2014年05月15日

おふでさき号外。

おふでさき号外は、「山村御殿のふし」(明治七年十二月二十三日(陰暦十一月十五日))の翌日、すなわち明治七年十二月二十四日(陰暦十一月十六日)朝にお記し下さいました。
3首あり、教祖(おやさま)77歳の御時です。

「おふでさき号外」は、教祖(おやさま)がお記しの上、周囲の方々にお下げになったもので、おふでさき全十七号(1711首)に収録されていないものは全て「おふでさき号外」と呼ぶことができますが、どのような時期、どのような場面で書かれたかなどが正確に判明しており、教祖(おやさま)ご直筆のものと確認されているものは、この「山村御殿のふし」の翌日にお記し下された三首のみです。

また、この「おふでさき号外」三首に関して、註釈は存在しません。

おふでさき拝読の留意点は、「天理教勉強blog: おふでさきを身近に。」をご参照下さい。

また、より詳しく知りたい教語が見つかりましたら、検索機能天理教用語解説カテゴリの記事をご参照下さい。





<おふでさき号外>
にち/\に心つくしたものだねを 神がたしかにうけとりている

しんぢつに神のうけとるものだねわ いつになりてもくさるめわなし

たん/\とこのものだねがはへたなら これまつだいのこふきなるそや

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posted by 朱夏 at 20:22| Comment(0) | TrackBack(0) | おふでさき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月08日

おふでさき第十七号。

おふでさき第十七号は、明治15年頃お記し下さいました。
75首あり、教祖(おやさま)85歳頃の御時です。

明治十五年五月(陰暦三月二十五日)、二段までできていた「かんろだい」が警官によって没収されました。
おふでさき第十七号では、「かんろだい」と「つとめ」の完成を急き込まれる、「かんろだい一条」について記され、陽気づくめの「ほんみち」が近いことをお示し下されています。
また一方で、「かんろだい」が取り払われた「ざんねん」が記されています。
この第十七号の特徴として、「つとめ」を急き込まれる内容でありながら、「つとめ」という言葉が表記されていないことが挙げられます。

おふでさき拝読の留意点は、「天理教勉強blog: おふでさきを身近に。」をご参照下さい。

また、より詳しく知りたい教語が見つかりましたら、検索機能天理教用語解説カテゴリの記事をご参照下さい。





<おふでさき第十七号>
001 いまゝでハなんのみちやらしれなんだ けふからさきハみちがわかるで
002 このみちハどふゆう事にをもうかな かんろふたいのいちじよの事
003 このだいをどふゆう事にをもている これハにほんの一のたからや
004 これをばななんとをもふてみなのもの このもとなるをたれしろまい
005 このたびハこのもとなるをしんぢつに とふぞせかいゑみなをしへたい
006 このもとハいさなきいゝといざなみの みのうちよりのほんまんなかや
007 そのとこでせかいぢううのにんけんわ みなそのぢばではじめかけたで
008 そのぢばハせかい一れつとこまても これハにほんのこきよなるぞや
009 にんけんをはじめかけたるしよこふに かんろふたいをすゑてをくぞや
010 このたいがみなそろいさいしたならば どんな事をがかなハんでなし
011 それまでにせかいぢううをとこまでも むねのそふぢをせねばならんで
012 このそふぢとこにへだてハないほとに 月日みハけているとをもゑよ
013 月日にハどんなところにいるものも 心しだいにみなうけとるで
014 いまゝでハとんな心でいたるとも いちやのまにも心いれかゑ
015 しんぢつに心すきやかいれかゑば それも月日がすぐにうけとる
016 月日にハせかいぢううハみなわが子 かハいいゝばいこれが一ちよ

〜内容の区切りと思われる〜

017 いまゝでハどんなものでもむねのうち しりたるものわさらにあるまい
018 このたびハとんなところにいるものも むねのうちをばみなゆてきかす
019 これまでハかへひとよにてへたてたら なにをゆうても一寸もしろまい
020 けふからハよこめふるまもないほどに ゆめみたよふになにをするやら
021 いまゝでの月日ざねんとゆうものわ なか/\一寸の事でないぞや
022 けふまでハなにもしらすにいたけれど さあみへてきたゑらいほんみち
023 このみちをはやくみとふてせきこんだ さあこれからハよふきつくめや
024 このはなしどふゆう事にをもうかな ふでのさきがなみへてきたなら
025 いまゝでハとのよな事もきいていた このたびこそわざねんはらすで
026 このはらしとふゆう事にをもうかな なんどきどこでしりぞくやらな
027 これまでのながいどふちうこのざねん 一寸の事でハないとをもゑよ
028 これからハこのかやしをばするほとに みな一れつハしよちしていよ
029 せかいぢうどこのものとハゆハんてな 月日しいかりみな見ているで
030 どのよふな事をゆうてもをもふても 月日しらんとゆう事ハない
031 このさきわどよな事をするにもな 月日さきゑとことわりてをく
032 これからハ月日ざんねんでたならば とのよな事があるやしれんで
033 けふの日ハどのよな事もつんできた 神のさんねんはらすみていよ

〜内容の区切りと思われる〜

034 いまゝでハこのよはしめたにんけんの もとなるぢばわたれもしらんで
035 このたびハこのしんちつをせかへちうゑ どふぞしいかりをしゑたいから
036 それゆへにかんろふたいをはじめたわ ほんもとなるのところなるのや
037 こんな事はじめかけるとゆうのもな せかいぢううをたすけたいから
038 それをばななにもしらさるこ共にな とりはらハれたこのさねんわな
039 しかときけこのさきなるハとのよふな かやしあるやらこれしれんでな
040 月日よりこのざんねんとゆうのわな なか/\一寸の事でないぞや
041 かやしても一寸の事とハをもうなよ どんな事をば月日するやら
042 このはなしなんとをもうぞみなのもの 神のざんねんゑらい事やで
043 いまゝでハどのよなみちもたん/\と とふりぬけてわきたるなれども
044 もちいとのこくけんきたらんそれゆへに ちいとしていた事てあれとも
045 けふの日ハもふぢうふんにつんてきた こくけんきたらすぐにかやすで
046 この日ハないつの事やとをもている 廿六日がきたる事なら
047 それからハなんてもかてもしんちつの 心それ/\みなあらわすで
048 こんな事なんでゆうやとをもうなよ かハいあまりてゆう事やでな
049 月日にハせかいちううのこどもわな かハいばかりをふもているから
050 それゆへにせかいちううをどこまても むねのそふぢをしたいゆへから
051 このそふぢどふゆう事にをもている たすけばかりをふもているから
052 たすけでもあしきなをするまてやない めづらしたすけをもているから
053 このたすけどふゆう事にをもうかな やますしなすによハりなきよに
054 こんな事いまゝでどこにない事や このしよこふをしらしたさやで
055 これまてハどこたつねてもない事や このたび神がはじめたさやで

〜内容の区切りと思われる〜

056 けふまでハとんなみちやらしれなんだ これからさきハみちをしらする
057 このみちハどふゆう事にをもうかな 月日ざんねんいちじよの事
058 このざねんなにの事やとをもうかな かんろふ大が一のざんねん
059 このざねん一寸の事でハないほどに どんなかやしを月日するやら
060 どのよふな事がありてもうらみなよ みなめゑ/\にしてをいたのや
061 このさきハせかへぢううハとこまでも 高山にてもたにそこまでも
062 これからハせかい一れつたん/\と むねのそふちをするとをもへよ
063 このそふぢなんとをもうぞみなのもの 神の心をたれもしろまい
064 月日にハどんなざねんがあるとても いまゝでぢいとみゆるしていた
065 さあけふハ日もぢうふんにつんできた なんてもかやしせずにいられん
066 このかやしなにの事やとをもている 神のさんねんばかりなるぞや
067 このざねん一寸の事とハをもうなよ つもりかさなりゆへの事やで
068 月日にハせかいぢううハみなハが子 かハいゝばいをもていれども
069 それしらすみな一れつハめへ/\に ほこりばかりをしやんしている
070 この心神のざんねんをもてくれ どふむなんともゆうにゆハれん
071 いまゝでのよふなる事ハゆハんでな これからさきハさとりばかりや
072 このさきハなにをゆうやらしれんでな どふぞしかりしやんしてくれ
073 さと/\たをと/\びよさま/\ 
074 このはなしあいづたてやいてたならば なにゝついてもみなこのとふり
075 これをはな一れつ心しやんたのむで


<おふでさき註釈>
二、この道の真意はどういう事であるかというと、かんろだい一条によって人々の心を澄ます事である。
註 かんろだいについては、先ず明治二年のおふでさき第二号に現れ(第二号三九参照)、次いで明治六年飯降伊蔵に命じてその模型をお作らせになり、更に明治八年陰暦五月廿六日かんろだいのぢば定めを行われ、おふでさき第九号に於て詳細に寸法をお示し下され、(第九号四七〜六四註参照)、降って明治十四年から石造りでその建設に着手せられ二段まで出来たが、翌明治十五年陽暦五月十二日警官が来て、これを没収して行った。その後は明治二十一年に至る間、ぢばの場所に小石が積まれてあった。明治二十一年に至って、板張りの二段によってぢばを示して、昭和九年十月、現在の木造雛形かんろだい建設に到っている。やがて、世界一列の人の心を澄ました上で、石造りで神意通りのかんろだいが建設される。
三、このかんろだいをどういう事に思うているか、これは実ににほん一の宝である。
註 にほんは、第二号四七註参照。
四、このかんろだいを皆一列は何と思うているか、この根本の由来をだれも知るまい。
五、この度は、かんろだいを建てる元々の由来を、どうでも世界一列の者に教えたい。
六、かんろだいを建てるぢばは、元々人間創造の時に、いざなぎのみことと、いざなみのみことが、種苗代となって人間を創め出した真中心にあたる所である。
註 第六号二九〜五一、註参照。
七、八、その所で、世界中の人間を皆創造したのである。そしてその理によって、この度ぢばで一列たすけの教を創始するのであるから、ぢばは一列人間にとって、親神の理の現れている所、懷しいにほんの故郷である。
九、人間を創造した証拠に、この元のぢばにかんろだいをすえておく。
一〇、一一、このかんろだいが親神の教通り建て上ったならば、親神の理想通り自由自在の陽気ずくめの世界が来るのであるから、それまでに、どこどこまでも世界中の人の心を掃除せねばならぬ。
一二、この掃除は、世界一列どこに別け隔てなく公平に、親神が見分けをしているのであるから、よく承知しておくように。
一三、親神は、見抜き見透しであるから、世界中どのような所にいる者でも、皆それぞれと各人の心通りに受け取って、別け隔てはしない。
一四、一五、今までは、どのように親神の心に添わぬ心づかいをしていても、一たんその非を悟ったならば、一夜の間にも、真実の心とすっきり入れ替えるようにせよ。そうしたならば、親神はこの事をも真に受け取って自由自在の守護をしよう。
一六、親神にとっては、世界中の人間は皆我が子であるから、親神はただ子供可愛いい一心である。
一九、二〇、人間の心は浅はかであるから、壁一重隔てたら何をいっても一寸も分かるまいが、今日から以後は、見抜き見透しの親神が夢かと思う程不思議な働きをするから、少しの間も油断せぬようにせよ。
註 かへひとよは、壁一重の意。
二三、この立派な大道を早く見たいばかりに急き込んだ。さあこれから先は何を見ても聞いても、皆陽気ずくめである程に。
二四、これから先、陽気ずくめになるという話を、どういう事と思うか。ふでさきに書き記した事が実現して来たならば、世界が一列に勇んで来て陽気ずくめの世の中となる。
二五、今までは、どのような言い分も聞いて見逃がして来たが、今度こそは、親神の自由自在の働きを現して、積もるもどかしさを晴らそう。
二六、親神は何時何処で身の内から退いて、晴らしをするか分からぬから、皆充分に気を付けよ。
二八、これからは、今までに積もり重なったもどかしさのかやしをするから、皆一列の者はこの事を、よく承知していよ。
二九、世界中、どこのだれそれと指し定めていうのでは無い。親神は一列人間の心づかいを、皆それぞれとしつかり見抜き見透している。
三一、これから先は、どのような事をするにしても、親神は何事も前以て予め断っておく。
三二、今後、親神の積もり重なったもどかしさが、一度に現れたならば、どのような変わった事が起こるかも知れぬ。
三三、今日となっては、どのような事も現さねばならぬ時が迫まって来たので、これからは親神の遺憾とする所を次々に晴らして行くから、皆しっかりと見ているがよい。
三四、三五、今までは、この世人間創造の元のぢばは、だれも知っている者は無かった。この度はこの人間創造の真実を、どうでも世界中の人々にしっかり知らせたいから、いろいろ心を尽し切っている。
三六、それ故に、かんろだいを建て始めたという訳は、実は、ぢばがこの世人間創造の場所だからである。
三七、このようにかんろだいを建てかけるというのも、親神のこの世創めた真実を明かに現して、世界一列の子供を救けたいたすけ一条の親心からである。
三八、そのたすけ一条の深い意図から建て始めたかんろだいを、何も理の分からぬ子供の為に取り払われた親神のもどかしさは、並一通りのものではない。
註 教祖様の思召で、明治十四年五月に石屋の七次郎に命じて、定まった型通りのかんろだいを造り始められた。そして同年九月には二段まで出来てあったが、十五年陽暦五月十二日警察から来て、これを没収して行った。本歌はその時の事を仰せられたものである。
三九、しっかり聴け、たすけ一条の親心を無視した振舞いをするからには、今後どのようなかやしがあるか知れないぞ。
四二、この話を何と思うて皆の者は聴いているか、親神のもどかしさ、はがゆさは頗る激甚なものがある。
ー四五、四六、今日の日は、もう十分に刻限が迫まって来た。この親神の働きを現すべき刻限が到来したならば、直ちに応報のかやしを現すであろう。その刻限到来の日は、いつの事と思うているか。親神の深い意図をかけた二十六日が来た事ならば、直ぐに現す。
註 こくけんは、刻限で、定められた時の意。親神様のお働きをお現し下さる時を仰せられている。五一、五二、人々の胸の掃除をするというのは何のためかというと、一列子供を救けたいからである。そしてこのたすけ一条というのは、ただ身上の悩みを救けるだけではなく、珍らしいたすけをしたいと思うているのである。
五三、この珍らしいたすけとはどういう事と思うか、それは病気にならず死なず又年寄っても弱らぬという、不思議なたすけを実現したいと思っているのである。
註 第三号九九、一〇〇、第四号三七、第八号七八、七九註参照。
五四、五五、このような不思議なたすけは、今までどこにも無かった事であるが、この珍らしいたすけが実現するという証拠を見せたいから、親神は段々心を尽しているのである。まことにこのたすけは今までには何処を探しても無かった事であるが、子供可愛いい親心から、この度これを始めようと思って、だんだんと苦心しているのである。
五八、五九、親神は、たすけ一条のために建て始めたかんろだいを取り払われたのが、何よりも第一遺憾千万であって、このもどかしさは並大抵な事ではないから、このかやしとしてはどのような事をするか分からぬ。
六〇、たとい、どのような事が現れて来ても、決してうらみに思わぬよう。皆銘々に自分のまいた種子が生えて来たのである。
六一、六二、これからは、世界中すみからすみまで、上下の差別なく一列に、次から次へと人の胸の掃除をするから、しっかりと承知していよ。
六三、何故このように、親神が世界一列の胸の掃除をするか、この親神の心の中はだれも知るまい。
六九、七〇、この親心の真実も知らないで、人間が浅はかな自分勝手のほこり思案ばかりしているのが、親神としては実に不びんで、何ともいいようが無い程である。
七一、七二、これからは悟りばかりの道で、今までのように一々説き諭すような事はいわないから、今後いう事は何をいうか知れないが、何を聞いてもしっかり心に思案してもらいたい。
七三〜七五、註 さとさととは、教祖様の生家前川家を指し、たをとたをとは、秀司先生の庶子で田村の田甚の分家へ養子に行かれた音次郎氏のこと、びよさまびよさまとは秀司先生の奥様まつゑ様の生家平等寺村の小東家を指されたものである。
右に挙げた三家は当時いずれもお道に対しては熱心という訳には行かなかった。この御歌は神一条の道に遅れるならば、たとい親戚の者でも十分守護する訳には行かぬ、とお戒しめになったもので、合図立て合いとなって、悪い理が回って来たならば、何についても皆この通りになるから、皆の者はよく思案せよと仰せになっている。こゝの所をよく思案して、我々は神意に背かぬよう、神意の急き込みに遅れぬよう、しっかりと神一条の御教を心に体して、たすけ一条の道に、勇んで進まして頂かねばならぬ。

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posted by 朱夏 at 20:32| Comment(0) | TrackBack(0) | おふでさき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月06日

おふでさき第十六号。

おふでさき第十六号は、明治14年4月よりお記し下さいました。
79首あり、教祖(おやさま)84歳の御時です。

おふでさき第十六号では「元」について記されています。

おふでさき第十六号が記された明治14年は、四月八日(陰暦三月十日)に秀司先生が六十一才でお出直し、五月五日(陰暦四月八日)より、「かんろだい」の石普請が始められましたが、九月下旬(陰暦八月上旬)に頓挫してしまうなど、多難な一年となっています。
一方で、九月(陰暦八月)には、初代真柱様が中山家へご入籍されるという喜び、また当時五歳のたまへ様を通じて「つとめ人衆」の選定、さらにはお側の方々に「こふきを作れ」とお急き込みになるなど、道の上での後継者、取次人の丹精、お仕込みを進められています。


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<おふでさき第十六号>
001 いまゝてハこのよはじめたにんけんの もとなる事をたれもしろまい
002 このたびわこのもとなるをしいかりと とふぞせかいゑみなをしゑたい
003 このもとハかぐらりよにんつとめハな これがしんぢつこのよはしまり
004 このたひのかぐらとゆうハにんけんを はじめかけたるをやであるぞや
005 このもとをしりたるものハないのてな このしんぢつをみなをしゑるで
006 いまゝてもにち/\くときたん/\と ゆうてきかした事ハあれとも
007 もふけふハいかほど月日ゆうたとて 一れつ心わかりないので
008 それゆへにもふせへつうがきたるから せひなくいまわかやしするぞや
009 このかやし一寸の事とハをもうなよ あゝちこゝちにをふくみゑるで
010 このよふのにんけんはじめ元なるを どこの人でもまだしろまいな
011 このたびハこのしんちつをせかへぢうへ どふぞしいかりみなをしゑたい
012 しかときけこのもとなるとゆうのハな くにとこたちにをもたりさまや
013 このをかたどろみづなかをみすまして うをとみいとをそばいひきよせ
014 このたびのざねんとゆうわしんからや これをはらするもよふないかよ
015 このことを神がしいかりひきうける どんなかやしもするとをもゑよ
016 このかやしみへたるならばどこまでも むねのそふぢがひとりでけるで

〜内容の区切りと思われる〜

017 いまゝでハとのよな事もみゆるして ちいとしていた事であれとも
018 けふの日わもふひがつんであるからな とんな事でもすぐにかやすで
019 このところとめる心でくるならば そのまゝとこい月日でるやら
020 てるのもなどんな事やらしろまいな 月日むかいにでるでしよちせ
021 けふの日ハもふぢうふんにつんてある とのよなみちがあるやしれんで
022 せかいぢうみな一れつハしかとせよ なんとき月日つれにてるやら
023 けふの日ハめづらし事をゆいかける なにをゆうともたれもしろまい
024 せかいにハみなとこまてもをなし事 子共かたずけこしらゑをする
025 いかほどにこしらゑしたとゆうたとて そのさきなるわたれもしろまい
026 月日にわどんなをもハくあるやらな このみちすじハしりたものなし
027 このさきハとのよなゆめをみるやらな もんくかハりて心いさむで
028 とのよふなめづらしゆめをみるやらな これをあいつにつとめにかゝれ
029 けふの日ハとのよな事もきいている なんどきもんくかわる事やら
030 とのよふな事がありてもうらみなよ みなめゑ/\にする事やでな
031 月日にわみな一れつハわが子なり かハいいゝはいをもていれども
032 めへ/\にする事ばかりせひハない そこでちいくりみているのやで
033 けふの日ハなにもしらすにいるけれど あすにちをみよゑらいをふくハん
034 このみちがみへたるならばとのよふな ものでもかなうものわあるまい
035 月日にハどんなをもハくあるやらな この心をばたれもしろまい
036 これをばなみへかけたならとこまても むねのうちをばひとりすみきる

〜内容の区切りと思われる〜

037 これからハこのよはじめてなにもかも ない事ばかりゆいかけるなり
038 いまゝでハ人の心のしんちつを たれかしりたるものハなけれど
039 このたびハ神がをもていでゝるから どんな事でもみなをしゑるで
040 このはなしとこの事ともゆハんてな みのうちさハりこれでしらする
041 こんな事なんでゆうやとをもうなよ かわいあまりてゆう事やでな
042 どのよふな事でもわがみする事に 神のしらんとゆう事わない
043 それゆへになにもよろづをことハりて そのゆゑかゝるしことなるぞや
044 いまゝでハなによの事もぢいくりと しかゑていたる事であれども
045 しかときけいまゝでなるのはなしハな なにをゆうてもきいたばかりや
046 けふの日ハみちがいそいでいるからな どんな事てもはやくみへるで
047 それゆへにでかけてからハとむならん そこで一れつしやんするよふ
048 いまゝでも神のくときわたん/\と いろ/\といてきたるなれとも
049 いかほとにくどいたとてもたれにても きゝわけがないをやのさんねん
050 こゝまてもよいなくときやないほとに このたびこそハしやんするよふ
051 このはなしなんとをもふてきいている つもりかさなりゆへの事やで
052 けふの日の神のさんねんりいふくわ よいなる事でないとをもゑよ
053 月日よりないにんけんやないせかい はじめかけたるをやであるぞや
054 そのところなにもしらざる子共にな たいことめられこのさねんみよ
055 このたびハこのかやしをばするほとに みなとこまでもしよちしていよ

〜内容の区切りと思われる〜

056 けふまてわなにもしらすにいたけれと さあみへかけたゑらいたのしみ
057 このみちハどんな事やとをもうかな せかい一れつむねのそふぢや
058 この事ハなんの事やとをもている 神のざんねんはらす事やで
059 このさきハとこの人ともゆハんてな むねのうちをばみなみているで
060 けふからわ月日でかけるはたらきに どんな事をはするやしれんで
061 いまからの月日はたらきするのハな どこでするともたれもしろまい
062 高山もたにそこまてもせかいぢう 一れつをみなあゝちこゝちと
063 月日よりせかいぢうをばはたらけば このをさめかたたれもしろまい
064 それゆへにこのしづめかた一寸しらす 一れつはやくしやんするよふ
065 つとめてもほかの事とわをもうなよ たすけたいのが一ちよばかりで
066 それしらすみなたれにてもたん/\と なんどあしきのよふにをもふて
067 にんけんハあざないものてあるからな なにをゆうともしんをしらすに
068 けふまてわとんな事てもゆハなんだ ぢいとしていたこのさねんみよ
069 これからハ神のをもハくするからハ とんな事をばするやしれんで
070 いまゝてハなにもゆうたりをもふたり まゝにしていた事てあれとも
071 このさきわ神がしはいをするからハ とんな事てもまゝにてけんで
072 にんけんのめゑにハなにもみへねども 神のめゑにハみなみへてある
073 こしらゑをやるのハしばしまちてくれ とろみづなかいはめるごとくや
074 いまゝでハとんな事でもゆハなんだ けふハなんてもゆハねはならん
075 もふけふハなんてもかてもみへるてな こくけんきたら月日つれいく
076 けふの日ハもふぢうふんにつんてきた なんときつれにでるやしれんで
077 つれいくも一寸の事てハないほとに をふくみへるがたれもしろまい
078 いかほとのたかいところとゆうたとて もふけふからわもんくかハるで
079 さあしやんこれから心いれかへて しやんさだめん事にいかんで

<おふでさき註釈>
一、今まではどのようにしてこの世を創造し、人間を生んだかという本元の事をだれも知らないであろう。
二、この度はこの本元を、どうかしてしっかりと世界一列に皆教えたい。
三、四、かぐら両人であらわされている月日両神こそは、人間創造の元の親神である。
註 かぐらづとめに於て、かぐら面を冠ぶった両名によって、その理をおあらわししている月日両神こそ元の神、天理王命様である事を仰せられている。
五、この根本を知っている者はだれもないから、親神のこの世人間創造の真実を、事詳らかに皆教える。
六〜八、今までからも、この世の本元は月日両神である、と、だんだん詳しく説き聞かして来たが、いまだに皆の者は親神のいう事を了解しないので、もう今日となっては時機が切迫して来たから、やむなく人々の間違うた行いに対してかやしをするのである。
一〇、一一、この世の人間を創造した根本を、だれもまだ知らないであろう。この度はこの根本の真実を、どうかして、確かに皆の者に教えたい。
一二、一三、しっか確り聞けこの世人間を創造した元の親神は、くにとこたちのみこと、と、をもたりのみことである。この親神が、泥海の中を見澄して、先ずうおと、みとをそばへ引寄せ、だんだんと心を尽して人間を創造したのである。
註 第六号二九〜五一註参照。
一四〜一六、註 お道がひろまるにつれて、おぢばを慕うて集まって来る者はだんだん多くなるが、一方、当局の取締まりは益々激しくなるので、やむなく申し開きのため、蒸風呂兼宿屋業を営まれて、信者の参詣に便利なようにせられた。しかし、公然神様をおまつりし又参拝する事を許されたのではないから、おつとめをすると直ぐ差し止められ、信者が参拝すると追い払われたりして、ひいてはそれが教祖様の身の上に累を及ぼすので、何とかして、自由に参拝者を寄せる方法は無いものかと、考えられた結果、明治十三年九月金剛山地福地の配下に属して、転輪王講社と称する教会を設け、上段の間には転輪王如来の軸をかけ、その前に御簾をたれ、神鏡を安置して、これを天理王命のめどとして礼拝するようにせられた。この状態は、明治十五年陰暦九月十六日(陽暦十月二十七日)取り払いになるまで続いたのであるが、これを見ても当時の取締まりが如何に激しかったかが分かる。そしてこの取締まりは主として、よふきづとめを差し止めて来たのである。このように親神様の天地人間創造の真実を現した、たすけづとめを差し止められる事を、親神様は非常に遺憾千万に思召していた。そしてこの激しいもどかしさを晴らす為には、かやしをするが、このかやしが見えて来たならば、人々はおのずから胸の掃除をせねばならぬようになると仰せられているのである。
一九、このつとめを差し止めるような心で来るならば、親神は直ちに何処へ出て了うかも知れぬ。
二〇、親神が出るというても、どのような事か知るまいが、それは親神が迎えに出るという事であるから、よくこの事を承知して置くようにせよ。
二一、今日の日は、もう十分に時旬が切迫し切っているから、いつ何時どのような道が見えて来るか分からぬ。
二二、世界一列の人間は皆しっかりと真実の心を定めよ、何時親神が連れに出るか分からぬから。
二四、二五、世間では親が子に対する情として、子供が成人すれば、必ずこれを縁付ける用意をするが、しかし如何に用意したとて、子供の将来の事まで分かる者はなかろう。
註 これは秀司先生の庶子音次郎氏(第一号二六註参照)を田村の質屋村田某の分家の養子にやられる時のお言葉で、教祖様には本人のいんねんなり、将来の身持ちが分かっているから、こしらえをしても、泥水中へすてるのも同然であると、とめられたが、秀司先生の奥様、まつゑ様にしてみると義理の中であるから、相当にこしらえをしてやらねばならぬと、そう豊かでない中から算段をして、たんす、長持、帳だんすの三荷と金百円に三段余の田地をつけて婿養子にやられた。その後、音次郎氏は勾田村に居を構え、醤油屋など慣れぬ商売をして損をした上、素行が治まらなかったから、分けてもらった田地は中山家に買いもどしてもらって金にしたり、その他の家財も売り払うて一両年中にすっきり財産を失くしてしまって、ついに明治十六年には離縁になった。
二七、将来はどのような夢のように不思議な事が見えて来るかも知れないそれから道の様子が一変して、皆の心が勇み立つようになる。
二八、どのような珍らしい夢を見るかも知れないが、それを合図として、よふきづとめに取り掛かれ。
二九、今日となっては、如何な事も皆説き聞かせてあるから、よく分かっているはずであるが、もう何時道の様子が変わって来るかも知れない。
三〇、我が身にかかって来るどのような事があっても、他人を恨んではならない。それは皆、各自の心から招いた理である。
三一、三二、親神としては、一列の子供可愛いい上から、いろいろ心を尽しているけれども、銘々勝手にする事ばかりは、どうも仕様がない。そこでじいっと様子を見ているのである。
三三、今日の処では皆何も知らずにいるが、もう今に立派な大道が見えて来る。
三四、今でこそ細道であるが、やがてこの大道が見えて来たならば、どのような者でも反対は出来まい。
三六、親神の意図が、逐一実現して来たならば、世界中の人々の心が自然に澄み切るようになる。
三八、三九、今までは、人間の心の真実をだれも知った者はなかったが、この度は親神が表へ現れ出ているから、何事も皆教える。
四〇、この話はどこの事ともいわぬ。皆一列に心の真実を身上事情に現して教えるのであって、もし心にほこりがあったならば、身上に障りをつけて知らせる。
四二、どのような事でも、人間のする事で親神の知らんという事は一つもない。
四三、それであるから、何事も皆前々から心得違いのないように注意を与えておいて、それでも注意をきかない時に、初めて身上事情の手入れを現す。
四五、しっかりと聞け、今までの話は皆、何をいうても皆の者はただ話として聞き流すばかりであったけれども。
四六、今日の日は親神が一列たすけを急き込んでいるから、何事でも親神の説き聴かす事は速やかに実現して来る。
四七、そこで、身上事情に現れてから騒いでも仕方がないから、早く皆々親神の心を悟って思案するがよい。
五〇、これ程までにいう親神の急き込みは、並大抵の事ではないのであるから、今度こそはよくよく聞き分けて思案するようにせよ。
五三、月日両神が、無い人間無い世界を創造した。この元の親神が今ここに現れているのであるぞ。
五四、然るに、何も訳の分からない子供に、太鼓をとめられたのは実に遺憾千万である。
註 当時おつとめめの太鼓を差し止められた事に対して、仰せられたのである。
五六、この道がどういう事になるのか、今日まではだれも知らずにいたであろうが、さあまことに楽しい道が見えかけて来た。
五七、この道は、どういう道と思うているか、世界一列の人間の胸の掃除をする道である。
五八、人々の胸の掃除をするというのはどういう事であると思っているかこの掃除というのは、親神の積もる思いを晴らす事である。
五九、今後は、何処のだれそれと名指しはせぬが、親神は一列の心の中を皆見抜き見透している。
六〇、今日からは、親神が自ら進み出て自由自在の働きを現すから、どのような事をするか分からない。
六二、親神は、高山も谷底も一列に世界中をあっちこっちと自由自在の働きを現してまわる。
六三、親神が胸の掃除をするために、世界中を働いて回れば、いろいろ様々の事が起こって来るが、これをどうして治めたらよいか、だれも知っている者はあるまい。
六五、よふきづとめをするのは、いささかも他に目的があってするのではない。ただ世界一列を救けたいばかりにするのである。
六六、それを知らずに、だれも彼も、何か邪まな事ででもあるかの如く誤解している。
六七、人間は実に浅はかな者であるから、親神の真意を知らずに、ただ彼これといっている。
七〇、今日までは、人間の勝手な考から、何事でも思案をしたり又はいうたりして来た。
七一、将来は、親神が一切万事を支配するから、何事も人間心で左右する事は出来ない。
七二、七三、註 本号二四、二五註参照。
七五〜七七、もう今日は、どうでもこうでも見えて来るのであって、刻限が来たら、親神が連れて行く。もう今日は、その刻限も充分に迫まって来たから、何時連れに出るか分からない。連れに出るというても一寸の事と思ってはならぬ、多くの人々が集って来るのであるが、このような事はだれも知らないであろう。
註 教祖様に対する官憲の呼び出しなどを仰せになっていると拝する。
七八、どれ程地位身分の高い者でも、もうこれからはだんだん様子が変って勝手な振舞いは出来ぬようになる。
七九、さあ、よく考えて、今後は心を入れ替えて誠真実の心をしっかりと定めねばならぬで。

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2014年05月03日

おふでさき第十五号。

おふでさき第十五号は、明治13年1月よりお記し下さいました。
90首あり、教祖(おやさま)83歳の御時です。

おふでさき第十五号では、主として秀司先生を台に、「ためし」を主題として記されています。
史実として大きな出来事は、この年(明治十三年)の九月二十二日(陰暦八月十八日)に転輪王講社の開筵式行われ、陰暦八月二十六日に初めて三曲を含む鳴り物を揃えての「つとめ」が行われたことが挙げられます。(天理教勉強blog: 稿本天理教教祖伝逸話篇七三 大護摩参照)
おふでさき第十五号は、この出来事よりも先に御執筆されていますので、警告とも予言とも解釈できる内容が記されています。
いずれにせよ、この号ではこれまで以上により一層激しく、「つとめ」をお急き込みになっています。

おふでさき拝読の留意点は、「天理教勉強blog: おふでさきを身近に。」をご参照下さい。

また、より詳しく知りたい教語が見つかりましたら、検索機能天理教用語解説カテゴリの記事をご参照下さい。





<おふでさき第十五号>
001 けふまでわなにの事でもちいくりと ゆハすにいたる事であれども
002 もふけふわなんでもかてもゆうほどに をやのざんねんこれをもてくれ
003 けふまてハなにをゆうてもにんけんの 心のよふにをもていたれど
004 さあいまわなにをゆうてもにんけんの 心あるとハさらにをもうな
005 とのよふな事をゆうやらしれんでな なにをゆうてもしよちしてくれ
006 このたびハどんなためしをするやらな これでしいかり心さだめよ
007 このはなしたれが事ともゆハんてな みなめゑ/\の心さだめや
008 いかほどにせつない事がありてもな をやがふんばるしよちしていよ
009 これからハをやのゆう事しいかりと しよちしてくれあんぢないぞや
010 あすからハをやがはたらきするほとに どんなものでもそむきでけまい
011 いまゝでも四十三ねんいせんから をやがあらハれはじめかけたで
012 けふまてハたいてさねんもいくたびも ちいとしていた事であれとも
013 さあけふハ月日のはらがはぢけたで しかゑていたる事であれとも
014 いまゝでわ村やとをもてちいくりと まだをさまりていたるなれとも
015 このたびハとのよな心いるものも みさだめつけてすぐにはたらく
016 こらほどにさねんつもりてあるけれど 心しだいにみなたすけるで
017 いかほどにさねんつもりてあるとても ふんばりきりてはたらきをする
018 けふの日ハなにをゆうやらしれんでな をやのざんねんみなあらわすで
019 いまゝでわ人の心のしんちつを しりたるものハさらになけれど
020 さあけふハどんなものてもしんちつの むねのうちをばたしかあらハす
021 これさいかみなあらハした事ならば むねのそふぢがひとりでけるで

〜内容の区切りと思われる〜

022 けふからハどんなはなしをしかけても なにをゆうてもしよちしてくれ
023 たん/\となにをゆうやらこれしれん とんな事てもをもわくをする
024 いまゝてハ四十三ねんいせんから あしをなやめたこれがしんはい
025 このたびハなんでもかでもこれをはな もとのとふりにしてかやすでな
026 このはなしなにを月日がゆうたとて どんな事てもそむきなきよふ
027 これからのをやのたのみハこればかり ほかなる事わなにもゆハんで
028 この事をなにをたのむとをもうかな つとめ一ぢよの事ばかりやで
029 このつとめこれがこのよのはぢまりや これさいかのた事であるなら
030 さあけふハをやのゆう事なに事も そはの心にそむきなきよふ
031 そはなるの心ちがゑばぜひがない そこでくど/\ゆうてをくぞや
032 けふの日ハなによの事もせかいにハ しりたる人ハさらになけれど
033 をやのめにしいかりみへてあるほどに とんな事やらたれもしろまい
034 このよふをはじめてからにいまゝてハ たれてもしらぬ事ばかりやで
035 その事をふしゑたいからたん/\と そこでとのよな事もするのや
036 なにもかもとのよな事もゆてをいて それからをやがはたらきをする
037 はたらきもとんな事やらしろまいな せかいちうハをやのからだや
038 いまゝてのをやのざんねんしらしたさ そこでこのたびみなしてみせる
039 とのよふな事をするやらしれんてな みな一れつハしよちしていよ
040 このたびのさねんくときのこのはなし みな一れつわなんとをもてる
041 このもとわ四十三ねんいせんから ゑらいためしがかけてあるぞや
042 これさいかしいかりしよちしたならば とんな事をがかなわんでなし
043 せかいちうをみな一れつをたすけたさ そこでためしがゑらい事やで
044 けふまでわとのよなみちもとふりぬけ ぢいとしていた事であれども
045 もふけふハなんでもかでもしんぢつを してかゝるでなしよちしていよ

〜内容の区切りと思われる〜

046 いまゝでとみちがころりとかハるでな みな一れつわ心さためよ
047 このみちハうちもせかいもへたてない せかいちううのむねのそふぢや
048 このよふをはじめてからにけふまでわ ほんしんぢつをゆうた事なし
049 けふの日ハほんしんちつをゆいかける とふぞしいかりしよちしてくれ
050 このはなし四十三ねんいせんから ゑらいためしがこれが一ちよ
051 このためしなにの事やとをもうかな つとめ一ぢよせくもよふやで
052 このつとめどふゆう事にをもうかな なりもの入て人ちうのもよふ
053 このつとめどんなものでもしやんせよ これとめたならわがみとまるで
054 このよふをはじめかけたもをなぢ事 ないにんけんをはちめかけたで
055 これさいかはじめかけたる事ならば とんなたすけもみなうけやうで
056 この事ハしいかりしよちせんならん これとめたならすくにしりぞく
057 いまゝてハ高山やとてけん/\と まゝにしていた事てあれども
058 これからハいかほどたかい山でもな たにそこまゝにさらにてけまい
059 このさきわたにそこにてハだん/\と をふくよふきがみゑてあるぞや
060 たん/\とよふぼくにてハこのよふを はしめたをやがみな入こむで
061 このよふをはじめたをやか入こめば どんな事をばするやしれんで
062 とのよふな事をしたとてあんぢなよ なにかよろつわをやのうけやい
063 この事をはやく心をしいかりと さためをつけてはやくかゝれよ
064 けふまてハどんなみちやらたれにても しりたるものハさらになけれど
065 もふけふハしんの心をたん/\と みなあらわすでしよちしていよ
066 をやのめにかのふたものハにち/\に だん/\心いさむばかりや
067 をやのめにさねんのものハなんときに ゆめみたよふにちるやしれんで
068 このはなしとこの事ともゆハんでな せかいちううハみなわがこやで
069 一れつのこどもハかわいばかりなり とこにへたてわさらになけれど
070 しかときけ心ちがゑばせひがない そこでだん/\ていりするのや
071 この事ハ高山にてもたにそこも ゆだんなきよに心さだめよ

〜内容の区切りと思われる〜

072 さあたのむなにをたのむとをもうかな はやくなりものよせてけいこふ
073 これまてハとんな事てもちいくりと またをさまりていたるなれども
074 もふけふわなんてもかでもはや/\と つとめせゑねばならん事やで
075 いまゝてハどんな事てもたん/\と いろ/\たのみかけてあれとも
076 なに事をたのんだとてもたれにても きゝわけがないをやのさんねん
077 このたびのざねんくときのこのはなし とふぞしいかりきゝわけてくれ
078 けふの日ハをやがなに事ゆうたとて どんな事でもそむきなきよふ
079 いまゝでハどんなはなしをしたとても なにをゆうてもにをいはかりや
080 けふの日のはなしとゆうハせへつうや もふそのまゝにすぐにみへるで
081 このはなし四十三ねんいせんから むねのざんねんいまはらすてな
082 それしらすうちなるものハなにもかも せかいなみなるよふにをもふて
083 このみちハ四十三ねんいせんから まことなんぢうなみちをとふりた
084 その事をいまゝでたれもしらいでも このたびこれをみなはらすでな
085 このはらしどふしてはらす事ならば つとめ一ぢよてみなあらハすで
086 このつとめをやがなに事ゆうたとて とんな事てもそむきなきよふ
087 こればかりくれ/\たのみをくほとに あとでこふくハいなきよふにやで
088 このたびのつとめ一ちよとめるなら みよだいなりとすぐにしりぞく
089 このはなしなんとをもふてそはなもの もふひといきもまちていられん
090 はや/\となりものなりとたしかけよ つとめはかりをせへているから


<おふでさき註釈>
一、今日迄は何事につけても、差し控えて親神の深い意中をいわないでいたのであるが。
註 ちいくりは、「じっくり」で急がずに控えておくという大和の方言。
二、もう今日は時機が到来したので、何も彼も皆言い聞かせるから、これを聞いて親神の積もるもどかしさがどれ程激しいものであるかを、よく知ってもらいたい。
五、親神はどんな事をいうかも知れないが、何をいうてもよく了解してもらいたい。
六、この度は試しをする。それもどんな試しをするか分からないが、これによってしっかり心定めをせよ。
七、この試しは特にだれにかけるとはいわぬ。各人皆銘々自分の事として心定めをするがよい。
八、親神の試しは身上事情に現れて来るから、どのように苦しい事があるかも知れぬが、たといどのように苦しい事があっても、これは試しであって、真実の親神が力づけ踏ん張っているのであるから、それを承知して身上事情に心を倒さぬようしっかり心定めをするがよい。
一〇、明日からは親神が直き直き働くから、如何な者でもこれに背く事は出来まい。
一一、親神は四十三年以前から表に現れて、教を説き始めたのである。
註 四十三年以前とは、天保九年に相当する。
一二、それから以後今日までは、大抵幾度もの激しいもどかしさを、じっとこらえて控えて来たのであるが。
一三、さあ今日は、いよいよ親神の真意を表へ現す時機が到来した。
一四、今までは村方やと思うて、急がずにじっと見ていたのであるが。
註 村とは当時の三島村で(明治十年五月二十九日、三島、庄屋敷合村なる)、そのころの村方は本教の何ものたるかを知らず、事毎に好意を持たず反対していた。
一五、この度はどのような心でいる者も皆、それぞれとその者の心を親神が見定めて、心通りの守護を直ぐに現す。
一六、これ程に親神のもどかしさが積もり重なってはいるが、人間が心さえ速やかに入れ替えて親神にもたれて来るなら、親の慈悲で皆救ける。
一七、どれ程親神の心に、不本意なもどかしさが積もり重なっていても、人間が心さえ入れ替えて願うて来るならば、踏ん張り切って働きをする。
一八、今日の日は、どのような事をいい出すか分からない。積もり重なった親神のもどかしさを皆現す。
一九、二〇、今までは、人々の心の真底をだれも知った者は無かったが、もう今日は総ての人々の心の真底をば、皆それぞれと現して見せる。
二一、各人の心を、それぞれ身上事情に現したならば、自然と胸の掃除が出来て来る。
二三、だんだんとどのような事をいい出すやら分からぬ。何事も皆、親神のたすけ一条の遠大な意図からしている事である。
二四、註 第一号二六及第十二号一一八〜一二〇註参照。
尚、本号は主として秀司先生を台にしてのお諭しである。
二五、この度は何うしてでも、足の障りをなおして、元の身体にして返す。
二六、この事について親神が何をいうても、どのような事も皆、背かずに必ず実行してもらいたい。
二八、親神の頼みとは何であると思うか。それはつとめ一条の事ばかりである。
註 つとめ一ぢよ ここでお急き込みになっているのはかぐらづとめである。
二九、このかぐらづとめは天地人間創造の理を現すつとめである。これさえ勤める事が出来たならば、自由自在の守護を現す。
三〇、さあ今日は、親神のいう事は何でも皆、側の者は心から受け入れて背かぬようにせよ。
三一、側の者の心が違えば、せっかくの親神の苦心もその甲斐がないのであるから、それで繰り返えし繰り返えし教え諭して置くのである。
三三、親神の目には確かに見えてあるけれども、それがどのような事であるか、だれも知るまい。
三四、親神がこれから教えようと思っている事は、この世を創めてから今までだれも知らぬ事ばかりである。
三五、その今までだれも知らぬ珍らしいよろづたすけの道であるよふきづとめを教えたいからして、どのような事もするのである。
三六、何も彼も総ての事を先に予告して置いて、それから親神の働きを現す。
三七、働きというても、どのような働きをするか知るまいが、世界中は親神の身体であるから、この事からしてしっかり考えて見よ。全宇宙に起こる出来事はこれ皆、親神の働きの現れである。
三九、積もり重なったもどかしさを晴らすためには、どのような事をするか分からないから、皆一列の者はこの事をよく承知していよ。
四一、註 本号二四註参照。
四二、この試しさえ確かに悟る事が出来たならば、どのような事でも自由自在に守護する。
四三、世界中の人間を皆一列に救けたいから、それで試しも並大抵ではないのである。
四四、今日までにはどのような道すがらもあったが、その中を堪え忍んで通りぬけ、控えに控えて来たのであるが。
四五、もう今日は、どうでもこうでも親神の意図通りに何事も、し始めるから皆承知していよ。
四六、これからは、今までとは道の様子がころっと変って来る。皆一列の者はどのような激変があっても、心を狂わさないようにせよ。
四七、この道は内も世界も隔てなく、世界中の人の胸の掃除をする道である。
四八、この世を創めてから今日まで、まだ親神の本真実をいうたことはない。
四九、今日の日は、人の心も成人して、時旬が来たから、親神の真実親心を説いて聞かせる。どうかしっかり聞いて心に治めてもらいたい。
五〇、この話というのは、四十三年以前から、大きな試しがかけてある。この試しについての話である。
五一、この試しは何の為にかけていると思うか。これはつとめ一条を急ぐ段取りとしてかけているのである。
註 ためしとは、秀司先生の御足病のこと、これはおつとめを急がれるための試しであった。
五二、このつとめはどういうふうにして勤めるかというと、鳴物を入れつとめ人衆をそろえて勤めるのであるから、皆の者は力を協せて早くその用意に取り掛かれ。
註 なりもの おつとめの鳴物は本歌御執筆の明治十三年にそろうたのであるが、おつとめの鳴物とは左の九つである。
笛、拍子木、ちゃんぽん(銅拍子)、太鼓、擦鉦、小鼓、琴、三味線、胡弓。
五三、このつとめの理がどれ程重いものであるかという事は、皆よく考えねばならぬ。もしこのつとめをとめるならば、我が身の息の根が止まってしまう程に。
五四、このつとめに現されている如く、十柱そろうて、無い人間無い世界を創造したのであるが、それと同じくこの度は、このつとめによってたすけ一条の道を創めかけるのである。
五五、このよふきづとめさえ始めたならば、どのようなたすけも皆請け合う。
五六、このつとめ一条の話はしっかり聞いて速やかに実行せよ。もしこれをとめるような者があれば、親神は直ぐ退いてしまう。
五七、五八、今までは、上に立つ者達は、やかましく小言をいって、たすけづとめを差し止めたりなど、思いのままに干渉して来たが、もうこれからはどれ程、上に立つ者でも、低い者をままにする事は出来ない。
註 けんけんは、やかましく小言をいう事。
五九、将来は、今低い立場にいる者の中から立派な道のよふぼくが沢山成人して来るのが、親神の目にはよく見えてある。
六〇、道のよふぼくになる者には、この世を創めた元の親神が入り込んでだんだんと仕込みをする。
六一、この世を創めた親神が入り込んだら、どのような事をするか分からない。
六二、どのような事をしても心配するのではない。何も彼も総ては親神が引き受けている程に。
六三、この事を早く悟り、確かに心に定めて、速やかにたすけ一条の道に取り掛れ。
六四、今日まではこの道がどのような道か、だれも知った者は無かったが。
六五、今日からは親神の心の真実を、だんだんと皆現すから承知していよ。
六六、親神の心に適うた心づかいの者は、日々にだんだん心が勇むばかりである。
六九、親神は一列の子供可愛い一条の親心であるから、少しも別け隔てをするような事はない。
七〇、しっかり聞け、親神が如何程思うても、心得違いをする者ばかりは如何とも致し方がないから、そこでだんだんと手入をして心の成人を指導するのである。
七一、親神の手入れは、高山も谷底も同じ事であるから、一列に油断のないように、しっかり心定めをせよ。
七二、さあ頼む。何を頼むかといえば、早く鳴物を集めてけい古を頼む。
七四、もう今日はどうでもこうでも速やかに、つとめをせねばならぬ時機である。
七五、今まではどのような事もだんだんと、このつとめについて頼んで来てはいるが。
七六、親神が何事を頼んでも、だれ一人として聞き分けてくれないのは、実にはがゆくて堪らない。
七九、今まではどのような話をしても、又何をいうても、それはまだにをいがけのようなものであった。
八〇、もう今日の話は、にをいばかりではない。十分に時旬が来ているのであるから、親神の心通り、皆そのままに実現して来る。
八一、この話というのは、四十三年以前から積もり重なる思いを、いよいよ時節到来して今こそ晴らすのである。
八二、それを知らずに内々の者は、何事も皆世界普通のように思うている
八三、この道は、四十三年以前の立教以来今日まで、まことに一方ならぬ困難の中を通り抜けて来た。
八四、この事を今まではだれも知らなかったのであるが、この度この積もる思いを皆晴らすのである。
八五、この晴らしをどうしてするかといえば、つとめ一条で皆現すのである。
八六、このつとめについては親神がどんな事をいうても、万事親神のいう通りにして、何事も親神の言葉に背かぬようにせよ。
八八、今度始めるつとめ一条をとめるならば、名代だけでも直ぐに迎い取る。
註 みよだいは、名代で、秀司先生の名代として音次郎氏を迎い取るという御予言であると思われていた。
八九、この話を側にいる者は何と思うて聞いているか。時旬が迫まって来ているから、親神はもう一息の間も待っておられない。
九〇、速く鳴物だけでも出しかけよ、親神はつとめばかりを急いでいるのであるから。

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2014年04月30日

おふでさき第十四号。

おふでさき第十四号は、明治12年6月よりお記し下さいました。
92首あり、教祖(おやさま)82歳の御時です。

おふでさき第十四号は、第十三号との間に明治十一年の一年間の空白があります。
また、十四号から十六号まで「をや」という言葉が使われるなど、この号より新しい話題が記されていると言えます。迫害にいずまず、「つとめ」をせよという信仰論的なお話が記されています。

おふでさき拝読の留意点は、「天理教勉強blog: おふでさきを身近に。」をご参照下さい。

また、より詳しく知りたい教語が見つかりましたら、検索機能天理教用語解説カテゴリの記事をご参照下さい。





<おふでさき第十四号>
001 どのよふなゆめをみるのも月日なり なにをゆうのもみな月日やで
002 月日よりにち/\心せきこめと そばの心わいづむばかりで
003 いつむのもどふしていつむ事ならば 上にハなにもしらんゆへなり
004 せかいにハそれをしらすになに事も みなしたこふていつみいるなり
005 月日にわ大一これがさんねんな そこでどのよな事もするのや
006 月日よりにち/\心せゑたとで くちでわとふむゆうにゆハれん
007 それゆへにゆめでなりともにをいがけ はやくしやんをしてくれるよふ
008 月日にハこのざんねんとゆうものわ くちてゆうよな事でないぞや
009 けふまでわどんなはなしもたん/\と いろ/\といてきたるなれども
010 なにゆうもひがらこくけんきたらんで なにもみゑたる事わないので
011 それゆへになにを月日がゆうたとて みなうたごふてゆいけすばかり
012 月日にハ大一これがさんねんな なんでもこれをしかとあらわす
013 いまゝでハどんな事をばゆうたとて すぐにみゑたる事わなけれど
014 このたびわ三かのうちにたん/\と せかいのはなしなにをきくやら
015 これからハにち/\月日はたらくで とんなしごとをするやしれんで
016 このよふにかまいつきものばけものも かならすあるとさらにをもうな
017 いまゝでに月日ざんねん山/\と つもりてあるをみなはらすでな
018 このはらしどふしてはらす事ならば 月日の心みなしてみせる
019 けふまでハこのよはじめてひわたてど 月日しんちつまだしろまいな
020 とのよふな事でも月日する事や いかな事でもやまいでわない
021 みのうちにとのよな事をしたとても やまいでわない月日ていりや
022 せかいにハこれらとゆうているけれど 月日さんねんしらす事なり
023 せかいぢうどこの人でもをなぢ事 いつむばかりの心なれとも
024 これからハ心しいかりいれかへて よふきづくめの心なるよふ

〜内容の区切りと思われる〜

025 月日にわにんけんはじめかけたのわ よふきゆさんがみたいゆへから
026 せかいにハこのしんぢつをしらんから みなどこまでもいつむはかりで
027 月日よりよふきづくめとゆうのをな これとめたならさねんゑろなる
028 このはなしどふぞしいかりきゝハけて はやくしやんをしてくれるよふ
029 いまゝでハ月日とゆうてといたれど もふけふからハなまいかゑるで
030 けふまでハたいしや高山はびかりて まゝにしていた事であれとも
031 これからわをやがかハりてまゝにする これそむいたらすぐにかやすで
032 けふまてもをやのさねんとゆうものわ 一寸の事でわないとをもゑよ
033 このたびもまだせかいにハなに事も はびかるばかりなにもしらすに
034 にんけんもこ共かわいであろをがな それをふもをてしやんしてくれ
035 にち/\にをやのしやんとゆうものわ たすけるもよふばかりをもてる
036 それしらすみなせかいぢうハ一れつに なんとあしきのよふにをもふて
037 なにもかもをやのさんねんよくをもへ こ共はかりにいけんしられて
038 これからわどんなところのいけんでも をやがでゝいるうける事なし
039 このいけんとのよなものがはひかりて ゆふとをもゑばすぐにしりぞく
040 とのよふなしごとするにもさきいより せへいゝはいにことわりてをく
041 けふまてハどんな事をもにち/\に しんばいしたる事であれども
042 あすからわどんな事をばみたとても なにをきいてもたのしみばかり
043 これまでハ高山からわなにもかも どんなさしすもうけたなれとも
044 このさきハとのよな事をゆハれても をやのさしすやさらにうけんで
045 いまゝでわひがらもちいときたらんで とんな事てもちいとしていた
046 もふけふハひがぢうふんにつんである とんな事でもそのまゝにする
047 これからハをやのをもふう事はかり 一事ゆゑばこれちがわんで

〜内容の区切りと思われる〜

048 せかいぢう一れつハみなとこまても どんな事をがあるやしれんで
049 どのよふな事がありてもしんちつの 心したいにこわい事なし
050 心さいすきやかすんた事ならば どんな事てもたのしみばかり
051 このはなしうたがう心あるならば しよちしていよとんなみちやら
052 せかいぢうわをやのたあにハみなこ共 かわいあまりてなにをゆうやら
053 このせかい高山にてもたにそこも をやのたにわこ共はかりや
054 このたびわなんてもかてもしんぢつの をやの心をしらしたいから
055 これさいかたしかにしよちしたならば いつまでいてもよふきつくめや
056 このみちハをやがたのみや一れつわ どふそしいかりしよちしてくれ
057 けふまでもどのよなみちもたん/\と とふりぬけてわきたるなれども
058 これからのみちハなんてもめつらしい このみちとふりぬけた事なら
059 それからハをやの心がいさみでゝ とんな事でもはじめかけるで
060 これさいかはぢめかけたる事ならば とんなものてもをやにもたれる
061 このみちをつけよふとてにしこしらゑ とんなものてもまたしろまいな
062 さあかゝれもふこれからのみちすじハ とんなものでもあふなきわない
063 いまゝでわうちのものにもいろ/\に しんばいかけてきたるなれども
064 あすからハをやが一はなでるほとに とんな事てもかやしゝてやる
065 さあけふわなにのはなしもだん/\と こまかしくゆへもふせへつうや
066 なにゝてもゆハすにいてハわからんで なにかいさいをみなゆてきかせ
067 このはなしなにの事やらしろまいな をやのはたらきみなゆうてをけ
068 はたらきもなにの事やらしろまいな せかいの心みなあらわすで
069 これをはなあらハれだすとゆうのもな めゑめゑのくちでみなゆいかける
070 どのよふな事てもわがみくちいより ゆう事ならばぜひハあるまい
071 これからハめゑめになにもゆハいでも をやが入こみゆうてかゝるで

〜内容の区切りと思われる〜

072 このさきハどんなものでもしんちつに むねのそふちをみなしてかゝる
073 このそふぢどふしてするとをもうかな とんないけんをするやしれんで
074 とのよふな事がありてもあんちなよ なにかよろすわをやのいけんや
075 くちさきでなんぼしんぢつゆうたとて きゝわけがないをやのさんねん
076 それゆへにをやがたいない入こんで とんな事をばするやしれんで
077 とのよふなせつない事がありてもな やまいでわないをやのさねんや
078 このはなしどこの事ともゆハんてな をやのたあにわみなわがこやで
079 しんぢつのをやのさんねんでたならば このをさめかたたれもしろまい
080 これをばなまことしんぢつあるならば どんな事でもゆうてきかする
081 どのよふな事をゆうやらしれんでな これそむいたらすぐにしりぞく
082 これまでハなにをしたとてとめられて そむくはかりの事であるから
083 けふの日ハとのよな事をしたとても なにをゆうてもそむきなきよふ
084 このみちハくれ/\たのみをくほとに をやがひきうけあんぢないぞや
085 この事ハなにの事やとをもうなよ つとめなりものはやくほしいで
086 もふけふわどんな事をばしたとても なにもあんぢなをやのうけやい
087 いまゝでハ上にわなにもしらんから さしとめはかりいけんしたれと
088 このたびハどんなものでもかなハんで ゆう心ならをやがしりぞく
089 この事をはやく心しいかりと さだめをつけてはやくかゝれよ
090 なにもかもはやくつとめのしこしらへ をやのうけやいこわみないぞや
091 これをはな心さだめてしやんして はやくにんぢうのもよふいそぐで
092 はや/\と心そろをてしいかりと つとめするならせかいをさまる


<おふでさき註釈>
一、人間がどんな夢を見るのも、又、どのような話を聞くのも、皆親神のする事である。
二、親神は日夜たすけ一条を急いでいるのに、そばの者は、ちゆうちょ逡巡ばかりしている。
四、註 本歌御執筆の当時信仰の浅い人々は、道の真意を知らぬ官憲のいう事に従ってちゅうちょしていた事を仰せになっているのである。
五、親神はこれが何より一番はがゆくてならぬ。そこで種々と手段を尽して真実の道を教えるのである。
六、七、親神が日々どれ程急き込んでも、この急き込みを口でいい尽す事は出来ないので、せめて夢でなりとも知らせて手引きをするから、早く思案をして、救かる心になってもらいたい。
九、今日までは親神が表へ現れて、種々と真実の話を説き聴かせて来たのであるが。
一二、親神には何よりもこの事がもどかしくてならぬから、これからは親神のいうた事は皆実際に現して見せるであろう。
一五、これから先は、日々親神が自由自在の働きをするから、どのような不思議な守護が見えて来るか分からぬ。
一六、世間の人は、病気災難等の不幸を見て、たたりとか、つき物とか、よう怪とかいうが、この世にそんなものは決してない。
註 かまいとは、たたりの意。
一八、親神の積もる思いをどうして晴らすかというと、手出しをする訳ではなく、親神の真意を皆現実に現して、晴らすのである。
一九、この世創めて以来今日まで、永の歳月は経っているが、未だだれも親神の心の真実を知っている者はあるまい。
二〇、二一、何事も皆親神の守護する処であるから、人間の身上の障りというのも、一般に思っているように病気ではなく、たすけ一条の深い意図から、親神が手入れをするのである。
二二、註 コレラの流行は、我国では明治十年以来であるが、当時は程度の差こそあれ毎年のように流行して多くの人をたおした。大和地方も矢張り其頃流行を見たのである。親神様はこれを流行病と考えるに止らず、その奥に含められた人間精神浄化の神意を悟らねばならぬと教え給うているのである。
二三、二四、世界中の人は何処の人でも同じ、親神の真意を知らず、心にほこりを積み重ねてばかりいるから、陰気になるのであるが、今後は親神の教に従い心をしっかり入れ替えて、陽気ずくめの心になって勇んで通るようにせよ。
二五、親神が人間を創めたのは、一列の人間に楽しい真実の暮しをさせ、親神もまたそれを見て喜びとしたいからである。
註 よふきゆさんは陽気遊山で、欲を忘れて健康と繁栄と平和に恵まれた理想の生活。
二六、世界一列の人間は、この親神の真実を知らずに、勝手な道を通り気まゝに過すので、ほこりを積んで、だれも彼も皆一様に陰気な気分ばかりになるのである。
二七、親神が陽気づくめを教えているのに、之を差止めるならば、親神の激しい急込みはどのような大事になって現れて来るかも分からぬ。
二八、この親神の話をどうかしっかりと聴き分けて、早く銘々の心に真実の理を悟ってもらいたい。
二九、註 これまでは親神様の事を『月日』と称えて教を説いて来られたが、今後は主としてをやという言葉でお説き下されている。
三〇、三一、註 今までは、専ら神職僧りょなどの人々が、人間思案で人々の思想信仰を支配して来たが、これからは、親神様が真実の教を説いて聴かせるから、これに背くようなものがあれば、直ぐと身上事情に現してかやしをする程に、と仰せられたのである。
三三、現在でも、世間では親神の真意も守護も知らずに、我が力のみをたのんで気隨気ままに振舞っている者もあるが、まことに本意ない事である。
三四、人間でも我が子は可愛いものであろうが、それから推しても、人間の親である親神が如何に一列の人間を可愛く思い、救けたいかを推し量ってくれ。
三五、明けても暮れても親神は、我が子である人間を救けたい、成人させたいとばかり思いめぐらしている。
三六、この真実の親心を、世間では少しも知らずに、親神の教をば何か悪い邪まな事ででもあるかのように思うている。
三七、子供達に勝手気まゝに妨害干渉される親神様のはがゆさが、どれ程激しいかをよく考えてみるがよい。
三九、如何な者にしろ、親神の真実の教を妨げるような意見や反対をいい張るなら、その者の身の内から親神は退いてしまう。
四〇、親神はどのような事をするにしても、間違いのないように予め精一杯注意をしておく。
四一、四二、これまでは、側の者は毎日心配ばかりして来たが、明日からはどんな事を見ても聞いても、楽しみばかりの道となって来た。
四三、四四、註 今までは、この道を理解しない人々から、種々干渉を受けて来たが、この度は親神様が自ら表へお現れ下さって、種々とお指図下さっているのであるから、今後は、何をいわれても、不当な干渉は一切受けつけないと仰せ下されている。
四六、もう今日では、時機も十分に熟した事であるから、何事も皆親神の心通りに直ちに現す。
四七、今後は何も彼も、親神の心通りであるから、親神が一言いったならばこれに間違なく、必ずその通り見えて来る。
四八、世界中一列の人間は、いつどこで何んな事が起るかしれぬから十分気を付けるようにせよ。
四九、たといどのような事が起こっても、真実の心さえあれば、親神が守護するから決して怖い事はない。
五一、親神の深い慈悲の親心も知らず、浅はかな人間心からこの話を疑うならば、どのような恐ろしい道が見えて来るかも分からぬ。
五二、世界中の人間は、親神にとっては可愛いい子供であるから、慈愛の余りにどんな厳しい意見をするかも知れぬ。
五三、人間社会で豊かに暮らす者も、貧しく暮らす者も、親神にとっては皆一様に可愛いい子供ばかりである。
註 第三号一二五、第十三号四五参照。
五四、この度は、どうあっても、真実の親心を一列の人間に知らせたいと思う。
五五,この真実親心さえ判っきりと悟ることが出来たならば、いついつまでも陽気に勇んで楽しく暮す事が出来る。
五六、一列の者は、このたすけ一条の道を、どうかしっかりと会得してもらいたい。
五七、今日までにも種々様々とどのような道すがらも、連れ通って来たのではあるが。
五八、今後の道筋は又、今までに聞いた事もない新奇な道すがらが見えて来る。この道すがらを完全に通り抜けて、親神の真意を一列に知らせたならば。
五九、それから先は、親神の心も晴々と陽気に勇んで、何も彼も自由自在の守護を現す。
六〇、この自由自在の守護さえ始ったならば、どのような者でも皆、親神にもたれ、この道を慕うて来るようになる。
六一、このよろづたすけの道をつけようと思って、今までに種々と準備を急いで来たが、だれもこの親心の程は知らないであろう。
註 しこしらゑは、仕こしらえで、準備支度の意。
六二、さあこれから先の道筋は、決して怖い危い事はないから、安心して親神の教える通りの道に取り掛かれ。
六四、明日からは、親神が真先に進み出て働きをするから、もしたすけ一条の道を妨げる者があるならば、直ぐにかやしをしてやろう。
註 一はなは、いちはなで、真先に、先頭にの意。
六五、さあ今日は、もうはばかる事なく、何も彼も親神の珍らしい自由自在の働きを、種々と事細かに詳しく説いて聞かせておけ、もうその時機が迫って来た。
註 せへつうは、節で、せへつうがきたは、時節到来の意。第三号五九註参照。
六六、何事でもいわずにいれば、だれも分からぬのが道理であるから、何も彼も親神の自由自在を委細詳しく皆いうて聞かせるようにせよ。
六七、この話は何の事か皆知るまいが、これは親神の自由自在の働きを皆いうておけという事である。
六八、親神の働きというても、何の事か知るまいが、それは世界中の人の心を皆それぞれと表へ現す事である。
六九、各人の心を表へ現すというのも、どうして現すかというと、皆銘々の口で言いかけるようにする。
七〇、どのような事でも、自分の口からいうのであるから、つゝむ事も隠す事も出来ないであろう。
七一、今後は各人が、自分では何もいわぬ積もりでも、親神が入り込んでいわせてかゝるのである。
七三、胸の掃除というのは、何うしてすると思うているか、その為にはどのような激しい身上事情に現して意見するか知れぬ。
七四、どのような激しい身上事情の手入れを受けても、決して心配するのではない。それは皆、子供を思う暖い親心からの意見である。
七五、口先でどれ程真実をいうても、心に親神の教を了解しないのが、親神としては誠にはがゆくて堪らぬ。
七七、どのように激しい身上の手入れでも、これは病ではない、迫り切った親神のもどかしさの現れである。
七八、この話は決してだれ彼とその人だけの事ではなく、親神のためには世界一列は皆可愛いい我が子であるから、これはだれにもあてはまる話である。
七九、親神の積もり重なったもどかしさが、本当に表へ現れて来たならば、どうしてこれを治めてよいか、だれも知っている者はあるまい。
八二、今日まではたすけ一条のためにする事を皆とめられて、親神の心に背くばかりであった。
註 たすけ一条のためによふきづとめを行う事は、親神様の最も急き込み給う処であるが、当時おつとめをすると直ぐとめられたので、側々の人はついいずみ勝になっていたから、そんな事ではならぬ、親神が引き受けるから、心案じなくおつとめをするように、と仰せられたのである。以下九二迄のお歌はそれに関するお諭しである。
八五、親神の頼みというのは何事であろう、と思うであろうが、よふきづとめのために、早く鳴物を入れて掛かってほしいのである。
八六、もう今日は親神のいう通りに、鳴物を入れてよふきづとめをしても少しも案じる事はいらぬ。親神が確かに引き受けて守護して見せる。
八七、今までは上に立つ人々は、親神の真意を知らないから、よふきづとめを差し止めて干渉して来た。
八八、この度はもうどんな者でも、親神の力に適うものはない、もしそれでも尚差し止めに来るなら、身の内の守護を止めてしまう。
八九、今は何も案じる必要は無いから、遠慮なく親神の考を貫く決心で、一事も早くよふきづとめを行えよ。
九〇、親神の急いでいるよふきづとめの準備を、何も彼も早く整えるようにせよ。親神が万事引き受けているから、少しも恐れる事はない。
九一、よふきづとめを急き込む親神の心をくんで、決心して、早くつとめの人衆をそろえる用意に取り掛かってもらいたい。
九二、早く皆の者が、一手一つの心になって、しっかりとよふきづとめをするならば、この世界は真実平和の世界となる。

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posted by 朱夏 at 13:25| Comment(0) | TrackBack(0) | おふでさき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月25日

おふでさき第十三号。

おふでさき第十三号は、明治10年頃お記し下さいました。
120首あり、教祖(おやさま)80歳頃の御時です。

おふでさき第十三号では、第十二号に引き続いて親神様の思召し、よふぼくの仕事・布教伝道について記されています。
また、人間の「胸を澄ます」ことにより、神様が人間と共に働かれることを述べられています。

おふでさき拝読の留意点は、「天理教勉強blog: おふでさきを身近に。」をご参照下さい。

また、より詳しく知りたい教語が見つかりましたら、検索機能天理教用語解説カテゴリの記事をご参照下さい。





<おふでさき第十三号>
四月廿八日九どきより

001 一けふまでわなにかしんばいしたなれど あすにちからわをふくハんのみち
002 いまゝでハどんななんぢうなみちすちも みへてあるからことわりばかり
003 このさきハたしかうけやう月日にハ どんな事でもあふなきハない
004 たん/\とどんなはなしをきいたとて せかいたのしめ月日はたらき
005 これからわ月日でかけるはたらきに なにをするともたれもしろまい
006 にち/\にせかいのところみすませば 一れつこどもいぢらしい事
007 月日にわたん/\どんな事でもな たすけるもよふせくはかりやで
008 これまでハことわりはかりゆてをいた もふこれからハことハりわない

五月五日

009 けふまでわなにもしらすににんけんの 心ばかりでしんはいをした
010 これからハ心しいかりいれかへて 神にもたれてよふきつとめを
011 したるならそのまゝすくにしいかりと りやくあらわすこれをみてくれ
012 これさいかたしかりやくがみへたなら あとわいつてもみなかんろふだい
013 このさきわ月日一どふゆうた事 どんな事でもそむきでけまい
014 月日よりゆうたる事をけすならば すぐにしりぞくしよちしていよ
015 いまゝでハうちもせかいもしんちつの 心にわかりさらにないので
016 月日にハ大一これがざんねんな なんとこれをばすましたるなら
017 この心どふしたならばわかるやら なんてもいけんせねならんで
018 いけんでも一寸の人でわないからに をふくのむねがこれわむつかし
019 いかほどにむつかし事とゆうたとて めへ/\のこどもいけんするぞや
020 このもよふどふしたならばよかろふぞ なんでも神のさねんあらわす

〜内容の区切りと思われる〜

021 にち/\に神のむねにハたん/\と ほこりいゝばいつもりあれども
022 このほこりそふぢするのハむつかしい つとめなりともかゝりたるなら
023 心さいしんぢつ神がうけとれば どんなほこりもそふぢするなり
024 いちれつのむねのうちさいすきやかに そふちしたてた事であるなら
025 それからわせかいぢううハきがいさむ よふきづくめにひとりなるぞや
026 しかときけ高山にてもたにそこも みれば月日のこどもばかりや
027 にんけんも一れつこともかハいかろ 神のさんねんこれをもてくれ
028 これまてハどのよな事をみたとても 神のほふにハぢいとみていた
029 このたびわもふひがつんであるからな どんな事でもみなゆうほどに
030 月日にわせかいぢううをみハたせど もとはじまりをしりたものなし
031 このもとをどふぞせかいへをしへたさ そこで月日があらわれてゞた
032 このたびの月日ざねんとゆうものわ よいなる事でないとをもゑよ
033 月日にハこのしんぢつをせかへぢうゑ どふしてなりとをしへたいから
034 それしらず月日ゆう事みなけして あとわにんけん心はびかる
035 このさきハ月日のざねんりいふくを みなはらすでなこれがしよちか
036 月日にもざねんりいふくはらしたら あとハめづらしみちをつけるで
037 このみちハどふゆう事にをもうかな よろづたがいにたすけばかりを
038 せかいぢうたがいにたすけするならば 月日も心みなひきうける
039 月日にも心ひきうけするからわ どんな事でもはたらきをする
040 はたらきもどふゆう事にをもうかな 善とあくとをわけるばかりや

〜内容の区切りと思われる〜

十六日より

041 けふまでわどんなあくじとゆうたとて わがみにしりたものハあるまい
042 この心神がしんぢつゆてきかす みないちれつわしやんしてくれ
043 せかいぢういちれつわみなきよたいや たにんとゆうわさらにないぞや
044 このもとをしりたるものハないのでな それが月日のざねんばかりや
045 高山にくらしているもたにそこに くらしているもをなしたまひい
046 それよりもたん/\つかうどふぐわな みな月日よりかしものなるぞ
047 それしらすみなにんけんの心でわ なんどたかびくあるとをもふて
048 月日にハこのしんぢつをせかいぢうへ どふぞしいかりしよちさしたい
049 これさいかたしかにしよちしたならば むほんのねへわきれてしまうに
050 月日よりしんぢつをもう高山の たゝかいさいかをさめたるなら
051 このもよふどふしたならばをさまろふ よふきづとめにでたる事なら
052 この心たれがゆうとハをもうなよ 月日の心ばかりなるぞや
053 このつとめ高山にてハむつかしい 神がしいかりひきうけをする
054 このたびわどんな事でもしんちつに たしかうけやいはたらきをする
055 神がでゝせかいぢううをはたらけば どんなつとめもこハみないぞや
056 しかときけ高山やとてたにそこを まゝにしられた事であれども
057 これからわ月日かハりにでるほどに まゝにしよならすればしてみよ
058 いまゝでとなにかもんくがちがうてな これからさきハ神のまゝやで

〜内容の区切りと思われる〜

059 月日よりあまくだりたる心な なんの事やらたれもしろまい
060 大一わりゆうけつくるをたすけたさ こゑ一ぢよふをしへたいから
061 こゑてもなどふしてきくとをもうなよ こゝろを神がうけとりたなら
062 いまゝてハしんぢつ神がゆてあれど うちからしてもうたがうはかり
063 此たびハなにをゆうてもうたがうな これうたがへば月日しりぞく
064 この事ハあくどいほともゆうてをく これうたがへばまことこふくハい
065 月日より一どふゆうてをいた事 いつになりてもちがう事なし
066 いまゝでわ月日なに事ゆうたとて みなうたごふてゆいけすばかり
067 月日にハ大一これがざんねんな なんでもこれをしかときめるで
068 これからハ月日ゆう事なに事も そむかんよふに神にもたれよ
069 したるなら神のほふにもしんちつに たしかひきうけはたらきをする
070 月日にハこらほどくどきつめるから 心ちがゑばすぐにしりぞく
071 しんちつに心にまことあるならば どんなたすけもちがう事なし
072 このさきハりゆけのこへをちがハんよ どふぞしいかりしよちしてくれ

〜内容の区切りと思われる〜

明治十丑九月吉朔十九日ヨリ

十九日より

073 けふからわ月日のをもう事をばな どのよな事もみなゆいかける
074 いまゝでもたいてはなしもといたれど 月日をもハくまだゆうてない
075 これからハどんなはなしをしたるとも これをかならすうそをもうな
076 どのよふな事をゆうやらしれんてな 月日の心せゑているから
077 この心どふゆう事にをもうかな にほんもからもてんちくまでも
078 このあいだみちのりよほどあるけれど いちやのまにもはたらきをする
079 このはなしにんけんなんとをもている 月日かしものみなわがこども
080 いつまでも月日ぢいくりしていれば いつになりてもをさまるめなし
081 それゆへに月日でかけるはたらきに とこへでるやらしりたものなし
082 せかいぢう心すますとゆうからわ 一寸の事やとさらにをもうな
083 どのよふな事てもめへ/\むねのうち すましたならばあふなきわない
084 だん/\と月日にち/\をもハくわ をふくの人をまつばかりやで
085 この人をどふゆう事でまつならば 一れつわがこたすけたいから
086 ことしにハどんなめづらしみちすじが みゑてくるやらこれしれんてな
087 口さきでなんほしんちつゆうたとて たれかきゝわけするものハない
088 それゆへに月日このたびどのよふな 事もしんちつみなしてみせる
089 どのよふな事をしたるもにんけんの 心まぢるとさらにをもうな
090 月日にハあまりしんぢつみかねるで そこでとのよな事もするのや
091 いかほどのごふてきたるもハかきても これをたよりとさらにをもうな
092 このたびハ神がをもていあらハれて ぢうよぢざいにはなしするから
093 どのよふな事もしんぢつするからハ むねのうちよりひとりすみきる
094 いまゝでわ一れつハみなにんけんの 心ばかりてしやんしたれど
095 このたびわどのよな事もにんけんの 心しやんわさらにいらんで

〜内容の区切りと思われる〜

096 なにもかもとのよな事もゆうてをく なにをゆうてもうそとをもうな
097 高山でとのよなものがはびかるも このしんちつをたれもしろまい
098 月日にわどんなところにいるものも むねのうちをばしかとみている
099 むねのうち月日心にかのふたら いつまでなりとしかとふんばる
100 月日よりにち/\心せきこめど そばの心にわかりないので
101 せきこみもなにの事やとをもうかな りゆけつくれば水がほしかろ
102 このはなしみな一れつの心にわ なんとをもふてしやんしている
103 月日にわ大一これをたすけたさ そこでとのよな事もゆうのや
104 なにもかも月日いかほどくどいても まことにきいてくれるものなし
105 それゆへに月日のざねんりいふくが 山/\つもりかさなりてある
106 いまゝでわ月日きたらんそれゆへに ぢいとしていた事であれとも
107 このたびわもふひがつんであるからな とんなしごともはやくかゝるで
108 このさきわどのよなみちがあるとても 人をうらみなハがみうらみや
109 このはなしとこの事ともゆハんでな 高山にてもたにそこまても
110 どのよふな事をゆうのもたすけたさ そこていろ/\くどきつめたで
111 このさきわなにをゆうてもとのよふな 事でもあしき事わゆハんで
112 しんぢつのたすけばかりをせくからに そこでたん/\いけんしたのや
113 しんぢつに心すましたそのゆへわ たすけるもよふはやくをしへる
114 このたすけどふゆう事であるならば ほふそせんよのまむりつとめを
115 またたすけやますしなずによハらんの しよこまむりをはやくやりたい
116 なにもかもよろづたすけをせくからに 心したいにどんな事ても
117 一れつわみなめへ/\のむねしだい どんな事をがかなハんてなし
118 あまごいもいまゝで神がしんぢつに なにもゆうたる事わなけれど
119 このたびハとのよな事もしんぢつを たづねくるならみなゆてきかす
120 月日にハなにかなハんとゆハんてな みなめへ/\の心したいや


<おふでさき註釈>
一、今日まで、この道は細道であって、種々と苦労したけれども、これからは、いよいよ確かな往還道に出る。
二、今まで、この道には幾重の困難が横たわっているのが見えていたから絶えず注意を与え続けて来た。
三、これからは、親神が確かに引き受けて連れて通るから、どんな難渋と思われる道筋があっても、決して心配する事はいらぬ。
四、次々と、どのように驚くような話を聞いても、皆の者はこれを楽しんで通れ。何も彼も総ては親神の働きである。
五、これからは、親神が進み出て働きかけるから、だれも予期しないような目覚しい働きをする。
六、七、親神の目から世界中の人の心をながめると、何も知らずに通っているのが実に可哀そうでならない。親心としては、たすけ一条の道を一日も早く世界中の子供に知らせて、よろづたすけを実現させたいと、いろいろ心を配って急き込んでいる。
八、今までは、注意ばかり与えて来た、もう今後は、一切警告はしない。
九、今日まで、皆の者は親神の心をよく了解せずに、唯人間心であれこれと心配をして来た。
一〇、一一、今後は、人間心を一切捨てて、神一条に心を入れ替え、神意のまにまに誠真実の心でよふきづとめを行うならば、親神は直ちに、その理を受取って、自由自在の守護を現すから、しっかり見ていてもらいたい。
一二、この自由自在の守護さえ確かに実現して来たならば、それから先は、かんろだい建設の世の中となって、親神の意のままによろづたすけを皆して見せる。
一三、今後は、何事でも親神の一度言うた事は、皆必ず実現して来るから、これを見て、総て神意に背く事は出来ないという事をよく了解せよ。
一四、親神の意図に逆らい、その言葉を聞き捨てにするならば、親神は直ぐにその者の身の内から退き、守護をとめるから、この事をよく承知しているがよい。
一五、今までは、内々の者も世間の者も同様に、心の奥底に真から親神の意図を悟った者がない。
一八、意見といっても、少しの人数でなく、多くの人々に一々意見してその心を澄ます事は、なかなか容易な事ではない。
一九、どんなに難しくとも、一列人間は、親神のためには皆可愛いい子供であるから、人間の親がその子供に意見するように、親神は、どうでもこうでも一列人間を教え諭すのである。
二〇、この方法は、どうしたならばよかろうか、それには、どうでも親神のもどかしさを身上事情に現す。
二一、二二、人間が、日々心にほこりをつけてばかりいるから、それが山積して遂に親神の心まで陰気になっている。この一杯積もったほこりを一掃するのはなかなか並大抵な事では出来ないが、よふきづとめに取り掛かったならば、これを緒口として次第にほこりをはらう事が出来て、自ずと親神の心も晴やかとなる。
二三、人間の誠心さえ親神が受け取ったならば、どのような積もり重なった大ほこりも掃除して、ほこりの現れである身上事情の悩みを救ける。
二四、二五、親神が一列人間の胸さえすっきり掃除したてた事ならば、それから先は、世界一列に気が勇んで来て、自然と陽気ずくめの世界となる。
二六、しっかり聴け、尊貴富裕な者も卑賤貧困な者も皆一ように、親神にとっては可愛いい子供ばかりである。
二七、だれでも、自分の子供の可愛いくない者はない。その可愛い子供が親の心尽しも知らず勝手な事をしていたら、親として残念であるが、親神の心もこれと同じである。
二八、これまでは、人間にどのような事があっても、親神はじっと見ゆるしていた。
三〇、親神が、世界中の人の心を見渡しても、だれ一人としてこの世の元初まりの理を知っている者はない。
三四、この親神の心尽しを知らず、親神のいう事は皆聞き流して、人間思案ばかりで暮している。
三五、これから先は、親神の迫り切ったもどかしさを、皆晴らすから承知しているがよい。
三六、親神も、このもどかしさを晴らしさえしたならば、その後は、今までにない珍らしいたすけ一条の道をつける。
三七、この道は、どういう道であると思うか、それは、何事も互い立て合い扶け合うて行く道である。
三八、三九、世界中の人間が、互い立て合い扶け合いの道を通るならば、親神もその心を引き受けて、どのような自由自在の働もする。
四〇、この働きは、どういう事に思うか。それは、親神の自由自在を現して、善と悪とを仕分けするのである。
四一、四二、今日までは、どのような悪事といっても、心づかいが我が身に現れると知った者はだれも無いであろう、この度は、この事を親神が真実言いきかすから、皆一列の者は、よく思案してもらいたい。
四三、四四、世界一列の人間は皆兄弟で、他人というものは一人も無い。この真実元初まりを知っている者の無いのが、親神としては、大そうはがゆくて堪らない。
四五、上流の生活をしている者も、下流の生活をしている者も、人間として親神から分け与えたのは一列平等の同じ魂である。
註 しかも、身分境遇等にいろいろの差異のあるのは、生々世々生まれ替わり出替わるうちに、各自のなしたいんねんによる。
四六、そして又、眼、耳、口、鼻、両手、両足等、使うている道具即ちこの身体全体は皆、親神から貸し与えているものである。
四七、この真実を知らずに、人間は何か本来貴賤尊卑の別があるように思うているが、それは全く間違いであって、人間は皆、一列平等に親神の子供である。
四九、この真実さえ一列の人の心にしっかり治まったならば、互いにいがみ合うような心持ちはすっきり無くなってしまう。
五〇、親神は、真実心の底から、上流の人々の権勢の争いを治めたいと思っているのであって、これさえ治まったならば、世の中が平和になる。世界に永遠の平和の来る事こそ、親神の心からの念願である。
註 史実としては、当時は西南の役などの事があって、物情騒然たるものがあった。これを一例として、親神様の御理想と御守護は真の平和にある事を、お示しになったものである。
五一、世の中が平和に治まるようにするには、どうすればよいかというと、よふきづとめに取り掛かったならば、その理を受け取って親神が自由自在の守護を現すから、この騒ぎもやがて治まる。
五二、これは、人がいうていると思うてはならぬ。この世を創めた親神が子供可愛いい一条の親心からいうているのである。
五三、五四、このつとめをすると、上に立つ人々からいろいろ難しい事を言うて来るかも知れぬが、この度は、親神が確かに引き受けるから、どんな事情があるにしても、心配せずに勇んでつとめに取り掛かれ。
五五、親神が表へ現れて、世界中に自由自在の働きを現すから、どのような働きをしても決して気づかいはない。
五六、五七、しっかり聞け、今までは地位や財力のある者が、下の者に対して自分勝手に振舞っていたが、これからは、親神が表へ現れて、自由自在の働きを現すから、天理に逆らうて弱い者いじめの振舞をするならして見よ。
五八、今までと全く様子が一変して、今後は親神の心のままになってくる。
六〇、親神は、先ず第一に農作するのを救けるために、肥一条の守護を教えたいからこの教をはじめた。
註 『一に百姓、二に働き人、三に職人、四に商人、これ早く救けたい』と仰せられて、谷底の者から順々に救け上げる思召である。
以下七二までは主として肥一条に就て仰せられている。
六一、肥でも、決して肥そのものが効くのではない。一心に願う人の心の真実を親神が受取った時に、親神の守護が現れて来るのである。
註 第四号五一参照。
六五、親神が一度言うておいた事は、何時になっても違う事はない。
六六、今までは、親神が何をいうても内々の者をはじめ皆疑うて、親神の言葉を言い消してばかりいた。
六九、親神にもたれ親神の言葉を守ったならば、親神も確かに引き受けて心通り自由自在の守護をする。
七〇、親神がこれ程口説きつめているのに、未だ疑うて神意に背くような事があれば、直ちに身の内から退いてしまう。
七二、これから先は、立毛の肥に間違の無いよう、どうか、しっかりこの話を心に治めて貰いたい。
明治十丑九月吉朔十九日ヨリ
七三、これからは、親神の思う事を、何も彼も皆言い始める。
七四、今までにも、大凡は何かの事も話してはあるが、親神の意中は未だ充分にいい尽してない。
七六、親神の心は急いでいるから、どのような事を話しかけるやら分らぬ。
七七、この急き込んでいる親神の心を、皆の者はどう考えているか。世界一列の人間の心を澄まして、早く陽気ぐらしの世界を実現したいというのが親心の真実である。
註 にほん、から、てんちくは、親神の御教の先ずひろまり次にひろり、終わりにひろまる所、従って世界一列の意。第十二号八註参照。
七八、世界中というと随分距離はあるが、さあとなったら、一夜の間にも親神の働きを現す。
七九、この話を、人間は一体何と思って聞いているか。人間の身体は親神のかしものであり、世界中の人間は一列に皆親神の子供であるから、可愛いい一杯、救けたい一条の親心から説き聞かせているのである。
八〇、八一、いつまでも親神がじっとしていては、いつになっても、世の中の汚濁と不安とが一掃されて、安らかに治まる時が来そうにないから、親神が自ら進み出て働くのであるが、どこへ進み出てどういう働きをするかはだれも知った者はない。
八四、段々と世界たすけの旬が迫って来るにつれて、親神の心には、大勢の人を待受けている。
八五、何故大勢の人を待っているかというと、世界一列の我が子を皆救けたいからである。
八六、今年は、どんな珍らしい道筋が現れて来るか知れんから、皆その積もりでいるように。
八七、親神がどのように真実を説いて聞かせても、話をしただけでは、だれも真底から親心の真実を聞き分ける者がない。
八八、それ故に、親神はこの度何事も皆、親神の心通り皆実際に現して見せる。
八九、註 第七号五二〜五六、及び第十二号六七、六八註参照。
九〇、親神は、人間のしている事を人の真実であるとは見受けられんから、それでいろいろと現して意見するのである。
九一、聞えた剛者、又は若くて元気な者でも、これを頼りとしてはならぬ。
九三、この度は、どのような事でも、皆真実にして見せるから、これを見たならば、自然と心が澄み切って来る。
九四、九五、今までは、だれも彼も皆人間心だけで通って来たが、今後は、何事についても人間心は少しも要らぬ。ただ一筋に親神の心にもたれて来さえすればよい。
九七、上流社会でどのような者が勝手気ままに威張っていても、世界万物は親神が支配しているという真実をだれも悟った者はないであろう。
九八、親神は、どのような境遇にいる者でも、皆それぞれと、各人の心を明らかに見抜き見透している。
九九、心づかいが誠真実で親神の心に適うたならば、いつまでもしっかりと守護する。
一〇一、親神が日々何を急き込んでいると思うか。農作物を作ればかんがい水が欲しいであろうが、よろづたすけの第一として、水の守護を十分に与えたいと思って、急き込んでいるのである。
一〇ニ、この話を聴いて、皆一列の者は、何と思うているか。
一〇三、親神は、よろづたすけの第一に先ず水の守護を十分に与えたい。であるから、だんだんと種々の説き諭しをするのである。
註 史実についてこれを見れば、庄屋敷村附近の田は、布留街道以北はよかったが、以南は三島、庄屋敷の焼け田といって、大和でも有数の日焼田で、三年に一度は必ずかん害があったという。
一〇八、今後は、どのような事が現れても、それは皆自分自身の心通りに現れて来るのであるから、人をうらまず己が心を振り返ってよく反省せよ。
一〇九、この話は何処のこととはいわぬ、上下共にしっかり聴いて置かねばならぬ。
一一〇、親神がどのような事をいうのも、世界一列を救けたいから、種々と事細かに説き諭すのである。
一一一、これから先、親神が何をいうにしても、どのような事をするにしても、皆それは、子供可愛いい上からの事であるから、決して悪い事はいわない。
一一二、親神は、真実のたすけを急き込む上から、人々に対して、だんだんと身上に障りをつけて意見したのである。
一一三、本当に人々の心が澄み切ったならば、直ぐによろづたすけの方法を教える。
一一四、一一五、註 ほふそせんよのまむりは、第七号七八、第八号三一参照。
やますしなずによハらんは第三号九九、一〇〇、第四号三七、及第八号七八、七九註参照。
しよこまむりは、第四号五註参照。
一一六、親神は何も彼もよろづたすけを早く実現させたいと急いでいるから人間の真実次第でどのような働きもする。
一一七、世界一列の人間は、皆銘々の心次第で、その心の真実さえ親神が受け取れば、どんな事でも、これかなわんという事はない。
一一八、一一九、雨ごいの根本の理についても、今まで親神がその真実を説き聴かせた事はないが、この度は尋ねて来るなら、何事についても皆その根本の真実を言うて聞かせる。
一二〇、親神は、どのような願も適えてやらんとはいわぬ。皆、願うて来る者の誠真実次第で、どのような自由自在の守護も現す。
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posted by 朱夏 at 21:25| Comment(0) | TrackBack(0) | おふでさき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月20日

おふでさき第十二号。

おふでさき第十二号は、明治9年頃お記し下さいました。
182首あり、教祖(おやさま)79歳頃御時です。

おふでさきは全体を通して、「うち」には「つとめ」を、「せかい」には「布教伝道」を、という2つの方面でお話されていますが、第十二号では、主として「うち」の場面について記されています。

おふでさき拝読の留意点は、「天理教勉強blog: おふでさきを身近に。」をご参照下さい。

また、より詳しく知りたい教語が見つかりましたら、検索機能天理教用語解説カテゴリの記事をご参照下さい。





<おふでさき第十二号>

十二月廿七日より

001 けふからハせかいを月日みさだめて むねのそふぢにかゝる事なり
002 このそふぢうちもせかいもへだてない めゑ/\の心みなあらわすで

三月十四日より

003 いまゝでわ神のさんねん山/\と むねにほこりがつもりあれども
004 なさけないひがらもちいときたらんで どのよな事もゆうにゆハれん
005 このたびハ月日しんぢつみかねるで どのよな事もみなあらハすで
006 けふの日ハいかほとわがみはびかりて まゝにしたとて月日しりぞく
007 このはなしなにの事をばゆうならば にほんもからもてんぢくの事

四月四日より

008 これからハせかいぢううを一れつに 月日そふぢをするでしよちせ
009 これまでもせへいゝばいにことハりを 月日だん/\ゆうてあれども
010 くちさきでゆうたるまでハたれにても たしかしよちをするものハない

五日

011 いまゝでも月日の心だん/\と せへいゝばいにつくしいれども
012 せかいにハたれかしりたるものハなし とふむこのたび月日せひない
013 それゆへにせかいぢううをとこまても ことハりてをく月日しりぞく

十二日

014 けふの日ハなにのはなしをするならば よふ木のはぢめ事ばかりゆう
015 よふぎでもにんわたれともゆハねども もとハ壹ほんゑだわ八ほん
016 この木をはやくつぎたいせきこみで 月日のむねがつかゑきるなり
017 このきいも一ゑだしかとついだなら あとなるハみなはやくさだまる
018 なにもかも月日ゆう事しかときけ 心にさだめつけた事なら
019 それよりもみのうちなやみさらになし だん/\心いさむばかりや
020 それしらすみなの心ハたれにても せかいなみなる事ばかりゆう
021 このところせかいなみとハをもうなよ 月日の心ばかりなるぞや

〜内容の区切りと思われる〜

十四日

022 今日の月日の心さんねんわ よいなる事てないとをもゑよ
023 にんけんハあざないものであるからに 月日する事しりたものなし
024 月日にハなにかよろつをだん/\と ことハりてあるこれがしよちか
025 いまゝでもなにか月日のさんねんを たいていくどきつめてあれども
026 せかいにハたれかしりたるものハなし 月日の心ざんねんをみよ
027 このたびハことハりたゆへまだくどき そのゆへなるのことわりである
028 いかほどにくどきことハりゆうたとて たれかきゝわけするものハない
029 それゆへにだん/\ひがらたつけれと いつかこれやとわかるめハなし
030 けふの日ハもふせへつゝがきたるから 月日でかけるみなしよちせよ
031 このさきのみちのすがらをゆてきかす いかな事をばゆうやしろまい
032 にち/\になにをゆうてもそのまゝに みゑてくるのがこれわふしぎや
033 とのよふな事をゆうやらしれんでな そこでなんでもことハりばかり
034 ことハりも一寸の事でハないほどに いかな事をがみゑてくるやら
035 どのよふな事がみゑるやしれんてな まこときのどくをもていれども
036 なんときにみゑる事やらこれしれん 月日の心つみきりてある
037 こらほどに月日の心しんばいを そばなるものハなにもしらずに
038 そばなるハしことばかりをふもている みへたるならばもんくかハるぞ
039 どのよふな事でもさきゑしらしをく あとてこふくハいなきよふにせよ
040 このよふを初た神の事ならば とのよな事もみなみゑてある
041 このたびハとのよな事もつみきりて もふさしぬきハさらにてけんで
042 いまゝでハとんな事をばゆうたとて またちいくりとしたるなれども
043 けふの日ハよこめふるまもゆたんしな なんどきとんな事があるやら

〜内容の区切りと思われる〜

044 いまゝでにふでにつけたることハりが さあみゑてきた心いさむで
045 これさいかみへきたならば一れつわ とんなものでもよふきつくめや
046 この心どふぞはやくに一れつわ しよちしてくれ月日たのみや
047 けふからハめづらし事をゆいかける なにをゆうとも一寸にしれまい
048 このはなしなにをゆうてもそむくなよ 神のをもわくゑらい事やで
049 これからのあとなるはなし山/\の 神のさんねんはらすもよふを
050 このさきハなんほむつかしやまいても いきとてをどりみなたすけるで
051 どのよふなむつかしくなるやまいでも これなをらんとゆうでないぞや
052 けふまでわひがらこくけんきたらんで なにかちがいもありたなれとも
053 だん/\といかな事をもといてをく どんな事てもちがう事なし
054 これまてのみちのすがらとゆうものハ まことなんぢうなみちであれとも
055 このさきのみちハなんてもきがいさむ どんなめつらしみちがあるやら
056 とん/\ととびてる事をみたとても 心あんちハするやないぞや
057 あとなるハよろづ月日がひきうけて いつ/\までもよふきつくめに
058 いまゝてわなによのはなししたるとも いつの事なるよふにをもふて
059 やれこわやきくよりはやくもふみへた どんな事てもゆたんでけんで
060 このさきをにち/\心いさめるで どんな事でもゆへばそのまゝ
061 どのよふにむつかしくよふみへたとて よふきつとめてみなたすけるで

〜内容の区切りと思われる〜

062 これからわどのよなしことするやらな 心したいにとんな事でも
063 月日にわだん/\心ざんねんを どんな事てもみなはらすでな
064 とのよふな事をゆうのもみな月日 いかなしごとをするやしれんで
065 いかなるの事がみゑるもみな月日 にんけん心あるとをもうな
066 けふからハどのよな事もせきこんで どんなはたらきするやしろまい
067 いまなるの月日のをもう事なるわ くちわにんけん心月日や
068 しかときけくちハ月日がみなかりて 心ハ月日みなかしている
069 こればかりうらみあるならとのよふな 事も月日かみなかやすてな
070 どのよふな事をゆうのもみな月日 にんけん心さらにまぜんで
071 いかほどにむつかしよふにをもたとて 月日ひきうけあんちないぞや
072 このさきのみちをたのしめ一れつわ 神のさんねんはらしたるなら
073 にち/\にむねのそふぢにかゝりたら どんなものでもかなうものなし
074 このそふぢどふゆう事にをもうかな 月日たいないみな入こむで
075 このはなしとこの事やとをもうかな 高いところでみなあらわすで
076 なにもかも月日ゆう事しやんせよ なにをゆうてもこれちがわんで
077 せかいぢう一れつ心すましたさ どんな事をば月日するやら
078 とのよふな事をするのも月日にわ たすけたいとの一ちよはかりで
079 このさきをたしかみていよ一れつわ むねのそふちがひとりでけるで
080 このそふちすきやかしたる事ならば そのまゝすぐにまむりごしらゑ
081 このみちを月日の心にち/\に せきこんでいるたれもしらずに
082 このみちゑはやくついたる事ならば どんなものでもみないさむてな
083 このはなしたれがするとハをもうなよ 月日の心はかりゆうのや
084 このよふのしんちつなるをせかへちうへ とふしてなりとしらしたいゆへ

〜内容の区切りと思われる〜

085 けふまでわ一日なりとひをのばし とのよな事もしかゑいれども
086 このたびハもふひがつまりきるからハ どふむしかゑる事ハでけんで
087 なんどきにとのよな事をきいたとて これハ月日のざねんりいふく
088 月日にわどのよなものもわが子なり かわいばかりでみてハいれども
089 いまゝでハせかいぢううハ一れつに めゑ/\しやんをしてわいれども
090 なさけないとのよにしやんしたとても 人をたすける心ないので
091 これからハ月日たのみや一れつわ 心しいかりいれかゑてくれ
092 この心どふゆう事であるならば せかいたすける一ちよばかりを
093 このさきハせかいぢううハ一れつに よろづたがいにたすけするなら
094 月日にもその心をばうけとりて どんなたすけもするとをもゑよ
095 このたすけどふゆう事にをもうかな ほふそせんよにたしかうけやう
096 またゝすけりうけ一れつどこまでも いつもほふさくをしゑたいから
097 このみちをはやくしこもとをもゑども 一れつ心わかりないので
098 せかいぢうどこにへだてわないほどに 一れつしやんしてくれるよふ
099 しんぢつに心にさだめみなついて 神のゆう事そむきなければ
100 それよりも月日の心しいかりと うけとりしだいたすけせきこむ
101 このたすけ一寸の事やとをもうなよ これわにほんの一のこふきや
102 これさいかはやくしいかりみせたなら とのよな高いところなるとも
103 こればかりにんけんハさでないからに 月日ぢうよふそむきでけまい
104 したるならいかほと高いところても まねハてけまいしやんしてみよ
105 月日よりやますしなすによわらんの はやくしよこふだそとをもへど
106 一れつハみなうたごふてたれにても せかいなみやとをもているので
107 このところにんけん心さらになし 月日のをもう事ばかりやで
108 その事をたれてもしらぬ事やから わかりないのが神のさんねん
109 この心どふぞしんちつ一れつの 心すまするもよふないかよ
110 心さいはやくハかりた事ならば そのまゝすぐにしよこだすのに

〜内容の区切りと思われる〜

111 いまゝでハとのよなうそもきいていた もふこれからハうそハきかんで
112 これからハうそをゆうたらそのものが うそになるのもこれがしよちか
113 月日にハうそとついしよこれきらい このさきなるわ月日しりぞく
114 それゆへに一日なりとひをのばし たいていなにもみゆるしていた
115 このたびのはやくしよこふだしたいと ゆうているのをなんとをもうぞ
116 しよこふもとふゆう事にをもうかな みのうちよりにたしかためしを
117 このためしまこと月日のさんねんわ よいなる事でないとをもゑよ
118 みのうちにとこにふそくのないものに 月日いがめてくろふかけたで
119 ねんけんハ三十九ねんもいせんにて しんばいくろふなやみかけたで
120 それゆへに月日ゆう事なに事も うたこふているこれむりでない
121 このたびハ此むねのうちすきやかに はらすもよふやこれがだい一
122 この心月日のほふゑしいかりと つけん事にハどんなはなしも
123 いかなるの事をしたるもみな月日 こんな事をばたれもしろまい
124 けふの日ハよこめふるまもないほどに はやくしよこふだしてみせるで
125 これみたらとんなものでもとくしんせ なにのはなしもみなこのどふり
126 いまゝでのこのさんねんとゆうものわ くちでゆうよな事てないぞや

〜内容の区切りと思われる〜

127 いまゝでハ山/\さねんとふりぬけ このたびこれをはらしたるなら
128 あとなるハどんなやまいもいかなるの 事であろふがみなたすけるで
129 このよふのにんけんもとをせかいちう しらしてをいた事であるなら
130 それからハどんなたすけもするほとに 一事までゝみなたすけるで
131 これまでハたん/\くどきことハりを ゆうてあれどもしんかわからん
132 このしんハどふゆう事であろふなら むねのしやんをこれがたいゝち
133 なにゝてもむねとくちとがちこふてハ 神の心にこれハかなわん
134 しんちつが神の心にかなハねば いかほど心つくしたるとも
135 こればかりいかほどたれがそふたんも とてもかなハん月日しりぞく
136 なにもかも神のゆう事しかときけ なにをゆうてもちがう事なし
137 しんちつにめつらしたすけをしへたさ そこでとのよな事もゆうのや
138 このよふを初てからにない事を どんな事をもをしへたいから
139 このよふのほんもとなるのしんちつを しいかりしよちせねばいかんで
140 このもとをしいかりしりているものハ とこのものでもさらにあるまい
141 このたびハほんしんちつをゆてきかす なにをゆうてもしかとしよちせ
142 このやしきにんけんはじめどふぐハな いざなぎいゝといざなみとなり
143 月よみとくにさづちいとくもよみと かしこねへとが一のとふぐや
144 それよりもをふとのべへとゆうのハな これわりゆけの一のどふくや
145 つきなるハたいしよく天とゆうのハな これわせかいのはさみなるぞや
146 これまでハどふぐいゝさいみなよせて とのよなみちもとふりぬけたで
147 このさきハよせたどふぐをみハけして しこむもよふをいそぐばかりや
148 このものハとこにあるやとをもうなよ としわ十一二人いるぞや
149 この人ハにんけんはじめかけたると りうけいゝさいしゆごふどふぐや

〜内容の区切りと思われる〜

150 けふの日にどのよな事もゆうほどに なにをゆうてもしよちしてくれ
151 いまゝでも神のをもハくまゝあれど ひがきたらんでしかゑいたるで
152 だん/\ともふひがつまりきるからハ どんな事でもゆうてをくぞや
153 これまでハどこの人でもをなじ事 なにをゆうてもみなうたごふて
154 このたびハほんしんぢつであるからに これそむいたらすぐにかやすで
155 せかいにわあめをほしいとをもたとて このもとなるをたれもしろまい
156 このもとをしいかりゆうてかゝるから どんな事でもしよちするなら

六月廿八日五どきよりはなし

157 けふの日ハこのよはじめてないはなし なにをゆうてもこれきいてくれ
158 このよふわ神のせかいとゆいながら どんな事でもしんわしらんで
159 このしんをまことしんぢつしてみせる これみたならばみなとくしんせ
160 どのよふな事をするのもみな月日 なにをゆうのもみな月日やで
161 このたびハこのよはじめてない事を どんな事でもみなあらわすで
162 月日にわたいないよりもこもりいて どんなしごとをするやしれんで
163 どのよふなゆめをみるのもみな月日 まことみるのもみな月日やで
164 このよふの水のもとなる事をばな まだこれまでわゆうた事なし
165 このたびハほんしんぢつの水の事 どんなはなしをするやしれんで
166 この元をたしかにゆうてかゝるから せかいなみなる事でゆハれん

〜内容の区切りと思われる〜

167 けふからわどのよな事もゆいかける なにをゆうてもしかときくなり
168 にち/\に高山にてわだん/\と どんな事をばたのみたつねる
169 これさいかみゑきたならばどのよふな 事もあふなきさらにないぞや
170 けふの日ハなにのはなしをするやらな どんな事でもしよちしてくれ
171 めへ/\の心みのうちどのよふな 事でもしかとみなあらわすで
172 これみたらどんなものでもしんぢつに むねのそふちがひとりてけるで
173 このたびハどんな事でもすきやかに あらわれだしてみなしてみせる
174 たいないになにがあるやらどのよふな ものでもしりたものわあるまい
175 このはなし月日のし事これをみよ 心しだいになにをするやら
176 けふの日ハなにもしらすにたれにても せかいなみなる事であれども
177 あすにちハどふゆうみちをみるやらな しんの心があらわれてくる
178 この心あらわれでたる事ならば たれもそむきわさらにてけまい
179 これみたらどんなものでもしんちつに あたまかたけてみなしやんする
180 さあしやんこの心さいしいかりと さだめついたる事であるなら
181 このはなし月日の心ばかりやで にんけん心あるとをもうな
182 この事をみな一れつハしんちつに をもてたのめばどんな事でも


<おふでさき註釈>
一、今日からは、親神が世界中の人間の心を見定めて、各人の心のほこりの掃除に着手する。
二、この心の掃除は、内々の者も、世間の者も隔てはない、各人の心づかいを皆そのままに表に現す。
三、四、今までから親神が遺憾千万で堪え切れないと思う程に、人間の心にほこりが一杯積もっているのであるが、情けない事には、時旬が未だ到来せず、人々の心も成人していなかったので、何事も親神の真意を説く事は出来なかった。
五、この度は、何としても黙って見ている訳には行かないから、どのような事も皆表へ現す。
六、今日の日はどれ程我がまま勝手に威張っている者も、神意を悟らないならば親神が身の中の守護を止めて了うであろう。
七、今諭すこの話はどういう事かというと、世界中、何如何なる所にいる者も、皆一列に心を澄ますという事である。
註 親神様の為には、世界一列は皆可愛い子供であるから、産みおろしの後先によって親の慈悲に分け隔てはない。又神意を悟る事に先後はあろうとも、その為に愛憎の別はない。親神様の恩ちょうの溢れる所、この地上全体に心を澄して、普くたすけ一条の親心を行きわたらせたいというのが親神様の真である。にほんもからもてんぢくの事は、地上全体に普く世界一列の意。第二号三一註、第六号二九〜五一註、第十号五五〜五六註参照。
八、これから先は世界中の者の心の中を皆一列に親神が掃除をするから確かに承知していよ。
九、一〇、これまでとても親神は十分注意を与えているけれども、言葉で知らしただけでは、だれも神意の真実を確かに了解する者がない。
一一〜一三、これまでとても、親神は人々が余りに気ままな振舞をするから、直させようと、充分心を砕いているけれども、人間は、だれもそれを悟らない。それで、どうも親神としては、そのままに許されないから、今後改める事の出来ない時には、すぐ親神が守護を止めるから、その事を皆の者に余め注意しておく。
一五、註 元になる一人の精神が定まったならば、その人の身内親族又はその人のにおいがけした所から、用木になる者が沢山出来て来るという理を仰せられたものである。
一七、このよふぼくも一枝さえ、しっかりと道について来たならば、後は皆速やかに定って来る。
一九、よふぼくになる者は、心定めが出来たならば、身上の障りは無くなって、次第に心が晴々と勇んで来るばかりである。
二〇、この親神の心を悟らずに、誰も彼も、世間一般の者と同様な事ばかりいうている。
二一、このぢばは世間一般と同様の所と思ってはならぬ。教祖は、ただ一筋に親神の心ばかりを説き聞かせているのである。
二四、親神の意に順うてたすけ一条の道をつけるよう心を向けなければ、親神の急込みが何時現れるか分からんと、前以て度々注意してあるが、その事はよく承知しているか。
二五、二六、これまでも道が遅れてはならないと、親神の急き込みを種々と諭してはあるけれども、世間の者は一向気が付かない。これは、実に親神の遺憾千万とする処である。
二七、親神の意のままにたすけ一条の道に進まなければ、何時如何な親神の急き込みが現れるか分らんと今までから度々注意し、又種々と道理を尽して説き諭して来たが、未だ悟りが無いので、今又重ねて断っているのである。
二八、どれ程に道理を尽して説き諭し、又警告しても、だれも聞き入れる者がない。
二九、それ故に、だんだん日は径つけれども、いつになっても、これが親神の真であると悟る様子もない。
三〇、今日となってはもう時節が到来したから、人の悟るのを待ち切れず、親神自ら表へ現れて働きをするから、皆承知していよ。
三二、日々に親神のいう事は、皆そのままに現れて来るが、これは実に不思議だと皆も思うであろう。
三三、親神は、どのような事をいうか知れない。しかも、一度いうたならば、何でも親神のいう事は皆そのまま現れて来るのであるから、それで、何も彼も予め十分に注意しておくのである。
三四、前以て注意を促しておくというのも、並一通りでは無く、どのような変った事が見えて来るか分からぬからである。
三五、親神としては、まことに不びんに思ってはいるけれども、人間が、親神のいう事を聞き入れないならば、どんな事が現れて来るか分からぬ。
三六、親神の心は迫まり切っているから、今までにいうておいた事は、もういつ何時現れて来るかも分からん。
三七、これ程までに、親神は心を碎いて心配しているのに、そばの者は、少しも親の心配を知らない。
三八、そばの者は、人間心から割り出した仕事ばかりを考えているが、親神の働きが現れて来たならば、ころっと様子が変わるぞ。
四一、今日となっては、何も彼もの事態が皆切迫し切っているから、もう少しの猶予も出来ない。
四二、四三、今までは、どのように厳しく注意してはいても、それを現実に現す事は控えていたが、今日となっては、少しの間も油断してはならぬ。何時どんな事が現れて来るか分からないから。
四四、今までにふでさきにしるしておいた事が、いよいよ実現して来たが、こうして親神の言葉が実現して来たならば、人々の心が勇み立って来る。
四五、この事さえ見えて来たならば、世界一列は皆、だれも彼も陽気ずくめになる。
四六、この親心の程を、どうか世界の者は早く承知してもらい
たい。子供可愛いい上から特に頼むのである。
四八、これから諭す親神の話は、どんな事でも、決して背いてはならない。親神は、極めて遠大な意図を持っているのであるから。
四九、これから後は、山と重なってある親神の積もる思いを晴らす段取りを話する。
五〇、註 いき、てをどりは、第六号一〇五〜一〇八註参照。
五二、五三、今日までは、親神の自由自在の働きを現すべき時節が来なかったので、親神の説く事がその通りに現れない事もあったが、これからは何も彼も総ての事を説き諭しておくが、どんな事でも間違いなく皆実現して来る。
五六、次から次へと、親神が進み出て、神力を現すような事があっても、決して心配するのでは無い。
五七、それから先は、万事親神が引き受けて、いついつまでも陽気ずくめに暮すように守護する。
五八、今までは、親神がどのような話を説き聴かせても、皆の者は、いつ現れて来るか分からん話だというような考えで、うかうかと聞き流していた。
六〇、今後は、日々に心を勇めてかかるから、親神のいう事は何でも皆、直ぐとそのまま現れて来る。
六二、これから先は、親神がどのような珍しい働きをするかしれぬ。人々の心次第でどのような守護もして見せる。
六四、何事をいうているのも皆親神である。親神は、この世界万物を司っている絶大な力を現して、どのような働きをするか知れない程に。
六五、どのような事が見えて来るのも皆、親神のする事であるから、決して、人間思案でする事と思うてはならぬ。
六七、六八、註 教祖様は人間の姿をしておられるから、普通の人間の口から話されるように思うかも知れないが、教祖様は親神様のやしろであって、教祖様の口を通して語られる事は皆、親神様のお話であり、親神様のお心が教祖様のお心としてお現れになっている事を、仰せになっている。第七号五四〜五六註参照。
六九、註 教祖様のお口を通して話しておられるのは、元の親神様であるからして、教祖様の仰せられる事なされる事に対しては、親神が万事引き受けておられるのである。もしこの事を信ぜず、疑惑や不満の心を持つ者があるならば、すべて皆、その心通り親神様が応報をなさるという事を、仰せになっている。
七二、親神の積もる思いさえ晴らしたならば、それから先は、往還の道が見えて来るから、皆々楽しんでいるように。
七三、日々に、親神が人間の心の掃除に着手したならば、どのような者でも、これに逆う事は出来ない。
七四、この掃除とは、どういう事をするのかと思うであろうが、親神が、人々の身の内に入込み、心づかいを身上事情に現して掃除する。
七五、この掃除を何処でするかというと、上下の区別無く一列平等に人間の胸の掃除をするのであるから、身分の高い上流の人々の間に於ても同じく現れて来る処の理を見て、公平無私な親神の働きを納得するがよい。
七六、何事も皆、親神のいう事をよく考えて悟るようにせよ。親神の心通り、何をいうても皆間違いなく現れて来る。
七七、世界中の人々の心を澄ましたさに、どのような事を親神がするか分からんから、皆よく気を付けるようにせよ。
七九、一列の者は、将来をしっかり見ていよ。目の前に現れて来る天理の実現を見る時、人々の胸の掃除は自ずから出来て来る。
八〇、この掃除をすっきり仕立てた事ならば、直にまもりを渡す用意に取り掛かる。
八一、このように胸の掃除をしてまもりを授け、自由自在の守護によって陽気暮しをさせたいと、一列たすけの道を親神は毎日急いでいるのであるが、誰もこの親心を知らない。
八二、このたすけ一条の道が早く実現して来たならば、どんな人でも皆心が勇んで来る。
八三、この話は、人がすると思うてはならん。親神の心のままに言っているのである。
八四、こうして、だんだんと話をするのは、この世の真実を世界中へ何としてでも知らせたいからである。
八五、八六、今日までは、たとえ一日でも日を延ばして、出来るだけ控えて来たが、もうこの度は、日が迫り切って来たから、どうしても控える事は出来ぬ。
八七、いつ何時どのような変った事を聞いても、それは、親神の積もり重った思いが、激しい急込みとして一時に表へ現れて来たのである。
九二、どういう心に入替えるのであるかといえば、世界をたすける一筋の心になってもらいたい。
九三、九四、今後、世界中の人間が一列に互い立て合い救け合いをするならば、親神も、その誠心を受け取って、どのようなたすけも皆引き受けてする程に。
九五、九六、このよろづたすけというのは、どういう事かというと、先ずほふそをせぬように確かに請け合う。更に又、世界中の農作物が何処如何なる所に於ても常に豊作であるように教えたい。
九七、このよろづたすけの道を早く教えようと思っているが、一列の人間の心が澄み切らないから、教える事が出来ぬ。
九八、世界中の人間は皆、親神の可愛いい子供であるから、少しも分け隔てなく皆一様に救けたいのが親心の真実である。一列の人間は、ここをよく思案して、親神の真を悟ってもらいたい。
九九、一〇〇、人々の心が皆、真実の心に定って、親神のいう事に背かないようになったならば、親神の方では、確かに人々の誠真実の心を受取って、受け取り次第早速たすけを急ぐ。
一〇一、このたすけは一寸した理の軽いたすけではない。このたすけは、このたび元のぢばに現わすにほん一のたすけ一条の手本雛形であって、これによって末代までも世界一列の人間が救けられるのである。
註  第五号三一註参照。
一〇ニ、これさえ早く確かに見せたならば、どうのような高い所へも道がついて行く。
一〇三、これこそは、人間業では無く、親神の働きであるから、何人もこれにそむく事は出来まい。
一〇四、従って又、親神の自由用の働きは、どのように高い所の者でも、そのまねは出来まい。よく思案して見よ。
一〇五、一〇六、親神は病まず死なず弱らずに陽気ぐらしの出来るよう、その証拠を早く出したいと思っているが、皆の者は疑うて、世間普通の人の言葉のように思っているから、出す訳に行かない。
一〇七、このぢばで教祖の諭している事は、人間心は少しも混っていない親神の心ばかりを言うているのである。
一〇九、この親神の真を了解させて、何とかして、一列の心を澄ます段取りは出来ないものか。
一一〇、一列の心さえ早く澄み切って来たならば、直ぐにもよろづたすけの証拠を出そうものを。
一一二、これからは、親神に嘘をいうたならば、その者に対する親神の守護も実の無いものになるが、この事をよく承知であろうな。
一一三、親神は、嘘と追従は大嫌いである。これだけいっても、未だ嘘や追従をいう者があれば、親神は身の内の守護を止めて了う。
一一四、天理は、それ程厳然たるものであるから、早速その理を現す事の不憫さに、今までは、一日でも日を延ばし、大抵の事は皆見ゆるしていたのである。
一一六、証拠とはどういう事と思っているか。それは、身上に試しが掛けてある。その身上のたすけづとめを機縁として確かな証拠を出したいと思っている。
一一七、身上に現しているこの試しの精神を、よく汲みとれないのが、親神にとっては遺憾千万である。
一一八〜一二〇、註 秀司先生はもともと身体に何処も故障が無いのに、旬刻限が来て親神様がこの世に天降られる機縁の一つとして、わざわざ秀司先生の足に患いをつけられた。この身上がたすけ一条のための試しであり、親神様の御意図に基くものである事を、秀司先生に悟りがついたならば、直ぐにも自由自在の守護を現して、よろづたすけの証拠としてかんろだいを建設する機運を促そうと、親神様は心算もりしておられたが、本教に対する種々の迫害干渉は直ちに戸主である秀司先生の身の上に及び、教祖様がこの道の精神を説き切られるにつれて、中山家の家計は支うるに難く、当の責任者たる秀司先生は、内外の事情のためどれ程心配苦労せられたか分からなかった。そのために、とかく教祖様のお口を通して語られる親神様の仰せを、素直に信じられる事が出来なかったのであるが、それも無理のない事である、と仰せになっている。
第一号二六参照。
いがめては、秀司先生の足をびっこにせられた事。
一二一、この度は、この長い間、道のために悩んで来た者の、胸の思いをすっきりと晴らす段取りを、何より先に急いでいる。
一二二、この者に親神の暖かい真実親心を了解させて、親神の方へ、しっかりともたれ付かさぬ事には、よろづたすけの話の説きようがない。
一二三、註 身上、事情と、種々の苦労をさせて来たのも、たすけ一条のこふきを作るために、皆親神様のせられた事であるが、こんな事は周囲の人々はもとより当人さえも知るまい、と仰せになっているのである。
一二四、一二五、今日の日は、一寸傍見をする隙もない程、時旬が切迫して来たから、親神の説く事には間違いが無いという証拠を、今にも出して見せる。これを見たならば、皆なる程と得心せよ。親神の説く事は皆この通り間違いないのである。
一二七、一二八、今までは、この事をもどかしく思いながら、それをこらえていろいろの道を通り抜けて来たが、今度これを晴らしたら、その後はどんな病気であろうが事情であろうが皆救ける。
一二九、一三〇、この世の成り立ち、人間創造の元の理を、世界中へ教えてさえ置いたならば、それから後はどのような身上事情も皆一言で救ける
註 一事までゝの一事は、第十四号四七の『一事ゆゑば』の一事と同じく、一言で、一言まででは、一言いうただけでの意。
一三一、これまでは段々と説き諭しもし、ことわりもいうているが、まだ真実の道の精神を悟っていないようである。
一三二、この真実の精神とはどういう事かというと、各人が、先ず自らの心を振りかえってよく反省する事である。
一三三、総て心の底で思うている事と、口先でいっている事とが違うようでは、これは真実とはいわぬのであって、従って、親神の心に受取る事が出来ないのである。
一三四、一三五、人間の心の真実が親神の心に適うので無かったならば、どんなに心を尽して願うても、親神の方では受け取る事が出来ないから、こればかりはだれから何と頼まれても、親神はその人の身の内の守護を止めてしまう。
一三八、一三九、この世の根本に在る親神の天地人間創造以来の暖い真実親心を、しっかり了解せねばならない程に。
一四〇、註 このもととは、人間創造以来の親神様の本真実。
一四一、この度はこの世人間創造以来の親神の本真実をいうて聴かせるから、何をいうても皆しっかりと聴いていて心に悟りとる様にせよ。
一四二〜一四五、註 太初、この屋敷に於て人間を創造なされた時に、夫々の道具をお使いになり、種、苗代、骨突張り及男性、皮つなぎ及女性、飲み食い出入、息吹き分けの守護の理に、それぞれ、いざなぎのみこといざなみのみこと、月よみのみこと、くにさづちのみこと、くもよみのみこと、かしこねのみこと、と、神名をおつけになり、引出しの守護の理に、をふとのべのみこと、切る事一切の守護の理に、たいしよく天のみこと、と、神名をおつけになった事を、仰せになっているのである。
一四六、これまでは、道具一切を皆寄せてどのような道すがらも通り抜けて来たのである。
註 本歌は、太初に道具衆をよせて人間を創めかけられた如く、この度は夫々に理を享けたつとめ人衆を寄せてこの教をお創め下さる事を仰せられているのである。
一四七、今度は、寄せた道具を皆夫々と見分けして、仕込む段取りを急ぐばかりである。
一四八、註 この年(明治九年)真之亮様と前川菊太郎氏は共に十一歳であった。本歌はこのお二人を指されたものと言い伝えられている。
一四九、この者はつとめ人衆として、人間創造の種及び立毛一切守護の理に相当する役割を勤めさせる者である。
一五二、註 ひがつまりきるは、日が詰り切るで、時機の切迫する意。
一五三、これまではだれも彼も皆同じように、親神が何をいうても疑うていた。
一五四、この度は、この世人間を創造した元の親神が、迫り切った時節の到来により、自ら表へ現れて、真実の親心から一列たすけの教を説いているのであるから、もしもこれに背くが者があれば、直ちに心通りのかやしをする。
一五五、世間では、かんばつの時には雨が降ってほしいと思うであろうが、雨というものはどうして降るか、その根元にある親神の守護をだれも知るまい。
註 本歌は明治九年陰暦六月廿八日、川東村小坂の松田利平の願により、辻忠作、仲田儀三郎(儀右衞門の後名)、桝井伊三郎等が雨ごいに行った時諭されたものである。
一五六、雨の降る根元を、しっかり言い聴かせるから、何も彼も親神の話をよく了解せよ。そうしたならば、直ぐにも自由自在の守護を現す。
一五八、この世は神の世界である、というていながら、何事も皆その起る根本の理を知らない。
註 しんは真で根本の理、世の中の万事が皆、親神様の親心によって守護され支配されている、という真理。
一五九、万有の根本にある親心の真実を、目のあたり現して見せるから、これを見たならば、なる程と納得せよ。
一六〇、何事をするのも何事をいうのも、これ皆、親神のする事いう事である。
一六二、元の親神は、人間の体内に入り込んでいるから、どんな珍らしい働きを現すかも知れぬ。
一六三、どのような夢を見るのも、又、どのような出来事を見るのも皆、親神の守護である。
一六五、この度は、水の根本の理について、どのような珍らしい話をするか分らぬ。
一六六、水の根本の理を 、確かに説いて聞かせるが、世間普通の話を聞くような心掛けでは、説く事は出来ぬ。
一六七、今日からは、何事も皆親神の真実を言い初めるが、何をいっても皆この世の本真実の話ばかりであるから、しっかり心を澄して聴くようにせよ。
一六八、今後はだんだんと、上流の者が、どんな事でも頼みに来る。又尋ねに来るようになる。
一六九、そうなってさえ来たならば、何事も皆、少しも危い事はない。
一七一、各人の心づかいは、どのような事でも間違なく身上に確かに現す。
一七二、身上に現れる親神の知らせを見たならば、どんな者でも、真底から胸の掃除をせずにおられぬようになる。
一七三、この度は、何事も皆、ことごとく表へ現して見せる。
一七四、人間の身の内に入り込んでいる親神の守護については、だれも知っている者はあるまい。
一七五、この話をよく聴き分けて、親神のする事をよく見ていよ。親神は各人の心次第でどのような働きを現すかも知れぬ。
一七七、明日になれば、どのような道が見えて来るか分からぬ。銘々の心通り、親神の守護が現れて来る。
一七八、心通りに親神の守護が現れて来たならば、誰もこれに背く事は出来まい。
一七九、これを見たならば、どんな者でも、心の底から不思議に思って、思案せずにはおれない。
一八〇、さあ、しっかりと思案せよ。銘々の心の真実さえ確かに定まったならば、親神はその心定めを受取って自由自在の守護をするのである。
一八二、この理をよく悟り、親神のたすけを心の底から信じて、真実誠の心を以て親神に願うならば、どんな事でも願通り速やかに守護しよう。


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posted by 朱夏 at 21:10| Comment(0) | TrackBack(0) | おふでさき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月16日

おふでさき第十一号。

おふでさき第十一号は、明治8年6月にお記し下さいました。
80首あり、教祖(おやさま)78歳の御時です。

おふでさき第十一号では、全編こかん様のことを話題にされています。
第十号と第十二号との間に挿入されたような特別な号とも考えられます。
「人衆」「よふぼく」の仕込みについて、こかん様を「悟りの台」とされたものとみられます。

おふでさき拝読の留意点は、「天理教勉強blog: おふでさきを身近に。」をご参照下さい。

また、より詳しく知りたい教語が見つかりましたら、検索機能天理教用語解説カテゴリの記事をご参照下さい。





<おふでさき第十一号>
001 むなさきへきびしくつかへきたるなら 月日の心せきこみである
002 このさきハ一れつなるにだん/\と みのうちさハりみなつくであろ
003 どのよふなさハりついてもあんぢなよ 月日の心ゑらいをもわく
004 みのうちにさハりついてもめへ/\の 心それ/\みなわけるでな
005 しんぢつにをもう心とめゑ/\の しやんばかりをふもいゝるとを
006 月日にハどのよな心いるものも このたびしかとわけてみせるで
007 どのよふな心もしかとみているで 月日このたびみなわけるでな
008 口さきのついしよばかりハいらんもの 心のまこと月日みている
009 これまでもいろ/\はなしといたれど ほんしんぢつがみゑてないので
010 けふの日ハなにのはなしをしたるとも ちがうよふなる事ハゆハねど
011 月日より一どふゆうてをいたなら いつになりてもちがう事なし
012 それしらすそばの心ハたれにても せかいなみなるよふにをもふて
013 このたびのなやむところでとくしんせ みなの心もめゑ/\心も
014 この事をぢうよぢざいハちがハねど みなの心にしよちなけねば
015 一れつにしよちをしたる事ならば 月日うけよてたしかたすける
016 このたすけどふゆう事にをもうかな 三かめへにハそといでるよふ

〜内容の区切りと思われる〜

017 これまでも月日とゆうてだん/\と はなしもといてきたるなれとも
018 まだしんのところハさらにハかるまい このたびどんな事もあらわす
019 はなしでもをなしところでゆうならば なんどにんけん心なるよふ
020 みなのものをもう心ハきのどくや このたびところかへてはなしを
021 これきいていかなものでもとくしんせ 月日ぢうよふみなこのどふり
022 たいないへ月日入こみぢうよふを ゆうていれどもしよちあるまい
023 このさきハせゑいゝバいにたん/\と ことハりたゆへかゝる事なり
024 月日よりあらハれでるとゆうたとて たん/\なにもことわりたゆへ
025 このたびのなやみているをやまいやと をもているのハこれハちがうで
026 こればかりやまいなぞとハをもうなよ 月日ぢうよふしらしたいゆへ
027 なにもかもとのよな事もしらするハ さきのをもわくあるからの事
028 このはなしどふゆう事てあるならば さきのよろづハ月日ひきうけ
029 月日よりひきうけするとゆうのもな もとのいんねんあるからの事
030 いんねんもどふゆう事であるならば にんけんはぢめもとのどふぐや
031 このものに月日よろづのしこみする それでめづらしたすけるのや
032 この事わ一寸事やとをもうなよ これハにほんのこふきなるのや

〜内容の区切りと思われる〜

033 あれいんでこらほどなにもすきやかに たすかる事をはやくしりたら
034 それしらずどふどいなさすこのとこで よふぢよさしてをことをもたで
035 こんな事はやくしりたる事ならば せつなみもなししんバいもなし
036 にんけんハあざないものであるからに 月日ゆハれる事をそむいた
037 これからハどんな事でも月日にハ もたれつかねばならん事やで
038 どのよふな事をするにも月日にて もたれていればあふなけハない
039 このよふなけへこふなるのみちすしを しらすにいたがあとのこふくハい
040 このさきハどのよな事をゆハれても 月日ゆハれる事ハそむかん
041 月日よりやしろとなるのむなさきの つかゑてあるをなんとをもうぞ
042 このつかへ人なみなるとをもうなよ 月日の心まことしんわい
043 それしらずみな一れつハめへ/\に わがみしやんでしことばかりを
044 月日にハどのよなみちもみへてある せかいぢううハそれをふもハす
045 このみちをこども一れつしやんせよ どのよなみちがあるやしれんで
046 どのよふな事でもさきへしらしをく あとでこふくハいなきよふにせよ
047 こんな事なにをゆうやとみなのもの をもうであろふこどもかハいゝ
048 せかいぢうをふくの子共むねのうち わかるもよふがこれハないかよ
049 このよふな事をくど/\ゆうのもな みちをあんぢているもよふから
050 これからハとのよな事もゆてきかす これをかならすうそとをもうな

〜内容の区切りと思われる〜

051 このたびの月日のしごとしかときけ あしきのよふな事わせんぞや
052 どふどしてめつらしたすけをしへたさ そこでかゝりたしごとなるぞや
053 いまゝでと心しいかりいれかへて よふきつくめの心なるよふ
054 この心どふしてなるとをもうかな 月日たいない入こんだなら
055 にち/\にひとり心がいさむなり よふきづくめの心なるよふ
056 月日よりにち/\心いさめかけ よふきつくめにしてかゝるでな
057 このはなしなんとをもふてきいている たすけ一ぢよのもよふばかりを
058 月日よりどんな事でもみているで なにをゆうてもみなしよちせよ
059 ことしから七十ねんハふう/\とも やまずよハらすくらす事なら
060 それよりのたのしみなるハあるまいな これをまことにたのしゆんでいよ
061 月日にハいまゝでどこにない事を ばかりゆうぞやしよちしてきけ
062 このよふなない事ばかりゆうけれど さきをみていよみなまことやで
063 なにぶんにめづらし事をするからハ いかなはなしもない事ばかり
064 とのよふにない事ばかりゆうたとて さきをみていよみゑるふしぎや

〜内容の区切りと思われる〜

065 いまなるのなやみているわつらけれど これからさきハ心だのしみ
066 このよふなはなしくと/\ゆうのもな これハまつたいこふきなるのや
067 月日よりこのたびこゝであらハれて とんな事をもはなしするのハ
068 とのよふな事もたん/\しらしたさ にほんのこふきみなこしらゑる
069 このよふのはじまりたしハやまとにて やまべこふりのしよやしきなり
070 そのうちになかやまうぢとゆうやしき にんけんはじめどふくみへるで
071 このどふぐいざなぎいゝといざなみと くにさづちいと月よみとなり
072 月日よりそれをみすましあまくたり なにかよろづをしこむもよふを
073 このところなにをするにもとのよふな 事をするのもみな月日なり
074 とのよふな事をゆうにもみな月日 そばなるものハまねをしてみよ
075 このよふをはじめてからにけふまでハ ほんしんぢつをゆうた事なし
076 けふの日ハどのよな事もしんぢつを ゆハねばならんよふになるから
077 めへ/\になにをゆうとハをもうなよ 月日のをもうよふにゆうのや
078 なんどきにかいりてきてもめへ/\の 心あるとハさらにをもうな
079 どのよふなものもしんからとくしんを さしてかいるでこれをみていよ
080 いかほとのこふてきたるもはつめても 月日の心これハかなハん


<おふでさき註釈>
二、三、今後は一列の人々に、次々と身上の障りが現れて来るであろう。どのような障りが現れて来ても、心配するのではない。それは皆親神の心に深い考えがあってしている事である。
四、身上に障りが現れて来るというても、それは皆銘々の心通り現れて来るのであるから、これによって各人々々の心を一々皆分けるのである。
五〜七、真実に道を思い世を思う心と、我身思案している心と、どのような心も親神は常々確かに見届けているから、どのような心でいる者も、この度は各人々々の心づかいを夫々の身上に現して、判然と区分して見せるであろう。
九、これまでとても人々の心を入れ替えさせる為に、種々と話を説いては来たが、その本真実が未だ実現して来なかったからして、皆の者には親神の話がよく了解出来なかったであろう。
一一、一二、親神が一度いうて置いた話は、いつになってもそれに間違いなく必ずその通りに現れて来る。然るに、それを知らずして、側の者達は皆、深い意図を以て説いている親神の話を、世界普通の話のように思ってついうかうかと聞いている。
一三、現在悩んでいる身上についてよく考えてみて、傍々の者も、又悩んでいる本人も、前々から諭してある親神の話に、間違いのない事を得心せよ。
註 本歌は、こかん様の身上について仰せられたものである。 第九号三六〜三九註及び本号二五〜四〇総註参照。
一四〜一六、親神の自由自在の守護に間違いはないのであるが、皆々の心に親神の話が了解出来ないからして、身上の悩みと現れているのであるが、皆々の者が、親神の意中を了解し心の反省をして、親神の意図に添うならば、、身上の悩みは、親神が保証して確かに救けるであろう。その救けというのはどういう救けかというと、親神の自由自在の守護によって、三日目には外へ出られる位、速やかに回復するようにたすけする。
一七、一八、これまでからも、教祖の説く事は親神がいうのであるというて、次々と説き諭しをして来たが、未だ真実の所は分かっていまい。そこで、この度は、どのような自由自在の守護も皆現して、真から了解出来るようにして見せる。
一九〜二一、如何程真実の親神の話であっても、始終同じ所でいうならば、何か人間心から話しているように、皆の者が思って、親神の深い意中を説いている話も、その気になって聞く事が出来ず、従って神意の程を悟り得ないというのは、誠に気の毒であるから、この度場所を変えて話をしてみせるが、如何に場所が変っても、親神の話には寸分の変りがない。この寸分変わりのない話を聴いて、皆の者達は、成程真実の親神の話に違いないという事を知り、その話をしっかり聴いて親神の真意を了解して貰いたい。親神は万事これと同じ道理で、どのような自由自在の守護も皆して見せる。
註 をなしところでゆうとは、親神様が始終教祖様のお口を借りてお話下さっていることで、ところかへてはなしをとは、こかん様に扇を持たせて、親神様の意中を語らしめ給うた事実を仰せられたものである。
然して教祖様の言とこかん様の言と、寸分の相違がなく、これによって、教祖様が始終お話し下さる事は、教祖様のお言葉ではなく神意をお話下さっているものである事を立証して、人々にお示し下さったのである。
二二、体内に親神が入込んで、親神の意中をば、そのまま自由自在に話をしているが、これが親神のしている事だとは理解出来ないであろう。
註 即ち、親神様は教祖様のお口を通じて種々とお話をされているのであるが、それをば親神様のお話とは思わず、世間普通の人間の言葉のように考えていた事を戒められたものである。
二三、二四、予め充分に断って置いたから、今後は、もう遠慮会釈なく何事にも取り掛かるのである。即ち、親神が人々の心得違いを身上事情に現して諭すのも、予め何もかも充分に断ってからの事で、決して突然の事では無いのである。
二五、二六、今回悩んでいるのを、普通有り勝ちの病気だと思うているのは間違である。こればかりは、病気などと決して思うてはならぬ。これは見抜き見透しの親神の自由自在の働きを現したいからである。
二五〜四〇、総註 明治五年陰暦六月十八日、檪本の梶本家に嫁いでおられたおはる様(教祖様の第三女)が出直されたが、当時、梶本家には、十五歳を頭に当年生まれにいたるまで五人の子供があって、手不足勝で家事万端に就て種々の困難を感じていられたので、その後妻としておはる様の妹たるこかん様を懇望された。しかし、教祖様は、神意のまにまにこれを承諾されなかった。というのは、こかん様はぢばにいんねんある方であって、この方をおぢばに留め置いて、いつまでも親神様がたすけ一条の上に御用をおさせになる思召だったからである。 (本号二八〜三二及六九〜七二註参照)
然るに、側々の勧めもあり、且その困っておられる有様も、見ているに忍びなかったので、当時戸主であった秀司先生及び本人のこかん様も遂に人情にほだされて、梶本家へ赴かれた。しかし神意のこう遠は人意を以て計かり難く、その後、明治八年こかん様は身上に重いお手入れを受けられ、益々容態が悪くなったので、こゝに初めて神意の厳として動かすべからざるを悟られ、遂に意を決し病を冐して教祖様の許へ帰宅されたが、時あたかもお屋敷の門屋新築の件に関し、教祖様が奈良監獄へ二十六日から三日間御苦労下されたのを合図立て合いとして、その御留守中の陰暦八月二十八日三十九歳を一期として、遂に出直された。教祖様は、その日監獄からお帰りになってこれを御覧遊ばされ、暫し御愁傷の態であったが「お前は何処へも行くのやない。せみの抜けがらも同じ事、魂はこの屋敷に留っている。またこの屋敷に生まれ帰って来るのやで。」と、さながら生ける人に物言う如く微笑やかに仰せられたという。 (第九号三六〜三九註参照。)
二八、この話は、どういう事であるかというと、将来の事は、一切親神が引受ているのである。
二九、三〇、註 もとのいんねんとは、こかん様のいんねんを指す。 本号六九〜七二註参照。
三一、註 このものとは、こかん様。
三二、この事をば、一寸した軽い事と思ってはならぬ。これは、にほんに出来た世界たすけのこふきである。
註 こふきは、第五号三一註、本号六七、六八参照。
三三〜三六、註 こかん様が檪本へ行っておられる事は、親神様のお考えに背く訳であるから、世間普通の人情などにほだされず、又、梶本家の人々にもその悟りがついたなら、こかん様の身上にも自由自在の守護を頂けたのであるが、人間心から自分の家で養生さそうと一日々々と日を延ばしておられたから、すきやかな御守護を頂く事が出来なかったのである。
四一、四二、親神のやしろとなっている者の胸先が、つかえているのを皆々は何と思っているか、このつかえを尋常普通の事のように思ってはならぬ。これは親神の心が全く心配に堪えないからである。
註 しんわいは、しんぱいと読み、心配の意。
四三、親神の心配の程も知らずに皆々の者は、各自の人間思案で勝手な事ばかりしている。
四四、註 ふもハすは、おもわず、と読み、思わずの意。
四九、このような事を繰り返えし繰り返えしいうのも、子供達の将来の道筋を心配するから、予め用心するように説き諭しているのである。
五一、五二、この度の親神の仕事について、しっかり神意のある処を聴いてもらいたい。決して、皆々にとって悪いような事はしない。親神は、どうかして珍らしいたすけをば人々に体得させたいが為めに、取り掛かった仕事なのである。
五三、今までとは違って、今後は心をしっかりと入れ替えて、陽気ずくめの心になるようにせよ。
五四、五五、この陽気ずくめの心に、どうしてなる事が出来るのかしら、と思うであろうが、親神が体内に入り込んだならば、人々は日に日に自づから心が勇んで来て、陽気ずくめの心になる。
五六、親神の方から、日々心を勇めてかかって、だんだんとこの世を陽気ずくめの世界とする。
五七、この話をお前達は何と思って聞いているか、親神はたすけ一条の段取りばかりを急いでいるのである。
五九、六〇、今年から向う七十年間、夫婦とも病気にもならず老衰もせずして暮す事が出来たならば、それより以上の楽しみは無いであろうがな。これをば、心から楽しんでいるがよい。
註 ふうふうともとは、秀司先生夫妻を仰せられたものである。これを以て観ると、当時、教祖様が如何にお二人に対してその心を励まし、且つその心の目覚を促される事の切なものがあったかを、察知する事が出来る。
六二、このように見えて無い事ばかりいうが今後を見ているがよい。親神のいう事は、将来皆、真実にその通りになって来る。
六三、何といっても、今までに無い珍らしいたすけをするのであるから、どのような話も皆今までに無い事ばかりいう。
六四、如何に無い事ばかりいうたとても、これから先を見ているがよい。親神のいう事は皆その通りに現れて来るから不思議である。
六五、現在悩んでいるのは辛いであろうけれども、この悩みによって心を入替え親神のいう通りにして行けば、これから先は心楽しみである。
註 いまなるのなやみ、秀司先生御夫婦の何れかが当時御身上であったものと拝察される。
六六、このような話を繰り返えし繰り返えし説いて聞かせるというのは、これは未来永ごうに伝えられてたすけ一条の手本となるべきこふきだからである。
六七、六八、親神が、この度元のぢばに現れて、何事も皆話するというのは、一列人間に総ての真実を皆次々と知らせたいからであって、こうして親神のたすけ一条の真実を皆教えてにほんに現れ未来永ごうに伝えられて、一列たすけの手本雛形となるべきこふきを皆こしらえる。 第五号三一註参照。
六九〜七二、この世の初まり出しは大和であって、その中の山辺郡庄屋敷村である。その庄屋敷村の中山氏という屋敷に、人間創造の道具の理を体した者が見える。この道具とは、いざなぎのみこと、いざなみのみこと、くにさづちのみこと、月よみのみことである。親神はこれを見澄まし旬刻限と共に元なるぢばに天降り、教祖を月日のやしろとしてたすけ一条の真実を、何も彼も皆仕込む段取りに取り掛かって来た。
註 教祖様は、このお道をお創め下さるに就て、言うにいえぬ産みの苦しみをおなめ下され、夫善兵衛様また一家を捧げて教祖様のたすけ一条の教の創始に協力するという、並々ならぬ御心労をお通り下された。又秀司先生は、貧困の中に家計を支え、又世間の迫害嘲笑に対しては百方手段を尽して道の立つように努力せられ、こかん様は母を慰め兄を励まし、よく一家の和楽を保って、お道のため一方ならぬ辛酸をなめて下された。これ実に、それぞれ人間創造の御守護の理の一つ一つを身に体しておられたからであって、ここに親神様の深い々々神慮の程を拝察することが出来る。
第六号二九〜五一註参照。
七三、七四、このぢばに於て何事をするのも、それは、人がするのではない。皆親神のする事である。又如何な事をいうのも、それは、人がいうのではない皆親神のいう事である。人が勝手にしたりいったりしていると思うならば、側の者よ、だれでもまねをして見るがよい。決して出来ないであろう。
七五、親神がこの世を創造してから今日まで、未だかつてこのような本真実の話をした事は無い。本号六九〜七二参照。
七七、銘々の人間心からいうていると思ってはならぬ。皆、親神の思い通りに言わせているのである。
七八、何時ぢばへ帰って来ても、銘々の人間心からとは決して思うてはならぬ。
七九、どのような者でも心の底から納得さして帰るであろう。これも皆親神が言わせて説き諭すからである。しっかり見ているように。
八〇、どれ程力の強い者も、さかしい者も親神の心には刃向かうべくも無くただ心から懐き慕うばかりである。
註 こふてきは、剛的で力の強い者の事、はつめは、発明な者で悧功者の事。即ち如何に腕自慢な剛者でも、知恵自慢の知者でも、親神様の自由自在のお働き及び深遠な御意図には、到底及ばないと仰せられているのである。

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posted by 朱夏 at 11:14| Comment(0) | TrackBack(0) | おふでさき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月10日

おふでさき第十号。

おふでさき第十号は、明治8年6月にお記し下さいました。
104首あり、教祖(おやさま)78歳の御時です。

おふでさき第十号は第九号と同じ明治8年6月に御執筆されたもので、その内容も第九号に引き続き、 神のお働きを中心に、布教伝道について記されています。
また第九号では「とびでる」準備が記されていましたが、第十号では布教の大要が記されています。

おふでさき拝読の留意点は、「天理教勉強blog: おふでさきを身近に。」をご参照下さい。

また、より詳しく知りたい教語が見つかりましたら、検索機能天理教用語解説カテゴリの記事をご参照下さい。





<おふでさき第十号>
001 しんぢつの心月日がみさだめて 天よりわたすあたゑなるのわ
002 一寸したる事とハさらにをもうなよ 天よりふかいをもハくがある
003 このはなしどふゆう事であろふなら からてんぢくも心すまして
004 この心どふしてすます事ならば 月日とびでゝあゝちこゝちと
005 だん/\と月日たいない入こんで ぢうよぢざいをしてかゝるでな
006 したるならなんぼからやとゆうたとて にほんのものにこれハかなわん
007 にち/\にみへるところでとくしんせ なんどきどんなはなしきくやら
008 どのよふなはなしきいてもさきいより これわ月日のはなしなるのや
009 これからハにほんのものハたん/\と 月日ひきたてこれをみていよ
010 なにもかもどのよな事もみなをしへ しらん事をハないよふにする
011 にほんにハはしらをたてた事ならば やまずしなすによハりなきよに
012 いまゝでハからやとゆうてはびかりて まゝにしていたこんどかやしを
013 このはなしたれにどふせとゆうでなし 月日とびでゝまゝにするなり
014 これまでも月日をしらんものハない なれとほんもとしりたものなし
015 このたびハどのよな事もしんぢつを ゆうてきかしてたすけいそぐで
016 このひがらいつころなるとゆうならば たあのしゆりをしまいしだいに
017 それからハなにかめづらしみちになる つとめのにんぢうみなよりてくる
018 たん/\とにち/\心いさむでな なんとやまとハゑらいほふねん
019 にち/\にはやくつとめをせきこめよ いかなるなんもみなのがれるで
020 とのよふなむつかしくなるやまいでも つとめ一ぢよてみなたすかるで
021 つとめでもどふゆうつとめするならば かんろふだいのつとめいちゞよ
022 このたいをどふゆう事にをもうかな これにいほんのをやであるぞや
023 これさいかまことしんぢつをもうなら 月日みハけてみなひきうける
024 月日よりひきうけするとゆうからわ せんに一つもちがう事なし

〜内容の区切りと思われる〜

025 このはなしどふゆう事にきいている かんろふだいのつとめなるのわ
026 一寸したるつとめなるとハをもうなよ 三十六人にんがほしいで
027 そのうちになりものいれて十九人 かぐらづとめの人ぢうほしいで
028 しんぢつに心さだめてしやんせよ とりつぎの人しかとたのむで
029 このだいをこしらゑよとてたん/\に 月日人ぢうのもよふするなり
030 人ぢうがしかとよりたる事ならば そのまゝだいもでける事やで
031 このみちハどふゆう事であるならば 月日つとめのてゑをふしへて
032 それよりも月日一れつせかゑぢう つれてゞたならひとりでけるで
033 これさいかたしかにでけた事ならば 月々つとめちがう事なし
034 つとめさいちがハんよふになあたなら 天のあたゑもちがう事なし
035 このみちハまことしんぢつむつかしい みちであるぞやみなしやんせよ
036 この人ぢうどこにあるやらしろまいな 月日みわけてみなひきよせる
037 どのよふなところのものとゆうたとて 月日ぢうよふしてみせるでな
038 だん/\と人ぢうそろふたそのゆへで しんぢつをみてやくわりをする
039 やくハりもどふゆう事であるならば かぐら十人あといなりもの
040 これさいかはやくしいかりそろたなら どんな事でもでけん事なし

〜内容の区切りと思われる〜

041 けふからハだん/\もんくかハるでな いまゝでしらん事ばかりゆう
042 いまゝでもどのよなみちもあるけれど 月日をしへん事わないぞや
043 月日よりたいてへなにもだん/\と をしゑてきたる事であれども
044 このたびハまたそのゆへのしらん事 なにもしんぢつみなゆてきかす
045 これまでハからやとゆうてはびかりた これも月日がをしへきたるで
046 このたびハ月日元ゑとたちかいり 木のねしいかりみなあらハすで
047 このよふの元をしいかりしりたもの どこのものでもさらにあるまい
048 しんぢつにこの元さいかしいかりと しりたるならばどこいいたとて
049 このはなしなんとをもふてきいている これとりつぎにしこみたいのや
050 どのよふな事を月日のをもうにハ にんけんもとをこれせかゑぢうへ
051 はや/\とこのしんちつを一れつに しらしたるならはなしハかるで
052 いかほどにはなしをといてきかしても もとをしらしてをかん事にハ
053 もとさいかしいかりゆうてをいたなら なにをゆうてもみなきゝハける
054 このよふのぢいと天とハぢつのをや それよりでけたにんけんである
055 これからハからもにほんもしらん事 ばかりゆうぞやしかときくなり
056 どのよふな事もしらんとゆハんよふ みな一れつにしこみたいから

〜内容の区切りと思われる〜

057 にち/\に月日の心をもうにわ をゝくの人のむねのうちをば
058 この心どふしたならばわかるやら どふどはやくにこれをわけたい
059 せかいぢうしんぢつよりもむねのうち わかりたならば月日たのしみ
060 それからハ一れつなるのむねのうち わかりたならば月日それより
061 だん/\とにち/\心いさめかけ よふきづくめをみなにをしへて
062 せかいぢうをふくの人のむねのうち みなすましたる事であるなら
063 それよりも月日の心いさみでゝ どんな事でもみなをしゑるで
064 とのよふな事でも月日しんぢつに みな一れつにをしゑたいのや
065 しんぢつの心がほしい月日にわ どんな事でもしこみたいから
066 このはなしなにをしこむとをもうかな これからさきのよろづみちすじ
067 けふまてハなによの事もみへねども ひがちかづけばひとりみへるで
068 とのよふな事もやまいとをもうなよ なにかよろづハ月日ていりや
069 月日よりにち/\心せきこんで どんなもよふをするやしれんで
070 せきこみもなにの事やらしろまいな かんろふだいのもよふばかりを
071 にち/\にみのうちさハりついたなら これハ月日のていりなるかよ
072 だん/\とみすますところせかいぢう きのどくなからもんくかへたい
073 しやんせよくちでなに事ゆうたとて たしかなしよこなくばいかんで
074 月日よりたいないよりも入こんで ぢうよぢざいのさしずしよこや
075 それゆへにいまゝでどこにない事を ばかりゆううてはじめかけるで
076 いまゝでもない事ばかりゆうのもな これも月日のみなをしへやで
077 このたびのかんろふたいとゆうのもな これもいまゝでしらん事やで
078 どのよふな事をゆうのもみな月日 しらん事をばをしゑたいから

〜内容の区切りと思われる〜

079 このやしきかんろふだいをすへるのハ にんけんはじめかけたしよこふ
080 なに事もみなこのとふりはちめかけ せかいぢううの心すまする
081 にち/\になんでもせかい一れつを いさめるもよふばかりするぞや
082 だん/\とせかいの心いさむなら りうけもろともみないさみでる
083 この心どふしていさむ事ならば 月日にんそくつれてゞるぞや
084 それまでにあゝちこふちとどのよふな はなしだん/\みなきくであろ
085 どのよふなはなしきくのもみなさきい ゆうてあるぞやしやんしてみよ
086 月日にハなにをだん/\ゆハれると をもうてあろをさきのたのしみ
087 なに事も月日の心をもうにわ にほんにこふきほしい事から
088 にほんにもこふきをたしかこしらへて それひろめたらからハまゝなり
089 このはなしなんとをもふてみなのもの にほんのものハみなわが事や
090 それしらずなんとをもふて上たるハ むねがわからん月日さんねん
091 このところどのよなこふきしたるとも これハにほんのたからなるぞや
092 一れつの心さだめてしやんせよ はやくこふきをまつよふにせよ
093 しんぢつのこふきがでけた事ならば どんな事でも月日ひろめる
094 月日よりひろめをするとゆうたとて みなの心ハしよちでけまい
095 それゆへにとりつきよりにしいかりと たのみをくからしよちしていよ
096 このひがらこくけんきたる事ならば なんどき月日どこいゝくやら
097 にち/\にとりつぎの人しいかりと 心しづめてはやくかゝれよ
098 このみちハどふゆう事にみなのもの をもているやら一寸にわからん
099 月日にハなんでもかでもしんぢつを 心しいかりとふりぬけるで
100 このみちを上ゑぬけたる事ならば ぢうよぢざいのはたらきをする
101 月日よりこのはたらきをしかけたら いかなこふてきたるとゆうても
102 心よりしんぢつハかりすみきりて とんな事でもをやにもたれる
103 このさきハせかへぢううハどこまでも よふきづくめにみなしてかゝる
104 たん/\とこのみちすじのよふたいハ みなハが事とをもてしやんせ


<おふでさき註釈>
一、真実の心を見定めて親神が天から渡す天の与えとは、如何な意義のあるものかということ。
二、これは、一寸した何でもない事とは決して思うてはならぬ。親神に深い考えがあって渡すものである。
三、親神のこの話は、どういう事であるかといえば、世界中どこどこまでも、未だ親神の教を知らない人々の心を皆一列に澄ましてかかるという話である。
註 から 第二号四七註参照。 てんぢく 最もおくれて神意の行きわたる所の意。
四、五、このように、世界中の人々の心をどうして澄ますかというと、親神が進み出て行って、彼処ここと、次々に人々の身のうちに入り込んで、自由自在の守護をしてかかるのである。
六、そうしたならば、今まで未だ親神の教を知らず、人間心で威張っていた者も、親神の真意を悟った者に、心から懷き慕うて来るようになる。
七、いつどのような話を聴くかもしれないが、日々現れる親神の守護を見て得心せよ。
八、人間では一寸想像もつかぬような話を聞いても、それは皆、親神が前以て話して聞かせて置く事である。
九、一〇、これからは親神の真意を了解してついて来る者には、だんだんと何も彼も教えて、何でも知らぬ事は無いというようにする。
一一、やまとのぢばにかんろだいを建てたならば、病に悩んだり若死にしたり弱ったりするような事は無くなって了う。
註 第三号九九、一〇〇、第四号三七、第八号七九註参照。
一二、一三、今までは、人間心のままに、気隨気ままに振舞うていたのであるが、今度そのかやしをする。それも、人間に命じてどうせこうせというのではなく、親神自ら表へ現れて自由自在の守護をする。
一四、これまでからも、月日を知らぬ者は無いが、これが天に現れた親神の姿であり、この親神が万物を創造し守護しているのだ、という事を知った者は無い。
一六、註 たあのしゆり 庄屋敷附近で稻苗を植え付けて後、田の修理即ち除草、中耕は大体三回位で、第二回は土用の入りころ、第三回の済むのはお天気次第で一定せぬが、順調にゆくと大体土用の終るころ、即ち立秋前後である。立秋は、陰暦で七月の節、陽暦で八月七日にあたる。
一七、親神の守護が現れて来れば、だんだん珍しい道となって、つとめの人衆も皆そろうて来る。
一八、それから先は、次第に日一日と心が勇んで来て、親神の恵が世界に充ちあふれ、大和は、ぢばを慕って帰り来る人々によってにぎわしくなる。
註 ほふねんは、豊年の意。
二二、この台をどう思っているか、この台は、にほんの親である程に。
註 この世の初め、親神様は元なるぢばで人間を宿し込まれた。その証拠にひのもと庄屋敷のぢばにかんろだいを建てられる。従って、この台は、にほんはもとより、世界一列の生命の根元であり、靈救の源泉である。本号七九、及第十七号二〜九参照。
二三、真からこの理を了得し、これを信奉するならば、親神は、その者の心を見定めてどんな守護でも皆引き受ける。
二五〜二七、この話をどういうふうに聞いているか。このかんろだいのつとめというのは、一寸したつとめと思ってはならない。てをどりの人衆が三十六人、更にかぐら十人、鳴物九人、合わせて十九人のかぐらづとめの人衆がほしい。
二六、二七、註 親神様の仰せられたつとめ人衆とは
かぐら  十 人
鳴 物  九 人
手 踊 三十六人(六人一組)
なおこの外に、がくにん二十人
と仰せられ、計七十五人である。
二八、取次の者は、しっかりと心を定めて、この親神の意のある処を悟り、かんろだいのつとめの準備に力を入れてくれ。
二九 かんろだい建設の第一歩として、親神はつとめ人衆をそろえる段取りに取り掛かっている。
三〇、つとめ人衆が確かにそろうたならば、おのずとかんろだいも建てられるようになる。
三一、三二、その手順はどうかというと、先ず、親神がこのつとめの手を教えて、その教えられた者が、親神の指図によって世界中に手をつけて回れば、自然とかんろだいが出来て来る。
三三、かんろだいが建設されつとめの手が確かについて来たならば、月々のつとめも間違なく行う事が出来るようになる。
三四、月々のつとめさえ間違いなく行うようになったならば、天の与えも確かに授ける。
三五、この道は誠真実の道であって、澄み切った誠の心になって親神の真実を悟るのは、なかなか容易ではないが、親心さえ悟れたら、まことに楽しい道である。この事を、皆よく思案するように。
三六、このつとめ人衆に選ばれる者は、何処のだれであるかは人間には分かるまいが、親神が、人間の心を見分けて皆引き寄せる。
三七、親神がつとめ人衆として引き寄せようと思えば、いずこ如何なる所の者でも、親神の自由によって皆引き寄せる。
三八、だんだんとつとめ人衆がそろうて来たならば、その上で人々の真実を見定めて、つとめの役割をする。
三九、註 本号二六、二七註参照。
四二、今までにもいろいろな教はあるが、これ等は皆、親神が人間の成人に応じて教えて来たものばかりである。
四三、四四、親神が、人間の成人に応じて、これまでいろいろと大抵の事は教えて来たのではあるが、この度は、教え残して置いた、最も重要なこの世の真実根本について説き諭しする。
四五、今日までは、親神の心を知らずとも、ただ知恵や技術さえあればよいと思って、知恵や力のすぐれた者が威張って来たが、これも、親神が人間の成人に応じて仕込んで来た道すがらである。
四六、この度は、親神が根元へ立ち還って、たすけ一条の真実を、しっかりと表へ現すであろう。
四七、この世の元初りが月日両神であるという事を、しっかり知っている者は、広い世界にだれもあるまい。
四八、真に親神のこの世人間創造の真実が心に治まりさえしたならば、どこへ行っても、おめ恐れも無く安心なものである。
四九、この話を何と思うて聴いているか、これを取次の者達に、しつかり仕込みたいからである。
五〇、どのような事を親神が思っているかというと、人間創造の根本を世界一列に教えたい、と念じているのである。
五一、人間をつくり始めた真実の話を、世界一列の人間に説いて聴かしたならば、あとはどんな事でも皆分かるようになる。
五二、どんなに話を説いて聞かしても、先ず、元初まりは月日であるという事が分かって来なければ、何事も会得出来るものではない。
五三、元初まりは月日であるという事を、しっかり教えておいたならば、どんな事をいうても皆聴き分けの出来るものである。
五四、天地は、人間の真実の親である、くにとこたちのみこと、おもたりのみことの理の現れであって、一列人間は、親神の守護によってこの天地の間に生まれて来たのであるから、世界中の人間は皆、親神の可愛いい子供、人間同志は皆兄弟姉妹である。
註 天は月様くにとこたちのみこと、地は日様をもたりのみことの御理である。この世の初め月日両神がいざなぎのみこと、いざなみのみことに入り込んで人間世界をお造り下された。この月日両神の御理は、現に天地とお現れ下され、人は天地の間に生をうけて生まれて来る。即ち、天地は人間の真実の親である。人間は天地抱き合せの親神様の懐住居をさせて頂き、日夜親神様の御守護を頂いて暮らしているのである。お勤のお歌に
このよのぢいとてんとをかたどりて、
ふうふをこしらへきたるでな、
これハこのよのはじめだし
と、仰せ下されているのは、この意である。
五五、五六、これからは、世界中に於てだれにも知られていない話ばかりするが、これも、何知らんという事のないように、世界一列の子供によろづ委細を教え度い故であるから、人間は皆、親神の世界一列をひとしく可愛いい子供と視る別け隔てのない親心の程をよく悟って、親神のいう事をしっかり聴いてもらいたい。
註 からもにほんも差別の無いのが親心の真実である。即ち、一列人間の親でいらっしゃる親神様のお目から見れば、にほんもからも広い世界中は皆可愛いい子供の住む所、先に生れた者も後に生れた者も、皆一様に可愛いい子供である。又親神様のお心を悟ってついて来る者も、反対する者も、皆可愛いい子供である。即ち究極に於て世界一列の人間を皆一様に救けたいというのが、親神様のたすけ一条の真意義である。にほんとからに関して第二号以来お説き下さって来た神意の結論はここにある。第二号四七註参照。
五七、五八、親神の日々念願している事は、世界中の多くの人間の心のうちをば、どうしたならば澄ます事が出来ようか。何とかして、一日も早く一列人間の心を澄ましたいという事である。
五九、世界中の人間の心が、本当に奥底から澄み切って来たならば、親神の楽しみはこれに越した事はない。
六〇、六一、一列の人間の胸のうちが澄んで来たなら、それから先は、段々と人間の心を勇めかけて、この世を陽気づくめの世界になるよう教えてゆこう。
六二、六三、世界中の多くの人間の胸のうちが、皆澄み切って来たならば、自然と、親神の心も勇み立って、どんな事でも教える程に。
六四、親神は、どんな事でも皆本真実を、可愛いい子供である世界一列の人間に教えたいのである。
六五、親神は、どんな事でも仕込んで置きたいと思うているから、皆、真実の心になって親神の話を聴いてもらいたい。
六七、今日までは、何事も分からなかったけれども、だんだん時機が迫って来ると、自然に道筋が明らかに悟れるようになって来る。
七〇、急き込みというただけでは何の事かわかるまいが、親神は、かんろだい建設の段取りばかりを急いでいる。
七二、だんだんと世界中を見澄まして行けば、実に不びんなものが多いから、何とかして世の中の有様を変えたい。
七三、考えてもみよ、ただ口先でどんな事をいうていても、確かな証拠がなければ、信じられるものではない。
七四、教祖の身体を親神のやしろとして、自由自在に数々の指図をしている。これが、何よりの証拠である。
七九、この屋敷にかんろだいをすえるのは、元々ぢばで人間を創めかけた証拠としてである。
八〇、何事も皆この通りに、創世の理により確かな証拠を以てこの教を創始して、やがては世界中の人間の心を澄み渡らせる。
八一、親神は、日々に何としてでも世界一列の人間の心を勇めたいと、専らその段取りばかりに意を用いている。
八二、だんだんと世界中の人間の心が勇み立って来たならば、農作物もそれにつれて勇み出て十分みのり豊作となる。
八三、世界中の人間の心が、どうして勇み立って来るかというと、親神が神の用人を連れて世界中到らぬくまなく出掛けて行って、世界中の人間の心を勇めかけるからである。
註 にんそくは、たすけ一条の上に親神様の手足となって、世界一列を救けてまわる者達の意。
八四、八五、あちらからもこちらからも、いろいろな話を聞く事であろうが、どんな話も皆、親神が先に説いて聴かせてある事ばかりである。よく思案してみよ。
八六、親神は何故あんな事をいわれるのか、と思うであろうが、これが先になって楽しみの道となるのである。
八七、八八、親神は、人間を創め出したぢばのある所に、こふきを作って置きたいと思って、いろいろと心を碎いている。にほんにたすけ一条のこふきが出来て、これを世界の人間に知らせさえしたならば、親神の真意の未だ知られていなかった処へも、自由自在に神意を行きわたらせ、世界一列の心を澄ます。
註 第五号三一註、本号五五〜六五参照。
八九、九〇、このこふきを作るという事は、にほんのものにとっては皆これ我が事であるものを、どう思うて聞いているのか。この親神の心を、上に立つ者が分からずにいるのが、如何にももどかしい。
註 第二号四七註、本号五五〜六五参照。
九一、ぢばで出来るこふきはどのようなこふきも皆、親神の心に基いて出来るのであるから、これはにほんの宝である。
九二、人々は心を定め思案して、早くこふきの出来るように待ち望むがよい。
九四、親神が、このこふきを世界に弘めるというても、そういうただけでは、どうして弘めるのか、人間の心には得心が行かぬであろう。
九五、それで、取次の者に、このこふきを世界に伝えるよう、しっかり頼んで置くから、よく承知して置くように。
九六、こふきが出来て、これを弘めるべき時機が来たならば、いつ何時親神が何処へ飛出して行くか分からぬ。
九七、日々に取次の者はしっかり心を鎮めて、一日も早くこのこふきを弘めるよう準備に着手せよ。
九九、親神は、どうでもこうでもたすけ一条の真実を立て切って、凡ゆる難関を切り抜けて、この真実の教を弘める程に。
一〇〇、上に立つ者達に、この教を了解させたならば、それから先は、親神が自由自在の働きをして見せるであろう。
一〇一、一〇ニ、親神のこの自由自在の働きが現れて来たならば、どんな頑強な反対者でも、真底から親神の真実を了解し、心澄み切って何事も皆親にもたれて来る。
一〇三、これから先は、世界中何処々々までも、すべて陽気づくめの楽しい世界として行く。
一〇四、この教を世界に弘めて行く上について、どんな事が起こって来ようが、すべて我が事をなす心になって、よく思案して働くようにせよ

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posted by 朱夏 at 21:36| Comment(0) | TrackBack(0) | おふでさき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月04日

おふでさき第九号。

おふでさき第九号は、明治8年6月にお記し下さいました。
64首あり、教祖(おやさま)78歳の御時です。

おふでさき第九号では、布教伝道を神様の御立場から述べられた内容が記されています。
特にその準備として、「やしろ」と「かんろだい」について記されています。

おふでさき拝読の留意点は、「天理教勉強blog: おふでさきを身近に。」をご参照下さい。

また、より詳しく知りたい教語が見つかりましたら、検索機能天理教用語解説カテゴリの記事をご参照下さい。





<おふでさき第九号>
001 いまゝでハなにをゆうてもにんけんの 心のよふにをもていたれど
002 このたびハなにをゆうてもにんけんの 心あるとハさらにをもうな
003 どのよふな事でもしかときいてくれ にんけん心さらにまぜんで
004 月日よりどのよな事もしいかりと ゆいかけるでなこれきいてくれ
005 月日よりやしろとなるを二人とも べつまへだてゝをいてもろたら
006 なにゆうもそれよりしかとうけよふて たすけするぞやしかとみていよ
007 このさきハどのよなたすけするのもな みなうけやうのもとであるから
008 どのよふな事をゆうてもけさんよふ たしかきゝすみしよちしてくれ
009 このさきハどんなむつかしやまいでも みなうけよふてたすけするぞや
010 にんけんにやまいとゆうてないけれど このよはじまりしりたものなし
011 この事をしらしたいからたん/\と しゆりやこゑにいしやくすりを
012 これからハなにかよろづをみなとくで どんな事でもしかときくなり
013 これまでもたいてはなしもといたれど まだゆうてないしんぢつの事
014 けふからハどのよな事をゆうやらな 月日の心まことせきこみ
015 にち/\になにせきこむとゆうならば 月日とびでるもよふばかりを
016 このはなししいかりきいてしよちせよ どんな事をばするやしれんで
017 このさきのみちのよふだいしいかりと きゝわけてくれ月日たのみや
018 月日よりとびでた事をきいたなら かんろふだいをばやくだすよふ
019 かんろたいすへるところをしいかりと ぢばのところを心づもりを
020 これさいかたしかさだめてをいたなら とんな事でもあふなきハない
021 月日よりとびでるところ一寸はなし 高いところやとふいところい
022 そのはなしきいたるならば一れつわ なんと月日ハゑらいものやと
023 せかいぢうみなたん/\とゆうてあろ その日きたればむねかはれるで
024 いまゝでハ三十八ねんいせんから むねのさんねんまこときのどく

〜内容の区切りと思われる〜

025 このたびハどのよな事もしいかりと みな一れつにしらす事なり
026 しらするもなにしらするとをもうかな もとなるをやをたしかしらする
027 このよふな事をゆいかけしらするも なんの事やらたれもしろまい
028 このよふを一れつなるにしんちつを たすけたいからしらしかけるで
029 いまゝでにないたすけをばするからハ もとをしらさん事にをいてわ
030 いまゝでもしらぬ事をばをしへるハ もとなるをやふたしかしらする
031 元なるのをやふたしかにしりたなら とんな事でもみなひきうける
032 このはなしたれがゆうとハをもうなよ 月日の心ばかりなるぞや
033 よろづよのせかい一れつみハたせよ やまいとゆうもいろ/\にある
034 このたびハどんなむつかしやまいでも うけよてたすけかでんをしゑる
035 これからハたしかにやくみゆてきかす なにをゆうてもしよちしてくれ
036 このたびのなやむところハつらかろふ あとのところのたのしみをみよ
037 さきよりにせへいゝばいにことハりが ゆうてあるぞやしやんしてみよ
038 どのよふな事をするにもさきいより ことわりたゆへかゝるしことや
039 このはなしどふゆう事にをもうかな 月日ぢうよふしらしたいゆゑ
040 しんぢつにこの一ぢよふはや/\と 月日の心せへていれども
041 そばなるにいかほど月日たのんでも きゝわけがないなんとさんねん
042 どのよふな事をゆうてもいまの事 なにをゆうとハさらにをもうな
043 だん/\となにのはなしをするにもな さきなる事をばかりゆてをく

〜内容の区切りと思われる〜

044 これからハなにのはなしをするならば かんろふだいのはなし一ぢよ
045 いまなるのかんろふだいとゆうのハな 一寸のしながたまでの事やで
046 これからハだん/\しかとゆてきかす かんろふだいのもよふばかりを
047 このだいをすこしほりこみさしハたし 三尺にして六かくにせよ
048 いまゝでにいろ/\はなしといたるハ このだいすへるもよふばかりで
049 これさいかしいかりすへてをいたなら なにもこわみもあふなきもない
050 月日よりさしずばかりでした事を これとめたならハがみとまるで
051 これをみてまことしんぢつけへこふと これハ月日のをしゑなるかよ
052 このだいがでけたちしだいつとめする どんな事でもかなハんでなし
053 このだいもいつどふせへとゆハんでな でけたちたならつとめするぞや
054 これさいかつとめにかゝりでたならば なにかなハんとゆうでないぞや
055 これをみよたしかに月日ぢきもつの あたゑしいかりたしかわたする
056 とのよふな事でもたしかしんちつの しよこなけねばあやうきい事
057 これからハとのよな事もだん/\と こまかしくとくこれそむくなよ
058 このはなしなにをゆうやとをもうなよ かんろふだいのもよふ一ぢよ
059 このだいもたん/\/\とつみあけて またそのゆへハ二尺四すんに
060 そのうゑゝひらばちのせてをいたなら それよりたしかぢきもつをやろ
061 ぢきもつをたれにあたへる事ならば このよはじめたをやにわたする
062 天よりにあたへをもらうそのをやの 心をたれかしりたものなし
063 月日よりたしかに心みさだめて それよりハたすぢきもつの事
064 月日にハこれをハたしてをいたなら あとハをやより心したいに



<おふでさき註釈>
一〜四、註 第七号五二〜五六参照。
五、六、親神がやしろとしてもらい受けている者を二人とも、別間に置いてもろうたならば、何を願うて来ても、それから先は必ず請け合うて、たすけするから、これから先をしっかり見ていよ。
註 二人ともは、教祖様とこかん様を指して仰せられている。
七、八、九、この事は、今後どのような珍らしいたすけも皆請け合うてする根本であるから、親神のいう事は、どのような事でも皆、消さぬようにして確かに承知して実行してもらいたい。そうしたならば、これから先は、どのような難病重病でも皆請け合うて必ずたすけする。
一〇、人間には病気というものは無いのであるが、親神の世界人類創造の真実を知らぬから、その無知ゆえに、つい心にほこりをつけて身上障りとなるのである。
一一、陽気遊山を理想として人間を創造した親神の真実を、一列人間に知らせたさに、その緒口として先ずぼつぼつと修理や肥として医薬の道を教えて来たのである。
註 しゆりやこゑは、修理、肥の意、農事に託しての比ゆであって、親神様の慈悲をお知らせ下さる為の心の仕込みの意。
一三、今までに既に親神の意中は大体説いて来たが、未だ説いていない真実の事があるから、これからそれを説いて聴かせる。
一四、今日からどんな話をするか分からぬが、親神の心は大そう急き込んでいるから、その積りで、しっかりと聴くようにせよ。
一五、註 第二号一、に仰せられたように、往還の道に早く出る事を親神様はお急き下されている。故に教祖様がおぢばにじっとしていて教をお説きになっているだけでは、なかなか世界に道をつける事はむつかしい。そこで親神が自ら高い所や遠い所へ進み出て、世界にこの道をひろく伝える、とお急き込み下されたのである。この以前に於て教祖様が圓照寺で(山村御殿)へ召喚を受けられたのも、親神の道を普く世上に知らしめようとする神意に外ならなかった。又、第五号五九のお歌に、
このとこへよびにくるのもでゝくるも 神のをもハくあるからの事
と、仰せられたように、警官の干渉も拘留も皆、親神が進み出てお働き下さる下準備と知るのである。
一七、たすけ一条の道の将来の有様を、しっかりと聴き分けてくれ、これを親神が頼み置くぞ。
一八、成程親神が自ら進み出て働かれたという事を感じたならば、かんろだいを一日も早く建てるようにせよ。
一九、註 かんろだいをすえる位置を定められたのは、明治八年陰暦五月二十六日である。これより先明治六年には飯降翁に命じて模型のかんろだいをお作らせになっている。(本号四五参照。)神意は既にその当時からかんろだいの建設をお急ぎになっているのである。本歌の大意は、かんろだいを建設すべき場所を神意のままに定めてあるから、その基礎工事の心積もりをせよ、とお急き込みになっているのである。
二一、親神が進み出て何処へ行って働きを現すかをいうて置こう。それは上に立つ人々の所や、遠い遠い所へ飛び出て行くのであって、こうして親神は、自由自在の守護を現して、上流社会や遠隔の地に、この道をつける。
二二、親神が自ら進み出ての目覚しい働きを聞いたならば、一列は、何と親神の働きは偉いものであるなあ、と感心するであろう。
二三、こうして、親神の神意は世界中の人間に了得されて、一列は、口々にその徳を称えるようになるであろう。その時になれば、始めてうっ積した思いが晴れ渡るのである。
二四、三十八年以前から今日に至るまで、暗がりの道中を通らせて、苦労難儀の苦しみばかりさせ残念な思いをさせた事を、親神はまことに気の毒に思っている。
註 三十八ねんは、第七号一註参照。
二六、知らせるというのも、何を知らせると思うか、それは元の親を確かに知らせる。
註 もとなるをやとは、教祖様をお指しになっている。教祖様は親神様のやしろとして、親神様の理を受け、人間創造の理によってこの教をお創め下された。
二七、このような事を説いて教えるというのも、何の為にいうているのかだれも親神の意中は分るまい。
二八、この世の一列の子供を救けたい一条で、深い親神の真意の程を知らせかけるのである。
二九、この世始まってからかつてないたすけをするからには、その元の理を明らかにしなければ、末の話をする事は出来ない。
三〇、今日までだれ一人として知らぬ事を教えるからには、先ず元の親を確に知らせる。
註 もとなるをや 元の親、月日両神は、この度教祖様をやしろとしてお現れになっている。親神様の理をお受けになっている教祖様こそ、この世の元の親である。
三一、元の親を確かに知ったならば、どんな願でも皆引き受けて救けよう。
註 本歌は、月日のやしろたる教祖様を真に親と信ずるならば、如何な霊救も心次第である事をお教え下されている。
三二、この話は人間がいうとは思うでない。親神が、子供可愛いい一心から説いて聞かせる事である。
三四、註 かでんは、家伝で、他の教では求める事の出来ない真実のたすけ一条の意。
三五、註 やくみは、薬味で、救ける道を薬にたとえて仰せられたものである。
三六〜三九、註 この四首はこかん様に就いて仰せられたものである。第十一号二五〜四〇総註参照。さきいよりは、前々からの意。
四〇、四一、この親神の真意を一日も早く知らせてやりたい一心から、親神は急き込んで、いろいろといい聴かせているのであるが、どれ程親神が頼むようにして懇々と説き聴かせても、側の者は一向に承知してくれないのが、実にもどかしくて堪らない。
四二、四三、
今だんだんと説いて聞かせている事は、現在目の前の事をいうと思うてはならぬ、これから先の事ばかりをいうて置くのである。
四五、註 いまなるのかんろふだいとは、明治六年飯降翁に命じて造らしめられた木製模型のかんろだいを指されたものである。
四七、註 本歌から六四に到るお歌はかんろだいに就いて述べられたものである。その形は、最下の台は径三尺にして六角、高さ八寸、二段目は径二尺四寸にして同じく六角、高さは八寸、三段目以上は径一尺二寸、六角、高さ六寸の石を十段積み上げる。そして、その上には径二尺四寸、六角、高さ六寸のものを重ねるのであるが、各段の中心には深さ五分の穴を穿ち、径三寸丸、長さ五分の『ほぞ』を上からはめ込むのである。この台の最上に五升入りの平鉢をのせられる。このかんろだいは、人間を最初に宿し込んだ証拠として、元の親里なるぢばに建設せられるのである。
四八、今までに種々様々と説いて来たのは、一日も早くこの台をぢばにすえたい為の段取りからである。
四九、かんろだいさえしっかりと元なるぢばにすえて置いたならば、何の怖い事も危い事もない。
五〇、かんろだい建設の段取りは、専ら親神の指図でしている事であるから、もしこの仕事を妨げる者があるならば、息の根が止って了うであろう。
五一、かんろだいの建てられる有様を見て、これは本当に結構な事である、うれしい事である、成程真実の親神の教であるといって、多くの人々がぢばをしとうて帰って来るようになる。
註 けへこふは、結構即ち忝いの意。
五二、かんろだいが完成したならば、直ぐによふきづとめに取り掛かる。そうなると、どんな願でもかなわぬ事はない。
五三、かんろだいの建設は、いつどうせえと一々工程に日限をつける訳ではないが、竣工次第直ちによふきづとめに取り掛かる。
五四、かんろだいをめぐって親神の定めたよふきづとめを行うようになると、どんな願でもかなわぬという事はない。
五五、しっかりと見ていよ。親神が、じきもつの与えを確かに必ず渡す。
註 かんろだいが完成せられ、よふきづとめを勤めて願うならば、最上段の平鉢に天から必ず甘露を下される。これが即ちぢきもつであり、天の与えである。『ぢきもつ』は第八号七九註参照。
五六、どんな事でも、確かに間違いないという証拠が無ければ危っかしくて頼りない事である。
五七、今後は、万事にわたって、次々と詳しい話を説いて聴かせるから、この親神の教訓に違背するのではないぞ。
五九、六〇、註 本号四七、五五註参照。
六一、このじきもつをだれに与えるのであるかといえば、この世を創めた親に授けるのである。
註 このよはじめたをやとは、この世をお創めになった親神様の理を受けておられる教祖様を指して仰せられたものである。
六二、天から直き直きにぢきもつの与えを授けられるその親の真の心は、親神以外にだれも知った者はない。
註 をやの心は、教祖様のお心で、教祖様のお心は、即ち、月日親神様のお心そのものである事を仰せになっている。第十二号六七、六八参照。
六三 親神は、教祖の心を確かに見定めたその上で、自由自在のりやくのあるぢきもつを渡すのである。
六四 親神からこのぢきもつを教祖に渡してさえ置いたならば、それから先は、教祖から心委せに、渡してやるがよい。


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posted by 朱夏 at 16:31| Comment(0) | TrackBack(0) | おふでさき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする