2010年08月30日

天理教用語解説「をびや許し(帯屋許し)」

天理教用語解説:をびや許し(帯屋許し)

「をびや許し(帯屋許し)」は、「よろづたすけ」の道あけとなったものです。
「をびや許し(帯屋許し)」とは、出産に関するたすけです。
この「をびや許し(帯屋許し)」は、親神様が「おぢば」において人間を宿し込み下された、その理をもって、人間出産の時の特別なご守護を下されるというものです。

この道の最初は、多くの人が、産後の患いをたすけて頂いて入信されました。
これらのことから、当時の人々は、天理教の神様は「お産の神様」であるとまで言っていました。

この道は、「証拠ためし」の道と言い、何でも目の当たりにたすけの証拠を見せて、納得づくめの上で導いていかれます。
「をびや許し(帯屋許し)」においても同じく、「をびやためし」と言って、まず教祖(おやさま)ご自身の場合、次に三女おはる様の場合というように、身内からそのためしをかけられました。

「をびや許し(帯屋許し)」は、懐妊後六か月となったら、どんな人でも、「おぢば」に願い出ると頂けます。
この時、「御供(ごく)」を三包みお下げ下さいます。
一包みは頂いて家に帰ったら、すぐに頂きます。
次の一包みは、産気づいた時に頂きます。
最後の一包みは、出産後の片づけが済んだ時に頂きます。




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2010年08月29日

天理教用語解説「ろくぢ」

天理教用語解説:ろくぢ とは?

「ろくぢ」は、大和地方の方言で、「ろつくのぢにする」などと使われています。
「ろくぢ」とは、地面を平らにすることで、この言葉を用いて、親神様の思し召しを世界中一列にくまなくお広めになるという意味で使っておられます。

おさしづ」に

すつきりろくぢにふみならすで、さあ/\扉を開いて/\、一れつろくぢ、さあろくぢにふみだす (明治二〇・二・一七)


扉を開いて世界ろくぢにふみならすといふてある、扉を開いて世界ろくぢにふみならしにまわりてゐる、なれどもみなあんじてどうもならん (明治二二・三・二三)


一寸にいくやない、一寸にいくやうでは一寸の道といふ、だん/\海もこし、山もこし、ろくぢの道をつけるは一寸にはいかん (明治二六・一・二一)

と仰せ下されています。

教祖(おやさま)は、百十五歳の定命を二十五年縮めてまで、世界一列を「ろくぢ」、すなわち道をお広め下されます。
その道は困難で、ちょっとにはつきませんが、案ずることはない、とおさとし下されています。




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2010年08月25日

天理教用語解説「ろぎん(路銀)」

天理教用語解説:ろぎん(路銀) とは?

一般的な意味での「ろぎん(路銀)」とは、旅をする際の、宿泊や食費などの旅費にあてるお金のことです。
天理教でいう「ろぎん(路銀)」とは、このような旅のお金のことではなく、たすけ一条の旅に出る布教師に親神様から授けて下さる、「おさづけ」のことを指します。
すなわち、旅をするのに「ろぎん(路銀)」が必要不可欠であるように、人だすけの布教に「おさづけ」は絶対に必要であることを、「ろぎん(路銀)」にたとえられています。

ただし、一般的な意味での旅の「ろぎん(路銀)」には上限があり、節約することも必要ですが、お道の「ろぎん(路銀)」である「おさづけ」は、人のために可能な限り多く使わせて頂き、一人でも多くの人にたすかって頂くことが大切です。

おさづけ」を「ろぎん(路銀)」と表現されたのは、教祖(おやさま)が「肥のさづけ」を下さるときに

長の道中路銀無うては来られようまい、路銀として肥授けよう

と仰せられたことに始まります。
この他にも、「教会名称の理」を許されたことは「ろぎん(路銀)」を渡したようなものであるという意味にも使われています。
「心のろぎん(明治三一・三・三〇 おさしづ)」という表現も使われています。


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2010年08月24日

天理教用語解説「りうけい(立毛)」

天理教用語解説:りうけい(立毛) とは?

「りうけい(立毛)」とは、大和地方の方言で、農作物のことを指します。
教祖(おやさま)はこの言葉をそのまま原典の中でしばしばお使いになっておられます。
当時の信者さんには、農家が多く、具体的なたすけの姿として、「りうけい(立毛)」(農作物)の豊年、豊作についてお説きになり、さらに「りうけい(立毛)」(農作物)が育つために、「肥のさづけ」をお教え下されました。

おふでさき」に

りうけいのいつむ心ハきのとくや いづまんよふとはやくいさめよ (一 13)


りうけいがいさみでるよとをもうなら かぐらつとめやてをとりをせよ (一 14)


大一わりゆけつくるをたすけたさ こゑ一ぢよふをしへたいから (一三 60)

と仰せ下されています。

また「おさしづ」に

りうけいの育つも、この世始めも同じ事、ない人間をこしらへて、始めよりものがいへたやない、一年たてば一つわかる、又一つわかれば、また一つわかるやうになつて、ものいふやうになりたも同じ事 (明治二〇・八・二三)

と示されています。
誰にでもわかるように、「りうけい(立毛)」にたとえて、親神様のをお説き下されています。


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2010年08月23日

天理教用語解説「律」

天理教用語解説:律 とは?

「律」とは、「法律」のことです。
教祖(おやさま)存命時代、道の先輩が、「法律」と親神様の「おさしづ」との間に挟まれ、苦しんでおられました。
教祖(おやさま)は、「通りやすい道は通りにくい、通りにくい道は通りやすい」と仰せになり、なかなか教会設置や布教公認の手続きをとることを、お許しになりませんでした。
したがって、神一条のおせきこみである「つとめ」をすることは「法律」にかなわず、そのために教祖(おやさま)が官憲の圧迫を受けて、幾度となく拘留されるのでした。
教祖(おやさま)のこのご苦労を見るにしのびず、初代真柱様はじめ一同の者は、なんとかして国の「法律」と親神様の「おさしづ」の両方が立つ道をと思案されましたが、教祖(おやさま)の「律」に対するお考えは一貫して変わりありません。

おさしづ」に

さあ/\月日がありて此世界あり、世界ありてそれ/\あり、それ/\有りて身の内あり、身の内ありて律あり、律有りても心定めが第一やで (明治二〇・一・一三)


さあ/\一つの所、律が律がこはいか、神がこはいか、律がこはいか・・・・・・ (明治二〇・二・一八)

と仰せ下されています。
これらの「おさしづ」に、神の道は「法律」を超えたものであることが、はっきりと示されています。

教祖(おやさま)が現身をおかくしになられてから、子どもかわいい故、「応法の道」として、教会本部設置も許されました。
しかし、あくまでも道のを忘れないことが重要です。

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2010年08月19日

天理教用語解説「理」

天理教用語解説:理 とは?

「理」という言葉が非常に多く使われます。
根本的には、親神様の思し召し、お働き、ご守護といった意味です。

一切のことの親神様の思し召しを悟ろうとすることは、形、物、現象の世界の奥にある「理」に触れていく生き方です。

また、「理を立てる」という言葉は、人間思案を先に立てず、親神様の思し召しを先に立てるということです。

「理立て」と言って、教会に金銭をお供えすることを言います。
しかしこれも、親神様の思し召しを立てていくという本質から、たまたまそれが金銭という一つの形にあらわれたものであって、その精神を失ったお金の多寡を言うものではありません。

さらにまた、この「理」という言葉は、感情に対する理性といういうような相対的な意味ではなく、もっと絶対的な、暖かいご守護、親心をあらわしています。

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2010年08月17日

天理教用語解説「四十九年前」

天理教用語解説:四十九年前 とは?

明治二十年の「おさしづ」には、「四十九年前」という言葉が、たびたび出されています。
この言葉は、明治二十一年になると、自動的に五十年前という言葉となって使われています。

「四十九年前」とは、明治二十年から数えて「四十九年前」、すなわち「天保九年」、くわしく言えば、「天保九年十月二十六日」の天理教が始まった「立教元一日」をさしています。

おさしづ」に

さあ神といふことうそなら、四十九年前より今まで此道つゞきはせまい、今までにいふた事みえてある、これでしやんせよ (明治二〇・一・四)


四十九年前よりの道の事、いかなる道もとほりたであらう、わかりたるであらう (明治二〇・一・一〇)


四十九年以前より誠といふしあんがあらう、実といふ処があらう (明治20・一・一三)

と仰せ下されています。
当時、官憲の圧迫が激しく、法に逆らって「おつとめ」をすることが困難であると思っておられた人々に対してのお言葉です。
教祖(おやさま)は、この道は立教以来、誠の道であり、親は色々な「ひながたの道」を通って見せてきてある、どんな難関も誠真実一つで通ることができる。親神様の言うことが嘘なら、今日までこの道は続いて来なかったと、四十九年来の道すがらを示しておられます。

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2010年08月14日

天理教用語解説「よろづいさい」

天理教用語解説:よろづいさい とは?

みかぐらうた」の「よろづよ八首」の中に

このたびはかみがおもてへあらハれて なにかいさいをときゝかす (よろづよ八首 3)
きゝたくバたづねくるならいうてきかす よろづいさいのもとなるを (よろづよ八首 6)
かみがでゝなにかいさいをとっくならバ せかい一れついさむなり (よろづよ八首 7)

と仰せ下されています。
「いさい」は「委細」、あるいは「一切」と悟れます。

親神様は、ない人間ない世界をお創め下された、元の神、実の神様です。
したがって、「よろづいさい」を説くことができるのはもちろんのことです。
立教の以前までは、真実の親がおもてに現れなかったので、親神様の思し召し、「よろづいさい」について知ることができませんでした。

天保九年十月二六日、いんねんある教祖(おやさま)の身体を神の社として、親神様がじきじきにお現れになり、「よろづいさい」をお説き下さいました。
しかも教祖(おやさま)は、口で説かれるだけでなく、身をもって行いに示し、「ひながたの道」をお教え下さいました。

「よろづいさい」をお説き下さるのは、単なる博識を意味するのではなく、「よろづいさいのもと」と示されているように、人間世界創造の根源を示し、それによって世界の心を勇ませ、陽気ぐらし世界の実現をさせようとの思し召しからです。

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2010年08月13日

天理教用語解説「夜昼の理」

天理教用語解説:夜昼の理 とは?

おさしづ」に

・・・・・・夜昼の理がわからにや修行に出て行くがよい、此やしきには五十そこ/\の年をとりてゐれど、それだけのあほはないぞ・・・・・・ (明治二六・一〇・五)

と仰せ下されています。
「夜昼の理」とは、「道の理」という意味です。
何十年信仰をしていても、本当の理を聞き分けていないようではならないと仰せられています。

「夜の」、「昼の」については、諸井政一先生が「正文遺韻」の中で次のように述べておられます。

よるひるわからんやうではなにもわからんといふ。それよるのみちといへばくらいであろう。ひるのみちといへばあかるいであろう。そのあかるいみちをくらいとおもふて、つまづくかしらん、ふみかぶるかしらんと、あんじてゐてはどうもみちをとほるにとほられん。それ心からとてふみかぶつたりせんならん。よるのわるいみちを通りながら、くらいとおもはず、きをつけずにゐたことなら、どうであらう。何につまづくとも、つきあたるともわからうまい。そこでをきいても、ききわけなかつたら、ちようど、よるのみちとひるのみちとわからんやうなものや




正文遺韻抄

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2010年08月12日

天理教用語解説「よふぼく(用木)」

天理教用語解説:よふぼく(用木) とは?

親神様は、人間に理解しやすいようにとの親心から、たとえを用いてお説き下されています。
「よふぼく(用木)」もその一つです。

親神様のお望みになる「陽気ぐらし」の世界建設を、「(ふしん)普請」にたとえて、それにあずかる人々を「よふぼく(用木)」と仰せられています。

「よふぼく(用木)」には、男女の隔ても、貴賤の差もなく、どのような人間でも、世界一列をたすけたいという親神様のお心を心とするとき、人は皆、「よふぼく(用木)」となります。

親神様は、「よふぼく(用木)」を育てるために、身上や事情を与え、それを「ていれ(手入)」や「てびき(手引)」とされます。
この「おていれ」や「おてびき(手引)」によって、人間はますます心を磨き、立派な「よふぼく(用木)」となることができます。

親神様は、たすけ一条を誓う「よふぼく(用木)」の誠真実の心に、人をたすけさせていただくことのできる、「おさづけ」という理を授けてくださいます。
おさづけ」を取り次がせて頂き、親神様の思し召しを伝えさせて頂くことによって、人がたすかり、親神様のお望みになる「陽気ぐらし」の世とたてかわってくるのです。
この時、たすけの主は親神様であり、たすけ人衆は、親神様の「よふぼく(用木)」であり、親神様の思し召しを伝える「取次人」です。

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2010年08月08日

天理教用語解説「よなほり」

天理教用語解説:よなほり とは?

みかぐらうた二下り目

四ッ よなほり (二下り目 4)

とあります。
これは世の中が立て直るという意味です。
天理教のたすけ一条の道である「おつとめ」によって、親神様の思し召し下さる「陽気ぐらし」の世に立て直るということです。

教祖(おやさま)の教えは、たんに個人の病気が治ったら良いというようなものではなく、世の中を「陽気ぐらし」の世界に立て直していくという大きな目標があります。

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2010年08月07日

天理教用語解説「よく(欲)」

天理教用語解説:よく(欲) とは?

八つのほこり」の一つに、「よく(欲)」があります。
みかぐらうた」では、「八つのほこり」の中でも、この「よく(欲)」だけが、しかも数多く取りあげられています。

よくのないものなけれども かみのまへにハよくはない (五下り目 4)


よくのこゝろをうちわすれ とくとこゝろをさだめかけ (八下り目 4)


みれバせかいのこゝろにハ よくがまじりてあるほどに (九下り目 3)


よくがあるならやめてくれ かみのうけとりでけんから (九下り目 4)

よくにきりないどろみづや こゝろすみきれごくらくや (十下り目 4)


よくをわすれてひのきしん これがだいゝちこえとなる (十一下り目 4)

「みかぐらうた」に「よく(欲)」という「ほこり」が数多くの取りあげられているのは、信仰者として、日々の信仰の実践において、とくに留意しなければならないことがらだからだと考えられます。

一般的にも、「人間は欲で身を滅ぼす」というようなことが言われます。
しかし、天理教において「よく(欲)」が戒められるのは、このような意味に留まるものではありません。
我欲に囚われる心を棄て、わが身どうなってもと、世のため人のためにつくすところに、天理教が言う、「陽気ぐらし」の真髄があります。

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2010年08月06日

天理教用語解説「陽気ぐらし」

天理教用語解説:陽気ぐらし とは?

天理教では、人間が親神様によって創られた目的は、「陽気ぐらし」だとお教え下されています。
そのことから、人間が日々生きる目的も、「陽気ぐらし」にあります。

この世元はじまりのお話」に

この世の元初まりは、どろ海であつた、月日親神は、この混沌たる様を味気なく思召し、人間を造り、その陽気ぐらしをするのを見て、ともに楽しもうと思いつかれた。

とその想いをお教え下されています。

また「おさしづ」に

めんめんたのしんで、あと/\のもの苦しますやうでは、ほんとの陽気とはいへん (明治三〇・一二・一一)

と仰せ下されています。
一時だけ、自分だけの楽しみは、「陽気ぐらし」とは言えません。
むしろ、わが身のことは忘れて、人のため世のために尽くしきる時、真の意味で「陽気ぐらし」を味わうことができるとお教え下されます。
その「陽気ぐらし」の様を観て、親神様はお喜び下さり、どんな不思議なたすけもお見せ下さいます。
そしてますます、陽気な世界が作られていきます。

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2010年08月05日

天理教用語解説「やまひのね(病の根)」

天理教用語解説:やまひのね(病の根) とは?

「みかぐらうた」に

やまひのねをきらふ (二下り目 8)


やまひのすつきりねはぬける こゝろハだん/\いさみくる (四下り目 8)

と仰せ下されています。
天理教では、病気をたすけるだけではなく、その「やまひのね(病の根)」を切ることを教えられています。
「やまひのね(病の根)」は、心のたてかえによって切っていただけるとお教え下されています。

親神様は、人間の通り方を反省させるために、身上(病気)という手引きをお見せ下されます。
そこで「たんのう」、「ひのきしん」の心を定めて、陽気ぐらしへと進むとき、心はたてかえられ、「やまひのね(病の根)」は切れるとお教え下されています。

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2010年07月31日

天理教用語解説「紋型ない」

天理教用語解説:紋型ない とは?

親神様は「紋型ない」ところから人間世界を創めた、というように、天理教ではしばしば使われる言葉です。
「紋型ない」とは、何もないところからという意味で、無から有を創造するといった意味とほぼ同じです。

おさしづ」に

最初はじめ、どこから始まつたか、元もん型なき時からつけた理、重い理といふか、軽い理といふか、軽いと思うてはならん、理は強いもの (明治三一・三・二八)


この道なにももんかたない処から、天よりあまくだりてはじめかけたる道、たれもわからんから天よりあまくだりてはじめた道、誰がかかりたかて、そらわからん、そこでどうしよう、こうしようとおもうたて、一時になるものやない、なれど何年たつたて通りぬけにやならん、どうで危い処も、こはい事もあろ/\、年限かさならにやできやせん (明治三三・五・三一)

と仰せ下されています。

「紋型ない」ところから人間世界を創めたということは、実に重い理であり、人間にはっきりと目標(めどう)を与えることでもあります。
またさらに、長い年月をかけて人間を育て上げる親神様の並々ならぬ苦労のほどもお教え下されています。

教祖(おやさま)がなにもないところから、天理教の教えの道を、自ら「ひながたの道」を通ってつけられたことも、「紋型ない」ところから道をつけたということになります。

これらを心におさめ、「長い年限をかけて育てる」という気持ちになることが大切です。

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2010年07月30日

天理教用語解説「元の神・実の神」

天理教用語解説:元の神・実の神 とは?

原典「みかぐらうた」に

こゝまでしん/゛\したけれど もとのかみとハしらなんだ (三下り目 9)
このたびあらはれた じつのかみにはさうゐない (三下り目 10)

と仰せ下されています。
親神様が、「元の神・実の神」であると、はっきり宣言されています。

「元の神・実の神」とは、無い人間、無い世界をお創め下され、常にご守護下されている、真実の親である神様です。

「元」という言葉は、時間的な系列に属する概念です。
「実」とは、虚偽に対する言葉で、空間的な系列に属する概念です。
すなわち、「元の神・実の神」ということは、時間的にも空間的にも、真実の神様であることを表現したものです。
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2010年07月29日

天理教用語解説「元一日の日」

天理教用語解説:元一日の日 とは?

天理教の「元一日の日」とは、立教の「元一日の日」を指します。
すなわち、ない人間ない世界をお創め下された親神様が、教祖(おやさま)を「神の社」としておもてにお現れになり、われわれ人間に、よろづいさいをお説き下された最初の一日です。

天理教教会本部において、毎月二十六日に行われる月次祭は、この「元一日」に私たちの心を結びつけます。
この理から、国々処々のたすけ場所である教会の月次祭も、それぞれ、たすけられた信者が、その教会の「元一日」に各人の心を結びつけます。
また、一名一人の各自が、たすけられた「元一日の日」を常に忘れず、己の心を反省し、心の精進に繋げます。

おさしづ」に

元一日の日をもつて、はいりた時の心、生涯の理かはらねば、なにもいふことはない (明治三一・一〇・一六)

と仰せ下されています。
親神様は、各人がたすけられた「元一日の日」のことを常に忘れず、いんねんの自覚と心のたてかえを生涯堅持して、心の成人に励むなら、何も言うことはないと仰せられています。

「元一日の日」を忘れず、信仰を深めていくことが大切です。
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2010年07月25日

天理教用語解説「名称の理」

天理教用語解説:名称の理 とは?

おさしづ」の中に、「名称の理」という言葉がしばしば用いられています。

「名称の理」とは、「○○分教会」としての「名称の理」を頂くというように、世界中の、国々処々に根をおろした教会の理を言います。

教会は、組織としては、天理教教会本部、大教会、分教会というふながりをもっています。
しかし、信仰的なつながりとしては、あくまでも、「ぢば」一つの理につながるもので、その理を頂いてはじめて国々処々の「名称の理」も許されます。
したがって、「ぢば」が人類の親里であるように、国々処々の教会も、その親としての理が治まり、陽気ぐらしのひながたの場でなければいけません。
教会長は、日々心の成人に励み、親としての理づくり、陽気ぐらしのひながた、たすけ一条の道場として、つとめなければいけません。

教会はもともと、道の子が布教しやすいようにとの親心から、応法の理として許されています。
その親心を常に忘れず、通りやすい世上の道に流されてしまわぬよう、つとめていかなければなりません。

「名称の理」が真の「名称の理」であるように、天理教教会本部から、「修理人」を派遣されるというお心を使われています。
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2010年07月24日

天理教用語解説「むり(無理)」

天理教用語解説:むり(無理) とは?

みかぐらうた」には、「むり」という言葉が多く使われ、「六カ所」もあります。

そのはずやといてきかしたことハない しらぬがむりでハないわいな (よろづよ八首 2)
むりなねがひはしてくれな ひとすぢごゝろになりてこい (三下り目 6)
むりにどうせといはんでな そこはめい/\のむねしだい (七下り目 6)
むりにでやうといふでない こゝろさだめのつくまでハ (九下り目 6)
むりにとめるやないほどに こゝろあるならたれなりと (十一下り目 6)
むりにこいとハいはんでな いづれだん/\つきくるで (十二下り目 6)

とあります。
天理教の信心において、「むり(無理)」をすることは、強く戒められています。
天理教では、「心の自由」が教えられ、戒律的なものは、一つもありません。
「心の成人」をはかることが、天理教の眼目であり、「一名一人」の信仰が基盤とされます。
たとえ、親子、夫婦、兄弟の間でも、みな魂は違い、心の働きも異なります。
このことを強調されればされるほど、「むり(無理)」が強く戒められるのです。

身上は、「一名一人」の「かしもの、かりもの」であることを自覚し、更に前生からの「いんねん」を自覚するならば、「たんのう」と「ひのきしん」の心は自ずから生まれます。
したがって、天理教の信仰において、「むり(無理)」の介在する余地はありません。

「むり(無理)」は、「理が無い」とも言われ、心の道を抜きにした信仰や、「心の自由」を認めないこと、そして「心の成人」をはからない信心などは、「むり(無理)」という要素が多分に含まれています。

「むり(無理)」をせず、「心の成人」による「陽気ぐらし」の実現を目指すことが、大切です。
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みかぐらうた解釈11 七下り目。
みかぐらうた解釈13 九下り目。
みかぐらうた解釈15 十一下り目。
みかぐらうた解釈16 十二下り目。

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2010年07月22日

天理教用語解説「むらかた」

天理教用語解説:むらかた とは?

みかぐらうた」に

むらかたはやくにたすけたい なれどこゝろがわからいで (四下り目 6)

と仰せ下されています。
「むらかた」とは、「村方」。すなわち、地元の人々という意味です。

「村方」の辞書的な意味は、

1 江戸時代、町方(まちかた)に対して、農村・漁村などの村をさす語。
2 「村方三役(さんやく)」の略。
(デジタル大辞泉の解説)

です。
より詳しくは、江戸幕府の郡代、代官の支配下に、幕府領地の民政に従事する庄屋、組頭、百姓代の総称を「村方三役」といい、それを略して「村方」と言います。
このような意味から、村の人々という意味で、「村方」という言葉が使われてきたようです。

「灯台もと暗し」という言葉通り、案外に、地元の人々は、深い親神様の思し召しを理解しようとしませんでした。
たとえば、立教の当初に、教祖(おやさま)を狐つきなどと罵ったのも、地元(むらかた)の人でした。
また、明治十二、三年頃、参拝者に砂をかけたり、おつとめの太鼓の音に苦情を言ったのも、地元(むらかた)の人でした。

教祖(おやさま)は、まず、地元の人々をたすけたいと思し召されていましたが、まずその心を変えていかなければならないことを、「みかぐらうた」にお歌い下されました。
やがて、教祖(おやさま)に迫害を加えた地元(むらかた)の人々、官憲の中から、教祖(おやさま)の言動に心を動かされ、熱心な信仰者が生まれてきました。
<参考URI>
kotobank > 村方とは
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2010年07月21日

天理教用語解説「道すがら」

天理教用語解説:道すがら とは?

神一条に進む者の姿をにたとえて、「道すがら」と言います。

人生は一代限りではなく、何度も生まれかわり出かわりして歩んでいく「きりなしふしん」の「道すがら」です。

おさしづ」に

ながくの道すがらなら、てる日もあればくもる日もある、雨もふれば、風もふく、どんな日もある、これからききわけて、心たつぷり大きくもつて、をさめばをさまる (明治二八・一・一四)

と仰せ下されています。
長い「道すがら」ですから、いろいろなことがあります。
したがって、大きな心をもって、急がず焦らず、日々の理を積んでいくことが大切です。

「天理教教典」第八章「道すがら」に、日々、「たんのう」と「ひのきしん」、そして「誠真実」をもって長の中道すがらを通っていくようにと述べられています。

また、教祖(おやさま)の通られたひながたの道も、「道すがら」といわれ、稿本天理教教祖伝、第三章「みちすがら」として、その一部が記されています。

親神様が人間世界を創められてから、その真実を知らされる立教の日までの歩みも「みちすがら」と言われたりしています。

おふでさき」に

いまゝてハながいどふちふみちすがら よほどたいくつしたであろをな (一 55) 

と仰せ下されています。
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2010年07月18日

天理教用語解説「道」

天理教用語解説:道 とは?

天理教では、さかんに「」や「お」という言葉を使います。
この「」や「お」とは、天理教の信仰のことです。

おさしづ」には、

むつかしい処通るが道や (明治二〇・五・八)


ほんにこれでこそ道の理かと、たのしんでくれてこそ道であろ (明治三二・二・二)


道といふは小さいときから心うつさにやならん (明治三三・一一・一六)

などと仰せ下されています。

この「」という表現は、教祖(おやさま)の親心から、教理を分かりやすいように例えておはなし下されたものです。
たとえば、神一条に進む者の道すがらを、「山坂」、「茨ぐろ」、「崖道」、「つるぎの中」、「火の中」、「ふちなか」、「ほそ道」などの「道」にまつわる言葉で表現されてます。
このような、苦労の道を通り、それを通り抜けると、「ほんみち(本道)」、「往還道」に出ることができるとお教え下されています。

信仰の結果たどり着く「ほんみち(本道)」、「往還道」を、「ひろい道」、「たのしみの道」、「けっこうな道」、「陽気ぐらしの道」と表現されています。

また、神一条に反することを、「世上の道」、「横道」などと表現されています。
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2010年07月17日

天理教用語解説「身上・事情」

天理教用語解説:身上事情 とは?

天理教教理の中で、「身上(みじょう)・事情(じじょう)」という言葉がしきりに使われます。

身上」には、二つの意味があります。
一つは、人間の身体のことで、「身上」は神の「かしもの・かりもの」と言います。これは、天理教の根本教理です。
その「身上」が健康であってこそ、人は様々なことをなすことができます。
しかし、親神様の思し召しに添わない使い方をしている場合、この間違いを知らせるために、親神様は「身上」に病などを与えて、「てびき」下さいます。
この病などが、もう一つの意味での「身上」という言葉で表現され、病気になることを「身上になる」や「身上」などと使われます。

また、親神様は「てびき」の方法として、病気などの「身上」だけでなく、「事情」をお与え下さいます。
事情」とは、たとえば、家庭内のもめごと、災害、その他、「身上」以外の色々な苦しみの「種」となるようなことをもって、心得違いを「さとし」て下さいます。

これらの「身上事情」を区別せず、どちらも、「事情」という場合もあります。

おさしづ」に

事情なければ心が定まらん (明治二〇・一・一三)

と仰せ下されています。
人間は、「身上事情」がなければ、なかなか自分の心遣いを悟ることができません。
どのような「身上事情」も、親神様の親心であることを、「たんのう」することが大切です。

また「身上事情は道の花」と仰せ下されています。
身上事情」の「てびき」を頂き、「さんげ」ができます。
その中で、喜びの、幸福の花を咲かせることができます。
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2010年07月16日

天理教用語解説「みかぐらうた(御神楽歌)」

天理教用語解説:みかぐらうた(御神楽歌) とは?

天理教の原典は「みかぐらうた(御神楽歌)」、「おふでさき」、「おさしづ」の三つです。

みかぐらうた(御神楽歌)」は、「かぐら(神楽)」と「てをどり(手踊り)」の地歌からなっています。

みかぐらうた」に

いつもかぐらやてをどりや すゑではめづらしたすけする (六下り目 5)

と仰せ下されています。
「かぐら」と「てをどり」、すなわち「おつとめ」によって世界を「陽気ぐらし」の世界にすると仰せ下されています。
みかぐらうた」は天理教において、最も大切な「おつとめ」の地歌です。

「かぐらづとめ」の地歌は三句よりなり、「てをどり」の地歌は「よろづよ八首」と十二下りの歌からなっています。

みかぐらうた」は、誰にでも親しみやすく、うなずきやすく、覚えやすいようにとの親心から、数え歌の形式をとられています。

十二下りのお歌は、慶応三年に教祖(おやさま)によって示されました。
この頃教祖(おやさま)は、親神様の思し召しにより、「貧の底」の生活をされていました。
みかぐらうた」により、どんな中でも「陽気ぐらし」ができることを、お示し下されました。

教祖(おやさま)は、

これは理の歌や、理に合わせて踊るのやで、ただ踊るのではない、理を振るのや

と仰せ下されています。
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2010年07月15日

天理教用語解説「満足の理」

天理教用語解説:満足の理 とは?

どんなことでも喜んで、「満足」して通ることが大切です。
あるが上にも求める「欲」の心は、「不足」を生み、「満足」できなくなってしまいます。

どのような病気になっても、予期せぬ事情に悩んでも、一切のことは親神様の深い思し召しからであり、そこで喜べるなら、「満足の理」が生まれてきます。

おさしづ」に

ちいさいものはまんぞくのだいであるで (明治三三・七・一四)

と仰せ下されています。
「満足」の台になるのは、大きいことよりも、むしろ小さいことです。
病気や事情で他人の幸福を羨まず、「大難を小難に」おたすけ頂いたことを喜ぶことが大切です。
またあるいは、人に喜んでもらいたいのに、自分にはこんな小さなことしかできないと、自分自身に「不足の心」を起こしては、「満足の理」は生まれません。
どんなことにも「満足」して通るところに、万事が開けてきます。

おさしづ」に

まんぞくの理から芽がふくで (明治三七・二・六)

と仰せ下されています。
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2010年07月14日

天理教用語解説「末代の理」

天理教用語解説:末代の理 とは?

おさしづ」に

どんな事ありても、こんな事ありても道といふ理は末代の理なれば、たのしみなくてはならん、道一代と思ふやたよりない、これから道一つ理たより定めてゐれば、難儀しよにもできやせん。不自由しようにもできやせん。あちらこちら心を治め、なんでも一つこの理おさめてくれ (明治三四・六・二五)

と仰せ下されています。
親神様のお教え通りに、人のために尽くした理は、その時だけのものではなく、「末代」のもの、永久のものです。
親神様はその理を受けとって下さり、「末代」にわたってご守護下さいます。

人生を一代限りと考えると、焦りを感じ、人をたすけるという心よりも、わが身がたすかる心を使いがちになってしまうものです。
人生は一代限りではなく、何代も何代も生まれ変わり出変わりして、「末代」まで続く、「きりなしの道」とお教え下さいます。

たとえ小さなことであっても、欲を離れて、人のために尽くしきるということが大切です。
その心の理こそ、「末代」のものです。
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2010年07月09日

天理教用語解説「本部」

天理教用語解説:本部 とは?

「本部」とは、正式には「天理教教会本部」といい、奈良県天理市にあります。
神殿の南側に黒門があり、その黒門に「天理教教会本部」と書かれた看板が掲げられています。

教祖(おやさま)ご存命中には、同信の人々が集まって「講社」(教会の前身)を結成していました。
しかしそれは教会としての正式の認可ではなく、官憲の圧迫が烈しく、布教や信仰に幾多の困難をきたしていました。
一方で、教祖(おやさま)は、「通りやすい道は通りにくい、通りにくい道は通りやすい」と仰せになり、なかなか教会設置をお許しになりませんでした。

教祖(おやさま)が現身をおかくしになられた翌明治二十一年一月二十六日の一年祭のふし(節)をきっかけに、「応法の理」として、本席様の「おさしづ」を通して、教会設置運動のお許しになられました。
これを受けて明治二十一年四月十日、東京にて教会設置の認可がありました。
しかし、東京の「教会本部」はあくまでも「仮本部」で、「ぢば」を離れての「教会本部」はありえないというご教理に基づき、「ぢば」へ「教会本部」を移転されました。

国々処々の教会は、「本部」の「ぢば」の理を頂いて許されています。
「天理教教会本部」はあくまでも、人間宿し込みの元なる「ぢば」の理に基づくものです。
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みかぐらうた解釈10 六下り目。

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2010年07月08日

天理教用語解説「ほんづとめ(本勤め)」

天理教用語解説:「ほんづとめ(本勤め)」 とは?

親神様がお教え下された根本的な救済の道は、「おつとめ」と「おさづけ」です。
その「おつとめ」とは、この「ほんづとめ(本勤め)」のことで、日々行われる「朝夕のおつとめ」とは区別されています。

「ほんづとめ(本勤め)」は、人間宿し込みの元なる「ぢば」でのみ行われ、国々処々の教会で行うことはできません。
また、「ぢば」においても、毎日行われるのではなく、立教の元一日である二十六日を毎月の月次祭として行われます。
この外、「おびやづとめ」の場合も「ほんづとめ(本勤め)」が行われていますが、これら以外は、「朝夕のおつとめ」が行われています。

「ほんづとめ(本勤め)」は、人間が宿し込まれた元なる「ぢば」で十人のつとめ人衆が、人間創造の理をかたどった「かぐら面」をつけ、九つの鳴り物に心を合わせ、親神様の守護の理をてぶりにあらわして、おつとめされます。
「ほんづとめ(本勤め)」は、ただ十人のつとめ人衆が集まればよいのではありません。
おふでさき」に

しんぢつのつとめの人ぢう十人の 心を神がうけとりたなら (六 18)

と仰せ下されているように、その心が重要です。

この「ほんづとめ(本勤め)」は、「かんろだいづとめ」、「かぐらづとめ」、「よふきづとめ」、「たすけづとめ」の四つの呼称があります。

教祖(おやさま)は、世界一列をたすけるために「おつとめ」をお急き込みになりました。
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2010年07月07日

天理教用語解説「ほこり(埃)」

天理教用語解説:ほこり(埃) とは?

親神様の思し召しに添わない心づかいを、「ほこり(埃)」と言います。
わが身勝手な心づかいは、毎日掃除をしてもすぐに積もる「ほこり(埃)」のようなものです。
日々掃除をしていれば、何でもないものですが、掃除を怠ると段々に積もり、ついには掃いても拭いても取り除きにくくなってしまいます。

しかし、どれほど「ほこり(埃)」が積もっても、「神を箒に」心を掃除するなら、どのような「ほこり(埃)」も払うことができます。

親神様は、「ほこり(埃)」を払うとして、一人一人に身上事情のてびきを与えられ、しっかり「ほこり(埃)」を払うよう、お導き下されます。

「ほこり(埃)」の心づかいとして、「をしい」、「ほしい」、「にくい」、「かわい」、「うらみ」、「はらだち」、「よく」、「こうまん」の「八つのほこり」をお教え下されています。
このような心づかいをしないよう、日々わが身を振り返って、心の掃除をしていくことが大切です。
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2010年07月06日

天理教用語解説「別火別鍋」

天理教用語解説:別火別鍋 とは?

明治四年九月、教祖(おやさま)は、「別火別鍋」と仰せられました。
教祖(おやさま)のお食事を、他の者と別にせよということです。
身近な生活を通して、教祖(おやさま)の食事と他の者の食事を別にされ、教祖(おやさま)が「月日のやしろ」であるという理を、人々の目に見せて納得させようとの親心からです。

同じように明治七年、「赤衣(あかき)」を召されて、教祖(おやさま)が「月日のやしろ」である理を、目に示して納得させようとされています。
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