2010年09月21日

稿本天理教教祖伝逸話篇一三 種を蒔くのやで

稿本天理教教祖伝逸話篇一三 を蒔くのやで

摂津国安立村に、「市」という屋号で花のを売って歩く前田藤助、タツという夫婦があった。二人の間には、次々と子供が出来た。もう、これぐらいで結構と思っていると、慶応元年、また子供が生まれることになった。それで、タツは、大和国に、願うと、子供をおろして下さる神様があると聞いて、大和へ来た。しかし、そこへは行かず、不思議なお導きで、庄屋敷村へ帰り、教祖(おやさま)にお目通りさせて頂いた。すると、教祖(おやさま)は、
「あんたは、市さんや。あんたはを蒔くのやで。」
と、仰せになった。タツは、「を蒔くとは、どうするのですか。」と、尋ねた。すると、教祖(おやさま)は、
を蒔くというのは、あちこち歩いて、天理王の話をして廻わるのやで。」
と、お教えになった。更に、お腹の子供について、
「子供はおろしてはならんで。今年生まれる子は、男や。あんたの家の後取りや。」
と、仰せられた。このお言葉が胸にこたえて、タツは、子供をおろすことは思いとどまった。のみならず、夫の藤助にも話をして、それからは、夫婦ともおぢばへ帰り、教祖(おやさま)から度々お仕込み頂いた。子供は、その年六月十八日安産させて頂き、藤次郎と名付けた。
こうして、二人は、花のを売りながら、天理王命の神名を人々の胸に伝えて廻わった。そして、病人があると、二人のうち一人が、おぢばへ帰ってお願いした。すると、どんな病人でも次々と救かった。


<今現在できる、自分なりの「さとり」>
このお逸話は、前田藤助さんが入信された、元治元年(1864年)のものと推察されます。

以前読んだ、「日本二千年の人口史」によると、江戸末期の頃、出産間もない子どもを「子返し」と言って、神様に返す名目で殺すという、間引きが行われていたそうです。
これは、当時の農村社会の貧窮に原因があり、避妊技術や中絶技術の進んでいなかった当時、母胎の安全を確保した上で、人口を調節しなければならない事情があったようです。
「子返し」の理由の一つには、性別選定もあったようで、女児が間引きの対象になる場合が多かったようです。
一方、貧窮の農村で多く行われた「子返し」という人口調整行動は、逆に農村人口を減少させ、将来的には貧窮をさらに深める結果に繋がっていきました。
結果、地域によって人口の格差が生まれ、人口の少ない地域では一揆、人口の多い地域では倒幕への圧力が起こっていったのではないかと考えられています。

こうした時代背景を踏まえた上で、このお逸話を拝察すると、前田藤助、タツ夫妻のどうにもできない苦しさという想いが強く迫ってきます。

二人に、子どもを愛する気持ちが無かったとは考えにくく思います。
しかし生活の苦しさから、子どもが増えることは、家庭全体に大きな経済的負担がのしかかります。
それでも、避妊はできないし、中絶には危険が伴い、自分の命が危険にさらされては、家庭を支えることができなくなります。
そこで考えたのが、「流産を神に頼む」ということだったのだと思います。

そんな夫妻に対して教祖(おやさま)が仰ったのは、
「子供はおろしてはならんで。今年生まれる子は、男や。あんたの家の後取りや。」
というお言葉でした。
前述したように、「子返し」には、性別選定の意味もありました。
従って、生まれる子どもが男の子であるという宣言は、家庭の経済的貧窮という問題以上に、重要な意味があったのではないでしょうか。
家庭の経済的貧窮を乗り越えようと奮起させるだけの力が、「後取り」という言葉にはあったのだと思います。
もちろん、教祖(おやさま)ご自身は、性別に差別をされた訳ではないと思いますが、前田藤助、タツ夫妻に対して、最も励みになるお言葉を選ばれたように思います。

更に、「を蒔く」というお言葉と、を売るという前田藤助、タツ夫妻の仕事とも重ね合わせておられます。
天理教では、「を蒔く」という言葉が多く出てきますが、前田藤助、タツ夫妻にとって、それは単なる言葉ではなく、自分たちを認めてくれる嬉しさを感じさせるものだったのではないでしょうか。

現在は、「子返し」という行動はまずありませんが、避妊は常識的行動ですし、母胎に負担の少ない中絶も普通に行われています。
その理由は、少ない子どもを、長く高等な教育で育てるための「経済的理由」です。
しかし、今の日本は「少子化」という将来の経済的貧窮が見えてきています。
将来の経済的貧窮が見えると、ますます子どもを作ろうとする行動は抑制されます。
一方、途上国や開発国では、多産多死による貧窮が続き、むしろ経済開発と同時進行で避妊や中絶技術の普及が必要とされています。

避妊や中絶が正しいとか間違っているとか、まして悪だとか善だとかというレベルの話ではありません。

このお逸話は、ただ単に「子どもをおろすことはいけないことだ」という話ではないと思います。
そうした想いにとらわれる理由が、当時も今も、あるのではないでしょうか。
それを支えて導く、教祖(おやさま)の温かさを感じます。
<blog内関連記事>
天理教勉強blog: 稿本天理教教祖伝逸話篇(こうほんてんりきょうきょうそでんいつわへん)
天理教勉強blog: 天理教用語解説「をびや許し(帯屋許し)」
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天理教勉強blog: 天理教用語「一粒万倍の理(いちりゅうまんばいのり)」
天理教勉強blog: 稿本天理教教祖伝逸話篇四 一粒万倍にして返す
天理教勉強blog: 天理教用語解説「さとし・さとり」





貧困の終焉―2025年までに世界を変える



歴史人口学で見た日本 (文春新書)



日本二千年の人口史―経済学と歴史人類学から探る生活と行動のダイナミズム (二十一世紀図書館 (0006))

<参考リンク>
To Be Freedom@読書三昧: 歴史人口学で見た日本。
To Be Freedom@読書三昧: 日本二千年の人口史。
To Be Freedom: 「貧困の終焉」読了。
To Be Freedom@読書三昧: 貧困の終焉
posted by 朱夏 at 10:39| Comment(0) | TrackBack(4) | 稿本天理教教祖伝逸話篇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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日本二千年の人口史。
Excerpt: 日本二千年の人口史。
Weblog: To Be Freedom@読書三昧
Tracked: 2010-09-21 10:50

歴史人口学で見た日本。
Excerpt: 歴史人口学で見た日本。文章の書き方も面白い。 付箋がいっぱいになってしまいました。
Weblog: To Be Freedom@読書三昧
Tracked: 2010-09-21 10:51

貧困の終焉
Excerpt: 貧困の終焉 辞書のように分厚い。 でも、「貧困を無くす」という上で必要なことが、過不足なく詰まっている。
Weblog: To Be Freedom@読書三昧
Tracked: 2010-09-21 10:52

「貧困の終焉」読了。
Excerpt: 貧困の終焉―2025年までに世界を変える」ジェフリー サックス (著) 超オススメ本です☆ 現代人必携の本かもしれません。
Weblog: To Be Freedom
Tracked: 2010-09-21 10:54