2010年08月30日

天理教用語解説「をびや許し(帯屋許し)」

天理教用語解説:をびや許し(帯屋許し)

「をびや許し(帯屋許し)」は、「よろづたすけ」の道あけとなったものです。
「をびや許し(帯屋許し)」とは、出産に関するたすけです。
この「をびや許し(帯屋許し)」は、親神様が「おぢば」において人間を宿し込み下された、その理をもって、人間出産の時の特別なご守護を下されるというものです。

この道の最初は、多くの人が、産後の患いをたすけて頂いて入信されました。
これらのことから、当時の人々は、天理教の神様は「お産の神様」であるとまで言っていました。

この道は、「証拠ためし」の道と言い、何でも目の当たりにたすけの証拠を見せて、納得づくめの上で導いていかれます。
「をびや許し(帯屋許し)」においても同じく、「をびやためし」と言って、まず教祖(おやさま)ご自身の場合、次に三女おはる様の場合というように、身内からそのためしをかけられました。

「をびや許し(帯屋許し)」は、懐妊後六か月となったら、どんな人でも、「おぢば」に願い出ると頂けます。
この時、「御供(ごく)」を三包みお下げ下さいます。
一包みは頂いて家に帰ったら、すぐに頂きます。
次の一包みは、産気づいた時に頂きます。
最後の一包みは、出産後の片づけが済んだ時に頂きます。




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2010年08月29日

天理教用語解説「ろくぢ」

天理教用語解説:ろくぢ とは?

「ろくぢ」は、大和地方の方言で、「ろつくのぢにする」などと使われています。
「ろくぢ」とは、地面を平らにすることで、この言葉を用いて、親神様の思し召しを世界中一列にくまなくお広めになるという意味で使っておられます。

おさしづ」に

すつきりろくぢにふみならすで、さあ/\扉を開いて/\、一れつろくぢ、さあろくぢにふみだす (明治二〇・二・一七)


扉を開いて世界ろくぢにふみならすといふてある、扉を開いて世界ろくぢにふみならしにまわりてゐる、なれどもみなあんじてどうもならん (明治二二・三・二三)


一寸にいくやない、一寸にいくやうでは一寸の道といふ、だん/\海もこし、山もこし、ろくぢの道をつけるは一寸にはいかん (明治二六・一・二一)

と仰せ下されています。

教祖(おやさま)は、百十五歳の定命を二十五年縮めてまで、世界一列を「ろくぢ」、すなわち道をお広め下されます。
その道は困難で、ちょっとにはつきませんが、案ずることはない、とおさとし下されています。




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2010年08月25日

天理教用語解説「ろぎん(路銀)」

天理教用語解説:ろぎん(路銀) とは?

一般的な意味での「ろぎん(路銀)」とは、旅をする際の、宿泊や食費などの旅費にあてるお金のことです。
天理教でいう「ろぎん(路銀)」とは、このような旅のお金のことではなく、たすけ一条の旅に出る布教師に親神様から授けて下さる、「おさづけ」のことを指します。
すなわち、旅をするのに「ろぎん(路銀)」が必要不可欠であるように、人だすけの布教に「おさづけ」は絶対に必要であることを、「ろぎん(路銀)」にたとえられています。

ただし、一般的な意味での旅の「ろぎん(路銀)」には上限があり、節約することも必要ですが、お道の「ろぎん(路銀)」である「おさづけ」は、人のために可能な限り多く使わせて頂き、一人でも多くの人にたすかって頂くことが大切です。

おさづけ」を「ろぎん(路銀)」と表現されたのは、教祖(おやさま)が「肥のさづけ」を下さるときに

長の道中路銀無うては来られようまい、路銀として肥授けよう

と仰せられたことに始まります。
この他にも、「教会名称の理」を許されたことは「ろぎん(路銀)」を渡したようなものであるという意味にも使われています。
「心のろぎん(明治三一・三・三〇 おさしづ)」という表現も使われています。


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2010年08月24日

天理教用語解説「りうけい(立毛)」

天理教用語解説:りうけい(立毛) とは?

「りうけい(立毛)」とは、大和地方の方言で、農作物のことを指します。
教祖(おやさま)はこの言葉をそのまま原典の中でしばしばお使いになっておられます。
当時の信者さんには、農家が多く、具体的なたすけの姿として、「りうけい(立毛)」(農作物)の豊年、豊作についてお説きになり、さらに「りうけい(立毛)」(農作物)が育つために、「肥のさづけ」をお教え下されました。

おふでさき」に

りうけいのいつむ心ハきのとくや いづまんよふとはやくいさめよ (一 13)


りうけいがいさみでるよとをもうなら かぐらつとめやてをとりをせよ (一 14)


大一わりゆけつくるをたすけたさ こゑ一ぢよふをしへたいから (一三 60)

と仰せ下されています。

また「おさしづ」に

りうけいの育つも、この世始めも同じ事、ない人間をこしらへて、始めよりものがいへたやない、一年たてば一つわかる、又一つわかれば、また一つわかるやうになつて、ものいふやうになりたも同じ事 (明治二〇・八・二三)

と示されています。
誰にでもわかるように、「りうけい(立毛)」にたとえて、親神様のをお説き下されています。


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2010年08月23日

天理教用語解説「律」

天理教用語解説:律 とは?

「律」とは、「法律」のことです。
教祖(おやさま)存命時代、道の先輩が、「法律」と親神様の「おさしづ」との間に挟まれ、苦しんでおられました。
教祖(おやさま)は、「通りやすい道は通りにくい、通りにくい道は通りやすい」と仰せになり、なかなか教会設置や布教公認の手続きをとることを、お許しになりませんでした。
したがって、神一条のおせきこみである「つとめ」をすることは「法律」にかなわず、そのために教祖(おやさま)が官憲の圧迫を受けて、幾度となく拘留されるのでした。
教祖(おやさま)のこのご苦労を見るにしのびず、初代真柱様はじめ一同の者は、なんとかして国の「法律」と親神様の「おさしづ」の両方が立つ道をと思案されましたが、教祖(おやさま)の「律」に対するお考えは一貫して変わりありません。

おさしづ」に

さあ/\月日がありて此世界あり、世界ありてそれ/\あり、それ/\有りて身の内あり、身の内ありて律あり、律有りても心定めが第一やで (明治二〇・一・一三)


さあ/\一つの所、律が律がこはいか、神がこはいか、律がこはいか・・・・・・ (明治二〇・二・一八)

と仰せ下されています。
これらの「おさしづ」に、神の道は「法律」を超えたものであることが、はっきりと示されています。

教祖(おやさま)が現身をおかくしになられてから、子どもかわいい故、「応法の道」として、教会本部設置も許されました。
しかし、あくまでも道のを忘れないことが重要です。

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2010年08月19日

天理教用語解説「理」

天理教用語解説:理 とは?

「理」という言葉が非常に多く使われます。
根本的には、親神様の思し召し、お働き、ご守護といった意味です。

一切のことの親神様の思し召しを悟ろうとすることは、形、物、現象の世界の奥にある「理」に触れていく生き方です。

また、「理を立てる」という言葉は、人間思案を先に立てず、親神様の思し召しを先に立てるということです。

「理立て」と言って、教会に金銭をお供えすることを言います。
しかしこれも、親神様の思し召しを立てていくという本質から、たまたまそれが金銭という一つの形にあらわれたものであって、その精神を失ったお金の多寡を言うものではありません。

さらにまた、この「理」という言葉は、感情に対する理性といういうような相対的な意味ではなく、もっと絶対的な、暖かいご守護、親心をあらわしています。

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2010年08月17日

天理教用語解説「四十九年前」

天理教用語解説:四十九年前 とは?

明治二十年の「おさしづ」には、「四十九年前」という言葉が、たびたび出されています。
この言葉は、明治二十一年になると、自動的に五十年前という言葉となって使われています。

「四十九年前」とは、明治二十年から数えて「四十九年前」、すなわち「天保九年」、くわしく言えば、「天保九年十月二十六日」の天理教が始まった「立教元一日」をさしています。

おさしづ」に

さあ神といふことうそなら、四十九年前より今まで此道つゞきはせまい、今までにいふた事みえてある、これでしやんせよ (明治二〇・一・四)


四十九年前よりの道の事、いかなる道もとほりたであらう、わかりたるであらう (明治二〇・一・一〇)


四十九年以前より誠といふしあんがあらう、実といふ処があらう (明治20・一・一三)

と仰せ下されています。
当時、官憲の圧迫が激しく、法に逆らって「おつとめ」をすることが困難であると思っておられた人々に対してのお言葉です。
教祖(おやさま)は、この道は立教以来、誠の道であり、親は色々な「ひながたの道」を通って見せてきてある、どんな難関も誠真実一つで通ることができる。親神様の言うことが嘘なら、今日までこの道は続いて来なかったと、四十九年来の道すがらを示しておられます。

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2010年08月14日

天理教用語解説「よろづいさい」

天理教用語解説:よろづいさい とは?

みかぐらうた」の「よろづよ八首」の中に

このたびはかみがおもてへあらハれて なにかいさいをときゝかす (よろづよ八首 3)
きゝたくバたづねくるならいうてきかす よろづいさいのもとなるを (よろづよ八首 6)
かみがでゝなにかいさいをとっくならバ せかい一れついさむなり (よろづよ八首 7)

と仰せ下されています。
「いさい」は「委細」、あるいは「一切」と悟れます。

親神様は、ない人間ない世界をお創め下された、元の神、実の神様です。
したがって、「よろづいさい」を説くことができるのはもちろんのことです。
立教の以前までは、真実の親がおもてに現れなかったので、親神様の思し召し、「よろづいさい」について知ることができませんでした。

天保九年十月二六日、いんねんある教祖(おやさま)の身体を神の社として、親神様がじきじきにお現れになり、「よろづいさい」をお説き下さいました。
しかも教祖(おやさま)は、口で説かれるだけでなく、身をもって行いに示し、「ひながたの道」をお教え下さいました。

「よろづいさい」をお説き下さるのは、単なる博識を意味するのではなく、「よろづいさいのもと」と示されているように、人間世界創造の根源を示し、それによって世界の心を勇ませ、陽気ぐらし世界の実現をさせようとの思し召しからです。

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2010年08月13日

天理教用語解説「夜昼の理」

天理教用語解説:夜昼の理 とは?

おさしづ」に

・・・・・・夜昼の理がわからにや修行に出て行くがよい、此やしきには五十そこ/\の年をとりてゐれど、それだけのあほはないぞ・・・・・・ (明治二六・一〇・五)

と仰せ下されています。
「夜昼の理」とは、「道の理」という意味です。
何十年信仰をしていても、本当の理を聞き分けていないようではならないと仰せられています。

「夜の」、「昼の」については、諸井政一先生が「正文遺韻」の中で次のように述べておられます。

よるひるわからんやうではなにもわからんといふ。それよるのみちといへばくらいであろう。ひるのみちといへばあかるいであろう。そのあかるいみちをくらいとおもふて、つまづくかしらん、ふみかぶるかしらんと、あんじてゐてはどうもみちをとほるにとほられん。それ心からとてふみかぶつたりせんならん。よるのわるいみちを通りながら、くらいとおもはず、きをつけずにゐたことなら、どうであらう。何につまづくとも、つきあたるともわからうまい。そこでをきいても、ききわけなかつたら、ちようど、よるのみちとひるのみちとわからんやうなものや




正文遺韻抄

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2010年08月12日

天理教用語解説「よふぼく(用木)」

天理教用語解説:よふぼく(用木) とは?

親神様は、人間に理解しやすいようにとの親心から、たとえを用いてお説き下されています。
「よふぼく(用木)」もその一つです。

親神様のお望みになる「陽気ぐらし」の世界建設を、「(ふしん)普請」にたとえて、それにあずかる人々を「よふぼく(用木)」と仰せられています。

「よふぼく(用木)」には、男女の隔ても、貴賤の差もなく、どのような人間でも、世界一列をたすけたいという親神様のお心を心とするとき、人は皆、「よふぼく(用木)」となります。

親神様は、「よふぼく(用木)」を育てるために、身上や事情を与え、それを「ていれ(手入)」や「てびき(手引)」とされます。
この「おていれ」や「おてびき(手引)」によって、人間はますます心を磨き、立派な「よふぼく(用木)」となることができます。

親神様は、たすけ一条を誓う「よふぼく(用木)」の誠真実の心に、人をたすけさせていただくことのできる、「おさづけ」という理を授けてくださいます。
おさづけ」を取り次がせて頂き、親神様の思し召しを伝えさせて頂くことによって、人がたすかり、親神様のお望みになる「陽気ぐらし」の世とたてかわってくるのです。
この時、たすけの主は親神様であり、たすけ人衆は、親神様の「よふぼく(用木)」であり、親神様の思し召しを伝える「取次人」です。

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