2016年03月17日

天理教教会本部・おつとめの時間

天理教教会本部・おつとめの時間

朝夕のおつとめの時間、及び祭典日の祭典執行時間です。




朝づとめ・夕づとめ
1月2日〜1月15日 7:00 17:00
1月16日〜1月31日 7:00 17:15
2月1日〜2月15日 7:00 17:30
2月16日〜2月29日 6:45 17:45
3月1日〜3月15日 6:30 18:00
3月16日〜3月31日 6:15 18:30
4月1日〜4月15日 6:00 18:30
4月16日〜4月30日 5:45 18:45
5月1日〜5月15日 5:30 19:00
5月16日〜5月31日 5:15 19:15
6月1日〜6月15日 5:00 19:30
6月16日〜6月30日 5:00 19:30
7月1日〜7月15日 5:00 19:30
7月16日〜7月31日 5:15 19:30
8月1日〜8月15日 5:30 19:15
8月16日〜8月31日 5:30 19:00
9月1日〜9月15日 5:45 18:45
9月16日〜9月30日 6:00 18:30
10月1日〜10月15日 6:00 18:00
10月16日〜10月31日 6:15 17:45
11月1日〜11月15日 6:30 17:30
11月16日〜11月30日 6:45 17:15
12月1日〜12月15日 7:00 17:00
12月16日〜12月31日 7:00 17:00
※1月1日は元旦祭 5:00

月次祭
1月と10月を除く、毎月26日 9:00

春季大祭
1月26日 11:30

秋季大祭
10月26日 8:00

教祖御誕生祭
4月18日 10:00

元旦祭
1月1日 5:00
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posted by 朱夏 at 14:17| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月08日

おさしづを身近に。

次回から、「おさしづ」を掲載していきます。

現在、天理教で言う「おさしづ」は、1966年(昭和41年)1月、教祖80年祭にあわせて、新たに公刊、全教会に配布された全7巻を指します。
膨大な量ですが、「おふでさき」「みかぐらうた」と同様に三原典の一つ、すなわち天理教教理における最重要なものの一つです。

「おさしづ」は教祖(おやさま)と本席・飯降伊蔵先生のお口を通しての親神様のお言葉を、側近の先生方が筆録されたものです。
全7巻には、教祖(おやさま)が現身を隠される直前の明治二十年一月四日(陰暦で前年の十二月十一日)から、本席・飯降伊蔵先生が出直される直前の明治四十年六月九日までの「おさしづ」が収録されています。
これ以後には、もちろん「おさしづ」は存在しません。
一方でこれ以前には、教祖(おやさま)から発せられる親神様のお言葉は数えきれない程存在します。正確に記録されているものについては、「天理教教祖伝逸話篇」に収録されていますが、厳密にはこれらは「おさしづ」とは呼ばず、「(教祖の)お言葉」と呼びます。また裏付けが曖昧なものは、信仰者の間で「教祖はこう仰ったそうだ」と互いに伝え合ったことから、「口伝」と呼ばれています。
ちなみに、1966年(昭和41年)に新たに公刊される際、可能な限り「同音異義語」の問題を避けるため、元々のおさしづ全巻を総見直しし、平仮名で筆録されていた箇所も漢字を当てはめられるところは漢字に変換、明らかな誤字は訂正されています。これで「同音異義語」の問題は大幅に改善されたと言えますが、100%間違いないかどうかは、誰にも分かりません。


さて、「『おさしづ』は難しい」とよく言われます。
しかし、私はそんなことは無いと思います。
「おさしづ」を身近にするために、この点について、少し書いておきたいと思います。




「おさしづ」が難しいと言われる最大の原因は、「話し言葉」だということです。
話し言葉ですから、明治の大和地方の方言で現代人には解りにくいのはもちろん、文章としては必要なはずの言葉が、話し言葉であるために、お互いの理解の前提の下に省略されたり、また説いて聞かせる上から、同じ言葉を何度も反復するという特徴が現れています。
また、親が子どもに言い聞かせる際によく見られるように、相手の感情を揺するため、論理上は矛盾と言える言い回しも見られます。

つまり、文章として熟読すると、非常に読みづらく、読解しにくいものなのです。
それを一生懸命一生懸命に読解しようとすると、「曲解」というリスクが生まれます。
そこで、せっかくの話し言葉なのですから、文章として読解するのではなく、音読して味わうという触れ方をすれば良いのです。

おふでさきを身近に」という記事で書いたのと同様に、古語辞典や関西方言の辞書を活用しながら、繰り返し音読していけば、親神様の親心を味わうことができると思います。
そうすれば、「曲解」という問題もほぼ起こりえないと思っています。

しかし、「おふでさき」と違って「おさしづ」はあまりにも膨大です。すべてを音読して味わうことは、現実的には不可能でしょう。

そこで、3つの触れ方をオススメしたいと思います。

一つ目は、教会の神殿講話などで先生が引用される「おさしづ」を自分でも調べて読んでみること。
この場合、その教会全体として目指すところ、その先生が伝えたいことの本質がより明確になるのはもちろん、大抵の先生は、有名かつ重要と言える「おさしづ」を引用されますから、教理面でもより理解を深めやすくなると思います。

二つ目は、天理教青年会から発刊されている「用語用例おさしづ集」を使い、自分がより詳しく知りたいと考えている教語に関連する「おさしづ」を音読すること。
教語を正確に理解する為に、最も良い方法だと思います。
感話や講話で話す原稿を作る際に「おさしづ」を引用する場合も、これを使い、その中から引用するのが一番良いと思います。

三つ目は、全「おさしづ」を流し読みすること。
文章として熟読せず、音読して味わう方が良いと書きましたが、一度は全おさしづを、音読もせず、ただただ流し読みすることをオススメします。
この場合にオススメなのは、androidアプリの「おさしづ365」を使うことです。
これは、全「おさしづ」の中から、今日の日付の「おさしづ」を表示してくれるアプリです。
毎日流し読みすれば、一年ですべての「おさしづ」に目を通すことができます。
そうすると、多くの「おさしづ」が共通した内容であることが解り、さらに親神様の思召しが知らず知らずのうちに、自分の中に染み込んでいきます。
何年も続けるのは、尚のこと良いです。

これら三つの触れ方を重ねていけば、「おさしづ」を曲解することもなく、親神様の思召しを学び、身に染み込ませることができると思います。

当blogでは、今後、すべての「おさしづ」をアップしていく予定ですが、これは三つの触れ方すべてに活用できると考えるからです。
検索機能を使うことで、先生が引用された「おさしづ」を見つけることができ、「用語用例おさしづ集」でより詳しく読みたいと思った「おさしづ」を探し出すことができます。また、ネット環境さえあれば、いつでもどこでも時間を見付けて流し読みを繰り返すこともできます。
このようにご活用下さり、教理理解、ひいては心の成人に繋げて頂ければと思います。

<参考リンク>
天理青年教程 -天理教青年会
おさしづ365 - Google Play の Android アプリ

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天理教教祖伝逸話篇 天理教勉強blog内検索
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posted by 朱夏 at 02:27| Comment(2) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月19日

稿本天理教教祖伝について。

次回から、「稿本天理教教祖伝」を紹介していきます。



「稿本」とは、下書き、草稿原稿のことですが、教祖伝は今後も加筆訂正されていくという意味です。
現代により適切な言葉の表現に改め、史実に忠実な内容に調査・推敲を重ね訂正され続けていくということです。
たとえば、その初期には「気違い」とされていた表現が「気の違い」に訂正されたり、またあるいは、「第七章 ふしから芽が出る」の中に登場する「石工七次郎」という人物について、当初は「逃亡した」と書かれていましたが、そのご遺族の「獄中死した」という進言により、監獄所などの記録を徹底的に洗い直したものの、その記録を見つけ出せなかったため、より正確な史実の表現として「突然居なくなった」と変更されたりしています。

また「稿本天理教教祖伝」は、通常の伝記小説のように主人公の出生から始まるのではなく、「立教」の時点を最初の書き出しにしています。
これは「稿本天理教教祖伝」がその「はしがき」に示す通り、「ひながた」を徹底実践することを目的として書かれ、「立教」が教祖(おやさま)の「ひながた」の始まりであるからです。

さらに「稿本天理教教祖伝」の特徴として、大げさ表現などは使用して教祖(おやさま)を極端に神格化するのではなく、あくまで客観的な史実に徹していることが挙げられます。
たとえば、「教祖御誕生祝歌」の冒頭に歌われる「空に五彩の雲たなびきし」という歌詞は、教祖(おやさま)がご誕生された日の朝、前川家の屋根の上に「五彩の雲」が現れたという一種の伝説から書かれたものですが、「稿本天理教教祖伝」の「第二章 生い立ち」を読んでもそのような表現は全く使用されていません。
それ故にこそ、客観的で正確な史実の中から見出される神の姿を知ることができます。

「稿本天理教教祖伝」を通じて、教祖(おやさま)の「ひながた」を客観的に学び、自分自身の日常に活かしていくことが大切なのだと思います。

<天理教勉強blog内関連記事>
ひながた
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posted by 朱夏 at 10:51| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月28日

おふでさきを身近に。

次回からは、「おふでさき」をアップしていきたいと思います。

おふでさき」は、教祖(おやさま)直筆の原本が残っており、教祖(おやさま)のお教えに一字も違うことなく触れられるため、天理教の原典(「おふでさき」「みかぐらうた」「おさしづ」)の中でも、最重要のものと言えます。

おふでさき」は和歌体で記され、第一号から十七号の1711首と、号外として確認されている3首あります。 各号の表題(「第◯号 明治◯年◯月」というように書かれたもの)は、第一号から第十三号までは教祖(おやさま)のご長男・中山秀司先生が記され、第十四号以降第十七号まで山沢良治郎先生が記されています。尚、表題に書かれている年、月日は基本的にすべて陽暦です。
お記し下された年代、歌の数、教祖(おやさま)のご年齢はそれぞれ、
執筆年 歌の数 教祖の御年齢
第一号 明治2年正月より 74首 72歳
第二号 明治2年3月 47首 72歳
第三号 明治7年1月 149首 77歳
第四号 明治7年4月 134首 77歳
第五号 明治7年5月 88首 77歳
第六号 明治7年12月より 134首 77歳
第七号 明治8年2月 111首 78歳
第八号 明治8年5月 88首 78歳
第九号 明治8年6月 64首 78歳
第十号 明治8年6月 104首 78歳
第十一号 明治8年6月 80首 78歳
第十二号 明治9年頃 182首 79歳頃
第十三号 明治10年頃 120首 80歳頃
第十四号 明治12年6月より 92首 82歳
第十五号 明治13年1月より 90首 83歳
第十六号 明治14年4月より 79首 84歳
第十七号 明治15年頃 75首 85歳頃

です。

おふでさき」に触れる上での注意点を、ここで自分なりにまとめておきたいと思います。



おふでさき」は明治初期に書かれたものですので、その言葉遣いは、現在の私達には、とっつきにくい印象があります。
特に「関西弁」に馴染みのない生活をされている方にとっては、外国語や暗号のようにすら感じてしまうかもしれません。事実、外国人の方の方が、すんなりと原典の世界に親しめる場合も、往々にしてあります。

可能であれば、古語辞典や関西方言の辞書を活用してみる機会もオススメします。
また、現在は「差別用語」に指定されているような表現も出てきますが、そこに悪意は微塵もなく、当時の表現という点は理解しておかねばなりません。

そんな言葉の壁を超えてもなお、「解釈」という意味では、多種多様の「解釈」ができてしまうのが、「おふでさき」の奥深さです。
どんな解釈も、誰にも間違いだとは言えません。すべてが正解だとも言えるでしょう。
しかし、「曲解」だけはしてはいけません。
自分なりに解釈してみることは大切ですが、あくまでも「素直に」解釈することです。
素直な解釈は文字通りの解釈ですから、一首一首の解釈は、掛詞を含めてせいぜい数通りしかありません。
言葉の定義を厳密にするならば、解釈は文字通りでも、味わい方は無数にあると言うべきかもしれません。
自分なりに解釈したり味わったりするだけでなく、本や講話などにもできるだけ多く触れて、たくさんの解釈や味わい方を知ることも、「おふでさき」をより身近にしてくれるでしょう。

ただし、これからこのblogでアップしていく際には、私の解釈は載せません。
できるだけフラットに触れて頂きたいと思いますし、私自身も、これから何度も拝読する上で、過去の自分の考えに流されないようにしたいと思うからです。
とはいえ、ただ「おふでさき」を載せていくだけというのも、このblogとしての意義がないように思われます。
そこで、歌の番号としては続いていても、意味の切れ目と考えられるところはそれを示し、さらに「おふでさき註釈」を引用していきます。
これらは、時代背景などを考慮する上で、非常に参考になりますし、信頼性もかなり高いものです。
しかしどんなに信頼性が高いと言っても、それがまるごと正解かどうかは断言できません。
あくまで参考資料として読む必要があると思います。


おふでさき」は、黙読も、音読も、書き写しも、また一人でも多人数でも、どんな触れ方もできます。
暗記すれば、心の中で味わうこともできます。
教会の朝夕のおつとめ後に声を合わせて音読したり、机上で集中して勉強したり、ポケット版を携帯したり、このblogでアップしたものを端末で読んだり、「おふでさき」に触れる機会を増やしていって下さい。

教祖(おやさま)のお教えを身近に感じるために、「おふでさき」を身近にしていくことが必要ですが、「おふでさき」を身近にするには、やはり物理的な身近さが必要です。
おふでさき」に触れる度に、心に残る一首が増えていきます。
それらがあなたの歩みを支え、さらに「おふでさき」を身近にしてくれます。
このblogがその一助になれば、幸甚です。 検索機能もご活用下さいませ。
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posted by 朱夏 at 12:46| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月23日

諭達 第三号



諭達 第三号

立教百七十九年、教祖(おやさま)百三十年祭を勤めるに先立ち、思うところを述べて、全教よふぼくの仕切っての成人一手一つの活動に資したい。
教祖(おやさま)は、世界一れつをたすけるために、だめの教えを啓かれ、子供可愛い一杯の親心を以て、たすけ一条にお通りになり、五十年にわたるひながたの道をお遺し下された。
この間、たすけづとめを教え、万事の元を明かしての次第を整えられ、明治二十年陰暦正月二十六日、かねて仰せのつとめの実行を尚も急き込み、人々の成人を促して、現身をかくされた。以来、「今からたすけするのやで」とのお言葉通り、存命の理を以て、今も変わることなく、世界たすけの先頭に立って私達をお導き下されている。
この限りない親心に仕切ってお応えすることこそ、教祖(おやさま)の年祭を勤める意義である。心新たに、よふぼく一人ひとりが立教の本旨を胸に刻み、陽気ぐらし世界建設のよふぼくとしての自覚を高め、ひながたを目標に実働すべき旬である。
陽気ぐらしは、何よりも親神様子供である人間が、互いにたすけ合って暮らす世の在り様である。また、

よくにきりないどろみづや
こゝろすみきれごくらくや (十下り目 四ツ)
心さいすきやかすんた事ならば
どんな事てもたのしみばかり (十四 50)

と仰せられるように、陽気ぐらしは心を澄ます生き方でもある。
慎みを知らぬ欲望は、人をして道を誤らせ、争いを生み、遂には、世界の調和を乱し、その行く手を脅かしかねない。我さえ良くばの風潮の強まりは、人と人との繋がりを一層弱め、家族の絆さえ危うい今日の世相である。まさに陽気ぐらしに背を向ける世の動きである。
心の拠り所を持たず、先の見えない不安を抱える人々に、真実のをやの思いを伝えて世界をたすけることは、この教えを奉じる者の務めである。
今こそ、道の子お互いは挙って立ち上がり、人々に、心を澄まし、たすけ合う生き方を提示して、世の立て替えに力を尽くすべき時である。
よふぼくは、教えを学び身につけ、日々実践して、土地所の成程の人となろう。天地抱き合わせの理を象る夫婦をはじめ、己が家族の在り方を正し、たすけ合いを実行して、足元から陽気ぐらしの輪を広げよう。
また、教会に心を繋ぎ、足を運んで、その使命であるおつとめを勤めるとともに、会長を芯に、陽気ぐらしの手本たる姿を地域に映そう。
時として、親神様子供の行く末を案じる上から、様々なふしを以て心の入れ替えを促される。しかし、

とのような事をするのも月日にわ
たすけたいとの一ちよはかりで(十二 78)

と、全ては、ひたすら一れつ人間をたすけてやりたいとの親心からであると仰せられる。
あらゆる災厄や難渋は胸の掃除を求められる親心の表れである。
自らを省みることはもとより、見せられる事柄を通して、人だすけを促されていると受け止め、積極的なおたすけを心掛けたい。また、常に人だすけを心掛けてこそ、世界たすけを掲げる教えの信仰者であり、それは「人たすけたらわがみたすかる」と仰せられるように、自らが真にたすかる道でもある。
おたすけは周囲に心を配ることから始まる。身上・事情に苦しむ人、悩む人があれば、先ずは、その治まりを願い、進んで声を掛け、たすけの手を差し伸べよう。病む人には真実込めておさづけを取り次ぎ、悩める人の胸の内に耳を傾け、寄り添うとともに、をやの声を伝え、心の向きが変わるようにと導く。更には、共々に人だすけに向かうまでに丹精したい。
世の人々が元の親を知り、一れつ兄弟姉妹の真実に目覚めて、互いに睦み合い、たすけ合う神人和楽の陽気世界の実現を目指して、弛むことなく世界のふしんを進めよう。
教祖(おやさま)百三十年祭へ向けての三年千日、教祖(おやさま)の道具衆たるよふぼくお互いが、その使命を自覚し、任務に邁進して、御存命の教祖(おやさま)にお喜び頂きたいと願ってやまない。

立教百七十五年十月二十六日

真柱 中山善司


<今現在できる、自分なりの「さとり」>
立教百七十五年十月二十六日、真柱・中山善司様より、立教百七十九年、教祖(おやさま)百三十年祭へ向けての諭達を御発布下さいました。

「諭達」を辞書で調べると、

ゆ‐たつ【諭達】
役所から人民に触れを出し、さとすこと。また、その内容。
諭達 とは - コトバンク
http://kotobank.jp/word/%E8%AB%AD%E9%81%94

とあります。
天理教では、年祭真柱継承などの重要な行事ごとに「諭達」を御発布下さいますが、意味としては、辞書的な意味と大きく違いはありません。
真柱という天理教を統率するお立場から、重要な行事に対する行動・実働のための基となる、考え、想い、指針をさとし、示されるものです。

私は今回のこのご諭達を、原点回帰を示されたご諭達だとさとらせて頂きました。

よふぼくに対して、これ以上でも以下でもない内容だと思います。
どんな立場、状況にあるよふぼくでも共通する指針で、それぞれの持ち場立場における、おたすけ、丹精の徹底を求められているように思います。

それだけ、おたすけや丹誠につとめ切れていないよふぼくが多いと読み取ることもできなくはないかもしれませんが、それ以上に、「できているつもり」、「尽くしているつもり」の自分自身を反省させて頂きました。

年明けの春季大祭までに、自分自身の持ち場、立場を整理し、心定めを確定したいと思います。

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<参考リンク>
諭達 とは - コトバンク

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2012年05月20日

更新休止のお知らせ。



個人的事情により、しばらくblogとtwitterの更新およびチェックをお休み致します。 コメント等頂いても、お返事できかねますので、ご了承のほど、よろしくお願いいたします。


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posted by 朱夏 at 18:38| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月02日

稿本天理教教祖伝逸話篇(こうほんてんりきょうきょうそでんいつわへん)

稿本天理教教祖伝逸話篇(こうほんてんりきょうきょうそでんいつわへん) とは?


稿本天理教教祖伝逸話篇 (1976年)

昭和51年(1976年)刊行。
立教当時の信者たちを教え導かれた、教祖(おやさま)の親心あふれるお姿をほうふつとさせる二百編の逸話を収録したものです。

天理教入信後、信仰を深める場合はもちろん、入信初期の方や、天理教をほとんど知らない方にも、分かりやすく、かつ深みのあるお話ばかりが収録されています。
ある先生によると、未信者の方に、天理教のお話であることは伏せて、「昔話」としてお話されても、感動されることが多いとのことです。

今後、稿本天理教教祖伝逸話篇の二百編のお話を紹介し、一つ一つについて、今現在できる、自分なりの「さとり」をまとめていきたいと思います。
若輩者ですので、深い「さとり」はできないかと思いますが、お付き合い下さい。また、お気づきの点などございましたら、コメントにてご指導下さいますよう、お願い致します。


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天理教勉強blog: 天理教用語解説「道すがら」
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2010年03月12日

所属教会のサイト

所属教会のサイトが公開されたそうです。

天理教大今里分教会
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