2017年05月05日

天理教教典・第二章 たすけ一条の道

第二章 たすけ一条の道

  月日にハせかいぢうゝハみなわが子
  たすけたいとの心ばかりで           八  4

 親神は、一れつの人間に、陽気ぐらしをさせたいとの親心から、教祖をやしろとして表に現れ、よろづいさいの真実を明かして、珍しいたすけ一条の道を教えられた。

  つとめてもほかの事とわをもうなよ
  たすけたいのが一ちよばかりで        一六 65

 この親心から、よろづたすけの道として教えられたのが、つとめ一条である。

  このよふをはじめかけたもをなぢ事
  めづらし事をしてみせるでな          六  7

  このよふをはじめてからにないつとめ
  またはじめかけたしかをさめる         六  8

 このつとめは、親神が、紋型ないところから、人間世界を創めた元初りの珍しい働きを、この度は、たすけ一条の上に現そうとて、教えられたつとめである。即ち、これによって、この世は、思召そのままの陽気 な世界に立て替ってくる。

  つとめでもどふゆうつとめするならば
  かんろふだいのつとめいちゞよ        一〇 21

 このつとめは、かんろだいをしんとして行う。

  にんけんをはじめかけたるしよこふに
  かんろふたいをすゑてをくぞや        一七  9

 かんろだいとは、人間宿し込みの元なるぢばに、その証拠としてすえる台で、人間の創造と、その成人の理とを現して形造り、人間世界の本元と、その窮りない発展とを意味する。

  しんぢつのつとめの人ぢう十人の
  心を神がうけとりたなら            六 18

  それからハどのよな事もたん/\と
  神のをもわくみなときゝかす          六 19

  にち/\に神の心わせゑたとて
  人ぢう十人そろいなけねば           六 20

 このつとめは、又、かぐらづとめとも教えられ、親神の創造の理をかたどり、選ばれた十人のつとめ人衆が、夫々、面をつけ、歌に調子を合せて、奏でる九つの鳴物の調べに心を揃え、親神の守護の理を手振にあらわしてつとめる。実に、かぐらづとめは、人間創造の元を慕うて、その喜びを今に復えし、親神の豊かな恵をたたえ、心を一つに合せて、その守護を祈念するつとめである。

  みなそろてはやくつとめをするならバ
  そばがいさめバ神もいさむる          一 11

 つとめ人衆が、親神にもたれ、呼吸を合せてつとめる時、その心は、自と溶け合うて陽気になり、親神の心と一つとなる。この一手一つに勇む心を受け取つて、親神もまた勇まれ、神人和楽の陽気がここに漲る。

  またさきのよふきづとめをまちかねる
  なんの事ならかぐらつとめや          四 29

 かぐらづとめは、又、よふきづとめとも仰せられる。まことに、よふ きづとめは、親神の思召さながらの陽気をたたえて、その成就を祈願するつとめである。

  どのよふなたすけするのもみなつとめ
  月日ゆうよにたしかするなら          七 83

  しんぢつの心あるなら月日にも
  しかとうけやいたすけするぞや         七 84

 つとめ人衆が、思召通りに陽気につとめる時、親神は、その真心を受け取つて、自由自在の守護を現される。

  このつとめせかいぢううのたすけみち
  をしでもものをゆハす事なり          四 91

  にち/\にはやくつとめをせきこめよ
  いかなるなんもみなのがれるで        一〇 19

  とのよふなむつかしくなるやまいでも
  つとめ一ぢよてみなたすかるで        一〇 20

 されば、よふきづとめは、又、たすけづとめとも教えられ、いかなる願もかなえられるつとめである。

  たすけでもあしきなをするまてやない
  めづらしたすけをもているから        一七 52

  このたすけどふゆう事にをもうかな
  やますしなすによハりなきよに        一七 53

 たすけづとめは、ただ、身上のさわりや、災難や、苦悩をたすけるつとめであるばかりでなく、進んでは、病まず、死なず、弱らない、珍しい守護をなされるつとめである。

  しんぢつの心しだいのこのたすけ
  やますしなずによハりなきよふ         三 99

  このたすけ百十五才ぢよみよと
  さだめつけたい神の一ぢよ           三 100

  そのゝちハやまずしなすによハらすに
  心したいにいつまでもいよ           四 37

  またさきハねんけんたちた事ならば
  としをよるめハさらにないぞや         四 38

 人々の心が澄みきって、真実の心となつた暁には、たすけづとめによって、甘露を授けられる。これを頂けば、人は、よく百十五歳の定命を保ち、なお、心次第によっては、いつまでも生きさせてやろうと教えら れる。

  このつとめなにの事やとをもている
  せかいをさめてたすけばかりを         四 93

  はや/\と心そろをてしいかりと
  つとめするならせかいをさまる        一四 92

 このつとめは、人間個々の身上や事情に限らず、更に、豊かな稔りや平和の栄えなど、広く世界の上に、親神の恵を及ぼすつとめである。
 ここに、恵は遍く一れつに及び、人類は、ひとしく親神の子として、兄弟姉妹であることに目覚め、互に立て合い扶け合うて、世界は、一つ心の陽気ぐらしの世と立て替る。
 親神は、更に又、いき・てをどりのさづけによつて、身上たすけの道を教えられた。

  このさきハなんほむつかしやまいても
  いきとてをどりみなたすけるで        一二 50

  どのよふなむつかしくなるやまいでも
  これなをらんとゆうでないぞや        一二 51

 即ち、さづけは、親神が一名一人の心の真実を見定めて、たすけ一条のために渡される、こうのうの理である。人々が、授かつたその日の心を生涯の理に治めて、陽気普請のよふぼくとなり、天の理を取り次がせて頂くところ、親神は、願う心の誠真実を受け取り、自由自在の守護をもって、いかなる難病をもたすけられる。さづけの理は、たすけ一条を誓う一日の日の真心に授けられる、生涯末代の宝であって、この理をうけて、親神のよふぼくの馳せ巡るところ、広い世界に不思議なたすけは相ついで現れる。
 まことに、つとめとさづけとは、親神が、世界一れつに、陽気ぐらしをさせてやりたい、との切なる親心によつて教えられた、たすけ一条の道である。これによって、病の根は切れ、あしきは祓われて、世界は陽気によみがえる。
 かくて、世界人類は、親神の篤き守護をたたえて、心ますます勇み、親神は、又、これを受けて、恵は、いよいよ深く、ここに、神人は共に和楽して、陽気溢れる世界が、この地上に実現される。


  あしきをはらうてたすけせきこむ
  いちれつすましてかんろだい






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posted by 朱夏 at 13:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 天理教教典 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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