2012年10月24日

稿本天理教教祖伝逸話篇一二九 花疥癬のおたすけ



稿本天理教教祖伝逸話篇一二九 花疥癬のおたすけ

明治十六年、今川聖次郎の長女ヤス九才の時、疥癬にかかり、しかも花疥癬と言うて膿を持つものであった。親に連れられておぢばへ帰り、教祖(おやさま)の御前に出さして頂いたら、
「こっちへおいで。」
と、仰っしゃった。恐る恐る御前に進むと、
「もっとこっち、もっとこっち。」
と、仰っしゃるので、とうとうお膝元まで進まして頂いたら、お口で御自分のお手をお湿しになり、そのお手で全身を、
 なむてんりわうのみこと なむてんりわうのみこと
 なむてんりわうのみこと
と、三回お撫で下され、つづいて、又、三度、又、三度とお撫で下された。ヤスは、子供心にも、勿体なくて勿体なくて、胴身に沁みた。
翌日、起きて見たら、これは不思議、さしもの疥癬も、後跡もなく治ってしまっていた。ヤスは、子供心にも、「本当に不思議な神様や。」 と思った。
ヤスの、こんな汚ないものを、少しもおいといなさらない大きなお慈悲に対する感激は、成長するに従い、ますます強まり、よふぼくとして御用を勤めさして頂く上に、いつも心に思い浮かべて、なんでも教祖(おやさま)のお慈悲にお応えさして頂けるようにと思って、勤めさして頂いた、という。
疥癬 - Google 検索-144534.png
疥癬 - Google 画像検索


<今現在できる、自分なりの「さとり」>
稿本天理教教祖伝逸話篇一〇八 登る道は幾筋も」で登場された、今川聖次郎先生の長女・ヤス先生のお逸話です。
今川聖次郎先生は、真明組に属し、芦津大教会部内の東津分教会初代会長となられました。

疥癬という病気について知識がなかったので、調べてみました。

疥癬(かいせん、英: scabies)は、無気門亜目ヒゼンダニ科のダニ、ヒゼンダニ(学名:Sarcoptes scabiei var. hominis)の寄生による皮膚感染症。湿瘡(しっそう)、皮癬(ひぜん)ともいう。日本ではヒツジの疥癬は家畜伝染病予防法における届出伝染病(同法の定める家畜伝染病以外の監視伝染病)に指定されている。知られている皮膚疾患の中で、掻痒は最高度である。


感染率が高い
たたみの部屋で雑魚寝(ざこね)をした29人中、23人が感染したとの報告もあります。
患者の皮膚の摩擦を受けやすい部位には、汚く盛り上がり、カキの殻のようになった角質が付着する。


もともとは性感染から始まりましたが、現在は高齢者とその介護者に多く見られ、性的接触による感染は10%前後となっています。

引用元は、記事下部のリンクをご参照ください。

「掻痒は最高度」とありますから、相当にかゆくて辛いのだと思います。
また、「患者の皮膚の摩擦を受けやすい部位には、汚く盛り上がり、カキの殻のようになった角質が付着する。」とあり、見た目に嫌悪感を抱く人も多いかと思います。
また「たたみの部屋で雑魚寝(ざこね)をした29人中、23人が感染したとの報告もあります。」とのことから、相当強い感染力があり、その知識がある人には、近づくのも不安になってしまう人もいるでしょう。

これを踏まえた上で、教祖(おやさま)の御態度を見てみましょう。

恐る恐る御前に進むと、
「もっとこっち、もっとこっち。」
と、仰っしゃるので、とうとうお膝元まで進まして頂いたら、お口で御自分のお手をお湿しになり、そのお手で全身を、
 なむてんりわうのみこと なむてんりわうのみこと
 なむてんりわうのみこと
と、三回お撫で下され、つづいて、又、三度、又、三度とお撫で下された。ヤスは、子供心にも、勿体なくて勿体なくて、胴身に沁みた。

何とも、恐れ入る御態度です。。

なかなかマネのできることではありませんが、教祖(おやさま)にとっては、誰でも可愛い「我が子」なのです。
自分の子どもが疥癬に苦しんでいたら、自分自身も子ども本人同様に辛いし、どんなことをしてでも助けてやりたいと思うはずです。
あるいは教祖(おやさま)の御態度は、そんな人間の親心をも超える親心であると言えるかもしれません。
否、そう感じずにはいられません。

我が子にさえ取れない程の、尽くす心が本当の親心かもしれませんね。
そういう心には簡単にはなれませんが、「ひながた」として真似をするところから始めるべきだと思います。
それをくり返す中で、少しずつそんな真の親心に近付けるのだと思います。

全ての人に対して、そんな心になれるのは至難の業ですが、せめて我が子に対してくらいは、そんな心になれるようになりたいものです。
それが、ほんの少しでも他の人にも向けば、また、より「ひながた」に近付けるのだと思います。

また、人間は誰しもこの大自然の中で生きています。
つまり、親神様の大きな親心の懐で、生かされているのです。
それを日々感じられれば、ヤス先生のように、

よふぼくとして御用を勤めさして頂く上に、いつも心に思い浮かべて、なんでも教祖(おやさま)のお慈悲にお応えさして頂けるようにと思って、勤めさして頂いた

という気持ちもよく分かると思います。
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<参考リンク>
疥癬の症状
疥癬 - Wikipedia
疥癬 - Google 画像検索
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posted by 朱夏 at 15:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 稿本天理教教祖伝逸話篇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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