2017年05月08日

天理教教典・第三章 元の理

第三章 元の理

 親神は、陽気ぐらしを急き込まれる上から、教祖をやしろとして、この世の表に現れた、奇しきいんねんと、よふきづとめの理を、人々によく了解させようとて、元初りの真実を明かされた。

 この世の元初りは、どろ海であつた。月日親神は、この混沌たる様を味気なく思召し、人間を造り、その陽気ぐらしをするのを見て、ともに楽しもうと思いつかれた。
 そこで、どろ海中を見澄されると、沢山のどぢよの中に、うをとみとが混つている。夫婦の雛型にしようと、先ずこれを引き寄せ、その一すじ心なるを見澄ました上、最初に産みおろす子数の年限が経つつたなら、 宿し込みのいんねんある元のやしきに連れ帰り、神として拝をさせようと約束し、承知をさせて貰い受けられた。
 続いて、乾の方からしやちを、巽の方からかめを呼び寄せ、これ又、承知をさせて貰い受け、食べてその心味を試し、その性を見定めて、これ等を男一の道具、及び、骨つっぱりの道具、又、女一の道具、及び、皮つなぎの道具とし、夫々をうをとみとに仕込み、男、女の雛型と定められた。いざなぎのみこと いざなみのみこととは、この男雛型・種、女雛型・苗代の理に授けられた神名であり、月よみのみこと くにさづちのみこととは、夫々、この道具の理に授けられた神名である。
 更に、東の方からうなぎを、坤の方からかれいを、西の方からくろぐつなを、艮の方からふぐを、次々と引き寄せ、これにもまた、承知をさせて貰い受け、食べてその心味を試された。そして夫々、飲み食い出入り、息吹き分け、引き出し、切る道具と定め、その理に、くもよみのみこと かしこねのみこと をふとのべのみこと たいしよく天のみこと との神名を授けられた。
 かくて、雛型と道具が定り、いよいよここに、人間を創造されることとなつた。そこで先ず、親神は、どろ海中のどぢよを皆食べて、その心根を味い、これを人間のたねとされた。そして、月様は、いざなぎのみことの体内に、日様は、いざなみのみことの体内に入り込んで、人間創造の守護を教え、三日三夜の間に、九億九万九千九百九十九人の子数を、いざなみのみことの胎内に宿し込まれた。それから、いざなみのみことは、その場所に三年三月留り、やがて、七十五日かかつて、子数のすべてを産みおろされた。
 最初に産みおろされたものは、一様に五分であつたが、五分五分と成人して、九十九年経つて三寸になつた時、皆出直してしまい、父親なるいざなぎのみことも、身を隠された。しかし、一度教えられた守護により、いざなみのみことは、更に元の子数を宿し込み、十月経つて、これを産みおろされたが、このものも、五分から生れ、九十九年経つて三寸五分まで成人して、皆出直した。そこで又、三度目の宿し込みをなされたが、このものも、五分から生れ、九十九年経つて四寸まで成人した。その時、母親なるいざなみのみことは、「これまでに成人すれば、いずれ五尺の人間になるであろう」と仰せられ、につこり笑うて身を隠された。そして、子等も、その後を慕うて残らず出直してしもうた。
 その後、人間は、虫、鳥、畜類などと、八千八度の生れ更りを経て、又もや皆出直し、最後に、めざるが一匹だけ残つた。この胎に、男五人女五人の十人ずつの人間が宿り、五分から生れ、五分五分と成人して八寸になつた時、親神の守護によつて、どろ海の中に高低が出来かけ、一尺八寸に成人した時、海山も天地も日月も、漸く区別出来るように、かたまりかけてきた。そして、人間は、一尺八寸から三尺になるまでは、一胎に男一人女一人の二人ずつ生れ、三尺に成人した時、ものを言い始め、一胎に一人ずつ生れるようになつた。次いで、五尺になつた時、海山も天地も世界も皆出来て、人間は陸上の生活をするようになつた。
 この間、九億九万年は水中の住居、六千年は智慧の仕込み、三千九百九十九年は文字の仕込みと仰せられる。

   月日よりたん/\心つくしきり
   そのゆへなるのにんけんである      六 88

  このよふのしんぢつの神月日なり
   あとなるわみなどふくなるそや      六 50

   にんけんをはぢめよふとてたん/\と
   よせてつこふたこれに神なを       六 51

 この世の元の神・実の神は、月日親神であつて、月様を、くにとこたちのみこと 日様を、をもたりのみことと称える。あとなるは皆、雛型であり、道具である。更に申せば、親神は、深い思召の上から、その十全の守護を解りやすく詳しく示し、その夫々に神名をつけられたのである。

  しかときけこのもとなるとゆうのハな
  くにとこたちにをもたりさまや         一六 12

 思えば、親神は、この世人間を造られたばかりでなく、長の歳月、限りない親心をもつて、その成人を守護し、時に応じて旬々の仕込みをなされた。人類の成人とその文化の発達とは、悉く親神の篤い守護による。

  月日にわせかいぢううをみハたせど
  もとはじまりをしりたものなし        一三 30

  このもとをどふぞせかいへをしえたさ
  そこで月日があらわれてゞた         一三 31

 親神は、この真実を明かし、一れつ人間に陽気ぐらしへの道を教えようとて、教祖をやしろとして表に現れられた。即ち、最初産みおろしの子数の年限が経つた暁は、元のやしきに連れ帰り、神として拝をさせようとの、元初りの約束に基く。

  にんけんをはじめだしたるやしきなり
  そのいんねんであまくたりたで         四 55

  このよふをはぢめだしたるやしきなり
  にんけんはじめもとのをやなり         六 55

  月日よりそれをみすましあまくだり
  なにかよろづをしらしたいから         六 56

 親神は、この約束により、人間創造の母胎としての魂のいんねんある教祖を、予めこの世に現し、宿し込みのいんねんある元のやしきに引き寄せて、天保九年十月二十六日、年限の到来と共に、月日のやしろに貰い受けられた。この人と所と時とに関するいんねんを、教祖魂のいんねん、やしきのいんねん、旬刻限の理という。

  この月日もとなるぢばや元なるの
  いんねんあるでちうよぢさいを         八 47

  このはなしなんでこのよにくどいなら
  たすけ一ぢようけやうのもと          八 48

 かくて、親神は、教祖の口を通して、親しく、よろづいさいの真実を明かされた。それは、長年の間、一れつ人間の成人に応じて、修理肥として旬々に仕込まれた教の点睛である。即ち、ここにいよいよ、親神直直のだめの教が垂示された。けだし、十のものなら九つまで教え、なお、明かされなかつた最後の一点、元の親を知らして、人類に、親神の子供たるの自覚を与え、一れつ兄弟姉妹としての親和を促し、親子団欒の陽気ぐらしの世と立て替えようとの思召からである。これを、

  このよふを初た神の事ならば
  せかい一れつみなわがこなり          四 62

  せかいぢう神のたあにハみなわがこ
  一れつハみなをやとをもゑよ          四 79

  せかいぢういちれつわみなきよたいや
  たにんというわさらにないぞや        一三 43

と教え、更に又、

  月日にわにんけんはじめかけたのわ
  よふきゆさんがみたいゆへから        一四 25

  せかいにハこのしんぢつをしらんから
  みなどこまでもいつむはかりで        一四 26

  このさきハせかへぢううハどこまでも
  よふきづくめにみなしてかゝる        一〇 103

と仰せられている。陽気ぐらしこそ、人間生活の目標であり、理想であ る。これを実現しようと、よふきづとめを教えて、たすけ一条の道をつ けられた。よふきづとめの理は、実に、この元初りの真実による。


  ちよとはなしかみのいふこときいてくれ
  あしきのことはいはんでな
  このよのぢいとてんとをかたどりて
  ふうふをこしらへきたるでな
  これハこのよのはじめだし






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2017年05月05日

天理教教典・第二章 たすけ一条の道

第二章 たすけ一条の道

  月日にハせかいぢうゝハみなわが子
  たすけたいとの心ばかりで           八  4

 親神は、一れつの人間に、陽気ぐらしをさせたいとの親心から、教祖をやしろとして表に現れ、よろづいさいの真実を明かして、珍しいたすけ一条の道を教えられた。

  つとめてもほかの事とわをもうなよ
  たすけたいのが一ちよばかりで        一六 65

 この親心から、よろづたすけの道として教えられたのが、つとめ一条である。

  このよふをはじめかけたもをなぢ事
  めづらし事をしてみせるでな          六  7

  このよふをはじめてからにないつとめ
  またはじめかけたしかをさめる         六  8

 このつとめは、親神が、紋型ないところから、人間世界を創めた元初りの珍しい働きを、この度は、たすけ一条の上に現そうとて、教えられたつとめである。即ち、これによって、この世は、思召そのままの陽気 な世界に立て替ってくる。

  つとめでもどふゆうつとめするならば
  かんろふだいのつとめいちゞよ        一〇 21

 このつとめは、かんろだいをしんとして行う。

  にんけんをはじめかけたるしよこふに
  かんろふたいをすゑてをくぞや        一七  9

 かんろだいとは、人間宿し込みの元なるぢばに、その証拠としてすえる台で、人間の創造と、その成人の理とを現して形造り、人間世界の本元と、その窮りない発展とを意味する。

  しんぢつのつとめの人ぢう十人の
  心を神がうけとりたなら            六 18

  それからハどのよな事もたん/\と
  神のをもわくみなときゝかす          六 19

  にち/\に神の心わせゑたとて
  人ぢう十人そろいなけねば           六 20

 このつとめは、又、かぐらづとめとも教えられ、親神の創造の理をかたどり、選ばれた十人のつとめ人衆が、夫々、面をつけ、歌に調子を合せて、奏でる九つの鳴物の調べに心を揃え、親神の守護の理を手振にあらわしてつとめる。実に、かぐらづとめは、人間創造の元を慕うて、その喜びを今に復えし、親神の豊かな恵をたたえ、心を一つに合せて、その守護を祈念するつとめである。

  みなそろてはやくつとめをするならバ
  そばがいさめバ神もいさむる          一 11

 つとめ人衆が、親神にもたれ、呼吸を合せてつとめる時、その心は、自と溶け合うて陽気になり、親神の心と一つとなる。この一手一つに勇む心を受け取つて、親神もまた勇まれ、神人和楽の陽気がここに漲る。

  またさきのよふきづとめをまちかねる
  なんの事ならかぐらつとめや          四 29

 かぐらづとめは、又、よふきづとめとも仰せられる。まことに、よふ きづとめは、親神の思召さながらの陽気をたたえて、その成就を祈願するつとめである。

  どのよふなたすけするのもみなつとめ
  月日ゆうよにたしかするなら          七 83

  しんぢつの心あるなら月日にも
  しかとうけやいたすけするぞや         七 84

 つとめ人衆が、思召通りに陽気につとめる時、親神は、その真心を受け取つて、自由自在の守護を現される。

  このつとめせかいぢううのたすけみち
  をしでもものをゆハす事なり          四 91

  にち/\にはやくつとめをせきこめよ
  いかなるなんもみなのがれるで        一〇 19

  とのよふなむつかしくなるやまいでも
  つとめ一ぢよてみなたすかるで        一〇 20

 されば、よふきづとめは、又、たすけづとめとも教えられ、いかなる願もかなえられるつとめである。

  たすけでもあしきなをするまてやない
  めづらしたすけをもているから        一七 52

  このたすけどふゆう事にをもうかな
  やますしなすによハりなきよに        一七 53

 たすけづとめは、ただ、身上のさわりや、災難や、苦悩をたすけるつとめであるばかりでなく、進んでは、病まず、死なず、弱らない、珍しい守護をなされるつとめである。

  しんぢつの心しだいのこのたすけ
  やますしなずによハりなきよふ         三 99

  このたすけ百十五才ぢよみよと
  さだめつけたい神の一ぢよ           三 100

  そのゝちハやまずしなすによハらすに
  心したいにいつまでもいよ           四 37

  またさきハねんけんたちた事ならば
  としをよるめハさらにないぞや         四 38

 人々の心が澄みきって、真実の心となつた暁には、たすけづとめによって、甘露を授けられる。これを頂けば、人は、よく百十五歳の定命を保ち、なお、心次第によっては、いつまでも生きさせてやろうと教えら れる。

  このつとめなにの事やとをもている
  せかいをさめてたすけばかりを         四 93

  はや/\と心そろをてしいかりと
  つとめするならせかいをさまる        一四 92

 このつとめは、人間個々の身上や事情に限らず、更に、豊かな稔りや平和の栄えなど、広く世界の上に、親神の恵を及ぼすつとめである。
 ここに、恵は遍く一れつに及び、人類は、ひとしく親神の子として、兄弟姉妹であることに目覚め、互に立て合い扶け合うて、世界は、一つ心の陽気ぐらしの世と立て替る。
 親神は、更に又、いき・てをどりのさづけによつて、身上たすけの道を教えられた。

  このさきハなんほむつかしやまいても
  いきとてをどりみなたすけるで        一二 50

  どのよふなむつかしくなるやまいでも
  これなをらんとゆうでないぞや        一二 51

 即ち、さづけは、親神が一名一人の心の真実を見定めて、たすけ一条のために渡される、こうのうの理である。人々が、授かつたその日の心を生涯の理に治めて、陽気普請のよふぼくとなり、天の理を取り次がせて頂くところ、親神は、願う心の誠真実を受け取り、自由自在の守護をもって、いかなる難病をもたすけられる。さづけの理は、たすけ一条を誓う一日の日の真心に授けられる、生涯末代の宝であって、この理をうけて、親神のよふぼくの馳せ巡るところ、広い世界に不思議なたすけは相ついで現れる。
 まことに、つとめとさづけとは、親神が、世界一れつに、陽気ぐらしをさせてやりたい、との切なる親心によつて教えられた、たすけ一条の道である。これによって、病の根は切れ、あしきは祓われて、世界は陽気によみがえる。
 かくて、世界人類は、親神の篤き守護をたたえて、心ますます勇み、親神は、又、これを受けて、恵は、いよいよ深く、ここに、神人は共に和楽して、陽気溢れる世界が、この地上に実現される。


  あしきをはらうてたすけせきこむ
  いちれつすましてかんろだい






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2017年01月09日

天理教教典・第一章 おやさま

天理教教典・第一章 おやさま

「我は元の神・実の神である。この屋敷にいんねんあり。このたび、世界一れつをたすけるために天降つた。みきを神のやしろに貰い受けたい。」
とは、親神天理王命が、教祖中山みきの口を通して仰せになつた最初の言葉である。
 家人は、この思いがけぬ啓示にうち驚き、再三言葉を尽して辞退したが、親神は厳として退かれぬにより、遂に、あらゆる人間思案を断ち、一家の都合を捨てて、仰せのままに順う旨を対えた。
 時に、天保九年十月二十六日、天理教は、ここに始まる。

  よろつよのせかい一れつみはらせど
  むねのハかりたものハないから         一  1

  そのはづやといてきかした事ハない
  なにもしらんがむりでないそや         一  2

  このたびハ神がをもていあらハれて
  なにかいさいをといてきかする         一  3

 世界中の人間は、我が身思案に頼つて、心の闇路にさまようている。 それは、元なる親を知らず、その心に触れぬからである。親神は、これをあわれに思召され、この度、教祖をやしろとして表に現れ、その胸のうちを、いさい説き聽かされる。

  いまなるの月日のをもう事なるわ
  くちわにんけん心月日や           一二 67

  しかときけくちハ月日がみなかりて
  心ハ月日みなかしている           一二 68

 教祖の姿は、世の常の人々と異るところはないが、その心は、親神の心である。しかし、常に、真近にその姿に接し、その声を聞く人々は、 日頃の心安さになれて、その話に耳をかそうとしないばかりか、或は憑きものと笑い、或は気の違つた人と罵つた。
 かかる人々に、親神の教を納得させるのは、並大抵なことでなかつたとはいえ、教祖が月日のやしろにおわす真実を納得させずしては、いつまでも、たすけ一条の道は啓かれず、陽気ぐらしへの立て替えは望めない。されば、教祖は、頑是ない子供をはぐくみ育てるように、世の人々の身にもなつて、説き聽かせ、或は筆に誌し、又は、親神の自由自在の 働きを目のあたり知らせ、身を以て行に示すなど、うまずたゆまず導かれた。
 教祖は、世界の子供をたすけたい一心から、貧のどん底に落ち切り、しかも勇んで通り、身を以て陽気ぐらしのひながたを示された。更に、親神が教祖をやしろとして、じきじき表に現れている証拠として、よろづたすけの道あけであるをびや許しをはじめとし、親神の守護を、数々、目のあたりに示して、疑い深い人々の心を啓かれた。
 更に、教祖は、

  このよふハりいでせめたるせかいなり
  なにかよろづを歌のりでせめ          一 21

  せめるとててざしするでハないほどに
  くちでもゆハんふでさきのせめ         一 22

  なにもかもちがハん事ハよけれども
  ちがいあるなら歌でしらする          一 23

とて、親神の思召を伝えられ、

  だん/\とふてにしらしてあるほどに
  はやく心にさとりとるよふ           四 72

と、後々繰り返し繰り返し思案させるよう、心を配られた。この事は、後日、

 これまでどんな事も言葉に述べた処が忘れる。忘れるからふでさきに知らし置いた。            (明治三七・八・二三)

と仰せになつたように、おふでさきは、耳に聽くだけでは、とかく忘れがちになり易い人々の上を思い、筆に誌して知らされた親神の教である。 そして、何人にも親しみ易く、覚え易いようにと、歌によせてものされ たばかりでなく、屡々、譬喩を用いて理を説かれたのも、深い親神の思召をうなずき易く、理解し易いように、との親心からである。即ち、

  このさきハみちにたとへてはなしする
  どこの事ともさらにゆハんで          一 46

  やまさかやいばらぐろふもがけみちも
  つるぎのなかもとふりぬけたら         一 47

  まだみへるひのなかもありふちなかも
  それをこしたらほそいみちあり         一 48

と、神一条の道を進む者の道すがらを、山坂や、茨の畔などにたとえて、この道は、一時はいかに難渋なものであろうとも、一すじに親神にもたれて通り切るならば、段々、道は開けて、細道となり、遂には、たのもしい往還道に出られると、希望と楽しみとを与えて、励まされた。そして、自ら真先にかかる中を勇んで通り、陽気ぐらしのひながたを示された。
 又、人の心を水にたとえ、親神の思召をくみとれないのは、濁水のように心が濁つているからで、心を治めて、我が身思案をなくすれば、心は、清水の如く澄んで、いかなる理もみな映ると教えられた。そして、我が身勝手の心遣いを、埃にたとえては、親神をほおきとして、心得違いのほこりを、絶えず掃除するようにと諭された。
 更に又、陽気ぐらしの世界の建設を普請にたとえては、これに与る人達を、しんばしら、とうりやう、よふぼくなどと称んで、その持場々々の役割を示すなど、人々が容易に理解して、早く心の成人をするようにと心を尽された。
 このように、子供可愛い一条の親心から、譬喩を用いて分り易く教えると共に、いかにもして、親神の理を得心させたいとの思召から、初め、親神を神といい、次に月日と称え、更にをやと仰せられるなど、成人に応じ、言葉をかえて仕込まれた。
 即ち、神というては、この世を創めた神、元こしらえた神、真実の神 などと、言葉をそえて親神の理を明かし、或は、

  たすけでもをかみきとふでいくてなし
  うかがいたてゝいくでなけれど         三 45

と仰せられ、神というも、これまでありきたりの拝み祈祷の神でなく、この世人間を造り、古も今も変ることなく、人間の身上や生活を守護している真実の神であると教えられた。
 次いで、親神を月日と称え、目のあたり天に仰ぐあの月日こそ、親神の天にての姿であると眼に示して教え、世界を隈なく照し、温みと潤いとを以て、夜となく昼となく、万物を育てる守護を説き聽かせて、一層の親しみと恵とを感じさせるよう導かれた。それと共に、

  いまゝでも月日のやしろしいかりと
  もろてあれどもいづみいたなり         六 59

  このあかいきものをなんとをもている
  なかに月日がこもりいるそや          六 63

とて、赤衣を召されたのも、教祖が月日のやしろにおわす真実を、眼に示して納得させようとの思召からである。ここに、月日親神に対する信仰と、月日のやしろたる教祖への敬慕の心とが、次第に一つとなり、教祖の言葉こそ親神の声である、との信念を堅めるようになされた。
 更に又、

  いまゝでハ月日とゆうてといたれど
  もふけふからハなまいかゑるで        一四 29

とて、それから後は、をやという言葉で、親神を表し、

  にち/\にをやのしやんとゆうものわ
  たすけるもよふばかりをもてる        一四 35

と仰せられた。人間の我が子を慈しみ育てる親心によせて、親神は、ただに、神と尊び月日と仰ぐばかりでなく、喜びも悲しみもそのままに打 ち明け、すがることの出来る親身の親であると教えられた。そして、一層切実に、親神への親しみの情を与えると共に、月日のやしろたる教祖こそ、まことに一れつ人間の親である、との信頼と喜悦の心を、たかめるように導かれた。
 このように、明かに、鮮かに、親神を信じることが出来るよう導かれたのであるが、なお、胸のわからぬ人々の心ない反対や、世間からのとめ立てが絶えず、それ故に、ふりかかる教祖の御苦労を思うては、時としてはためらい、時としてはまどう者もあつた。教祖は、これをもどかしく思い、ざんねん、りつぷくなどの言葉で厳しく急き込む半面、

  こらほどにさねんつもりてあるけれど
  心しだいにみなたすけるで          一五 16

  いかほどにさねんつもりてあるとても
  ふんばりきりてはたらきをする        一五 17

などと、温かい親心を宣べて、常に、子供達の心の成人の上に、心を配られた。
 かくて、教祖は、口に、筆に、又、ひながたによつて、種々と手を尽し、心を配つて教え導き、陽気ぐらしへのたすけ一条の道をはじめられた。更に、深い思わくから、親神天理王命の神名を、末代かわらぬ親里 ぢばに名附け、又、一れつのたすけを急き込む上から、姿をかくして、 存命のまま、恆に、元のやしきに留り、扉を開いて、日夜をわかたず守護され、一れつ子供の上に、尽きぬ親心をそそがれている。
 まことに、人は、ただ教祖によつて、初めて親神を拝し、親神の思召を知る。教祖こそ、地上の月日におわし、我等の親にてあらせられる。



  にんけんをはじめたしたるこのをやハ
  そんめゑでいるこれがまことや         八 37




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2016年12月01日

立教179年・秋季大祭神殿講話

先日、11月3日は教会の秋季大祭でした。
神殿講話の原稿をアップしてみます。






<秋季大祭神殿講話>
只今は、当教会の秋の大祭を賑やかにつとめさせて頂き、誠にありがとうございます。
世間の神社などでは、秋の大祭と言えば、五穀豊穣、収穫のお祝いという意味が強いのですし、それ以外の理由付けでありましても、「お祝い」という意義がほとんどであろうと思います。
しかしながら、天理教の秋の大祭は、単純に「お祝い」の意味ではありません。
本日は、秋の大祭に込められた神様の想い、人間のつとめるべきことを少しお話させて頂きたいと思います。
しばらくお付き合い下さい。

柏手

以前この場で、十一月三日の、当教会の秋の大祭は、創立記念日の意味があるとお伝えしました。
十月二十六日のご本部の秋の大祭も、立教の元一日に由来する訳ですから、天理教の創立記念日と言えます。
そういった意味では、収穫、豊作を祝うのとは違っても、やはり、お祝いの意味もあります。
しかし、もう一段突き詰めて、ではなぜ、この立教が必要だったのかと考えれば、単純なお祝いでは済まなくなっていきます。
まず、立教の元一日を見てみましょう。
「我は元の神・実の神である。この屋敷にいんねんあり、このたび、世界一れつをたすけるために天降った。みきを神のやしろに貰い受けたい」
ご承知の通り、これが中山みき様という、一農家の主婦のお口を通しての、親神・天理王命の一番最初のお言葉です。
このご発言から、人間と親神様の間で三日間押し問答をし、当時の家長であった夫・中山善兵衛様から「みきを差し上げます」とご返答され、奈良の片田舎の農家の主婦、何も知らないごく普通の一人の女性であった中山みき様はこの日、今現在、私たちが「おやさま」と親しんでいる「月日のやしろ」と定まられました。これが、今から179年前の十月二十六日のことです。

さて、親神様とは、この世人間を作り、今も変わらず火水風、あまねく十全の御守護を下さる実の神様です。
知っている、知っていない、信じている、信じていないに関わらず、この世界、人間はすべて、親神様に作られ、御守護のもとで生かされています。
この神様が、なぜ、179年前に表に現れる必要があったのか。
もっと前でもなく、もっと後でもなく、179年前、天保九年(西暦1838年)である必要があった訳です。

天理教には、「元の理」というお話があります。その概略を申し上げますと。
親神様は、この世の元はじまりに、泥海という混沌とした世界を味気無く思し召し、つまり、何にもなくてつまらないなと思われました。
そこで、人間をつくって、その陽気ぐらしをするのを見て、共に楽しもうと思いつかれました。
そして泥海の中から道具を集め、この世、人間をつくっていきます。
その際も、立教の際の人間との押し問答と同じく、道具と、親神様との間で押し問答があります。
親神様はそこで、「最初に産みおろす子数の年限が経ったなら、宿仕込みのいんねんある元の屋敷に連れ帰り、神として拝をさせよう」と約束されました。
そして最初に産みおろされた子数、それが九億九万九千九百九十九人。
その後、人間は、三度も皆出直し、さらに虫、鳥、畜類などと、八千八度の生まれ更りを経て、またもや皆出直し、最後に残っためざる一匹から現在の陸上で生活する人間へと繋がっていきます。
この間、九億九万年は水中の住居、六千年は智慧の仕込み、三千九百九十九年は文字の仕込みと仰せられます。
つまり、天保九年(西暦1838年)というのが、この人間、世界が作られて九億九万九千九百九十九年経った日ということです。

うん。
分かったような、解らんような、荒唐無稽なような、でも何となく、人間の直接の祖先がサルだとか進化論とか、文明の発達とか、そういう現在ようやく見えてきた生命や人類の歴史を言い表されているような、そんな気もしてくるかと思います。

そこで、ちょっと道を神様の話から逸れまして、今現在の科学で、生命、人類の歴史はどんなものであったのかを調べてみました。
ご存知の方が多いかと思いますが、地球ができたのは、今から46億年前、そこから6億年経った海の中で、最初の生命が誕生したと言われています。
この頃の地球の海というのは、有機分子、つまり生命の元になる材料が豊富にあるものの、地球の温度は非常に熱く、海底火山や太陽からの紫外線、降り続く雨と雷にさらされ、まさに混沌とした泥海でした。
そこから色々な生命、光合成をするもの、酸素を利用するもの、色々と個性的な、単細胞の生物が生まれていきます。
多細胞の生物が生まれたのが、約14億年前のこと。
そして、生命の歴史にとって極めて画期的な、有性生殖、つまり、オスとメスが生まれたのが、9億年から十億年前と言われています。
その後は、ご存知の通り、進化論に従って進化していくわけですが、生物種の70%以上が絶滅する大絶滅に、五回見舞われていると言われています。
現在の人間に限りなく近い姿になったのが、五万年前。そこから、狩猟、採集の生活を経て、一万三千年ほど前に農耕、牧畜がはじまり、一万年前に、都市文明、つまり、それまで数人から数百人程度の部族生活をしていた生活から、お互いに顔も名前も一致しないくらいの大人数での、社会生活をはじめたのが、一万年ほど前のことだと言われます。
象形文字という、絵を文字代わりに使用し始めたのが、五千三百年前のエジプトでのことと言われ、四千年前の中国・黄河文明のあたりから、それがだんだんと、現在の文字へと変化し始めたと言われています。不思議と、世界各地で同時期に文字への変化が現れてきます。
さらに、世界の人口の推移なんですが、今現在地球上には70億人以上の人間がいますが、先ほど言いました都市文明が始まったという一万年前は100万人程度だったと言われています。西暦1800年代、つまり立教の頃ですね、この頃に、世界の人口は約10億人に達したと言われています。

生物学のお話はこのくらいにしておきます。
今お話しした、天理教の元の理と、現在の科学的な生命の歴史には、二点だけ違っているところがあります。
絶滅の回数が、元の理では四回、現在の科学では五回。
また、元の理では九億九万年が水中の住まいと教えられますが、五万年前には現在の人間の姿になっていて、狩猟採集をしている訳ですから、水中で暮らしていたとは考えにくいものがあります。
しかし、それ以外のことに関しては、何とも、元の理のお話とそっくりな歴史を経て、今の私たちがあることを思い知らされます。もちろん、あくまでも現在の研究によればという話であって、これらがまったく正しいとも言い切れはしません。それでも、179年前に、何も知らないごく普通の一人の女性の口からこのような話をはじめられたと考えると、鳥肌が立つような思いがします。

さて、このような歴史がわかってきたのは、わずか数十年のことです。今現在は当然と捉えられている考え方も、わずか百年前には、拷問にかけられるほどの否定をされていました。一番有名なのは、「進化論」ですね。ちなみに、ダーウィンが『種の起源』という論文を出版したのは、1859年11月24日。天理教の立教よりも、二十年も後のことです。この考え方が日本に入ってきたのは、当然、さらにずっと後のことです。

ここまで話しておいて、こんなことを言うのもおかしいのですが、私は、科学的な裏付けがあろうと無かろうと、この元の理こそが、神様が伝えたかったことだと思うんです。
神様が私達人間に伝えたいのは、人間は誰によって、どのようにして生まれてきたのかを知ってほしいということだと思うんです。
私達人間は、人種、肌の色、言葉、文化、年齢、性別が違っても、すべて等しく、親神様が一人一人に役割を与えて、産み、育んでくださっています。
その産み、育ての苦労話が、元の理だと思うんです。
私にもきょうだいがおりますが、きょうだいというのは、一番身近な肉親でもあり、他人のはじまりでもあります。
そのきょうだいが争い、憎しみ合っていれば、家庭は治まらず、誰も幸せにはなれません。
そのきょうだいがお互いを思い合う要が、同じ親から生まれ、同じ親から育ててもらったという事実です。
ある程度の年齢になり、親のことが分かり、きょうだいのことが分かり始めた頃、大抵の家庭で、お前は小さい時はこんな子だった、あんな子だった。また、お父さんとお母さんはこうやって出会い、こういう思いでお前たちを育てて来た。といった話をすると思います。
この家庭での何気ない子育ての振り返り話が、きょうだいが互いに思い合う始まりになるはずです。
元の理のお話は、家庭での子育ての振り返り話を、無限大に大きくしただけのことだと考えれば、おのずと、親神様が本当に言いたいことも分かってきます。

人間は、一人一人違っているけれども、みんな残らず、等しくきょうだいであり、思い合い、助け合って生きて欲しい。それが子どもたちを見る、親の唯一の願いだから。

天理教の秋の大祭は、単純に「お祝い」の意味ではありません。
私達人間の、産みの親、育ての親を知り、同じきょうだいとして、たすけあう使命を自覚する日です。
おふでさきに、
このよふを初た神の事ならば せかい一れつみなわがこなり 四-62
せかいぢう神のたあにハみなわがこ 一れつハみなをやとをもゑよ 四-79
せかいぢういちれつわみなきよたいや たにんとゆうわさらにないぞや 一三-43
月日にわにんけんはじめかけたのわ よふきゆさんがみたいゆへから 一四-25
と仰せ下さいます。

人間の、産みの親、育ての親をお教え下さった、立教の元一日。
その意義を胸に、陽気ぐらし世界実現への努力を、共々につとめさせて頂きましょう。

ご清聴ありがとうございました。

柏手

参考資料
元の理 | 天理教・信仰している方へ http://www.tenrikyo.or.jp/yoboku/oshie/motonori/
【地球ヤバイ】5回繰り返された大量絶滅と、人類が招く6度目の悲劇 - NAVER まとめ http://matome.naver.jp/odai/2144022583678982601
進化論 - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%B2%E5%8C%96%E8%AB%96
世界の人口 http://arkot.com/jinkou/index.htm#suii
人類歴史年表|人類|歴史|地球|生命|進化|誕生|人類史|地球史|ヒト http://www.eonet.ne.jp/~libell/main.html
世界史年表 http://www.eva.hi-ho.ne.jp/suruga/kokogaku.htm
生命の誕生と40億年の進化 http://www.geocities.jp/msakurakoji/900Note/15.htm
地球カレンダー 46億年の歴史を1年で見る・21世紀の歩き方大研究 http://www.ne.jp/asahi/21st/web/earthcalender.htm
地球史年表 - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%B0%E7%90%83%E5%8F%B2%E5%B9%B4%E8%A1%A8


<天理教勉強blog内関連記事>
天理教勉強blog: 天理教用語解説「元の神・実の神」 http://tenrikyo-benkyo-blog.seesaa.net/article/157921210.html
天理教勉強blog: 立教。 http://tenrikyo-benkyo-blog.seesaa.net/article/132525942.html
天理教勉強blog: 天理教用語「いんねん」 http://tenrikyo-benkyo-blog.seesaa.net/article/139029098.html
天理教勉強blog: 天理教用語解説「三いんねん」 http://tenrikyo-benkyo-blog.seesaa.net/article/144970858.html
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天理教勉強blog: 天理教用語解説「この世元はじまりのお話」 http://tenrikyo-benkyo-blog.seesaa.net/article/144603145.html

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posted by 朱夏 at 22:09| Comment(0) | TrackBack(0) | さとりの徒然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月13日

今、ひながたを心に治める旬。

教祖130年祭の年も、後半に入りました。

実は今年は、非常に重要な年であることを、最近知りました。




まずは、少し枕を。

六十年の歳月を「還暦」と言います。
それを二回過ごした百二十年の歳月を「大還暦」と言うそうです。

人類の歴史上、おそらく、大還暦を迎えた人は、いないと思います。

さて、今から六十年前、天理教の歴史上、非常に重大なことがありました。
立教119年、教祖70年祭の年の事です。

この年、私たちがたどる「ひながた」の一番の拠り所である、「稿本天理教教祖伝」が公刊されました。
それからちょうど六十年。
確かにキリの良い年限で、なるほどとは思いますが、これだけなら、わざわざここに書くほどのことではありません。

さらに六十年遡ると、教祖10年祭(立教59年)の年になります。
この頃、初代真柱様を中心として、教祖伝編纂の機運が高まり、立教61(明治31)年7月3日という日付で、「教祖様御伝」が清書されています。また同時期に別席台本も作成されました。

そして、さらに六十年遡ると、立教当時の年代になります。

あくまでもおおよそではありますが、教祖のひながたという軸で、60年周期の歳月が、120年、180年と巡ってきているように思います。

では、それぞれの60年をひと単位として考えてみた時、どんな想いがするでしょうか?

立教からの60年間。
それまでにまったく無い教えをはじめられた教祖のひながたそのものと、現身を隠されて後の10年。
この60年間こそが、天理教の歴史において、もっとも重要であり、かつ、もっとも困難な時代であっただろうと思います。

教祖十年祭から七十年祭の60年間。
教祖十年祭の年、「内務省秘密訓令」が発布されています。
伸び広がる教勢に、政府からの公然とした迫害干渉が始まった訳です。
その中をも教えを守り通して下さった先人方の道中は、並大抵ではなかったはずです。
まさに、日本が戦争へと突入し、教祖の教えを正確に発することができず、また日本人のすべてが、その命すらも権利として持てなかった時代です。

そして、教祖七十年祭から百三十年祭の60年間。
世界では、まだまだ戦争が絶えず、テロも数多く起こってはいますが、日本では、歴史上最も平和な時代になっています。
教えの上でも、それまで隠し通されて来た教祖の教えをそのままに、誰にはばかることなく、学び伝えることができる時代。さらにまつぶさに調査・編集された教祖伝を頼りに、ひながたを学び、通ることができます。
六十年をひと単位として振り返ってみれば、180年の歴史の中で、直近の六十年は、その前の120年間と比較にならないほど、恵まれた六十年です。
この時代を生きることができる私たちは、先人に申し訳ない限りの、恵まれすぎた環境にあると言えます。

最近、色んな方が、色んな場面で、「教勢が落ちている」と嘆くように仰います。
しかし、こうして歴史を振り返ってみれば、そう嘆く暇があるなら、たとえ最後の一人になっても、教祖の教えをもとに生きるのだという気概を持って、ひながたを心に治める努力をすれば良いのではないでしょうか?
また、世界に目を向ければ、まだまだ教えは広がっていませんし、日本国内にも、この教えを必要としていながら、まだ出会えず、人生に迷っている方も大勢いらっしゃいます。

私たちには、できること、しなければならないことが、たくさんあります。
しかし、その活動において頼りとするところは、すべて教祖、歴代真柱様をはじめ、数えきれない先人たちが、すでに通られています。
私たちは、そのマネをすれば良いだけなのです。

何も嘆くことはありません。
悩むことすらもありません。
この旬に、改めて教祖のひながたを心に治め、それぞれの持ち場立場で、たすけ一条の御用に励むことが、今後の六十年の礎になり、私たちには、その責務があると思います。

参考資料
第16回教義講習会第1次講習録抜粋 | 中山 正善 | 本 | Amazon.co.jp

第16回教義講習会第1次講習録抜粋
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posted by 朱夏 at 22:38| Comment(0) | TrackBack(0) | さとりの徒然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月11日

「あしきをはらうて たすけたまえ〜」21回の数え方。

「あしきをはらうて たすけたまえ てんりわうのみこと」
この道の信仰者にとって、もっとも馴染みの深いおつとめの地歌ですが、これを「21回つとめる」時、その数え方は、人それぞれです。

色々な方に、「どうやって数えれば良いか?」とお尋ね頂くのですが、少し私なりの考えを書いてみます。




天理教勉強blog: みかぐらうた解釈1 座りづとめ第一節。
http://tenrikyo-benkyo-blog.seesaa.net/article/121076097.html

みかぐらうた解釈の記事には、十全の守護を二回数えるのが良いと書いていました。
しかし、信仰の浅い方、特にお年を召した方には、それ自体が難しいという面があります。

そこでオススメしたいのが、「家族や身近な人を思い浮かべる」という方法です。
どんなに孤独に生きている人にも、必ず繋がりのある人がいるはずです。その数の多少はあると思いますが、最も身近な方を思い浮かべて、五人以上思い浮かべられれば、21回を数えるのは簡単なことです。
5人なら4回プラス1、7人なら3回、十人なら二回プラス1です。

身近な繋がりのある人を思い浮かべておつとめをつとめれば、それはその人の健康や幸福を願う、素朴な祈りにもなります。

それで必要十分では無いでしょうか。
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posted by 朱夏 at 22:18| Comment(0) | TrackBack(0) | さとりの徒然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月26日

ごっそーっと。

教祖130年祭学生おぢばがえり大会、開催目前です☆




教祖130年祭 学生おぢばがえり大会 | 天理教学生担当委員会 website http://tsa.tenrikyo.or.jp/tan/?page_id=2762
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posted by 朱夏 at 20:31| Comment(0) | TrackBack(0) | おさしづ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月17日

天理教教会本部・おつとめの時間

天理教教会本部・おつとめの時間

朝夕のおつとめの時間、及び祭典日の祭典執行時間です。




朝づとめ・夕づとめ
1月2日〜1月15日 7:00 17:00
1月16日〜1月31日 7:00 17:15
2月1日〜2月15日 7:00 17:30
2月16日〜2月29日 6:45 17:45
3月1日〜3月15日 6:30 18:00
3月16日〜3月31日 6:15 18:30
4月1日〜4月15日 6:00 18:30
4月16日〜4月30日 5:45 18:45
5月1日〜5月15日 5:30 19:00
5月16日〜5月31日 5:15 19:15
6月1日〜6月15日 5:00 19:30
6月16日〜6月30日 5:00 19:30
7月1日〜7月15日 5:00 19:30
7月16日〜7月31日 5:15 19:30
8月1日〜8月15日 5:30 19:15
8月16日〜8月31日 5:30 19:00
9月1日〜9月15日 5:45 18:45
9月16日〜9月30日 6:00 18:30
10月1日〜10月15日 6:00 18:00
10月16日〜10月31日 6:15 17:45
11月1日〜11月15日 6:30 17:30
11月16日〜11月30日 6:45 17:15
12月1日〜12月15日 7:00 17:00
12月16日〜12月31日 7:00 17:00
※1月1日は元旦祭 5:00

月次祭
1月と10月を除く、毎月26日 9:00

春季大祭
1月26日 11:30

秋季大祭
10月26日 8:00

教祖御誕生祭
4月18日 10:00

元旦祭
1月1日 5:00
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posted by 朱夏 at 14:17| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月06日

おさしづ補遺(明治四十年)(公刊おさしづ第七巻より)

おさしづを読む前に、「おさしづを身近に」をご参照下さい。
天理教勉強blog: おさしづを身近に。

おさしづの順は、公刊おさしづに準じています。
但し、旧字は常用漢字に改めています。
また「割書き」部分は文頭を一段下げることで、おさしづ本文と区別しています。

教語、人名など、検索機能をご活用下さい。
天理教勉強blog内検索

誤字脱字等あれば、コメントにてご指摘下さいますよう、お願い致します。




明治四十年一月二十六日
 宮田サト及び次女ハナ身上願(芦津分教会役員宮田善蔵妻サト四年以前より身上不足、尚主人善蔵本月二十三日出直し致し、次女ハナ父の病気中又々病発し目下危篤、斯くの如く一家揃うての事は、何か御知らせ下さるものか願)
さあ/\/\尋ねる事情/\、さあ尋ねる事情にも余儀無く事であろう/\。さあさあ思い外という、どういう事であろう。皆々心にもとんと一つ心分かろうまい分かろうまい。今一時の処事情一つ身上何たる事であろうと思う。さあ/\年来の内順序の道これだけという、通りたる。又これではなあと思う心、思いたる一つ理治まりてあれど、治まりたる中に一つ濁りある。一つ事情よく聞かにゃ分からん。一時どうこう一つ理治まりてある。なれども一つ心から一つ心に煩う。煩うはどういうものである。前々深き心一つの理、中に一つ理。又心という、持って入りて持って出る心持ってくれにゃならん。皆々の側から見れば、又候という。自分一つ心は果たすなれど、他に一つ順序の心外れる。さあ/\あのくらいの中に、あれだけのものがなあ、と取るに取られん一つの理一つの心。これ皆々中の一時、心に治めたら将来という。これより遠く高きはあろうまい。これ一つ順序の理に運んでやってくれ/\。一つ後に一つ事情、又後に一つ事情、この心成っても成らいでも、これだけ一つどうでもという心の理運んでくれ。さあ/\その理さえ治まれば、先ず暫くという、楽しみも一つ見せにゃなろうまい。




明治四十年三月二十六日
 藤江鉡太郎二十七才宇野猶人妹きん二十六才結婚願(河原町部内大垣支教会長藤江、支教会役員宇野)
さあ/\尋ねる事情/\、縁談一つ一条一つ理尋ねる。尋ねるには、皆心という理寄って、これと/\重々と言うであろう。さあ道という、日々心の理一つ心である。順序理は、順序理に一つ許そ/\、さあ許し置こう。
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posted by 朱夏 at 11:40| Comment(0) | TrackBack(0) | おさしづ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

おさしづ補遺(明治三十九年)(公刊おさしづ第七巻より)

おさしづを読む前に、「おさしづを身近に」をご参照下さい。
天理教勉強blog: おさしづを身近に。

おさしづの順は、公刊おさしづに準じています。
但し、旧字は常用漢字に改めています。
また「割書き」部分は文頭を一段下げることで、おさしづ本文と区別しています。

教語、人名など、検索機能をご活用下さい。
天理教勉強blog内検索

誤字脱字等あれば、コメントにてご指摘下さいますよう、お願い致します。




明治三十九年一月十二日
 梅崎梅吉五十二才身上願(釜山港西町三丁目)
さあ/\尋ねる事情、身上一条一つ事情尋ねる。さあ/\どうでもいかんどうでもならん、思う処、どうであろうか。又候どういう事と日々の心尋ねる事情、どうでもいかんから尋ねる。尋ねるから一つ理諭し置く。よく聞き分けにゃ分かり難ない。身上の処、余程大層々々なれど、この元々理を、楽しみ一つ諭し置こう。元々一つ事情、心無くば一つ遠く所尚更の事。長らく一つ事情一時の処名称と言う。遠く所一寸始め掛けたる事情、この理身上から尋ねに行たら、こういうさしづあったと、よく諭してくれにゃならん。人間という、一代切りと思うたら何の頼りも無い。尽し切りという、何をしたんやらと思う。なれど、そうやない。尽した理は将来末代の理に治まり、何か日々の処皆受け取りてある。この事楽しみ説いて置く。いついつまで。又外に話の事情に諭して置く。いかな事情もしっかり一つ/\諭してくれ。身上大層。なれど、一時どうとない。この理何でも彼でも心楽しまさにゃならん。楽しましてくれ。

 右梅崎梅吉身上に付き出張する事を願
さあ/\事情々々、さあ/\急いで/\。何かの事運んで、運んだ一つ理、こうのう陰徳々々。この事情忘れんよう。他にも一つ諭すよう。これ一つよう聞き取ってくれるよう。




明治三十九年四月二十六日
 佐々木兼太郎三女芳十八才大谷金太郎次男幸嗣二十一才佐々木の方へ養子に貰い受け結婚御許しの願(高知部内高岡支教会長佐々木、浜田支教会前会長大谷)
さあ/\尋ねる事情/\、尋ねる事情は縁談一条の理を尋ねる。尋ねる理は、それそれ理と理と寄せ合うて、あれとこれ、これとあれ、理は十分である。事情は願通り/\、さあ/\許し置こう/\。




明治三十九年十月十七日
 松谷捨松長男種吉十五才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、身上一条一つ事情の理を尋ねる。さあ/\どうでもいかん、何ぼうでもいかん。ならん/\と思う中から一つ尋ねる。尋ねるから順序の理を諭す。よう聞き分けにゃならん。何故なるとは必ず思うな。よう思やんしてみよ。救からにゃならんが一つの理、救けにゃならんが一つの理。これを心に一つ考え、心の内に治め。救けにゃならん救からにゃならん理である。よう聞き分け。不自由さそ、難儀さそうという親はあろまい。この理聞き分け。尋ねる理、何でなると言うよでは、道とは思わりょまい。この一つの理諭す。どんな理も為す理ある。いんねん一つの理も聞いて居るやろ。成ろうと言うて成らるものやない。成ろまいと言うて成りて来る。人間一代と思うたら違う。生まれ更わりある。この理諭すによって、心に治めてくれるよう。




明治三十九年十一月十四日
 塩田弥助五十才身上願(南紀支教会部内波切出張所担任)
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上という一つ事情尋ねる。いかな事であろうと思う。さあ/\身上切なくなれば、一時どうなろうと思う。又事情諭し置く。よく聞き分け。もう身上不足なると、これまでなあ、これまで長い間であったのになぁと思う。これ思わず。身上不足なったら、どうや知らんと思う。そうやない。成っても成らいでもという心を持って、よう聞き分け。人間という、一代切りと思ては違う。これまで運び尽した理は、日々に皆受け取ってある程に。さあそうしたら身上なあと、又思うやろ。さあ成っても成らいでもという心定め。さあ身上返やして了たら、暫くは分かろまい。なれど、生まれ更わりという道がある。さあこれより楽しみな道は無いと定めて、いかな事情も心に治め、道という理を治め。道という、道は容易で出けた道やない。この事情よく心に治めて楽しむよう。早く諭してくれ。




明治三十九年十二月二十五日
 永尾たつゑ陰暦十一月二十五日結婚式執行の願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ尋ねる事情は、さあ/\願通り/\許そ/\、さあ許し置こう。
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posted by 朱夏 at 11:39| Comment(0) | TrackBack(0) | おさしづ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする