2017年07月14日

二十年、三十年経ったなら

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今年も、夏のこどもおぢばがえりの季節がやって来ました。

私のお預かりしている教会に、Iくんという、新米のよふぼくさんがいます。
身上の悩みをきっかけに、別席をオススメして、よふぼくになって下さいました。今、30代半ばの青年さんです。
彼を別席にご案内する際に、『おぢばがえり』という言葉を使うと、なぜか非常に嬉しそうな表情をされました。
最初は気のせいかなと思っていたのですが、こんな話を聞かせてくれました。

「子どもの頃、周りの友達がみんな、毎年こどもおぢばがえりに参加して、楽しかった楽しかったと、思い出を語り合っていた。それを聞いて自分も行ってみたかったけど、色んな事情で、参加できなかった。すごく行ってみたかったぁ。」

これを聞いて、私はとても驚きました。こどもおぢばがえりって、凄いなぁと思いました。彼ににをいをかけたのは、私ではなく、こどもおぢばがえりに参加して、ただ楽しかったと話している同級生だったんです。たまたま、私の側で、花開いたに過ぎません。
こどもおぢばがえりを通して、子ども達に楽しんでもらうということは、その子達におぢばのにをいをかけるだけではなく、おぢばに帰っていない子ども達にもにをいをかけることになり、20年も経って、人が助かるきっかけになることを思い知らされました。

20年。
人間にとっては、とてつもなく長い時間です。ですが、立教当初の神様のお言葉に、

「今は種々と心配するは無理でないけれど、二十年三十年経ったなれば、皆の者成程と思う日が来る程に。」

と仰せ下さいます。

よくよく考えれば、代を重ねた信仰者も、生まれた時から絶えず実の親ににをいを掛けて頂いているにも関わらず、実際に信仰心に目覚めるのは二十年以上経ってからのことでしょう。
先案じせず、今できる精一杯の種まきが、将来の人材育成に必ず繋がると信じます。

今年の夏も、身近な子ども達に楽しんでもらえるよう、精一杯、声掛け、引率、ひのきしんにつとめましょう!

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posted by 朱夏 at 14:06| Comment(0) | TrackBack(0) | ひとことのお話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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