2016年01月06日

おさしづ補遺(明治三十八年)(公刊おさしづ第七巻より)

おさしづを読む前に、「おさしづを身近に」をご参照下さい。
天理教勉強blog: おさしづを身近に。

おさしづの順は、公刊おさしづに準じています。
但し、旧字は常用漢字に改めています。
また「割書き」部分は文頭を一段下げることで、おさしづ本文と区別しています。

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明治三十八年三月三十日
 乾キシ三十一才身上願
さあ/\/\尋ねる事情/\、身上一つ事情、さあ/\一時さあ/\ならん/\、一時どんならん事情日々の処、さあ/\尋ねる事情一つ理、どういう事を諭する。身上には何もこれまでの処夫婦の中の理十分の理一つこれまで。又多くの中とも言うであろう。身上にどういう事あろうこういう事あろう。何でもどうでもと思う処、言うまでの理。これ事情よく聞き分けにゃ分からん。さあ/\何でも彼でも救からにゃならん救けにゃならんが、一つ理。中に一つどうも一時という、身上々々は迫り/\迫り切ったる事情、何とも一つ諭しようが無い。なれど、一つ事情これまでの処、思い/\の日通り来たる。言うに言えん、諭すに諭せん理ある。又々事情ただ一つ心思やんをして、何でもこれから一つ理取り直し、よう理聞き分け。教理の中順序の中諭する中に籠もりある。これよく聞き分けてくれ。皆々心はすっきりと成っても成らいでも一つ、どうでもこうでもという心を定め。一時の処という、一つ事情ならん/\。大層々々。そこでよく事情聞き分けてくれ。これ何たる事という心持たず、皆々それ/\の心を十分繋ぎ合うてくれるよう。

 押して、役員の内も十分精神を定めさして頂きますと
さあ/\尋ね返やす処/\、重ね/\の事情、どうでもこうでも、一時と言えば、どうでもこうでも、何とも分かり難ない。この事情よく聞き分け。どんな事もこんな事も世上にある。世上の理諭するであろう。めん/\も諭する理ある。めん/\もなあという精神を定めでくれるよう。




明治三十八年四月十六日
 越智久八三十八才花房きよ二十九才結婚願(高知部内愛豫支教会長)
さあ/\尋ねる事情/\、縁談一条事情理尋ねる。さあ/\前々事情一つ理余儀無くと言うであろう。又後一つ理、こうという一つ理皆々中の理、一つ心寄り合うて一つ事情、皆々心の理に一つ理治まれば、又内々理も治まるであろう。事情一つ理願通り/\許そ/\、さあ許し置こう。




明治三十八年五月三日
 中西殷三十七才身上願(敷島分教会理事兼紀陽支教会長)
さあ/\尋ねる事情/\、身上という一つ理を尋ねる。尋ねるからは、いかな心もよく聞き分けて、よう思やんせにゃならん。どういう思やんせにゃならんかと思う。思やんというは、もう身上鮮やかならんと言う。しいかり聞き分け/\。この道というは、容易やなかったやろ/\。年限数えば、余程の年限。これまで何でもと言うて運んで今日の日、どうでもこうでもという。どうでも行かんこうでも行かん。心一つ聞き分け。たゞ一つの理を諭しよ。よう聞き分け。中の中というものは、皆持ち合い/\、安定行けば皆のもの、悪く行けば皆のもの。この一つ理この一つ心。中というは、何処も皆同じ事。一つ善くば皆善い、一つ悪けりゃ皆悪い。身の内と事情と、皆留まった理。又一つ、知りながら鮮やか行かんから、そう身上不足ありてたんのう出けやせん。これだけこうして居る、これだけどうして居る。ならん中たんのうする理。この道というは、一代と思たら頼り無い。この道は末代の理である。よく聞き分け。身上不足たんのう勤めてくれにゃならん。たんのうは前生いんねんのさんげえである程に。しいかり心定めて、これからという精神持ってくれるよう。

 押して、分教会一方へ寄せて勤めましたら宜し御座りますかと願
さあ/\尋ねる事情/\、どうしたらよかろこうしたらよかろ、この順序、それはどうしたらよかろと尋ね返やす。そらどうしたらよかろこうしたらよかろ、とは言わん/\。身はかりもの。こうしたらと、身上理と試してみたらよい。よう聞き分けてくれ。




明治三十八年九月七日
 鈴木半次郎長男平作二十才鈴木三吉長女つる十九才結婚願(水口部内嶽東支教会長鈴木半次郎、同教会役員鈴木三吉)
さあ/\尋ねる事情/\、さあ縁談一条一つ事情理尋ねる。尋ねるには、皆々それそれどうでもこうでも、この一日の日の願う一つ理将来。将来と言えば、理末代の理とも言うで。一つ尋ねる事情、将来の心の理が治まれば、何時なりと許そ/\、さあ許し置こう。




明治三十八年十月二十二日
 吉成森蔵五十二才身上願
さあ/\/\尋ねる事情/\、身上一条、さあ一つ事情理尋ねる。一時どうという事は無い。なれど、事情余程の事情、将来の心楽しみの心の事情諭し置くによって、十分理よう聞き分けにゃ分からんで。さあ/\長らえての間、道のため、よう/\の日という。楽しみ一つの中であろう。身上に一つ掛かりて、いかなる事情である。日々の理一つ心を取り直し、身上に不足成程と一つ理である。又暫くと言う。成っても成らいでもという心あればこそ、今日まで通り来た道という。身上に掛かり、どうこう何年経ちても同じ事。よう思やんせい。将来末代の理。人間一代と言うからいろ/\の心の理もある。将来末代の理に結び込んである。決して尽し損にならん程に/\。この理よく聞かしてくれるよう。




明治三十八年十月二十二日
 松本伊之助五十五才身上願(兵神分教会役員)
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上一つ事情尋ねる。事情いかな事であろうかと思う処、日々これはどういう事であろうと思い/\、日は経ってあろ、と日々心であろ。よう聞き分け。事情諭し置こう。よく聞き分けにゃ分かり難ないで。よう思やんしてみよ。めん/\身上で自由ならんと言う。これは日々諭す中の理であろ。これ聞き分け。一時どうではない。なれど大層。よう聞き分けて、こんな事と更々思うやない。前々より長の道すがら尽した理は失おうにも失わらせん。これこんな事では人が何と思うやろ。そこでよう聞き分けて、事情治めてくれ。尽した理は、取ろにも取らゝせん。剥がそにも剥がさらせん。よう聞き分け。こんな事人がなあというは、更に持たず。尽した理は将来末代の理。これ順序聞き分け。身上こんな事ではなあという心持たず、よう聞き分けて、これだけ一つ治めてくれるようと、諭し置こう。




明治三十八年十月二十九日
 岡本久三郎妻ならゑ四十八才身上願(奈良支教会役員妻)
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上という一つ事情尋ねる。尋ねるにはなか/\一つもうであろうか、もうよかろうか/\と思い/\、日が経って、ならん処から順序追うて尋ねるのやろ。よう聞き分けて、諭してやってくれ。何でなると些か心に持たんよう、思わぬよう。この道というは、なか/\の道通りあろ。これは十分受け取ってある。よう聞き分け。人間というは一代切りと思てはならん。事情末代の理。尽した理はいつになっても治まる程に。未だ/\というは日々であろ。中に身上不足なりて、こんな事と思う、思う心些か持たず。成ろうと言うて成るものやない。成ろうまいと思うても成って来る。この理聞き分けて、今までゝあったらどうなる。取りよ。この理聞き分け。十分尽した理は、将来末代の理に治まりて、結構と一つ分かりてみよ。事情諭し置かにゃならん。こんな事と更に持つやない。この理聞き分けてくれ。




明治三十八年十一月六日
 渡辺福松四十三才身上願(山名部内福島支教会理事飯坂出張所担任)
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上という一つ事情尋ねる事情、さあ/\まあ一寸した事ならば、そのまゝなれど、どうしてもいかん、どうしてもなあ、こうしてもなあ思うから、尋ねる。尋ねるからは、一つ諭し置こう。よっく聞き取って、よく諭してくれ。この身上という、どういう事であろ、どういう理であろ、と思うは心であろ。この理はどういう理、道に一つ理があれば道の理も分かる。どういう事も分かる。さあこの道長い間の道すがら、どういう事もこういう事も十分通り来たる処、皆受け取ってある。そんなら身上という、どうしたらよかろと又思う。よう聞き分け。成ろと言うて成らるものやない。成ろまいと言うて成って来る。この理は、この理は、皆諭すやろ。この理聞き分けて、いつ/\尽し運んだ理もある。この理は将来末代の理である。よう聞き分けてたんのう。身上に不足ありて何のたんのう、そら出けやせん。なれど、理を聞き分けて、ならん処のたんのうは、前生いんねんのさんげえであるで。さあよう聞き分け。一時どうではない。尽し運んだ理は、捨てるやない。神が捨てるやない。さあ一代切りと思たら頼り無い。理は末代。この理聞き分け。さあ道という、尽し運んだ理は、皆受け取ってある。この道に、難儀さそう不自由さそう理は、何処にあるか。尽した理は、皆受け取ってある。さあ一時どうではない。なれど、余程大層。よう聞き分けて、たんのう諭してくれるよう。




明治三十八年十二月二日
 加藤文右衞門長男文二郎九月より足の障りに付、親共おさしづ頂き度きため上和致し願(日本橋分教会役員)
さあ/\尋ねる事情、さあ/\身上という、尋ねる事情いかな事であろうと思う。さあ/\事情よう聞き分けにゃ分かり難ないで。さあ身上不足になって、これはどういうものと思う。何程頼めど、どれだけどうものと思う。何頼めども、どれだけどうこれだけこうしても、一時身上速やかならん。余儀無く心の理で尋ねるであろう。よく聞き分けにゃ分かり難ないで。さあ人間という、身の内という、身上はかりもの。あちら人にも諭して居るであろう。めん/\心に治めを付けにゃならん。成っても成らいでも、これいんねんという。前生一つ持ち越し。又身上不足なって何の楽しみは出来るものやない。さあ成らん中のたんのうがさんげ。これ前生いんねんのさんげである。さあ/\何程裕福に暮らしても、身上不足なって楽しみがあるか。これで治まりが付くか付かんか、よう思やんしてみよ。又一つ、さあどうなってもこうなっても思う中に、これ一つ聞き分け。親という子という中に、親は子に、必ず難儀さそう不自由さそうという親は有るか無いか、よう思やんしてみよ。さあ人間はかりものたった一つの心我がもの。この理聞き分け。成程という一つ理が、日々のうちに持ってくれにゃならん。これまでどうして来たこうして来たというは、浅き心である。身上叶わずして、どうこう言うても、どうなるか。この理よう聞き分けにゃ分からん。何よの事も、この一条の理にある。さあ身上大層、余程大層。この理しっかり聞き分けたら、先ず暫くとも言うと、さしづして置こう。




明治三十八年十二月五日
 上田与三郎五十三才身上願(奈良支教会役員)
さあ/\尋ねる事情/\、身上という一つ事情理を尋ねる。尋ねるには、容易ならん事やないから尋ねる。さあこれまで長い間身上不足なりて、これは容易ならんから、尋ねる。どうなるとは諭し難くい。この理聞き分け。道の中道のためこれまで尽す中に、身上こんな事と思うは理なれど、よう聞き分けて、取り替え。よう聞き分け。この道、人間は一代と思うから、何たると思う事が出る。これまで聞いて居る、又諭す理から、一つよう思い直し、一時に理が失うて了う者もある。これどうしてなりとも屈めてなりとも、道成り立たそという。さあ身上不足なりて、たんのうはそら出けやせん。なれど、よう聞き分けて、たんのうは前生いんねんのさんげえという。よう聞き分けば、つい/\楽になる日もある、と諭し置こう。この理一寸諭し置こう。




明治三十八年十二月十三日
 柿谷達太郎四十八才身上願(高知部内幡多支教会長)
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上という一つ事情身上いかな事であろうと、余儀無く処から尋ねる。尋ねるからは、一寸順序の理、何かさしづして置くが、何か事情よう聞き分けさゝにゃならん。さあこの道という、結構と言うであろ/\。働く中結構でありて、中にめん/\身上と言えば、心ころりと変わる。よう聞き分けて、定め込んでくれ。身上どういう事でこうなるという。めん/\も人に伝える理と、めん/\一つ諭す理と、心に治まれば、鮮やか治まるであろ。なれど、めん/\何でこういう事になると思えば、いろ/\沸く。どういう事も治めてくれ/\。又どういう事を治めたらよいと思うやろ。よう聞き分け。人間と言うというは、一代と思うからどうむならん。人間生まれ更わり、この理聞き分け。めん/\尽した理は無くならせん。尽した理は、日々皆受け取ったる。この楽しみ諭してくれ。これではと思わず、身上不足なりて、そらたんのうは出けやせん/\。なれど、この理聞き分けてたんのう。ならん中たんのうは、前生いんねんのさんげえという。これよう聞き分け。案じてはならん。案じる事要らんで。




明治三十八年十二月三十日
 松木幾太郎三十一才身上願(高知部内愛新支教会会計課)
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上という一つ事情、尋ねる事情、些かなるまでのようと思うなれど、どうもいかん/\と、事情一つ尋ねるであろう。尋ねるから順序一つ理諭し置こう。さあどういう事こういう事、身上に不足なってどう思う。事情治まり無く、順序の理心にあって一つ事情どうでもならんから、一つ尋ねる。一つ心の理であろう。それは人間心である。よう聞き分けにゃ分からんで。一度こう一つ心の理どうこう治まり付かん。身上は余程大層の事情なれど、一時どうとは無い。よく聞き分け。日々どうこう、これでと、十分という心定めて、よく聞き分け。さあ身上不足なりて、たんのう出来やせん。なれど、たんのう前生いんねんのさんげである。さあめん/\これまで尽した理受け取りある。楽しましてやれ/\。この理一代と言う、思うない。さあ内々の処も楽しましてやれ。これだけ順序諭し置くから、皆その中に籠もりある程に。
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posted by 朱夏 at 11:37| Comment(0) | TrackBack(0) | おさしづ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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