぞとハをもうなよ 月日ぢうよふしらしたいゆへ
027 なにもかもとのよな事もしらするハ さきのをもわくあるからの事
028 このはなしどふゆう事てあるならば さきのよろづハ月日ひきうけ
029 月日よりひきうけするとゆうのもな もとのいんねんあるからの事
030 いんねんもどふゆう事であるならば にんけんはぢめもとのどふぐや
031 このものに月日よろづのしこみする それでめづらしたすけるのや
032 この事わ一寸事やとをもうなよ これハにほんのこふきなるのや

〜内容の区切りと思われる〜

033 あれいんでこらほどなにもすきやかに たすかる事をはやくしりたら
034 それしらずどふどいなさすこのとこで よふぢよさしてをことをもたで
035 こんな事はやくしりたる事ならば せつなみもなししんバいもなし
036 にんけんハあざないものであるからに 月日ゆハれる事をそむいた
037 これからハどんな事でも月日にハ もたれつかねばならん事やで
038 どのよふな事をするにも月日にて もたれていればあふなけハない
039 このよふなけへこふなるのみちすしを しらすにいたがあとのこふくハい
040 このさきハどのよな事をゆハれても 月日ゆハれる事ハそむかん
041 月日よりやしろとなるのむなさきの つかゑてあるをなんとをもうぞ
042 このつかへ人なみなるとをもうなよ 月日の心まことしんわい
043 それしらずみな一れつハめへ/\に わがみしやんでしことばかりを
044 月日にハどのよなみちもみへてある せかいぢううハそれをふもハす
045 このみちをこども一れつしやんせよ どのよなみちがあるやしれんで
046 どのよふな事でもさきへしらしをく あとでこふくハいなきよふにせよ
047 こんな事なにをゆうやとみなのもの をもうであろふこどもかハいゝ
048 せかいぢうをふくの子共むねのうち わかるもよふがこれハないかよ
049 このよふな事をくど/\ゆうのもな みちをあんぢているもよふから
050 これからハとのよな事もゆてきかす これをかならすうそとをもうな

〜内容の区切りと思われる〜

051 このたびの月日のしごとしかときけ あしきのよふな事わせんぞや
052 どふどしてめつらしたすけをしへたさ そこでかゝりたしごとなるぞや
053 いまゝでと心しいかりいれかへて よふきつくめの心なるよふ
054 この心どふしてなるとをもうかな 月日たいない入こんだなら
055 にち/\にひとり心がいさむなり よふきづくめの心なるよふ
056 月日よりにち/\心いさめかけ よふきつくめにしてかゝるでな
057 このはなしなんとをもふてきいている たすけ一ぢよのもよふばかりを
058 月日よりどんな事でもみているで なにをゆうてもみなしよちせよ
059 ことしから七十ねんハふう/\とも やまずよハらすくらす事なら
060 それよりのたのしみなるハあるまいな これをまことにたのしゆんでいよ
061 月日にハいまゝでどこにない事を ばかりゆうぞやしよちしてきけ
062 このよふなない事ばかりゆうけれど さきをみていよみなまことやで
063 なにぶんにめづらし事をするからハ いかなはなしもない事ばかり
064 とのよふにない事ばかりゆうたとて さきをみていよみゑるふしぎや

〜内容の区切りと思われる〜

065 いまなるのなやみているわつらけれど これからさきハ心だのしみ
066 このよふなはなしくと/\ゆうのもな これハまつたいこふきなるのや
067 月日よりこのたびこゝであらハれて とんな事をもはなしするのハ
068 とのよふな事もたん/\しらしたさ にほんのこふきみなこしらゑる
069 このよふのはじまりたしハやまとにて やまべこふりのしよやしきなり
070 そのうちになかやまうぢとゆうやしき にんけんはじめどふくみへるで
071 このどふぐいざなぎいゝといざなみと くにさづちいと月よみとなり
072 月日よりそれをみすましあまくたり なにかよろづをしこむもよふを
073 このところなにをするにもとのよふな 事をするのもみな月日なり
074 とのよふな事をゆうにもみな月日 そばなるものハまねをしてみよ
075 このよふをはじめてからにけふまでハ ほんしんぢつをゆうた事なし
076 けふの日ハどのよな事もしんぢつを ゆハねばならんよふになるから
077 めへ/\になにをゆうとハをもうなよ 月日のをもうよふにゆうのや
078 なんどきにかいりてきてもめへ/\の 心あるとハさらにをもうな
079 どのよふなものもしんからとくしんを さしてかいるでこれをみていよ
080 いかほとのこふてきたるもはつめても 月日の心これハかなハん


<おふでさき註釈>
二、三、今後は一列の人々に、次々と身上の障りが現れて来るであろう。どのような障りが現れて来ても、心配するのではない。それは皆親神の心に深い考えがあってしている事である。
四、身上に障りが現れて来るというても、それは皆銘々の心通り現れて来るのであるから、これによって各人々々の心を一々皆分けるのである。
五〜七、真実に道を思い世を思う心と、我身思案している心と、どのような心も親神は常々確かに見届けているから、どのような心でいる者も、この度は各人々々の心づかいを夫々の身上に現して、判然と区分して見せるであろう。
九、これまでとても人々の心を入れ替えさせる為に、種々と話を説いては来たが、その本真実が未だ実現して来なかったからして、皆の者には親神の話がよく了解出来なかったであろう。
一一、一二、親神が一度いうて置いた話は、いつになってもそれに間違いなく必ずその通りに現れて来る。然るに、それを知らずして、側の者達は皆、深い意図を以て説いている親神の話を、世界普通の話のように思ってついうかうかと聞いている。
一三、現在悩んでいる身上についてよく考えてみて、傍々の者も、又悩んでいる本人も、前々から諭してある親神の話に、間違いのない事を得心せよ。
註 本歌は、こかん様の身上について仰せられたものである。 第九号三六〜三九註及び本号二五〜四〇総註参照。
一四〜一六、親神の自由自在の守護に間違いはないのであるが、皆々の心に親神の話が了解出来ないからして、身上の悩みと現れているのであるが、皆々の者が、親神の意中を了解し心の反省をして、親神の意図に添うならば、、身上の悩みは、親神が保証して確かに救けるであろう。その救けというのはどういう救けかというと、親神の自由自在の守護によって、三日目には外へ出られる位、速やかに回復するようにたすけする。
一七、一八、これまでからも、教祖の説く事は親神がいうのであるというて、次々と説き諭しをして来たが、未だ真実の所は分かっていまい。そこで、この度は、どのような自由自在の守護も皆現して、真から了解出来るようにして見せる。
一九〜二一、如何程真実の親神の話であっても、始終同じ所でいうならば、何か人間心から話しているように、皆の者が思って、親神の深い意中を説いている話も、その気になって聞く事が出来ず、従って神意の程を悟り得ないというのは、誠に気の毒であるから、この度場所を変えて話をしてみせるが、如何に場所が変っても、親神の話には寸分の変りがない。この寸分変わりのない話を聴いて、皆の者達は、成程真実の親神の話に違いないという事を知り、その話をしっかり聴いて親神の真意を了解して貰いたい。親神は万事これと同じ道理で、どのような自由自在の守護も皆して見せる。
註 をなしところでゆうとは、親神様が始終教祖様のお口を借りてお話下さっていることで、ところかへてはなしをとは、こかん様に扇を持たせて、親神様の意中を語らしめ給うた事実を仰せられたものである。
然して教祖様の言とこかん様の言と、寸分の相違がなく、これによって、教祖様が始終お話し下さる事は、教祖様のお言葉ではなく神意をお話下さっているものである事を立証して、人々にお示し下さったのである。
二二、体内に親神が入込んで、親神の意中をば、そのまま自由自在に話をしているが、これが親神のしている事だとは理解出来ないであろう。
註 即ち、親神様は教祖様のお口を通じて種々とお話をされているのであるが、それをば親神様のお話とは思わず、世間普通の人間の言葉のように考えていた事を戒められたものである。
二三、二四、予め充分に断って置いたから、今後は、もう遠慮会釈なく何事にも取り掛かるのである。即ち、親神が人々の心得違いを身上事情に現して諭すのも、予め何もかも充分に断ってからの事で、決して突然の事では無いのである。
二五、二六、今回悩んでいるのを、普通有り勝ちの病気だと思うているのは間違である。こればかりは、病気などと決して思うてはならぬ。これは見抜き見透しの親神の自由自在の働きを現したいからである。
二五〜四〇、総註 明治五年陰暦六月十八日、檪本の梶本家に嫁いでおられたおはる様(教祖様の第三女)が出直されたが、当時、梶本家には、十五歳を頭に当年生まれにいたるまで五人の子供があって、手不足勝で家事万端に就て種々の困難を感じていられたので、その後妻としておはる様の妹たるこかん様を懇望された。しかし、教祖様は、神意のまにまにこれを承諾されなかった。というのは、こかん様はぢばにいんねんある方であって、この方をおぢばに留め置いて、いつまでも親神様がたすけ一条の上に御用をおさせになる思召だったからである。 (本号二八〜三二及六九〜七二註参照)
然るに、側々の勧めもあり、且その困っておられる有様も、見ているに忍びなかったので、当時戸主であった秀司先生及び本人のこかん様も遂に人情にほだされて、梶本家へ赴かれた。しかし神意のこう遠は人意を以て計かり難く、その後、明治八年こかん様は身上に重いお手入れを受けられ、益々容態が悪くなったので、こゝに初めて神意の厳として動かすべからざるを悟られ、遂に意を決し病を冐して教祖様の許へ帰宅されたが、時あたかもお屋敷の門屋新築の件に関し、教祖様が奈良監獄へ二十六日から三日間御苦労下されたのを合図立て合いとして、その御留守中の陰暦八月二十八日三十九歳を一期として、遂に出直された。教祖様は、その日監獄からお帰りになってこれを御覧遊ばされ、暫し御愁傷の態であったが「お前は何処へも行くのやない。せみの抜けがらも同じ事、魂はこの屋敷に留っている。またこの屋敷に生まれ帰って来るのやで。」と、さながら生ける人に物言う如く微笑やかに仰せられたという。 (第九号三六〜三九註参照。)
二八、この話は、どういう事であるかというと、将来の事は、一切親神が引受ているのである。
二九、三〇、註 もとのいんねんとは、こかん様のいんねんを指す。 本号六九〜七二註参照。
三一、註 このものとは、こかん様。
三二、この事をば、一寸した軽い事と思ってはならぬ。これは、にほんに出来た世界たすけのこふきである。
註 こふきは、第五号三一註、本号六七、六八参照。
三三〜三六、註 こかん様が檪本へ行っておられる事は、親神様のお考えに背く訳であるから、世間普通の人情などにほだされず、又、梶本家の人々にもその悟りがついたなら、こかん様の身上にも自由自在の守護を頂けたのであるが、人間心から自分の家で養生さそうと一日々々と日を延ばしておられたから、すきやかな御守護を頂く事が出来なかったのである。
四一、四二、親神のやしろとなっている者の胸先が、つかえているのを皆々は何と思っているか、このつかえを尋常普通の事のように思ってはならぬ。これは親神の心が全く心配に堪えないからである。
註 しんわいは、しんぱいと読み、心配の意。
四三、親神の心配の程も知らずに皆々の者は、各自の人間思案で勝手な事ばかりしている。
四四、註 ふもハすは、おもわず、と読み、思わずの意。
四九、このような事を繰り返えし繰り返えしいうのも、子供達の将来の道筋を心配するから、予め用心するように説き諭しているのである。
五一、五二、この度の親神の仕事について、しっかり神意のある処を聴いてもらいたい。決して、皆々にとって悪いような事はしない。親神は、どうかして珍らしいたすけをば人々に体得させたいが為めに、取り掛かった仕事なのである。
五三、今までとは違って、今後は心をしっかりと入れ替えて、陽気ずくめの心になるようにせよ。
五四、五五、この陽気ずくめの心に、どうしてなる事が出来るのかしら、と思うであろうが、親神が体内に入り込んだならば、人々は日に日に自づから心が勇んで来て、陽気ずくめの心になる。
五六、親神の方から、日々心を勇めてかかって、だんだんとこの世を陽気ずくめの世界とする。
五七、この話をお前達は何と思って聞いているか、親神はたすけ一条の段取りばかりを急いでいるのである。
五九、六〇、今年から向う七十年間、夫婦とも病気にもならず老衰もせずして暮す事が出来たならば、それより以上の楽しみは無いであろうがな。これをば、心から楽しんでいるがよい。
註 ふうふうともとは、秀司先生夫妻を仰せられたものである。これを以て観ると、当時、教祖様が如何にお二人に対してその心を励まし、且つその心の目覚を促される事の切なものがあったかを、察知する事が出来る。
六二、このように見えて無い事ばかりいうが今後を見ているがよい。親神のいう事は、将来皆、真実にその通りになって来る。
六三、何といっても、今までに無い珍らしいたすけをするのであるから、どのような話も皆今までに無い事ばかりいう。
六四、如何に無い事ばかりいうたとても、これから先を見ているがよい。親神のいう事は皆その通りに現れて来るから不思議である。
六五、現在悩んでいるのは辛いであろうけれども、この悩みによって心を入替え親神のいう通りにして行けば、これから先は心楽しみである。
註 いまなるのなやみ、秀司先生御夫婦の何れかが当時御身上であったものと拝察される。
六六、このような話を繰り返えし繰り返えし説いて聞かせるというのは、これは未来永ごうに伝えられてたすけ一条の手本となるべきこふきだからである。
六七、六八、親神が、この度元のぢばに現れて、何事も皆話するというのは、一列人間に総ての真実を皆次々と知らせたいからであって、こうして親神のたすけ一条の真実を皆教えてにほんに現れ未来永ごうに伝えられて、一列たすけの手本雛形となるべきこふきを皆こしらえる。 第五号三一註参照。
六九〜七二、この世の初まり出しは大和であって、その中の山辺郡庄屋敷村である。その庄屋敷村の中山氏という屋敷に、人間創造の道具の理を体した者が見える。この道具とは、いざなぎのみこと、いざなみのみこと、くにさづちのみこと、月よみのみことである。親神はこれを見澄まし旬刻限と共に元なるぢばに天降り、教祖を月日のやしろとしてたすけ一条の真実を、何も彼も皆仕込む段取りに取り掛かって来た。
註 教祖様は、このお道をお創め下さるに就て、言うにいえぬ産みの苦しみをおなめ下され、夫善兵衛様また一家を捧げて教祖様のたすけ一条の教の創始に協力するという、並々ならぬ御心労をお通り下された。又秀司先生は、貧困の中に家計を支え、又世間の迫害嘲笑に対しては百方手段を尽して道の立つように努力せられ、こかん様は母を慰め兄を励まし、よく一家の和楽を保って、お道のため一方ならぬ辛酸をなめて下された。これ実に、それぞれ人間創造の御守護の理の一つ一つを身に体しておられたからであって、ここに親神様の深い々々神慮の程を拝察することが出来る。
第六号二九〜五一註参照。
七三、七四、このぢばに於て何事をするのも、それは、人がするのではない。皆親神のする事である。又如何な事をいうのも、それは、人がいうのではない皆親神のいう事である。人が勝手にしたりいったりしていると思うならば、側の者よ、だれでもまねをして見るがよい。決して出来ないであろう。
七五、親神がこの世を創造してから今日まで、未だかつてこのような本真実の話をした事は無い。本号六九〜七二参照。
七七、銘々の人間心からいうていると思ってはならぬ。皆、親神の思い通りに言わせているのである。
七八、何時ぢばへ帰って来ても、銘々の人間心からとは決して思うてはならぬ。
七九、どのような者でも心の底から納得さして帰るであろう。これも皆親神が言わせて説き諭すからである。しっかり見ているように。
八〇、どれ程力の強い者も、さかしい者も親神の心には刃向かうべくも無くただ心から懐き慕うばかりである。
註 こふてきは、剛的で力の強い者の事、はつめは、発明な者で悧功者の事。即ち如何に腕自慢な剛者でも、知恵自慢の知者でも、親神様の自由自在のお働き及び深遠な御意図には、到底及ばないと仰せられているのである。

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2014年04月10日

おふでさき第十号。

おふでさき第十号は、明治8年6月にお記し下さいました。
104首あり、教祖(おやさま)78歳の御時です。

おふでさき第十号は第九号と同じ明治8年6月に御執筆されたもので、その内容も第九号に引き続き、 神のお働きを中心に、布教伝道について記されています。
また第九号では「とびでる」準備が記されていましたが、第十号では布教の大要が記されています。

おふでさき拝読の留意点は、「天理教勉強blog: おふでさきを身近に。」をご参照下さい。

また、より詳しく知りたい教語が見つかりましたら、検索機能天理教用語解説カテゴリの記事をご参照下さい。





<おふでさき第十号>
001 しんぢつの心月日がみさだめて 天よりわたすあたゑなるのわ
002 一寸したる事とハさらにをもうなよ 天よりふかいをもハくがある
003 このはなしどふゆう事であろふなら からてんぢくも心すまして
004 この心どふしてすます事ならば 月日とびでゝあゝちこゝちと
005 だん/\と月日たいない入こんで ぢうよぢざいをしてかゝるでな
006 したるならなんぼからやとゆうたとて にほんのものにこれハかなわん
007 にち/\にみへるところでとくしんせ なんどきどんなはなしきくやら
008 どのよふなはなしきいてもさきいより これわ月日のはなしなるのや
009 これからハにほんのものハたん/\と 月日ひきたてこれをみていよ
010 なにもかもどのよな事もみなをしへ しらん事をハないよふにする
011 にほんにハはしらをたてた事ならば やまずしなすによハりなきよに
012 いまゝでハからやとゆうてはびかりて まゝにしていたこんどかやしを
013 このはなしたれにどふせとゆうでなし 月日とびでゝまゝにするなり
014 これまでも月日をしらんものハない なれとほんもとしりたものなし
015 このたびハどのよな事もしんぢつを ゆうてきかしてたすけいそぐで
016 このひがらいつころなるとゆうならば たあのしゆりをしまいしだいに
017 それからハなにかめづらしみちになる つとめのにんぢうみなよりてくる
018 たん/\とにち/\心いさむでな なんとやまとハゑらいほふねん
019 にち/\にはやくつとめをせきこめよ いかなるなんもみなのがれるで
020 とのよふなむつかしくなるやまいでも つとめ一ぢよてみなたすかるで
021 つとめでもどふゆうつとめするならば かんろふだいのつとめいちゞよ
022 このたいをどふゆう事にをもうかな これにいほんのをやであるぞや
023 これさいかまことしんぢつをもうなら 月日みハけてみなひきうける
024 月日よりひきうけするとゆうからわ せんに一つもちがう事なし

〜内容の区切りと思われる〜

025 このはなしどふゆう事にきいている かんろふだいのつとめなるのわ
026 一寸したるつとめなるとハをもうなよ 三十六人にんがほしいで
027 そのうちになりものいれて十九人 かぐらづとめの人ぢうほしいで
028 しんぢつに心さだめてしやんせよ とりつぎの人しかとたのむで
029 このだいをこしらゑよとてたん/\に 月日人ぢうのもよふするなり
030 人ぢうがしかとよりたる事ならば そのまゝだいもでける事やで
031 このみちハどふゆう事であるならば 月日つとめのてゑをふしへて
032 それよりも月日一れつせかゑぢう つれてゞたならひとりでけるで
033 これさいかたしかにでけた事ならば 月々つとめちがう事なし
034 つとめさいちがハんよふになあたなら 天のあたゑもちがう事なし
035 このみちハまことしんぢつむつかしい みちであるぞやみなしやんせよ
036 この人ぢうどこにあるやらしろまいな 月日みわけてみなひきよせる
037 どのよふなところのものとゆうたとて 月日ぢうよふしてみせるでな
038 だん/\と人ぢうそろふたそのゆへで しんぢつをみてやくわりをする
039 やくハりもどふゆう事であるならば かぐら十人あといなりもの
040 これさいかはやくしいかりそろたなら どんな事でもでけん事なし

〜内容の区切りと思われる〜

041 けふからハだん/\もんくかハるでな いまゝでしらん事ばかりゆう
042 いまゝでもどのよなみちもあるけれど 月日をしへん事わないぞや
043 月日よりたいてへなにもだん/\と をしゑてきたる事であれども
044 このたびハまたそのゆへのしらん事 なにもしんぢつみなゆてきかす
045 これまでハからやとゆうてはびかりた これも月日がをしへきたるで
046 このたびハ月日元ゑとたちかいり 木のねしいかりみなあらハすで
047 このよふの元をしいかりしりたもの どこのものでもさらにあるまい
048 しんぢつにこの元さいかしいかりと しりたるならばどこいいたとて
049 このはなしなんとをもふてきいている これとりつぎにしこみたいのや
050 どのよふな事を月日のをもうにハ にんけんもとをこれせかゑぢうへ
051 はや/\とこのしんちつを一れつに しらしたるならはなしハかるで
052 いかほどにはなしをといてきかしても もとをしらしてをかん事にハ
053 もとさいかしいかりゆうてをいたなら なにをゆうてもみなきゝハける
054 このよふのぢいと天とハぢつのをや それよりでけたにんけんである
055 これからハからもにほんもしらん事 ばかりゆうぞやしかときくなり
056 どのよふな事もしらんとゆハんよふ みな一れつにしこみたいから

〜内容の区切りと思われる〜

057 にち/\に月日の心をもうにわ をゝくの人のむねのうちをば
058 この心どふしたならばわかるやら どふどはやくにこれをわけたい
059 せかいぢうしんぢつよりもむねのうち わかりたならば月日たのしみ
060 それからハ一れつなるのむねのうち わかりたならば月日それより
061 だん/\とにち/\心いさめかけ よふきづくめをみなにをしへて
062 せかいぢうをふくの人のむねのうち みなすましたる事であるなら
063 それよりも月日の心いさみでゝ どんな事でもみなをしゑるで
064 とのよふな事でも月日しんぢつに みな一れつにをしゑたいのや
065 しんぢつの心がほしい月日にわ どんな事でもしこみたいから
066 このはなしなにをしこむとをもうかな これからさきのよろづみちすじ
067 けふまてハなによの事もみへねども ひがちかづけばひとりみへるで
068 とのよふな事もやまいとをもうなよ なにかよろづハ月日ていりや
069 月日よりにち/\心せきこんで どんなもよふをするやしれんで
070 せきこみもなにの事やらしろまいな かんろふだいのもよふばかりを
071 にち/\にみのうちさハりついたなら これハ月日のていりなるかよ
072 だん/\とみすますところせかいぢう きのどくなからもんくかへたい
073 しやんせよくちでなに事ゆうたとて たしかなしよこなくばいかんで
074 月日よりたいないよりも入こんで ぢうよぢざいのさしずしよこや
075 それゆへにいまゝでどこにない事を ばかりゆううてはじめかけるで
076 いまゝでもない事ばかりゆうのもな これも月日のみなをしへやで
077 このたびのかんろふたいとゆうのもな これもいまゝでしらん事やで
078 どのよふな事をゆうのもみな月日 しらん事をばをしゑたいから

〜内容の区切りと思われる〜

079 このやしきかんろふだいをすへるのハ にんけんはじめかけたしよこふ
080 なに事もみなこのとふりはちめかけ せかいぢううの心すまする
081 にち/\になんでもせかい一れつを いさめるもよふばかりするぞや
082 だん/\とせかいの心いさむなら りうけもろともみないさみでる
083 この心どふしていさむ事ならば 月日にんそくつれてゞるぞや
084 それまでにあゝちこふちとどのよふな はなしだん/\みなきくであろ
085 どのよふなはなしきくのもみなさきい ゆうてあるぞやしやんしてみよ
086 月日にハなにをだん/\ゆハれると をもうてあろをさきのたのしみ
087 なに事も月日の心をもうにわ にほんにこふきほしい事から
088 にほんにもこふきをたしかこしらへて それひろめたらからハまゝなり
089 このはなしなんとをもふてみなのもの にほんのものハみなわが事や
090 それしらずなんとをもふて上たるハ むねがわからん月日さんねん
091 このところどのよなこふきしたるとも これハにほんのたからなるぞや
092 一れつの心さだめてしやんせよ はやくこふきをまつよふ