2012年10月23日

稿本天理教教祖伝逸話篇一二八 教祖のお居間



稿本天理教教祖伝逸話篇一二八 教祖のお居間

教祖(おやさま)は、明治十六年までは、中南の門屋の西側、即ち向かって左の十畳のお部屋に、御起居なさっていた。そのお部屋には、窓の所に、三畳程の台が置いてあって、その上に坐っておられたのである。その台は、二尺五寸程の高さで、その下は物入れになっていた。子供連れでお伺いすると、よく、そこからお菓子などを出して、子供に下された。
明治十六年以後は、御休息所にお住まい下された。それは、四畳と八畳の二間になっていて、四畳の方が一段と高くなっており、教祖(おやさま)は、この四畳にお住まいになっていた。御休息所の建った当時、人々は、大きなお居間が出来て嬉しい、と語り合った、という。


<今現在できる、自分なりの「さとり」>
人間の喜びには、三種類あるそうです。
1 与えられる喜び
2 できる喜び
3 与える喜び
子どもから大人に成長する過程で、喜び方にも変化が現れて来るのですね。

明治十六年、御休息所が完成しました。
陰暦十月二十六日の夜より、現身をかくされるまで、教祖(おやさま)はここで過ごされました。

つとめ場所は、本席飯降伊蔵先生からの御供えをしたいというご希望が機になっていますが、根本的には神言により、建てられたものです。
一方御休息所は、人間側の教祖(おやさま)のご苦労を少しでも和らげたいという想いから、神様のお許しを得て、建てられました。

天理教の歴史の中で、一番最初の建造物であるつとめ場所が建てられたのは、元治元(1864)年〜二(慶応元・1865)年です。
御休息所は、前述のとおり明治十六(1883)年に建てられています。
この間、およそ二十年。
親から命ぜられ、それも途中で大和神社のふしをお見せ下さり、とん挫しそうになる中を、飯降伊蔵先生や山中忠七先生のご尽力により、何とか親に尽くす喜びを楽しんでいた人間が、自ら、親に喜んでもらいたいという思いを表現したのが御休息所であると言えるでしょう。

生まれたばかりの子どもが、二十歳に成人するだけの時間をかけて、人間側の心が成人してきたものと思えます。

最初に書いた、三種類の喜びに当てはめれば、「つとめ場所」が「できる喜び」、「御休息所」は「与える喜び」と言えるでしょう。
信仰の上でも、成人に応じた喜びがあるのだと思います。

入信当初は、たすけられた喜びがあります。
最初は、それで良いのですが、しかし、命ぜられたこと、あるいは自分にできそうなことをやってみる、それが実現できるという喜び方に成長する必要があります。
さらには、命ぜられる前から、自ら動き、自ら与えることで喜べる心に成人したいものです。

焦ってはいけませんが、じっとしていてもいけません。
個々人なりの成人の努力の中で、個々人なりのスピードで、成人の順序を歩んで行かなければならないと思います。
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<参考リンク>
To Be Freedom: 喜びは3種類。

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posted by 朱夏 at 10:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 稿本天理教教祖伝逸話篇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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