2017年08月01日

立教180年8月1日・月次祭神殿講話

ただいまは、当教会の8月の月次祭を賑やかにつとめ終えさせて頂きまして、誠にありがとうございます。

ご存知の無い方も多いと思いますが、去る7月26日、かんろだいにふしをお見せ頂きました。
この件につきまして、思うところをお伝えしたいと思います。少しお付き合いください。

柏手






まず、天理時報にその内容と、内統領先生の談話が掲載されていますので、拝読いたします。

7月26日午後6時20分ごろ、本部神殿結界内への侵入者により、かんろだいの上部が倒されるというふしを見せられた。
その後、定時に夕つとめが勤められた。
夕つとめ後、急遽、本部員会議が開かれ、その席で、真柱様からお言葉があった。引き続き本部員会議で、このふしについてねり合われた。

続いて、内統領先生の談話です。

かんろだいに大ぶしをお見せいただきました。
ぢばにお鎮まりくださる親神様、ご存命の教祖に、ただただ申し訳ない思いでいっぱいです。
月次祭の当日、こどもおぢばがえりの始まる日であり、帰参者の方に心配や動揺をお掛けしていることについて、ぢば近くに勤める者として深く反省し、お詫び申し上げます。
親神様、教祖、ぢばは、その理一つであります。ぢばに据えられたかんろだいは、私たちの信仰の芯であります。そこにふしを見せていただいたことは、私たちの信仰態度が、親神様の思召に沿いきったものなのかどうかを、強くお知らせくだされたものと思案します。
お互い、ぢば一条、神一条の精神を再確認することが必要だと思います。神一条とは、自分の考え方に合わせて、親神様の教えを解釈する姿勢ではなく、教えに自分の考え方を合わせていくことです。そのことを、あらためて胸に治めさせていただきましょう。
現在、かんろだいは、下の二段のみが真座に坐します。明治14年、二段までが造られたかんろだいの石普請が頓挫し、翌年、没収されました。先人たちは、必死にこの道をお通りくださり、今日の姿を残してくださいました。
そのことを思うとき、現在当たり前のようにかんろだいを拝し、おつとめをつとめさせていただいている自分に、慣れや惰性があるのではないかと、反省の意を強く持ちました。
まずは教会本部内々の者から心を治め直し、真摯に親神様の思召をたずね、御心に沿ってつとめさせていただきます。
教内のようぼく・信者の皆さま方も、このふしを”我がこと”と捉えていただき、実の親である親神様にご安心頂けるように、それぞれの心を育てる機会とし、今回のことを活きぶしとさせていただけるように、共々おつとめくださるようお願いいたします。

という内容でございます。
私たち信仰者にとって、礼拝の目標であるかんろだいが倒されたというのは、非常にショックなことです。
私なりにさとり、思うところをお伝えしたいと思います。

まず非常に当たり前のことを申しますが、このようなふしが起こったそもそもの原因は、ご本部の神殿が、1年365日24時間どんな人でも何のチェックも無しにいつでも無料で参拝でき、かんろだいをほんの数メートルの間近で拝み見ることができるからです。礼拝場に入って真っ直ぐ結界まで進み、少し助走をつけて走り込めば、かんろだいまで誰も止めることは出来ずに入ることができてしまいます。
1年365日24時間どんな人でも何のチェックも無しにいつでも無料で参拝でき、かんろだいをほんの数メートルの間近で拝み見ることができるという状態は、こういうリスクがある上で成り立っているということです。
そう考えれば、結界侵入やかんろだいに近づくという行為が、これほどショックに感じられるほど滅多に起こらない事象であるということ自体が、むしろ奇跡的なことなのではないかと思うんです。

1年365日24時間どんな人でも何のチェックも無しにいつでも無料で参拝でき、かんろだいをほんの数メートルの間近で拝み見ることができる。これって、凄く有難いことじゃないですか。
悩んだとき、辛いとき、昼間でも夜中でも参拝できる。これほど心強いことはありません。
私の布教仲間の一人は、深夜にご本部に参拝したことが信仰の元一日だと言っていました。彼は教会の後継者という立場でしたが、お道から離れサラリーマンとして働いていました。しかし仕事で悩み、心が折れてしまった。家族にも職場の人にも何も言わず、ケータイの電源も切って、ただただ車を二日ほど走らせて辿り着いたのが、深夜のご本部だったそうです。今は、心が折れていたとはとても想像もつかない、元気で明るい布教師になって結婚もしています。
深夜にでも気兼ねなく参拝できるという環境にもし無ければ、彼はたすかっていなかったかも知れません。

この有難さは、誰かがかんろだいに不意に近づくというリスクの上に成り立っているんです。
まず、この有難みを味わいたいと思います。
内統領先生は談話の中で、「明治14年、二段までが造られたかんろだいの石普請が頓挫し、翌年、没収されました。先人たちは、必死にこの道をお通りくださり、今日の姿を残してくださいました。
そのことを思うとき、現在当たり前のようにかんろだいを拝し、おつとめをつとめさせていただいている自分に、慣れや惰性があるのではないかと、反省の意を強く持ちました。」と仰っています。
内統領先生の心情を吐露された内容ですが、これは、内統領先生に限らず、すべての信仰者が考えるべきことと思います。
かんろだいを毎日、何の気兼ねもなく拝み見ることができるのは、決して当たり前のことではありません。

さて、内統領先生の談話の中で、「このふしを”我がこと”と捉えて」と仰っています。
これは、「自分には何ができるか?」を考えることであって、必要以上に自分を責めることとは、まったく違います。
今日ご参拝の皆さまにはそんな心配は無いと思いますが、この点勘違いされる方が妙に多いですので、一応補足しておきます。
「自分には何ができるか?」と言っても、実際、できることはほとんど無い訳です。
なので、誤解を恐れずに言えば、あんまり考え過ぎない方が良いのではないかと思います。
人間、考え過ぎると、ろくなことがないですから。
とは言え、少し考えさせていただきたい。
今現在、かんろだいをすえかえられるのかどうなのか、今後の詳細については、まったく知らされておりません。
もし、かんろだいをすえかえられるのであれば、そこには、時間も手間もお金も掛かります。その中で、一信仰者には手間の負担はなかなか難しいものがありますから、お金の面を、わずかでも担わせて貰おうというのも、「自分にできること」のひとつでしょう。
また、先ほどお話したように、かんろだいを拝み見ることができるのは、当たり前のことではなく、非常に有難いことなのだと、今までの心の内を反省して、その有難さを味わうというのも、またひとつです。
そして、かんろだいはよろづたすけのおつとめの目標です。目に見える形でのかんろだいが、物理的に存在しようとしまいと、人のたすかりを願って真剣におつとめをつとめる。これもまた、「自分にできること」のひとつです。
非常に簡単なことですが、こういう「姿勢を正す」という意識こそが大切だと思います。

最後に、私自身のたすかった話をさせて頂きます。
ご承知の通り、私の信仰の元一日は、精神科の閉鎖病棟です。
実は、閉鎖病棟に入院するきっかけの一つは、結界侵入未遂をしたことにあります。
ですので、今回、かんろだいを倒してしまった方のことを、他人事と思えない自分がいます。
本当に、たすかって貰いたいなと思いますし、きっとたすかって頂けると信じています。
結界侵入未遂をしたこの私が、神様にたすけて頂き、現在教会長として日々を明るく陽気につとめさせて頂くことができています。
130年祭活動中の登殿参列では、結界侵入未遂をしたまさにその場所で、結界内に入り、ご本部月次祭に参拝させて頂くことができました。
親神様の、真実たすけてやりたいという思召を強く感じずにはいられません。

今回、かんろだいを倒してしまった方は、捕まった時は興奮状態でしたが、気持ちが落ち着くと今度は動けなくなり、担架で境内掛本所へ運ばれたと言います。
精神疾患経験者として、荒波のように極端な精神的変化とそれに伴う身体の連動とが、よく理解できます。
重大なことをしてしまった。それに間違いはありませんが、たくさんの方が、大きな心でこの方のことを見ておられます。
身近な人間が起こしてしまった結果の重大さに、心を押し潰される気持ちもあるでしょう。にもかかわらず、すぐに対応し、大きな心で接される。本当に凄いな、天理教の教えを体現している人は、素晴らしいなと思います。

私は直接この方のことを知っている訳ではありません。しかし心の底から、この方のたすかりを願いたいと思います。
これは、皆様方にもお願いしたい。
そして、
「いちれつ『すまして』かんろだい」
と教えられている訳ですから、自分自身の心を澄ます努力と、それぞれの持ち場立場を活かして、この世界がより一歩でも陽気ぐらし世界に近づく努力を共々にさせて頂きたいと思います。

このみちハどふゆう事にをもうかな このよをさめるしんぢつのみち 六-4

ご清聴ありがとうございました。

柏手

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2017年07月14日

二十年、三十年経ったなら

poster_2017.jpg

今年も、夏のこどもおぢばがえりの季節がやって来ました。

私のお預かりしている教会に、Iくんという、新米のよふぼくさんがいます。
身上の悩みをきっかけに、別席をオススメして、よふぼくになって下さいました。今、30代半ばの青年さんです。
彼を別席にご案内する際に、『おぢばがえり』という言葉を使うと、なぜか非常に嬉しそうな表情をされました。
最初は気のせいかなと思っていたのですが、こんな話を聞かせてくれました。

「子どもの頃、周りの友達がみんな、毎年こどもおぢばがえりに参加して、楽しかった楽しかったと、思い出を語り合っていた。それを聞いて自分も行ってみたかったけど、色んな事情で、参加できなかった。すごく行ってみたかったぁ。」

これを聞いて、私はとても驚きました。こどもおぢばがえりって、凄いなぁと思いました。彼ににをいをかけたのは、私ではなく、こどもおぢばがえりに参加して、ただ楽しかったと話している同級生だったんです。たまたま、私の側で、花開いたに過ぎません。
こどもおぢばがえりを通して、子ども達に楽しんでもらうということは、その子達におぢばのにをいをかけるだけではなく、おぢばに帰っていない子ども達にもにをいをかけることになり、20年も経って、人が助かるきっかけになることを思い知らされました。

20年。
人間にとっては、とてつもなく長い時間です。ですが、立教当初の神様のお言葉に、

「今は種々と心配するは無理でないけれど、二十年三十年経ったなれば、皆の者成程と思う日が来る程に。」

と仰せ下さいます。

よくよく考えれば、代を重ねた信仰者も、生まれた時から絶えず実の親ににをいを掛けて頂いているにも関わらず、実際に信仰心に目覚めるのは二十年以上経ってからのことでしょう。
先案じせず、今できる精一杯の種まきが、将来の人材育成に必ず繋がると信じます。

今年の夏も、身近な子ども達に楽しんでもらえるよう、精一杯、声掛け、引率、ひのきしんにつとめましょう!

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2017年07月13日

天理教教典・第十章 陽気ぐらし

第十章 陽気ぐらし

 たすけの道にいそしむ日々は、晴れやかな喜びに包まれ、湧き上る楽しさに満たされる。それは、常に、温かい親神の懐に抱かれ、人をたすけて我が身たすかる安らぎの中に身を置くからである。これが、陽気ぐらしの境地である。
 親神は、陽気ぐらしを見て、共に楽しみたいとの思わくから、人間を創められた。されば、その思召を実現するのが、人生の意義であり、人類究極の目的である。

  いつまでしん/\したとても
  やうきづくめであるほどに          五下り目 5

 明るく勇んだ心、それは陽気な心である。この陽気な心で日々を送るところに、真の幸福があり、生き甲斐がある。いか程長く道をたどつても、心が勇まずに、いずんでいては、親神の心にかなわぬ。親神の守護のままに、日々、喜びと楽しみの中に生活すのが、人の世のこの上ない味である。閉された心の窓を開き、遍き親神の光を身に受ける時、自ら暗い迷いの雲は晴れて、明るい喜びの中に立つ。陽気ぐらしとは楽しみづくめの生活である。
 陽気ぐらしは、他の人々と共に喜び、共に楽しむところに現れる。皆皆心勇めば、どんな理も見え、どんな花もさく。

皆んな勇ましてこそ、真の陽気という。めん/\楽しんで、後々の者苦しますようでは、ほんとの陽気とは言えん。 (明治三〇・一二・一一)
 人は、ややもすれば、我が身勝手の心から、共に和して行くことを忘れがちである。ここには、心澄みきる陽気ぐらしはなく、心を曇らす暗い歩みがあるばかりである。

勝手というものは、めん/\にとつてはよいものなれど、皆の中にとつては治まる理にならん。 (明治三三・一一・二〇)
 一つに心合せるのは、一つの道の理に心を合せることで、この理を忘れる時は、銘々勝手の心に流れてしまう。
 一手一つの心に、自由の守護が頂ける。いかに多くのものが相集つても、一手一つの理を欠くならば、親神に受け取つて頂けない。人皆、相互に一つの道の理に心を合せ、互立て合い扶け合うてこそ、陽気に勇んで生活して行ける。真の陽気ぐらしは、ここに全うされる。
心を合わせ頼もしい道を作りてくれ。あれでこそ真の道であると、世界に映さにゃならん。 (明治三五・九・六)
 親神にもたれ、教祖を慕い、教の理を省みつつ、互に心を合せ扶け合うて、陽気に生活すならば、ここに、たのもしい道が現れて、その喜びは世界にひろまつて行く。親神は、これを望ませられる。

  せかいぢうみな一れつハすみきりて
  よふきづくめにくらす事なら          七 109

  月日にもたしか心がいさむなら
  にんけんなるもみなをなし事          七 110

  このよふのせかいの心いさむなら
  月日にんけんをなじ事やで           七 111

 親神の守護を身に受けつつ、人々相扶け合うて、明るく浄く、勇んで生を楽しむ境涯に生きる。それは、親神の思召のまにまに、いそしむ日日であり、正しくきりなしぶしんである。そして、この明るい心に、自ら豊かな恵が与えられて、心は更に勇み立つ。子供の成人を待ちかねられる親神は、この陽気ぐらしを見て、共に喜び共に勇まれる。
 人々は、この親心にもたれつつ、世界中皆一れつは隔てない親神の子、兄弟姉妹という理を心に治めて、高きものも低きものも、遠きものも近きものも、相互に扶け合い、常にたゆまず、ひながたの道をたどり、陽気に勇んで、心のきりなしぶしんにいそしむならば、やがては、全人類の心も入れ替り、世は自と立て替つてくる。
 かくて、世界一れつの心が澄みきる時、たすけ一条の思召が成就して、親神の守護は余りなく垂れ、ここに、人の世は、未だかつてない至福を受ける。これぞ、楽しみづくめの世界、神人和楽の陽気づくめの世界であり、真正の平和世界である。
 思えば、人類社会は、久しく文化の進展を遂げながらも、徒らに迷いを重ね、行方も知らぬ闇路にさすらいつつ、今日にいたつた。それは、互に争を事とし、争を経ることによつて、己のよき生命を楽しめるものと、思いあやまつて来たからである。しかも他面、人は平けく安らかな生活をのみ求め望んで止まない。これは、限りない矛盾撞著である。この矛盾を解き、撞著を治めるのが、たすけ一条のこの道である。これこそ、人類に真の心の支えを与え、光ある行手を教える唯一の道である。
 世界は、平和を求めて止まない。しかし、真の平和世界は、ただ人間相互が争わぬだけで、全うされるものではない。よしや、それは争のない姿であつても、光溢れる平和の訪れではない。真の平和世界は、親神の理によつてのみ築かれる。この親神の道が、人々の胸に正しく治められ、すべてが、己が利欲を忘れ、温かい親神の守護の下、互扶けの真実の働きにつとめ合い、親神の待ち望まれる陽気づくめの世界になる時、この世ながらの限りない生気溢れる楽土が全うされる。

 惟うに、親神が、教祖を月日のやしろとして現れ出でられるや、人間の陽気ぐらしを見て、共に楽しもうとの、人間世界創造の思召を告げ、専らたすけ一条の道を宣べて、たすけづとめを教え、又、いき・てをどりのさづけによつて、一れつたすけを急き込まれた。このたすけの理を明かそうと、元の理を説き、所定の人と所と時の立て合いによつて、この教を始めた所以を諭し、ここに、親神を天理王命とたたえて、祈念することを教えられた。
 かくて、教祖が、教を宣べ、身を以てこれを証し、ひながたを示されたのも、親神の深い思わくによるものであつて、正に、教祖ひながたは、道の生命である。
 人は、先ず、身上や事情にてびきを頂き、親神を知る。そして更に、身上は、これ皆、親神のかしものなることを納得し、守護のあるところを悟り、ほこりを払い、心のふしんにつとめる。かくして進む成人の道すがらには、雨の日も風の日もある。しかも、その中に、日々たんのうの心を治め、又、ひのきしんに勇む。そして、治められた誠真実は、自ら他に及び、一人の道は多くの人々の道となる。即ち、道の子はよふぼくを志し、さづけの理を頂いて、たすけ一条にいそしみ、天の理を取り次ぎ、道の先達となる。ここに、不思議なたすけの実が次々とあらわれ、魂は続々と更生されて行く。
 かくて、我も人も共に和し、一手一つの心に、楽しみづくめの陽気ぐらしの世界が守護頂ける。それは、親神の望まれる真の平和世界であり、これぞ、この道の目標である。道の子は、存命のまま導かれる教祖に抱かれ、ひたすら、世界人類の平和と幸福を祈念しつつ、たすけの道に弥進む。



  このみちハどふゆう事にをもうかな
  このよをさめるしんぢつのみち         六  4


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2017年07月12日

天理教教典・第九章 よふぼく

第九章 よふぼく

 たすけて頂いた喜びは、自ら外に向つて、人だすけの行為となり、ここに、人は、親神の望まれる陽気ぐらしへの普請の用材となる。これをよふぼくと仰せられる。
 親神は、一れつたすけの切なる思わくから、多くのよふぼくを引き寄せようと急き込まれる。

  一寸はなし神の心のせきこみハ
  よふぼくよせるもよふばかりを         三 128

  よふぼくも一寸の事でハないほどに
  をふくよふきがほしい事から          三 130

  この人をどふゆう事でまつならば
  一れつわがこたすけたいから         一三 85

 よふぼくには、男女の別もなく、貴賤の差もない。その用向には、時と所にしたがい相違があろうとも、心一つの理によつて、ひとしく、親神のよふぼくたるに変りはない。

  この木いもめまつをまつわゆハんでな
  いかなる木いも月日をもわく          七 21

 思えば、親神の類ない陽気普請に、よふぼくとして引き寄せられるのは、実に、道の子の幸である。しかし、心が直くなくては、折角引き寄せられても、役に立たぬから、親神は、時に応じ事に当つて、種々様々とていれをされる。これをしつかり心に治めさえすれば、身上のさわりも事情のもつれも、ただ道の花として喜びの中に受け取れる。

  にち/\によふほくにてわていりする
  どこがあしきとさらにをもうな         三 131

 かくて、引き寄せられて親里に帰り、別席順序を運ぶ。だんだんの席を重ね、話の理によつてほこりを払い、行を正すうちに、心は澄んで、たすかりたいとの願は、たすかつて貰いたいとの念となる。そこに、さづけの理が授けられて、心は生れかわる。さづけの理は、よふぼくたる銘々の心に授けられる天の与えである。このさづけの理が心に治つて、初めて、こうのうを見せて頂ける。

精神の理によつて働かそう。精神一つの理によつて、一人万人に向かう。神は心に乗りて働く。心さえしつかりすれば、神が自由自在に心に 乗りて働く程に。 (明治三一・一〇・二)
と示されている。即ち、さづけの理を授けられたものは、日々常々の心遣いが大切である。さづけの理を頂いたその日の心を、生涯の心として通つてこそ、親神は、いつも変らぬ鮮かな守護を下さる。

  たん/\とよふぼくにてハこのよふを
  はしめたをやがみな入こむで         一五 60

  このよふをはじめたをやか入こめば
  どんな事をばするやしれんで         一五 61

 およそ、よふぼくの使命は、たすけ一条にある。それは、自らはげんで、天の理をよく心に治め、身をもつて教の実を示しつつ、一言の話を取り次ぐにをいがけに始まる。そして、更に進んでは、なんでもたすかつて貰いたいとの一念から、真心こめてさづけを取り次がせて頂くところに、珍しいたすけの実が現れる。
 それは、見えた形の巧拙によるのではない。ただ、たすかつて貰いたいとの切なる願に基いて、真実を尽して取り次ぐから、親神は、その心をそのまま受け取つて、珍しい守護を見せられる。即ち、己が力によるのではなく、親神が、よふぼくに入り込んで、働かれるからである。
 かくて、よふぼくは、さづけを取り次いで、病む人々にたすかつて貰うのであつて、自分がたすけの主ではなく、どこまでも、親神のよふぼくに外ならぬ。されば、よふぼくたるものは、日々、ひたすら己が心を治めて、曇りない天の理を映すことが肝腎である。銘々が常に、教祖のひながたをたどり、俗にいて俗に墮せず、進んで土地ところの手本雛型となつてこそ、真にその使命が全うされる。
 身上を病んで苦しむ者に、さづけを取り次ぎ、せんすべない事情に悩む者に、教の理を取り次ぐのが、よふぼくの進む道である。それは単に、あの痛み、この憂いを除くだけではなく、寧ろ、かかる苦しみを見せて頂いている、その人の心を、しんからたすけさせて貰うのである。
 人は本来、己が力で生きているのではない。しかも、己が力で生きていると思い誤り易いのが人の常で、そこには、涯しない心の闇路があるばかりである。たすけとは、かかる人々に、親神の思召を取り次いで、その守護のまにまに、暗黒の境涯から光明の世界へと導くことである。
 まことに、この道は、心だすけの道である。心がたすかれば、身上や事情の苦しみ悩みは、自らいやされ、解決される。それは、親神の思召にそのまま添いきるからである。

  心さい月日しんぢつうけとれば
  どんなたすけもみなうけやうで         八 45

 よふぼくは、仮令、年限の理に浅い深いの相違があろうとも、教祖ひながたの道を慕い、ひたむきなたすけ一条の心から、あらゆる困難を乗り越え、温かい真心で、一すじにたすけの道に進むなら、何人でも、親神の守護を鮮かに頂くことが出来る。

  しんぢつにたすけ一ぢよの心なら
  なにゆハいでもしかとうけとる         三 38

  わかるよふむねのうちよりしやんせよ
  人たすけたらわがみたすかる          三 47

 ひたすら、世の人の上に親神の守護を願いつつ、我が身を忘れて行ううちに、親神に守られ、その胸に抱かれて、自身もいつしか心は成人して、明るく陽気に救われて行く。
 よふぼくとしての丹精の效があらわれ、道を求めるものが、次第に相寄り相集つて、教会名称の理が許される。それは、なんでもという精神の理に許されるもので、よふぼくの役目は、ここに一段と光を添える。
 教会は、神一条の理を伝える所であり、たすけ一条の取り次ぎ場所である。その名称の理を、真によく発揚するには、ここに寄りつどうものが、ぢばの理に添い、会長を心として、心を一つに結び合うのが肝腎である。かくて、教会生活は、国々所々における人々の和楽を深め、互に扶け合いつつ、心の成人を遂げる陽気ぐらしの雛型となる。
 されば、会長の使命は、常に元を忘れずに、自ら進んで深く教の理を究め、心を治めて、道の先達となり、誠真実をもつて、人々を教え導くにある。かくて、その徳に薫化された人々の心は、自と成人し、共に和し共に結んで、教の実は挙げられて行く。



  しんぢつにたすけ一ぢよてあるからに
  なにもこわみハさらにないぞや         三 77

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2017年06月14日

天理教教典・第八章 道すがら

第八章 道すがら

 親神のてびきによつて信仰に入り、教の理を聴きわけて、かしものの理もよく胸に治り、心のほこりも次第にぬぐわれ、いんねんの悟りもついたなら、ものの観方が変つてくる。
 見えるまま、聞えるままの世界に変りはなくとも、心に映る世界が変り、今まで苦しみの世と思われたのが、ひとえに、楽しみの世と悟られて来る。己が心が明るければ、世上も明るいのであつて、まことに、「こゝろすみきれごくらくや」と教えられている所以である。
 しかるに、人の心は常に変りやすい。朝の心は必ずしも夕の心ではない。とかく、身近に起る事柄に心を動かされて、朝に明るい心も、夕には暗くなりがちである。一度は、教に感激して信仰に志しても、やがて喜び勇めなくなることもあれば、折角、たすけて頂いても、又も、身上のさわりや事情のもつれで、心が動揺する時もある。この中にあつて、常に己が心を省みて、いかなることも親神の思わくと悟り、心を倒さずに、喜び勇んで明るく生活すのが、道の子の歩みである。この心の治め方をたんのうと教えられる。
 親神の胸に抱かれ、ひたむきに信仰に進むものは、我が身にふりかかるいかなる悩みや苦しみにも、溺れてしまうことなく、むしろ素直に成つて来る理を見つめて通るから、悩みや苦しみも、かえつて喜びに転じてくる。かくて、真にたんのうの心が治れば、前生のいんねんは納消される。これを、「たんのうは前生いんねんのさんげ」と諭される。
 たんのうは、単なるあきらめでもなければ、又、辛抱でもない。日々、いかなる事が起ろうとも、その中に親心を悟つて、益々心をひきしめつつ喜び勇むことである。かくて、身上のさわりも事情のもつれも、己が 心の糧となり、これが節となつて、信仰は一段と進む。これを、「節から芽が出る」と諭される。
 日々常々、何事につけ、親神の恵を切に身に感じる時、感謝の喜びは、自らその態度や行為にあらわれる。これを、ひのきしんと教えられる。

  なんでもこれからひとすぢに
  かみにもたれてゆきまする           三下り目 7

  やむほどつらいことハない
  わしもこれからひのきしん           三下り目 8

 身上の患いをたすけて頂いた時、親神の守護が切実に身にしみる。病んだ日のことを思いかえし、健かな今日の日を思えば、心は言い知れぬ喜びに躍る。身上壮健に働ける幸福を、しみじみと悟れば、ひたすら親神にもたれて、思召のままにひのきしんに勇み立つ。

  よくをわすれてひのきしん
  これがだいゝちこえとなる          一一下り目 4

 ひのきしんに勇む心には、欲はない。この求めるところなく、ただ黙黙と骨身惜しまず尽す行為こそ、やがて、銘々の生活に美わしい実を結ぶ肥となる。

  みれバせかいがだん/\と
  もつこになうてひのきしん          一一下り目 3

  なにかめづらしつちもちや
  これがきしんとなるならバ          一一下り目 7

 少しでも普請の役に立ちたいと、もつこを担うて、日々、土持のきしんをする。心は益々明るく勇み立つて、それが何よりのひのきしんになる。これは誰にも出来るが、実地に身に行うて、初めて、その言い知れぬ味がわかる。
 ひのきしんは、信仰に燃える喜びの現れで、その姿は、千種万態である。必ずしも、土持だけに限らない。欲を忘れて、信仰のままに、喜び勇んで事に当るならば、それは悉くひのきしんである。
 ひのきしんは、一時の行為ではなく、日常の絶えざる喜びの行為である。しかも、その喜びは、自分一人に止るのではなく、他の人々をも感化し、心あるものは、次々と相携えて、その喜びを共にするようになる。

  ふうふそろうてひのきしん
  これがだいゝちものだねや          一一下り目 2

 親神は、「ふうふそろうてひのきしん」と教えられる。夫を化し、妻を導いて、夫婦共々に心を揃え、日々ひのきしんに勇むところ、一入そのむつまじさが溢れ出て、一家に春の明るさと和ぎが漂う。これを、「だいゝちものだねや」と仰せられる。
 一家の陽気は隣人に及び、多くの人々は、われもわれもと相競うて、ひのきしんにはげみ、世界には、一手一つの陽気が漲つてくる。かくて、親神の望まれる陽気ぐらしの世が現れる。

  いつ/\までもつちもちや
  まだあるならバわしもゆこ          一一下り目 5

 たんのうの心が治り、ひのきしんに身が勇んで、欲を忘れる時、ここに、親神の思召にかなう誠真実があらわれる。その日々の姿には、何の裏表もなく、清らかさと明るさが溢れてくる。そして、親神の思召をそ のままに読みとり、さながらに身に行えるようになる。
 かかる誠真実に徹するのが、心の成人を遂げた所以であつて、親神は、それを待ちわびておられる。

  いまゝでハせかいぢううハ一れつに
  めゑ/\しやんをしてわいれども       一二 89

  なさけないとのよにしやんしたとても
  人をたすける心ないので           一二 90

  これからハ月日たのみや一れつわ
  心しいかりいれかゑてくれ          一二 91

  この心どふゆう事であるならば
  せかいたすける一ちよばかりを        一二 92

 この篤い親心に、そのまま添いたいと念ずるにつけ、人の難儀を見ては、じつとしておられず、人の苦しみをながめては、看過すことが出来なくなる。自分に出来ることなら、何事でも喜んで行い、なんでも、たすかつて貰いたいとの言行となる。そして、多くの人々に導きの手を与えるにをいがけとなり、人だすけとなる。それは、己の利害に偏らず、一れつ兄弟姉妹の真実に目覚め、互立て合い扶け合いの念から、人の苦しみを我が苦しみとなし、我が身を忘れて、人に尽すひたぶるの行為となつてあらわれる。

  このさきハせかいぢううハ一れつに
  よろづたがいにたすけするなら        一二 93

  月日にもその心をばうけとりて
  どんなたすけもするとをもゑよ        一二 94

 かくて、教祖のひながたにならい、たすけにはげむ。口と心と行とは常に一致して、うまずたゆまず、理をみつめて進む。その日々は、人の眼から見れば、一寸には弱いもののようにも思われる。しかし、これこそ、親神の心に通う誠真実であるから、真にそのまま受け取つて頂くことが出来るので、ながい眼で見れば、これほど堅く強いものはない。

誠程強いものはない、誠は天の理である。誠であれば、それ世界成程と言う。(明治二一・六・二)
 誠真実は、親神の思召に添い、天の理にかなう心であるから、親神は、この誠真実をすぐと受け取つて、いかなるたすけもひき受けられる。

  しんちつに心にまことあるならば
  どんなたすけもちがう事なし         一三 71

誠一つの理は天の理、天の理なれば直ぐと受け取る、直ぐと返えすが一つの理。 (明治二三・四・一七)
 自分の心に誠真実の理が治れば、心ない人の口説に煩わされることなく、常に変らぬ喜びと力に溢れて、明るく陽気に進むことが出来る。そこに正しく、一名一人の心に誠一つの理があれば、内々十分むつまじいという一つの理が治り、他をも自ら化し、一波は万波を呼んで、更に多くの人々の心の躍動を呼び起す。



  だん/\になにかの事もみへてくる
  いかなるみちもみなたのしめよ         四 22

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2017年06月13日

天理教教典・第七章 かしもの・かりもの

第七章 かしもの・かりもの

  たいないゑやどしこむのも月日なり
  むまれだすのも月日せわどり          六 131

 人体のこの精巧な構造、微妙な機能は、両親の工夫で造られたものでもなければ、銘々の力で動かせるものでもない。すべては、親神の妙なる思わくにより、又、その守護による。

  にんけんハみな/\神のかしものや
  なんとをもふてつこているやら         三 41

  にんけんハみな/\神のかしものや
  神のぢうよふこれをしらんか          三 126

 この世に生れさせて頂き、日々結構に生活しているのも、天地抱き合せの、親神の温かい懐で、絶えず育まれているからである。即ち、銘々が、日々何の不自由もなく、身上をつかわせて頂けるのも、親神が、温み・水気をはじめ、総てに亙つて、篤い守護を下さればこそで、いかに己が力や智慧を頼んでいても、一旦、身上のさわりとなれば、発熱に苦しみ、悪寒に悩み、又、畳一枚が己が住む世界となつて、手足一つさえ自由かなわぬようにもなる。ここをよく思案すれば、身上は親神のかしものである、という理が、自と胸に治る。

  めへ/\のみのうちよりのかりものを
  しらずにいてハなにもわからん         三 137

 銘々の身上は、親神からのかりものであるから、親神の思召に隨うて、つかわせて頂くのが肝腎である。この理をわきまえず、我が身思案を先に立てて、勝手にこれをつかおうとするから、守護をうける理を曇らして、やがては、われと我が身に苦悩を招くようになる。これを、

人間というは、身の内神のかしもの・かりもの、心一つが我が理。 (明治二二・六・一)
と教えられている。

人間というものは、身はかりもの、心一つが我がのもの。たった一つの心より、どんな理も日々出る。どんな理も受け取る中に、自由自在という理を聞き分け。 (明治二二・二・一四)
自由自在は、何処にあると思うな。めん/\の心、常々に誠あるのが、自由自在という。 (明治二一・一二・七)
 即ち、身の内の自由がかなうのも、難儀不自由をかこつのも、銘々の心遣い一つによつて定まる。それを、心一つが我の理と教えられる。
 しかるに、人は、容易にこの理が治らないままに、あさはかな人間心から、何事も自分の勝手になるものと思い、とかく、己一人の苦楽や利害にとらわれて、一れつの和楽を望まれる親心に、もとる心を遣いがちである。親神は、かかる心遣いを、埃にたとえて、戒められている。
 元来、埃は、吹けば飛ぶほど些細なものである。早めに掃除さえすれば、たやすく綺麗に払えるが、ともすれば積りやすくて、油断をすれば、いつしか、うずだかく積りかさなり、遂には、掃いても拭いても、取り 除きにくくなるものである。

  よろづよにせかいのところみハたせど
  あしきのものハさらにないぞや         一 52

  一れつにあしきとゆうてないけれど
  一寸のほこりがついたゆへなり         一 53

 心遣いも、銘々に、我の理として許されてはいるが、親神の心に添わぬ時は、埃のように積りかさなり、知らず識らずのうちに、心は曇つて、本来の明るさを失い、遂には手もつけられぬようになる。かかる心遣いをほこりと教えられ、一人のほこりは、累を他に及ぼして、世の中の平和を紊すことにもなるから、常によく反省して、絶えずほこりを払うようにと諭されている。
 このほこりの心遣いを反省するよすがとしては、をしい、ほしい、にくい、かわい、うらみ、はらだち、よく、こうまんの八種を挙げ、又、「うそとついしよこれきらい」と戒められている。
 親神は、これらの心遣いをあわれと思召され、身上や事情の上に、しるしを見せて、心のほこりを払う節となし、人々を陽気ぐらしへと導かれる。

  せかいぢうむねのうちよりこのそふぢ
  神がほふけやしかとみでいよ          三 52

  めへ/\にハがみしやんハいらんもの
  神がそれ/\みわけするぞや          五  4

  めへ/\の心みのうちどのよふな
  事でもしかとみなあらわすで         一二 171

  これみたらどんなものでもしんぢつに
  むねのそふちがひとりてけるで        一二 172

 即ち、いかなる身上のさわりも事情のもつれも、親神がほおきとなつて、銘々の胸を掃除される篤い親心のあらわれと悟り、すべて、現れて来る理、成つて来る理をよく思案するならば、自と、心のほこりを払う ようになる。かくして、ほこりさえ綺麗に掃除するならば、あとは珍しいたすけに浴して、身上は、病まず弱らず、常に元気に、守護頂ける。

  ほこりさいすきやかはろた事ならば
  あとハめづらしたすけするぞや         三 98

 しかるに、人は、心の成人の未熟さから、多くは定命までに身上を返すようになる。身上を返すことを、出直と仰せられる。それは、古い着物を脱いで、新しい着物と着かえるようなもので、次には、又、我の理と教えられる心一つに、新しい身上を借りて、この世に帰つて来る。

  きゝたくバたつねくるならゆてきかそ
  よろづいさいのもとのいんねん         一  6

 人間には、陽気ぐらしをさせたいという親神の思いが込められている。これが、人間の元のいんねんである。
 しかるに、人間は、心一つは我の理と許されて生活すうちに、善き種子もまけば、悪しき種子もまいて来た。善き事をすれば善き理が添うて現れ、悪しき事をすれば悪しき理が添うて現れる。

 世界にもどんないんねんもある。善きいんねんもあれば、悪いいんねんもある。 (明治二八・七・二二)
 およそ、いかなる種子も、まいてすぐ芽生えるものではない。いんねんも、一代の通り来りの理を見せられることもあれば、過去幾代の心の理を見せられることもある。己一代の通り来りによるいんねんならば、静かに思い返せば、思案もつく。前生いんねんは、先ず自分の過去を眺め、更には先祖を振り返り、心にあたるところを尋ねて行くならば、自分のいんねんを悟ることが出来る。これがいんねんの自覚である。
 親神が、種々といんねんを見せられるのは、それによつて人々の心を入れ替えさせ、或は勇ませて、陽気ぐらしをさせたい、との篤い親心からであつて、好ましからぬいんねんを見せられる場合でさえ、決して、苦しめよう困らせようとの思召からではない。いかなる中も、善きに導かれる親心にもたれ、心を治めて通るならば、すべては、陽気ぐらしの元のいんねんに復元されて、限りない親神の恵は身に遍く、心は益々明るく勇んで来る。
 人の幸福は、その境遇に在るのではなく、人生の苦楽は、外見によつて定るのではない。すべては、銘々の心の持ち方によつて決まる。心の持ち方を正して、日々喜び勇んで生活すのが、信心の道である。
 即ち、身上かしもの・かりものの理をよく思案し、心一つが我の理であることを自覚して、日々常々、胸のほこりの掃除を怠らず、いかなる場合にも、教祖ひながたを慕い、すべて親神にもたれて、人をたすける心で通るのが、道の子の心がけである。そこには、自他の心を曇らす何物もなく、ただ、親神の思召のままに生活させて頂き、連れ通り頂いている喜びがあるばかりである。



  このよふハ一れつハみな月日なり
  にんけんハみな月日かしもの          六 120


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2017年06月11日

天理教教典・第六章 てびき

第六章 てびき

 人は皆、苦しみを厭い、楽しみを求め、悩みを避け、喜びを望む。親神が、陽気ぐらしをさせたいとの思召で、人間世界を造られたからである。
 しかるに、世には、病苦にさいなまれ、災厄におそわれ、家庭の不和をかこち、逆境にもだえるなど、その身の不幸をなげいている人が多い。それは、親神を知らず、その深い親心を知らないからである。
 親神は、一れつ人間の親におわす。しかるに、人は、この真実を知らず、従つて、互にひとしく親神を親と仰ぐ兄弟姉妹であることも知らずに、銘々が勝手に生きているように思いあやまり、われさえよくばの我が身思案や、気ままな行をして、他の人々の心を傷つけ曇らし、世の親和を害ない紊しているばかりでなく、それがために、己れ自らの心をも傷つけ曇らせていることを気附かずにいる。

  月日にハたん/\みへるみちすぢに
  こわきあふなきみちがあるので         七  7

  月日よりそのみちはやくしらそふと
  をもてしんバいしているとこそ         七  8

 親神は、知らず識らずのうちに危い道にさまよいゆく子供たちを、いじらしと思召され、これに、真実の親を教え、陽気ぐらしの思召を伝えて、人間思案の心得違いを改めさせようと、身上や事情の上に、しるしを見せられる。

  なにゝてもやまいいたみハさらになし
  神のせきこみてびきなるそや          二  7

  せかいぢうとこがあしきやいたみしよ
  神のみちをせてびきしらすに          二 22

 即ち、いかなる病気も、不時災難も、事情のもつれも、皆、銘々の反省を促される篤い親心のあらわれであり、真の陽気ぐらしへ導かれる慈愛のてびきに外ならぬ。
 しかるに、親神の深い心を知らぬ人々は、ただ眼前の苦しみや悩みに心を奪われて、ややもすれば、あさはかな人間思案から、人を怨み、天を呪い、世をはかなみ、或は理想を彼岸に求めたりする。

  にんけんもこ共かわいであろをがな
  それをふもをてしやんしてくれ        一四 34

  にち/\にをやのしやんとゆうものわ
  たすけるもよふばかりをもてる        一四 35

  一れつのこどもハかわいばかりなり
  とこにへたてわさらになけれど        一五 69

  しかときけ心ちがゑばせひがない
  そこでだん/\ていりするのや        一五 70

 親神は、これらの人々に、隔てない切々の親心を明かし、人間の我が子を慈しむ親心に照して、よく思案をするがよいと、いとも懇に教えられている。
 およそ、人の親にして、我が子を愛しないものはない。子の行末を思えばこそ、時には、やむなく厳しい意見もする。この切ない親心がわかれば、厳しいうちにも慈しみ深い親神の心尽しの程がくみとられて、有難さが身にしみる。
 ここに、かたくなな心は開かれ、親神の温かい光を浴びて、心はよみがえる。そして、ひたすら、篤い親心に添いきる心が定る。かくて、真実に心が定れば、親神は、すぐとその心を受け取り、どんな自由自在の理も見せられる。親神は、それを待ちわびておられる。

  しんぢつに心さだめてねがうなら
  ちうよぢざいにいまのまあにも         七 43

  いまゝでハとんな心でいたるとも
  いちやのまにも心いれかゑ          一七 14

  しんぢつに心すきやかいれかゑば
  それも月日がすぐにうけとる         一七 15

 しかし、人間心のはかなさは、折角、てびきを頂いて、心を定めても、時がたてば、一旦定めた心もいつのまにか動いて、形ばかりの信心におち、知らず識らずのうちに、又もや、親心に反する心を遣うたり、行をしたりして、しかも、気附かずにいる場合が多い。

神の自由して見せても、その時だけは覚えて居る。なれど、一日経つ、十日経つ、三十日経てば、ころつと忘れて了う。 (明治三一・五・九)
と示されている所以である。故に、

日が経てば、その場の心が弛んで来るから、何度の理に知らさにゃならん。 (明治二三・七・七)
と仰せられ、ともすれば弛みがちな心をはげまして、なおも心の成人を促される上から、信心するうちにも、幾度となく、身上や事情の上に、しるしを見せ、心を入れ替える節を与えられる。この篤い親心を悟つて、益々心を引きしめて通つてこそ、生涯変らぬ陽気づくめの理を見せて頂ける。
 かくて、教の理が胸に治り、心が次第に成人するにつれて、大難は小難に、小難は無難に導かれる親心が、しみじみと感じられて、今まで喜べなかつたことも、心から喜べるようになり、今まで楽しめなかつたことも、心から楽しめるようになる。
 陽気づくめの境地への力強い足どりが、こうして進められてゆく。



  しやんして心さためてついてこい
  すゑハたのもしみちがあるぞや         五 24


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2017年06月08日

天理教教典・第五章 ひながた

第五章 ひながた

 教祖は、口や筆で親神の教を説き明かされると共に、身を以てこれを示された。この道すがらこそ、万人のひながたである。
 教祖は、寛政十年四月十八日、前川半七正信の長女として生れ、名をみきと申される。
 幼少の頃から、慈悲と同情の心に篤く、又、深く道を求め、世塵を脱けて、生涯を信仰に捧げたい、と熱願されたが、奇しきいんねんの理によつて、大和国山辺郡庄屋敷なる、中山氏という元のやしきに迎えられ、善兵衞の妻となられた。
 以来、益々信心の道に心を磨かれると共に、人の妻として、忠実やかに夫に従い、両親に仕え、家人をいたわり、篤く隣人に交り、又、家業に精を出された。かくて、慈悲と同情の天禀は、愈々深められ、高められて、よく怠者を感化し、盗人を教化されたばかりでなく、自分を無きものにしようとした者に対してすら、その罪を責めることなく、我が身の不徳のいたすところとして、自然のうちにこれを徳化せられた。又、預つた乳児が病んだ時には、我が子、我が身の命を捧げ、真心をこめ、命乞をして、瀕死の児を救われた。
 天保九年十月二十六日、齢四十一歳を以て、月日のやしろと召されてからは、貧に落ち切れ、との思召のままに、貧しい者への施しにその家財を傾けて、赤貧のどん底へ落ち切る道を急がれた。
 この行は、家人や親戚知人に、理解され難く、厳しい忠告や激しい反対のうちに、十数年の歳月を重ねられた。かかるうちに、夫は出直し、一家は愈々どん底へと向つたが、この大節のさなかに、一身一家の都合を越えて、同年、末女こかんを大阪に遣し、天理王命の神名を流された。
 このように、常人の及ばぬ信念は、却つて人々の冷笑を呼び、離反を招いて、遂には、訪ねる者もなく、親子三人で食べるに米のない日々を過された。父なき後、一家の戸主となつた秀司は、青物や柴の商によつて、日々の生計をはかつた。しかも、教祖は、かかる中にも、人の難儀を見ては、やつと手にした米を、何の惜気もなく施された。
 或る年の秋祭の日に、村の娘たちが、今日を晴れと着飾つて、嬉々としているのに、娘盛のこかんは、晴着はおろか着更さえもなくて、半分壊れた土塀のかげから、道行く渡御を眺めていたこともある。又、夏になつても吊るに蚊帳なく、冬は冬とて吹きさらしのあばら屋に、あちらの枝を折りくべ、こちらの枯葉をかき寄せては、辛うじて暖をとり、点す油にこと欠く夜は、月の明りを頼りに、糸つむぎなどして過されたこともある。
 十年に亙る長い年月の間、かかる窮迫の中にも、教祖は、常に明るい希望と喜びとをもつて、陽気ぐらしへの道を説かれた。そして、時には、水と漬物ばかりで過されながら、「世界には、枕もとに食物を山ほど積んでも、食べるに食べられず、水も喉を越さんというて、苦しんでいる人もある。そのことを思えば、わしらは結構や、水を飲めば水の味がする。親神様が結構にお与え下されてある」と、子達を励まされた。
 月日のやしろとなられてから、このようにして二十余年を過されたが、やがて、をびや許しによつて示された珍しいたすけが、道あけとなり、教祖を生神様として慕い寄る者が、近郷一帯にあらわれた。教祖は、これらの人々に、病の元は心からと教え、不思議なたすけを示されたことは数知れぬほどで、不治といわれた難病も、教祖の前には決して不治ではなかつた。盲人もその場で眼を開き、気の狂うた人も、すきやかに正気に復した。
 かくて、輝かしい道の黎明は訪れたが、それは又同時に、新な苦難への門出でもあつた。嫉妬、猜疑、無理解から起る弁難攻撃、或は又、白刃を抜いての乱暴狼藉などが、それであつた。かかる煩わしい生活に明け暮れされたが、教祖は、益々心勇み、陽気なかぐらづとめを教え、てをどりの手をつけられた。まことに、そこには、過去三十年に亙つてなめられた苦難の陰影はなく、又、白刃の下をくぐられた酷しい日々の片影さえも窺えない。ただ、一れつの子に、親神の胸のうちを知らせよう、との親心あるばかりである。
 更に、筆をとつて、たすけづとめのしんである人間宿し込みのぢばと、かんろだいの理を明かし、つとめの人衆について教え、なお、証拠まもりや、いき・てをどりのさづけを渡すなど、たすけ一条の道を示された。
 かかる中にも、厳寒酷暑を問わず、十数度に余る獄舎への御苦労が続いたが、聊かもこれを意にかけず、ひたすら、疑い深く理解の鈍い人心を教化しようと、日夜、手を尽し心を砕き、或は温かく或は鋭く、折にふれ、人に応じて導かれた。
 かように行き届いた導きによつて、教は、大和はもとより、五畿内から関東、東海に伸び、山陽、四国に及んだ。かくて、教祖を慕う白熱の信仰は、人々の足をぢばへぢばへと運ばせたが、なおも、教祖は、親神の思召のまにまに、終始、かぐらづとめを急き込まれた。
 しかし、迫害は歳を追うて激しさを加え、つとめすることは、直に、教祖の獄舎への御苦労となつたが、教祖は、何処においでになつても、平常と少しも変られないばかりか、これを、却つて、表に出るとか、働 きに行くとか仰せられて、迎えの役人を、やさしく労われた。
 かかる態度によつて仕込みを受けた人々は、このひながたを慕うて、たすけ一条の上には、我が身どうなつてもと、勇み立つたが、高齢の教祖に、これ以上の御苦労をかけるには忍びなかつた。
 かくて過ぎゆくうちに、明治十九年陰暦十二月八日、教祖の身に異状がうかがわれた。この時、「これは世界の動くしるしや」と仰せになつたが、人々は、どうした親神の思召であろうかと、憂慮のうちに種々と協議を重ね、心の練合いに日を過した。そして、一同の協議に上つた問題で、思案に余る困難な事情を悉く披瀝して、十数度に亙り、繰り返し繰り返し、押しての願を以て理を伺つた。これに対して示された思召は、常に一貫して、たすけづとめの急き込みで、

さあ今と言う、今と言うたら今、抜き差しならぬで。承知か。
と、厳しい言葉で、のつぴきならぬ重大時機の迫つている事を暗示され た。そして又、

心定めの人衆定め。事情無ければ心が定まらん。胸次第心次第。
と、己が身上を台として、一同の決心を促し、

さあ/\実があれば実があるで。実と言えば知ろまい。真実というは 火、水、風。
さあ/\実を買うのやで。価を以て実を買うのやで。
とて、胸のおき処を諭された。
 かくも明確に思召を承りながら、直につとめにとりかかれなかつたのは、徹し切れない人間心のはかなさとはいえ、教祖の身にふりかかる御苦労を、気遣うたからである。
 その年も暮れ、明けて明治二十年陰暦正月二十五日にいたつて、気分甚く勝れられず、どうしたことかと思召を伺えば、

さあ/\すっきりろくぢに踏み均らすで。さあ/\扉を開いて/\、一列ろくぢ。さあろくぢに踏み出す。さあ/\扉を開いて地を均らそうか、扉を閉まりて地を均らそうか/\。
との仰せであつた。真意を解しかねた一同が、扉を開く方が陽気でよかろうとの思いから、扉を開いてろくぢにならし下されたいと申上げると、

一列に扉を開く/\/\/\。ころりと変わるで。
と仰せられた。
 明くれば二十六日、教を開かれた元一日の縁の日であり、しかも、つとめを急き込まれることが、極めて急であるので、今は、最早や躊躇している場合でないと、一同深く心に決して、万一に備える準備を整え、常になく鳴物までもいれて、つとめにかかつた。
 教祖は、休息所にやすまれながら、この陽気なかぐらづとめの音を聞かれ、いとも満足げに見うけられたが、北枕で西向のまま、静かに眠りにはいられた。齢、正に九十歳。
 教祖は、現身の寿命を二十五年縮めて、姿をかくされたが、魂は永久に元のやしきに留り、存命のまま、一れつ子供の成人を守護されている。



  にんけんをはじめたをやがも一にん
  どこにあるならたつねいてみよ         八 75

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2017年06月07日

天理教教典・第四章 天理王命

第四章 天理王命

 親神を、天理王命とたたえて祈念し奉る。
 紋型ないところから、人間世界を造り、永遠にかわることなく、万物に生命を授け、その時と所とを与えられる元の神・実の神にています。

  このよふのにんけんはじめもとの神
  たれもしりたるものハあるまい         三 15

  どろうみのなかよりしゆごふをしへかけ
  それがたん/\さかんなるぞや         三 16

 親神は、人間世界の根本にていまし、この世を創められたばかりでなく、この世の有りとあらゆるもの、悉く、その守護によらぬものとてはない。しかも、その自由の守護の程は、眼に、身に、心に、ありありと、感じることが出来る。まことに、元の神・実の神にています。
 即ち、天では月日と現れ、さやけくも温かい光をもつて、余すくまなく、一れつにこの世を照らされる。

  このよふのぢいと天とハぢつのをや
  それよりでけたにんけんである        一〇 54

 人は、天地の間に生を享け、至妙な自然の調和の中に生存している。遍く月日の光を身に頂いているように、隔てなく天地の恵に浴している。天地は月日の理で、人は、天地抱き合せの、親神の懐に抱かれて、限りない慈しみのまにまに生活している。

  このよふのしんぢつのをや月日なり
  なにかよろづのしゆこするぞや         六 102

 親神は、元初りに当り、親しく、道具、雛型に入り込み、十全の守護をもつて、この世人間を造り、恆にかわることなく、身の内一切を貸して、その自由を守護し、又、生活の資料として、立毛をはじめとし、万一切を恵まれている。
 その守護の理は、これに、神名を配して、説きわけられている。

 くにとこたちのみこと 人間身の内の眼うるおい、世界では水の守護の理。
 をもたりのみこと 人間身の内のぬくみ、世界では火の守護の理。
 くにさづちのみこと 人間身の内の女一の道具、皮つなぎ、世界では万つなぎの守護の理。
 月よみのみこと 人間身の内の男一の道具、骨つっぱり、世界では万つっぱりの守護の理。
 くもよみのみこと 人間身の内の飲み食い出入り、世界では水気上げ下げの守護の理。
 かしこねのみこと 人間身の内の息吹き分け、世界では風の守護の理。
 たいしよく天のみこと 出産の時、親と子の胎縁を切り、出直の時、息を引きとる世話、世界では切ること一切の守護の理。
 をふとのべのみこと 出産の時、親の胎内から子を引き出す世話、世界では引き出し一切の守護の理。
 いざなぎのみこと 男雛型・種の理。
 いざなみのみこと 女雛型・苗代の理。
 即ち、親神天理王命の、この十全の守護によつて、人間をはじめとし、万物は、皆、その生成を遂げている。

  たん/\となに事にてもこのよふわ
  神のからだやしやんしてみよ          三 40・ 135

 この世は、親神の身体であつて、世界は、その隅々にいたるまで、親神の恵に充ちている。そして、その恵は、或は、これを火・水・風に現して、目のあたりに示し、又、眼にこそ見えぬが、厳然たる天理として、この世を守護されている。即ち、有りとあらゆるものの生命の源であり、一切現象の元である。
 実に、この世は、理ぜめの世界であつて、一分のすきもなく、いささかの遺漏もない。天地自然の間に行われる法則といわず、人間社会における秩序といわず、悉く、奇しくも妙なる親神の守護ならぬはない。

  このせかい一れつみゑる月日なら
  とこの事でもしらぬ事なし           八 51

  月日よりみなそれ/\とみさだめて
  善とあくとをみハけするぞや          八 52

 親神は、人の心はもとより、総てを見ぬき見透し、善悪共に見分けて、思召のままに守護されている。

  にんけんのわが子をもうもをなぢ事
  こわきあふなきみちをあんぢる         七  9

  それしらすみな一れハめへ/\に
  みなうゝかりとくらしいるなり         七 10

  このせかいなにかよろづを一れつに
  月日しはいをするとをもゑよ          七 11

 しかも、親神は、どこまでも、一れつ子供を愛撫される親にています。しかるに、この親心を悟らず、天地を無視し、己が力を過信して、我ままな心を遣い、得手勝手な行をしているのは、万一切を支配し、総てを見ぬき見透されている親神の眼から見れば、あたかも独り歩きする幼児のようで、これほど危いことはない。

  どのよふなくどきはなしをするのもな
  たすけたいとの一ぢよばかりで         七 26

  一れつのむねのうちよりしんぢつに
  はやくわかりた事であるなら          七 27

  それからハ月日よろづのしはいする
  なにかよろづのたすけするぞや         七 28

 親神は、これをあわれと思召し、種々言葉を尽して、一れつたすけの限りない親心を明かし、よろづいさいの真実を教えて、自由自在の珍しい守護を見せられる。

  月日にハせかいぢううハみなわが子
  かハいいゝばいこれが一ちよ         一七 16

 親神は、人間の実の親にています。親神は、ただ一すじに、一れつの子供に陽気ぐらしをさせたいと望ませられ、教祖をやしろとして表に現れ、元初りのいんねんあるぢばにおいて、たすけ一条の道を啓かれた。
 ぢばは、天理王命の神名を授けられたところ、その理を以て、教祖は、存命のまま、永久にここに留り、一れつを守護されている。

  どのよふなたすけするのもしんちつの
  をやがいるからみなひきうける         七 101

 実に、天理王命、教祖、ぢばは、その理一つであつて、陽気ぐらしへのたすけ一条の道は、この理をうけて、初めて成就される。



  あしきをはらうてたすけたまへ
  てんりわうのみこと

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2017年05月08日

天理教教典・第三章 元の理

第三章 元の理

 親神は、陽気ぐらしを急き込まれる上から、教祖をやしろとして、この世の表に現れた、奇しきいんねんと、よふきづとめの理を、人々によく了解させようとて、元初りの真実を明かされた。

 この世の元初りは、どろ海であつた。月日親神は、この混沌たる様を味気なく思召し、人間を造り、その陽気ぐらしをするのを見て、ともに楽しもうと思いつかれた。
 そこで、どろ海中を見澄されると、沢山のどぢよの中に、うをとみとが混つている。夫婦の雛型にしようと、先ずこれを引き寄せ、その一すじ心なるを見澄ました上、最初に産みおろす子数の年限が経つつたなら、 宿し込みのいんねんある元のやしきに連れ帰り、神として拝をさせようと約束し、承知をさせて貰い受けられた。
 続いて、乾の方からしやちを、巽の方からかめを呼び寄せ、これ又、承知をさせて貰い受け、食べてその心味を試し、その性を見定めて、これ等を男一の道具、及び、骨つっぱりの道具、又、女一の道具、及び、皮つなぎの道具とし、夫々をうをとみとに仕込み、男、女の雛型と定められた。いざなぎのみこと いざなみのみこととは、この男雛型・種、女雛型・苗代の理に授けられた神名であり、月よみのみこと くにさづちのみこととは、夫々、この道具の理に授けられた神名である。
 更に、東の方からうなぎを、坤の方からかれいを、西の方からくろぐつなを、艮の方からふぐを、次々と引き寄せ、これにもまた、承知をさせて貰い受け、食べてその心味を試された。そして夫々、飲み食い出入り、息吹き分け、引き出し、切る道具と定め、その理に、くもよみのみこと かしこねのみこと をふとのべのみこと たいしよく天のみこと との神名を授けられた。
 かくて、雛型と道具が定り、いよいよここに、人間を創造されることとなつた。そこで先ず、親神は、どろ海中のどぢよを皆食べて、その心根を味い、これを人間のたねとされた。そして、月様は、いざなぎのみことの体内に、日様は、いざなみのみことの体内に入り込んで、人間創造の守護を教え、三日三夜の間に、九億九万九千九百九十九人の子数を、いざなみのみことの胎内に宿し込まれた。それから、いざなみのみことは、その場所に三年三月留り、やがて、七十五日かかつて、子数のすべてを産みおろされた。
 最初に産みおろされたものは、一様に五分であつたが、五分五分と成人して、九十九年経つて三寸になつた時、皆出直してしまい、父親なるいざなぎのみことも、身を隠された。しかし、一度教えられた守護により、いざなみのみことは、更に元の子数を宿し込み、十月経つて、これを産みおろされたが、このものも、五分から生れ、九十九年経つて三寸五分まで成人して、皆出直した。そこで又、三度目の宿し込みをなされたが、このものも、五分から生れ、九十九年経つて四寸まで成人した。その時、母親なるいざなみのみことは、「これまでに成人すれば、いずれ五尺の人間になるであろう」と仰せられ、につこり笑うて身を隠された。そして、子等も、その後を慕うて残らず出直してしもうた。
 その後、人間は、虫、鳥、畜類などと、八千八度の生れ更りを経て、又もや皆出直し、最後に、めざるが一匹だけ残つた。この胎に、男五人女五人の十人ずつの人間が宿り、五分から生れ、五分五分と成人して八寸になつた時、親神の守護によつて、どろ海の中に高低が出来かけ、一尺八寸に成人した時、海山も天地も日月も、漸く区別出来るように、かたまりかけてきた。そして、人間は、一尺八寸から三尺になるまでは、一胎に男一人女一人の二人ずつ生れ、三尺に成人した時、ものを言い始め、一胎に一人ずつ生れるようになつた。次いで、五尺になつた時、海山も天地も世界も皆出来て、人間は陸上の生活をするようになつた。
 この間、九億九万年は水中の住居、六千年は智慧の仕込み、三千九百九十九年は文字の仕込みと仰せられる。

   月日よりたん/\心つくしきり
   そのゆへなるのにんけんである      六 88

  このよふのしんぢつの神月日なり
   あとなるわみなどふくなるそや      六 50

   にんけんをはぢめよふとてたん/\と
   よせてつこふたこれに神なを       六 51

 この世の元の神・実の神は、月日親神であつて、月様を、くにとこたちのみこと 日様を、をもたりのみことと称える。あとなるは皆、雛型であり、道具である。更に申せば、親神は、深い思召の上から、その十全の守護を解りやすく詳しく示し、その夫々に神名をつけられたのである。

  しかときけこのもとなるとゆうのハな
  くにとこたちにをもたりさまや         一六 12

 思えば、親神は、この世人間を造られたばかりでなく、長の歳月、限りない親心をもつて、その成人を守護し、時に応じて旬々の仕込みをなされた。人類の成人とその文化の発達とは、悉く親神の篤い守護による。

  月日にわせかいぢううをみハたせど
  もとはじまりをしりたものなし        一三 30

  このもとをどふぞせかいへをしえたさ
  そこで月日があらわれてゞた         一三 31

 親神は、この真実を明かし、一れつ人間に陽気ぐらしへの道を教えようとて、教祖をやしろとして表に現れられた。即ち、最初産みおろしの子数の年限が経つた暁は、元のやしきに連れ帰り、神として拝をさせようとの、元初りの約束に基く。

  にんけんをはじめだしたるやしきなり
  そのいんねんであまくたりたで         四 55

  このよふをはぢめだしたるやしきなり
  にんけんはじめもとのをやなり         六 55

  月日よりそれをみすましあまくだり
  なにかよろづをしらしたいから         六 56

 親神は、この約束により、人間創造の母胎としての魂のいんねんある教祖を、予めこの世に現し、宿し込みのいんねんある元のやしきに引き寄せて、天保九年十月二十六日、年限の到来と共に、月日のやしろに貰い受けられた。この人と所と時とに関するいんねんを、教祖魂のいんねん、やしきのいんねん、旬刻限の理という。

  この月日もとなるぢばや元なるの
  いんねんあるでちうよぢさいを         八 47

  このはなしなんでこのよにくどいなら
  たすけ一ぢようけやうのもと          八 48

 かくて、親神は、教祖の口を通して、親しく、よろづいさいの真実を明かされた。それは、長年の間、一れつ人間の成人に応じて、修理肥として旬々に仕込まれた教の点睛である。即ち、ここにいよいよ、親神直直のだめの教が垂示された。けだし、十のものなら九つまで教え、なお、明かされなかつた最後の一点、元の親を知らして、人類に、親神の子供たるの自覚を与え、一れつ兄弟姉妹としての親和を促し、親子団欒の陽気ぐらしの世と立て替えようとの思召からである。これを、

  このよふを初た神の事ならば
  せかい一れつみなわがこなり          四 62

  せかいぢう神のたあにハみなわがこ
  一れつハみなをやとをもゑよ          四 79

  せかいぢういちれつわみなきよたいや
  たにんというわさらにないぞや        一三 43

と教え、更に又、

  月日にわにんけんはじめかけたのわ
  よふきゆさんがみたいゆへから        一四 25

  せかいにハこのしんぢつをしらんから
  みなどこまでもいつむはかりで        一四 26

  このさきハせかへぢううハどこまでも
  よふきづくめにみなしてかゝる        一〇 103

と仰せられている。陽気ぐらしこそ、人間生活の目標であり、理想であ る。これを実現しようと、よふきづとめを教えて、たすけ一条の道をつ けられた。よふきづとめの理は、実に、この元初りの真実による。


  ちよとはなしかみのいふこときいてくれ
  あしきのことはいはんでな
  このよのぢいとてんとをかたどりて
  ふうふをこしらへきたるでな
  これハこのよのはじめだし






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2017年05月05日

天理教教典・第二章 たすけ一条の道

第二章 たすけ一条の道

  月日にハせかいぢうゝハみなわが子
  たすけたいとの心ばかりで           八  4

 親神は、一れつの人間に、陽気ぐらしをさせたいとの親心から、教祖をやしろとして表に現れ、よろづいさいの真実を明かして、珍しいたすけ一条の道を教えられた。

  つとめてもほかの事とわをもうなよ
  たすけたいのが一ちよばかりで        一六 65

 この親心から、よろづたすけの道として教えられたのが、つとめ一条である。

  このよふをはじめかけたもをなぢ事
  めづらし事をしてみせるでな          六  7

  このよふをはじめてからにないつとめ
  またはじめかけたしかをさめる         六  8

 このつとめは、親神が、紋型ないところから、人間世界を創めた元初りの珍しい働きを、この度は、たすけ一条の上に現そうとて、教えられたつとめである。即ち、これによって、この世は、思召そのままの陽気 な世界に立て替ってくる。

  つとめでもどふゆうつとめするならば
  かんろふだいのつとめいちゞよ        一〇 21

 このつとめは、かんろだいをしんとして行う。

  にんけんをはじめかけたるしよこふに
  かんろふたいをすゑてをくぞや        一七  9

 かんろだいとは、人間宿し込みの元なるぢばに、その証拠としてすえる台で、人間の創造と、その成人の理とを現して形造り、人間世界の本元と、その窮りない発展とを意味する。

  しんぢつのつとめの人ぢう十人の
  心を神がうけとりたなら            六 18

  それからハどのよな事もたん/\と
  神のをもわくみなときゝかす          六 19

  にち/\に神の心わせゑたとて
  人ぢう十人そろいなけねば           六 20

 このつとめは、又、かぐらづとめとも教えられ、親神の創造の理をかたどり、選ばれた十人のつとめ人衆が、夫々、面をつけ、歌に調子を合せて、奏でる九つの鳴物の調べに心を揃え、親神の守護の理を手振にあらわしてつとめる。実に、かぐらづとめは、人間創造の元を慕うて、その喜びを今に復えし、親神の豊かな恵をたたえ、心を一つに合せて、その守護を祈念するつとめである。

  みなそろてはやくつとめをするならバ
  そばがいさめバ神もいさむる          一 11

 つとめ人衆が、親神にもたれ、呼吸を合せてつとめる時、その心は、自と溶け合うて陽気になり、親神の心と一つとなる。この一手一つに勇む心を受け取つて、親神もまた勇まれ、神人和楽の陽気がここに漲る。

  またさきのよふきづとめをまちかねる
  なんの事ならかぐらつとめや          四 29

 かぐらづとめは、又、よふきづとめとも仰せられる。まことに、よふ きづとめは、親神の思召さながらの陽気をたたえて、その成就を祈願するつとめである。

  どのよふなたすけするのもみなつとめ
  月日ゆうよにたしかするなら          七 83

  しんぢつの心あるなら月日にも
  しかとうけやいたすけするぞや         七 84

 つとめ人衆が、思召通りに陽気につとめる時、親神は、その真心を受け取つて、自由自在の守護を現される。

  このつとめせかいぢううのたすけみち
  をしでもものをゆハす事なり          四 91

  にち/\にはやくつとめをせきこめよ
  いかなるなんもみなのがれるで        一〇 19

  とのよふなむつかしくなるやまいでも
  つとめ一ぢよてみなたすかるで        一〇 20

 されば、よふきづとめは、又、たすけづとめとも教えられ、いかなる願もかなえられるつとめである。

  たすけでもあしきなをするまてやない
  めづらしたすけをもているから        一七 52

  このたすけどふゆう事にをもうかな
  やますしなすによハりなきよに        一七 53

 たすけづとめは、ただ、身上のさわりや、災難や、苦悩をたすけるつとめであるばかりでなく、進んでは、病まず、死なず、弱らない、珍しい守護をなされるつとめである。

  しんぢつの心しだいのこのたすけ
  やますしなずによハりなきよふ         三 99

  このたすけ百十五才ぢよみよと
  さだめつけたい神の一ぢよ           三 100

  そのゝちハやまずしなすによハらすに
  心したいにいつまでもいよ           四 37

  またさきハねんけんたちた事ならば
  としをよるめハさらにないぞや         四 38

 人々の心が澄みきって、真実の心となつた暁には、たすけづとめによって、甘露を授けられる。これを頂けば、人は、よく百十五歳の定命を保ち、なお、心次第によっては、いつまでも生きさせてやろうと教えら れる。

  このつとめなにの事やとをもている
  せかいをさめてたすけばかりを         四 93

  はや/\と心そろをてしいかりと
  つとめするならせかいをさまる        一四 92

 このつとめは、人間個々の身上や事情に限らず、更に、豊かな稔りや平和の栄えなど、広く世界の上に、親神の恵を及ぼすつとめである。
 ここに、恵は遍く一れつに及び、人類は、ひとしく親神の子として、兄弟姉妹であることに目覚め、互に立て合い扶け合うて、世界は、一つ心の陽気ぐらしの世と立て替る。
 親神は、更に又、いき・てをどりのさづけによつて、身上たすけの道を教えられた。

  このさきハなんほむつかしやまいても
  いきとてをどりみなたすけるで        一二 50

  どのよふなむつかしくなるやまいでも
  これなをらんとゆうでないぞや        一二 51

 即ち、さづけは、親神が一名一人の心の真実を見定めて、たすけ一条のために渡される、こうのうの理である。人々が、授かつたその日の心を生涯の理に治めて、陽気普請のよふぼくとなり、天の理を取り次がせて頂くところ、親神は、願う心の誠真実を受け取り、自由自在の守護をもって、いかなる難病をもたすけられる。さづけの理は、たすけ一条を誓う一日の日の真心に授けられる、生涯末代の宝であって、この理をうけて、親神のよふぼくの馳せ巡るところ、広い世界に不思議なたすけは相ついで現れる。
 まことに、つとめとさづけとは、親神が、世界一れつに、陽気ぐらしをさせてやりたい、との切なる親心によつて教えられた、たすけ一条の道である。これによって、病の根は切れ、あしきは祓われて、世界は陽気によみがえる。
 かくて、世界人類は、親神の篤き守護をたたえて、心ますます勇み、親神は、又、これを受けて、恵は、いよいよ深く、ここに、神人は共に和楽して、陽気溢れる世界が、この地上に実現される。


  あしきをはらうてたすけせきこむ
  いちれつすましてかんろだい






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2017年01月09日

天理教教典・第一章 おやさま

天理教教典・第一章 おやさま

「我は元の神・実の神である。この屋敷にいんねんあり。このたび、世界一れつをたすけるために天降つた。みきを神のやしろに貰い受けたい。」
とは、親神天理王命が、教祖中山みきの口を通して仰せになつた最初の言葉である。
 家人は、この思いがけぬ啓示にうち驚き、再三言葉を尽して辞退したが、親神は厳として退かれぬにより、遂に、あらゆる人間思案を断ち、一家の都合を捨てて、仰せのままに順う旨を対えた。
 時に、天保九年十月二十六日、天理教は、ここに始まる。

  よろつよのせかい一れつみはらせど
  むねのハかりたものハないから         一  1

  そのはづやといてきかした事ハない
  なにもしらんがむりでないそや         一  2

  このたびハ神がをもていあらハれて
  なにかいさいをといてきかする         一  3

 世界中の人間は、我が身思案に頼つて、心の闇路にさまようている。 それは、元なる親を知らず、その心に触れぬからである。親神は、これをあわれに思召され、この度、教祖をやしろとして表に現れ、その胸のうちを、いさい説き聽かされる。

  いまなるの月日のをもう事なるわ
  くちわにんけん心月日や           一二 67

  しかときけくちハ月日がみなかりて
  心ハ月日みなかしている           一二 68

 教祖の姿は、世の常の人々と異るところはないが、その心は、親神の心である。しかし、常に、真近にその姿に接し、その声を聞く人々は、 日頃の心安さになれて、その話に耳をかそうとしないばかりか、或は憑きものと笑い、或は気の違つた人と罵つた。
 かかる人々に、親神の教を納得させるのは、並大抵なことでなかつたとはいえ、教祖が月日のやしろにおわす真実を納得させずしては、いつまでも、たすけ一条の道は啓かれず、陽気ぐらしへの立て替えは望めない。されば、教祖は、頑是ない子供をはぐくみ育てるように、世の人々の身にもなつて、説き聽かせ、或は筆に誌し、又は、親神の自由自在の 働きを目のあたり知らせ、身を以て行に示すなど、うまずたゆまず導かれた。
 教祖は、世界の子供をたすけたい一心から、貧のどん底に落ち切り、しかも勇んで通り、身を以て陽気ぐらしのひながたを示された。更に、親神が教祖をやしろとして、じきじき表に現れている証拠として、よろづたすけの道あけであるをびや許しをはじめとし、親神の守護を、数々、目のあたりに示して、疑い深い人々の心を啓かれた。
 更に、教祖は、

  このよふハりいでせめたるせかいなり
  なにかよろづを歌のりでせめ          一 21

  せめるとててざしするでハないほどに
  くちでもゆハんふでさきのせめ         一 22

  なにもかもちがハん事ハよけれども
  ちがいあるなら歌でしらする          一 23

とて、親神の思召を伝えられ、

  だん/\とふてにしらしてあるほどに
  はやく心にさとりとるよふ           四 72

と、後々繰り返し繰り返し思案させるよう、心を配られた。この事は、後日、

 これまでどんな事も言葉に述べた処が忘れる。忘れるからふでさきに知らし置いた。            (明治三七・八・二三)

と仰せになつたように、おふでさきは、耳に聽くだけでは、とかく忘れがちになり易い人々の上を思い、筆に誌して知らされた親神の教である。 そして、何人にも親しみ易く、覚え易いようにと、歌によせてものされ たばかりでなく、屡々、譬喩を用いて理を説かれたのも、深い親神の思召をうなずき易く、理解し易いように、との親心からである。即ち、

  このさきハみちにたとへてはなしする
  どこの事ともさらにゆハんで          一 46

  やまさかやいばらぐろふもがけみちも
  つるぎのなかもとふりぬけたら         一 47

  まだみへるひのなかもありふちなかも
  それをこしたらほそいみちあり         一 48

と、神一条の道を進む者の道すがらを、山坂や、茨の畔などにたとえて、この道は、一時はいかに難渋なものであろうとも、一すじに親神にもたれて通り切るならば、段々、道は開けて、細道となり、遂には、たのもしい往還道に出られると、希望と楽しみとを与えて、励まされた。そして、自ら真先にかかる中を勇んで通り、陽気ぐらしのひながたを示された。
 又、人の心を水にたとえ、親神の思召をくみとれないのは、濁水のように心が濁つているからで、心を治めて、我が身思案をなくすれば、心は、清水の如く澄んで、いかなる理もみな映ると教えられた。そして、我が身勝手の心遣いを、埃にたとえては、親神をほおきとして、心得違いのほこりを、絶えず掃除するようにと諭された。
 更に又、陽気ぐらしの世界の建設を普請にたとえては、これに与る人達を、しんばしら、とうりやう、よふぼくなどと称んで、その持場々々の役割を示すなど、人々が容易に理解して、早く心の成人をするようにと心を尽された。
 このように、子供可愛い一条の親心から、譬喩を用いて分り易く教えると共に、いかにもして、親神の理を得心させたいとの思召から、初め、親神を神といい、次に月日と称え、更にをやと仰せられるなど、成人に応じ、言葉をかえて仕込まれた。
 即ち、神というては、この世を創めた神、元こしらえた神、真実の神 などと、言葉をそえて親神の理を明かし、或は、

  たすけでもをかみきとふでいくてなし
  うかがいたてゝいくでなけれど         三 45

と仰せられ、神というも、これまでありきたりの拝み祈祷の神でなく、この世人間を造り、古も今も変ることなく、人間の身上や生活を守護している真実の神であると教えられた。
 次いで、親神を月日と称え、目のあたり天に仰ぐあの月日こそ、親神の天にての姿であると眼に示して教え、世界を隈なく照し、温みと潤いとを以て、夜となく昼となく、万物を育てる守護を説き聽かせて、一層の親しみと恵とを感じさせるよう導かれた。それと共に、

  いまゝでも月日のやしろしいかりと
  もろてあれどもいづみいたなり         六 59

  このあかいきものをなんとをもている
  なかに月日がこもりいるそや          六 63

とて、赤衣を召されたのも、教祖が月日のやしろにおわす真実を、眼に示して納得させようとの思召からである。ここに、月日親神に対する信仰と、月日のやしろたる教祖への敬慕の心とが、次第に一つとなり、教祖の言葉こそ親神の声である、との信念を堅めるようになされた。
 更に又、

  いまゝでハ月日とゆうてといたれど
  もふけふからハなまいかゑるで        一四 29

とて、それから後は、をやという言葉で、親神を表し、

  にち/\にをやのしやんとゆうものわ
  たすけるもよふばかりをもてる        一四 35

と仰せられた。人間の我が子を慈しみ育てる親心によせて、親神は、ただに、神と尊び月日と仰ぐばかりでなく、喜びも悲しみもそのままに打 ち明け、すがることの出来る親身の親であると教えられた。そして、一層切実に、親神への親しみの情を与えると共に、月日のやしろたる教祖こそ、まことに一れつ人間の親である、との信頼と喜悦の心を、たかめるように導かれた。
 このように、明かに、鮮かに、親神を信じることが出来るよう導かれたのであるが、なお、胸のわからぬ人々の心ない反対や、世間からのとめ立てが絶えず、それ故に、ふりかかる教祖の御苦労を思うては、時としてはためらい、時としてはまどう者もあつた。教祖は、これをもどかしく思い、ざんねん、りつぷくなどの言葉で厳しく急き込む半面、

  こらほどにさねんつもりてあるけれど
  心しだいにみなたすけるで          一五 16

  いかほどにさねんつもりてあるとても
  ふんばりきりてはたらきをする        一五 17

などと、温かい親心を宣べて、常に、子供達の心の成人の上に、心を配られた。
 かくて、教祖は、口に、筆に、又、ひながたによつて、種々と手を尽し、心を配つて教え導き、陽気ぐらしへのたすけ一条の道をはじめられた。更に、深い思わくから、親神天理王命の神名を、末代かわらぬ親里 ぢばに名附け、又、一れつのたすけを急き込む上から、姿をかくして、 存命のまま、恆に、元のやしきに留り、扉を開いて、日夜をわかたず守護され、一れつ子供の上に、尽きぬ親心をそそがれている。
 まことに、人は、ただ教祖によつて、初めて親神を拝し、親神の思召を知る。教祖こそ、地上の月日におわし、我等の親にてあらせられる。



  にんけんをはじめたしたるこのをやハ
  そんめゑでいるこれがまことや         八 37




posted by 朱夏 at 20:45| Comment(10) | TrackBack(0) | 天理教教典 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月01日

立教179年・秋季大祭神殿講話

先日、11月3日は教会の秋季大祭でした。
神殿講話の原稿をアップしてみます。






<秋季大祭神殿講話>
只今は、当教会の秋の大祭を賑やかにつとめさせて頂き、誠にありがとうございます。
世間の神社などでは、秋の大祭と言えば、五穀豊穣、収穫のお祝いという意味が強いのですし、それ以外の理由付けでありましても、「お祝い」という意義がほとんどであろうと思います。
しかしながら、天理教の秋の大祭は、単純に「お祝い」の意味ではありません。
本日は、秋の大祭に込められた神様の想い、人間のつとめるべきことを少しお話させて頂きたいと思います。
しばらくお付き合い下さい。

柏手

以前この場で、十一月三日の、当教会の秋の大祭は、創立記念日の意味があるとお伝えしました。
十月二十六日のご本部の秋の大祭も、立教の元一日に由来する訳ですから、天理教の創立記念日と言えます。
そういった意味では、収穫、豊作を祝うのとは違っても、やはり、お祝いの意味もあります。
しかし、もう一段突き詰めて、ではなぜ、この立教が必要だったのかと考えれば、単純なお祝いでは済まなくなっていきます。
まず、立教の元一日を見てみましょう。
「我は元の神・実の神である。この屋敷にいんねんあり、このたび、世界一れつをたすけるために天降った。みきを神のやしろに貰い受けたい」
ご承知の通り、これが中山みき様という、一農家の主婦のお口を通しての、親神・天理王命の一番最初のお言葉です。
このご発言から、人間と親神様の間で三日間押し問答をし、当時の家長であった夫・中山善兵衛様から「みきを差し上げます」とご返答され、奈良の片田舎の農家の主婦、何も知らないごく普通の一人の女性であった中山みき様はこの日、今現在、私たちが「おやさま」と親しんでいる「月日のやしろ」と定まられました。これが、今から179年前の十月二十六日のことです。

さて、親神様とは、この世人間を作り、今も変わらず火水風、あまねく十全の御守護を下さる実の神様です。
知っている、知っていない、信じている、信じていないに関わらず、この世界、人間はすべて、親神様に作られ、御守護のもとで生かされています。
この神様が、なぜ、179年前に表に現れる必要があったのか。
もっと前でもなく、もっと後でもなく、179年前、天保九年(西暦1838年)である必要があった訳です。

天理教には、「元の理」というお話があります。その概略を申し上げますと。
親神様は、この世の元はじまりに、泥海という混沌とした世界を味気無く思し召し、つまり、何にもなくてつまらないなと思われました。
そこで、人間をつくって、その陽気ぐらしをするのを見て、共に楽しもうと思いつかれました。
そして泥海の中から道具を集め、この世、人間をつくっていきます。
その際も、立教の際の人間との押し問答と同じく、道具と、親神様との間で押し問答があります。
親神様はそこで、「最初に産みおろす子数の年限が経ったなら、宿仕込みのいんねんある元の屋敷に連れ帰り、神として拝をさせよう」と約束されました。
そして最初に産みおろされた子数、それが九億九万九千九百九十九人。
その後、人間は、三度も皆出直し、さらに虫、鳥、畜類などと、八千八度の生まれ更りを経て、またもや皆出直し、最後に残っためざる一匹から現在の陸上で生活する人間へと繋がっていきます。
この間、九億九万年は水中の住居、六千年は智慧の仕込み、三千九百九十九年は文字の仕込みと仰せられます。
つまり、天保九年(西暦1838年)というのが、この人間、世界が作られて九億九万九千九百九十九年経った日ということです。

うん。
分かったような、解らんような、荒唐無稽なような、でも何となく、人間の直接の祖先がサルだとか進化論とか、文明の発達とか、そういう現在ようやく見えてきた生命や人類の歴史を言い表されているような、そんな気もしてくるかと思います。

そこで、ちょっと道を神様の話から逸れまして、今現在の科学で、生命、人類の歴史はどんなものであったのかを調べてみました。
ご存知の方が多いかと思いますが、地球ができたのは、今から46億年前、そこから6億年経った海の中で、最初の生命が誕生したと言われています。
この頃の地球の海というのは、有機分子、つまり生命の元になる材料が豊富にあるものの、地球の温度は非常に熱く、海底火山や太陽からの紫外線、降り続く雨と雷にさらされ、まさに混沌とした泥海でした。
そこから色々な生命、光合成をするもの、酸素を利用するもの、色々と個性的な、単細胞の生物が生まれていきます。
多細胞の生物が生まれたのが、約14億年前のこと。
そして、生命の歴史にとって極めて画期的な、有性生殖、つまり、オスとメスが生まれたのが、9億年から十億年前と言われています。
その後は、ご存知の通り、進化論に従って進化していくわけですが、生物種の70%以上が絶滅する大絶滅に、五回見舞われていると言われています。
現在の人間に限りなく近い姿になったのが、五万年前。そこから、狩猟、採集の生活を経て、一万三千年ほど前に農耕、牧畜がはじまり、一万年前に、都市文明、つまり、それまで数人から数百人程度の部族生活をしていた生活から、お互いに顔も名前も一致しないくらいの大人数での、社会生活をはじめたのが、一万年ほど前のことだと言われます。
象形文字という、絵を文字代わりに使用し始めたのが、五千三百年前のエジプトでのことと言われ、四千年前の中国・黄河文明のあたりから、それがだんだんと、現在の文字へと変化し始めたと言われています。不思議と、世界各地で同時期に文字への変化が現れてきます。
さらに、世界の人口の推移なんですが、今現在地球上には70億人以上の人間がいますが、先ほど言いました都市文明が始まったという一万年前は100万人程度だったと言われています。西暦1800年代、つまり立教の頃ですね、この頃に、世界の人口は約10億人に達したと言われています。

生物学のお話はこのくらいにしておきます。
今お話しした、天理教の元の理と、現在の科学的な生命の歴史には、二点だけ違っているところがあります。
絶滅の回数が、元の理では四回、現在の科学では五回。
また、元の理では九億九万年が水中の住まいと教えられますが、五万年前には現在の人間の姿になっていて、狩猟採集をしている訳ですから、水中で暮らしていたとは考えにくいものがあります。
しかし、それ以外のことに関しては、何とも、元の理のお話とそっくりな歴史を経て、今の私たちがあることを思い知らされます。もちろん、あくまでも現在の研究によればという話であって、これらがまったく正しいとも言い切れはしません。それでも、179年前に、何も知らないごく普通の一人の女性の口からこのような話をはじめられたと考えると、鳥肌が立つような思いがします。

さて、このような歴史がわかってきたのは、わずか数十年のことです。今現在は当然と捉えられている考え方も、わずか百年前には、拷問にかけられるほどの否定をされていました。一番有名なのは、「進化論」ですね。ちなみに、ダーウィンが『種の起源』という論文を出版したのは、1859年11月24日。天理教の立教よりも、二十年も後のことです。この考え方が日本に入ってきたのは、当然、さらにずっと後のことです。

ここまで話しておいて、こんなことを言うのもおかしいのですが、私は、科学的な裏付けがあろうと無かろうと、この元の理こそが、神様が伝えたかったことだと思うんです。
神様が私達人間に伝えたいのは、人間は誰によって、どのようにして生まれてきたのかを知ってほしいということだと思うんです。
私達人間は、人種、肌の色、言葉、文化、年齢、性別が違っても、すべて等しく、親神様が一人一人に役割を与えて、産み、育んでくださっています。
その産み、育ての苦労話が、元の理だと思うんです。
私にもきょうだいがおりますが、きょうだいというのは、一番身近な肉親でもあり、他人のはじまりでもあります。
そのきょうだいが争い、憎しみ合っていれば、家庭は治まらず、誰も幸せにはなれません。
そのきょうだいがお互いを思い合う要が、同じ親から生まれ、同じ親から育ててもらったという事実です。
ある程度の年齢になり、親のことが分かり、きょうだいのことが分かり始めた頃、大抵の家庭で、お前は小さい時はこんな子だった、あんな子だった。また、お父さんとお母さんはこうやって出会い、こういう思いでお前たちを育てて来た。といった話をすると思います。
この家庭での何気ない子育ての振り返り話が、きょうだいが互いに思い合う始まりになるはずです。
元の理のお話は、家庭での子育ての振り返り話を、無限大に大きくしただけのことだと考えれば、おのずと、親神様が本当に言いたいことも分かってきます。

人間は、一人一人違っているけれども、みんな残らず、等しくきょうだいであり、思い合い、助け合って生きて欲しい。それが子どもたちを見る、親の唯一の願いだから。

天理教の秋の大祭は、単純に「お祝い」の意味ではありません。
私達人間の、産みの親、育ての親を知り、同じきょうだいとして、たすけあう使命を自覚する日です。
おふでさきに、
このよふを初た神の事ならば せかい一れつみなわがこなり 四-62
せかいぢう神のたあにハみなわがこ 一れつハみなをやとをもゑよ 四-79
せかいぢういちれつわみなきよたいや たにんとゆうわさらにないぞや 一三-43
月日にわにんけんはじめかけたのわ よふきゆさんがみたいゆへから 一四-25
と仰せ下さいます。

人間の、産みの親、育ての親をお教え下さった、立教の元一日。
その意義を胸に、陽気ぐらし世界実現への努力を、共々につとめさせて頂きましょう。

ご清聴ありがとうございました。

柏手

参考資料
元の理 | 天理教・信仰している方へ http://www.tenrikyo.or.jp/yoboku/oshie/motonori/
【地球ヤバイ】5回繰り返された大量絶滅と、人類が招く6度目の悲劇 - NAVER まとめ http://matome.naver.jp/odai/2144022583678982601
進化論 - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%B2%E5%8C%96%E8%AB%96
世界の人口 http://arkot.com/jinkou/index.htm#suii
人類歴史年表|人類|歴史|地球|生命|進化|誕生|人類史|地球史|ヒト http://www.eonet.ne.jp/~libell/main.html
世界史年表 http://www.eva.hi-ho.ne.jp/suruga/kokogaku.htm
生命の誕生と40億年の進化 http://www.geocities.jp/msakurakoji/900Note/15.htm
地球カレンダー 46億年の歴史を1年で見る・21世紀の歩き方大研究 http://www.ne.jp/asahi/21st/web/earthcalender.htm
地球史年表 - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%B0%E7%90%83%E5%8F%B2%E5%B9%B4%E8%A1%A8


<天理教勉強blog内関連記事>
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天理教勉強blog: 天理教用語「いんねん」 http://tenrikyo-benkyo-blog.seesaa.net/article/139029098.html
天理教勉強blog: 天理教用語解説「三いんねん」 http://tenrikyo-benkyo-blog.seesaa.net/article/144970858.html
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posted by 朱夏 at 22:09| Comment(0) | TrackBack(0) | さとりの徒然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月13日

今、ひながたを心に治める旬。

教祖130年祭の年も、後半に入りました。

実は今年は、非常に重要な年であることを、最近知りました。




まずは、少し枕を。

六十年の歳月を「還暦」と言います。
それを二回過ごした百二十年の歳月を「大還暦」と言うそうです。

人類の歴史上、おそらく、大還暦を迎えた人は、いないと思います。

さて、今から六十年前、天理教の歴史上、非常に重大なことがありました。
立教119年、教祖70年祭の年の事です。

この年、私たちがたどる「ひながた」の一番の拠り所である、「稿本天理教教祖伝」が公刊されました。
それからちょうど六十年。
確かにキリの良い年限で、なるほどとは思いますが、これだけなら、わざわざここに書くほどのことではありません。

さらに六十年遡ると、教祖10年祭(立教59年)の年になります。
この頃、初代真柱様を中心として、教祖伝編纂の機運が高まり、立教61(明治31)年7月3日という日付で、「教祖様御伝」が清書されています。また同時期に別席台本も作成されました。

そして、さらに六十年遡ると、立教当時の年代になります。

あくまでもおおよそではありますが、教祖のひながたという軸で、60年周期の歳月が、120年、180年と巡ってきているように思います。

では、それぞれの60年をひと単位として考えてみた時、どんな想いがするでしょうか?

立教からの60年間。
それまでにまったく無い教えをはじめられた教祖のひながたそのものと、現身を隠されて後の10年。
この60年間こそが、天理教の歴史において、もっとも重要であり、かつ、もっとも困難な時代であっただろうと思います。

教祖十年祭から七十年祭の60年間。
教祖十年祭の年、「内務省秘密訓令」が発布されています。
伸び広がる教勢に、政府からの公然とした迫害干渉が始まった訳です。
その中をも教えを守り通して下さった先人方の道中は、並大抵ではなかったはずです。
まさに、日本が戦争へと突入し、教祖の教えを正確に発することができず、また日本人のすべてが、その命すらも権利として持てなかった時代です。

そして、教祖七十年祭から百三十年祭の60年間。
世界では、まだまだ戦争が絶えず、テロも数多く起こってはいますが、日本では、歴史上最も平和な時代になっています。
教えの上でも、それまで隠し通されて来た教祖の教えをそのままに、誰にはばかることなく、学び伝えることができる時代。さらにまつぶさに調査・編集された教祖伝を頼りに、ひながたを学び、通ることができます。
六十年をひと単位として振り返ってみれば、180年の歴史の中で、直近の六十年は、その前の120年間と比較にならないほど、恵まれた六十年です。
この時代を生きることができる私たちは、先人に申し訳ない限りの、恵まれすぎた環境にあると言えます。

最近、色んな方が、色んな場面で、「教勢が落ちている」と嘆くように仰います。
しかし、こうして歴史を振り返ってみれば、そう嘆く暇があるなら、たとえ最後の一人になっても、教祖の教えをもとに生きるのだという気概を持って、ひながたを心に治める努力をすれば良いのではないでしょうか?
また、世界に目を向ければ、まだまだ教えは広がっていませんし、日本国内にも、この教えを必要としていながら、まだ出会えず、人生に迷っている方も大勢いらっしゃいます。

私たちには、できること、しなければならないことが、たくさんあります。
しかし、その活動において頼りとするところは、すべて教祖、歴代真柱様をはじめ、数えきれない先人たちが、すでに通られています。
私たちは、そのマネをすれば良いだけなのです。

何も嘆くことはありません。
悩むことすらもありません。
この旬に、改めて教祖のひながたを心に治め、それぞれの持ち場立場で、たすけ一条の御用に励むことが、今後の六十年の礎になり、私たちには、その責務があると思います。

参考資料
第16回教義講習会第1次講習録抜粋 | 中山 正善 | 本 | Amazon.co.jp

第16回教義講習会第1次講習録抜粋
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posted by 朱夏 at 22:38| Comment(0) | TrackBack(0) | さとりの徒然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月11日

「あしきをはらうて たすけたまえ〜」21回の数え方。

「あしきをはらうて たすけたまえ てんりわうのみこと」
この道の信仰者にとって、もっとも馴染みの深いおつとめの地歌ですが、これを「21回つとめる」時、その数え方は、人それぞれです。

色々な方に、「どうやって数えれば良いか?」とお尋ね頂くのですが、少し私なりの考えを書いてみます。




天理教勉強blog: みかぐらうた解釈1 座りづとめ第一節。
http://tenrikyo-benkyo-blog.seesaa.net/article/121076097.html

みかぐらうた解釈の記事には、十全の守護を二回数えるのが良いと書いていました。
しかし、信仰の浅い方、特にお年を召した方には、それ自体が難しいという面があります。

そこでオススメしたいのが、「家族や身近な人を思い浮かべる」という方法です。
どんなに孤独に生きている人にも、必ず繋がりのある人がいるはずです。その数の多少はあると思いますが、最も身近な方を思い浮かべて、五人以上思い浮かべられれば、21回を数えるのは簡単なことです。
5人なら4回プラス1、7人なら3回、十人なら二回プラス1です。

身近な繋がりのある人を思い浮かべておつとめをつとめれば、それはその人の健康や幸福を願う、素朴な祈りにもなります。

それで必要十分では無いでしょうか。
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posted by 朱夏 at 22:18| Comment(0) | TrackBack(0) | さとりの徒然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月26日

ごっそーっと。

教祖130年祭学生おぢばがえり大会、開催目前です☆




教祖130年祭 学生おぢばがえり大会 | 天理教学生担当委員会 website http://tsa.tenrikyo.or.jp/tan/?page_id=2762
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posted by 朱夏 at 20:31| Comment(0) | TrackBack(0) | おさしづ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月17日

天理教教会本部・おつとめの時間

天理教教会本部・おつとめの時間

朝夕のおつとめの時間、及び祭典日の祭典執行時間です。




朝づとめ・夕づとめ
1月2日〜1月15日 7:00 17:00
1月16日〜1月31日 7:00 17:15
2月1日〜2月15日 7:00 17:30
2月16日〜2月29日 6:45 17:45
3月1日〜3月15日 6:30 18:00
3月16日〜3月31日 6:15 18:30
4月1日〜4月15日 6:00 18:30
4月16日〜4月30日 5:45 18:45
5月1日〜5月15日 5:30 19:00
5月16日〜5月31日 5:15 19:15
6月1日〜6月15日 5:00 19:30
6月16日〜6月30日 5:00 19:30
7月1日〜7月15日 5:00 19:30
7月16日〜7月31日 5:15 19:30
8月1日〜8月15日 5:30 19:15
8月16日〜8月31日 5:30 19:00
9月1日〜9月15日 5:45 18:45
9月16日〜9月30日 6:00 18:30
10月1日〜10月15日 6:00 18:00
10月16日〜10月31日 6:15 17:45
11月1日〜11月15日 6:30 17:30
11月16日〜11月30日 6:45 17:15
12月1日〜12月15日 7:00 17:00
12月16日〜12月31日 7:00 17:00
※1月1日は元旦祭 5:00

月次祭
1月と10月を除く、毎月26日 9:00

春季大祭
1月26日 11:30

秋季大祭
10月26日 8:00

教祖御誕生祭
4月18日 10:00

元旦祭
1月1日 5:00
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posted by 朱夏 at 14:17| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月06日

おさしづ補遺(明治四十年)(公刊おさしづ第七巻より)

おさしづを読む前に、「おさしづを身近に」をご参照下さい。
天理教勉強blog: おさしづを身近に。

おさしづの順は、公刊おさしづに準じています。
但し、旧字は常用漢字に改めています。
また「割書き」部分は文頭を一段下げることで、おさしづ本文と区別しています。

教語、人名など、検索機能をご活用下さい。
天理教勉強blog内検索

誤字脱字等あれば、コメントにてご指摘下さいますよう、お願い致します。




明治四十年一月二十六日
 宮田サト及び次女ハナ身上願(芦津分教会役員宮田善蔵妻サト四年以前より身上不足、尚主人善蔵本月二十三日出直し致し、次女ハナ父の病気中又々病発し目下危篤、斯くの如く一家揃うての事は、何か御知らせ下さるものか願)
さあ/\/\尋ねる事情/\、さあ尋ねる事情にも余儀無く事であろう/\。さあさあ思い外という、どういう事であろう。皆々心にもとんと一つ心分かろうまい分かろうまい。今一時の処事情一つ身上何たる事であろうと思う。さあ/\年来の内順序の道これだけという、通りたる。又これではなあと思う心、思いたる一つ理治まりてあれど、治まりたる中に一つ濁りある。一つ事情よく聞かにゃ分からん。一時どうこう一つ理治まりてある。なれども一つ心から一つ心に煩う。煩うはどういうものである。前々深き心一つの理、中に一つ理。又心という、持って入りて持って出る心持ってくれにゃならん。皆々の側から見れば、又候という。自分一つ心は果たすなれど、他に一つ順序の心外れる。さあ/\あのくらいの中に、あれだけのものがなあ、と取るに取られん一つの理一つの心。これ皆々中の一時、心に治めたら将来という。これより遠く高きはあろうまい。これ一つ順序の理に運んでやってくれ/\。一つ後に一つ事情、又後に一つ事情、この心成っても成らいでも、これだけ一つどうでもという心の理運んでくれ。さあ/\その理さえ治まれば、先ず暫くという、楽しみも一つ見せにゃなろうまい。




明治四十年三月二十六日
 藤江鉡太郎二十七才宇野猶人妹きん二十六才結婚願(河原町部内大垣支教会長藤江、支教会役員宇野)
さあ/\尋ねる事情/\、縁談一つ一条一つ理尋ねる。尋ねるには、皆心という理寄って、これと/\重々と言うであろう。さあ道という、日々心の理一つ心である。順序理は、順序理に一つ許そ/\、さあ許し置こう。
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posted by 朱夏 at 11:40| Comment(0) | TrackBack(0) | おさしづ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

おさしづ補遺(明治三十九年)(公刊おさしづ第七巻より)

おさしづを読む前に、「おさしづを身近に」をご参照下さい。
天理教勉強blog: おさしづを身近に。

おさしづの順は、公刊おさしづに準じています。
但し、旧字は常用漢字に改めています。
また「割書き」部分は文頭を一段下げることで、おさしづ本文と区別しています。

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明治三十九年一月十二日
 梅崎梅吉五十二才身上願(釜山港西町三丁目)
さあ/\尋ねる事情、身上一条一つ事情尋ねる。さあ/\どうでもいかんどうでもならん、思う処、どうであろうか。又候どういう事と日々の心尋ねる事情、どうでもいかんから尋ねる。尋ねるから一つ理諭し置く。よく聞き分けにゃ分かり難ない。身上の処、余程大層々々なれど、この元々理を、楽しみ一つ諭し置こう。元々一つ事情、心無くば一つ遠く所尚更の事。長らく一つ事情一時の処名称と言う。遠く所一寸始め掛けたる事情、この理身上から尋ねに行たら、こういうさしづあったと、よく諭してくれにゃならん。人間という、一代切りと思うたら何の頼りも無い。尽し切りという、何をしたんやらと思う。なれど、そうやない。尽した理は将来末代の理に治まり、何か日々の処皆受け取りてある。この事楽しみ説いて置く。いついつまで。又外に話の事情に諭して置く。いかな事情もしっかり一つ/\諭してくれ。身上大層。なれど、一時どうとない。この理何でも彼でも心楽しまさにゃならん。楽しましてくれ。

 右梅崎梅吉身上に付き出張する事を願
さあ/\事情々々、さあ/\急いで/\。何かの事運んで、運んだ一つ理、こうのう陰徳々々。この事情忘れんよう。他にも一つ諭すよう。これ一つよう聞き取ってくれるよう。




明治三十九年四月二十六日
 佐々木兼太郎三女芳十八才大谷金太郎次男幸嗣二十一才佐々木の方へ養子に貰い受け結婚御許しの願(高知部内高岡支教会長佐々木、浜田支教会前会長大谷)
さあ/\尋ねる事情/\、尋ねる事情は縁談一条の理を尋ねる。尋ねる理は、それそれ理と理と寄せ合うて、あれとこれ、これとあれ、理は十分である。事情は願通り/\、さあ/\許し置こう/\。




明治三十九年十月十七日
 松谷捨松長男種吉十五才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、身上一条一つ事情の理を尋ねる。さあ/\どうでもいかん、何ぼうでもいかん。ならん/\と思う中から一つ尋ねる。尋ねるから順序の理を諭す。よう聞き分けにゃならん。何故なるとは必ず思うな。よう思やんしてみよ。救からにゃならんが一つの理、救けにゃならんが一つの理。これを心に一つ考え、心の内に治め。救けにゃならん救からにゃならん理である。よう聞き分け。不自由さそ、難儀さそうという親はあろまい。この理聞き分け。尋ねる理、何でなると言うよでは、道とは思わりょまい。この一つの理諭す。どんな理も為す理ある。いんねん一つの理も聞いて居るやろ。成ろうと言うて成らるものやない。成ろまいと言うて成りて来る。人間一代と思うたら違う。生まれ更わりある。この理諭すによって、心に治めてくれるよう。




明治三十九年十一月十四日
 塩田弥助五十才身上願(南紀支教会部内波切出張所担任)
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上という一つ事情尋ねる。いかな事であろうと思う。さあ/\身上切なくなれば、一時どうなろうと思う。又事情諭し置く。よく聞き分け。もう身上不足なると、これまでなあ、これまで長い間であったのになぁと思う。これ思わず。身上不足なったら、どうや知らんと思う。そうやない。成っても成らいでもという心を持って、よう聞き分け。人間という、一代切りと思ては違う。これまで運び尽した理は、日々に皆受け取ってある程に。さあそうしたら身上なあと、又思うやろ。さあ成っても成らいでもという心定め。さあ身上返やして了たら、暫くは分かろまい。なれど、生まれ更わりという道がある。さあこれより楽しみな道は無いと定めて、いかな事情も心に治め、道という理を治め。道という、道は容易で出けた道やない。この事情よく心に治めて楽しむよう。早く諭してくれ。




明治三十九年十二月二十五日
 永尾たつゑ陰暦十一月二十五日結婚式執行の願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ尋ねる事情は、さあ/\願通り/\許そ/\、さあ許し置こう。
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posted by 朱夏 at 11:39| Comment(0) | TrackBack(0) | おさしづ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

おさしづ補遺(明治三十八年)(公刊おさしづ第七巻より)

おさしづを読む前に、「おさしづを身近に」をご参照下さい。
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明治三十八年三月三十日
 乾キシ三十一才身上願
さあ/\/\尋ねる事情/\、身上一つ事情、さあ/\一時さあ/\ならん/\、一時どんならん事情日々の処、さあ/\尋ねる事情一つ理、どういう事を諭する。身上には何もこれまでの処夫婦の中の理十分の理一つこれまで。又多くの中とも言うであろう。身上にどういう事あろうこういう事あろう。何でもどうでもと思う処、言うまでの理。これ事情よく聞き分けにゃ分からん。さあ/\何でも彼でも救からにゃならん救けにゃならんが、一つ理。中に一つどうも一時という、身上々々は迫り/\迫り切ったる事情、何とも一つ諭しようが無い。なれど、一つ事情これまでの処、思い/\の日通り来たる。言うに言えん、諭すに諭せん理ある。又々事情ただ一つ心思やんをして、何でもこれから一つ理取り直し、よう理聞き分け。教理の中順序の中諭する中に籠もりある。これよく聞き分けてくれ。皆々心はすっきりと成っても成らいでも一つ、どうでもこうでもという心を定め。一時の処という、一つ事情ならん/\。大層々々。そこでよく事情聞き分けてくれ。これ何たる事という心持たず、皆々それ/\の心を十分繋ぎ合うてくれるよう。

 押して、役員の内も十分精神を定めさして頂きますと
さあ/\尋ね返やす処/\、重ね/\の事情、どうでもこうでも、一時と言えば、どうでもこうでも、何とも分かり難ない。この事情よく聞き分け。どんな事もこんな事も世上にある。世上の理諭するであろう。めん/\も諭する理ある。めん/\もなあという精神を定めでくれるよう。




明治三十八年四月十六日
 越智久八三十八才花房きよ二十九才結婚願(高知部内愛豫支教会長)
さあ/\尋ねる事情/\、縁談一条事情理尋ねる。さあ/\前々事情一つ理余儀無くと言うであろう。又後一つ理、こうという一つ理皆々中の理、一つ心寄り合うて一つ事情、皆々心の理に一つ理治まれば、又内々理も治まるであろう。事情一つ理願通り/\許そ/\、さあ許し置こう。




明治三十八年五月三日
 中西殷三十七才身上願(敷島分教会理事兼紀陽支教会長)
さあ/\尋ねる事情/\、身上という一つ理を尋ねる。尋ねるからは、いかな心もよく聞き分けて、よう思やんせにゃならん。どういう思やんせにゃならんかと思う。思やんというは、もう身上鮮やかならんと言う。しいかり聞き分け/\。この道というは、容易やなかったやろ/\。年限数えば、余程の年限。これまで何でもと言うて運んで今日の日、どうでもこうでもという。どうでも行かんこうでも行かん。心一つ聞き分け。たゞ一つの理を諭しよ。よう聞き分け。中の中というものは、皆持ち合い/\、安定行けば皆のもの、悪く行けば皆のもの。この一つ理この一つ心。中というは、何処も皆同じ事。一つ善くば皆善い、一つ悪けりゃ皆悪い。身の内と事情と、皆留まった理。又一つ、知りながら鮮やか行かんから、そう身上不足ありてたんのう出けやせん。これだけこうして居る、これだけどうして居る。ならん中たんのうする理。この道というは、一代と思たら頼り無い。この道は末代の理である。よく聞き分け。身上不足たんのう勤めてくれにゃならん。たんのうは前生いんねんのさんげえである程に。しいかり心定めて、これからという精神持ってくれるよう。

 押して、分教会一方へ寄せて勤めましたら宜し御座りますかと願
さあ/\尋ねる事情/\、どうしたらよかろこうしたらよかろ、この順序、それはどうしたらよかろと尋ね返やす。そらどうしたらよかろこうしたらよかろ、とは言わん/\。身はかりもの。こうしたらと、身上理と試してみたらよい。よう聞き分けてくれ。




明治三十八年九月七日
 鈴木半次郎長男平作二十才鈴木三吉長女つる十九才結婚願(水口部内嶽東支教会長鈴木半次郎、同教会役員鈴木三吉)
さあ/\尋ねる事情/\、さあ縁談一条一つ事情理尋ねる。尋ねるには、皆々それそれどうでもこうでも、この一日の日の願う一つ理将来。将来と言えば、理末代の理とも言うで。一つ尋ねる事情、将来の心の理が治まれば、何時なりと許そ/\、さあ許し置こう。




明治三十八年十月二十二日
 吉成森蔵五十二才身上願
さあ/\/\尋ねる事情/\、身上一条、さあ一つ事情理尋ねる。一時どうという事は無い。なれど、事情余程の事情、将来の心楽しみの心の事情諭し置くによって、十分理よう聞き分けにゃ分からんで。さあ/\長らえての間、道のため、よう/\の日という。楽しみ一つの中であろう。身上に一つ掛かりて、いかなる事情である。日々の理一つ心を取り直し、身上に不足成程と一つ理である。又暫くと言う。成っても成らいでもという心あればこそ、今日まで通り来た道という。身上に掛かり、どうこう何年経ちても同じ事。よう思やんせい。将来末代の理。人間一代と言うからいろ/\の心の理もある。将来末代の理に結び込んである。決して尽し損にならん程に/\。この理よく聞かしてくれるよう。




明治三十八年十月二十二日
 松本伊之助五十五才身上願(兵神分教会役員)
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上一つ事情尋ねる。事情いかな事であろうかと思う処、日々これはどういう事であろうと思い/\、日は経ってあろ、と日々心であろ。よう聞き分け。事情諭し置こう。よく聞き分けにゃ分かり難ないで。よう思やんしてみよ。めん/\身上で自由ならんと言う。これは日々諭す中の理であろ。これ聞き分け。一時どうではない。なれど大層。よう聞き分けて、こんな事と更々思うやない。前々より長の道すがら尽した理は失おうにも失わらせん。これこんな事では人が何と思うやろ。そこでよう聞き分けて、事情治めてくれ。尽した理は、取ろにも取らゝせん。剥がそにも剥がさらせん。よう聞き分け。こんな事人がなあというは、更に持たず。尽した理は将来末代の理。これ順序聞き分け。身上こんな事ではなあという心持たず、よう聞き分けて、これだけ一つ治めてくれるようと、諭し置こう。




明治三十八年十月二十九日
 岡本久三郎妻ならゑ四十八才身上願(奈良支教会役員妻)
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上という一つ事情尋ねる。尋ねるにはなか/\一つもうであろうか、もうよかろうか/\と思い/\、日が経って、ならん処から順序追うて尋ねるのやろ。よう聞き分けて、諭してやってくれ。何でなると些か心に持たんよう、思わぬよう。この道というは、なか/\の道通りあろ。これは十分受け取ってある。よう聞き分け。人間というは一代切りと思てはならん。事情末代の理。尽した理はいつになっても治まる程に。未だ/\というは日々であろ。中に身上不足なりて、こんな事と思う、思う心些か持たず。成ろうと言うて成るものやない。成ろうまいと思うても成って来る。この理聞き分けて、今までゝあったらどうなる。取りよ。この理聞き分け。十分尽した理は、将来末代の理に治まりて、結構と一つ分かりてみよ。事情諭し置かにゃならん。こんな事と更に持つやない。この理聞き分けてくれ。




明治三十八年十一月六日
 渡辺福松四十三才身上願(山名部内福島支教会理事飯坂出張所担任)
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上という一つ事情尋ねる事情、さあ/\まあ一寸した事ならば、そのまゝなれど、どうしてもいかん、どうしてもなあ、こうしてもなあ思うから、尋ねる。尋ねるからは、一つ諭し置こう。よっく聞き取って、よく諭してくれ。この身上という、どういう事であろ、どういう理であろ、と思うは心であろ。この理はどういう理、道に一つ理があれば道の理も分かる。どういう事も分かる。さあこの道長い間の道すがら、どういう事もこういう事も十分通り来たる処、皆受け取ってある。そんなら身上という、どうしたらよかろと又思う。よう聞き分け。成ろと言うて成らるものやない。成ろまいと言うて成って来る。この理は、この理は、皆諭すやろ。この理聞き分けて、いつ/\尽し運んだ理もある。この理は将来末代の理である。よう聞き分けてたんのう。身上に不足ありて何のたんのう、そら出けやせん。なれど、理を聞き分けて、ならん処のたんのうは、前生いんねんのさんげえであるで。さあよう聞き分け。一時どうではない。尽し運んだ理は、捨てるやない。神が捨てるやない。さあ一代切りと思たら頼り無い。理は末代。この理聞き分け。さあ道という、尽し運んだ理は、皆受け取ってある。この道に、難儀さそう不自由さそう理は、何処にあるか。尽した理は、皆受け取ってある。さあ一時どうではない。なれど、余程大層。よう聞き分けて、たんのう諭してくれるよう。




明治三十八年十二月二日
 加藤文右衞門長男文二郎九月より足の障りに付、親共おさしづ頂き度きため上和致し願(日本橋分教会役員)
さあ/\尋ねる事情、さあ/\身上という、尋ねる事情いかな事であろうと思う。さあ/\事情よう聞き分けにゃ分かり難ないで。さあ身上不足になって、これはどういうものと思う。何程頼めど、どれだけどうものと思う。何頼めども、どれだけどうこれだけこうしても、一時身上速やかならん。余儀無く心の理で尋ねるであろう。よく聞き分けにゃ分かり難ないで。さあ人間という、身の内という、身上はかりもの。あちら人にも諭して居るであろう。めん/\心に治めを付けにゃならん。成っても成らいでも、これいんねんという。前生一つ持ち越し。又身上不足なって何の楽しみは出来るものやない。さあ成らん中のたんのうがさんげ。これ前生いんねんのさんげである。さあ/\何程裕福に暮らしても、身上不足なって楽しみがあるか。これで治まりが付くか付かんか、よう思やんしてみよ。又一つ、さあどうなってもこうなっても思う中に、これ一つ聞き分け。親という子という中に、親は子に、必ず難儀さそう不自由さそうという親は有るか無いか、よう思やんしてみよ。さあ人間はかりものたった一つの心我がもの。この理聞き分け。成程という一つ理が、日々のうちに持ってくれにゃならん。これまでどうして来たこうして来たというは、浅き心である。身上叶わずして、どうこう言うても、どうなるか。この理よう聞き分けにゃ分からん。何よの事も、この一条の理にある。さあ身上大層、余程大層。この理しっかり聞き分けたら、先ず暫くとも言うと、さしづして置こう。




明治三十八年十二月五日
 上田与三郎五十三才身上願(奈良支教会役員)
さあ/\尋ねる事情/\、身上という一つ事情理を尋ねる。尋ねるには、容易ならん事やないから尋ねる。さあこれまで長い間身上不足なりて、これは容易ならんから、尋ねる。どうなるとは諭し難くい。この理聞き分け。道の中道のためこれまで尽す中に、身上こんな事と思うは理なれど、よう聞き分けて、取り替え。よう聞き分け。この道、人間は一代と思うから、何たると思う事が出る。これまで聞いて居る、又諭す理から、一つよう思い直し、一時に理が失うて了う者もある。これどうしてなりとも屈めてなりとも、道成り立たそという。さあ身上不足なりて、たんのうはそら出けやせん。なれど、よう聞き分けて、たんのうは前生いんねんのさんげえという。よう聞き分けば、つい/\楽になる日もある、と諭し置こう。この理一寸諭し置こう。




明治三十八年十二月十三日
 柿谷達太郎四十八才身上願(高知部内幡多支教会長)
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上という一つ事情身上いかな事であろうと、余儀無く処から尋ねる。尋ねるからは、一寸順序の理、何かさしづして置くが、何か事情よう聞き分けさゝにゃならん。さあこの道という、結構と言うであろ/\。働く中結構でありて、中にめん/\身上と言えば、心ころりと変わる。よう聞き分けて、定め込んでくれ。身上どういう事でこうなるという。めん/\も人に伝える理と、めん/\一つ諭す理と、心に治まれば、鮮やか治まるであろ。なれど、めん/\何でこういう事になると思えば、いろ/\沸く。どういう事も治めてくれ/\。又どういう事を治めたらよいと思うやろ。よう聞き分け。人間と言うというは、一代と思うからどうむならん。人間生まれ更わり、この理聞き分け。めん/\尽した理は無くならせん。尽した理は、日々皆受け取ったる。この楽しみ諭してくれ。これではと思わず、身上不足なりて、そらたんのうは出けやせん/\。なれど、この理聞き分けてたんのう。ならん中たんのうは、前生いんねんのさんげえという。これよう聞き分け。案じてはならん。案じる事要らんで。




明治三十八年十二月三十日
 松木幾太郎三十一才身上願(高知部内愛新支教会会計課)
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上という一つ事情、尋ねる事情、些かなるまでのようと思うなれど、どうもいかん/\と、事情一つ尋ねるであろう。尋ねるから順序一つ理諭し置こう。さあどういう事こういう事、身上に不足なってどう思う。事情治まり無く、順序の理心にあって一つ事情どうでもならんから、一つ尋ねる。一つ心の理であろう。それは人間心である。よう聞き分けにゃ分からんで。一度こう一つ心の理どうこう治まり付かん。身上は余程大層の事情なれど、一時どうとは無い。よく聞き分け。日々どうこう、これでと、十分という心定めて、よく聞き分け。さあ身上不足なりて、たんのう出来やせん。なれど、たんのう前生いんねんのさんげである。さあめん/\これまで尽した理受け取りある。楽しましてやれ/\。この理一代と言う、思うない。さあ内々の処も楽しましてやれ。これだけ順序諭し置くから、皆その中に籠もりある程に。
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おさしづ補遺(明治三十七年)(公刊おさしづ第七巻より)

おさしづを読む前に、「おさしづを身近に」をご参照下さい。
天理教勉強blog: おさしづを身近に。

おさしづの順は、公刊おさしづに準じています。
但し、旧字は常用漢字に改めています。
また「割書き」部分は文頭を一段下げることで、おさしづ本文と区別しています。

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明治三十七年三月二十八日
 大谷久則二十五才池馬之助次女おすゑ二十四才縁談事情願(高知部内浜田支教会大谷、同高岡支教会理事池)
さあ/\/\尋ねる事情/\、縁談一条一つ事情尋ねる。尋ねるには皆それ/\どちらこちら事情一つ定め、心を見定めて一つ事情運ぶ。さあ/\思わく通り、皆々それ/\一日の日の心将来とも言う。心に委せよ。運んでやるがよい。




明治三十七年三月三十日
 上田与三郎五十二才妻くに四十九才身上願(奈良支教会)
さあ/\/\尋ねる事情/\、さあ身上事情、さあ/\どうもならん、どうでもならん。ならんから余儀無く事情一つ尋ねる。尋ねるから一つ事情諭す、いかなる心も聞き分けにゃならん。これまで道長らえての道であろう。それ/\やれ/\思う。何でもと思う中、今一時身上不足なる、身上悩む、思う処、一時どうとは無いなれど、よう聞き分け。今一時尋ねる事情聞き分けにゃ分からんで。何でも無くば、何でもない。道という理ありて、一つ心寄りて道の上の人々、又一つ中に重く理、この理をよく聞き分けにゃならん。難儀さそう不自由さそうという親、有るか無いか。この理聞き分けてくれ。さあ/\身上に掛かる。何をしたのやなあ、と思うような事心に持たず、道あればこそ/\、何人幾人たりとも道あればこそ、と治め。一時の処どうとあろうまい。なれど、身上余程大層という。さあ/\尽した理は受け取りてある。これをよく聞き分け。尽した理、何をしたのやなあと思う心を持たず、道あればこそ、道という理あればこそ、と心に治めるよう。一つ諭してやってくれるよう。




明治三十七年五月九日
 山中栄蔵四十七才木下おきく三十七才結婚願
さあ/\尋ねる事情/\、縁談事情一つ一条一つ理尋ねる。いかなる事情と思う、一つ尋ねる。尋ねるから一寸さしづに及ぶ。前々余儀無く事情これ一つ事情いんねん。さあ事情又一時改め、こうと一つ理尋ねる。よう聞き分け。人情と言うて運ぶであろう。速やかと言えば楽しみの理なれども、何よの事も一つ理尋ねる理、諭し置かにゃならん。何よの処、取り運んでよいと思えど、一つ理一つ心よう聞き分け。いんねんという理一つ理、さしづして置こう。

 押して、結構に御言葉を頂き、尚双方とも運びを付けまして
さあ/\縁談事情一つ理、だん/\事情諭してある。さあ/\いんねんという理一つ心無くばならんで。一寸にはよいと思う。よいが、又理どうこう理、皆々篤と談じ合うてやってくれるがよい。




明治三十七年五月二十五日
 村田幸助養子に付伺(村田幸助の養子を貰い受けしに、やむを得ざる事情から、その者は親里へ返し、今度改めて南本武平の六男留吉二十二才を貰い受け度き儀願)
さあ/\尋ねる事情/\、尋ねる事情縁談一つ事情、前々事情は余儀無くという、余儀無く一つ理。これよう縁談事情聞き分けにゃ分からんで。どうというこうという一つ理無いもの。さあ/\よう聞き分け。一日の日を以て尋ねる一つ心、縁談重重の理運んでやれ。これ将来の心に治め。一度一つの理生涯の理治める。なれども、どうもならん。親子と言うても、兄弟と言うても、めん/\心から一つ/\の理変わる。どうもならん。一つめん/\心であるから、どんな徳があるとて、心に治まり無くてはどうもならん。さあ、これ何かの事情に、一つ改めてこうと、一日の日の心、さあ/\皆々心に治め。こうと言えば、許そ/\、さあ許し置こう。




明治三十七年六月十一日
 安村甚松五十才身上願(郡山部内中背支教会長)
さあ/\/\尋ねる事情/\、さあ/\身上という、一つ理という。尋ねる事情、長らえて/\身上一つ事情、どうでもいかんこうでもいかん、どういう事であろう。長らえての日を、余儀無くの理通り居るであろう。さあ一つさしづを貰うたらなあと思う心は、日々の理であった。尋ねるから一つ順序の理諭するによって、よう聞き分けにゃ分かり難ない。さあこれまでという、十分の心を働かしたる中であろう。なれど、身上に掛かれば、日々という。身上さえ速やか、と思うであろう。さあさあ必ず心の理取り直さにゃならん。これまで心道の上という、皆々の中寄り合うた中、取り直さにゃならんで。どういう事をして日々にという。煩い/\、心の一つ理も煩い。よう聞き分け。さあ難儀さそう不自由さそという親は有るか無いか。そりゃ有ろうまい。この順序の理、十分聞き分けにゃならん。さあ何であると言えば、所々に一つ理、世上から見れば、大層鮮やかなる理下りたる。これは末代の理。人間というもの、頼り無いもの。この一つ理、金銭で買わるものやない。一つ理、金銭積んだるようなもの。さあよう聞き分けにゃならんで。一時の処、身上大層なれど、どうなりても結構という心を定め、皆々の心を運び、所々に心という理一つ。尽し損にはなりゃせん。尽した理は受け取りたる。これ一つ心に治め。十分諭してみよ。これ一つ諭し置こう。




明治三十七年六月十九日
 北嶋友五郎妻三十七才身上願(撫養部内香川支教会長)
さあ/\/\尋ねる事情/\、さあ身上一条事情尋ねる。さあ/\どうもならんならん。どうなるこうなる日々の処、よう聞き分け/\。さあ/\尋ねる。尋ねるから又一つ事情理諭する。よう聞き分け/\。それ/\長い間皆々の心重々の理、中に身上どうなる/\。長い間の身上なれば、いろ/\の心出るであろう。それは余儀無く心である。なれど、よう聞き分けにゃならん。一つ理運ぶ尽す処、十分の理に受け取りたる。そんなら身上何故こうなる。一時にどうとは無い。なれど大層大層。皆々心によう聞き分けてくれ。道というもの、一代と言えば頼り無きもの。末代という処に一つ心の司という。この末代の理、一つ心に定めてくれ。どうなりてもこうなりても、この道という心を治めてくれ。満足一つ理与え、心の理一つ養うてやってくれるよう。一時どうとはない。




明治三十七年七月一日
 村田熊三郎妻せい三十一才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、身上事情尋ねる処/\、さあ/\一度二度身上さあもうならん/\ならんで日々の処通り来たる。さあ/\身上の処余程事情大層。もう一度の処もう一度という。又候身上よう聞き分け。何でやなあと思うなれど、よく事情聞き分けにゃ分からん。これまでの処、幾重の道幾重の理、幾重の処中に、こういう事であゝと思う。よう聞き分けにゃ分かり難ない。いんねん/\いんねんならと言うて了うては、どうもならん。この道よう聞き分け。人間という、一代と言えば頼り無いもの。ならん/\の理聞き分け。これ皆前生いんねんのさんげと言う。内々ならん/\の中一つこれ道という心を定め。ならんがたんのうという心を治めてくれ。成る成らん前生いんねんのさんげと言う。なれど、一時ではない。余程大層という事情である。




明治三十七年七月十五日
 越智久八妻ヒサヨ三十才身上願(高知部内愛豫支教会長妻)
さあ/\/\尋ねる処/\、尋ねる事情余儀無く事情であろう/\。さあ/\又候又候事情という、いかなる事であろう、これ思う。一つ心、余儀無き事であろう。さあ/\尋ねるから事情いかな話事情も諭するから、よく聞き取りてくれ/\。どういう事が違うこういう事が違う。これは無い。これ通り来たる年限ある。年限ありて道と言う。よう聞き分け。身上に掛かる。いかなる事思う。皆々これ何でも救けにゃならん、救からにゃならん、と思う中に、一つ事情という。心一つ掛かり、どうもいかん/\。これ一つ理から余儀無く事情、運び違わんよう。これ伝えてくれ/\。さあ難儀さそう不自由さそという親の理、有るか無いか。よう思やんしてみよ。又候々々こんな事では世界から何と思う、何と言う。なれど、道という理一つ、成っても成らいでも、心を治め。所々一つ名称末代の理。一代と言えば、頼り無いもの。道という尋ねる一つ理、所々一つ名称、この理金銭や智者学者で出来たものやない。しっかり思やんせにゃ分からんで。さあこの理は他から取ろうにも取らゝせん。剥がそうにも剥げやせん。安心の心を定め。又々どういう事こういう事。成っても成らいでも、この道という末代の理。一時一つ理始め出し、どうこうやない、万劫末代の理。この大望の理、十分諭してやってくれ/\。案じる事要らん。教会名称一つ理無くばならん。この理速やかなものである。一つ開き付けた道という、末代の道。さあ心に治めて運んで、成程と一つ諭してくれ。これさえ治めたなら、一時の処どういう事もあろうまい。これ一つ治めてくれるよう。




明治三十七年九月十一日
 福原惣太郎三十七才身上願(湖東部内筑紫支教会理事)
さあ/\/\尋ねる事情/\、さあ身上事情尋ねる。さあ/\尋ねる事情は、余儀無く事であろう。どうしてもこうしてもいかん/\。だん/\どういう話も聞き取りたであろう。一つ理、身上鮮やかならんから、尋ねる。尋ねるから、一つ事情順序の理諭し置こう。一つ事情よう聞き取りてくれ。さあ/\どうしてもこうしてもと思うは日々であろう。さあ/\堪えられんと思う心、別段何もどうこうは無い。これまでの間だん/\の道も伝え、いかなる事も十分の心を治め来たる。そんなら身上どういう、又これまで道の上にどういう心も、これだけ運ぶ。いかな事もこういう事であってはなあと、堪えられん理であろう。人間という、一代と言えば頼り無いもの。なれど、そうやない。これまでの理受け取りてある。よう聞き分け。世上の理を見て、一つ心道治めてくれ。いかな事もどんな話も、皆々の心寄り合うてくれ。これが道の理である。この一つ事情、一時どうとは無いなれど、余程大層。これよう心にたんのうしてくれ。身上事情、これ皆世界いんねんのさんげと言う。この一時事情余程事情大層。なれど、どうなりてもこうなりても、この一つ理聞き分けるなら、又一時暫くとも言うて置く。




明治三十七年九月十二日
 鶴巻吉三郎三十八才身上願(湖東部内北蒲原出張所長)
さあ/\/\尋ねる事情/\、さあ身上という、尋ねる事情理尋ねる。さあ尋ねるから、これよう聞き分け。だん/\どうしてもいかん、こうしてもいかん。どういう事と思う。日々日をだん/\通り来た。その理尋ぬる。尋ねるからは、一つ又事情一つ理さしづに及ぶ。どういうさしづなら、よう聞き分けにゃ分からん。さあさあだん/\年限重なりだん/\、さあいつ/\とても、何とても思い/\、日々日柄通りたる。道という、もうどうこう、これそれ、思う。楽しみの中に一ついかなる事と思う。よく理聞き分けにゃ分からん。何よの事心という理成って、一寸楽しみの中に、又身上不足なる。どうであろうと日々思う。これ日々堪えられんであろう。その又堪えられん中に、一つ理よう聞き分け。人間という、一代と言えば、頼り無いもの。なれど、そうやない。理は末代と言う。さあこの理よう聞き分け。長長道の理治め来たる。日々楽しみ中に、身上に不足なりてたんのう出来やせん。なれど、世界の理を見てたんのうという。これまで尽した理は皆受け取りてある。さあ/\あちらからもこちらからも、どうしてこうして一つ理運ぶ尽す理、日々の処楽しみの理運んでやってくれ/\。まあ一時どうとは無い。なれど大層。こんな事と更に思うやない。末代という理治め。これでどうこう道という上に、将来末代の理しっかり定めてくれ/\。又一つ身上不足なりてたんのう出来やせん。なれど、世上一つの理見分け聞き分けてくれ。苦しみ切なみの中にたんのう出来やせん。なれど、苦しみの中にたんのうするが、世上いんねんのさんげと言う。




明治三十七年十月十九日
 吉岡岩蔵五十九才身上願(兵神部内加古支教会会計)
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上事情一つ理尋ねる。さあ/\尋ねるから一つ、又身上によりて一つ理諭し置こう。よく聞き分けにゃ分からん。さあ身上不足、何でやろうと思う。いろ/\心迷う。長らえての道を尽したその中に、この身上不足。皆それ/\の心日々の心である。十分一つ事情諭し置くによって、よう聞き分けてくれにゃならん。さあ/\長らえての心、どれだけ尽す、これだけ尽した理は、日日皆々受け取りある。理は必ず受け取りある。又身上何故こうなると思うやない。この道という、それ/\に諭する理、よう聞き分け。同じ人間同じ神の子である。難儀さそう不自由さそうというをやは無い。又これからという中に身上不足なりて楽しみありゃせん。身の内こうなりてどうこう、成程聞き分け。も一つのかりものという、この心を定めて、苦しみの中に楽しんでくれ。成らん出来んさんげするが、前生よりのさんげと言う。これ一つよう聞き分け。何でも彼でも一つたんのうしてくれ。一時どうとは無い。尽した理は将来末代と言う。この理聞き分けてくれ。一つ理、満足与えてやってくれるよう。
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おさしづ補遺(明治三十六年)(公刊おさしづ第七巻より)

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おさしづの順は、公刊おさしづに準じています。
但し、旧字は常用漢字に改めています。
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明治三十六年二月
 土佐まさ身上願
さあ/\尋ねる事情/\、身上に一つ事情いかなる事であろうか尋ねる処/\、もう前々にも事情順序さしづいつ/\のさしづにもしてあるなれど、身上に掛かればどういう事であろうと思う/\処、まあ事情によりてよう聞き分け。身上堪いられん/\と思う処、よう聞き分け。一時案じる事要らん、案じてはならん。これまで一度ならず二度ならず何度言葉同じ事、変わりた事あろうまい。変わりた理は無い。この道は皆思やんしてみよ。悪い/\と言えばさんげえせにゃならん。これはこれまで道すがらに皆治まりたる。なれど、こうなればどうなろう、これまでこうして居るのにこうと思う。思う心違う。一度であったらならん。もう軽く/\と言う。掛かれば話聞く/\事情である。何も思う事要らん/\。道付いたる。身上不足なるからいろ/\沸かす。沸かしてはならん。皆道を通るなら同じ事。何代経ったて同じ事。この一つ心定め、心定め。こんな事と、すうきり思う事要らんで。

 以前に三年という御言葉もありますが、その事の運び方でもありますかと願
さあ/\内々の処に、それは日に/\よってこうもなあ/\思う理/\あろ。又日柄年限という。結んだ理は出て来る。もうどうでも出て来る程に。




明治三十六年三月七日
 松村善兵衞妻こま三十六才身上願(敷島部内岡支教会長妻)
さあ/\尋ねる事情/\、尋ねる事情は、さあ余儀無く事情であろう/\。さあさあ尋ねる事情には、一つならんから尋ねる。尋ねるから、一つ事情を諭し置こう。身上だん/\身上から一日の処言うまでやない。内々事情にならん/\事情、又一つ長らえての中/\の思う事情の処、長らえての事情、よう聞き分け/\。だんだん事情々々身上の処、こうなれば思う。一つ理である。よう聞き分けてくれにゃ分からん。一日々々と一つの理というは、容易ならん理である/\。一時の処どうこう中一つ心。なれども、よう聞き分けにゃならん。前々よう/\世界の中に道事情、多くの中にある事情、一つ救けたい/\、又救からにゃならん精神である。思う一つ心。さあ一時どうとはない。なれど、余程大層。思う処、世界に思い開き、何と思う。心に一つ諭し置くから、一つ治めてくれるよう。又一つ順序諭し置こう。




明治三十六年三月十二日
 片岡留吉四十六才身上願(南紀支教会部内有井布教所担任)
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上と言う。さあ理を尋ねる。さあ/\尋ねるからは皆々心と言うものあろ。よく聞き分けにゃ分からんで。さあどうせにゃならんこうせにゃならんとはさしづの上に諭せんで。たゞ心次第と一つ諭したる理聞き分け。どうでもいかんこうでもいかんは理であろ。中に道のためと言う心あってこれまでの道通り来たる中にどう言うものであろ。道運べども身上心得んなあと日々思う中、こんな事と思う。この理些か持たず、身の内かりもの聞き分けて、又先々までも諭す。かりものと言うは身上に理がありてならんがかりもの。一時未だどうとはないなれど、長い日の間にしいかり心に踏み止め。一時ではないなれど余程大層。よう聞き分け。こゝまで尽した中にこんな事ではなあ、世上に何と思う。それでは折角道尽した理無になる。道があったこそなあと言う心持ってくれ。人間かりもの聞き分け。又それ/\の中元々と言う親あろ。その親の心にしいかり聞き分けて、ほんにかりものと言う。日々の中沢山有ったて、何程日々裕福でも、身に不足ありて楽しみはあろまい。これ聞き分けにゃならん。又傍々からもしいかり諭せにゃならん。身上一時どうとは無いなれど、余程大層。人間は一代やない。一代と思てはならん。理は末代と言う。この理聞き分けて、しいかりこの心楽しんでくれるよう。




明治三十六年三月十三日
 中村定次郎三十九才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上一つ事情だん/\事情重なる/\。又候という、一つよう聞き分け。さあこれまでの間、長らくの間人に言われ他にもあろう。これ運ぶ道あろう。その道という、善き道いかなる末代の理。何と心あいて出来たもの。その中に又一つ身上に不足。又候々々いかな事と思う。思うた分にゃならん。後々という、末代々々の一つ道という。よう聞き分け。勧めて成るものやない。行けと言うて成るものやない。皆それ/\何よ多くの中の理にある。いかなる事もよう聞き分け。又一つよう聞き分け。尽す運ぶ心一つ尽す処へ見てしたものも、紋型の無い処から出来た理を、聞き分け。一つこれ一時どうとは無い。なれど、大層とも言う。この一つの理、よく聞き分けてくれ/\。




明治三十六年三月三十日
 西松太郎妻うの身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上という一つ理尋ねる。長らえて/\身上に心得ぬ。尋ねる事情何ぼうどう話聞けど身上心得ぬ。どういう事であろう、日々心の理。さあ尋ねる事情余儀無く事情尋ねる。尋ねるから又一つ順序の道諭し置こう。よく聞き分けにゃならんで。さあめん/\も思やんをしてみよ。難儀さそう不自由さそうという親は無い。さあよく聞き分け。救けたいと思う中に、身上さあなあ、日々の理、救からにゃならんと思う。又中に深き理諭し置こう。さあこの道というは年限の道である。よく聞き取れ。一日の日も思やんに思やんをすれば、どうなろうや知らん、こうなろうや知らんという心ありた。さあどうという、日々これからと言う、何であろう。身上の迫る一時の処、よく聞き分け。成っても成らいでも、さあ人間というものは、一代と思えば頼り無きものなれど、人間というものは、生まれ更わりの理がある。善き種蒔いたら善き実がのる。この一つの理よく聞き分け。こんな事と更に思うやない。成っても成らいでもと、この理聞き分け。越すに越せん。遁るに遁れん。一代と言うたら心細い。世上にはこれだけの道を通りて、あれではなあと言う。心を、さあ一つ、よく治めてくれるよう。




明治三十六年五月二十七日
 葭内久吉儀今度小東こたまを貰い受け度く縁談事情願
さあ/\尋ねる事情/\、縁談という一つの理尋ねる。尋ねるには皆々それ/\いかなる理集まる。これという一つ理と言うたる。運ぶ処、事情という一つ理、まあまあ一時事情急く事要らん。十分々々の理一つ理治め。行こうと言う一日の日、二日三日三十日と言う。これよう一つ理を治め。十分々々の理を以て治めてやるがよかろう。

 押して、おさしづによりますと、この度の処は、見合わしましてと
さあ/\後日時を以て心と言う。休まる理はある程に/\。




明治三十六年六月二日
 木下善五郎二十八才身上願(旭日部内織田出張所長)
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上と言ういかなる事であろう。そこで前々一つ今一時こうと言うて尋ねる理、さあ/\前々代々と言うであろう。代々ほのかの事情に、こんな事になるという事は分かろまい。それ/\どういう事になるこういう事になるという事は分かろまい。又道の理に、前々代々の理少しも分からん。古き道の理一つ事情台と言う。さあ/\一時どうこうはあろうまい。なれど余程大層である。代々一つ理いかなる事と思う。内々何かの理治め。長らえてと言う。そこで一日の日成程、これだけ信徒信者。ほんにこれでこそ/\、ほんに道ならこそ、道に添うたらこそという理を治め。身上の処どうなりてもこうなりてもと一つたんのう。一つ理にたんのう無くばならん。一時一つ理に諭し置く。道の理はどういう事であろうと、それ/\よう精神上の理を治め。さあ一つ理掛かる一つ台と言う。十分十分の理である。これ一つよう聞き分けて、一つ理たんのうしてくれるよう/\。




明治三十六年六月九日
 北出宇平治六十一才身上願(奈良部内萩出張所担任)
さあ/\/\尋ねる事情/\、身上という一つ理尋ねる。余程一つ事情であろう。さあ尋ねるから一つ理諭するによって、よく聞き取りてくれにゃならん。さあだんだんとの中大抵の年限の尽したる処、一つ事情一つよう/\と思うたら身上に掛かる。さあ心理思えば頼り無きものと思う。なれど、そうやない。一つ順序の理諭し置くによって、一つたんのう聞き分けてくれ。さあ一時どうとはないが、身上余程大層の理であるによって、一つよう聞き分けて諭してくれにゃならん。人間というは、一代という理なれば頼り無きものや。なれど、一つよう聞き分け、これと/\こうしたら一つ理という。大抵やあろうまい。よう/\と言えば、身上の理よう一つ聞き分け。よいかと思えば、こうなれども、よう心を取り直してたんのうしてくれ。長い間尽した理は十分に受け取りたる。身上こうなれば、明日はどうやろうこうやろう思う中、一代と言えば頼り無いが、末代所の理の台である程に。この理を聞き分けて、一つ理を諭してくれるよう。




明治三十六年八月二十五日
 岡本亀助三十六才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上いかなる事であろう。後々見れば長々という。年限見れば余程通り来たる。だん/\の道、通り来たる道、聞き分け/\。これ細こうに聞かそ。よう聞き分け。しっかり聞き分け。身上に掛かりていかな事と言う。又傍にも思う。国を隔て所を隔て、だん/\通り来たる中、身上どういう事であろうと、真実の事であろう。さあ一時ではないなれど、余程大層。これを聞き分け。道をなあ、こんな事でなあ、これを持ってはなろうまい。これで皆の中、知らん中から、道を開き/\、どうも堪いられんなれど、知らず/\の中から、所告げ、聞くに聞かれん、堪いるに堪いられん。よう聞き分け。一時難儀さそう不自由さそうという親はあろまい。これよう聞き分けて、艱難聞き分け。成っても成らいでも、どうなってもこうなってもという理、聞き分け。口説きは無い。これまで長らえて道は、十分受け取りたる。そんなら道どうと言う。道の中、いんねん聞き分け。年限の中聞き分け。身上こうなっては堪いられん。たんのう出けん/\。なれどたんのう諭す。これまで道運びたる。道というは、将来末代と言う。所から、親からも、聞き分け。一時どうとは無いなれど、余程大層々々。世界の処から聞き分け。一夜の間からどんな事もある。その処から聞き分け。神の目には皆子供。いんねん為す事開いて了わにゃならん。今度々々まで持ち越してはならん。身上不足成りて満足出けやせんなれど、道は皆寄り合うて互い/\運ぶ理は、道より無い程に。これをよう聞き分け。




明治三十六年九月二十五日
 安井藤市妻はる三十二才身上願(甲賀部内蒲生支教会長妻)
さあ/\/\尋ねる事情/\、身上事情一つ理尋ねる。尋ねるには皆それ/\という。どうもならんこうもならん、いかなる事と思う。だん/\心一つ理尋ねる。どうあろう、いかなさしづと思う。一つ心を以て尋ねる。一つ理身上に掛かる。いかなる理いかなる事、さあ道のためと思えども、一つ理同じ処、身上がこうなりてどうと思う。尋ねるであろう。先なる理尋ねるから、一つ順序諭し置こう。いかなる事と思う身上どうこうとは、この道は難し道と思う。なれど、そうやない。年限の日通りたる。さあよく聞き分けにゃ分からんで。さあ/\身上に掛かる。何でやろうと、何も思うやない。道という理分かりたなら、将来末代の理も同じ事。よう聞き分けにゃならん。身上不足なりてなあと思うな。他にも何処にも世界にも多く出してある。成程真の心治めたら信徒と言うやろう。信者と言うやろう。中の理元である所、所で元と言うたる。この理聞き分け。さあ人間というは、生まれ更わりもある。道があればこそ、この中の道と言う。さあ一つよう聞き分け。成っても成らいでも一つ。ようこの理聞き分け。身上に掛かる。世界からどうこう言うなれど、一時どうとは無い。先々思う処成っても成らいでも/\と、心さえしっかり聞き分け。怪しう思うてはならん。道というものは、怪しきものやない。怪しき思うたら怪しうなる。さあ一つ名称中に出来たものや。この理聞き分け。楽しみなものや。この理しっかり聞き取りてくれるよう。




明治三十六年十月十四日
 永尾徳松次女久子十五才五月十五日より身の障りに付願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上という一つ身の内という事情、いかなる事と思う処、どうもならんどうもいかん思う処、ならん事情から余儀無く事情一つ尋ねるであろう。尋ねるから、又事情諭す。どういう事も諭す。よく聞き取りてくれにゃならん。この道元々何処其処どうでもいかん、どういう事であろう思う。長々の理の処で、それこれあろう。何たる事であると、思うやろう。さあよく聞き分け。道から一つこれまで幾多の道もあった。又どうなると思うた事もありた。何でも一つ心、理は一つと、年限通りた中であろう。年限の中それ/\どうこう。なれど一つ心どうもならん。一人これよう聞き分け。どうもならん身上事情、余程大層事情である。なれど一時どうとはない。が、大層。どういう事もこういう事も、皆それそれ何ようの事もよう聞き分け。通るだけの道は通らにゃならん。身上に掛かる。皆それ/\時々事情諭したる。さあこの理を聞き分けてくれ。どうでもこうでも、成るもいんねん成らんもいんねん。成らん成る、この理により事情どうなりと一つ取り直し、成っても成らいでもどう成りてもと、世界一つ諭す中の理籠もりある。この理一つ聞き分けてくれ。さあ/\しっかり聞き分けてくれ。




明治三十六年十月十七日
 西初太郎伜末一十八才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ尋ねる事情は余儀無く事情尋ねる。さあ身上一つ理尋ねる。さあ/\もうどうこうと思う一つ理であろう。中に一つ身上不足なる。いかなる事と思う。日々理であろう。心に事情耐えられん事情である。なれど、一つ心を取り直してくれにゃならん。又々前々事情、いかなる事情一つ/\理ありても、中々又候と思う。さあ/\いかなる事情と思うやない/\。身上は一寸大層々々。一つ理十分の心を休まして、いかなる事も休まして、心に掛からぬよう。十分々々一つ心を休ませ。安心の心を治めさして、十分心を安心さしてくれにゃならん。十分という。心を休めさして、治めさしてくれ。身上大層なれど、一時どうとは無い。決して心に思わぬよう。十分でというさしづのありたと言うて、事情治め。安心させ、安心させ。




明治三十六年十二月五日
 上原佐助娘ふさ十九才身上願
さあ/\/\尋ねる事情/\、さあ/\どうも身上もう何と身上、身上に掛かる処、それ/\も心に掛かるやろう。さあ/\よく何かの処も心中の一つ思やんして、さあ/\掛かるものと、身の内の苦しみと、それ/\他に外々の処、これ身上事情心に事情心である。一つ事情もう定まった事情、一つ諭するによって、よう聞き分け。又候々々又々身上家内中それ/\もう思い/\の日を送りて来た。よう思やんしてみよ。皆々一つの心の理道の理楽しむ一つ、これ思やんせい。年々の中一時のそれそれの理もあろう。又成り来たる理一代通らにゃどうもならん。そこで心という、皆々それ/\も二つ三つ一つ心を合わせ、道ならこそという。それ/\一つの理よう聞き取りてくれ。どうなろうこうなろう、これ皆一つの心と成りて心の中の心と言う。さあそこでよく聞き分け。成って/\から一つ理と言うてもどうもならん。そこで、それ/\心をよう取り治め。ほんにそうやと一代も長く皆々心を持ってくれ。そこでそれ/\心を治まりたら、治まりとなる。どういう事もさしづの中に籠もりあるで。身上の処一時案じる事要らん。これだけ一寸諭し置こう。




明治三十六年十二月二十四日
 上原佐助娘ふさ先日のおさしづに従い備中笠岡の方へ引き取り、川合家を立てさせ度く願
さあ/\尋ねる事情/\、尋ねる事情いかなる事、皆それ/\どういう事こういう事心に尋ねる。事情尋ねるから、万事何かの心、さあ身の事情、何も思う無いもの、それ/\皆々中の理である。一つ心の理休めて、休まるようの理を運んでやるがよかろう。

 押して、年内余日も無之、事務御休み後佐助参り取り決め致し度き儀願
さあ/\尋ねる事情/\、出越す事情こう思う事情、皆々寄せて、これがよかろうどうがよかろうと、心々の理に運んでやるがよい。鮮やか事情を運んでやるがよかろう。さあ/\許し置こう/\。




明治三十六年十二月二十五日
 松本鶴蔵四十五才身上障りに付願(西宮部内川辺出張所長)
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上事情尋ねる/\。さあどうも身上に迫るから、ならんから尋ねる。尋ねるから又一つ、事情理を諭すによって、よく聞き取らにゃ分かり難ないで。
さあ何故なるやろうと思う。この道という、一つ理尽す。又身上にこういう事では世界からならんと思う理、いかなる事情も聞き分けにゃならん。この道という、よう聞き分け。人一つ一つ理治まるものやない。何度の心運ぶ一つ理よって一つの処、この道元紋型無い一つの処、一つ又理、事情一つ聞き分け。身上不足なりて、たんのう出来やせんが、聞き分け。所々中の/\一つ理ある。救けにゃならん救からにゃならんが、日々の処である。なれど、順序も鮮やかという。この理聞き取れ。どうこう日々だん/\日を送る。よく聞き取らにゃ分からんで。成ってから一つ理、これどう思う心、どうもならん。これ十分に治め、定めさしてくれ。心に一つ理諭す理、この理順序早く伝えてくれ。
さあ/\人間という、一代と言うたら頼り無きもの。この道という、これ生まれ更わりまで諭してある。日々の処が楽しみの処である。さあ身上よう聞き分け。何であると思う。この道という、所に名称という、これ一つ末代の理である程に。一つ理治め、諭してくれ。一時どう、余程大層。たんのうさしてくれ。よう聞き分けさしてくれるよう。




明治三十六年頃
 清水虎次郎四十五才願
さあ/\願う処、聞き分けせねば分からん。分かり難なえ。身上の処、一寸の事は一寸行く。大望の事は大層事だけ。長らくの不自由の処少しでも緩るぐ。一つたんのういう処聞き分け。身の内のかりもの一条を、理を聞き分け。何程迫る処一条を聞き分け。先の内なる処、家内の処、何も皆家内分からず、何処が悪い、それ/\世話をする、早く思案する。聞き分け。身の内誠一つ不足なりたる処、事の不自由する。分からず。澄んだる水流して前生分からす。先一つさんげ。内々の家内の処、一人の煩い皆の煩いと思うて、いかなるさんげ。一応成程と大層でも、速やか道付かんではない。理と理にて迫る理に適わず、理と理とで分からずで理に迫る。不自由となる。理に適わず、理を理で分けて、身の内天然自然理。天の理というは誠一つ定まる。
身の内救けるというは、元人間拵えた神。不足貸してない。皆銘々心より、胸三寸より千筋道があるのやで。皆胸三寸より道が出来るのやで。行く行かざる道を身の内より拵え、善の道も悪の道も、理分からず、道一つ分からず。誠の道は弱いようで強い道やで。これ分からん。
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おさしづ補遺(明治三十五年)(公刊おさしづ第七巻より)

おさしづを読む前に、「おさしづを身近に」をご参照下さい。
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おさしづの順は、公刊おさしづに準じています。
但し、旧字は常用漢字に改めています。
また「割書き」部分は文頭を一段下げることで、おさしづ本文と区別しています。

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明治三十五年二月二十五日
 前田銀次郎妻きよ三十九才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上事情、さあ/\ならん/\事情尋ねる/\。さあ尋ねるからは、一つ順序諭し置く。よく聞き分けてくれ。どういうもので、こうなろうと思う処、日々であろ。何が違う、何、何が間違うてあろ、と思うばかり。事情長らえてであろ。皆それ/\心寄り合うて、救けにゃならん救かって貰わにゃならん。一つ/\運ぶ理に、日々鮮やかならん。皆々心一つであろ。救けにゃならん、救からにゃならん、皆心であろ。一つ事情、順序諭し置くによって、皆々一つに心寄せてくれにゃならん。さあ身の内/\かりもの/\皆諭して居る中、よく聞き分け。世上にどんな理も皆世界にあろ。中に一つ、これだけ/\と思う中に、無けにゃならん中に、何ぼうでもなあ/\という処、聞き分け。さあ身上一時の処余程大層であろ。成っても成らいでもという理を聞き分け。又成ろうと言うて、成らるものやない。成ろまいと言うて成って来る。この理をよく聞き分けにゃならん。これだけ道尽して居る中にこんな事と思う。そら必ず思うやない。長い間、短い間、よう聞き分け。紋型無い処から、一つの台出けたる理、聞き分けてくれ。中に重立った者こんな事と思う。必ず思うやない。親という理を思え、難儀さそう不自由さそうという親は無い。この理聞き分けてたんのうしてくれ/\。身の処余程大層。よく聞き分け。こんな事ではなあ、世上から何と思うやろなあ、そら思うやない。道の理を楽しんでくれ。よく聞き分けて、たんのうさしてくれにゃなろまい。




明治三十五年三月二十四日
 森田清助妻むら四十六才身上願(東愛部内)
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上事情尋ねる/\。さあ/\身上尋ねるには、何でもならん、どうでもいかん、何が間違うてあろ、どういう事でいかんであろと、いろ/\尽すなれど、どうでもいかん、どうでも鮮やかならんと一つ尋ねる。尋ねるから、さしづ諭し置く。よく聞き分けにゃ分からん。何が間違うてあろ、何が違う、どういう事であろという事は無い。間違いあって成り立つものやない。よう聞き分け。これまで長い道中道すがら中に、どういう事もこういう事もあろ。容易やなかった中に、どういう間違いであろ、と思うやない。皆々諭す中に、身の内かりもの諭す。諭す中にも、めん/\もそのうちの理であろ。自由ならんが、かりものであろ。これを聞き分けにゃ、分かり難ない。さあ一寸には成ろまい。よう聞き分け。成っても成らいでも、どうでもこうでもという。さあ人間一代という心あるから、何でやろ、こんな事、と心に沸かす。よう聞き分け。道という、将来末代の理であろ。又、所には、一つも紋型無い処から一つ固まりという。この理心に治めて、いかな事も楽しめ/\。いかな事も諭す中に皆籠もりある。一寸は行かんなれど、又々という。これを聞き分けてくれるよう。




明治三十五年五月十日
 山瀬文次郎次男好松三十才森清次郎五女きよ二十才結婚願(郡山分教会役員伜)
さあ/\尋ねる事情、縁談一つの理尋ねる。尋ねるにはそれ/\理集まりて、人と人との心、親と親との心、この二つの理治まれば、心通り願通り許す/\。




明治三十五年六月九日
 藤井宇三郎妻千代二十才身上願(笠岡支教会会計妻)
さあ/\尋ねる/\、身上いかな事であろうと思う。年々なあ、又候なあ、どういう事であろうと思う/\。心の理あるから思う。世界何と思う。よく聞き分け。いかなる処鮮やか諭そう。一軒一つの理、道に一つの理、道に染まりゃこそ道の理、遠く心運びたる処、受け取る。内々一つの中、これでこれでなあ、道に皆々心の中結構理あろ。道と寄り合うた中不審じゃなあ。よう聞き分け。道に染まりたる理、年々歳々理を積んだ処に一つの理軽きと思われん。末代心の運んだ司末代取ろうにも取らりゃせん。めん/\一つの理いかな理心に悔やむは凡夫の理。さしづの理を楽しませ。生涯末代尽し損じゃない程に。生涯末代容易で成ろうまい。何程大きいものでも、一夜の間に影も見えんようなりたる。これは一代切り。これは容易ならん天然自然があると聞き分け。身上大層なれど、一時ではない。余程大層。皆々成るたけ、教一つの道の台ともいう処、一つの理末代の理を伝えてくれるがよい。




明治三十五年六月十二日
 小梶与兵衞四十八才身上願(中野支教会長)
さあ/\尋ねる事情/\、さあ/\事情さあ/\尋ねる/\。どうも一時身上何であろ、どういうものであろ、こういうものであろ、日々の心だけであろ。これまで一つ/\というは、どうもなあ。余儀無く事情/\、一時尋ね出るから、さしづして置く。十分聞き取って一時も早く事情。一時どうではない。なれど、大層。皆々心尽し、これだけ運び、どうであろうと思う。尽し損にならん程に。働き損にならせん程に。よく聞き分けて、よう諭してくれ。これまで日々の処皆受け取ったる。難儀さそう不自由さそうという親有るか。聞き分け。そんなら身上と言うやろ。これ一つ取り直し、皆々心に治め。一代切りではない。道という理は、末代の理。これまで所に紋型無い処から、理という/\固まりたる理、この理取ろと言うて、取らゝせん。剥がそうと言うて、剥がさらせん。この理皆々心に留めて、よく楽しましてくれるよう。




明治三十五年六月十四日
 山田政太郎三十一才身上願(兵庫出張所役員)
さあ/\尋ねる/\。さあ/\身上ならん/\の理を尋ねる。さあ/\皆々の者、どれだけ諭す。どれだけ聞かすれど、身上鮮やかならん。これはどういう事であろと、尋ねる。尋ねる処容易ならん事であろ。ようこれ皆々の者聞き分け。成る一つ理成らん一つ理、これ分かろまい。成らん/\の理、成ろと言うて成らるものやない。成ろまいと言うて成る理、聞き分けにゃならん。身上迫る。さしづ/\貰たらと言う。何が違う/\。この心持って尋ねば、さしづしよう。身上一時どうではない。なれど大層。折角なあ、折角道これだけなあ、と言うは日々の処であろ。身上暫く/\、何でも彼でも心休ましてくれ/\。心に楽しみ聞かし、身上不足なりて楽しみ出けまい。なれど、道という理聞き分け。道紋型無い処から道という理、寄りたる理。司という、道という、理という、この理聞き分け。少し長いか短いかというこの理から、暫くと言う。楽しましてくれるよう。一時どうとはない。これよく聞き分けてくれるよう。




明治三十五年八月二十一日
 土佐まさ今までの障りと違い身上願
さあ/\尋ねる処/\、身上という尋ねる。もうこれ一度やない、二度やない。さあ身上迫る処尋ねるから、一つ/\の理も諭し置こう。さあこれ身上も治まる。これ何度の事情も通りたる。又候という、これよう何よの事もあちらも治まりこちらも治まり、よう心。皆心一つ、心一つ治まるから、何よの事もだん/\日々治まり来たる。又所々にてこれはどうこう、どうなりこうなりよう聞き分け。皆々皆々の処、普請一つ理が治まりたる。さあどうすれば身上治まると思う。いかなる事どんな事も心の理据えてくれにゃならん。皆々の中にもよう聞き分けてくれにゃならん。身上に迫る。皆可愛子供と言う。親の子、親が子をどうする。これから一つの理聞き分け。知らず/\の理、道から何年以前、元々は何にも分からんなれど、年限から道は分かるやろう。さあ身上が迫るから、いろ/\と一つの理も治まる。さあ一時どうとはない。なれど、身上大層であるが、よう聞き分け。道から取りては、どんな事ありてもこんな事ありても、何も思うやない。身の処切ないありて、どうなろうと思うが人間。皆々世上の理を見て、一つたんのう治めてくれにゃならん。遠い所やない。中の中にもある。皆しっかりせい/\/\。




明治三十五年九月十二日
 前田銀次郎四十才瀧沢しま三十一才縁談願(水口分教会部内嶽東支教会理事前田)
さあ/\尋ねる事情/\、尋ねる縁談の理というものは、尋ねるまでのもの。これまでに十分諭したる。縁談一条の理は、道の上の理からめん/\行こうという、又貰おという心が寄りて、皆々の心もこれでと言う中に、夫婦という二人の心に、道の上の理さい治まりあれば、十分なれど、その時どうやったこうやったという事は無いもの。この理皆々の心に運び合いさい十分なら、縁談一条は、これまでに道の上に諭し置いたる理治まるなら、さあ/\何時なりと/\許し置こう/\。




明治三十五年九月十五日
 藤江半之丞六十七才身上願(河原町部内大垣支教会長)
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上一ついかなる事と思う。さあ尋ねる事情、だんだん皆それ/\いかなる処、何話々何話の理も諭す。身上判然速やかならん。日々の事情一つ尋ねる。一つこれ事情聞き取らにゃ分かり難ない。これまでの間、長い間、いかなる事日月幾年経ちたる。後々の理、そりゃまああら/\の理と言えば、皆も楽の理であろう。一つ/\の心合う。身上に掛かりたる。さあもうこれ一代切りと思えば、頼り無いもの。なれど、この理は将来末代という心を諭してやってくれ。又めん/\も心を治めてくれ。これいかなる事も諭し置く。又身上苦しむ。何ぞやろうと思う。よう聞き分け。尽し損やない程に。これ身の処、一時どうとはない程に。心に満足を与えてやれ。しっかり聞き取れ。しっかり聞き分け。




明治三十五年九月二十一日
 森田友平五十一才身上願(南紀部内神原布教所担任)
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上という、一つならんから事情尋ねる。よいかと思えば、又候後悪い。又候何たる事と日々の理。さあ/\諭し置こう。内の中それそれの中、又支教会々長という。どうでもこうでも一つの理、これよう聞き分け。所々始め掛けたる。それ/\ならん/\の理。さあ始めて一つの理は容易ならん理である。よう聞き分け。又候こんな事ではなあと思う。一つ煩いはこれ皆々の煩い。皆々の煩いは道の煩い。尋ねる処余程身上大層。一つの理こうと先の理、先の理は元と言う。これさえ聞き分けるなら暫くと言う。こうなる親とも子ともこの理始め。親という子という、子の煩いは親の煩い、親の煩いは子の煩い。これしっかり聞き分け/\。大層。皆々の心から、一つの理聞き分けてくれるよう。
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おさしづ補遺(明治三十四年)(公刊おさしづ第七巻より)

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明治三十四年一月十二日
 山田亀吉子供いちの、きみゑ身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ/\内に一つ事情、さあ/\小人子供いかなる事であろう。これ何よの事も、理というもの心に治め。日々通る中一つ道というもの、皆それ/\の中も順序の道を通る中に、内々小人悩みいかなる事と思う。なれど、順序の理諭するによって、よう聞き分けてくれにゃならん。よう/\というに、どういうものでこうなると、これ皆々思う。又めん/\心に思うが、どういう理もあろう。判然ならん。心にこんな事でなあと、これ一つ思う。この順序一つ取り替え取り替え。皆順序の理、世上の理を聞き分けてくれ。親の理子供悩むを堪えられん。心々気を取り替え。又これはという理なあ、これ一つよく聞き分け。成るも一つ成らんも一つ、又成っても成らいでも。そこで身の処案じる事要らん/\。なれど、よく聞き分け。小児に大層。そうすればいんねんなると言うて了えばどうもならん。よう聞き分け。世上皆いんねん。又理というもの一つ聞き分け。いんねん小児悩む中に、親々たんのう出来やせん。ならん中に前生のさんげやで。ならん中に一つ、これよう聞き分けてくれるよう。




明治三十四年一月十三日
 古川太十郎三十一才身上願(防府支教会長)
さあ/\尋ねる事情/\、どうも身上が長らえて身上が心得ん/\。いかなる事であろう、日々の事であろう、尋ねる。尋ねるから順序の理を諭する。いかなる理も、取りよ聞きよで間違う。しっかり聞き分けて諭してくれ。身上が長らえて心得ん。どういうものであろう。長らえての道は、日々の理は日々に受け取りある。そんならこの身上がいかなる事であろうと、日々の中にこんな事ではと思う。人間というものは、一代と言えば頼り無い。なれども、道をしっかり治むれば末代である。心にたんのう治めてくれにゃならん。この身上不足なりて、たんのう出来やせん。なれども、これというものは、世上の難を見て聞き分けて治めてくれ。めん/\も一つの理である。そこで、たんのうすれば、前生さんげの理に受け取る。身の内の痛み悩む中にたんのう。身上はどうなろうと思うやない。一時心にこうであったなぁと、これ一つ諭し置こう。




明治三十四年一月十四日
 宮川てい三十三才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあどうも身上に、だん/\長らえて心得ん。どういう話どういう理、聞けど聞かせど、身に印無い。無いから日々の心、日々の心には、この道という一つ理をだん/\聞いて、日々の処に心を運ぶ尽すこの中、身上こんな事と思う。思う理のように思う。なれど、そうやない。順序聞き分け。どうせこうせ、これ言うやない。言うやなし。皆真実という、たゞ心から順序積み立てた理、又所に一つ順序道始め掛けた。一人であろ。よう聞き分け。身の処不足なったる中に、内々治まり難くかろ。なれど、よう聞き分け。人間一代と思たら、何したんやらと思う。人間は一代と思えど、理という、理は末代と言う。末代の理治め。所に理。これ将来末代と言う。身に難渋不自由と思うなれど、たんのう/\。身に不自由ありて、たんのうは出けやせん。なれど、理は末代というはたんのう。長き短き心に理を取って、世上は同じ人間同じ神の子供。難儀さそう不自由さそうという理はあろまい。これ聞き分け。世上一つの理を思えば、たんのう。たんのうはさんげえ。成らん中のたんのうは、さんげえ。これ聞き分け。順序いんねん、いんねんのさんげえである。よう聞き分けて、心に楽しまし、たんのうさし、この道という理は、皆身の障りから出た理は、運ぶ尽す台であろ。よう聞き分け。世上にはどんな難もある。これ何ぼあるとも分からん。これから思やんして、身は一代と言う、思う理を、治まったるは末代の理。この理早く聞かしてくれ。早く聞かしてくれるがよい。




明治三十四年一月十七日
 坂井元蔵長男直次十二才眼の願(桑名出張所理事)
さあ/\尋ねる事情/\、いかな事と一つ理を尋ねる。尋ねば理のさしづという。さあ/\どうも一時身に不自由々々々。どういう話どういう理、いかな話聞けど、印無いというは、日々であろう。親は日々堪いられんであろう。一つさしづして置く。よく聞き分けにゃ分かり難ない。聞き分けにゃならんで。こういう事情なあ、どういう事になあ、道という上に日々であろ。もう十分運び尽し、こういう事ではなあ/\と思う。思うは理であろう。なれど、思うやない。理を取り替い。難儀さそう不自由さそうという親が有るか無いか、聞き分け。世上一つの理、世界と言うやろうお。めん/\思うだけでは道という理無きもの。この理から聞き分け。成ろうと言うて成らん、又成ろうまいと言うて成りて来る理を聞き分けにゃならん。この一つ理聞き分け。又道というは、いんねん諭す/\。世上へ皆諭す。同じ神の子供なら、めん/\も同じ理、内々同じ事となあ。身上一時ならんと言うて居る。よう聞き分け。人間同じ神の子供、皆可愛一つの理。親世上へ対してこんな事では恥ずかしいなあ、そんな事ではならんで。いんねんという理聞き分け。いんねんならと言うて了いばならん。いんねん/\楽しまにゃならん。ならん中たんのう、いんねんのさんげ。一時ならん/\なれど、身の処は追々と言うて置こう。




明治三十四年一月十八日
 渡辺和三郎身上願
さあ/\尋ねる事情/\、身上一条一つ理を尋ねる。さあ/\いかなる事であろ、どういう事であろ。皆それ/\から道理運び、なれど何の印無いなあ。成らんから尋ねる。尋ねるから、又さしづ及ぶ。身上どうも一時なあ、又中にも思う。あれこれだん/\心運ぶ中に、どうもなあ思う。よう聞き分け。道があって、一つ心たぁて一つの心なれど、身上いかな事と思たら、ころりと違う。よう思やんして、頼りになる者頼りにならん/\思う。頼り無いなあと思うなれど、思うやない。年限尽した理は、受け取りある。一代と思たら頼り無い。なれど、所に何も紋型無い処に、理治まりたる一つ理、人の心から始め掛けたる。この人の理以て治めたる。頼り無いと思うな。長い短いは、為すいんねん事情の理。人にたんのうさし、又皆心の理があろ。これ楽しみ、たんのうさし、身上余程順序からどうもなれど、早く聞かして、楽しみあれば、又一寸何であろ/\。真実この理聞き分けて、又先々までの処まで、たんのう。こうのうの理は、末代の理に受け取ったる。これ聞かして、十分たんのうさしてくれるよう。




明治三十四年一月十九日
 葭内与市身上願(入江支教会長)
さあ/\尋ねる事情/\、さあ/\身上が心得ん、どういう事であろう。皆んなそれ/\立ち寄って、何か話し通り日々運ぶなれど、身上がどうもなあ思う処、身上が尋ねたらどういう事あろうと尋ねる/\。一つ心というは、事情に一つ諭す。諭すが、よう聞き分けにゃ分からん。これまで長らえて道すがら、道筋指折り数えて見よ。数えるにも分からん程通り来た。長い年通り来た。長い年限運んだ理は受け取ってある。この言葉聞き分けてたんのうをし、一時どうではない。よう聞き分け。長い年限の間にいかな日も越した。どういう道も通り、よう/\と言う。十分の理諭す。諭すによって、十分たんのうさし、人間という、人間は一代と思うたら頼り無い。何をしたんやらと言うなれど、道と言うたら末代と言う。又所に名称というは末代の理。この一つ理楽しみ。人間何度同じ生まれ更わり、生まれ更わり、この順序聞いて楽しみ。又身上どうであろうかと思う。思うた分にはならん。これからどうでもと言うは、一つよう聞き分け。皆世上へ諭す理ある。諭す理から聞き分け。同じ子供同じ神の子。これまで運ぶ理は、重々受け取ったる。人間は一代、名は末代の理。末代の理もだん/\ある。この道始めて道々に心を寄せて、所に名を下ろすは末代の理、将来続く理。これ聞き分けて楽しんでくれ/\。一時どうではない。よう聞き分けて、十分たんのうさして、気を養うがよい。




明治三十四年一月二十八日
 西専助妻いそ身上願
さあ/\尋ねる事情/\、身上一つ一時事情尋ねる。いかなる事であろう思う処、皆んなそれ/\集まりて通り、話すれども、伝えど、一時身上鮮やかならん。余程さしづと言う心、理になる。さしづと言えば、さしづする。よう聞き分け。身上何で悩む/\思う処は、日々であろ/\が、これよう聞き分け。どういう事になる、こういう事になる。折角こゝまでなあ思う。思うなれど、聞き分けにゃならん。順序ある。何事無く/\同じ一つ心同じ理。どういう障りも無くすれば、言うまで。よう思やんしてくれ。たすけ一条/\中に身上悩む処、聞き分けにゃ分かり難ない。難儀さそう不自由さそうという親有るか無いか、聞き分け。一時の処どうでもなろうまい。なれど、順序大層々々。一時でない。身上の処悩んだら、これでなあと思う/\心にたんのう諭す。日々悩む。食事も納まらんのに、たんのう出来やせん。なれど、たんのうは前生いんねんのさんげと言う。よう聞き分け。同じ子に世上難の理を聞き分け。どういう理もある。これだけという処から聞き分けば、前生いんねんのさんげと言う。一時どうではない。なれど、余程事情。皆々集まり、どうしてもいかん、こうしてもいかんやない。これまで道の処、どうしょうこうしょうなぁという事もあって、今日の処に一つ理、これこうのう理に受け取りある。これ一つたんのうに聞かすがよい。




明治三十四年一月二十九日
 吉田楢次郎長女ならゑ次女こう三女おとゑ身上願(旭日支教会役員)
さあ/\尋ねる事情/\、どうも内々一つ事情いかなる事。さあ/\皆々子供々々、どうもならんで。どういう事であろう、日々処尋ねるから一つ事情さしづ。さしづというものは、よう聞き分けにゃ分からんで。道のため一つ事情運ぶ処は受け取りあるで。どういうものもこの理これさしづ。さあ/\よう聞き分け。真の理又先々の処にては、鮮やかなる。又内々これはどうも判然せん。一つよう聞き分けにゃならんで。たすけ一条の理を運んで居るに、何でやろうと思う。一時の処にては、これよう聞き分け。身上の処どう成れこう成れ、前生いんねん子供々々子供、又小児第一障り、夫婦の中の理堪ゆるに堪えられんなれど、救くる中、この理を聞き分け。道があればこそ、成らん中の理聞き分け。いんねんのさんげい/\、いんねんのさんげ。ならん中たんのうするがよい。さあ/\小児の処、どう成ろうと思うやない。さあ/\しいかり踏ん張れ/\。




明治三十四年一月三十一日
 山中彦七長女いわ身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上に一つ事情、何ぼうでもいかん。これがもう一寸と思てる事が、だん/\身上迫る。迫る処いかなる事と思う。尋ねるから、又一つ順序諭す。よく聞き分けにゃならん。身上が迫る。迫れば、内々もどういう事もこういう事も、何も順序。道古い事情にほのか/\事情であろまい。万事聞いて居る。世上見て又内々道理悟り付かねばならん。年限経てば長いもの/\。心で同じ事。この道理から諭す。よう聞き分けにゃならん。道というは、一時に付いた道やない。長い年限、元々掛かりは野原と言うても可なり、空家同様から通りたる。それから年限である。多く年限僅か年限々々、目に見て分かるやろ。又心で分かる。この理聞き分けて、心に一つ事情、身上迫る処/\、身上は余程大層々々。先ず世界道理ある。世界の道理明らか運んで、早く取り調べてくれ。又内々長い道の間通り、世界見てこれも感じにゃならん。これ聞き分けにゃならん。身の処大層。大層なら大層だけの順序運んでくれ。どうなるも一つこうなるも一つ。この心定める台。成っても成らいでもという理は、将来剥げるという事は無い。この順序聞き分けて運んでくれ、と話して置こう。




明治三十四年二月十一日
 峰畑為吉四十一才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ一時事情身上の理から尋ねる。だん/\事情諭してある。いかな事情も諭してある。これより長らえて踏ん張らにゃならんと言葉出したる。これより身上堪えられん踏ん張らにゃならんと。大いに違う。この理聞き分け。所を一つ、今度一時所を変える。所を変えるはなか/\の理である。前々事情はどうなりこうなり型拵え、さあ罪やほこりやと言うて日を送りたる。それから長らえて時時節と言う。時時節事情以て所変わり/\たる理は、道という理から変わりたる。さあ、あちらほこりやこちら罪やと言う中では、何処へどうしょと言うた処が、出けるか出けんか。これ聞き分け。今日はあちらもこちらも理を始まるから、出けた中に身上不足なる。こらどういうもの。共に身上不足なると、必ず持つやない、思うやない。前々あちらこちら罪の事情であった。あちらどうであろこちらどうであろと言うて日を送りたる。それより道開き付いたる。日々の事情から満足せにゃならん、たんのうもせにゃならん。半ばであったらどうである。満足たんのうせにゃならん。前に一つ会長と言うたであろ/\。どうぞこうぞ理を集め。言わず語らず、事情知らん者ある。後々繋ぎ、道理聞き分け。これ聞き分けて、たんのうせにゃならん。皆々立並び、夜とも言わず、介抱して居る。あゝこれ尽した理かと、主に一つたんのうせにゃならん。たんのうすれば、これより一つ理が分かると言う。さあ/\身上の処一時どうとはない。なれど、大層である/\。なれど、大層言わず、聞かさにゃならん。大層とは心々たんのうせにゃならん。家内もたんのうせにゃならん。万事理ある。この理から、夜とも言わず付き添うて介抱して居る。これからたんのうすれば、一寸踏ん張ろか/\。たんのうせにゃならん/\。




明治三十四年三月五日
 上原佐助三女ふさ十七才こちらへ引き寄せ度く願
さあ/\尋ねる事情/\、年限数えるは余程年限。後の年限よう/\理集まり、それより今日の日と成る理大切々々。これまでの理、皆それ/\中の理で養育。これから真実の理で養育。心の理で治めてやるがよい。心通り/\委せ置く/\。

 性は上原家名乗らしたものでありますか、又川合家と名乗らしたものでありますか
さあ/\尋ねにゃ分からんで。こうしょうと思う、どうしょうと思う、一つあろう。それは、主の心にその心添わすが精神。この理聞き分け。容易ならん理、治めてやるがよい。




明治三十四年三月五日
 高井猶吉左の手の障りに付願
さあ/\尋ねる事情/\、身に心得ん事情尋ねる。さあ/\まあ身に心得ん事情尋ねば、尋ねる事情から、一つ何かの事情諭し置く中に、その中という中に、その中という皆惣々理を聞き分け。惣々治めにゃ分からん。定めてくれにゃならん。身に心得んから尋ねる。尋ねたらこういう諭あったと。それ/\事情、これまで身の処から聞き分けるよう諭したる。これ聞き分け。今日の日という/\。時はいつとも分かろまい。分からんが、その中の中にどうも惣々治め難くてならん。そこで、これまで容易ならん中から立ぁて来た。怖わい危ない中通り抜けて来た。なれど、世界前々穢しい処埋って了う事情、事情の際になりたる中の曇り、どうもほこりでならん。皆惣々容易ならん中通り来たであろ。世界花元より無い、これまで事情諭したるから、諭したる処聞き分け。多く中皆の中の理、諭しとてならん。こういう身上一名一人尋ねる。幸にして諭す事情ある。又刻限諭したい。なれど諭し難くい。又幾度諭した処が、その場だけ聞き流し。身上に掛かれば、聞き捨てる事出けん。談じ合い、よう事情聞き分けて成程と治めにゃならん。皆楽な道は通りよい。通り難くい道は通り難くい。成らん中に頼んで戻る者あれば、又何でやろうと言うて戻る者あろ。そういう事ではならん。あれもこれも埋りて良い花咲かし。それではならんで。これうっかりしては居られん。いつ/\障りで諭したるなれど、何の便りも無い。満足とんと与えてない。身上案じる事要らん、案じてはならんで。




明治三十四年三月二十六日 夜
 西村おなつ身上咳くに付願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ/\心得ん/\と、心得んという。前々事情から一つ何かの事もそれ/\中という。前々事情も諭し置いたる中という。皆夫婦と成るもいんねん、親子と成るもいんねん。どうでもこうでもいんねん無くして成らるものやない。夫婦親子と成り、その中よう聞き分けにゃならん。身の処咳く/\と言う。堪いられんであろ。又一つには妊娠であろ。堪いられん処から親といういんねんという処から、どういう処も治め。一人の理ではない。皆んなそれ/\中どうもせにゃならん、こうもせにゃならんと言うは、これはいんねんの中という。道という。扶け合いというは、それ/\諭す。又いんねんの中というは、尚々の事。いんねん、それはやり損うてはならん、運び損うてはならん。前々事情は余儀無く事情。夫婦親子というは深い中、それには又兄弟々々ある。この理何か結び合い/\、この心定め。成る理は言うまで。何かいんねん為す中なら、どうという一時急く事、人という心寄せ/\、心寄せるなら又世界もほんになあ道と言う。速く順序定め。急く/\。妊娠というは、尚々案じる。案じるというは常々の理にある、これ早く一つ早く一つ。

 押して、これまでそれ/\決まり付けさして貰いましたが、尚植谷家の事に付願
さあ/\前々事情、何彼もよう聞き分けにゃならん。いんねんという、親子兄弟いんねん無くしてなろまい。この理からほんに成程というは道の理。すれば何か理合わせ、道の中いんねん聞き分けにゃならん。仕舞になったさかいにというは、いんねんと言えまい。いんねんしたる理は、いつ/\まで結び合うは理、この理悟り付けてくれ。




明治三十四年四月十五日
 川勘五郎三十三才願(島ケ原分教会金亀支教会長)
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身に堪えられん事情尋ねる。遠く所、早業を以て真の理を聞かす事出来難ない。一時さしづ難しい。一つには諭し難くい。身上に迫れば何からやらと言う。道の上から、何でも、何でもないものは何でもない。もう大層大望一つ。この道恐ろしい怖わい楽しみ堪えられん。この一つ万事事情に掛かって尋ねる。尋ねるから事情も諭し置く。この道天然自然という、一時どうしてこうしてと思えども、とんと間違うてならん。又これでこそ思う理である。実という穏やか。人がどう言うこう言うても、天が見通し。見通しが肝心である。一つの心を治めって来る。一時身上迫り大層と言う。大き心を持って、万事に間に合う者は何処へでも間に合う。毒にも薬にも成らん者は、成らん。一時早く心を順序急がしい中に、身上切なみ。めん/\聞き取って、どうでも天然自然の道を通り抜けて往還。始めて何処に知らん。それ/\心から国々から理が下りたる。実の精神からの理下りたる中、怖わい恐ろしい楽しみの理。火の中でも越せるという心を定めてくれ。




明治三十四年四月十九日
 田代卯吉妻きく二十八才身上願(水口分教会理事養嗣子妻)
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上に一時どういう事であろ。まあこれまでいかな事情の処も、道のため世界のためとも言う。重々働きもある。その中に身上心得んなあ、と。よう聞き分けてくれ。身上不足堪えられんである。こんな事でと思う。中によう理を聞き分け。身上かりもの、心に治まってあろう。どういう事も思わんよう。こんな事世界何と思う、心に思うであろ。これ事情に取り直し、道という、明らかであって、ならん/\というは、実を聞いて実と定めるなら、世界いかな自由もあるであろう。中に内々思う。道の十分中の上と言うである。十分の中に、身に何たる事である、心思うでない。自由世界に思わさせん。この理持ってくれるよう。一時ならん/\めん/\それ/\働き十分。これさい取り直し、心を持ってどうなりこうなり自由適えば結構、と喜ぶ。たんのう出来るが、一つ道という。身に不足あって、たんのう出来やせん。なれど、たんのうは前生のさんげ。どうなってもこうなってもという心定め。道の中一つの心を働き、十分この心を持ってくれるよう。又、道の中たんのう。たんのうは前生さんげ。いんねんという、為そうと言うて、成るものやない。成るまいと言うても、成って来るがいんねん。めん/\一つの処自由再々、さゝしっかり踏ん張れ/\。




明治三十四年四月二十日
 浅井勝太郎四十七才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、どうも身上心得ん。だん/\長い間身上心得ん日々であろう。日々事情忘れられん。よう事情聞き取って、いかな事情もしっかり諭し置く。最初掛かりともいう。だん/\運ぶ尽す理は皆受け取ってある一つの理、これだけ順序受け取りあれば、これはなあ思う。これ聞き取れ。言うて聞かす。一代切りと思てはならん。人間生まれ更わり、分からん。めん/\どうこうと言うは、一つの心に治め置け。今まで道を伝うて来て、身上これだけ切なみ。道の上結構の中に、どういうものじゃなあ、心に分かるであろう。その理すっきり忘れて了え。この道末代治まりある。人という、それ/\中遁れん中、一人の中に染まり付くがよい。この理一つの理、しっかり聞き分け。身上案じてはならん。日々皆それ/\中から何と思う、何と言う、この心更に持たぬよう。切なみ心に持たぬよう。いんねんという。長らえて一日の日なりと、これから心を定めて、道という心しっかり染まるがよい。この理鮮やかならねば、暇が要ってならん。何程衣服多くあっても、楽しみ無い。世上のいんねん、夜一夜の間にどうなって了うやら分からん。道の上ならこそ、成らん中切ない中でも通して貰うが、この道。この心を持って、これで大丈夫日々の心に持って、一日々々順序治まり/\、つい嬉しい理頼もしい日見えて来る。たんのう第一。たんのうして、暮らし難くい日も通り、世上一夜一つの理見、たんのう。たんのうは前生のいんねんさんげとも言う。案じんよう、しっかり心を定めてくれるよう。




明治三十四年四月二十四日
 都築竹治四十六才同妻トラ四十三才願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上一ついかな事であろうと、日々一つの理思う。よう事情聞き取って、一つさしづ貰たら、という心であろう。どういう事でと思うやないで。めん/\心で思やんしてみよ。道のため世界のため、この心運んで中に、めん/\身上一つ思うようにならん。よう思やん。たすけ一つの理、心に添うまい。何でなあ、成って一つ、道があって一つ、理があって一つ。一寸事情は大層。一時事情でない。この道に心を映し、順序思うでないで。道の中こんな事と思わんよう。世界何という、道に一度の心を映し、その理あれば何度の理同し事。一代と思えば頼り無い。人間生まれ更わりあろう。よう聞き分け。一時は切なみであるなれど、人間かりもの、いんねんの理あろう。いんねんの理は、人にも諭するであろう。身上切なみあって、たんのう出来やせん。なれど、世界いろ/\の理見て、たんのうすれば、前生さんげともいう。たんのう満足、日々尽した理は、年々月々皆受け取ってある。尽し、働き損にはならん程に。この理早く聞かしてくれ。




明治三十四年四月二十八日
 上田猛楠四十七才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上一ついかな事であろうと尋ねる。事情は、何がどう一つの理にあろうまい。身上に掛かる一つの理思う。何よ半ばという、長らえて道筋どういう事であろう。一時頼り無い。それ/\思う。どういう理で思う。半ば/\何も彼も思う。他に何と言う、世上から何と思う、思わずして、心をしっかり定めてくれ。道に心を映し、尽し運んで通りた。それ/\の理を聞かすがよい。成っても成らいでもという、この心に取り直し、これだけ/\この身上どういう事であろ、世上何と言うはあざない心のもの。一つの証拠から心を尽した理は末代とも言う。この一つの理急ぐで。早く楽しましてくれ。この道、この道あればこそ/\。尽した運んだ理は、皆受け取ってあるという事楽しましてくれ。早く急いでくれ/\。




明治三十四年五月四日
 植谷亀吉身上伺
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上に心得ん、いかな事と思う。尋ねるから、諭し置く。心という一つの理、道という一つの理、この一つの理十分運び、親という、だん/\心を尽し心を尽した理は日々受け取ってある。いかな事で身上心得んと思う心が心得ん。又候々々親共に心を案じてくれる。大きい心に成れ。道というは末代の理。人間一代と思えば頼り無い。何をしたんやらなあ。道というは末代の心。道に付いたる。末代の理。又候なあ、又心得んなあ、すっきり忘れて了え。しっかり心を定め。身は一代心は末代。この心定め。親というは艱難の道を通り、理というは末代。又候々々案じ心は持つな。案じた分にゃならんで。しっかり/\。




明治三十四年五月五日
 吉岡忠左衞門六十五才身上願(近愛支教会長父)
さあ/\尋ねる事情/\、なあ、さあ身上一つ心得んと、事情いかなる事であろう。身上に不足なりて、どうもならんから尋ねる。尋ぬるから、順序事情諭し置こう。身上何でこんな事であろうという。道という理という、一代と思えば頼り無いなれども、一つ道の理は末代の理である。よう聞き分け。所々何も分からず、知らず処から尽した理は、消えやせん。なれど、身上が不足なりて、頼り無いものなあ、身上が不足なりて、どうこう、何でなるとは更に思うな。これまでの道の上に、何か順序尽した処、神が受け取りあるで。さあ/\よくこれを楽しめ。又めん/\は何も思う事無い。又どうやこうや無い程に。尽した理は、将来の理末代の理である。これ一つ心に与えて、満足を与えてくれ/\。




明治三十四年五月七日
 中西殷及び母みつゑ五十九才長男冨九才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、だん/\身上事情、又替わり/\、これではと言う事であろう。どれだけの思やん/\。これではどういう事であろう。めん/\も道という、理という、思う中どうでもならんと言うて尋ねる。尋ねるから一つ順序諭し置こうから、よく聞き分け。こんな大望なる道、皆心に持ってだん/\運ぶ中尽す中、日々受け取りある。又一つ身上に掛かりて来るは、どういう事である。なれども、よう聞き分け。道の上にある。これよいと思う中悪き事当たる事ある。よう聞き分け。その中に身上が判然せんという。これよう聞き分け。これまで知らず/\前生という心も、一つ心に治め。又中にこれだけ運んで、など、これは更に持つなよ。これ皆前生いんねんのさんげである。身上不足なりて、たんのう出来やせん。なれど、世上を眺め。世上の理にいかようの事もある。案じる事は要らん。一時の処にては、これから事情を思やんしてみよ。楽しみはこれから。これ一つよう聞き分け。さあ/\案じる事要らんで。案じた分にゃならん。




明治三十四年五月八日
 井上佐市四十七才身上願(水口分教会理事)
さあ/\尋ねる事情/\、どうも心得んと、どうも心得んという一つ事情を尋ねる。さあ/\尋ねる事情には又一つ諭もしよう。身上がどうも迫る。迫るから尋ねる。これまでどんな事も、どういう事も治まってあろ/\。日々運ぶ尽す。これは日に日に受け取ってあるもの。中に身上どういう事であろうと思う。身上一寸順序大層。一時どうこうはそら無い。なれど余程大層々々。そんならどうと又思う。思うやない。よう聞き分け。これまでの道すがらであったら、何としょう/\、だん/\年限通り来たる。その中、楽しみかと思えばどう、楽しみかと思えばこう、年限の間大望一つ/\治め、一つ/\現われたる理。成程と言うて、今日の日、もう十分治まり、楽しみ中に、これと成らん中であろ。よう聞き分けて人に一つ満足与えてくれ。三年五年後一つ見れば、大層大望一つ集まって、これ容易で成ったものやない。よう聞き分け。半ばであったら、見ず/\と言う。これ一つ楽しまして、どんな事あろうがこんな事あろうが、尽した理は将来末代の理。この心、楽しましてくれ。心に急えて、早く楽しましてくれるがよい。




明治三十四年六月三十日
 西川権六四十六才身上願(山名部内下田支教会理事)
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上という、いかな事いかな身上、どうでもならんどうでもいかん、どうでもならんから尋ねる。尋ねる事情一つ、一寸一つ諭もしよう。これよう聞き分けにゃならんでなあ。さあ/\どういう処聞き分けにゃならんなら、一時の処身上余程大層である。大層なら大層だけ運んでやらにゃならん。どういう理運ぶなら、道の上理の上長らえて事情、身上の処案じて居るばかりでは、どうもならん。身上の処どうもという理、皆々にもあろ。そこで満足より無い。満足与えてくれ/\。どういう理とも分かろまい。満足というは、道という。理というは将来という。将来は末代の理である。人間一代と思えば、頼り無い。なれど、道の上年限一つ十分の中に、皆受け取ってある。これ聞かして満足与え。もうどうなってもこうなってもという理を聞かし、満足はこれより無い。早く一つたんのう与え、道の上についてこんな事と思わず、後々続く理治めてやるがよい。早く/\。




明治三十四年七月一日
 石垣作太郎身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上一つ一時いかな事情どういう事であろう。もう何でも無き事ならそのまゝ。尋ねるから、諭し置こう。身の内一つどういうもので悩む。どういうものである。たすけ一条、何かそれ/\諭する事情、成っても成らいでも通り行く事情であろ。それに身上どういうものと思う理、心をよく治めてくれ。身上不足いろ/\の心も出る。身上不足あれば、こんな事でなあ、そら思う。思う心を聞き分け。この道というは将来末代の道。人間一代切りと思うから、何よ頼り無い。ほうと思う。道の理末代の理、最初は結構々々と言う。年限経って何処に留まるどうなるこうなると、分からなんだ。年限経って道の上世界不思議に大きな道がある。一代と思えば頼り無い。有るもの無くして艱難して居る。この理世界道があろ。よう聞き分けて、たんのう。この道一つの心、だん/\心を尽して将来は末代。尽し損でない程に。この理しっかり治めてくれ。事情は通りても通らいでも、通りて行けば、将来は末代も同じ事と治めてくれ。さあ/\しっかり踏ん張れ/\。




明治三十四年七月十七日
 木戸上庄右衞門身上願
さあ/\尋ねる事情/\、身上が長らえて自由という。心がどうでもなあ発散せん、どういう事であろと、長らえて事情ならん/\から尋ねる。尋ねるは、順序諭し置くが、よく事情聞き分けにゃならん。道のためもう十分尽し、内々も一つ理、どうでもと一つ真から作り上げたであろ。もう十分なる処、皆受け取ってある。尽し損にならん程に。運び損にならん程に。この理は取ろと言うても取らゝせん。離そと言うても離さらせん。世上という理眺めて、よく聞き分け。もう万人の中/\世界運び尽し、この理万劫末代の理である程に/\。この一つ理聞かしたい。一時早く、一時身上どうなろうと言うやろ。一時理ある。こんな事と思うな。世上には、どのように有ったて、一夜の間に無くなる者もある。何したんやらという理もあろ。皆見て居る、聞いて居る。よく聞き分け/\。尽した理は末代の理の台と言う。この理どのように思ても無い。容易なる事やない。今の事は何じゃいなあと言うは理なれど、よく聞き分けて、成程と言うは、身上の処一寸と言う。さあ満足与えてくれ。尽した理は何処へも行くのやない。無くなそと言うても無くならせん。世上へ皆報うてある程に。そんなら身上と言う。そうやない。道尽し運んであったら、何じゃいなあという道踏み留まってある。この理楽しんでくれるよう。




明治三十四年七月三十一日
 吉本松太郎養長男英治八才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ小人身上さあいかな事、どうでもならん/\、どうでもならんから尋ねる。尋ねるから理の諭もしよ。いかな事も聞き分けにゃ分からん。まあ/\道のためと言う。道は、だん/\運べども尽せども、理は楽しみの理なれど、内に有る無き理は無い。有るという無きという、子供こういう事でなあ、これ一つ子供有るも一つ無いも一つ、有るも無いもいんねん。この心得一つ、万事一つ諭し置く。親という理小人どうしてもなあ、有ると無いと聞き分けてこんな事と更に思うな。小人親という理に成って、無いも有るもこの理聞き分けにゃならん。為す一つ理、事情は余程迫りてある。なれど、ほんにそうであるかと言えば、又一つこれ諭し置くによって、一時聞き分け。一時聞き分けて、真に理が治まるなら、又暫くと言う。




明治三十四年八月十日(陰暦六月二十六日)
 鴻田忠三郎七十四才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上に一つ事情心得ん、いかな事であろと一つ尋ねる/\。尋ねにゃなろまい/\。尋ねるから一つ理をしいかり諭す。一時一つ理を聞き分けて十分たんのうさすがよい。たんのうすればよい。さあこれまで道すがら、どういう理こういう理も通り、重々通りた理に一つあたゑという一つ理を諭し置く。よく聞き分けて皆々の者もよう聞き分けて楽しまにゃならん。よう聞き分け。一代やない、一代と思てはなろまい。末代という。もう後々十分継いである。尚々後々という、十分結んである。後々十分結んである。十分の理に結んであるによって、主にも聞かして十分たんのう。さあ一時ではない。なれど通りてある処からそれそれ聞き分けてたんのうしてくれにゃならん。もう一時長い/\。長い年限の間、長い年限の間に一つ、もうどうであろうという日もあったやろ。又兄弟々々それ/\一つ不足も無く、これ十分たんのうしてくれにゃなろまい。誰言うのやない。よう聞き分けてたんのうしてくれ。一時やない。もうそれはどうこれはこうと、存命の間に十分たんのうすれば、重々末代の理である。後々十分結んであると諭してくれ。十分たんのうするであろ。




明治三十四年八月十六日
 高室清助三十六才身上願(山名部内台北教会長)
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上に心得ん事情/\いかな事と思う。どうでもいかん、どうでもならん。長らえてなら、めん/\心煩うやろ/\。煩うやない。一言諭す。よう力添えてやってくれ。この道と、どれだけの発明な者でも付くものやない。皆天然追うて道出て来る。長らえての間/\、遠く厭わず、何でもと言うて通りたる処から、身上どうとめん/\又皆々あろ。よう聞き分けて、満足与えてくれ/\。近い所/\はどうでもなる、遠い所なか/\。事情身上からさしづ及んだ理は末代々々。人間一代と思えば、何たると思う。そうやない/\。身上の処又候と更に持たず、一日の日も万日に及ぶと、しいかり心定めるよう、諭してくれるよう。




明治三十四年九月十七日
 西村喜之助次男喜代蔵一才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、たゞ一つ小人と言うやろ。小人に何の事情一つ、これ有る無いは分かってあろう。後重なりて事情、重なって何であろ。事情日々一つ堪いられん事情であろ。この一つ事情どうせえこうせえ、どうせにゃならんこうせにゃならんとは、こら言えん。なれど、前々に事情前々に事情、又前々に事情、皆さしづに一つ/\諭し置いたる。一々数え、又分からん処尋ね合い/\、ほんにそうであるか/\、これよう思やんして、万事一つに留まる順序諭してある。この一つ事情しいかり改めて聞き分け。小人の処何言うも一つ/\一時どうとは無い。なれど、小人に大層。これ一寸諭し置こう。

 押して
さあ/\何か心に掛かる事は、心に掛かる事は、どうであろうと、それ/\中に相談話し合い、何か事情何かどうと理が出る。古きさしづに諭してある。これよう聞き分けてくれ/\。




明治三十四年九月二十三日
 政田甚五郎五十二才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、身上という一ついかな事であろう、一つ尋ねる事情、尋ねる事情には又一つさしづという理を、これ一寸して置こう。よっく聞き分け。さあ/\長い間/\に、あれこれどんな日もあったやろ。こんな事と思た中、これ道の中、又年限追うてやれ/\と思う中に、身上あゝと言うは、余儀無く事情尋ねる。尋ねば、さしづ及ぶ。よう聞き分け。身上不足なるとは思うな。身上不足なるとは思うな。未だ/\先長くと定め。道の上ならこそ、道の上ならこそと、心定めよ。よう聞き分け。人間という、たゞ一代切りと思たら、頼り無い。人間一代切りとは必ず思うな。そこで一つ理がある。皆生まれ更わり、出更わりという理聞き分け。親が子となり子が親となり、どんな事もほんになあ、よく似いたるか/\。この一つ姓ありて現わしたる。この理聞き分けて楽しめ。こんな事ぐらいとしいかり定め。とても/\及んでからはどうもならん。日々不自由と思わず、心改め、しいかり踏ん張れ。しいかり踏ん張れば、未だ/\長いで、未だ/\長いで。




明治三十四年九月二十五日
 上田与三郎四女こいと十七才身上願(奈良支教会役員)
さあ/\尋ねる事情/\、さあ/\身上々々という、身上事情いかな事であろうと尋ねる。何がどう何がこうという事情には、何もあろまい。なれどよう聞き分けにゃならん。一寸事情諭し置こう。まあ/\どんと定め心持って所立ち越して入り込んだ事情、又台という事情しいかりせにゃならん。又内々子供不足何か治め方、又内々事情もあろうか。分からんから事情運び、何どうすれど鮮やかならんから尋ねる事情は、そこい/\誰々又誰、所々所には又理もあろ。万事しいかり聞き添いせにゃならん。又先々は内々台であるから、その台とんとふわ/\したもの。ふわふわではならん。皆世上理を固めるには、それ/\理以て事情、世上の理は皆元にある。元からしいかり力添いるは理。その力抜けてはならん。一つ台拵いたら、台しいかりせにゃならん。ふわ/\ではどうもならん。そこで、これまではこう、これからはこう、と理は世上にある。世上固まりて、あちらにもどう、こちらにもこう、と皆出けてある。こちらはどうもなあ、どうもなあやない。皆同じ理治めたる。なれど、台ふわ/\ではどうもならん。ふわ/\では世界固まるか。皆固まるから、今日も賑やかであったなあ、今日も結構であったなあ、と言う。これ台にある。この心聞き分け。皆同じ家内。さあ身上一寸には行かん/\。なれど、案じる事要らん。内々事情治めてる者も、ほんにそうやなあと言えば、身上鮮やかなもの。これ一寸諭し置こう。

 押して願(台という処御諭し下されましたが、担任は息子にでも変えたものでありますかと願)
さあ/\尋ねにゃ分からせん。若い者じいとして居て世界固めらるか。固められん理は世界にある。皆若き者しいかり働かにゃならん。たゞじいとして居ては、世界鮮やか花咲こう道理は無い。これしいかり聞き分け。




明治三十四年九月二十七日
 石井治太郎妻志げ四十七才身上願(越後村松出張所担任)
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上々々どうも一時心得ん。だん/\日は経てど、一つ理が無い。いかな事であろう思う処、成らんから尋ねる。尋ねば又さしづに及ぶ。いかな事情もよく聞き取れ。これまで長らえて道となって、一つ理運び/\道尽した理は、しいかり受け取ってある程に。尽し損にならん程に。何したんと、必ず思うやない。十分受け取ってある。尽した理は、日々心受け取ってあれば、身上の処なあと、又一つ心に起きるやろ。よう聞き分け。人間は一代と思うから、身上事情あれば頼り無いと思う。一つ身上いかな事情、何も知らず/\理であったなれど、道というこの理末代理である。すれば、よう聞き分け。短い/\と思う。短いと思てはならん。長いという、長い心持たにゃならん。長いという心の中に、身上自由なあと思う処、取り直し。末代という理は、これより無い程に。皆生まれ更わり/\と言う。よう聞き分け。この理分かれば、日々苦し中に楽しみあろ。身上悩む。身上悩む処、世上眺め。世上眺めば、いかな理もある。どんな理も世上にある。この理聞いて心にたんのう。内々どうであろうという中に、何のたんのうは出けん。なれど、世上にてたんのう。成らん中のたんのうは前生いんねんのさんげえである。身上の処大層。一時でないなれど、満足与えて、楽しみ付けてやれ。運び損にならん程に、尽し損にならん程に。末代の理に受け取ってある程に。これしいかり聞かせ。




明治三十四年十月十七日
 今村五平六十三才身上願(水口分教会役員)
さあ/\/\尋ねる事情/\、さあ身上障る事情尋ねる。さあいかなる事もだんだんさあ/\どうもならんと思うであろう/\。さあ/\一時の処、身上大層。又大層なら大層のよう、心の楽しみさゝにゃならん。長らえて/\この道だん/\通り、いかなる事も運び尽した。それ/\の処、どういう事であろうと、一時思うやろう。なれどよう聞き分け。十分尽した理、受け取りある。理は末代の理に受け取りたる。この心の理楽しましてくれ/\。尽した理は尽し損にはならせん。これよう聞き分け。理は末代。一代と言えば頼り無いもの。理は将来末代である。しっかり聞き分け。一時どうとはない/\。これ楽しませ/\。満足を早く与えてくれるよう。




明治三十四年十月二十三日
 上次田寅吉妻クマヱ四十四才身上願(桜井分教会部内五条支教会所)
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上という/\、いかなる事であろう、どうしてこうして思えども/\、身上になあいかなる。皆それ/\寄り合うて、だん/\と諭する中に、身上に一つ理無い。ならん。ならんから尋ねる。尋ねるから又一つ事情諭し置こう。身上という、事情余程大層なれど、一つよう事情聞き取りてくれ。一時に一つ一時理長らえての理と言うてあろう/\。よう聞き分け。一時どうとはない。なれど、余程大層。この道の理楽しみ。人間という一代と思えば頼り無い。一代と言うたら頼り無いもの。さあ/\よう聞き分け。何でも彼でもと思うた日あろう。どうなりこうなりあら/\の楽しみの中に、身上不足なるが、又一つ事情よく聞き分け。これ一つ身上ならん中の理たんのう。又一つ理治めてくれるよう/\。




明治三十四年十一月五日
 清水勘吉四十四才左合うた三十三才縁談願(島ケ原分教会部内高座支教会長清水、河原町分教会部内岐阜出張所信徒左合)
さあ/\尋ねる事情/\、縁談一条理尋ねる。尋ねるから、順序の理諭し置こう。さあ/\縁談あちら年こちら年と言う、又理と言う。皆それ/\の心添う。又理も添う。十分々々一つ心を結んだ/\一条、早く順序の道を運ぶがよい。さあ許し置こう/\。




明治三十四年十一月九日
 山下菊太郎母ひさ五十八才菊太郎妻三十才身上願(水口分教会理事母及び妻)
さあ/\尋ねる事情/\、なあさあ身上という。さあ尋ねる事情もうどうでもこうでも、ならんから尋ねる。さあならんから尋ねる。何が違う間違う、尋ねる処、よう思やんせにゃならんで。間違い何処に有るか無いか。間違い無い所という一つ理、国々という一つ理、間違いありては通らりゃせん。又一時身の処どうであろうこうであろうと思うが理や。一つ尋ねるから諭し置こう。この道というものは一つ/\、まあ将来は末代の道である。人間一代と思えば頼り無いものである。よう聞き分け。この道容易大抵で出来た道やない。又一つよう聞き分け。これだけ尽す運ぶ中に、どういうものでなあと思うやない。必ず思うてはならん。さあ身上切なみ悩む中、たんのう出来やせん。さあよう聞き分け。人間同じ神の子供、難儀さそう不自由さそうという親は無い。さあ/\又一時迫る処、一時どうとは無い。なれども身上大層。いつ/\までも結構という事情将来の理定め、取り決めてくれ。この一つの事情を以てたんのう一つ聞かしてくれ。一時どうとは無いが、身に不自由ありて、たんのう出来やせん。が、不自由の中にたんのうするが、前生いんねんのさんげである。これ一つ、よう聞き分けてくれるよう。




明治三十四年十一月十五日
 西初太郎妻やす三十才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上という、どうもいかなる事であろう、どういう事であろう。一寸長らえての事情なら、どういう事もこういう事も、皆聞き取って、道という。道は最初は所に何も無かった処、どういう理も無かったであろ。なれど、精神一つから、どんな理もそれ/\集まりて中に、身上どうであろうこうであろう、一日の事情は余儀無く事情尋ねる。尋ねるから順序又理諭し置こう。さあ/\身上何で悩む、どういう事であろう、と思うやない。必ず思うやない。なか/\の道通りたる。長らえての間、一日の日以て通り、長らえての年限であろう。さあ/\又日々の処、あちらこちら順序理事情、そこで皆思う。これしっかり理聞き分けにゃならん。道から一つ諭して居る理もあろ。一つ道、これよう道定め、道治め。万事の中の理、身の中に不足なる。又どうであろう。事情よう聞き分け。皆日々の中、一つめん/\もなあ、この一つの理、よう聞き分けにゃならん。身上悩む。どうでもいかん。何たる事や。悩む中にたんのう。これ前生いんねんのさんげえである。よう聞き分け。難儀さそう、不自由さそうという親は無い。この一つの道理聞き分け、たんのうせにゃならん。尽した理は末代理に治まりたる。時々の事情よう聞き分けにゃならん。しっかり/\。一時どうとは無い。なれど、余程大層。身上不足なりて、なか/\たんのう出来やせんが、世上々々理を見て、たんのうせにゃならん。尽した理は、末代の理にしっかり受け取りてあるで。心にたんのうさすがよい。




明治三十四年十一月十七日
 岡川治右衞門四男一治一才身上願(甲賀分教会副会長伜)
さあ/\尋ねる事情/\、小人という、いかなる事情どういうものと思う処、皆々何かの事も聞き分けにゃならんで。小人障りという、どういうものこういうもの、何でもいかん。いかんから尋ねるやろう。尋ねるから一寸一つさしづしよう。さしづというものは、よう聞き分けにゃならん。一代理さしづ事情はどういう事情間違うという、間違いの一つ理。間違うから、どういう事も何よの事も心得から尋ねる。一寸さしづという、この理聞き分けにゃならんで。身上悩む、どういうものと思う処尋ねる。さしづ理将来守らにゃならん理を聞き分け。何たる事と思うな/\。何でも彼でも親と言うて子を育てる一つ理、よう聞き分け、この道と親と一つ年々に理添うたるもの。そこで、どうでもこうでも小児という、子供、親の育てようにある。良い花咲かす、咲かさん。良い花咲けば楽しむ。めん/\一名一人の心に掛かり来たる。日々の処思うやない。子供身上よう聞き分け。救けにゃならん、救からにゃならん。道の理、小児の処、日々心を病んで居た分にゃどうもならん。何ようの事めん/\どうなりてもという心を定め/\。実の心に真の心が無くばならん。これ皆々中、役員数々の中の理、よう聞き分け。めん/\はどうなりてもこうなりても、心、実の心に赴かにゃならん。どうなりてもこうなりても、道という理という、この一つの心を治めてくれ/\。一寸に行かん。ほんにそう。又成っても成らいでも、めん/\はどうでも、という心さえ治めてくれにゃならん。広きものと、これ一つの理に諭し置こう。




明治三十四年十一月二十九日
 岡田藤五郎長男辰蔵三十四才眼病に付願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上にどうも心得んと言う。いかな事であろ。これまで何よの事も事情は十分聞き、それ/\からそれ/\皆話聞いて居る。何ぼうでも速やかならん。何でもいかん。尋ねるから、諭しもしよう/\。諭しもしようが、よく聞き分けにゃならん。身上というは、よう聞き分け。それは言うまでやない。皆聞いて居る。かりもの/\と言う。かりものならこそ、めん/\まゝにならん。日々暮らす中に、不自由あろまい/\。なれど、身に不自由はならん理であろ。これよう聞き分けて、成程そうやなあと、理に嵌まれば、随分ならんやない。よう聞き分け。身に不自由ありてたんのうは出けん、たんのうは出けん。なれど、身に不自由の中たんのうは、真の誠。かりもの/\聞き分け。どれだけ有っても身に不自由あれば、何の楽しみも無い。又あろまい。身に不自由あれば、日々楽しみは無い。よう聞き分けて、ほんにかりものと言う。かりものならこそ、自由出けんと、十分改めるよう。これ一つ諭し置く。道という理は、容易ならん。尽し運ぶだけは、日日十分受け取ってある。受け取ってあれば、身上鮮やかならんというは、どういうものと、又心にほのか理に映るであろ。そうやない。世上一つ見てたんのうせえ。身上案じる事要らんが、世上見てたんのうせにゃならん。ならん中からたんのうは真の誠。よう聞き分け。経って了てはならん。よう聞き分けて、これで十分という。これだけなら十分結構という。将来これだけならと、聞き分けにゃならん。ならん中たんのうは前生のさんげえと言う。さあこれより案じる事要らん。




明治三十四年十二月二十一日
 岡本久太郎長女ナヲ二十六才山崎直吉弟熊楠二十九才縁談事情願(靱支教会長岡本、日方支教会会計山崎)
さあ/\尋ねる事情/\、縁談一条尋ねる縁談一条尋ねる。縁談一条尋ねるが、皆それ/\の心という/\、それ/\という親々という、実際心運び、人々という心台、これ第一。又親々これでよい/\と尋ねる。尋ねるから一つ諭し置いたる理あろう。一度尋ねる事情は、何でも彼でも道という理という処から、結ぶ/\。一日の日将来心無くばならん。もう成るもいんねん成らんもいんねん/\。この理聞き分け。聞き分けば、縁談程楽な事は無い。なれど、心変わればどうもならん。そこで、一日の日将来の理なら、よい。その心で通るがよい。その心に縁談一つ結んでやろう。
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posted by 朱夏 at 11:20| Comment(0) | TrackBack(0) | おさしづ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月01日

おさしづ補遺(明治三十三年)(公刊おさしづ第七巻より)

おさしづを読む前に、「おさしづを身近に」をご参照下さい。
天理教勉強blog: おさしづを身近に。

おさしづの順は、公刊おさしづに準じています。
但し、旧字は常用漢字に改めています。
また「割書き」部分は文頭を一段下げることで、おさしづ本文と区別しています。

教語、人名など、検索機能をご活用下さい。
天理教勉強blog内検索

誤字脱字等あれば、コメントにてご指摘下さいますよう、お願い致します。




明治三十三年一月九日
 明日河原町へ桝井、山沢行く事願
さあ/\尋ねる事情/\、何かの事情も尋ねにゃ分からん。出越す処何時でも許す。あちらこちら人々日々事情、それ/\だん/\出越してる処、つい事情。そこで一日三四日向こへ移すがよい。

 延ばす事でありますか
さあ/\尋ね返やす/\。皆々あちらへこちらへ、余儀無くだん/\事情にて出越したる。それ/\中に談示事情もある。そこで三四日移すがよい、と言うたる。

 向こへ移す事でありますか
さあ/\向こへ/\。




明治三十三年一月二十二日
 松尾芳松四十才居所障り伜雄太郎目の上の出物願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ/\内々に一つ事情身上に掛かり、いかな理であろうと思う。まあ内々事情から諭す。年限長らい一つ/\通り思い掛け無き事情、道理諭す。よく聞き分け。内々事情あったら、どうもならん。他に事情諭して、たゞ言葉一つの理で身上捌ける理、聞き分け。仮名な理。どうせこうせこれは言えん。そこで聞き分け。どういう理以て運ぶやない。たゞ仮名な理から、鮮やか理世上理あんのであろ。よう聞き分け。内々何でもこういう事であろ、どういう事であろ。内々聞き分け、よう聞き分け。年限の内にも豊作もあれば不作もある。この理から聞き分け。他に一つ道理、見れば恥かしいなあ、無いよう。将来結んだ理は末代理である程に。そこで内々たんのうしてくれるよう。




明治三十三年一月二十二日
 田中豊七五十五才身上願(山国部内)
さあ/\尋ねる事情/\、身上一つ事情、一時尋ねる理というは、いかな理も尋ねにゃ分かろまい。日々事情年限事情、日々運ぶ理は、日々受け取りあるものなれど、長らえて身上困るから事情出けて来る。一つ国のため道のためと思い精神運ぶ中に身上、いかな事。こうして道のため運ぶ理に身上不自由、世上に何と思うという理が沸かす。一巡諭し置く/\。身上余程事情。心に理がどうも結ぼれてある/\。よう聞き分け。所々へ人々に諭す中の理ある。世上にはどんなならん難もある。同じ人間の理なら、世上大き難を見て、心に楽しみ。どうも不自由中たんのう出けやしょまい。なれど、難の中にもどんな難もある/\。よく聞き分けて皆たんのうしてみよ。たんのうは前生いんねんのさんげえ。よく聞き分け。一時どうとはない。まあ一つたんのう治め。戻りて聞けばたんのう出けやせん。同じ理ならん理、世上一代。難聞き分けば、めん/\出けんやない。又日々大切理あればたんのう、皆結構と言う。そこで事情治まれば、身の処も治まるやろ。




明治三十三年一月二十七日
 伊東宇三郎三十一才身上願(湖東支教会阿仁出張所理事)
さあ/\尋ねる事情/\、身上の一つ事情尋ねる。さあ/\いかなる事と思うやろ。さあ/\身の障りと言うて皆話する。身の障りの諭したる。たゞ言葉の理で遁る、救かるというは、よう聞いて居る。さあ/\道のため世界のため日々運ぶ処日々受け取りある。たゞ人間というは、何とも無くば何とも思うまい。身上不足なる。年というは、未だ/\盛りと思う中、身上こういう事と悔やむやない。よう聞き分け。幾つ何十というは、理無くしては、たゞ幾つ何十何才と言うだけ。尽した理は末代。一代と思うから、こんな事という理が出る。よう聞き分け。身上の処一時どうとは無い。なれど、余程大層。なれど、内々の心尽してこんな事の事情世上から何と思うと、更々持たず、諭す事情、いんねん事情皆諭す。又めん/\諭す同じ中という。皆知らず/\の道、何も道の処から運び掛けたんであろ。道の心末代という理に持つがよい。尽し損にはならん、必ず運び損にはならん。末代一つ内々事情、これだけ身の悩み世上何と思う。同じ神の子供、難儀さそう不自由さそう理は有るか無いか。聞き分け。世上何と言う理治めてみよ。同じ理なら、内々に居てこうとすれば、結構と。成らん中一つ/\治め替えるが、一つさんげいである。一時難しいと思わず、心楽しましてやるがよい。




明治三十三年二月八日
 大東長三四十八才身上願(平安役員)
さあ/\尋ねる事情/\、どうも身上という、どうも一つ心である。身上尋ねる。身上不足どう思えど、めん/\身上どうもならん処聞き分け。まあ一つ心は一代やあろまい/\。心一つ理は二代一つ理、よう聞き分け。聞き分けるには、どうしてくれこうしてくれ、又どうせにゃいかんこうせにゃいかん、こら諭せんなれど、道理という理、聞き分けてくれ。どれだけのもの多分、不自由無けれど、身上不足、どうも不自由であろ。よう聞き分け。この道という。道に一つ心映した限り、よう聞き分け。人間という何度生まれ更わり、映してある。めん/\心で思うようならんがかりもの。かりものなら、いずれ/\一つの理がある。道又他に何心無く、心理にあゝどうしたんぞいなあ、何がしたんぞいなあ、という事もあろ。この道という、蒔いた理は、何処でなりと生いる。生いたなら楽しみ。どうでもこうでも年限の内に何ぼ仕末した処が、落ちる日が来たら、どうもならん。よう聞き分け。世上の理聞き分け。道の理にしいかり治めたら、落ちよと言うた処が、落ちらゝせん。なれど、自業自得という。自業自得で、落ちて掛かればどうもならん。なれど、道という、多く中より育てる理ある。これだけどうしてこうしてという心あったて、運ばにゃ何もならん。お前どうせえこうせえとは言えん。尽した理はほんになあ。世上眺め。世上に理映りてある。どれだけどうこう思ても、崩れる日が来たら崩れにゃならん。どうもならん。世上何たる事情見てくれ。種さいあったら何処でなりと芽が吹く/\。よう聞き分け。何ぼ不自由しょうと思えど、不自由出けん。あたゑという。どうせこうせ言わん。心改心の理は受け取る。年々多年した者/\、心に苦しみさす者あろまい。よう聞き分け。心に楽しみ、心に一つの理が第一と言う。




明治三十三年二月九日
 市川助次郎三十八才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、身上という、身上が一つどうも長らえ心得ん。又道々の理を聞き分けすれば、一つの心勇む。この心聞き分けにゃならん。この道というは、成らん事せえとは言わん。又一つどうせにゃならんこうせにゃならん、と言うのやない。たゞ心、心から事情。今一時迫り、二度の迫り、皆話聞いて、大望切なみでも、追々安心道一寸あったであろ。この後冴い返いり、冴い返いるというは心であろ。冴い返いる理、聞き分け。一度の理で、さあと言うは道理。楽々というは、真実治まり。安心なりてと言うは、又安心。一時冴い返いりた。理無き者/\、よう聞き分け。人間というは、一代と思うから淋ぶしいなる。理は末代。内々よう聞き分けにゃならん。何をしたんぞいなあ、と言うてはならん。この道という、尽した者を他に捨てゝ置かん、というは、続く理。続く理は末代の理。この理早く聞かせ。一代切りと思えば、頼り無きもの。又後々放ぅて置けん捨てゝ置けん、と一つ心寄るは末代真実治まる。又後々順序道あるによって、こうなればと、心休めて了てはならん。成っても成らいでもという。これだけ心治めたらと。後案じてはならん。だん/\種という。種あれば、物け出けるは理。良き年も悪しき年もある。なれど、年限続くは、末代の理である程に。




明治三十三年二月九日
 植谷こう身上事情願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ/\尋ねる事情第一々々々々、ようこれ話というものは、よう聞いて居る。最初事情以て誠という。それより付き来たる事情、この事情から思やんして、今というは今、世上世界だん/\、それからそれ/\だん/\話す。又先々出て話すれば、思やんせにゃならん。一時掛かりて来たら、どうもならん。よう思やんせにゃならん。最初は同じ心で分かる。だん/\年限というは、皆心という理あろ。心思やんして、心の理取り替えにゃならん。よう思やんせにゃならんなれど、心理という、治まれば自由。第一の理に曇らしてはなろまい。曇りはどうもならん。そこでよう聞き分け。諭す。取次言い難くい事も言わにゃならん。諭し難くい事も諭さにゃならん。中に曇りあるから案じにゃならん/\。取次早く順序早く諭せにゃならん。十分出るもの出んという。理が無い。一時一服という、気が付けば一服、後治めという。皆三服一つ理で、時々という。これ聞き分け。その心日々用いって通るなら、案じる事無い。案じる事要らんで。遠く所、何でもない先々、先の先なら薄かろ。又元という、元々曇りありてはならん。めん/\明らかは実、明らか一つより頼り無き程に。これよう聞き分け。




明治三十三年二月十一日
 植谷こう出産事情願
さあ/\尋ねる処/\、前以て事情尋ねた。さあ/\成る道もあれば、成らん道もある。成らん処、皆々治まれば、どうぞこうぞ見える。なれど、順序諭し難くい、と諭した理ある。一時未だや/\と思うは、今一時であろ。前々家内又々こんな事あってはなるか。多く中/\角目々々の中ありてはなろまい。いかな事どういう事、中に大き理あれど、大き理、立たねば大き理と言えまい。これ台である。まあ余程迫りある。万事心運び/\、まあどうしたらよかろ、こうしたらよかろ、一つであろなれど、発散々々。身が二つと言えば、十分の発散。一時事情一つ/\分からん。未だや/\思い出す。こんな事、ありてはなろまい。先々遠き近き同じ一つの事、この事情聞き分けてくれ/\。これ一つ第一である。一時迫りある。鮮やか順序運ぶなら、又事情。

 押して、世界の事情運んで宜し御座りますか
さあ/\尋ねる処/\、それはどうせにゃならんこうせにゃならん、と言えまい。一時見難くいであろ。又一つ運んで事情日々である。分かる分からんはあろまい。一時どうせこうせえは、言えまい。さあ/\早く一つ/\。




明治三十三年二月十一日
 岩谷源治四十七才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、事情は身上心得んと尋ねる。身上心得んやないで。万事の処に掛かりある/\。人を眺めりゃ、どうもなあ/\、これ日々忘れられん。道日々通りた理は、一時流れる大水も同じ事/\、山崩れる潰えるも同じ事。どうして一つ理を踏み止め/\。だん/\堪いられん身の悩み、堪いられん日柄であったやろ。道というものは長い道。日の長いも同じ事、月の長いも同じ事。身の悩み案じてはならん。今まで山坂越え、深き処あちらへこちらへ通りたる。心という理無くば、付けらりょまい。働く/\。何ぼ働えても、働き損かいなあ、と思た日もあろ。成らん/\処通るは、先々の理である。案じる事要らん。春々、春は日も長い月は長くと、心にどんと治めるよう。さあ案じる事要らん。




明治三十三年二月十二日
 島田善吉妻小春三十七才身上願(船場役員)
さあ/\尋ねる事情/\、どうも身上に一時堪いられん事情尋ねる。日々それ/\替わり/\の理を諭す。理を聞かす。尋ねて諭す理も同じ事情同じ理。これ聞き分け。どうも道を運び道を尽す中に、どうも内々身の切なみ、ならん中日々であろ日日であろ。なれど、どんと心を日々定めくれ。どうしてくれこうしてくれ、こら言えん。言えんが、台を諭してやろ。成っても成らいでもこの道という末代理。心にこうして道に付いて道忘れさいせねば、何代替わりても同じ事情同じ理。心が台。心は末代の理。よう聞き分け。この道という、放って置くにも放って置かん。世上から一つの理。知らんは人間心、人間は一代である。この道心映して成っても成らいでもという心治めるなら、何程あっても世上から助けるという理があるがこれ道という。世上台。不自由難儀尽し果てたら、どうするかと思う。なれど、尽した理は生涯末代。楽しみ心の理、天に受け取りある。よう聞き分け。人間は一代、生き通りとは言えまい。心は末代生き通りと言えば楽しみ。尽した理は、放って置かれん、捨てゝ置かれんが理。年々こうのうによって放って置かれん、捨てゝ置かれん末代の理。これをよく聞き分け。一代と思た分にゃ頼り無い。後々どうなると思たら、頼り無い。よう聞き分け。身上大層々々なれど、どうなってもこうなってもという心治め。先々子供どうなると案じある。案じる事要らん。尽し方一つの理にある。天より受け取ったる理は、捨てよにも捨てらゝせん。ほかそにもほかさらせん。成っても成らいでもこの心治め。




明治三十三年二月十二日
 奥田秀丸二十八才身上願(宇陀支教会所)
さあ/\尋ねる事情/\、身に一つ心得んという理から尋ねる。尋ねるからは一つ事情諭し置こう。皆それ/\だん/\の中から聞く理も同じ一つの理であろう。諭す理は同じ事情。どうも長引くなあ/\と思う処、不自由諭し置く。よう聞き分け。身に一つ不足なる思うな/\。身に一つならんであろなれど、心から改めて見るがよい。身上かりもの伝えきって居る。かりもの自由ならん処聞き分けてたんのう。身に不足ありてたんのう出けやせん/\。しいかり諭す理を聞き分け。成って来るも一つ、成って来んのも一つ、この理聞き分け。この道これだけ運ぶやこそと、たんのう中と言えば理が治まる。成らん不足あったらと思えば、一つ赴く。たんのうせにゃならん。身に不足ありてたんのう出来やせんなれど、かりもの一つ/\理から難を見る。これで一つの理が遁れるか。世上にどんな理もある、国々にどんな理もある。些か理楽しんでくれ/\。尽す理は日々受け取りある。尽し損にならん。しいかり聞き分け。受け取ったる理は末代の理。身に不足、世上見れば皆たんのう出ける。たんのうは受け取る。案じる事要らん、案じた分にゃならん。




明治三十三年三月十一日
 中野仲太郎母せつ四十五才目の障りに付願
さあ/\尋ねる事情、身に一つどうも心得ん/\、いかな事、これまでどういう理、これまで道に心映し、どうよこうよ年限経ち、これでという処から、身上どうもいかん/\、尋ねる。尋ねるからは、一つさしづする。どうでもこうでも、この道無理に勧めてなろまい。心から道運べば、皆一所であろう。尋ねるから許してある。心置き無う/\、よう諭してくれ/\。案じた分にゃならん/\。こんな事と思うてはならん。どんな事でも自由諭したる。身上不足ありて自由とは思われん/\。心に取り難くい/\。もう安心と言う、成っても成らいでもと言う。これまで分からなんだ。今からなれば、末代の処へ結び込んで貰た。やれ頼もしい。これより結構は無い、と言う。これ一つ諭し置こう。




明治三十三年三月十二日
 岩谷源治四十七才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、前々から事情長らく身上事情、だん/\心得ん、身上が心得ん、日々の処思う処、一時迫る。一つ心さあ成ろまい/\。後々思えば、何とあろ。身上迫る。後々何とあろ。どうでもこうでも思う。どうでも一つ諭す。身上迫る。後々通りた道あればこそ、と一つ事情何とも譬えられん、と思う。身上迫り、成っても成らいでも、道というは将来末代の理。この理定め。一時どうとは無いが、身上思う。そうやない。これまで通りた理があればこそ、末代の台と言う。身上一時堪いられんと言う処、一時話さずして末代の理。高い低い感じてみよ。前々感じて一時始めた道、だん/\何ぼ行ても/\通り難くい越し難くい処、行てやれ/\と言うたら、身上掛かる。道も末代なら名も末代という理を治め。一時何か迫りたる。皆々心得。又世上理あるによって万事安心という。皆惣々という理に、安心せにゃならん。




明治三十三年三月十三日
 上原身上に付、山沢、高井出発伺(上原身上よりおさしづの上より運び方に付、山沢高井陽暦四月頃にやらしてもらをと思て居りますけれど、昨夜上原身上迫るに付、今に御足労してもらいたいと申しますから、今に行きました方がよろしいか、この辺御願申します)
さあ/\尋ねる事情/\、一日一つ又一日一つ順序、道戻りて/\、順序からそれそれ諭して、十分運んで来るがよい。

 二人行きますこと、四月入りましてからやらして貰たものでありますか、押して願
さあ/\尋ねる事情/\、そらいつでもよい時分。一つ戻りてこういう事であったと話して、いずれ後々十分運んで来るがよい。




明治三十三年三月十四日
 岩谷源治四十七才身上願
さあ/\だん/\事情以てだん/\の事情尋ねる処、余儀無く事情であろ/\。さあ/\又一つ第一、人というは、何人という。理の無い/\どうも事情という。理を諭すによって、よく聞き分けて、満足与えてくれ。成るという理、成らんという理、この理何とも諭し難くい。さあ十分々々と言えば、安心なものなれど、迫りた理は、どうも道筋というは、どんな理もあったやろ。その道筋よう/\通り、これからというは、身に掛かり、それ/\思うやろ。どうであろ。身上一つ/\あちらもこちらも事情を聞き分けて、見るまで言うまで。事情であろ/\。これまで半ばでという。あったら何の楽しみも無く、これまでどういう理も、年々通り来て、身上これではなあと思う。思うは道理であろ。なれど、道理なか/\迫りたる処、たんのう道理諭して、道という。道これまで通りた道は、十年も百年も同じ事。この理聞かして楽しまし、楽々という理、諭してくれ。さあなろまい/\。よう聞き分けて、何たる事と、必ず思わず、一つ理を治めてくれ。又一つ主に理を諭してくれ。末代という理は、前々諭したる。この理聞かして一つ楽々という理、諭してくれるよう。




明治三十三年三月十六日
 増田亀次郎伜九次郎九才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ/\小人々々身の処どうも堪いられん。いかな事、どういう事こういう事、それは言うまで。今一つやあろまい。皆んな心寄り合うて事情、又子供どうも身上に掛かる/\。
この道理一寸諭そ。身上余程大層やで。そこで何よ軽い理から明らか。一つ何かどうやってこうやって万事籠もりある。子供の処は親という。これは世界に諭す理。掛かりて来たらよう聞き分け。万事思い掛け無き中どういう事、子供一寸掛かる。この道理、めん/\の思やんあろまい。めん/\の思やんあっては、これまで順序添おまい。よう聞き分け。子供何か一つ家内聞き分け。どうで多くの中の心なら、一名一人の心では治め難くい。この理聞き分け。一戸一人の理なら、こうと言うたらこう、どうと言うたらどう。この理聞き分けて、尚々治めてくれ。一時は怖わいようなもの。なれどよう聞き分け。何かの事どういう事、これまで一寸結構思た理から、長らくの間どうやこうやと思う中、年限経って治まった理、よう聞き分け。内はこれまでこうやった、あゝやった、これすうきり思わず持たず、よう聞き分けてくれ。

 誠心定めましたら、もう一度御救け下さるか願
さあ/\何か/\身上にどうも何か子供々々だけ。それは親がある。又外という、声という、耳に聞くという。万事諭す。安心から理が治まれば治まる。曇りありては、どうもならん。これだけ話して置く。早く伝えてくれるがよい。




明治三十三年三月十七日
 植田長三郎五十六才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、身上の事情/\尋ねる。長らえて事情、どうも一時成らん/\成らんから尋ねる。尋ねば、一つ諭して置くによって、よく聞き分け。これまで長らえて道筋々々通りたる。楽しみの中、身の切なみいかな事、よく聞き分け。これまで尽して丹精した理は、将来末代の理。これよく聞き分け。何も思わくあろまいなれど、身上どういう事、又他にどうか、これまで日々年々重ねた理によって、将来末代の理諭したる。よう聞き分け。道尽した理に、何よ皆々立ち寄り、これまで長らく尽した理あったこそ、皆寄り合うて事情。身上先長くは楽しみなれど、身上迫りある。尽した理は一代と思わず、理は末代。この理聞かして楽しみ。一時どうと無い。これよく聞かして、たんのう諭してやるがよい。




明治三十三年三月二十日
 植谷浅次郎以前の事情申し上げ、今、伜三男勇七才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、どうもならん事情ばかり。いかな事であろ。又候々々どうもなあ、思うばかりの思やん。いかな事であろう。又重ね、又々事情、これよりもう事情あるにあられん事情である。あるにあられん事情、どういう事であろ、と思う。人にとって、人には、しょろうなる者無い。しょろうなる者に、いかな重なり順序道ある。順序の道忘れてはならん。順序の道第一通りて、皆可哀そうにと、めん/\事情ありたら、と優しき心理以て、頼み願う理治めてくれ。人々事情は、どうも無くであろ。それ/\我が身に掛かりたらと、めん/\に理含み無けにゃならん。皆相談集め、何でも彼でも優しき理治めにゃならん。道という処から思やんせにゃならん。身上大抵順序大層でならん。何たると思う。思うばかりではならん。寄りたる中、皆五本の指も同じ理/\。第一理あろ。これよく諭してくれ。皆々心順序仕切りて、理を追うてやらにゃなろまい。




明治三十三年三月二十二日
 河合藤太郎三十八才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、身上一ついかな事情、どうも長らえてなあ、どうもなあ、と思う。思うから尋ねる。尋ねるからは、一つ諭す。諭すから一つ心に理が治まらねば、何度でも同じ事。道のため誰彼なあ、道のため尽し掛けたる理は、将来と定めて通り、又内々治まり難ない事情もあった。日々身上に掛かりて来たら楽しみ無い/\。よう聞き分け。一時どうとは無い。なれど、だん/\迫るという理/\早くたんのうという理、一寸諭す。よう聞き分け。これまで尽したのになあ、又他に何と思うというは、尽した理は、薄くするようなもの。それ人間という、一代と思たら違う。末代の理に治まる。めん/\もあのようの事と、尽した理は将来末代の理に受け取ったる。これよく諭して、心休めさしてやれ。皆持ち合い運び合いの心持って、運び合いというは、兄弟なら兄弟のように、扶け合い、皆めん/\の事に合わせば、皆めん/\そうであったら/\、人間は、かりもの分からんから。かりもの分かれば、扶け合いの心浮かむ/\。この理諭したら、救けの道理、この理一つである。身上は余程大層なれど、しいかり理が治まれば、又暫くという。




明治三十三年四月四日
 平出団次郎身上妻も身上障り、速やか成り次第台湾へ行く願(山名分教会役員)
さあ/\尋ねる事情/\、尋ねる事情は大き一つの事情、身に一つ心得ん一つ中に、夫婦共言うであろう。身上速やかならん。順序道を諭する。治まったら先々心に理治め。身上治まったら、急いでその心を治めくれるよう。身上不足薄くは頼り無い。心に尋ねる事情に、一日も早く心に早く、急いで早く。人間という、世は生まれ出て定まりある。知らず/\苦しみもある楽しみもある。一つの理を聞き分け。何処でどうするも一つの理。遠く辺所の理、心に一日もなあと身上思う処、治め方めんめん行くのでない。神が連れて行くのや。どんな思わくも立てさす程に。この一つの諭容易でない程に。遠く辺所難しい中、難しい処を通り抜けたら、末代一つの治まりという/\。




明治三十三年四月十日
 田代兵蔵五十九才身上願(河原町部内水口支教会理事)
さあ/\尋ねる事情/\、身上一つ/\いかなる事情であろうと尋ねる。事情いかなる事情一つ、心発散、理も発散。それ/\も心々鮮やか。今一時身上迫る。よう一つ事情諭するによって、よく聞き分け。万事の処、内々それ/\の心楽しんで、これまで長らえての中、道という一つの理というは、何にも無駄の理にはなりゃせん。心という理末代の理に受け取りてある。後々も思やんせい。放って置こうにも放って置けん、消そうにも消されん。天の一つの理にある。消すに消されん。先という、後という、放って置かれん。これより楽しみはあろうまい。身の処不自由なる処、たんのうせい。どうしてこうして他から放って置かんが、この道という。長らくの道通りてくれた。順序の理に道を諭して、楽しましてくれ。後々何にも案じる事要らん。さあ/\身も緩かしい/\。早くこれを諭してくれるよう。




明治三十三年四月十一日
 西松太郎及び家内身上願
さあ/\尋ねる事情/\、身上という一つ事情、内々さあ/\内々いかなる事情であろう/\。どうも一時、どう思案をしたらと思う心は今まで/\。何かの事情も聞いても居る、見ても居る。どんな事情の中も通り来たるは道すがら。内々一つ事情どうもなあ、日々であろう。何が違う、何が間違うと思うは要らん。長らえて伝え来たる道である。楽しむは、これからである。楽しんでくれ/\。よう/\やれやれ先ず/\の日は、どうなりこうなり定まりて道と言う、理と言う。天の理である。治まったら、いかなるも心に安心して一つ事情、又内々もこれではこうと思う。年限の間通り来たる。案じる事要らん。道という、道はなか/\の道である。天より一つ事情受け取りてあるから、返やす理はこれからである程に。楽しんでくれるよう/\。




明治三十三年四月十六日
 市内かね六十七才身上願(中河分教会部内大堀出張所担任)
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上の心得んと言う長らえて事情、いかな事であろ。いかな理、どうであろう、こうであろう、皆聞いて居るやろう。皆々道という、心という、一つ二つの理聞き分け。一時身上の処、どうでもない。めん/\もうこれだけの年と言えば、日々の処に思うやろう。又心に思うやろ。これまでは楽しみと思うた日もあれば、又これまではなあと思うた日もある。よう/\これまでというは、一時身上どうもならんと思うた日もある。これまで長らえてよう/\の道、一日の日も忘れられん。いかなる事も未だ身上、ちいとの事はあるで/\。道のため尽した。又一時こうなって、たんのう出来やせん。なれど、身上にたんのう。ようまあ聞き分け。世上を眺め、所々の難を見て、ようたんのうせにゃならん。身上の処未だちいとあるで。道というものは、尽した理は生涯末代の理に受け取りある。何の楽しみが無いと思うやない。尽した理は、尽し損にならんで。これをよう聞き分けてくれるよう。

 押して、如何取り運びさして貰いますが宜しきや願
さあ/\尋ねる事情/\、第一尋ねる処、どうがよかろう、こうがよかろうと尋ねる。人にも一つ十分心を聞いて、又諭してやれ。存命の間に譲りて、満足さして、一時事情あるならば、どうともして満足をさすがよかろう。




明治三十三年四月十九日
 檜作徳之右衞門身上願
さあ/\尋ねる事情/\、身上一つ事情尋ねる。さあ/\一つ事情尋ねるから、さしづして置こう/\。身上にこれまでの処、長らえての事情/\、もうこれ年は何年になると思う処、身上に不足なったら、何事も出来やせん。これ一つよう聞き取れ。又一つには、こうして内々の処、年限の処、中に身上これなあと、一つ思うやろう。身上の処一寸には余程の事情と思うなれど、身上速やかと思え。又事情よく一つ諭すによって、身上の処心さえ頼もしいと思いを定め。なか/\どうなるもこうなるも、道の理尽した理、順序によって諭してある。一代と思うやない。理は将来末代である。なれど、身上不足なりてたんのう出来やせん。なれど、世上を見て、又世界の難を見てたんのうせい。未だ一寸暫くの処もあるで。頼もしいと思う心あれば、一寸暫くの処はある。これ諭してくれ/\。




明治三十三年四月二十七日
 吉田梶太四男四郎二才昼夜泣き脳膜炎に付願
さあ/\/\尋ねる事情/\、小児事情いかなる事情であろう。長らえての間どうこうまあ日々思うは一つ理であろう。皆々の中に、一人どういう事であろ。なれど、どのようにも取って、たんのうしてくれにゃならん。難、難から道に染まった。よく思やんして見よ。一つ順序の理運んで居る中、何が違う彼が違う、どれ思われようまい。又中に一つ何でやろうと心を病まねばならんと思うのやない/\。中によう思案して見よ。これ運んで居る。道の上である。よう聞き分け。何が違う彼が違うと言うは、これまでゝある。道というものは、誰それどうしてこうして、よく一つ中に思い出してみよ。道を聞いて来たる程に思えば、これ諭し置くによって、皆皆一つの心を持って、一つの屋敷に治まりて居る者は、容易ならん中から治まりてある。これ一つ、よう治めてくれるよう。




明治三十三年五月九日
 古橋勝治六十二才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上事情いかな事情と一つ尋ねる。尋ねるは、一つ事情諭しよう。身上の処、どうも一時の処余程大層事情である。大層事情であるが、又一つ何かの事もたんのう諭してくれ。一つ理を諭す。これまでという道筋、成らん処尽し順序通りた理は、将来末代の理に受け取ってある。又内々の心にも、まあ一先ずというは理なれど、身上事情大層事情、尽した理は将来末代の理。後続く理は、何でもという精神一つの理で通りた。こうのうという。一時ではない。なれど大層。早く実々諭して、たんのう/\後々思うやない。長いという理が楽しみという理を、一寸諭してやってくれ。




明治三十三年五月十三日
 平野辰次郎四十五才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上一つ理を尋ねる。いかな事と思うやろ。さあさあどういう事であろう、どういう事やろ、尋ねる事情諭す。諭すからは、よう聞いて、たんのうさしてくれ。これまで/\どうなりと思うから、勤まったる。さあ身上迫り来いたる。一時ではない。なれど、どうむ大層。大層やが一つたんのうさすがよい。たんのうさせば心も休まる。心休まれば身も休まる。これまで尽した理は、重々末代の理に受け取りたる。後々どうなろうと思う。続く/\。尽した理は無にはならん。理は末代。又替わり/\楽しみ。身上切なみ、切なみから一時速やか暇が要る。そこでたんのう治め。こんな事と思わず、道ならこそと取らにゃならん。そら取り難くいなれど、道の理から取り直せば、取り直さる。道の理は重々受け取りたる。それよりたんのう。たんのうしてあゝと思えば、一寸心は楽々身は楽々。

 本部より一名行く事願
さあ/\尋ねる処、一度の処に十分に一つたんのうさしてやるがよい。




明治三十三年五月十七日
 中井のぶ七十一才脊髄身上願
さあ/\尋ねる処/\、さあ/\身の処にどうも心得ん事情ある。一つさしづ貰たらなあと思う処、日々であろ/\。長い間重々、一つ/\重々の理に受け取ってある。さあ一寸さしづしよう。これまでどんな話も聞いて居る。治めて居る。これだけ/\思えど、安心出けん。年が何ぼうなあ、心に思えど、発散出けん。この心日日事情重々さしづして置く。これと言う。心に安心という心、人と人と心々、これで安心という。たった一つ、成るに成らん事もうであろうか/\、心が緩りん。日日である。快いと思わん。そこで人と/\心に委せ置くがよい。そこで安心である。安心あれば、身の処未だ/\理ある。早く諭してやれ。誰にどう彼にどう心胆述る事出けん。心をどんと、人と人と快く、これと/\人と人と心定めてくれ。

 のぶと宗助と話し合うて運ぶ事でありますかと、押して願
さあ/\一寸道理から理が諭し掛けたら、それ運ぶ心浮かむ。人の心休まる。外にあるも内にあるも理は一つ。一代楽しみ、どうでもある。これ一寸楽しみ聞かしてやろ。身の処案じる事要らん。




明治三十三年五月二十日
 柏木六左衞門三男信次十三才身上願(河原町部内甲賀支教会理事三男)
さあ/\尋ねる事情/\、身上という、いかなる事情と思う。一つ事情を尋ねる。尋ぬるから、一つ事情を諭し置くによって、十分一つ諭してくれ。どういう理を諭すなら、日々どういう事、幾重一つ事情聞き取れ。日々暮らす中に何よう一つの不自由あろまい。身の内というものは、かりもの聞き分けてくれにゃ分からん。ありゃどう、こりゃ不自由。なれど精神十分に諭するによって、かりもの一つの理が治まったら、何よの事も一つの道理の理に適わにゃならん。ほんに、あれがかりものという処、心に治めて、ありゃかりものに違いないという理治まるなら、追々に歩みよいようになる、と一つ話をしてやれ。




明治三十三年五月二十一日
 下和田長助四十五才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、身上にどうも心得んという事情、さあ/\とんと心得ん事情、何か事情、なあ身上から頼り無いというような事ではなろまい。どういう事で、こうなろう分かろまい/\。この道という、この道はたゞ一つ、たゞ心という道である/\。その心の道は、どういう道であろと思う。心というものは、行き難くて又行きようえもの。その間、聞き分け。所を一つ、まあ所を一つ、あちらにもこちらにもという。一つ/\部下という/\。第一一つ所元だん/\元から先の理、この理から話しいかり十分諭すによって、元々から先又先。元がしいかりすれば、先しいかりする。元弛めば先は弛む。諭し難くいなれど、悟りたら分からにゃならん。諭し難くい、又果たし難くいものなれど、心に理が分かれば、果たしよいもの。元々順序道渡れば、先頼もしい、安心という。これしいかり聞き分けて、しいかりした者から諭して、話するがよい。元からあって事情、さあ心がほっとこらどういうもの。よう聞き分け。ほっとすれば、何も楽しみ無い。楽しみ無ければ、日々経ち難くい。この道尽し、よう運び、よう誠通るなら、人もその通り、我がもその通り、明らか。世上栄える。皆その理にある。身上案じる事要らん。元からしいかりせにゃならん。元しいかりせねば、先傷む。傷めば頼り無い。元からしいかりなるなあ、道添うてしいかりする。この理聞き分けてくれ。




明治三十三年五月二十五日
 辰巳宇三郎六十六才身上願
さあ/\尋ねる事情/\/\、身に事情という、どういう理であろ、と思う処尋ねる。身上事情、心に思う事は何もあらせんで。一日の日楽しみ、それ/\楽しみ、日に/\楽しんで働いて居る。そうすると、どういう事と思う。身に掛かる事、通常の事なら安心なれど、惣々心病む/\。万事それ/\内外心にある。何とも安心無くば是非という。この中案じ心に病まにゃならん。一つ掛かるというは、皆々聞き分け。人に取って何もあらせん/\。一日の日が楽しみ、賑やかなあと言うて楽しみ、心惜まず働いて居る。この掛かるは、それ/\事情何か心得、大切々々してくれ。日々の処聞き分け。朝から晩まで、心惜まず働いた心、皆思い出してくれ。これだけ諭したら、惣々中諭す事情同じ事、心惜まず運んでやってくれ。

 押して、城島事務所へ連れて帰ったものでありますか、大裏に置いたものでありますか
さあ/\尋ねる事情/\、その処は、どうがよかろこうがよかろ、それは皆々心とんと計り難ない。なれど、互い/\心無くばならん。内は遠い/\。これまで道という理ある/\。無くばならん。それだけ伝えば、又皆んな満足する。道の上聞き分け。ぼっとして、ぼっとした処から入ってる者やない。これだけ諭したら、鮮やかなもの。




明治三十三年五月二十八日
 山岡元吉三十八才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上に一つ理を心得んという理を尋ねる。いかなる事であろうと思う。どういう事であろうと思う処、尋ねる。さあこれまで長い間、日々の処に心に掛け、心に掛け、それ/\集まりて、名称という。一つよう/\の心、一つよう/\治まりて、身上何たると思う。思う順序諭す。よう聞き分けて、皆それ/\順序改めてくれ。どういう事と思う。これまで運び尽しゝた処は、どうなろうと思うゝやない。理は末代の理である程に/\。所に一つ理の治まりというは、末代の理の元という。元は変わらんが元という。これ、よう聞き分けて、たんのうしてくれ。一時どうではない。なれど大層。なれど尽した理は、運んだ理は生涯末代の理に受け取りある。これよう諭して、たんのう/\治まれば、又一寸の理あろ。これ一寸諭し置こう。




明治三十三年六月四日
 峰畑為吉妻まつ四十一才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上は一時心得んという、身上尋ねる。さあ/\身上はこれよう/\の理に二つになって日柄と言う。すればどういう事であろう。身の処一寸どうであろうと思う。何かの事も、ものという、理というは、良き時ばかりなら何も言う事無い。日々楽しみ中に、これではというは心に堪えられん。たゞ心一つに持ってすればと、順序諭したる。何か掛かりては、楽しみあろまい。心に掛かりあれば、夜も心配せにゃならん。楽しみ無い。もう危ない処怖わい処、一人の煩いは皆んなの煩い。たゞ心真実々々々から始めたる。これ皆心に治めてくれ。こうなればどうなろうと、思わにゃならん。思わにゃならんが、よう聞き分け。どういう事あるこういう事ある。世上に何と思う。それでは真実心に添わんと諭し置こう。これだけ諭したら、どんな事も定まる、治まる。よう聞き分け。身の処余程事情々々一寸大層であるで。中の理に含む一つ心は、大半これでと言う。余程解け難くい。なれど、一つ/\めん/\身上と定めにゃならん。定めにゃ真実治まり難くい。この理諭し置こう。よく聞き分けてくれ。

 押して役員の処、十分解け合いますが、身の処いかゞな事でありましょうか、一寸伺い
さあ/\身の処というは、一時の処は余程大層。一つの理皆惣々中、切るに切られん。互い扶け合いという心治め。更わりても/\、心は末代の理と治め。一代と思てはどうもならん。

 地所の処より、村にごて/\ありますが、この辺でありましょうか
さあ/\道があって一つ心寄って居る。道に添うて寄って、どちらも同じ事。よく聞き分け。近い所はそのまゝと言う。遠い所は道という心成ったら、近いさかいにどう、遠いさかいにどう、と言えん。道は、どれから見ても綺麗やなあ、これでこそ、と言うは、真実道。一寸どちらからどうしょ/\案じて居れば切りが無い。理立てゝ居れば切りが無い。万事の理に治めてくれ。いつになりてもほんになあ、と理を治めてくれ。




明治三十三年六月九日
 深谷源次郎三浦悌二の三女せき二十六才雇い入れる願
さあ/\尋ねる事情/\、尋ねる事情は、さあ心に委し置こう。さあ許そ/\、さあ許し置こう。




明治三十三年六月十二日
 木村竹次郎長女かめ十一才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、どうも身上に心得ん。いかな事情を運べども、いかな事情を聞けど、どうも聞かれん、分からん。どうも日々であろ。これだけの事長らえて一つ/\思い、事情思い世界思い、尽す中、こういう事と思う。思うは日々であろ。しいかり聞き分け。諭す/\身上という、変わる一つ理聞き分けて、成程という。これまで尽す理は、十分受け取ったる。尽し損やないで。一つ尋ねたら、こういうさしづありたと、皆々治まれば暫くという。どういう理諭すなら、身の内はかりもの、かりものは皆諭す。諭す中に、内々世上も同じ事、又他にも同じ事。身の内かりものならこそ、自由ならん。皆聞いて居る。この理聞き分け。前々事情為す事情言う。又諭す中、めん/\も成程と、思い直さにゃならん。自由ならんはかりもの。この理治まれば、又暫くという。この理、早よう/\と言う。




明治三十三年六月二十日
 日野利三郎妻サキ五十四才願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上一つ、さあ事情尋ねる。尋ねる事情には、さしづして置こう。身上何よの話、一時堪えられん一つ事情、諭する。身上悩む、体内悩む、内々事情悩む。よう聞き取らにゃならん。教会の事であろうか、内々の事情であろうか、尋ねるから諭する。しいかり伝えてくれ。この道心の道、理の集まった理。何かの事見てなあ聞いてなあ、いかな心も取り直し切り、幾重の理、財産大きいものでも無くなし、世上を見て取り直し、こんな心取り直し、ほの/\楽しみ。身上の難見てたんのう。たんのうが足らんで。世上の理を見てたんのう。何処へほかしたものでもないで。天の理に受け取りてある。




明治三十三年六月二十三日
 内海共之身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上に心得ん、いかな事であろう。さあ/\尋ねる処/\、さあ/\一時尋ねる処、尋ねる身上一時どうではない。なれど、余程大層。大層という理では、心という理に一つ理ある。まあ一つ事情諭するによって、しっかり伝えてくれ。これまで長らえて容易ならん道/\、年限事情重ね、理は一つ一つ皆んな受け取りてある。まあ/\思案して、これだけ尽し運んで身上なあと、更に思わず、世上一つ見て心にたんのう。ほんに道勤めたらこそと、心にたんのう。身上こうなればこれではと思う。なれど、よう聞き分けて、たんのうしてくれ。これだけ道通りたる理は、皆受け取りてあれば、後心残すやない。身上切なみあゝと言う。そうやない。心取り直せ。身上不足中とたんのう出けやせん。なれど、世上見てすれば治まらんやない。これだけ道運んだ中と持たず。たんのうは、成らん中のたんのうは、前生いんねんのさんげえである。これだけ諭したら分かる。身上不足中たんのう出けやせん。なれど世上見て、心に理を治め。尽し損にならん、運び損にならんで。よう聞き分け。一時どうではない。なれど余程大層。大層なれば、心悠っくり持って、十分運んで、心悠っくり持たしてくれ。

 押して、もう一度御救け下され度し、と申し上げ
さあ/\それは皆思わにゃならん。どんな者でもこんな者でも、皆思う。一つ道具に譬えて置こう。中に皆幾つ要る何ぼ要る。そのまゝ/\使い流しの道具あれば、又随分々々大事にする道具もある。大事の道具は、皆運ばにゃならん。大き事する、するのに、小さいもの以ては出けやせん。又小さい事するのに、大きい物以ては出けやせん。この理聞き分け。皆大切は大切に運び、後一つ理たんのうさし、又放って置けんは天の理。皆の心に捨てゝ置からせんと、諭して来れば、満足の理である。




明治三十三年六月二十四日
 荒井虎吉長男雪蔵二十才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上どうも心得んという一つ理を尋ねる。尋ねるからは一つ事情諭し置こう/\。ほんの仮名な言葉を諭し置こう。よう聞き分け。どういうものであろ。大抵この道心映し日々の処に思い、内々にどうもこれではなあ思う。又、思うは理やなれど、よく理を聞き分けて、成程と治まれば、身上鮮やか。どういう理諭すなら、ほんの仮名な事諭す。たゞ言葉聞いて悩み、何か発散するが理。どんな難しい事でも難しいない。どうという事でも、難しいと思たら切りが無い。これ聞き分け。道のため尽して居るのに、こうなれば世上何と言うやろ、何と思うやろ、と更の理に持たず。人間身の内かりもの神のかしもの、この理から聞き分け。どれだけ思たて、身に不自由あれば、何も楽しみ無い。どうも堪いられん。又このくらいこうしてるのに、御利益が無いなあ、と思てはなろまい。よう聞き分け。いんねん為す事情ある/\。いんねんは成ろと言うても、成らんがいんねん。成ろまいと言うても、成りて来るがいんねん。これ聞き分け。又内々事情ありては、何か治まらん。何かかりものである。我が自由ならんが、かりもの現われてある。たんのう。身に不足ありてたんのうは出けん。なれど、世界洗ろてみよ。どんな理もある。これから取って、ほんに成程という。いんねんのさんげえは、たんのうより無い。よう聞き分け。仮名な事。どうせにゃならんこうせにゃならん、言わん言わん。身上案じる事要らん。案じた分にはならん。




明治三十三年六月二十五日
 吉田梶太妻ムメノ三十七才右食指障りに付願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上にどうも一時に堪えられん、どういう事であろ。皆それ/\から心集めて尋ねる。身上から尋ねる/\は事情という理という、皆んな心得まで万事諭す。よく聞き分け。どういう事諭すなら、皆んな中、これもどれも心理というは、何がどう/\事は、五つ五本の指と諭したる。皆聞いて居る。一人煩いと言わん。同じ皆んな惣々の事と諭す。よう聞き分け。皆五つ惣々なら、いんねんと言う。同じ一屋敷という理以て治めて居る。一屋敷五つ五本の指と治めるなら、治まる。めん/\五つの指と言う/\。同じ事なら、五つ五本の指と治め。そうすれば自由自在。皆こうしてこうとすれば、拵えたるもの組んで行くも同じ事。一時の処越したる。皆んなの理に諭す。よく聞き取ってくれ。

 押して、痛む時は食事もいけませんが、この辺如何の事でありますか願
さあ/\もうこれ何かの事、食事が味無い/\思う。なれど案じる事要らん。こうなればどう/\、一時案じる。案じる事要らん。皆々心何か理は一つであるによって、めん/\なあ、五つ指と言う。めん/\なあと言うは心ある。誰彼無く聞き分けて、堪いられんというは、五つ指と諭し置こう。これだけ諭して置こう。




明治三十三年六月三十日
 畑地音松父宇左衞門身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上という一つ理を尋ねる。尋ねるからは、一つさしづしよ。さしづは、どういうさしづであろうという。もう長い間なか/\成らん中、十分通りたるこうのうは十分受け取りある。受け取りあればこの身上どうと思う。そら必ず思わず。道尽した理は、将来末代の理に受け取ったる。一つたんのうさしてくれ。一つ道、長い道、皆それ/\心以て、どういう事もこういう事も通りたる。これから長いというは楽しみ。なれど、身上迫ると思う。そらたんのうさしてくれ。こうして通りたる理は、将来の理に諭す。どうでもこうでも放って置かれん、捨てゝ置かれんと言う。一つ、救けにゃならん救からにゃならん。身上どうと思う。よう聞き分け。長い年限の間であった。たゞ一代であるという、そら末代の理。紋型無い処、道付いたる処、将来末代理はどう、この通りたる忍耐心に理ある。これ早く諭して、早く満足与え。一時どうではない。なれど、余程大層々々。その心で早くたんのう。又後々順序ありて、捨てゝ置かん放って置かんという理。すれば、後々満足十分の理である。




明治三十三年七月三日
 雁瀬平左衞門六十一才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、身上一つ事情いかな事であろうと、一つどうでも何ぼう話という、それ/\だん/\という。どういう事違うのであろう、思うばかり。さあ/\身に一つ何たると思う処、日々であろ。事情一つ諭す。よく聞き取って、心に十分諭してくれ。どういう事諭すなら、長い年限/\他に構わず、心だけ道を運び、よう/\に通り、中に又よう/\これからなあ、と思う処、身上これなあ、今までなあ、この心持たず。この道ならこそと、これから暫く心悠っくり持たし、十分たんのうさし、一寸見た時はどういう理聞くやら、これと/\曖昧事情ある。よう聞き分け。道尽し損にならん程に。この道楽しみという中に、身上なあと更々思わず。この道ならこそ、この年限までなあ。何か世上理ある。この理聞けば、事情未だ/\あるで。これ早々楽しめ。




明治三十三年七月三日
 谷田寅吉次男寅松二十三才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、どうもいかな事情も尋ねるやろ。尋ねるまでの心というは、容易ならん心である。さあ身上という、どうも心得んなあと/\思うやろ。思うは理や。なれど、尋ねるからは、一言さしづしよ。この事情よう聞き分け。心に成ろまい。心に取って堪いるに堪いられん。これまで道すがら、何でもという。運んだ理に、どうと思う。いかな事と真に忘れるに忘れられん。堪いるに堪いられん。よう聞き分け。道は末代理である。心鎮めて胸に治めにゃならん。何でこうなると日々であろ。なれど、心取り直せ。人間かりものなら、世上も同じ事。知らず/\である。めん/\心治まろまい。鎮治まろまい。なれど、世上皆同じ人間なら、よう聞き分け。この道心尽し、どんな事あれど、二人一つの心、互い/\結んだ中なら、放って置かれん捨てゝ置かれん。これより楽しみ無い。一戸一人なら心仕舞のもの。成って了たらそれ仕舞。なれど、道尽したら末代の理。聞き分け。放って置かれん捨てゝ置かれん。いつ/\まで続くは理。真実続いたら誠。皆んな心持って、優しい、優しい心持ってくれ。これより楽しみ無い。何処へ詣ったとて無いで。この道は天の道。放って置かん。いつ/\まで無くば、天の道とさしづして置こう。




明治三十三年七月十一日
 吉成森蔵四十七才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、身上に願う事情は余儀無く事情であろ。もう十分なかなか皆それ/\中、思い掛け無く、どうも堪いられん。不自由これどうであろうと思う。一つ諭す。何よの事も聞き分けにゃならん。これまで道の処という、一寸で成ったものであろまい。この中通り道の中という。世界の中と思い、この中通り、身の不自由どうであろうと思う。よう聞き分け。すうきりと成ってからは、どうもならん。取り返やしあろまい。これまで長らく心あればこそ、身の自由とたんのう。世界どれだけ財産あれど、身の不自由見分けてみよ。さあ身の処追々。




明治三十三年七月十三日
 下和田長助四十五才身上再び願(前おさしづより、もとの支教会へ引き越す精神定めて居りますが、一時おたすけ蒙り候え共、又候障りに付)
さあ/\尋ねる事情/\、さあ事情に心得んという。どういう事であろうと思う処、尋ねる。もう大抵ほんの言葉の理で、身の悩みたゞ言葉の理で理がある。身上何たる事と思う。折角なあ、こゝまでなあ、どういう事も思う心は日々であろ。よう心取り直して聞かにゃならん。先々元という、一時どうしょ、ならん。だん/\こうのうという道理、こうのうありて元へ治まる理、聞き分け。半ば/\理であっては、とんとなろまい。一時身に迫る。どういう事こういう事、心持って一つ理元の処へ理の処へ治まって、これからという処、身の自由ならん。よう聞き分け。前々諭したる。皆尽した理から出たるもの。よう思やんしてみよ。一寸入り込んでどうと、更々ならん。心にたんのう治め。道というは、いつになっても変わり無いというは道。長々尽し損やと更々思わず、これからという心持ってすれば、一寸理がある。たんのう第一。道の中にこうのうありて、元へ入り込むという。これだけ諭したら、皆々もその通り、だん/\事情、たんのう諭してくれ。




明治三十三年七月二十四日
 宇恵凖治妻のぶゑ二十九才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、いかな事情も尋ねる。身に一つどうも心得ん不思議という、いかな事と思う事ばかり。どういう事違うこういう事間違う、思うだけ皆々にある。よう尋ねるから、諭しする。よう聞き分け。どういうものでなる、と思うやない。皆組み立て/\ある。組み立てがある。どれだけ盛んになるも、一つ組み立てという、土台がある。これ台として順序運ぶなら、何か安心。案じる。どうしょうか知らんと言うようでは、日は楽しみ無い。日々台から組み立ぁたる。どれだけの事これだけの事ありても、辛抱運ばにゃならんというは、数々ある。初め土台、一寸に治まったんやない。何か順序始めたいから、それ/\寄って居る。これより運んで、これより運ぶ事情無い。身上今にも無うなろうかという事情、これも捨てて置かれん、どれも捨てゝ置かれん。これもどうせにゃならん、これもこうせにゃならん、というは、皆治めば、身上も治まるやろ。




明治三十三年九月一日
 重久清吉妻シヅ三十才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上一つ一時理を尋ねる。さあ/\もうどうもならんから、尋ねるのやろ/\。尋ねるから、又さしづして置くが、よっく聞き分けにゃ分かり難ない。未だ年というは、半ばしか行かん。長らえて、あゝと身上苦しむ苦しむ。これだけの事と思うは、日々であろ。又日々諭すれど、皆々これではなあと必ず思うやない。又身上どうと言う。身上余程大層。早く楽しましてくれ。これまで十分受け取ったる一つ思わず言わず、身上の処どうでもならん、どうでもいかん。日々これだけ尽したのに、何で一つ理が無いと思う。又他にも思う。よう聞き分け。尽した理は、将来末代の理に受け取ったる。理は日々受け取りある。よう聞き分け。半ばという/\中になあ、又世上から何と思うやろ、又沸くやろ、思うやない。世上眺め、世上へ諭す理聞き分け。為す事情、成ろと言うて成らるものやない。又成ろまいと言う、成りて来る。成ろと言うて成らんもいんねん。そこでどうなるもこうなるも、よう聞き分け。何をしたんというは、これまでとんと計り難ない所に、道の理下りたんは、容易やない。これは末代続かにゃならん。これよう聞き分け。一時やない/\。早く諭してくれ。




明治三十三年九月一日
 植木平助六十才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、身上一つ一時理を尋ねる。さあ/\何ぼうでもならんならんと言うは、これ日々の処であろ。又それ/\だん/\運べども理が無いという処から尋ねる。尋ねるは一つ諭す。よう聞き分けにゃ分からん。道という理という、年限通りたる中に、身上どうと更に持つな。思うな。道に理がありて、これまで通りたる理が直ぐに受け取ったる。身上どうであろと尋ねる。一時大層々々。たんのうして、十分たんのう諭してくれ。道という、理という、一代と思うから頼り無い、と言う。そうやない。十分尽した理は受け取ったる。理は一代やない。末代。これよう聞かせ。これまで通りた理は、十分受け取ったる。受け取りあれば、又身上どうと言う。身上世上見てたんのう。たんのうしてほんにと、そうやなあ、よう聞き分けて、道の上という理が治まれば、又一寸暫くと言う。




明治三十三年九月二日
 西郷長蔵四十四才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上という、さあどうも一時に迫る処、よう一つ聞き分け。成らん。どれだけ諭すれど、成らん。又銘々どれだけ思えど成らん。成らんから尋ねる。一つ道理から一つ諭すによって、よう聞き分け。今一時に迫ると思うな。遠く事情戻る。一時堪いられんなあ思う。しいかり聞き分けて、道の上からたんのうさすがよい。道の上からはたんのうは第一。これまで何も分からん/\中から銘々も大抵尽した理に、身上どうと思うやない。思てはなろまい。事情は世上にある。世上の理を見てたんのうせにゃならん。世上には影も姿も分からんというような者は、世上多くある。ほんにそうやなあというは、それがたんのう。たんのうは、前生のさんげである。さあ身上、さあ身上、一時でない。なれど大層。道の上ならこそ。又諭す言葉という。世上の中には、戦場へ出てどんな事もある。これから見てすれば、どんなたんのうも出ける。道の上に長らえ、尽す事情は皆受け取る。何かたんのうせにゃならん。これ一つよう聞き分けてくれ。




明治三十三年九月九日
 佐々木兼太郎三女芳十二才以前身上障りより事情願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ/\子供々々という。子供、どういう障りてあろ。まあ一寸々々これが障りてあろ/\。どういう事の障りてあろか、思い/\日を送りたる。順序尋ねにゃ分かろまい。尋ねたら、いかなさしづあろと思う処、容易ならん事情諭す。日々という、道理一つ。今日の日、まあ/\長い年限の間、これまで/\道の事情通り、どういう事であろ。めん/\言わず語らず、通りたる理あろ。なれど、通りたる精神一つ持って今日の日。何か真に治めてくれ。遠い近い言わん。遅き早きは言わん。事情は五つ指五本の如く結び込んだる。めん/\所々万事心に掛かりて心に治め。心に掛かるは、天然。天然という理を、真の心に治め。万事の理ある。又子供理ある。万事治め。万事安心。案じる事要らんと、しいかり聞き分けてくれるよう。




明治三十三年九月十六日
 大谷金太郎五十二才身上大変障りに付願(高知部内岩浜支教会長、元は医師に有之)
さあ/\尋ねる事情/\、身上事情、さあ/\一つ理を尋ねる。さあ/\一度二度容易成る成らん/\処、又候これは芯が痛むであろう。それ/\から皆駈け付けて、もうこれ一時の処身上迫りたる。一時ではない。身上余程事情迫りたる。成る成らん一つの理は渡し置いたる。何よの事前々から組み立てたふしという。ふしを越したる思う。一時身上迫りたる。大層々々という事情諭すが、事ある。第一満足与え、一時皆々心に楽しみ一時諭してくれにゃならん。身上一つ迫る。諭さにゃならん。よう/\と思えば、身上に理、余儀無くの理。さあ/\成っても成らいでも、尽しただけは道と言う。これ末代の道の理である。一代と思うたやない。これ一つ第一の理に諭し置こう。
出越して居る処、今は会長と言う。何か一つ/\、これまで早く順序の道を運ばにゃならん中に、一つの大ぶしに掛かり、はっと思うた一日の日もある。中に、一つ理早く治めたい。そこで、どうでもこうでも、あちら教会こちら教会、それ/\所所何でも彼でも他に一つ早く伝え、本部一つの理に治めにゃならん。これ楽しみにしてくれにゃならん。主が来るなら、否やの理を渡すで。
さあ/\今一時迫りたる処、何よの事もたんのうさしてくれにゃならん。何よ尽した処皆受け取りてある。一つ諭してくれにゃならん。さあ/\後々のさしづ、会長という名のみ諭したる処、あら/\分かりてあるであろう/\。




明治三十三年九月二十六日
 植谷梅松三十一才沢田善助娘とめ二十五才縁談事情願
さあ/\尋ねる事情/\/\、縁談一つ事情尋ねる。尋ねるからは、一つ事情一つの理に諭そ。縁談というは、よう聞き分けにゃならん。夫婦二人は言うまでもない。親々言うまで。夫婦一代一つ心、その心理に、どうでもこうでも二人、二人の理に心が治めるなら、何時なりと許し置くで。この理聞き分け。さあ/\許し置こう置こう。




明治三十三年十月七日
 増井とみゑ身上願
さあ/\尋ねる事情/\、身上の処、どうでも勝れん。日々の処どうも心得ん。他にも思う。又主も思う。前々諭したる。心だけどうでも、一時成る成らんではあろまい。聞いた処から皆んな寄り合うてる道、皆聞き分けての道、若き年寄りは無い。年の取れたる者は成らん理とはこれ思わんよう。これまで道、通り難くい道通りたる。運んだる。はぁと思たる芯の心忘れるに忘れられん。これしいかり話して、しいかり発散。一日の日も早く、成ってからどうもならん。真に理を治めて、何も心に掛けんよう、心思わんよう。又聞かす事要らん。よう聞き分け。一時どうとない。身上という心という、眺めて一つ、どうと、理以て楽しまさにゃならん。これ聞き分けて、悠っくり楽しまさにゃならん。

 押して、おつとめの鳴物の事に付ての事申し上げ
さあ/\つとめ/\と言うたる。つとめの時、何も遠慮は要らん、遠慮は無い。人と言うたら気兼ね要らん。初めから道理治めたる。その道理。めん/\も古き理ある。こら若い者は分からん。分からん者今に花咲いたように思う。理も違わん。今はぁと思う処、今一時発散。はっと思う処心に持って行てはならん/\。早く発散心掛けては是非理にならん。忘れるに忘れられんというは、人間の心に鮮やか心持って前々から通りたる道ある。これ心に持って日が来る/\と、心に楽しますがよい。




明治三十三年十月十日
 松岡由清五十九才身上願(東肥支教会)
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上に一つどうも心得んという理を尋ねる。尋ねるからは、又さしづに及ぶ。身の処悩む。何分間違いであろうと思う処、日々中に、こうして居るのにいかな事やら、夜も思い通し、どういう事でこうなる。何ぼう諭しても、行かん。成らんから、尋ねる。尋ねるからは諭す。さあ/\身の悩むと思うやない、言うやない。なか/\この道は容易で出来たんやない。この思案して見れば、いかな道も通りてよう/\と思う処に、身上悩む。よう聞き分け。半ばでこの難儀でありたら、この道付けられん。どうなりこうなりこの道という。半ばでありたら、この道付けられん。どういう事あるこういう事ある。身上不足ありて、そらたんのう出けやせん。又身上悩み、皆々たんのう出来やせん。なれど、所々遠く所は聞き、近い所は直ぐ世上に皆ある。どうにもこうにもならん難の処から、見分け聞き分け。身の悩みたんのう出けやせん。なれど、たんのうは受け取る。皆世上見比べ/\たんのう。たんのうは直ぐと受け取る。身上不足なりて何のたんのう出けやせんなれど、世上見比べてみて、さあ/\一つ/\積み立て/\/\中に住家して、身上悩む。世上にも思う。そら思うやない。この道の中にも、どんな中もある。世上どんな中もある。皆見分けてやらにゃならん、聞き分けてやらにゃならん。身上悩みじいとこれでと言う。成らん中たんのうしてくれにゃならん。たんのうは直ぐと受け取る。これだけ諭し置こう。

 今西見舞に行く事願
さあ/\尋ねる事情/\、そらどちらもこちらも同じ事である。長らえて事情から、又一つたんのうさしてやるがよい。




明治三十三年十月十一日
 狩野一平十四才身上願(日本橋部内溝呂木支教会所担任長男)
さあ/\尋ねる事情/\、さあ/\まあ一度一つ事情、それ/\の道理、理を聞いて真に治まれば、心得ん事情一寸治まり、又候々々ならん/\事情尋ねる。いかな事であろ、どういう事であろうと尋ねる。尋ねるから、一つさしづ及ぶによって、一つ道理から、道のため一つ通り一つ理、これだけどうするこうする、内々こんな事と、これ一寸あろ。そら一寸ほどいてやろ。よう聞き分け。さしづ以て話し難くい事ある/\。神が、真の諭す理は、鮮やか諭してくれ。諭よう聞き分け。道を尽す運ぶ、これだけという心、よう思案してくれ。まあ軽い事情に諭し置こう/\。皆集まる中は、道理から集まる。皆々心一つに持ってくれにゃならん。心一つに持ってくれば治まり、一時治まる。理が治まれば身上も治まる。治まるで。何よだんだん諭し数々しては、思い違い取り違いあってはならん。仮名な事、仮名な事は深い理やで。この道は理の道、我が出してはならん。又、めん/\どれだけすれど、大層はどうもならん。一時ありても戻る理どうもならん。成るだけ運べば、又人の事思えばずつない事もある。これ順序の道だけ諭し置こう。これを皆々諭してくれ。




明治三十三年十月十七日
 浅井勝太郎四十六才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、身上に一つ事情尋ねる。一つ心は余儀無く心であろ。余儀無く事情から尋ねる。尋ねるから一つ順序さしづする。さしづはよう聞き分け。取り違い聞き違いあってはならん。さしづに違いは無い。身上治まれば、心こうと治まれば、未だ/\順序道ある。よう聞き分け。いつまでも通ろうと思た処が思やんしてみよ。身に不自由ありて楽しみあろまい。どういう商法どういう商売、どうこう言えない。なれど、よう聞き分け。身上から聞き分けば、成程分かる。多く中、道という、遠く所やない。近い所に、治まったる処聞き分けば、ほんに成程と分かる。身の処切なみどうやこうや、だん/\追々話はほんにと言う。万事どうせこうせい言わんで。身上長らえ楽しみやと、真に治まれば、皆々道理集まればよかろ。これ万事の理に留まると、さしづして置こう。




明治三十三年十月十八日
 塩田弥助四十五才身上眼の悩みに付願(英虞布教所役員)
さあ/\尋ねる事情/\、どうも身上に一つ心得ん事情、いかな事であろ思う処尋ねる。尋ねるからは、一つ事情を諭し置く。諭というは、よく聞き分けにゃ、分かり難ない。さしづ間違いは無い。取りよ聞きよがある。取りよころりと違うから、間違う。よう聞き分け。難しい事言うやない。どうせにゃならん、こうせにゃならん、こら言わん言えん。人間というは、心のもの。めん/\心から改めて順序。これまで/\道のため一つ思い、遙々運んで事情中に、この身の不自由。どういうものと思てるから、日々見え難ない。よく聞き分け。尋ねる人、又取り次ぐ人、めんめんも、事情他人の事と思わず、救けにゃならん救からにゃならん心以て、互い互い理を以て運ばにゃならん。こんな事では、道運ぶ中に、こんな事と思う。又、他にもこんな事と思う。万事そも/\では、暇が要ってならん。本人は言うまで。それ/\運んで理という。めん/\に成り代わりて、互い/\合わせて、順序という。よう聞き分け。難というは何処にも。この難見て、めん/\身上不自由であろ/\。なれど、所々見て、同じ人間かりものなら、まあこれだけなら/\と、たんのう。身の悩みから、たんのうは出けやせん、たんのう出けやせん。なれど、世上見てたんのう、世上真実見てたんのう。たんのうは誠。めん/\聞き分け。順序難しい事であれど、理を見れば、何も難しい事は無い。世上にはどういうもの、こういうものある。これ聞き分け。世上事情、成ろまいと言うても成る、成ろと言うても成らるものやない。この道理聞き分け。何かたんのうして、互い/\親切持って、救けにゃならん救からにゃならん、と運ぶなら、事情に何も案じる事要らん。これだけ諭すによって、しいかり/\聞き分けてくれ。




明治三十三年十月二十一日
 山沢、高井、東分教会へ出張する事願
さあ/\尋ねる事情/\、出越す処尋ねるから、出越す処、許すと言うたら許す。二人又人々事情又替わる処あろ、どういう処もあろ。所に一つ早くと言う者あれば、未だ/\と言う者もある。出るも一つ、又先々一つ道理ある。万事治め方難しい。人々好む/\ではならん。そこで誰々という処、それは心は人々心がある。又先々心ある。好くという、又好かん処ある。向こへ行けば、向こ計りてやらにゃならん。だん/\事計りやらにゃならん。難しいて難しいない。先々難しい事計らねば、幾度も同じ事やで。先難しい/\事持たず、優しい心持って行けば、事分かりよいもの/\、心に間違いあるから、間違い心含んでならん。行けば、これより向こうの心に基づいて治めるなら、万事治まる。これだけ一寸話し置こう。

 行く処御許し下されますか
さあ/\出越す処、誰と/\は許す。ならんと言わん。心以てよいもの/\。いかんと言う/\、いかんと言うては、いつまでも直らせんで。これ、心に持って行かにゃならん。




明治三十三年十一月三日
 斉藤与七七十一才身上願(亀岡支教会長)
さあ/\尋ねる事情/\、尋ねる事情は、身上の処余儀無く事情を尋ねる。余儀無き事情を尋ねるから、順序の道を諭し置こう。一つよう聞き分けてくれにゃならん。道無き所道容易で治まったものやあろまい。これではと思った日もある。なれども、心というもの治まって何で身上なあと思う処、よう聞き分け。めん/\一つこの身上鮮やかなぁと思う。なれども、身上に一つ迫る処聞き分け。これ一つ/\元々順序始めた。これは末代の理である。理に必ず一人と思うやない。末代の理を治めて、それからだん/\。これより一つ頼りはあろまい。これから先どうなろうと思うやない。頼り心を持たにゃならん。これから先は、だん/\の理である。だん/\の理あれば、人と人との心の行き合いで、それはどちらなりと治まる。この道理を以て運んで、嬉しく楽しく伝え。人と人と、そりゃ委そう、そんならという、この道理を諭してくれるよう。身上の処一時どうとはない。なれどもなあ、未だ/\長ごうも居にゃならん。十分の理を治めて、心に満足を与えくれるよう。




明治三十三年十一月五日
 空地光治身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ/\身上に理がいかなる事であろう、尋ねる事情事情、さあ尋ねるには、これ余儀無く事情を尋ね。尋ねば、又一つ、先々の楽しみまでの一つ諭するによって、その心以て、しっかりと治めてくれにゃならん。この道というものは、容易大抵の道やないで/\。遠い所順序というもの諭するには、同し所働く処/\、皆受け取りある。そんならこの身上どうであろう。一つ不足である。皆為す処の事情、先々には、日々伝える一つ理の中を聞き分け。同じ事なら、内々めん/\も一つならん/\身上どうや知らん、と案じる事は無い。いかな事でも諭し置く。何よの事もどういう事も、行き方/\分からん。行き方分からんも神の子供/\。何でも身上悩みてたんのう出来やせん。なれど、世上の難を見てたんのうさしてくれにゃならん。長らく身上悩みありて、満足出来やせん。なれど、前生いんねん事情さんげとも言う。一時どうとはない。大層々々なれど、道というものは、一代と思たら頼り無い。この道は、幾重長らく世上に治まりたる。この心を持って。皆案じる事要らん。しっかりと聞き分け。

 押して、栗原北上両名称の事願
さあ/\尋ねる事情/\、所々さあ同じ部下内、所々幾所もある。これは皆惣々中思て居るであろう。どんな所でも道は付ける/\。前々事情に尋ねたる。名称許し置いたる。年限は暇が要る/\。要るのやない。同じ所にて早速に成る成らん。こら年限の来たらんのや。成る成らんは道の理。道の理なら成らにゃならん。所々一つ遅れる/\。そこで、どうでもこうでも立ち切る。どうせこうせいは言わん。無理にどうせいとは言わん。口に唱えたとて、心に唱えねばならん。成る理を取りて、心に長う楽しんでくれ/\。




明治三十三年十一月二十二日
 木下善五郎二十五才身上出物に付願
さあ/\尋ねる事情/\、身上に一つの心得んから、事情々々尋ねる。尋ねるからは諭しよ。諭というは、よう聞き分けにゃならん。取りよ聞きよで、ころりと違う。さしづは間違わんなれど、取りよで間違う。よう聞き分け。中にも/\古い中、今まで古い中、当分事情ではどうぞこうぞあって、一つ順序改めて、道という心映し、それ/\にも聞かし、日々順序適たる。又一つ、身の処、こらどういう事と思う。よう聞き分け。一代という二代という、この事情聞き分け。どうもならず/\、一代という。この一代というは、いんねんという。いんねん事情聞き分け。めん/\も又候々々なあ。いんねん聞き分けて、これより順序改めて、道より理は無いと言う思う理、道より無いと聞き分けて、道に一つの心寄せて、内々こうしたらこうと、残さず。運ぶ。運べば、身上も又鮮やか。よう聞き分け。いんねん為す事聞き分け聞き分けて、いんねん理を切るよう。これ聞き分けば、速やかと言う。心の取りようで、どうもならん、と言うて置こう。これだけ諭し置こう。




明治三十三年十一月二十二日
 橋爪太二郎妻いわの四十三才身上障り願(日方役員妻)
さあ/\尋ねる事情/\、どうも身上だん/\事情心得ん。どういう理であると言う。何かどういう間違いであると尋ねる。尋ねるからは、順序諭すによって、よく聞き分けにゃならん。身上というは、皆話して居る。十分伝える中であろう。身の処皆かりもの。かりものと言うて諭す/\。世上へ諭せば、我がものと思やんせにゃならん。成ろうと言うて成らん。又成ろまいと言うて成りて来る。これ真の心に治めてくれ。尋ねる処、身上は大層なると諭そ。よう聞き分け。聞き入れて、順序諭す中、めん/\も知らず/\通り来たる中と、聞き分けてくれ。これ第一の諭である。又一つ、これだけ話し伝え、これだけ聞かす中に、身上こんな事と思うては、何を諭すとも、分からん。諭せば人の心に理が無ければならん。この順序急いで聞かすがよい。これ第一。身上こんな事では、世上に何と思う、人が何と思う処、遂に出るものである。よう聞き分けて、一時早く諭してくれ。




明治三十三年十一月二十七日
 西川伊太郎三十八才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、尋ねる事情/\、身の内という理がありて、いかな中尋ねくれにゃならん。運んでやらにゃならん。中にも中、多く中、一つ理という。どういう事で、こういう理。第一身の内の第一、こういう悩み付くと思た分にゃ違う。道の中十分尽し、思うよう運び来たる中、こんな事という。この理聞き分け。皆んなこれまでの中知らず/\通り来たる。皆知らん筈や。これまで諭した事は無い。一つよう聞き分け。いかな処も大層治まり、皆それ/\運んだ理治まりて、世上から寄る処あろ。これ台と思え。又こんな半ばで、こんな事と思う。思た分には、間違う。皆中に運び尽し、皆中に楽しみ積み重ねたる/\。こんな事と思う。思うやない。又身上こうなったら、折角なあ、尽した中と思う。そうやない。どうしても年限中、長く心長く中連れて通りたい。一つ理ほのか理やない。この理聞き分け。どんな者でも、ぽっとして連れ行く理、聞き分け。どうしてもこうしても、連れて通りたい。皆いんねんという。知らず/\いんねん。これ聞き分け。身上案じてはならん、案じる事要らん。どうしても連れて通りたい。年限連れて通りたい事、心に休ますがよい。




明治三十三年十一月二十七日
 浅野庄之助二十五才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上いかな事情、身上一つどうもこうも判然なあ思えども、理が鮮やかならん。長い間日柄どういう事であろう思い/\日送る処、よう尋ねるから、諭そ。よう聞き分け。聞きよ取りよで、ころりと間違う。よう聞き分け。身上という、どうでもこうでも、日々勇んで楽しんで、何よ心の理であろ。どれだけどう、これだけこう思えども、身上心得ん事情ありて、日々忘れられんでは、何も楽しみあろうまい。よう聞き分け。皆んな中大勢中と言うであろ。又話理を諭す。皆が惣々なあ、理が成程治まりたら、速やかなる理聞き分け。どうせにゃならんこうせにゃならん、聞き分けて、めん/\心理であろ。心から心に治めて成程と真に治まるなら、未だ/\理あるで。よう聞き分け。心でどうであろこうであろ、どうなるであろう、惣々組んで責める理は、どうもならん。たゞ言葉で鮮やかという理、どうでも治めにゃならん。身上不足あれば楽しみは無い。人間身上かりもの。かりものというは、身上自由ならん処聞き分けば、成程分かる。よう聞き分け。どうこ/\思たてならん。よう聞き分けて、成るもいんねん、成らんもいんねん。この理聞き分け。いんねんとたゞ言うたとて、何も分からん。そこで、成るもいんねん成らんもいんねん/\。この理聞き分け。前生分からん。よう聞き分けてたんのう。たんのうは出けん。なれど、世上聞き分けて、多く中聞き分けて、たんのうは前生のさんげと言う。この理聞き分けば、真の理治まると言う。




明治三十三年十二月二十七日
 田中捨吉小人ナワヱ八才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ小人身上どうも心得ん。いかな事であろと思う処尋ねる。尋ねるからは順序諭し置く。小人身の障り、見るに見られん堪えるに堪いられん、いかな事、と思う処日々であろ。よう聞き分けてしいかり聞き取れ。取りよで間違う。道はこれだけ長い道中艱難苦労運び通る中、身上こういう事と思う。些か事情治め。大難小難という、大難小難とはどうなろうと又思う。そうやない。よう聞き分け。働いて/\十分働いてる中に、心の理を病まんならんような事ではならん。天然という、一つこれ聞き分け。成っても成らいでも、道という理道という理に心さいじいと治まれば、何よの事も治まる。何程どれだけと思えども、天然という道ある。よう聞き分け。案じてはならん。小人大難小難という。これどうと思てはならん。大難小難聞き分け。小難というは、めん/\はどういう事もこういう事も聞き分け。日々皆ある。そんならこれだん/\信心、これだけ運んでると思う。これ必ず思わず世上理見てたんのう。どうでもこうでも小人は可愛々々い中に、心病まんならん。どういうもの。よう聞き分け。世上理見てたんのう/\。大難小難という。一時どうではない。なれど、どうも小人身上一時判然なり難くい。これだけ諭し置く。成っても成らいでもという。良い後は悪い。悪い後は良いと言う。年限の中から積み立てるは年限という。これだけ諭せば、皆籠もりある。成っても成らいでも、道という一つ理、心に治めてくれ。

 押して天然と仰せ下されますか、運んで居ます処
さあ/\それは、もう取り仕切りたらどうと思う。それは成って来たら成る。どうこう思たて、成る日来たら成りて来るは、天然と言う。これだけ諭したら皆籠もりある。




明治三十三年十二月三十日
 峰畑為吉四十才身上願(敷島理事)
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上にだん/\事情、さあ/\又変わる/\/\どういう事であろう。一寸心に判然せんなあ思う処、理を尋ねる。尋ねるから、又一つ順序諭し置こう。よう聞き取りてくれにゃならん。さあ/\年限思えば、指を数えば何箇年の中に、一つ年限という中の年限の理、重々の理、一日の心に治めて遠い所一つ働く。月々年々の理に受け取りある。これで一つ楽しみと言う。これもこうのう理である中に、又それ/\中の中、めん/\こうと言えば、どういう事もそこい/\に皆治まりある。これも年限のこうのうで治まりある、又一つ、さあ/\これだけこうすれど、身上にどういうものと思うやないで。身上という、迫りたる。これ年限取り越す理ある。やれ/\心に一つ治まれば、身上に案じる事要らんで。案じた分にゃならん。これからやで/\。しっかり踏ん張れ/\。




明治三十三年
 家本佐兵衞息増次郎を浅井勝太郎娘かめの婿に貰い受け度きに付願(三神支教会役員)
さあ/\尋ねる事情/\、縁談一つ事情尋ねる。これと言う。それ/\順事情運び、心一つ他に一つ、こうという事情、良い処/\、心置き無う一つ運んでやるがよい/\。
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posted by 朱夏 at 05:26| Comment(0) | TrackBack(0) | おさしづ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

おさしづ補遺(明治三十二年)(公刊おさしづ第七巻より)

おさしづを読む前に、「おさしづを身近に」をご参照下さい。
天理教勉強blog: おさしづを身近に。

おさしづの順は、公刊おさしづに準じています。
但し、旧字は常用漢字に改めています。
また「割書き」部分は文頭を一段下げることで、おさしづ本文と区別しています。

教語、人名など、検索機能をご活用下さい。
天理教勉強blog内検索

誤字脱字等あれば、コメントにてご指摘下さいますよう、お願い致します。




明治三十二年一月一日
 斉藤はな身上願
さあ/\尋ねる事情/\にも、だん/\一つ/\理ある。尋ねば、一つさしづしよう。一年と思えば一年、二年と思えば二年。いつ/\同じ一つの心なら一つ通り、この理からさしづしよう。よう聞き分け。一年の内は一年、同じ順序一つの理。中に身上とんとどうもならん。よう聞き分け。内々一つ事情入り人一つ事情、この事情何でこの事情、よう聞き分け。どんな者も分かる。このさしづ、この道たすけが台。成らんもの救けるは台やと、居る人身上不足出る。成らんと思う。なか/\順序よう聞き分け。万事理に留まる。一軒の理やない。又諭す理にもなる。皆救け合い、そこで鮮やか成る。入り人入れて、内何人、家内何人ある、同じ理、入り人一つ間に合わんという理は無い/\。内々澄めば他人一つ鮮やか。さしづよう聞き分け。ほんに結構。世上はなか/\そうやない。きついも/\。この理聞き分け。この元という、一つ知らし置く。この順序取れば、内々事情にもなる。又道の順序にもなる。これよう聞き分け。




明治三十二年一月三日
 山内治三郎四十五才目の処願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ/\尋ねる事情は余儀無く事情、余儀無く事情、これまでの処という。どういう事こういう事、これまで持ってあろう/\、日々思う理。又年が明けたらどうやろうか/\、待って/\、前々言葉添えたる理。よう聞き分け。どうも暗がりの中、夜とも昼とも知らず/\通り、尽す心日々の理、日々あればこそ一つ。目に見えず/\、その中に、国に道理々々大変々々道理の治まりたる理、よう聞き分けにゃならん。これまで楽しみ目に見えんながら、世界どれだけの光とも分からん台が出来たる。よう聞き分け。目に見えんと言うても、世界どれだけ賢い智者でも、学者がどうしょうこうしょう思たて、順序ならん処/\、順序天にどうと認めたる理。世界どれだけ賢え、これだけ賢えと言うても、世界現われてない。目に見えん、自由叶わん処、自由聞き分け。目に見えん、叶わん処、よう聞き分け。心静か、心静かに持てば、身にほのか鮮やか、身にほのか鮮やか。この理聞かして、心にしいかり持たしてくれ。




明治三十二年一月十二日
 安江仁市郎四十三才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、身上一条の理を尋ねる。どうも身上に心得ん。既に一つ事情日々どうも歩む一つ理無い。何程思やんどういう話も聞くなれど、身上鮮やかならん、速やかならん。尋ねる事情にはさしづという。さしづの理というものは、数々無い。たゞ一つさしづ。又尋ねるにも、心一つの理を尋ねる。事情は万事の心あろ。万事心中に身の内心得ん。尋ねる/\。たゞ一つよう聞き分け。所にという、何の話も無くば、何の事も知らん。又一つ名称理という、たゞ一つよう聞き分け。たゞ心から出けた理。心から出けた理は、天よりたゞ一つ諭した処より出けたもの。たゞ心一つ順序諭そ。国々外々、どういう所、名称数々の名称、一つ皆同じ理である。めん/\、こうと言うて始め掛けたる。だん/\思やん一つ理。身上不足なるとは思うやない/\。心より始め掛けたる理、将来その理に理違わんよう。身上理ありて楽しみ/\。この理聞き分け。改めてこれから一つ、誰がどう言う彼がこう言うと思わず、めん/\世界のため道のため運ぶ。あゝと思た理は、将来末代という。この理一つ諭し置こう。




明治三十二年一月十八日
 加見兵四郎伜秀二郎以前身上のおさしづより、押して願
さあ/\尋ねる事情/\、いかな事情も尋ねにゃ分かろうまい。前々事情ありて諭したる。万事治まれば、心に勇んだ事情々々、これまでという。とんと思わく成らん。成らなんだ/\。あちら心こちら心、心と心合わなんだ。諭す事情から事情出け、とんと心合わなんだ。めん/\どうと心持って、今日まで台。今日までとんと心に合わなんだ/\。そも/\という理があり、改め替えていかな事情、治まりて尋ねる事情、これから先教一つの理を守れば、何思うよう成るが楽しみ。尋ねる事情どちらもこちらも同じ理。治まれば楽しみ。治まらずして楽しみは無い。道に理ありて楽しみではない。苦しみ。苦しみありて、楽しみと言えまい。心台たゞ一つから始まり、あちらから寄せこちらから寄せ、一つに成るが容易でなかった。めんめんこうという精神どちらからなりと心定め。治めたいという理は、順序の理渡し置こう。

 押して、本人は城島分教会の方と思て居ります
さあ/\尋ねる処/\、さあ/\元と言えば元々、又めん/\は所事情以て治め掛けたる理、どちら同じ理といえど、こういう道理楽しみ、こういう理世界理やない。心に治めて事情は、道理と言う。さあ/\受け取ろ/\。




明治三十二年一月十八日
 硲田邦平身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上という一つ、さあ事情尋ねる。いかなる事であろうと言う。どうでもならん、どうでもいかん、日々の処思う処、どういうものであろ思う処、尋ねる。尋ねる事情には、又さしづという理を話す。よう聞き分け。一時どうとはないなれど、余程所大層。よう一つ聞き取りて、内早く諭せにゃならん。どういう事諭す。この道という、なか/\通り難くい道。よう/\理という、時という、言うように身上ならん。こらどういうものと思う事情、一つ諭す。人間というは、よう聞き分け。一代と思うたら何をしたんと言う。一代やない。理という、理は末代。所に一つ珍しいという理は、将来理、末代の理。尽した理は十分受け取ってある程に。後々心次第、重々ある/\。日々心にある。運んだ事情尽した事情末代という理治まれば、何か一つ理治まる。これ一つ治まるよう。早く一つたんのう一つ、聞かしてくれるがよい。




明治三十二年一月二十一日
 植谷梅松妻こう二十七才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上さあ尋ねる。どうも一時心得ん/\、さあ思う処尋ねる/\。事情には一つさしづもしよ。どういうさしづ、よう聞き分けにゃ、分かり難ない。道理一つという理、余儀無く事情、為す事情、又一時の処、ようよう治まる中に一つ事情又候。楽しみした甲斐無いという。諭す事情には、数々あるなれど、たゞ一つ諭し置こう。よう聞き分け。事情は、世上道理何ぼあるとも分からん/\。よう聞き分け。ほんに思い違いであったなあというは、又治まる。どういう理、治まらん処理ある。内々第一。人の順序取りてこそ、この一つ事情。小人どうもなぁ楽しんだなぁ、よう聞き分け。皆為す事情は、通らんならん。よう聞き分け。大難小難替わる事情は、一つ治まりたらかと、たんのうせにゃならん。この事情聞かしてくれるよう。




明治三十二年一月二十三日
 吉岡栄蔵三十七才三浦悌二の三女せき二十五才縁談事情願(近愛)
さあ/\尋ねる事情/\、縁談一条理を尋ねる。縁談一条理を尋ねば、さしづをしよう。一時尋ねる処の事情、皆んな内々それ/\、又先々皆心という理という、実を聞いて実を運ぶ。どうと尋ねる事情、どうでもという。心というは将来の理にして、縁という理という事情は、世上世界に諭す理ある。その理、内々もと心治まる理、理を尋ねる。事情は委せ置こう/\。




明治三十二年二月三日
 岩谷源治四十六才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上という事情尋ねる。いかな事である、どういう事である。何程どうか、とんとどうもならん。どういう事で身上に日々思う。身上尋ねる。さしづしよう。この道どういう理をさしづ。長らえて/\道という、一つ理を運び/\、事情重なり、広くの理。一つはっと思うた心、何と思う心、どうなりこうなり一つ/\治まり、大変一つ心日々大変、一つの理遁れ運びの理によってほと思うた理。この理身にこの理心の理治めてくれ。身は案じる事は要らん。この道は通り難くい道であって、真実一つの理で通る/\。どんな処でも通れる/\。この理を聞かして楽しましてくれ。




明治三十二年二月四日
 西野トワ七十二才目の願
さあ/\尋ねる事情/\、どうも身上に心得んと、一つ事情尋ねる。まあ大抵々々、さあ一つ始めた順序から、日々の処運ぶ尽すこの一つ理は、十分と受け取ってある/\。十分受け取ってあれば、そんなら尽した中、身上どうであろうと一つ思う。それを一つよう取り損い無いよう、心持って改め。もう年というは、余程順序々々。よう聞き分け。成程事情から見れば、日々不自由であろ。この不自由よう聞き分け。これまでの処、若き事情又子供、その中にあっては堪いられん。そんならめん/\振り替わりて救けにゃならんが理。よう聞き分け。為す事情いんねん諭す事情、内内年限分かり難ない。まあ若き者なら、若き者なら、救けにゃならん/\。思い替えて事情、この一つ事情なか/\事情、年も取れたら事情、親なら救けにゃならんが理なれど、為す事情いんねん聞き分けるなら、年によってまあ/\と言うて、たんのうせにゃならん。たんのうというは、身上不足ありてたんのう出けん。なれど、たんのうというは、世上難儀不自由世上どんな難儀不自由もある。見れば何十何ぼうなあ、皆々たんのうして救けにゃならんというは、又一つ事情々々。心いずんで了えば、どうもならん。為す事情いんねんならと言うて、たんのうは前生いんねんのさんげえ/\。この一つ理心に持って、心に治めてくれ。



明治三十二年二月六日
 宮田善蔵に付心得まで願(芦津分教会内)
さあ/\尋ねる事情/\、さあ/\いかなる理も尋ねる。長らえての事情々々の中という、日々尽す処、これまでの道の間、それ/\の中第一古い中の理、いかな理、所々でも、それ/\という、人々という一時尋ね事情、一時理をこうと精神から理を定め。それ/\の中もある、道のため古く、成らん中も尽し一代と言う。皆それそれの中もある。皆んなそれ/\日々の中、皆々それ/\の中楽しみやなあ/\と言えば、直ぐとするがよい。治めるがよい。又中に又中に前以てしっかり調べ。道の奉公やなあ/\、道の治まり楽しみである。日々深き中難しい中、成程の理も分かるやろ。これだけ理を一寸知らし置く。




明治三十二年二月二十四日
 植谷浅次郎妹すゑ二十五才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上一条、さあ一つ堪えられんという事情、大変な事情、大変な事情いかな事と思うやろ/\。よう/\と思えば、又身上と言う。一つ事情諭するによって、皆んなそれ/\親兄弟聞き分け/\。どういう事、何たる事であろうと思う処、この事情聞き分け。これ為す一ついんねん事情諭す事情、皆内々事情、こんないんねんと思う。遁れるに遁れられん一つ理、いんねん聞き分け。もう道にはこれだけ一つ運べば、この上はなあと言う。忘れられん中に、身上速やかならと思う。よう聞き分け。どうなるも一つこうなるも一つ、難無くなるも一つ。いつまでなあと言う。一つよう聞き分け。何程どうしたて、いつ/\までこうのうという理有るか無いか。聞き分け。この事情、親々に話し、又一つどうなっても、こうなっても、いつ/\まで名と替えられんなあ。この一つ事情、身上なか/\大層々々。この一つ事情聞き分け。何が無くなったて、名という、末代事情。理が一時治まれば、一つ変わるやろ/\。よう聞き分け。内々どうであろ/\、何であろう。これ内々に取れようまい。この事情一つ聞かしてくれ。




明治三十二年三月十八日
 新井万治郎三十二才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、事情は身上一条理を尋ねる。いかなる事であろ、と日々の処、まあ道のためというは、容易ならん。心々どうなりとなって、これからというは、身上一つ。ようこの一つ理を聞き分けて、それ/\順序という理を拵えて/\道伝たる/\。道伝えてくれ。そらどういう事伝えるなら、よう聞き分け。先先あちら名称々々理というは、元々ありて順序。又一つ、元ある/\元から元の順序改めて順序。よう聞き分け。多い中古い道忘れてはならん。多くの中、どういう事出けるも先々治まり居る処/\、古い道ありて新しい道/\。先々盛んと言えば、古い/\。ふし無うてはならん。先々の処、どれだけの道出ける。せんぐり向こい行た処が、集まる所失うてはならん。これだけ諭したら順序ある。元から元、先の元、元の元ある。その道うっとしいとならん。うっとしい中しっかり聞き分け。元元だん/\元々の元、又元がある。この順序諭し置く。分教会という、名称、それ支教会出張所布教所という。二つ三つ元々元一つという。その古い道忘れてはならん。さあ一点筆取れ。さあ譬えて話、さあ庭木がある。木には幹は古い。それ、一の枝二の枝三の枝、一の枝取って何程珍しいと言うても、一の枝取れば、元何もならん。これから談じ、今日の諭し、元始まりて、この理何でも彼でも、元に聞かさにゃならん。庭木に諭したる。分教会一つ枝取れる、二の枝取れる。先栄えん。さあ前諭したる。元から育てば、育つ。水が含む。よう聞き分け。これは容易ならん諭しやで。憎い諭しやない。可愛から諭すのやで。先々身上事情以て行けば、大切ない事情、古い/\ものを立てゝ、先々身上順序。さしづ聞いて危ない/\、尋ねる。諭して諭す。元がうっとしいて先に何言うてもならん。先々悔やしむ。これだけ諭したら、元は容易ならん/\。容易ならん枝がある/\。元幹という、枝払ろたら、野中の杭も同じ事。よう聞き分けてくれ。身上、尋ねる事情は諭し一つの理になる、と諭し置こう。




明治三十二年三月二十二日
 谷岡卯二郎身上願
さあ/\尋ねる事情/\、身上という、心得んと言うやろ。身上心得ん。一年改め、二年改め、身上から改め。一年改める、二年改める、三年改める。一つ/\心の理改め。道これまで運ぶ処、十分受け取ってある/\。長らえて道中、掛かりならん処運んだ理は、十分受け取る。それから心という理/\、とんと計り難ない。順序改め掛けた/\。又事情、一年改め二年改め三年改めて、事情働き損やない/\。年々めん/\心の理で伸びたもの/\。誰怨みやない/\。一時鮮やかなら、一年二年三年理が、表という一つ理に集めてやろ。理に取り立てる。これ楽しませ/\。




明治三十二年三月二十三日
 瀧口尚質長男逞象十三才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、事情はどうも一時心得んという処尋ねる。身の処順序としては、いかな事と尋ねる。尋ねるは、一つ理は諭す。諭すは、よく聞き分けにゃ分からん。何故なると、これは思うまで。皆これまで先々順序多くの中へ諭す事情、為す事情これ何でも彼でも諭す。内々にも事情、又これまでこうという、これになあという、又世上に何と思う。これすぅきりやめてくれ。何のため通りたやら。国のため道のため通ると定めた日、聞き分け。皆いんねんという、いんねんというは、何も分からん/\。何であるとこれは些か持たず、どうなったて、こうなったて、世上から何と思う/\。一日の日の精神失うてはならん。この理聞き分けば、又一つ理ある。又一つ心もあろ。よく聞き分けてくれ。




明治三十二年四月一日
 伊東勇吉三十七才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあどうも心得んと言うやろ、心得んと言うやろ。身上が迫る。いかな事であろ。遙々道歩み/\、一つ理と言う。それ/\の者も、これはと思うやろ。どういう事もこういう事も、皆思うやろ。辺所遠く道歩み、又尋ねる事情は、余程順序大層。大層なら大層心持って日々という。どうもこんな事となあ、更に思うな。皆広く中に諭しという/\、めん/\心得。よう聞き分け。成って来るが、これが一つの理。皆、諭す理、よう心得てくれ。辺所へこんなくらいならと、更に無くして、皆扶け合い/\、聞き分け。それ一つ、まあめん/\めんめんから信者であろ言えば、教のをやという/\順序理あろ。万事心得々々、何か嬉しい帰るは何も言う事要らん。なれど、さい一つ親一つ理聞き分け。十分の理運んでやれ/\。

 押して、教のをやという処
さあ/\尋ね返やす/\。尋ね返やせば、又事情は諭し置こう。よう一つ何でも彼でもよう聞き分けにゃ分からんで。十分の世話をし、十分運び、よう聞き分け。難儀さそう親あろまい。よう聞き分け。一つは為すいんねん事情聞き分け。いんねんで為す事ならと言うて了えばどうもならん。いんねんというは、前々分からせん。一つどうであろう/\、思うばかり。一時堪いられん。先々満足諭せ。難儀さす、不自由さすをや有るか無いか。聞き分け。




明治三十二年四月二日
 内田太平伜久蔵身上願(上市出張所担任伜)
さあ/\尋ねる事情/\、さあ尋ねる事情、身上から尋ねる。身上心得ん尋ねる理の諭し。これ軽い理に諭す。よう聞き分け。所々何にも紋型無き理、一人の心からさゝにゃならん。めん/\こうして道のため日々に思う。その内、内にこんな事思う。それ人間身の内かりもの聞いて居る。かりもの内々成らん事出る。かりものめん/\ものなら、思うようになる。思うようにならんがかりもの。若き一つの理親親一つの理皆諭しある。内々籠もりある。道のため内々世界から何と言う、思わんよう。誠の理改め。定めあって、一代どうもならん。生まれ更わり末代の理。将来末代。内々どうなるこうなる、内々に持ってくれるよう。一つ身上の処も理がある。これよう諭してくれるよう。




明治三十二年四月二日
 杉本ふよ七十二才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上事情いかな事情と思う処を尋ねる。一時の処身の処大変、なか/\大層。一声なりと/\さしづの理諭し置こう。後々の処、内々成ると成らん事情聞き分け。どういう事であった、出足らん事情であろ。なれど、後々しいかり伝えてくれ。皆為すいんねん、一時なる。遁られん理、若きにしいかり諭してくれ。しょうとて成ろまい。成って来れば、何遍でも同じ事。分からいではどうもならん。皆人間暮らす日暮らす年、何にも言う事は無い。内々裕福、不足はあろまい。身上に不足、どうもなろまい。一声なりと思う理は、しいかり受け取れ。これまでどうなろ、後相続満足さしてくれるよう。これ楽しまして、相続の理台やで。これをしいかり伝えてくれるよう。




明治三十二年四月四日
 植谷こう身上願
さあ/\尋ねる事情/\、どうも身上長らえて心得ん。日々の事情、又一つ頼り無い/\、いずみ、めん/\いずみてはなろまい。成程と心に取って、一時順序、余儀無く事情。一つとんと思う楽しみあれども、頼り無く、日々事情何ぼでも心に嵌まらんにゃどうもならん。よく聞き分け。成る事情いんねん、為す理聞き分け。心やれ/\楽しみ、頼もしいなあ、という心で通らにゃなろまい。めん/\の心を思うてはなろまい。親子の中の理、こうして居れど遠く所へなあ、思う事無く、思う事を拵え、出越して心に掛かってなろまい。遠いゝ所、一寸暫く出越す処、思う心休まるまで、じいとして居るがよい。




明治三十二年四月五日
 橋本その三十三才身上願
さあ/\尋ねる事情、さあどうも一時身上の処という、身上の処長らえて/\、さあなあいかな事であろう、日々の処思う処、尋ねるからは、順序諭し置く。よう聞き分け。同じ道理であろ。どれ/\救ける事情は、それ/\たすけ事情に諭す事情、同じ理なれど、何ぼうでもいかんと言う。理に二つは無い。たゞ一つ理諭して、ほんにと治まれば、真の誠。誠は受け取らにゃならん。それはどういう事なら、たんのうという。身上に不足ありて、たんのうは出けん。なれど、よう聞き分け。身の内かりものと言うて、日々諭す。かりものなら、いんねん分からにゃならん。いんねんという、よう聞き分け。成ろと言うて成るものやない。又成ろうまいと言うても成りて来るはいんねん。我が身の内自由ならんがかりもの。大難小難皆世上いんねん見てさんげえ。身の内不足ありて、たんのうは前生いんねんのさんげえと言う。これだけ諭し置こう。さあ案じる事要らん、案じてはならんで。




明治三十二年四月十日
 高田嘉市郎身上願(西陣支教会役員)
さあ/\尋ねる事情/\、身上という一つの理、身の内という、かりものという、一つの心治めて居る中に、身上不足。いかなる事と思う。よう聞き分け。身上かりもの、この理はめん/\それ/\諭するやろう。めん/\かりもの、よう聞き分け。何がある。どれだけ裕福に暮らしたとて、身上に不足ありては、何の楽しみもあろうまい。身上という、長いもの短いもの、短いもの長いもの。聞き違いの無きよう。いんねんという、成るもいんねん成らんもいんねん。この理を聞き分けるなら、速やか分かるやろ。今一時の道やあろうまい。これまでだん/\運ぶ中、何たる事と思た日もあったやろ。めん/\の理を見て、心の発散。心の発散は、身上の発散。よう順序理を聞き分けて、古い/\道のすがらと、今の道大き成りたるか、小そう成りたるか。よう思やんしてみよ。さあ/\これよりと言う、鮮やかしっかり定めたら、身上はしっかり治まる。




明治三十二年四月十日
 林代吉四十四才事情及び身上願(同人は網島分教会会計掛にして、和歌山出張所長兼務の処、この度精神を定めて分教会へ七分勤め出張所へ三分の心を運ぶ事情並びに身上願)
さあ/\尋ねる事情/\、身上に心得んという事情が一つの台。又一つには、古い古いの道の理出越したる処、事情から出た理、あちらこちらと言う。よう聞き分け。元一つが理の台。順序の理は、元々ありて、先という理は、めん/\もそれはよく心に治めても居るやろ。一時以て真を定めた心の理は、いつ/\将来持たにゃならん。これまでの処、順序の理は、あれこれの理であったやろ。よう聞き分け。成る理は誰でも治めよい。成らん理から治めたら、成る理は独り成って来るのが理であろう。一時定めた精神の理は、十分に受け取る。さあ/\これより一つ順序、しいかり定めてくれるがよい。




明治三十二年四月二十四日
 萩原方円十八才身上願(父治兵衞六十九才の時)
さあ/\尋ねる事情/\、さあどうも身上に心得んという。身上に心得んという理を尋ねば、事情は諭し置こう。ようこれ聞き分けにゃ分かり難ない。皆んな身の内事情、為す事情、いんねんと言うであろ。皆世上へ諭す事情、為すいんねん、事情諭す。この諭す事情、めん/\もなあと、この心無くば、何程諭したて、どうもならん。一つ理を諭して、先々成程と理が治まれば、成程と自由あろ。この理聞き分け。これまでの事は知らん。いんねん/\いんねんならと言うて了えば、どうもならん。いんねんというは、何度でも持ち越す。悪い事にも理があれば、善き事にも理がある。一代と思たら違うで。何遍でも今一代。又先不自由。身の内かりもの、自由成る成らん聞き分けば、成程親々一つ理に、とんと心得ん。又候一つどうもなあ、又それ/\多くの中だん/\話して、取り次ぐ/\。他人の事やと思われん。身の内かりもの。かりもの分からいではならん。その理どうでも掛かる。何人皆同じ事。よう順序渡りてくれるよう。案じる事要らん。なれど、一寸に行かん。いんねん/\、いんねんはどうもたんのう出けやせん。身に不足ありてたんのう出けん。なれどたんのうというは、世上皆見てたんのう。結構と取り直してみよ。これだけならというは、前生いんねんのさんげえになるで。これ一言伝えてくれるよう。




明治三十二年四月二十九日
 中林寅吉妻たね長女やす身上願(大原)
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上に日々の処、又内皆んなそれ/\どうも一時ならん処、身上に掛かりてからにゃ、よう諭す。よく聞き分け。又皆んなそれ/\からの道理聞き分け。この道は心次第。心だけは日々受け取る理。心から心、外の心は要らん。皆それ/\よう聞き分けて、成程と理が治まれば、身上治まる。又一人一人又一人、何たると言う。一時なると更に思うな。日々運ぶ処、よう思やんせにゃならん。苦しみ理拵えりゃ、苦しみ/\。心に心得りゃ治まる。この順序聞き分け。成らん処から理は、何でも彼でも受け取る。理というどうもならん。よう聞き分け。そうとなる思やんで、どちらへどうしょうと、この順序諭し置くによって、よう聞き分けてくれ。




明治三十二年五月五日
 内田久蔵十九才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上に事情心得ん。さあ/\尋ねる事情/\、さあさあ身上が不足なる。いかな事であろ。内々又それ/\、心という理煩う。身上煩うも心煩うも、同じ事。身上は大層なる事情。大層なる事情やが、一時どうと分からないなれど、一つ理を諭す。一つ理を聞き分けにゃ分かり難ない。よう聞き分け。これだけという道という、どういう事もこういう事も、これまで通り難くい中、よう/\安心。又それ/\やれ頼もしいという中、身上いかな事と言う。この心得治まり一寸諭す。皆一つ理は善い事ばかりなら何も思う事要らん。尽しながら運びながら、あゝという心さら/\持たず。尽す理は世上に皆現われる。この理成るも一つ成らんも一つ、道という心、じいと治めるなら又一つ理ある。こんな事と思えば理が薄うなる。この道という理は将来末代と言う。末代の理は、いつになりても同じ事。一代と思うから、何をしたんやらと思わにゃならん。これだけ諭して、しいかり理が治まるなら、又一寸治まるやろ。




明治三十二年五月九日
 川合鹿造二十才東京に於て勉学中身上願
さあ/\尋ね出す/\。尋ね出さにゃなろまい。尋ね出さにゃならん。何を尋ね出す/\。身上から尋ね出す。身上から万事心集めて、やれ/\、いつ/\同じ理諭す。よう聞き分け。身に一つ通う歩ぶ通う事出けん、出けん。身の障る処聞き分け。道無き道は無い。無き道は通れん。道ありて道、遠く所へ辺所へひっ事出けたんやない。順序の道一里又一里、だん/\遠く道という。これよう聞き分けば、案じる事要らん。よう聞き分け。遠い所理を一つ、何も無かった道、ほうと一つは道。道有る無き言えん。国々道有る/\。一つ一寸始めた一つ理、それより添う。根という/\、先という。幾筋一時に出た根やない。追々芽が出るというは、根が有りて芽が出るという。聞き分け。一筋二筋だん/\世上へ芽が吹く。芽が出る。又根から。根が無くして芽は無い。根がありて芽が吹く。その根年限から遠い所へ一つから芽が出る。よう聞き分け。順序の道やで。よう聞き分けにゃならん。さあ/\尋ねる事情は、案じる事は要らん。これよう聞き分けにゃならん。




明治三十二年五月十九日
 関口定松長男貞造四才目の障りに付願(南海)
さあ/\尋ねる事情/\、小人身の障る事情第一事情、いかなる事情尋ねる。尋ねば一つの理を諭す。どうであろうか、こうであろうかと話すれども、どうもなあ、一つ事情の処、諭し難くい処もある。前々一つ第一始めの事情、掛かりともいう。一人二人三人立ち寄ったる中とも言う談示一つの理より鮮やか。互い/\いつ/\事情、小人事情第一いかなる事であろう。事情は案じる事要らん、案じてはならん。皆々思う事、小人の事情と楽しみと振り替えて、いつ/\まで苦しみばかりやない。楽しみの理と振り替え。皆理、年限経てば皆理勇む。万事いかなる。これまで長い道に、小人身に掛かる。楽しみ振り替え。道のため道の理、小人これはと思うのが理である。案じて居てはならん、いつ/\これまで早く楽しみの理を治めてくれ。

 押して伺(前々会長のおさしづにも、楽しみの理にだん/\本部の方へ一つに繋いでやろうと仰せ下されたが、そういう事情でありますか、又元々掛かりという一人二人三人という御言葉の理を、教えて頂きとう御座ります)
さあ/\尋ね返やす事情、急いては理を諭せん。事情よう聞き分け。年限は言わん。諭したる処、事情は二度や三度やない。七度の理まで運んだ理に受け取ってある。運んだ理、神がしっかり見て置いたる。さあこの理や程に。楽しみや程に/\。




明治三十二年五月二十五日
 橋詰善平並びに妻こん小人共に身上願
さあ/\尋ねる事情/\、どうも身上一つ心得ん事情、いかなどうこうどう心にあろうまい。長い道筋心に理が今日の日。中に内々不思議なる事である。身上案じる事は要らん。いかな事も、所事情始め掛け、所立ち越して事情始め、だん/\分からんもの、それ/\難しい。これから実の心台やで。どうしょうこうしょう思われまい。万事これから先あちら一つこちら一つ、曲り/\の理発散したもの、ようよう身上へ掛かるもの一時ある。よう聞け。古き一つの理が元という。よう心得て。難しい/\。何にも難しい事は無い。案じる事は要らんで/\。

 押して古き事情と仰せられます処は、松坂の方でありますか
さあ/\あちらこちら同じ理である。心得のため、諭し変わった処もある。第一始めて、人にそれ/\の理もある。それ/\理に治まった理である。これに留まったものである。




明治三十二年五月二十五日
 松井丈吉四十七才身上障り願(笠岡部内久松役員)
さあ/\尋ねる事情/\、どうも身上という、長らえてどうもという話、どうしても、身上に一つの理が無い。いかな事情であろう、尋ねる。よう事情諭する。速やか諭してくれ。難しい事をせえと言うのやない。ほんの仮名な言葉一つで身上、言葉で身上、よう聞き分け。長らえて皆諭する。人間身の内神のかしもの、心一つの理を諭す。いんねんの理も諭する。成ろまいと思うても成るがいんねん、成ろと思うて成るものやない。いんねんならと言うて了えばそれ切りのもの。生まれ更わりの理まで諭する。持って行くは理がふえる。いんねんのさんげ/\、たんのう。身の内不足なりて、たんのうは出来ようまい。いんねんからとて、たんのう出来る。いんねん一人に限り、世上夜の間に影見えんようになり、何年煩いて、身の内不足なる。世界の理を見てたんのう。介抱理を思え。皆無くして了う。世界を思えばたんのう出ける。又一時怖わいようもの。なれど先暫く、又一つの理も見えるであろう。




明治三十二年五月二十七日
 清水虎次郎長男英次郎七才本月八日より身上の障り願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ小人身の内事情いかな事情あろ、尋ねる。事情前々身の障りいかな事も思う中、成るに成らん小人身の障り、いかな理を以て諭しよう。よう聞き分け。道という、道の上難しいようで、一つの理を定めば、何でもない。どうせともこうせとも言わん。言わんが、めん/\精神の理を持ってくれ。分かり難ない人間一つの理、身の内かりもの先々の所へも諭する。為す理も諭する。これまで道という、分かり難ない。どうしょうこう、あゝと言えばこう、こんな事ではと思うた事もあろう。鮮やかなら、こういう道理から心を定め。精神定まったら守護する。通り難くい道は、こちら通りあちら通り楽しみ処やない。苦しみの道であったやろ。この道たゞ一つ心次第始まって、人間、心だけ我がもの、身の内はかりもの。ほんに成程と言えば楽しみ、長く楽しみ。これから聞き分けるなら、明らか。よう聞き分けてくれ。

 押して、城島分教会所の方へ家族共引き越すよう精神定めさすようにしたものでありますか
さあ/\これまで仕切りて、思うようならなんだ。一つ改め、二つ改め、三つ改め、思わく世界から理が無くば思わく出来やせん。めん/\順序という理という、めんめんこれまでこれからこうすると言えば、誰もならんというのが、一つの道を通りたが、こうのうしやで。さあ心々。




明治三十二年六月一日
 島谷藤五郎二十七才右の足の股に出来物に付伺
さあ/\尋ねる事情/\、身の内一つならん事情/\、一日経てばよかろうか、又一日経てばどうであろか、思い/\の事情であろ。何程諭せど理が無い。無いから尋ねる。よく聞き取れ。身の内自由成る成らんは、痛み悩み無くば分かろうまい。又一つかりものという。身の内かりものなら、何か一切かりもの。身の内めん/\思うようにならん。自由ならんが、これかりもの。この理分からねば、何ぼ働いても理は無きもの。この理をしっかり聞き分けるなら、それ自由とも言う。これ一つ諭し置く。




明治三十二年六月一日
 教祖赤衣奉祀に付願(宇陀郡榛原町字井足高田清平より、これまで教祖御存命中頂戴せし赤衣を、この度東和支教会教祖の御社へ祀り替えの事情願)
さあ/\尋ねる事情/\、事情は一人一つの理、さあ/\どうか長々長い間という、赤衣という、これは一人の理である。今一時尋ねる処、所を変えてこうという処、理は一人の精神の理にある。こうと言えば何時なりと/\。この理をしっかり聞き取れ。




明治三十二年六月一日
 井岡喜一郎十九才身上願(田原村字誓多林)
さあ/\尋ねる処/\、身上一ついかな事であろうか、理を尋ねる。尋ねば、一つさしづしよう。身上は余程大層である/\。まあ一つしっかり聞き分けてくれ。これまでの処、やれ/\これならと思うた日もある。今一時又一つ身上と言う。こうなれば、どうなろと思う。よう聞き分け。身の内かりものというは、めん/\心に分かりてあろう。又他にも諭すやろう。いんねんという、為す事事情、この理を心に治めてくれ。いんねん程成らん理は無いで。成ろうと思て成るものやない。成ろうまいと思うても成って来るが、これいんねんという。世上という世界という、幾重の難、どんな事情も見ても居るやろ、聞いても居るやろう。内々事情いんねん程なあと思うやろ。聞き分け。身の内悩みありて、日々たんのう、これは出来ようまい。なれど、しょうと思てもならん、しょまいと思ても成って来る。この理をしいかり心に治めて、世上幾重の事情眺めたなら、どんなたんのうも出来んやあろまい。たんのう一つが、いんねんのさんげいとも言う。この理しっかり聞き分けて、人にも一つの理を諭してくれるよう。




明治三十二年六月三日
 加見兵四郎伜秀二郎身上願
さあ/\尋ねる事情/\、身上に心得んという、心得ん事情を尋ねる。いかな事であろうと思う。よう/\の事で、これまでの処よう/\どうなる一日の日を以て楽しゅんで入り込んで、間も無く身上に掛かる。いかなる身上に掛かる。前々に事情に諭したる。精神という方針一つ順序、道のためならどうでも、人のためならどうでも。身上へ掛かる。さしづあろ。いかな事情も諭し置こ。それ/\尋ねる。いかなる、こうして改めて尋ねる一時一つの話、一つのさしづにも及んだる。よう聞き分けにゃならん。毎夜々々古いもの有っても無うても元一つの理という。よう聞き分け。元ぢばという、ぢばから出た。それ/\この順序、これ一つ一時に成ったものやない。何処から何処まで、所々に名称と言う、元々の理から先々順序集まる順序世界から一つの理、世上にはほんに成程と言う。身上あって一時の楽しみならん/\と言えばならん。道のためならと思えば、一つ心あれば身上は治まるであろう。誰彼の事でない。万事よう聞き分けてくれ。

 押して、御諭により山田伊八郎を会長として心を寄せ仲好くという理をお知らせ下されますか
さあ/\尋ねる処/\、さあ尋ねる事情というものは、前々諭したる事情、よう聞き分け。皆同じようなる理で、一つの理元の理から生える。一つの順序世上の理世界の理、この理から聞き分けたら、何にも苦情は無い。苦情無くば、万事の理皆心一つという理なら、これ万事の理が聞き分けば盛んと言う。俺もどうした彼もどうした。その理があれば、皆寄せ合うて兄弟一つの理揃うて弁えるなら、道は十分栄えるという。

 一旦手を打って御礼をしてのちに御諭
さあ/\も一言理を諭そう。よう聞き分け。他の国々に分教会支教会出張所だんだんそれ/\皆ある処、よう聞き分け。何処にも彼処にも同じようの道がある。とんと治まり難ない。道に曇り道に迷い道に外れ、道の一つの理が無いから治まり難くい。よう聞き分け。いろ/\の理一つの声から始まった。一つの理から始まった。楽しめば楽しみの理がある程に。この一つの理をよう忘れんよう。




明治三十二年六月五日
 上原伊助三十五才願
さあ/\尋ねる事情/\、どうも、身上に心得ん事情であろ。何たる事、と思う。一日の処にて心という理を聞き分け。一名一人の心という処、一つ事情さあ/\道は何程隔ってあるとも、心は一日も忘れられん。便りだけ聞けば、日々一つ理を日日に堪えられん。めん/\心に定まっただけは、めん/\の理である。心の広くの理、年限の中にはどういう事もある。どういう事も聞く。道すがらという一日の心の理を運んで、悔やむ/\。何にも心配は要らん/\。所を立って所を治める理、改めた心だけを持って、運んでくれ。案じる事は要らん。思わん。思わる心要らん。国々という所々という、真の心の理があってそれからの道。何にも思う事要らん。道の中どんな道もある。成らん中を通り抜けたら、確な道である/\。楽しめ楽しめ/\。




明治三十二年六月二十日
 小原長次郎三十三才同妻うの二十八才身上願(靱支教会役員、先の長次郎の子、同名なり)
さあ/\尋ねる事情、さあ事情心得ん。又心得ん。尋ねる事情、よう事情聞き取れ。それ/\事情話してくれ。身上へ掛かれば、心に治まらん。身上不足あって楽しみ楽しみあろまい。よう聞き分けてくれ。いかな事情も、どうせにゃならん、こうせにゃならんとは、言わん。理を聞き分けば、鮮やか分かるやろう。これまで鮮やか鮮やかならん道で、それ/\の理にだん/\日々運ぶ、だん/\重ねる事情皆どうもならん。結構は分かりて心胆心無くてならん。古き話聞いて居る。紋型も無く理を聞き分け。万事成り立つ。一つどうなろ日もあった。誠一つ固まった。この順序話し、それ/\心たゞ一つの心分かり難ない。めん/\寄せた心一つ、危ない中一つ成り立つ理聞き分け。心々、成る順序早く心を結んでくれ。

 靱支教会地所買取りの点に付、押して願
さあ/\尋ねる/\。尋ねば、順序諭す。この道という、人が勧めて成る道じゃない。頼んで成る道じゃない。心の芯を受け取る。この順序諭し/\。




明治三十二年六月二十八日
 山岡卯一郎三十三才身上願(中河部内狭山支教会役員)
さあ/\尋ねる事情/\、さあ一時以て一つ事情、一時何でもという事情尋ねる。尋ねるからは、一つの理を諭す。よう聞き分け。一つ心を以て、諭す身上の処、一時余程大層やで。何かの事情遠く所へ遙々一つ道を運び、これまで運ぶ尽す理は、しいかり受け取ってある。生涯末代理に受け取ってある。よう聞き取って、皆それそれ身上かりもの諭す理の中に籠もりある。いんねん一つの理ならと言う。成らんと言う。よう聞き分け。いんねんと言うて了たら、それ切りのもの。よう聞き分け。しょうと言うても成るものやない。一時大層。これまで運んだ理は十分の理に受け取ってある。一時の処しいかり心を休ませ、楽しみ/\の理生涯末代の理に。いんねん事情為す事情これたんのう一時。よう聞き分け。病んでる中に、たんのうは出けやせん。なれど、するは前生のいんねんのさんげいと言う。これを諭し置こう。




明治三十二年六月二十九日
 内藤為三郎妻うめ三十五才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ事情一つ一時事情尋ねる。事情は大変事情さしづしよう。どういうさしづ。これまで堪えられん一つの理、さあどういう事で、こういう事情であろう。日々こうなると思うやろう。道の処遙々こういう事ではと思う事情、成ると成らんという。先々それ/\諭して居る。この理聞き分け。末代の理、この一つの理、なか/\聞き分け/\てくれ。一時なる事情大層。一代切りと思わず、いんねんという、それ/\諭してくれ、早く諭してくれ。




明治三十二年七月九日
 今川聖次郎五十六才身上迫り願(東津支教会長)
さあ/\尋ねる事情/\、身に一つ事情、さあ/\いかなると思う処、身上切なみ事情、めん/\一つ事情、よく一つ諭す。よく聞き分け。身に掛かれば、万事一つ事情万事掛かれば一つ事情どういう事、だん/\これまで/\いかな事もあったやろ/\。その中めん/\心どうも忘れられん。言わず語らず、よう聞き分け。一時身に迫る/\。身に掛かる。よう聞き分け。これまで長々の間、とんとなあ、思う日あろうなれど、道という、道に順序あれば、どうでもこうでもという。これ一つ楽しんでくれ/\。これ一つ諭す。諭す事情、一時どうであろう。なれど、余程大層と言や、心から一つ治まるやろう。ほんに道でありゃこそと、これ聞き分けて、早く取り替えるなら、又一つ事情早く/\、取り急ぐ、取り急ぐで。

 押して、
さあ/\尋ねる処/\、それは一つの心に理を尋ねた。そんなら一つ、どういう理無けにゃならん、日を以て尋ね。皆んなそれ/\心通り、心と/\に委せ置こう。万事運び方/\急いで運ぶよう。




明治三十二年七月十二日 九時
 下和田留吉三十三才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、第一事情に一つどうも一時、さあ/\悩むという/\、悩むもいろ/\ある。身の障りや/\、今に分かれば鮮やか。一寸障り一つ悩みによって、世上にも/\さあなろまい/\。よう事情理聞き分けたら分かる。世上にも無く、障りよく聞き分け。中にはそれ/\皆役目々々ある。それ/\人一つ悩み見てしいかり/\、心しいかりあれば、直ぐ/\。又どうであろうというは、なろまい。皆めん/\に理を比べ/\、この一つ理早く/\。




明治三十二年八月三日
 礒田源治三十七才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ一時事情以て尋ねる理というは、身上に事情ありて尋ねる。思えども/\身に一つ事情幾度々々道理から伝えど、一つ理が無い。理が無いと思うから尋ねる。尋ねるから、一つ諭す。よく聞き分けて、一つ気休みさゝにゃならん。よう聞き分け。あちらでも一つこちらでも一つこちらでも一つ、第一道のため運ぶ中に、身に不足なる理聞き分け。一時どうではない。なれど、大層。大層なら大層だけの理を以て、心の理休めてやらにゃならん。どういう理以て休めさす。休めるなら、難儀さそ、苦労さそうという親あるか。よう聞き分け。又伝え伝え、煩いすれば、心以て胸の内治まらねばならん。この理伝えて、心休めさすがよい。一時どうではない。なれど、大層。大層なら互い/\の心運んで、心休めさすがよい。




明治三十二年八月八日
 中津熊蔵妻布志六十二才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上に心得ん事情尋ねる。心得ん事情尋ねば、順序一つ諭す。よう聞き分けて、早く順序諭してくれ。これまで成らん/\道でありて、よう/\の日。楽しみはこれからと言えば、身上一つ事情諭し、順序理は、よく聞き分け。どんな事もこんな事も、これまでの中運ぶ処、日々受け取ってある。事情これからという中に、身上という。一時どうではない。なれど、余程迫りたる。さあ楽しませ。一代と思たら頼り無い。この道という、よう聞き分け。紋型無き処から治まり尽した理は、将来末代の理。この理聞かして、楽しませ。一時どうでない。よく聞き分けて、理は将来末代と思えば、楽しましてくれにゃならん。




明治三十二年八月二十八日
 峰畑為吉三十九才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、どうも身上に心得ん。心得ん理いかな理であろ尋ねる。事情尋ねば、一つさしづ。よく聞き分けて、めん/\心に治めてくれ。これまで長らえてめん/\治め方通る処、治まったる。治まったるやこそ、何か順序。他に分教会順序これまでそも/\であったやろ。何か事情心に掛かったやろ。一時事情前一つ理はもう無くなった理、又改まりた理は、道順序の理。道の親、理の親、これ心にちんと治めてくれ。出越したる処心に掛かる。何処と言わん、心に掛かる。心に掛かる事無きよう。楽しみ以て一日の日も悠うくり。身に一つ事情は案じる事要らん。日々万事事情心通り受け取ったる/\。楽しみ通りこれまでどうも分かり難ない。どうなろうか知らん、どうしたらよかろ、どうも心いずみ切り、一寸どうなろと言うた日もあったやろ。道に理治まったら、又身上不足無く、不自由無くば、心楽しむは道理であろ。さあ案じる事要らん/\。

 押して(松坂の方でありましょうか)
さあ/\尋ねる事情/\、それ/\こちらにこうして又あちらへと言えば、一日の日も心休まる事あろまい。めん/\万事道理今一時であろ。前々は、その日/\の道理を見て、心に分かるがよい。




明治三十二年九月二日
 林熊太郎三女たかゑ六才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、身上一つさあ小人いかな事であろ。どうでもならんどうでもいかん事情、尋ねる事情には又順序のさしづしよ。さしづというは、どういうさしづと思う。小人まあ内々何でもという心運ぶ尽す中に、こういう事なあと思う。これ必ず思うやない。よう聞き分け。この道難儀さそう不自由さそうという道でない。よう聞き分け。皆の中内々一つ中と言うやろ。いつ/\までこんな事、人が何と思うやろ。これすうきり思い開かにゃならん。この道に理を諭す。いんねん諭す。いんねん世上へ諭せば、めん/\今まで通りた道順序聞き分けて、親々治まったら、何も案じる事要らんで。この事情治め。よう尋ねた。事情世上にはどんな難もある。これだけなら、為す事情から取って見れば、たんのうせにゃならん。身上に不足ありて、たんのう出けやせん。なれど、たんのうは前生いんねんのさんげえである。しいかり聞き分けてくれ。




明治三十二年九月二日
 春田英一三十六才身上障り願(吉野川役員)
さあ/\尋ねる事情/\、どうも身上に長らえて心得ん。この身上なあ。成らん成らん尋ねる。尋ねば、さしづ。よう聞き分けて、十分治めてくれにゃならん。よう聞き分け。所という、一つ理というは、元々何も声も無く、一つ道ある。この順序道は、どういう事で出けたか。身上尋ねる。聞き分けねば、唱え出け難くい。道に諭す。いんねん。この理から内々それ/\聞き分けば、分からんやない。いんねんというは、成らんがいんねん。しょうと言うて出けるものやない、しょまいと言うても出けて来る。この理聞き分け。いんねんならと言うて了えば、どうもならん。よう聞き分け。この道には生まれ更わりまで諭す。世上いんねん数々ある。数々ある中の、世上第一難々から、めん/\聞き分けてみよ。道運んでる中に皆ある。身上案じてはならん。万事道どうこう思う。尽す心皆受け取ったる。これから楽しんでくれ。楽しめば、又喜ぶ心出るやろう。これ聞き分けてくれ。




明治三十二年九月三日
 撫養部内坂出出張所新築願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ/\前々には事情いかな事であろ。皆惣々の理であろ。いかな事情万事諭す。まあよう聞き分け/\。こんな思い掛けない事という説もあろ。又それ/\順序もあろ。余儀無く事であろ。一つ改めて順序諭す。もう一度/\皆んな思い無けにゃなろまい。前々十分成ぁたる処から見たら、旬、まあ遁れたかと、心に治めてくれにゃならん。一つ改めて事情、これからという心以て運んでくれ。順序は取りよでころりと変わる。よく聞き分けてくれ。尋ねる事情は、何時なりと掛かるがよい。




明治三十二年九月六日
 阪本弥三郎四十九才身上障り願(池田役員)
さあ/\尋ねる事情/\、事情さあ/\いかな事情であろう、どういう事であろう、一つさしづ早くと言う。尋ねる。よう聞き分け/\。一つ理というものは、外に無い。理というものは、外に無い。身上から道に、道から身上。めん/\心、心だけのもの。身上が切なし、身上が切なし、こんな事でどうなろうと思う。一つよく諭してくれ/\。身上から一つ理思う。どんな事思う理が出る。道は長く長らくなら、どんな日もあろ。これまでこんな事思うた日もあろう。これから、何でも楽しみという心定めてみよ。どんな理も籠もりある。これからという心定めてみよ。数々は諭すまで。よう聞き分け。




明治三十二年九月八日
 森下友蔵伜両名出直し事情に付伺(兵神部内神戸出張所)
さあ/\尋ねる事情/\も、だん/\事情によりて余儀無く事情、どうも忘れるに忘れられん事情、どうも何たる事情、これどうこうさしづ出け難ない。皆掛かる事情、どうもこれ聞いて居る。これ取りよう無き事情。銘々道々たぁて運ぶ中、堪えるに堪いられん事情、皆思う。教会、出張所、布教所、これ/\何たると思う。どうであろ。よう聞き分け。いかに悪魔という/\。どういう事ゆえ、銘々したらどう、これ他人に遭わせたとすれば、後々苦しめにゃなろまい/\。これ聞き分けて、真を改めてくれるようと、さしづして置こう。




明治三十二年九月十日
 浅井勝太郎次女つる身上願
さあ/\尋ねる事情/\、身上なあ事情なあ/\、成らん/\の事情尋ねる。尋ねるからは順序諭す。よくしっかり聞き取ってくれ。一時堪えられん。それ/\思うやろ。一時どうとは無い。なれど、身の処大層。大層やが、大層なら、又皆どうしたらと思う。皆々よう聞き分けくれ/\。成る/\成らんが一つ理、成らんと言うて成る理、これ聞き分けにゃ分かり難ない。日々の順序心の理有る無いはあろまい。物々の理多分々々理があれど、身上不足ありて、楽しみはあろまい。順序として救けにゃならんが理。なれど、身長らい長らえて。なれど、いろ/\思う。よう聞き分け。世上にもあろ/\。この心以てたんのう。たんのうは前生いんねんのさんげと言う。これ第一よく聞き分けて、真の心改めてくれるよう。




明治三十二年九月十二日
 岩朝脇次郎四十九才歯痛みに付願
さあ/\尋ねる事情/\、身上一つさあ/\事情いかなる事と言う。何ぼうでもならん思う処、どういう事である。何が間違うと思う処尋ねる。尋ねば道の順序諭すによって、よく聞き分けにゃ分かり難ない。これまでだん/\の道通りたる。いかなると思う。最初はふわ/\したもの。それよりめん/\それ/\運ぶこうのう集まりたる処、よく順序諭す。しいかり踏ん張りて運んでくれ。どういう事諭すなら、国々所々名称という、追々事情だん/\始めて一つ理と言う。一人事情追々諭し、諭したら浮かむやろ。めん/\心に確に踏ん張れば、いつまでも確に踏ん張れば、いつまでも一つ理を諭そ。身上案じる事要らん。

 分教会へ引き越しの御許し頂戴致しましたが、これは如何でありますか願
さあ/\追々の理/\、楽しんで居れば楽しみの道。何でもと思えば、いつ/\までの理。事情は許してある/\。




明治三十二年九月十九日
 井上政治郎二十九才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、身上一つ成らん/\の理、理を尋ねる処、理は一つ諭そ。身上余程大層になったるなれど、一時どうとは無い。なれど、心という理を思案せえ。これまで/\日々尽し運びある処、受け取ってある。この理残る/\。又一つ、積んだ理は離そうと言うても離れやせん。これまで積んだる理あるから、これまで話聞けば、何たる理。皆々そも/\の理、よう聞き分け。真の理は誠、一つ理は誠。誠一つ理は実という。これまで嬉しい中、心に掛かり、今までの理これ諭して、どうなりこうなり結構という理を諭し、楽しみの理というは天の理。天の理は実々、実は天の理。この理より無いで。これを早く諭してやってくれるがよい。さあ急いで/\。




明治三十二年九月二十六日
 奥野権平六十四才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上に心得ん事情尋ねる。いかな事情であろかと尋ねる。尋ねるは理は諭そ。よく事情聞き分けにゃ分かり難ない。まあこれまで長らえて/\道という。一つ長らえて一時事情一つ/\、まあどうなろこうなろ、後々の理。又一つは、めん/\尽してある運んである思うは日々であろ。日々の処は、そら受け取ってあるなれど、身上頼り無いなあと日々思うは理なれど、これから暫く。まあ/\楽しみ見て何も思わず、これから治まりを見て楽しみ。心悠うくり持つがよい。さあ早々急いで話するがよい。

 内々家内の処道の上より運びまして誠心定めはおたすけ下さる事か、押して願
さあ/\尋ねる処/\、まあ身上に一つ事情ありて、事情尋ねた。身上は、まあ一つは満足与えての諭。又身上不足ありて楽しみあろまい/\。日々の処、心に掛かりてはなろまい。何か心に掛からんよう。どうしょ、孝心の心からなら、いつ/\まで伝う理。これ一つ第一の話である。よう聞かしてくれるよう。




明治三十二年十月十八日
 山瀬文次郎家内身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ一度二度一つの理尋ねる。身上どうでも心得ん一つの理を尋ねる。それ/\さしづ何とかありそうなもの。道から出るもの、一時前々よう心を浄めて、中に/\こういう事があろ、何が間違うと言う。日々であろう。よう聞き分け。教会一つの名称容易で成らなんだであろう。皆の心、よう一軒一つ日々迫り日々油断ならんと言うであろ。よう事情諭する。昨日今日ではない。古い中に治めの道始め掛けた理である。子供に成り替えたようなもの。談示の中の理、外の事思うてはならん。道の互いの治め合い扶け合い、万事の理これに留まる。めん/\一名一人の心に治め。何度の尋ねも同し事。

 押して願
さあ/\皆々あれはどういう者、人間心に持たず、内々人々家内一つの理、互い扶け合いという親切合いという。こんな事した思わんよう、理のさんげ。三才小人なあと、優し/\心持って守護という。




明治三十二年十月十八日
 佃巳之吉女児出直しに付心得のため願
さあ/\尋ねる事情/\、さあどうむ心得ん。いかな事情もあろ。尋ねる一つだんだん年限通り年限の理を以て掛からにゃならん。教会という理を聞き分け。皆々心治まる。日々一つの理心に持たず、神の理心の理惣々の理鮮やかなる理に治め。道という一つどういうもの。教会地所という、小人楽しんだ理。何が違うであろう、どんなものであろう、心に掛かる。我が子の顔見たら可愛い理。道という成らんと言うであろ。成ると言えば成る。その心成程、表に一つ真の心治まれば、治まらんでない。真の心を世上の心ならんと言えば成らん、成ると言えば成る。道を改め。先も教会の道を治まらにゃ、教会も治まらん。道もおっとうり、煩う心をこうと聞き捨てゝ了うたら/\、又道という。道を心に勇むなら、神も勇む。細こう聞き取って人を喜ばせば、神も喜ぶ。成らん処救けるが神の理。成る処救けえでも、先々も治まる、思う処も治まる。あちらこちら送る、小人連れて戻る。一時世上一つの理も無きにも方々惣々の中に、教会役々の理に伝え。何処で見ても方々あちら欠き、重なる者一つの理で治まる。これまで一つ立て替え。この順序聞き取って万事治め方と言う。




明治三十二年十月二十一日
 関口定松並びに妻つる身上、尚小人の処申し上げ願
さあ/\尋ねる事情/\、いかな事情も尋ねる。身上にどうも心得ん。どういう事であろ。まあ一つにはこれではなあ、心に思うだけ。心理があって思うのや。心理があって思うのや。これしっかり解きほどき、心得のため諭す。どういう事諭すなら、道のため国のため運ぶ中、身上どうと皆思う/\心、いかな事も聞いてくれ。どうしたさかいに、こうしたさかいに、皆道の中に、難儀さそう不自由さそうという理が有るか無いか、聞き分け。皆前々事情、前々事情は見せようと言うて見られん。又言うたて分からん。生まれ出したるは、皆理を以て出たる/\。それ道を始め掛け心寄りたる。国々見分け有る無いは、国にある。たすけ一条と言うて、内々こういう事と、小さい事思てくれな。世上大き理を皆一時ほのか見るであろ。この理聞き分けて、道という理ありて一つ運び、事情胸に治めてしっかり定め。不自由さそうという理はあろまい。そんならこの身上どうと又起きる、尋ねる事情、案じる事要らん、案じてはならん。又小人どうと思うやろ。なれど、世上の理から心治めてくれるようと。




明治三十二年十月二十五日
 永尾徳松四十一才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、身上事情さあ一時理を尋ねる。いかなる事であろ。だんだん日々どうも。さあ身上一時堪えられん事情でない。なれど、心に堪いられん理堪いられん。どうも忘れようにも忘れられようまい。一つ諭し置こう。よく聞き分け。元々余程長い年限々々、これではなあ思た日あろ。どうなるもこうなるも日々道に心治めて日々と言う。その中から身上心得んと尋ねる。尋ねるは順序諭す。よく聞き分け。内々それ/\中に、何不自由無きなれど、身上心得んというは、日日忘れられん。これ聞き分けて、道の上にはどんなとこもある。又世界どんなとこもある。これ眺めて、よう胸の内に治め、思やんせえ。どんな理、成る成らんの理をこれ聞き分け。人間は神の守護ある理であろ。よう聞き分け。一日の日悠うくりありて、明日見るに見られん、聞くに聞かれん。これ第一。又内々それ/\いんねん、為す事いんねんこれ聞き分け。世上難見てこれだけならと早く取り替えてくれるよう。すれば身の内案じること要らん。未だ/\長いこの道、年々歳々事情内々心に掛けんよう、道に心に掛けてほんに成程、今まで彼方も此方もそも/\であるなれど、道付け掛けた道は付けにゃならん。道は末代の道末代一つ、何でも彼でも心を一つに寄せて伝うなら、何も案じること要らん。先々長い楽しみあれば楽しみ、これだけというだけ心に順序理を諭し置こう。




明治三十二年十月二十六日
 高橋直秀六十才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上一つ理を尋ねる。いかなる事であろ、と尋ねば、一つ事情諭そ。よく事情聞き取れ。長い間の事情、さあ/\一時どう/\だん/\一つ/\重なり、又身上心得ん。何たると思う。思わにゃならん、思わにゃならん。事情から一つ諭しよ。よう聞き分け。これまで長い間、身上一つ/\思い、運び尽した理は、日々受け取ってある。よう聞き分け。所に紋型無い処へ、一つ理を下ろし、道のこうのうによって、楽しみ出けた。楽しみの中に、内々又候々々理ありて、これどうと思う。よう聞き分け。一代切りと思えば、何したんと思うは理なれど、この道末代の理。末代所に理のある治まりという。末代理一度も同し事。この理楽しんで運ぶなら、未だ/\案じる事要らん。道楽しんで運ぶなら、末代。末代の名が、楽しみやで。この理小さい事やない。大き理やで。末代という理治めて運ぶよう。身上案じる事要らん。未だ/\。案じる事要らん。




明治三十二年十月二十七日
 扇田豊次郎伜伸六十六才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、尋ねる事情は、だん/\の事情内々の処にて心得んと言う処、どうもこれではなあ一つ思う。身上の処余程大層。大層なるが早く順序諭してくれ。身上不足なれば、一時定まる事出けん。たゞ身上切なみだけ思い、一時なると思わず、こういう事ではなあ、道にこういう事では、これ間違い無いよう、皆道の中に諭す。事情身上不足なると皆々心にある。あゝ切なみだけ、こんな事ではなあと、些か持たず、内々難無くば何も言う事無い。けれど、年々によって、どんな難もある。これ聞き分け。身上不足ありて、いかなたんのう出けやせん。よう聞き分けて、理を治めにゃならん。一時大層。尋ねる事情はとう/\一日の日、早々と思えば日々事情によって遅れる。内々こん事を思わず、皆世上見てたんのう。後後速やかならば、速やか治まる。又どういう事あったって、速やか理より無いと、さしづして置こう。




明治三十二年十月二十八日
 中西寅松身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ事情尋ねる事情身上という、一時心得んという理を尋ねる。尋ねるからは、順序諭そ。どういう理を諭すなら、よう聞き分け。これまで長らえての間長い道すがら、心運び/\月々年々通り来たる中、一つどうも一時日は経った。どうなりこうなり日経った中、それ頼り無いようなもの。よう聞き分け。些か心に一つ理を含み、心に治め、道通る日々理である。日々運ぶ中、十分の理、十分の理に身上どうという。人間は皆神の守護、神の守護の中に理がある。よく諭してくれ。同じようなゝあ、日々悔やむやない。道は将来末代の理やで。よう聞き分けて、頼り無いと、更に思わず、心どんと治め。成るも一つ成らんも一つ、この心定め。事情は日々諭す事情に籠もりあるによって、十分たんのう治め。心にしっかり。さあ/\身上頼り無いと更に思うな。よく聞き分けて、十分諭してくれ。




明治三十二年十月二十九日
 梶村ワキ次男京蔵八才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、今の一時という事情、子供一つ事情、どういう事であろ、日々思う処、尋ねる。前々事情、事情は余儀無く事情であったであろ。余儀無く事情なれど、一時事情、代々勤めて居る理、この理聞き分けにゃならん。万事事という、皆々理あって、今日の理。一代暮れた者、これ一つ聞き分けにゃ分かり難ない。道というは、皆一つ/\運び、順序通りた順序事情によって、代わりて一つ事情。一時暮れた一つ理で、後々と言う。暮れて了た者は、是非無く、後々道以て後々伝う。さあ子供事情案じる事要らん。後々心得のため順序諭し置こう/\。




明治三十二年十一月六日
 古川太十郎二十九才伺
さあ/\尋ねる事情/\、尋ねる事情は、一時身上一つ心得ん。尋ねる事情、いかな事情も尋ねにゃ分からん。順序諭そう。道というは、人のため世界のため国のため道のために、尽して居る中に、身上こういう事でなあ、世界からなあ、思う心日日であろ。よく諭する。内々それ/\事情聞き分けてくれにゃ分からん。どういう事を聞き分けるなら、これまで信心の道に入ってあゝしてこうして置けば、何事も無いという一つの理より、内々万事の処より掛かり、惣々日々であろう。こうして長らえて、世上からなあと言う。よく聞き分け。人間は皆神の子供。不自由さそう難儀さそうというをやは無い。一時身上大層と思うやろう。一時事情さえよく心に治めるなら、為す事情諭しても居るやろ。めん/\成る事情成らん事情、一つには年若きより治めたる事情は、将来末代。長く短く理は無い。成っても成らいでも、一つの事情どうでも一つの理より無い。皆々の理に、しいかりよく治めてくれるよう。




明治三十二年十一月八日
 久保田百太郎四十七才願
さあ/\尋ねる事情/\、身上一条の理を尋ねる。さあ身上これよう事情諭す。万事直ぐ/\伝えてくれ。身上不足いかなると、日々思う。日々これまで尽した理、内々大変悔やしんである。よう聞き分け。一時身上不足なると持たず、皆それ/\世上の理を眺め。道に理があれば、今日までの理。一時大層。大層なれば大層の理を運べ。心をどう成ぁたて構もわん。一つの道という、心より無い。早く一日治めてくれ。心は成っても成らいでも、道というこの理より無い。前々聞いたる。難儀不自由さそうという親が、有るか無いか、聞き分け。




明治三十二年十一月二十六日
 多菊善平妻つね二十四才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、いかな事情も尋ねるやろ。尋ねるからは、しいかり聞き取りて心治めてくれにゃならん。さしづという、何が違うでこうなるという。第一安産事情はなか/\事情一つ、第一表出したる。許し事情が出したる。その事情からよく聞き分け。世界道理から見れば、どうも空児という、空児という、なか/\事情。事情は余程大層。とんと分かり難ないなれど、どうぞこうぞ、その日経ち越したる。心に理を治め。又道々という、行き止まり、行き止まりありてはならん。行き止まりとはどういう事、真実中、心とんとまあ/\どうであろ。めん/\判断付こまい/\。よう聞き分け。国に一つ理の始まりという/\、聞き分け。先々幾つある/\。この理第一。事情、この理から心に理治め。何とも無くしてなろまいなろまい。道ありてだん/\治まりたる。親子という。もうどう思たて、こう思たて、道の理より無きもの、天の理より無きもの。これしいかり取り調べ。大事の処、しいかり親々事情聞き分けるなら、事情は何も案じる事要らん。事情案じるから、どうなろうか知らんと、道案じにゃなろまい。これよく聞き分けてくれ。




明治三十二年十二月三日
 上原伊助妻ミツ二十三才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、身上事情尋ねる。いかなる事情、一つ理尋ねる事情諭す。いかなる。さあ内々身上事情、内々事情一つ事情堪ゆるに堪ゆられん事情、一つ余程事情大層である。いかなる一つ事情成らん事情/\、成らん成る道の中に、いかなる事情も問い、問う道筋にはどんな一つ道筋もある。踏み止めてくれ/\/\。踏み止めにゃならん。何処から此処から理治まりて治まる。どうでもこうでも道であろう。道々にふしあって、よう聞き分け。さあ、よう聞き分け。もう、どうなるや知れんこうなるや知れん、皆思う日はあった。楽しんで、それ/\楽しんで/\、これを一つ聞き分けてくれ。さあ/\悪い処日を経ったなら、楽しみの理である。一代と言えば頼り無い道である。なれど、末代という理が楽しみの道である。さあさあ楽しみ/\。これをよく聞き取ってくれるよう。




明治三十二年十二月八日
 宮田善蔵四十五才並びに小人身上障りに付願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上一つ事情、いかな事と思う事情、尋ねる事情はめん/\という、めん/\心という。一つ理という、身上障りあれば、何か事情、親子中一つ案じる。よう思案してみよ。同じ兄弟親子、一つ皆んな集まった理に、案じる事あるか。案じる事些か要らん。よう聞き分け。集まった理は、どんな事こんな事あろうと、皆治まった理から思案して、我が身案じんよう。広く大き心どんと治め。身上どうとは無い。案じてはならん。何か治めよ。案じる事要らん。案じると、案じの心はめん/\心ある。皆兄弟、兄弟寄り合うた理、集まった理を思い、どうなるも理。よう聞き分け。めん/\もこれまで心運んだ理から、聞き分け。古い者も今の者も後の者も、皆同じ理。掛け隔て無い程に。どんと心治め。




明治三十二年十二月十四日
 深山に付、駒谷年雄縁談事情心得まで願
さあ/\尋ねる事情/\、前々の事情には、多い中、どうも散乱々々、散乱の中通りたる。一時心以て治め。後々運ぶや、一つ苦が遁れたらと言う。又候起った理から治まり/\。治まりから一寸残したる理。切れば切る、繋げば繋ぐという。心一旦こうと改めるは、一つ精神である。この心以て運び方するがよい。




明治三十二年十二月十九日
 杉本きみ十八才身上願(北山出張所部内)
さあ/\一時事情尋ねる/\。さあ/\事情にては大変。一時の処どうにもこうにも順序の理何とも取り返やしようも無い。事情心にあろまい。皆々の事情あら/\一時早く、一度二度の事情何度ある事情、この一つの事情どうも難しい。事情話すに話せん重なって、このくらいの事である。それ/\危なき怖わき一つの理は、許しの理である。ようこれ聞き取りてくれ。ようも/\と思う。いんねん事情こそ怖わい理は無い。一度で順序運び難くい。何たる事と思う。他に扱う、思う心が違う。人の理めん/\の理、めん/\の理という。これを皆々の者、どうも他に一時言葉の理は、道から一つの理を運びて、取り扱い難しい事である。取りよ/\どうでもどうでも皆一つの理に持ってやるよりは無い。皆々心に治めてやる。やり難くい。今日の日又々の理に思う。何故なると思う。いんねん程恐ろしいものは無い。しょうと言うて成るものやない。こんな事情心違い、しっかり踏み留めてやるがよい。しいかり定めるがよい。




明治三十二年十二月二十一日
 関口つる身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上いかな事情、一つの処尋ねるは、一つ事情諭し置くが、よく事情聞き分けて、事情めん/\で事情拵い、道は十分一つと言えば、中にめん/\一つ事情拵え、これまで長らえて事情、容易でなかった道を通り、一つ順序。いかな事も一つ万事成らん/\処通りたる道であろ。一つどういう事であろ。又候前々一つ、又候どうもならん。まあ案じる処/\、もうならん/\の処、又候々々、皆思う。どうもならん。心で案じる事情は、よう聞き分け。身上なかなか事情大変。事情大層。人によっていかな事と思うは、一寸事情。よう聞き分け。日々運ぶ尽す処、日々受け取ってある。そうであれば、又身上どうと言う。よう聞き分け。難儀さそう不自由さそう親無きは理。そこに身上に掛かるはどう、又重なる事情に掛かるは、どうと言うは日々であろ。なれど、心取り替え/\。身上一時どうとは言わん。一寸大層。成っても成らいでもと、心尽した理は末代。理末代の理。これ将来に聞き分けば、怨みる処無い。よう聞き分け。一代と思うによって、心どうもならん。難儀不自由めん/\思うから、めん/\理に掛かる。これよう聞き分け/\。
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posted by 朱夏 at 05:21| Comment(0) | TrackBack(0) | おさしづ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

おさしづ補遺(明治三十一年)(公刊おさしづ第七巻より)

おさしづを読む前に、「おさしづを身近に」をご参照下さい。
天理教勉強blog: おさしづを身近に。

おさしづの順は、公刊おさしづに準じています。
但し、旧字は常用漢字に改めています。
また「割書き」部分は文頭を一段下げることで、おさしづ本文と区別しています。

教語、人名など、検索機能をご活用下さい。
天理教勉強blog内検索

誤字脱字等あれば、コメントにてご指摘下さいますよう、お願い致します。




明治三十一年一月三十日
 山中かめ身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあどういう事もこういう事も、尋ねにゃ分かろうまい。尋ねたら、事情諭す理ある。よう聞き分けて、ほんに成程と治めにゃならん。身上不足なりてなろまい。身上不足なりてならんが、身上に事情、余程事情及んだる。よう聞き分けて、よう諭してくれ。何かの事せにゃならん。人の心一つで身上という。事情は成程聞いて居る。そこで、よう聞き分けて、何もこれから事情にては、案じ無きは、案じ無き。どうでも大切。聞かす理満足、心休めて満足。話楽々。暫く、心すぅくり何の心も思わんよう。一日も早く運んで、身上どういうものであると思わず、聞かすな。




明治三十一年二月三日
 山崎吉三郎身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上事情、さあいかな事情尋ねる。さあ/\まあ道のためと言う。日々の処、心に理を持って運ぶ日々の処、重々受け取る/\。理という話、身上どういう事もこういう事も、めん/\内々一つ事情、何でなると思うな。道のため何でもという。日々事情身上どうと一つ持って、中に一つ事情皆籠もりある処、重い事情は、いんねん皆諭す。諭せば、内々にもよう聞き分けて、成程と思えば、前生さんげえと言う。事情聞いてあゝと思うは前生さんげえ。又めんめん身上堪えられん処、めん/\世界なあと、更に思うな。よう聞き分け。たんのうは出けやせん。なれど、たんのうは真の誠。誠なら受け取らにゃならん。身上不足なりてたんのう出けやせん。なれど、まあこれでなあ/\、家内持って聞き分けば、前生さんげ。身上これでたんのう/\。身上不足なりてたんのう出けやせん。なれど、成る理聞き分けて、出来るたんのうは真のさんげえである。ようこれを聞き分けてくれ。




明治三十一年二月四日
 西野音吉妻ナヲ三十七才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、まあ事情諭すは一人でえゝ/\。事情尋ねは、事情一人の事情、一人の事情で聞くがよい。

 一人代理の願
さあ/\尋ねる事情/\、尋ねる事情は所々と言うで。皆これまで始め掛けたる一つ理、これまでとんと分かり兼ねる。分かり兼ねるから、とんと事情に計り難ない事情になり、なれど、めん/\それ/\集まりて運べば、どんな理も治まる。道というは、そも/\では、集まる事暇が要る。事情はこれから何でも皆同じ理以て話し合うなら治まる。先は鮮やか所々勇む一つ理、最初一つ理は分からん。年限一つの事情、所に無うても、世界にある。世界にある理聞き分け。順序運び、事情はどうせこうせは言えん。世上皆事情、これよう尋ねた。しいかり諭す。これから、しいかり夜に夜次いで、皆心持って運ぶなら、又事情。さあ幾日という理以て、実か実やないか、試してみよ。そうすれば、鮮やか分かる。




明治三十一年二月五日 午後
 田中光次郎小人角太郎出直しに付伺
さあ/\尋ねる事情/\、余儀無く事情を尋ねる。余儀無き事情諭し、一つ順序たる処、道のため出越したる中に、一つの事情いかなる事と思うやろ。事情は大きな事に諭し置こう。大難小難この一つの理より理を心に治めて、一時は可哀という、一つの理ともいう。これ一つ、よっく聞き分けにゃならんで。




明治三十一年二月五日
 小寺又吉身上願
さあ/\尋ねる事情/\、いかなる事情尋ねる処、身上の事情一時事情余程大層。一時どうというこの事情は、未だ一つ駈け付いて尋ねる事情、余程迫りたる。一つ事情の理を早く伝えてくれ。身の処不思議でならん、心得んと言う。前々長い道と言うであろ。よう聞き分け。成るも一つ成らんも一つ。この理は一寸には分かろうまい。たった一つの道と言う。身上に何とも無くば何とも無い。言うまで、尋ねるまでやろ。今一時身上迫る処、何が違うやろ、どの理が違うやろ、思う処、一つの事情ほんにこれではなあ、身上に事情あればいろ/\心に思うやろ。なれど、一つよう聞き分け。淋ぶしいとは必ず/\思わず/\。成っても成らいでも一つ、よう聞き分け。一代と思う心の理が淋ぶしい。末代という理を聞き分けるなら、何も淋むしい事はあろうまい。道という一つの理を治めてくれ。早く/\。

 押して
さあ/\事情、聞いた事情は尋ねるやない。道という理は、日々諭する中に籠もりある。これ一つ聞き分けてくれ。




明治三十一年二月十八日
 藤北嘉十郎六十三才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上一つ理を尋ねる処、さあ/\身上長らえてこうなり、もうどうでもと言う。一時散乱で、治まろまい。これまで尽した理は、十分受け取ってある。又内々暫くというは一つ理、又主も一つというは一つ理。よう聞き分け。一時どうという事は無い。なれど、余程身上大層。よく諭すによって、よくたんのう。たんのうというはどうという。身上不足ありてたんのう出けようまい。なれど、よっく聞き分けば分かる。歳々見てこうと思た理治まり見えた。すれば将来所一つ国に一つ深い一つ理末代という理、聞かしてくれるがよい。




明治三十一年二月十八日
 小原長次郎六十才身上願(靱役員)
さあ/\尋ねる事情/\、身上は余儀無く事情であろう。余儀無く事情尋ねかったと一つさしづしよ。十分諭してくれにゃならん。めん/\身の処不足なりて、どうもならんと言う。一つ心まあ/\心一つ事情かりもの思やんしてみよ。救けるという理聞き分け。又よう思案すれば分かり来るもの。又一つ後々あろう。実際聞き分け。身上我儘になろう。これ聞いて聞き分け。一寸一先ず。なれどよう聞き分けにゃならん。後々事情、後々案じは要らん。救ける心残れば、後々続いて治まれば、又後々救ける心残れば、後々案じは要らん。この一つ事情聞き分けてくれ。




明治三十一年二月十八日
 明石関助五十四才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ尋ねる事情には、これまでというは、何でもと言うて日々であろう。何でもと言うて、日々の中よう/\心よう/\理という。楽しみという中、身上心得ん。尋ねる。尋ねば、理を諭しよう。よう聞き分けにゃいかん。これまで世上の中一つ/\諭したる理という、又内々理という。他に諭す理と、内内理と聞き分けにゃならん。道という、一度と言うてはならん。生涯末代という理治めてみよ。一代と思えば淋むしい。将来というは、楽しみ治まる。この理聞かして満足さすがよい。




明治三十一年三月八日
 加見兵四郎長男秀二郎身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上という、身上心得ん事情いかなる事であろ。さあ長い間身上あちら変わりこちら変わり、どうでもならん事情々々、事情どうなりと言えば、心にたんのう無くばならん。心にたんのう、切なみあってそら出来ようまい。たんのうは何でもない。なれど、たんのうは真の誠。これだけ信心して、身に不足なるとは思わんよう、持たぬよう。身上不足なってたんのうは出来ん。世上幾重どんならんならん事情、よう/\という。たんのう親々一つの理も聞き分け。又候々々言えば、どう/\一つの理を以て尋ねるがよい。




明治三十一年三月十七日
 藤井忠四郎三十二才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、身上一つ事情を尋ねる処、さあ日々の処にどうもこれではと思うは理である。身上の処心得ん。又他に心得ん。尋ねる。一時どうとこれはあろまい。なれど、大層。大層ながら、事情諭す処聞き分け。この道というは、一代と思えば、尽した理は楽しみ無い。長い事情、長い事情で切りが無い/\。末代という、この事情治まりの理にて、又一つ事情。この事情聞き分け。何をしたんやら、と更の理に思わんよう。よう聞き分けて、早く事情諭してくれ。




明治三十一年三月二十日
 結城安治郎妻ウノ四十四才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、身上に一つどうも一時心得んと尋ねる事情、尋ぬれば一つ事情も諭しよう。これよう聞き分けにゃ分かり難ない。身上不足なる。道のため心運ぶ中尽す中に、身上不足なるは、どういう事。よう聞き分け。身上の処、一時事情は余程大層なれど、一時どうと言う事は無い。よう聞き分けにゃ分かり難ない。長らく道通りて、どうも身上こういう事。余儀無く事情、頼り無いと思う。頼り無いと思うやない。一代と思たら頼り無い。末代の道伝う。末代と思い心楽しみ。身上不足あって楽しみ無いなれど、世上に日々に諭す事情、為すいんねん。この事情聞き分けて、又一寸事情、道の中/\これでなあ、よう聞き分け。為す一つ事情、いんねんならと言うて了えばどうもならん。道の中に身上不足なあ、為すいんねん聞き分け。もう一代という、思う心更に要らん。将来末代という。これ事情治まれば、いんねんのさんげという。よく聞き分けて、伝えてくれ。




明治三十一年三月二十五日
 谷本庄平身上願
さあ/\尋ねる事情/\、身上さあ一つ事情尋ねる身上の処、長らえての処、一日一日の処、どうなり事情、それ/\運ぶ処、この理無にはならんで。この道日々心定めたる年限の理、これはどう言う事、聞き分け。めん/\から伝える理がある。めん/\これまで事情いんねん。めん/\内々にも、これ一つ身の処ならん/\切なみ/\。この道日々この神のこうをよく聞き分け。運ぶ/\処、よく聞き分け。かりものめん/\身の内かりもの為す事かい。この心のさんげ。身の切なみあってたんのう出けやせん。心のたんのう誠より出るは受け取る。これだけ尽して居るのに他に何と思う、要らざる理を出さんよう。真実心に治まり無くば、聞いたと言えん。




明治三十一年三月二十五日
 西松太郎次女あきの二才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、どうも一時心得ん事情であろ。さあ/\内々に事情ある。どうも一時心に治まらん事情であろ/\。尋ねる事情には、余の儀外儀の諭しは無い/\。道は重々道尽し長らえて年限、この理は重々受け取る/\。なれど、一時の際、どういう事であろ。よう聞き分け。身上の処小人事情は、小人の事情の事情には、余程事情であるがこれよう聞き分け。尋ねばこういうさしづありたと、一つ心得のため諭そ。よう聞き分け。道の中に良い日ばかりなら楽しみばかり。又これではなあ/\という日ばかりでは、日々送る事出けん。日々には昇る日ばかりでは無い。事情は大変日々思う処、一時どういう事、急えてはならん/\。急えたてならん。よう聞き分けて、心という一つ始めた理、生涯末代と思い留まりてくれ。これより諭無い。道に通り難くい/\道は、遙かの楽しみ。楽しみ、これなあ思う日多い/\。心悠っくり。道は年限で立って来る。一時どういう日がありても、日柄時々ありて治まる。小人又候という理があろ。又候という理があろうが、よう聞き分けて、どういう事辺所へ出た心持って、先々計る心持って還ってはならん。又還やすような事あってはならん。よう聞き分けて、あちらの話こちらの話、どんな事聞いても、道は一つの道。この一つの理、よく聞き分けてくれ。心という、大きい持って、これからという。これまでもう危ない事ばかりの道でも、踏み被り無く連れて通りて来た。どうで一つ思案ある/\。なれど、手を一つに繋ぎて行くなら、何処までも連れて通る/\。道の事情と小人の事情と聞き分けて、我が事思い開く事出けん。なれど、成あって来る理を聞き分けて、取り直し、内々小人事情、これ一寸諭し置こう。




明治三十一年三月二十七日
 西村喜右衞門五十八才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、どうも身上に心得ん/\事情尋ねる。もうどんな事もどんな事も、これまでの事情の諭は、後にあるか先にあるか、皆知らしたる。日々心治めて事情、又心に持って事情。こういう事心得ん、どういう事違てあろ、こういう違てあろ、どういうさしづあろが、又思う処尋ねる。一つ事情も知らし置く。よう聞き分けにゃならん。さあ/\治め方/\、どういう治め方。多く中と言えば、どういう治め方もある。善い事集まって来れば、又どんな事も集まって来る中に立ぁて、一つ事情中運ぶ事情、道理事情、道理に適わん事諭した処が、適わん。身上障り尋ねる処さしづ/\。善い事集まれば、どんな事も集まる中に、こういう理見分けにゃならん。適わん事は、いつ/\までと言うてはならん。善き理にゝも掛かれば、どんな理にも掛かる。だん/\鮮やか伝えば、何を諭す。どういう理を諭す。たゞ一つの理、理は一つより無い/\。跨がりの理を拵えるからならん/\。事情これだけと思て、成る理聞き分け。一つの理難しい。どうでこうでも、この度何処からでも集め来る。誰とても同じ事、長い年限同じ事。中に同じ事、新しも同じ事、真の理心に治まれば、真の事も無きもの。この理聞き分けて、何かの事治めにゃならん。どんな理も治めにゃならん、という。




明治三十一年三月二十九日
 山中彦七拝戴のおさづけに付伺(以前親が頂戴致され、その時、末代子孫までの理に授け置くとの御言葉に付、この事は如何の事でありましようかと御願)
さあ/\尋ねる事情/\、さあこれまでの事情、これまあ十分の理治めたる。古い事や。よう聞き分け。幾何年なる。古い事十分一つ始め。始めの理によって、万事これ一つ末代、と授けたる。一人は未だ存命で居る。心が伝われば、同じ理。心取り伝えば、末代の理。さづけという、万事さしづ聞いて居る。授けた心残りなるよう伝え。理が伝う/\。又切り替えという。切り替えたれば、一代で仕舞がという。治まりたる間に、同じ理将来に伝うと言う。




明治三十一年三月二十九日(陰暦三月八日)
 前田平四郎六十八才身上願
さあ/\尋ねる事情/\/\、身上事情尋ねる処、どうもこれ心得んという理尋ねる。身上こうなればどうであろ、これまでならん処だん/\運ぶ尽す中になあ、これどうでも思う。思う処聞き分け。尽したという、十分尽したという、運んだという、こら日々受け取りたる。又受け取ってあれば、身の障り切なみどうと思う。よう聞き分け。身に一つ事情、これまで運ぶ尽す日々思い、身上こうなりて、めんめんこうと思えども、他になあ/\、その思う心こら要らん。日々受け取る理、末代に受け取りたる。末代伝う。一代と思えば、何をしたんやらと思う。末代伝う理聞き分けて、ほんにと心に治まれば、又一寸事情。身上は大層々々。大層中に、こんな事となあ思わず、生まれ更わり末代という。心矯め直したんのうは出けやしょまい/\。人間一名一人という。世界に理、世界にならん。この理聞き分けて、同じ一つ人間。日々一つの理は、尽した理は何処へも行かん。よう聞き分けて、成程という理治まれば、又一寸事情。




明治三十一年四月一日 朝
 吉岡栄蔵身上願(近愛支教会長)
さあ/\尋ねる事情/\、身上に事情長い間の事情、身上に不足なる。日々の処これまでだん/\道のため、又一つは事情日々に思い運ぶ中に、身上不足とはどういうものやろう。長い間なら、めん/\それ/\内々にもこんな事ではと思うやろう。思うは余儀無くの理。なれどよっく聞き分け。身上かりもの、為すいんねんの理も、めん/\諭す処の理であろう。今日もなあ/\と言う中に、よく聞き分けて、しっかり治めにゃならん。身上は余程大層なれど、一時ではない。よう聞き取れ。身の内不足ありてたんのうは出けようまい。なれど世上の理世界の事情を見て、たんのうの理を治めるが、前生いんねんのさんげとも言う。早く順序の理を諭してくれ。




明治三十一年四月二日
 中谷治三郎四十七才身上願(東海支教会役員)
さあ/\尋ねる事情身上、さあ一時事情尋ねる。さあ/\長い間々長い間に身の処とんと心得んなあ、言い/\日を送りたる処、一時身上迫りたる処尋ねる。又一つどういう事、それ/\心以て養い、なれど鮮やかならん処尋ねる。尋ねば一つ諭し置こう。よく聞き取らにゃ分かり難ない。一時身上大層なりてある処、まあ一時どうとあろまい。なれど、よく聞き分けて治めてやらにゃならん。さあこれまで道のため運ぶ中、身上不足無ければ何ともあろまい/\。身上事情皆んなこれまで事情というはそれ/\諭すやろ。又一つ集まりたる中という。心というは、一時取り直し出け難くい。年は盛ん一つ理である。身上これなればどうとそら思う。よう聞き分けにゃ分かり難ない。これだけ運んで尽して居るのにどうと思う。なれど、よう聞き分け。皆それ/\から諭す中、話に知らず/\為す事情いんねん諭す。世界に諭せば、又内々に取り直し、そんだらいんねん為す事と言うて了えばどうもならん。皆諭す中、めん/\分からん。身上不足なりてたんのうは出けやせん。たんのうは出けやせんがなれど、いんねんは世界ある。めん/\どういう事ありたこういう事ありた、聞いて居る。それから聞き分けて成程と、よう聞き取ってたんのう。道ありて道に聞いた理、世界見れば分かる。これ聞き分け。たんのうは出けやせんが、いんねん事情世界眺めてたんのうすれば、前生いんねんのさんげと言う。これ聞き分けて、よく諭してくれ。




明治三十一年四月十日
 斉藤作蔵長女きよ身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあどうでもならんから余儀無く事情尋ねるからは、事情一つ一時のさしづ。どうも身上長らえてどうも変わりて一ついかな事、日々の処は成らん事である。成らん事やが、理を聞き分けにゃならん。これまで道のため、人のため、国のため、尽して事情中に内々この身上と、こら日々思う処/\いかな事、よう聞き分けにゃ分かり難ない。日々の処何とも無くば何とも無い。なれど、身上一つ事情あると、内々堪えられんという処、よく聞き分けて、どういう事という。道の事情理を話するという。為す事情、いんねん事情諭す。諭す事情よく聞き取って、まあ/\知らず/\いんねん為す事情、内々なあ、この事情内々治まれば、又一寸治まる。これだけ諭すによって、よう聞き取ってくれ。




明治三十一年四月二十九日
 下東冨太郎身上願
さあ/\尋ねる事情/\、身上の事情、さあ第一事情尋ねる。一つどういう事であろう、どうでも成らん/\と言う。どれだけ諭すれど、聞かすれど、身上鮮やかならん思う。成らん事情尋ねる。尋ねるは一つ諭し置こう。よう聞き分け。早く諭さにゃならん。長らえて成らん道通る。よう/\と思う。身上いかな事と思う理であろ。よく聞き分け/\。一時の処、余程大層。事情大層はいかな事情々々諭し置こう。何をしたんと、こんな事と思わず、これまで運ぶ事情受け取りてある。受け取りてあれば、身上どうと思う。思う処取り直し、早く伝え。尽した理は将来末代理。身上事情よう聞き分け。何でも無くば何とも無い。長らく道通りた理は、将来末代という心定め。末代と一代と、ころりと違う。この理聞かして、心にたんのうさゝにゃならん。




明治三十一年四月三十日
 森岡勘三郎十八才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、身上に事情が心得んと言う。いかな事情であろ。どうでもならん/\。尋ねる事情には余儀無く事情、身上事情は余程大層、大層と言えば、どうであろうと言う。一時事情どうこうはあろまい。なれど、大層。まあ事情は内内事情、身上事情ありて事情尋ねる。どういうさしづであった。一時の理待つであろう。事情一寸諭し置こう。これまでだん/\道に尽し運び日々事情、これは受け取ってある。なれど、身上余程大層。事情は何であろう、何をしたんやら、言わず持たず。諭す事情、為すいんねん事情、この事情聞き分けにゃならん。大層なる理/\事情内々事情無くば何ともあろまい。一時の処では堪いられん理取り直し、為す事情々々いんねん事情世界諭す事情、内々に事情、辺所世界皆為す事情、いんねん聞き分けて、前生いんねんのさんげ、この理よう聞き分け、聞き取ってくれ。早く事情諭し置こう。事情しっかり聞き取りしてくれ。




明治三十一年四月三十日
 奥中宗市郎家族共奈良へ引き越しの願(奈良支教会講社)
さあ/\尋ねる事情/\、さあ一時以て事情尋ねる処、一つの心以て事情と言う。又日々の事情々々、さあ内々一つの又事情万事一つの理という、よく/\の理聞き分け。誠の心一つ事情にて、一日の日願う日尋ねる日、事情は/\将来々々一つの心、日々の処内々一つの心治まれば、許し置こう/\。




明治三十一年五月四日
 小西勝助身上願
さあ/\尋ねる事情/\、身上一条事情尋ねる。身に何処が一つ成らんもの。身上あちらこちら事情変わり、日々思う。話聞けど、一時事情些か無い。いかなる理も諭し置こう。一時一つの理諭してくれ。身上あちらこちら一時の処何の印も無い。余儀無き理である。よう聞き分け。道のため尽す、世界のために尽して置く。いかなる事になろう思う。知らず/\の理分かり難ない。成程の理を伝え。伝えた理、人間の理と思うなれど、理が治まれば前生さんげやで。又一つ事情これまで知らず知らずの理、皆に初めて理を諭する。めん/\で不自由何度も同じ事たんのう。第一あちらあるはこちらあるは為すいんねん。世界の理聞き分け。めん/\もなあ、内々もなあ、たんのうは前生のさんげと言う。これまで尽した理受け取ってある。よう聞き分けてくれるよう。




明治三十一年五月七日
 西村喜之助身上願
さあ/\尋ねる事情/\、どうも身上が心得んという/\事情は、どういう理であろう。身上心得ん、どう心得ん。さあもうどうでも心得ん、これではなあと思う。思うだけ心という。どう霞む/\。霞む理というは、心得のため一つの事情以て尋ねば、そのさしづは一度やない何度さしづ。この事情心得んにゃならん。日々という、日々事情に、成程働く/\処は受け取る。なれど、若き者というは、夜に夜を次いで働くは理という。何でもどうでも、夜に夜を次ぐは第一。どうもあの人は朝は早いという。この事情人に満足与えよう/\てならん。この諭したら、成程分かる。他に入り込む者は、心次第々々々委せて、事情親子と地を離れて入り込む理聞き分け。親の理から出けたもの。この事情一時改めるなら、いつ/\長く通したい。この事情聞き分け。身上鮮やかなら楽しみ第一。身上霞み、聞き分け。これ改めて事情。身上案じる事は要らん、案じてならん。所立って一つ事情、集まる理で一つ事情日々と言うであろう、と言うような事では、立ち越したこうのがあろうまい。朝早く入り込む。多くの者に満足一つの理、よう聞き分けてくれ。




明治三十一年五月十四日
 松村善兵衞小人善三目の障り願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ/\身上々々、さあ小人事情身上、さあ/\内々にもこれどうやろこうやろ。何か事情は言うまでにあろ。一時身上尋ねる。ほんの事情どうせにゃならんこうせにゃならん、これは言えん。言えんが道理諭すによって、その道理、実と定まれば、何も案じる事要らんものなれど、一時どうも見難くい。その一つ理と他に事情まで思う。なれど、よう聞き分け。小人という、もうこれどうしょこうしょめん/\心に分からん。親という/\一つ理、よう聞き分け。人間これまで何度聞いて居る。人間身の内かりもの/\、一時聞き分け。分かる/\。実際間違う。神のかしもの分かる。よう聞き分け。成ろと言うて成らるものやない。成ろまいと言うて成る。よう聞き分け。この理聞き分けて、ほんにそうであると親親一つ理に定め難くい、分かり難くい。分からんやない。危ない/\と言う。ぼつぼつ世界事情よう聞き分けるなら、成程順序理にある。これ諭し置くによって、聞き分けてくれ。

 押して願
さあ/\尋ねる事情、押して事情、押しての尋ね、どうせにゃならん、こうせにゃいかん、前々事情に諭したる。そこで心次第。これたゞ心、前々道のためこれまで余程という心あろ。又身上どうという心あろ。よう聞き分け。もう微かな事情、危ないと思た事情、成るよう事情、事情運び、うっとしいという事情、心持ってめんめん心あれば、内々一つ理、世界も一つ理。これ聞き分けてくれ。




明治三十一年五月十四日
 佐藤栄佐三十二才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上に事情心得ん、どうも心得んという事情、さあさあ聞けよ/\。どれだけ話し、どれだけ諭し運べど、理が無い思う処、皆々心、一時身上余程事情である/\。人に一つ事情、早く諭してくれ。これまで道のため運び尽し身上こうではなあ、一時思うばかり。事情諭す。事情聞かそ。尽し損と思うな。運び損と思うな。人に皆どの理聞かし、尽し損と思えば何をしたんやらと言う。又一つには、内々たんのう一つ。身上不足ありてたんのうはそら出けやせん。なれど、世界為すいんねん聞き分けば、成程と言う。成程理が治まれば、又一寸よう聞き分け。何をしたんやらと、思わず持たずして、早く諭してくれにゃならん。




明治三十一年五月十七日
 小原長次郎六十才夫妻長男三人共同時に身上に付願
さあ/\だん/\事情尋ねる/\。一時身上の理を尋ねる。幾重の事情、よう聞き分け。まあこうしてこれまでだん/\の事情だん/\の道、よう/\の理が治まり、これからという心の事情、旬とも言う、思えども、身上の処何たる事と思う。よう聞き分け。前々だん/\尽した事情運んだ事情、一代と言えば、尽した理はどうであろうと思うやろう。一代だけの理と思えば、損になものなれど、そうやないで。末代という理は経ったる事なら分かる。日々の処相応の理は治まりたる。治めてある。めん/\は思わくは無い。たゞ後々事情心に掛かる、思うだけ。よう聞き分け。たんのうという、たんのうは誠とも言う。真の誠なら受け取らにゃならん。受け取りたら、後々代々の事情は楽しみであろう。心に掛かる理はあろまい。又内々若き事情にも、この理生涯の理に治まるなら、治まる。早く/\しっかりこの理を聞き取ってくれるよう。




明治三十一年五月二十四日
 藤井幾太郎養子に切り替えに付伺(笠岡支教会理事兼会計係藤井幾太郎養子忠四郎切替に付、跡に治め方上の結果、本人初め親族熟議の上尚笠岡支教会員一同談示の上支教会隣へ引き越す事に決定候間、尚将来治め上に付会長心得のため伺)
さあ/\尋ねる事情/\、さあ一度のさしづいかなる事情であろ/\。尽した理は生涯心の理にある。一代尽した理は台として続く。一つの理は将来末代の理になる。一代は一代はあゝと言うては、尽した理として、後話通り諭し通り心を治め。順序一つの理談じ、それ相当の一つの理に治めてやらねばなろうまい。互い/\聞いて居る。尽した一つの理は、成っても成らいでも、治めてやってくれにゃならん。又治めてやらねばなろうまい。願通り心だけの守護しよう。何時なりと取り計ろうてくれるがよい。




明治三十一年五月三十日
 伊藤文蔵目の障りに付願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上という、どうも心得んという。さあ/\日々の処どうも心得ん。さあ/\一つ尋ねる処、事情諭し置こう/\。身上に心得んという。何程思うたて、定まろまい、治まろまい。身上事情あれば心という、長らえて道という、長らえて中という。身上不足無くば、何も思う事無い。よう聞き分け。まあ/\遠く所、まあ今一時さあと言うたら届くもの。事情年限数えて見れば、なか/\の事でない。付いた事情はなか/\で付いたんやない。これから先長く、これまで余程年限経つ。思う事情一寸治まり掛け、中に身上不自由ではならん/\。通りよいようして通らにゃならん。心に頼もしい持って、通らにゃならん。ついつい忘れ、通りよいよう。事情どんな事情もある。内々又親という、万事伝えて治め。さあ通りよいようして、通りたらよい。




明治三十一年六月七日
 大浦伝七長男武治郎十七才身上願
さあ/\尋ねる事情、さあ/\内々に事情なあ、どうも心得んと思うやろ。さあさあ長い間であろ/\。さあ/\これまでどんな道通りた事であろ/\。後々の事情年限数えて見れば、年限内々どういう事であったと言うやろ。内々若き事情に一つ事情どうも心得んと思う。身上事情あれば何たると思う。何したんという処、通りたであろ。一つまあ/\通りて来た年限処から、一つ一寸事情あろ。又一つ内々身の障り、何が違うという、日々であろ。よう聞き分け。皆んなそれ/\先々いんねん諭す。いんねん諭せば、又内々知らず間の事情調べて、一つ事情成程と事情治まれば、又身上治まる。よう聞き分け。内々事情諭す事情から思わにゃならん。これよく聞き分けてくれ。




明治三十一年六月二十五日
 宇野善助六十三才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ尋ねる事情は、これよう事情聞き分けにゃ分かり難ないで。さしづするによって、身上事情から尋ねた事情、さしづこういうさしづありた、と詳しい心得事情まで諭し置く。心得てくれ。今一時という、これまでという、前々これ初めて集めた時という。前々から始めたもの。この事情よう聞き分けにゃ分かり難ない。皆それ/\運んで居る、尽して居る者に、よく諭してくれ。身上不足と思う。身上不足と思うは違う。違うから、身上に掛かる。めん/\からどうもならん。よう聞き分け。尋ねる理に諭す理は、皆んな残らず働いて居る、尽して居る者に、心得諭してくれ。皆めん/\に心得てくれ。めん/\身上が日々の処自由ならん、自由ならん、言い/\日を送りてはならん。この事情皆んな事情人の心めん/\心に察してくれ。めん/\あれでならんというは、心であろ。日々運ぶという、又治まるという。人間は何も分かり有って分かり無い理を以て、めん/\心得。尋ねた事や、成程と一つに集まれば、一先ず/\皆の心に諭し置こう。成ってからどうもならん。これよく諭してくれ。




明治三十一年六月二十六日
 能美賢一郎三十九才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、いかな事情も尋ねる。尋ねば、事情一つ諭し置くには、分かり難くいという、人に分かり難くい。分からん事情は諭せん。なれど、取りよ聞きよで分からん/\事知らそ。人間という、諭す中に、どういう事もこういう事も、諭す。いんねん、しょうと言うても成らん、しょまいと言うても成りて来る。この理聞き分け。その理は、言うまで。世界諭す事情内々事情、これ持たにゃならん。年限だん/\尽す運ぶ。なれど、どうであろう。なれど、取り違い間違い、心改めてくれ。成ろうと言うて成らせん。成ろまいと言うて成りて来る。さあ一つ諭す。一代と思う心違う。さあこれまで所にどういう事も無い。先に運んだ理は、将来末代の理という。この理は内々皆の心に持てば、追々の理ある/\。




明治三十一年六月二十九日
 松岡国松三十二才三村豊太郎長女いそ二十三才縁談事情願(兵神部内中吉川支教会長)
さあ/\尋ねる事情/\、縁談事情、縁談一条一つ理を尋ねる。縁談という事情は人々それ/\皆んな事情。さあこれでなあ、一日の日将来の心なら、何時なりと。さあ/\理に許そ/\/\。




明治三十一年七月四日
 高岡和輔五十一才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上に事情尋ねる事情いかな事であろどうゆ事であろ。一つさしづ貰たらどうゆ事であろと思う処、日々事情尋ねるから事情のさしづする/\。理が無くばどうもならん。日々運んで重々運んであればこそ、日々の事情。見れば事情の理有るか無いか。日々人に会う。身上どうなろうと言う。人というは、これまで長らえて道長らえて事情及ぶ。運ぶ中に身上、身事情どうと思う。思うは一寸理。一寸理よう聞き分けて、聞き直し取り直し、一つさしづする/\。これまで一日の日以て今日の道すがら/\。身上障りあってどうと持たず、よう聞き分けにゃ分かり難ない。内々も事情なら世界諭す事情、いんねん諭す。為す事この理聞き分け。日々所々話する。所々集まるは、日々一つすれば事情、又一つすれば事情、多く中に、取り扱う中に、諭す中にも又日々中にもある。一つさしづ理は、いかな理も違うさしづはせん。なれど、取りよで違う。事情最初一日の理将来という。これより綺麗な理は無い。これ万事聞かして、一寸暫く、又暫くと言う。




明治三十一年七月十七日
 奥村忠七小人おしか身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ/\小人子供という、さあ身の処どうも心得ん。又一つもうよかろか/\思う中に、事情万事事情話し置く。よう聞き分け。これまで分かり有って分かり無い。夫婦中一人どういうものである。改めて小人の理、心一つの理によって同じ一つの理/\。小人の理身の障り、こうはどういう事である。いんねん/\もていんねん事情、事情もて為す事情、夫婦為すいんねん身の処一時どうとも無い。成るもいんねん、成ろまいと思うても成って来ればいんねんという。聞き取って、身上一日一時どうとは無い。よく聞き分け/\。




明治三十一年七月二十三日
 小川長兵衞妻クニ身上願
さあ/\尋ねる事情、長らえて身上心得ん。いかな事尋ねる事、さしづもしよう。身の処不足なる。道の理が添わん。内にこんな事でなあ、なる一つ、それ/\話伝え。この事情聞き分け。一時以てどうとは言わん。これまで何したんやなあ、神は見切るのやない。めん/\捨てんにゃならん。いつになって身上、これまで尽し損じゃ、生まれ更わり諭すであろう。一代切り、何をしたんやなあ、この心を諭してくれ。




明治三十一年八月二日
 山中彦七母その七十五才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上が心得ん/\尋ねる。事情さあ/\まあ/\よう/\事情長い間/\、長い間まあには前々から事情と言えば一つ、一時事情と言えば一つ。まあ一時の処身上尋ねる処、一時どうとはあろまい。なれど、めん/\一つ心というは日々淋ぶしい、日々淋ぶしい思う心。これまでの処にて長い間の事という理は、皆見て通りた事情、又続いて事情。まあ話というは、前々掛かりと違うという理ある。なれど道によって変わりて事情。善きと言うて一日定めた。長い年限どうなりこうなり事情、そこでよう旬事情。ずつない中ずつない中、たんのう出けやせん。なれど、人の事情他に事情見てたんのう。夫婦揃うて事情なか/\ならん事情、夫婦揃うて事情、遠くやない近い。聞いて居る。よう聞き分け。めんめん不足ある。なれど、他を見れば十分たんのう出ける。身に不足無くば、切なみ無くして日を送る。切なみ無くして日を送る心に、たんのう治めて、もう楽々日を送る。これだけ諭し置こう。




明治三十一年八月二日
 吉田梶太四女おとめ二才急に出直し、引き続き妻ムメノ逆上するに付願
さあ/\尋ねる事情/\、どうもいかんの事情であろ。さあ/\小人というは、どうも出直し余儀無く事情々々、一時どうも心がどうも判然せん。いかな事であろ思う処尋ねる。尋ねば事情一つ諭し置こう。よく事情聞き取れ。どういう事情なら、これまでという事情には万事治まらん。どうでも治まらん。そこで、どうであろこうであろと言うて通りたる処、一時内々事情に思い掛け無き事情、これまで事情に取り決まりてくれ、取り決まりてくれ。どうもならん。頼りと思うてる処、これまでどういう事であろ思い/\、日々めん/\掛かりて一つ事情、身の処では一寸大層なれど、早く順序聞き取って、一日思うた日通らにゃなろまい、通さにゃなろまい。又それ/\皆んな世界の処多くの中、又前々事情にも諭し置いたる事情、この二三年何をしたんやらと言うような事では、事情踏み止まる事出けん。そこで、心鎮め。これまで理とこれから先の理と、いつ/\諭したる。教会一条諭したる理ある。めん/\成っても成らいでもという理治めて、事情急くによって、早く諭してくれ。難しい事やない。よう聞き分け。所々名は一つ。元という、これより大きい事あらせん。その中に名を出したる。一名一人の心思うてくれ/\。さあ大事の処やで/\。

 押して
さあ/\まあよう事情から事情諭そう。事情から事情諭す。いずむという心という、皆んな一つ心治まらんからいずむ。そこで、会計一つ大層である。大層は大層だけの心無くばならん。一時聞くに聞かれん、聞かすに聞かされん。この理難しい。どんな者でも、尋ねる理は、常に心あれば楽しみばかり。何程力入れたていずむという。これ取り損いである。この理よう聞き分けてくれ。

 又、押して
さあ/\先々に一つ事情、あちら事情こちら事情、所々には、まあ最初成らん時は、時の事情以て治め。それ/\修理肥、その時見えんなれど、時々修理肥。追々分かる。万事元より修理肥という。これ万事治め方である。




明治三十一年八月六日
 檜作徳之右衞門身上願
さあ/\尋ねる事情/\、身上にどうも一時心得んという理尋ねる。事情は余儀無く事情であろう。身上に一時迫る処、どういう事であろう、日々思う。余儀無く事情々々諭すによって、又皆々中の理にも諭す。よう聞き分け。身上一時迫る。迫るやない。長らえて/\この道という。一つ心だん/\運んで事情、世界道理順序治まりて事情、どうであろ、皆思う。よう聞き分け。皆んなこれまで世上へ諭すには、事情いんねん為す事情諭す。諭す中に、これが籠もりあろと言う。これ聞き分けて、一時どうとはない。なれど、身上の処大層々々。愛想尽かさぬよう/\、内々順序。理は一代と思うたら何をしたんやらと言う。この道心尽した理は将来末代と諭す。人間生まれ更わり順序まで無けにゃならん。尽した理は皆受け取る。身上不足なりて、何のたんのうも出来やせん。なれど、順序世界いんねん諭す理以て世界どんな難もある。難を見て理を治めば、たんのう。たんのうは前生のさんげえ。たんのうは受け取る。受け取る処なら一代と持たず、この理それ/\に持つが理。一時事情運んでくれるよう。

 押して、宮浜支教会所治め方事情申し上げて願
さあ/\皆んなそれ/\もう尽す。尽す心は受け取らにゃならん。心だけ受け取る。一つ善き処理は、心にどうなろうという処から掛かりたんやない。年々順序治まり難くい。これ天然で出ける理以て、一つ仕切りて天然出ける理以て行けば、怖わい事は無い。よう聞き分け。難儀さそう不自由さそう親あるか。小人子供順序から持って掛からにゃならん。事情しっかり持って掛かるなら、他に事混ぜんよう。この道心、心は末代と言うで。これだけ聞き取ってくれにゃならん。




明治三十一年八月十五日
 真砂平次郎妻さよ身上願
さあ/\尋ねる順序、どうも身上どうも何心無く事情、一時事情堪えられん。尋ねるから諭しよ。長らえ大層、どういう大層、何心無く事情大層。これまで長らえて順序尽しながら、些かなく事情違ったさしづ無い程に。一時でない。一時事情身上大層なれど、尽し運んだ理は受け取りてある。これまでいろ/\事情万事日々思う。思い違い無い程に。たゞ精神一つ定め。尽し損とは必ず思うな。こんな事思うやろ。日々順序籠もりある。この順序尽し損じゃなぁ、誠一つ諭しある。どちら事情こちら事情は無い程に/\。これまで尽した理は受け取りてある。急いで早く諭してくれ。




明治三十一年八月十九日
 梶村種太郎四十才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、身上一つどうも一時迫る事情一時迫るという。ころっと違う。一時迫るじゃない。順序の理。順序軽いようで重い。一時心大きいもの。大きゝものでも、元は小さいもの。それよりそうじゃなあと言えば、身が治まる。一時切なみ計り難ないという。この理聞き分けてくれるよう。




明治三十一年八月十九日
 伊藤文蔵妻わき二十七才伜真一七才目の悩みの願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上事情心得ん/\という。尋ねる事情は、一度さしづ貰たら思い/\、長く事情尋ねを以て諭し置く。よく事情聞き取ってくれ。道のため一つに、それ/\順序楽しんでる。余の外によう順序皆いんねん為す事分からん。いんねん事情生まれ更わりまで、よう諭し置く。成程と言えば、身上一つの理が治まれば、楽しみ。身上不足なって、楽しみありゃせん。いんねんという、どうしょうこうしょう、成らんがいんねん。成るまいと言うて成るが理。一つ身上身上事情心得ん事情である。一つの理、成るがいんねん。身上不足なってたんのうは出来ん。出来んたんのうは前生のいんねんという。小人事情も一つ、親事情も一つ、という。この理を聞き分けてくれ。




明治三十一年八月二十二日
 増田亀次郎家内事情願
さあ/\尋ねる事情/\、身上一つ心得ん事情尋ねる。今に以て道に心という治まり、日々今日の日。これまで成らん日もあって、身上不足。成らん処分かりゃせん。身上不足尋ねる。心という、いつ/\思わんよう。又候と更々の理に持たんよう。内々の処どうなるという日を伝うて又候思う。余儀無く理、諭する理を聞き分け。成る成らん一つの理。この理又こうなれば、あれこれ案じ/\運んであろまい。これより一つ話。今まで心一つの理、案じんよう。よく聞き分けてくれ/\。

 押して願
さあ/\尋ねる事情、又一つ理を諭し置く。案じて居ては、どうもならん。案じならん。案じから案じる。この順序よく聞き分け。この道あってこうなって、身上のこの理を思わんよう。順序為す理、一人じゃあろまい。世上の理を見て、いんねん、たんのう、この理を治めてくれにゃならん。




明治三十一年八月二十二日
 岸田只八四十五才縁組に付願
さあ/\尋ねる事情/\、縁談事情のこの事情尋ねにゃなろうまい。尋ねば一つ諭しよ。余儀無く事情通り、十分と思う。これでは日々の処小人子供どうも一時と言うであろう。余儀無く事情である。一時事情分からんという事情尋ねる。順序の理として、早く思う。道と言う。理と言えば理と言う。運ぶ処、大抵聞き分け。治まりてある程思い、十分聞き分けて運んで理である。理の中に理がある。これだけ順序一時の処、良き処と言えど、一方真の理であろまい。明らか、それより順序運んでやれ/\。




明治三十一年八月頃
 田中由平四十四才願(河内国若口郡八尾中野村)
さあ/\身の事情尋ねる/\処、さあ/\事情尋ねる。どれだけ思やん何程の理を聞く。身上鮮やか治まらん。よう事情聞け。前々分からん。前々の事は分かり難ないなれど、人間生まれ更わり、世界にどういう理、どういう事情世界に映してある。この心をさし、第一身上治まるまい。前々の理、世上を見て、前々のさんげ。又一つこれだけ事情運べども尽せども、これだけ日々という理は、更々持たずして、人間一つの親あり子あり、子は可愛。理である。人間救けにゃなろうまい。難儀さそう不自由さそう理は無い。一つ世界を見て心を治め。堅く事情治め。堅く事情こうという理を持ってくれるよう。内々治めてくれるよう。案じてどうもならん。ぱったりどうなろう、どうなろう、この理を治めてくれるよう。




明治三十一年九月十五日
 津田清太郎出直し後心得伺(山東出張所担任津田清太郎二十八才、福知山支教会新築工事に監督致し度く候処出直し致せしに付、一同心得まで願)
さあ/\尋ねる事情/\、さあ尋ねる事情、普請順序皆勇んだ理。中にいかな理である。勇む中いずむ。おゝいの外じゃなあ。一つ改め。かく/\余儀無く事情通り、だん/\事情運んで重なる、十分の理にある。こういう事である。又思う。思うやない。是非無く、よう/\の道を将来理を通ったも同じ事。後々一つの楽しみ持たさにゃならん。順序尋ねる処、あんな中どういう。世上一つの理を見れば、弱いなあ、ころっと違うで/\。この道に添うて通れば、末代の理に寄せてやるがよい。




明治三十一年九月十五日
 仲ゆき長男喜一身上願
さあ/\尋ねる事情/\、どうも一時尋ねる処、余儀無く事情尋ねる。道のため長らえて、どういう事でこうなった。一時の理が残る。それ思うやろ。よう事情聞き分け。日々尋ねる中に、一つの順序治めくれ。為すいんねん、いんねん/\と言うて了えば、それまでのもの。いんねんという理を聞き分けみれば、どうである。真実中にどういう事情思うやろ。身上は大層の理である。なれど、心に思い開き、成ると成らんの理を聞き分け。成るいんねんなら、何遍でも同じ事。この理を鮮やか聞き分けるなら、又一つ事情。




明治三十一年九月十六日
 岡本丈太郎二十四才願
さあ/\尋ねる事情/\、身上一条の理を尋ねる。成らんから尋ねるやろ。余儀無く事情、身上は大層事情。大層じゃが一寸さしづ及ぶ。めん/\心得までの理に諭す。この道という、ほんの心まで。どうせにゃならん、こうせにゃならんとは言わん。諭一つ、たゞ心一つ、ほんの言葉の理が一つ。よう/\一つ身上思やんする。身上判然せん。心得順序の理、何がいかんこれがいかん、めん/\心得まで。強ってどうという話せんよう。たゞ心次第。内々順序分かってある。めん/\心という理、これまで道のためを思い、身上こんな事で何という。為す理諭する理は、いんねんの理。成ろと思うて成るものでない。人間生まれ更わりある。これさい治まれば、又一つの理がある。




明治三十一年九月十六日
 井上長三妻ハル三十七才父土生忠二七十二才伺(中津支教会)
さあ/\尋ねる中に、又事情として見る処、何と思う。日々であろ。日々の心取り直さにゃならん。一つの理、道のため人のため、順序日々通り、内々こんな事でなあ、一寸思えば、そうじゃ、成るもいんねん。よう聞き分け。いんねんと言うて了えばそれ切りのもの。今一時成る処、心いつにたっても同し事。為す理を聞き分け。教会や支教会や。重なる一つの理である。寄り来る役員や/\ありゃこそ、一つの理を相持ちと言う。散乱の心を治まり、よう聞き取って、早くの心を治めてくれ。




明治三十一年九月十七日
 宮本梅松身上願
さあ/\尋ねる事情/\、尋ねる処は余儀無く事情、いかなる理である。第一身上一つの理を、世上一つ何と言う。よう理を聞き分け。取り直せ/\。身上の処は、これまでいんねん説き諭したる順序の理を、聞き分けてくれねば分からん。身上不足なる。何でやろと思うなれど、道にある。皆んなさんげという順序、しっかり伝えてくれるよう。知らず/\年限を経ちたるを、諭してくれるよう。順序治まれば、身上自由という。これ伝えてやってくれるよう。




明治三十一年九月二十日
 岡定平身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあどうも身上心得ん事情尋ねる。どういう事であろう。皆それ/\思うやろ。よう一つ事情は、なか/\事情大層事情、さあ一時一つ事情、早く諭してくれ。どういう理を諭すなら、よく聞き分け。これまで長らえて道筋道すがら、よう/\と思うやろ。皆々一つこれまで道尽して今この身上切なみという。又立ち寄って諭すもの、心という理があろ。よう聞き分け。万事の理に諭して、一つ理に諭す。これまでの処十分受け取りてある。一代と思うたら頼り無い。理は末代。所に何も無き処、容易ならん処始める。それ一つ拵えるは容易やない。これ末代というは長いもの、切り無い。よう聞き分けて、これでこそ。たんのうさしてやらにゃならん。早く順序運んでくれるよう。




明治三十一年九月二十三日
 佐々木兼太郎五十五才願(高岡支教会長)
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上事情心得んの事情身上心得ん。何か取り違いてなあ、めん/\心得ん事情尋ねる。又一つ順序さしづという。よう聞いて心に持って始め掛け。長い年限楽しみ/\、日々澄んだ日々の理は受け取りある。又一つ順序身の処どういうもの。ほのか/\聞く。順序、それはどういうもの、心に掛かる。長い年限、道筋一寸どう成ろ。崖の話、心に一つの理。心よう聞き分け。いつのさしづにも、どうせんにゃならん言わん。心だけの理、重々に受け取る。身の処、案じる事要らん。どういう事も、一時治める。何よの事も、さんげという。この理、よう聞き分けてくれるよう。




明治三十一年九月二十三日
 辻田治三郎五十二才身上願(池田役員)
さあ/\尋ねる事情/\、身上一つ/\いかな事情尋ねる。尋ねるから、一つ順序の理を諭し置く。これまで身の処、どうもなあ、心得ん。一時の処ようい/\日を送りたる。一つ道のために尽し、一つの理は十分受け取る。受け取りたら今日の日と言う。尽した理は、生涯末代の理。尽したになあ、必ず持たぬよう。一時事情大層。一つ心の理より順序何をしたんやら、理は末代楽しんでくれるよう。いかな理も諭してくれ。さあ/\尋ねる事情、前々理の諭一度の諭、末代の理楽しんでくれ。道が有るか、無かったと、この理楽しんでくれ。楽しみの理を諭す。




明治三十一年十月二日
 福田源助四十二才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあなあ身上一条尋ねる。身上一寸さしづに及ぶ。よく聞き分けてくれねばならんで。長らえて/\道のため一つの事情尽す理は、重々の理に受け取る。又一つ受け取る理があれば、その身上どうであろうと思う。なれども、何でも救けにゃならん救からにゃならん。どういう事情で、こういう身上でどんならん。道のため内々に事情。又一つ、他に一つ身に不足ありては、一日の日も忘れられようまい。日々の口説きであろう。なれど、その順序を諭し置こう。なれども、よく聞き取れ。運ぶだけの理は、生涯末代の理、いんねんという理を諭するであろう。さあ/\いんねんという、この理をよく聞き分けねばならん。世上にはどんな理もある。その理を見てたんのうをせにゃならん。一つのたんのうは前生のさんげの理である。今の理に籠もる一つなあと、世上の理を見てそれ/\たんのう。世上の理を聞き分けて一つのたんのう。この理を早く伝えて、一つの理を聞き取りて、楽しましてくれるよう。




明治三十一年十月四日
 宇恵凖治三十才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、なあ身上事情理を尋ねる。これまでの処、どうなりとこうなりと、一つ通りたる中、さあ身上が一つ心得ぬと思う。一つの理が出る中に、身上がこうなってはなあ、と思う心を見てある。一時どういう事。なれど、身上に大層。この事情を聞き分けてくれにゃ何にもならん。いんねんなら、どうもならん。よう聞き分け。一度と思うが、前生と思うようである。末代と思う中、この理を聞き分けにゃ、どうもならん。前生のいんねん/\。これまでに通りたる道は、どうなろうこうなろう。尽したる将来末代の理。たんのうさしてやれ。身の内の不足なって、たんのう出来やせん。なれど、この順序、早く諭してくれるよう。




明治三十一年十月六日
 上念卯之助小人多三郎五才身上願(西宮役員)
さあ/\尋ねる事情/\、小人という事情という一つの理尋ねる。小人事情余程事情大層。どうもならん。続いてなあと思う。余儀無く理事情であろう。前々万事諭したる理を聞き分け。これだけの事、心のあら/\分かるであろう。まあよっしゃなあ、遁れる/\処を見れば、どういう難。ほんに成程の理。たんのうと言えば、前生のさんげという。分かれば、前生さんげ。ほんにこの理かい。順序々々一先ず一先ず。




明治三十一年十月七日
 深谷徳次郎二十九才伺(願主父)
さあ/\尋ねる事情/\、さあいかな事情尋ねる。尋ねば又一つ身上から事情尋ねる。いつに一つに諭しがあった。毎夜一つの理、多くの中治めよい。皆難しい事は一つも言うて無い。治め難くい/\、皆心という。難しいようで、何にも難しい事は無い。皆楽しみ/\中、あちら身の障り/\、楽しみ無い。惣中治め方、仕切ってどうでも抑えにゃならん。長いという、長い。どんな道も心に成って、崖路通らにゃならん。往還道は、心に掛けず、往還道通れば、踏み外ずす/\。天然自然という。この順序、聞きよ取りよでころりと間違う。人は鏡。身の障りというは、理を聞いて直ぐ癒るが、身の障り。何ぼうでも/\、ならん/\。身の悩み日々錆てある。日々の事である。長い心を持ってくれにゃならん。長い間年取って楽しみ楽しみばかり。刻限程無う移る。この理心得てくれるよう。




明治三十一年十月七日
 増田太平四十九才身上願(靱役員)
さあ/\尋ねる事情、さあ身上事情いかな事情尋ねる事情、さあ一時の処どんと分かり難ない理を、もう身上これまでなあ。身上がめん/\心得ん。よう聞き取りに理によって寿命一つ。めん/\通りたる。成程ほんに理が治まれば、一先ず/\と言う。他に事情、一寸一時どうという事は無い。出入り/\そあん安心心を持って、これから一時暫くという。しっかり聞き取れ。大事の処やで。これやと、又候々々追わんよう。世上の理を見て、為す理が一つの理治めるから、内々の処余程なあ。ほんにこれまで通り易て、これだけ早く順序運んでくれ。身上大層。その心得で運んでくれ。




明治三十一年十月八日
 林善兵衞四十九才身上願(東海支教会会計係)
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上に一時心得ん尋ねる。一度一つ何かさしづ貰たら、余儀無く事情尋ねる。諭し置く。よく聞き取れば、鮮やか。だん/\尽した理は、日々に受け取りある。日々こうのうあればこそ。この理、思やんしてみよ。尽した理は、一代と思わず、所に理のある限りは、将来末代の理残る。年々の理によって身一つ心得ん。皆為す理、この理聞き分け。又一つ世上の理、難の理を聞き分け。同じ人間、いんねん分からせん。内々聞き分け。よう聞き分け。身に不足なってたんのうは出来やせん。内々たんのうは、前生のさんげとも言う。余程大層。又一つ事情に諭し置く。




明治三十一年十月二十三日
 山中利平身上願
さあ/\事情以て事情尋ねる。身上迫る事情理第一。あるとあられん一つの理、大いの理見損い、それ/\重々見損い、一時どうなり一つの理心配は無い。道理として持てる身上の処、一時堪えられん。どちらこちらよう合点行かん。そこで、これだけ皆一時、そんなら堪えられん。実はどうでも実皆んな心得までさしづ。どれだけもの一つの理、心の理と理通り残りゃせん。心の真の理、身の処大層一時掛かるである。どちらへ成る、内々心を治め。後々末代の理。この理伝えてくれ。

 押して
さあ/\尋ねる処、どちらへ理は末代という。一時あの者この者、心の理までにある。何人心を変わりても、変わさん理を治めてやれ。




明治三十一年十月三十一日
 増田たね五十一才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、尋ねる事情には、一日の日を以て楽しんで道の理追々楽しみ暮らす中、一時どういう事である思う理を、諭しよう。こんな事知らなんだ。道の処運び、成りたけ運ばして貰い、身上にこういう事がある。銘々それ/\思う、どういうもので鮮やかである。身上第一の処自由ならん。為す一つの理という。身上こんな事と思う事、更に持たず、道の理治まって、家内治まる。世上間々あるであろう。そりゃあって何とする。不自由中一人してこうしてならん。身上どうなっても不自由無き、とんとこのさんげどういう事になるか。諭してくれ。又々一つの理があれば、自由という理も知らして置く。自由して楽しみなら分かるであろう。




明治三十一年十月三十一日
 古倉槌蔵小人二才出直しに付、後々心得まで願(樫原所長)
さあ/\尋ねる事情/\、余儀無く事情を尋ねるであろう。一度ならず二度ならず、出越して一つ事情、堪えるに堪えられん理であろ/\。一つ理を諭するによって、心を確に持って聞き取れ。これより先という、先と前との理を聞き分け。道のため尽して居る中、出越して居る中に一つ事情なあ、と思う。内々もこういう事と思う。よく聞き取れ、前々にもこう、一時こう、世上の人が何と思うやろ、更々思うやない。心沸かすやない。世上の理を見てたんのう。大難小難、道順序あればこそ大難小難。順序の理があるのやで。それ/\にも、その理を諭してくれ。内に居た処が、天災事情がある。前々事情分かりゃせん。前生一つの理のさんげという。これだけ諭す。成らん中、道のため運ぶ尽す理は、日々受け取りてあるで/\。たった一言が、第一の理であるで/\。




明治三十一年十月三十一日
 森井熊吉二十六才妻さき二十三才身上願(城島分教会)
さあ/\尋ねる事情/\、身上に事情無くば尋ねしょまい。尋ねるからは、一つ諭そ。一つ将来順序の理を知らす。一人の処道のため世界のため万事のため、心を治め。日々運ぶ処受け取る。又一つ身上に事情どういう事であろ。身に障り思うより軽い。身の障り話の理を聞いて理が治まれば、直ぐに治まるが、身上に事情あれば、どうでもならん。成る成らん、成る成らん理が、世界に間々ある。一時尋ねる事情、さあ/\道のためこうして尽して居る。順序の理は世界にある。尽した理は将来の理に治まる。どんな大きいものでも、たゞ心だけではどうもならん。道のため尽し果たした理は、難儀不自由という理は無い。どんな大きなものでも、無くなればそれだけのもの。もう人間というものは、生まれ出る日があれば、出直す日もある。どれだけの物が有りても、身に不自由あっては、どうもなろまい。身は案じる事は要らんで/\。




明治三十一年十一月三日
 上松二十九才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ/\身上々々と言うて尋ねる。身上不足なる事情尋ねる。尋ねる事情余儀無く事情、まあ前々よりどうなりと言うて運び、一時何たる事情日々事情どうも心に堪えられん事情。又一つだん/\事情何でもこれでと心以て日々事情運ぶ尽す日々受け取る。又順序理に又候思う処余儀無く事情であろうがなれど、理を聞き分け。どういう理聞き分けるなら、どうも心に何をしたんやらと思う。思う理聞き分け。これより心この道に一つ諭しある。諭しある処、めん/\内々治めて順序。世上幾重事情もある。これから取り直さにゃ治まらん。よう聞き分け。尽した理は将来の理にある。この理を治めるなら、又一つ事情。




明治三十一年十一月六日
 筒井利兵衞三十四才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上に一つ事情、さあ一つの理を尋ねる。いかなる理、どうしたんやろ。日々こんな事と日々送る処、一つ順序尋ねば、諭そが、諭せば、よく伝えてくれにゃ分かり難ない。この道まっこと尽し、過ごすも一つ理。道に区域一つ理ある。尽す中に、こんな事と言うは、どうなるか。よう聞き分け。日日この道こうと心定めた理、この理あんじょ行けば一つの理、中に心得んというは一つ理。この区域聞き分けにゃ分かり難ない。皆前々分からん。前々いんねんならと言うは、どうもならん。皆一時になるのやない。この道生まれ更わりまで諭したる。どうしょこうしょと言うても、ならん。そんならと言うは、どうもならん。内内困り、皆困り、一代切りと、どうもならん。今に理を聞けば、先はどうなろうという理、皆取って見れば、今に聞かにゃならんという理治め。一時にどうとは無い。なれど大層。どうなるこうなる、何遍出ても同じ事。よう聞き分け。世上にどんな理も聞いて居る。その処ならん処、皆又内々同じ理聞き分け。諭す理内々同じ理聞き分け。悟り内々同じいんねんと聞き分けてみよ。成らん中たんのうは出けやせん。なれど、世上皆見てたんのうすれば、前生いんねんのさんげえやで。この理聞き分けば、又一時事情。




明治三十一年十一月八日
 中西殷三十才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、皆んなそれ/\掛かる理という、心に掛かる。尋ねる身上、理があれば尋ねる。尋ねば一つ諭せにゃならん。一時所に事情、何かの処一時思い/\無い処、一つ道という。この道という、よう聞き分け。これまでなか/\であったであろ。どんな日もあったやろ。どんな日も通りたやろ。経った道はたゞ一つ理なれど、一つ治まり二つ治まる。一日の日成程と言うた理、将来という理、聞き分け。万事諭し置こう。どんな事あれど、理は一つ。ほのか理は頼り無い。どんな日あれど、もうどうなろうと言うて、どうなりこうなりから始めた理。この理治まれば、又身の処治まる。この理一つ諭し置こう。




明治三十一年十一月八日
 芦田勝助五十九才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上一ついかな事情尋ねる。尋ねば、一つ事情諭しをして置こう。どういう諭しなら、まあこれまで長い道筋、厭わず/\通りた理によって、これまでという。一時事情一時迫る処、どうなると思う。思う理なれど、理を諭したら明らか順序楽しましてくれ。なれど、事情は余程大変。これまで日々の処/\、皆受け取る。受け取る中に、先ず一先ずと言えば、一先ずなれど、一時でない。事情は楽しみ/\諭してくれ。これまで運んだ理は末代。一代と思たら頼り無い。理は末代。この理諭して楽しましてくれ。




明治三十一年十一月十二日
 永井藤平三十二才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、身上に一つ心得んという事情尋ねる/\。事情にはいかなる事もどういう事も、しいかり聞き取りて、心に治め。どういう事、身上障り一つ理が治まれば、身の障り直ぐと治まる。さあいかな道長らえて道である。長らえて道である。一日の日以て何でもという、治まりた理というは、一日からこの道は心だけの道でありて/\、心は難しい。なれど難しいようななれど、難しい事はない。何でもない。人間一代切りと思えば、何でもない。この道末代という。末代という理心に治めてみよ。この心一寸治まり難くい。さあ、この道何年経てど、だんだん一つに治めて見せる。治めるは天理という理はっちゃ無い。遙か心治めてみよ。先世界皆理がある。どんな事もある。他人の事思うやない。遙か心持って、日々楽しみという心治めてみよ。




明治三十一年十一月十三日
 天野善七五十才身上願
さあ/\尋ねる事情、身上から尋ねる/\。尋ねる事情には、余儀無く事情であろ。余儀無く事情であろうお。さあ/\一時身上が迫る/\。だん/\これまでに一度二度事情という。時を経ぁて、日を経ぁて、年限経ぁた。その日と言うであろ。よう聞き分け。事情諭す。心鎮めて、しいかり聞かにゃ分からんで。もう成ってからどうも話ならん。先からの話、一時事情、何かの事情皆どうもならん。皆遅れてある/\が、心だけ諭し置こう。この道というは、誰にどうせえこうせえ、たゞ一つも無きもの。たゞ、心持って、心次第の道である。よう聞き分け。教会と言うて、皆それ/\上に立ぁて、一つ万事諭し合い、これ一つ万事聞き分け/\。一人迫る。一人事情。だん/\道の中にあるなれど、暫く事情容易ならん事情であろ。どうすれどこうすれど身上あって楽しみ。日々何か苦うも無い、と言うて楽しみ。身上不足になりて何が楽しみあるか。これ聞き分け。身上なか/\迫りある。又寄り合うて居る中、一つ救ける心無くばなろうまい/\。まあ一寸と、もの何時とも分かり難ない。どんな事ありても、後又治まるという心あれば、又一寸事情。一時何かならん事情になりたる。万事時の遅れという/\。どちらどうこちらこう、言わん。どうもならんから、余儀無くと言う。よう聞き分け。又一つ心という、身に掛かりて来たら、もう一日なりとゝいうは、順序であろ。この理持て帰って早く事情。一年も先々何年も同じ理という。これよく聞き分けてくれ。

 押して、皆一同より真実に御願い致しますれば、もう一度お救け下さるか願
さあ/\前以て諭したる。成っても成らいでも、同じ理である。一つ鈍な中鈍な事したなあ、というような事ありてはならんから、万事の理/\、何でも彼でも救ける心無くばならん/\。めん/\も身の内よう思やんしてみよ。




明治三十一年十一月十三日
 佃巳之吉身上願
さあ/\尋ねる事情/\、身の処いかなる事である。日々、判然心が澄むまい。諭する事情、いかなる事情諭せん。だん/\諭する。一つの理を諭して、日々という。めん/\の処いかなる一時一つの心、心計り難ない。長らえて一つの理を立て替え。身が速やか成ろうと思う。一時辺所たる所、いんねん諭して、めん/\分からんにゃどうもならん。日々道具あって使う。一つの理が無くばどうもならん。道具古きゝゝゝ。何程新しい道具、一夜とも言う。一時の処、分かり、一時どうなろ。一時なら楽しみ無き。聞いて、話一つに聞いて、世上の理を聞き、十分心を治めてくれるよう。




明治三十一年十一月二十二日
 斉藤与七六十九才身上願(治良兵衞)
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上事情尋ねる。いかなる事情も尋ねるであろ。事情無くば尋ねしょまい。今一時身上の処どういう、それ/\思う理よう聞き分け。一つの理を諭すには、よう聞き取れ。長々の道であって、その一つの際、これではなあ、内々長らえて事情身上、これはと思う。思う理は思わんよう。順序将来頼り無いとは思うなよ。末代の理内々に治め。一時どうとは無い。一つの理にたんのうさしてくれ。




明治三十一年十一月二十五日
 岩谷源治娘松枝十七才大西鐵治弟徳三郎二十五才縁談事情願
さあ/\尋ねる事情/\、縁談一条の事情理を尋ねる。縁談尋ねる。たゞ一つの理諭する。人と人と言うまで。親々何年経っても、同じ心同じ理。理が治まれば、治まり、こう言えば、第一。人と人と第一。親々理こうと言えば、それ/\から運んで、治まる一日の日将来の心。何時なりと、さあ/\。




明治三十一年十二月三日
 植谷浅次郎四十五才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、どうも事情に心得んから尋ねる。どういう事、諭の中にある。諭の中にあるといえども、めん/\取りようで変わる。よう聞き分けにゃならん。迫る身上大層。大層だけ心身上にこうなる。どういう事でこれまで道という心ある。なか/\難しい中も、年限経って身上不足あって楽しみあろうか。たゞ一つの理という。他人がどう言うさかいに、めん/\心という一つの理、一日の日成程一つの理、道に長らえての理。一代と思うた。心に思わんよう。尽した中に治まって、将来末代の理世界にある。理めん/\切りのもの。なか/\容易に行かん。年限重ねて来て、一寸頼り無いとは思うなよ。末代の理心に聞き分け。楽しみめんめんから諭して、尽した理が、その道切り捨て、これまで道に一つ心が無くなって、一代のものである。人間末代の理諭して、たんのう心に、たゞ一つ誠より残らせんで。これをよう聞き取りてくれ。




明治三十一年十二月三日
 植谷こう二十六才井岡忠次郎伜梅松二十七才縁談事情願
さあ/\尋ねる事情/\、さあまあ一時事情こうという処、前々事情は容易ない事情。一時改めて尋ねる事情、尋ねる事情は、一つ/\随分親々事情運び、主明らか治まれば、一つ/\運んでやるがよかろ。




明治三十一年十二月十七日
 多菊胡三郎五十七才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、身の内事情いかな事情尋ねるであろ。事情尋ねる。めんめんという理を聞き分け。めん/\という理を聞き分けば、身の内というは、鮮やか。身はかりものという理は、前々治め居る。身はかりものなら、かりものと言うて、日々という。日々この道始めというは、ほんに成程と言うた日あろ。その理から事情身に事情日々何も無きもの。これ聞き分けて、ほんに成程というは、身は鮮やか。一つ所々先々という。一つ始めた、これでと言うた、万事一つ理である。有るか無いか。一つ改め。ほんの神の言う事、言葉一つで成る。この道難しい事、成らん事、一つも諭しない。たゞ一つ真実誠、誠は天の理。誠より天の理は無い。成程尋ね、身上鮮やか。成程というは、道の理違わんよう治めた理、成程。これから道。身上案じる事要らん、案じてはならん。国に一つ理は将来末代。国の台定めた。この理聞き分けば、楽しみ。楽しみの中に身上不足ありては、楽しみ無い。さあ心心、さあこれから/\。

 押して(親々と仰せ下さるか、会長多菊胡三郎の精神の理なり、御道の処でありますか、願)
さあ/\まあ/\先々というは、それからそれ、先々は枝という、又元という。元から先々、何ぼうとも分からん。何ぼうでも伸びるは理。先々は言うまで。理は伸びる。伸びれば、花も咲けば、実ものるという理を、一つ諭し置こう。




明治三十一年十二月十八日
 門田松次三女しげ九才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ/\身上に事情があり、どうでもならん、どうでもいかん。どういう事であろ。分からんから、尋ねる。尋ねば、一つ諭し置こう。身上余程大層。大層中に、一つよう聞き分けにゃならん。この道というは、たゞ一つの理。道の中にそれ/\心の理がある。心の理がどうと思うやろ。これだけ道通りて、どんな事こんな事も通りて、内々身上どういう事と思う。この理聞き分けにゃ分かり難ない。内々それ/\世上へ諭す理がある。その理、内々なあと聞き分け。為すいんねん、いんねん。この理諭す。内々中々道通りて居る中、そうすりゃどうという。よう聞き分け。親々一つ理、前々理聞き分け。世上にどんな事もある。なあ世上から内々思う。事情身上大層。よ聞き分け。成ぁたらどう、成らんにゃどう、それではどうむならん。この理聞き分けてくれ。




明治三十一年十二月十八日
 山田元平身上願
さあ/\尋ねる身上/\、どうも長らえて心得ん/\という理を尋ねる。心得ん間に尋ねる。尋ねる事情には諭し置こう。よう聞き分け。身の内という、事情という、めん/\の身の内成程心持って通る中、身上不足ありては楽しみ無い/\。一つ諭し置こう。一つ理を治めてみよ。どうせにゃいかん、こうせにゃいかん、とは言わん。心だけ/\。心だけはっちゃなあ。心の理どういう理と思うやろ。この道長い間/\、なか/\どんな日もあったやろ。どうなりこうなり治まり掛けたら、身上不足なり、不足なりたら楽しみ無い。多分どれだけありても楽しみ無い。よう心取り直し、道に居りゃこそこれだけ、という理を治めてくれ。何も難しい事やない。身上は案じる事は無い。これだけ諭し置こう。




明治三十一年十二月二十日
 前田九蔵五十三才身上願(南葛城郡秋津村大字条、秋津支教会副担任)
さあ/\尋ねる事情/\、だん/\事情によって一つ身上に、だん/\大いの中であろ、いかなる事であろ尋ねる。尋ねるは一つ諭しよ。まあ一時どうではない/\。大層々々なれど、一つようたんのうさしてくれ。これまで成らん処運ぶ。どうと思うやろ。人間心なりめん/\それ/\の理、皆んなその中に自由と言うたる中、自由ならんはどうと思う。これまで運んで身上ならんと言うは、一つ皆んな心にあろ。よう聞き分け。一代中にどういう理こういう理、たゞならんと思わりょまい。これまで運んだのに、こうと思うやない/\。内々よう思やんしてみよ。身の内かりもの諭したる。かりもの諭して分からにゃならん。自由適う適わん、内々かりもの聞き分けて治まれば、又一つ事情。ようたんのうさしてくれ。何処でしたんやら、影も姿も分からん事情、世上から見てたんのう。世上をよう尋ねてみるがよい。たんのうというは、一つ答えも無き中にたんのうは出けやせん。なれど世上の道理を取りてたんのうすれば、一つ届く。これよう聞き分けて、たんのうさしてくれるがよい。




明治三十一年十二月二十一日
 米田善吉妻シカ三十七才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上に心得ん/\、身上に心得ん理を尋ねる。尋ねば一つ理の諭しもしよう。よう聞き分けて、急いで諭せにゃならん。どれだけ運ぶ尽す心の理、今日の日尋ねる事情には、一日の日を以て早く諭せ。身の内かりもの事情、諭す事情に自由聞き分け。どれだけ運び方尽し方、これ前々という。重役ななら重役定めた理、将来一つ治め出け難くかろ。身上ありて頼り、身上なりて頼りあるか。よう聞き分け。これより早く定めさしてくれ。身上は大層。大層なら大層だけの理を以て一つ、早く一つの理を諭してくれ。
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posted by 朱夏 at 05:15| Comment(0) | TrackBack(0) | おさしづ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月31日

おさしづ補遺(明治三十年)(公刊おさしづ第七巻より)

おさしづを読む前に、「おさしづを身近に」をご参照下さい。
天理教勉強blog: おさしづを身近に。

おさしづの順は、公刊おさしづに準じています。
但し、旧字は常用漢字に改めています。
また「割書き」部分は文頭を一段下げることで、おさしづ本文と区別しています。

教語、人名など、検索機能をご活用下さい。
天理教勉強blog内検索

誤字脱字等あれば、コメントにてご指摘下さいますよう、お願い致します。




明治三十年一月十二日
 山瀬身上願
さあ/\尋ねる事情/\、どうも心得ん尋ねる処、身上長い間どうも力が要る/\。身上の処、案じる事要らん。又事情どんとこれまでどうこう彼是一時取り直す事出来ん。大望の処/\兄弟とも不足無く、いかな事情教会中一人でない、二人でない。この事聞き分けて、これこそ力が要った。一寸の間、どうなるものであろう。一つ一つ洗い替い、一日二日どう、思え掛け無きさん/\事情、これだけこうであろ、どうも一つ事情何であろ。力が要った。万事治まる。内々も治まる。不自由難儀も治まる諭し。よう尋ねに出た。




明治三十年一月十二日
 中津熊蔵六十三才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、大いなる事情尋ねる。それ尋ねば事情諭し置く。どういう事を諭す。一人事情二人事情一軒の内、重ね/\じゃなあ、これではなぁ思う。一つ事情聞き取ってくれるよう。どういう尋ねる長々の道筋長い神の道じゃ。その事情を見れば、これはと思う。よく聞き取って治めてくれ。いんねんの理諭し聞かすであろう。めん/\一戸に取ってくれ。このいんねん尋ねである。いんねん悪い事立て合う。身に不足あってたんのうは出来やせん。いんねん為すいんねん、遠く所はよく見澄まして、この心さんげする。受け取る。尽す理は皆受け取る。これからほんに、蒔いたる種はほかしゃせんで。失やせんで。よう聞き分けてくれ。




明治三十年一月二十七日
 伊那、松本両支教会再願に付伺(山名分教会部内伊那松本両支教会先般地方庁より取消申し渡され候間、最早半季も相経ち候に付、信徒始め役員一統より再願致す旨申し出で候得共、如何致して宜しきや、国三郎心得までおさしづ御願)
さあ/\尋ねる事情/\、どうも心得んと思う処、何処に抜かれあろまい。間違ってある、どうやろと思う。一時の処、尋ねる事情は急く事要らん。成らん理は無い。今の処一時どうと言うたら、未だどうと言う。今の処まあじいとして置くがよい。じいとして居て、尚々徳を積み理を積んでくれるよう。暫くの処、これよう諭してくれ。




明治三十年一月二十九日
 田坂弥太郎五十九才身上願(高知部内愛豫支教会所副会長)
さあ/\尋ねる事情/\、身上に一つ事情、さあいかな事と尋ねる。尋ねば事情一つのさしづして置こう。さしづはどういうさしづと思う処、身に一つ事情どれが違うこれが違う、どういう事違う、これ思う。身に一つ心得の事情は、何か一つ一寸曇り掛かり、どういう曇りなら、尽した中に身に不足という、これ一つ寄る。これ必ず思わんよう、よう聞き分け。間違うた事言うのやあろまい。間違うから間違う。何が間違う。事情一寸一言諭そ。長い道尽した心に、一代の理に、一代切りと思うから間違う。尽した理は末代の理、何も捨てゝ了うやない。これだけ運ぶ中に、これどうであろ。皆んなこれ取りてならん。難しい一つ、第一思う。これさしづというは、よう聞き分けにゃならんで。身上不足なりたる。まあ一つ一代切りと思うは案じにゃならん。これ道尽す運ぶ中に、又世界からなあ、これいろ/\出る。聞いて楽しみ、通り来たる理は末代理と聞き分け。事情よう聞き取りて、事情速やか諭してくれ。




明治三十年二月二十日
 西村元吉身上願(改め植谷元治郎)
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上一条の理を尋ねる。遠いゝ所の事情、遙々何心無くして日々であろまい。所変わって事情である。身上思うように行こまい。こう身上迫ればどうである、日々案じて居る。案じてならん。内々事情こういう事もあった。それ一つに運ぶ。暫く踏み留めて貰わにゃならん。気を丈夫に思い、心が違う、どういう事。為すいんねん果たさにゃならん。いんねん聞いて、何度も同じ事。心に悠っくりの理を持たせてやれ/\。




明治三十年三月十四日
 上原伊助小人ちよ身上願(事情は一個人の事でありますか、又教会の事でありますか)
さあ/\尋ねる事情/\、事情は余儀無く事情。小人障り、どういう事と思う。又治め方一つ事情ともいう。皆事情は立て合うもの。立て合いというは、ほうとしたものや。小人親々堪えられん。小人堪えられん。又一つ、分かり兼ねる/\。小人余程大層なれど、一つ治まれば治まる。治まるなれば安心。親々では事情あろまい。他人事情言わず語らず、忘れられん事情、互い/\扶け合い、治めてやるなら、安心事情。安心という理、一時も早く返事に諭してくれるよう。




明治三十年三月十八日
 南海分教会事情願
さあ/\尋ねる事情/\、一時以て尋ねる事情と言う。まあ一寸前々の事情にて、成程治まりたるであろ。又心という理十分受け取りたる。まあ道のため/\幾重道通り、幾重道運び、又一つにはどういう事情にもなろうか、こういう事情にもなろうか。さあ怖わや恐ろしいという道通りたであろ。又諭す事情、よく事情聞き分け。皆々一つ心残るより、又これから先十分なる理はこれから。さあこれまでなか/\ならん中、これどうなろうという日通りた。これ余儀無く事情、誰したんではない。何処へどうする、彼処へどうする。一つあてどこない事情、それ/\事情集まりて一つ、今一時の処である。これまで余儀無く道でありたやろ/\。これから道よく治め。先々の処どういう処もある。いかなる処もある。そこえ/\道付けたが、だん/\運び来る。まあどうなろうかしらんという処から、一時道作り上げたという。心に治め。守護よく話し置く。これは十分の話。成らん道は成りてくれ。生涯末代事情、生涯末代事情なら軽き話やあろまい。尽しただけの理、運んだだけの理、十分蒔いたる種であるから、皆蒔いた種は、これから十分心寄り合うて、一つ大層なる理は、十分受け取りたる。中に余儀無く事情ある。余儀無く事情は一寸は行かん。道のため、これ運び合い尽し合い、互い/\である。これから道作り上げて運ぶなら、見えて来る。これまで大層でありた/\。どうなろうと思た日あろ。これから十分治まる/\。これから日々楽しんでくれ。これから又話一寸他に放って置けんかいなという理ある/\。ほのかの話してどうでもならん、こうでもならんというは、一寸尋ねる。尋ねるは放って置けん、捨てゝ置けん。又さしづするによって、いつの日の日という事覚えて置け。尽し合いの心は受け取るで/\。




明治三十年三月十八日
 仲房吉身上願
さあ/\尋ねる身上々々事情々々を尋ねる処、さあ身上に不足ありてどうもならん。よう聞き分け。これはどうであろ、何が違うであろ何間違うてあるのであろ、日々思う。思う処理は、一寸思えば理である。これだけ道運ぶ尽すのに、身上不足どうであろ。道のため運ぶ理に、他に理沸かす理は、大いに違う/\。よう聞き分けて一寸治めにゃならん。どうという心散らぬよう、よう聞き分け。尽した理はいつまでも末代の理/\。これだけ道運ぶのに身上に不足なるとは、更々思わず持たず、身上に不足なる処、めん/\為すいんねん聞いてるやろ。又諭して居るやろ。一代と思うからいろ/\皆心出る。事情しいかり治めるなら、未だ/\。よう聞かしてくれ。事情他にまでというは、どうもさんげえの理に一寸添わん。よう聞き分け。これだけの道、道所に一寸始め、生涯末代の理なら、生涯末代の理から聞き分けるが、さんげである程に。これしいかり聞かしてくれ。




明治三十年三月二十一日
 武中与吉娘かね身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ心得ん事情尋ねる。尋ねば一つ事情諭す。身の処事情、一時以てならん余儀無く事情、一時大層一つ、よう事情聞き取って治め。他も心得ん事情万事身上不足何たる処、皆日々の処諭する理、為すいんねん内々も早く事情治め。又世上成程の理治め。一寸事情は大層。一寸諭し置こう。




明治三十年三月二十九日
 日野利三郎内々身上願
さあ/\尋ねる事情/\、身の内の処不足なりて、どういう事こういう事、ほんの言葉の理で、心一つという。身上尋ねる処、何ぼでも一つの理が無い、救からん、思う処、よう聞き分け。道の掛かり一つの理は、生涯の理。話という、何遍聞いたとて、何程聞いたとて、かりものの理は、心一つの理。これだけの事情運んで居るのに、尽して居るのに、身の処何でやろ、他にもなあ、という心は、早く取り替え。為す事いんねん諭する理は、世界中に内々めん/\も聞き分けにゃならん。しょうと思ても成らん、しょまいと思ても成って来るのが、いんねんという。よう聞き分けて、じっくり心を治めにゃならん。




明治三十年三月三十一日
 松島ため二十七才痛風障り伺(兵神)
さあ/\尋ねる事情/\、身上に事情ある。これはどういう事である。何か知らせであろうか。身上事情の理は一人の理にある。これは十分諭せ。心というは、幾重にも通るもの。まあ今の処ほんの腰掛けたようなもの。それではならん。よう聞き分け。真実あれば、その日から治まる。年限見て、又月日見て、どうと思う心ではならん。これよく伝えなゝらん。




明治三十年四月四日
 東保太郎妻いさ三十九才目の願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上に事情いかなる処であろう、と思う一つ事情、堪えられん思う事情尋ねる。いかなるも聞き分け。どういう事聞き分けるなら、めん/\の理で十分の理は聞いて居る。一寸事情あれば、これは些かの理に持たず、案じる事は要らん、案じてはならん。所々どういう理もある。一つの理は思わんよう。事情は心に一つの理を聞き分け。何処にどうするか。今日身上すっきり。めんめん事情にても、案じる事は要らんで。




明治三十年四月七日
 中台庄之助伜十六才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、一時身上いかな事情であろう思う処、まあ一つ余程順序難しい思う処、又思うは余儀無く事情々々なれど、身上という、いかな事であろうという事は、日々に無けにゃならん。万事の処十分の処に運ぶ処、身上不足なればこんな事と思う処、よう聞き分け。どんな事こんな事皆思う。身上不足なれば、こんな事と直きに思う。それではならん。これまで難しい中からだん/\道であろ。どうなりこうなり日々心これからという理があろ。その心将来と一つ治めにゃならん。よう聞き分け。身上の処一時はぁと思うなれど、万事これから先後々聞き分け。身上不足どうやなあ、こうやなあ、案じてはならん。どんな事情もこんな事情も、成るも順序。為すいんねん理聞き分け。こんな事と思う事では、道長く順序理に曇り掛ける。何をしたんやらというようになりてはならん。よう聞き分け。どういう理もこういう理も、何でも彼でも、心案じんならんでは、日々どうしてもこうしても分からん。よう聞き分け。道のため余程の者もある/\。中にはあの人はこうしてくればよかろと言う。どうむならん理に取りては添わん/\。その日行く日もあれば行かん日もある、何がしたんと道の道理あろ。どうなろとこうなろと定まりた理なら、いつ何時でも思わんと定め、よう聞き分けすれば、身上はあ/\と言う日来るものや。これだけ諭し置こう。よう聞き分けてくれ。




明治三十年四月十日
 木戸上庄右衞門身上願
さあ/\尋ねる/\。尋ねる身上尋ねる事情、身上事情心得んという処尋ねる。どうしてもならん、こうしてもならん、尋ねる。一つ尋ねば一つ事情諭し置こう。どうも誰から中見れば、どういう事こういう事という事情なれど、身上これ一寸大層なれど、もう一時なあと言うは、言うまで。又それ/\運ぶ処事情、真実運ぶ処印無い。一つ尋ねる。いかな事も諭してくれ。一代と思てはならん。一代やない。これだけの事情運ぶ事情は、生涯末代の理に治めて事情、身上事情あれば、他にそれそれ心だけ尽すだけ治めてくれ。まあ一時どうとは無い。なれど大層。まあ事情は、心得事情に諭し置こう。よく聞き分けて。




明治三十年四月十三日
 北村茂兵衞娘もよ身上腫れての願
さあ/\尋ねる/\。さあ尋ねる処/\、事情は余儀無く事情、身上事情あれば日日一つ心に堪えられん。なれど、よく事情聞き分け。内々それ/\互い何たる事、更々更々に思わぬよう/\。一人又一人又候なあと、些かも思うなよ/\。長い日柄どういう日もある/\。又子供後々心得んなあと思わず、思案して取り替え/\、又心確かに持って/\、道ありてこそ、道がありゃこそと、たんのう一時尋ねる事情は、余程大層余程事情。心鎮めて、何故やろと更に持たず、道あれゃこそうという理を、治めてくれ。

 押して願
さあ/\尋ねる事情/\、それ二つ一つ理という。どうも堪いられん堪いられん理であろう。余儀無く事情尋ねる。尋ね返やす。鮮やか諭するによりて、よう聞き分け。幾人何人中、これまで一つ事情日々の処、又候々々日々堪いられん一つの理という。いかな事/\思い/\、これはどうした理である。皆んな一寸の理から狂う。この道というは、たゞ言葉一つの理で分かる。心の理で救かる。又心の理で捨てる。成るいんねん成らんいんねん、事情諭す。銘々成程治まり難ない。なれど、世上見て治め。道ありゃこそ頼り/\、心一つ理が頼り。治まる。これ一つ安心の理治めよ。




明治三十年四月二十四日
 木村留吉身上願(城島分教会員函館出張所詰)
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上大変、遠く一寸互いそれ/\事情合い難くい処身上事情あれば沙汰がある。身上一寸暫く。万事心得一つの理を諭する。どういう処遠くの心がある、道一つ頼り、道一つのそれ/\心の理の運び方、身上に障り早く誰一つの理、一寸事情諭す事が出来難ない。一寸事情早く、又一つ身上不足なるとは更々思うな。これだけの事なら運ぶ、遠くなる所いかなる心も治めて。急ぐ。早く/\。




明治三十年五月十五日 夜
 山内治三郎目の障り願(東肥支教会長)
さあ/\尋ねる事情/\なあ、身上になあ、どうもなあ、長らえての事情どうも心得んと言う。一つには年限相当運ぶ尽す中に、どうも一つの事情と言う。事情はよう聞き分け。一時以て鮮やか速やかというは、どうも一時という。身上に重ね/\の理どうもなあという一つの理は、一時ではあろうまい。よう聞き取れ。不自由不自由の身上にて、道という。だん/\尽す運ぶ一つの理は、十分に受け取る。身上に自由ならん中から、正眼の者といえども、とてもという一つの尽す事情、さあさあよう聞き分けてくれ。この道というは、長い事情楽しみというは目に見ての事情更々心に思わず持たず、理の楽しみは生涯末代の理と諭し置こう。この理を治めるなら、又々自由と言う。この一つの理をよく聞き分けてくれるよう。




明治三十年五月二十二日
 松尾兵五郎五十九才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、事情いかなる事情尋ねる処、身上一寸心得ん事情あろまい。事情である。一寸諭す処の理は、諭し、よう聞き分けてくれ。これまで事情年限一つ心掛け事情、事情は楽しみ一つ、身上不足となる。よう尽した理は十分に受け取る。この理諭してくれ。頼り無いとは必ず思うな。何でな、更々思うな。互い互い心を添えて楽しみ、安心の理を聞かして運んでくれるよう。




明治三十年六月三日
 柿谷達太郎長女おわか四才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、余儀無く事情尋ねるであろ。さあ小人たる処、身上どういう事であろ。一時大変事情である。身上に一つ事情あれば、一つ理を以て尋ねる。尋ねば、一つ諭しよう。よく事情聞き分けて、伝えてくれ。伝えて心に持って堪えて、事情一時身上一時、又替わりて事情、よう聞き分け。毎夜々々皆諭す。事情一つで世界という。事情という。成らん事情これ諭す事情、為すいんねん事情、知らん間はそのまゝ。皆言葉一つで治まる。世界言葉一つで治まる。事情一時大変事情、どういう事こういう事情、道のため定めた限りは、ものに案じては、治まろまい。定めた事情は違わん違わんと定め。何でなる/\更々持たず、こうして諭したら、どんな理も皆この中に籠もりある。




明治三十年六月九日
 山田元平身上願
さあ/\尋ねる事情/\、身上一条理を尋ねる。さあ/\長らえて/\身上、日々の処に堪えられん。堪えられんの中長い間であろ。身上一時なか/\大層なる処である。身上大層と言えば又案じる。一時以てどうとあろまい。なれど大層。又内々それ/\心得事情にも諭そ。どういう事になりた、どうも頼り無きなあ、皆んな中思わず。これまで成らん中難しい中通り、思えどたんのう。身の不自由思う処聞き分け。まあ内々にも十分の理治まりてあろ/\。なれど、身上不自由思う。為すいんねん、この理聞き分け。早く諭して、中々の中互い/\聞かして、十分の理聞かしてくれるよう。よう聞き分けて、残らずの理聞かして、楽しましてくれるよう。




明治三十年六月十一日
 永尾徳松妻志賀四十一才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上どうも心得んという処尋ねる。心得ん事情尋ねば、一つ事情よく/\事情、いろんな事情聞き分けにゃならんで。前々事情一ついかな事一つ、一時以て事情長らえて、楽しみ無くして事情堪いられん事情である。成らんから尋ねる。尋ねるは事情諭し置こう。一寸には行こうまい/\。皆それそれから万事の処聞き分けにゃならんで。道のため運ぶ処受け取る。又成らん処はどうも目に分かろうまい。聞くに聞かりょまい。尋ねるからさしづ。さしづというは取りよでころりと間違う。間違うやない。よう聞き分け。さしづ三人あれば三人ながら違わん。違うという理は、皆合わせてある。合わせてある事情から幾重混る。混るからとんとどうむならん。身上不足なるやない。よう聞き分け/\。これまで長い間でありた。成程これまでどうでありた。長い事情いつ/\変わらんという事情、諭し難くい。又持って行くには諭し難くい、聞き取りた理に諭し難くい。これ一つ聞き分けにゃならんで。




明治三十年六月十三日
 山中かめ身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ/\身上に一寸心得んというは、長らえて事情であろ。もうよかろうかもうよかろうか言い/\日を送り、長らえて又一時尋ねるは、余儀無く事情尋ねる。余儀無く事情尋ねば、事情に一つさしづして置こう。さしづも変わりたさしづと思うな。身上尋ねる。めん/\皆んな心という事情がありて、日々急がしい。急がしい心というは、これより理は無き理でありて、受け取る。そんだら身上不足どうと思う。不足あると思うな。身上一寸事情は、申し難くい言い難くい、この事情計り難ない。いつ/\まで/\楽しみ思い/\、日であって身上不足どうと思う処、話一つ理に諭し置こう。案じんよう、諭してくれ。こうどう実実諭さず、こうという。悠うくり長い事情と、一つ諭してやれ、諭してやれ。




明治三十年六月十五日
 小島七五郎四十六才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、どうも長らえて事情々々にては、それ/\中の困りあり一人は言うまで。堪えられん。中々の中まで、心という理がどういう事、日々思えども、だん/\身上が心得んなあ、尋ねる。尋ねるは一寸さしづにも及ぶ。身上不足なる処、よく聞き分けにゃ分かり難ない。大抵日々それ/\運んで居る処、又運ぶ処受け取る。又運ぶ中に、どういう事であろうと更々思わず、組み替えて身上不足なる処、どういう事と、更々の理に持たず、よう聞き分け。それはどういう処から出ると思い、又一つ日々運ぶ処なら、速やか成らにゃなろまい。なれど、中に不足なる処、聞き分け。日々諭す中に皆ある/\。諭す中にあると言えば、又どうと思う。人間身の内かりもの皆んな治まりてある。治まりてある処、聞き分け。何でなるぞいなあ、これだけ運ぶ中になあ、又内々なら、又世上にもなあ、これ聞き分けにゃならん。難儀さそう不自由さそう、親の理に無い中に、これまでだん/\理であろ。身上不足ありて、たんのうは出けやせん。理を見て思い出してみよ。世上の中に、どういう事もこういう事も現われば、又、世上にある事なら聞き分け。いんねんという、いんねん聞き分けば、前生さんげという。これ聞き分けば、又一寸楽しみという。これ諭し置こう。




明治三十年六月二十二日
 徳地辰次郎三十才身上伺
さあ/\尋ねる事情/\、身上の一つ、さあ事情、さあならん事情どうであろ。幾重事情諭すれど、一時何の印無き、何の事という。一時尋ねる事情には、一つ諭しよ。よく事情聞き分け。道のためそれ/\事情長らえ、一つ日々運ぶ処日々受け取る。又一時尋ねる身の障り、いかな事。長らえ道運び道尽し、どういう事とそれそれ心に理があろ。よう聞き分けにゃ分かり難ない。身上不足何も心という。これまで道が運び、身上不足なればどういう事とばかりであろう。よう聞き分け。身上は余程大層なれど、一時の処ではあろうまい。よう聞き分け。これまで運んだ道は、何もならんと思うやない。尽したいつ/\までの理である。人間一代と思えば頼り無い。事情日々運ぶ理尽す理諭す理に、皆籠もりある。為すいんねん聞き分け。又聞き分けて諭して居る。これ聞き分け。事情は早くたんのうして心に休ますがよい。




明治三十年六月二十三日
 重田好松妻あい三十四才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上一時事情尋ねる。どうもならん事情であろ、ならん事情であろ。幾重事情どういう話どういう事諭すれど、一時速やかならん、というような事ではならん。尋ねば一寸さしづ及ぶ。身上どうも長らえてなあ、いろいろ心あろ/\。どういう事も聞き分け。めん/\身上が不足なるから、いろ/\事情。長らえて道通り、どういう事と言う。何でもという心じいと持たにゃならん。これだけ尽したのに内々なあ、又他に何と思われよう、この事情じいと治めにゃならん/\。身上は大層なれど、心の事情取り替えて、どうなるも事情、為すいんねん事情、諭す事情にある。これまで尽した理は、どうなるこうなる、何であろうという処、発散さゝにゃならん。事情為す事為す事情いんねん。この事情他に諭す事情、内々にもなあという。この事情聞き分けて、取り替えてくれ。




明治三十年七月四日
 永井藤平小人と共に身上願
さあ/\尋ねる事情/\、事情どうも心得ん事情尋ねる。いかな事であろう思う心日々である。ならん/\。幾重心運び尽す処、受け取る。尽す中に不足、どういう事であろ。いかな事も、よう聞き分け。どうせこうせ出来難ない。真実皆一つ、有る無い、言うまで。小人一ついかな事日々思う処、事情よう聞き分け。中に不足たんのう出来難ない。よう聞き分けるなら、分かろ。日々世上一つの理諭する中に、一つ為すいんねん。しょうとて成るものでない。いんねんこれよく聞き取れ。内々一つの理を聞き分け。不足なってたんのう出来やせん。世上一つから見れば、いかな理も鮮やか。世上にいかな理も一つ。誠一つの理、その一つの理を受け取らにゃならん。難儀さそう不自由さそうという親は無い。たんのう一つ、たんのうは誠一つなるを受け取る。成らん一つの理たんのうは、前生までのさんげも一つと諭し置こう。




明治三十年七月六日
 小笠原たま二十一才身上願(豊丘布教所小笠原喜兵衞娘)
さあ/\尋ねる事情/\、さあ尋ねる事情には、どうも身上に、もう何でもと思う思う。事情、とんとこれ分かり難ない事情、身上に事情、事情にもだん/\事情ある。身上に障り悩みという。この事情聞き分け。所にも一つ事情々々、どれだけこうと思えども、めん/\一時どうも出けようまい。身上障りから得た。又事情であろ。この事情というは、心と言う。余程長らくで事情でなければ、事情と言わん。内々心という、こうして居りゃそのまゝ/\。それ通れん事は無いなれど、心という理、そこへ治めてやらにゃならん。十分諭してそうして又事情、心というは、いつまで一つの心、これ第一。勤め心のこうのう、又実が無くば、そら受け取る事出けようまい。これだけ諭せば、それ/\皆映り来るやろ。




明治三十年八月十六日
 岩本卯平身上願
さあ/\尋ねる事情/\、身上の事情一つ堪えられん理、いかな事情どれだけ事情、どれだけ理諭すれど、緩まんと言う。身上一つどういう事も成程。中に身上どうも堪えられん。よう聞き分け。どういう事ならん。一時以てあろうまい。そんなら、どういうものと言う。一時以てなるとは、更に持たず、いかなる事情も諭する。内内一つ籠もる。為す事情この事情一時以て堪えられん。こうという事情を改め。事情とも、どういう事も治められん理出る。為すいんねん、いんねんならば思う。思うやない。運ぶ理を聞き分け。為すいんねん、内々一つの事情堪えられん事情、たんのう/\は為すいんねん。世上一つの理を見てたんのうは、いんねんのさんげ。辺所一つの理、影形も無く、事情遠く所にもあれば近くにもある。この理聞き分け。いんねんのさんげ。事早く治めてやってくれ/\。




明治三十年八月二十二日
 大藪安太郎母ツネ六十二才身上願
さあ/\尋ねる事情、身上一つどういう事であろ。身上尋ねば、一つ諭そ。一寸事情諭し置く。よく聞き分け。身上事情は、大層。尋ねる事情諭し、これまで長らく事情、よう事情治まり、よう聞き分け。これまで通りたる理、互い/\尽し合い、心を聞き分け。一時身上不足なって、たんのう思われん。それ/\たんのうどういう処からたんのう。よう/\治まって中に、身上不足なると些かにも持たず、尽した事情は一代と思わず、末代という理を聞き分け。成ろと思うても成られるものやない。為す一ついんねん、世界へ諭するであろ。内々それ/\成程いう理、前生一つのさんげと言う。早く楽しませ/\。




明治三十年八月二十六日
 深谷徳次郎小人徳郎並びに次女且つ本人なりそれ/\身上事情願
さあ/\尋ねる事情/\、小人の事情身上の心、又それ/\だん/\一時事情尋ねる処、どういう事と、日々であろ。いかな事情よく聞き取らにゃ分かり難ない。よう思やん。多分世界、世界という。集まる処、事情という。万事事情、この事情よく聞き分け。事情どうという事は無い。だん/\事情あれば、どういう事と思う。思うがなれど、思い開き、よう聞き分け。これまでどうも通れん道あり、だん/\よう/\の道、未だ一時判然と更に持たず、内々案じれば、切りが無い。成るも事情。さあ子供々々難儀、この理聞き分け。又役員聞き分けて運び、この事情いつ尋ねたら、こういうさしづありたという事情、皆に伝え。扶け合い/\、こら話する。その扶け合い、聞いてる者もあれば聞かん者もある。さあ小人の理、この理集まる理に皆籠もりある。よく聞き分けてくれ。




明治三十年九月四日
 北村ゑい二十五才身上願(河原町分教会部内)
さあ/\尋ねる事情、さあ/\事情は先々所々それ/\事情諭す事情、一つ事情はどうでもこうでも皆々事情は諭さにゃならん。諭し難くいと言うて、捨てゝ置いては、どうもならん。そこで、じいと諭さにゃならん。どういう理こういう理皆々聞いて、これまで長い間、よう尽す運ぶなと言うて、諭さずに居ては、どうむならん。身上は何でも彼でも救からんにゃならん、救けにゃならん。事情は皆々これまで諭す中に、第一為す事いんねん。いんねんならばと言うて了えば、そのまゝなれど、よう聞き分け。たんのう事情は、前生いんねんのさんげいという。身上不足なる中に、たんのうは治められやせん。なれど、万事事情、道一つの理よう聞き分け。大層事情は大層運び、話は心に持って話さにゃならん。事情治めるなら、身上又治まるという。所又所々の理にもなる。よく/\諭してくれるよう。




明治三十年九月八日
 臼杵治郎兵衞小人龍蔵三才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、小人事情身上大変事情一つ、さあ/\尋ねる事情、まあ尋ねる事情は、どうも一時ならん。ならんから尋ねる。尋ねるから、一つ諭し置こう。いかな事情も、よく聞き取らにゃ分かり難ない。この道というは、誰にどうせえ誰にこうせえ、とは言わん。道は皆心だけ/\。皆道世界というは、いろんな事情、又内々に身上に迫る。どうなると思う心の中に、何よの安心、何よのたんのう出けやせんなれど、たんのう聞き取りて、皆初めより聞き取り、皆かりもの一条、人に諭す理というは、よく聞いて諭す。一時事情ありて、何程安心出けんから尋ねる。尋ねるから、さしづ諭す。よく聞き取りてくれ。日々暮らす中、不自由無く不自由無くと言えば、身に掛かれば何たる理であろう。この理よく聞き分けにゃ分からん。内々いんねん為す事というは、それ/\諭すいんねんに、だん/\いんねんある。すっきりどうもどちらからも、ならんいんねんある。暮らす中いろ/\暮らす。不自由いんねんもある。いんねんはだん/\ある。よう聞き取れ。一時どうでな。事情は余程大層事情。万事事情、成りても成らいでも、こうという一つ定めて、早く定め。又内々改めて、ほんに成程と治まれば、又事情よう聞き取りてくれねばならん。




明治三十年九月十五日
 寺田松太郎五十四才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、どうも一時事情は分かろうまい。遠く事情なら、更の理に分かろうまい。元々事情ありて遠く事情でこそ、元々事情以て運んでる。一時以て尋ねる事情、一時事情、一時はなか/\事情であろう。どうも頼り無きというは、日々事情一つ。互い/\事情運ぶなら、一時万事治まる事情を言う。万事聞き取って、早く事情。




明治三十年九月十七日
 大西松蔵父嘉蔵六十九才身上願
さあ/\尋ねる身上/\、一時さあならん/\の事情尋ねる。尋ねるは一つ事情の諭、どういう事諭すなら、よう聞き分け。身上不足なる。何故なると思うやろう。よう聞き取れ。内々事情に、なか/\事情というは大層々々な事情である。大層な事情であるが、一つ諭そ。一時事情とはあろまいなれど、大層事情は、十分たんのう治めてやらにゃならん。道という、道は一代限りと更に持つな/\。末代という理聞き分け。代々続く。末代に残る。よう聞き分け。速やか事情となる事か、事情は大層。まあ一つ心にたんのう治めてやらにゃならん。尽しただけは、日々皆受け取る。なれど身上というは、心に治めてくれ。これ諭して、まあ、たんのう治めてやらにゃならん。




明治三十年九月二十四日
 久保音松伜竹松身上願
さあ/\尋ねる事情、まあ/\よう聞き分け。道に十分尽すという。日々中に運んで居る。一寸事情なら、世界にもなあ、日々である。よう事情聞き分け。日々皆暮らす中に不自由あろまい。身に不自由は日々苦しみ。身上不足何にも楽しみは無い。これ聞き分けば、ほんになあ。一寸暫く事情、これをよう諭してくれ。




明治三十年九月二十五日
 平野身上願
さあ/\尋ねる事情/\、前々より身上一ついかなる事と思う。万事々々の事情、話という、さしづという、ほんのほのかの話。身上に事情あるから尋ねる。尋ねるからさしづという。古いさしづにも及んだる。身上一時堪えられんという話。話の理を聞き分け。成程の心定めたは一つの理。これより先という事情を一寸諭し置こう。どういう諭なら、多くの中に同じ事情同じ処も多分、所々の理という。分かれ分かれの事情、先々の事情理もある。どうで長い道筋、よう聞き分け。万事成程の事情によって治めにゃならん。まあ/\という事情もあれば、仕切って運ばんならん理もある。長い心を持って先々の処も、まあ/\長い心を持って長う楽しまにゃならん。山坂に譬えて諭しする。高い峠を越すには一時には越せん。中にどうしょ知らんという、身に迫る時もある。峠を越せば越すだけの心、悠っくりの心で越せば楽に越せる。谷を越し海を越して居る所、しんどい/\思い/\越す。峠を登る話というは、よう聞き分け。一時これではという心より、先々運ぶ所、中には進む所もあれば、又どんな所もある。十人寄れば、人々の心、所々の心もある。これ集めて諭し置こう。楽々でよい年もあればどんな年もある。先々難渋一つの事情も、見分けてやらにゃならん。急いても、成る事と成らん事とある。成らん事情から見れば、大変心の散乱するもの。この道という、天然で出来た道という。天然の道なら、どちらから眺めても、成程と言う。今までは、今まで通り来たる中、難し処通るにも神の守護という。今一時身上に掛かる処、よう思やんするよう。此処と言うたら先と言う。何処から見ても、ほんに穏やかに成ったなあ、という心を持たにゃならん。未だ/\使わんならん道具である。身上の処案じてはならん。めん/\も何も案じんよう。天然の理は、今年で行かにゃ又来年という。ようこの理を聞き分け。先々の心に未だ今年ではなあと言うようでは、天然とは言えん。楽々の道とは言えん。この理をよく聞き分け。身上は案じる事は要らん。これだけ知らし置こう。




明治三十年九月二十七日
 寺田松太郎妻鶴事情願
さあ/\尋ねる事情/\、どうも前々事情と言い、又々余儀無く事情尋ねる。どうも後々一つ事情、前々のさしづ事情又一時事情、又候と思うやろう。さあ/\一時急いで/\一つ事情、前々遠い所の理を以て、歩び通いの理を見て、一時運びと言う。遠いと思えど何も遠いやない。身に迫るから一時どうなろうと思うやろう。心に曇り晴れんやろう。さあ/\一時尋ねる処、早く/\一つ事情々々。




明治三十年十月二日
 山崎菊馬長男相太郎十四才身上願(高知分教会部内)
さあ/\尋ねる事情/\、どうも、身上に長らえて心得ん事情、どういう事もこういう事も、日々運ぶ事情である。身上一時ならんから尋ねる。尋ねば事情諭するが、よっく聞き分け。第一一つの事情、身上の不足なる。心という、内々事情である。日々に皆んな身上世界へ諭する処の理、日々為す事情諭する理、心得んから一つ事情。どうも日々長らえて、これまで一つ思う処、よっく聞き取れ。事情は大層。一時一つ聞かしてくれ。これまで長らえてなあ、という事情聞き取れ。これ一つの事情難し。これだけ諭したら、事情の台を諭するのや。日々結構と思う中、どういうもの。これよう聞き分け。この事情を諭し置こう。




明治三十年十月二日
 日野利三郎五十二才身上願(奈良支教会役員)
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上に一時どうもならん事情尋ねる。日々どういう事もこういう事も、思い/\の日を経つ処、身上聞き取れ。もう頼り無いものやなあ/\と思う。余儀無く事情であろ。さあ楽しみ一つの事情持たさにゃならんで。これまで運ぶ尽す事情の理は、皆受け取りてある。そんだらどういうものと思うやろ。よう聞き分け。一代やと思うから頼り無い。寄り合うた理は、末代の一つの理を治まるなら、楽しみの事情である。この一つの事情、第一に伝えてくれるがよい。




明治三十年十月五日
 山本近治内々事情願
さあ/\尋ねる事情/\、事情は余儀無く事情やろ。事情は理に迫り尋ねる。よう聞き分け。世界のため道のため、日々運ぶ尽す理は、重々の理に受け取る。事情によって内々困難の事情。尋ねるからは、一つの理思うやろう。思うから尋ねる。尋ねるからは一つの理を諭し置こう。皆んなこうという一つの精神を以て、今までという中に、事情重ね/\ともいう。世界どうやろうと思うやろ。よう聞き分け。皆んな諭する中に籠もりある理から聞き分けてみよ。為すいんねんという。生まれ更わり出更わりの理、いんねんという。成ろうと思ても成らん。しょまいと思うても成りて来る。これ一ついんねんの理を聞き分け。なれど、いんねんと言うて了えば、それまで。いかなるいんねんも尽し運ぶ理によって果たす、切る、という理から思やんもせねばならん。一代ではない程に。末代という理なら、大きい理である程にある程に。一人の心で治まると治まらんの理がある。よう聞き分けてくれ/\。




明治三十年十月八日
 畠山佐十郎二十八才身上願
さあ/\尋ねる事情、さあ/\身上一条一時尋ねる処、一寸事情にては余程事情にて大層事情、大層の事情と言う。なれど、万事の処事情、心の理治まる話伝えてくれ。どういう話諭してくれ。話は聞きよでころりと違う。数々は諭さん。これまで皆聞いて居る。聞いて居て治まらねば同じ事。道のため、世界のため運んで居る。この事情中に身上と言う。こらどうであろ、めん/\思う事であろ。不足無ければ思う事無い。めん/\身上これだけと思う。身上不足なれば、尽した理も運んだ理も思わらせん。又内々理の中に運ぶ中に、世界になあ、又他にもなあ、これ分からん。どうも一代と思えば頼り無い。よう聞き分け。一代二代三代やない。生涯の道。生涯の道の元と言う。これよう聞き分け。この理諭して、しいかり治まれば、又一寸の事情。この事情よく諭してくれ。




明治三十年十月十二日
 宮本重五郎五十五才身上障りに付願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上々々、一時事情尋ねる。一時の事情ではあろまい。なか/\事情なれど、どうであろう/\思い/\の日々、急えたて、事情々々は日々の処にては、迫る処、何が間違うてあろ、何が違うてあろう、これは更々あろまい。更々無いなれど、尋ねるから諭し置こう。一時事情どうであろまい。なれど、大層事情。なれど、よう聞き分けて、道という、尽しただけの理、運んだだけの理は、どうでもこうでも/\何年経てど、何年経てど理がある程に。何をしたんぞいなあ、と思わず、事情は皆世界にある。この理見て、又内々一つ道の理というは、経って来にゃ分からん。なか/\の理、頼り無い/\、とは思わず、どちら向いても皆兄弟々々。この理治まりたら、何をしたんと思われようまい。どちらからでもこちらからでも、そうと言うたら、更々この理聞き分けて、たんのう。身上に不足ありて、たんのうは出けやせん。なれど、たんのうは誠。誠は受け取る。この理諭して置こう。よう聞き分け。頼り無い/\更の理に持たず、更の理に持たず、よう聞き分けてくれ。




明治三十年十一月三日
 神田亀吉身上願(川之江支教会長)
さあ/\尋ねる事情/\、身上に事情尋ねる。事情一度二度事情尋ねる事情、身上にどうも一時心得んという事情、尋ねるからは一つの理を諭そう。どういうものやろこういうものやろ、日々の事情であろう/\。なれど、一つよう聞き取れ。身上にこうなりてはなあ、いつ/\事情でなあ、と、めん/\も内々傍々も思うやろ。又一つ道のためだん/\運ぶ中に、どうもなあと思うやろ。成ると成らんの一つの理、この理を聞き分けるなら、鮮やかと言うなれど、一つ事情を見ては大変困るやろ。又世界見る処、何と思うやろ。日々の事情に心に掛かるやろ。この心の理はすっきり取り直せ/\。為すいんねん事情の理は、めん/\諭す話の理の中に、皆んな籠もりある。成らん中にたんのうの心は、そら治まろうまい。なれど、生まれ更わり出更わりの理から、よっく思やんして、世界見る処の理思う処の理は、すっきり心に持たぬよう。これだけ諭し置こう。




明治三十年十一月五日
 上田秀吉身上願(高津出張所部内長土出張所長)
さあ/\尋ねる事情/\身上に不足なる事情、一つどうでもならん/\事情尋ねる。尋ねるからは、諭そう。よく聞き取れ。身上不足なる、いかなる事と思う。日々の処、道のため尽して居て、それ/\運ぶ中に身上不足なる。どういうものと思う処、日々に思う中、たすけ一条の中、身上不足なる。これでは世界もなあ/\。身上不足中に、たんのうは出来やしょうまい/\。なれど、成程分かれば皆分かる。為す事情いんねん内々為すいんねん事情、いんねん世上の理を見て聞き分け。一ついんねんは、一つのさんげとも言う、悪い中にたんのうは出来やしょうまい。これ一つの理にあると、しっかり聞き分けてくれ。




明治三十年十一月八日
 松岡国松三十一才前事情申し上げ身上願
さあ/\尋ねる事情/\、尋ねる事情には、余儀無く事情であろ。余儀無く事情やが一つ/\聞き分けたら、いかなる事も鮮やか。これまでの処長い間道すがら、日日心運び、皆んな日々中に日々一つの事と言うは、どういう事であろ。日々の事であろ。後又候という、なか/\事情大変事情であろ。内々これではなあ、という処、堪えるに堪えられん余儀無く事情。聞こと言う処、よう聞き分けたら、鮮やか。内内心に事情ありて、鮮やかという事あろまい。なれど、よう聞き分けば、鮮やか分かる。何程の事情どれだけの事情、捨てゝ了えばどうもならん。一時事情、世界何処の事情、これという処諭しよう。長いのも短いのも一代々々。理は末代という。末代理は短い長いはあろまい。内々不自由するという。道の事情為す事情、いんねん事情、世界諭す事情、内々一つ事情あるか。将来長く短くある。よう聞き分けてこれ心に治めるなら、身は鮮やか。後々事情、これより始まりという心なら鮮やかという理を一つ、諭し置こう。




明治三十年十一月十九日
 飯尾清蔵身上願(高知部内東新出張所担任)
さあ/\尋ねる事情/\、身上に一つの事情尋ねる。尋ねるは余儀無くの事情であろう。願い尋ねるからは、一つさしづに及ぼう。よう聞き取らにゃ分からんで。今一時の事情ではなく、前々よりの事情という。よう/\の道よう/\の理、ほんにと言うは、治まった一日の日。なれど、身上に事情あれば、あゝと思うやろ。思うは理である。なれど、ようさしづ一つの理を聞き分け。道のため運ぶ尽す中に、身上という。身上に事情あるから、尋ねる。尋ねたら、どういうさしづありたやろうと、待ち兼ねる。よう聞き取れ。身上不足事情尋ねたら、ほんに成程と、真の心に真実理が治まれば、又々事情という。身上は余程大層なれど、よう理を聞き分けてくれ。めん/\は十分に聞いて居るやろ。なれど、聞いた上の理を聞き分け。たんのうという、この一つの理より受け取る理は無いで。身上に事情ありて、たんのうは出来ようまい。なれど、よう聞き分け。たんのうは真の誠、真実の理と言う。真実の理なら、受け取らにゃならん。働き損やという心は、更々持たぬよう。思わぬよう。尽した理は、生涯末代。理が楽しみ、理がこうのうとも言う。又一つ、たんのうは前生いんねんのさんげとも言う。一代切りと思えば、たんのうとは言えん。早く、この理を伝えやってくれ/\。




明治三十年十二月三日
 岸田只八妻よね三十七才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上一ついかなる理を尋ねる。尋ねば一つ事情諭し置こう。さあ分かりた事情は諭すまで。たゞ一つ分かるさしづ。さしづは取りよでころりと違う。取り違い聞き違い無いよう、よう聞き分け。こんな事と思わず、真の心あるなら、未だ/\長い。よう聞き分け。運んで/\、十分運ぶ。これまで尽す。これだけ運んで、内に身上、どうも心得んなあ。これは日々であろ/\。そこでよう聞き直せ。難しい話、皆伝えるやろ。皆いんねん事情諭す。諭す事情、内に皆籠もりある、と聞き分け。これ身上不足ありたら、どんな者でも、どうもならん。皆世界話す理も内にある、と定め。よう聞き分けて、たんのう。たんのうは、いんねんのさんげえと言う。たんのうは出けやせん。なれど、たんのうは真の誠やで。よく聞き取れ。




明治三十年十二月十七日
 宮垣藤太郎四十七才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、身上の事情の理を尋ねる。いかな事であろ、と尋ねる。身上事情あり、変わり又変わり、だん/\変わり、どういう事であろうと、日々であろ。よう事情諭すによって、伝えてくれ。身上は余程迫り、大層という。こらどういう事であろ。これまで尽して、これ内々どうという事は、言うまでなれど、よく聞き分けて、諭してくれ。どういう事でなる、こういう事でなる。よう聞き分け。道のため運ぶ尽す理は、将来末代。理という、よう聞き分け。些かなる理及ばん。これまで運んでなあ、と更々思わず言わず。身上余程事情なれど、早く事情諭して、事情はたんのう。早く聞かしてくれるがよい。




明治三十年十二月二十二日
 木戸上庄右衞門妻きく身上願
さあ/\尋ねる事情/\、身上の一条、さあ事情尋ねる。いかなる事であろ思う理を尋ねる。尋ねば、事情一つ理は諭しよう。よう聞き分け。身上一時堪えられん。一つ内々事情これはどういうものであろ、こういうものであろ。身上こうなればどういうものと尋ねる。余儀無く事情諭そ。仕切りて事情万事楽しみ。楽しみは身上不足ありて何の楽しみあろ。暮らす中、不自由無く暮らす中、不自由無い。身上不足なる。一つ理は、一時一寸理は大層の事情。大層なら大層。心の理を楽しみとして思やん。事情一時どうでない。なれど一時大層。楽しみ理というは、暮らす中不自由無きなれど、身上不足ありて何の楽しみも無い。そんならと言う。よう聞き分け。身上不足ありてたんのう出けようまい。なれど真の実はたんのう。又中々深い中、どんな日も通りたであろ。又こうと思た日もあろ。皆んな差し入って/\、一つ改めて事情。楽しみ無くたんのう出けやせん。暮らす中不自由無く、身に不自由暮らす中、聞き分けてくれ。これだけこうしてどうしてと言う。身上不自由、これ見てみよ。皆よう聞き分けて、一時伝えてくれ。




明治三十年十二月二十四日
 東保太郎娘きよ二十二才身上目の障り願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ/\一時以て尋ねる。身の障り、身の障りと言う。どういう事であろ。一寸障りあれば、心に案じあろ。いつ/\も尋ねる。身上尋ねる。いつ/\の事情やない。前々さしづあろ。どうなろうか知らんという理から、身上鮮やか理。身の障り案じる。案じる理は無い。案じてはならん。これまでなかなか心運ぶ尽す理は、皆受け取る、そんなら身上どうと思う。よう聞き分け。身上障り無ければ、何も思う事無い。十分中という、中に身上どうであろ。皆世上見てめん/\心病む。よう聞き分け。運ぶ中尽す中、身上不足なあと思う。よう聞き分けて、どんな事も思うまで。皆遠く話聞いて居る。又どんな話聞かしてある。話理は、皆為す理。話聞いて居る。身上不足なりて、たんのう出けん。又楽しみ無い。なれど、世上見て楽しむなら、さんげえと言う。そんなら、何程さんげえあると思うやろ。なれどよう聞き分け。これ聞き分けば、皆んな内々さんげと言う。




明治三十年十二月二十七日
 藤原吉次郎次女シヅヱ一才身上目の願
さあ/\尋ねる事情/\、小人に事情どうも心得んという理を尋ねる。小人事情、心得んという理を尋ねる。そらどうも尋ねにゃ分かろまい。尋ねば諭す。諭す理は親々一つ理にある。どうも小人に第一案じる処であろ。案じるというは、よう事情聞き分けにゃ分かり難ない。内々日々という、だん/\入り込む中という、その中、事情により小人理はどういう事であろ。これではなあ、入り込む中にもなあ、思う処であろ。小人事情よう聞き分け。皆それ/\中に、どういう理も持って来れば、持って来る理によって、どういう理。これ万事心得て、この道心得と言うは、日々の処寄り来る処には、心持って寄り来る理がある。日々扱え諭す/\。遠くならん事情、遠く所は、遠く心持って運んでやれ。又、世上にはどういう話もある。必ず必ず万事理ある。見ては成程聞いては成程。身上尋ねたら、こういうさしづであった。中にこういう事と言う。又、道に案じる。何でこういう事に成ぁたやろ。話には恥かしいという理は、更々持たず。皆為すいんねん、これ聞き分け。こういう道に入っていんねんならと言う。いんねんは分からせん/\。よう聞き分け。小人こういう事になりて、世界になあという理は要らん。いんねんというは、よう聞き分け。人はこれだけ与えて貰た。これは小人いんねんやない。めん/\いんねんと言うは、前生さんげえと言う。さんげえというは誠。誠というは、真のいんねんのさんげえである。案じる事要らん、案じてはいかんで。

 押して
さあ/\心という理を、親々理を。一つ名称容易で下りた理でない。何も知らず中に寄り来る理は、中になあと更々持つな。いんねん分からん。ほんになあと仮名な話聞かし、よう聞き分けば、前生さんげえや。こういう道に、小人こういう事と思うは、いんねんという理分からん。これ一つ聞き分け。
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posted by 朱夏 at 19:10| Comment(0) | TrackBack(0) | おさしづ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

おさしづ補遺(明治二十九年)(公刊おさしづ第七巻より)

おさしづを読む前に、「おさしづを身近に」をご参照下さい。
天理教勉強blog: おさしづを身近に。

おさしづの順は、公刊おさしづに準じています。
但し、旧字は常用漢字に改めています。
また「割書き」部分は文頭を一段下げることで、おさしづ本文と区別しています。

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明治二十九年一月八日
 田中みつ四十四才並びに長男善永十九才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ/\いかな事も尋ねるであろ。尋ねば一つ諭しよ。よく事情聞き分けにゃ、分かり難ない。一時一つなるという心持たず、よう思やんしてみよ。これまで大変中と思う中、どういう事思う事いかな事聞き分け。これだけの事どういう事でありた。これ忘れるに忘れられん。忘れられねば思う心これ思い開く事出けん。出けば鮮やか分かる。どういう事も善き事も受け取る。受け取るは道の理と言う。為す事世上一つ理諭す。為す事いんねん聞き分け。一寸は分かるなれど、鮮やか分からん。これ聞き分けば随分分かる。分かれば発散出ける。よう聞き分け。人という、人という、いつ/\まで楽しみは言うまで。何程思やん。日日暮らす中不自由無い。なれど、世上聞き分け。遠い所やない近い所にある。よう聞き分け。暮らす処不自由無いなれど、為すいんねん聞き分け。たんのうは出けやせん。なれど世上の理から聞き分け。身の不自由あればたんのう出けやせん。なれどよう聞き分けば治まる。よう聞き分け。いんねんと言うて了えばどうもならん。いんねんというは、切なみ何遍でもと言う。これ聞き分けるは、いんねんのさんげえと言う。又小人たる処、理の集まるようなもの。為す事いんねん分かれば、よう聞き分けして十分たんのう。これまで楽しみの日ありた。又あゝと言うた日もありた。よう聞き分け。短いようで長いもの。これ聞き分けば、鮮やかなもの。又聞き分けば直ぐと治まる。これ一つ諭し置こう。




明治二十九年一月十四日
 山中栄蔵三十九才身上願
さあ/\尋ねる事情/\尋ねる/\事情、尋ねる身に一つ不足という。どういう事知らす。どういう理であろ。皆んな一つ/\の事、もうよかろか明日起きよかと言う。身に事情余程大層。大層である。まあ一寸一時どうではないなれど、余程大層である。事情解きほどき、解きほどきて又暫くという。これまでとんと分かり難くい。日々捌けんから、身上今日の日と言う。我が事/\事情から見て居られんから、傍に見て居られん中に事情あるによって、これだけという楽しみ寄せて、日々事情大変。日々見難くなりてならん。又、一つ楽しましてやらにゃなろまい。




明治二十九年一月十六日
 羽田平三郎五十才身上願
さあ/\尋ねる事情、身に一つの理いかなる事である。身上悩むという、障りという。悩む障りとも、どういう事でなる分からせん。尋ねる。尋ねば知らせ置く。どういう事日々の事情諭する。皆多く世界の理、身上悩む。尋ねたなら身の理世界の理聞き、この人がこうあの人がこういう事、重なる者理自由自在どういうものである。これ一つ一時どうでもない。一時見れば救けにゃならん救からんならん。身上迫りて一寸薄いものである。日々事情に迫って中に、中という理があろ。諭する理が元にある。世界の理諭する。日々の処から身上が不足。こんな事では思う。一人万人聞き分けて、事情どんな事情もある、事情にならん事情もある。話伝え、尽した理末代楽しみ。たんのうの理諭してくれるよう。




明治二十九年一月十七日
 杉本鐵之助三十一才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、身上一条理を尋ねる。一時以て事情日々の処にてとんと頼り無きという、又諭す理、いかな理悟りてよく諭してくれ。よう聞き分け。この道という聞き分けて、一日の日を以て精神定めてから伝わりたる。身上さんげえの外と言う。思いの外と言う。そうやない。尽しただけは世上にある。心一つ病まんよう。よう聞き分け。尽した理は世上にある。諭した理は外れやせん。いかな理も心にある。さあ/\捨てるやない/\。




明治二十九年二月十八日
 安堂鶴造四十八才身上願(高安分教会役員)
さあ/\尋ねる事情/\、身上に堪いられん一つの理を尋ねる処、これまで一度二度これまでにある。どうなりこうなりよう/\道見て、一時身上迫れば堪いられん一つ思う処、余儀無く理一つ話し一つ諭してくれ。道という/\、これまでどうも通り難くい道、よう/\の日ありて楽しみ一度諭してくれ。これまでどうもなあと言うて了たら、一度通り了わんならん。これ聞き分け。一時どうとあろまい。なれど、大層。又双方後々子供案じ無きしもないなれど、よく諭して満足与えてくれ。早い遅い理聞き分け。互い/\通りた。後々いつ/\まで安心。いつまでも長らく安心。心に屈託無くば道という。聞いた理頼り無きものなれど、道弘めたる理生涯末代。生涯の理皆尽した理、後へ残る、後へ繋がりたる理ある。よう聞き分け。一時どうでない。なれど、大層。後々一つ満足与えてくれと、一つ話して置こう。

 押して
さあ/\尋ねる処/\、それは皆思うは理なれど、二度三度から聞き分けにゃならん。たんのう治めにゃならん。一度やない、二度三度見にゃならん。一度やあろまい。これまで理聞き分けて、明らか通り、これでという処定めてくれ/\。




明治二十九年二月二十二日
 鈴木円作長女ゆき身上願
さあ/\尋ねる事情/\、いかなる事情尋ねる。事情によってならん/\と一つ事情、さしづ取りて一つ事情。これまで聞いたる事情心に治めて、一つ事情、どういう事でなるこういう事でなる言わず思わず、治めてくれ。どういう事も心にあろう。これだけの中に、小人一つどういうもの思わず、どういう事も日々伝える理に籠もりてある。又中に一つ、多くの中大難小難々々々々というは、又思い開き一つ事情にある。よう聞き分け。難しと言や難しい。ならんと言やならん。後々ならんというはいかな心。いかな心も日々治めて居る中に、皆理ある。これよう聞き取りてくれねばならん。




明治二十九年二月二十三日
 竹内伝太郎妻いと二十二才身上願(高知部内比江支教会長妻)
さあ/\尋ねる事情/\、一人とも事情、それ/\の処思う処、どうでもなろまいなろまい。余儀無く事情尋ねる。身上の処大変大層。事情一つ事情中にも事情、これまでの処余儀無くの道も通り、よう/\の道一つ大変であろかと思う。も一つ事情鮮やかなる事情諭し難くい。今日の事情迫り迫る。遠い所なら詳しい事情諭し難くいであろ。なれど、一つの理を諭す。一つの台とも言う。理とも言う。これ分かろうまい。又一つ、為す事皆いんねんという理を聞き分け。余儀無く事情通り、今という事もあろうまい。互い/\扶け合いと言うて、これまでの道を通りた道は、生涯末代の理とも言う。これ一つ早く諭して、気を休めてやるがよい。




明治二十九年二月二十三日
 西初太郎二十五才身上願
さあ/\尋ねる処/\、さあ身上だん/\事情一時の処、なか/\めん/\にとってはどうであろ。この道聞いたる理は、間違わんで。一日一つ事情、世界一つの理があって、この道は世界の道。心の道の理をよく聞き取り、身の内迫れば、これまでの理を、余儀無くの理に混ぜるによって、どうもならん。一日でも生涯でも聞き分け。事情聞き分けば速やか成る。別段の心もあろまい。一つの心とこれまで通りた理と、めん/\に心に曇らす。十年二十年百年も同じ事や。これだけ身上迫れば、めん/\心にある。これまで何をしたるやらという心、混ぜんではあろまい/\。話通りは違わん/\。心の理を違わんよう。今日まで何をしたるやらという心を、早く諭してくれ/\。




明治二十九年三月五日
 松岡国松外家内中障り願
さあ/\尋ねる事情、内々一つ事情、又事情々々々一つの理、いかなる事もよく聞き分けてくれ。もうこれ長い間通り、もうじゃ/\日限程無うの理内々の理があれば、どういう事思う。楽しむ事も出来ようまい。皆それ/\立ち寄って事情余儀無く事情尋ねる。余儀無く尋ねば諭す。一時切なみどういう事になろうかなあ、一人の煩いでない。それ/\所に一つ事情始め、成程の心を治め。今日どう、何を楽しんだやろと思う。成らん中に一時の処楽しみ果たされん、傍に思わんよう。たすけ一条の道を通り、たすけ一条の運び余儀無く一つの理忘られまい。楽しみあろまい。難儀さそう不自由さそう理はあろまい。これ一つ聞き取って治めてくれ。早く諭してくれるよう。心に一つ治め替え。何故なるかと思わんよう。どうもこの一条、世界何という理、些かも持たんよう。又暫くと言う。
さあ/\一時救からにゃならん、救けにゃなろうまい。早く諭して、内々不足の理他も何であろう思う。思わんよう。今まで遠く所たゞ一つの理諭してある。皆々心を聞き分けてくれにゃならん。早く諭してくれ。




明治二十九年三月二十九日
 東保太郎身上又小人身上願
さあ/\尋ねる処/\、さあ事情迫る処事情々々迫る。どういう事もあろう。尋ねる処よう聞き分け、よう聞き分けば随分道のため、世上分かる。十分尽し十分働き、名ある働きして、身上迫る。よう聞き分けてくれ。真実心を通し、身が迫る。めんめんの理が嵌まらん。道のためこうと真実心を定め。どれだけ尽し果てたる。内々何たると思た理がめん/\心に迫る。悪も他人事は陰にも思わん/\。何したのや。よう取り替えて、そうかえ治まる。道のために真実始め掛けたる理は生涯。めんめんどう、今日まで危ない処も通り、心を実々納してある程に。よう聞き分けてくれ。




明治二十九年五月一日
 増田おせい縁談願
さあ/\尋ねる処、さあ/\事情は縁談行く行かんの理を尋ねる。それは皆々それそれ諭して、縁談事情、皆二つ一つ合わせてこうという処、皆心の理を合わせて生涯の心定めてこうという処、それは運んでやるがよい/\。




明治二十九年五月十五日
 向井儀平身上願
さあ/\身上以て身上尋ねる。身の処事情いかなる処尋ねる。さあ/\一時事情どうも何とも計り難ない事情、よく聞き分けて、十分諭して、事情はたんのう諭してくれ。どういう理でなる。一時心定めて改め。又一つから、どういう事、皆々それそれよう聞き分けにゃ分かり難ない。一つ諭しよう。どうでもこうでも/\心も改めてくれ/\。どういう心改めるなら、何でなる。これだけ通り運び、辺所どういう事と更に持たず、尽す事情は末代事情。満足与えてくれ。何でなる、更に持たず。この事情伝えて、又めん/\もしっかり定めてくれ。




明治二十九年五月十八日
 和田平三郎次女きくゑ二才身上願
さあ/\尋ねる処/\、小人たる事情大変事情たる処困る処、どういうものである。小人たる、これだけ不思議と尋ねる。一時どうとあろまいなれど、一つ小人にしては大層である。どういう事思う尋ねる。いかな事情も聞き分けよ/\。身上不足無ければ何も思わん。事情諭しよ。何故なると思わんよう。これだけこうするどうする。これ思わず、理治めにゃならん。皆それ/\話する。話すれば、又内にいんねん為す理聞き分け。いんねんならと言うて了えば、どうもならん。よう聞き分け。又、一日の日、定めた日の事、よう思案してみてくれ。




明治二十九年五月二十九日
 上田善兵衞四十四才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ事情身上尋ねる。思い掛け無いと言う、思う処、一つ事情に大変の処、心に事情を、これではなあ思う処事情、それは大層々々なれど、早く事情聞き分けてくれ/\。真実という、今一時という事情、心働かし、何か頼り無きようと言う思う処、早く発散/\。

 押して東京の講社の願
さあ/\働いた/\。十分尽す尽し抜いた/\。これまでという処に、世上何たる事情これ聞き分け。成る処成らん処、これ聞き分けてくれ。早く発散聞かすよう。




明治二十九年六月八日
 小山又四郎身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ心得んであろ/\。一時遠く所又遠く所一時心持ちて一つ運び、又一つ何でもと思う中に、どうも一時いかなる事情思う。一人事情呼び取りて、又こうという心得んという。心得んであろ。中に事情という事情、又早く事情々々一時迫り切りたる。これは何の事情で迫り切りたる。どういう事情思わず言わず、これまで所にて、まあ一つまあいつ/\までという中、だん/\運び掛けたる。今一時迫る処余儀無く事情、だん/\の中に事情は、どんな者でもまあ多い世上のためなら何処までもと、一時定めた心受け取りたる。一時迫る。頼り無い。これだけ運ぶ中に一時身上どうも、という心持ちてはならん。一時早く話してくれ。道の中身上不足これはなあと思わず、道の中どんな中、怖わい中もある中に、身上もうどうなろうか知らんという心持たず、よう聞き分け。この道運び、心だけで治まれば末代事情、あゝと言うて了えばどうもならん。道失うて了えばどうもならん。まあ/\早く/\どうなる事こうなる事諭してくれ。落させん、失わせん。この理末代の理に治めてやりてくれ。




明治二十九年六月二十日
 北村繁太郎妻ます身上願
さあ/\尋ねる事情、さあ/\身上事情いかな処も諭し、どういう話も諭すれど、どうもならん事情尋ねる。尋ねるから一つ諭しよう。一つ事情これまでどういう道、幾重の道も通り、内々にもどういう事情も治め。中にも身上不足なれば、これはどういう事と思うであろう。なれど、よう聞き分け。どういう理も改め。元々こうという心一つ定めた一日、尽した道なか/\の道。内々十分こうと思う中、身の内不足なればどうであろと思う処、よう聞き分け。これまでいかな道も通りた中、道理も聞きどういう理も諭し、世界一つの理も諭し、事情鮮やかなれば、身上どうとはあろまい。道理も取り替え。為す事いんねん、よう聞き分け。一時以て身上どうとはあろうまい。早々取り替え/\。早く諭して、いかな事情も改め替え。いかな事情も、早く諭してやりてくれ/\。




明治二十九年七月十六日
 西村宗兵衞六十三才身上願
さあ/\身上尋ねる処、身の処長らえて事情、いかな事であろ。どういう事間違うてある。何違う。日々暮らす中、長い事身上尋ねる。さしづ及ぶ。どういう諭なら、よう聞き分けにゃ分かり難ない。一寸始めて日々それ/\心集まりたる処、又日々の処という。長らく事情、これ皆受け取りてある。受け取りてある中に、そんだら身上どういう事に思う。それ沸く。これまでこれだけ事運んで居る、尽して居る。他になあ、又世界なあ、これすっきり思わんよう。よう聞き分け。人一代と思うからならん。深い理続く/\又続く。末代とたんのう供いてくれ。折角尽した理あざにならせん。又内々たんのう。道の中どんな道もある。又ふしある。よう聞き分けてくれ。これよう楽しましてくれにゃならんで。




明治二十九年七月十六日
 大江正一二十二才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、よく事情一つ身上に一つ心得んと言うから尋ねる。心得ん理に諭す。めん/\身上鮮やかならん。身上鮮やかなら何も思う事要らん。尋ねる事要らん。めん/\身上不足なら、何の楽しみも湧こまい。どうやろなあ、この事情はぁちゃ湧かん。よう聞き分け。身上、うっとし思たらうっとしなる。しいかりしたらしいかりなる。夜明けたように心運ぶなら、身上速やかなる。これしいかり伝えてくれ。




明治二十九年七月十七日
 岡崎軍治四十才身上願(玉島出張所)
さあ/\な、尋ねる事情/\、身上に一つ尋ねる処、一時事情どういう事情であろうと思う。だん/\の心尽せども、一時鮮やかならん。尽した理は受け取るなれど、身上事情は余程大層な事情である。どう思えども、思うようには行かん。殊に身上不足なれば尚の事思う心の理。なれども一つ改め。世上の一つの事情、どういう事聞いたそういう事を聞いた、という心を持たぬよう。最初定めた一日という心を、生涯の心を以て末代の理を楽しめ。いんねんならと言うて了えばそのまゝのもの。いんねんという理を諭せば、自分の身にもあろ。生涯末代の道である程に。いかなる事も末代の理。一時急いで事情運んでくれ。

 押して
さあ/\身上の処は一寸には行かん。余程大層なれど、一時どうという事は無い。これだけ運んでくれ。これだけ運んで居るのに、これだけ尽して居るのに、という心を持たぬよう。諭してくれるがよい。




明治二十九年八月一日
 前田喜四郎四十六才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、余儀無く事情尋ねるであろ。身の内の処どういうもの。もうよかろかと日を通りたる。一時以て尋ねにゃならん処、よく事情聞き取らにゃなろまい。どういう事であろ思う処、思うだけさんげえして居る/\思うだけでは分かろまい。一言諭し置こう。これまでほんに成程という日から事情たんのう/\。何故なると思うやない。事情は世界にある。世界の理を皆見てたんのう、心にたんのう。道を通るには真の心にたんのうして通らねばならん。尽す中に身上どうであろ、身上は又世界からなあと言う。これよく取り直し、事情は世界にある。いんねんという、いんねんというはどんないんねんもある。いんねんは心から。いんねんならと言うて了えばどうむならん。又いんねん残してはならん。いんねん諭せば、めん/\いんねん事情治め。しよと言うて出けやせん。しょまいと言うて成りて来る。これ聞き分けてたんのう。たんのうは誠。身上は大層と言う。そこで聞き分け。何度と言わん。事情は世界見て明らく事情と言う。早く諭してくれ/\。




明治二十九年八月六日
 加見兵四郎五十四才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、どうでも余儀無く事情尋ねるであろう。どうしたらよかろうか。どうでもいかん/\。余儀無く事情尋ねるであろう。心事情は治まりてある。身上事情あれば、いかな理沸く。その日/\という。よう聞き分け。一寸事情はなか/\事情、一寸大層である。一寸事情聞く。又事情あれば又事情と言う。一寸には事情諭し難くい。なれど諭さにゃならん。どういう事なら、今の事なら十分治まりたる。どんな中今日の事情あろまい。日々事情思うよう事情でありて、道変わりて又一つ世界事情所々事情、これから見れば、どういう事も区域分かり難くい。これまで通りたる理恐ろしいという。通りたる理は心に持って事情、又身上不足あればいろ/\理沸く。これ取り直し、道に事情説き流して居る。いんねん事情、いんねんというは、めん/\為すいんねんこら分からせん。身に不足ありてたんのうは出けやせん。なれど、取り直し、所々事情皆見て、めん/\成程と言えば、前生さんげえと言うたる。一時事情どうでも成ろまい。なれど早々思た理ほんになあと取り直し、又一つ話何時どういう話、どういう事聞くとも分かろまい。これも一寸諭し置こう。




明治二十九年八月二十九日
 森井宗吉長男宗太郎九才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、事情によって余儀無く事情であろ/\。尋ねる一時事情にては一寸は大層事情である。思う事情にては又候という事であろ。思うよう行かん思うよう行かん。まあ内々にてもそら治められん。なれど、よう聞き取りて治めるなら、危ない怖わいという処、よかったなあという事がある。これまで楽しみ通り、事情にては何たる事情一つ理、この事情内々治めてくれ。一寸話聞けば、恐ろしい。又内々にこういう事では世上に対してなあ、この事情聞き直し取り直し、身上から出た一つの道、道から出た事情である/\。その事情治めたら、一時はじいと治まるよう。




明治二十九年九月六日
 広岡あい四十七才身上願(青野原支教会長妻)
さあ/\尋ねる身上には、ならん事情というやろ、一時身上の処迫る。身上困る困るどんな話、いかな事聞く。身上些か見難くい事情という。尋ねる一時以て事情、身の処どうでも大層々々大層以てなる。一時以てどうとあろまい。よう聞き取りて、道という。道皆諭してくれ/\。よう聞き分け。一代と思うから出る。心に事情が治まるなら、何でなる/\。これだけ尽したのに、内々に持たず、事情どんな事情も、見比べてくれ/\。内々たんのう治めてくれ。たんのうは出けやせん。なれど、よう聞き分けば、たんのう治まる。これ一つ早く諭してくれ/\。




明治二十九年九月八日
 吉岡栄蔵妻さと三十一才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、身の処では心得んいかな事情尋ねる。どういう事でなる。どういうものである。日々の事情であろ。この事情よう聞き分けにゃ分かり難ない。人間それ/\長らえて事情の理は心に持って、事情だん/\日柄経ったる事情の処、よう聞き分けにゃ分かり難ない。よう思て見よ。これだけの事あろうか。これだけの事情日々の事情これだけありそうなもの。日々の処どうも印無いと言う。一つ聞き直し取り直し、もう身上大変事情一時であろまい。なれど、内々思やん定めてくれ。日々いんねん事情いんねん諭す処、世界又内に一つ聞き分け。愛想尽かすやない。よう聞き分けてくれるよう。




明治二十九年九月八日
 原田平蔵腰痛みに付願(芦津信徒九条村)
さあ/\尋ねる処/\、長らえて身上不足なりたる。今の一時、不足なりたる処堪えられん。さあ/\話聞けば、どうであろこうであろう、皆同じ事。精神定め切りて、事情身上迫り、日々不自由であろう。よう聞き分け。又今度と思う心では、前前さんげ出けやせんで。この事情諭してやるがよい。




明治二十九年九月八日
 上田浅治郎七十才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ/\尋ねる事情、もう年は余程事情々々。一時どうとこれはあろまい。なれど、心に掛けて置かにゃならん/\。よう事情聞き取らし、楽しまし、どういう事楽しますなら、これまで容易ならん道でありて、よう/\治まれば皆々治まりてある。よう聞き分け。あちらこちら散乱心ありては、心運び尽したのに、どうもなろまい。将来道によう聞かして、気を休めてくれ。気を休めてやるがよい。




明治二十九年九月十一日
 小野辰三郎身上願
さあ/\尋ねる事情/\、尋ねる事情はいかな事情、余儀無く事情尋ねる。身上の処にて第一身上の処にて、痛む悩む。これはどういう事であろ。それ/\思う、又言うであろう。一寸諭し置く。心得十分諭して、どういう事いかな事諭すなら、さあ/\危なきや怖わきや、その中道の中事情の中、道通りて、こういう事と更々持たず。道がありゃこそ。よう/\治まりて、身上早く聞かして発散。世界中見分け聞き分けてくれ/\。危なきの処、一寸治まりたる処から聞き分け。何でも無きと思えば何でも無き、こんな事他に一つ話しよなあ、神の道にありてはなあ、これなろうまい。これ一つ、早く治めてやりてくれるよう。




明治二十九年九月十九日
 横山与八家内中身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ/\内々に一つ事情の理があり、どういう事であろう、いかな事であろうと尋ねて、一つどういう諭し貰う。心は真実心は真実であろ。内々事情の処よう聞き分け。内々も愛想尽かさんよう、この理聞き分け。どうと言うなら、人々心があるによって、内々満足はして居るやろ。なれど中に兄弟という世上という、よう思やんしてみよ。一寸世上あちらこちらうっとしいようなものなれど、うっとしい中晴れる日がある。内々事情ありて尋ねたら、こういうさしづありたと将来心治め。内々多くの中他の中聞き分け。聞き分けば、その日/\に治まる。これ一つ諭し置くによって、ようく聞き取りてくれるよう。




明治二十九年九月二十五日
 松尾兵五郎五十八才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、身上に心得ん理を尋ねる。長らえ一つ事情にては、大いに皆困る。一時身に迫る事情、よう聞き分け。たゞ一つに蒔いた分には分からん。我はこれだけ尽し運び、めん/\身上だけこうと言う。めん/\だけやない。他にまで心寄せ、これ取り直し聞き直し、皆元という。最初一日の日以て心寄せ、一日の日から思やんしてみよ。それから一つ/\、よく聞き分けにゃ分からん。めんめんこうして居るのに、何の効無いと言う。よう聞き分け。救からにゃならん、救けにゃならんが理であるするのに、身上鮮やかならん処、聞き分け。ずつない中辛い中、たんのうは治まらん。どうも治まろまい。なれど、為す事いんねん聞き分け。いんねんというは、何処にもある。それから話伝える理から、内々なあ。これから改めて、よう聞き分け。事情から身上大層になる。内々たんのう。悪い中切ない中、たんのう説けやせん。なれど、成ろうと言うて成らん。成ろまいと言うて成る。これから聞き分けてたんのうすれば、前生さんげえと言う。身上は一代と思たら頼り無いようなものや。なれど、末代という処から、よう聞き分け。




明治二十九年九月二十六日
 中西菊太郎妻よね身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ/\身上という/\、余儀無く事情尋ねる。一時以て尋ねる処というは、身上不足無ければ尋ねる事要ろうまい。いかな事情も悟れ。身上不足なる事情、どういう事であろ、これ持たず。身上というは、皆大変なる事情。よう聞き分け。何でこうなる。日々運び尽して居るのに、尽して居るのに身上事情、世界一つなあ、内々忘れられようまい。事情行く/\先見て内々改め。何でなる、日々こうなる。他に一つ/\心持たず、一つ改めてくれ。




明治二十九年九月二十九日
 小西彦七三十才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、思い掛けも無い事情であろ。どういう事と思う処、身上に事情ありて、一時どうしょうこうしょうと言う。一時どうもならん事情、よう聞き分け。皆んなそれ/\理が分からんから、分からんようになる。しっかり聞き分け。身上ありてこそ人間心の理を働かし、いろ/\どうしたらよかろこうしたらよかろと思う。それから一つの理を聞き分け。前々以て諭したる。内々事情には何にも不自由はあろうまい。なれど、身に事情不足ありては、心という理は治まるか。これからよう一つの理を聞き分け。一時堪えられん事情であったやろ。なれど今の処、よう/\じっと治まれば、一つの話も聞くであろ。いかな事情も定めるであろ。いかな事情も世界という、世上の理から話してくれ。年は未だ/\若い。先は未だ未だ長い。どんな者が、どう言う。なれど、どうもならん。楽しみありても、身から事情あれば、皆忘れて了わんならん。暫くの処は、治めてくれ/\。

 押して、分教会常詰の事情伺
さあ/\皆心という理は、めん/\心から出にゃならん。勧めて貰たり、言うて貰うてするような事では、何もならん。心の理というものは、日々時々どんな理も出る。こうしたらこうなる、これは諭す事出来ん。めん/\真の心から定めてこうと言うなら、十分の理。何も案じる事要らん、という一つのさしづをして置こう。




明治二十九年九月二十九日
 常極仁右衞門身上願(名草支教会長)
さあ/\事情々々、皆これ余儀無くの事情を尋ねる。取次も余儀無く事情を尋ねる。多くの中分け隔ての無きよう、成らん事情は繋いで諭してやれ。身上不足なりて尋ねたら、何でもない良き事やと言うようなら、尋ねるまでのもの。これまでの事情長らくの事情、運び尽す理は捨てゝ了うと思うようではならん。一代では頼り無きもの。なれど末代の理を聞き分けば、たんのうの理も出るやろ。見る処聞く処から、たんのう治めるなら、さんげとも言う。身にずつなみありては、たんのうは出来よまい。なれど、よう聞き分け。たんのうより受け取る理は無いで。この理を聞き分けて、皆んなそれ/\楽しましてくれるよう。




明治二十九年十月一日
 仙田善蔵身上伺
さあ/\尋ねる事情/\、身上に一つの事情一時以て尋ねる処、身上不足なる、どういう事であろう、日々思う処、よう聞き分け。身上に不足なりて一つ尋ねたら、こういう一つさしづありたと、よく伝えてくれにゃならん/\。どうで長く道なら、先長く心持って、楽しんでくれにゃならん。どうで心に堪え難くい理もあろう/\。これ取り直し、よう聞き分け。人間前生生まれ替わり為す話、皆聞いて諭すやろ。諭す処めん/\よく聞き分けて鮮やかなら、身上も鮮やか。これをよく聞き取りて、諭してくれ、諭してくれ。




明治二十九年十月九日
 前田喜四郎四十六才身上願(五条支教会長)
さあ/\事情以て尋ねる処、身上どうも長らえて不足なる。どういう事であろう思う処、前々諭してある一つの理と言う。将来諭しある一つの理という。又さしづ変わりてあろか尋ねる。一度のさしづは将来のさしづ。一度の印無ければ、どういう事という理で、これは利益がなあ印がなあ、見にゃならん。又一つ長らえてどう言うてもならん。一時諭してある。諭してある処、頼り無いものや/\必ず思わず、たんのうさしてくれ。何をしたんぞいなあと思わず、道に一つこれは一寸も思わんよう。人間という、一代と思うからどうもならん。よう聞き分けてたんのう。たんのうはなか/\出けやせん。なれど前々聞き分けてたんのう。身上不足ありてたんのう出けやせん。なれどたんのうはいんねんの諭し、前々の一つの理これさんげえと言う。長々切なみありてたんのう出けやせん。なれど、よう聞き分けばたんのう出ける。皆互い/\聞き合わせ問い合わせ。あちらこちらこの理聞き分け。いんねん為すいんねん日々理ありゃこそ尋ねる。あちらもこちらも尋ねるは道の理である。又いんねん為すいんねん聞き分け。成る成らんの理聞き分け。そのたんのうは前生いんねんのさんげえと言う。続いて聞かそ。皆んな続いて一つの話になろ。いんねんという、いんねんのたんのうというは、成ろうと言うて成らるものやない。成ろまいと言うて成りて来る。この理聞き分けば出ける。一代と思うから頼り無い。頼り無いとは必ず持たず、道ならこそ道がありゃこそ。遠く所あちら変わりこちら変わり尋ね、だん/\運んでくれる。これ道の理かとたんのう。又世界事情明らか道通りて、よく話してくれるよう/\。




明治二十九年十月九日
 安井藤市三十七才並川馬太郎妹はる二十五才縁談事情願(蒲生支教会長)
さあ/\尋ねる事情/\、縁談尋ねる事情理を尋ねる処、さあ/\一日の日を以て尋ねる処、さしづよく聞き分けにゃ分かり難ない。縁談一つ理という。事情によってどんな事情もある。縁談というは、どういうさしづなら、人と/\一つ嬉しいという心と心の理、これさい治まるなら、何時なりと運ぶがよい。さあ/\心置き無う運ぶがよい。




明治二十九年十月十日
 越智久八二十九才身上願(愛豫支教会長)
さあ/\尋ねる事情/\、さあ/\いかな事情も尋ねる。身上事情ありて一つ尋ねにゃ分かろまい。尋ねるから一つ又さしづと言う。身上不足なる。どういう事であろ思うから尋ねる。どんな話も聞く。いかな話も聞くなれど治まらん。どうも分かり難ないから尋ねる。尋ねるからよう聞き分け。幾名何名変わらん事情、さしづは変わらん。変わるさしづ出けん。身上事情変わりた事情である、違った事情である。事情はどういう事もこういう事も、皆さしづしてある。又変わりた事と思うから尋ねる。又言葉という、言葉事情尋ねる。よう聞き分け。身上不足なりて、なか/\一つどういう事と、一時捨てにゃならん。これ聞き分け。事情はめん/\事情ある。為すいんねんと言うたる。よう聞き分け。いんねんの為す事情は、取りよ聞きよで大変違う。いんねんならと言うて了えばどうむならん。一度と思うから頼り無いもの。身上不足なりてたんのうは出けやせんなれど、皆同じ人間、かりもの・かしもの中、どんな理どんな事情も見る。又聞くやろ。これからたんのう。たんのうはいんねんのさんげえである/\。これよく伝えてくれ/\。事情は、皆々それ/\心得事情に、一つ諭し置こう。




明治二十九年十月十八日
 畑中国楠妻くま三十四才身上願(有田支教会長妻)
さあ/\尋ねる事情/\、事情は余儀無く事情、どんな話どんな理、どんな理も伝えども、どうも身上鮮やかならん。一つ理が無いと言う。尋ねるから、余儀無く事情であろう。どうでもならん。ならんというは、よう聞き分けにゃならん。一時尋ねる事情に、一つ諭というは、一時の処事情大層々々。大層は大層だけ、鮮やか見て一つ事情、どうも一つ大層。万事諭してくれ。こうして長い道筋、頼り無い事と更に持たず、又内々どうと、又世界なあと思わず/\して事情は第一。後々第一。一つ尋ねに行た。どうも一つなあと沸く。又日々諭す事情有る。いんねんという、いんねん諭す処、何でなる、これだけしたのになあと、内々思わず、よう聞き分けて諭してくれ。これだけ諭し置こう。




明治二十九年十月十九日
 葛原常松三十六才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ/\事情、さあ/\尋ねる事情、遠く所どういう、とんと一時どうも鮮やか分かろまい。又聞かす事出けようまい。遠く所尋ねる処、一寸のさしづして置こう。身上の処大変事情になりたるで、大変事情になりたるで。皆心一つ理が難しい。これまでととんと心が一時難しい。そこで身上難しい。どういう事難しいなら、こちら事情やあちら事情や。よう聞き分け。こんな事情かいなあ、あんな事情かいなあと案じもあろ。心に緩む心ではどうもならん。難しい、心にあると言う。又心無くば通る事出けん。身上一日二日では鮮やか出けず鮮やかならん。そこで一寸諭し置こう。愛想尽かさずよう/\。愛想尽かしては、これまでの働き何もならん。人間というは先々分からん。一時難しい中どうなりこうなり心に治めて通れば、つい/\道があるのや。一時にどうと心に持つから、一時難しい。そんなら身上不足はどういう事と言う。よう聞き分け。さあ/\思わず/\付いたる道やない。一日以て事情という、一時難しいかったであろ/\。一つ諭し置こう。事情十分取り調べて、よう聞き分け。有るも無いも身上が第一。この事情難しい。多くの中理に合い、道理が無くばどうむならん。よう聞き分け。一時の理は生涯末代の理と持って通れば、又集まる事あろ。これ諭し置けば集まるやろ。さあ/\何時事情に。何時一つ身上こうという処が、一寸知らして置こう。よう聞き分けてくれるよう。




明治二十九年十月二十五日
 上田与三郎母ノブ七十一才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、身上の事情ありて尋ねる事情一つ、一寸さしづ事情に及ぶ。一時身上どういう事、内々人々一つ事情、思う事もあろ。よく聞き取れ。諭、これまでやれ/\皆内々一つ事情運ぶ。一つ楽しみ一つ治めてくれ。事情は大層であろ。楽しみよく聞かせ。尽した理は一代とは思わず、末代の理である程に/\。これを心に治めてくれ。




明治二十九年十一月七日
 古川吉平事情願
さあ/\尋ねる事情/\、まあ遠い所は遠い所、心という理は、又一つ道というものは、よう聞き分けにゃ分からんで。どうでもこうでも、成っても成らいでも皆精神供えてあたゑ尋ねる事情、どういうさしづあろ。どれはよいこれはよい、それは必ずあると思うやない。皆めん/\精神にある。どれだけやろうと言うても、要らんと言う者にはやる事出来ん。あたゑ欲しいと言うても、くれる者無けりゃどうもならん。そこで遠い心澄まし、心定め運ぶなら、又道と言う。遠い所はそのまゝ。どれだけ遠い所という。めん/\思うだけ一時に求めるというは、難しい事ならん。よう聞き分け。遠い所は一時ありてはならん。心に乗りて皆開きたるものである。その心で治めてくれるがよい。




明治二十九年十二月二日
 宇野又三郎二十五才安田治三郎長女ふじ二十一才縁談事情願
さあ/\尋ねる事情/\、縁談事情尋ねる。縁談事情尋ねば、一つ諭し置こう。縁談事情さあ/\人々の心/\、これが一つ理が縁談とも言うやろ。それで人々の心通り、一時も早く一日も早くと言う。それ事情治まるなら、何時なりと運んでやるがよい。何時なりと運んでやるがよい。




明治二十九年十二月十七日
 天満益右衞門身上願
さあ/\尋ねる事情、さあ/\いかなる事情尋ねる。身上不足なる。いかなる事情であろう。聞き取りて、しっかり諭さんにゃ、皆々心にあろう。悟り一つ身上事情どういう事であろうと思う処、よう聞き分け。第一一つ心変わる。さあ/\一つだん/\事情、第一暫くという長々の道だん/\の道、長く/\の心治め。諭し第一しっかり聞き取りて、しっかり伝えてくれ/\。




明治二十九年十二月二十日
 山中彦七長女いわ十八才縁談事情願
さあ/\尋ねる事情縁談一条、さあ/\まあこれ縁談一条、さしづ/\さしづ思えばさしづになる。どうや知らんと言えば返事上で分かる。諭したる。成るどう、成らんどう、これは行く行かん事情ある。又一つ思え/\事情でも人と/\事情。又一つ始めた。始めた理ならこれ生涯という理なら治まる。どうもならん。行く行かん、行かんから出る。さあ/\一つ分かり難ないなれど、今一時運ぶ主と、主と第一。無理という理はどうむならん。心に発散出け難ない。こちらもこうあちらもこう、人々こうという理に委せ置こう。こうと随分事情、思やん傍々事情あれば、傍傍。又あちらもこちらも、どちらも治まるなら、十分々々と諭し置こう。
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posted by 朱夏 at 19:09| Comment(0) | TrackBack(0) | おさしづ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

おさしづ補遺(明治二十八年)(公刊おさしづ第七巻より)

おさしづを読む前に、「おさしづを身近に」をご参照下さい。
天理教勉強blog: おさしづを身近に。

おさしづの順は、公刊おさしづに準じています。
但し、旧字は常用漢字に改めています。
また「割書き」部分は文頭を一段下げることで、おさしづ本文と区別しています。

教語、人名など、検索機能をご活用下さい。
天理教勉強blog内検索

誤字脱字等あれば、コメントにてご指摘下さいますよう、お願い致します。




明治二十八年一月十五日
 小倉新造二十四才身上願(津山)
さあ/\尋ねる事情/\、さあ尋ねる事情、身上不足なりたる処、どうでもいかん。どう言えど一ついかん。どうでも利益無い。尋ねる事情、尋ねば一つ諭し置こう。よう聞き分け。こうして道運ぶ尽すという、一つ道治まりたる処、大丈夫と言う。一つ治まりたる処、一つ間違った内々事情大変違いある。一つ理見にゃならん。治めにゃならん。内々それ/\心治めてくれ。世界為す事情、いろ/\世界にもあれば内々にもある。内々事情為す事情、どうも世界なあ、これ持たず。一つ事情取り損え無いよう。内々早く諭してくれにゃならん。




明治二十八年二月十七日
 柳田由松身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ尋ねる事情、一時身上大層。どういう事いかなる事であると思う心、余儀無き、よう事情を取り替え。身上大層。一寸事情掛かってある。これまでよう/\ならん処も定め。捨てるじゃない程に。これから始まる。内内の処にも、しいかり心を定めてくれるよう。




明治二十八年二月十八日(陰暦正月二十四日)
 堀田なみ六十三才身上障り伺(縁談事情に掛かりてありますか、又は外に間違いでもありますか願。靱役員)
さあ/\尋ねる事情/\、さあ/\一つの身上どうも心得ん処、一時尋ねる。身上という、先ず事情大層であるによって、これまで聞いたる理分からん。事情諭してやらにゃならん。又一つ、こうという縁談事情、どうなりこうなり楽しみ事情、これどうなろうと言う。それは一つ心得まで諭そう。心に掛ける事要らん。これまで伝えたる事情と、楽しみ事情どうなろうという事情聞き分け。これまで諭したる処と、身上不足なる処と諭す理にある。これより聞き分けてくれ。

 押して縁談事情に、のち/\心の理に、母に治まらん理あるによってでありますか願
さあ/\尋ねる処/\、よう事情聞き分け/\。さあ/\年に事情あろうまい/\。まあ内々よう/\治まりたんであろう。それは直ぐに治めてよいもの/\。事情あら/\聞いて、待ち焦がれたる事情治まる。楽しみ聞く否や、これ聞き分け。身上一寸大層。それから聞き分け。急いで掛からにゃならんという。




明治二十八年二月十九日
 久木貞蔵六十六才身上願(撫養分教会会計掛)
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身の処いかな事情も尋ねる。長らえての間一つの心を持って通りたるという。内々成程の心を治まったる処、身の不足どうであろ、こうであろ、必ずの理に持たず。一時暫くとも言う。身の処十分の理である。残る事情は末代とも言う。早く心を治めてやってくれるがよい。

 押して願
さあ/\尋ね返やすまでの理であろ。身に不足なったる処どうであろ/\、それは必ず思わぬよう。楽しみ一つの理を持たしてやってくれ/\。




明治二十八年二月二十八日
 西井徳重六十二才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、いかなる事情も尋ねる。さあ/\事情に一つ堪いられん一つ事情、どういう事運び、どんな事情も聞かす。事情尋ねる。尋ねるからさしづ。身上不足なりたる処一時であろまい。長い事情困る。よう聞き分け。たゞ道はどうたゞ信心という、尽すという、たゞ運ぶという中に、不足なる処よう聞き分け。身上大層一つ及んだる。よく/\聞かせ楽しみ、身上不足ありて楽しみというは、どういう事と思う。これまで世界に聞かす処、為す事理聞き分け。為すいんねん、いんねんならと言うはどうむならん。世界に諭してめん/\理ある。何遍でもと言う。これ一つ諭し置こう。




明治二十八年三月十一日
 郡山分教会部内池田支教会所地所の処三方の事情申し上げ願(中和)
さあ/\尋ねる事情/\、さあ/\一時理を尋ねる処、事情はそら随分許し置いたる処、又一つ変わりて、又一つ前許し置いたる。又変わりある。どうも心に落ち付かん処、尋ねる。尋ねば事情諭し置こう。まあ元に事情ありて、成らん処から漸く理の治まりたるなれど、こうと言や許し置いたる。前元なる処に理があれば、随分よかろ。




明治二十八年三月十二日
 柴田久兵衞妻よね五十四才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身の処事情尋ねる。どうしてもならん、いかん。ならん/\尋ねる。尋ねば、話事情諭す。よう聞き分け。一時なりて一時なるとは思うな。日々こうしてる中、更に持たず、名は事情々々世界にも内々にもこれ聞き分けて、成程と治め。一時なるとは思わず、余儀無く事情、十分安心なる処、十分治め諭す事情は世界。内々にも一つ聞き分け。これ治めば、一寸ならんではない。これよう聞き分けてくれるよう。諭し置こう。




明治二十八年三月十四日
 焼山善治五十三才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ/\いかなる事も尋ねる。身上ならん/\の処、尋ねる。どんな事、これ一つ思案第一。十分心持って一日と言う。中に身上不足、尋ねる処/\身の内かりもの、一つ/\心得。この一つ案じる事要らん。なれど、成程かりもの第一。これ一つ早く諭してくれ。




明治二十八年三月二十三日
 足立亀助身上願(福知山支教会長)
さあ/\尋ねる処/\、どうも身上一つ心得んであろう。尋ねるまでやろ/\。これまで事情だん/\聞き取っての上であろう/\。一時身上自由ならんという一つの理を諭して置こう。どういう理を諭す。今の心一つというは、最初掛かりというは何でもと思う理より、こゝまでと言うなれど、今一時の処、こうして居ては世界の処もどうやろうと、だん/\心に理を沸かす。世界の処世上の理、どういう理が立つぞ。よう/\聞き取って、一つ取り直しゝてくれねばならん。内々にもこんな事とは更々持つなよ。よう十分理を聞き分けてくれ。これ一つの理を諭し置こう。




明治二十八年三月二十七日
 山村のゑ身上願
さあ/\尋ねる事情/\、成らん事情を尋ねる。いかなる話、事情によりて身上と言う。不足なる/\。不足なれば心と言う。これまでだん/\尽す処運ぶ処、よう聞き取れ。尽した理は無にならん。よう聞き分け。一寸暫く/\これだけ道のため苦労して居る中に、どういうものと言う。この理は必ず/\思わぬよう。心に持たぬよう。内々めん/\それ/\も、よう治めるよう。聞き分けるよう。




明治二十八年三月二十八日
 吉岡栄蔵妻さと身上願(近愛支教会長妻)
さあ/\/\尋ねる処/\の身上、理の許りる処、ちょとの理ではない。必ず軽く思うな。一つ名の下りる理は、なか/\の理である程に。普請に掛かって居る。身に又事情どういうものと思うであろう。古き処、又艱難苦労いんねんの道、年限の事情心の理、三つ一つの理を台として、よく聞き分け。尽す理は受け取る/\。又身上大層であるなれど、内々心一つ。心次第である。よくこの理を聞かせ置く。




明治二十八年四月三日
 柿谷達太郎身上願
さあ/\尋ねる事情/\、身の処いかなる処尋ねる。尋ねるから一寸諭しよう。身上不足なる処、何故なると、日々内々めん/\も思うやろ。未だ/\先々は長くの事情、日々運ぶ尽す中に事情ありては、どうもなろうまい。分かろうまい。よう事情の理を聞き取って、やれ/\頼もしいという一つの理を治め。世界事情の理を、心一つの理に治めるよう。世界にはどんな事情もある。どんな理もある。道のため運ぶ尽す理は日々にある。これまでの処、何でもないようなもの。よう心一つの理を取り直してくれ。何も案ぜる事は要らんで。案じてはならんで。




明治二十八年五月十六日
 畑林徳治郎身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ/\余儀無く事情以て尋ねる処、どういう事であろう。一つの心を以て、皆々それ/\聞いて居る。めん/\それ/\諭して居るであろう。日々多く諭して居る理、めん/\理治め。身上不足なる。一度のさしづ一つの理、鮮やか思わくの理もあろうまい。一つ/\の心と言う。日々である。めんめんこうなると思う理、諭する理。為すいんねん諭する。いんねんと言うて了えばそれ切り。いんねんならば、前々事情によって身上に障り、だん/\内々運ぶ尽す事情によって選り出す。尽した理は一代やない、二代やない。末代捨てさしゃせん。よう諭してくれ。




明治二十八年五月二十九日
 江藤すゑ縁談事情願(東肥支教会)
さあ/\尋ねる事情/\、縁談一条理を尋ねる。良き事という一つの理、又一つ治まる理と、それ/\理を運んでこうと言うならこう、良き日なら生涯言う。よう聞き分け。一時以て尋ねる処、事情は皆重なる理と又義理という理、これ取り直して、取りてから運ばにゃならん/\。

 押して
さあ/\一寸以て尋ね返やす処、こうやない一つの理思う思われん。これ一つ一寸難しい。そこで、よう聞き取らにゃならん。それに何でもというこの理、取るに取れん。これ一つ委せ置くによって、聞き取りてくれるよう。

 又押して
さあ/\あら/\理諭したら、大抵皆分かる。




明治二十八年五月二十九日
 西松太郎身上願
さあ/\尋ねる事情/\、身上に心得ん事情めん/\事情、さあ/\他に事情一つと言うであろう。一つ事情聞き分け。何故なると必ず持たず、皆内々それ/\深き事情諭す中に、めん/\なあと、これ第一見にゃなろまい。何でなる、又他に事情どうもなあと、思う理であろ。よう聞き分け。皆これどういう事もなると思うな思うな。為す事情説いて居る。説いて居る理は、又内々にも取らにゃなろまい。尽した理は日々、運んだ理は、日々受け取る。そんなら不足無くば尋ねる事要らんと言う。よう聞き分け。尋ねたら一つこういうさしづありた。身上に障り思やんする。一つ分かろまい。皆為すいんねん、諭すいんねん、内々いんねん、これ分かろうまい。諭す中に、これ一つ分からんで。よう聞き分けば、皆いんねんのさんげえと言う。しいかり聞き分けてくれ/\。




明治二十八年六月二十一日
 家田市太郎三十才身上願
さあ/\尋ねる処/\、さあ/\どうも身上一時迫る処どうしてもいかん。いかんから順序基づき、一寸印あるようなものなれど、身上難しい。又大層一時事情である。これまで不足無い時は、何も思やせん。なれど、不足なるから、頼まんならんようになる。一時迫り切りたる身上、鮮やかというは無い。所へ行てぢば見てと言う。そら成程なれど、成らん事情はどうもならん。一時成りてどうと言うやない。事情は余程大層。又中に内々何でやろ。道の中にこういう事。内々やない、世上まで理を拵える。いんねん事情、これ事情早く事情々々。




明治二十八年六月二十三日
 南辰平妻さと六十一才身上願
さあ/\尋ねる処/\、身上不足なりたる理を尋ねる。長らえて道なら、余程困り居る。よう聞き分け。十分あちら尽すこちら尽す、又運ぶのに、どういうもので内内不足なる、なる、と思う処、思うまい/\。言う中々思うは心なれど、心取り替え。よう聞き分け。何でも救けにゃならん救からにゃならん。心の中に長引く理、よう聞き分け。まあ/\世界の事情から取りて治め。一時どうとはない。なれど、大層。どうしたなら癒る思う中に、心に不足無いと思う。よう聞き分け。為すいんねん事情、為す事ならどうもならん、と言えば、どうもならん。先の切なみ、今の切なみと聞き分け。これだけ諭したなら、又事情が分かるであろ。




明治二十八年六月二十七日
 宇野善助身上願
さあ/\尋ねる事情/\、早くに尋ねば早くの事情、もうよかろうかと日々遅れたる。余儀無く事情尋ねる。尋ねば一つさしづに及ぼう。多くの中にも、何人という中の一人であろう。よく心の事情を改めてくれ。道のため尽した理は皆受け取りてある。受け取りてあるならこそ、これまでだん/\どんな難しい処も連れて通りたのや。さあよう聞き分けてくれ/\。あと/\案ぜる事は要らん。身上の処は一日経てば、やれ/\頼もしいという心を定めるなら、又一つ。ほんにという一つの心も浮かぶであろう。




明治二十八年六月二十八日
 津田政右衞門身上願
さあ/\身上の事情、ならん/\の事情尋ねる。尋ねるからは、一つの理を諭そう。身上何であろう/\、どういうものであろう。痛み悩み困る処、めん/\内々にもこれまで何をしたやらなあ、と思うやろう。一時なるとは思わず、知らず/\の理を思やんせよ。これまでだん/\運ぶ尽した理は、十分受け取りてある。受け取りてあれば、何故痛み悩みの事情あると思うやろう。これ一つの理の取りようによりて、一つ。成るもいんねん成らんもいんねん。この事情の理は銘々も諭すやろう。なれど、こんな事ではなあ、世上では何と言うやろう、思うやろう、という理は、更々心持たぬよう。銘々内々も、知らず/\の事情を思やんするから、救からんやない。よう聞き分け。これだけ諭し置こう。




明治二十八年七月十三日
 阪口安治郎身上願
さあ/\身上と言うて尋ねる。身上不足どういう事と言う。尋ねば事情諭そう。一つよう聞き分けてくれねば分からん。身上何故なるとは更々思うやない。難し中ならん中よう/\一つ始め掛けたる。どんな中も通り抜け、これから何でもという心もある中に、身上と言う。よう聞き分け。何をしたのやなあ、と言うような事では、どうもならん。尽した理は末代。身上不足有りて、有りて、たんのうは出けようまい。一時どうとは無いなれど、余程大層。一時よう諭して楽しましてくれ/\/\。




明治二十八年七月二十二日
 神田亀吉五十三才身上願(川之江支教会長)
さあ/\尋ねる事情、さあ/\長らえての事情であろ。身上一つこうと思うように行かん、思うように成らんなあ、と思う。皆それ/\立ち寄りて、何でも思う心、些かそれは理であろう。それは皆受け取るなれど、事情よう聞き分け。さあ/\そうしょうと言うて成るものやない。よう事情聞き分け。長らえて自由という。一つ見れば成程聞けば成程、と思う。心皆々それ/\心、何でも救けにゃならん救からにゃならんと思う心、受け取る、身上事情思うよう成らん。一時、又一つ思うように成られん、思うように成られん。主一つ、長らえてのたんのうの理をよう聞き分け。世界にもどんないんねんもある。善きいんねんもあれば、悪いいんねんもある。為す事のいんねん、為す事のいんねんならばと言うて了えば、それ切りのもの。又内々事情世上事情見て、又それ/\話々重々伝えてくれるがよい/\。




明治二十八年七月二十四日
 小西勝助五十才身上願
さあ/\尋ねる処/\、身上に不足なりたる理は、どういう事であろ。話聞いて、どういう事聞いて、身上長引くなら長引く事情聞き分け。身上かりもの諭したる。取り損い無いよう諭したる。身上ありて楽しみ、楽しみありて見る。見れば楽しみ。身上いつまでどういう事思たて、身上かりもの。違い違えば人のものも同じ事。我が自由ならん。味の有る間に喰べにゃならん。味が無くなれば喰べらゝせん。喰べられねば、捨てゝ了わんならん。一寸事情理があるによって、めん/\一つ理で、事情身の処、自由よく諭して。




明治二十八年七月二十八日
 中川久蔵妻小ふじ六十四才身上願
さあ/\尋ねる処/\、身上にどうも長らえて切なみ、切なみ。だん/\事情の処、よう事情聞き分け。尋ねるからは、一つ諭しよう。よう聞き分けにゃ分かり難ない。信心信仰、信心十分の理あればこそ、道を通りたこそ。この事情聞き分け。最初とんと難しい日もありた。もうなあと言う日ありたやろ。通りてこそ、後々今の世界。一つ治まりたる処、たんのうしてもうどうでありた。思たこそ、上ありたこそ、これ一つ治めて見よ。一寸理、こうして所に一つ治め掛け。中に、世界何と言うやろと思てはならん。これ聞き分けば、一寸事情早く、内々一つたんのう治め。治めば、又遁るゝ元になる。これ一つ諭し置こう。




明治二十八年八月十七日
 東野善三郎身上願
さあ/\尋ねる処/\、一時事情はどうもこれ大変なる事情なりたる処、まあ/\一寸には鮮やかならん速やかならん。これ些か事情なれど、一寸という、どういう事でなると一時以て思う。思うやない。よう聞き取れ/\。一年という二年というと言う。年を重ねば、思う処あちらというこちらという長らえて尽し方、これではなあ/\あと/\思う。一つ取り締まりが第一。あちらへ義理を思うこちらへ義理を思う。理を外す一人の決まり方、一人から世上の理を聞き分け。数々の中聞き分け。今一寸にはこうなりてはなあ、折角なあ、一寸思う。これ切り替え/\。一つ芯という理、遠慮気兼は要らん。どうこうという理、心という理運ぶなら明らか。こちらへ気兼ねあちらへ気兼ね、捌く理が遅れてある。一人のためやない。これだけさしづしたなら、分かり来るやろ/\。




明治二十八年八月十九日
 磯村卯之助五十三才身上(コレラ病)願(兵神分教会理事)
さあ/\尋ねる処、さあ一時以て尋ねる処、身上事情一つ困る。これまで長い間長い間中にこれまではなあ/\、心一つ治め方日々送りたる。余儀無く事情/\、内にはどうもなあ、これ一時である。なれど取り直し、皆為す事情いんねん事情、皆これまで諭したる。又身に掛かれば、これまでなあ思う。そんならこれまでなあ、いんねんならなあと言う。なれど、生まれ替わりというは何遍も同じ事、これ聞き分け。心治まらんではない。今一時大変難しい処である。なれど、一寸掛かりてある。早く聞き分けくれねば分かり難ない。

 押して、日々の処、取り直しをさしてと願
さあ/\内々の処、さあ/\見れば綺麗なもの。中に一つ事情どうも鮮やか分かりて分からん。なれど心という理道にありながら、世界の事情どうせにゃならんどういう事。見れば一寸美しい。これが無い/\。一つよく聞き取らさにゃならんで。

 押して、教会治め方願
さあ/\日々の処、運び方、多くの中運び方どういう事違う。治まり方ありゃこそ、世界治まりたる。心に取り直し、実がありゃこそ、世界事情。よう聞き分け/\。




明治二十八年八月二十三日
 磯村卯之助出直し、あと心得の願
さあ/\尋ねる処/\、事情は余儀無く事情であろ。皆一つ事情、こんな事とそれそれ思う。思うは理なれど、取り替えてくれにゃならん。これまで始まり、始め一つ深き事情、数無き事情に誘われたとは、必ず思うやない/\。何日一日の日十分互い/\運び合い、互い映し合い、余儀無く事情残り、よい道筋々々道筋ありゃこそ、余儀無く事情運ばれたらこそ。これ一つ、又々たんのう、世界見分け、誰一人寄り付く者無く事情、よう聞き分け。又一つ、中に、これだけ遁れなんだやろ、これ思う。なれど、思うやない。水の中火の中、一人頼り無くてもなろまい。剣の中火の中水の中運ばれる処は、これまで事情と言う。さしづして置こう。




明治二十八年八月二十五日
 森岡亀吉子供身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ遠く所尋ねる一条大層事情であろ。又諭す処どうも早速諭し難くいなれど、事情諭し置くによって、筆に取りて諭さにゃならん。先々安心。何たるいかな事情、それ/\寄り合うて思う処言う処、一時なろまい/\。よう聞き分け。大難の処小難一つ思い、いかな事思う。何故なりた。どうも内々治まりてはなろまい。こうして一つ名下ろすも、めん/\更に言わず思わず、どうなるもこうなるも諭す事もあろ。これ内々より世界見て、これ聞き分けてくれるよう。




明治二十八年九月十三日 夜
 武内清次郎身上家内小人外役員共身上願
さあ/\事情尋ねる処、いろんなる事情どうもならん事情であろ。駈け付けて一つ事情なら、心一つの理に諭し置こう。代理と言えば代理の理に諭し置こ。よう聞き分けてくれ。これまでの処、道のため十分の理を運んだる処、尽したる理は日々に皆んな受け取る。受け取るなら、身上一つどういうものと心に一つ浮かむやろ。よう聞き分け。遠い所遙々の所なか/\の事情尋ねて、こうという理は十分受け取る。なれど事情諭し難くい/\。よう聞き分け。何故なるという理は更々言わず思わず、為す事いんねん事情諭す理、いんねんと言うて了えばそれまで。めん/\世界諭す理、今の一時も先の理も同じ事。生まれ更わり出更わりいんねん事情。これまで尽し運んだ理は何にも捨てるやない。いつ/\末代と言う。さあ/\よう聞き分け。何でなるとは更々思わん言わんよう。さあ/\早く/\、後々は又々の理に諭す。




明治二十八年九月十三日
 才加志市松母うの身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上に事情不足なる、長らえて思う処、それ思う処余儀無く事情、よう聞き分け。道のため、皆それ/\心という理は一つ運び、身上不足なる処思う処、長らえて/\中々ある。皆どういうものである。長らえて救け下さる事出けんか、出けねばなあ、末一つなあ、この心聞き分け。世界の処聞き分け。世界の理見分けてくれ。よう聞き分けて、改めてくれ。難儀不足さそう理は無い。親の理聞き分け。暫く、一寸暫く。そこで長らえ間と言えば、楽しみ十分大切してくれるがよい。十分大切運んでくれるがよい。




明治二十八年九月十四日
 上川孫兵衞五十二才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ/\人々の事情は言うまで。この場に立ち並んで聞くも一つ、見るも一つの理。先々の事情どうも見て居られんと言う。めん/\身の事情に成り代わり、めん/\事情より先々の理を察してみよ。どういうもので又候又候どういうものと思う、思うは一寸の理。掛かる処の理は中々重い一つの理。先の処の事情は重ね/\と思うやろう。尽した理は末代の理に受け取りてある。よう聞き分け。先であゝなればどうなろうと言う。事情重ければ、掛かる処の理も重く掛かる。よう聞き分けて一つ、見分けて一つ事情と言う。大変な事情あちらにもこちらにも現われる。よう聞き分け。一戸の内なら、それ/\親族があり、持ち分かれのようなものなれど、根は一つ。掛かる処の理は皆元一つの理に掛かる。先々の処まで理を諭し置くのやで。この席に立ち並んだ者は、よう立ち並んだ事や。伝え理では治まる理が薄い。よう聞き分け。しょうと思て成るものやない。しょまいと思ても成って来るがいんねん一つの理という。いんねんの理であるからと言うて了えば、それまでのもの。生まれ更わり出替わりの事情は、めん/\も世界諭して居るやろう。さあ/\急いで/\駈け付け/\。運ばれても運ばれでも、駈け付けるが一つの理であろ。早く/\。




明治二十八年九月十九日
 柏原友吉四十四才身上願
さあ/\だん/\事情尋ねる。身上に一つ長らえ不足なりたる処、どうでもいかんどうでもならん日々送る処、事情によって大変。一時以てどうという事あろまいなれど、重々迫りたる。どうという心更に持たず、これまで成らん処尽した理は、いつ/\まで長らえての処末代という。よう聞き分けて、いかなる事もたんのう。身上不足ありて、たんのう出けやせん。なれど、よう聞き分けば、たんのうせにゃなろまい。身上不足なりてたんのう出けやせん。なれど、聞き分けて、たんのうは前生さんげえと言う。身上不足なりて、なか/\たんのう出けようまい。なれど、世上から聞き分けば、たんのう。これまで運んだ中のこれとは、内々にも思わず持たず、末代の理を聞かす限りは、楽しみ一つの理を治めにゃなろまい。




明治二十八年九月二十二日
 森岡亀吉身上願
さあ/\尋ねる処/\遠く所の事情という。ほんの身上迫る。一つ尋ねる事情尋ねる処、さあ/\一時以て尋ねる事情一つの事情という。余程迫り、それ/\何でもと言う処めん/\迫る。これ思う。よう聞き分け。第一一つの理集めて共に一つ添えて一時始めて事情。よう聞き分け。成る事情聞き分けにゃならん。さしづというは何でもさしづさい一つ貰てと言う。そら思う。こら理やなれど、よう聞き分け。皆々中に一つ大勢の中に一つ、誰々深い理ある中思う一時は理何程理、人々心だけ持って集まりたる理、聞き分け。身上一つ不足あればどういう事も出来ん。出けねば聞き分けにゃ分からんで。一時の処では危ないようなものなれど、思たる事眺めば、これとはなあ、身上不足なる皆々中運ぶ中、寄り合うて理願う処受け取る。どれだけ理鮮やかならん処尋ねる。よう聞き分け。こうと言うて精神定めて、世界一つから治まる理聞き分け。身上聞き分け。諭す事情は幾重理。理によりて心うっとしいなる。又いんねん事情も諭すであろ。諭せば、めん/\聞き分けにゃならん。これだけ事情運んで身上迫る処なあ、更に持たず。これより一つ早く伝えて、これより一つ理。




明治二十八年九月二十八日
 深谷徳次郎二十六才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、自由にならん。多分いか程どれだけ世界どんな事情。身上動かん。分かろうまい。難、広くなれば広く寄り来る。何ぼうでも広く広く心を持って/\広く通る心という。広く心を持たねばならん。事情世界一つ身上一つ絡まる。どういう事情で絡まる。思うようならん。思うに、皆運んでやるがよい。内内諭し。




明治二十八年十月一日
 久保清五郎身上願
さあ/\尋ねる事情、いかなる身上悩む尋ねる。だん/\事情一日の日を以てこうと言う。それ/\皆んな理の処、別にどういう処も無い。長の事情短き事情、治まるかと思えば、一年経てば又候どうしても治まろうまい。治まる治まらんは、よく事情聞き分け。長い間を見て、又外々の処を見て、よく心治めてみて、どんだけ尽す尽さん、これ又内々事情思わんよう。尽す理は、名は末代。これ事情よく聞き分けば、又事情一つ、どうもならんではないという。




明治二十八年十月二十三日
 茶谷卯助四十五才身上願(南海部内東愛支教会会計)
さあ/\尋ねる身上、余儀無く事情尋ねる処、一時どうと言うやない。どんならんと言う事情、よく聞き取ってくれにゃ分からんで。事情に事情無くば、何も言う事は無い。身上長らえて、どうも事情一寸大変である。余程迫りてある。内々の処、第一聞き分けにゃならん。何故なるとは更々思わんよう。これまでの処、すたるやない、捨てるやない。よく諭してくれにゃ分からん。一度の理やない程に。尽す理は末代の理にある程に。よく聞き取ってくれねば、分からんで。これ諭してくれ。




明治二十八年十月二十五日
 石田玄益身上願
さあ/\尋ねる処/\、身上不足なりて尋ねる。まあ尋ねば諭す。どういう間違いであろ。こうしたらよいというさしづは無い。たゞこの道心一つ。かりもの一条かりもの一条、これ聞き分けて居る。聞き分けて居るなれど、未だ一時聞き分け。為すいんねん聞き分け。いんねんならと言うて了えば、どうもならん。いんねん為すと思うなら、この道聞き分けて。聞き分けば、かりもの一時伝える。かりもの自由成る成らんの理聞き分け。道に入りてよう聞き違いの無いよう、聞き分け。成ろうと思たて成らん、成ろまいと思たて成る理、聞き分け。いつまで身上速やかなら、何も思やせん。年々という、一時なると思わずして、この理一時聞き分け。一寸暫く聞き分け。早く諭して聞き分けるなら、一寸事情又々と言う。




明治二十八年十月二十七日
 岡林浅次三十五才身上願(高知部内)
さあ/\尋ねる事情/\、さあ身上一条の理を尋ねる。余儀無く事情尋ねる。どういう事であろ、思う事分かろまい。一時どうとはあろまい。一時鮮やかなる処、遅い/\と日々思う。思うは道理なれど、取り直し、取り返やし、取り返やして、身上これだけ成りたる。世界からどうと言う。一度二度三度一つ事情、又一時ならん、尋ねる。それは余儀無く事情一つ諭して、理無ければ、どうと言う。よう聞き分けて、それ/\治めてくれ。一時速やか暇が要る。どういう事も取り直してくれ。銘銘傍々取り直してくれば、又一寸治まろ。




明治二十八年十月二十九日
 板倉槌三郎子息国太郎身上願
さあ/\尋ねる処小人たる処、思い掛け無い身の障り、めん/\事情思わくもあろまい。小人身の障り事情内に一つ事情、どうしても何でも彼でも、心という理一つに見にゃならん思わにゃならん。小人たる者身上にて事情は無きものなれど、親一つ身に一つ事情、何たる事と思ただけではならん。為す事いんねんの理を聞き分け。一時の処そのまゝ戻りて、一つ何でも彼でも成るようによか成らんと言う。一つこの道運んで居る添うて居る中に、一つ鮮やかなる事情、早く諭してくれるがよい。




明治二十八年十一月二日
 空地善右衞門身上願
さあ/\尋ねる事情/\、尽す事情によって、遠く所尽す中に一つ道、だん/\遠き所成らん処運ぶ。治まる一つの理に一寸掛かる処尋ねる。そら一つ何がいかん、何が間違うやろ、一つ思うやろ。一つ聞き分けて、諭してくれ。どれだけ間に合う間に合う。間に合うやこさり、心に心無くば運ばれん。なれど、心に差し掛かる処は、一寸には行かん。行かんやない。遠い所は遠い心、悠るりと心持たすがよい。とんと心分かる処も、分からん処もある。それ、よう諭してくれにゃならん。




明治二十八年十一月六日
 中村源次身上障り願(豊島出張所担任)
さあ/\尋ねる事情/\、余儀無く事情尋ねる処、身上の処どうも大層運べたる。まあ事情よく聞かして置かにゃならん。運んだ処取りよう聞きよう、互い扶け合い、後々一つ治め。たんのう/\。いかな事も、たんのう一つの理与えてくれ。

 押して願
さあ/\一時以て尋ねる処、身上大変事情、諭し難くい事情である。なれど、楽しみは尽した理、皆それ/\立ち寄るは尽した理と言う。又内々一つたんのうせにゃならん。身上事情ありてたんのう出けやせん。なれど、よう聞き分けば、たんのう出けんではない。




明治二十八年十一月九日(陰暦九月二十三日)
 武田平吉二十八才身上願(本人北分教会へ来る道中にて身に障り付、神戸市楠町六丁目百七十八番地に住居岩尾岩松方に世話に相成り、おさしづ頂戴す)
さあ/\尋ねる処/\、さあ/\思い掛け無き一つ事情であろ。一時身上迫り、どういう事であろ。どういう思やん、鮮やか諭して置こう。よう聞き分け。身上不足なる処、一時なると思わず、遠き所運ぶ。めん/\思やん。身の治まる処迫り、身上事情無くば、何も思う事あろまい。一時障り/\、よう聞き分けにゃならん。遠く長く心なら、悠るりと持って運ばにゃならん。先に行こ/\、これ一つ先長く持って、悠るりと事情々々、これ一つ諭して置こう。




明治二十八年十二月三日
 山瀬家内身上願
さあ/\尋ねる処/\、さあいかなる事もどうであろと思う。余儀無く事情であろ。心の事情治まらん。これまで遠く所から見れば、一時案じる/\。案じるような理は無い。これまで一つの理もある。最初掛かり一つからどうで、これはどうである。いかな理も、遠く出て居る処、いかな理である程に。十分の理休まして。

 押して
さあ/\何かの事情、一度早く/\。事情案じる事は要らん。




明治二十八年十二月五日
 宮森宅二間に六間建物願
さあ/\尋ねる処/\、さあ/\事情願通り許し置こう/\。




明治二十八年十二月七日
 上原伊助三十一才身上より願
さあ/\尋ねる事情/\、どうもこれ一時身上堪いられんと言うなれど、随分万事事情取り扱え。掛かる理はあろまい。又内々事情互い/\事情以て、日々事情これも鮮やかなるもの。そんだら日々堪いられん事情、どうであろと言う。よう聞き分け。一時の事情一時の事情の一つ、又長らえて又や/\と言うて、日々の処随分送る事情、一時事情と一つ聞き分け。なか/\事情なか/\事情であろ。つい/\忘れるやろ/\。どんな事でも、めん/\事情掛かりて来る。掛かりて来れば、皆心の理によって、満足理である/\。つい/\治まる。一寸尋ねたら、聞き分け。何も案じる事は、一つもあらせん/\。ようこれ聞き分け。




明治二十八年十二月二十二日
 安藤国太郎二十五才身上願
さあ/\尋ねる事情/\、さあ/\身の処/\、一つどういう事であろ思う処、尋ねる。身上速やかなら何も思う事あろうまい。事情どういう事聞かせど諭せど、鮮やかと言わん。成らん/\、成らんから尋ねる。よく事情諭してくれにゃ分かり難ない。人々という道について、日々と言えど、一つ聞き取りて楽しみあれど、日々身上不足なれば楽しみあろうまい。よう/\諭してくれ。救けにゃならん救からにゃならんが理でありて、身上暇が要る。尋ねる事情聞き取りて諭してくれ。どういう理諭すなら、かりもの、いんねん諭す処から、やれ/\と聞き分けるなら、一時暫くと言う。これ諭し置くによって、よく聞き分けてくれるよう。




明治二十八年十二月二十三日
 白藤常松身上願(加古支教会役員)
さあ/\尋ねる事情/\身上一つ理を尋ねる。長らえて事情ならば、もう癒ろうか癒ろうか、日々思い来たる。又日々の処堪いられん処、日々それは思うなれど、よう聞き分けて、皆それ/\事情治めてくれ。これはどうであろうと思うばかりではならん。身上余程大層々々。これまで深き処だん/\心合わせ楽しみ来たる処、頼り無きと言う。よう聞き分けて、成程理治めてくれ。成る一つ分かろうまい、日々取り扱えば十分。これ十分ならと言う。よう聞き分け。一寸大層中に一つ頼り無いと思わず、持たず、内にも聞き分けて事情。尽した理は末代理残る。これだけ一つ諭したら、皆分かるやろ。

 押して願
さあ/\尋ねる処/\、もう一先ずは言うまでやない/\。身上不足なる処、救けにゃならん、救からにゃならん。日々言うまで。一つ理中一つ理、どうも判然たる理諭し難くい。これだけ諭したら、大抵持ち寄って悟りてくれ。一時どうという理は無い。
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posted by 朱夏 at 19:08| Comment(0) | TrackBack(0) | おさしづ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする