2013年10月18日

稿本天理教教祖伝逸話篇一九九 一つやで

稿本天理教教祖伝逸話篇一九九 一つやで

兵神真明講周旋方の本田せいは、明治十五年、二度目のおぢば帰りをした。その時、持病の脹満で、又、お腹が大きくなりかけていた。それをごらんになった教祖(おやさま)は、
おせいさん、おせいさん、あんた、そのお腹かかえているのは、辛かろうな。けど、この世のほこりやないで。前々生から負うてるで。神様が、きっと救けて下さるで。心変えなさんなや。なんでもと思うて、この紐放しなさんなや。あんた、前々生のことは、何んにも知らんのやから、ゆるして下さいとお願いして、神様にお礼申していたらよいのやで。」
と、お言葉を下された。それから、せいは、三代積み重ねたほこりを思うと、一日としてジッとしていられなかった。そのお腹をかかえて、毎日おたすけに廻わった。
せいは、どんな寒中でも、水行をしてからおたすけにやらせて頂いた。だんだん人が集まるようになると、神酒徳利に水を入れて、神前に供え、これによって又、ふしぎなたすけを続々とお見せ頂いた。こうして、数年間、熱心におたすけに東奔西走していたが、明治十九年秋、四十九才の時、又々脹満が悪化して、一命も危ないという容態になって来た。そして、苦しいので、「起こせ」とか、「寝させ」とか言いつづけた。それで、その頃の講元端田久吉が、おぢばへ帰り、仲田儀三郎取次ぎで、教祖(おやさま)に、お目にかかり、事の由を申し上げると、 教祖(おやさま)は、
「寝させ起こせは、聞き違いやで。講社から起こせ、ということやで。死ぬのやない。早よう去んで、しっかりとおつとめしなされ。」
と、仰せ下された。そこで、端田等は急いで神戸へもどり、夜昼六座、三日三夜のお願い勤めをした。が、三日目が来ても、効しは見えない。そこで、更に、三日三夜のお願い勤めをしたが、ますます悪くなり、六日目からは、歯を食いしばってしまって、二十八日間死人同様寝通してしまった。その間毎日、お神水を頂かせ、金米糖の御供三粒を、行平で炊いて、竹の管で日に三度ずつ頂かせていた。
医者に頼んでも、「今度は死ぬ。」と言って、診に来てもくれない。然るに、その二十八日間、毎日々々、小便が出て出て仕方がない。日に二十数度も出た。こうして、二十八日目の朝、妹の灘谷すゑが、着物を着替えさせようとすると、あの大きかった太鼓腹が、すっかり引っ込んでいた。余りの事に、すゑは、「エッ」と、驚きの声をあげた。その声で、せいは初めて目を開いて、あたりを見廻わした。そこで、すゑが、「おばん聞こえるか。」と言うと、せいは、「勿体ない、勿体ない。」と、初めてものを言った。
その日、お粥の薄いのを炊いて食べさせると、二口食べて、「ああ、おいしいよ。勿体ないよ。」と言い、次で、梅干で二杯食べ、次にはトロロも食べて、日一日と力づいて来た。が、赤ん坊と同じで、すっかり出流れで、物忘れして仕方がない。
そこで、約一ヵ月後、周旋方の片岡吉五郎が、代参でおぢばへ帰って、教祖(おやさま)に、このことを申し上げると、教祖(おやさま)は、
「無理ない、無理ない。一つやで。これが、生きて出直しやで。未だ年は若い。一つやで。何も分からん。二つ三つにならな、ほんまの事分からんで。」
と、仰せ下された。
せいは、すっかり何も彼も忘れて、着物を縫うたら寸法が違う、三味線も弾けん、という程であったが、二年、三年と経つうちに、だんだんものが分かり出し、四年目ぐらいから、元通りにして頂いた。
こうして、四十九才から七十九才まで三十年間、第二の人生をお与え頂き、なお一段と、たすけ一条に丹精させて頂いたのである。

註 夜昼六座とは、坐り勤めとてをどり前半・後半の一座を、夜三度 昼三度繰り返して勤めるのである。これを三日三夜というと、このお 願い勤めに出させて頂く者は、三昼夜ほとんど不眠不休であった。


<今現在できる、自分なりの「さとり」>
この御逸話のタイトル「一つやで」とは、年齢が一歳であるのと同様の状態だとおさとし下されたお言葉です。

信仰やおたすけの中で、様々な時がありますが、一見たすかっていないように見えても、親神様の視点からすれば、たすかっていく真っ最中とも言える時があります。
また、真剣にお道を通る心が定められる人の多くが、大なり小なり、「生きながらにして生まれ変わる」という体験を持っているものです。
この御逸話の本田せい先生のように何年もかかっての人もいれば、たった一晩でという人もいます。

私の体験を少し紹介したいと思います。
これまでも何度か書いてきましたが、私は身上の手引きを頂き、信仰の道を歩み始めました。
しかしその当初は、身上もすっきりとはしませんでしたし、天理教に対する批判的な考えも浮かびやすく、人におさづけ取り次いでも、「効いた」と言われることはほとんどなく、中には「お前のおさづけは効かない」と怒り出す人もいらっしゃいました。
身体の調子が悪い時は布団から出られず、トイレに行くのさえままならない状態でした。
勉強だけはしてみようと、枕の上で天理教関係の本を読んでみても、感動的なお話は頭に入ってこず、異端信仰者による批判的内容が心を支配することの方が多く、苦痛を感じるばかりでした。
そんな中での、憩いの家への入院。
入院中に読んだ逸話編のおやさまのお言葉にたすけられ、憩いの家からおぢばへの日参を始めたところから、身上の回復がようやく見えてきました。
しかし退院後も、右肩上がりに回復した訳ではなく、不安定とも思える中を、徐々に徐々に御守護頂いたのでした。
何年もかかりましたが、今ではすっきりおたすけ頂き、少々ハードな御用も、しっかりとつとめさせて頂けています。
自分の身体が元気に動かせるのは、当たり前のことではないと、日々喜んで通らせて頂いております。

振り返って考えてみれば、こうして長い期間をかけておたすけ頂いたからこそ、生きながらに生まれ変わらせて頂くことができたのだと思います。
動けない日々、辛く不安な日々、色んな事に一喜一憂し、イライラして腹立たしく思う日々は、成長途中の子どもの心そのものだったと思います。
色んな事が解り、おつとめに喜びを見出し、身体を動かしてのひのきしんができるようになってくると、親の想いも理解でき、ようやくもう一度、大人に近づいてきたと思えました。

本田せい先生ほどの経験ではありませんが、私自身も、家族も、こうした長い期間のおたすけを頂いたからこそ、今の日々を喜んで通らせて頂けているのだと思います。
この御逸話のような不思議なたすかり、長い年数をかけての生きながらの生まれ変わりは、間違いなく今も同様にあるのだと、私自身の経験を通して、さとらせて頂きます。
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posted by 朱夏 at 05:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 稿本天理教教祖伝逸話篇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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